JP4202573B2 - ディスクブレーキ用マルテンサイト系ステンレス鋼 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、二輪車やスノーモービルなどのディスクブレーキに使用されるマルテンサイト系ステンレス鋼であって、鋼成分を特定することによってブレーキに加工後、焼入れままでブレーキとして必要な硬さが得られ、かつ使用時の軟化抵抗にも優れたディスクブレーキ用マルテンサイト系ステンレス鋼に関する。
【0002】
【従来の技術】
ディスクブレーキに求められる重要な特性は耐磨耗性である。耐磨耗性は、一般に硬さが高いほど大きくなる。しかし、硬さが高くに過ぎると、ブレーキとパッドの間でいわゆるブレーキの鳴きが生じるため、ブレーキの硬さ(ロックウエル硬さCスケール:HRC)は、32HRC〜38HRCが求められる。以上の硬さ調整および耐銹性を得るため、ディスクブレーキ用ステンレス鋼はマルテンサイト系が用いられている。
【0003】
従来から、焼入れままでブレーキとして所望の硬さが安定して得られるマルテンサイト系ステンレス鋼として、低C、低N化した上、Mnを適量添加する鋼組成が開示されている(特開昭57−198249号公報)。
【0004】
ディスクブレーキの使用性能を考慮した場合、使用前の硬さのみならず、使用に伴う軟化が小さく、使用による耐磨耗性の劣化が小さいことも重要となる。軟化の原因はブレーキによる制動発熱であり、ディスクブレーキの温度は550℃程度になる場合もあると言われている。従って、制動発熱相当の焼戻しを受けて生じる軟化量が低いことが必要となる。発熱によるディスクブレーキの温度を550℃程度とみなすと、550℃までの焼戻しを行って硬さが低下しなければ、使用中の軟化は問題にはならない。しかし、従来のディスクブレーキ用マルテンサイト系ステンレス鋼の焼戻し軟化抵抗は、せいぜい500℃までが限度で、500℃を超えた温度で焼戻しを行うと、顕著に硬さが低下してしまう。
【0005】
このブレーキ制動発熱による軟化を抑制する目的から、Cuの時効析出による強化が効果的であることが明らかにされている(特開平10−152760号公報)。この先行技術では、望ましくはCu添加量を1.0%以上とすることにより、ブレーキ制動で600℃にまで加熱されるような場合でも、ロックウェルCスケールの硬さの差がl0未満となり、優れた軟化抵抗を有することが開示されている。
【0006】
しかし、Cuの析出硬化は450〜500℃で最も大きくなるので、ディスクブレーキとしての好適な硬さの上限を超してしまう場合があると言う欠点があった。マルテンサイト系ステンレス鋼において500〜600℃の温度範囲の加熱を行った後の硬さを高くする成分系も明らかにされている(特開昭53−43023号公報)。この先行技術では、加熱による焼戻し軟化の程度がC量およびCr量に大きく左右され、C量、Cr量が多いほど微細な炭化物の析出が多く見られ、いわゆる二次硬化現象を示すことが開示されている。
【0007】
しかしこの場合には、ディスクブレーキヘの適用を想定した鋼ではないためにC量を上げるので、焼入れままの硬さが必然的に高くなり、焼入れままでディスクブレーキとしての好適な硬さ、32HRC〜38HRCに収めるという前提を満足することができない。
【0008】
よって、ディスクブレーキ用に今までに提案された従来鋼では、ブレーキとして使用後にはディスクブレーキとしての好適な硬さ範囲を維持しがたいという欠点があった。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、上記従来技術の持つ欠点を有利に克服し、焼入れ後だけでなく、制動発熱による軟化に対する抵抗に優れ、使用後でもディスクブレーキとして要求される硬さ範囲を保つことができるディスクブレーキ用マルテンサイト系ステンレス鋼を提供することにある。
すなわち、焼入れままでディスクブレーキとしての好適な硬さ、32HRC〜38HRCを有し、かつ550℃の焼戻しを行った後も32HRC以上の硬さを有するマルテンサイト系ステンレス鋼の成分組成を提供することが、本発明の解決しようとする課題である。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明は、CおよびN添加量を限定し、かつオーステナイト形成元素であるMnおよびNi,Cuを適量添加し、さらにNbと同時にZr,Ta,Tiの1種または2種以上を好適量添加して焼戻し軟化抵抗を得ることにより、焼入れままで所望の硬さが得られ、かつ制動発熱軟化抵抗の高い好適組成のマルテンサイト系ステンレス鋼を得るものである。
