JP3580875B2 - Fo−4259物質およびその製造法 - Google Patents
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Description
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、医薬等の製造分野において有用なFO−4259物質およびその製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】
神経伝達物質アセチルコリンはコリン作動性神経終末から遊離され、アセチルコリン受容体に作用し、多様な生体内情報の伝達をつかさどっているが、アセチルコリンエステラーゼ(以下、時としてAChEと呼称することもある)によって速やかに分解され不活性化される。この酵素の阻害剤はアセチルコリンの不活性化を妨げ、作用部位でのアセチルコリン濃度を高めることにより、緑内症、重症筋無力症、消化管機能障害の治療剤あるいは殺虫剤等として開発されている。また、近年、老人性アルツハイマー型痴呆症において脳内のアセチルコリン量の減少が原因であるとする考えから、該酵素阻害剤がこの疾患の治療薬として注目され、研究開発されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、これまで見出された合成品のAChE阻害剤は、生体内コリンエステラーゼ(以下、時としてChEと呼称することもある)に対して特異性がなく、肝臓への副作用等の問題を有し、その利用が制限されており、従って、AChEを特異的に阻害し、副作用の少ない新規な構造を有するAChE阻害剤が強く要望されている。
【0004】
従って、本発明の目的は、上記のごとく事情から生体内ChEのうち、特に神経系由来のAChEに対し特異的に阻害し、肝臓由来の偽ChEに対して無効な、選択性の高い薬剤を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】
そこで、本発明者らは、上記のごとく問題点を解決すべく、微生物代謝産物中に該活性を示す生理活性物質を広範に探索した。その結果、新たに土壌から分離されたFO−4259菌株の培養液中に特異的にAChEを阻害する物質が産生されることを見出した。
【0006】
次いで、該培養物からAChE阻害活性物質を分離、精製した結果、後記の物理化学的性質を有するFO−4259物質は、従来まったく知られていない物質であることを見出した。
本発明はかかる知見に基づいて完成されたものであって、後記の物理化学的性状を有するFO−4259物質またはその薬学的に許容し得る塩を提供するものである。
【0007】
更に、本発明は、ペニシリウム属に属し、FO−4259物質を生産する能力を有する微生物を培地に培養して培養物中にFO−4259物質を蓄積せしめ、該培養物からFO−4259物質を採取することを特徴とするFO−4259物質またはそれらの薬学的に許容し得る塩の製造法を提供するものである。
【0008】
本発明のFO−4259物質の物理化学的性状を述べると次の通りである。
(1)融点:>300℃
(2)推定分子式:C28H32O8 (高分解能マススペクトルによる)
(3)分子量:496(高分解能EIマススペクトルによる測定値は次のとおりである)
計算値:496.2098
実測値:496.2107
(4)比旋光度:〔α〕D 23+72°(C=0.1、クロロホルム中)
【0009】
(5)紫外部吸収スペクトル:メタノール中で測定した紫外部吸収スペクトルは図1に示すとおりであり、217、334nm付近に特徴的な吸収極大を示す
(6)赤外部吸収スペクトル:KBr法で測定した赤外線吸収スペクトルは図2に示すとおりであり、3450、2362、1686、1635、1560、1541、1500、1473、1457、1408、1269、1144cm−1に吸収帯を有する
(7)呈色反応:50%H2 SO4 で発色する
(8)溶媒に対する溶解性:クロロホルム、メタノール、エタノールに可溶、水に難溶
