以下、一実施形態について図面を参照して説明する。本実施形態は、車両用のディーゼルエンジン(内燃機関)に適用され、燃料噴射弁により噴射される燃料の燃焼時に生じるNOxの排出量を推定する推定装置として具体化している。
図1に示すように、車両は、エンジン10、制御装置30、アクセルペダルの操作量を検出するアクセルセンサ41等を備えている。
エンジン10は、例えば4気筒のディーゼルエンジンである。なお、図1では、1つの気筒のみを示している。エンジン10は、シリンダ11、ピストン12、クランク軸13、吸気通路15、ターボチャージャ16、スロットルバルブ装置19、吸気弁17、排気弁18、燃料ポンプ21、コモンレール22、燃料噴射弁24、排気通路25、EGRバルブ装置52、回転速度センサ42、筒内圧センサ43、吸気圧センサ44、吸気温センサ45、レール圧センサ46、エアフロメータ47、A/Fセンサ48、水温センサ49、噴射弁内圧センサ50等を備えている。シリンダ11及びピストン12によって、燃焼室14が区画されている。
吸気通路15には、上流側から、インタークーラ54、スロットルバルブ装置19、サージタンク20、及びインテークマニホールド20aが設けられている。インタークーラ54は、ターボチャージャ16によって過給された空気を冷却する。スロットルバルブ装置19は、DCモータ等のアクチュエータ19aにより、スロットルバルブ19bの開度を調節する。サージタンク20と各気筒の燃焼室14とは、インテークマニホールド20aにより接続されている。吸気弁17の開閉により、インテークマニホールド20aと燃焼室14とが連通及び遮断される。
燃料ポンプ21(噴射圧力変更手段)は、燃料をコモンレール22へ圧送する。コモンレール22(蓄圧容器)は、燃料を蓄圧状態で保持する。燃料噴射弁24は、コモンレール22から供給された燃料を、シリンダ11(燃焼室14)内に噴孔(噴射孔)から直接噴射する。燃料噴射弁24には、複数の噴孔が形成されており、噴孔の断面形状は円形となっている。
排気通路25には、浄化装置26が設けられている。浄化装置26は、排気通路25内を流通する排気を浄化する。排気弁18の開閉により、排気通路25と燃焼室14とが連通及び遮断される。
吸気通路15と排気通路25との間には、ターボチャージャ16が設けられている。ターボチャージャ16は、吸気通路15に設けられた吸気コンプレッサ16aと、排気通路25に設けられた排気タービン16bと、これらを連結する回転軸16cとを備えている。そして、排気通路25内を流通する排気のエネルギにより排気タービン16bが回転され、その回転エネルギが回転軸16cを介して吸気コンプレッサ16aに伝達され、吸気コンプレッサ16aにより吸気通路15内の空気が圧縮される。すなわち、ターボチャージャ16によって空気が過給される。なお、ターボチャージャ16は、図示しない可変ベーンの開度を調節することにより、過給圧を調節可能となっている。
排気通路25において排気タービン16bの上流側部分が、EGR通路51を介して吸気通路15におけるスロットルバルブ装置19の下流側部分(サージタンク20)に接続されている。EGR通路51には、EGRバルブ装置52、EGRクーラ53が設けられている。EGRバルブ装置52(排気再循環装置)は、DCモータ等のアクチュエータ52aにより、EGRバルブ52bの開度を調節する。EGRバルブ52bの開度に応じて、排気通路25内の排気の一部(EGRガス)が、EGRクーラ53によって冷却された後に、吸気通路15内の吸気に導入される。なお、アクチュエータ52aは、EGRバルブ52bの開度を検出する機能を有している。
