JP3901600B2 - めっきなしmag溶接用ソリッドワイヤ - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、銅めっき等のめっき処理を施さないめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤに関し、特に、半自動溶接又は自動溶接において、スパッタ発生量を極めて低減することができるめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤに関する。
【0002】
【従来の技術】
一般にMAG溶接とは、シールドガスがCO2100%の溶接と、CO2又はO2等の酸化性ガスが10乃至30%を占めるようなAr主体の混合ガス溶接とを含む。シールドガスによるスパッタ発生量の大きな違いとして、溶滴の移行形態の変化が挙げられる。CO2溶接の場合、主たる移行形態がグロビュール移行であるのに対し、Ar主体の混合ガス溶接では主たる移行形態がスプレー移行となるため、Ar主体の混合ガス溶接の場合は、スパッタ発生量が大幅に減少し、アーク安定性の面でも優れた特性が得られる。更に、アーク安定剤としてアルカリ金属であるK化合物をワイヤ表面に存在させることによって、更に一層アークを安定化させることも可能である。アルカリ金属がアークの安定化に貢献する理由として、アークの電位傾度が下がり、溶滴上部へのアークの這い上がりが促進されることが挙げられる。このようなアルカリ金属による効果については、特許第1881911号に代表される技術等がすでに提案されている。
【0003】
また、ポリイソブテンに関しては、特開平8−157858号公報において、硫化剤で硫化した油脂が給電チップの摩耗を抑制する技術が開示されており、一方では特開平10−158669号公報において、粘度指数向上剤として使用すると、給電チップの摩耗を抑制する技術が開示されている。
【0004】
従って、従来、MAG溶接における品質向上を考えた場合には、銅めっき有無にかかわらず、そのワイヤ表面に適量のK化合物及び油が存在することが最適であると考えられている。
【0005】
従来のMAG溶接用ソリッドワイヤはその大部分が銅めっきを施したワイヤである。銅めっきを施す理由としては、通電性の確保及び耐錆性向上等が挙げられる。ところが、銅めっきを施した鋼ワイヤは、鉄地が完全に露出しているワイヤ、つまり銅めっきを施さないワイヤに比べると、溶滴表面での銅濃度が高いため溶滴の表面張力はより大きくなることが明らかとなった。本願発明者等は、1秒間に2000コマ撮影可能なハイスピードビデオを用いてMAG溶接におけるアーク現象を観察した結果、銅めっきを施したワイヤの溶滴移行形態は、垂直方向に対しては長径化する傾向が認められ、溶滴の小径化は実現しないことが判明した。これは、溶滴が長径化した場合に、スプレーアーク中に溶滴同士又は溶滴と溶滴プールとが瞬間短絡することにより、スパッタが発生しやすくなる現象が起こっているためと推察される。これに対して、銅めっきを施していないワイヤの溶滴移行形態は、溶滴表面に銅が存在しないため、溶滴の表面張力が減少し、溶滴が細粒化することで、スプレーアーク中に溶滴同士又は溶滴と溶融プールとが瞬間短絡しないために、スパッタ発生量は少なくなる。このような銅めっきを施していないワイヤ表面の状況で、更に一層低スパッタ化を実現しようとして、表面にK化合物及びMoS2を存在させた技術が特開平11−104883に開示されている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
ところが、めっきが無いワイヤ表面に、K化合物及びMoS2を塗布しただけでは、ワイヤを数百kg単位で安定して送給しなければならない現実の溶接において、K化合物及びMoS2がワイヤ表面から脱落し、コンジットライナー内部に堆積してしまい、ワイヤの送給性が次第に不安定になってくるという問題点が顕在化した。即ち、どんなにK化合物及びMoS2によるアーク安定化及び低スパッタ化を追求しても、溶接時のワイヤ送給性が安定しない状況ではこれらの効果が充分に得られない。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、大量送給時においても優れた潤滑性・送給性を維持しつつ、スパッタ発生量を低減することができるめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤを提供することを目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明に係るめっきなしアーク溶接用ソリッドワイヤは、ワイヤの周面に開口し、開口部より内部が広い窪み及び/又は外部からの入射光が照射されない部分を有する窪みを有し、前記窪みの内部及びワイヤ表面に、硫化物MoS 2 と、ポリイソブテンを含む油とが存在し、前記ポリイソブテンを含む油はワイヤ10kg当たり0.1乃至2g存在することを特徴とする。
【0009】
なお、本願明細書中では、「ワイヤの周面に開口し、開口部より内部が広い窪み」を「ボトルネック状窪み」と称し、「ワイヤの周面に開口し、外部からの入射光が照射されない部分内部を有する窪み」を「ケイブ状の窪み」と称する。
【0010】
