JP2015059502A - 内燃機関及び自動車 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】水分及びジアルキルジチオリン酸亜鉛を含む潤滑油と、鋼材上に、鋼材が窒化された窒化化合物を含む窒化物層25、及び亜鉛(Zn)、硫黄(S)、及びリン(P)を含む被膜15をこの順で有し潤滑油の存在下、被膜を摺動面として摺動する摺動部材と、を備え、潤滑油の温度及び内燃機関内の水温のいずれかを30℃以下の温度条件に維持して15分以上運転させた後に採取した潤滑油に含有される水分の含有比率が0.2質量%〜10質量%である。
【選択図】図2
Description
水分を比較的多く含有するエンジンオイル等の潤滑油中で摺動部材を摺動させると、水分をほとんど含まない潤滑油中で摺動させる場合に比べ、摺動面の耐摩耗性が低下しやすいとの知見、及び摺動部材を構成する鋼材の窒化処理された面は摩耗防止剤であるジアルキルジチオリン酸亜鉛と相互作用しやすく、潤滑油中での摺動面の耐摩耗性に大きな影響を及ぼすとの知見である。つまり、水分を含有するエンジンオイル等の潤滑油中では、従来から一般に使用されている摺動部材、具体的には浸炭処理又は焼き入れ処理された鋼材を用いた摺動部材(以下、「従来の摺動部材」ともいう。)は、摺動時の摺動面における摩耗が増加する傾向がある。このように水分を含有する潤滑油中において摩耗が増加する原因の1つとして、摺動面に潤滑油中の摩耗防止剤によって形成される摩耗防止被膜の形成量が少ないとの知見を得た。
水分及びジアルキルジチオリン酸亜鉛を含む潤滑油と、鋼材、該鋼材中の少なくとも金属成分が窒化された窒化化合物を含む窒化物層、及び亜鉛(Zn)、硫黄(S)、及びリン(P)を含む被膜をこの順に有し、潤滑油の存在下、被膜を摺動面として摺動する摺動部品と、を設けて構成された自動車用の内燃機関である。第1の発明の内燃機関は、潤滑油の温度(油温)及び内燃機関内部の冷却水の温度のいずれかを30℃以下の温度条件に維持して15分以上運転させた後に採取した潤滑油に含有される水分の含有比率は、0.2質量%〜10質量%とされている。
本発明の内燃機関は、摩耗防止剤(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)と窒化処理表面との相互作用により摺動面に被膜が形成されることが重要である。これにより、潤滑油中に%オーダーの水分が存在する場合(例えば、エタノール燃料エンジンとハイブリッドシステムとを組み合わせた駆動システムの場合)にも、潤滑油中に水分をほとんど含まず水分含量がppmオーダーの場合(例えば、環境適応システムを備えない従来車の場合)と同等の摩耗量を実現できる。
また、鋼材が特定の金属元素を含有していることを必要としない点でも有意義である。
ここで、水分が混入、蓄積しやすい理由を以下に示す。
(1)エタノール等の燃料を使用した場合、エタノール等の燃料中に水分が含まれることから、その水分が燃料噴射の際に燃焼室近傍のエンジン油と混合(燃料希釈)し、油中に水分が混入する。また、燃焼により水分を生成しやすいことから、水蒸気を含んだ燃焼排気ガスが内燃機関内部のエンジン油経路で凝集し、油中に水分が混入する。
(2)高頻度に内燃機関が停止する環境適応システムでは、従来車に比べ、燃焼や摩擦熱による油温上昇が少なく、低い油水温が保たれるため、水分が蒸発せずに蓄積しやすい。
第1の発明の内燃機関を備えていることで、長期耐久性に優れており、自動車の耐用期間が飛躍的に高められる。
エンジンとしては、ガソリンを燃料とするガソリンエンジン、エタノールを燃料とするエタノール燃料エンジン、等のいずれでもよい。エンジンに使用される潤滑油中に含まれる水分量が多くなりやすく、摺動時の耐摩耗性に対する向上効果がより期待できる観点から、エタノール燃料エンジンが望ましい。