回転速度センサ42は、エンジン10の回転速度NEを検出する。筒内圧センサ43(第1圧力センサ)は、シリンダ11(燃焼室14)内の筒内圧力Pcylを検出する。吸気圧センサ44は、サージタンク20(吸気通路15)内の圧力を検出する。吸気温センサ45は、サージタンク20(吸気通路15)内の吸気温度を検出する。レール圧センサ46は、コモンレール22内の燃料圧力を検出する。エアフロメータ47は、吸気通路15内を流通する空気量(新気量)を検出する。A/Fセンサ48は、排気を浄化する浄化装置26の下流において空燃比を検出する。水温センサ49は、エンジン10の冷却水温度THWを検出する。噴射弁内圧センサ50(第2圧力センサ)は、燃料噴射弁24に設けられた燃料通路内の燃料圧力(弁内圧Pinj)を検出する。
制御装置30(ECU)は、上記の各種センサの検出値に基づいて、燃料ポンプ21の駆動、燃料噴射弁24の駆動、EGRバルブ装置52の駆動等を制御する。なお、制御装置30により、NOx排出量推定装置が構成されている。
図2は、燃料噴霧のモデルを示す模式図である。同図に破線で示す検査面(断面)について考察する。
燃料噴射弁24の噴孔24aから噴射された燃料は、微小な液滴となって略円錐形状(検査面では略三角形)で示す噴霧を形成する。燃料噴霧は、燃焼室14内のガスを取り込みながら噴射方向(x方向)へ進む。燃料噴霧の存在する領域(噴霧領域A)内では、燃料とガス(空気及びEGRガス)との混合気が形成されている。
燃料の微小な液滴の速度は、噴孔24aの出口断面S0(出口)での噴霧初速度v0から空気抵抗(ガス抵抗)を受けて低下する。このため、噴孔24aの出口断面S0で燃料が有していた運動量は、噴霧領域A内の混合気の運動量に変換される。すなわち、噴孔24aから噴射された燃料の運動量は、噴霧領域A内の混合気の運動量として保存される。特に、出口断面S0を通過する燃料の運動量が、噴孔24aから噴射方向へ距離x(t)(任意距離)の対象平面S1を通過する混合気の運動量と等しくなる。x(t)は、出口断面S0に燃料が到達した時間を0として、経過時間tでのx方向の距離である。
ここで、出口断面S0を通過する燃料の運動量が、距離x(t)の対象平面S1を通過する混合気の運動量と等しくなることから、以下の数式1が成立する。なお、対象平面S1では通過する燃料の質量が通過する空気の質量と比較して小さいことから、対象平面S1での燃料の運動量を無視している。
上記において、ρfは燃料密度、dは噴孔24aの径、v0は噴孔24aから噴射される燃料の初速度(噴霧初速度)、ρaは噴射タイミングにおけるシリンダ11(燃焼室14)内のガス密度、θ0は燃料噴霧の広がり角度である噴霧角、w(t)は対象平面S1での混合気の速度である。数式1を変形することにより、速度w(t)は以下の数式2で表される。
w(t)=dx/dtであることから、数式2を積分して変形することにより、噴射開始からの経過時間tに対する噴霧の到達距離x(t)は以下の数式3で表される。
そして、出口断面S0を通過する燃料が、対象平面S1を通過する燃料と等しくなる。このため、酸素についての対象平面S1における当量比φ(t)(混合比)は、以下の数式4で表される(混合比推定手段)。
上記において、φthは理論当量比(酸素過剰率の逆数)、Co2spは後述するように燃料噴霧が取り込むガスの酸素濃度であり、その他の各文字の物理的意味は、上記数式1と同様である。数式4に数式2を代入することにより、当量比φ(t)は以下の数式5で表される。
