JP2014084938A - 転がり軸受 - Google Patents

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Abstract

【課題】複数の玉6、6の加工コストを抑えつつ、厳しい使用条件下でも、これら各玉6、6の転動面に白色組織剥離が生じ難い転がり軸受を実現する。
【解決手段】外輪3、内輪5、前記各玉6、6を、Cを0.8〜1.2質量%、Siを0.1〜0.7質量%、Mnを0.2〜1.2質量%、Crを0.9〜1.8質量%含む合金鋼製とする。前記各玉6、6に、浸炭窒化処理により、表面硬さがHRC63〜67、極表面硬さがHv950以上の硬化層を形成する。又、各玉6、6の表面から、これら各玉6、6の直径の1%分の深さ位置に関して、Nの含有量を0.05質量%以上、残留オーステナイト量を20〜40容量%、圧縮残留応力を500〜900MPaとする。
【選択図】図1

Description

本発明は、ラジアル軸受、スラスト軸受等の一般的な転がり軸受、直動軸受(リニアガイド)やボールねじ等の特殊な転がり軸受を含めた、各種転がり軸受の耐久性向上を図るものである。具体的には、転がり軸受を構成する転動体の表面層部分に侵入した水素に基づく、この転動体表面の剥離を抑え、この転動体を含む転がり軸受の耐久性向上を図るものである。この様な本発明の対象となる転がり軸受の用途は特に限定しないが、例えば、オルタネータ、電磁クラッチ、アイドラプーリの如き自動車用補機の回転支持部を構成する転がり軸受等、運転時に水素が発生し易い部分に組み込まれる転がり軸受に適用して、優れた耐久性向上効果を得られる。
各種回転機械装置の回転支持部に、例えば図1に示す様なラジアル玉軸受1が組み込まれている。このラジアル玉軸受1は、内周面に外輪軌道2を有する外輪3と、外周面に内輪軌道4を有する内輪5と、これら外輪軌道2と内輪軌道4との間に設けた、それぞれが転動体である複数個の玉6、6とを備える。これら各玉6、6は、円周方向に等間隔に配置された状態で、保持器7により、転動自在に保持されている。又、大きなラジアル荷重が加わる回転支持部には、例えば図2に示す様な、転動体として円すいころを使用したラジアル円すいころ軸受8が組み込まれている。このラジアル円すいころ軸受8は、内周面に円すい凹面状の外輪軌道2aを有する外輪3aと、外周面に円すい凸面状の内輪軌道4aを有する内輪5aと、これら外輪軌道2aと内輪軌道4aとの間に、保持器7aに保持された状態で転動自在に設けられた、それぞれが転動体である複数の円すいころ9、9とを備える。又、前記内輪5aの外周面両端部のうち、大径側端部には大径側鍔部10を、小径側端部には小径側鍔部11を、それぞれ形成している。尚、この小径側鍔部11は省略する場合もある。この様なラジアル玉軸受1及びラジアル円すいころ軸受8は、例えば前記外輪3、3aをハウジングに内嵌固定すると共に、前記内輪5、5aを回転軸に外嵌固定する事により、この回転軸を前記ハウジングに対し、回転自在に支持する。
例えば上述の様なラジアル玉軸受1或いはラジアル円すいころ軸受8の如き転がり軸受は、大きな荷重が負荷された状態で長期間使用される場合が多い。この様な使用に伴って、前記外輪3、3a、前記内輪5、5a、転動体(玉6、6或いは円すいころ9、9)等の軸受部品を構成する鋼に金属疲労が生じ、当該軸受部品の表面が剥離する場合がある。この様な、転がり軸受の構成部品の表面に発生する剥離の種類には、材料内部の介在物を起点として生じる「介在物起点型剥離」や、塵等の異物を噛み込んだ圧痕を起点として生じる「表面起点型剥離」や、水素が鋼中に侵入して水素脆性を生じた、白色組織と呼ばれる組織変化を起点として生じる「白色組織剥離」等がある。これら各剥離は、それぞれ異なるメカニズムで生じる為、それぞれに就いて、互いに異なる対策が必要である。
