JP5020983B2 - 耐候性鋼の耐候性評価方法 - Google Patents

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本発明は、橋梁をはじめとする鋼構造物のミニマムメンテナンス化をはかるため、構造物の無塗装化を可能とする耐候性鋼材に形成されるFeOOHの状態を解析することによる、該耐候性鋼の耐候性評価方法に関するものである。
1933年に米国にて初めて商品化された従来型耐候性鋼は、1960年代に入って我が国にも導入され、JIS G3114に規定されたSMA耐候性鋼(以下、JIS−SMA材と略す)が橋梁をはじめとする最小保全ニーズの高い鋼構造物に現在も広く適用されている。JIS−SMA材においては、主としてCuとCrによる緻密な保護性さびの形成作用が活用されて、長期の曝露による腐食速度の低減効果が発現する。
一方、塩害が前述の範囲を超えて厳しくなると、Crは鋼/さび界面での結露水液性を低pH化するため、腐食を加速する。この不安定性を排除するためCr無添加とし、JIS−SMA材の規格を参考にして、耐塩害性をあげるため保護性さびの密着性を高めるCuを温存しつつNiを増量添加したのがCu−Ni系高耐候性鋼である。JIS−SMA材に形成する保護性さびの主たる機能が密着性向上と環境遮断性向上にあったのに対し、Cu−Ni系高耐候性鋼に形成する保護性さびの特徴は、さらに鋼/さび界面でのpH制御機能が加わった点にある(特許文献1)。
このように、さび中の塩分の状態は耐候性鋼を長期暴露した際の腐食に大きく関与するものの、その詳細な状態はわかっていない。
特許第3568760号公報
耐候性鋼の表面に形成したFeOOH中の塩素の状態を解析することで、耐候性鋼の耐候性を高精度に評価する方法を提供することを目的とする。
本発明は上記課題を解決するものであって、その発明の要旨とするところは、以下の通りである。
(1)耐候性鋼の表面に生成したFeOOH中の塩素の状態を、X線吸収スペクトル法により、塩素のX線吸収端のエネルギー値を測定することで解析し、該X線吸収端のエネルギー値によって、該FeOOHを表面に生成した耐候性鋼の耐候性を評価する、耐候性鋼の耐候性評価方法。
(2)前記X線吸収スペクトル法が、XAFS(X線吸収微細構造)法であることを特徴とする上記(1)に記載の耐候性鋼の耐候性評価方法。
(3)前記耐候性評価方法において用いる、XAFS法において、耐候性鋼の表面に形成したFeOOH中の塩素のX線吸収端のエネルギー値と、NaCl中の塩素のX線吸収端のエネルギー値との差を指標に用いることを特徴とする、上記(2)に記載の耐候性鋼の耐候性評価方法。
β−FeOOHの原子構造モデルであり、ハッチングした○が塩素原子、白色の八面体が鉄とその周りの6つの酸素を示す図である。 耐候性鋼表面に生成したFeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギー位置と耐候性指数の関係を示す図である。 耐候性鋼表面に生成したFeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギー位置と、耐候性促進試験及び実暴露による腐食量比率との関係を示す図である。
本発明者らは、耐候性鋼表面に形成されたFeOOH中の塩素の状態を、種々の解析方法により調べた。その結果、当該FeOOH中の塩素について、X線吸収スペクトル法により解析したところ、吸収係数が大きく変化するX線吸収端エネルギーの値が、当該FeOOH中の塩素の化学的状態を示すが、その値が、当該FeOOHの安定性を反映しており、ひいては該耐候性鋼の耐候性に関連性があることを新たに見出し、本発明に至った。
X線吸収スペクトル法のひとつであるXAFS(X-ray Absorption Fine-structures:X線吸収微細構造)法を例として説明する。X線のエネルギーを増加させながら材料の吸収率を測定すると、X線のエネルギーの増加に対応して材料の吸収率は減少するが、特定のX線のエネルギー(X線吸収端)において、その吸収率が急激に増加する部分が存在し、X線の吸収によって発生した光電子の一部が、複数の原子による散乱と干渉によって、X線の吸収量に対する構造情報として反映される。つまり、X線の吸収量をモニタすれば、原子構造に関する情報が得られる(例えば、宇田川康夫編、X線吸収微細構造、学会出版センター(1993))。これがXAFS法による構造解析の原理であり、XAFS法を用いると塩素原子の平均原子価数や、塩素に隣接する原子との距離やその数を容易に求めることができる。
一般に鋼に形成される代表的さびであるFeOOHのうち、β−FeOOH中の塩素原子は図1に示すような構造をとるとされている。図1において、白抜きの八面体は鉄とその周りの6つの酸素を意味し、ハッチングした○は塩素を意味する。しかしその詳細は明らかではない。つまり、FeOOHの形成される環境(温度、湿度、pH、塩分濃度)や鋼中の添加元素によりその状態が変わると考えられる。つまり、図1で示されるような、鉄と酸素からなる八面体に囲まれた安定位置に塩素原子が存在するだけでなく、FeOOH表面に塩素原子が、単純に吸着した状態等の多彩な状態を取りうる。