図1は「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を示すワイヤの横断面図である。この図1に示すように、ワイヤ表面に対してその中心に向けて半径方向に光線が投射されるような仮想光源を考えた場合に、陰になって表面から見えない部分(図1で黒く塗りつぶした部分)を有することが特徴である。
【0011】
このめっきなしアーク溶接用ソリッドワイヤにおいては、前記窪み部が任意のワイヤ1円周方向に、1周長あたり、総数で20箇所以上存在することが好ましい。また、前記窪み部の有効長さ率が0.5%以上50%未満であることが好ましい。また前記のポリイソブテンを含む油が、ワイヤ10kgあたり0.1乃至2g存在することが好ましい。
【0012】
このめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤは、前記の硫化物として粒径が0.1乃至10μmのMoS2がワイヤ表面又はワイヤ表面直下である「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に存在し、そのMoS2の付着量が0.01乃至0.5g/10kgであることが好ましい。また、前記の窪み部及びワイヤ表面上にK化合物が存在し、このときのKとしての存在量が2乃至10質量ppm/ワイヤ全質量であることが好ましい。更には前記K化合物が、ホウ酸カリウムであることが好ましい。更にまた、その窪み部及びワイヤ表面上に、粒径が0.1乃至10μmであるMoS2がワイヤ10kg当たり0.01乃至0.5g存在することが好ましい。更にそのワイヤ成分として、C:0.01乃至0.15質量%、Si:0.2乃至1.2質量%、Mn:0.5乃至2.5質量%、P:0.001乃至0.030質量%、S:0.001乃至0.030質量%、及びO:0.001乃至0.020質量%を含有することが好ましい。更に、Cu:0.05質量%以下を含有することが好ましい。更に、Ti+Zr:0.03乃至0.3質量%を含有してもよい。更に、Mo:0.01乃至0.6質量%を含有してもよい。
【0013】
本発明においては、このような構成によって、溶接時のワイヤがチップ直上まで送られてきた時点においても潤滑性が十分に保持され万全の送給性を保持しつつ、アークの更なる安定化と、更なるスパッタ低減とを実現可能となる。
【0014】
また、K化合物及びMoS2がワイヤの表面上及び表面直下である「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に存在する状態、並びにポリイソブテンを含む油がワイヤ表面に存在する状態とは、図2に模式的に示す如くこれらの機能性物質がワイヤ表面を被覆するように薄膜として付着している状態、又はこれらの機能性物質がワイヤ表面に形成された多数の窪み部内に存在する状態をいう。これらの機能性物質は、塩酸(HCl)でワイヤ表面を酸洗後、ワイヤ表面から30μmの深さまでのワイヤ表層部を除去した場合に、取り出される全てのK化合物、MoS2、及びポリイソブテンを含む油をいう。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施例について詳細に説明する。図3(a)は銅めっきを施したワイヤの溶滴移行状況を示す模式図、図3(b)は銅めっきを施していないワイヤの溶滴移行状況を示す模式図である。前述のごとく、図3(a)に示すように銅めっきを施した場合は、ワイヤ表面の銅めっき層が導電性を保持する効果をもつ反面、溶滴が上下方向に伸びやすくなり、この上下方向に伸びた溶滴により瞬間短絡を誘発しやすく、更に溶滴もふらつきやすくなる。
【0016】
一方、図3(b)に示すように、銅めっきを施さないワイヤでは、銅めっきを施したワイヤより、溶滴は離脱しやすくなり、溶滴は小粒になり、球状に近いものとなる。これにより、瞬間短絡も生じにくい。
【0017】
また、アルカリ金属であるK化合物を含むアーク安定剤がワイヤ表面又は表面近傍に存在すると、母材からの電子の放出が容易になるためにアークの電位傾度が下がり、アークの這い上がりが促進され、更に一層の溶滴の小粒化が可能となる。その結果、短絡等によって発生するスパッタも著しく減少する。
【0018】
本発明では、K化合物を含むアーク安定剤としてはホウ酸Kを使用することが望ましい。ホウ酸Kは市販品として微細粒子が入手しやすく、粘度調整剤としてのポリイソブテンと共存させることにより、ワイヤ表面から脱落し難くなる。一方、伸線潤滑剤等に使用されるステアリン酸K等の炭素鎖の長い有機K化合物では、ポリイソブテンと共存しても脱落し易さに変化はない。
【0019】
また、適量のMoS2をワイヤ表面又は表面近傍に存在させることで、送給抵抗を低減させ、溶滴の細粒化と離脱性とが更に促進される。ポリイソブテンは微粒子のMoS2を効果的にワイヤ表面に保持する油として最適である。
【0020】
本発明においては、図2に示すように、ワイヤ1の表層部に、機能性物質3が存在している。この機能性物質3は、アーク安定剤としてのKを含む物質(例えば、ホウ酸K)、又はこのKを含む物質及び粒径が0.1〜10μmであるMoS2であり、ワイヤの表面上及び表面直下である「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に存在する。また、機能性物質3のうち、ワイヤ1の表面上に存在するものとしては、ポリイソブテンを含む油を含む。