このうちの「白色組織剥離」は、使用中に金属組織が変化して、その金属組織変化部を起点として亀裂が生じ、この亀裂から軸受部品の表面が剥離する現象である。この様な白色組織剥離が発生する原因は、転がり軸受のうちで、各転動体が存在する軸受内部空間に封入された、グリース等の潤滑剤の分解によって発生する水素が鋼中に侵入し、組織変化の発生を加速する為と考えられている。変化した金属組織は、基地組織のマルテンサイトが超微細粒フェライト組織に組織変化したもので、エッチングを行って組織観察すると白く見える事から、「白色組織」と呼ばれている。この様な白色組織に基づく剥離形態は前述の「介在物起点型剥離」や「表面起点型剥離」とは異なるメカニズムで生じる為、長寿命化の対策も全く異なる。
特に、自動車用の電装補機等の回転支持部に組み込む転がり軸受では、この補機等の運転に伴って発生する静電気や高振動、更には滑り等によって、この転がり軸受の内部空間に潤滑剤として封入されたグリースが分解して水素が発生し、上述した白色組織剥離を生じる場合がある事が知られている。
この様な白色組織剥離を抑える事を目的として、特許文献1には、転がり軸受の内部空間に潤滑剤として封入するグリースとして、合成油を基油とし、ジウレア化合物から成る増ちょう剤と、腐食防止剤と、防錆剤とを配合したものを使用する事が記載されている。前記特許文献1に記載された転がり軸受では、この様な構成を採用する事により、軌道面の表面に保護被膜を形成して、潤滑剤の分解による水素の発生を抑制し、上述の様な白色組織剥離を抑えるとしている。即ち、転がり軸受の運転時に、軌道面と転動面との転がり接触部が高面圧、高温になり、接触面の化学反応が促進されるが、適切なグリースを使用する事により、前記軌道面と前記転動面とにそれぞれ保護被膜を形成し、この保護被膜が水素の発生を抑制する。この様な特許文献1に記載された技術は、潤滑剤であるグリースの改良により白色組織変化を遅延させる為、転がり軸受の生産性を阻害し難く、工業的に利用し易い。
又、特許文献2〜4には、ラジアル転がり軸受を構成する内輪及び外輪を、Cr等の所定の合金元素を多量に添加した合金鋼で造る事により、白色組織変化の発生を遅延させる転がり軸受に就いて記載されている。
更に、特許文献5には、各転動体に浸炭窒化処理を施して、これら各転動体の表面層中の残留オーステナイトを増加させ、これら各転動体の転動面部分に、振動を緩和するダンパ効果を持たせ、これら各転動体の転動面から軌道面に加わる振動を緩和して、この軌道面の剥離を抑える転がり軸受に就いて記載されている。
上述の様な特許文献1〜5に記載された従来技術は、何れも、白色組織剥離の発生を抑制する為に或る程度は有効であり、この白色組織剥離に基づく、転がり軸受の破損率を低下させる効果がある。但し、近年の自動車の小型化、軽量化、電装化の進行に伴い、転がり軸受の使用条件は、より厳しくなっており、白色組織剥離の発生を更に抑制する技術が必要になっている。
例えば、前記特許文献1に記載された従来技術の場合には、軌道面の白色組織変化を抑えられても、転動面の白色組織変化を抑えられない可能性がある。この理由は、次の通りである。即ち、前記軌道輪と転動面とのうちの軌道面は、前記転がり軸受の運転中、常に同じ面で各転動体の転動面と繰返し接触するので、安定的に保護被膜が形成され易い。これに対して、転動体(特に玉)は、ランダムに回転しながら、それぞれの転動面を前記各軌道面と接触させるので、これら各転動体の転動面全体に、安定的に保護被膜を形成する事は難しい。この為、使用条件によっては、前記各軌道面の白色組織剥離を抑制できても、前記各転動体の転動面に白色組織剥離が生じる場合がある。
又、前記特許文献2〜4に記載された従来技術の場合には、転がり軸受の構成部材の加工が難しくなり、生産性の低下によるコスト上昇を招く。例えば、転がり軸受の転動体を造る場合には、原材料となる鋼材を圧延して細径とした丸棒状の素材を切断した後、冷間加工を施して、転動体の大まかな形状を有する中間素材とする工程が必要になる。ところが、原材料となる鋼材中に、Cr等の、白色組織変化を遅延させる効果を有する合金元素を多量に添加すると、加工硬化が生じ易くなる。これに伴って、前記中間素材を得る為に必要な、圧延、冷間加工での変形抵抗が高く、切断加工時の抵抗が大きくなり、生産性が低下する。従って、材料にCr等の合金元素を添加する従来技術は、白色組織変化を抑えて転がり軸受の剥離寿命を延ばす効果は優れるが、軌道輪だけでなく、転動体への適用も考慮した場合、生産性が低下する為、工業上、広く利用する事が難しい。