【0010】
(9)塩基性、酸性、中性の区別:中性
(10)物質性状:白色粉末
(11)核磁気共鳴スペクトル:バリアンXL−400、400MHz 、NMRスペクトロメータを用いて重ピリジン溶液中で測定した 1H−NMRおよび13C−NMRの化学シフトは下記表1に示すとおりである
【0011】
【表1】
【0012】
本発明で使用される上記のFO−4259物質を生産する能力を有する微生物(以下、FO−4259物質生産菌と称する)は、ペニシリウム属に属するが、その中で例えば本発明者らが分離したペニシリウム属に属するペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)FO−4259菌株は、本発明に最も有効に使用される菌株の一例であって、本菌株の菌学的性状を示すと次のとおりである。
【0013】
I.形態的性質
本菌株は、ツァペック・イースト寒天培地、麦芽汁寒天培地、25%グリセリン・硝酸塩寒天培地などで良好に生育し、分生子の着生も良好である。麦芽汁寒天に生育したコロニーを顕微鏡で観察すると菌糸は透明で隔壁を有しており、分生子柄は基底菌糸より直生している。
【0014】
ペニシラスは複輪生でラミー、メトレ、フィアライドに分岐している。分生子柄〜メトレにかけてその表面はしばしば粗面である。
フィアライドはアンプル型で2〜3個群生し、大きさは7.5〜10.0μm×2.5〜3.0μmである。
はじめはフィアロ型分生子がフィアライドの頂端に一個着生し、培養時間の経過とともに連鎖状となる。
分生子は球形で大きさは2.5〜3.0μmであり、表面は粗面である。
【0015】
II.培養の諸性状
各種培地上で25℃、14日間培養した場合を肉眼的に観察した。その結果を表2に示す。
【0016】
【表2】
尚、これらの培地において、菌の生育に伴う菌核の形成は観察されなかった。
【0017】
III. 生理的、生態的性状
1)最適生育条件
本菌株の最適生育条件はpH6〜9、温度11〜25℃である。
2)生育の範囲
本菌株の生育範囲はpH3〜10、温度3.5〜29℃である。
3)好気性、嫌気性の区別
好気性
【0018】
上記FO−4259株の形態的特徴、培養性状および生理的性状に基づき、既知菌種との比較を試みた結果、本菌株をペニシリウム(Penicillium)属に属する一菌株と同定し、ペニシリウム エスピー FO−4259と命名した。本菌株はペニシリウム エスピー FO−4259(Penicillium sp.FO−4259)として、平成6年11月30日に通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託されている。受託番号はFERM P−14680である。
【0019】
以上のとおり、FO−4259物質生産菌について説明したが、菌の一般的性状としての菌学上の性状は極めて変異し易く、一定したものではなく、自然的にあるいは通常行われる紫外線照射または変異誘導体、例えばN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホネートなどを用いる人工的変異手段により変異することは周知の事実であり、このような人工的変異株は勿論、自然変異も含め、ペニシリウム属に属し、FO−4259物質を生産する能力を有する菌株はすべて本発明に使用することができる。また、細胞融合、遺伝子操作などの細胞工学的に変異させた菌株もFO−4259物質生産菌として包含される。
【0020】
本発明においては、先ず、ペニシリウム属に属するFO−4259物質生産菌が培地に培養される。本菌の培養においては、通常真菌類の培養法が一般に用いられる。培地としては、微生物が同化し得る炭素源、資化し得る窒素源、さらには必要に応じて無機塩類などを含有させた栄養培地が使用される。すなわち、炭素源としては、例えばグルコース、シュークロース、グリセロール、フラクトース、マルトース、マンニトール、キシロース、ガラクトース、リボース、デキストリン、糖密、澱粉またはその加水分解物等の炭水化物が使用できる。
【0021】
