JP4205458B2 - アルミニウム系熱間圧延板及びそれを用いた缶胴用板材 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、アルミニウム系飲料缶などの缶胴材を製造するのに有用なAl−Mg−Mn系板材、及びこの板材を製造するのに有用なAl−Mg−Mn系熱間圧延板、並びにこの熱間圧延板の製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
アルミニウム系飲料缶としては、缶胴体と缶蓋(缶エンド)とをシーミング加工することによって得られる2ピースアルミニウム缶が多用されている。前記缶胴体は、アルミニウム系冷間圧延板をDI加工(深絞り加工及びしごき加工)し、所定のサイズにトリミングを施した後、脱脂・洗浄処理を行い、さらに塗装および印刷を行って焼付け(ベーキング)を行い、缶胴縁部をネッキング加工及びフランジ加工することによって製造されている。
【0003】
前記缶胴体用の冷間圧延板としては、従来からAl−Mg−Mn系合金であるJIS3004合金の硬質板が広く用いられている。このJIS3004合金は、しごき加工性に優れており、強度を高めるために高圧延率で冷間圧延を施した場合でも比較的良好な成形性を示すことから、DI缶胴材として好適であるとされている。
【0004】
ところでDI缶胴については、主として製造コストの低減、及び軽量化の目的から、さらなる薄肉化が求められている。薄肉化を達成するためには、座屈強度の低下をきたさないように、材料の高強度化を図ることが重要である。さらには、薄肉化を達成するためには、DI成形時における耳率が低いことが強く求められている。DI成形時の耳率を低くすれば、DI成形時の歩留まりを高めることができ、さらには缶胴の耳切れに起因する缶胴破断を防止することができる。またDI缶胴用板材については、その他、フランジ成形性(口拡げ性)、しごき性(缶切れ性)なども要求される。これら要求特性のうち、特に耳率はその制御が難しく、上記諸特性のバランスを改善するためには、耳率を適切に制御することが極めて重要な課題となっている。
【0005】
一方、DI缶胴用途に多用されている前記JIS3004合金硬質板は、通常、原料をDC鋳造法などによって鋳造し、得られた鋳塊に対して均熱処理(均質化処理)を施した後で熱間圧延し、この熱間圧延板を冷間圧延することによって製造されている。そして前記冷間圧延の前、又は冷間圧延の途中において中間焼鈍をするのが一般的であるが、製造コストの低減を目的とする場合、この中間焼鈍を省略するのが有効である。しかし中間焼鈍を省略すると、耳率が安定化しにくくなり、品質面で歩留まりが悪化し、製造コストが却って上昇してしまうという問題がある。従って、中間焼鈍を省略しても、耳率を安定的に低くできる技術が強く求められている。
【0006】
前記DI缶胴用のAl合金板及びその製造方法として、種々のAl合金板や製造方法が提案されているが、いずれの技術に従っても、中間焼鈍を省略してしまうと、板の幅方向で耳率にばらつきが生じてしまい、歩留まりが低下してしまう。
【0007】
例えば、特許文献1には、耳率を低減するためには、熱間圧延およびその後の焼鈍において多量の立方体方位結晶粒を形成させることが肝要であるとしている。立方体方位結晶粒を形成させると、その後の冷間圧延において板面の法線方向の周りに方位回転をおこし、回転立方体方位結晶粒となり、この回転立方体方位結晶粒が耳率を低減させるとしている。そしてこの回転立方体方位の結晶粒が多くなるほど、X線回折測定における(200)面の回折強度の半値幅が大きくなるため、この特許文献1では冷間圧延板の半値幅を0.15度以上に規定している。しかし、この特許文献1では、冷間圧延前の立方体方位結晶粒を形成させるために、熱間圧延板を冷間圧延前に焼鈍(中間焼鈍)することを必須の要件としている。従って、中間焼鈍を省略してしまったのでは、耳率を充分に小さくすることは困難である。なお本特許文献1では、熱間圧延工程(熱間粗圧延工程及び熱間仕上圧延工程)において、熱間粗圧延の開始温度を450〜480℃程度と低くしているため、熱間粗圧延終了時の温度は低く(例えば、440℃未満程度に)なっているものと思料される。
【0008】
特許文献2にも、DI缶胴用のAl合金硬質板(冷間圧延板)が開示されているが、この特許文献2でも深絞り耳率を改善するために中間焼鈍を行っている。従ってこの特許文献2の技術に拠ったとしても、中間焼鈍を省略してしまったのでは、耳率を充分に小さくすることは困難である。なお本特許文献2では、連続鋳造板を1次冷間圧延し、中間焼鈍を施した後、2次冷間圧延することによってAl合金硬質板を製造している。
【0009】
特許文献3には、Alマトリックス中に径が0.1〜1μmのMg2Si化合物が1mm2あたり10000個以下分散していることを特徴とする缶胴用アルミニウム合金板が開示されている。この公報では、前記0.1〜1μmのMg2Si化合物を10000個以下に減少させることによって、完全再結晶組織を得ており、そのことによってしごき成形時の耳を低くしている。しかし、この特許文献3でも、完全再結晶組織とするために熱間圧延板を中間焼鈍している。従って中間焼鈍を省略しながら、耳を低くすることは困難である。
【0010】
特許文献4には、(100)[001]方位、すなわちキューブ方位の方位密度が板厚全域にわたりランダム方位の3倍以上であり、板表面の圧延集合組織の方位密度を板厚方向中央部の1/2以下に制御したアルミニウム缶胴材用熱間圧延板が開示されている。この特許文献4において、キューブ方位の方位密度をランダム方位の3倍以上に規定しているのは、3倍未満だとその後の中間焼鈍によってキューブ方位の再結晶粒が充分に形成されず、最終板(冷間圧延板)において充分な低耳率を達成できないためであるとしている。また板表面の圧延集合組織の方位密度を中央部の1/2以下に制御しているのは、その後の中間焼鈍によって、板表面ではキューブ方位の再結晶粒の成長が抑制される一方、中央部ではキューブ方位の再結晶粒の成長が促進されるためであるとしている。従ってこの特許文献4の方法でも、低耳率達成のためには中間焼鈍は必須の条件となっており、中間焼鈍を省略することはできない。なお本特許文献4では、熱間粗圧延を350〜580℃の範囲内で開始し、続いて熱間仕上圧延を行うにあたって、その仕上圧延の各パスにおける圧延温度を、最終パスを除いて280〜350℃の範囲内としている。従って本特許文献4では、熱間粗圧延工程の終了温度は約350℃程度の低い温度になっている。
【0011】