【0021】
次に、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」をワイヤ表面に形成する方法の一例について説明する。なお、このような「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」は、伸線前の線にあらかじめ形成されていなくても、伸線の中間段階で形成してもよいし、最終段階で形成してもよい。工業的には、以下の3つのステップによる方法が製造コストも低く有効な製造方法である。
【0022】
▲1▼素線の加工工程で凹凸を形成する工程
溶接ワイヤの素線であるところの「原線」は、製鉄所において一貫した連続鋳造及び熱間圧延工程によって製造される。但し、バッチ式の炉で鋳造され、その後圧延されて、製造されることもある。このときの圧延条件、即ち、圧延温度、及び減面率を調整することにより、ワイヤ長手方向に「皺状窪み」を生成させることができる。この「皺状窪み」は、通常、酸化鉄(所謂スケール)が埋めているが、その酸化物を機械的又は化学的に除去することによって、後述の工程を経て「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に変えることができる「素線の窪み」となり得る。従って、予め十分な深さの「素線の窪み」を得るべく、圧延温度及び減面率を調整する。
【0023】
別の方法として、焼鈍によって素線の凹凸を制御することも可能であった。例えば、先ず、素線を酸化性雰囲気又は水蒸気雰囲気で焼鈍することにより、金属結晶粒界を優先的に酸化する。焼鈍後、化学的又は電気化学的に酸化膜を除去することにより、粒界腐食部が選択的に除去され、「素線の窪み」が生成される。
【0024】
上述の化学的な酸化皮膜除去の工程においては、酸洗条件を調整することによっても、「素線の窪み」の度合いを制御することができる。素線を塩酸酸洗する場合、塩酸浴中に酸素及び/又は硝酸及び/又は過酸化水素水等を添加することで酸化力を向上させ、「素線の窪み」の度合いを制御させることも可能である。塩酸以外の酸を用いても「素線の窪み」を調整することができる。例えば、硝酸を用いて原線表面を不動態化処理し、その後塩素イオン等を用いて電解局部腐食させることにより、原線表面に窪みを生成することができる。また、インヒビターを使用し、酸洗することにより素線表面の酸化鉄(スケール)のみを選択的に溶解させ、組成が本来持っている鋭利な窪みをなますことなく、保存することにより、鋭利な窪みが多い素線を得ることもできる。この鋭利な窪みは後述する方法により、「ボトルネック及び/又はケイブ状の窪み」となりやすい。即ち、通常の酸洗であると、窪みはその開口周縁がなだらかに拡がるが、インヒビターを使用すると、窪みの開口周縁が鋭角のままで、窪みの内部よりも開口周縁の方が狭くなっている。なお、インヒビターとは、鉄地腐食阻害物質の薬品のことである。
【0025】
更に、別の方法として、素線加工工程において、ローラの表面粗度を調整した圧延ローラを使用し、そのローラ表面の凹凸をワイヤ表面に転写することにより、「素線の窪み」を生成できる。ローラ転写により「素線の窪み」を生成することは、酸化膜の有無、伸線温度、及び線径に拘わらず可能である。
【0026】
▲2▼その窪みを何らかの充填物で埋めてから、窪みの存在を保持しつつ、開口部(間口)を狭める工程
開口部が大きく開いた状態の素線表面に、最終製品ワイヤ径で必要となる機能性塗布剤を塗布し、その後、ワイヤを伸線加工することにより、開口部が狭まり、窪み内の塗布剤の上に鋼皮が薄くかぶさり、所望の「ボトルネック状及びケイブ状の窪みの内部に塗布剤が存在するワイヤ」を得ることができる。このときの伸線加工は、穴ダイス、マイクロミル又はローラダイスを使用して行うことができる。
【0027】
穴ダイスを用いて伸線加工する場合は、「素線の窪み」の形状をそのまま保存することは困難であるが、塗布剤中のバインダー成分を調整することにより、「ボトルネック状又はケイブ状の窪み」を生成することができる。具体的には、ボラックス、ボンデ処理等のワイヤ表面に化学的に結合する無機バインダー及び/又は有機バインダーを用いることにより、窪み形状を保持することができる。
【0028】
また、マイクロミル及び/又はローラダイスを用いると、「素線の窪み」は比較的保存されやすく、最終ワイヤ径において、「ボトルネック状又はケイブ状の窪み」を生成することができる。
【0029】
伸線加工工程においては、穴ダイス、マイクロミル又はローラダイスの単独による伸線加工に加えて、これらの方法を組合せて伸線加工しても良い。
【0030】
更に、K化合物(特にホウ酸K)、MoS2又はポリイソブテンを含む油を、有機系及び/又は無機系のバインダーで混合したものをワイヤ表面に塗布し、上記のような伸線工程を経ることによって、「素線の窪み」形状を保持しつつ、ワイヤ表面の開口部(間口)を狭めていき、内部にK化合物、MoS2又はポリイソブテンを含む油を保持しうる「ボトルネック状又はケイブ状の窪み」を高効率で形成することができる。
【0031】
▲3▼見かけ上平滑なワイヤ表面を持つように仕上げる工程