また、その濃度は、通常培地に対して0.1%〜5%が望ましい。また、グルコン酸、ピルビン酸、乳酸、酢酸等の各種有機酸、グリシン、グルタミン酸、アラニン等の各種アミノ酸、さらにはメタノール、エタノール等のアルーコール類やノルマルパラフイン等の非芳香族炭化水素、あるいは植物もしくは動物性の各種油脂等を添加してもよい。
【0022】
資化し得る窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム等の各種無機酸あるいは有機酸のアンモニウム塩類、尿素、ペプトン、NZ−アミン、肉エキス、酵母エキス、酵母エキス、乾燥酵母、コーンスチープリカー、カゼイン加水分解物、フイッシュミールあるいはその消化物、大豆粉あるいはその消化物、脱脂大豆あるいはその消化物、加水分解物などの含窒素有機物質、さらには、グリシン、グルタミン酸、アラニン等の各種アミノ酸が使用可能である。
【0023】
無機物としては、例えば各種リン酸塩、硫酸塩、食塩、さらには微量の重金属塩が添加される。また、栄養要求性を示す変異株を用いる場合には、当然その栄養要求性を満足させる物質を培地に加えなければならないが、この種の栄養素は、天然物を含む培地を使用する場合は、とくに添加を必要としない場合がある。
【0024】
培養は通常振とうまたは通気攪拌培養などの好気的条件下で行うのがよい。工業的には深部通気攪拌培養が好ましい。培養のpHはたとえば5.0〜8.0であるが、中性付近で培養を行うのが好ましい。培養温度は20〜30℃で行い得るが、通常は25〜27℃(好ましくは27℃付近)に保つのがよい。培養時間は液体の場合、通常7〜10日間培養を行うと、本FO−4259物質が蓄積されるので、培養中の蓄積量が最大に達した時に、培養を終了すればよい。
【0025】
これらの培地組成、培地の液性、培養温度、攪拌速度、通気量などの培養条件は使用する菌株の種類や外部の条件などに応じて好ましい結果が得られるように適宜調節、選択されることはいうまでもない。液体培養において、発泡があるときは、シリコン油、植物油、界面活性剤などの消泡剤を適宜使用できる。
【0026】
このようにして得られた培養物に蓄積されるFO−4259物質は、菌体内および培養濾液中に含有されるので、培養物を遠心分離して培養濾液と菌体とに分離し、各々から本FO−4259物質を採取するのが有利である。
【0027】
FO−4259物質を採取するには、通常微生物の培養物から代謝物を採取するのに用いられる手段が、単独あるいは組み合わせて、または反復して用いられる。すなわち、例えば抽出濾過、遠心分離、透析、濃縮、乾燥、凍結、吸着、脱着、各種溶媒に対する溶解度の差を利用する例えば沈澱、結晶化、再結晶、転溶、向流分配法、クロマトグラフイー等の手段が用いられる。
【0028】
培養液からFO−4259物質を採取するには、先ず培養濾液を酢酸エチル、酢酸ブチル、ベンゼンなどの非親水性有機溶媒で抽出するか、あるいは培養濾液あるいは菌体抽出液を活性炭、アルミナ、多孔性合成高分子樹脂、イオン交換樹脂等に吸着させ、メタノール等の溶出溶媒で溶出し、得られた抽出液を減圧濃縮後、酢酸エチル等の有機溶媒で抽出すればよい。
【0029】
得られた粗物質は、さらに脂溶性物質の精製において通常用いられている公知の方法、例えばシリカゲル、アルミナ等の担体を用いるカラムクロマトグラフイーあるいはODS担体を用いる逆相クロマトグラフイーにより精製することができる。又、本FO−4259物質の薬学的に許容し得る塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、マグネシウム塩等の塩を常法により製造することができる。
【0030】
【発明の効果】
次に、本発明のFO−4259物質のコリンエステラーゼ(ChE)に対する阻害活性について述べる。
ChEに対する阻害活性:
