JP3972806B2 - 耐塩性に優れた表面処理鋼材 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、大気腐食、特に塩分が飛来する海岸地帯や、岩塩などの凍結防止剤が散布される地域のような塩化物環境下における大気腐食、に対して保護作用を有する、緻密な酸化物からなる保護性さび層を鋼材の表面に早期に生成させることができる、耐塩性に優れた表面処理鋼材に関する。
【0002】
【従来の技術】
一般に、鋼にCu、Cr、Ni、P等の合金元素を添加することにより、大気中での腐食に対する抵抗性(耐候性) を向上させることができ、これらの元素を添加した鋼は「耐候性鋼」と呼ばれて、橋梁などの構造用鋼として使用されている。
【0003】
耐候性鋼は、大気腐食の進行に伴って、その表面に、大気腐食に対して保護作用を有する、α-FeOOH (鉱物名:ゲーサイト) を主体とする緻密な酸化物からなるさび層(以下「保護性さび層」という)が形成され、その後の腐食が著しく抑制される。そのため、塗装等の防食処理を施さずに使用することができ、構造物の維持管理(メンテナンス)コストを低減することができる。しかし、保護性さび層が形成されるまでに数年から10年以上かかり、その間に赤さび、流れさび等が発生するという景観上の問題がある。
【0004】
さらに、塩分が飛来する海浜や海岸地帯、あるいは岩塩等が融雪剤、凍結防止剤等として散布される山間部や寒冷地といった、塩化物環境においては、塩化物により上記の保護性さび層が生成せず、鋼材が著しく腐食するという、別の問題がある。
【0005】
即ち、塩化物環境では、塩素イオンを取り込むことで結晶構造が安定になるβ-FeOOH (鉱物名:アカガネアイト) が生成し易い。そのため、α-FeOOHを主体とする保護性さび層が生成する代わりに、層状剥離さび代表される、β-FeOOHを多く含む保護性の乏しいさびが形成される結果、腐食が進行することになる。電気化学的に不活性なα-FeOOHとは異なり、β-FeOOHは電気化学的に活性であるため、Feの溶出反応 (酸化反応) の対反応としてカソード反応 (還元反応) を担う可能性があり、これが腐食を促進すると考えられている。
【0006】
この問題に関して、特許文献1には、硫酸クロムまたは硫酸銅を1〜65質量%含む有機樹脂塗料を被覆して安定さびを早期に育成させる方法が開示されている。特許文献2には、下層に乾燥膜厚5〜50μmで、かつ硫酸クロムを 0.1〜15質量%含む有機樹脂塗膜を有し、上層に乾燥膜厚5〜20μm で、かつ硫酸クロムを含まない樹脂で構成される有機樹脂塗膜を有する処理法が開示されている。これらのいずれの方法も、保護性さび層の生成を促進し、早期に高耐食性を示すため、耐候性の著しく改善が可能であることが実証されている。
【0007】
塩化物が飛来する地域に効果を発揮する耐候性鋼材として、例えば、特許文献3に示されるように、Niを含む鋼材が開示されている。
特許文献4には、ある範囲の加水分解係数をもつ金属イオン (Zr、Hf、Ti、Ga、Sn、Al、Cr、Sc、In、Bi、V) を含む水溶液を塗布する方法が開示されている。この方法によれば、さびが微細化するので、保護性を低下させるβ-FeOOHも微細化されて、塩化物に対する耐食性が高まるとされている。即ち、さびを微細にすれば耐候性が向上するという考えである。しかし、電気化学的に不活性なα-FeOOHではなく、電気化学的に活性なβ-FeOOHが生成する限り、一度腐食が開始すれば、微細で表面積の大きいβ-FeOOHを含むさびが生成することは、逆に腐食を促進する懸念がある。さらに、この方法でさびを微細化するには、重金属を含む金属元素が必要である。
【0008】
【特許文献1】
特開平6−226198号公報
【特許文献2】
特開2001−81575 号公報
【特許文献3】
特開平11−172370号公報
【特許文献4】
特開2001−152373号公報
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