最終的には、その窪みに送給潤滑剤、通電安定剤、又はスパッタ防止剤等の機能性物質が充填されると共に、通電性及び耐詰まり性が良好であるように、見かけ上平滑なワイヤ表面を持つように仕上げることが必要である。
【0032】
最終ワイヤ径においては、「素線の窪み」の形成段階で機能性物質を充填させた場合は、仕上げ穴ダイス又はローラダイス等でスキンパス加工(低減面率で加工)することにより、窪みの開口部にワイヤ鋼皮が薄くかぶさって間口が小さくなり、本発明のワイヤを製造することができる。
【0033】
更に別の方法として、「素線の窪み」に予め別の物質を充填して伸線加工したものを、最終伸線上がり工程において、K化合物、MoS2及びポリイソブテンを含む油からなる群から選択された1種以上のものを、水、アルコール、油、又はエマルジョン等に分散させて、ワイヤ表面にすり込むことによっても、「ボトルネック状又はケイブ状の窪み」の内部が、これらの物質により置換され、窪み内に残留する。
【0034】
図4は、実際の本発明ワイヤの断面を写真で示したものである。なお、本発明はあくまで銅めっきを施していないソリッドワイヤである。これは、銅めっきが施されたワイヤにおいては、前述の「ボトルネック状又はケイブ状の窪み」を生成しても、銅めっきが剥離しやすくなるため、実用に供することができないからである。同時に、先述のように、銅めっきによる溶滴移行での不安定現象が生じ易いからである。
【0035】
次に、「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の特性について、更に詳細に説明する。このような「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」をもつワイヤの特性を評価した結果、以下の事実が明らかになった。
【0036】
「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の数は、ワイヤ周方向に、1周長あたり、総数で20箇所以上存在することが好ましい。これにより、十分に塗布剤の効果を発揮するだけの機能性物質を保持することができる。この窪みの数の算定方法であるが、まずワイヤを1mサンプリングし、その長手方向の10箇所にてその横断面を採取し、ワイヤ周方向の窪みの数(1周あたりの)をカウントして、その10断面中の最大値を窪み総数と定義する。すなわち10断面中1断面でも窪み数は20箇所以上であれば良い。
【0037】
このような形状の窪みの数が1周あたり20個以上あると、送給性、アーク安定性及びスパッタ発生量低減に、十分効果を発揮するだけの塗布剤を保持することができると共に、ワイヤの周方向の一部だけに塗布剤が偏って存在するということを防止することができる。窪みの数が20個未満の場合は、その位置がワイヤの周方向の一部に偏ってしまうことがあり、このとき塗布剤がワイヤ周面の一部分にしか作用しなくなり、均一で安定なアーク現象を得ることが困難になる。
【0038】
更に、有効窪みの長さ率が0.5%以上50%未満であると、塗布剤の保持効果が更に一層大きくなり、塗布剤の効果が十分発揮される。なお、有効窪みの長さ率は、図1に示すように、ワイヤ表面に垂直に仮想投影したときに、影となる部分の長さの総和l1+l2+・・・+lnのワイヤ基準円弧長lに対する比率であると定義する。これを数式で表現すると、下記数式1のようになる。
【0039】
【数1】
【0040】
また、有効窪みの長さ率が0.5%以上50%未満であるとき、塗布剤を保持する効果が十分に発揮される。有効窪みの長さ率が0.5%未満では十分な量の塗布剤を保持することができない。逆に、有効窪みの長さ率が50%以上になると、表面粗さが大きくなり、表面の摩擦抵抗が大きくなるため、ワイヤの送給性が劣化してしまう。
【0041】
一般的に、ワイヤ等の表面凹凸の大小は、算術平均粗さRa、最大高さRy、十点平均粗さRz、負荷長さ率tp、凹凸の平均間隔Sm、局部山頂の平均間隔S及び比表面積等を使用して表現する。しかしながら、これらの値によって表現される単純な凹凸だけでは、塗布剤を効果的に保持することができるとはいえない。即ち、従来検討されているような単純な凹凸だけでは、ワイヤに変形が加わると窪みの形状も変化するため、塗布剤が離脱しやすくなる。塗布剤を効果的に保持するためには、アンカー効果を有する「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」に塗布剤を保持することがよい。これにより、ワイヤの変形等が生じ、窪みの形状が多少変化しても、塗布剤は窪みから容易に離脱することはなくなる。
【0042】
窪みの形状は、以下に示す方法で確認することができる。先ず、ワイヤ表面に、Pt、Ni又はCuなどの金属薄膜をスパッタリングにより蒸着した後、ワイヤを熱硬化性樹脂に埋め込む。その後、断面を研磨し、この断面を走査型電子顕微鏡で観察し、ワイヤ表面形状と塗布剤の有無を確認する。ボトルネック状及びケイブ状の窪みの窪み長さ率は1000倍から2000倍の倍率でワイヤ断面の表面を観察することにより求めることが好ましい。より具体的には、1000倍から2000倍で印画紙に焼き付け、又はデジタルデータとして画像をとりこむ。印画紙の場合は、デバイダを用いて仮想光源に対する影の長さの総和を求め、その値をワイヤの基準円弧長で徐することによって有効窪み長さ率を求めることができる。また、デジタルデータは画像処理を施し、形状を明確にした後、仮想光源に対する影の長さの総和を求め、その値をワイヤの基準円弧長で徐することによって、有効窪み長さ率を求めることができる。
