本発明は係る問題に対処するためになされたものであって、その目的は、基本液圧制動力に補填制動力を加えて全制動力(=基本液圧制動力+補填制動力)を発生させる車両用ブレーキ装置であってインラインシステムを備えたものに適用される車両用ブレーキ制御装置において、基本液圧のハンチングの発生を抑制できるものを提供することにある。
本発明に係る車両用ブレーキ制御装置は、運転者によるブレーキ操作部材の操作に応じた基本液圧を発生する基本液圧発生手段と、前記基本液圧を有する液圧回路からブレーキ液を吸い込んで前記基本液圧よりも高い液圧を発生させるための加圧用液圧を発生可能な液圧ポンプと、前記液圧ポンプの駆動により発生する前記加圧用液圧を利用して前記基本液圧に対する加圧量を調整可能な調圧弁とを備え、前記基本液圧に前記加圧量を加えた液圧であるホイールシリンダ液圧をホイールシリンダに付与することで液圧制動力を少なくとも発生する、インラインシステムを備えた車両用ブレーキ装置に適用される。
前記基本液圧発生手段は、例えば、運転者によるブレーキ操作部材の操作に応じた倍力装置(バキュームブースタ等)の作動に基づく基本液圧(マスタシリンダ液圧、バキュームブースタ液圧)を発生するマスタシリンダ等を含んで構成される。前記液圧ポンプは、基本液圧を有する液圧回路からブレーキ液を吸い込んでホイールシリンダ液圧を発生し得る液圧回路内へブレーキ液を吐出するポンプ(ギヤポンプ等)である。
前記調圧弁は、例えば、基本液圧を発生する液圧回路と上記ホイールシリンダ液圧を発生し得る液圧回路との間に介装された(常開型、或いは常閉型の)リニア電磁弁等を含んで構成される。上記液圧ポンプの作動による加圧用液圧を利用しながら係るリニア電磁弁を制御することで、基本液圧に対する加圧量(差圧)(即ち、ホイールシリンダ液圧から基本液圧を減じた値)を無段階に調整することができ、この結果、ホイールシリンダ液圧を基本液圧(従って、ブレーキ操作部材の操作)にかかわらず無段階に調整することができる。
本発明に係る車両用ブレーキ制御装置は、前記基本液圧に対応する値に基づいて前記車両に発生する制動力の目標値である目標制動力に対応する値を決定する目標制動力決定手段と、前記基本液圧に基づく液圧制動力である基本液圧制動力と、少なくとも前記加圧量に基づく液圧制動力である加圧液圧制動力からなる補填制動力との和、である全制動力に対応する値が、前記目標制動力に対応する値に一致するように、前記補填制動力を調整する補填制動力調整手段とを備える。
ここにおいて、前記補填制動力は、前記加圧液圧制動力のみから構成されてもよいし、前記加圧液圧制動力と回生制動力とから構成されてもよい。前記補填制動力が前記加圧液圧制動力のみから構成される場合には、全制動力はホイールシリンダ液圧(=基本液圧+加圧量)に基づく液圧制動力のみから構成されることになる。
前記「基本液圧に対応する値」とは、例えば、基本液圧そのもの、ブレーキペダル操作量(ブレーキペダル踏力、ブレーキペダルストローク等)等である。前記「目標制動力に対応する値」とは、例えば、目標制動力そのもの、前記補填制動力が前記加圧液圧制動力のみから構成される場合における目標ホイールシリンダ液圧等である。前記「全制動力に対応する値」とは、例えば、全制動力そのもの、前記補填制動力が前記加圧液圧制動力のみから構成される場合におけるホイールシリンダ液圧等である。
前記補填制動力が前記加圧液圧制動力のみから構成される場合、前記目標制動力決定手段は、例えば、前記「基本液圧に対応する値」に基づいて目標ホイールシリンダ液圧を決定するように構成され、前記補填制動力調整手段は、例えば、前記基本液圧と前記加圧量の和であるホイールシリンダ液圧が前記目標ホイールシリンダ液圧に一致するように前記加圧量を調整するよう構成される。
本発明に係る車両用ブレーキ制御装置の特徴は、前記目標制動力決定手段が、前記「基本液圧に対応する値」に対してその変動を抑制する処理を施した値である変動抑制基本液圧対応値を演算する変動抑制基本液圧演算手段を備え、前記変動抑制基本液圧対応値を用いて前記「目標制動力に対応する値」を決定するように構成されたことにある。ここにおいて、前記「変動抑制基本液圧対応値」は、例えば、基本液圧そのものの値に対してその変動を抑制する処理を施した値、ブレーキペダル操作量(ブレーキペダル踏力、ブレーキペダルストローク等)に対してその変動を抑制する処理を施した値等である。
これによれば、「基本液圧に対応する値」(例えば、基本液圧そのものの値)に対してその変動を抑制する処理が施された値(変動抑制基本液圧対応値)を用いて「目標制動力に対応する値」が決定される。従って、インラインシステムに起因して基本液圧が変動しても、「目標制動力に対応する値」の変動が抑制され、この結果、基本液圧の変動が継続し難くなって上記基本液圧のハンチングの発生が抑制され得る(詳細は後述する)。従って、ブレーキフィーリングの悪化を抑制することができる。
ここにおいて、前記「変動抑制基本液圧対応値」としては、例えば、「基本液圧に対応する値」に対してヒステリシスを付与した値、「基本液圧に対応する値」に対してローパスフィルタ処理が施された値等が挙げられる。
前記変動抑制基本液圧対応値として、前記基本液圧に対応する値に対してヒステリシスを付与した値が使用される場合、前記変動抑制基本液圧対応値を演算する具体的な手法として、例えば、以下の構成(以下、「第1構成」と称呼する。)が考えられる。第1構成では、先ず、前記「基本液圧に対応する値」と、前記変動抑制基本液圧対応値の静的ヒステリシス範囲との関係(固定された関係)が予め設定される。
そして、前記変動抑制基本液圧対応値の前回値が、前記「基本液圧に対応する値」の今回値に対する前記静的ヒステリシス範囲の範囲内にある場合(以下、「静的ヒステリシス範囲内の場合」とも称呼する。)、前記変動抑制基本液圧対応値の今回値は、前記変動抑制基本液圧対応値の前回値と等しい値に設定される。一方、前記変動抑制基本液圧対応値の前回値が、前記「基本液圧に対応する値」の今回値に対する前記静的ヒステリシス範囲の範囲外にある場合(以下、「ヒステリシス範囲外の場合」とも称呼する。)、前記変動抑制基本液圧対応値の今回値は、前記「基本液圧に対応する値」の今回値に対する前記静的ヒステリシス範囲の上下限値のうち前記変動抑制基本液圧対応値の前回値に近い方と等しい値に設定される。
上述した基本液圧のハンチングが発生する場合、基本液圧(従って、「基本液圧に対応する値」)は、ブレーキ液圧回路の諸元等に依存する或る特定の変動幅を持って変動する。従って、上記第1構成において、上記静的ヒステリシス範囲の幅を「基本液圧に対応する値」の変動幅よりも大きい値に設定すれば、インラインシステムに起因して基本液圧が変動しても、前記変動抑制基本液圧対応値の変動が確実に抑制され得、従って、「目標制動力に対応する値」の変動が確実に抑制され得る。この結果、上記基本液圧のハンチングの発生が確実に抑制され得る。
ところで、上述したように、上記第1構成では、上記基本液圧のハンチングの発生を確実に抑制するためには、静的ヒステリシス範囲の幅を大きくする必要がある。静的ヒステリシス範囲の幅を大きくすると、変動抑制基本液圧対応値に対応する基本液圧と、運転者のブレーキ操作に応じた基本液圧との間における定常的な偏差(以下、「定常偏差」とも称呼する。)が大きくなる。
係る定常偏差が大きくなると、変動抑制基本液圧対応値に基づいて決定される目標制動力(従って、制動力の実際値)と、運転者のブレーキ操作により要求される制動力との差も大きくなる。このことは、ブレーキフィーリングの悪化にも繋がる。
係る問題に対処するためには、例えば、以下の構成(以下、「第2構成」と称呼する。)を利用して変動抑制基本液圧対応値を演算することが考えられる。第2構成では、先ず、前記「基本液圧に対応する値」と、前記変動抑制基本液圧対応値の静的ヒステリシス範囲との関係(固定された関係)、並びに、前記「基本液圧に対応する値」と、前記静的ヒステリシス範囲の上限側・下限側の少なくとも一方に連続する前記変動抑制基本液圧対応値の動的ヒステリシス範囲との関係(固定された関係)が予め設定される。
そして、前記変動抑制基本液圧対応値の前回値が、前記「基本液圧に対応する値」の今回値に対する前記静的ヒステリシス範囲の範囲内にある場合(即ち、上記「静的ヒステリシス範囲内の場合」)、上記第1構成と同様、前記変動抑制基本液圧対応値の今回値は、前記変動抑制基本液圧対応値の前回値と等しい値に設定される。