特許文献5には、耳率が2%以下であることを特徴とするDI缶胴用アルミニウム合金板(冷間圧延板)が開示されている。この特許文献5では、前記冷間圧延板を製造するに際して、Mnなどの添加元素のミクロ的偏析を拡散・消滅させ固溶原子の分布を均一化し耳率を低下させるために、鋳塊を均熱処理しており、特に耳率を2%以下にするために2段の均熱処理を施している。2段の均熱処理をすると、熱間粗圧延中にAlマトリックス中に析出するMnが微細化しないため、熱間仕上圧延工程において耳率低減に有利な立方体方位の再結晶粒の形成を促すことができるとしている。またこの特許文献5では、熱間仕上圧延時のスタンド数やトータル圧下率を制御することにより、立方体方位の再結晶粒の発達を促している。さらにこの特許文献5では、熱間圧延中及びその後の冷却中に析出した微細なMg2Si析出物を固溶させ、その後に得られる冷間圧延板の強度を下げて破胴率を下げるために、溶体化処理(中間焼鈍)を行っている。しかしこの特許文献5の方法に従っても、板の幅方向で耳率を高度に安定化させることはできず、歩留まりは低下してしまう。またロット間、及び板の長手方向における耳率のバラツキを本質的に解決することはできない。なおこの公報では、熱間粗圧延の後、続いて熱間仕上圧延をするとしており、この熱間仕上圧延の開始温度を300〜400℃としていることから明らかなように、熱間粗圧延の終了温度は300〜400℃程度の比較的低い温度となっている。
【0012】
特許文献6には、耳は、圧延材の結晶学的異方性に起因して生じるものであり、その高低は、熱延終了後に進行する再結晶により形成される立方体方位の結晶粒の集合組織成分(主に0°−90°耳)と、冷間圧延により形成される圧延集合組織成分(45°耳)とのバランスによって決まることが教示されている。そしてこの特許文献6では、冷間圧延の圧下率を60〜90%とすることを前提として、熱間圧延条件を制御して前記バランスをとっている。すなわち熱間粗圧延の終了温度を300〜450°に規定し、熱間粗圧延の最終パス圧下率Rを[70−0.2S(S:圧延速度m/分)]%以下に規定し、熱間粗圧延終了後熱間仕上げ圧延開始までの時間をt秒[t=2.8×104exp(−0.012T),T:熱間粗圧延終了温度℃)]以内に規定し、熱間仕上圧延の各スタンドでの圧下率を30%以上に規定することによって、立方体方位の結晶粒の再結晶率を制御することによって、圧延集合組織とのバランスをとって耳を小さくしている。そして、このように熱間圧延条件を厳密に制御するこの公報の方法では、中間焼鈍は行ってもよく、省略してもよいとしている。この特許文献6の方法に従って中間焼鈍を省略すれば、他の方法で中間焼鈍を省略する場合に比べて耳率を低下させることはできるかもしれない。しかしこの公報の方法に従っても、中間焼鈍を省略してしまうと、板の幅方向で耳率を高度に安定化させることはできず、歩留まりはやはり低下してしまう。またロット間、及び板の長手方向における耳率のバラツキを本質的に解決することはできない。なおこの特許文献6の方法でも、中間焼鈍を省略する場合には、熱間粗圧延の終了温度は320〜420℃程度になっている。
【0013】
特許文献7には、導電率が38〜46%IACSである缶胴用アルミニウム合金板(冷間圧延板)が開示されている。この公報では、冷間圧延板の導電率を前記範囲に規定することによって、SiやCuなどの合金元素の固溶量を間接的に規定し、この固溶合金元素の析出による立方体方位再結晶粒の成長阻害を防止して、耳率のバラツキをおさえている。そしてこの特許文献7でも、中間焼鈍は省略してもよいとしている。しかしこの特許文献7の方法に従っても、板の幅方向で耳率を高度に安定化させることはできず、歩留まりはやはり低下してしまう。またロット間、及び板の長手方向における耳率のバラツキを本質的に解決することはできない。また特許文献7は、均熱処理時の昇温速度について何ら配慮がなされていない。
【0014】
【特許文献1】
特開平9−249932号公報
【特許文献2】
特開平5−5149号公報
【特許文献3】
特開2000−1730号公報
【特許文献4】
特開2000−256774号公報
【特許文献5】
特開平10−121177号公報
【特許文献6】
特開平10−310837号公報
【特許文献7】
特開平11−140576号公報
【0015】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、中間焼鈍工程を省略しても耳率を高いレベルで安定して低くする(ただし、0%以上)ことができる熱間圧延板、及びそれを焼鈍することなくそのまま冷間圧延することによって得られる缶胴用板材(冷間圧延板)、並びに前記熱間圧延板の製造方法を提供することにある。
【0016】
本発明の他の目的は、中間焼鈍工程を省略しても、成形性に優れる熱間圧延板、及びそれを焼鈍することなくそのまま冷間圧延することによって得られる缶胴用板材(冷間圧延板)、並びに前記熱間圧延板の製造方法を提供することにある。
【0017】
本発明のその他の目的は、中間焼鈍工程を省略しても、DI加工後の表面性状に優れる熱間圧延板、及びそれを焼鈍することなくそのまま冷間圧延することによって得られる缶胴用板材(冷間圧延板)、並びに前記熱間圧延板の製造方法を提供することにある。
【0018】
本発明の別の目的は、耳率が高いレベルで安定して低くすることができ、しかも強度にも優れる熱間圧延板、及びそれを焼鈍することなくそのまま冷間圧延することによって得られる缶胴用板材(冷間圧延板)、並びに前記熱間圧延板の製造方法を提供することにある。
【0019】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは前記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、アルミニウム系熱間圧延板においてMn固溶量及び結晶粒径を所定の範囲に制御した場合に限り、この熱間圧延板の耳率を安定して−3〜−6%にできること、そしてMn固溶量及び結晶粒径が所定の範囲内にある場合に限り、熱間圧延板の耳率を−3〜−6%にしておけば、その後焼鈍することなく得られる冷間圧延板の耳率を安定して0〜2%にできることを見出し、本発明を完成した。
【0020】
すなわち本発明に係るアルミニウム系熱間圧延板は、Mn:0.8〜1.5%(質量%、以下同じ)、Mg:0.5〜1.5%、Fe:0.1〜0.7%、Si:0.05〜0.5%を含有しており(なお残部はAl及び不可避的不純物である)、Mn固溶量が0.12〜0.38%に制御されており、平均結晶粒径が20〜50μmに制御されている点に要旨を有するものである。なお前記平均結晶粒径とは、板のおもて面に対して直交し、かつ圧延方向に対して平行する断面を観察したときの、板厚方向中央部(板厚方向の長さを1としたとき、1/4〜3/4の範囲となる部分)の結晶の平均結晶粒径を意味する。