ここで、燃料噴射弁24によりシリンダ11(燃焼室14)内に噴射された燃料が燃焼するためには、燃料と燃焼室14内のガスとの混合気の混合比が所定範囲内になる必要がある。例えば、一般に燃料噴射弁24により噴射された直後の燃料において、酸素(空気)に対する燃料の当量比φ(t)が1よりも大きい領域(燃料噴射弁24の噴孔24a直近の領域)では燃料が燃焼せず、ハッチングで示す当量比φ(t)が1以下の領域において燃料が燃焼する。当量比φ(t)が1となる到達距離x1(t)は、上記数式5にφ(t)=1を代入することにより、以下の数式6で表される。
ハッチングで示す当量比φ(t)が1以下の領域は、噴射された燃料が燃焼している領域である燃焼領域Cとなる。燃焼領域Cの形状は円錐台となる。燃焼領域Cの体積Vcmb(t)は、円錐台の体積の公式から以下の数式7で表される。
また、燃焼領域Cの表面積Scmb(t)は、円錐台の表面積の公式から以下の数式8で表される。
上記において、r(t)=x1(t)tanθ0であり、R(t)=x(t)tanθ0である。
図3は、NOx排出量を推定する手順を示すフローチャートである。この一連の処理は、制御装置30によって、エンジン10での1噴射毎に実行される。
まず、エンジン10の運転状態に基づいて、燃料噴射弁24による燃料の噴射圧Pc、噴射量Q、及び噴射タイミングθinjを設定する(S11)。具体的には、アクセルセンサ41により検出されるアクセルペダルの操作量、及び回転速度センサ42により検出されるエンジン10の回転速度NEを用いて、マップ等を参照して噴射圧Pc、噴射量Q、及びクランク角度θに対する噴射タイミングθinjを設定する。そして、コモンレール22内の燃料圧力が設定された噴射圧Pcとなるように、燃料ポンプ21を駆動する。このとき、レール圧センサ46により、コモンレール22内の燃料圧力を検出する。その後、設定された噴射タイミングθinjにおいて燃料噴射弁24の駆動を開始して、噴射量Qの燃料を噴射させる(S12)。
続いて、燃料噴射弁24による燃料の噴射開始から燃料の燃焼終了までの期間を含む燃焼期間Tec(推定期間)にわたって、筒内圧力Pcyl(t)を逐次取得する(S13)。具体的には、筒内圧センサ43により、噴射タイミングθinjからの経過時間tに対して筒内圧力Pcyl(t)を検出させる。
続いて、噴射タイミングθinjにおけるシリンダ11(燃焼室14)内のガス密度ρaを算出する(S14)。詳しくは、以下の数式9により、ガス密度ρaを算出する。
上記において、Pimはインテークマニホールド20a(サージタンク20)内の圧力[kPa]、Rは気体定数[J/K/mol]、Timはインテークマニホールド20a内のガス温度[deg]、Mairは空気の分子量[g/mol]、V0は吸気行程終了時(吸気弁全閉時)のシリンダ11(燃焼室14)の容積、V1は噴射タイミングθinjのシリンダ11の容積である。圧力Pimは吸気圧センサ44により検出し、ガス温度Timは吸気温センサ45により検出し、容積V0はシリンダ11の設計値及び吸気弁17の閉タイミングに基づき算出し、容積V1はシリンダ11の設計値及び噴射タイミングθinjに基づき算出する。なお、EGRガスの再循環を行っている場合等は、空気の分子量に代えてガスの組成を考慮した分子量を用いてもよい。
続いて、インテークマニホールド20a内の酸素濃度Co2imを算出する(S15)。詳しくは、以下の数式10により、酸素濃度Co2imを算出する。インテークマニホールド20a内の酸素濃度Co2imは、燃料の燃焼前におけるシリンダ11(燃焼室14)内のガスの酸素濃度に相当する。