更に、特許文献5に記載された従来技術の様に、各転動体の表面層中の残留オーステナイトを増加させる従来技術は、振動に起因して発生する水素による白色組織剥離は抑えられるが、滑りや静電気等、振動以外の要件に起因する水素の発生は抑制できない。この為、自動車用補機の回転支持部に組み込まれる転がり軸受の如く、静電気に起因する水素の発生を無視できない様な、厳しい使用条件下では、白色組織剥離に関して、転がり軸受の耐久性延長効果を十分に得る事は難しい。
特許第4188056号公報 特開2005−147352号公報 特開2005−314794号公報 特許第4273609号公報 特開平9−317773号公報
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、複数の転動体の加工コストを抑えつつ、厳しい使用条件下でも、これら各転動体の転動面に白色組織剥離が生じ難い転がり軸受を実現すべく発明したものである。
本発明の転がり軸受は、前述の図1〜2に示したラジアル玉軸受1或いはラジアル円すいころ軸受8を含み、従来から知られている各種転がり軸受と同様に、何れかの面に第一軌道面を有する第一軌道輪と、この第一軌道面と対向する面に第二軌道面を有する第二軌道輪と、これら第一、第二両軌道面同士の間に転動自在に設けられた複数個の転動体とを備える。
特に、本発明の転がり軸受に於いては、前記第一、第二両軌道輪と前記各転動体との総ての部品が、Cを0.8〜1.2質量%、Siを0.1〜0.7質量%、Mnを0.2〜1.2質量%、Crを0.9〜1.8質量%含む合金鋼製である。
又、前記第一軌道輪と前記第二軌道輪と前記各転動体との総ての部品を構成する合金鋼中のMoの含有量を0.25質量%以下に、Niの含有量を0.2質量%以下に、Cuの含有量を0.2質量%以下に、Sの含有量を0.02質量%以下に、Pの含有量を0.02質量%以下に、Oの含有量を10質量ppm以下に、それぞれ抑え、残部をFeと不可避的不純物としている。
又、前記各転動体に、浸炭窒化処理による表面硬化層を形成していて、表面層の硬さをHRC(ロックウェル硬度Cスケール)63〜67、極表面層の硬さをHv(ビッカース硬度)950以上としている。尚、表面層とは、表面から転動体直径の1%深さまでの層を言い、極表面層とは、表面から5μmまでの深さの層を言う。又、表面層の硬度をHRCで規定しているのに対して、極表面層の硬度をHvで規定している理由は、測定荷重との関係である。即ち、表面層に関しては、或る程度厚さを有するので、HRCの測定荷重{(1.47kN(150kg)}により、精度の良い測定を行える。これに対して、極表面層に関しては、厚さが薄いので、HRCの様に大きな測定荷重では、この極表面層自体に、弾性変形等、硬度測定の面から有害な変形を生じてしまい、信頼できる測定値を得られない。そこで、小さい測定荷重{マイクロビッカース硬度計で0.49N(50gf)以下}で測定し、圧痕深さが1μm以下となる時の測定値を、極表面層のHv硬度とした。
更に、前記各転動体の直径の1%の長さをXとした場合に、これら各転動体の表面からの深さがXである位置に関して、Nの含有量を0.05質量%以上とし、残留オーステナイト量を20〜40容量%とし、圧縮残留応力を500〜900MPaとしている。
又、上述の様な本発明を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した発明の様に、基油をエーテル系合成油とし、増ちょう剤をジウレア化合物とし、防錆剤を含む複数種類の添加剤を添加したグリース組成物を、前記第一、第二両軌道輪同士の間の軸受内部空間に、潤滑剤として封入する。
又、この様な請求項2に記載した発明を実施する場合に更に好ましくは、請求項3に記載した発明の様に、前記グリース組成物中の防錆剤を、ナフテン酸塩とコハク酸とこれらナフテン酸塩又はコハク酸の誘導体とのうちから選択される1種又は2種以上とする。
