JP4043272B2 - 車両用ブレーキ装置における回転制動部材の防錆処理方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、車両用ブレーキ装置の制動要素として機能する回転制動部材の防錆処理方法に関し、特にディスクブレーキ装置のブレーキディスクロータもしくはドラム式ブレーキ装置のブレーキドラムのうち車両取付状態で外側に露出することになる部位に防錆性を付与するべくりん酸塩皮膜を形成するための防錆処理方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
自動車その他の車両が海外へ輸出されるときには船舶にて輸送されることが多く、その場合に港付近の置場での保管、船積み後の航海、相手国港付近の置場での保管等を経て初めて相手国のユーザーに引き渡されることになるため、その輸送過程において例えばディスクブレーキ装置のブレーキディスクロータに錆が発生することがある。
【0003】
この錆の発生は、例えばブレーキパッドで覆われた部分とそうでない部分とではその程度が異なり、そのままの状態でブレーキ操作すると制動トルクの変動が生じることになる。これはジャダー現象と呼ばれ、乗員に不快な制動感覚を与えることとなって好ましくない。
【0004】
そこで、上記ジャダー現象の原因となる錆の発生防止を目的として、ブレーキディスクロータの摺動面にダクロタイズド処理を施す方法や防錆油を塗布する方法等のほかに、例えば特公平1−58372号公報に示されているようにブレーキディスクロータの摺動面にりん酸塩化成皮膜を形成する方法が試みられている。
【0005】
なお、いずれの方法においても、単に錆の発生を防止するだけでなく、制動要素本来の機能として以下のような機能を充足する必要がある。
【0006】
(a)ユーザーに引き渡されるまでの間は摺動面の十分な防錆性能があり、ユーザーに引き渡された後は制動性能に悪影響を与えないこと。
【0007】
(b)初期制動で摩擦係数の低下ができるだけ少ないこと。
【0008】
(c)ユーザーに引き渡す前のいわゆるならし運転において制動力回復回数ができるだけ少ないこと。
【0009】
(d)ロードホイール取付部分の摩擦係数が低下してホイールナット等が緩みやすくならないこと。
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
ブレーキディスクロータの摺動面にダクロタイズド処理を施す方法では、処理工程数が多いばかりでなく防錆処理のための総エネルギーコストが高く、コストアップが余儀なくされるほか、クロームを含有するために環境への配慮を十二分に行う必要がある。また、摺動面に防錆油を塗布する方法では、その処理が簡便である反面、防錆効果を長期にわたり維持できないという欠点がある。
【0011】
さらに、先に例示した特公平1−58372号公報等のようにりん酸塩化成処理によって例えばりん酸亜鉛化成皮膜を形成する方法では、その膜厚を最低でも4μm以上は確保しないと必要十分な防錆性能が得られず、しかもその皮膜の厚膜化のために処理時間が長くなるとともに処理液温も高くなり、その結果、設備の大型化とエネルギー効率の低下を招くこととなって好ましくない。特に、化成処理だけでなくその前後の前処理および後処理を含めて各工程ごとにその都度ブレーキディスクロータ全体を所定の浴槽中に浸さなければならないことから、より一層の設備の大型化が余儀なくされる。
【0012】
本発明は以上のような課題に着目してなされたもので、りん酸塩皮膜の形成による必要十分な防錆効果を得ながら先に述べたようないくつかの制動要素としての基本機能を充足することができ、その上で設備の小型化を図りながらブレーキディスクロータ等の回転制動部材の必要な部分のみに容易に且つ確実にりん酸塩皮膜を形成することができるようにした防錆処理方法を提供しようとするものである。
【0013】
【課題を解決するための手段】
