以下、本発明の好ましい実施形態を図面に基いて説明する。
図1、図2は、本発明に係る自動車の後輪サスペンション装置A(以下、単にリヤサスペンションという)を自動車の左右両側の後車輪に適用した実施形態を示し、この実施形態の自動車は、図示しないが、車体前部のエンジンルームにエンジンを搭載する一方、車体後部にディファレンシャル1(図2にのみ示す)を配設して後車輪2(図1に車体右側のもののみ示す)を駆動するようにした後輪駆動車である。尚、図1は、左右一対のリヤサスペンションA、Aとサブフレーム3とからなるリヤサスペンションアッセンブリを車体前方の斜め右側から見た斜視図である。また、図2は、前記リヤサスペンションアッセンブリにディファレンシャル1等の動力伝達系を組み付けた状態で見た上面図であって、符号4は、トランスミッションからの回転出力をディファレンシャル1に伝達するプロペラシャフトであり、また、符号5、5は、ディファレンシャル1からの回転出力を後車輪2、2に伝達するためのドライブシャフトである。
リヤサスペンションAは、独立した5本のIリンク6〜10によって後車輪2のホイールサポート11(支持部材)を車体に対し上下にストローク可能に連結したマルチリンク式のものであり、仮想的にアッパアームを構成する車体前側及び後側の2本のアッパリンク6、7と、仮想的にロワアームを構成する車体前側及び後側の2本のロワリンク8、9と、該仮想のアッパアーム及びロワアームの配置によって決まる仮想キングピン軸K回りの後車輪2の回動変位を規制するトーコントロールリンク10とを備えている。そして、前記アッパリンク6、7及びロワリンク8、9がそれぞれ車体側の端部を中心に上下に揺動することによって、ホイールサポート11及び後車輪2が所定の軌跡に沿って上下にストロークするようになっている。
また、そのような後車輪2のストロークを許容しながら、同時に適度の付勢力及び減衰力を付与するように、コイルバネ12及びダンパ13からなる緩衝装置14が配設されている。この緩衝装置14は、コイルバネ12とダンパ13とが略同軸に配置されて大略、上下方向に長い円筒状をなし、その上端側に配設された円筒状ブラケット15が図示しない車体に取り付けられる一方、ダンパ13の下端部(緩衝装置14の下端部)がホイールサポート11の車体内方側に枢着されている。従って、自動車の車体後部の分担荷重及び後車輪2のストロークに対応するコイルバネ12の反力(緩衝装置の上下反力)は直接、ホイールサポート11に作用することになる。
−サブフレームの構成−
前記サブフレーム3は、大別して4つの鋼板製部材を平面視で概ね矩形枠状に組み合わせてなるもので、各々車幅方向に延びるフロント及びリヤクロスメンバ17、18と、それらの左右両側の端部同士を連結するように車体の左右両側において前後方向に延びる左右一対のサイドクロスメンバ19、20とからなり、各サイドクロスメンバ19、20は、前後に分割され、前側サイドクロスメンバ19F、20Fと、後側サイドクロスメンバ19B、20Bとで構成されている。前記フロントクロスメンバ17は、車体上方から見ると略真っ直ぐに車幅方向に延びていて、車幅方向の両端部がそれぞれ左右の前側サイドクロスメンバ19F、20Fの各前端側に接合されているとともに、車体前後方向に見ると、長手方向の中央部分が左右両端部よりも上方に位置するように全体に亘って大きく湾曲するアーチ形状とされている。また、フロントクロスメンバ17の左右両端側には、左右の前側サイドクロスメンバ19F、20Fとの接合部に近接して下方に突出する取付座(図示せず)が配設されていて、この各取付座にそれぞれトーコントロールリンク10の車体側の端部が取り付けられるようになっている。
一方、リヤクロスメンバ18は、車体上方から見ると略真っ直ぐに車幅方向に延びていて、車幅方向の両端部がそれぞれ左右の後側サイドクロスメンバ19B、20Bの各後端側に接合されているとともに、車体前後方向に見ると、上縁部の長さが下縁部よりも大きい逆台形状であり、その下縁部の左右両端側から下方に延出するようにして、後側ロワリンク9、9の車体側の端部を取り付ける取付部18a、18aが形成されている。また、リヤクロスメンバ18の上縁部には、前記後側ロワリンク9の取付部18a、18aに対応する位置にそれぞれ取付座18b、18bが配設されていて、この各取付座18bに弾性マウント21を介して取り付けられたブラケット22(図2にのみ示す)によりディファレンシャル1が吊設されている。