ピストンリング11には、シリンダボア内壁と摺動する側(ピストン本体から離れた側)の表面に、摩耗防止被膜15が所定の厚みで設けられている。摩耗防止被膜15が設けられていることで、摩耗防止被膜の表面を摺動面として相手材と摺動する。これにより、摺動面は、優れた耐摩耗性を示す。
エンジン油中で摺動される場合において、特に、耐摩耗性の低下が抑制され、高耐久性を保持することが可能である。
この場合、摩耗防止被膜15中に含まれるZn、S、及びPの含有比率は、電子線マイクロアナライザ(EPMA)により分析した元素のX線強度比で確認することができる。具体的には、この含有比率は、JXA−8200(日本電子社製)を用いて得られる値である。
中でも、Zn、S、及びPの摩耗防止被膜中におけるX線強度比は、S>Zn>Pの序列となっていることが好ましい。X線強度比がこの序列になっていることで、特に凝着摩耗に効果を示す硫化鉄の形成が促進されているために耐摩耗性に優れるものと考えられる。
中でも、窒化物層中における窒素含有量としては、10原子%〜28原子%の範囲であることがより好ましい。
鋼材としては、従来公知の自動車エンジン用の摺動部品の製造に使用されている一般的な鋼材を用いることができ、例えば、クロムモリブデン鋼、炭素鋼、ダクタイル鋳鉄等を挙げることができる。
鋼材の種類は、既述の添加元素の有無により2つに大別することができ、添加元素を含有する鋼材、及び添加元素を含有しない鋼材のいずれであってもよい。
また、これらの窒化処理法は、窒化処理に必要なコストも、一般的な浸炭処理や焼き入れ処理とほぼ同等であるので、窒化処理を利用して耐摩耗性を高める利点が大きい。
(R2OR1O(=S)P−S)Zn(−SP(=S)OR3OR4)
R1、R2、R3、及びR4は、各々独立に、炭素数1〜24の炭化水素基を表す。
R1〜R4で表される炭化水素基としては、炭素数1〜24の直鎖状又は分岐状のアルキル基、炭素数3〜24の直鎖状又は分岐状のアルケニル基、炭素数5〜13のシクロアルキル基又は炭素数5〜13の直鎖状若しくは分岐状のアルキルシクロアルキル基、炭素数6〜18のアリール基又は炭素数6〜18の直鎖状又は分岐状のアルキルアリール基、炭素数7〜19のアリールアルキル基等から選ばれるものであることが望ましい。また、アルキル基やアルケニル基は、第1級、第2級、及び第3級のいずれであってもよい。
すなわち、水分含量が0.2質量%以上であることは、始動後に高頻度にエンジン停止する環境適応システムを搭載していない従来車のエンジンのエンジン油に比べ、より多量の水分を含んでいることを示している。また、水分含量が10質量%以下であることは、例えば水分量が増えると見込まれるエタノール等の燃料を用いた内燃機関と、ハイブリッドシステム等の環境適応システムと、を組み合わせたシステムを考慮した場合に潤滑油中に含まれる最大量と推定される水分量を示している。
これら摺動部材の場合も、上記したピストンリングの場合と同様に、摺動部において、鋼材上に、該鋼材が窒化された窒化化合物を含む窒化物層と、Zn、S、及びPを含む被膜(摩耗防止被膜)とをこの順に有していることで、水分を含むエンジン油中において優れた耐摩耗性を発揮することができる。
−1.鋼材の準備−
鋼材として、クロムモリブデン鋼(SCM420)と炭素鋼(S50C)とを用意した。これら鋼材の化学組成を下記の表1に示す。表1に示されるように、クロムモリブデン鋼は、添加元素としてクロム(Cr)とモリブデン(Mo)を含む鋼材であり、炭素鋼は、このような添加元素を含まない鋼材である。
鋼材として用意したクロムモリブデン鋼(SCM420)と炭素鋼(S50C)のそれぞれに対して、下記の表2に示す窒化処理条件下、プラズマ窒化法により窒化処理を施した。
以上により、図2に示す重層構造と同じように、鋼材上に窒素拡散硬化層と窒化物層とを重層して有する摺動部材(サンプル摺動材1〜2;実施例1〜2)を作製した。