【0021】
前記熱間圧延板は、さらにCu:0.05〜0.5%、Cr:0.001〜0.3%、Zn:0.05〜0.5%などを含有していてもよく、0.005〜0.2%のTiを単独で又は0.0001〜0.05%のBと組み合わせて含有していてもよい。前記熱間圧延板の断面の結晶は、板厚方向中央部における結晶粒の圧延方向の長さとこの圧延方向に対して直交する方向の長さとの比(圧延方向長さ/直交方向長さ)の平均が1〜5であるのが望ましい。また前記熱間圧延板は、Cu固溶量が0.01〜0.3%であるのが望ましい。
【0022】
前記熱間圧延板は、焼鈍することなくそのまま冷間圧延することによって缶胴用板材を得ることができる。
【0023】
前記熱間圧延板は、所定の組成を有するアルミニウム合金の鋳塊を、均熱処理の昇温速度及び冷却速度を鋳塊組織のデンドライト・アーム間隔に応じて下記のように制御した後、熱間粗圧延及び熱間仕上圧延することによって製造できる。なお下記に示す昇温速度及び冷却速度の制御は、均熱処理温度:550〜650℃、熱間粗圧延終了温度:440〜500℃、熱間仕上圧延終了温度:300〜360℃の条件設定の下で行うこととする。
【0024】
(1)鋳塊組織のデンドライト・アーム間隔が200μm未満のとき
300℃〜最高温度までの昇温速度:10℃/時間〜30℃/時間
最高温度〜300℃までの冷却速度:20℃/時間〜55℃/時間
(2)鋳塊組織のデンドライト・アーム間隔が200μm以上のとき
300℃〜最高温度までの昇温速度:15℃/時間〜40℃/時間
最高温度〜300℃までの冷却速度:30℃/時間〜70℃/時間
【0025】
【発明の実施の形態】
先ず本発明のアルミニウム系熱間圧延板の成分の限定理由について説明する。
【0026】
Mn:Mnは強度の向上に寄与し、さらには成形性の向上にも寄与する有効な元素である。特に本発明の熱間圧延板の用途としている缶胴材(冷間圧延板)では、DI成形時にしごき加工が行われるため、Mnは極めて重要となる。より詳細には、MnはAl−Fe−Mn−Si系金属間化合物(α相)などの種々のMn系金属間化合物を形成する。そして前記α相が適正に分布しているほど、しごき加工性を向上できる。すなわちアルミニウム板のしごき加工においては、通常エマルジョンタイプの潤滑剤が用いられているが、前記α相の量が少ないと、エマルジョンタイプの潤滑剤を使用しても潤滑性が不足し、ゴーリングと称される擦り疵や焼付きなどの外観不良が発生する虞がある。従ってα相を生成し、しごき加工時の表面疵を防止するためにもMnは不可欠な元素である。Mnの量は、0.8%(質量%の意。以下同じ)以上、好ましくは0.85%以上、さらに好ましくは0.9%以上である。一方、Mnが過剰になるとMnAl6の初晶巨大金属化合物が晶出し、成形性が低下する。Mn量の上限は、1.5%程度、好ましくは1.3%程度、さらに好ましくは1.1%程度である。
【0027】
Mg:Mgは単独で固溶強化によって強度を向上できる点で有効である。さらには後述するCuと共に添加することによって、本発明の熱間圧延板を冷間圧延して製品コイルとし、最終焼鈍(仕上焼鈍ともいう。例えば、温度:100〜150℃程度、時間:1〜2時間程度の焼鈍)し、その後に製缶してからベーキング(焼付印刷)する際に軟化を抑制できる。すなわちMg及びCuを添加すると本発明の熱間圧延板においてCu固溶量を確保することができ、ベーキング(焼付印刷)を行う際にAl−Cu−Mgが析出するため、ベーキング時の軟化を抑制できる。Mgの量は、0.5%以上、好ましくは0.7%以上、さらに好ましくは0.8%以上である。一方、Mgが過剰になると加工硬化が生じやすくなるため、成形性が低下する。Mg量の上限は、1.5%程度、好ましくは1.4%程度、さらに好ましくは1.35%程度である。
【0028】
なおMgは、Mnの析出量及び固溶量にも影響を与える。すなわちMgが多いほどAl−Fe−Mn−Si系金属間化合物(α相)の析出量が抑制されるため、Mn固溶量が多くなりやすい。
【0029】
Fe:Feは結晶粒を微細化させる作用があり、さらには上述のAl−Fe−Mn−Si系金属間化合物(α相)を生成するため、成形性の向上に寄与する。またFeは、Mnの晶出や析出を促進し、アルミニウム基地中のMn固溶量やMn系金属間化合物(前記α相など)の分散状態を制御する点でも有用である。一方、Mnの存在下でFeが過剰になると、巨大な初晶金属間化合物が発生しやすくなり、成形性を損なう虞がある。従ってFeの量はMnの量に応じて設定でき、FeとMnとの質量比(Fe/Mn)は、例えば、0.1〜0.7程度、好ましくは0.2〜0.6程度、さらに好ましくは0.3〜0.5程度である。なおMnの量が上記程度の場合、Feの量は、通常、0.1%以上(好ましくは0.2%以上、さらに好ましくは0.3%以上)、0.7%以下(好ましくは0.6%以下、さらに好ましくは0.5%以下)程度である。
【0030】
Si:Siは、Al−Fe−Mn−Si系金属間化合物(α相)を生成し、Mn系金属間化合物の分散状態を制御するために有用な元素である。α相が適正に分布している程、成形性を向上できる。Siの量は、0.05%以上、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.2%以上である。一方、Siが過剰になると、時効硬化によって材料が硬くなり過ぎ、成形性が低下する。Si量の上限は、0.5%程度、好ましくは0.45%程度、さらに好ましくは0.4%程度である。
【0031】
前記以外の成分(残部)は、Al及び不可避的不純物であるが、必要に応じて他の元素を含有していてもよい。例えば、強度向上元素を含有していてもよく、結晶粒微細化元素を含有していてもよい。なおこれら強度向上元素及び結晶粒微細化元素は、いずれか一方のみを添加してもよく、両方を添加してもよい。
【0032】
強度向上元素としては、Cu,Cr,Znなどが挙げられる。以下、各元素について詳細に説明する。
【0033】
Cu:Cuを添加しておくと、上述した様に、本発明の熱間圧延板においてCu固溶量を確保できる。Cu固溶量を確保しておけば、この熱間圧延板を冷間圧延することによって製品コイルを製造し、その後の製缶時にベーキング(焼付印刷)を行うときに、Al−Cu−Mgが析出し、軟化を抑制できる。Cuの量は、例えば、0.05%以上、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.2%以上である。一方Cuが過剰になると、時効硬化は容易に得られるものの、硬くなりすぎるために成形性が低下し、さらには耐食性も劣化する。Cu量の上限は、例えば、0.5%程度、好ましくは0.4%程度、さらに好ましくは0.35%程度である。