上記の特許文献1〜3に記載の方法は、クロムまたはニッケルといった重金属を使用する。特許文献4に記載の方法も、重金属を含む金属イオンを使用する上、耐候性の低いβ-FeOOHを微細化する技術であるため、腐食防止効果が十分であるとは言えない。
【0010】
クロム、ニッケル等の重金属の使用は、生態系への影響を懸念する近年の環境保護の観点から可能な限り排除されるようになってきた。鋼材やその表面処理についても、重金属を使用しないものが求められている。
【0011】
本発明は、重金属を使用せずに、塩化物環境でも使用可能で、早期に、かつ外観を損なうことなく、鋼材表面に保護性さび層を形成することができる、耐塩性と景観性に優れた表面処理鋼材を提供することを課題とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】
上述したように、β-FeOOHは、さびの保護性を著しく低下させる上、電気化学的に活性で腐食反応を促進する。従って、保護性の高いさび層を形成するには、塩化物環境下においてもβ-FeOOHが生成しないようにすることが有効である。
【0013】
本発明者らは、この観点からさびの生成挙動について検討した結果、意外にも、特定のアニオンを含有する有機樹脂被膜を鋼材表面に形成することにより、上記課題を解決できることを見出した。従来技術では、鉄イオンと競合する重金属イオン等の金属カチオンを鋼材表面に供給することにより、さびの耐食性を高めている。本発明では、従来技術のようにカチオンではなく、特定のアニオンを鋼材表面に供給することで、耐食性の高い保護性さび層を形成する。
【0014】
本発明は、下記の知見に基づいて完成したものである。
(1) β-FeOOHの生成反応時に、ある特定の共存アニオンが存在すると、添加金属イオン (例えば、Cu、Cr、Ni、Al、V、Ti等の耐候性に寄与するとされるイオン) によらず、β-FeOOHが微細化する。
【0015】
(2) 共存アニオンによる効果は、そのアニオンのFe3+との生成定数K1(生成定数は、特許文献4に記載の加水分解係数とは異なる) で判定できる。
(3) 上記生成定数K1 の値が一定以上のアニオンが存在すると、β-FeOOHが微細化するだけでなく、β-FeOOHの生成量が低下し、存在量が増えると、β-FeOOHが生成せず、α-FeOOHだけがが生成するようになる。
【0016】
(4) 従って、上記アニオンを存在させることでにより、重金属イオンといった金属イオンを添加せずに、耐食性に優れた保護性さび層を鋼材表面に形成することができる。
【0017】
1側面において、本発明は、Fe3+イオンとの生成定数K1 が下記(1) 式を満たすアニオン (但し、フッ素イオン、リン酸イオン、および水酸イオンを除く) の1種または2種以上の水溶性化合物と有機樹脂とを含み、該アニオン化合物の含有量が全固形分に基づいて5〜50質量%であることを特徴とする、保護性さび層の形成を促進するための表面処理剤である。
【0018】
2.5 < LogK1 ‥‥‥ (1)
別の側面において、本発明は、鋼材の表面に上記表面処理剤が乾燥膜厚で5〜50μm被覆されていることを特徴とする、表面処理鋼材である。
【0019】
本発明において、アニオンは有機酸イオンであり、該アニオンとの水溶性化合物は遊離酸または重金属以外のカチオンとの塩である。
生成定数とは、金属イオンをM、配位子をLとした時に、下記(2) 式で示される錯体形成反応の平衡定数である:
M + nL ⇔ MLn ‥‥‥ (2)
この生成定数が大きいほど、上記(2) 式の平衡反応は右方向 (錯体形成方向) に進行する。従って、生成定数は、形成された錯体の安定度を表すことから、安定度定数と呼ばれることもある。
【0020】
上記の錯体形成反応は、次の (a)〜(n) 式に示すように、配位子Lが1つずつ配位しながら逐次的に進行する (配位数が1つづつ増えた錯体が順に生成していく) :
(a) M+L=ML、