前側サイドクロスメンバ19F、20Fの前側の部分には、フロントクロスメンバ17との接合部の前側に近接して下方に突出するように第1取付座19a、20aが配設されていて、この第1取付座19a、20aにそれぞれ前側ロワリンク8の車体側の端部が取り付けられるようになっており、また、前記接合部の後側に近接して上方に突出するように第2取付座19b、20bが配設されていて、この第2取付座19b、20bにはそれぞれ前側アッパリンク6の車体側の端部が取り付けられるようになっている。一方、後側サイドクロスメンバ19B、20Bの後側部分には、後側アッパリンク7の車体側の端部を取り付けるための第3取付座19c、20cが配設されている。
後側サイドクロスメンバ19B、20Bは、その前端部分と後端部分に固定座23Aが形成され、この固定座23Aによって車体にボルトナットを使ってリジッドに締結される。前側サイドクロスメンバ19F、20Fは、その前端部分が弾性マウント23Mを介して車体に取り付けられ、また、後端部分が、後側サイドクロスメンバ19B、20Bの中に進入して、この後側サイドクロスメンバ19B、20Bとの間に配設した弾性ブッシュ23Bを介して、後側サイドクロスメンバ19B、20Bの前端部分を車体に締結するボルトナットを用いて車体に締結されている。
すなわち、前側サイドクロスメンバ19F、20Fは、その前端部分が弾性マウントMを介して車体に締結され、後端部分が、車体にリジッドに固定された後側サイドクロスメンバ19B、20Bの前端部分との間に配設した弾性ブッシュ23Bによって後側サイドクロスメンバ19B、20Bの前端部分にフローティング支持されている。
尚、図1、図2等に示す符号24は、フロントクロスメンバ17の左右両端側から前側サイドクロスメンバ19F、20Fの各前側部分に跨って架設した補強部材であり、また、符号25は、前記補強部材24、24の下端部からリヤクロスメンバ18の下縁部に亘って筋交い状に架設した補強部材である。
−サスペンション装置の構成−
次に、図2〜図4を参照しながら、車体右側のリヤサスペンションAについてそのリンク6〜10の配置構成等を詳細に説明する。まず、前側アッパリンク6は、その車体側の端部がゴムブッシュ26(弾性ブッシュ)を介してサイドクロスメンバ19の第2取付座19bに連結され、そこから車体外方に向かうほど徐々に後方に位置するように後傾して延びていて、車輪側の端部がボールジョイント27によりホイールサポート11に連結されている。また、後側アッパリンク7は、前側アッパリンク6と略同じ長さであり、その車体側の端部がゴムブッシュ26を介してサイドクロスメンバ19の第3取付座19cに連結され、そこから車体外方に向かうほど徐々に前方に位置するように前傾して延び、車輪側の端部がボールジョイント27によりホイールサポート11に連結されている。
また、前側ロワリンク8は、前記アッパリンク6、7よりも長く、その車体側の端部がゴムブッシュ26を介してサイドクロスメンバ19の第1取付座19aに連結される一方、車輪側の端部がボールジョイント27によりホイールサポート11に連結されており、車体上方から見て前側アッパリンク6よりも大きく後傾している。さらに、後側ロワリンク9は、前記前側ロワリンク8よりもさらに長く、その車体側の端部がゴムブッシュ26を介してリヤクロスメンバ18の取付部18aに連結されるとともに、そこから車体外方に向かって僅かに前傾して延びていて、車輪側の端部がボールジョイント27によりホイールサポート11に連結されている。
換言すれば、前記2本のロワリンク8、9は、車体上方から見て、緩衝装置14を挟んでその前後に配置され且つ車体外方側に向かって互いに接近するように配置されており、この配置によって後車輪2にはその車体後方への変位に伴い幾何学的にトーインが付与されるようになる(前後力コンプライアンスステア)。すなわち、例えば自動車の制動時等に路面からの制動力が後車輪2に対し車体後方に作用すると、図4に模式的に示すように、2本のロワリンク8、9がそれぞれゴムブッシュ26の撓みによって車体側の端部回りに僅かに回動変位し、これにより車輪側の端部が車体後方に変位するようになる。このとき、前側ロワリンク8が車体外方に向かって後傾し、且つ後側ロワリンク9が車体外方に向かって前傾していると、それらの各リンクの回動変位に伴い、図に破線で示すように、前側ロワリンク8の車輪側端部が車体内方に変位するとともに、後側ロワリンク9の車輪側端部は車体外方に変位することになるから、後車輪2のアライメントはトーインの向きに変化するのである。換言すれば、前側ロアリンク8の外端が、後側ロアリンク9の外端よりも車体内方に位置するように配置され、これにより後車輪2のアライメントはトーインの向きに変化することになる。