【0034】
Cr:Crも強度向上に効果的な元素である。Crの量は、例えば、0.001%以上、好ましくは0.002%以上である。一方Crが過剰になると、巨大晶出物が生成して成形性が低下する。Cr量の上限は、例えば、0.3%程度、好ましくは0.25%程度である。
【0035】
Zn:Znを添加すると、Al−Mg−Zn系粒子が時効析出することによって強度を向上できる。Znの量は、例えば、0.05%以上、好ましくは0.06%以上である。一方Znが過剰になると耐食性が低下する。Zn量の上限は、例えば、0.5%程度、好ましくは0.45%程度である。
【0036】
なお前記強度向上元素(Cu,Cr,Znなど)は単独で又は2種以上組み合わせて使用できる。
【0037】
一方、結晶粒微細化元素としては、Tiが挙げられる。Tiの量は、例えば、0.005%以上、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.015%以上である。なおTiが過剰になると、巨大なAl−Ti系金属間化合物が晶出して成形性を阻害する。Ti量の上限は、例えば、0.2%程度、好ましくは0.1%程度、さらに好ましくは0.05%程度である。
【0038】
前記Tiは単独で添加してもよいが、微量のBと共に添加してもよい。Bと併用すると、結晶粒の微細化効果がさらに向上する。Bの量は、例えば、0.0001%以上、好ましくは0.0005%以上、さらに好ましくは0.0008%以上である。一方Bが過剰になると、Ti−B系の粗大粒子が生成して成形性を低下させる。B量の上限は、例えば、0.05%程度、好ましくは0.01%程度、さらに好ましくは0.005%程度である。
【0039】
本発明の熱間圧延板は、前記成分を含有しているのみならず、Mnの固溶量が0.12〜0.38%の範囲に制御されており、平均結晶粒径が20〜50μmの範囲に制御されている。このような熱間圧延板を用いれば、中間焼鈍することなく冷間圧延板を製造しても、この冷間圧延板をDI成形したときの平均耳率(詳細は後述)を確実に小さくすることができる。より詳細に説明すると、Mnの固溶量が大きくなれば熱間圧延板の平均耳率(詳細は後述)が小さくなる傾向があり、また平均結晶粒径が小さくなっても、再結晶時にCube方位(立方体方位)が発達し易くなって熱間圧延板の平均耳率が小さくなる傾向があるため、これらMn固溶量及び平均結晶粒径を所定の範囲に制御することによって、熱間圧延板の平均耳率を−3〜−6%の範囲に制御できる。そして熱間圧延板の平均耳率が大きい程、この熱間圧延板を中間焼鈍することなく冷間圧延することによって得られる冷間圧延板(缶胴材)の平均耳率が大きくなる傾向があるため、熱間圧延板の平均耳率を上記所定の範囲に制御しておけば、中間焼鈍することなく得られる冷間圧延板の平均耳率を0〜2%の範囲に制御でき(すなわち耳を小さくでき)、成形歩留まりを高めることができる。すなわち従来の熱間圧延後に中間焼鈍を行う方法では、内部組織のばらつきを前記中間焼鈍によって一旦キャンセルすることにより、耳率の安定化を図っていたのに対して、1)本発明によれば中間焼鈍を行わなくても、Mnの固溶量及び平均結晶粒径を制御することによって、平均耳率を安定化することができる。
【0040】
さらに本発明によれば、以下の効果をも奏する。
【0041】
2)中間焼鈍工程を省略しても平均耳率を確実に0〜2%に制御できるため、後述するように缶胴の耳切れに起因する缶胴破壊を防止でき、成形性を高めることもできる。
【0042】
3)熱間圧延板の段階から平均結晶粒径を20〜50μmと細かくし、しかも冷間圧延板の平均耳率を下げて成形性を確保しているため、成形後の表面性状も優れたものとなる。
【0043】
4)熱間圧延後の中間焼鈍工程を省略しているため、圧延時の歪みがキャンセルされることがなく、冷間圧延板やそのDI成形体の強度を高めることができる。
【0044】
なお前記Mn固溶量及び平均結晶粒径のいずれか一方を所定の範囲に制御すれば、熱間圧延板の平均耳率を−3〜−6%の範囲に入り、冷間圧延板の平均耳率も0〜2%の範囲に入る場合もある。しかし、Mn固溶量及び平均結晶粒径のいずれか一方のみを所定の範囲に制御した場合には、熱間圧延板の平均耳率と冷間圧延板の平均耳率との上記相関関係が崩れやすくなっており、熱間圧延板の平均耳率及び冷間圧延板の平均耳率のうちいずれか一方(又は両方)が所定の範囲を逸脱する場合も発生する。例えば、熱間圧延板の平均結晶粒径が所定の範囲内であってもMn固溶量が多すぎる場合、熱間圧延板の平均耳率が規格内であっても、後工程の冷間圧延時の加工硬化が過剰になる(従って、集合組織の発達度合いも異なってくる)ためか、冷間圧延板の平均耳率が所定の範囲から外れてしまう。すなわちMn固溶量及び平均結晶粒径のいずれか一方のみを制御するのでは、冷間圧延板の平均耳率を0〜2%の範囲に制御できる場合はあってもその確実性が低くなる。従って本発明では、Mn固溶量及び平均結晶粒径の両方を制御することによって、冷間圧延板の平均耳率を確実に0〜2%の範囲に制御できるようにして、成形歩留まりを高めている。
【0045】
前記平均結晶粒径の好ましい範囲は、23μm以上(特に25μm以上)、48μm以下(特に45μm以下)である。また前記Mn固溶量の好ましい範囲は、0.13%以上(特に0.14%以上)、0.37%以下(特に0.36%以下)である。
【0046】
さらに本発明では、平均結晶粒径とMn固溶量との関係をより高度に規定するのが望ましい。例えば、平均結晶粒径が前記所定の範囲を満たしていても、平均結晶粒径が大きいほど平均耳率も大きめの値をとり易くなるため、Mn固溶量を大きくして、平均耳率を小さい方にシフトさせるのが望ましい。また同様に考えて、平均結晶粒径が小さめの場合には、Mn固溶量も小さくするのが望ましい。例えば、平均結晶粒径が20〜30μm程度と小さい場合には、Mn固溶量を0.2%以下にするのが望ましい。
【0047】
なお前記平均結晶粒径とは、熱間圧延板のおもて面に対して直交し、かつ圧延方向に対して平行する断面を観察したとき、板厚方向中央部(板厚方向の長さを1としたとき、1/4〜3/4の範囲となる部分)における結晶の平均結晶粒径を意味する。
【0048】
