JP4606813B2 - リン酸カルシウム複合体、その製造方法、及びそれを用いた人工生体材料。 - Google Patents

リン酸カルシウム複合体、その製造方法、及びそれを用いた人工生体材料。 Download PDF

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Description

本発明は、人工骨、人工歯、骨接合材等に使用される人工生体材料として有用なリン酸カルシウム複合体に関する。
人工骨、人工歯、骨接合材などの骨代替材料には、生体骨と直接結合する性質(生体活性)が要求される。しかし、一般に人工材料は生体骨との親和性に乏しく、生体骨と直接結合しない。そこで、人工材料に生体活性を付与する試みがなされてきた。人工材料が生体活性を示すための条件は、体液中でその表面に骨の主成分であるアパタイトを形成することである。人工材料は骨類似アパタイト層を介して骨と直接結合する。
人工材料に生体活性を付与する技術として、アパタイトを予め体外で人工材料表面に被覆しておく手法が数多く報告されている。例えば、(1)交互浸漬法(特許文献1)、(2)不安定リン酸カルシウム過飽和溶液からの析出法(非特許文献1)、(3)安定リン酸カルシウム過飽和溶液からの析出法(特許文献2〜4)、等が知られている。
しかし、(1)の方法では得られるリン酸カルシウムの組成と構造を制御することが困難である上、アパタイトを得るためには数十回もの交互浸漬操作を繰り返す必要がある。(2)の方法では、用いる溶液が極めて不安定であるので、処理する直前にその都度溶液調整を行う必要がある。しかも、基材表面だけでなく処理容器の壁面等にもアパタイトが形成されてしまうので効率が悪い。(3)の方法では、シランカップリング処理、生体活性ガラス粉末による処理、リン酸エステル化処理等、面倒な前処理を必要とする等の問題点がある。また、(1)〜(3)のいずれの方法でも、アパタイト層内でのクラックの形成、アパタイト層の基材表面からの剥離といった問題を完全に防ぐことは困難である。
他方、基材表面を化学処理することにより、基材に生体活性を付与する技術が開発された。具体的には、基材表面にTi-OH基などのアパタイトの核形成剤を導入することによって、体内において基材表面にアパタイトを形成させようとするものである。アパタイト被覆層のクラック形成や剥離等の問題を考えると、このように、体内において基材表面でのアパタイト形成を誘導するような処理方法が好ましい。このような方法としては例えば、(1)アルカリ溶液処理法(特許文献5)、(2)チタニア溶液処理法(特許文献6)等が知られている。しかし(1)の方法では、適用できる基材が限られている上、高温での熱処理、及び24時間以上の処理期間を必要とする。また(2)の方法では、適用できる基材が限られている上、高価な金属アルコキサイド溶液を必要とし、しかも24時間以上の処理期間を必要とする。
したがって、種々の基材に適用可能で、体内において耐剥離性に優れたアパタイト層をその表面に形成する、人工生体材料として有用なリン酸カルシウム複合体の開発、およびその簡便で安価な製造方法が強く要請されているのが現状である。
特許公開2000−327314号公報 特開2003−213026号公報 特開平6−293504号公報、 特開平8−260348号公報 特開2002−102330 特開2002−325834 J. Am. Ceram. Soc.,85, 517-22 (2002)
本発明の第1の目的は、体内環境下において、耐剥離性に優れたアパタイト層を形成し得る、リン酸カルシウム複合体を提供することにあり、第2の目的は、該複合体を効率的に製造し得る方法を提供することにあり、第3の目的は、上記複合体を素材とする、人工骨等の人工生体材料を提供することにある。
本発明者等は、従来の生体活性材料の有する欠点、特に、体内環境下においてアパタイト被覆層が剥離しやすいこと、また高温での熱処理と長い処理時間更には高価な原料を必要とするといった製造プロセス上の問題点等を克服するために鋭意検討した結果、基材表面にリン酸カルシウムからなるアパタイト核形成剤を固定化した特定な複合体が意外にも上記従来技術の欠点を解消するための材料として有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明によれは、以下の発明が提供される。