【0011】
すなわち、本発明の骨子とするところは、質量%で、
C+N:0.05〜0.1%、 Si:0.5%以下、
Mn:0.5〜2.0%、 Cr:10〜15%、
Nb:0.05〜0.5%を含有し、
Zr:0.05〜0.5%、 Ta:0.05〜0.5%、
Ti:0.05〜0.5%のうち1種または2種以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなるディスクブレーキ用マルテンサイト系ステンレス鋼である。
本発明は更に、Ni:0.5%以下、Cu:0.5〜1.0%のいずれかまたは両方を必要に応じて含有させることができる。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、焼入れままでディスクブレーキとしての好適な硬さ、すなわち32HRC〜38HRCを有し、かつ550℃の焼戻しを行った後も32HRC以上の硬さを有するマルテンサイト系ステンレス鋼を以下のように設計した。
▲1▼焼入れままの硬さの制御:焼入れままで十分な硬さを安定して得るためには、焼入れ後の組織をマルテンサイト主体にすべきである。望ましくは、面積率で90%以上がマルテンサイトであることが好ましい。マルテンサイトが得られれば、その硬さは基本的にはC+N量で決まるので、ディスクブレーキとして好適な硬さが得られるC+N量に制御すれば良い。本発明者は、Si:0.3%、Mn:1.4%、Cr:12%をべース成分として、CとNを種々に変化させた鋼を実験室で溶解し、1050℃×10min の加熱後油冷して硬さを測定した。その結果、C+N:0.05〜0.1%とすれば、32HRC〜38HRCを満足することを確認した。
【0013】
▲2▼焼入れ可能温度域の確保:90%以上のマルテンサイト面積率が得られる焼入れ可能温度域ができるだけ広いことが必要である。マルテンサイトは、高温のオーステナイトが相変態して形成される組織であるので、広い焼入れ可能温度域を得るためには、高温でオーステナイト相の存在する領域ができるだけ大きいことが望まれる。ところで、マルテンサイト系ステンレス鋼のオーステナイト相領域の大きさは、いわゆるオーステナイト形成元素を添加すれば大きくなることが分かっている。本発明では、焼入れ後の硬さを調節する目的でC,Nの量を制限するので、これらを補うオーステナイト形成元素としてMn,Ni,Cuを添加する。
【0014】
▲3▼焼戻し軟化抵抗の付与:マルテンサイト系ステンレス鋼のマルテンサイトの硬さは、基本的にはマルテンサイト変態で鋼中に多量に導入された転位が固溶CやNによって固着される結果もたらされる。このマルテンサイトを焼戻すと、転位密度の減少、炭化物や窒化物の析出が生じ、軟化が生じる。本発明者は、マルテンサイトの焼戻しによる軟化抵抗を増すため、種々の元素を検討した結果、Nbの添加が有効であることを見出した。しかし、Nbを単独で添加しただけでは安定して軟化抵抗を上げることができないことが判明した。これは、ディスクブレーキ材料の焼入れ前の熱履歴によって、焼入れ後に固溶しているNb量が変化すること、また、ディスクブレーキの使用状態によって、固溶Nbが析出する速度が異なるためと考えられた。
【0015】
そこで本発明者らは、Nbと複合して添加することにより焼戻し軟化抵抗を増大する効果を持つ元素を検討した。その結果、Nbと合せて添加して有効な元素としてZr,Ta,Tiの効果を見い出した。これらの元素は固溶状態では焼戻しの遅延に対し大きな効果は見られないが、焼戻し後の電子顕微鏡観察の結果、Nbが析出する際にNbとの微細な複合炭化物、窒化物を形成し、いわゆる析出硬化によって焼戻し軟化分を補うことが明らかとなった。すなわちNbに加えて、Zr,Ta,Tiを複合添加することにより、たとえNbが析出し固溶Nbが減少して焼戻しが進展しても、今度はNbの複合析出物が強化に寄与する機構で焼戻し軟化抵抗が維持できるということを知見した。
【0016】
本発明者は、上述の▲1▼,▲2▼,▲3▼の3つの要件をはじめて好適に満足して合金設計することにより、本発明を完成するに至った。
以下に本発明の成分限定理由を述べる。
【0017】
CおよびNは、マルテンサイトの硬さを高め耐磨耗性を得るのに有効な元素である。木発明の構成成分組成において、焼入れままでディスクブレーキとして所望の最低の硬さ32HRCを得るために、C+Nの下限を0.05%とする。一方、C+Nの上限は、ディスクブレーキとして所望の最高の硬さ38HRCに収めるために、0.10%とする。
【0018】