前記変動抑制基本液圧対応値の前回値が、前記「基本液圧に対応する値」の今回値に対する前記動的ヒステリシス範囲の範囲内にある場合(以下、「動的ヒステリシス範囲内の場合」とも称呼する。)、前記変動抑制基本液圧対応値の今回値は、前記変動抑制基本液圧対応値の前回値に対して所定値だけ前記静的ヒステリシス範囲に近い値に設定される。これにより、「動的ヒステリシス範囲内の場合」が連続する期間中においては、変動抑制基本液圧対応値の今回値は、時間の経過に伴って静的ヒステリシス範囲に次第に近づいていく。そして、変動抑制基本液圧対応値の前回値が「基本液圧に対応する値」の今回値に対する静的ヒステリシス範囲の上下限値の何れかに達すると(即ち、上記「静的ヒステリシス範囲内の場合」になると)、上述のように、変動抑制基本液圧対応値の今回値は、変動抑制基本液圧対応値の前回値と等しい値(即ち、上記「静的ヒステリシス範囲の上下限値の何れか」)に維持されるようになる。
一方、前記変動抑制基本液圧対応値の前回値が、前記「基本液圧に対応する値」の今回値に対する前記静的ヒステリシス範囲と前記動的ヒステリシス範囲の和である全範囲の範囲外にある場合(上記第1構成における「ヒステリシス範囲外の場合」に対応する)、前記変動抑制基本液圧対応値の今回値は、前記「基本液圧に対応する値」の今回値に対する前記全範囲の上下限値のうち前記変動抑制基本液圧対応値の前回値に近い方と等しい値に設定される。
上記第2構成によれば、上記全範囲(静的ヒステリシス範囲+動的ヒステリシス範囲)の幅を「基本液圧に対応する値」の変動幅よりも大きい値に設定することで、上記第1構成と同様、上記基本液圧のハンチングの発生が確実に抑制され得る。
加えて、上記第1構成に比して、静的ヒステリシス範囲の幅を小さくすることができるから、上述した「定常偏差」を小さくすることができる。従って、上記第1構成に比してブレーキフィーリングの悪化の程度を少なくすることができる。
上記のように、前記静的ヒステリシス範囲と前記動的ヒステリシス範囲とを組み合わせてヒステリシス範囲(=前記全範囲)を構成する場合、前記静的ヒステリシス範囲の上限側にも下限側にも連続して前記動的ヒステリシス範囲を予め設定するように構成されることが好ましい。
これによれば、静的ヒステリシス範囲の幅を大きくすることなく(即ち、上記「定常偏差」を大きくすることなく)、上述した「目標制動力に対応する値」の変動をより一層抑制でき、この結果、上記基本液圧のハンチングの発生をより一層抑制できる。
また、少なくとも上記静的ヒステリシス範囲を利用して前記変動抑制基本液圧対応値を演算する場合、前記静的ヒステリシス範囲の下限値を、前記静的ヒステリシス範囲に対応する前記「基本液圧に対応する値」以上に設定するように構成されることが好適である。
これによると、上述した「定常偏差」が発生している状態において、変動抑制基本液圧対応値を「基本液圧に対応する値」より大きい値とすることができる。このことは、上述した「定常偏差」が発生している状態において、変動抑制基本液圧対応値に基づいて決定される目標制動力(従って、制動力の実際値)が運転者のブレーキ操作により要求される制動力よりも大きくなることが保証され得ることを意味する。
換言すれば、「定常偏差」が発生している状態において、変動抑制基本液圧対応値に基づいて決定される目標制動力(従って、制動力の実際値)が運転者のブレーキ操作により要求される制動力よりも小さくなって運転者が意図する制動力が十分に発生し得なくなる事態の発生が防止され得る。
以下、本発明による車両用ブレーキ装置(車両用ブレーキ制御装置)の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る車両用ブレーキ装置10を搭載した車両の概略構成を示している。
車両用ブレーキ装置10は、各車輪にブレーキ液圧によるブレーキ力を発生させるためのブレーキ液圧制御部30を含んでいる。ブレーキ液圧制御部30は、その概略構成を表す図2に示すように、ブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧を発生するブレーキ液圧発生部32と、車輪FR,FL,RR,RLにそれぞれ配置されたホイールシリンダWfr,Wfl,Wrr,Wrlに供給するブレーキ液圧をそれぞれ調整可能なFRブレーキ液圧調整部33,FLブレーキ液圧調整部34,RRブレーキ液圧調整部35,RLブレーキ液圧調整部36と、還流ブレーキ液供給部37とを含んで構成されている。
ブレーキ液圧発生部32は、ブレーキペダルBPの作動により応動するバキュームブースタVBと、バキュームブースタVBに連結されたマスタシリンダMCとから構成されている。バキュームブースタVBは、図示しないエンジンの吸気管内の空気圧力(負圧)を利用してブレーキペダルBPの操作力を所定の割合で助勢して助勢された操作力をマスタシリンダMCに伝達するようになっている。
マスタシリンダMCは、第1ポート、及び第2ポートからなる2系統の出力ポートを有していて、リザーバRSからのブレーキ液の供給を受けて、上記助勢された操作力に応じた第1マスタシリンダ液圧Pmを第1ポートから発生するようになっているとともに、同第1マスタシリンダ液圧と略同一の液圧である第2マスタシリンダ液圧Pmを第2ポートから発生するようになっている。以下、マスタシリンダ液圧を「MC液圧」とも称呼する。このMC液圧が前記基本液圧に対応する。
これらマスタシリンダMC及びバキュームブースタVBの構成及び作動は周知であるので、ここではそれらの詳細な説明を省略する。このようにして、マスタシリンダMC及びバキュームブースタVBは、ブレーキペダルBPの操作力に応じた第1MC液圧及び第2MC液圧を発生するようになっている。
マスタシリンダMCの第1ポートと、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部との間には、常開リニア電磁弁PC1が介装されている。同様に、マスタシリンダMCの第2ポートと、RRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部との間には、常開リニア電磁弁PC2が介装されている。係る常開リニア電磁弁PC1,PC2の詳細については後述する。
FRブレーキ液圧調整部33は、2ポート2位置切換型の常開電磁開閉弁である増圧弁PUfrと、2ポート2位置切換型の常閉電磁開閉弁である減圧弁PDfrとから構成されている。増圧弁PUfrは、FRブレーキ液圧調整部33の上流部とホイールシリンダWfrとを連通・遮断できるようになっている。減圧弁PDfrは、ホイールシリンダWfrとリザーバRS1とを連通・遮断できるようになっている。この結果、増圧弁PUfr、及び減圧弁PDfrを制御することでホイールシリンダWfr内のブレーキ液圧(ホイールシリンダ液圧Pwfr)が増圧・保持・減圧され得るようになっている。以下、ホイールシリンダ液圧を「WC液圧」とも称呼する。
加えて、増圧弁PUfrにはブレーキ液のホイールシリンダWfr側からFRブレーキ液圧調整部33の上流部への一方向の流れのみを許容するチェック弁CV1が並列に配設されていて、これにより、操作されているブレーキペダルBPが開放されたときWC液圧Pwfrが迅速に減圧されるようになっている。
同様に、FLブレーキ液圧調整部34,RRブレーキ液圧調整部35、RLブレーキ液圧調整部36は、それぞれ、増圧弁PUfl及び減圧弁PDfl,増圧弁PUrr及び減圧弁PDrr,増圧弁PUrl及び減圧弁PDrlから構成されており、これらの増圧弁及び減圧弁が制御されることにより、ホイールシリンダWfl,ホイールシリンダWrr及びホイールシリンダWrl内のブレーキ液圧(WC液圧Pwfl,Pwrr,Pwrl)をそれぞれ増圧、保持、減圧できるようになっている。また、増圧弁PUfl,PUrr及びPUrlの各々にも、上記チェック弁CV1と同様の機能を達成し得るチェック弁CV2,CV3及びCV4がそれぞれ並列に配設されている。
還流ブレーキ液供給部37は、直流モータMTと、モータMTにより同時に駆動される2つの液圧ポンプ(ギヤポンプ)HP1,HP2を含んでいる。液圧ポンプHP1は、リザーバRS1を介して、(第1)MC液圧Pmを有する液圧回路、及び/又は減圧弁PDfr,PDflから還流されてきたブレーキ液を汲み上げ、汲み上げたブレーキ液をチェック弁CV8を介してFRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部に供給するようになっている。
