JP4221954B2 - 電鋳方法及び電着物 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、光ディスクなどの高精度の複製が可能な電鋳技術に関する。
【0002】
【従来の技術】
例えばコンパクトディスク用のスタンパーは、一般に図9(a)〜(k)に示すようなプロセスで製造される。すなわち、(a)精密研磨されたガラス盤1の上に、フォトレジスト2を膜厚がおよそ150nmになるよう塗布し、(b)アルゴンレーザーなどによる露光と現像処理で所定の信号パターンを形成し、(c)この信号が記録されたフォトレジスト2表面上に、例えばニッケルスパッタリングなどで導電性皮膜3を膜厚約50nmになるように形成する。
【0003】
ついで、(d)導電性皮膜3までを施されたガラス盤1を、図10に示すような電鋳装置にセットし、導電性皮膜3に所定の電流を流して、マスタースタンパー4と呼ばれる電着物を電鋳する。このマスタースタンパー4は、板厚が0.3mm程度で、電鋳に要する時間は、最高電流密度と最高電流密度到達までの時間に依存し、メッキ条件により50分から120分前後である。一般的なメッキ条件を以下に示す。
【0004】
【0005】
(e)ガラス盤1から剥離して得られるマスタースタンパー4は、信号面にフォトレジスト2の残渣があるため、水酸化ナトリウム水溶液などで残渣を除去した後、水洗、乾燥し、(f)マスタースタンパー4の裏面5を研磨して鏡面加工する。
【0006】
このマスタースタンパー4は、所定の検査などの後、必要な内径と外径にトリミングされて、コンパクトディスクの成型金型となり、インジェクション成型などで更に信号パターンを複製して、コンパクトディスクのプラスチック基板が作製される。このプラスチック基板の信号面に、例えばアルミ蒸着などで反射膜を形成した後、紫外線硬化樹脂などで保護層を形成することにより、最終製品であるコンパクトディスクが出来上がる。
【0007】
一方、同一信号パターンのコンパクトディスクを量産する際は、(g)マスタースタンパー4を洗浄後、例えばアルカリ洗浄液中での陽極酸化などで、マスタースタンパー4の表面に極薄い酸化皮膜などを形成し、この皮膜を離形層として、前述と同様の電鋳装置とメッキ条件を用い、信号パターンの凹凸が逆転したマザー6と呼ばれる電着物を電鋳し、(h)マスタースタンパー4からマザー6を剥離して洗浄する。更に、(i)マザー6にも、裏面7と反対の信号面に同様の皮膜形成を行い、電鋳装置及びメッキ条件によりメッキして、凹凸が再度逆転してマスタースタンパー4と同一の信号パターンを持つサンスタンパー8と呼ばれる電着物を得る。(j)マザー6からサンスタンパー8を剥離し、洗浄した後、(k)サンスタンパー8の裏面9を研磨する。このサンスタンパー8は、マスタースタンパー4と同様のプロセスの後、コンパクトディスクの成型金型として使用される。
【0008】
上記のマスタースタンパー4からマザー6の電鋳による複製、及びマザー4からサンスタンパー8の電鋳による複製は、それぞれ数回から10数回行えるため、例えば1枚のマスタースタンパーから、同一信号パターンを持つ100枚のサンスタンパーを得ることも原理的に可能である。
【0009】
上記工程のうち、最初に得られたマスタースタンパーの裏面5、マザーの裏面7、サンスタンパーの裏面9、すなわち電析面には、メッキ液中の粒子などがメッキ途中の電析面に付着し、これが核となって異常成長した高さ10μm〜数100μm程度の裏面ブツと呼ばれる局部的な小突起と、メッキ時の結晶粒の露出によるとされるオレンジピールと呼ばれる凹凸とによって表面粗度Ry(最大高さ:JIs B 0601に準ずる)約4μm〜11μm前後の面荒れが生じる。
【0010】
前者の裏面ブツの核となる粒子としては、陽極(アノード)のニッケル玉の溶解性を高めるために添加されたイオウが、ニッケルイオンと反応して生じる黒色の硫化ニッケルや、陰極(カソード)の母型や母型取り付け冶具に付着した金属ニッケルが、電鋳終了後も弱酸性のメッキ液中に放置されることで剥離し微小片となったもの、もしくは、水が電気分解され、陰極の母型表面に生じた水素ガスの小さな気泡が主に挙げられる。