【0043】
この有効窪み長さ率は、従来実施されているワイヤ表面の接触式粗さ測定及び電子線又はレーザ等を用いた非接触式形状測定では検出することができない。
【0044】
有効窪み長さ率を所定の範囲に制御するために、以下の方法がある。即ち、原線又は伸線途中において、高減面率の熱間圧延を実施することにより、従来には無い特異な表面皺、特に深い窪みを有するワイヤ表面を得ることができる。従来、素線加工工程でワイヤ表面に過度の窪みが生成すると、その後の伸線加工工程で、肌荒れ及びクラック等の発生原因となるため、故意に窪みを生成することはなかった。本発明はこのような従来の常識を覆すものである。
【0045】
また、K化合物をポリイソブテンに適宜含有させ、ワイヤ表面又は表面近傍に存在させることによって、溶滴が小粒化する、瞬間短絡が更に生じにくくなる、といった効果が得られる。
【0046】
更に、MoS2をポリイソブテンに適宜含有させ、ワイヤ表面又は表面近傍に存在させることによって、溶滴の微粒化が更に促進されるという更なる効果が得られる。
【0047】
以下、K化合物の分析方法及びMoS2の分析方法について説明する。
【0048】
<K化合物の分析方法>
▲1▼K化合物が付着しているワイヤのカットサンプルを、約20乃至30mmの長さで約20g用意する。
▲2▼石英ビーカに塩酸と過酸化水素水とを混合した液体を注ぎ、この中にカットサンプルを入れて数秒間浸漬させた後、カットサンプルを取り出し、残った液体をろ過する。
▲3▼ろ過後の液体中のK化合物濃度を原子吸光法で測定し、ワイヤ10kg当たりの付着量を定量する。
【0049】
<MoS2の分析方法>
ワイヤを有機溶媒(例えば、エタノール、アセトン又は石油エーテル等)で洗浄した後、洗浄液をろ紙でろ過し、その後、ろ紙を乾燥させる。このろ紙を白煙処理することにより、MoS2(a)を溶解し、原子吸光法によってMoを定量化する。エタノール洗浄した後のワイヤを塩酸水溶液(塩酸1+水1)に浸漬して溶解し、MoS2(b)を遊離させる。次いで、遊離したMoS2(b)をろ紙でろ過した後、白煙処理によってMoS2を溶解し、原子吸光法によってMoを定量化する。そして、(a)+(b)をMoS2に換算し、ワイヤ質量で除することにより、ワイヤ10kg当たりのMoS2塗布量を測定する。
【0050】
<ポリイソブテン定性分析方法>
ワイヤ表面の油がポリイソブテンを含むものかどうかは、次のようにして判断できる。ワイヤ表面を四塩化炭素又はヘキサンを洗浄溶媒として使用して洗浄し、洗浄液から洗浄溶剤を減圧蒸留にて除去した後の残留物の赤外吸収スペクトルを透過法にて測定する。図1は横軸に波数をとり、縦軸に透過率をとって、ポリイソブテンの特性吸収を示すグラフ図である。このようにして測定されたスペクトルに1230cm−1、1365cm−1及び1388cm−1付近に極大を持つ特性吸収が認められれば、ポリイソブテンを含むと判断できる。ポリイソブテンは、下記化学式1の構造を有し、1230cm−1の吸収は4級炭素の骨格振動に起因するもの、1365cm−1及び1388cm−1の吸収はジメチル構造のメチル基の変角振動に起因するものと考えられている。なお、これらの波数は、共存する油の影響、ポリイソブテンの重合度及び枝別れ構造等の影響を受け、5cm−1程度のずれが生じる場合もある。
【0051】
【化1】
【0052】
<油量定量分析方法>
ポリイソブテンを一定濃度含有する四塩化炭素溶液を準備し、これを基準液として使用する。ワイヤのカットサンプルを約20乃至30mm長で約20g用意する。このカットサンプルを四塩化炭素中で浸漬洗浄し、洗浄液を赤外吸光法で測定し、基準液と比較することにより、ワイヤ10kg当たりのポリイソブテン付着量を測定する。
【0053】
以下、ワイヤの組成、K化合物及びMoS2の数値限定理由について説明する。
【0054】
K化合物のワイヤ付着量:2乃至10質量ppm
アーク安定剤中に含まれるK化合物のワイヤ付着量が2質量ppmよりも低いと、溶滴上部へのアークの這い上がりが実現しにくく、溶滴小粒化の効果が充分得られないため、短絡によりスパッタが発生しやすくなる。また、K化合物のワイヤ付着量が10質量ppmを超えると、コンジットライナー内部の詰まりの原因となり、送給不良になる結果、スパッタ発生量が増える。従って、K化合物のワイヤ付着量は2乃至10質量ppmとする。
【0055】
ポリイソブテンを含む油の付着量:ワイヤ10kgあたり0.1乃至2g
ポリイソブテンを含む油の付着量がワイヤ10kgあたり0.1gより少ないと、送給抵抗低減効果は期待できないため、送給不安定からスパッタ発生量が増える。また、ポリイソブテンを含む油の付着量がワイヤ10kgあたり2gを超えると、詰まりの原因となりやすいため、同様に送給不良に起因するスパッタが発生する。従って、ポリイソブテンを含む油の付着量はワイヤ10kgあたり0.1乃至2gとする。
【0056】
粒径が0.1乃至10μmのMoS 2 の付着量:ワイヤ10kgあたり.01乃至0.5g