(b) ML+L=ML2 、
‥‥‥‥、
(n) MLn-1 +L=MLn 。
【0021】
それら (a)〜(n) 式の各反応の平衡定数 (即ち、生成定数) は、
(a) K1 = [ML]/[M][L] 、
(b) K2 = [ML2]/[ML][L] 、
‥‥‥‥、
(n) Kn = [MLn]/[MLn-1][L]
となる。[ ]はそれぞれの成分のモル濃度 (mol dm-3) である。
【0022】
本発明におけるアニオンの生成定数K1 は、そのアニオンをL、Fe3+をMとした時の上記(a) 式で示される反応 (即ち、中心金属イオンのFe3+に、アニオンLが配位子として1つだけ配位した錯体を生成する反応) の平衡定数を意味する。具体的には、この反応は下記(3) 式となり (式中、Fe3+を便宜上"Fe"で表す) 、生成定数K1 は下記(4) 式にて求められる値となる。
【0023】
Fe +L= FeL ‥‥‥ (3)
K1 = [FeL]/[Fe][L] ‥‥‥ (4)
本発明においては、上記(1) 式により示したように、(4) 式で求められるFe3+との生成定数K1 の対数(LogK1)が2.5 より大きいアニオンLの化合物を使用する。
【0024】
生成定数は化学文献に記載されているが、文献により値が異なることがある。本発明では、生成定数を統一的にまとめた権威ある生成定数の文献として知られる、John A. Dean編 "LANGE'S HANDBOOK OF CHEMISTRY", McGraw-Hill Book Co.
(1973) に掲載されている生成定数の値を採用する。
【0025】
【発明の実施の形態】
塩化物環境における鋼材の腐食では、腐食・溶出反応によってまずFe2+が生成し、これが大気中の酸素によりFe3+に酸化された後、主にβ-FeOOHとして沈殿して、さびが生成するものと考えられる。前述した通り、β-FeOOHは、塩素イオン (Cl-)を取り込むことで結晶構造が安定化する。従って、β-FeOOHが生成するには、周囲にClイオンが十分に存在する必要がある。
【0026】
本発明では、Fe3+との生成定数 (以下、Fe3+との生成定数を単に生成定数という) K1 の対数が、2.5 < LogK1 を満たす、生成定数の大きな(即ち、Fe3+との錯体の安定度が高い) アニオンLを鋼材の表面に存在させることにより、塩化物環境で生成するβ-FeOOHを微細化し、さらにはその生成を抑制することができる。そのメカニズムは次のように推測される。
【0027】
β-FeOOHが塩素イオンを取り込んで生成することから、Fe3+がまず塩化物錯体を形成し、この錯体が加水分解してβ-FeOOHが生成するものと考えられる。このFe3+の塩化物錯体の生成定数 (即ち、Fe3+の塩素アニオンとの生成定数) K1 の対数値(LogK1)は1.48である。本発明に従って LogK1 が2.5 を越える値を持つアニオンLを共存させると、Clイオンより LogK1 がずっと大きなアニオンLがFe3+に優先的に配位する。そのため、Fe3+の周囲にClイオンが欠乏し、Clイオンを含んで安定化するβ-FeOOHの結晶性がゆがめられて、結晶子サイズが低下し、さらにはβ-FeOOH構造を維持することができなくなって、β-FeOOHの生成自体が抑制される。その結果、生成したさびは、電気化学的に不活性なα-FeOOHが主体となり、耐食性の高い緻密な保護性さび層が生成する。
【0028】
生成定数の対数が2.5 より高い、ハロゲン以外のアニオンであれば、無機、有機を問わずに上記効果を発揮する。 LogK1 が2.5 以下のアニオンは、β-FeOOHの生成抑制効果が低い。また、リン酸および水酸イオンはLog K1 が2.5 より大きいが、下記の理由で、本発明において使用するのに好ましくない。
【0029】