【0011】
この裏面ブツの対策として、例えば図2に示すような高速型の電鋳装置が有効である。図10に示すような従来型の電鋳装置では、陽極で生じた硫化ニッケルがメッキ液中に拡散しないよう、陽極のニッケル玉10の入ったチタンケース11を濾布(布フィルター)12で出来た袋で覆っていたため、陽極近傍に硫化ニッケルが蓄積し、かつ濾布12での拡散防止が完全ではないため、少量の硫化ニッケルが陰極側へ漏出していたが、図2の電鋳装置では、陽極部の仕切りの壁が低く、陰極付近で吐出したメッキ液の大半が、オーバーフローによりチタンケース11内に流入して陽極のニッケル玉10を洗うように流れるため、陽極部に蓄積する硫化ニッケルの量が少なく、また陽極より流れ出した硫化ニッケルの大半は、下部タンク13内の布フィルター(濾布ユニット)14で回収され、一部漏れ出した硫化ニッケルも、ポンプ送液系のフィルター15で補足されるため、陰極の母型16周辺に到達しない。
【0012】
また、陰極周辺に付着した金属ニッケルからの汚染に関しても、図10に示すような従来型の電鋳装置では、陰極取付け部17を作業終了後もメッキ液中に放置することが多いために汚染が生じやすかったが、高速型の電鋳装置では、陰極取付け部17の脱着がネジ込み式又は差し込み式の構造であるために極めて容易で、電鋳終了毎に陰極取付け部17を電鋳装置から外すことで、この汚染を防止できる。
【0013】
水の電気分解による水素ガスの発生による核も、高速型の電鋳装置にて、電圧15V以下で使用する限りでは発生を確認できていない。
【0014】
一方、後者のオレンジピールによる面荒れについては、メッキ液に含まれるホウ酸濃度の低下やpHの低下など、凹凸の段差をより大きくする因子は知られているが、生産性に影響しない優れた改善策はなかった。例えば、2ブチン−1,4ジオールなどのレベリング剤をメッキ液に添加すると平滑性は改善されるが、レベリング剤の濃度変化により、平滑性の他、硬度や応力などが変化するのに対し、生産現場でレベリング剤の濃度を測定する手段がないため、(メッキ専業工場などと違い、専門家がいない生産数の少ないメッキ工程では)液管理を行うことが難しく、安定した生産は難しい。
【0015】
また、最高電流密度の大幅低下、例えば、3A/dm2まで低下させると、表面粗度Ryが1μm以下の電析面が安定して得られるが、所定の厚み、例えば0.28mmに達するまで8時間弱を要し、生産現場に導入するには、生産性が悪すぎる。
【0016】
凹凸のある裏面状態のまま、スタンパーをインジェクション成型した場合、成型時の圧力で、裏面側の凹凸が信号面側に歪みとして現れ、更に成型されたコンパクトディスクにも、この歪みが転写されて、再生信号が劣化する。このため、マスタースタンパーの裏面5とサンスタンパーの裏面9は、成型前のいずれかの工程で、十分平滑に研磨される必要がある。
【0017】
成型に必要な平滑度として、コンパクトディスクでは、一般的に1μm以下の表面粗度Ryが要求される。一方、MDなどの記録ディスクでは、1スタンパー当りの成型枚数が多いため、度重なる成型圧力により、裏面の微小な凹凸が信号面まで及びやすいため、Ryは0.5μm以下を要求される場合が多い。
【0018】
上記裏面の研磨方法としては、例えば、株式会社サンシン製のスタンパ裏面テープラップ機DLM-332BXYなどを用い、一般的に2種類のラッピングテープ、すなわち研磨砥粒を主に内在した研磨テープで、例えば、マスタースタンパーの裏面5のRyが5μmであった場合、#800と#1200を用い、前者で約5分、後者で約10分研磨すると、成型前にトリミングされるエリアのRyが1μm以下となる。
【0019】
研磨時間を短縮するには、研磨時に押付け圧力を上げる方法と、より大きな研磨砥粒径を選ぶ方法があるが、前者は、加工圧力により、板厚0.3mm前後の薄くて変形しやすいスタンパーに、同心円状の歪みを生じやすく、後者は、裏面に深い傷が入りやすくなるなど、両者とも、成型時ディスクに転写して信号を劣化させる可能性がある。