又、前記グリース組成物中に、酸化防止剤として、フェノール系化合物とアミン系化合物とのうちの少なくとも一方を添加する。
更に、前記グリース組成物中に、極圧添加剤として、有機金属塩であるジアルキルジチオカルバミン酸(DTC)系化合物とジアルキルジチオリン酸(DTP)系化合物とのうちの少なくとも一方を添加する。
或いは、請求項4に記載した発明の様に、導電性物質であり、平均粒径が10〜300nmのカーボンブラックを0.5〜5質量%含有するグリース組成物を、前記第一、第二両軌道輪同士の間の軸受内部空間に、潤滑剤として封入する。
又、好ましくは、請求項5に記載した発明の様に、前記第一、第二両軌道輪のうちの少なくとも一方の軌道輪の表面に、浸炭窒化処理による表面硬化層を形成して、この表面硬化層の硬さをHRC61〜64とする。
更に、前記転動体の直径の1%の長さをXとするとき、前記表面硬化層を形成した軌道輪の表面からの深さXの位置に関して、Nの含有量を0.05質量%以上とし、残留オーステナイト量を20〜40容量%とし、圧縮残留応力を100〜500MPaとする。
上述の様に構成する本発明によれば、複数の転動体の加工コストを抑えつつ、厳しい使用条件下でも、これら各転動体の転動面に白色組織剥離が生じ難い転がり軸受を実現できる。この結果、前述した様な、従来から知られている、軌道輪の軌道面に関して白色組織剥離を抑える技術と組み合わせる事により、厳しい使用条件下でも、転がり軸受全体としての耐久性を十分に確保できる。以下、その理由に就いて説明し、更に、本発明の各要件の限定理由に就いて説明する。
本発明者等の研究により、白色組織剥離は、次に述べる様なメカニズムにより発生する事が分かった。
先ず、潤滑剤の分解によって原子状態の水素(H)が発生し、この水素が転がり軸受を構成する軸受部品を構成する合金鋼中に侵入すると、この水素はこの軸受部品の表面(転動体の転動面、軌道輪の軌道面)から、この軸受部品の内部に向かって拡散する。この様に軸受部品の内部に侵入した水素は、応力が高い位置に集積し易い特性がある。一方、転がり軸受の運転時に、この転がり軸受を構成する各軸受部品には、表面層部分に剪断応力が、繰り返し加わる。そして、この剪断応力が最大になる位置は、何れの軸受部品でも、表面からの距離(深さ)が、転動体の直径のほぼ1%の位置(以下「1%位置」とする)になる。この為、前記軸受部品の内部に侵入した水素は、この1%位置部分に集積する。そして、この軸受部品の内部に、部分的に集積した水素は、局所的な塑性変形を加速させ、当該箇所に組織変化を引き起こす。この様な組織変化が発生すると、組織変化部と正常組織部との界面から疲労亀裂が発生し、更にこの疲労亀裂が進展して、軸受部品の表面が部分的に剥がれ、剥離に至る。
前述した特許文献1に記載された技術を使用すれば、上述の様にして発生する白色組織剥離を抑えられるが、この技術は、転動体(特に玉)の転動面に発生する白色組織剥離抑制の面からは、前述した様に、必ずしも十分ではない。
これに対して本発明の場合には、各転動体の表面に所定硬さの表面硬化層を形成すると共に、前記1%位置のNの含有量、残留オーステナイト量、残留圧縮応力を適正に規制しているので、前記各転動体の転動面の白色組織剥離抑制も、十分に図れる。
先ず、前記各転動体に、所定硬さの(表面層の硬さがHRC63〜67で、且つ、極表面層の硬さがHv950以上である)表面硬化層を形成しているので、水素の侵入に拘らず、前記各転動体の表面層部分で局所的な塑性変形が発生する事を抑えられる。この為、これら各転動体の金属組織中に、前述した様な白色組織が発生する(組織変化が生じる)事を抑えられる。即ち、この白色組織は、鋼製部品の表面層部分の局所的な塑性変形に基づいて、水素の存在下で、この鋼の基地組織中のマルテンサイトが、超微細粒フェライト組織に変化したものである。本発明の場合には、前記各転動体に前記表面硬化層を形成する事により、前記白色組織の発生に結び付く、表面層部分の局所的な塑性変形を抑えられる。しかも、極表面層の硬さがHv950(≒HRC68.2)以上と、より十分に硬いので、軌道面と接触する転動面(極表面)に新生面が生じる事を防止し、新生面を通じての水素の浸入自体を防止して、白色組織の発生防止を、より効果的に抑えられる。