上記において、Co2airは大気の酸素濃度[wt%]、Co2exは排気の酸素濃度[wt%]、mmafは空気量[g/s]、megrはEGRガス量[g/s]である。排気の酸素濃度Co2exはA/Fセンサ48の検出値に基づき算出し、空気量mmafはエアフロメータ47により検出し、EGRガス量はEGRバルブ52bの開度及びEGRバルブ52b前後の差圧に基づいて算出する。なお、インテークマニホールド20aに酸素濃度センサを設け、この酸素濃度センサによりインテークマニホールド20a内のガスの酸素濃度を検出してもよい。また、EGRガスの再循環を行っていない場合は、インテークマニホールド20a内の酸素濃度Co2imとして、大気の酸素濃度Co2airを用いればよい。
続いて、燃料噴霧の広がり角度である噴霧角θ0を算出する(S16)。詳しくは、噴射圧Pc及びガス密度ρaを用いて、図4のマップを参照して噴霧角θ0を算出する。図4は、噴射圧Pc及びガス密度ρaと、噴霧角θ0との関係を示すマップであり、実験等に基づいて予め設定されている。同図に示すように、噴射圧Pcが高い(噴孔24aから噴射される燃料の運動量が大きい)ほど、噴孔24aから噴射される燃料の噴霧角θ0(噴霧の広がり角度)が大きくなる(図2参照)。このため、噴射圧Pcが高いほど、噴霧角θ0を大きくするように補正する(第1広がり角度補正手段)。また、ガス密度ρa(空気の密度)が大きいほど、噴孔24aから噴射された燃料が燃焼室14内のガスに当たって拡散する度合いが強くなる。このため、ガス密度ρaが大きいほど、噴孔24aから噴射された燃料の噴霧角θ0が大きくなる。したがって、ガス密度ρaが大きいほど、噴霧角θ0を大きくするように補正する(第2広がり角度補正手段)。
続いて、噴射される燃料の初速度である噴霧初速度v0、及び噴霧初速度v0に到達するまでの到達時間遅れtdlyを算出する(S17)。詳しくは、以下の数式11により、燃料噴射弁24の噴孔24aから噴射される燃料の初速度である噴霧初速度v0を算出する。
上記において、cは収縮係数、Pcは噴射圧、Pcyl(θinj)は噴射タイミングθinjにおけるシリンダ11(燃焼室14)内の圧力[kPa]、ρfは燃料密度[mg/mm3]である。収縮係数cは、噴射圧Pcを用いて、図5のマップを参照して算出する。図5は、噴射圧Pcと収縮係数cとの関係を示すマップであり、実験等に基づいて予め設定されている。同図に示すように、噴射圧Pcが高いほど、収縮係数cが小さくなる。筒内圧力Pcyl(θinj)は、筒内圧センサ43により検出する。
ここで、燃料噴射弁24の駆動が開始されてから、実際に燃料が噴射されるまでに遅れ時間tdaがある。また、実際に燃料の噴射が開始されてから、噴射される燃料の速度が、噴射圧Pcに応じた噴霧初速度v0(最高速度)に到達するまでに遅れ時間tdbが存在する。上記到達時間遅れtdlyは、遅れ時間tdaと遅れ時間tdbとの合計になる。
本実施形態では、エンジン10は、燃料噴射弁24に設けられた燃料通路内の圧力(弁内圧Pinj)を検出する噴射弁内圧センサ50を備えている。このため、噴射弁内圧センサ50により検出される弁内圧Pinjに基づいて、上記遅れ時間tdaを検出する。詳しくは、噴射タイミングθinjから、検出された弁内圧Pinjの低下量(又は低下速度)が第1判定値K1よりも大きくなるまでの時間を遅れ時間tdaとする。第1判定値K1は、燃料の噴射開始により弁内圧Pinjが低下したことを判定することのできる値に設定されている。さらに、遅れ時間tdaが経過した時点から、検出された弁内圧Pinjの低下速度が第2判定値K2よりも小さくなるまでの時間を遅れ時間tdbとする。第2判定値K2は、燃料の噴射率が飽和又は低下したことにより、弁内圧Pinjの低下が停止又は弁内圧Pinjが上昇したことを判定することのできる値に設定されている。なお、遅れ時間tdaと遅れ時間tdbとの区別を行わず、到達時間遅れtdlyを一括して算出してもよい。また、燃料の噴射条件に応じた到達時間遅れtdlyを、予め実験等により求めておくこともできる。