MoS2の粒径は0.1乃至10μmが望ましい。MoS2の粒径が0.1μm未満では、滑り性が発現せず、良好な送給性は得られない。一方、MoS2の粒径が10μmを超えると、滑り性は得られるが、ワイヤ表面から剥離しやすく、十分な送給性は得られない。MoS2の付着量がワイヤ10kgあたり0.01gより少ないと、送給抵抗低減効果は期待できないため、送給不安定からスパッタ発生量が増える。また、MoS2の付着量がワイヤ10kgあたり0.5gを超えると、詰まりの原因となりやすいため、同様に送給不良に起因するスパッタが発生する。従って、粒径が0.1乃至10μmのMoS2の付着量はワイヤ10kgあたり0.01乃至0.5gとすることが好ましい。
【0057】
C:0.01乃至0.15質量%
Cの添加量が0.01質量%よりも低いと、溶滴の表面張力が極端に低下するため、瞬間短絡時のスパッタが増える。また、Cの添加量が0.15質量%を超えると、表面張力が高くなりすぎるため、アーク反発力によって大粒のスパッタが発生し易くなる。従って、Cの添加量は0.01乃至0.15質量%とすることが好ましい。
【0058】
Si:0.2乃至1.2質量%
Siの添加量が0.2質量%よりも低いと、溶滴の表面張力が極端に低下するため、瞬間短絡時のスパッタが増える。また、Siの添加量が1.2質量%を超えると、表面張力が高くなりすぎるため、アーク反発力によって大粒のスパッタが発生し易くなる。従って、Siの添加量は0.2乃至1.2質量%とすることが好ましい。
【0059】
Mn:0.5乃至2.5質量%
Mnの添加量が0.5質量%よりも低いと、溶滴の表面張力が極端に低下するため、瞬間短絡時のスパッタが増える。また、Mnの添加量が2.5質量%を超えると、表面張力が高くなりすぎるため、アーク反発力によって大粒のスパッタが発生し易くなる。従って、Mnの添加量は0.5乃至2.5質量%とすることが好ましい。
【0060】
P:0.001乃至0.030質量%
Pの添加量が0.001質量%よりも低いと、表面張力が高くなりすぎるため、スパッタが増える。また、Pの添加量が0.030質量%を超えると、溶滴の表面張力が極端に低下するため、瞬間短絡時のスパッタが増える。従って、Pの添加量は0.001乃至0.030質量%とすることが好ましい。
【0061】
S:0.001乃至0.030質量%
Sの添加量が0.001質量%よりも低いと、表面張力が高くなりすぎるため、スパッタが増える。また、Sの添加量が0.030質量%を超えると、溶滴の表面張力が極端に低下するため、瞬間短絡時のスパッタが増える。従って、Sの添加量は0.001乃至0.030質量%とすることが好ましい。
【0062】
O:0.001乃至0.020質量%
Oの添加量が0.001質量%よりも低いと、表面張力が高くなりすぎるため、スパッタが増える。また、Oの添加量が0.020質量%を超えると、溶滴の表面張力が極端に低下し、逆にスパッタが増える。従って、Oの添加量は0.001乃至0.020質量%とすることが好ましい。
【0063】
Cu:0.05質量%以下
Cuを添加すると、ワイヤ耐錆性の向上という作用効果が得られる。このため、Cuを添加することが好ましい。しかし、Cuの添加量が0.05質量%を超えると、溶滴が小粒化せずに細長くなり、短絡回数が増えてスパッタが増加する。このため、Cuを添加する場合は0.05質量%以下とする。
【0064】
Ti+Zr:0.03乃至0.3質量%
Ti+Zrの添加量が0.03質量%よりも低いと、溶滴の表面張力低下に伴い、瞬間短絡時のスパッタが増える。また、Ti+Zrの添加量が0.3質量%を超えると、表面張力が高くなりすぎるため、アーク反発力によって大粒のスパッタが発生しやすい。従って、Ti+Zrを添加する場合は、その添加量は0.03乃至0.3質量%とする。
【0065】
Mo:0.01乃至0.6質量%
Moの添加量が0.01質量%より低いと、表面張力の低下に伴い、スパッタ発生量が増える。逆にMoの添加量が0.6質量%を超えると、表面張力が高くなりすぎるため、アーク反発力によるスパッタが発生しやすくなる。従って、Moを添加する場合は、0.01乃至0.6質量%とする。
【0066】
以上のように、銅めっきを施さないワイヤに本発明の適用条件を使用することによって以下に示す効果が得られる。
1)溶滴が細かくなる。
2)瞬間短絡が生じにくくなる。
その結果、「スプレー移行」と呼ばれるMAG溶接の用滴移行形態が、よりスムーズに行われ、本発明の目的であるスパッタ低減に、十分な効果が得られるのである。
【0067】
【実施例】
次に、本発明の範囲に入る実施例のMAG溶接用ソリッドワイヤについて、本発明の範囲から外れる比較例と比較してその効果について説明する。
【0068】
まず、本発明を適用したワイヤのスパッタ発生量の低減効果について実験した。図1はスパッタの測定方法を示す模式図である。捕集箱1の頭部に溶接トーチ2を下向きにして設置し、捕集箱1内に試験板3をトーチ2の直下に設置した。そして、下向き溶接法でトール2から溶接ワイヤを送給して試験板3を溶接し、発生するスパッタ4を捕集箱1内に捕集した。この捕集箱1内に捕集されたスパッタを回収して質量を測定した。
【0069】