同様に、液圧ポンプHP2は、リザーバRS2を介して、(第2)MC液圧Pmを有する液圧回路、及び/又は減圧弁PDrr,PDrlから還流されてきたブレーキ液を汲み上げ、汲み上げたブレーキ液をチェック弁CV11を介してRRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部に供給するようになっている。なお、液圧ポンプHP1,HP2の吐出圧の脈動を低減するため、チェック弁CV8と常開リニア電磁弁PC1との間の液圧回路、及びチェック弁CV11と常開リニア電磁弁PC2との間の液圧回路には、それぞれ、ダンパDM1,DM2が配設されている。以上、このブレーキ液圧回路は、上述した「インラインシステム」を構成している。
次に、常開リニア電磁弁PC1について説明する。常開リニア電磁弁PC1の弁体には、図示しないコイルスプリングからの付勢力に基づく開方向の力が常時作用しているとともに、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力から第1MC液圧Pmを減じることで得られる差圧(前記「加圧量」、以下、「リニア弁差圧ΔPdf」と称呼する。)に基づく開方向の力と、常開リニア電磁弁PC1への通電電流(従って、指令電流Id)に応じて比例的に増加する吸引力に基づく閉方向の力が作用するようになっている。
この結果、図3に示したように、上記吸引力に相当する指令差圧ΔPdが指令電流Idに応じて比例的に増加するように決定される。ここで、I0はコイルスプリングの付勢力に相当する電流値である。そして、常開リニア電磁弁PC1は、指令差圧ΔPdがリニア弁差圧ΔPdfよりも大きいときに閉弁してマスタシリンダMCの第1ポートと、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部との連通を遮断する。一方、常開リニア電磁弁PC1は、指令差圧ΔPdfがリニア弁差圧ΔPdfよりも小さいとき開弁してマスタシリンダMCの第1ポートと、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部とを連通する。
この結果、液圧ポンプHP1が駆動されている場合、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部のブレーキ液が常開リニア電磁弁PC1を介してマスタシリンダMCの第1ポート側に流れることでリニア弁差圧ΔPdfが指令差圧ΔPdに一致するように調整され得るようになっている。なお、マスタシリンダMCの第1ポート側へ流入したブレーキ液はリザーバRS1へと還流される。
換言すれば、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)が駆動されている場合、常開リニア電磁弁PC1への指令電流Idに応じてリニア弁差圧ΔPdf(の許容最大値)が制御され得るようになっている。このとき、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力は、第1MC液圧Pmにリニア弁差圧ΔPdfを加えた値(Pm+ΔPdf)となる。
他方、常開リニア電磁弁PC1を非励磁状態にすると(即ち、指令電流Idを「0」に設定すると)、常開リニア電磁弁PC1はコイルスプリングの付勢力により開状態を維持するようになっている。このとき、リニア弁差圧ΔPdfが「0」になって、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力が第1MC液圧Pmと等しくなる。
常開リニア電磁弁PC2も、その構成・作動特性(図3に示した特性)について常開リニア電磁弁PC1のものと同じである。従って、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)が駆動されている場合、RRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の圧力から第2MC液圧Pmを減じることで得られる差圧(前記「加圧量」、以下、「リニア弁差圧ΔPdr」と称呼する。)が常開リニア電磁弁PC2への指令電流Idに応じた指令差圧ΔPdに一致するように調整される。
即ち、この場合、RRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の圧力は、第2MC液圧Pmにリニア弁差圧ΔPdrを加えた値(Pm+ΔPdr)となる。他方、常開リニア電磁弁PC2を非励磁状態にすると、RRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の圧力が第2MC液圧Pmと等しくなる。
加えて、常開リニア電磁弁PC1には、ブレーキ液の、マスタシリンダMCの第1ポートから、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部への一方向の流れのみを許容するチェック弁CV5が並列に配設されている。これにより、常開リニア電磁弁PC1への指令電流Idに応じてリニア弁差圧ΔPdfが制御されている間においても、ブレーキペダルBPが操作されることで第1MC液圧PmがFRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力よりも高い圧力になったとき、ブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧(即ち、第1MC液圧Pm)そのものがホイールシリンダWfr,Wflに供給され得るようになっている。また、常開リニア電磁弁PC2にも、上記チェック弁CV5と同様の機能を達成し得るチェック弁CV6が並列に配設されている。
以上、説明した構成により、ブレーキ液圧制御部30は、前2輪FR,FLに係わる系統と、後2輪RR,RLに係わる系統の2系統の液圧回路から構成されている。ブレーキ液圧制御部30は、全ての電磁弁が非励磁状態にあるときブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧(即ち、MC液圧Pm)をホイールシリンダW**にそれぞれ供給できるようになっている。
なお、各種変数等の末尾に付された「**」は、同各種変数等が各車輪FR等のいずれに関するものであるかを示すために同各種変数等の末尾に付される「fl」,「fr」等の包括表記であって、例えば、ホイールシリンダW**は、左前輪用ホイールシリンダWfl, 右前輪用ホイールシリンダWfr, 左後輪用ホイールシリンダWrl, 右後輪用ホイールシリンダWrrを包括的に示している。
他方、この状態において、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)を駆動するとともに、常開リニア電磁弁PC1,PC2、並びに増圧弁PU**、及び減圧弁PD**を制御することで、WC液圧Pw**を独立して調整できるようになっている。
即ち、ブレーキ液圧制御部30は、運転者によるブレーキペダルBPの操作にかかわらず、各車輪に付与される制動力を車輪毎に独立して調整できるようになっている。以上により、ブレーキ液圧制御部30は、後述する電子制御装置50からの指示により、後述するWC液圧特性制御に加えて、公知のABS制御、公知の旋回状態安定化制御(具体的には、オーバーステア抑制制御、及びアンダーステア抑制制御)等を達成できるようになっている。
再び、図1を参照すると、この車両用ブレーキ装置10は、対応する車輪**が所定角度回転する毎にパルスを有する信号を出力する車輪速度センサ41**と、ブレーキペダルBPの操作の有無に応じてオン信号(High信号)又はオフ信号(Low信号)を選択的に出力するブレーキスイッチ42と、MC液圧(第2MC液圧)を検出し、MC液圧Pmを表す信号を出力するMC液圧センサ43(図2を参照)とを備えている。
この車両用ブレーキ装置10は、更に、電子制御装置50を備えている。電子制御装置50は、互いにバスで接続された、CPU51、CPU51が実行するルーチン(プログラム)、テーブル(ルックアップテーブル、マップ)、定数等を予め記憶したROM52、CPU51が必要に応じてデータを一時的に格納するRAM53、電源が投入された状態でデータを格納するとともに同格納したデータを電源が遮断されている間も保持するバックアップRAM54、及びADコンバータを含むインターフェース55等からなるマイクロコンピュータである。
インターフェース55は、前記センサ41〜43と接続され、CPU51にセンサ41〜43からの信号を供給するとともに、同CPU51の指示に応じて、ブレーキ液圧制御部30の電磁弁(常開リニア電磁弁PC1,PC2、増圧弁PU**、及び減圧弁PD**)、及びモータMTに駆動信号を送出するようになっている。
(WC液圧特性制御の概要)