(1)少なくともその表面が親水性を有する基材表面に、リン酸カルシウムからなるアパタイト核形成剤が固定化されてなるリン酸カルシウム複合体。
(2)基材が、金属、セラミックス、または高分子であることを特徴とする上記(1)に記載のリン酸カルシウム系複合体。
(3)基材表面が、親水化処理されていることを特徴とする上記(1)または(2)に記載のリン酸カルシウム複合体。
(4)下記工程を含むことを特徴とする上記(1)乃至(3)何れかに記載のリン酸カルシウム複合体の製造方法。
(イ)基材を、少なくともカルシウムを含む溶液で処理する工程
(ロ)カルシウム溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
(ハ)水処理後のカルシウムイオン吸着基材を、少なくともリンを含む溶液で処理する工程
(ニ)リン溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
(5)下記工程を含むことを特徴とする上記(1)乃至(3)何れかに記載のリン酸カルシウム複合体の製造方法。
(イ)基材を、少なくともリンを含む溶液で処理する工程
(ロ)リン溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
(ハ)水処理後のリン酸イオン吸着基材を、少なくともカルシウムを含む溶液で処理する工程
(ニ)カルシウム溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
(6)上記(イ)から(ニ)の工程を、所定回数繰り返すことを特徴とする、上記(4)または(5)に記載のリン酸カルシウム複合体の製造方法。
(7)上記(4)乃至(6)何れかに記載の方法で得られるリン酸カルシウム複合体。
(8)上記(1)、(2)、(3)または(7)に記載のリン酸カルシウム複合体を素材とする人工生体材料。
本発明の複合体は、リン酸カルシウムからなるアパタイト核形成剤が基材表面に吸着などにより強固に固定化されている。しかも、該アパタイト核形成剤を基材表面に固体化した複合体は、ヒトの体液とほぼ等しい無機イオン濃度を有する擬似体液または体内において、短期間内にその表面に骨類似のアパタイトを形成する性質(生体活性)を有する。従って、本発明に係る複合体は、人工骨、人工歯、骨接合材や、バイオチップ、経皮端子、組織再生用スキャッホールド等の医療用材料として好適に適用することができ、またその作成方法も簡便かつ容易なものである。
本発明のリン酸カルシウム複合体は、少なくともその表面が親水性である基材または親水化処理された基材表面に、リン酸カルシウムからなるアパタイト核形成剤が吸着等により固定化されていることを特徴としている。
本発明に係る基材は、少なくともその表面が親水性を有することが必要である。基材表面が親水性でないと、基材表面と処理溶液との接触が不十分となり、基材の表面全面にアパタイト核形成剤が導入されないからである。
ここで、少なくともその表面が親水性を有する基材とは、基材自体が親水性を有するものはもちろんのこと、基材自体は親水性を有するものではないが、親水化処理(粗面化処理を含む)によって、表面が親水性となるものも包含される。
親水化処理としては、それ自体公知のものが何れも適用でき、グロー放電処理、コロナ放電処理、アルカリ溶液処理、酸溶液処理、酸化剤処理、親水性官能基のグラフト処理、シランカップリング処理、陽極酸化処理、粗面化処理、などを採ればよい。
上記条件を満たすものであれば、基材は特に限定されず、無機、有機何れの材料も使用することができる。無機基材としては、金属、ガラス、セラミックスなどが、有機基材としては、高分子などが使用される。