又、合金鋼中のN及び残留オーステナイトは、この合金鋼中に侵入した水素をトラップして、この水素が剪断応力の高い領域に集積するのを遅延させる作用を有する。本発明の場合、この剪断応力が高くなる、前記1%位置部分のN量を0.05質量%以上、残留オーステナイト量を20〜40容量%と、何れも多くしている。この為、前記剪断応力が高くなる前記1%位置部分で、部分的な水素の集積が生じる事が抑えられて、前記白色組織の発生を抑えられる。
又、圧縮残留応力は、亀裂が発生する傾向になった場合に、この亀裂を塞ぐ方向の力として作用する。本発明の場合には、前記1%位置部分の圧縮残留応力を、500〜900MPaと、大きくしている。この為、仮に前記転動体を構成する合金鋼中に白色組織が生じ、この白色組織と基地組織との界面から微小亀裂が発生しても、前記1%位置部分の圧縮残留応力が、亀裂の進展速度を遅くし、剥離に至るまでの時間を長く(剥離寿命を延長)できる。
更に、本発明の転がり軸受の軸受部品である、第一、第二両軌道輪と各転動体とを構成する合金鋼は、JIS G 4805に規定されている高炭素クロム軸受鋼に準じたもので、この高炭素クロム軸受鋼とほぼ同様の加工性及び熱処理性を確保できる。この為、例えば自動車用の電装補機等の回転支持部に組み込む転がり軸受の如く、低コストで大量生産が可能で、且つ、均質な性能を確保できると言った条件を満たす事ができ、工業上広く利用可能である。
又、第一、第二両軌道輪同士の間の軸受空間に封入する潤滑剤として、請求項2〜3に記載した発明の様なグリースを使用すれば、潤滑剤の分解に伴う水素の発生を抑えて、前記白色組織の生成を、より抑えられる。
即ち、転がり軸受の運転時には何れかの軌道面と何れかの転動体の転動面とが金属接触し、当該部分で金属表面の酸化膜等の保護被膜が剥がれて新生面が露出する場合がある。この様な新生面は化学的に活性であり、潤滑剤がこの新生面に触れると、この潤滑剤中の炭化水素や、潤滑剤中に混入した水が分解して水素が発生し、この水素が前記白色組織生成を引き起こす場合がある。特に、転がり接触部の面圧が高くなる程、又、温度が高くなる程、前記水素の発生が促進される。
これに対して、前記請求項2に記載した発明の要件であるグリースは、基油をエーテル系合成油とし、増ちょう剤をジウレア化合物としているので、前記両軌道輪の軌道面と前記各転動体の転動面との転がり接触部に安定して強固な油膜を形成し、これら各面同士の間で金属接触が発生する事を防止できる。この為、潤滑剤の分解による水素の発生を抑えて、前記白色組織生成を抑えられる。
特に、請求項3に記載した発明の要件であるグリース組成物は、適切な防錆剤、酸化防止剤、極圧添加剤を使用する事で、前記各転がり接触部での水素の発生を抑え、前記白色組織生成を、より抑えられる。
即ち、前記請求項3に記載したグリース組成物は、防錆剤、酸化防止剤、極圧添加剤として適切なものを使用している。この為、転がり軸受の運転に伴って、前記各転がり接触部の面圧及び温度が高くなり、これら各転がり接触部で化学反応が促進される傾向になっても、前記両軌道輪の軌道面及び前記各転動体の転動面のそれぞれに、化学的に安定な保護被膜を形成する。又、仮に油膜が破断し(油膜切れが発生し)、金属接触によって新生面が形成された場合にも、前記各添加剤(特に極圧添加剤)が新生面に素早く吸着して、化学的に安定な保護被膜を形成し、潤滑剤の分解による水素の発生を生じ難くする。
特に、前記両軌道輪の軌道面に関しては、前記各転動体の転動面との接触位置は一定である為、これら両軌道面に保護被膜を安定して形成し易く、上述した様な、適切なグリース組成物を使用して安定した保護被膜を形成し、水素の発生を抑えると言った効果を得易い。前述した様な、請求項1に記載した発明を実施する事に伴い、前記各転動体の寿命が長くなると、これら各転動体の転動面よりも先に、前記両軌道輪の軌道面で、白色組織剥離が発生する事が考えられる。すると、前記各転動体の寿命延長を、転がり軸受全体としての寿命延長に有効に結び付けられず、これら各転動体の寿命延長の一部が無駄になる。この様な無駄をなくす為に、上述の請求項2〜3に記載した発明の様に、軸受内部空間に封入するグリース組成物として適切なものを使用して、前記両軌道面の寿命延長を図る事が有効である。