作製したサンプル摺動材1〜2に対して、所望とする窒化物層の形成を確認するため、表2に示す条件にてプラズマ窒化処理を施したクロムモリブデン鋼及び炭素鋼を観察すると共に、EPMA(Electron Probe MicroAnalyser Analysis)による分析を行なった。具体的には、プラズマ窒化処理を施したクロムモリブデン鋼及び炭素鋼の断面を研磨し、研磨した断面に対し、走査型電子顕微鏡(SEM)にて撮影するとともにその反射電子像撮像を観察し、また、電子線マイクロアナライザ(JXA−1500F(日本電子社製)を用いて窒素(N)と鉄(Fe)の定量分析を実施した。
更に、プラズマ窒化処理を施したクロムモリブデン鋼及び炭素鋼の表面にX線回折(XRD)分析を実施し、クロムモリブデン鋼の窒化物層及び炭素鋼の窒化物層について結晶構造解析を行なった。ここでは、未処理(窒化処理前)のクロムモリブデン鋼、炭素鋼に対する分析も実施した。
図3及び表3に示すように、サンプル摺動材1〜2の両方において、表面から10μm程度に高濃度(窒素元素換算量で20at%以上)に窒素を含有する層が形成されていることがわかる。そして、後述するXRD分析からも明らかなように、この高濃度に窒素を含有する層においては、窒素は窒化化合物として存在していることがわかる。また、高濃度に窒素を含有する層より固体内部側でも深部まで低濃度の窒素を含む層が観察され、深部まで窒素が拡散していることがわかった。
よって、クロムモリブデン鋼及び炭素鋼にプラズマ窒化処理を施すことで、所望とする窒化物層が形成されていることが確認された。
図4及び図5に示すように、クロムモリブデン鋼の窒化物層及び炭素鋼の窒化物層では、Fe3N相及びFe4N相の明瞭なピークが観察されていることが分かる。これより、いずれの窒化物層も、Fe3N相及びFe4N相を含むことが分かる。Fe3N相及びFe4N相は、プラズマ窒化した鋼材の窒化物層に典型的にみられるものである。
比較用の摺動材料として、下記の比較材1(比較例1)及び比較材2(比較例2)を用意した。
・比較材1:
クロムモリブデン鋼(SCM420)に対し、ガス浸炭処理及びショットブラスト処理を施した摺動材料
・比較材2:
炭素鋼(S50C)に対し、焼き入れ処理及びショットブラスト処理を施した摺動材料
例えば浸炭層は、表面を浸炭処理して形成された層であり、浸炭処理とは、低炭素鋼又は低炭素合金鋼を機械加工した後、その表面における炭素量を増加させて焼入することで、表面に炭素を浸入させ固溶させて硬化する処理法のことをいう。浸炭処理には、固体浸炭、ガス浸炭、液体浸炭、真空ガス浸炭、プラズマ浸炭などがある。
また、浸炭処理されたクロムモリブデン鋼(SCM420)表面に形成された表面硬化層を「浸炭層」と、また焼き入れ処理された炭素鋼(S50C)表面に形成された表面硬化層を「焼き入れ層」と、それぞれ称する。
・比較材3:
上記のサンプル摺動材1の最表層である窒化物層を研磨して窒化物層を除去し、窒素拡散硬化層を露出させて、クロムモリブデン鋼上の窒素拡散硬化層を摺動面とした摺動材料
・比較材4:
上記のサンプル摺動材2の最表層である窒化物層を研磨して窒化物層を除去し、窒素拡散硬化層を露出させて、炭素鋼上の窒素拡散硬化層を摺動面とした摺動材料
なお、上記において、窒化物層を除去するための研磨深さは、上記のようにサンプル摺動材1〜2に対して行なった断面観察の結果に基づいて決定した。また、窒化物層が除去されて窒素拡散硬化層が露出したことは、研磨面のビッカース硬さを計測し、窒化物層に対して硬さが90%以下であることを確認することで判断した。ビッカース硬さは、MVK−E(明石製作所社製)を用い、試験片両端から0.5mmの2点とその中央の計3点の硬さを計測し平均することにより求めた。
供試エンジン油として、一般的なガソリンエンジン用潤滑油である市販のエンジン油(以下、「市販油」という。)と、基油及び複数の添加剤を用いて調製したエンジン油(以下、「試作油」という。)と、を用意した。
・市販油:
トヨタ自動車社製のILSAC GF−4規格油、粘度グレード:5W−30
