ところが、加工硬化により強度を付与する方法では、高度の加工により加工誘起マルテンサイトを生じるために耐食性が損なわれるうえ、磁性を帯びることになるため、磁気ディスク装置,マイクロスイッチ,リレー等のように非磁性の特性が要求される用途に使用する際に問題となっていた。このため、非磁性特性が要求される分野のばね素材としては、高価で公害性が懸念されるうえに強度も低いBe−Cu系非鉄合金を使わざるを得なかった。
また、加工硬化によって強度向上を図る方法では得られる強度(硬度)は、通常Hv400程度であり最大でもHv550程度に止まることから、強度すなわち耐摩耗性におのずと限界が生じる。一方、めっきやCVD等の皮膜コーティングでは、ばねに加わる応力による大きな曲げ変形で表面の皮膜に剥離が生じやすいという問題がある。
また、特許文献1のように窒化処理を応用したものや、特許文献2のように炭化物の析出を伴うものでは、製品の強度は向上するものの、肝心の耐食性が低下するという大きな問題がある。そのうえ、窒化処理ではCr窒化物を生成することによって製品の表面が膨れたり表面粗度が悪くなったりあるいは磁性を帯びる等の欠点がある。また、形成された窒化層自体には延性が全くないために曲げ等の加工に際しては必ず亀裂を生じるため、ばねとしては致命的な欠点となる。
本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部をクロム化合物を析出させることなく強化することにより、ばね性を付与し、優れた耐食性と耐摩耗性・耐疲労性を有し、しかも非磁性の特性をも兼ね備えたステンレス鋼ばねを提供することを目的とする。
上記目的を達成するため、本発明の第1のステンレス鋼ばねは、ばね素材が非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼からなり、少なくとも表層部に、母材のオーステナイトに炭素が固溶してクロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶層が形成され、上記ばね素材は板状もしくは線状であり、上記炭素固溶層は、表面から板厚もしくは線径の5%以上の深さに形成されていることを要旨とする。
また、本発明の第2のステンレス鋼ばねは、ばね素材が非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼からなり、少なくとも表層部に、母材のオーステナイトに炭素が固溶した炭素固溶層が形成され、上記ばね素材は板状もしくは線状であり、上記ばね素材は、板厚が0.2mm以下の板状もしくは線径が0.2mm以下の線状であり、上記炭素固溶層は、表面から板厚もしくは線径の25%以上の深さに形成されていることを要旨とする。
また、本発明の第3のステンレス鋼ばねは、ばね素材が非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼からなり、少なくとも表層部に、母材のオーステナイトに炭素が固溶してクロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶層が形成され、上記ばね素材は板状もしくは線状であり、表層部から芯部にわたるばね素材全体が、母材のオーステナイトに炭素が固溶するとともにクロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶相からなることを要旨とする。
本発明の第1のステンレス鋼ばねは、表層部に母材のオーステナイトに炭素が固溶してクロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶層が形成されていることから、上記炭素固溶層は、炭素濃度が高くなって格子歪みが増大し、強度が向上する。したがって、従来のような加工硬化ではなく、炭素による固溶硬化というプロセスによってオーステナイト系ステンレス鋼にばね性を付与することができるのである。そして、上記炭素固溶層は、炭素原子がクロム炭化物粒子を形成せずに固溶した状態であることから、母材に固溶するクロム原子が固溶した状態を維持して化合物をつくらないことから、母材に固溶するクロム量を減少させることもなく、オーステナイト系ステンレス鋼自体が有する耐食性を損なわないばかりか、それ以上の耐食性を発揮するようになる。また、表面粗度もほとんど悪化せず、膨れによる寸法変化や磁性も生じないため、面粗度低下や寸法変化も少なく、比較的精度よく表面改質をすることができる。このように、オーステナイト系ステンレス鋼自体の非磁性特性が失われることなく維持されるため、磁性を嫌う用途への応用を促進することが可能となるのである。そして、磁気記憶装置やマイクロスイッチ,リレー等の非磁性特性が要求される機器への応用が可能になり、従来のBe−Cu系合金によるばねよりも大幅にコストを低減することができる。また、上記ばね素材は板状もしくは線状であり、上記炭素固溶層は、表面から板厚もしくは線径の5%以上の深さに形成されているため、表層部の上記5%深さの炭素固溶層による表層部の強化によって十分なばね性が付与される。