そこで、下記表1に示す成分を有する耐候性鋼板を準備し、鋼板表面への錆の発生状況について調査を行った。
Figure 0005020983
表1の試料No.1の耐候性鋼表面の大気中実暴露試験後に生成した錆において、図1に相当する、結晶格子内に塩素を配位する安定な酸化水酸化鉄(β−FeOOH)について、XAFS法により塩素の状態を評価した(試料(a))。あわせて、一般的な軟鋼表面の大気中実暴露試験後に生成した錆において、塩素が検出されない鉄さびに塩水を塗布後、直ちに乾燥させた状態(α−FeOOH・HCl)について、XAFS法により塩素の状態を評価した(試料(b))。その結果、試料(a)中の塩素のX線吸収端の位置が、試料(b)中のそれに較べて、X線吸収端の位置が低エネルギー側にシフトすることを見出した。これは、試料(a)中の塩素は化学的に安定化しているためと考えられる。さらに、海岸に面した大気中暴露後の腐食量が異なる3水準の耐候性鋼(表1の試料No.1、50およびR11)の表面に生じたFeOOHのXAFS法によるX線吸収端の測定を実施した。この結果から、FeOOH中の塩素のX線吸収端の位置はFeOOH中の塩素の化学的状態を反映しており、さらに該FeOOHを表面に生成させた耐候性鋼の耐候性に関係することが明らかになった。すなわち、FeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギー位置が低エネルギー側にある耐候性鋼ほど、大気中暴露後の腐食量が抑えられ、耐候性が高い傾向にあることが判明した。
そこで、FeOOH中の塩素のX線吸収端の位置と該FeOOHを表面に生成させた耐候性鋼の耐候性の関係を詳細に調べた。耐候性鋼の耐候性の指標として、海水を模擬した人工海水(NaCl:2.35質量%、MgCl2:1.07質量%、Na2SO4:0.41質量%、CaCl2:0.15質量%を含有し、pH=8.2に調整)を12.7倍に希釈した塩水を、0.80ml滴下した。その後、35℃±1℃、相対湿度90%±5%、2時間の湿潤過程と、40℃、相対湿度50%±5%、6時間の乾燥過程を交互に繰り返すサイクル試験を30サイクル行った。30サイクル完了後の試料について、表1の試料No.R2を標準耐候性鋼とし、各試料の単位面積あたり腐食量を標準耐候性鋼の単位面積あたり腐食量で除した値をその試料の「耐候性指標」とした。また、30サイクル完了後の試料について、耐候性鋼表面に生成したFeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギーの位置をXAFS法により測定した。ここで、NaCl中の塩素のX線吸収端エネルギーの位置を基準にした。こうして測定した塩素のX線吸収端のエネルギーを横軸に、耐候性指数を縦軸にとった関係を図2に示す。図2において、塩素のX線吸収端のエネルギー値の低い順に、表1の試料No.50、1、7、R2の各1試料ずつと、R11の2試料についての測定結果である。
XAFS法で、NaCl中の塩素のX線吸収端エネルギーを基準に取った理由は、(i)装置・測定条件その他各種条件により、発生する誤差による影響を最小限に抑えるために、被測定試料の塩素X線吸収端エネルギー測定に続けて、標準物質も同じ条件で測定して、その標準物質の塩素X線吸収端エネルギーも求めておき、両方の塩素X線吸収端エネルギーとの差を求めることが、再現性を得る上で有利であり、実験手法として得策であること。(ii)標準物質として、高純度物質が安価に入手し易く、塩素のX線吸収端エネルギー値が既知であり、取り扱いの容易であるNaClを用いることが、得策であることによる。したがって、標準物質として、NaCl以外の物質、例えば、KClを基準に用いても、本発明の目的が達成される。
図2より、各耐候性鋼の腐食量を表す耐候性指数(腐食比率)と、対応する耐候性鋼表面に生成したFeOOH中の塩素のX線吸収端の位置とは、良い直線関係にある。
次に、前記サイクル試験を1サイクルで止めた鋼板において、XAFS法により測定した、耐候性鋼表面に生成したFeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギーの位置を測定した結果、長年にわたる大気中実暴露試験に相当する30サイクル行った前記サイクル試験後と同等の結果が得られた。これにより、耐候性鋼の耐候性を短時間で高精度に評価することができることがわかった。
耐候性鋼板を前記サイクル試験1サイクル後、本発明方法を実施することで、その後の該鋼板の耐候性を予測・評価できることは、大気中実暴露試験においても、該鋼板の使用初期(例えば実暴露から半年程度)で、本発明方法を実施することで、その後の該鋼板の耐候性を予測・評価できることを示唆している。