・試作油:
下記表4に示す組成を有する試作油
基油に、試作油全量(質量基準)に対して、過塩基性カルシウムスルホネートをカルシウム元素換算値が0.24質量%となる量と、ホウ素を含有しないコハク酸イミド系無灰分散剤のみからなるコハク酸イミド系無灰分散剤を窒素元素換算値が0.06質量%となる量と、ジアルキルジチオリン酸亜鉛をリン元素換算値が0.08質量%となる量と、を配合した。その後、油温60℃にて1時間撹拌した。なお、試作油の基油及び添加剤の種類・添加量は一般的なエンジン油のそれを模擬したものである。
摩耗試験に供試するための潤滑油として、水分を含有するエンジン油を調製するにあたり、エンジン油中に混入し得る最大水分量を検討した。
具体的には、まず、エンジン環境によるエンジン油中の水分量への影響を定量的に把握するため、供試燃料の違い(エタノール100%燃料又は市販のハイオクガソリン燃料)と、油温(低温又は高温)と、がエンジン油中の水分量に及ぼす影響を検討した。ここで、高油温条件は、従来車のエンジン環境(すなわちエンジン始動後の車両走行中はエンジンが稼働し続ける環境)を模擬したものであり、低油温条件は、ハイブリッドシステム(環境適応システム)を想定して始動後のエンジンが高頻度で停止するシステムでのエンジン環境を模擬したものである。
エンジン油中の水分量は、実機の自動車用エンジンを用いた台上運転試験を行ないながら、定期的にエンジンよりエンジン油を採取し、この採取油から測定した。採取場所は、オイルパン、ヘッドデッキ、ヘッドカバーとした。結果を下記表5に示す。
なお、表5において、水温は、内燃機関内の冷却水の温度を表し、油温は、内燃機関内の潤滑油の温度を表している。
表5に示すように、水温30℃の条件で15分間運転した場合、エンジン油中の水分量は0.16%であった。一方、水温100℃の条件で20分間運転した場合、エンジン油中の水分量は0.034%であった。これより、油水温が低温に保たれた場合には、油中水分量が増加しやすいことが分かる。また、ガソリン燃料を用いたエンジンが、高頻度にエンジン停止するハイブリッドシステム等の環境適応システムと共に搭載された場合、エンジン油中に混入し得る水分量は最大で0.2質量%程度とみることができる。
次に、供試燃料としてエタノール100%燃料を用いた場合に着目する。
水温30℃の条件で15分間運転された場合、エンジン油中の最大水分量は7.8%であった。一方、水温100℃の条件で20分間運転された場合、エンジン油中の水分量は0.032%であった。これより、エタノール100%燃料を用いたエンジンが、従来車の使用環境(すなわちエンジン始動後の車両走行中はエンジンが稼働し続ける環境)で使用された場合、エンジン油中に混入しうる水分量は最大で0.05質量%程度となる。一方、エタノール100%燃料を用いたエンジンが、エンジンが高頻度に停止するハイブリッドシステム等の環境適応システムと共に搭載された場合、エンジン油中に混入し得る水分量は最大で10質量%程度とみることができる。
以上の結果から、エンジン環境とエンジン油中に混入し得る最大水分量との関係は、下記表6に示す通りである。
一方、これまでエタノール等の水分を含む燃料を使用し、かつハイブリッドシステム等の環境適応システムが搭載された自動車は提供されるに至っていないのが実情であり、したがってエンジン油の水分量が格段に増え、エンジン油中の水分量が0.2質量%〜10質量%の範囲にある水分環境下での摺動部材の耐摩耗性についても考慮されていない。
このような状況下、既述のように、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含む潤滑油と、鋼材上の窒化物層の上にZn、S、及びPを含む被膜を有する摺動部品と、を設けた構成は、上記のように水分を多く含むエンジン油中での耐摩耗性を維持するのに適している。