次に、上記構成を有する本発明の実施形態に係る車両用ブレーキ装置10(以下、「本装置」と云う。)が実行するWC液圧特性制御の概要について説明する。一般に、ブレーキペダル踏力に対する車両に働く制動力(全制動力)の特性には目標とすべき特性(目標制動力特性)が存在する。従って、制動力を液圧制動力のみによって発生する本装置においては、ブレーキペダル踏力に対するWC液圧の特性において目標とすべき特性が存在する。
図4に示した実線は、本装置における、WC液圧の目標値(目標WC液圧Pwt)のブレーキペダル踏力に対する特性を示している。一方、図4に示した破線は、上記マスタシリンダMCが出力する上記MC液圧Pmのブレーキペダル踏力に対する特性を示している。
この実線と破線との比較から明らかなように、本装置では、ブレーキペダル踏力に対するMC液圧Pmが目標WC液圧Pwtよりも所定量だけ意図的に低い値になるようにバキュームブースタVBの倍力特性が設定されている。
そして、本装置では、このMC液圧Pm(基本液圧)の目標WC液圧Pwtに対する不足分を前記「補填制動力」に相当するリニア弁差圧ΔPd(=ΔPdf=ΔPdr)で補填することで、MC液圧Pmにリニア弁差圧ΔPdを加えた液圧であるWC液圧Pw(=Pm+ΔPd、前記「全制動力に対応する値」)のブレーキペダル踏力に対する特性が図4に実線で示した目標WC液圧Pwt(前記「目標制動力に対応する値」)の特性と一致するようになっている。
例えば、図4に示したように、ブレーキペダル踏力が値Fp1となっている場合、リニア弁差圧ΔPdが、値Fp1に対応する目標WC液圧Pwt(=Pw1)から値Fp1に対応するMC液圧Pm(=Pm1)を減じた値ΔPd1(=Pw1−Pm1)に一致するように、常開リニア電磁弁PC1,PC2への指令電流Idが制御される。このように、ブレーキペダル踏力が大きいほど(即ち、目標WC液圧Pwtが大きいほど)、リニア弁差圧ΔPdがより大きい値になる。これは、ブレーキペダル踏力の増大に対する目標WC液圧Pwtの増加勾配がブレーキペダル踏力の増大に対するMC液圧Pmの増加勾配よりも大きいことに基づく。
ここで、MC液圧Pmに基づく液圧制動力が前記「基本液圧制動力」に対応し、リニア弁差圧ΔPdに基づく液圧制動力が前記「加圧液圧制動力(=補填制動力)」に対応している。以上より、ブレーキペダル踏力に対する全制動力(=基本液圧制動力+加圧液圧制動力(=補填制動力))の特性が前記目標制動力特性と一致するようになっている。
(MC液圧のハンチングの抑制)
本装置では、目標WC液圧Pwtが、MC液圧Pm(前記「基本液圧に対応する値」)に基づいて決定されるようになっている。以下、説明の便宜上、先ずは、目標WC液圧PwtがMC液圧Pmそのものを用いて決定される場合(例えば、目標WC液圧PwtがMC液圧Pmそのものに比例する値に決定される場合)について考える。
この場合、インラインシステムを備えた本装置では、運転者がブレーキペダル操作を一定に維持しようとしても、MC液圧Pmの変動が継続する現象(以下、「MC液圧のハンチング」と称呼する。)が発生し得る。
図5は、「MC液圧のハンチング」が発生している場合における、MC液圧Pm、目標ホイールシリンダ液圧Pwt、及び指令電流ID(従って、リニア弁差圧ΔPd)の変化の1例を示したタイムチャートである。図5では、運転者が、時刻tA以前の或る時点からブレーキペダル踏力を「0」から次第に増大させ、時刻tAの直前(以下、「踏力維持開始時点」と称呼する。)からブレーキペダル踏力を一定に維持しようとした場合が示されている。
この例の場合における「MC液圧のハンチング」の発生メカニズムの1つとして、以下のものが考えられる。即ち、先ず、「踏力維持開始時点」以前では、ブレーキペダル踏力の増大に伴ってMC液圧Pmが増大する。これに伴って、MC液圧Pmそのものに比例して決定される目標WC液圧Pwtも増大していく。この結果、上述したように、リニア弁差圧ΔPdも増大していく。
このようにリニア弁差圧ΔPdが増大する過程では、常開リニア電磁弁PC1,PC2を介してマスタシリンダMCの吐出側(上記第1、第2ポート側)にブレーキ液が流入する速度(以下、単に「流入速度」とも称呼する。)が、リザーバRS1,RS2を介してマスタシリンダMCの吐出側から液圧ポンプHP1,HP2の吸い込み側に向けてブレーキ液が流出する速度(以下、単に「流出速度」とも称呼する。)を下回る傾向が維持される。
「踏力維持開始時点」以降、ブレーキペダル踏力が一定に維持されようとするから、MC液圧Pmが一定に維持されようとする。従って、目標WC液圧Pwt及びリニア弁差圧ΔPdも一定に維持されようとする。ここで、リニア弁差圧ΔPdが一定に維持されることは、上記流入速度と上記流出速度とが等しくなることを意味する。
しかしながら、「踏力維持開始時点」以前において維持されていた「上記流入速度が上記流出速度を下回る状態」が、「踏力維持開始時点」にて「上記流入速度と上記流出速度とが等しい状態」に急激に移行することになる。従って、「踏力維持開始時点」にて、見かけ上、上記流入速度が上記流出速度に対して相対的に増大することになり、この結果、「踏力維持開始時点」から「踏力維持開始時点」の直後(即ち、時刻tA)までMC液圧Pmがなお増大する。
これにより、「踏力維持開始時点」から時刻tAまで目標WC液圧Pwt及びリニア弁差圧ΔPdもなお増大する。リニア弁差圧ΔPdが増大すると、上述したように、上記流入速度が上記流出速度を下回ることになり、この結果、時刻tA以降、MC液圧Pmが減少を開始する。
このように、時刻tA以降、MC液圧Pmが減少すると、時刻tA以降、目標WC液圧Pwt及びリニア弁差圧ΔPdも減少する。このようにリニア弁差圧ΔPdが減少する過程では、上記流入速度が上記流出速度を上回る傾向が維持される。これにより、MC液圧Pmは、再び増大を開始する。これに伴い、目標WC液圧Pwt及びリニア弁差圧ΔPdが再び増大する。この結果、上記流入速度が上記流出速度を下回ることになり、MC液圧Pmが再び減少を開始する。このような作用を繰り返すことにより、MC液圧Pmが或る特定の変動幅Wを持って変動を繰り返す。即ち、「MC液圧のハンチング」が発生する。以上が、「MC液圧のハンチング」の発生メカニズムとして考えられるものの1つである。
このように、インラインシステムを備えた本装置において、目標WC液圧PwtをMC液圧Pmそのものを用いて決定するように構成すると「MC液圧のハンチング」が発生する。そこで、「MC液圧のハンチング」の発生を抑制するため、本装置は、目標WC液圧Pwtを、MC液圧Pmそのものに代えて、MC液圧Pmに対してヒステリシスを付与した値(以下、「ヒス付MC液圧Pmh」と称呼する。)を用いて決定する。このヒス付MC液圧Pmhが前記「変動抑制基本液圧対応値」に相当する。以下、「ヒステリシス」を単に「ヒス」とも称呼する。
以下、図6、図7を参照しながら、本装置によるヒス付MC液圧Pmhの演算手法について説明する。図6は、MC液圧Pmと、ヒス付MC液圧Pmhのヒス範囲との関係、並びに、或るパターンでMC液圧Pmが変化した場合におけるMC液圧Pmとヒス付MC液圧Pmhとの関係の一例を示したグラフである。図7は、上記或るパターンでMC液圧Pmが変化した場合におけるヒス付MC液圧Pmhの変化の1例を示したタイムチャートである。
図6に示したように、本例では、MC液圧Pmに応じて設定されるヒス付MC液圧Pmhのヒス範囲に対応する領域として、静的ヒス領域(間隔が疎なドットで示した領域を参照)と、動的ヒス領域A,B(間隔が密なドットで示した領域を参照)とが予め設定されている。
静的ヒス領域に対応するヒス付MC液圧Pmhのヒス範囲(以下、「静的ヒス範囲」と称呼する。)の幅Sは、MC液圧Pmにかかわらず一定である。静的ヒス範囲の下限値は、その静的ヒス範囲に対応するMC液圧Pmの値と等しい。例えば、MC液圧Pm=Pm1の場合、静的ヒス範囲の下限値は、値Pm1となる。
動的ヒス領域Aに対応するヒス付MC液圧Pmhのヒス範囲(以下、「動的ヒス範囲A」と称呼する。)は、静的ヒス範囲の下限側に連続して設けられている。動的ヒス領域Bに対応するヒス付MC液圧Pmhのヒス範囲(以下、「動的ヒス範囲B」と称呼する。)は、静的ヒス範囲の上限側に連続して設けられている。動的ヒス範囲A,Bの各幅Dは、MC液圧Pmにかかわらず一定である。
ここで、静的ヒス範囲に動的ヒス範囲A及び動的ヒス範囲Bを加えた範囲を、ヒス付MC液圧Pmhの「全ヒス範囲」(下限値min、上限値max。前記「全範囲」に対応する。)と定義する。例えば、MC液圧Pm=Pm1の場合、ヒス付MC液圧Pmhの全ヒス範囲は、図6に示した範囲になる。ヒス付MC液圧Pmhの全ヒス範囲の幅(D+S+D)も、MC液圧Pmにかかわらず一定となる。