ハロゲンのうち、F(フッ素)のイオンは LogK1=5.28で、上記(1) 式を満たすが、ハロゲンイオンは一般に、塩素について述べたのと同様に、β-FeOOH結晶構造の安定化作用を示し、α-FeOOHの生成を阻害するので、本発明の目的にとって適切ではない。フッ素以外のハロゲンは logK1 の値が2.5 より小さい。
【0030】
リン酸は、K1 値が高く、β-FeOOHの生成抑制効果をもつが、土壌中に固定化される懸念があるので、好ましくない。水酸イオンは、実際にはアルカリ金属塩 (水酸化ナトリウム等) として添加されることになるが、強アルカリ性のため、取扱いに危険性があるので、好ましくない。
【0031】
以上の理由で、フッ素、リン酸、および水酸の各イオンは、本発明で使用するアニオンから除外する。
本発明で使用できるアニオンとしては、下記有機酸のアニオン (カッコ内は上記文献記載の LogK1 の値) がある:蟻酸(3.1) 、蓚酸(9.1) 、酢酸(3.2) 、グリコール酸(4.7) 、プロピオン酸(3.45)、乳酸(6.4) 、酒石酸(7.49)、クエン酸(25)。アニオンは、樹脂との相溶性を考えると、有機酸である。
【0032】
一般に、β-FeOOHの生成抑制効果は、アニオンの LogK1 の値が大きいほど高くなる。従って、好ましいアニオンは、 LogK1 の値が3以上、さらに好ましくは5以上、非常に好ましくは10以上のものである。その意味で、 LogK1 の値が5以上である、シュウ酸、乳酸、酒石酸、クエン酸の各イオンの使用が好ましく、中でも LogK1 が非常に大きいクエン酸イオンの使用が特に好ましい。
【0033】
前記アニオンは、雨水等と接触して容易にイオン化するように、水溶性化合物の形態で使用する。化合物は、そのアニオンの遊離酸でもよく、適当なカチオンとの塩でもよい。塩としては、重金属以外のカチオンとの塩が好ましく、中でも、一般に安価で取り扱いが容易なNa塩やK塩が適当である。
【0034】
前記アニオンの水溶性化合物は1種または2種以上を使用することができる。化合物が2種以上である場合、同じアニオンの2種以上の異なる化合物でもよく、異なる2種以上のアニオンの化合物でもよい。アニオン種が異なる2種以上の化合物を使用する場合には、 LogK1 の大きなアニオン種の化合物が性能を支配することとなる。
【0035】
本発明によると、前述したアニオンの1種または2種以上の水溶性化合物を、これと樹脂とを含む表面処理剤の形態で利用し、この表面処理剤を鋼材に塗装して、前記アニオン化合物を含有する有機樹脂被膜で鋼材を被覆する。
【0036】
有機樹脂は、前記アニオンの水溶性化合物を被膜中に保持するバインダーとしての役割を果たす。有機樹脂被膜は、本来カチオン選択性(カチオンを選択的に透過させる性質)があるので、被膜が劣化するまでの間、特に鋼材が腐食環境に曝された初期に、被膜を通してのCl- の浸透を抑制する作用を果たすことができる。
【0037】
さらに、有機樹脂被膜中に生成定数の大きいアニオンの水溶性化合物が存在することで、被膜に雨水や大気中の湿気が接触ないし浸透すると、Fe3+と優先的に錯体を生成する傾向がある上記アニオンが被膜から溶け出る。こうして、Fe3+がアニオンと反応することで、塩化物環境下でも、塩素イオンが介在するβ-FeOOHの生成が抑制され、α-FeOOH主体の保護性の高い緻密な酸化物からなるさび層が被膜下に早期に形成される。この保護性さび層が十分に形成されると、これが非常に緻密で水の浸透を妨げるため、それ以上のさびの生成は起こらなくなる。さび層の上の被膜はその後、自然に崩壊する。
【0038】
鋼材に塗装する表面処理剤は、上記アニオンと、バインダーの有機樹脂と、溶剤を含有する。溶剤は、水と有機溶剤のいずれも可能である。有機樹脂は、溶剤に溶解していてもよく、あるいはエマルジョン状態であってもよい。
【0039】
バインダーの有機樹脂は特に制限されない。エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂、フタル酸樹脂、ブチラール樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂等が使用できる。特に、ブチラール樹脂単独、またはブチラール樹脂とブチラール脂と相溶する樹脂(例えばメラミン樹脂やフェノール樹脂等)との混合物が、被膜の透湿性の点で好ましい。