上記第1のステンレス鋼ばねにおいて、上記ばね素材は、板厚が1mm以下の板状もしくは線径が1mm以下の線状である場合には、板厚もしくは線径が比較的大きなばね素材において、比較的短時間の浸炭処理によりばね性を付与することができる。
本発明の第2のステンレス鋼ばねは、表層部に母材のオーステナイトに炭素が固溶してクロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶層が形成されていることから、上記炭素固溶層は、炭素濃度が高くなって格子歪みが増大し、強度が向上する。したがって、従来のような加工硬化ではなく、炭素による固溶硬化というプロセスによってオーステナイト系ステンレス鋼にばね性を付与することができるのである。そして、上記炭素固溶層は、炭素原子がクロム炭化物粒子を形成せずに固溶した状態であることから、母材に固溶するクロム原子が固溶した状態を維持して化合物をつくらないことから、母材に固溶するクロム量を減少させることもなく、オーステナイト系ステンレス鋼自体が有する耐食性を損なわないばかりか、それ以上の耐食性を発揮するようになる。また、表面粗度もほとんど悪化せず、膨れによる寸法変化や磁性も生じないため、面粗度低下や寸法変化も少なく、比較的精度よく表面改質をすることができる。このように、オーステナイト系ステンレス鋼自体の非磁性特性が失われることなく維持されるため、磁性を嫌う用途への応用を促進することが可能となるのである。そして、磁気記憶装置やマイクロスイッチ,リレー等の非磁性特性が要求される機器への応用が可能になり、従来のBe−Cu系合金によるばねよりも大幅にコストを低減することができる。また、上記ばね素材は、板厚が0.2mm以下の板状もしくは線径が0.2mm以下の線状であり、上記炭素固溶層は、表面から板厚もしくは線径の25%以上の深さに形成されているため、板厚もしくは線径が比較的小さなばね素材において、十分なばね性を付与することができる。
本発明の第3のステンレス鋼ばねは、ばね素材が非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼であり、表層部から芯部にわたるばね素材全体が、母材のオーステナイトに炭素が固溶するとともにクロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶相からなる。このように、上記炭素固溶相は、炭素原子がクロム炭化物粒子を形成せずに固溶した状態であることから、炭素濃度が高くなって格子歪みが増大し、強度が向上する。したがって、従来のような加工硬化ではなく、炭素による固溶硬化というプロセスによってオーステナイト系ステンレス鋼にばね性を付与することができるのである。そして、上記炭素固溶相は、炭素原子がクロム炭化物粒子を形成せずに固溶した状態であることから、母材に固溶するクロム原子が固溶した状態を維持して化合物をつくらないことから、オーステナイト系ステンレス鋼自体が有する耐食性を損なわないばかりか、それ以上の耐食性を発揮するようになる。しかも、オーステナイト系ステンレス鋼自体の非磁性特性も失われることなく維持されるため、磁性を嫌う用途への応用を促進することが可能となるのである。そして、磁気記憶装置やマイクロスイッチ,リレー等の非磁性特性が要求される機器への応用が可能になり、従来のBe−Cu系合金によるばねよりも大幅にコストを低減することができる。しかも、ばね素材全体が炭素固溶相として強化されていることから、強力なばね性を発揮する。
本発明のステンレス鋼ばねにおいて、表面硬度がHv570以上である場合には、浸炭処理によって形成される炭素固溶層または炭素固溶相の、特に表面近傍の炭素濃度が十分に高くなり、格子歪みによって十分に強度が向上して優れたばね特性が付与される。また、浸炭処理あがりの中間製品を抜き取り検査することにより、製品のばね特性をある程度予測できるため、中間製品の品質特性の基準をつくり、それに満たないものについては再度フッ化処理と浸炭処理を行うことができ、最終製品の不良率を減少して歩留まりを向上させることができる。特に、上記炭素固溶層または炭素固溶相の硬度として、母材の表面から測定したマイクロビッカース硬度やヌープ硬度を基準とすることにより、非破壊で製品の検査をできて歩留まり低下を減少できる。
また、本発明において、ばね素材の表面から内部に向かって炭素固溶濃度が少なくなる濃度勾配が形成されている場合には、上記炭素の濃度勾配が存在する部分は、炭素濃度が高くなって格子歪みが増大し、強度が向上する。したがって、従来のような加工硬化ではなく、炭素による固溶硬化というプロセスによってオーステナイト系ステンレス鋼にばね性を付与することができるのである。
本発明のステンレス鋼ばねは、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼からなるばね素材を、フッ素系ガス雰囲気下で加熱保持してフッ化処理を行い、上記フッ化処理と同時期および/またはその後に、上記ばね素材に対して浸炭処理を行うことにより製造することができる。このとき、上記フッ化処理により、オーステナイト系ステンレス鋼の表面が活性化されて表面にフッ化膜が形成され、炭素が侵入しやすい状態となる。そして、フッ化処理後に浸炭処理を行うことにより、オーステナイト系ステンレスの表面から炭素が侵入固溶する。侵入固溶した炭素は、クロム炭化物粒子を形成せずに母材表面から内部に向かって拡散し、ばね素材に炭素固溶層を形成する。