【0020】
また、上記研磨法では、微細な信号パターンが刻まれた信号面を下にしてテーブルに密着させるため、研磨前に信号面を保護するための保護層を形成する必要がある。この保護層も、信号面を傷つけず、かつ加工圧力で局部的に変形しないよう、異物を含まず、平滑・均質に形成する必要がある。この保護層として、例えば、TRYLANER社のシリテクト−IIなどが有効であるが、溶剤蒸発型の保護膜であるため、溶剤の毒性や環境負荷などに十分留意し対処する必要がある。
【0021】
加えて、上記の研磨工程は、発塵源でもある。コンパクトディスクのスタンパー製造プロセスは、クラス1000程度の清浄なクリンルーム内で行われることが多いが、研磨工程で発生するニッケルの研磨滓と剥離した研磨砥粒滓などの飛散防止に十分留意する必要があり、また研磨後のスタンパーに付着した研磨滓による再汚染にも対処する必要がある。一般的には、特に清浄度が要求されるレジスト塗布工程前後とは別室に、上記研磨機を設置することが多い。
【0022】
なお、マザー6は通常成型に使用されることがないため、裏面7を研磨する必然性はないが、前述の裏面ブツが十分大きい場合、複製電鋳時の固定方法などにより、裏面ブツが転写することがあるため、複製電鋳前に研磨を行う方が好ましい。
【0023】
【発明が解決しようとする課題】
上述したように、裏面ブツに関する対策はすでに実用化されているため、オレンジピールによる凹凸の段差をRyが1μm以下となるまで軽減することができれば、裏面研磨工程を削除することが可能となる。
【0024】
ところで、図2に示すような高速型の電鋳装置にて、メッキ液温度50℃と55℃で、電流密度を12〜28A/dm2と変化させて電鋳を行うと、板厚0.28mm外径φ214のマスタースタンパーの裏面の表面粗度は、図11のような変化を示す。このときのメッキ条件は以下の通りである。
【0025】
【0026】
図11より、メッキ液温度が低いほど、電流密度が高いほど、電析面の表面粗度が軽減する傾向が予想される。しかしながら、50℃のメッキ液温度では、電流密度を上げても、50℃の延長線からRyが1μm以下になることは考えにくい。また、液温50℃で電流密度28A/dm2の場合、電圧が17Vを超え、ニッケル玉を入れたアノードケース内で酸素ガスの発生が見られ、アノード内温度も液温より5℃以上上昇することが確認されている。この現象は、加えた電気量に対し陽極部で金属ニッケルがイオン化する効率、すなわち陽極効率が低下し、競合する副反応である水の電気分解が生じ、酸素ガスを生じたものである。
(1)金属ニッケルのイオン化反応
Ni → Ni2++2e−
(2) 陽極での水の分解反応
H2O→ 4H++O2↑+4e−
【0027】
一方、1μm以下のRyを得るために液温を下げると、ニッケルイオンの拡散が遅くなって電極効率が低下するため、適用可能な電流密度はかなり小さくなり、生産性が低下してしまう。
【0028】
上記高速型の電鋳装置を用いた電鋳プロセスに対して、本発明者らは、ニッケルイオンの拡散が促進されるよう図ることにより、低温のメッキ液で、かつ高電流密度で電析面の面荒れの少ない電着物を電鋳できることを見出した。
【0029】
本発明は、かかる知見に基づいてなされたもので、光ディスクなどの成型用金型として使用するスタンパーの裏面、すなわち電析面の表面粗さを生産性を阻害することなく軽減し、次工程の裏面研磨工程の簡略化ないし削除を図ることができる電鋳方法及びこの方法によって作製された電着物を提供することを目的とする。
【0030】
【課題を解決するための手段】
すなわち、請求項1の発明は、傾斜した陽極に対し、陰極として平行に設置された母型が回転する電鋳装置を用いて、母型にメッキする電鋳方法において、メッキ液としてスルファミン酸ニッケルを主成分とするニッケルメッキ液を用い、メッキ液の温度が40℃以上44℃以下で、かつメッキ液の温度に対して電流密度が40℃で18〜22A/dm2、42℃で21〜24A/dm2、44℃で23〜25A/dm2の各下限を結ぶ下限ラインと各上限を結ぶ上限ラインで挟まれた範囲にあることを特徴とする。