具体的には、金属としては、例えば、チタン、タンタル、ニオブ、コバルト、クロム、モリブデン、プラチナ、アルミニウム、またはこれらの2種以上の金属の合金、ステンレス、真ちゅうなどが、セラミックスとしては、例えば、焼結アパタイト、シリカ、チタニア、アルミナ、ジルコニア、部分安定化ジルコニア、コージェライト、ゼオライト、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化ホウ素、炭化チタン、ダイアモンド、シリカガラス、ソーダ石灰ガラス、ケイ酸塩ガラス、鉛ガラス、ホウケイ酸塩ガラス、アルミノケイ酸塩ガラス、リン酸塩ガラス、カルコゲンガラス、ハンダガラス、コパール用ガラス、Pyrexガラス、これらの結晶化ガラスなどが、高分子としては、例えば、シリコーンポリマーなどの珪素含有ポリマー、ポリエチレングリコール、ポリアルキレングリコール、ポリエーテル、ポリエーテルエーテルケトン等の含酸素ポリマー、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、ポリスルフォン、ポリアミン、ポリウレア、ポリイミド、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸メチル、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル等の合成高分子、こられの共重合体、セルロース、アミロース、アミロペクチン、キチン、キトサン等の多糖類、コラーゲン等のポリペプチド、ヒアルロン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸等のムコ多糖類等の天然高分子が好ましく挙げられる。
本発明で用いる上記基材の形状は限定されない。例えば、平板状、フィルム状、膜状、棒状、筒状、メッシュ状、繊維状、多孔体状、粒子状等が好ましく挙げられる。
本発明方法では、上記のように少なくともその表面が親水性である基材、または親水化処理された基材の表面にアパタイト核形成剤を固定化する。アパタイト核形成剤の固定化手段は特に制約されないが、以下のような工程を組み合わせる方法を採ることが好ましい。
(イ)基材を、少なくともカルシウムを含む溶液で処理する工程
(ロ)カルシウム溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
(ハ)水処理後のカルシウムイオン吸着基材を、少なくともリンを含む溶液で処理する工程
(ニ)リン溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
(イ)の工程は、まず、基材の表面にカルシウムイオンを吸着させることを主眼としたものであり、通常、CaCl水溶液などのカルシウムイオンを含む溶液に基材を浸漬することにより行われる。浸漬時間は通常1秒〜100分好ましくは10〜60秒である。また基材の引き上げ速度は、通常1〜100cm/分、好ましくは15〜60cm/分である。カルシウムイオンの濃度は特に制約されないが、通常1〜1000mM、好ましくは100〜500mM、さらに好ましくは200〜250mMである。
(ロ)の工程は、本発明方法において極めて重要であり、(イ)の行程で基材表面に付着したカルシウム溶液を基材から除くことを主眼としたものである。この工程により、水素結合等により吸着したカルシウムイオンが、基材表面に選択的に残存する。この水処理工程を欠くと、アパタイト核形成剤が厚く形成されてしまうので、その上に設けられるアパタイト層と基材との接着強度が弱くなるだけでなく、リン酸カルシウム以外の結晶も多量に析出してしまうので、本発明の初期の目的を達成することができない。
(ロ)の工程は通常、水を含む媒体中に、カルシウム溶液が付着した基材を浸漬することにより行われる。浸漬時間は通常1〜60秒、好ましくは1〜5秒である。また基材の引き上げ速度は、通常1〜100cm/分、好ましくは15〜60cm/分である。乾燥時間は、通常10秒〜60分、好ましくは1〜10分である。