続いて、燃料の噴射開始から経過時間tにおける噴霧到達距離x(t)を、燃焼期間Tecにわたって逐次算出する(S18)。詳しくは、上述した数式3を用いて、噴霧到達距離x(t)を算出する(到達距離推定手段)。ここで、ρaはS14で算出したガス密度、v0はS17で算出した噴霧初速度、θ0はS16で算出した噴霧角である。また、tとして(t−tdly)を用いる。すなわち、到達時間遅れtdlyが経過した時点の噴霧初速度v0で、燃料全体の噴霧初速度v0を代表している。このため、その代表する噴霧初速度v0を有する燃料では、噴射開始からの経過時間tは、実質的に到達時間遅れtdlyに相当する時間分だけ短くなる。以降の処理では、噴霧初速度v0を有する燃料の噴射開始時期を噴射タイミングθinj(t=0)とし、噴霧初速度v0を有する燃料の噴射開始からの時間を経過時間tとする。
続いて、噴射開始から経過時間tにおける筒内ガス温度Tcyl(t)を、燃焼期間Tecにわたって逐次算出する(S19)。詳しくは、以下の数式12により、筒内ガス温度Tcyl(t)を算出する。数式12は、気体の状態方程式を、シリンダ11(燃焼室14)内のガスに適用したものである。
上記において、Pcyl(t)はS13で取得した筒内圧力、Vcyl(t)は経過時間tにおけるシリンダ11(燃焼室14)の容積、Mcylは以下の数式13により算出したシリンダ11内に吸入された総ガス量、Mairは空気の分子量である。なお、ここではシリンダ11内のガスの分子量を空気の分子量で近似したが、EGRガスの再循環を行っている場合等は、空気の分子量に代えてガスの組成を考慮した分子量を用いてもよい。
上記において、mmafは空気量[g/s]、megrはEGRガス量[g/s]、ninjはエンジン10の1回転当たりの噴射回数、NEはエンジン10の回転速度[rpm]である。空気量mmafは吸気行程においてエアフロメータ47により検出し、EGRガス量はEGRバルブ52bの開度及びEGRバルブ52b前後の差圧に基づいて算出し、回転速度NEは回転速度センサ42により検出する。
続いて、噴射開始から経過時間tまでの熱発生量Q(t)を、燃焼期間Tecにわたって逐次算出する(S20)。詳しくは、熱力学方程式及び気体の状態方程式を用いて、筒内圧力Pcyl(t)に基づいて熱発生量Q(t)を算出する(熱発生量推定手段)。
続いて、噴射開始からの経過時間tにおける燃焼室14内のガスの酸素濃度Co2sp(t)を、燃焼期間Tecにわたって逐次算出する(S21)。燃焼室14内のガスの酸素濃度Co2sp(t)は、燃焼前の酸素濃度Co2imから燃料の燃焼に伴って低下する。そして、燃料の燃焼が終了すると一定の酸素濃度Co2exになる。また、燃焼により消費される酸素量は、燃焼による熱発生量Q(t)に比例する。そこで、以下の数式14により、燃焼室14内のガス(燃料噴霧が取り込むガス)の酸素濃度Co2sp(t)を算出する(酸素濃度推定手段)。
上記において、Co2imはS15で算出したインテークマニホールド20a内の酸素濃度Co2im、Co2exは排気行程においてA/Fセンサ48の検出値に基づき算出した酸素濃度、Q(t)はS20で算出した熱発生量である。すなわち、排気行程においてA/Fセンサ48の検出値に基づき算出された酸素濃度Co2exは、燃料の燃焼後における燃焼室14内のガスの酸素濃度に相当する。
続いて、噴射開始から経過時間tにおける当量比φ(t)を、燃焼期間Tecにわたって逐次算出する(S22)。詳しくは、上述した数式4を用いて、当量比φ(t)を算出する(混合比推定手段)。