上記炭素固溶層は、炭素原子がクロム炭化物粒子を形成せずに固溶した状態であることから、炭素濃度が高くなって格子歪みが増大し、強度が向上する。したがって、従来のような加工硬化ではなく、浸炭というプロセスによってオーステナイト系ステンレス鋼にばね性を付与することができるのである。そして、上記炭素固溶層は、炭素原子がクロム炭化物粒子を形成せずに固溶した状態であることから、母材に固溶するクロム原子が固溶した状態を維持して化合物をつくらないことから、オーステナイト系ステンレス鋼自体が有する耐食性を損なわないばかりか、それ以上の耐食性を発揮するようになる。しかも、オーステナイト系ステンレス鋼自体の非磁性特性も失われることなく維持されるため、磁性を嫌う用途への応用を促進することが可能となるのである。そして、磁気記憶装置やマイクロスイッチ,リレー等の非磁性特性が要求される機器への応用が可能になり、従来のBe−Cu系合金によるばねよりも大幅にコストを低減することができる。
上記製造方法において、上記ばね素材は、あらかじめ所定の加工率で冷間加工を施したものである場合には、浸炭処理による表層部近傍の強化に冷間加工による芯部の加工硬化を伴うことにより、ばね性をより向上させることができる。
上記製造方法において、上記ばね素材は、上記冷間加工の後、応力除去焼鈍を行なったものである場合には、応力除去焼鈍により脆性が改善され、応力腐食割れに対する耐性も向上するうえ、その後のフッ化処理や浸炭処理での熱変形が防止される。したがって、この場合、応力除去焼鈍後、フッ化処理の前に寸法矯正を行なうのが好適である。
上記製造方法において、上記浸炭処理を行なった後のばね素材に対して冷間加工を施す場合には、浸炭による炭素固溶層は、炭化物等を生成せずに炭素が固溶しているため、高い強度を有するとともにある程度の延性を確保できるため、浸炭処理による表層部近傍の強化に加えて、冷間加工による加工硬化を併せて加えることにより、ばね性をより向上させることができる。また、浸炭処理による硬化処理の後にコイリングやプレス等の塑性変形による成形を行なうことも可能となる。このように、熱処理後に成形することにより、熱処理による歪変形の影響を最小限に留め、極めて高精度のばね製品を得ることができるようになる。特に、磁気ディスク装置等のように高精度が要求される分野への適用において有利である。
上記製造方法において、上記冷間加工の後、応力除去焼鈍を行なう場合には、応力除去焼鈍により脆性が改善され、応力腐食割れに対する耐性も向上する。
上記製造方法において、上記ばね素材は、あらかじめ溶体化処理を施したものである場合には、溶体化処理によって完全に非磁性となったばね素材に対して浸炭を行い、冷間加工を施すことなくばね性を付与することができ、非磁性が要求される分野に適切なものとなる。また、溶体化処理によって母材の組織が正常化され、浸炭処理が安定して炭素固溶層が均一化するとともにその強度も向上し、ばね特性の安定したステンレス鋼ばねが得られる。
つぎに、本発明を実施するための最良の形態を詳しく説明する。
本発明のステンレス鋼ばねの製法は、主としてつぎの工程を実施することにより行う。
すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼からなるばね素材を、フッ素系ガス雰囲気下で加熱保持してフッ化処理を行い、上記フッ化処理と同時期および/またはその後に、上記ばね素材に対して浸炭処理を行って、当該ばね素材の表層部に、クロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶層を形成する。
まず、本発明が適用される母材であるオーステナイト系ステンレス鋼について説明する。
上記オーステナイト系ステンレス鋼は、例えば鉄分を50重量%以上含有し、クロム分を12重量%以上含有するとともにニッケルを含有するオーステナイト系ステンレス鋼があげられる。具体的には、SUS304、SUS316、SUS303S等の18−8系ステンレス鋼材や、クロムを25重量%、ニッケルを20重量%含有するオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS310Sや309、さらに、クロム含有量が23重量%、モリブデンを2重量%含むオーステナイト−フェライト2相系ステンレス鋼材等があげられる。また、ニッケルを19〜22重量%、クロムを20〜27重量%、炭素を0.25〜0.45重量%含むSCH21やSCH22等の耐熱鋼鋳鋼も本発明のオーステナイト系ステンレス鋼として好適に用いられる。さらに、クロムを20〜22重量%、ニッケルを3.25〜4.5重量%、マンガンを8〜10重量%、炭素を0.48〜0.58重量%含むSUH35や、クロムを13.5〜16重量%、ニッケルを24〜27重量%、モリブデンを1〜1.5重量%含むSUH660等の耐熱鋼も本発明のオーステナイト系ステンレス鋼として好適に用いることができる。また、SUS301等の17−7系ステンレス鋼、よりニッケル量を少なくしたSUS202等の18−5−8Mn−N系ステンレス鋼、SUS201等の17−4−6Mn−N系ステンレス鋼、SUS301J等の17−8系ステンレス鋼、析出硬化性を付与したSUS631等の17−7PH系ステンレス鋼、SUS632等のPH15−7Mo系ステンレス鋼、SUS630等の17−4PH系ステンレス鋼等のいわゆる準安定系のオーステナイト系ステンレス鋼も本発明のオーステナイト系ステンレス鋼として好適に用いることができる。