下記表1乃至表3に示すMAG溶接用ソリッドワイヤを使用して、下記表6に示す溶接条件で、図5に示すスパッタの測定装置を使用してスパッタを測定した。なお、表1乃至3に示すスパッタの評価欄は、下記表7に示す評価基準にて評価したものである。また、表4の実施結果は、直径1.2mm以上のワイヤ径のものを用いた結果であるが、表4ではワイヤ径を変更した実施結果をも示した。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
【表3】
【0073】
【表4】
【0074】
【表5】
【0075】
【表6】
【0076】
【表7】
【0077】
表1、表2及び表4は本発明の実施例を示し、表3及び表5は比較例を示す。ちなみに、ここで適用しているMoS2は、全て粒子径が0.1乃至10μmのものであった。また、ここで使用したポリイソブテン含有油は、ポリイソブテンを80%以上含有するものであり、残成分は油の流動性を高めるためのエステル等の油性向上成分であった。
【0078】
表1に示すように、実施例No.1は全ての請求項を満たすため、スパッタ発生量が低いものの、C含有量が上限に近いため、スパッタ発生量が最高の状態よりは若干劣るものであった。実施例No.2、No.3及びNo.8はいずれも、前記窪み数が請求項2の下限未満であり、スパッタ発生量が低いものの若干劣るものであった。実施例No.6は、前記窪み数は20個以上ではあるが、有効窪み長さ率で50%を超えているので表面粗さが粗いと考えられ、ワイヤ送給性が低下してスパッタ低減効果が若干少なかった。実施例No.7、No.12、及びNo.13は、前記窪みの有効窪み長さ率が請求項2の下限未満であり、スパッタ発生量が低いものの若干劣るものであった。実施例No.4、No.5、No.9、No.10、及びNo.11は、全ての請求項を満たし、スパッタ発生量が十分低いものであった。実施例No.14は、MoS2量と前記窪みの有効窪み長さ率とが、請求項4と請求項2の上限を外れるものであって、スパッタ発生量は低いものの、若干劣るものであった。実施例No.15はMoS2量と前記窪みの有効窪み長さ率とが、請求項4と請求項2の下限を外れるものであって、スパッタ発生量は低いものの、更に劣るものであった。
【0079】
なお、実施例No.2乃至No.6は、同一成分のワイヤを使用し、前記窪み数と前記有効窪み率を種々変化するように製造したワイヤの実験結果である。実施例No.4と実施例No.5は、窪み数が20個以上であり、スパッタの低減効果はより優れたものになっていることが分る。
【0080】
表1のNo.16乃至No.21は、ワイヤ径を直径1.6mmに変更した実施例である。実施例No.16、No.21は、MoS2量と前記窪みの有効窪み長さ率とが、請求項4と請求項2の上限を外れるものであって、スパッタ発生量評価は「○:やや劣る」であった。実施例No.17はMoS2量と前記窪みの有効窪み長さ率とが、請求項4と請求項2の下限を外れるものであって、スパッタ発生量は「△:やや良好」であった。実施例No.19、No.20は、全ての請求項を満たし、スパッタ発生量が十分低い(◎)ものであった。
【0081】
表2は、請求項3及び請求項6乃至9についての各成分について、各々の下限と上限を外れる例が主体の実施例である。ちなみに、ワイヤ径は全て直径1.2mmである。実施例No.29はTi量が請求項8の下限値であるが、全ての請求項を満たし、スパッタ発生量が十分低いものであった。実施例No.37はCu量が請求項7の上限値を超えるものであって、スパッタ発生量評価は「△:やや良好」であった。実施例No.42、No.43はワイヤ表層部のK化合物量が、請求項4の範囲を超えるものであって、スパッタ発生量評価は「△:やや良好」であった。表2でこれら以外のものは、スパッタ発生量評価は「○:やや劣る」であった。
【0082】
なお、本実施例のデータは、全ての例においてK化合物としてホウ酸カリウムを使用したものである。ホウ酸カリウムは細かい粉末固体であり、ポリイソブテン含有油に容易に分散混合することができる。但し、K化合物でありさえすれば、アーク安定性に及ぼす効果は同様であると考えられ、同様の物性をもつ他のK化合物でも良いと推定される。
【0083】
一方、表3に示すように、比較例No.44乃至No.48はポリイソブテン含有油が請求項1の範囲を外れており、本発明の様な「めっきなしワイヤ」における送給性が十分ではないため、スパッタ発生量評価は「×:やや不良」であった。送給性が十分でないと、瞬間短絡頻度が増え、スパッタ発生が生じるものと考えられる。比較例No.49、No.50はポリイソブテン含有油が請求項1の範囲を外れており、更にK化合物量が請求項3の範囲を外れた例であって、送給性が及びアーク安定性の両方が不十分であるため、スパッタ発生量評価は「××:不良」であった。特にK化合物量が多いとコンジットライナーへのK化合物の堆積が生じるため、送給性が低下してスパッタ発生量が増加すると考えられる。
【0084】
比較例No.51はポリイソブテン含有油量が本発明の下限値未満、且つC成分量が請求項6の上限値を超えているため、また比較例No.52はポリイソブテン含有油の付着量が本発明の上限値を超えているため、更にまた、比較例No.53はポリイソブテン含有油の付着量が本発明の下限値未満であるため、更に、比較例No.54はポリイソブテン含有油の付着量が本発明の下限値未満であり、MoS2の付着量が本発明の上限値を超えているため、スパッタ発生量はいずれも「××:不良」であった。ちなみに、表3において、ワイヤ径は全て1.2mmである。