また前記平均耳率の算出方法は、図5に基づいて説明する。図5は、熱間圧延板又は冷間圧延板をDI成形することによって得られるカップの展開図である。この展開図で示したように、圧延方向を0°として、0°、90°、180°、及び270°方向に生じる耳の高さ(T1,T2,T3,T4;マイナス耳と称する)を測定し、45°、135°、225°、及び315°方向に生じる耳の高さ(Y1,Y2,Y3,Y4;プラス耳と称する)を測定する。なお各高さY1〜Y4,T1〜T4は、カップの底部からの高さである。そして各測定値から、下記式に基づいて平均耳率を算出する。
【0049】
平均耳率(%)=[{(Y1+Y2+Y3+Y4)−(T1+T2+T3+T4)}/{1/2 × (Y1+Y2+Y3+Y4+T1+T2+T3+T4)}]×100
なお本発明の対象としている熱間圧延板(JIS 3004用の熱間圧延板)及びこの熱間圧延板から得られる冷間圧延板では、平均耳率を0近くにした場合、4つのプラス耳(Y1〜Y4)並びに90°方向及び270°方向の2つのマイナス耳(T2,T4)の発達は抑制されるものの、0°方向及び180°方向の2つのマイナス耳(T1,T3)の発達は抑制されにくい。そして単に平均耳率の絶対値を小さくした場合には、例えば、平均耳率を−2〜2%(絶対値では2%以下)にした場合には、平均耳率を−2以上0%未満としても、マイナス耳(T1,T3)の抑制が不十分なために、絞り成形のシワ押さえ圧がこの2つのマイナス耳(T1,T3)に集中し、耳立ち、耳切れなどが発生して生産に不具合が生じるのに対して、平均耳率を0〜2%(プラス側)にした場合には、残りの2つのマイナス耳(T1,T3)も十分に抑制できるために、耳切れに起因する缶胴破壊を防止できる。
【0050】
本発明の熱間圧延板では、前記平均結晶粒径を観察する板材断面において、結晶粒の圧延方向の長さと、この圧延方向と直交する方向の長さの比(圧延方向/直交方向)の平均が1〜5程度であるのが好ましい。この結晶粒の圧延方向長さと直交方向長さとの比(以下、単に「長さ比」と称する場合がある)が大きすぎると、成形後に粒界で割れが生じやすくなり、成形性が低下する。前記長さ比は、好ましくは4.5以下、さらに好ましくは4.0以下、特に3.5以下である。一方、長さ比が1未満になると、直交方向の長さが圧延方向長さよりも大きくなるため、粗大な結晶粒が形成されやすくなり、成形後の肌荒れが生じ、表面性状が低下する。前記長さ比は、好ましくは1.5以上、特に2.0以上である。
【0051】
また本発明の熱間圧延板では、Cuの固溶量が0.01〜0.3%であるのが望ましい。Cuの固溶量を適切な範囲に設定することにより、平均耳率のばらつきを抑制することができ、製造条件をゆるやかに設定することができる。Cuの固溶量は、好ましくは0.02%以上(特に0.04%以上)、0.25%以下(特に0.2%以下)である。
【0052】
なお本発明は、歩留まりの向上を目的としているため、熱間圧延板の極一部において前記諸特性(平均結晶粒径、Mn固溶量、長さ比、Cu固溶量など)を満足しているだけでは不十分であり、熱間圧延板の圧延方向(長手方向)及び/又は幅方向(特に幅方向)に亘って前記諸特性を満足しているのが望ましく、複数のロットに亘って熱間圧延板が前記諸特性を満足しているのが望ましい。
【0053】
上述のような所定の成分を含有し、Mn固溶量及び平均結晶粒径が所定の範囲に制御されている熱間圧延板は、所定の成分を含有するアルミニウム合金の鋳塊を用い、この鋳塊のデンドライト・アーム間隔(DAS)に応じて製造条件(均熱条件、熱間粗圧延条件、熱間仕上圧延条件など)を制御することによって製造できる。すなわち前記DASとは、凝固組織のサイズを示しており、書籍「金属の凝固」(岡本平、鈴木章 共訳、丸善株式会社出版)に詳細に説明されている。このDASは、冷却速度に依存すると言われており、アルミニウム合金の場合には、晶析物分布や鋳塊の固溶量も同時に変化する。従って、鋳塊のDASが異なると、均熱条件や熱間圧延条件(熱間粗圧延条件、熱間仕上圧延条件)を等しくしても、熱間圧延板中のMn固溶量や平均結晶粒径が異なってくる。より詳細には、鋳塊のDASが小さい程、熱間圧延時の再結晶粒が小さくなり、Mn固溶量も少なくなる傾向がある。従って、熱間圧延条件(熱間粗圧延条件、熱間仕上圧延条件)と、その前段階の均熱条件とを鋳塊のDASに応じて総合的に制御することによって、熱間圧延板の平均結晶粒径及びMn固溶量を制御することができる。
【0054】
例えば、本発明では、均熱温度(均質化処理温度)を550〜650℃程度、熱間粗圧延の終了温度を440〜550℃程度、熱間仕上圧延の終了温度を300〜360℃程度とすることが多いため、この条件に併せて均熱工程での昇温速度及び冷却速度(特に、合金元素が析出し易い550〜450℃の温度範囲の冷却速度)を制御することが多い。均熱工程の昇温速度を遅くし、冷却速度も遅くした場合、平均結晶粒径及びMn固溶量を増大させることができるため、鋳塊のDASが小さい場合には、均熱工程の昇温速度及び冷却速度を遅くする。逆に、鋳塊のDASが大きい場合には、均熱工程の昇温速度及び冷却速度を速くする。
【0055】
より具体的には、鋳塊組織のDASに応じて下記のように制御することによって、平均結晶粒径及びMn固溶量を確実に所定の範囲に制御することができる。
【0056】
(1)鋳塊組織のデンドライト・アーム間隔が200μm未満のとき
300℃〜最高温度までの昇温速度:10℃/時間以上(好ましくは15℃/時間以上)、30℃/時間以下(好ましくは27℃/時間以下)
最高温度〜300℃までの冷却速度:20℃/時間以上(好ましくは25℃/時間以上)、55℃/時間以下(好ましくは52℃/時間以下)
(2)鋳塊組織のデンドライト・アーム間隔が200μm以上のとき
300℃〜最高温度までの昇温速度:15℃/時間以上(好ましくは18℃/時間以上)、40℃/時間(30℃/時間以上)
最高温度〜300℃までの冷却速度:30℃/時間以上(好ましくは35℃/時間以上)、70℃/時間以下(好ましくは60℃/時間以下)
なお本発明において、前記のように昇温速度及び冷却速度の設定するに際して、その前提となる均熱温度、熱間粗圧延の終了温度、及び熱間仕上圧延終了温度を上記の範囲に設定しているのは以下の理由による。
【0057】