このように、ニッケルおよびクロムを含む低炭素のオーステナイト系ステンレス鋼を使用することにより、耐食性に優れるだけでなく高温強度や高温耐疲労性にも優れ、しかもクロム化合物の析出がなく非磁性を保ったオーステナイト系ステンレス鋼の表層部に炭素固溶層を形成し、耐摩耗性や耐食性に優れ、非磁性のステンレス鋼ばねを得ることができるのである。また、非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼であるばね素材の、表層部から芯部にわたるばね素材全体に、母材のオーステナイトに炭素が固溶するとともにクロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶相を形成し、耐摩耗性や耐食性に優れ、非磁性のステンレス鋼ばねを得ることができるのである。
上記オーステナイト系ステンレス鋼を、圧延加工で所定厚さの板材に形成したり、引き抜き加工で所定径の線材に形成してばね素材を形成する。
本発明のステンレス鋼ばねの製造方法では、図1(a)に示すように、上記ばね素材に対し、あらかじめ所定の冷間加工を施した後、フッ化処理および浸炭処理を行なうようにする。このようにすることにより、浸炭処理による表層部近傍の強化に所定の加工率による冷間加工で芯部の加工硬化を生じさせ、ばね性をより向上させることができる。
また、本発明のステンレス鋼ばねの製造方法では、図1(b)に示すように、上記ばね素材に対し、あらかじめ所定の加工率で冷間加工を施した後、応力除去焼鈍を行ない、その後フッ化処理および浸炭処理を行なうようにすることができる。
このようにすることにより、浸炭処理による表層部近傍の強化に冷間加工による芯部の加工硬化を伴うことにより、ばね性をより向上させることができる。また、応力除去焼鈍により脆性が改善され、応力腐食割れに対する耐性も向上するうえ、その後のフッ化処理や浸炭処理での熱変形が防止される。したがって、この場合、応力除去焼鈍後、フッ化処理の前に寸法矯正を行なうのが好適である。
上記応力除去焼鈍の処理条件としては、母材とするオーステナイト系ステンレス鋼の種類によって適当な条件を用いることができるが、例えば、600〜900℃程度の高温に所定時間保持したのち徐冷することにより行なわれる。
また、本発明のステンレス鋼ばねの製造方法では、図1(c)に示すように、フッ化処理および浸炭処理を施した後のばね素材に対し、所定の加工率で冷間加工を施すようにすることができる。
このようにすることにより、浸炭による炭素固溶層は、炭化物等を生成せずに炭素が固溶しているため、高い強度を有するとともにある程度の延性を確保できるため、浸炭処理による表層部近傍の強化に冷間加工による芯部の加工硬化を伴うことにより、ばね性をより向上させることができる。
また、浸炭処理による硬化処理の後にコイリングやプレス等の塑性変形による成形を行なうことも可能となる。このように、熱処理後に成形することにより、熱処理による歪変形の影響を最小限に留め、極めて高精度のばね製品を得ることができるようになる。特に、磁気ディスク装置等のように高精度が要求される分野への適用において有利である。
さらに、本発明のステンレス鋼ばねの製造方法では、図1(d)に示すように、上記ばね素材にあらかじめ溶体化処理を施したのち、フッ化処理および浸炭処理を行なうようにすることもできる。
このようにすることにより、溶体化処理によって完全に非磁性となったばね素材に対して浸炭を行い、冷間加工を施すことなくばね性を付与することができ、非磁性が要求される分野に適切なものとなる。また、上記溶体化処理によって母材に存在する炭化物が固溶され、母材に固溶される炭素量が増大するとともに、微細炭化物はほとんど存在しなくなり、比較的大きな炭化物も微粒化されて母材の組織が正常化する。これにより、浸炭処理が安定して炭素固溶層が均一化するとともにその強度も向上し、ばね特性の安定したステンレス鋼ばねが得られる。
また、上記溶体化処理により、母材の内部歪みが除去されることから、その後の浸炭処理等における熱変形等も軽減され、製品の寸法変化が少なく、表面粗度の悪化も少なくなる。
上記溶体化処理の条件としては、母材とするオーステナイト系ステンレス鋼の種類によって適当な条件を用いることができるが、1000℃以上の温度で10数分〜数10分程度加熱して炭化物を溶解させたのち急冷することにより行われる。
つぎに、上記フッ化処理について詳しく説明する。
上記フッ化処理に用いられるフッ素系ガスとしては、NF3,BF3,CF4,HF,SF6,C2F6,WF6,CHF3,SiF4,ClF3等からなるフッ素化合物ガスがあげられる。これらは、単独でもしくは2種以上併せて使用される。