尚、前記のようなコンプライアンスステアを得るためには、この実施形態のように前側のリンクを後傾させ且つ後側のリンクを前傾させる必要はなく、車体上方から見て2本のリンクを車体外方側に向かうほど互いに接近するように配置すればよい。或いは、2本のリンクが平行な場合でもそれらの長さを異ならせて、例えば前側のリンクを後側のリンクよりも短くすれば、トーインの向きの前後力コンプライアンスステアを得ることが可能である。また、前記実施形態の構成では、2本のアッパリンク6、7についてもロワリンク8、9と同様に配置しているが、後述するようにアッパリンク6、7のゴムブッシュ26、26は非常に硬く、その撓みは非常に小さいので、アッパリンク側でのコンプライアンスステアは実質的に無視することができる。
前記トーコントロールリンク10は、車体側の端部がゴムブッシュ26を介してフロントクロスメンバ17の取付座17aに連結され、そこから車体外方に向かって略真横(車幅方向)に延びていて、車輪側の端部がボールジョイント27によりホイールサポート11に連結されている。また、図4に示すように車体後方から見ると、前記アッパリンク6、7は、サイドクロスメンバ19から車体外方のホイールサポート11に向かって僅かに上向きに傾斜しており、これとは反対に前側ロワリンク8は車体外方に向かって僅かに下向きに傾斜しており、さらに、後側ロワリンク9及びトーコントロールリンク10はいずれも略水平に延びている。
前記仮想キングピン軸K(仮想線で示す)は、後車輪2の操向方向(トー方向)への回動の瞬間回転中心であり、仮想線で示すように、2つのアッパリンク6、7の軸心の交点と2つのロワリンク8、9の軸心の交点とを通る仮想の軸となる。この実施形態では、後車輪2の仮想キングピン軸Kは、図4に示すように上端側ほど車体後方に位置するように僅かに後傾するとともに、車体前後方向に見て上端側ほど車体外方に位置するように僅かに傾斜している(図4参照)。
また、車体側方から見た仮想キングピン軸Kの路面との交点k1(図3参照)は後車輪2の接地点Gよりも車体後方に離間していて、後車輪2のキャスタトレールが負値となっている。このことで、自動車の旋回時に後車輪2の路面との接地点Gに作用する横力は仮想キングピン軸Kの車体前方を横切ることになり、この横力によって後車輪2には直接にトーインの向きのモーメント力が作用する。これにより、主に2本のロワリンク6、7のゴムブッシュ26、26が撓んで、車輪2のトーイン量が増大する(横力コンプライアンスステア)。
つまり、この実施形態のリヤサスペンションAの場合、自動車の制動時には前後力コンプライアンスステアによって左右の後車輪2、2のトーイン量が増大し、また、自動車の旋回時には旋回外方の後車輪2のトーイン量が横力コンプライアンスステアによって増大するようになっている。尚、詳しい説明は省略するが、このリヤサスペンションAでは各リンク6〜10の配置構成により、バンプ時のロールステアによっても後車輪2のトーイン量が増大するようになっている。
前記緩衝装置14は、前側のリンク6、8と後側のリンク7、9の中間を上下方向に貫通するように配置され、その軸心Xは、車体側方から見て略鉛直に延びるとともに(図3参照)、車体後方から見ると上端側ほど車体内方に位置するように傾斜している(図4参照)。この緩衝装置14の上端部では、図3にのみ破線で示すが、ダンパ13のロッド13aの上端部が円筒状ブラケット15内でその上端部にゴムブッシュ等を介して固定されており、さらに、そこから下方に向かって延びるように円筒状の樹脂製バンプストッパ28がロッド13aと同心状に配設されている。このバンプストッパ28は、サスペンション装置Aのバンプ時にコイルバネ12が所定量以上、縮んだときにダンパ13の外筒の上端部に当接するものであり、その当接後は緩衝装置14全体としてバネ定数が一段、高くなるので、後車輪2の車体側への近接変位が規制されることになる。
また、前記緩衝装置14のブラケット15の下端部には特に車体前後方向に長い異形の鍔部29が設けられていて、その上面が車体の下部フレームに接合されて締結されるようになっている。一方、鍔部29の下面にはコイルバネ12の上端部を保持するアッパシートが形成されており、ダンパ13の外筒を囲むように配置されたコイルバネ12の下端部は該ダンパ13外筒の下端側に設けられたロワシート部13bによって保持されている。さらに、ダンパ13の下端部には円環状の取付部13cが突設されていて、これが後車輪2のホイールサポート11から車体内方に延びる連結部30の端部に枢着されている。