表2に示される化学成分の鋼板をそれぞれ、50×50×3mmのサイズに切り出し、試料の片面全面、およびもう一方の面については端から3mm幅の範囲をテープでマスキングしたものを2個ずつ用意し、それぞれ、露出面を上にして、その表面に、海水を模擬した人工海水(NaCl:2.35質量%、MgCl2:1.07質量%、Na2SO4:0.41質量%、CaCl2:0.15質量%を含有し、pH=8.2に調整)を12.7倍に希釈した塩水を、0.80ml滴下した。その後、35℃±1℃、相対湿度90%±5%、2時間の湿潤過程と、40℃、相対湿度50%±5%、6時間の乾燥過程を交互に繰り返すサイクル試験を行った。本サイクル試験は、耐候性鋼の耐候性を評価する促進試験として用いられる方法である。
Figure 0005020983
ここで、2個ずつ用意した各鋼板の試料うち、1試料ずつは、本サイクル試験の1サイクル目で、試料を取り出して純水中で超音波洗浄した後、充分乾燥させた後、それぞれの表面に生成したFeOOH中の塩素の状態を、高エネルギー加速器研究機構放射光施設の高輝度X線を用いて、上述のXAFS法により評価した。すなわち、該FeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギーの位置を、医薬品試験用99.5%以上の純度のNaClの塩素のX線吸収端エネルギーの位置も測定し、その値を基準に測定した。
一方、残りの各1試料は、そのまま本サイクル試験を30サイクルまで続行し、腐食減量測定を行い、本サイクル試験の1サイクル目でのXAFS法解析結果との相関を調べた。
腐食減量測定は、JIS Z2371にしたがい、本サイクル試験30サイクル試験後の試験片を、塩酸水溶液にヘキサメチレンテトラミンを加えた洗浄液に浸して腐食生成物を除去して、質量を測定し、サイクル試験前からの質量変化を求め、表面積で割って腐食量とし、試料No.R2の腐食量の結果を基準に、各試料の腐食量比率(f1)を求めた。これらの結果を表2に示す。
表2より、本サイクル試験の1サイクル目で表面に生成したFeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギーの位置が低いほど、本サイクル試験の30サイクル後の腐食量比率が直線的に小さくなることがわかる。
したがって、表面に生成したFeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギーの位置を調べることで、その後の該FeOOHを生成した耐候性鋼の耐候性を評価できる。
表2に示される化学成分の鋼板を50×50×3mmのサイズに切り出し、長期の暴露試験を実施した。暴露試験は富津市内の東京湾に面した海岸線から10mの位置、標高1mの位置で、12年間行った。それぞれの腐食量の測定として、JIS Z2371にしたがい、暴露試験後の試験片を、塩酸水溶液にヘキサメチレンテトラミンを加えた洗浄液に浸して腐食生成物を除去して、質量を測定し、暴露試験前からの質量変化を求め、表面積で割って腐食量とし、試料No.R2の腐食量の結果を基準に、各試料の腐食量比率(f2)を求めて、評価した。結果を合わせて表2に示す。
さらに図3は、実施例1における耐候性促進試験1サイクル目でのXAFS法による塩素のX線吸収エネルギーを横軸とし、実施例1における耐候性促進試験30サイクル後の腐食量比率(f1)(◆)及び実施例2における実暴露12年後の腐食量比率(f2)(□)を縦軸として図示したものである。
図3によると、表2の実暴露試験の結果は、実施例1の促進試験である本サイクル試験(30サイクル)による腐食量と非常に近い値を示しており、実施例1の促進試験の妥当性を示すとともに、該促進試験1サイクル後のFeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギー位置の測定結果と、実暴露試験の結果とが、良い相関を持つことがわかる。
すなわち、耐候性促進試験1サイクル後に耐候性鋼に表面に生成したFeOOH中の塩素のX線吸収端エネルギー位置から、鋼板の実際の耐候性を見積もることができることがわかる。

Claims (3)

  1. 耐候性鋼の表面に生成したFeOOH中の塩素の状態を、X線吸収スペクトル法により、塩素のX線吸収端のエネルギー値を測定することで解析し、該X線吸収端のエネルギー値によって、該FeOOHを表面に生成した耐候性鋼の耐候性を評価する、耐候性鋼の耐候性評価方法。
  2. 前記X線吸収スペクトル法が、XAFS(X線吸収微細構造)法であることを特徴とする請求項1に記載の耐候性鋼の耐候性評価方法。
  3. 前記耐候性評価方法において用いる、XAFS法において、耐候性鋼の表面に形成したFeOOH中の塩素のX線吸収端のエネルギー値と、NaCl中の塩素のX線吸収端のエネルギー値との差を指標に用いることを特徴とする、請求項2に記載の耐候性鋼の耐候性評価方法。
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