また、これらのガス以外にも、分子内にフッ素(F)を含むフッ素系ガスも本発明のフッ素系ガスとして用いることができる。また、このようなフッ素化合物ガスを熱分解装置で熱分解させて生成させたF2ガスや、あらかじめ作られたF2ガスも上記フッ素系ガスとして用いることができる。このようなフッ素化合物ガスとF2ガスとは、場合によって混合使用することができる。
これらのなかでも、本発明に用いるフッ素系ガスとして最も実用性を備えているのはNF3である。上記NF3は、常温においてガス状を呈し、化学的安定性が高く、取扱いが容易だからである。このようなNF3ガスは、通常、後述するように、N2ガスと組み合わせて、所定の濃度範囲内で希釈して用いられる。
上記に例示された各種のフッ素系ガスは、それのみで用いることもできるが、通常はN2ガス等の不活性ガスで希釈されて使用される。このような希釈されたガスにおけるフッ素系ガス自身の濃度は、例えば、容量基準で10000〜100000ppmであり、好ましくは20000〜70000ppm、より好ましくは、30000〜50000ppmである。
上記フッ素系ガスを雰囲気ガスとして用いたフッ化処理は、後述するようなマッフル炉等の雰囲気加熱炉を使用し、炉内に未処理のオーステナイト系ステンレス鋼を装入し、上記濃度のフッ素系ガス雰囲気下において加熱状態で保持することにより行われる。
このときの、加熱保持は、オーステナイト系ステンレス鋼自体を、例えば、180〜600℃、好適には200〜450℃の温度に保持することによって行われる。上記フッ素系ガス雰囲気中での上記オーステナイト系ステンレス鋼の保持時間は、通常は、10数分〜数時間に設定される。オーステナイト系ステンレス鋼をこのようなフッ素系ガス雰囲気下で加熱処理することにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表面に形成されたCr2O3を含む不働態皮膜が、フッ化膜に変化する。上記不働態被膜は従来浸炭不可能とされてきたが、フッ化処理を行うことにより、上記不働態被膜がフッ化膜に変化する。このフッ化膜は、不働態皮膜に比べ、浸炭に用いる炭素原子の浸透を容易にし、オーステナイト系ステンレス鋼の表面は、上記フッ化処理によって炭素原子の浸透の容易な表面状態になるものと考えられる。
つぎに、上記フッ化処理と同時期および/またはその後に、上記オーステナイト系ステンレス鋼に対して浸炭処理を行う。
浸炭処理は上記オーステナイト系ステンレス鋼自体を680℃以下の浸炭処理温度に加熱し、CO+H2からなる浸炭用ガス、または、RXガス〔CO23容量%,CO21容量%,H231容量%,H2O1容量%,残部N2〕+CO2からなる浸炭用ガス等を用い、炉内を浸炭用ガス雰囲気にして行われる。この浸炭用ガス雰囲気に、必要に応じてプロパンガス等の炭素源ガスをエンリッチすることもできる。
このように、本発明では、浸炭処理を従来公知の浸炭処理に比べて極めて低い温度領域で行うのである。この場合、上記CO+H2の比率は、CO2〜50容量%、H230〜90容量%が好ましく、RX+CO2は、RXが80〜90容量%、CO2が3〜7容量%の割合が好ましい。また、浸炭に用いるガスは、CO+CO2+H2も用いられる。この場合、それぞれの比率は、CO5〜55容量%、CO21〜3容量%、H250〜95容量%の割合が好適である。
上記浸炭処理の際の加熱温度すなわち浸炭処理温度としては、680℃以下すなわち400〜680℃の温度が好適である。浸炭処理温度が680℃を超えると、オーステナイト系ステンレス鋼の母材自体の軟化が生じたり、浸炭された炭素原子が母材に固溶したクロムと結合してクロム炭化物を生じたりし、母材自体に含まれるクロム量を減少させて表層部の耐蝕性が大幅に低下するうえ、浸炭層に侵入固溶した状態で存在する炭素量が減少し、母材の強度や耐食性が低下するとともに、磁性を帯びることとなるからである。
同様の理由により、上記浸炭処理温度としてより好適なのは400〜600℃の温度範囲であり、さらに好適なのは400〜550℃、もっと好適なのは450〜500℃の温度範囲である。本発明においては、上記フッ化処理を行うことにより、このような極めて低温における浸炭処理が可能となり、浸炭処理中にクロム炭化物粒子をほとんど生成させずに母材中に炭素を侵入固溶させ、格子歪みを増大させて母材表層部を強化し、ばね素材にばね性を付与するのである。
このように処理することにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部に炭素が拡散浸透した炭素固溶層が深く均一に形成される。この炭素拡散層は、基相であるオーステナイト相中に、多量のC原子が侵入固溶して格子歪みを起こした状態となっており、母材に比べて著しく硬度の向上を実現している。しかも、上記炭素原子は、母材中のクロムとCr7C3やCr23C6等の炭化物をほとんど形成することなく結晶格子中に侵入固溶していることから、上記炭素固溶層中にはクロム炭化物粒子が実質的に存在せず、母材に固溶するクロム量を減少させることもないことから、母材と同程度の耐蝕性を維持できる。