請求項1に記載の発明は、鉄系材料からなるディスク状もしくはドラム状の回転制動部材のうち少なくとも車両取付状態で外側に露出することになる領域に防錆処理を施す方法であって、液槽とその液槽を埋没させることが可能な補充槽とを上下方向で相対移動可能に設けるとともに、それらの液槽と補充槽のそれぞれにりん酸イオン、亜鉛イオンおよび硝酸イオンを含有するりん酸塩皮膜形成液を収容しておき、回転制動部材のうち外側露出領域の一部を上記液槽のりん酸塩皮膜形成液中に浸漬し、上記回転制動部材の軸心を回転中心としてその回転制動部材を回転させながら電解処理を施して上記外側露出領域にりん酸塩皮膜を形成するとともに、一定時間毎に上記液槽を補充槽内に埋没させることでその液槽の液面レベルを一定レベルに維持することを特徴とする。
【0014】
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の電解処理のより具体的な処理方式として、電解処理は、りん酸塩皮膜形成液と接触する領域が略半月状のものとなるように回転制動部材のうち外側露出領域の一部をりん酸塩皮膜形成液中に浸漬する一方、回転制動部材を陰極とするとともに、外側露出領域のうちりん酸塩皮膜形成液と接触する半月状領域に対し所定距離隔てて対向させた略半月状もしくは略半円環状の電極を陽極として処理することを特徴とする。
【0015】
つまり、りん酸塩皮膜形成液と接触する領域が略半月状のものとなるようにするのと同時に、それに対向しつつ陽極として機能する電極板を同じく略半月状もしくは略半円環状のものとすると、りん酸塩皮膜形成液中で回転している回転制動部材の通電時間がより長くなって効果的なものとなる。この場合、上記のりん酸塩皮膜の膜厚は、電極の大きさや外側露出部位とのなす対向距離等にも依存することから、処理効率等に応じて適宜設定するものとする。
【0016】
上記回転制動部材とは、ディスクブレーキ装置における例えば鋳鉄製のブレーキディスクロータおよびドラム式ブレーキ装置における同じく鋳鉄製のブレーキドラムの双方を含む概念であるが、請求項3の記載では、回転制動部材がディスクブレーキ装置のブレーキディスクロータであって、そのブレーキディスクロータのうち少なくとも相手側摩擦部材との摺動面となるべき領域を処理対象とするものであることを明確化している。同様に請求項5の記載では、回転制動部材がドラム式ブレーキ装置のブレーキドラムであって、そのブレーキドラムのうち少なくとも円筒外周面とロードホイール取付面を処理対象とするものであることを明確化している。
【0017】
ブレーキドラムの円筒外周面およびロードホイール取付面は、ブレーキディスクロータの摺動面と同様にロードホイールを通して外部に露出することになるので、錆の発生による見栄えの低下を未然に防止する上で同部位に防錆処理を施すことはきわめて有効である。
【0018】
上記りん酸塩皮膜形成液としては、例えば日本パーカライジング(株)社製の「PB−EL950M」を使用するものとし、この場合、例えばりん酸イオンは20〜70g/リットル、亜鉛イオンは20〜50g/リットル、硝酸イオンは30〜80g/リットルをそれぞれ含有するものとする。
【0019】
上記のりん酸塩皮膜の膜厚は、少なくとも1μmあれば必要十分な防錆性能が得られる。ただし、りん酸塩皮膜の膜厚を厚膜化しても10μm程度で防錆効果の向上が飽和してしまうことから、りん酸塩皮膜の膜厚は最大でも10μm程度、望ましくは防錆性も併せて考慮して2〜8μmの範囲内程度とする。なお、この膜厚は電解処理時の電流密度、処理時間、処理液濃度や温度のほか回転制動部材の回転速度等を適宜制御することにより調整できる。
【0020】
また、回転制動部材の回転数(回転速度)が高すぎると、りん酸塩皮膜形成液を掻き乱してその液面変化を起こしてしまい、結果として皮膜が形成される部分とそうでない部分との境界での膜厚が不安定となるほか、回転数をむやみに高めても形成される膜厚はそれほど変わらない。その一方、回転数が小さすぎると膜厚が不安定となることから、りん酸塩皮膜形成液の液面変化を起こさない程度で比較的高めの回転数とすることが望ましい。
【0021】