詳しくは、前記ホイールサポート11の連結部30は、後車輪2の車軸が貫通するホイールサポート11本体の内側に一体に形成されたものであり、図4に示すように車体前後方向に見て、ホイールサポート11本体の上下両端側から車体内方に向かって延びて先端部で一体となった上腕部31及び下腕部32と、該上腕部31及び下腕部32をそれぞれの車幅方向中間部にて連結するように上下方向に延びる中間腕部33とを有し、全体として横向きの略A字形状をなす。そして、そのA字の横棒である中間腕部33から、A字の上端である上腕部31及び下腕部32の先端部(連結部30の車体内方の先端部)に亘って鋼製の支軸34が配設され、その支軸34の端部が連結部30の端部よりも車体内方に突出していて、これがダンパ13の下端取付部13cに挿通された状態でゴムブッシュ等を介して固定されている。このように連結部30を略A字形状としたことで、上下方向の荷重に対して十分な剛性を確保しながら、連結部30、ひいてはホイールサポート11全体の軽量化が図られ、連結部30を設けたことによるバネ下重量の増大を抑えて、運動性能の悪化を防止することができる。
前記のように緩衝装置14の上端部をブラケット15を介して車体の下部フレームに取り付けたことで、後車輪2から緩衝装置14に入力する力の大部分が車体の下部フレームに伝達されるのみとなり、車体の上部には殆ど伝達されない。従って、車体の剛性を確保するためには主に下部フレームを強化すればよく、このことで自動車のデザインの自由度が向上する。また、車体後部の分担荷重や緩衝装置14の上下反力はホイールサポート11の連結部30を介して直接、後車輪2に作用することになるが、前記したように、A字の横棒(中間腕部33)から先端部に亘って十分に大きな間隔を空けて2点で取り付けた支軸34に対してダンパ13の下端部を取り付けているから、緩衝装置14の上下反力は確実に伝達されるようになる。
そして、リヤサスペンションAの主たる特徴は、前記の如く緩衝装置14から作用する反力を積極的に利用してホイールサポート11を予め所定の向きに付勢することにより、後車輪2のアライメントを最適化し且つ各リンク6〜10のゴムブッシュ26、26、…にそれぞれ最適な向きの付勢力を付与して、即ち、各ゴムブッシュ26を緩衝装置14の上下反力によって最適な向きに予圧縮して、マルチリンク式サスペンションにおいてもスポーツカーに適用可能なシャープな運転感覚を得られるようにしたことにある。具体的には前記緩衝装置14の上下反力により、[1]後車輪2に対して旋回時の横力にも打ち勝つように負キャンバの向きのモーメント力を作用させ、且つ、[2]旋回時の横力等が作用する以前からトーインの向きのモーメント力を付与するとともに、[3]特に乗り心地への影響が大きいロワリンク8、9のゴムブッシュ26、26に対して車体前方への付勢力を付与するようにしている。
以下、前記3つの特徴点についてそれぞれ説明すると、まず第1に、図6に模式的に示すように、車体右側のリヤサスペンションAを後方から見て、緩衝装置14は、その軸心X方向の反力Fcがホイールサポート11を介して後車輪2に十分に大きな負キャンバの向きのモーメント力Mnを発生させるように、言い換えると、緩衝装置14の上下反力によるモーメント力Mnの腕の長さが十分に大きくなるように、車体内方に比較的大きく離間して配置されている。具体的には、例えば、後車輪2の中心Cから当該緩衝装置14の軸心Xに下ろした垂線の長さd(緩衝装置14反力による負キャンバのモーメント力Mnの腕の長さ)を、後車輪2の半径D(横力による正キャンバのモーメント力Mpの腕の長さ)に対して予め設定した所定比率以上とするのが好ましい。
ここで、前記の所定比率の設定について説明すると、まず、前記緩衝装置14の上下反力Fcによって後車輪2に作用する負キャンバの向きのモーメント力Mnの大きさは、当該緩衝装置14の軸心Xから後車輪中心Cまでの距離(モーメントの腕の長さ)と緩衝装置反力Fcとの積として表される。しかし、一般的に、自動車のリヤサスペンションAにおいては、自動車の目標とする旋回性能、例えば旋回時に目標とする最大横加速度が得られるように、旋回外方の後車輪2への分担荷重、緩衝装置14のコイルバネ12の硬さ、後車輪2の最大グリップ力等を設定しており、これにより緩衝装置反力Fcそのものは概ね決定されてしまう。