本装置では、以下の原則1〜4に基づいて、MC液圧Pmの変化に対してヒス付MC液圧Pmhが演算・更新されていく。
(原則1)ヒス付MC液圧Pmhの前回値が、MC液圧Pmの今回値に対する静的ヒス範囲内にある場合(以下、「静的ヒス範囲内の場合」とも称呼する。)、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値と等しい値に設定される。
(原則2)ヒス付MC液圧Pmhの前回値が、MC液圧Pmの今回値に対する動的ヒス範囲A内にある場合(以下、「動的ヒス範囲A内の場合」とも称呼する。)、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値に所定値Δp(微小値)を加えた値に設定される。本例では、所定値Δp=D/Nである(N:2以上の整数、例えば、N=30)。これにより、「動的ヒス範囲A内の場合」が連続する期間中においては、ヒス付MC液圧Pmhは、時間の経過に伴って静的ヒス範囲の下限値に次第に近づいていく。そして、ヒス付MC液圧Pmhの前回値がMC液圧Pmの今回値に対する静的ヒス範囲の下限値に達すると(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」になると)、(原則1)より、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値と等しい値(=静的ヒス範囲の下限値)に維持されるようになる。
(原則3)ヒス付MC液圧Pmhの前回値が、MC液圧Pmの今回値に対する動的ヒス範囲B内にある場合(以下、「動的ヒス範囲B内の場合」とも称呼する。)、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値から前記所定値Δpを減じた値に設定される。これにより、「動的ヒス範囲B内の場合」が連続する期間中においては、ヒス付MC液圧Pmhは、時間の経過に伴って静的ヒス範囲の上限値に次第に近づいていく。そして、ヒス付MC液圧Pmhの前回値がMC液圧Pmの今回値に対する静的ヒス範囲の上限値に達すると(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」になると)、(原則1)より、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値と等しい値(=静的ヒス範囲の上限値)に維持されるようになる。
(原則4)ヒス付MC液圧Pmhの前回値が、MC液圧Pmの今回値に対する全ヒス範囲外にある場合(以下、「全ヒス範囲外の場合」とも称呼する。)ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、MC液圧Pmの今回値に対する全ヒス範囲の上下限値max,minのうちヒス付MC液圧Pmhの前回値に近い方の値に設定される。
以下、図7に示したパターン(実線を参照)でMC液圧Pmがステップ的に変化した場合を例にとって、この場合におけるヒス付MC液圧Pmhの演算・更新について図6、図7を参照しながら説明する。時刻t1以前では、MC液圧Pm、及びヒス付MC液圧Pmhは共に「0」に維持されているものとする。
時刻t1にてMC液圧Pm(の今回値)が「0」から値P8にステップ的に増大する。これにより、MC液圧Pmの今回値(=P8)に対する全ヒス範囲の下限値min=P8’となる。即ち、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=「0」)が、MC液圧Pmの今回値(=P8)に対する全ヒス範囲の範囲外となる(即ち、上記「全ヒス範囲外の場合」となる)。従って、(原則4)より、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、MC液圧Pmの今回値(=P8)に対する全ヒス範囲の上下限値max,minのうちヒス付MC液圧Pmhの前回値(=「0」)に近い方の値(=下限値min=P8’)に設定される。この状態は、点aに対応する。
時刻t1〜t3の間、MC液圧Pmは値P8に維持される。これにより、この間、MC液圧Pmの今回値(=P8)に対する全ヒス範囲は一定に維持される。換言すれば、動的ヒス範囲Aの上下限値が値P8、値P8’に、静的ヒス範囲の下限値が値P8にそれぞれ維持される。即ち、時刻t1以降、ヒス付MC液圧Pmhの前回値が、MC液圧Pmの今回値(=P8)に対する動的ヒス範囲A内となる(即ち、上記「動的ヒス範囲A内の場合」となる)。従って、(原則2)より、時刻t1以降、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、時間の経過に伴って静的ヒス範囲の下限値(=P8)に向けて増大していく。
時刻t2にて、ヒス付MC液圧Pmhが静的ヒス範囲の下限値=P8に達する。この状態は、点bに対応する。これにより、時刻t2以降、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P8)が、MC液圧Pmの今回値(=P8)に対する静的ヒス範囲内となる(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」となる)。従って、(原則1)より、時刻t2以降、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P8)と等しい値に設定される。即ち、時刻t2〜t3の間、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、値P8に維持される。
時刻t3にてMC液圧Pm(の今回値)が値P8から値P3にステップ的に減少する。これにより、MC液圧Pmの今回値(=P3)に対する全ヒス範囲の上限値max=P5’となる。即ち、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P8)が、MC液圧Pmの今回値(=P3)に対する全ヒス範囲の範囲外となる(即ち、上記「全ヒス範囲外の場合」となる)。従って、(原則4)より、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、MC液圧Pmの今回値(=P3)に対する全ヒス範囲の上限値max=P5’に設定される。この状態は、点cに対応する。
時刻t3〜t5の間、MC液圧Pmは値P3に維持される。これにより、この間、動的ヒス範囲Bの上下限値が値P5’、値P5に、静的ヒス範囲の上限値が値P5にそれぞれ維持される。即ち、時刻t3以降、ヒス付MC液圧Pmhの前回値が、MC液圧Pmの今回値(=P3)に対する動的ヒス範囲B内となる(即ち、上記「動的ヒス範囲B内の場合」となる)。従って、(原則3)より、時刻t3以降、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、時間の経過に伴って静的ヒス範囲の上限値(=P5)に向けて減少していく。
時刻t4にて、ヒス付MC液圧Pmhが静的ヒス範囲の上限値=P5に達する。この状態は、点dに対応する。これにより、時刻t4以降、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P5)が、MC液圧Pmの今回値(=P3)に対する静的ヒス範囲内となる(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」となる)。従って、(原則1)より、時刻t4以降、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P5)と等しい値に設定される。即ち、時刻t4〜t5の間、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、値P5に維持される。
時刻t5にてMC液圧Pm(の今回値)が値P3から値P4にステップ的に増大する。しかしながら、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P5)が、MC液圧Pmの今回値(=P4)に対する静的ヒス範囲内となる(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」となる)。従って、(原則1)より、時刻t5もなお、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P5)に維持される。この状態は、点eに対応する。