したがって、請求項1〜3および請求項5に記載の発明では、回転制動部材が連続回転するのに伴い、りん酸塩皮膜形成液中に浸される部分が回転方向に連続移動することで、外側露出部位もしくは摺動面のほぼ全面にりん酸塩皮膜が順次形成されることになる。
【0022】
請求項4に記載の発明は、請求項3の記載を前提として、ディスクブレーキ装置のブレーキディスクロータのほか、このブレーキディスクロータが取り付けられるアクスルハブ、およびこのアクスルハブをインナーレースとするベアリングユニットの三者が回転ユニットとして予めユニット化されていて、この回転ユニットのブレーキディスクロータのうち少なくとも相手側摩擦部材との摺動面となるべき領域を処理対象とするものであることを特徴とする。
【0023】
また、請求項6に記載の発明は、請求項5の記載を前提として、ドラム式ブレーキ装置のブレーキドラムとそのボス部内周に配設されるベアリングユニットとが回転ユニットとして予めユニット化されていて、この回転ユニットのブレーキドラムのうち少なくとも円筒外周面とロードホイール取付面を処理対象とするものであることを特徴とする。
【0024】
すなわち、ブレーキディスクロータはそれ単独ではなくアクスルハブやそのアクスルハブをインナーレース(内輪)とするベアリングユニット等と組み合わせて使用されるが、ブレーキディスクロータとそれ以外の要素との総合的な組み付け誤差の影響によるディスク摺動面の振れ等を防止するために、例えば特開2000−356233号公報および特開2001−9601号公報に記載されているように、ブレーキディスクロータのほかアクスルハブやそのアクスルハブをインナーレースとするベアリングユニット等を予め相互に組み付けて回転ユニットとし、この回転ユニットの状態で摺動面の切削加工等を行うようにした技術が提案されている。そして、請求項4,6に記載の発明はこのような技術の延長線上にあるものと理解でき、摺動面等の切削加工に続いてりん酸塩皮膜形成処理が施される。
【0025】
【発明の効果】
請求項1〜3および請求項5に記載の発明によれば、薄膜処理でありながら防錆性,耐食性が飛躍的に向上するほか、回転制動部材の一部のみを浸漬して回転させながら処理する方式あるため、液槽をはじめきわめて小型の設備で所期の目的を達成できる効果がある。
【0026】
また、請求項4,6に記載の発明によれば、回転制動部材であるディスクブレーキロータもしくはブレーキドラムがベアリングユニット等とともに予め回転ユニットとしてユニット化されてはいても、回転制動部材の必要な部分のみにりん酸塩皮膜が形成されて、皮膜処理が不要な部分についてはマスキング処理を施さずとも皮膜処理が施されることはなく、コスト的にも工数的にも有利になるとともに、処理液の無駄を伴うこともない。
【0027】
【発明の実施の形態】
図1は本発明に係る防錆処理方法の好ましい実施の形態としてベンチレーテッドタイプのブレーキディスクロータの処理手順を示し、また図2,3はブレーキディスクロータを含む回転ユニットそのものの詳細を、図4,5は図1における電解処理工程の詳細をそれぞれ示している。
【0028】
図2の(A),(B)に示すように、回転制動部材としてのベンチレーテッドタイプのブレーキディスクロータ1は複数の取付ボルト2によりアクスルハブ3のハブ面3aに予め固定されているとともに、アクスルハブ3はそれ自体の中空状の軸部3bをインナーレース(内輪)としてアウターレース(外輪)4や転動体としてのボール5等とともにベアリングユニット6を形成していて、これらブレーキディスクロータ1やアクスルハブ3およびベアリングユニット6等は予め回転ユニット7としてユニット化されている。なお、アクスルハブ3およびブレーキディスクロータ1にはこれらを貫通するようにして複数のハブボルト8が装着されている。
【0029】
ブレーキディスクロータ1は例えば一般的な鋳鉄材料(例えばFC250相当)をもって形成されているとともに、車両取付時に外側に位置することになるアウタ側の摺動板9とその内側に所定距離隔てて位置することになるインナ側の摺動板10、およびそれら両者の間に放射状に配された複数の隔壁11とを有していて、上記双方の摺動板9,10と各隔壁11とで囲まれた空間がそれぞれに通風路(ベンチホール)として機能するようになっている。なお、12はアウタ側の摺動板9と一体に形成されたいわゆるハット型断面形状をなす筒状のボス部である。