それ故、前記負キャンバの向きのモーメント力Mnを十分に大きくしようとすると、実質的にはモーメントの腕の長さを長くする必要がある。例えば、自動車の旋回時に後車輪に最大の横加速度が発生している限界領域を想定し、そのときに限界の横力Fsによって後車輪2に作用する正キャンバのモーメント力Mpよりも緩衝装置反力Fcによる負キャンバのモーメント力Mnが大きくなるように、前記のモーメントの腕の長さを設定すればよい。換言すれば、横力Fsの限界領域において後車輪2に作用する負キャンバのモーメント力Mnが正キャンバのモーメント力Mpよりも大きくなるように、該モーメント力Mnの腕の長さdとモーメントMpの腕の長さDとの比率を実験等により設定してもよい。
より詳しくは、一般に、自動車の旋回時には横力Fsにより旋回外方の後車輪2に対し直接に正キャンバの向きのモーメント力Mpが作用し、このモーメント力Mpは横力Fsの増大に伴って大きくなる。一方、前記の如く緩衝装置14の上下反力Fcによって後車輪2に負キャンバ方向のモーメント力Mnを作用させるようにした場合、自動車の旋回時に横加速度が増大して車体のロールが大きくなると、緩衝装置14のコイルバネ12が圧縮されてその反力Fcが増大し、この反力Fcによる負キャンバのモーメント力Mnも増大することになる。
従って、この実施形態のように緩衝装置14を配置して、該緩衝装置14の上下反力Fcによる負キャンバのモーメント力Mnの初期値(停車時、或いは一定の速度で直進走行しているときの値)をある程度、大きくすれば、旋回時に横力Fsによる正キャンバのモーメント力Mpが増大しても、これに打ち勝つだけの負キャンバのモーメント力Mnを後車輪2の横力の限界領域まで発生させることができるのである。このことで、旋回外方の後車輪2においてはそのキャンバ変化の方向について、即ち各リンク6〜10のゴムブッシュ26、26、…においてそれぞれ車体の横方向について、後車輪2を負キャンバの向きに付勢するような一定の向きの付勢力が付与されることになり(予圧縮)、これにより、微視的な後車輪2のふらつきをなくしてシャープな運転感覚を得ることができる。
第2に、この実施形態のリヤサスペンションAでは、図3に示すように車体側方から見て僅かに後傾する後車輪2の仮想キングピン軸Kに対して、緩衝装置14の軸心Xを略鉛直方向に延びるように位置付けるともに、この緩衝装置軸心Xを仮想キングピン軸Kよりも車体内方において(図4参照)当該仮想キングピン軸Kと非平行であり且つ交わらないように位置付けている。このことで、図7に模式的に示すように車体右側の後車輪2を車体上方から見ると、緩衝装置14の上下反力Fcは仮想キングピン軸Kの周りに反時計回りのモーメント力、即ちトーインの向きのモーメント力Mtを発生させることになる。つまり、緩衝装置14の上下反力を利用して、自動車に横方向の加速度や姿勢変化が生じる以前(初期状態)からその後車輪2、2をトーインの向きに付勢するようにしているので、旋回初期に後車輪2に横力が作用してトーインが付与されるときに、各リンク6〜10のゴムブッシュ26、26、…の撓みに因る遅れが発生しなくなり、このことによっても、剛性感や応答性の高いシャープな運転感覚が得られるものである。
第3に、この実施形態のリヤサスペンションAでは、図8に模式的に示すように、緩衝装置14をその軸心Xが後車輪2の車体内方において後車輪2の中心Cよりも車体後方に位置付け、且つ略鉛直方向に延びるように配置している。このことで、図示の如く車体左側から見て、緩衝装置14の上下反力Fcが後車輪2の中心Cよりも車体後方(図の右側)でホイールサポート11に対し略鉛直上方から作用して、時計回りのモーメント力Mwを発生させることになる。これにより、アッパリンク6、7がそれぞれ車体後方に付勢されて、その各リンク6、7のゴムブッシュ26、26に車体後方への付勢力が作用するとともに、ロワリンク8、9はそれぞれ車体前方に付勢されて、その各リンク8、9のゴムブッシュ26、26に車体前方への付勢力が作用するようになる。
そうして、前記アッパリンク6、7のゴムブッシュ26、26がいずれも極めて硬いものとされ、一方、ロワリンク8、9のゴムブッシュ26は、それが比較的柔らかなものとされている。すなわち、相対的に乗り心地への影響が大きいロワリンク8、9についてそれぞれゴムブッシュ26を比較的柔らかなものにするとともに、このゴムブッシュ26を緩衝装置14の上下反力によって予め車体前方へ予圧縮しているのである。この状態では、ゴムブッシュ26には車体前方への撓み代が殆ど残されていないので、後車輪2へ車体前方への力(例えば駆動力)が作用したときにはゴムブッシュ26が殆ど撓むことなく、車体への力の伝達が行われる。