上記の検討を踏まえて、エンジン油中の水分量を、0質量%、0.2質量%、0.5質量%、1質量%、10質量%とした。これら水分を含むエンジン油は、油中へ水を添加した後、室温(25℃)下で24時間撹拌することにより調製した。
−評価方法−
図6に示すブロック・オン・リング型摩耗試験機を用い、その容器にエンジン油として上記の市販油又は調製した試作油とを順次装填し、エンジン油に一部が漬かるようにリング試験片を配置すると共に、ブロック試験片の摺動面に上記の各摺動材(サンプル摺動材1〜2、比較材1〜4)を順次取り付けた。そして、ブロック試験片に取り付けられた摺動材を、下記の摺動摩耗条件下、所定荷重で回転するリング試験片(硬さ:HV560−770、表面粗さ(Ra):0.35mmの市販のFalex S−10試験片(AISI4620浸炭焼き入れ合金鋼))に押し付けることで、線接触形態における連続すべり条件にて摩擦試験を行ない、摺動材の各々の耐摩耗性を評価した。
ここでは、各々の表面粗さを揃えるため、サンプル摺動材1〜2の各窒化物層、比較材1〜4の浸炭層又は焼き入れ層を、プラズマ窒化処理後に同一条件で研磨したものを用いた。
<摺動摩耗条件>
・荷重(W) :286N
・すべり速度(v):0.3m/sec
・油温(T) :40℃
・試験時間(t) :30min
耐摩耗性の評価は、摩耗試験後のブロック試験片上の摩耗痕深さを、白色干渉式の非接触表面形状測定機を用いて測定することにより行なった。ここで、摩耗痕深さとは、非摺動部と凹型摩耗痕の最深部との間の高低差である。
(1)エンジン油中の水分量が摩耗に及ぼす影響について
まず、エンジン油中の水分が、クロムモリブデン鋼の窒化物層、及びクロムモリブデン鋼の浸炭層(現状で一般に使用されているエンジン用摺動部品を想定)の摩耗に及ぼす影響を図7に示す。
図7に示すように、摺動面が浸炭層では、水分量0.2質量%を境に摩耗が著しく増加するのに対し、摺動面を窒化物層としたサンプル摺動材1〜2では、水分量による摩耗への影響はみられるが、著しい摩耗への影響はほとんどみられなかった。更に、浸炭層の摩耗に水分量が及ぼす影響に着目すると、水分量が1質量%における摩耗痕深さは水分0質量%におけるそれの約4倍であった。また、水分量が1質量%以上の領域では、摩耗痕深さは高止まりし、水分量が摩耗に及ぼす影響はおよそみられなかった。
この結果から、窒化物層では、エンジン油中に多量の水分が存在する場合にも、エンジン油中にほとんど水分が含まれない場合と同等の耐摩耗性を維持することができた。一方、従来の摺動材料は、従来車のエンジン油に含まれる水分量の範囲(水分量≦0.2質量%)で使用される場合には摩耗に大きな問題は生じないものの、水分量が0.2質量%以上の範囲では過大摩耗を生じ、使用に耐えないことがわかった。
油中に10質量%の水分を存在させた場合、浸炭層では摩耗痕深さが2.6倍に、窒素拡散硬化層では摩耗痕深さが4.7倍に増加しているのに対し、サンプル摺動材1〜2(実施例1〜2)の窒化物層では、摩耗痕深さの増加が1.4倍に留まった。
次に、鋼材が炭素鋼(S50C)の場合に着目する。
油中に10質量%の水分を存在させた場合、焼き入れ層では摩耗痕深さが4.1倍に、窒素拡散硬化層では摩耗痕深さが2.4倍に増加しているのに対し、サンプル摺動材1〜2(実施例1〜2)の窒化物層では、摩耗痕深さの増加が1.4倍に留まった。
以上のように、クロムモリブデン鋼及び炭素鋼において、窒化物層では、従来の浸炭層や焼き入れ層、及び窒素拡散硬化層と比較し、水分を含有するエンジン油中においても耐摩耗性が維持された。
本実施例では、水分含量を10質量%とした場合を例に示したが、本発明で規定する水分含量(0.2質量%〜10質量%)のうち最も水分量の多い場合において良好な耐摩耗性が得られたことから、10質量%以外の0.2質量%〜10質量%の範囲内においては良好な耐摩耗性を確保することができるものと推察される。
−摩耗防止被膜の形成性の保持−