【0031】
請求項1の発明においては、光沢剤等の添加なしに高電流密度で表面粗度Ryが1.5μm以下、好適には1 . 0μm以下の平滑な電析面を得ることが可能となり、生産性を阻害することなく裏面研磨工程を軽減ないし削除することが可能となる。また、裏面研磨工程による歪みが軽減ないし削除されるとともに、低温で電鋳することで、熱膨張による歪みも少なくなり、高精度の複製が可能となる。
【0034】
【発明の実施の形態】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
まず、メッキの電気化学的概念を、図1に基づいて説明する。例えば、陰極の近傍では、電界により陽イオンであるニッケルイオンが引き付けられるため、メッキ液自体よりも、よりニッケル濃度の高い液層が形成されるが、さらにその内側では、ニッケルイオンが析出して減少するため、もしくは陽イオンが陰極に吸着しやすいために、よりニッケル濃度の薄い層が形成される。陽極でも同様に、ニッケル玉の極く近傍では、イオン化で生じたばかりのニッケルイオンのために、メッキ液自体よりニッケル濃度が高い層が形成されるが、その外側では、陽極に引き寄せられた陰イオンのため、よりニッケル濃度が薄くなる。これらは、界面(電気)2重層と呼ばれ、電気回路的には図1に示したようになる。
【0035】
この界面2重層が厚くなると、電気抵抗が高くなるとともに、電極効率が悪くなるため、より薄くする工夫が必要となる。具体的には、電極直近での液攪拌をさらに改善することである。
【0036】
一方、陰極と陽極の間には電界が生じ、図1のように抵抗となるが、電極間にイオン電流が流れて供給されるニッケルイオンの量よりも、ニッケルイオンの単純な拡散で供給される量の方がはるかに多いとされる。ニッケルイオンの拡散は、メッキ液温度が低いほど、メッキ液の濃度が高くて粘度が高いほど悪くなる。したがって、メッキ液温度を従来よりも低下させ、かつ生産性を落とさないよう従来と同等の電流を流すためには、従来より電極間でのメッキ液の循環量を増やしてニッケルイオンの拡散性を高めるとともに、メッキ液濃度を最適化する必要があると予想される。
【0037】
上記の考察に基づいて、本発明の電鋳方法を実施するための電鋳装置の一実施の形態として、図2に示すような高速型の電鋳装置において、循環ポンプ系を改善してメッキ液の吐出量を50L/分に増やし、電極間でのニッケルイオンの拡散を改善するとともに、メッキ液吐出ノズル20を塩ビ配管を切断して作成したものから図3に示すように先端側を狭くして横に吐出口を設けたノズルに変更し、かつ図4に示すように、母型16の信号エリア21に向かって、メッキ液が強く吐出する位置に設けることにより、従来より陰極部の界面2重層がより薄くなるよう図っている。なお、図3及び図4において、それぞれ(b)は(a)のメッキ液吐出ノズル20の中心線での断面図である。また、図3(c)は、メッキ液吐出ノズル20の吸込み口から見た側面図である。
【0038】
また、陽極部と背面側それぞれのオーバーフロー高さの位置調整などにより、陽極部のニッケル玉10に対し、メッキ液が毎分30L/分以上流れるようにし、陽極部の界面2重層が従来より薄くなるよう図っている。
【0039】
図5は、この改造した電鋳装置を用い、メッキ液温度40℃、42℃、44℃で電鋳を行った場合の、電流密度による電析面の表面粗度Ryの変化を示すものである。図中、曲線イ、ロ、ハはそれぞれメッキ液温度40℃、42℃、44℃に対応する。なお、このときのメッキ条件は以下の通りである。
【0040】
【0041】
図5から、表面粗度Ryを1μm以下とするための電流密度は、液温40℃で18〜22A/dm2、42℃で21〜24A/dm2、44℃で23〜25A/dm2であり、1.5μm以下とするための電流密度は、液温40℃で16〜23A/dm2、42℃で18〜25A/dm2、44℃で20〜27A/dm2である。これをグラフ化すると図6のようになる。図6において、実線AはRyを1μm以下とするための電流密度の下限を示す下限ラインであり、実線Bはその上限を示す上限ラインである。また、破線CはRyを1.5μm以下とするための電流密度の下限を示す下限ラインであり、破線Dはその上限を示す上限ラインである。