時刻t5〜t6の間、MC液圧Pmは値P4に維持される。これにより、この間も、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P5)が、MC液圧Pmの今回値(=P4)に対する静的ヒス範囲内となる(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」となる)。従って、(原則1)より、時刻t5〜t6の間もなお、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P5)に維持される。
時刻t6にてMC液圧Pm(の今回値)が値P4から値P7にステップ的に増大する。これにより、MC液圧Pmの今回値(=P7)に対する全ヒス範囲の下限値min=P7’となる。即ち、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P5)が、MC液圧Pmの今回値(=P7)に対する全ヒス範囲の範囲外となる(即ち、上記「全ヒス範囲外の場合」となる)。従って、(原則4)より、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、MC液圧Pmの今回値(=P7)に対する全ヒス範囲の下限値min=P7’に設定される。この状態は、点fに対応する。
時刻t6〜t8の間、MC液圧Pmは値P7に維持される。これにより、動的ヒス範囲Aの上下限値が値P7、値P7’に、静的ヒス範囲の下限値が値P7にそれぞれ維持される。即ち、時刻t6以降、ヒス付MC液圧Pmhの前回値が、MC液圧Pmの今回値(=P7)に対する動的ヒス範囲A内となる(即ち、上記「動的ヒス範囲A内の場合」となる)。従って、(原則2)より、時刻t6以降、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、時間の経過に伴って静的ヒス範囲の下限値(=P7)に向けて増大していく。
時刻t7にて、ヒス付MC液圧Pmhが静的ヒス範囲の下限値=P7に達する。この状態は、点gに対応する。これにより、時刻t7以降、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P7)が、MC液圧Pmの今回値(=P7)に対する静的ヒス範囲内となる(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」となる)。従って、(原則1)より、時刻t7以降、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P7)と等しい値に設定される。即ち、時刻t7〜t8の間、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、値P7に維持される。
時刻t8にてMC液圧Pm(の今回値)が値P7から値P6にステップ的に減少する。しかしながら、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P7)が、MC液圧Pmの今回値(=P6)に対する静的ヒス範囲内となる(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」となる)。従って、(原則1)より、時刻t8もなお、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P7)に維持される。この状態は、点hに対応する。
時刻t8〜t9の間、MC液圧Pmは値P6に維持される。これにより、この間も、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P7)が、MC液圧Pmの今回値(=P6)に対する静的ヒス範囲内となる(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」となる)。従って、(原則1)より、時刻t8〜t9の間もなお、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P7)に維持される。
時刻t9にてMC液圧Pm(の今回値)が値P6から値P1にステップ的に減少する。これにより、MC液圧Pmの今回値(=P1)に対する全ヒス範囲の上限値max=P2’となる。即ち、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P7)が、MC液圧Pmの今回値(=P1)に対する全ヒス範囲の範囲外となる(即ち、上記「全ヒス範囲外の場合」となる)。従って、(原則4)より、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、MC液圧Pmの今回値に対する全ヒス範囲の上限値max=P2’に設定される。この状態は、点iに対応する。
時刻t9以降、MC液圧Pmは値P1に維持される。これにより、この間、動的ヒス範囲Bの上下限値が値P2’、値P2に、静的ヒス範囲の上限値が値P2にそれぞれ維持される。即ち、時刻t9以降、ヒス付MC液圧Pmhの前回値が、MC液圧Pmの今回値(=P1)に対する動的ヒス範囲B内となる(即ち、上記「動的ヒス範囲B内の場合」となる)。従って、(原則3)より、時刻t9以降、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、時間の経過に伴って静的ヒス範囲の上限値(=P2)に向けて減少していく。
そして、時刻t10にて、ヒス付MC液圧Pmhが静的ヒス範囲の上限値=P2に達する。この状態は、点jに対応する。これにより、時刻t10以降、ヒス付MC液圧Pmhの前回値(=P2)が、MC液圧Pmの今回値(=P1)に対する静的ヒス範囲内となる(即ち、上記「静的ヒス範囲内の場合」となる)。従って、(原則1)より、時刻t10以降、ヒス付MC液圧Pmhの今回値は、値P2に維持される。
本装置では、このようにしてヒス付MC液圧Pmhが演算・更新されていく。従って、例えば、静的ヒス範囲の幅Sが上述した「MC液圧のハンチング」におけるMC液圧Pmの変動幅W(図5を参照)よりも大きい値に設定された場合(W<S)、MC液圧Pmが変動すると、上記「静的ヒス範囲内の場合」のみが連続する。この結果、ヒス付MC液圧Pmhが全く変動しなくなる。
或いは、静的ヒス範囲の幅Sが上記MC液圧Pmの変動幅Wよりも小さい値に設定される一方で「静的ヒス範囲の幅Sに動的ヒス範囲の幅Dを加えた幅」(S+D)が上記MC液圧Pmの変動幅Wよりも大きい値に設定された場合(S<W<(S+D))、MC液圧Pmが変動すると、MC液圧Pmの変動の1周期中における短い期間に限って上記「動的ヒス範囲内の場合」が連続し、残りの長い期間に亘って上記「静的ヒス範囲内の場合」が連続する。この結果、上記「動的ヒス範囲内の場合」が連続する短い期間だけヒス付MC液圧Pmhが若干変化するものの、ヒス付MC液圧Pmhは殆ど変動しなくなる。
本装置では、上記「S<W<(S+D)」の関係が成立するように、静的ヒス範囲の幅S、及び動的ヒス範囲A,Bの各幅Dが設定される。そして、このように設定されたヒス範囲に基づいて演算・更新されるヒス付MC液圧Pmhを用いて目標WC液圧Pwtがヒス付MC液圧Pmhに比例する値に決定される。
図8は、本装置により演算・更新されるヒス付MC液圧Pmhを用いて目標WC液圧Pwtが決定される場合における、上述した図5に対応するタイムチャートである。図8(A)〜(C)において、2点鎖線は、図5(A)〜(C)に実線にて示した値と同じ値の変化をそれぞれ表す。
図8(A)に示すように、時刻tA以前にて、MC液圧Pm(実線を参照)が増大していくと、上記「全ヒス範囲外の場合」、或いは上記「動的ヒス範囲A内の場合」が連続することで、差(Pm−Pmh)が「動的ヒス範囲の幅D」を超えない範囲内で、ヒス付MC液圧Pmh(破線を参照)が、MC液圧Pmよりも小さい値を採りながら増大していく。そして、MC液圧Pmの増大が終了する時刻tAの直前から、MC液圧Pmの増加勾配が小さくなることに起因して上記「動的ヒス範囲A内の場合」のみが連続し、この結果、時刻tAにてヒス付MC液圧PmhがMC液圧Pmに一致する。
このように時刻tA以前においてヒス付MC液圧Pmhが増大することで、時刻tA以前において、ヒス付MC液圧Pmhに比例して決定される目標WC液圧Pwtも、リニア弁差圧ΔPdも、図8(B)(C)に実線で示したように増大していく。