【0030】
そして、上記ボス部12のうち最も外側の面がロードホイールが着座することになるロードホイール取付面12aとして機能するようになっていて、周知のようにこのロードホイール取付面12aに着座するように配置されるロードホイールがハブボルト8とこれに螺合する図示外のホイールナットとをもってブレーキディスクロータ1とともに共締め固定されることになるとともに、アウタ側,インナ側の各摺動面9a,10aにはその防錆性能付与のために図3に示すように所定膜厚tのりん酸塩皮膜13として例えばりん酸亜鉛皮膜が形成される。
【0031】
上記りん酸塩皮膜13は摺動面9a,10aの耐食性とユーザーに車両が渡る前のならし運転での制動力の早期回復を考慮し、その膜厚tは1〜10μm、より望ましくは2〜8μm、質量4〜35g/m2、結晶粒50μm以下のものとする。
【0032】
りん酸塩皮膜13の形成のための電解処理に先立って、図1に示すように最初に機械加工後のブレーキディスクロータ1の摺動面9a,10aにアルカリ脱脂処理を施す。このアルカリ脱脂処理は、ケイ酸ソーダを主成分とするPH12以上のアルカリクリーナ(例えば、日本パーカライジング(株)社製の「FC4360」、濃度20〜40g/リットル)中にブレーキディスクロータ1を浸漬させ、50〜70℃の温度で0.5分間以上処理を行う。ただし、摺動面9a,10aの汚れがひどい場合にはブラシ等にてその摺動面9a,10aをこすりながら脱脂処理を行う。
【0033】
続いて、常温で0.5分間以上水洗いをし、その後、コロイド状チタンを主成分とする表面調整剤(例えば、日本パーカライジング(株)社製の「PL−EL200」、濃度2g/リットル、チタン濃度50〜100PPM)中にブレーキディスクロータ1を浸漬させ、表面調整を行う。この処理は、次の工程である電解処理の際に結晶粒を細かくし、薄膜で且つ緻密組織の安定したりん酸塩皮膜13を生成するためである。
【0034】
電解処理は、りん酸イオン、亜鉛イオンおよび硝酸イオンを含有したりん酸塩皮膜形成液(以下、これを単に処理液という)中にブレーキディスクロータ1の摺動面9a,10aの一部を浸漬させ、ブレーキディスクロータ1を回転させながら行う。この場合、ブレーキディスクロータ1の回転数としては、処理液の掻き乱しによる液面変化を起こさない範囲内で、且つまた膜厚が不均一にならないように例えば8〜30rpm程度とし、温度50℃、印加電流30〜50A、処理時間0.4〜0.8分の条件にて電解処理を施して、少なくともブレーキディスクロータ1の摺動面9a,10aにりん酸塩皮膜(りん酸亜鉛皮膜)13を生成させる。
【0035】
上記処理液としては、例えば日本パーカライジング(株)社製の「PB−EL950M」を使用するものとし、皮膜形成液遊離酸(FA)濃度が15〜20Pt、皮膜形成液全酸(TA)濃度が55〜65Pt、皮膜形成促進剤濃度が3〜8Ptとなるようにそれぞれ調整する。また、この処理液中には上記りん酸イオンが20〜70g/リットル、亜鉛イオンが20〜50g/リットル、硝酸イオンが30〜80g/リットル程度それぞれ含有されているものとする。
【0036】
上記電解処理のための詳細は図4,5に示すとおりとする。すなわち、先に述べたように予めユニット化された回転ユニット7についてその軸心を水平に保ちながら例えば図示しないチャック等にて内径把持方式で把持した上で、ディスクブレーキロータ1の摺動面9a,10aの一部のみを液槽15の処理液M中に浸漬させて、その摺動面9a,10aのうち処理液Mと接触する領域が略半月状のものとなるようにする。そして、処理液M中に浸漬された被処理材であるブレーキディスクロータ1を陰極とするべくこれのロードホイール取付面12aに電極板16を接触させる一方、りん酸塩皮膜13の生成を摺動面9a,10aに集中させるために、陽極として摺動面9a,10aのうち処理液Mと直接接触している領域の形状よりも小さい同じく略半月状の2枚の不溶解性電極板17,18をブレーキディスクロータ1を挟んで対向配置する。
