始めに、表1に示す、W以外にNi、FeおよびCrからなる、主成分のWが90.8〜97.0mass%、Ni、Feの2種のFe族合計量が1.5〜3.1mass%で、Cr量が0〜5.0mass%、および不可避不純物からなる組成の合金試料について、Alの拡散浸入状態を調べることとし。
ここで、Wの10mass%以下が、Ta、Ti、および/またはNbで置換されたものも含まれている。
本発明の素材は通常の粉末冶金法によって製造できる。すなわち、W、Ni、Fe、Crと、必要によりTa、Ti、Nbの3種のうち1種以上を所定の組成に配合し、ボールミルあるいはアトライターによる湿式混合を経て乾燥後、所望の形状にプレス圧100〜550MPaで圧縮成形する。次に、適切な雰囲気で成形体を1350〜1550℃で30〜120minの焼結を行って合金とする。この合金について、最終的な形状に切削加工して4×8×25mm3の試験片を得た。
肌荒れは、段落0006で既述したようにAl合金中のAlが合金に拡散浸入することに因るとされている。そこで、Al拡散浸入深さと合金組成との関係を詳しく調べる目的で、Al合金浴に試験片を一定時間浸漬して、その断面を観察することとした。
具体的には、図1に示したマッフル型電気炉で、融解したAl合金AC2B(以下AC2Bと記す。主な合金成分は約3mass%Cu、約6mass%Si、残部Al)浴入りルツボをつくり、表2の条件でAC2B浴中に試験片を所定時間浸漬した後、取り出して、浸漬していた部分を切断して、研削、研摩後、株式会社日立製作所製電界放射型走査型電子顕微鏡S−4800(以下SEMと記載する)で観察した。
次に、断面の鏡面を、SEM付属のアメテック株式会社製のEDAX Genesis XM2(以下EDXと記載する)で、複数個所を面分析ないしラインプロファイル組成分析を行い、Alが検出されなくなるまでの深さの位置を特定して、それをAl拡散浸入深さと判断した。この試験を以下Al拡散浸入試験と記す。
表3は、表1の組成をvol%で示したものである。これは合金組成とAl拡散浸入の関係を知るには、mass%より分り易いと判断されるためである。さらに表3には、(AMをBMで割って100倍した値を示した(以下BMに対するAMの比率と記す)。
ここで、BMとはbinder metalを示し、具体的にはNi、Feの合計量(vol%)である。AMとはadditional metalを示し、具体的にはCr、Ta、TiおよびNbの合計量(vol%)である。これは、BMにAlが拡散浸入することから、そこに高融点金属であるAMが多く固溶するほどAl拡散浸入を防ぐことが可能と思われ、その影響を知る目的がある。
表4に、Al拡散浸入試験によるAl拡散浸入深さを示した。表4には酸化増量、抗折力および硬さを併示した。塗型剤を塗布しない場合のダイキャスト金型への適正を◎及び○、不適正を×とし、塗型レスダイキャスト金型の列として併示した。
また、○としたものも、◎も良いダイキャスト金型として長寿命である。得られたダイキャスト製品は、塗型を使用した場合の製品より精度が高い。◎と○の区別は、段落0037と0038で述べる。
表4では、Al拡散浸入深さに及ぼすBMに対するAMの比率の影響がやや分り難いので、図示して図2とした。図2より、予想した通り、BMに対するAMの比率が大であるほどAl拡散浸入深さが減少するが、組成によって変動があり必ずしもBMに対するAMの比率だけでは規定できないことも分かる。
また、BMに対するAMの量が330%でAl拡散浸入抑止効果は飽和しており、330%以上に大きくしても、Al拡散浸入深さを0とできないことがわかる。すなわち、この方法では長寿命の塗型レスダイキャスト金型は不可能と思われた。
そこで、段落0014の試験について、A3合金を、大気中で加熱してからAl溶湯に接触させた結果を見直したところ、塗型レスでもAl拡散浸入がほとんど生じない場合のあることがわかった。そしてそれは、合金の表面に酸化物を薄く生成しているためであることを発見した。
そこで、合金の表面に酸化物層を生成させる方法を鋭意研究し、以下、酸化物層の生成条件について研究した結果を示す。まず、大気中800℃−30minの加熱をした場合の酸化増量が22g/m2を越える場合、酸化物層の成長速度が速く緻密にならないため、安定した層にはならなかった。
さらに、大気中800℃−30minの加熱をした場合の酸化増量が16g/m2の合金(A3)の場合には、大気中で製品を550℃以上800℃以下で0.5h以上3h以下の熱処理を行う方法がよいことを突き止めた。