【0040】
表面処理剤への上記アニオンの適正な添加量は、そのアニオンの生成定数にも依存する。当然ながら、 LogK1 が2.5 より大きければ大きいほど、Fe3+とCl- との錯体形成を阻害する効果が高いため、添加量が少なくてすむ。一般に、上記アニオンの化合物としての含有量量 (2種以上使用する場合は合計量) は、乾燥後に樹脂被膜となる表面処理剤の全固形分 (溶媒を除く、不揮発分の合計量) に基づいて5〜50質量%とする。塩分が飛来するような厳しい大気腐食環境中でもβ-FeOOHの生成抑制効果を得るには、有機樹脂被膜が5質量%以上の上記アニオン化合物を含有する必要がある。また、上限を50質量%にしたのは、上記アニオン化合物の量が50質量%を超えると、表面処理剤中の可溶分が多くなりすぎて、被膜の崩壊が早まり、十分な保護性さび層が形成される前に、腐食因子に曝されることになって、厳しい腐食環境における耐候性を保証することができないからである。アニオン化合物の含有量の好ましい範囲は5〜30質量%である。
【0041】
表面処理剤中の有機樹脂の量は、表面処理剤の全固形分に基づいて10〜50質量%の範囲とすることが好ましい。10質量%未満では、表面処理剤として鋼材表面に塗装したときに、均一な被膜が得られず、強度および付着力が小さくなることがある。一方、50質量%を超えると、被膜を通して浸透する水分量が少なくなり、保護性さび層の生成が遅延する。樹脂量のより好ましい範囲は20〜40質量%である。
【0042】
表面処理剤には、上記成分以外に、ベンガラ、二酸化チタン、カーボンブラック、フタロシアニンブルー、α-FeOOH、酸化鉄等の着色顔料;ならびにタルク、シリカ、マイカ、硫酸バリウム、炭酸カルシウム等の体質顔料をそれぞれ1種または2種以上添加することができる。
【0043】
また、本発明の本来の目的は重金属を含有せずとも長期の耐久性に優れる鋼材を提供することであるが、公知の防錆顔料として酸化クロム、クロム酸亜鉛、クロム酸鉛、塩基性硫酸鉛等の防錆顔料、さらには、その他硫酸クロムなどのクロム化合物、硫酸ニッケル等のニッケル化合物を含有させることを排除するものではない。ただし、環境の負荷を考えれば、その添加量は、表面処理剤の全固形分に基づいて20質量%以下とすることが望ましい。
【0044】
その他、チキソ剤、分散剤、酸化防止剤等、慣用されている添加剤を加えてもよい。また、リン酸を含有させることも可能であり、初期の流れ錆流出防止には有効である。
【0045】
表面処理剤は、使用時に塗装作業に適した粘度になるよう有機溶剤で希釈して濃度を調整してもよい。鋼材表面への塗装方法は、常法に従って、エアスプレー、エアレススプレー、刷毛塗り等の方法で行うことができるため、場所を選ばずに施工することができ、既存の構造物にも適用可能である。工場で塗装する場合には、ロールコート、浸漬等の他の塗装方法も採用できる。
【0046】
溶剤は塗装後に自然乾燥により蒸散させることが好ましいので、そのような溶剤を選択することが好ましい。塗装は、乾燥後に10〜50μmの厚みの被覆 (アニオン化合物を含有する有機樹脂被膜) が形成されるように行う。被覆の厚みが10〜50μmの範囲であると、塩化物環境でも適切な保護性さび層が早期に生成する。被膜厚みは好ましくは20〜50μmの範囲内である。
【0047】
こうして形成された上記アニオン化合物を含有する有機樹脂被膜の上に、上層として、通常の表面処理剤を乾燥膜厚で5〜30μm塗装することも可能であり、特に飛来塩分量が高い場合には好適である。
【0048】
本発明による表面処理が施される鋼材は、特に鋼種を限定されるものではない。普通鋼であってもよいが、耐候性鋼やNiを含有する低合金鋼であると、長期の耐久性の観点からは有利である。鋼材の形態も特に制限されず、板、棒、形鋼、管、鋳造品等を含む任意の形態でよい。前述したように、鋼材は既存の鋼構造物であってもよい。上記の有機樹脂被膜は、鋼材の表面に直接接触させて形成することが好ましい。