均熱温度(550〜650℃):均熱温度が低すぎると、均質化に時間がかかり過ぎて生産性が低下し、均熱温度が高すぎると、鋳塊表面に膨れが生じるため、前記範囲に均熱温度を設定した。好ましい均熱温度は、580℃以上(特に590℃以上)、615℃以下(特に610℃以下)である。なお均熱時間(均質化時間)は、鋳塊を均質化できれば短い程望ましく、例えば12時間以下、好ましくは6時間以下とするのが望ましいが、均熱温度を550℃以上とする場合には均熱時間は6時間以上必要であり、均熱温度を580℃以上とする場合には均熱時間は5時間以上必要であり、均熱温度を590℃以上とする場合には均熱時間は4時間以上必要である。
【0058】
熱間粗圧延の終了温度(440〜550℃):熱間粗圧延の終了温度が低くなり過ぎると、次工程の熱間仕上圧延で圧延温度が低くなってエッジ割れが生じやすくなるため、終了温度を440℃以上とした。また終了温度が低くなり過ぎると、仕上圧延後に再結晶するために必要となる自己熱が不足しやすくなるため、均熱処理時の昇温速度及び冷却速度を上記範囲に設定しても、結晶粒径が小さくなり過ぎる。好ましい終了温度は、例えば、455℃以上(特に460℃以上)、500℃以下(特に490℃以下)である。
【0059】
なお熱間粗圧延の終了温度を440〜550℃程度にしておくためには、熱間粗圧延の開始温度を、例えば、490〜600℃程度、好ましくは495〜580℃程度、さらに好ましくは500〜550℃程度にしておくのが望ましい。前記開始温度を600℃以下にしておけば、熱間圧延板の表面酸化を防止することもできる。さらには、再結晶粒の粗大化を防止できるため、成形性をさらに高めることもできる。
【0060】
熱間仕上圧延の終了温度(300〜360℃):熱間仕上圧延工程は、合金板を所定の寸法に仕上げる工程であり、圧延終了後の組織は自己発熱によって再結晶組織になるため、その終了温度は再結晶組織に影響を与える。従って仕上の終了温度は、例えば、300℃以上、好ましくは310℃以上、さらに好ましくは320℃以上とする。
【0061】
なお上述の均熱処理は、複数の段階に分けて行う場合がある。その場合、上記均熱処理の昇温速度、均熱処理の温度(均質化温度)、及び冷却速度の制御は、いずれの段階で行ってもよく、全ての段階で行ってもよいが、少なくとも第1回目の段階で行うのが望ましい。
【0062】
第1回目の均熱処理の温度を上記範囲に設定する場合、第2回目以降の均熱処理の温度は、第1回目の均熱処理温度よりも低くする場合が多い。第2回目以降の均熱処理の温度は、第1回目の均熱処理温度に比べて、例えば、10〜100℃程度、好ましくは50〜100℃程度低くすることが多い。
【0063】
上述のように鋳塊のDASに応じて、均熱処理条件及び熱間圧延条件を設定することにより、熱間圧延板のMn固溶量及び平均粒径を制御できる。なおMn固溶量は、Mn添加量の影響も受けるため、上述のようにして制御しても平均粒径しか所定の範囲に制御することができない場合には、Mn添加量を適正化することによってMn固溶量及び平均粒径の両方を制御できる。
【0064】
ところで前記DASは、ロット間で異なる場合もあれば、板状の鋳塊を使用する場合には、鋳塊の長手方向で異なる場合もある。DASがロット間で異なる場合には、各ロットに応じて、上記のようにして製造条件を設定すればよく、DASが長手方向で異なる場合には、送られてくる鋳塊のDASに応じて製造条件を変動させればよい。
【0065】
さらにDASは、板状鋳塊の幅方向で異なる場合もある。すなわち端部では、凝固・冷却速度が速いため、DASが小さくなりやすく、中央部では相対的にDASが大きくなりやすい傾向があり、鋳塊が大きくなるほど前記傾向はさらに強くなる。DASが小さい場合には、上述したように、均熱処理時の昇温速度を遅くし、冷却速度も遅くする必要があるため、DASの小さい端部には、昇温速度及び冷却速度を遅くするための種々の手段を適用するのが望ましい。例えば、端部に断熱材やエッジヒーターを配備することによって、又は熱風の当て方を制御することによって、端部の昇温速度及び冷却速度を遅くできる。なお、熱間圧延工程においても、端部と中央部とで処理条件を揃えるため、端部に断熱材やエッジヒーターを配備してもよく、熱風の当て方を制御してもよい。
【0066】
なお、均熱処理条件及び熱間圧延条件のうち、他の条件(例えば、均熱処理が終了した鋳塊の取り扱い、熱間粗圧延と熱間仕上圧延との間隔、熱間仕上圧延機の種類、熱間仕上圧延の総圧延率、熱間圧延板の板厚など)は、以下のようにするのが望ましい。
【0067】
均熱処理が終了した鋳塊の取り扱い:均熱処理が終了した鋳塊は、一旦冷却し、再加熱してから熱間粗圧延してもよく、過度に冷却することなく熱間粗圧延してもよいが、好ましくは鋳塊を過度に冷却することなく熱間粗圧延する。冷却しない場合、均熱処理後の鋳塊の自己発熱を利用することができ、生産時間や熱エネルギーを節約できるだけでなく、合金元素の析出物の数密度を小さくでき、DI成形後のフランジ長さのばらつきを抑制できる。なお、鋳塊を一旦冷却する場合には、30℃/時間以上の速度で急速加熱するのが望ましい。急速加熱すると、合金元素の析出物の数密度が高くなり過ぎるのを防止でき、DI成形後のフランジ長さのばらつきを抑制できる。
【0068】
熱間粗圧延と熱間仕上圧延との間隔:熱間粗圧延が終了したアルミニウム合金板は、速やかに熱間仕上圧延するのが望ましい。速やかに熱間仕上圧延することによって、熱間粗圧延で蓄積された歪みが回復してしまうのを防止でき、その後に得られる冷間圧延板の強度を高めることができる。熱間粗圧延が終了したアルミニウム合金板は、例えば、5分以内、好ましくは3分以内に熱間仕上圧延する。
【0069】
熱間仕上圧延機の種類:熱間仕上圧延機としては、スタンド数が3以上のタンデム式熱間圧延機を使用するのが望ましい。スタンド数を3以上とすることによって、1スタンドあたりの圧延率を小さくでき、熱延板の表面性状を保ちつつ歪みを蓄積することができるため、冷間圧延板及びそのDI成形体の強度をさらに高めることができる。
【0070】
熱間仕上圧延の総圧延率:総圧延率は80%以上にするのが望ましい。
【0071】
熱間圧延板の板厚:熱間圧延終了後の合金板の板厚は、1.8〜3mm程度とするのが望ましい。板厚が1.8mm以上とすることによって、熱間圧延板の表面性状(焼付き、肌荒れなど)や板厚プロフィールの悪化を防止できる。一方、板厚が3mm以下とすることによって、冷間圧延板(通常、板厚:0.28〜0.35mm程度)を製造する際の圧延率が高くなりすぎるのを防止でき、DI成形後のフランジ長さのばらつきを抑制できる。
【0072】
上述のようにして得られた熱間圧延板は、Mn固溶量及び平均結晶粒径が所定の範囲に制御されているため、平均耳率が所定の範囲に制御されている。そのため、中間焼鈍することなく冷間圧延しても、冷間圧延板の平均耳率を0〜2%と小さくすることができる。
【0073】