次に、酸化物層の組成をX線回折で調べた。図3は、表4の試料記号A3の組成として所定の方法で作製した合金を、大気中600℃−1hの熱処理をした後の、試験片表面に生成した酸化物について、X線回折をした結果である。WとNiのピークは母材を検出したものである。
これより、W18O49と小量のCrWO4が検出され、かつCrWO4は極小量である。Ni、FeとTaを含む酸化物は検出されなかったが、これらはCrよりさらに量が少ないためと思われた。すなわち、酸化物層は主成分として、W18O49であると考えられた。
図4は、非特許文献1によるW−Oの二元系状態図である。これより、W18O49が見られるのは550℃以上で、状態図からW18O49を生じていることは合理的と判断された。
図5に、大気中で600℃−2.5hの熱処理をした、表4の試料記号A3の試験片の表面付近の断面組織を示す。図4より、X線回折で明らかになった、W18O49と小量のCrWO4である酸化物層の厚さは、約1μmであることがわかった。
熱処理温度は、550℃より低いとW18O49が十分に生成せず、また800℃より高いと、短時間で合金内部深くまで酸化してしまう。また、保持時間は、大気中で800℃−30minの加熱をした場合の酸化増量が16g/m2の合金(A3)の場合、0.5hより短いと酸化物が十分にできず、また3hより長くしても厚さはそれほど大きくならないのでコストが高くなるだけで無駄である。
酸化増量が異なる場合は、保持(酸化)時間を変更する必要があり、そのファクターをx(g/m2)とすると、保持時間が8/x(h、時間)以上48/x(h)以下の熱処理時間として、適切な保持時間を計算して得る。
酸化物層の厚さは0.5μm以上10μm以下が望ましい。0.5μmより薄いと均一な酸化物層が生成されず、酸化物層が欠乏した箇所からAlの侵入が起きやすくなる。また、10μmより厚いと、酸化物層の強度が低下し、酸化物層の損傷(脱落や摩滅)を招き、こちらもAlの侵入が起きやすくなる。
なお、ダイキャスト時の通常の金型予熱でも、加熱の効果が現れるとも予想できるが、通常の金型予熱では250℃程度であるため、酸化物層の厚さは0.5μmに達しないことから、塗型レスに適した酸化物層を得ることはできない。当然、通常のダイキャスト生産で本発明に気付くこともなく、かつ本発明による熱処理は必要である。
以上より、単純には、酸化物層を形成するだけで塗型レスダイキャスト金型ができることになるが、段落0034で述べたように、使用中に損傷することが考えられる。よって、実用的には酸化物層の強度因子を把握する必要がある。これらを鋭意検討し以下を突き止めた。
酸化物層の強度は、合金の抗折力と硬さに強く関係し、一般のダイキャストはゲート速度が速く(10m/s以上60m/s以下)、結果として熱が酸化物層に作用する時間が短いので、酸化物層のない状態で抗折力が1050MPa以上で、得られる酸化物層の剥離強度が十分である。この時は表4の○及び◎の素材を用いるとよい。
しかし、中速ダイキャスト等ゲート速度が遅い場合(0.2m/s以上10m/s未満)は熱にさらされる時間が長くなるので、酸化物層のない状態で抗折力が1510MPa以上ないと、酸化物層の剥離強度が十分にならない。この時は表4の◎の素材を用いるとよい。
硬さについてはいずれの場合も、前述の抗折力に対応する場合で、36.7HRC以上が必要で、これ以上あれば酸化物層は損傷しにくいことを確かめた。
なお、本合金は、不純物として合金中に微量の他成分を含んでいる場合でも、上記機械的特性等を満たしていれば、十分に使用できる。
また、酸化物層を形成するのに適した表4の◎、○の合金は、結果的であるが、Alの拡散浸入が比較的少ないので、酸化物層が損傷しても直ちに使用不可とならないメリットがある。
合金を大気中で熱処理し、製品の表面に酸化物層を生成させることにより、Al合金の鋳造金型として使用する際、塗型を使う必要がなく、製品の寸法精度を上げるだけでなく、塗型の塗布、除去の作業がなくなり、後の切削加工を必要としないので、生産効率を向上させ、より低コストで高精度のダイキャスト製品を作製することができる。
すなわち、酸化物層を形成するのに適した合金を選択し、その表面を適切に酸化することで、長寿命化が図られ、かつ、寿命時期に酸化物層の損傷を生じても大きな問題を生じない塗型レスダイキャスト金型となる。本発明合金は、ダイキャスト金型のうちAl溶湯が接触する部分のみに用いることもできる。このようにして本発明を完成した。