時刻tA以降、MC液圧Pmが減少を開始する。しかしながら、時刻tA以降、当初は、上記「静的ヒス範囲内の場合」のみが連続する。従って、図8(A)に破線で示したように、時刻tA以降、ヒス付MC液圧Pmhが一定に維持される。そして、差(Pmh−Pm)が「静的ヒス範囲の幅S」を超えた時点以降、上記「動的ヒス範囲B内の場合」が連続することになり、上記差(Pmh−Pm)が「静的ヒス範囲の幅S」を超えている分に応じてヒス付MC液圧Pmhが若干減少する。
一方、このように時刻tA以降においてヒス付MC液圧Pmhが殆ど変化しないから、目標WC液圧Pwt及びリニア弁差圧ΔPdも殆ど変化しない。即ち、リニア弁差圧ΔPdの減少により発生する上述した「上記流入速度が上記流出速度を上回る傾向」が殆ど発生しない。従って、図8(A)に実線にて示したように、MC液圧Pmは、時刻tA以降において一旦減少した後、再び急激に増大することはなく非常に緩やかに増大していく。
このように、MC液圧Pmが非常に緩やかに増大していく過程では、上記「静的ヒス範囲内の場合」のみが連続する。従って、図8(A)に破線で示したように、ヒス付MC液圧Pmhが一定に維持され続ける。従って、目標WC液圧Pwt及びリニア弁差圧ΔPdも、図8(B)(C)に実線で示したように一定に維持され続ける。
そして、その後、MC液圧Pmは、図8(A)に実線にて示したように、差(Pmh−Pm)が「静的ヒス範囲の幅S」を超えない範囲内で、ヒス付MC液圧Pmhよりも小さい或る値に収束する。
このように、本装置では、インラインシステムに起因してMC液圧Pmの変動が発生しても、その変動が継続し得ない。即ち、上記「MC液圧のハンチング」の発生が抑制され得る。以上が、MC液圧のハンチングの抑制の概要である。
(定常偏差の低減)
図9は、MC液圧Pmが増大し、その後一定に維持され、その後減少し、その後一定に維持される場合における、MC液圧Pm(実線を参照)と、本装置により演算されるヒス付MC液圧Pmh(破線を参照)の変化を示している。
MC液圧Pmが増大していくと、上記「全ヒス範囲外の場合」、或いは上記「動的ヒス範囲A内の場合」が連続することで、差(Pm−Pmh)が「動的ヒス範囲の幅D」を超えない範囲内で、ヒス付MC液圧Pmhが、MC液圧Pmよりも小さい値を採りながら増大していく。そして、MC液圧Pmが増大から一定に移行する時点の直前から、MC液圧Pmの増加勾配が小さくなることに起因して上記「動的ヒス範囲A内の場合」のみが連続し、この結果、MC液圧Pmが一定に移行する時点近傍にてヒス付MC液圧PmhがMC液圧Pmに一致する。そして、MC液圧Pmが一定に維持されている間は、上記「静的ヒス範囲内の場合」が連続することで、ヒス付MC液圧PmhがMC液圧Pmと等しい値に維持され続ける。このような作動は、図7の時刻t1〜t3、時刻t6〜t8に対応している。
このように、MC液圧Pmが増大した後に一定となる場合、ヒス付MC液圧PmhとMC液圧Pmとの間における定常的な偏差(即ち、上記定常偏差)は「0」となる。これにより、ヒス付MC液圧Pmhに基づいて決定される目標WC液圧Pwt(従って、WC液圧の実際値)が運転者のブレーキ操作により要求される値と一致することになり、ブレーキペダルフィーリングの悪化が発生しない。加えて、目標WC液圧Pwt(従って、WC液圧の実際値)が運転者のブレーキ操作により要求される値よりも小さくなって運転者が意図する制動力が十分に発生し得なくなる事態が発生しない。これは、上述したように、静的ヒス範囲の下限値がその静的ヒス範囲に対応するMC液圧Pmの値と等しい値に設定されていることに基づく。
MC液圧Pmが減少していくと、上記「全ヒス範囲外の場合」、或いは上記「動的ヒス範囲B内の場合」が連続することで、差(Pmh−Pm)が「静的ヒス範囲の幅Sと動的ヒス範囲の幅Dの和(S+D)」を超えない範囲内で、ヒス付MC液圧Pmhが、MC液圧Pmよりも大きい値を採りながら減少していく。そして、MC液圧Pmが減少から一定に移行する時点の直前から、MC液圧Pmの減少勾配が小さくなることに起因して上記「動的ヒス範囲B内の場合」のみが連続し、この結果、MC液圧Pmが一定に移行する時点近傍にてヒス付MC液圧PmhがMC液圧Pmに「静的ヒス範囲の幅S」を加えた値(Pm+S)に一致する。そして、MC液圧Pmが一定に維持されている間は、上記「静的ヒス範囲内の場合」が連続することで、ヒス付MC液圧Pmhが値(Pm+S)に維持され続ける。このような作動は、図7の時刻t3〜t5、時刻t9〜t10に対応している。
このように、MC液圧Pmが減少した後に一定となる場合、ヒス付MC液圧PmhとMC液圧Pmとの間における定常偏差は「静的ヒス範囲の幅S」となる。ここで、定常偏差が大きいほど、運転者が要求するWC液圧の減少量に対してWC液圧の実際値の減少量が不足する程度が大きくなり、ブレーキペダルBPを戻していく過程において運転者が感じる「WC液圧が残存する感覚」(所謂「残圧感」)が大きくなる。従って、定常偏差、即ち、「静的ヒス範囲の幅S」は小さい方が好ましい。
ここで、上述したように、本装置では、上記「S<W<(S+D)」の関係が成立するように、静的ヒス範囲の幅S、及び動的ヒス範囲A,Bの各幅Dが設定されている。即ち、静的ヒス範囲と動的ヒス範囲とを組み合わせて「MC液圧のハンチング」を抑制している。
これに対し、動的ヒス範囲を用いずに静的ヒス範囲のみを用いて「MC液圧のハンチング」を抑制する場合、上述したように、静的ヒス範囲の幅Sを上記MC液圧Pmの変動幅Wよりも大きい値に設定する必要がある。この場合、例えば、図10に示したように、静的ヒス範囲は、本装置における静的ヒス範囲に本装置における動的ヒス範囲Bを加えた範囲とされる。この場合における静的ヒス範囲の幅S1は、(S+D)となる。
図10に示したように静的ヒス範囲のみが設定された場合において、MC液圧Pmが減少した後に一定となると、図9に一点鎖線で示すように、ヒス付MC液圧とMC液圧Pmとの間における定常偏差は「静的ヒス範囲の幅S1」となり、本装置が適用された場合における定常偏差(=S)よりも大きくなる。
以上より、本装置では、静的ヒス範囲と動的ヒス範囲とを組み合わすことで、「MC液圧のハンチング」が確実に抑制され得るとともに、図10に示したように静的ヒス範囲のみが設定された場合に比して、ブレーキペダルBPを戻していく過程において運転者が感じる上記「残圧感」を小さくすることができる。
(実際の作動)
次に、以上のように構成された本発明の実施形態に係る車両用ブレーキ装置10の実際の作動について、CPU51が実行するルーチン(プログラム)をフローチャートにより示した図11、図12を参照しながら説明する。
CPU51は、図11に示したルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はこのルーチンの処理を開始し、ステップ1105に進んで、上記センサ41〜43の出力値(出力信号)を入力する。
次いで、CPU51はステップ1110に進み、制動中であるか否かを判定する。本例では、ブレーキスイッチ42がオン信号を出力している場合に「制動中」であると判定され、ブレーキスイッチ42がオフ信号を出力している場合に「制動中」でないと判定される。
いま、車両走行中であって、「制動中」でないものとして説明を続けると、CPU51はステップ1110にて「No」と判定してステップ1115に進み、目標リニア弁差圧ΔPtを「0」に設定し、続くステップ1120にて液圧ポンプHP1,HP2を停止する指示をモータMT(の駆動回路)に対して行い、続く、ステップ1125にて、ヒス付MC液圧Pmhの演算の準備のため、ヒス付MC液圧Pmhの前回値Pmhbを初期値「0」に設定する。
そして、CPU51はステップ1130に進み、リニア弁差圧ΔPd(=ΔPdf=ΔPdr)が上記設定された目標リニア弁差圧ΔPt(現時点では、「0」)に一致するように、常開リニア電磁弁PC1,PC2への指令電流Idを制御する。
これにより、液圧ポンプHP1,HP2が停止するとともに、リニア弁差圧ΔPdが「0」になる。現時点は「制動中」でないからMC液圧Pmも「0」である。従って、この場合、WC液圧Pw**(=Pm+ΔPd)も「0」となり、液圧制動力は発生しない。このような処理は、「制動中」でないと判定される限りにおいて繰り返し実行される。
次に、この状態(即ち、車両走行中)にて運転者がブレーキペダルBPを操作開始した場合について説明する。この場合、ブレーキスイッチ42がオン信号を出力するようになる。従って、CPU51はステップ1110に進んだとき「Yes」と判定してステップ1135に進むようになる。