また、上記のようにして浸炭処理を行ったオーステナイト系ステンレス鋼は、表面粗度もほとんど悪化せず、膨れによる寸法変化や磁性も生じない。したがって、面粗度低下や寸法変化も少なく、比較的精度よく表面改質をすることができる。また、オーステナイト系ステンレス鋼の中でも、ニッケルを多量に含む安定型オーステナイト系ステンレス鋼や、モリブデンを含有する安定型オーステナイト系ステンレス鋼では、炭素拡散層の耐蝕性がより良好である。
上記のようなフッ化処理および浸炭処理は、例えば、図2に示すような金属製のマッフル炉1で行うことができる。すなわち、このマッフル炉1内において、まずフッ化処理をし、このフッ化処理と同時期もしくはその後に浸炭処理を行う。
また、フッ化処理終了後も浸炭処理が継続していることが好ましい。このようにすることにより、フッ化処理により表面が活性化したばね素材に対して、純粋な浸炭雰囲気でより多くの炭素原子を拡散浸透させることができ、表面強度を高くしたり硬化深さを大きくしたりする際に有利で、ばね性の付与に対して有効だからである。また、上記浸炭処理をフッ化処理の終了を待たずに開始することにより、フッ化による表面の活性化を行ないながら炭素の拡散浸透を行なうことができ、表面強度を高くしたり硬化深さを大きくしたりする際に有利となる。また、上記浸炭処理は、フッ化処理が終了してから開始することもできるし、フッ化処理の開始と同時に浸炭処理を開始してもよいし、フッ化処理の開始後浸炭処理の終了を待たずに浸炭処理を開始してもよい趣旨である。
図2において、1はマッフル炉であり、外殻2と、内部が処理室に形成された内容器4と、上記内容器4と外殻2の間に設けられたヒータ3とを備えている。上記内容器4内には、ガス導入管5および排気管6が連通している。上記ガス導入管5には、浸炭ガスであるH2,COが充填されたボンベ15、およびフッ化処理ガスであるN2+NF3,CO2が充填されたボンベ16が連通している。17は流量計、18はバルブである。
また、上記排気管6には、排ガス処理装置14および真空ポンプ13が接続されている。これにより、内容器4内の処理室内に処理ガスを導入して排出するようになっている。上記処理室内には処理ガスを攪拌するモーター7付きのファン8が設けられている。11はワークであるオーステナイト系ステンレス鋼からなるばね素材10が装入されるかごである。
このマッフル炉1内に、例えば、ばね素材10を入れ、ボンベ16を流路に接続しNF3等のフッ素系ガスをマッフル炉1内に導入して加熱しながらフッ化処理をし、ついで排気管6からそのガスを真空ポンプ13の作用で引き出し、排ガス処理装置14内で無毒化して外部に放出する。ついで、ボンベ15を流路に接続しマッフル炉1内に先に述べた浸炭用ガスを導入して浸炭処理を行い、その後、排気管6、排ガス処理装置14を経由してガスを外部に排出する。この一連の作業によりフッ化処理と浸炭処理が行われる。
上記のようにしてフッ化処理と浸炭処理を行うことにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部に、炭素固溶層が形成される。
上記フッ化処理および浸炭処理によって形成される炭素固溶層の硬度はHv570以上に設定するのが好適であり、Hv650以上であればより好適であり、Hv700以上、さらにはHv800以上やHv900以上であれば一層好適である。
このようにすることにより、浸炭処理によって形成される炭素固溶層の、特に表面近傍の炭素濃度が十分に高くなり、格子歪みによって十分に強度が向上して優れたばね特性が付与される。また、浸炭処理あがりの中間製品を抜き取り検査することにより、製品のばね特性をある程度予測できるため、中間製品の品質特性の基準をつくり、それに満たないものについては再度フッ化処理と浸炭処理を行うことができ、最終製品の不良率を減少して歩留まりを向上させることができる。特に、上記炭素固溶層の硬度として、母材の表面から測定したマイクロビッカース硬度やヌープ硬度を基準とすることにより、非破壊で製品の検査をできて歩留まり低下を減少できる。
上記浸炭処理において、浸炭処理の温度が高くなり、特に450℃を越えると、たとえわずかでもCr23C6等の炭化物が硬化層すなわち炭素拡散層の表面に析出するという現象が生じることがある。しかし、このような場合でも、その浸炭処理品をHF−HNO3,HCl−HNO3等の強酸に浸漬して酸洗処理を行うことにより、表面の析出物が除去され、母材なみの耐蝕性と、ビッカース硬度Hv800以上さらにはHv850以上、場合によってはHv900以上の高い表面硬度とを保持自,優れたばね特性を発揮させることができる。また、上記酸洗処理により、Fe3O4等の酸化物(スケール)を除去することもできる。
このように、本発明は、浸炭後の酸洗処理等によって表面のわずかの析出物や酸化物を除去する場合を含む趣旨である。また、表面の析出物や酸化物を除去しうる処理であれば、ショットブラストや乾式・湿式の各種バレル研磨等の機械的な除去法を採用することもできる。このようなショットブラスト等の機械式研磨は、表面に析出した炭化物や酸化物を除去する目的だけではなく、浸炭処理でスーチングが生じた際の表面のすすの除去等の目的でも行われる。