(ハ)の工程は、前記(ロ)の工程で得られる基材の表面に吸着したカルシウムイオンとリン酸イオンを反応させて、リン酸カルシウムからなるアパタイト核形成剤を得ることを主眼としたものである。浸漬時間は通常1秒〜100分好ましくは10〜60秒である。また基材の引き上げ速度は、通常1〜100cm/分、好ましくは15〜60cm/分である。リン酸イオンの濃度は特に制約されないが、通常1〜1000mM、好ましくは100〜400mM、さらに好ましくは250mMである。
(ニ)の行程は通常、水を含む媒体中に、リン溶液が付着した基材を浸漬することにより行われる。浸漬時間は通常1〜60秒、好ましくは1〜5秒である。また基材の引き上げ速度は、通常1〜100cm/分、好ましくは15〜60cm/分である。乾燥時間は、通常10秒〜60分、好ましくは1〜10分である。この工程により、基材表面にアパタイト核形成剤が固定化される。
この場合、カルシウム溶液とリン溶液の浸漬順序は上記のような態様に特に限定されるものではなく、カルシウム溶液とリン溶液への浸漬の順番を下記のごとく変更し、アパタイト核形成剤の固定化手段として、以下の工程をとっても良い。
(イ)基材を、少なくともリンを含む溶液で処理する工程
(ロ)リン溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
(ハ)水処理後のリン酸イオン吸着基材を、少なくともカルシウムを含む溶液で処理する工程
(ニ)カルシウム溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
本発明方法は、通常、前記(イ)→(ロ)→(ハ)→(二)の工程順により行われるが、アパタイト核形成剤の形成量を多くし、また親水性の十分高くない基材表面にも確実に、かつ基材の表面全面にアパタイト核形成剤を固定化するためには、工程(イ)〜(二)の浸漬工程を、(イ)→(ロ)→(ハ)→(二)→(イ)→(ロ)・・・の如く所定回数繰り返せばよい。ただし、繰り返す回数を多くすると、基材と、その表面に形成されるアパタイト層の間の接着強度が低くなってしまうので、繰り返す回数は通常1回以上、4回以内とするのが好ましい。
本発明で用いる、少なくともカルシウムを含む溶液は限定されない。例としては、医療用カルシウム輸液剤、塩化カルシウム溶液、乳酸カルシウム溶液、酢酸カルシウム溶液、グルコン酸カルシウム溶液、クエン酸カルシウム溶液などが挙げられる。溶液の温度、及びpHは限定されないが、好ましくは温度10〜50度、pH6〜13、特に好ましくは温度20〜40度、pH7〜10である。溶媒は限定されないが、カルシウム成分の溶解度の点から、水溶媒の使用が好ましい。基材との親和性を高めるために、エタノールなどの有機溶媒や、有機溶媒と純水の混合溶液を使用しても良い。また、本発明の所望の目的が損なわれない範囲において他の分子やイオンが存在していても良い。
本発明で用いる、少なくともリンを含む溶液は限定されない。例としては、医療用リン酸輸液剤、酸緩衝生理的食塩水、リン酸溶液、リン酸水素二カリウム溶液、リン酸二水素カリウム溶液、リン酸水素二ナトリウム溶液、リン酸二水素ナトリウム溶液、リン酸二水素ナトリウムアンモニウム溶液などが挙げられる。溶液の温度、及びpHは限定されないが、好ましくは温度10〜50度、pH6〜13、特に好ましくは温度20〜40度、pH7〜10である。溶媒は限定されないが、リン成分の溶解度の点から、水溶媒の使用が好ましい。基材との親和性を高めるために、エタノールなどの有機溶媒や、有機溶媒と純水の混合溶液を使用しても良い。また、本発明の所望の目的が損なわれない範囲において他の分子やイオンが存在していても良い。
また、少なくともカルシウムを含む溶液は、カルシウムを少なくとも含む1種または2種類以上の試薬粉末または溶液を純水等の溶媒に溶解することで調整することができる。少なくともリンを含む溶液は、リンを少なくとも含む1種または2種類以上の試薬粉末または溶液を純水等の溶媒に溶解することで調整することができる。
更に、少なくともカルシウムを含む溶液、及び少なくともリンを含む溶液は、医療用輸液剤、透析・腹膜灌流液、輸液の補正用製剤、カルシウム製剤、透析・腹膜灌流液の補充液の中から選ばれた1種又は2種以上の粉末または溶液を混合することで調整することもできる。