【0042】
図6に示すように、メッキ液温度40〜44℃の範囲で、電流密度を実線A、Bで挟まれた範囲とすることにより、電鋳によって得られるスタンパーの裏面のRyを1μm以下とすることができ、これはコンパクトディスクの製造ラインから裏面研磨工程の除去できる特性である。
【0043】
また、電流密度を破線C、Dで挟まれた範囲とすれば、裏面のRyを1.5μm以下とすることができるが、これは従来の裏面(Ry約4μm〜11μ程度)に比べ非常に優れるため、従来より大幅に簡略した裏面研磨工程で処理することができる。例えば、英国SIBERT社の裏面研磨機 MBF150の場合、外径φ80の#1200の研磨紙1枚を使用し、約20秒間の研磨時間で、コンパクトディスクでのトリミング径φ140以内をRy1μm以下に達成できる。
【0044】
次に、メッキ液濃度の最適化について説明する。図7は、メッキ液比重による電析面の表面粗度Ryの変化を示す。これは、メッキ液濃度の影響を確認するに当り、環境への配慮からメッキ廃液を少なくするために、最初に濃厚なメッキ液を作り、これを順次純水で希釈し、十分な攪拌時間の後に、電鋳を行ったもので、メッキ濃度の代わりに、EDTAなどの試薬を用いる滴定分析ではなく、現場レベルで容易に定量化できるメッキ液の比重を用いている。図7から、メッキ液濃度に相関する液比重には最適値が存在することがわかる。本メッキ条件では最適な液比重dは1.30〜1.31を示している。なお、図7は、ガラス盤からのマスタースタンパーの複製の際のデータであり、メッキ条件は以下の通りである。
【0045】
【0046】
図8に、本発明のメッキ条件である液温42℃、電流密度20A/dm2で最適比重のメッキ液を用いて電鋳した時のスタンパーの裏面(a)と、従来のメッキ条件である液温55℃、電流密度28A/dm2で電鋳したときのスタンパーの裏面(b)を顕微鏡で比較した写真を示す。両者の差はこの写真でも明らかである。
【0047】
次に、近年行われるようになった8インチシリコンウェハーからマスタースタンパーを複製する場合について説明する。ウェハーからマスタースパンターを得るまでのプロセスは、前述したコンパクトディスクの製造方法と同一でもできるが、露光時に半導体用露光装置ステッパーを用いることで、同一パターン繰り返し露光時のスループット(露光枚数/時間)に優れ、また、レーザー露光に比べて焦点深度が深いため、数10μmの厚いフォトレジスト層まで露光することができるようになるため、液晶用の導光板などの光学パーツや、エンコーダーなどの精密部品などの量産には、ウェハー上にパターンを形成して、図3と同様にスタンパーを製作し、さらに種々の成型法で大量に複製して最終製品を得る方法が採用されつつある。
【0048】
ウェハーからマスタースタンパーを複製する場合には、ガラス盤からマスタースタンパーを複製電鋳する場合と同様に、メッキ条件は図7から得られる最適なメッキ液比重で、図6から得られるメッキ液温度と電流密度を用いることができるが、電鋳装置は母型取付け冶具等を変える必要がある。具体的には、8インチのシリコンウェハーは、外径がφ200で厚みが一般的に約0.8mmと薄いため、外径φ200で厚さ6mmのガラス盤用取り付け冶具に、厚み5.2mmのスペーサーを設け、その上に、シリコンウェハーを取り付ける。これにより、電鋳後放置し室温に戻した後も、ウェハーに密着した状態で、ほぼ平坦なスタンパーを得ることができる。
【0049】
このような薄いウェハー上にメッキする場合には、本発明における低温メッキ液で、かつ高速で行える高電流密度のメッキ条件は、熱膨張による歪みが少なくてすみ、従来の光ディスク用電鋳条件に比べて寸法転写精度の高いスタンパーが得られる点でより有利である。参考までに、ニッケルとシリコンの線膨張率を記す。