一方、前記のようにゴムブッシュ26を予め車体前方へ予圧縮した状態で、後車輪2へ車体後方への力(例えば不整路面からのショック)が入力した場合、この入力によってゴムブッシュ26に作用する力が前記の付勢力よりも大きくなって合力の向きが反転すると、当該ゴムブッシュ26が初期の状態とは反対に後ろ向きに撓んで、後車輪2が車体後方へ変位することになる。つまり、後ろ向きの入力は後車輪2から車体への伝達が遅れるか、或いは吸収されることになる。
−作用効果−
次に、上述の如く構成されたこの実施形態のリヤサスペンションAによる作用及び効果を説明すると、まず、自動車が停車しているか或いは一定の速度で直進しているときには、左右のリヤサスペンションA、Aにおいてそれぞれ車体後部の分担荷重に対応する力が緩衝装置14から後車輪2のホイールサポート11に作用していて、後車輪2には負キャンバの向きで且つトーインの向きのモーメント力が作用している(初期状態)。そして、直進中の自動車において運転者の操舵がなされると、自動車の前車輪及び後車輪に横力が発生して旋回状態に移行し、このとき、旋回外方の後車輪2には横力によってトーインが付与されるとともに、やや遅れて車体のロールによってもトーインが付与される。これにより、自動車の挙動が安定化される。
その際、直進状態でも予め後車輪2が負キャンバ且つトーインの向きに付勢されているから、横力やロールによって後車輪2にトーインが付与されるときにはリンク6〜10のゴムブッシュ26、26、…の撓みによる遅れが生じず、マルチリンク式サスペンションとしては過去に類を見ないほど剛性感が高く且つ位相遅れの少ないシャープな運転感覚が得られる。しかも、自動車の旋回外方の後車輪2は直進状態から旋回初期に亘って一貫して負キャンバ且つトーインの向きに付勢されることになるから、自然な運転感覚と高い安定感が得られる。
続いて、旋回中の自動車の横加速度が増大して後車輪2に作用する横力が増大すると、この横力やロールステアによるトーイン量が増大するとともに、リヤサスペンションAのバンプ量の増大に伴い緩衝装置14の、即ちコイルバネ12の反力が略比例的に増大して、これによるトーインの向きのモーメント力も増大する。そして、さらにバンプ量が大きくなってダンパ13の外筒の上端部がバンプストッパ28に当接すると、このことによって緩衝装置14全体としてバネ定数が一段、高くなり、該緩衝装置14反力が急増してこれによるトーインの向きのモーメント力が相乗的に増大する。このことで、バンプストッパ28の作用に伴い、ロールステアによるトーイン量が急減しても、このことは前記緩衝装置14反力によるトーインのモーメント力が急増することで相殺されることになり、後車輪2のトーイン量が急変することがないので、自動車の限界領域での挙動変化を抑制して、走行安定性を向上できる。
また、前記の旋回中の横加速度の増大に伴い、横力によって後車輪2に作用する正キャンバの向きのモーメント力が大きくなるが、その横加速度の増大に応じて緩衝装置14の上下反力も増大して、旋回外方の後車輪2には負キャンバの向きのモーメント力が横力の限界領域まで作用するようになる。すなわち、旋回外方の後車輪2の各リンク6〜10のゴムブッシュ26、26、…にはキャンバ変化の方向、即ち車体の横方向について常に一定の向きの付勢力が作用することになり、微視的な後車輪2のふらつきが発生しなくなるから、マルチリンク式サスペンションとして従来にないシャープな運転感覚が得られる。
この点について、自動車の操舵角を略一定に保持して徐々に車速を上げていき、グリップ限界付近に達するまでの間、旋回外方の後車輪2におけるサスペンションリンク6〜10のゴムブッシュ26、26、…にそれぞれ作用する付勢力を計測した実験結果を説明する。まず、図9のグラフは、時間の経過に対して(a)車速の変化と(b)横加速度の変化とをそれぞれ示し、この実験では車速を途中まで相対的に急に上昇させ、その後はやや緩やかに所定車速まで上昇させている。このとき、車速の上昇に対応して横加速度も途中までは相対的に早く上昇し、その後はやや緩やかに上昇して、約0.8G(重力加速度)で後車輪2のグリップ限界に達している。
そのような車速及び横加速度の変化に対応して、図10〜図14のグラフにそれぞれ示すように、前側アッパリンク6、後側アッパリンク7、前側ロワリンク8、後側ロワリンク9及びトーコントロールリンク10の各ゴムブッシュ26に作用する付勢力が変化する。すなわち、図10(a)に示すように、前側アッパリンク6においては初期状態で横方向についてマイナス、即ち車体外方に向かう約200Nの付勢力が作用しており、時間の経過とともに車速及び横加速度が増大すると、付勢力の絶対値は一時、減少した後に増大して、グリップ限界付近で車体外方に約1600Nとなる。また、同図(b)に示すように、前後方向の付勢力は初期状態では略零であり、車速及び横加速度の増大に伴い車体後方に向かって増大する。