水を含む媒体溶液も限定されない。このような溶液としては、例えば、純水や、メタノール、エタノール、アセトン等の有機溶媒と純水の混合溶液が挙げられるが、前記(イ)及び(ハ)の工程で用いる処理溶液との混和性の点からみて純水の使用が好ましい。また、本発明の所望の目的が損なわれない範囲において該溶液中に分子やイオンが存在していても良い。
また、本発明においては、少なくともカルシウムを含む溶液、少なくともリンを含む溶液、及び水を含む媒体には、さらにpH緩衝剤を加えても良い。pH6以上でpHを緩衝するものであれば、pH緩衝剤は限定されない。例えばトリスヒドロキシメチルアミノメタン、HEPES{2-[4-(2-Hydroxyethyl)-1-piperazinyl]ethanesulfonic Acid}、中性リン酸カリウム緩衝液などを挙げることができる。
本発明のリン酸カルシウム複合体は、従来の材料のように、基材表面にアパタイト層を被覆したものではなく、基材表面にリン酸カルシウムからなるアパタイト核形成剤を固定化したものである。このアパタイト核形成剤は、その全てがアモルファスリン酸カルシウムであることが好ましいが、その一部に他の結晶性のリン酸カルシウムを含むものであってもよい。
本発明で用いるアパタイト核形成剤は、基材表面に固定化されている必要がある。該核形成剤の厚みは、ナノスケールと極めて薄いことは、透過型電子顕微鏡観察及びX線光電子分光法により確認されており、通常0.1〜400nm、好ましくは10〜200nmである。すなわち、本発明のアパタイト核形成剤は、従来の方法で基材上に形成されるアパタイト皮膜のように、数μmといった極めて厚い層ではなく、恰もカルシウム及びリン酸イオンが基材表面に吸着しているような態様のものであり、その厚みが200nm以下という、透過型電子顕微鏡観察及びX線光電子分光法における精密測定等の解析手段によって、はじめて測定することが可能な超薄膜であるということができる。本発明に係るアパタイト核形成剤が基材表面に強固に固定される理由は、現時点では明らかではないが、基材表面の親水性基と、アパタイト核形成剤との間の水素結合等の相互作用によるものと推定される。
本発明のリン酸カルシウム複合体は、ヒトの体液とほぼ等しい無機イオン濃度を有する水溶液(擬似体液)または体内で、その表面にアパタイト層を形成する。同複合体表面にアパタイト層が形成されるメカニズムはほぼ次のように説明される。
本発明の複合体表面には、交互浸漬処理等によりアパタイト核形成剤となるリン酸カルシウムが導入されている。このリン酸カルシウムは主としてアモルファスリン酸カルシウムからなり、アパタイトに対して低い界面エネルギーを与えることによりアパタイトの核形成を誘起するだけでなく、それ自体もアパタイトに相転移する。擬似体液、または体液はアパタイトに対して過飽和になっているので、基材表面に形成されたアパタイトの核は、周囲の溶液中のリン酸及びカルシウムイオンを取り込んで自発的にアパタイト層に成長する。
本発明のリン酸カルシウム複合体は、体内環境下において、24時間という短時間の内にその表面にアパタイト層を形成する。これは、主としてアモルファスリン酸カルシウムよりなる核形成剤表面におけるアパタイトの核形成速度が極めて速い、すなわち、主としてアモルファスリン酸カルシウムよりなる核形成剤が、極めて高いアパタイト核形成能を有しているためと考えられる。
体内環境下で基材表面に形成されるアパタイト層は、ScotchRメンディングテープによる引きはがし試験によっても基材表面から剥離しない、耐剥離性に優れたものであることから、本発明のリン酸カルシウム複合体は、体内環境下において、基板表面に強固に固定化されるアパタイト層を与えることがわかる。
アパタイト層が基材表面に強固に固定される理由は、現時点では明らかではないが、主としてアモルファスリン酸カルシウムよりなるアパタイト核形成剤の働きによって、基材表面に多数のアパタイト核が形成されるため、また、これらの核が、アパタイト核形成剤、及び基材表面の親水性基を介して、基材と強固に結合するためと推定される。