鋼材の窒化物層が水分を含有するエンジン油中において耐摩耗性能を維持する理由を示すのに先立ち、まず背景となるエンジン油中の水分による従来の摺動部品の摩耗増加現象について説明する。
水分を含まないエンジン油中でクロムモリブデン鋼の浸炭層が摺動された場合、エンジン油中のジアルキルジチオリン酸亜鉛(摩耗防止剤)と鋼材とが摺動面で化学反応を生じ、摺動面に亜鉛(Zn)、硫黄(S)、リン(P)、鉄(Fe)などから構成される摩耗防止被膜が形成される。この摩耗防止被膜によって、浸炭層の摩耗は抑制される。本現象は、一般的な鋼材を摺動材料として用いた場合にも生じる。
一方、水分を含有するエンジン油中でクロムモリブデン鋼の浸炭層が摺動された場合、摺動面での摩耗防止被膜の形成量が減少する。これは、摩擦面におけるジアルキルジチオリン酸亜鉛、水分、及び炭酸カルシウムの間での化学反応によりジアルキルジチオリン酸亜鉛が変質するためである。なお、炭酸カルシウムは、油成分中の過塩基性カルシウムスルホネートに含まれるものであり、炭酸カルシウムは燃焼により生じる酸を中和する機能を有する。
上記した摩耗増加現象に基づくと、窒化物層が水分を含有するエンジン油中において耐摩耗性を維持する理由として、窒化物層上では、浸炭層上及び焼き入れ層上と比較し、ジアルキルジチオリン酸亜鉛、水分、及び炭酸カルシウムの存在下での摩耗防止被膜の形成量が多いことが考えられる。
次に、水分量が10質量%である場合に着目する。
クロムモリブデン鋼の窒化物層及び炭素鋼の窒化物層では、クロムモリブデン鋼の浸炭層及び炭素鋼の焼き入れ層と比較し、亜鉛(Zn)、硫黄(S)、及びリン(P)のX線強度比が大きいことがわかる。すなわち、クロムモリブデン鋼の窒化物層及び炭素鋼の窒化物層においては、クロムモリブデン鋼の浸炭層及び炭素鋼の焼き入れ層と比較し、ジアルキルジチオリン酸亜鉛、水分、及び炭酸カルシウムを含有するエンジン油中において、摩耗防止被膜が保持されていたことを示している。
以上の結果より、鋼材の窒化物層は、浸炭層及び焼き入れ層と比較し、ジアルキルジチオリン酸亜鉛、水分、及び炭酸カルシウムを含有するエンジン油中において、ジアルキルジチオリン酸亜鉛由来の摩耗防止被膜の形成量を維持できることが確認された。このことが、水分を含有するエンジン油中において鋼材の窒化物層が耐摩耗性能を維持する理由と考えられる。
鋼材の窒化物層は、浸炭層及び焼き入れ層と比較し、ジアルキルジチオリン酸亜鉛、水分、及び炭酸カルシウムを含有するエンジン油中において、ジアルキルジチオリン酸亜鉛由来の摩耗防止被膜の形成量を維持する機構を検討する。
鋼材の摺動面とエンジン油添加剤との相互作用については、例えば「表面化学から見た境界潤滑 −潤滑油添加剤のトライボケミカル反応に対する新生面の役割−、森誠之、JTEKT ENGINEERING JOURNAL,No. 1008 (2010)」において、金属表面を被覆している金属酸化物は脂肪酸やリン系摩耗防止剤などとの化学的親和性が高いことが報告されている。これは、PearsonのHard and Soft Acids and Bases (HSAB)の原理、すなわち硬い酸(Hard Acid)と硬い塩基(Hard Base)との組み合わせ、及び軟らかい酸(Soft Acid)と軟らかい塩基(Soft Base)との組み合わせは、反応しやすく強い結合を形成するという原理に基づくものである(R. G. Pearson (ed.): Hard and Soft Acids and Bases, Dowden, Huchinson & Ross, Inc. (1973) 参照)。具体的には、金属酸化物は、イオン結合性であり極性を持っているため硬い酸に分類され、極性官能基を持ち硬い塩基に分類される脂肪酸やリン系摩耗防止剤と反応しやすく強い結合を形成するという機構である。