基質としてアセチルコリン又はブチルコリンを用い、各々の酵素としてヒト赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼ(AChE)又はウマ血清由来の偽コリンエステラーゼ(BChE:ブチリルコリンエステラーゼ)に対する阻害活性を岡部らのコリンオキシダーゼ法(岡部ら:臨床病理、25巻、755−758(1977))を改変して測定した。その結果を表3に示した。
【0031】
【表3】
【0032】
本FO−4259物質によるAChE阻害性濃度(IC50)は、0.5ng/mlであるが、その36,000倍以上の濃度でもBChEに対して阻害活性を示さず、ChEのうちAChEを特異的に阻害する物質である。
【0033】
一方、既知のChE阻害剤のフィゾスチグミン及びアルツファイマー痴呆症の治療薬のタクリンのChEに対する阻害効果を同様に測定した。その結果を上記表3に示した。フィゾスチグミンはAChE及びBChEの両者の酵素を同程度の濃度で阻害した。タクリンはAChEよりもBChEの方を約1/36の濃度でやや特異的に阻害した。これらの既知の阻害剤よりFO−4259物質は低濃度で特異的にAChEを阻害していた。
【0034】
以上のように、本FO−4259物質は、生体内ChEのうち神経系に多く分布するAChEに対し低濃度で特異的に阻害し、肝臓に多く分布するBChEに対して阻害が見られない選択性の高い物質である。更に、肝臓への副作用が問題となっているタクリンのこれらの酵素に対する選択性の低さに比べれば、FO−4259物質は従来のChE阻害剤と異なるタイプの作用を有することから、アルツハイマー痴呆症の治療薬として優れた治療効果を示すものと期待される。
【0035】
【実施例】
実施例1
500ml容三角フラスコに、グルコース2.0%、ポリペプトン0.5%、酵母エキス0.2%、硫酸マグネシウム7水塩0.05%、リン酸2水素カリウム0.1%、寒天0.1%を含む液体培地(pH6.0)100mlを分注し、121℃で20分間蒸気滅菌した。これに寒天斜面培地上に生育させたペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)FO−4259株(FERM P−14680)の菌体を白金耳にて無菌的に接種し、27℃、3日間培養して種培養液を得た。
【0036】
次いで、30L容ジャー培養槽にスクロース2%、グルコース1.0%、コーンスチープパウダ0.5%、肉エキス0.5%、リン酸2水素カリウム0.1%、炭酸カルシウム0.3%、寒天0.1%及び微量金属塩たとえば鉄、亜鉛、マンガン、銅、コバルトを含む液体培地(pH6.0)20Lを仕込み、121℃、20分間蒸気滅菌した。これに上記の種培養液200mlを接種し、27℃、8日間通気攪拌培養した。
【0037】
この培養液18Lに18Lの酢酸エチルを加えて良く攪拌した後、遠心分離して酢酸エチル層を分離した。この酢酸エチル抽出液を減圧濃縮乾固して粗抽出物3.2gを得た。この粗抽出物をシリカゲルクロマトグラフイー(クロロホルム1.5Lで洗浄後クロロホルム:メタノール(200:1〜100:1)3L)で活性物質を溶出させ粗精製物304mgを得た。
次いで逆相(ODS)系の高速液体クロマトグラフイー(展開溶媒:45%アセトニトリル)により、FO−4259物質3.8mgを得た。
【図面の簡単な説明】
【図1】FO−4259物質の紫外線吸収スペクトルである(20μl/mlメタノール溶液)。
【図2】FO−4259物質の赤外線吸収スペクトルである(KBr法による)。
【産業上の利用分野】
本発明は、医薬等の製造分野において有用なFO−4259物質およびその製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】