ニッケルの線膨張率:1.279×10-5/℃
シリコンの線膨張率:2.42×10-6/℃ (20〜50℃)
【0050】
例えば、ウェハーを事前にメッキ液中に浸漬し、ウェハー温度をメッキ液温と同一にした後、複製電鋳を開始したとすると、複製はメッキ液温度で熱膨張したウェハーに対して行われる。この場合、室温20度まで冷却後、すなわち熱収縮後に、ウェハー上にあった所定のパターンと、マスタースタンパー上の所定パターンとを精密に寸法を比較すると、従来の50〜60℃のメッキ温度より、本発明の40℃前後と、より室温に近い低温高速メッキの方が、寸法転写精度が高いのは明白である。計算上は、100mmの長さに対し、40℃のメッキで、約21μmの寸法差が生じるのに対し、50℃のメッキでは約36μmの寸法差、60℃では42μmほどの寸法差が生じると予想される。
【0051】
上記メッキ液温度による熱膨張の問題は、これまでの光ディスク用スタンパープロセスでは、あまり問題視されてこなかった。なぜなら、厚さ5mmから10mmのガラス盤を使用してきたため、ガラス盤の剛性が非常に強く、スタンパーが熱収縮した後の寸法差の影響、すなわち歪みが現れにくかったためだが、厚さ0.8mm弱の薄いウェハーからスタンパーを複製する際は、この程度の寸法差による力でも、たやすく変形する。
【0052】
ちなみに、マスタースタンパーからサンスタンパーへの複製転写では、母型も電着物も同一の素材であるため、複製開始時の温度が同じであれば、上記の寸法差は生じないはずであり、電鋳後密着した状態でそりが生じている場合は、熱膨張が原因ではなく、メッキ応力によることが多い。
【0053】
上記の説明からも明らかなように、本実施の形態によれば、電析面の平滑な電着物を低歪みで得ることができ、裏面研磨工程の軽減ないし削減を図ることができるため、母型から高精度かつ高品の複製物を得ることができ、光ディスク原盤の複製など、膜厚公差の厳しい電着物の作製に好適である。ちなみに、光ディスクでの電鋳物の膜厚公差(トリミング外径以内)で、最低限必要なレベルが所定値±3%であり、公差が厳しい場合は、所定値±0.5%となる。
【0054】
以下、本実施の形態の効果をまとめて示す。
(1)裏面研磨工程及びその前段の保護膜塗布工程を削除できる可能性がある。削除することができれば、コスト、スペース、環境影響が低減するほか、主な発塵源がなくなるために、欠陥が低減し品質の向上が得られるとともに、設備レイアウトの自由度が広がるなど効果は非常に大きい。
【0055】
(2)裏面研磨工程を削除できない場合でも、裏面研磨条件を大幅に緩和することができる。すなわち、研磨時間を大幅に短縮できるほか、従来より加工圧力を下げたり、従来より目の細かな研磨ツールでも、従来通りの裏面研磨粗度を維持することができる。このため、スタンパーの研磨加工傷や研磨時に生じる歪みを低減することができ、最終製品での信号ノイズを低減することができる。
【0056】
(3)電流密度が20A/dm2前後であるため、従来と同様の電鋳時間で複製することができ、生産性が落ちない。
【0057】
(4)レベリング剤などの濃度管理が難しい薬品を一切使用しないため、液管理が容易である。
【0058】
(5)メッキ液温度が低いため、複製時の寸法精度が従来法より優れる。
【0059】
(6)既存の光ディスク用電鋳装置を手直しするだけで、導入することができる。例えば、陽極部内を洗い流すための排出配管と、陰極・母型の信号/パターン部に強く液を当てることができるノズルを設置し、循環ポンプを大きなものに変更するなど、既存の電鋳装置でも十分利用することができる。
【0060】
なお、電極部の界面2重層を薄くする手段及び電極間の液拡散を促進する手段は、上記実施の形態に限定されるものではなく、種々の機構が可能であり、50L/分ものメッキ吐出量も必然ではない。例えば、特開2002−4076号公報に示すように、ポンプで加圧されたメッキ液が、陽極部と陰極部のそれぞれに送られ、かつ陽極部と陰極部のそれぞれからメッキ液が排出される電鋳装置や、特開2000−328283号公報に示すように、陽極部にメッキ液の供給配管と吸引配管を併せ持つ装置なども有効である。