【0085】
表4は、ワイヤ径が直径0.8mm、又は0.9mmと変化させた場合の実験結果を示す。スパッタ発生量の評価基準は表7に示すように、直径1.2mm以上の場合とは異なっている。表4の結果から、直径1.2mmよりもワイヤ径が細い場合、K化合物が存在しなくともスパッタ低減効果が実現できることがわかる。これは、ワイヤ先端の懸垂溶滴が縮小する結果、仮に短絡が生じてスパッタが発生しても、発生量としては少なくなるからである。逆にKが存在すると、直径0.8mm,0.9mmといった細径ワイヤの場合、アークの発生点の這い上がりによるアーク柱のふらつきが生じ、溶接作業性の点で好ましくはなかった。
【0086】
一方、表5に示すように、比較例No.76乃至No.88はポリイソブテン含有油が請求項1の範囲を外れるワイヤ径が直径0.8mm,0.9mmといった細径ワイヤの場合のデータである。これらの例では、本発明品のような「めっきなしワイヤ」における送給性が十分ではないため、スパッタ発生量評価は「×:やや不良」又は「××:不良」であった。送給性が十分でないと、瞬間短絡頻度が増え、スパッタ発生が生じるものと考えられる。
【0087】
【発明の効果】
以上詳述したように本発明によれば、良好な送給性・潤滑性を維持すると共に、スパッタ発生量が少ないめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】ワイヤ表面及び/又は表面直下(表層)に形成した「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」を模式的に示す断面図である。
【図2】ワイヤ表層部の機能性物質の存在状態を模式的に示す断面図である。
【図3】ワイヤ溶接時のワイヤ先端部の溶滴移行状態を示す図でああり、(a)は、銅めっきを施したワイヤの溶滴移行状況を示す模式図、(b)は、銅めっきを施さないワイヤの溶滴移行状況を示す模式図である。
【図4】実施例のワイヤ表面に形成された「ボトルネック状及び/又はケイブ状の窪み」の実形状を示す図であり、(a)は、ワイヤ表面に白金膜を蒸着し、ワイヤ断面を研磨した後、顕微鏡写真を撮影したもの、(b)は、その写真を印画紙焼き付け後、デジタルデータとして画像取り込み処理したものである。
【図5】横軸に波数をとり、縦軸に透過率をとって、ポリイソブテンの特性吸収を示すグラフ図である。
【図6】スパッタの測定方法を示す模式図である。
【符号の説明】
1:ワイヤ表層部断面
2:ワイヤ周面に光を照射したときの窪み内の光が照射されない部分
3:ワイヤ表面及び/又は表面直下に付着、固着、又は内包させた機能性物質
11:捕集箱
12:トーチ
13:試験板
14:スパッタ
Claims (9)
- ワイヤの周面に開口し、開口部より内部が広い窪み及び/又は外部からの入射光が照射されない部分を有する窪みを有し、前記窪みの内部及びワイヤ表面に、硫化物MoS 2 とポリイソブテンを含む油とが存在し、前記ポリイソブテンを含む油の存在量はワイヤ10kg当たり0.1乃至2gであることを特徴とするめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記窪みが、ワイヤの周面における1円周上に20箇所以上存在し、窪みの長さ率が0.5%以上50%未満であることを特徴とする請求項1に記載のめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記窪みの内部及びワイヤ表面上にK化合物が存在し、このときのKとしての存在量が2乃至10質量ppm/ワイヤ全質量であることを特徴とする請求項1又は2に記載のめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記K化合物が、ホウ酸カリウムであることを特徴とする請求項3に記載のめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
- 前記MoS 2 は、粒径が0.1〜10μmであって、ワイヤ10kg当たりの存在量が0.01〜0.5gであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
- C:0.01乃至0.15質量%、Si:0.2乃至1.2質量%、Mn:0.5乃至2.5質量%、P:0.001乃至0.030質量%、S:0.001乃至0.030質量%、及び0:0.001乃至0.020質量%を含有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
- 更に、Cu:0.05質量%以下を含有することを特徴とする請求項6に記載のめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
- 更に、Ti+Zr:0.03乃至0.3質量%を含有することを特徴とする請求項6又は7に記載のめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
- 更に、Mo:0.01乃至0.6質量%を含有することを特徴とする請求項8に記載のめっきなしMAG溶接用ソリッドワイヤ。
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