【0037】
ここでは、一方の電極板18をインナ側の摺動面10aのうち、より内周側に近い位置すなわち可及的にボス部12に近い位置に所定距離W(例えば、W=75mm程度)隔てて対向させるとともに、もう一方の電極板17をアウタ側の摺動面9aの同等位置に対し上記と同等距離Wだけ隔てて対向させる。上記の電極板17,18として摺動面9a,10aのうち処理液Mと直接接触している領域の形状よりも小さい略半月状のものを使用しているのは、摺動面9a,10aの外周縁側では他の部位に比べて漏れ電流の影響で膜厚が大きくなる傾向にあることから、電解処理による膜厚生成を各摺動面9a,10aのうちより内周側に近い位置に集中させて膜厚を均一化するためである。
【0038】
この場合、処理液Mは強酸性であるから、その蒸気が被処理材のうち電解処理が不要な部分にまで付着すると材質等によってはその部分に発錆を促すこととなって好ましくない。そこで、これを防止するために図4,5に示すように電解処理が不要な部分を処理液Mの液面から隔離するべく蒸気除けカバー19を配置する。
【0039】
また、液槽15の外側にその液槽15自体を収容可能な補充槽20を配置するとともにこの補充槽20にも処理液Mを貯留する一方、その補充槽20の中に液槽15を完全に埋没させることができるように液槽15と補充槽20とを相対的に接近離間可能な構成とする。そして、一定時間毎に液槽15を補充槽20内に埋没させることで、その液槽15の液面レベルを常に一定レベルに維持することができる。
【0040】
この状態で、先にも述べたように回転数8〜30rpm程度でブレーキディスクロータ1を連続回転させながら、陰極である電極板16と陽極である電極板17,18との間に通電して、各摺動面9a,10aでの電解処理によるりん酸塩皮膜13の生成を促進させる。すなわち、膜厚tが1〜10μm、皮膜質量が4〜35g/m2、結晶粒50μm以下で、望ましくは膜厚tが2〜8μmのりん酸塩皮膜13を生成させる。これらの値は、上記処理液濃度、温度、電流値、処理時間のほか電圧や電流密度等を適宜調整することで制御する。
【0041】
特に、りん酸塩皮膜13の膜厚が1μm未満では所期の防錆耐食性能が得られず、また10μmを越えても膜厚増加に応じた防錆耐食性能の向上が緩慢となり無意味である。
【0042】
上記の電解処理を終えたならば、図1に示すようにブレーキディスクロータ1を回転ユニット7ごと液槽15から取り出し、常温で0.5分間以上水洗いを施す。
【0043】
こうしてブレーキディスクロータ1の摺動面9a,10aに形成されたりん酸塩皮膜13の防錆性を評価するために塩水噴霧試験を行った。そして、その防錆性能を比較した結果を表1に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1から明らかなように、従来のりん酸塩化成皮膜処理の場合には塩水噴霧後7時間経過時には摺動面の85%の領域に錆が発生してしまう。これに対して、本実施の形態の電解処理では、膜厚2〜7μmのいずれでも1%の領域にのみ錆が発生しているにすぎず、従来のものと比べて防錆性能が大幅に向上していることがわかる。
【0046】
また、図6は上記りん酸塩皮膜13の膜厚と制動回数との関係を、図7は上記りん酸塩皮膜形成処理を施したブレーキディスクロータ1の摺動面9a,10aの摩擦係数と制動回数との関係をそれぞれ示している。
【0047】
図6から明らかなように、ブレーキディスクロータ1の摺動面9a,10aに形成したりん酸塩皮膜13は、従来のものと同様に50回程度の制動を行うまでの間にそのほとんどがブレーキパッドとの摩擦力のために消失してしまうことがわかる。このことは、例えば海外に輸出された車両が実際にユーザーに渡るまでの間に消失してしまうことを意味し、特に輸送過程での錆の発生防止を目的としてりん酸塩皮膜形成処理を施したとしても、ディスクブレーキ本来の制動機能に何ら悪影響を及ぼさないことになる。
【0048】