CPU51はステップ1135に進むと、同ステップ1135を経由して図12に示したヒス付MC液圧Pmhの決定ルーチンの処理をステップ1200から開始する。即ち、CPU51はステップ1200からステップ1205に進むと、MC液圧センサ43により検出された現時点でのMC液圧Pmと、MC液圧Pmと上記「全ヒス範囲」の上限値max(図6を参照)との関係を規定するROM52に予め記憶されているテーブルと、に基づいて上限値maxを決定する。これにより、MC液圧Pmが大きいほど上限値maxがより大きい値に決定される。
続いて、CPU51はステップ1210に進み、MC液圧センサ43により検出された現時点でのMC液圧Pmと、MC液圧Pmと上記「全ヒス範囲」の下限値min(図6を参照)との関係を規定するROM52に予め記憶されているテーブルと、に基づいて下限値minを決定する。これにより、MC液圧Pmが大きいほど下限値minがより大きい値に決定される。
次いで、CPU51はステップ1215に進んで、値αを、上限値max、ヒス付MC液圧の前回値Pmhb、及び下限値minのうちの真ん中の値に設定する。なお、ヒス付MC液圧の前回値Pmhbとしては、前回の本ルーチン実行時において後述するステップ1255にて既に更新されている値が使用される。なお、制動開始後にて初めてステップ1215が実行される場合に限り、Pmhbとして、先のステップ1125の処理に基づく「0」が使用される。
続いて、CPU51はステップ1220に進み、上記値αが上記ヒス付MC液圧の前回値Pmhbと等しいか否かを判定する。ここで、「Yes」と判定される場合は、上記「静的ヒス範囲内の場合」、或いは、上記「動的ヒス範囲A,B内の場合」に対応し、「No」と判定される場合は、上記「全ヒス範囲外の場合」に対応する。
ステップ1220にて「Yes」と判定される場合、CPU51はステップ1225に進んで、点(Pm,Pmhb)が静的ヒス領域内にあるか否か(即ち、「静的ヒス範囲内の場合」か否か)を判定し、「Yes」と判定する場合(即ち、「静的ヒス範囲内の場合」)、ステップ1230に進んで、上記(原則1)により、ヒス付MC液圧Pmh(の今回値)をヒス付MC液圧の前回値Pmhbと等しい値に設定する。
一方、ステップ1225にて「No」と判定される場合、CPU51はステップ1235に進んで、点(Pm,Pmhb)が動的ヒス領域A内にあるか否か(即ち、「動的ヒス範囲A内の場合」か否か)を判定し、「Yes」と判定する場合(即ち、「動的ヒス範囲A内の場合」)、ステップ1240に進んでヒス付MC液圧Pmh(の今回値)を、上記(原則2)により、ヒス付MC液圧の前回値Pmhbに前記所定値Δpを加えた値(Pmhb+Δp)に設定する。
ステップ1235にて「No」と判定される場合(即ち、「動的ヒス範囲B内の場合」)、CPU51はステップ1245に進んで、ヒス付MC液圧Pmh(の今回値)を、上記(原則3)により、ヒス付MC液圧の前回値Pmhbから前記所定値Δpを減じた値(Pmhb-Δp)に設定する。
ステップ1220にて「No」と判定される場合(即ち、「全ヒス範囲外の場合」)、CPU51はステップ1250に進んで、上記(原則4)により、ヒス付MC液圧Pmh(の今回値)を上記αと等しい値に設定する。この場合、値αは、「全ヒス範囲の上下限値max,minのうちヒス付MC液圧の前回値Pmhbに近い方の値」に対応する。
そして、CPU51はステップ1255に進んで、ヒス付MC液圧の前回値Pmhbを、上記ステップ1230、1240、1245、1250の何れかにて設定されたヒス付MC液圧Pmh(の今回値)と等しい値に設定・更新した後、ステップ1295を経由して図11のステップ1140に進む。
CPU51はステップ1140に進むと、先のステップ1135の処理(従って、図12のルーチンの処理)により決定されたヒス付MC液圧Pmh(の今回値)と、図13にグラフにより示したヒス付MC液圧Pmhと目標WC液圧Pwtとの関係を規定するROM52に予め記憶されているテーブルと、に基づいて目標WC液圧Pwtを決定する。このテーブルに規定されているヒス付MC液圧Pmhと目標WC液圧Pwtとの関係は、上述した図4に示したMC液圧Pmと目標WC液圧Pwtとの関係に対応している。これにより、ヒス付MC液圧Pmhが大きいほど目標WC液圧Pwtがより大きい値に決定される。
続いて、CPU51はステップ1145に進み、目標リニア弁差圧ΔPtを、上記ステップ1140にて決定した目標WC液圧Pwtから上記ステップ1135にて決定したヒス付MC液圧Pmhを減じた値(=Pwt−Pmh)に設定する。
続いて、CPU51はステップ1150に進んで、液圧ポンプHP1,HP2を駆動する指示をモータMT(の駆動回路)に対して行った後、上記ステップ1130の処理を行う。これにより、液圧ポンプHP1,HP2が駆動されて、リニア弁差圧ΔPdが値(Pwt−Pmh)に一致するように制御される。この結果、WC液圧Pw**(=Pm+ΔPd)が目標WC液圧Pwtと一致するように制御されて、目標WC液圧Pwtに対応する液圧制動力が発生する。このような処理は、「制動中」であると判定される限りにおいて繰り返し実行される。
以上、説明したように、本発明の実施形態に係るインラインシステムを備えた車両用ブレーキ装置(車両用ブレーキ制御装置)によれば、目標WC液圧Pwtが、MC液圧Pmそのものに代えて、MC液圧Pmに対して上記原則1〜4に基づいてヒステリシスを付与した値(ヒス付MC液圧Pmh)を用いてヒス付MC液圧Pmhに比例する値に決定される。そして、マスタシリンダMCが出力するMC液圧Pmに、常開リニア電磁弁PC1,PC2により発生するリニア弁差圧ΔPd(=ΔPdf=ΔPdr)を加えた液圧であるWC液圧Pw**(=Pm+ΔPd)が上記目標WC液圧Pwtと一致するように、リニア弁差圧ΔPd(=ΔPdf=ΔPdr)が制御される。
これにより、インラインシステムに起因してMC液圧Pmの変動が発生しても、ヒス付MC液圧Pmhの変動が抑制され得、目標WC液圧Pwtの変動が抑制され得る。この結果、MC液圧Pmの変動が継続し難くなって「MC液圧のハンチング」の発生が抑制され得る。従って、ブレーキフィーリングの悪化を抑制することができる。
本発明は上記実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記実施形態においては、静的ヒス範囲と動的ヒス範囲とを組み合わせて「MC液圧のハンチング」を抑制している(図6を参照)が、図10に示したように、動的ヒス範囲を用いずに静的ヒス範囲のみを用いて「MC液圧のハンチング」を抑制してもよい。
この場合、図12に示したルーチンに代えて図14にフローチャートにより示したルーチンが実行される。図14のルーチンにおいて図12のルーチンのステップと同じステップについては図12のルーチンのステップ番号と同じステップ番号が付されている。
図14のルーチンは、ステップ1205、1210、1215をステップ1405、1410、1415に置き換えた点、並びに、ステップ1225、1235、1240、1245を削除した点においてのみ、図12に示したルーチンと異なる。
ステップ1405、1410、1415は、上下限値max,min(図6を参照)を上下限値max1,min1(図10を参照)に変更した点においてのみステップ1205、1210、1215と異なる。ステップ1225、1235、1240、1245が削除されたことは、上記「動的ヒスA内の場合」、及び上記「動的ヒスB内の場合」が存在しないことに対応している。
また、上記実施形態においては、静的ヒス範囲に加えて、動的ヒス範囲A及び動的ヒス範囲Bが設けられているが、動的ヒス範囲A及び動的ヒス範囲Bの何れか一方を省略してもよい。
また、上記実施形態においては、動的ヒス範囲Aの幅と動的ヒス範囲Bの幅とを同じ値Dとしているが、動的ヒス範囲Aの幅と動的ヒス範囲Bの幅とを異ならせてもよい。
また、上記実施形態においては、目標WC液圧Pwtがヒス付MC液圧Pmhのみに基づいて決定されているが(図13、ステップ1140を参照)、目標WC液圧Pwtが、ヒス付MC液圧Pmhに加えてその他のパラメータ(例えば、車体速度等)にも基づいて決定されてもよい。
また、本発明に係る車両用ブレーキ装置が、モータを駆動源として有する電動車両、或いはハイブリッド車両に適用される場合、上記実施形態においては、MC液圧Pmの目標WC液圧Pwtに対する不足分を補填する前記「補填制動力」として、リニア弁差圧ΔPdに基づく液圧制動力に加えて、モータによる回生制動力を利用してもよい。
10…車両用ブレーキ装置、30…ブレーキ液圧制御部、41**…車輪速度センサ、43…マスタシリンダ液圧センサ、50…電子制御装置、51…CPU、HP1,HP2…液圧ポンプ、PC1,PC2…リニア電磁弁