ここで、窒化物層の主成分である窒化鉄(Fe2−3N、Fe4N)は、イオン結合性であるから、炭素を固溶する浸炭層や焼き入れ層、窒素を固溶した層が主体である拡散層と比較して、硬い酸に分類できる。一方、ジアルキルジチオリン酸亜鉛も、試作油中の他の添加剤と比較して高い極性を持つため、硬い塩基に分類できる。上記の機構を応用すると、窒化物層とジアルキルジチオリン酸亜鉛は、浸炭層や焼き入れ層と比較して、反応しやすく強い結合を形成することが推察される。また、窒化物層上の摩耗防止被膜と浸炭層上及び焼き入れ層上の摩耗防止被膜では、構造が異なることが想定される。
図9における各層(摺動面)における水分量が0質量%での結果をみると、クロムモリブデン鋼の浸炭層、炭素鋼の焼き入れ層では、X線強度比の序列が亜鉛(Zn)、硫黄(S)、リン(P)であるのに対し、窒化物層ではX線強度比の序列が硫黄(S)、亜鉛(Zn)、リン(P)となっている。これは、窒化物層では、浸炭層や焼き入れ層と比較して、異なる構造の摩耗防止被膜が形成されていることを示唆している。
窒化物層においてジアルキルジチオリン酸亜鉛由来の摩耗防止被膜の形成量が多い機構は、以上の通りであると推察する。
11・・・ピストンリング
15・・・摩耗防止被膜
21・・・鋼材
23・・・窒素拡散硬化層
25・・・窒化物層
Claims (10)
- 水分及びジアルキルジチオリン酸亜鉛を含む潤滑油と、
鋼材、該鋼材中の少なくとも金属成分が窒化された窒化化合物を含む窒化物層、及び亜鉛(Zn)、硫黄(S)、及びリン(P)を含む被膜をこの順に有し、前記潤滑油の存在下、前記被膜を摺動面として摺動する摺動部材と、
を備え、前記潤滑油の温度及び内燃機関内の水温のいずれかを30℃以下の温度条件に維持して15分以上運転させた後に採取した前記潤滑油に含有される水分の含有比率が0.2質量%〜10質量%である自動車用の内燃機関。 - 前記窒化物層に含まれる窒化化合物が、Fe2−3N及びFe4Nから選ばれる少なくとも一種である請求項1に記載の内燃機関。
- 前記窒化物層に含まれる窒化化合物の含有量は、窒化物層の全質量に対して、窒素元素換算値が3原子%〜30原子%となる量である請求項1又は請求項2に記載の内燃機関。
- 前記自動車は、エタノール燃料自動車である請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の内燃機関。
- 前記自動車は、ハイブリッドシステム又は停車時運転停止システムを搭載している請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の内燃機関。
- 前記摺動部材は、バルブリフタ、アジャスティングシム、カム、カムシャフト、ロッカーアーム、ローラーピン、タペット、ピストンリング、ピストンピン、タイミングギア、タイミングチェーン、並びにオイルポンプのドライブギア、ドリブンギア、及びロータからなる群より選ばれる少なくとも1つである請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の内燃機関。
- 前記窒化物層は、鋼材をプラズマ窒化法で窒化処理することで形成された層である請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の内燃機関。
- 電子線マイクロアナライザ(EPMA)により分析した前記被膜中の元素のX線強度比の序列が、硫黄(S)>亜鉛(Zn)>リン(P)である請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載の内燃機関。
- 前記鋼材は、クロムモリブデン鋼又は炭素鋼である請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の内燃機関。
- 請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載の内燃機関を備えた自動車。
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