また、本発明のリン酸カルシウム複合体は擬似体液中で24時間以内にその表面にアパタイトを形成するが、このことは、同複合体が体内でもその表面にアパタイトを形成し、それを介して骨と直接結合する、すなわち生体活性を示すことを意味する。しかも、同複合体が擬似体液中でその表面にアパタイトを形成するまでに要した期間(24時間)は、すでに体内で骨と結合することが知られているアルカリ処理チタンのそれと同等に短く、これは、同複合体の生体活性が極めて高いことを示している。
したがって、本発明に係る複合体は、人工骨、人工歯、骨接合材、バイオチップ、経皮端子、組織再生用スキャッホールド等の医療用材料として好適に適用することができ、またその作成も簡便かつ容易なものである。
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。本発明はこの実施例に限定されるものではない。
実施例1
[アパタイト核形成剤を含むリン酸カルシウム複合体の作製]
溶融成型により得られた厚さ1mmのエチレンビニルアルコール共重合体(エチレン含有量;32モル%)基板を10×10mm2の大きさに切り出し、#2000のSiC研磨紙で研磨した。同基板を、アセトン及びエタノールで超音波洗浄した後、100℃で24時間真空乾燥させた。以後、同基板をEVと略記する。
EVを、20mLの200mM-CaCl2水溶液に10秒間、同量の超純水に1秒間浸した後乾燥させ、次いで、20mLの200mM-K2HPO4・3H2O水溶液に10秒間、同量の超純水に1秒間浸浸した後乾燥させた。同操作を3回繰り返すことにより、EVに交互浸漬処理を施した。以後、交互浸漬処理後の基板をEVCPと略記する。
[リン酸カルシウム複合体の表面構造のX線光電子分光法(XPS)による解析]
EV及びEVCPの表面構造をX線光電子分光法(XPS)により調べた。EV表面のスペクトルには、EVの構成元素であるOとCに帰属されるピークのみが検出されたのに対し、EVCP表面のスペクトルには、OとCに加え、Ca及びPに帰属されるピークが検出された(図1)。この結果から、交互浸漬処理によって、基板表面にリン酸カルシウムが固定化されたことが明らかになった。
[基材の表面構造の透過型電子顕微鏡(TEM)による解析]
EV及びEVCPより超薄切片を切り出し、その構造を透過型電子顕微鏡(TEM)により調べたところ、EVCP表面にのみ、直径数十ナノメートルの超微粒子からなる析出物が観察された(図2)。この析出物の結晶構造を電子線回折により調べたところ、カーボン支持膜由来の2本のリングの他に、面間隔3.0〜3.2Åに相当するブロードなリングが認められた。この結果及びXPSの結果から、交互浸漬処理後に基材表面に形成されたリン酸カルシウムは、主としてアモルファスリン酸カルシウムであると考えられる。
[リン酸カルシウム複合体のアパタイト形成能の評価]
EV及びEVCPのアパタイト形成能を、ヒトの血しょうとほぼ等しい無機イオン濃度及びpHを有する擬似体液を用いて評価した。具体的には、EV及びEVCPを、36.5℃に保った擬似体液10mL中に24時間浸漬した後取り出し、超純水で洗浄し風乾させた。擬似体液は、表1に示す組成となるよう、NaCl、NaHCO3、KCl、K2HPO4・3H2O、MgCl2・6H2O、CaCl2、Na2SO4を超純水に順に溶解し、トリスヒドロキシメチルアミノメタンと1M-HClを用いてpHを36.5℃で7.40に合わせることにより調整した。なお、擬似体液は、人工材料が骨と結合する能力(生体活性)をin vitroで評価するための体内環境再現溶液として、広く使用されている溶液である。
[リン酸カルシウム複合体のアパタイト形成能の評価結果]