神経伝達物質アセチルコリンはコリン作動性神経終末から遊離され、アセチルコリン受容体に作用し、多様な生体内情報の伝達をつかさどっているが、アセチルコリンエステラーゼ(以下、時としてAChEと呼称することもある)によって速やかに分解され不活性化される。この酵素の阻害剤はアセチルコリンの不活性化を妨げ、作用部位でのアセチルコリン濃度を高めることにより、緑内症、重症筋無力症、消化管機能障害の治療剤あるいは殺虫剤等として開発されている。また、近年、老人性アルツハイマー型痴呆症において脳内のアセチルコリン量の減少が原因であるとする考えから、該酵素阻害剤がこの疾患の治療薬として注目され、研究開発されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、これまで見出された合成品のAChE阻害剤は、生体内コリンエステラーゼ(以下、時としてChEと呼称することもある)に対して特異性がなく、肝臓への副作用等の問題を有し、その利用が制限されており、従って、AChEを特異的に阻害し、副作用の少ない新規な構造を有するAChE阻害剤が強く要望されている。
【0004】
従って、本発明の目的は、上記のごとく事情から生体内ChEのうち、特に神経系由来のAChEに対し特異的に阻害し、肝臓由来の偽ChEに対して無効な、選択性の高い薬剤を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】
そこで、本発明者らは、上記のごとく問題点を解決すべく、微生物代謝産物中に該活性を示す生理活性物質を広範に探索した。その結果、新たに土壌から分離されたFO−4259菌株の培養液中に特異的にAChEを阻害する物質が産生されることを見出した。
【0006】
次いで、該培養物からAChE阻害活性物質を分離、精製した結果、後記の物理化学的性質を有するFO−4259物質は、従来まったく知られていない物質であることを見出した。
本発明はかかる知見に基づいて完成されたものであって、後記の物理化学的性状を有するFO−4259物質またはその薬学的に許容し得る塩を提供するものである。
【0007】
更に、本発明は、ペニシリウム属に属し、FO−4259物質を生産する能力を有する微生物を培地に培養して培養物中にFO−4259物質を蓄積せしめ、該培養物からFO−4259物質を採取することを特徴とするFO−4259物質またはそれらの薬学的に許容し得る塩の製造法を提供するものである。
【0008】
本発明のFO−4259物質の物理化学的性状を述べると次の通りである。
(1)融点:>300℃
(2)推定分子式:C28H32O8 (高分解能マススペクトルによる)
(3)分子量:496(高分解能EIマススペクトルによる測定値は次のとおりである)
計算値:496.2098
実測値:496.2107
(4)比旋光度:〔α〕D 23+72°(C=0.1、クロロホルム中)
【0009】
(5)紫外部吸収スペクトル:メタノール中で測定した紫外部吸収スペクトルは図1に示すとおりであり、217、334nm付近に特徴的な吸収極大を示す
(6)赤外部吸収スペクトル:KBr法で測定した赤外線吸収スペクトルは図2に示すとおりであり、3450、2362、1686、1635、1560、1541、1500、1473、1457、1408、1269、1144cm−1に吸収帯を有する
(7)呈色反応:50%H2 SO4 で発色する
(8)溶媒に対する溶解性:クロロホルム、メタノール、エタノールに可溶、水に難溶
【0010】
(9)塩基性、酸性、中性の区別:中性
(10)物質性状:白色粉末
(11)核磁気共鳴スペクトル:バリアンXL−400、400MHz 、NMRスペクトロメータを用いて重ピリジン溶液中で測定した 1H−NMRおよび13C−NMRの化学シフトは下記表1に示すとおりである
【0011】
【表1】
【0012】
本発明で使用される上記のFO−4259物質を生産する能力を有する微生物(以下、FO−4259物質生産菌と称する)は、ペニシリウム属に属するが、その中で例えば本発明者らが分離したペニシリウム属に属するペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)FO−4259菌株は、本発明に最も有効に使用される菌株の一例であって、本菌株の菌学的性状を示すと次のとおりである。
【0013】
I.形態的性質
本菌株は、ツァペック・イースト寒天培地、麦芽汁寒天培地、25%グリセリン・硝酸塩寒天培地などで良好に生育し、分生子の着生も良好である。麦芽汁寒天に生育したコロニーを顕微鏡で観察すると菌糸は透明で隔壁を有しており、分生子柄は基底菌糸より直生している。