【0049】
【実施例】
表1に示す2種類の化学組成の試験鋼材 (いずれも 100×60×3mm厚の板材) をショットブラストにより除錆して、塗装に供した。表1の鋼材(1) 及び(3) は、いわゆる耐候性鋼であり、鋼材(2) は普通鋼である。
【0050】
表2に示す組成の表面処理剤成分(樹脂、アニオン種の化合物、顔料 [硫酸バリウム/タルク (質量比で4/1) 混合物と酸化鉄 (ベンガラ)]、その他添加剤 (チキソ剤、沈降防止剤) に適量の溶剤 (芳香族炭化水素溶剤、アルコール系溶剤) を加えて、粘度(B型粘度計測定)が 200〜1000 cpsのアニオン化合物を含有する表面処理剤を作製した。表中の各成分の含有量 (mass%) は、溶剤を除外した表面処理剤の全固形分に基づく質量%である。
【0051】
上記試験鋼材の全面にこの表面処理剤をエアースプレーにより塗装し、溶媒を蒸散させて被膜を乾燥させ、試験鋼材の表面を有機樹脂被膜で直接被覆した。
こうして作製した供試材を、兵庫県尼崎市の工場屋上にて、軒下水平位置(雨がかりがなく、塩分が蓄積する環境)に18カ月間暴露した。その間、一週間に一度、30倍希釈した人工海水を表面に注射器を用いて滞水させた。本環境の塩分蓄積量は1mdd (mgNaCl/dm2/day)に相当する。
【0052】
塗装前の鋼材重量を測定した。一方、3、6、12または18カ月暴露した後の鋼材重量は、それから被膜とさびをクエン酸アンモニウム溶液にて除去した後に測定した。塗装前後の重量差により求めた腐食減量から、各暴露期間での平均板厚腐食減量厚みを求めた。
【0053】
また、18カ月間暴露した供試材について、生成したさびをX線回折法により定量分析した。まず、各供試材に生成したさび層をカッターナイフにより採取した。その際、腐食減量を測定する時とは異なり、母材近傍のさび構成成分も分析するため、一部母材鋼材も含むように、さび層を採取した。採取したさび試料をデシケーター内で1週間以上乾燥した後、ZnO 粉末 (和光純薬製、粒径〜5μm) を内部標準物質として、粉末X線回折法により、さび構成化合物の定量分析を行った。粉末X線回折用試料は予め採取したさび重量に対して一定重量比 (本発明中では30%) のZnO を混ぜ、めのう乳鉢によりさびとZnO が均一に分散するように混合した。
【0054】
X線回折測定は理学電気 (株) 製RU 200型を用い、Coターゲット、電圧−電流は30 kV-100 mAとして、走査速度2°min-1で測定を行った。予め標準試薬であるα-FeOOH、γ-FeOOH (レアメタリック社製) 、Fe3O4(高純度化学製) 、およびFeCl3 水溶液を100 ℃で加水分解して合成したβ-FeOOHを用いて作製した検量線を用い、得られたX線回折パターンの強度より、定量分析を行った。なお、さび採取時に混入する母材鋼材も、予め腐食していない鋼材を、さび採取時と同様にカッターナイフで鋼材を削りだし、鋼材粉末を用いた検量線を用いて定量を行った。
【0055】
用いた各成分の回折面は、α−FeOOH [(011)反射] 、γ−FeOOH [(020)反射] 、β−FeOOH [(110)反射] 、Fe3O4 [(220)反射] 、Fe [(110)反射] である。
こうして定量されたさび中のβ-FeOOHの量 (質量%) により、下記のように評価した。その結果を、腐食減量厚みと共に、表2に示す。
【0056】
5:さび中にβ-FeOOHが観察されない、
4:0%<β-FeOOH量≦5%、
3:5%<β-FeOOH量≦10%、
2:10%<β-FeOOH量≦15%、
1:15%<β-FeOOH量≦20%、
0:20%<β-FeOOH量。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