同様に、図7から明らかなように、ディスクブレーキ1の摺動面9a,10aにりん酸塩皮膜13が残っている限りは制動回数の増加に伴い若干摩擦係数が低下するものの、必要最低限の値とされるμ=0.2は十分に確保することができ、また、制動回数が15回程度を越えるようになると摺動面9a,10aの摩擦係数μはほぼ一定となって安定化するようになる。
【0049】
図8,9は本発明の第2の実施の形態を示す図で、先に説明した図4,5と共通する部分には同一符号を付してある。
【0050】
この第2の実施の形態では、図8,9に示すようにブレーキディスクロータ1の摺動面9a,10aだけでなくロードホイール取付面12aのほかアクスルハブ3やアウターレース4までも積極的に防錆処理を施すことを意図したもので、回転ユニット7のうちその軸心から下側部分を完全に処理液M中に浸漬させて処理を施すようになっている。そして、回転ユニット7のうち処理液M中に浸漬された部分を挟んでその両側に略半月状もしくは略半円環状の比較的大きな電極板27,28を対向配置するとともに、アクスルハブ3の内周にも補助電極板29を配置してある。
【0051】
この実施の形態では、ブレーキディスクロータ1を含む回転ユニット7全体を回転させながら処理を施すことにより、その回転ユニット7の外表面全面に図3と同様にりん酸塩皮膜13が形成される。
【0052】
図10,11は本発明の第3の実施の形態を、図12,13は本発明の第4の実施の形態をそれぞれ示しており、先に説明した図4,5または図8,9と共通する部分には同一符号を付してある。
【0053】
図10,11に示す第3の実施の形態では、ブレーキディスクロータ1単体の状態で且つアウタ側,インナ側の摺動面9a,10aのみを処理対象として処理を施すようにしたものである。
【0054】
また、図12,13に示す第4の実施の形態では、ブレーキディスクロータ1単体の状態でありながらもアウタ側,インナ側の摺動面9a,10aだけでなくロータ全面に積極的に防錆処理を施すことを意図したもので、ブレーキディスクロータ1のうちその軸心から下側部分を完全に処理液M中に浸漬させて処理を施すようになっている。
【0055】
これら第3,第4の実施の形態においても第1の実施の形態と同様の効果が得られることは言うまでもない。
【0056】
図14,15は本発明の好ましい第5の実施の形態としてドラム式ブレーキ装置のブレーキドラム31に適用した場合の例を示している。なお、先に説明した図4,5と共通する部分には同一符号を付してある。
【0057】
図14,15に示すように、有底円筒状のブレーキドラム31は段付き円筒状の胴部32と底壁部33および中央部のボス部34を備えているとともに、底壁部33のうちその中央部分で一段高くなった部分がロードホイール取付面35となっていて、胴部32内周の摺動面36とロードホイール取付面35および開口端面37とが鋳造後に機械加工されるとともに、上記摺動面36と開口端面37およびロードホイール取付面35を除く部分すなわち底壁部33と胴部32の円筒外周面に塗装が施される。なお、ロードホイール取付面35にはハブボルトを取り付けるための複数のボルト穴38が形成される。また、ボス部34の内周にはベアリングユニット39が予め装着されているとともに、そのボス部34の開口端面にはABSセンサ用のロータ(歯付きリング)40が圧入固定されていて、実質的にブレーキドラム31を母体として回転ユニット30として予めユニット化されている。
【0058】
そして、上記の塗装に先立って、その下地処理としてボス部34の内周面を除く全面に第1の実施の形態と同様に電解処理によるりん酸塩皮膜13(図3参照)が形成される。なお、ブレーキドラム31の仕様によっては上記塗装が省略されることもある。
【0059】
このりん酸塩皮膜13の形成のための電解処理は、図14,15に示すようにブレーキドラム31のうちボス部34より下側部分を液槽15内の処理液M中に浸漬するとともに、ボス部34には陰極として機能する電極板41を当接させる一方、処理液M中において底壁部33と所定距離Wだけ隔てて対向する位置には陽極として機能する略半月状の電極板42を、同じく処理液M中において胴部32の円筒外周面と所定距離Wだけ隔てて対向する位置には陽極として機能する略半円筒状の電極板43をそれぞれ対向させてある。また、ABSセンサ用のロータ40には蒸気除けカバー44が装着される。