【0014】
ペニシラスは複輪生でラミー、メトレ、フィアライドに分岐している。分生子柄〜メトレにかけてその表面はしばしば粗面である。
フィアライドはアンプル型で2〜3個群生し、大きさは7.5〜10.0μm×2.5〜3.0μmである。
はじめはフィアロ型分生子がフィアライドの頂端に一個着生し、培養時間の経過とともに連鎖状となる。
分生子は球形で大きさは2.5〜3.0μmであり、表面は粗面である。
【0015】
II.培養の諸性状
各種培地上で25℃、14日間培養した場合を肉眼的に観察した。その結果を表2に示す。
【0016】
【表2】
尚、これらの培地において、菌の生育に伴う菌核の形成は観察されなかった。
【0017】
III. 生理的、生態的性状
1)最適生育条件
本菌株の最適生育条件はpH6〜9、温度11〜25℃である。
2)生育の範囲
本菌株の生育範囲はpH3〜10、温度3.5〜29℃である。
3)好気性、嫌気性の区別
好気性
【0018】
上記FO−4259株の形態的特徴、培養性状および生理的性状に基づき、既知菌種との比較を試みた結果、本菌株をペニシリウム(Penicillium)属に属する一菌株と同定し、ペニシリウム エスピー FO−4259と命名した。本菌株はペニシリウム エスピー FO−4259(Penicillium sp.FO−4259)として、平成6年11月30日に通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託されている。受託番号はFERM P−14680である。
【0019】
以上のとおり、FO−4259物質生産菌について説明したが、菌の一般的性状としての菌学上の性状は極めて変異し易く、一定したものではなく、自然的にあるいは通常行われる紫外線照射または変異誘導体、例えばN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホネートなどを用いる人工的変異手段により変異することは周知の事実であり、このような人工的変異株は勿論、自然変異も含め、ペニシリウム属に属し、FO−4259物質を生産する能力を有する菌株はすべて本発明に使用することができる。また、細胞融合、遺伝子操作などの細胞工学的に変異させた菌株もFO−4259物質生産菌として包含される。
【0020】
本発明においては、先ず、ペニシリウム属に属するFO−4259物質生産菌が培地に培養される。本菌の培養においては、通常真菌類の培養法が一般に用いられる。培地としては、微生物が同化し得る炭素源、資化し得る窒素源、さらには必要に応じて無機塩類などを含有させた栄養培地が使用される。すなわち、炭素源としては、例えばグルコース、シュークロース、グリセロール、フラクトース、マルトース、マンニトール、キシロース、ガラクトース、リボース、デキストリン、糖密、澱粉またはその加水分解物等の炭水化物が使用できる。
【0021】
また、その濃度は、通常培地に対して0.1%〜5%が望ましい。また、グルコン酸、ピルビン酸、乳酸、酢酸等の各種有機酸、グリシン、グルタミン酸、アラニン等の各種アミノ酸、さらにはメタノール、エタノール等のアルーコール類やノルマルパラフイン等の非芳香族炭化水素、あるいは植物もしくは動物性の各種油脂等を添加してもよい。
【0022】
資化し得る窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム等の各種無機酸あるいは有機酸のアンモニウム塩類、尿素、ペプトン、NZ−アミン、肉エキス、酵母エキス、酵母エキス、乾燥酵母、コーンスチープリカー、カゼイン加水分解物、フイッシュミールあるいはその消化物、大豆粉あるいはその消化物、脱脂大豆あるいはその消化物、加水分解物などの含窒素有機物質、さらには、グリシン、グルタミン酸、アラニン等の各種アミノ酸が使用可能である。
【0023】