ここで、v0はS17で算出した噴霧初速度v0、ρaはS14で算出した筒内ガス密度、x(t)はS18で算出した到達距離、w(t)は数式2により算出した速度、θ0はS16で算出した噴霧角、Co2spはS21で算出した酸素濃度である。
続いて、燃焼領域Cの体積Vcmb(t)及び表面積Scmb(t)を、燃焼期間Tecのうち着火後の期間にわたって逐次算出する(S23)。
燃料噴射弁24によりシリンダ11(燃焼室14)内に噴射された燃料は、直ちに着火して燃焼するのではなく、着火遅れ期間を経過した後に着火して燃焼する。このため、燃料が噴射されてから着火するまでは、燃料が燃焼している領域である燃焼領域Cが存在しないこととなる。
そこで、噴射された燃料が着火したことを検出してから、燃焼領域Cが生じたとする。S13で取得した筒内圧力Pcyl(t)に基づいて、噴射された燃料が着火した着火時期tigを検出する(着火検出手段)。詳しくは、筒内圧力Pcyl(t)の上昇速度が判定値よりも大きくなる時期を、着火時期tigとして検出する。
そして、燃焼期間Tecのうち着火時期tig以後の期間について、上述した数式7を用いて、燃焼領域Cの体積Vcmb(t)を算出する(燃焼領域推定手段)。x1(t)
、数式6により算出した当量比φ(t)が1となる到達距離x1(t)である。また、数式8を用いて、燃焼領域Cの表面積Scmb(t)を算出する(燃焼領域推定手段)。なお、燃料噴射弁24に噴孔24aが複数形成されている場合は、体積Vcmb(t)及び表面積Scmb(t)にそれぞれ噴孔数を掛ける。
続いて、燃焼領域Cの温度Tcmb(t)を、燃焼期間Tecのうち着火後の期間にわたって逐次算出する(S24)。詳しくは、以下の数式15により、燃焼領域Cの温度Tcmb(t)を算出する(温度推定手段)。
上記において、Tigは着火時期tigにおける筒内ガス温度Tcyl(tig)、Vcyl(t)は経過時間tにおけるシリンダ11(燃焼室14)の容積、Vcmb(t)はS23で算出した燃焼領域Cの体積である。すなわち、筒内ガス温度Tcyl(t)は、シリンダ11内の平均温度であり、シリンダ11内において燃焼領域Cの温度とそれ以外の領域の温度が平均されたものである。そこで、シリンダ11の容積Vcyl(t)及び燃焼領域Cの体積Vcmb(t)により、筒内ガス温度Tcyl(t)を燃焼領域Cの温度Tcmb(t)に換算する。
続いて、NOx排出量[NOx]を算出する(S25)。詳しくは、化学反応の速度を規定するアレニウスの式に基づいて、以下の数式16によりNOx排出量[NOx]を算出する(排出量推定手段)。
上記において、kは温度に無関係な定数(適合定数)、Pcyl(t)はS13で取得した筒内圧力、Co2spはS21で算出した酸素濃度、Eは活性化エネルギ、Rは気体定数、Tcmb(t)はS24で算出した燃焼領域Cの温度、Scmb(t)はS23で算出した燃焼領域Cの表面積である。そして、この一連の処理を一旦終了する(END)。
図6は、筒内圧力Pcyl(t)、筒内ガス温度Tcyl(t)、酸素濃度Co2sp(t)、噴霧体積(燃焼領域Cの体積Vcmb(t))、燃焼領域Cの温度Tcmb(t)、及びNOx生成速度の関係を示すタイムチャートである。
噴射開始時期t1になると、燃料の噴射が開始され、時間tの経過に伴って噴霧体積が増加する。しかしながら、噴射された燃料は未だ着火していないため、燃焼領域Cの体積Vcmb(t)及び温度Tcmb(t)は変化していない。