【0061】
【発明の効果】
上述したように、請求項1の発明によれば、メッキ液温度40〜44℃で、かつメッキ液の温度に対して電流密度が40℃で18〜22A/dm2、42℃で21〜24A/dm2、44℃で23〜25A/dm2の範囲の低温高速メッキを行うことにより、表面粗度Ryが1μm以下の平滑な電析面を有する電着物を得ることができる。
【0062】
請求項3の発明によれば、ニッケルイオンの拡散を促進する手段を有することにより、電鋳装置の電極効率を高めることができ、従来よりも低温高速のメッキを行うことができる。
【0063】
請求項5の発明によれば、表面粗度Ryが1μm以下の平滑な電析面を有する電着物を得ることができるため、電析面を平滑にするための研磨工程を削減することができ、高精度に複製された、歪みの少ない高品質の最終製品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】メッキの電気化学的概念を電気回路的に示す図である。
【図2】本発明の一実施の形態で使用する高速型の電鋳装置を概略的に示す図である。
【図3】本発明の一実施の形態の電鋳装置に設置されるメッキ液吐出ノズルを示す図である。
【図4】図3に示すメッキ液吐出ノズルの設置位置を示す図である。
【図5】本発明にかかるメッキ液温度40℃、42℃、44℃における電流密度による電析面の表面粗度Ryの変化を示す図である。
【図6】本発明にかかるメッキ液温度40℃、42℃、44℃における最適電流密度の範囲を示す図である。
【図7】本発明にかかるメッキ液温度40℃における液比重と電析面の表面粗度Ryの関係を示す図である。
【図8】本発明の電鋳方法によるスタンパーの裏面(a)と従来の電鋳方法によるスタンパーの裏面(b)を比較して示す顕微鏡写真である。
【図9】コンパクトディスク用スタンパーの製造プロセスを示す工程図である。
【図10】従来型の電鋳装置を示す図である。
【図11】通常の高速型の電鋳装置を用いてメッキ液温度50℃と55℃で電鋳を行ったときの電流密度と電析面の表面粗度の関係を示す図である。
【符号の説明】
1……ガラス盤、2……フォトレジスト、3……導電性皮膜、4……マスタースタンパー、5,7,9……裏面、6……マザー、8……サンスタンパー、10……ニッケル玉、12……濾布、16……母型、17……陰極取付け部、20……メッキ液吐出ノズル。
Claims (6)
- 傾斜した陽極に対し、陰極として平行に設置された母型が回転する電鋳装置を用いて、母型にメッキする電鋳方法において、
メッキ液としてスルファミン酸ニッケルを主成分とするニッケルメッキ液を用い、
メッキ液の温度が40℃以上44℃以下で、かつメッキ液の温度に対して電流密度が40℃で18〜22A/dm2、42℃で21〜24A/dm2、44℃で23〜25A/dm2の各下限を結ぶ下限ラインと各上限を結ぶ上限ラインで挟まれた範囲にあることを特徴とする電鋳方法。 - 電析面の表面粗度Ryが1.0μm以下の電着物を得ることを特徴とする請求項1記載の電鋳方法。
- 電鋳装置がニッケルイオンの拡散を促進する手段を有することを特徴とする請求項1記載の電鋳方法。
- 母型の下地素材がガラス又はシリコンであることを特徴とする請求項1記載の電鋳方法。
- 傾斜した陽極に対し、陰極として平行に設置された母型が回転する電鋳装置を用いて、
メッキ液としてスルファミン酸ニッケルを主成分とするニッケルメッキ液を用い、メッキ液の温度が40℃以上44℃以下で、かつメッキ液の温度に対して電流密度が40℃で18〜22A/dm2、42℃で21〜24A/dm2、44℃で23〜25A/dm2の範囲にあるメッキ条件で、母型にメッキされてなることを特徴とする電着物。 - 電析面の表面粗度Ryが1.0μm以下であることを特徴とする請求項5記載の電着物。
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