【0060】
したがって、この第5の実施の形態では、先の各実施の形態と同様にしてブレーキドラム31を回転させながら電解処理を行うことでボス部34の内周面を除いた全面にりん酸塩皮膜13が形成される。
【0061】
図16は本発明の第6の実施の形態を示し、この実施の形態では、ボス部34に図14に示したベアリングユニット39やABSセンサ用のロータ40が装着されていないブレーキドラム31単体の状態で電解処理を行うようにしたものであり、それ以外は図14と基本的に同一である。
【0062】
図17,18は本発明の第7の実施の形態を示し、図14,15と比較すると明らかなようにブレーキドラム31を母体としてベアリングユニット39やABSセンサ用のロータ40が予め装着された回転ユニット30について、それらボス部34やベアリングユニット39およびABSセンサ用のロータ40を含むブレーキドラム31の全面に積極的に防錆のための電解処理を施すことを意図したもので、ブレーキドラム31のうちその軸心から下側部分を完全に処理液M中に浸漬させて処理を施すようになっている点で図13,14に示したものと異なっている。したがって、底壁部33やロードホイール取付面35と対向するように陽極として機能する略半円環状の電極板50が配置されるとともに、ABSセンサ用のロータ40にも陰極として機能する電極板51が配置され、さらにボス部34の内側にも陽極として機能する電極板52が非接触状態で配置される。
【0063】
図19は本発明の第8の実施の形態を示し、この実施の形態では、ボス部34に図17に示したベアリングユニット39やABSセンサ用のロータ40が装着されていないブレーキドラム31単体の状態で電解処理を行うようにしたものであり、それ以外は図17と基本的に同一である。
【0064】
これら第6〜第8の実施の形態においても第1の実施の形態と同様の効果が得られることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の好ましい第1の実施の形態としてブレーキディスクロータの防錆処理手順を示す概略説明図。
【図2】(A)はブレーキディスクロータのほかアクスルハブやベアリングユニット等を予め組み付けてなる回転ユニットの説明図、(B)は同図(A)の全断面図。
【図3】図2の(B)のa部拡大図。
【図4】図2に示す回転ユニットについてりん酸塩皮膜形成処理(電解処理)を施す際のブレーキディスクロータと電極および液槽との相互関係を示す説明図。
【図5】図4の左側面説明図。
【図6】防錆処理したりん酸塩皮膜の膜厚と制動回数との関係を示すグラフ。
【図7】防錆処理したりん酸塩皮膜の摩擦係数と制動回数との関係を示すグラフ。
【図8】本発明の第2の実施の形態を示す図で、図2に示す回転ユニットについてりん酸塩皮膜形成処理(電解処理)を施す際のブレーキディスクロータと電極および液槽との相互関係を示す説明図。
【図9】図8の右側面説明図。
【図10】本発明の第3の実施の形態として、ブレーキディスクロータ単体の状態でりん酸塩皮膜形成処理(電解処理)を施す際のブレーキディスクロータと電極および液槽との相互関係を示す説明図。
【図11】図10の左側面説明図。
【図12】本発明の第4の実施の形態として、ブレーキディスクロータ単体の状態でりん酸塩皮膜形成処理(電解処理)を施す際のブレーキディスクロータと電極および液槽との相互関係を示す説明図。
【図13】図12の右側面説明図。
【図14】本発明の第5の実施の形態として、ブレーキドラムを母体とする回転ユニットについてりん酸塩皮膜形成処理(電解処理)を施す際のブレーキドラムと電極および液槽との相互関係を示す説明図。
【図15】図14の右側面説明図。
【図16】本発明の第6の実施の形態として、ブレーキドラム単体の状態でりん酸塩皮膜形成処理(電解処理)を施す際のブレーキドラムと電極および液槽との相互関係を示す説明図。