上記試料の表面構造をTF-XRDにより調べた。EV表面のXRDパターンには、EV由来のピークのみが検出された。一方、EVCP表面のパターンには、EV由来のピークの他、アパタイトに帰属されるピークが検出された(図3)。以上の結果から、EVは擬似体液中で24時間後にもその表面にアパタイトを形成しないが、EVCPはアパタイトを形成することが明らかになった。また、試料の表面構造をFE-SEMにより調べたところ、擬似体液浸漬後のEVCP表面には、微細な編み目構造を有する緻密で均一な層が試料の表面全面に形成されていた(図4)。同層は擬似体液中で形成されたアパタイト層と考えられる。同アパタイト層は、ScotchRメンディングテープによる引きはがし試験によっても剥離しなかった。この結果から、体内環境下で本複合体表面に形成されるアパタイト層は、基材表面に強固に固定化されることが分かった。
実施例2
EVに対し、交互浸漬操作の繰り返し回数を1回から3回まで変化させた以外は実施例1に示したのと同様の交互浸漬処理を行った。同試料を、36.5℃に保った擬似体液10mL中に24時間浸漬した。TF-XRD、及びFE-SEM観察により試料の表面構造を調べたところ、いずれの試料表面にも、アパタイト層の形成が確認された。以上より、1回の交互浸漬操作でも、材料に生体活性を付与できることが分かった。
実施例3
溶融成型により得られた厚さ1mmのポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリ-L-乳酸(PLLA)基板、及びSiO-Al2O-CaO-Na2O-K2O-BaO-ZnO系の白板ガラス基板を10×10mm2の大きさに切り出し、#2000のSiC研磨紙で研磨した。また、厚さ1mmの金属チタン基板を10×10mm2の大きさに切り出し、#400のダイアモンドパッドで研磨した。上記基板を、洗浄後、乾燥させた。PETには、1M-NaOH水溶液に室温で10分間浸漬することにより、親水化処理を施した。ガラス及びチタンには、5M-NaOH水溶液に60℃で1時間浸漬することにより、親水化処理を施した。
上記の試料に、実施例1に示したのと同様の方法で交互浸漬処理を施した後、36.5℃に保った擬似体液10mL中に24時間浸漬した。TF-XRDによれば、いずれの試料表面にも、擬似体液浸漬後にはアパタイト層が形成されていた(図5〜8)。以上より、PET、PLLA、白板ガラス、及び金属チタンもEVCPと同様に、交互浸漬処理により擬似体液中でその表面にアパタイトを形成するようになることが分かった。すなわち、本処理法は、エチレン‐ビニルアルコール共重合体だけでなく他の高分子材料、無機材料、及び金属材料にも、生体活性を付与するのに有効であることがわかった。
実施例4
三次元多孔構造を有するポリカプロラクトン(PCL)を5M-NaOH水溶液に50℃で48時間浸漬することにより、PCLに親水化処理を施した。同試料に、実施例1に示したのと同様の方法で交互浸漬処理を施した後、36.5℃に保った擬似体液30mL中に24時間浸漬した。SEM観察及びエネルギー分散型X線分光分析によれば、擬似体液浸漬後の試料の表面全面にアパタイト層が形成されていた(図9)。以上より、本処理法は、平板状試料だけでなく、複雑な三次元構造を有する試料に対しても有効であることが分かった。
実施例5、比較例1
表面親水化処理が試料のアパタイト形成能に与える影響を調べるため、実施例3と同様の方法で、5M-NaOH水溶液による親水化処理を施した金属チタン基板(実施例5)と、親水化処理を施さなかった金属チタン基板(比較例1)を作製した。各基材の超純水に対する接触角を着滴4分後に調べたところ、処理を施さなかった基材の接触角(5回測定の平均値)は59度であったのに対し、処理を施した基材のそれは21度であった。この結果から、NaOH処理により、基材表面が親水化されたことが確かめられた。
上記の試料に、実施例1に示したのと同様の方法で交互浸漬処理を施した後、36.5℃に保った擬似体液10mL中に24時間浸漬した。TF-XRD及びSEM観察によれば、親水化処理を施した試料では、試料の表面全面にアパタイト層が形成されたのに対し、同処理を施さなかった試料では、試料表面の一部にしかアパタイト層が形成されなかった。疎水性の高い試料表面には、交互浸漬処理によっても、アパタイトの核形成剤であるリン酸カルシウムが試料の表面全面に固定化されなかったためと考えられる。以上の結果から、疎水性の高い試料に対しては、予め親水化処理を施しておくことが有効であることが分かった。