このようにして製造されたステンレス鋼ばねは、ばね素材が非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼からなり、表面から内部に向かって炭素固溶濃度が少なくなる濃度勾配が形成されている。そして、少なくとも表層部に、母材のオーステナイトに炭素が固溶した炭素固溶層が形成されている。浸炭処理による表面からの炭素の侵入固溶により、母材の炭素固溶部分が強化され、優れたばね性と耐食性,耐摩耗性が付与されるのである。
上記炭素固溶層の深さは、例えば、ばね素材が、比較的板厚の大きい板状もしくは線径の大きな線状である場合、ばね素材の表面から板厚もしくは線径の5%以上の深さに形成するのが好ましい。上記板厚もしくは線径に対する炭素固溶層の深さの比は、10%以上であればより好ましく、15%以上であれば一層好ましい。また、この場合の具体的な板厚は、例えば、板厚としては、1mm以下が好ましく、より好ましい上限値は0.5mm以下程度である。また、具体的な線径は、例えば1mm以下が好ましく、より好ましい上限値は0.5mm以下である。このように、比較的板厚の大きい板状もしくは線径の大きな線状のばね素材において、表層部の上記5%深さの炭素固溶層による表層部の強化によって比較的短時間の浸炭処理で十分なばね性が付与される。
上記炭素固溶層の深さは、例えば、ばね素材が、比較的板厚の小さい板状もしくは線径の小さい線状である場合、ばね素材の表面から板厚もしくは線径の25%以上の深さに形成するのが好ましい。上記板厚もしくは線径に対する炭素固溶層の深さの比は、30%以上であればより好ましく、40%以上であれば一層好ましい。また、この場合の具体的な板厚は、例えば、板厚としては0.2mm以下が好ましく、より好ましくは0.1mm以下、さらに好ましくは0.05mm以下程度に設定される。また、具体的な線径は、例えば0.2mm以下が好ましく、より好ましくは0.1mm以下、さらに好ましくは0.05mm以下程度に設定される。このように、比較的板厚の小さい板状もしくは線径の大きな線状のばね素材において、表層部の上記25%深さの炭素固溶層による表層部の強化によって強力なばね性が付与される。
これら場合において、上記炭素固溶層が表層部から芯部まで形成され、ばね素材全体が炭素固溶相からなるようにすることもできる。このようにばね素材全体を炭素固溶相とすることにより、ばね素材全体が炭素固溶相として強化され、強力なばね性を発揮する。
そして、上記炭素固溶層または炭素固溶相にはクロム炭化物が実質的に析出していないことから、母材に固溶するクロム量を減少させることもなく、母材であるオーステナイト系ステンレス鋼と同程度の耐蝕性を維持できる。また、表面粗度もほとんど悪化せず、膨れによる寸法変化や磁性も生じないため、面粗度低下や寸法変化も少なく、比較的精度よく表面改質をすることができる。
以上のように、上記ステンレス鋼ばねの製造方法によれば、オーステナイト系ステンレス鋼からなるばね素材を、フッ素系ガス雰囲気下で加熱保持してフッ化処理を行い、上記フッ化処理と同時期および/またはその後に、上記ばね素材に対して浸炭処理を行う。このとき、上記フッ化処理により、オーステナイト系ステンレス鋼の表面が活性化されて表面にフッ化膜が形成され、炭素が侵入しやすい状態となる。そして、フッ化処理後に浸炭処理を行うことにより、オーステナイト系ステンレスの表面から炭素が侵入固溶する。侵入固溶した炭素は、クロム炭化物粒子を形成せずに母材表面から内部に向かって拡散し、ばね素材に炭素固溶層または炭素固溶相を形成する。
そして、上記のようにして得られたステンレス鋼ばねは、上記炭素固溶層または炭素固溶相が、炭素原子がクロム炭化物粒子を形成せずに固溶した状態であることから、炭素濃度が高くなって格子歪みが増大し、強度が向上する。したがって、従来のような加工硬化ではなく、浸炭というプロセスによってオーステナイト系ステンレス鋼にばね性を付与することができるのである。そして、上記炭素固溶層または炭素固溶相は、炭素原子がクロム炭化物粒子を形成せずに固溶した状態であることから、母材に固溶するクロム原子が固溶した状態を維持して化合物をつくらないことから、オーステナイト系ステンレス鋼自体が有する耐食性を損なわないばかりか、それ以上の耐食性を発揮するようになる。しかも、オーステナイト系ステンレス鋼自体の非磁性特性も失われることなく維持されるため、磁性を嫌う用途への応用を促進することが可能となるのである。そして、磁気記憶装置やマイクロスイッチ,リレー等の非磁性特性が要求される機器への応用が可能になり、従来のBe−Cu系合金によるばねよりも大幅にコストを低減することができる。
つぎに、実施例について説明する。
(1)板状ばねの断面写真(サンプル1〜10)
本発明を適用したステンレス鋼ばねを作成した。下記の処理条件でフッ化処理および浸炭処理を実施した。
〔処理条件〕
母 材 :SUS316
フッ化処理 :10容量%NF3+残部N2雰囲気
300℃×180分
浸炭処理 :CO50容量%+H210容量%+N2雰囲気
470℃×4〜26時間