無機物としては、例えば各種リン酸塩、硫酸塩、食塩、さらには微量の重金属塩が添加される。また、栄養要求性を示す変異株を用いる場合には、当然その栄養要求性を満足させる物質を培地に加えなければならないが、この種の栄養素は、天然物を含む培地を使用する場合は、とくに添加を必要としない場合がある。
【0024】
培養は通常振とうまたは通気攪拌培養などの好気的条件下で行うのがよい。工業的には深部通気攪拌培養が好ましい。培養のpHはたとえば5.0〜8.0であるが、中性付近で培養を行うのが好ましい。培養温度は20〜30℃で行い得るが、通常は25〜27℃(好ましくは27℃付近)に保つのがよい。培養時間は液体の場合、通常7〜10日間培養を行うと、本FO−4259物質が蓄積されるので、培養中の蓄積量が最大に達した時に、培養を終了すればよい。
【0025】
これらの培地組成、培地の液性、培養温度、攪拌速度、通気量などの培養条件は使用する菌株の種類や外部の条件などに応じて好ましい結果が得られるように適宜調節、選択されることはいうまでもない。液体培養において、発泡があるときは、シリコン油、植物油、界面活性剤などの消泡剤を適宜使用できる。
【0026】
このようにして得られた培養物に蓄積されるFO−4259物質は、菌体内および培養濾液中に含有されるので、培養物を遠心分離して培養濾液と菌体とに分離し、各々から本FO−4259物質を採取するのが有利である。
【0027】
FO−4259物質を採取するには、通常微生物の培養物から代謝物を採取するのに用いられる手段が、単独あるいは組み合わせて、または反復して用いられる。すなわち、例えば抽出濾過、遠心分離、透析、濃縮、乾燥、凍結、吸着、脱着、各種溶媒に対する溶解度の差を利用する例えば沈澱、結晶化、再結晶、転溶、向流分配法、クロマトグラフイー等の手段が用いられる。
【0028】
培養液からFO−4259物質を採取するには、先ず培養濾液を酢酸エチル、酢酸ブチル、ベンゼンなどの非親水性有機溶媒で抽出するか、あるいは培養濾液あるいは菌体抽出液を活性炭、アルミナ、多孔性合成高分子樹脂、イオン交換樹脂等に吸着させ、メタノール等の溶出溶媒で溶出し、得られた抽出液を減圧濃縮後、酢酸エチル等の有機溶媒で抽出すればよい。
【0029】
得られた粗物質は、さらに脂溶性物質の精製において通常用いられている公知の方法、例えばシリカゲル、アルミナ等の担体を用いるカラムクロマトグラフイーあるいはODS担体を用いる逆相クロマトグラフイーにより精製することができる。又、本FO−4259物質の薬学的に許容し得る塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、マグネシウム塩等の塩を常法により製造することができる。
【0030】
【発明の効果】
次に、本発明のFO−4259物質のコリンエステラーゼ(ChE)に対する阻害活性について述べる。
ChEに対する阻害活性:
基質としてアセチルコリン又はブチルコリンを用い、各々の酵素としてヒト赤血球由来のアセチルコリンエステラーゼ(AChE)又はウマ血清由来の偽コリンエステラーゼ(BChE:ブチリルコリンエステラーゼ)に対する阻害活性を岡部らのコリンオキシダーゼ法(岡部ら:臨床病理、25巻、755−758(1977))を改変して測定した。その結果を表3に示した。
【0031】
【表3】
【0032】
本FO−4259物質によるAChE阻害性濃度(IC50)は、0.5ng/mlであるが、その36,000倍以上の濃度でもBChEに対して阻害活性を示さず、ChEのうちAChEを特異的に阻害する物質である。
【0033】
一方、既知のChE阻害剤のフィゾスチグミン及びアルツファイマー痴呆症の治療薬のタクリンのChEに対する阻害効果を同様に測定した。その結果を上記表3に示した。フィゾスチグミンはAChE及びBChEの両者の酵素を同程度の濃度で阻害した。タクリンはAChEよりもBChEの方を約1/36の濃度でやや特異的に阻害した。これらの既知の阻害剤よりFO−4259物質は低濃度で特異的にAChEを阻害していた。
【0034】