また、図11に示す後側アッパリンク7の場合、初期状態では横方向について車体内方に向かって3000N以上の極めて大きな付勢力が作用するとともに、車体後方に向かって約100Nの付勢力が作用している。そして、車速及び横加速度の増大に伴い横方向の付勢力は減少して、グリップ限界付近では車体内方に約1900Nとなっている。
同様に、図12に示す前側ロワリンク8では、初期状態で横方向に車体内方に向かって約800Nの付勢力が作用するとともに、車体前方に向かって約2.5Nの付勢力が作用しており、車速及び横加速度の増大に伴い横方向の付勢力が増大して、グリップ限界付近で車体内方に約2300Nとなる。さらに、図13に示す後側ロワリンク9では、初期状態で横方向に車体外方に向かって約4000Nの付勢力が作用するとともに、車体前方に向かって約25Nの付勢力が作用しており、車速及び横加速度の増大に伴い横方向の付勢力が減少して、グリップ限界付近で略零になる。
以上の実験結果について考察すると、初期状態では、緩衝装置14の上下反力によってホイールサポート11に対し負キャンバの向きのモーメント力Mnが作用するとともに(図6参照)、車体左側から見て時計回りのモーメント力Mwが作用しており(図8参照)、そのうちのキャンバ方向のモーメント力Mnは主に緩衝装置14反力の作用点に近い後側のアッパ及びロワリンク7、9が受け止めることになるから、後側アッパリンク7には圧縮の軸力が作用し、後側ロワリンク9には引張りの軸力が作用する。しかも、後側のリンク7、9においては前記モーメント力Mwもそれぞれ圧縮及び引張りの軸力となるから、結局、後側アッパリンク7には軸方向に非常に大きな圧縮力が作用して、そのゴムブッシュ26には横方向について車体内方に向かう非常に大きな付勢力(3000N以上)が作用することになる。また、後側のロワリンク9には軸方向に非常に大きな引張り力が作用して、そのゴムブッシュ26には横方向について車体外方に向かう非常に大きな付勢力(約4000N)が作用することになる。
一方、前記後側のリンク7、9に比べて前後方向への傾斜度合いが大きい前側のリンク6、8では、前記キャンバ方向のモーメント力Mnの影響が小さくなり、しかも、2つのモーメント力Mn、Mwが軸方向について反対向きに作用して相殺し合うことになる。この結果、前側アッパリンク6には軸方向に比較的小さな引張り力が作用し、そのゴムブッシュ26には横方向について車体外方に向かう比較的小さな付勢力(約200N)が作用するとともに、前後方向についての付勢力は略零になる。また、前側のロワリンク8には軸方向に比較的小さな圧縮力が作用して、そのゴムブッシュ26には横方向について車体内方に向かう付勢力(約800N)が作用するとともに、車体前方へは僅かな付勢力(約2.5N)が作用するのみとなる。
そして、自動車の旋回時に車速及び横加速度が増大すると、これに応じて、前記実験データのように各ゴムブッシュ26、26、…の付勢力が変化することになるが、その際、アッパ及びロワの4本のリンク6〜9の各ゴムブッシュ26、26、…において横方向の付勢力が原点(0)を横切ることはなく、初期状態から後車輪2の横力の限界領域まで、常に同じ向きに作用している。このことから、実験に用いた自動車のリヤサスペンションAにおいて、該自動車の旋回中に後車輪2、2はそのグリップ限界付近まで常に初期状態と同じく負キャンバの向きに付勢されていることが分かる。
尚、トーコントロールリンク10については、図14のグラフに示すように、初期状態で横方向に車体内方に向かって約300Nの付勢力が作用するとともに、車体前後方向の付勢力は略零になっており、車速及び横加速度の増大に伴い横方向の付勢力が増大して、グリップ限界付近で車体内方に約1000Nになっている。このことから、後車輪2には初期状態からグリップ限界付近まで一貫してトーインの向きの付勢力が作用していることが分かる。