なお冷間圧延工程では、圧延率を80〜90%にするのが望ましい。圧延率が80%以上とすることによって、得られる冷間圧延板の耐圧強度をより高めることができる。一方、圧延率を90%以下とすることによって、DI成形時のプラス耳が大きくなり過ぎるのを防止できる。また強度が強くなり過ぎないため、DI成形時のカッピング割れや缶底割れを抑制できる。
【0074】
冷間圧延後の板厚は、通常、0.28〜0.35mm程度である。
【0075】
冷間圧延後は、必要に応じて、再結晶温度よりも低い温度で仕上焼鈍(最終焼鈍)を行ってもよい。仕上焼鈍を行うと加工組織が回復し、DI成形性や缶底成形性が向上する。
【0076】
仕上焼鈍の温度は、例えば、100〜150℃程度、特に115〜150℃程度にするのが望ましい。温度を100℃以上とすることによって、加工組織を充分に回復させることができる。一方、温度が150℃以下とすることによって、固溶元素の過剰な析出を防止でき、DI成形性やフランジ成形性をさらに高めることができる。
【0077】
仕上焼鈍の時間は、4時間以下(特に1〜3時間程度)とするのが望ましい。長すぎる焼鈍を避けることによって、固溶元素の過剰な析出を防止でき、DI成形性をさらに高めることができる。
【0078】
このようにして得られた冷間圧延板は、所定の熱間圧延板を利用しているため、DI成形しても平均耳率を0〜2%の範囲に制御することができる。そのため、前記冷間圧延板を用いればDI成形時の歩留まりを高めることができる。さらには平均耳率を0〜2%の範囲に制御できれば、DI成形時の缶銅破断をも抑制できるため、この点でもDI成形時の歩留まりを高めることができる。
【0079】
従って本発明の熱間圧延板及び冷間圧延板は、アルミニウム系飲料缶などの缶胴材を製造するのに極めて有用である。
【0080】
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0081】
実験例1〜19
表1に示す化学成分のAl合金板を溶解し、DC鋳造法にて板厚600mm、幅2100mmの鋳塊を製造した。この鋳塊を表2〜3に示す条件に従って、均熱処理(第1均熱処理及び第2均熱処理)、熱間粗圧延、熱間仕上圧延することによりアルミニウム系熱間圧延板を製造した。
【0082】
得られた熱間圧延板を、中間焼鈍することなく表2〜3に示す条件に従って冷間圧延し、缶胴用板材(冷間圧延板)を製造した。
【0083】
前記熱間圧延板及び冷間圧延板の特性を下記のようにして評価した。
【0084】
[平均結晶粒径、長さ比]
熱間圧延板のおもて面に対して直交し、かつ圧延方向に対して平行する断面が得られるように、前記熱間圧延板を切断した。すなわち板の幅方向に所定の間隔をあけながら、熱間圧延板を切断していった。切断面を深さ約0.05〜0.1mmまで機械研磨した後、電解エッチングし、光学顕微鏡(偏光板使用)を用いて観察した。観察位置は、板厚方向(深さ方向)の長さを1としたとき、1/4〜3/4の範囲とし、観察倍率100倍、視野数10とした。
【0085】
平均結晶粒径は、画像解析ソフト(MEDIA CYBERNETCS社製のImage−Pro Plus)を使用し、重心直径の平均値を求めることにより算出した。
【0086】
長さ比も、画像解析ソフト(MEDIA CYBERNETCS社製のImage−Pro Plus)を使用し、結晶の圧延方向長さと直交方向長さとの比を求めることにより、算出した。
【0087】
[Mn固溶量]
熱フェノールによる残渣抽出法(フィルターのメッシュサイズ=0.2μm)を採用した。得られた溶液中の元素量をICP発光分析によって算出した。
【0088】
[平均耳率]
熱間圧延板の場合:幅方向の中央部から試験板(長さ200mm、幅100mm)を採取した。また熱間圧延板の幅方向の最端部を幅15mmに亘って切り落とし、残った熱間圧延板の端部から試験板(長さ200mm、幅100mm)を採取した。これら試験板は、潤滑油[D.A.Stuart社製、ナルコ147]を塗布したブランク板を用いてエリクセン試験機によってカップ状に成形した(ブランクの直径=66.7mm、ポンチの直径=40mm、ダイス側肩部のR=6.5mm、ポンチの肩R=3.0mm、しわ押さえ圧=400kgf)。得られたカップの開口周縁部の8方向(圧延方向を0°として、0°方向、45°方向、90°方向、135°方向、180°方向、225°方向、270°方向、及び315°方向)に生じる山谷の形状を測定し、平均耳率を算出した。
【0089】
冷間圧延板の場合:ダイス側肩部のRを2.0mmとする以外は、前記熱間圧延板の場合と同様にして、40%深絞り試験を行った。
【0090】
[DI成形性(成形割れ)]
冷間圧延板を用い、製缶速度300缶/分の速さでDI缶胴(内径66mmφ、側壁板厚103μm、側壁先端部板厚165μm、最終第3しごき率40%)を製造した。成形缶5万缶あたりの破銅われの発生個数を求め、DI成形性を評価した。
【0091】
[表面品質]
前記DI成形性評価によって製造された缶の表面を目視で観察するとともに、この缶を王水[濃塩酸:濃硝酸=3:1(体積比)]に浸漬し、浸漬後の表面を目視で観察し、下記基準に従って評価した。
【0092】
◎:ストリーク及び肌荒れがなく、表面性状は非常に良好である
○:表面性状が良好であり、実用レベルを満足する
△:一部で肌荒れが発生していた
×:ストリーク及び肌荒れが強く発現していた
結果を表2〜3、及び図1〜4に示す。
【0093】
【表1】
【0094】
【表2】
【0095】
【表3】
【0096】
図1より明らかなように、Mn固溶量を所定範囲に制御することによって、熱間圧延板の平均耳率を所定範囲に制御することができる。また図2より明らかなように、平均結晶粒径を制御することによって熱間圧延板の平均耳率を所定範囲に制御することができる。さらに図3より明らかなように、熱間圧延板の平均耳率を所定範囲に制御すれば、冷間圧延板の平均耳率を所定範囲に制御できる。
【0097】
しかし、Mn固溶量及び平均結晶粒径のいずれか一方だけを制御するのでは、「熱間圧延板の平均耳率を−3〜−6%に制御することによって冷間圧延板の平均耳率を0〜−2%に制御する」ことはできない。すなわち、表2及び表3に示した実験例11の端部、実験例13の端部、実験例16の中央部、実験例19の端部ではMn固溶量及び平均結晶粒径の一方が不適切であるため、熱間圧延板の平均耳率を−3〜−6%としても冷間圧延板の平均耳率は0〜2%とならず、また実験例9の中央部及び端部、実験例17の端部、実験例19の中央部では熱間圧延板の平均耳率が−3〜−6%の範囲を外れていても冷間圧延板の平均耳率が0〜2%となっており、これらの例では熱間圧延板の平均耳率と冷間圧延板の平均耳率との相関関係が崩れている。