【図17】本発明の第7の実施の形態として、ブレーキドラムを母体とする回転ユニットについてりん酸塩皮膜形成処理(電解処理)を施す際のブレーキドラムと電極および液槽との相互関係を示す説明図。
【図18】図17の右側面説明図。
【図19】本発明の第8の実施の形態として、ブレーキドラム単体の状態でりん酸塩皮膜形成処理(電解処理)を施す際のブレーキドラムと電極および液槽との相互関係を示す説明図。
【符号の説明】
1…ディスクブレーキロータ(回転制動部材)
3…アクスルハブ
4…アウターレース
6…ベアリングユニット
7…回転ユニット
9,10…摺動板
9a,10a…摺動面(外側露出部位)
13…りん酸亜鉛皮膜(りん酸塩皮膜)
15…液槽
16…電極板
17,18…電極板
27,28…電極板
29…補助電極板
31…ブレーキドラム(回転制動部材)
32…胴部
32a…円筒外周面(外側露出部位)
34…ボス部
35…ロードホイール取付面(外側露出部位)
39…ベアリングユニット
41,42…電極板
43…電極板
50,51…電極板
52…電極板
M…りん酸塩皮膜形成液(処理液)
Claims (6)
- 鉄系材料からなるディスク状もしくはドラム状の回転制動部材のうち少なくとも車両取付状態で外側に露出することになる領域に防錆処理を施す方法であって、
液槽とその液槽を埋没させることが可能な補充槽とを上下方向で相対移動可能に設けるとともに、それらの液槽と補充槽のそれぞれにりん酸イオン、亜鉛イオンおよび硝酸イオンを含有するりん酸塩皮膜形成液を収容しておき、
回転制動部材のうち外側露出領域の一部を上記液槽のりん酸塩皮膜形成液中に浸漬し、
上記回転制動部材の軸心を回転中心としてその回転制動部材を回転させながら電解処理を施して上記外側露出領域にりん酸塩皮膜を形成するとともに、
一定時間毎に上記液槽を補充槽内に埋没させることでその液槽の液面レベルを一定レベルに維持することを特徴とする車両用ブレーキ装置における回転制動部材の防錆処理方法。 - 電解処理は、
りん酸塩皮膜形成液と接触する領域が略半月状のものとなるように回転制動部材のうち外側露出領域の一部をりん酸塩皮膜形成液中に浸漬する一方、
回転制動部材を陰極とするとともに、外側露出領域のうちりん酸塩皮膜形成液と接触する半月状領域に対し所定距離隔てて対向させた略半月状もしくは略半円環状の電極を陽極として処理することを特徴とする請求項1に記載の車両用ブレーキ装置における回転制動部材の防錆処理方法。 - 回転制動部材がディスクブレーキ装置のブレーキディスクロータであって、そのブレーキディスクロータのうち少なくとも相手側摩擦部材との摺動面となるべき領域を処理対象とするものであることを特徴とする請求項1または2に記載の車両用ブレーキ装置における回転制動部材の防錆処理方法。
- ディスクブレーキ装置のブレーキディスクロータのほか、このブレーキディスクロータが取り付けられるアクスルハブ、およびこのアクスルハブをインナーレースとするベアリングユニットの三者が回転ユニットとして予めユニット化されていて、
この回転ユニットのブレーキディスクロータのうち少なくとも相手側摩擦部材との摺動面となるべき領域を処理対象とするものであることを特徴とする請求項3に記載の車両用ブレーキ装置における回転制動部材の防錆処理方法。 - 回転制動部材がドラム式ブレーキ装置のブレーキドラムであって、そのブレーキドラムのうち少なくとも円筒外周面とロードホイール取付面を処理対象とするものであることを特徴とする請求項1または2に記載の車両用ブレーキ装置における回転制動部材の防錆処理方法。
- ドラム式ブレーキ装置のブレーキドラムとそのボス部内周に配設されるベアリングユニットとが回転ユニットとして予めユニット化されていて、
この回転ユニットのブレーキドラムのうち少なくとも円筒外周面とロードホイール取付面を処理対象とするものであることを特徴とする請求項5に記載の車両用ブレーキ装置における回転制動部材の防錆処理方法。
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