そして、燃焼開始時期t2になると、燃料が着火し、筒内圧力Pcyl(t)、筒内ガス温度Tcyl(t)、燃焼領域Cの体積Vcmb(t)、及び燃焼領域Cの温度Tcmb(t)が上昇を開始する。ここで、筒内ガス温度Tcyl(t)と比較して、燃焼領域Cの温度Tcmb(t)は急激に上昇する。また、シリンダ11(燃焼室14)内の酸素濃度Co2spは、燃料の燃焼に伴って低下する。
その後、燃料の燃焼が進むと、筒内ガス温度Tcyl(t)は上昇を続けた後に略一定になる。一方、燃焼領域Cの温度Tcmb(t)は、上昇後してピークに達した後に低下する。この点、本実施形態では、酸素濃度Co2sp及び燃焼領域Cの温度Tcmb(t)に基づいて、NOx排出量[NOx](ハッチングで示した部分の面積)が推定される。
図7は、実NOx排出量と推定NOx排出量との関係を示すグラフである。本実施形態によれば、実NOx排出量と推定NOx排出量とが比例しており、NOx排出量が精度良く推定されている。
以上詳述した本実施形態は、以下の利点を有する。
・シリンダ11(燃焼室14)内の平均温度は、シリンダ11内において燃焼領域Cの温度とそれ以外の領域の温度が平均されたものである。このため、シリンダ11の容積Vcyl(t)、推定された燃焼領域Cの体積Vcmb(t)、及び筒内圧センサ43により検出された筒内圧力Pcyl(t)に基づいて、シリンダ11内の平均温度、ひいては燃焼領域Cの温度Tcmb(t)を逐次推定することができる。
・NOxの生成量は、燃料の燃焼反応における圧力、酸素濃度、温度、反応が起こる面積により影響を受ける。このため、筒内圧センサ43により検出された筒内圧力Pcyl(t)、推定された酸素濃度Co2sp、推定された燃焼領域Cの温度Tcmb(t)、及び推定された燃焼領域Cの表面積Scmb(t)に基づいて、NOx排出量[NOx]を精度良く推定することができる。
・シリンダ11の容積Vcyl(t)及び筒内圧センサ43により検出された筒内圧力Pcyl(t)に基づいて、筒内ガス温度Tcyl(t)を逐次推定する。そして、推定された筒内ガス温度Tcyl(t)、シリンダ11の容積Vcyl(t)、及び推定された燃焼領域Cの体積Vcmb(t)に基づいて、燃焼領域Cの温度Tcmb(t)を逐次推定することができる。
・噴射された燃料が着火したことが検出されてから、燃焼領域Cが生じたとして燃焼領域Cの温度の推定が開始される。このため、実際に燃料の燃焼が開始してから、燃焼領域Cの温度Tcmb(t)に基づいてNOx排出量[NOx]を推定することができ、NOx排出量[NOx]を精度良く推定することができる。
・燃料噴射弁24によりシリンダ11内に噴射された燃料の噴射方向への到達距離x(t)が逐次推定される。推定された到達距離x(t)、及び推定された酸素濃度Co2spに基づいて、シリンダ11内の酸素(空気)に対する燃料の当量比φ(t)が到達距離x(t)に対して逐次推定される。そして、燃料噴射弁24により噴射された燃料の噴霧のうち、推定された当量比φ(t)が1以下(所定範囲)となる領域が燃焼領域Cとされる。このため、実際に燃料が燃焼する領域を燃焼領域Cとすることができ、NOx排出量[NOx]を精度良く推定することができる。
・燃料噴射弁24により噴射された燃料の運動量が混合気の運動量として保存されることに基づいて、燃料の噴射方向への到達距離x(t)が逐次推定される。このため、噴射された燃料の運動量、すなわち噴霧の状態を考慮して、到達距離x(t)を精度良く推定することができる。
・筒内圧センサ43により検出された筒内圧力Pcyl(t)に基づいて、燃料の燃焼による熱発生量Q(t)が逐次推定される。そして、燃料の燃焼前におけるシリンダ11内のガスの酸素濃度Co2im、推定された熱発生量Q(t)、及び燃料の燃焼後におけるシリンダ11内のガスの酸素濃度Co2exに基づいて、シリンダ11内のガスの酸素濃度Co2sp(t)を逐次推定することができる。