サンプルNo.、板厚、浸炭条件、硬化層深さ寸法(μm)、板厚に対する炭素固溶層の深さ比率(%)、炭素固溶層の占める断面面積率(%)、表面硬度(Hv)、断面写真を示した図番の一覧を下記の表1に示す。
上記表1および図3〜12からわかるとおり、実施例は、Hv579〜995の表面硬度を示し、炭素固溶層すなわち硬化層の占める断面面積比率は25〜100%を示した。なお、図3,4,5,7におけるスケールは、図6,8,9に示したものと同様である。
(2)板状ばねのばね限界値(サンプル9)
表1のサンプル9を使用してばね限界値を測定した結果を下記に示す。実施例の板材のばね限界値は、比較例のものよりも飛躍的に向上していることがわかる。なお、試験機は明石製作所製ばね限界値試験機(モーメント型試験機)を使用した。
ばね限界値
Kgf/mm2 N/mm2
サンプルNo.9(実施例) 84.8 831
未処理材(比較例) 155.5 1524
(3)板状ばねの曲げ試験(サンプル11)
下記の処理条件で2mm厚の板材のフッ化処理および浸炭処理を施したサンプル11を作成した。
〔処理条件〕
母 材 :SUS316
フッ化処理 :10容量%NF3+残部N2雰囲気
300℃×180分
浸炭処理 :CO50容量%+H210容量%+N2雰囲気
470℃×26時間
上記サンプル11の板材について、図13に示す装置により先端5Rの押圧片で180°の曲げ試験を行なった。試験前の炭素固溶層の状態を写真(a)に、試験後の押圧側の炭素固溶層の状態を写真(b)に、試験後の裏面側の炭素固溶層の状態を写真(c)に示す。写真(a)(b)(c)からわかるように、曲げ加工後でも炭素固溶層の状態に変化はなく、クラックや剥離は見られない。したがって、浸炭による炭素固溶層は、高硬度であると同時に延性も兼ね備え、浸炭処理後の加工が可能であることがわかる。
(4)線状ばねの断面写真と断面硬度分布(サンプル12)
下記の処理条件で0.3mm径の線材のフッ化処理および浸炭処理を施したサンプル12を作成した。
〔処理条件〕
母 材 :SUS316
フッ化処理 :10容量%NF3+残部N2雰囲気
300℃×180分
浸炭処理 :CO50容量%+H210容量%+N2雰囲気
470℃×18時間
上記サンプル12の線材について、断面写真を図14に示し、断面硬度分布測定結果を図15に示す。図14および図15に示すように、表面硬度はHv850程度で硬化深さは約20μmであり、表面から芯部に近づくにつれて徐々に硬度が低下していることがわかる。すなわち、表面から深さ方向に炭素濃度の勾配があることがわかる。
(5)線状ばねの引っ張り試験
上記サンプル12について、引っ張り速度5mm/min,チャック間距離70mmで引っ張り試験を行なった結果を図16に示す。比較例である未処理材は、引っ張り強度1750MPa程度であるのに対し、実施例であるサンプル12は2000MPa以上の引っ張り強度を示すことがわかる。
サンプル12と同様の0.3mm径の線材について、浸炭条件(浸炭時間)を変えて硬化層深さに変化を持たせたサンプルを作成した。実施例として、硬化層深さ15μmのもの(硬化層の断面面積率20%)、20μmのもの(硬化層の断面面積率23%)、33μmのもの(硬化層の断面面積率39%)の3種類を準備し、比較例として未処理材(硬化層深さ0μm)および窒化処理材を準備した。
各サンプルの引っ張り試験結果を図17に示す。図17からわかるとおり、実施例においては、硬化層深さが大きくなるほど高い引っ張り強度を示し、それぞれ未処理材および窒化処理品よりも高い引っ張り強度であった。
(6)線状ばねの繰り返し曲げ疲労試験
サンプル12について、図18に示す試験装置により、繰り返し曲げ疲労試験を行なった。無端状に接続した線材のサンプルを、φ400mmの円筒と、所定の試験荷重Wを与えるφ300mmの遊び車との間において、φ60.3mmの2つの試験プーリーによって90°に曲げるように巻回し、試験速度60cpm,120回/分の速さで回転させて繰り返し応力を与えた。
比較例である未処理材および実施例について、3段階に試験荷重を変えた時の引っ張り応力,曲げ応力,全応力,破断までの繰り返し回数を下記の表2に示す。また、未処理材と実施例の破断までの繰り返し数を図19に示す。ここで、全応力および曲げ応力は、それぞれ下記の式により算出した。なお、弾性率は、比較例の未処理材で135GPa、実施例で147GPaであり、線径は0.3mm、プーリー径は60.3mmである。
全応力=引っ張り応力+曲げ応力
曲げ応力=弾性率×線径/プーリー径
上記表2および図19からわかるとおり、実施例は比較例に比べて飛躍的に疲労強度が向上していることがわかる。
以上のように、本発明によって得られたステンレス鋼ばねは、優れた耐摩耗性、耐疲労性、表面硬度、耐食性、ばね性を発揮する。また、溶体化処理材を使用した場合には、非磁性の特性を有するものとなる。したがって、磁気記録装置やコネクタ、リレー、スイッチ等の非磁性が必要とされる分野のばね材として好適に用いることができる。また、本発明の製造方法およびそれによって得られた金属製品は、ばねとしてだけではなく、動力伝達用ワイヤー,制振材,流し台シンク,カメラやノート型パソコン等の外装ケース等の高強度材としても利用することができる。