実施例6
エタノールと純水の等量混合溶液(EH溶液)を溶媒として用い、100mMのCaCl2を含むEH溶液、及び100mMのK2HPO4・3H2Oを含むEH溶液を調整した。グロー放電処理を施したPCL基板を、20mLの上記CaCl2溶液に10秒間、同量のEH溶液に1秒間浸した後乾燥させ、次いで、20mLの上記K2HPO4溶液に10秒間、同量のEH溶液に1秒間浸浸した後乾燥させた。同操作を3回繰り返すことにより、PCL基板に交互浸漬処理を施した。同試料を、36.5℃に保った擬似体液10mL中に24時間浸漬した。TF-XRD及びSEM観察によれば、擬似体液浸漬後の試料表面にはアパタイト層が形成されていた。以上より、少なくともカルシウムを含む溶液、及び少なくともリンを含む溶液の溶媒として、また、水を含む媒体溶液としては、純水だけでなく、有機溶媒を含む溶液も有効であることが分かった。
EV及びEVCP表面のXPSスペクトル EV及びEVCP表面のTEM写真と電子線回折パターン 擬似体液浸漬前、及び浸漬後のEVCP表面のTF-XRDパターン 擬似体液浸漬後のEVCP表面のFE-SEM写真 未処理のPET、及び交互浸漬処理の後擬似体液に浸漬されたPET表面のTF-XRDパターン 未処理のPLLA、及び交互浸漬処理の後擬似体液に浸漬されたPLLA表面のTF-XRDパターン 未処理の金属チタン、及び交互浸漬処理の後擬似体液に浸漬された金属チタン表面のTF-XRDパターン 未処理の白板ガラス、及び交互浸漬処理の後擬似体液に浸漬された白板ガラス表面のTF-XRDパターン 未処理のPCL三次元構造体、及び、NaOH処理及び交互浸漬処理の後、擬似体液に浸漬されたPCL三次元構造体表面のFE-SEM写真

Claims (8)

  1. 少なくともその表面が親水性を有する基材表面に、リン酸カルシウムからなるアパタイト核形成剤が0.1〜400nmの厚みで固定化されてなるリン酸カルシウム複合体。
  2. 基材が、金属、セラミックス、または高分子であることを特徴とする請求項1に記載のリン酸カルシウム複合体。
  3. 基材表面が、親水化処理されていることを特徴とする請求項1または2に記載のリン酸カルシウム複合体。
  4. 下記工程を含むことを特徴とする請求項1乃至3何れかに記載のリン酸カルシウム複合体の製造方法。
    (イ)基材を、少なくともカルシウムイオンを含み、リン酸イオンを含まない溶液で処理する工程
    (ロ)上記カルシウムイオンを含む溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
    (ハ)水処理後のカルシウムイオン吸着基材を、少なくともリン酸イオンを含み、カルシウムイオンを含まない溶液で処理する工程
    (ニ)上記リン酸イオンを含む溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
  5. 下記工程を含むことを特徴とする請求項1乃至3何れかに記載のリン酸カルシウム複合体の製造方法。
    (イ)基材を、少なくともリン酸イオン含み、カルシウムイオンを含まない溶液で処理する工程
    (ロ)上記リン酸イオンを含む溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
    (ハ)水処理後のリン酸イオン吸着基材を、少なくともカルシウムイオンを含み、リン酸イオンを含まない溶液で処理する工程
    (ニ)上記カルシウムイオンを含む溶液が付着した基材を、水を含む媒体で処理し乾燥する工程
  6. (イ)から(ニ)の工程を、1〜4回繰り返すことを特徴とする請求項4または5に記載のリン酸カルシウム複合体の製造方法。
  7. 請求項4乃至6何れかに記載の方法で得られるリン酸カルシウム複合体。
  8. 請求項1、2、3または7に記載のリン酸カルシウム複合体を素材とする人工生体材料。
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