・燃料噴射弁24には、燃料噴射弁24の燃料通路内の圧力を逐次検出する噴射弁内圧センサ50が設けられている。このため、噴射弁内圧センサ50により検出される弁内圧Pinjに基づいて、実際に燃料噴射が開始される時期、及び実際に燃料が最高速度に到達する時期を取得することができる。そして、噴射弁内圧センサ50により検出された弁内圧Pinjに基づいて、燃焼領域Cの体積Vcmb(t)及び表面積Scmb(t)が補正されるため、燃焼領域Cの体積Vcmb(t)及び表面積Scmb(t)を正確に推定することができる。
・NOxが生成される化学反応の速度は、アレニウスの式を用いて規定することができる。この点、アレニウスの式を用いてNOx排出量[NOx]が推定されるため、NOx排出量[NOx]を精度良く推定することができる。
なお、上記実施形態を、以下のように変更して実施することもできる。
・噴孔24a(噴射孔)から噴射される燃料の運動量が大きいほど、噴霧角θ0(広がり角度)を大きくするように補正する第1広がり角度補正手段を省略することもできる。また、ガス密度ρaが大きいほど、噴霧角θ0を大きくするように補正する第2広がり角度補正手段を省略することもできる。それらの場合は、噴霧角θ0として、予め実験等に基づき設定した所定値を用いることができる。
・噴射弁内圧センサ50(第2圧力センサ)により検出された弁内圧Pinjに基づいて燃料の噴射率を算出し、算出された噴射率に基づいて燃焼領域Cの体積Vcmb(t)及び表面積Scmb(t)を算出又は補正することもできる(燃焼領域推定手段)。詳しくは、噴射率を噴孔24aの数で割り、それを更に1つの噴孔24aの断面積で割ることにより、噴孔24aから噴射される燃料の速度、すなわち噴霧初速度v0を算出することができる。そして、算出した噴霧初速度v0を用いることにより、到達距離x(t)、ひいては燃焼領域Cの体積Vcmb(t)及び表面積Scmb(t)を正確に算出又は補正することができる。こうした構成によれば、燃料噴射弁24の個体差や経時変化を補償することができ、NOx排出量[NOx]を更に精度良く推定することができる。
・燃料の噴射条件に応じた到達距離x(t)を、予め実験等により求めておくこともできる。また、噴霧角θ0や到達距離x(t)を含めて、燃料の噴射条件に応じた燃焼領域Cの体積Vcmb(t)及び表面積Scmb(t)を、予め実験等により求めておくこともできる。
・上記実施形態では、燃料噴射弁24により噴射された燃料の噴霧のうち、推定された当量比φ(t)が1以下(所定範囲)となる領域を燃焼領域Cとしたが、燃料の噴霧全体を燃焼領域Cとすることもできる。また、上記実施形態では、噴射された燃料が着火したことが検出されてから、燃焼領域Cが生じたとして燃焼領域Cの温度の推定を開始したが、燃料の噴射開始時期から燃焼領域Cが生じたとして燃焼領域Cの温度の推定を開始することもできる。これらの場合であっても、シリンダ11(燃焼室14)全体を燃焼領域Cとする場合と比べて、NOx排出量[NOx]を精度良く推定することができる。
・上記実施形態では、混合気の混合比として、酸素についての当量比φ(t)を用いたが、空気についての当量比φa(t)や、空気過剰率λ(t)(当量比φaの逆数)、空燃比A/F(t)等を用いることもできる。
・上記実施形態では、車両用のディーゼルエンジンに、混合気の混合比を制御する制御装置としての制御装置30(ECU)を適用した。しかしながら、試験装置に搭載されたディーゼルエンジンに、混合気の混合比を制御する制御装置としてのPC(Personal Computer)等を適用することもできる。