【0098】
これに対して実験例1〜8では、Mn固溶量及び平均結晶粒径の両方が所定の範囲に入っているため、熱間圧延板の平均耳率を確実に所定の範囲に制御でき、その結果、冷間圧延板の平均耳率を確実に所定の範囲に制御できている。特に実験例1〜4ではCu固溶量が所定の範囲に制御されているため、中央部(高DAS領域)と端部(低DAS領域)との間で平均耳率をほぼ揃えることができている。なお実験例1〜8では、冷間圧延板の平均耳率が確実に所定の範囲に制御できているため、成形割れも小さくなっている。また実験例1〜8では、熱間圧延板の段階から平均結晶粒径を20〜50μmと細かくし、しかも冷間圧延板の成形性を確保しているため、成形後の表面性状も優れたものとなっている。
【0099】
なお実験例11の中央部、実験例13の中央部、並びに実験例15の中央部及び端部では、Mn固溶量及び平均結晶粒径のうち少なくとも一方が所定の範囲を逸脱しているにも拘わらず、熱間圧延板の平均耳率が所定の範囲に入っており、冷間圧延板の平均耳率も所定の範囲に入っている。しかし、これらの範囲までMn固溶量及び平均結晶粒径の範囲を拡げると、冷間圧延板又は熱間圧延板の平均耳率を所定の範囲に制御することができない場合もある。本発明の目的は、平均耳率を単に小さくするのではなく、そのバラツキを抑える点にもあるため、確実性を重視して、上記範囲にMn固溶量及び平均結晶粒径を設定した。
【0100】
また図4より明らかなように、特定のAl合金板A〜Eを用いた場合、結晶粒の長さ比を制御することによって、成形性を高めることができる。
【0101】
【発明の効果】
本発明によれば、Mn固溶量及び平均結晶粒径のいずれもが所定の範囲に制御されているため、熱間圧延板の平均耳率を所定の範囲に制御することができる。そして熱間圧延板のMn固溶量及び平均結晶粒径のいずれもが所定の範囲に制御されていると、この熱間圧延板を中間焼鈍することなくそのまま冷間圧延しても、冷間圧延板の平均耳率をマイナスにならない範囲で確実に低くすることができる。
【0102】
また本発明によれば、中間焼鈍工程を省略しても平均耳率を確実に所定の範囲に制御できるため、缶胴の耳切れに起因する缶胴破壊を防止でき、成形性を高めることもできる。
【0103】
本発明によれば、熱間圧延板の段階から平均結晶粒径を20〜50μmと細かくし、しかも冷間圧延板の平均耳率を下げて成形性を確保しているため、成形後の表面性状を良好にできる。
【0104】
本発明によれば、熱間圧延後の中間焼鈍工程を省略しているため、圧延時の歪みがキャンセルされることがなく、冷間圧延板やそのDI成形体の強度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は熱間圧延板におけるMn固溶量と平均耳率との関係を示すグラフである。
【図2】図2は熱間圧延板における平均結晶粒径と平均耳率との関係を示すグラフである。
【図3】図3は熱間圧延板の平均耳率と冷間圧延板の平均耳率との関係を示すグラフである。
【図4】図4は熱間圧延板における長さ比と、この熱間圧延板を冷間圧延し、DI成形したときの割れ発生回数との関係を示すグラフである。
【図5】図5は、平均耳率の算出方法を説明するための図であり、成形後のカップの展開図である。
Claims (9)
- Mn:0.8〜1.5%(質量%、以下同じ)、Mg:0.5〜1.5%、Fe:0.1〜0.7%、Si:0.05〜0.5%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる熱間圧延板であり、
Mn固溶量が0.12〜0.38%に制御されており、
板の表面に対して直交し、かつ圧延方向に対して平行する断面を観察したとき、板厚方向中央部(板厚方向の長さを1としたとき、1/4〜3/4の範囲となる部分)における平均結晶粒径が20〜50μmであることを特徴とするアルミニウム系熱間圧延板。 - さらにCu:0.05〜0.5%、Cr:0.001〜0.3%、及びZn:0.05〜0.5%から選択された少なくとも一種を含有する請求項1記載のアルミニウム系熱間圧延板。
- さらに0.005〜0.2%のTiを単独で又は0.0001〜0.05%のBと組み合わせて含有する請求項1又は2に記載のアルミニウム系熱間圧延板。
- 板の表面に対して直交し、かつ圧延方向に対して平行する断面を観察したとき、板厚方向中央部における結晶粒の圧延方向の長さとこの圧延方向に対して直交する方向の長さとの比(圧延方向長さ/直交方向長さ)の平均が1〜5である請求項1〜3のいずれかに記載のアルミニウム系熱間圧延板。
- Cu固溶量が0.01〜0.3%である請求項2〜4のいずれかに記載のアルミニウム系熱間圧延板。
- 請求項1〜5のいずれかに記載の熱間圧延板を、焼鈍することなくそのまま冷間圧延することによって得られる缶胴用板材。
- Mn:0.8〜1.5%(質量%、以下同じ)、Mg:0.5〜1.5%、Fe:0.1〜0.7%、Si:0.05〜0.5%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金の鋳塊を温度550〜650℃で均熱処理し、終了温度が440〜500℃となる熱間粗圧延をした後、終了温度が300〜360℃となる熱間仕上圧延することとし、
前記均熱処理の昇温速度及び冷却速度を鋳塊組織のデンドライト・アーム間隔に応じて下記のように制御することを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム系熱間圧延板を製造する方法。
(1)鋳塊組織のデンドライト・アーム間隔が200μm未満のとき
300℃〜最高温度までの昇温速度:10℃/時間〜30℃/時間
最高温度〜300℃までの冷却速度:20℃/時間〜55℃/時間
(2)鋳塊組織のデンドライト・アーム間隔が200μm以上のとき
300℃〜最高温度までの昇温速度:15℃/時間〜40℃/時間
最高温度〜300℃までの冷却速度:30℃/時間〜70℃/時間 - 前記鋳塊が、さらにCu:0.05〜0.5%、Cr:0.001〜0.3%、及びZn:0.05〜0.5%から選択された少なくとも一種を含有する請求項7記載の製造方法。
- 前記鋳塊が、さらに0.005〜0.2%のTiを単独で又は0.0001〜0.05%のBと組み合わせて含有する請求項7又は8に記載の製造方法。
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