以上のように、本FO−4259物質は、生体内ChEのうち神経系に多く分布するAChEに対し低濃度で特異的に阻害し、肝臓に多く分布するBChEに対して阻害が見られない選択性の高い物質である。更に、肝臓への副作用が問題となっているタクリンのこれらの酵素に対する選択性の低さに比べれば、FO−4259物質は従来のChE阻害剤と異なるタイプの作用を有することから、アルツハイマー痴呆症の治療薬として優れた治療効果を示すものと期待される。
【0035】
【実施例】
実施例1
500ml容三角フラスコに、グルコース2.0%、ポリペプトン0.5%、酵母エキス0.2%、硫酸マグネシウム7水塩0.05%、リン酸2水素カリウム0.1%、寒天0.1%を含む液体培地(pH6.0)100mlを分注し、121℃で20分間蒸気滅菌した。これに寒天斜面培地上に生育させたペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)FO−4259株(FERM P−14680)の菌体を白金耳にて無菌的に接種し、27℃、3日間培養して種培養液を得た。
【0036】
次いで、30L容ジャー培養槽にスクロース2%、グルコース1.0%、コーンスチープパウダ0.5%、肉エキス0.5%、リン酸2水素カリウム0.1%、炭酸カルシウム0.3%、寒天0.1%及び微量金属塩たとえば鉄、亜鉛、マンガン、銅、コバルトを含む液体培地(pH6.0)20Lを仕込み、121℃、20分間蒸気滅菌した。これに上記の種培養液200mlを接種し、27℃、8日間通気攪拌培養した。
【0037】
この培養液18Lに18Lの酢酸エチルを加えて良く攪拌した後、遠心分離して酢酸エチル層を分離した。この酢酸エチル抽出液を減圧濃縮乾固して粗抽出物3.2gを得た。この粗抽出物をシリカゲルクロマトグラフイー(クロロホルム1.5Lで洗浄後クロロホルム:メタノール(200:1〜100:1)3L)で活性物質を溶出させ粗精製物304mgを得た。
次いで逆相(ODS)系の高速液体クロマトグラフイー(展開溶媒:45%アセトニトリル)により、FO−4259物質3.8mgを得た。
【図面の簡単な説明】
【図1】FO−4259物質の紫外線吸収スペクトルである(20μl/mlメタノール溶液)。
【図2】FO−4259物質の赤外線吸収スペクトルである(KBr法による)。
Claims (4)
- 次の理化学的性質を有するFO−4259物質またはその薬学的に許容し得る塩。
(1)融点 :>300℃
(2)推定分子式:C28H32O8 (高分解能EIマススペクトルによる)
(3)分子量 :496
(4)比旋光度 :〔α〕D 23+72°(C=0.1、クロロホルム中)
(5)紫外線吸収スペクトル(メタノール中):217、334nm付近に特徴 的な吸収極大を示す
(6)赤外線吸収スペクトル(KBr法):3450、2362、1686、1 635、1560、1541、1500、1473、1457、1408 、1269、1144cm-1に吸収帯を有する
(7)呈色反応 :50%H2 SO4 で発色する
(8)溶媒に対する溶解性:クロロホルム、メタノール、エタノールに可溶、水 に難溶
(9)塩基性、酸性、中性の区別:中性
(10)物質性状:白色粉末 - ペニシリウム属に属し、請求項1に記載されるFO−4259物質を生産する能力を有する微生物を培地に培養して培養物中にFO−4259物質を蓄積せしめ、該培養物からFO−4259物質を採取することを特徴とするFO−4259物質並びにそれらの薬学的に許容し得る塩の製造法。
- ペニシリウム属に属し、請求項1に記載されるFO−4259物質を生産する能力を有する微生物が、ペニシリウム エスピー FO−4259(Penicillium sp.FO−4259(FERM P−14680))である請求項2に記載の製造法。
- ペニシリウム属に属し、請求項1に記載されるFO−4259物質を生産する能力を有するペニシリウム エスピー FO−4259(Penicillium sp.FO−4259(FERM P−14680))である微生物。
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