本発明に従った試験番号1〜6では、塩化物が多量に存在する環境においてもβ-FeOOHの生成が抑制され、腐食減量が18か月後でも10μm以下であって、高耐食性であるといえる。特に、K1 の値が非常に大きいクエン酸塩を使用すると、β-FeOOHの生成を実質的に完全に防止することができ、
一方、試験番号7にみられるように、裸の鋼材のままでは、耐候性鋼であっても腐食が著しく、生成したさびには20質量%を超える多量のβ-FeOOHが観察され、層状剥離さびとなっていた。試験番号11のように、アニオン化合物を含有しない普通の表面処理剤から樹脂被膜を形成しても、腐食減量は少なくなるが、β-FeOOHの生成はほとんど抑制されず、保護性さび層を形成することはできなかった。以上より、本発明による特定のアニオン化合物の樹脂被膜への添加は、非常に塩化物量が多い厳しい腐食環境においても効果を発揮することがわかる。
【0060】
試験番号8〜10に示すように、K1 値が2.5 以下のアニオンである硫酸イオンまたは硝酸イオンを添加した場合には、β-FeOOHの生成は抑制されず、暴露初期には被膜としての性能によりある程度の期間腐食は抑えられるが、被膜としての機能を失った場合には、生成したさびにはβ-FeOOHが生成しているため、急激な腐食が観察された。
【0061】
試験番号10では、特許文献4において安定化鉄さびの形成に有効であるとされたTi塩として硝酸イオンを添加したが、β-FeOOHの生成抑制効果は、同じアニオンをNa塩として添加した試験番号9と同等であった。この結果から、β-FeOOHの生成抑制は、カチオン種ではなく、アニオン種に依存することがわかる。
【0062】
試験番号13に示すように、被膜厚が薄い場合には、アニオン添加の効果が小さい。また、試験番号14のように、被膜中のアニオン化合物の含有量が50質量%を越えると、塗装直後から樹脂被膜の密着力がほとんどなく、暴露初期に被膜がはがれ落ちたため、暴露試験を中止した。
【0063】
【発明の効果】
本発明によれば、塩化物が飛来する腐食性の塩化物環境中でも、赤さびや流れさびを生じることなく、また景観低下を招くことなく、鋼材表面にβ-FeOOHをほとんど含まない保護性さび層を早期に形成することができる。
【0064】
土木または建築構造物用の鋼材に本発明を適用した場合、赤さびや黄さび等の浮きさびや流れさびを生じることなく、保護性さび層を構造物表面に生成させることができるため、鋼材の防食に関するメンテナンスコストが著しく低減されるので、本発明の経済効果は高いと期待される。
Claims (6)
- Fe3+イオンとの生成定数K1 が下記(1)式を満たす蟻酸、蓚酸、酢酸、グリコール酸、プロピオン酸、乳酸、酒石酸、およびクエン酸からなる群から選ばれた少なくとも1種であるアニオンを含む水溶性化合物と有機樹脂とを含み、該水溶性化合物の含有量が全固形分に基づいて5〜50質量%であることを特徴とする、β−FeOOHの生成を抑制し、α−FeOOH主体の保護性さび層の形成を促進するための表面処理剤。
2.5<LogK1 ‥‥‥ (1) - 前記アニオン化合物が、3≦LogK1を満足する請求項1記載の表面処理剤。
- 前記アニオン化合物が、5≦LogK1を満足する請求項2記載の表面処理剤。
- さらに、ベンガラ、二酸化チタン、カーボンブラック、フタロシアニンブルー、α−FeOOH、および酸化鉄からなる群から選んだ少なくとも1種の着色顔料およびタルク、シリカ、マイカ、硫酸バリウム、および炭酸カルシウムからなる群から選んだ少なくとも1種の体質顔料をさらに含む請求項1ないし3のいずれかに記載の表面処理剤。
- 前記アニオン化合物が前記アニオンの遊離酸または重金属以外のカチオンとの塩である、請求項1ないし4のいずれかに記載の表面処理剤。
- 鋼材の表面に請求項1〜5のいずれかに記載の表面処理剤が乾燥膜厚で5〜50μm被覆されていることを特徴とする、表面処理鋼材。
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