さらに、この実施形態のリヤサスペンションAでは、5本のリンク6〜10のうち、特に乗り心地への影響が大きい前側及び後側ロワリンク8、9のゴムブッシュを比較的柔らかなものとし、その上で、前記実験データにも明らかなように、該2つのロワリンク8、9のゴムブッシュ26、26には、緩衝装置14の上下反力によって初期状態で車体前方へ弱い付勢力を付与するようにしている。このことで、自動車の走行中に例えば路面不整等によるショック(車体後ろ向きの衝撃力)が後車輪2に入力しても、ゴムブッシュ26、26の撓みによってショックを吸収して、良好な乗り心地を得ることができる。しかも、図12、図13のグラフから明らかなように、ロワリンク8、9のゴムブッシュ26、26にそれぞれ初期状態で作用する付勢力はいずれも小さく、特に乗り心地への影響の大きい前側ロワリンク8については僅かな付勢力(約2.5N)しか作用していないので、この付勢力がゴムブッシュ26の撓みを阻害することがなく、ショックの吸収は極めて効果的に行われる。
また、そのように、比較的柔らかいロワリンク8、9のゴムブッシュ26、26をそれぞれ初期状態で車体前方へ予圧縮しているので、例えば自動車の加速時に後車輪2に駆動力が作用するときには、ゴムブッシュ26に残されている撓み代が小さくて車体への力の伝達遅れが少なくなり、このことでアクセル操作に対する自動車の加速応答性は十分に高くなる。しかも、加速時には車体のスクォットによって急加速時ほどゴムブッシュ26への付勢力が大きくなるから、大きな駆動力に対しても遅れなく高い加速応答性が得られる。
反対に、自動車の制動時にはゴムブッシュ26の撓みによって後車輪2から車体への制動力の伝達が遅れることになるが、制動時にはリヤサスペンションAのリバウンド量が増大して緩衝装置14の上下反力が低下し、ゴムブッシュ26への付勢力が小さくなるから、その撓みの向きが比較的早く反転するようになるし、この実施形態の場合は制動時の前後力コンプライアンスステアによって後車輪2のトーイン量を増大させて、路面との間での制動力の発生を早めるようにしているから、ゴムブッシュ26の撓みによって車体への制動力の伝達に遅れが生じても、自動車全体としては制動力の立ち上がりの遅れは軽微なものとなり、ブレーキフィーリングは実質的に悪化しない。
更にまた、上述の特性を備えたリヤサスペンションA、Aを組み込んだサブフレーム3に関し、横荷重を主に支持する後側アッパ及びロアリンク7、9に関しては後側サイドクロスメンバ19B、20Bによって支持されるが、この後側サイドクロスメンバ19B、20Bは車体にリジッドに連結されているため、この後側サイドクロスメンバ19B、20Bやリヤクロス18を用いて車体の剛性を高めることができ、従って軽量オープンスポーツカーのように車体剛性を確保しなければならない自動車に対して好適なリヤサスペンションを提供することができる。
また、リヤサスペンションA側から振動及び音がサブフレーム3を介して車体に侵入する傾向は、この問題に関係する傾向が強い前側のアッパ及びロアリンク6、8、つまり車体前後荷重を主に支持する前側アッパ及びロアリンク6、8を支持する前側サイドクロスメンバ19F、20Fが、弾性マウント23M、弾性ブッシュ23Aによって車体にフローティング支持されているため、この弾性マウント23M、弾性ブッシュ23Aによってサブフレーム3への振動及び音の侵入を遮断することができる。
なお、実施例では、サイドクロスメンバ19、20を前後に2分割して、前側サイドクロスメンバ19F、20Fの後端部と、後側サイドクロスメンバ19B、20Bの前端部とが、共通のボルトナットを使って車体に共締めする形式を採用してあるため、リヤサスペンションAのアラライメントの精度を確保することが容易であり、また、実施例のように、サブフレーム3、緩衝装置14を予め組み込んだサスペンションアッセンブリの形式で車両の組立てることで車両への組付性が良いが、前側サイドクロスメンバ19F、20Fと後側サイドクロスメンバ19B、20Bとを個々独立した状態で車体に取り付けるようにしてもよい。
以上のことから、上述の特性を備えた新規なリヤサスペンションA、Aの利点を確保しながら、リヤサスペンションAからの音や振動の車内侵入を抑えたなかで、リヤサスペンションのサブフレーム3を使って車体剛性を高めることができるため、軽量なオープンスポーツカーに対して好適に適用することができる。
また、前記実施形態のリヤサスペンションAでは、5本のリンク6〜10のそれぞれの車体側の連結部にゴムブッシュ26を配設し、一方、車輪側の端部はボールジョイント27を介してホイールサポート11に取り付けるようにしているが、これに限らず、いずれかのリンクについてその両端部にそれぞれゴムブッシュを配設するようにしてもよい。また、弾性ブッシュとしてはゴムブッシュ26に限らず、所要の弾性を備える樹脂製のものであってもよい。