Siは、脱酸元素が残存したものであり、過度に添加すると非金属介在物が鋼中に残存して靱性低下等の弊害をもたらすため、0.5%を上限に添加する。
【0019】
Mnは脱酸と焼入れ可能温度域を拡大するために0.5%以上添加する。しかし、多量に添加すると鋼中にMnSが多量に残存し、発鋳起点となって耐銹性を劣化させるので、上限を2.0%とする。
【0020】
Crは耐食性を確保するため最低10%以上を必要とする。しかし、15%を超えるとフェライト主体の組織となり、所望の硬さが得られなくなるので、上限を15%とする。
【0021】
NiはMnと同様焼人れ可能温度域を広げる効果を有するが、Mnと比較して高価であるため本発明では必要に応じて0.5%を上限として添加する。
【0022】
Cuも焼入れ可能温度域を拡大するため元素であり、必要に応じて0.5%以上添加する。しかし、過度に添加すると熱間加工性を低下させるし、使用中の析出で硬さが大きくなりすぎる場合があるので、上限を1.0%とする。
【0023】
Nbは550℃までのブレーキ制動発熱による焼戻しの進展に対する抵抗を得るために添加する。本効果を得るため少なくとも0.05%以上添加する。しかし、過度に添加すると、焼入れままの硬さを上げて硬さ調整を困難にするので、上限を0.5%とする。
【0024】
さらに本発明では、Zr,Ta,Tiの1種または2種以上を、それぞれ0.05〜0.5%だけ添加する。Zr,Ta,Tiの1種または2種以上をNbと複合して添加することにより、焼戻し軟化抵抗を安定して得ることができる。これらの元素は焼戻しが進展した場合、Nbと複合の炭化物、窒化物を形成して析出硬化で焼戻し後の硬さの維持に寄与する。本効果を得るためには少なくとも夫々0.05%以上の添加が必要である。しかし、過度に添加するとNbと同様に焼入れままの硬さを上げて硬さ調整を困難にするので、上限を夫々0.5%とする。
【0025】
[実施例]
表1に示す成分の鋼を実験室で溶製し、インゴットを作製した。実験室で熱間圧延後熱処理用のサンプルを切り出し、熱処理を行った。熱処理は、1050℃に10分間加熱後油冷して焼入れを行った。さらに、焼入れたサンプルを450℃および550℃で30分間焼戻した。
【0026】
焼入れまま、焼戻し後のそれぞれのサンプルについて、ロックウェルCスケールの硬さを測定した。結果を表2に示す。
焼入れままの硬さは、ディスクブレーキで一般に要求される32HRC〜38HRCを満たす必要がある。焼戻しに伴う軟化抵抗に関しては、焼戻し後の硬さが32HRC〜38HRCを維持しているかどうかを確認した。この硬さを維持していれば,ブレーキ制動発熱でディスクブレーキの温度が上昇しても、使用中に軟化してブレーキの耐磨耗性を損なうことはない。
【0027】
表2の結果から、本発明の条件に従う鋼の場合、焼入れままで32HRC〜38HRCを満足し、所望の硬さが得られている。さらに、450℃や550℃で焼戻しを行っても、依然として32HRC以上の硬さを維持しており、優れた軟化抵抗を有している。しかし、従来鋼である比較鋼は、焼入れままの硬さは所望の硬さを満足するものの、焼戻しにより所望の硬さ範囲を逸脱し、ブレーキとしての使用性能が低下してしまう。
【0028】
【表1】
【0029】
【表2】
【0030】
【発明の効果】
本発明により、焼入れ性と制動発熱による軟化に対する抵抗の両方に優れた焼入れままで使用に供するディスクブレーキ用マルテンサイト系ステンレス鋼が提供できるため、工業的効果は非常に大きい。
Claims (2)
- 質量%で、
C+N:0.05〜0.1%、
Si:0.5%以下、
Mn:0.5〜2.0%、
Cr:10〜15%、
Nb:0.05〜0.5%
を含有し、
Zr:0.05〜0.5%、
Ta:0.05〜0.5%、
Ti:0.05〜0.5%
のうちの1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするディスクブレーキ用マルテンサイト系ステンレス鋼。 - 質量%で、
C+N:0.05〜0.1%、
Si:0.5%以下、
Mn:0.5〜2.0%、
Cr:10〜15%、
Nb:0.05〜0.5%
および
Ni:0.5%以下、
Cu:0.5〜1.0%
のうちの1種または2種、さらに
Zr:0.05〜0.5%、
Ta:0.05〜0.5%、
Ti:0.05〜0.5%
のうちの1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするディスクブレーキ用マルテンサイト系ステンレス鋼。
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