又、請求項4に記載した発明の様に、適切な粒径を有するカーボンブラックを適量混入したグリース組成物を使用すれば、厳しい使用条件下でも、前記各転がり接触部での水素の発生を、より効果的に抑えられる。そして、これら各転がり接触部を構成する、前記両軌道面及び前記各転動面に白色組織剥離が発生する事を、より効果的に抑えられる。例えば、ゴム等の高分子材料製のベルトを掛け渡した金属製のプーリを、回転自在に支持する為の転がり軸受には、これらベルトとプーリとの摩擦によって発生した静電気により、又、発電機や電気モータの回転軸を支持する為の転がり軸受の場合には、漏電によって、転がり軸受を構成する1対の軌道輪同士の間に電位差が生じる事がある。転がり軸受の正常運転状態では、両軌道面と各転動体の転動面との間(転がり接触部)に絶縁性の油膜が介在するので、前記電位差に拘らず、前記両軌道輪同士の間に電流が流れる事はない。但し、この状態から、振動や滑りによって瞬間的に油膜が切れ、軌道面と転動面とが直接接触する金属接触が生じると、当該部分で放電が生じる。そして、この放電に伴って、潤滑剤や水の分解が加速され、前記転がり接触部での水素の発生が加速される。これに対して請求項4に記載した発明の場合には、1対の軌道輪同士の間に電位差が発生した場合には、導電性物質であるカーボンブラックを含むグリース組成物が、前記両軌道輪同士の間で電流を流し、これら両軌道輪同士の間の電位差を解消する。この結果、仮に前記転がり接触部で金属接触が発生しても、水素発生に結び付く放電が発生し難くなり、上述の様に、前記両軌道面及び前記各転動面に白色組織剥離が発生する事を抑えられる。
更に、請求項5に記載した発明の様に、少なくとも一方の軌道輪の軌道面の表面硬化層に関して、硬さ、1%位置のNの含有量、同じく残留オーステナイト量、同じく圧縮残留応力を規制すれば、前記両軌道輪の寿命と前記各転動体の寿命とをバランスさせて、転がり軸受全体としての寿命延長を効果的に図れる。即ち、前述した様に、前記請求項1に記載した発明を実施する事により前記各転動体の寿命だけが長くなると、これら各転動体の寿命延長の一部が無駄になる。前述した様に、前記請求項2〜3を実施する事も、前記両軌道面の寿命を延長して転がり軸受全体としての寿命延長を図る面から効果があるが、前記請求項5に記載した発明によっても、転がり軸受全体としての寿命延長を図れる。
前記請求項5に記載した発明の様に、表面硬化層の硬さ、1%位置のNの含有量、同じく残留オーステナイト量、同じく圧縮残留応力を規制する事により、白色組織剥離を抑えられる理由は、基本的には、請求項1に記載した発明の場合と同様である。但し、表面硬化層の硬さの値、1%位置の圧縮残留応力の値を、転動体の表面に関するこれらの値を規定した、前記請求項1に記載した発明よりも低く抑えて、前記軌道面の寿命が前記各転動体の転動面の寿命よりも特に長くならない様にし、転がり軸受全体としての寿命延長を効果的に図れる様にしている。
次に、本発明の転がり軸受を構成する軸受部品を構成する合金鋼中に添加する元素及びその含有量、前記1%位置部分のNの含有量、同じく残留オーステナイト量、並びにグリースの組成を規制した理由に就いて、以下に説明する。
[C:0.8〜1.2質量%]
Cは焼き入れによって基地中に固溶し、硬さを向上させる元素である。合金成分中のCの含有量が0.8質量%未満の場合には、焼き入れ後の硬さが不足して、耐摩耗性や転がり疲れ寿命が低下する。そこで、Cを0.8質量%以上、含有させる。これら耐摩耗性や転がり疲れ寿命をより安定的に向上させる為に、好ましくは、Cの含有量を0.9質量%以上とする。一方、Cの含有量が1.2質量%を超えると、得られた軸受部品が硬くなり過ぎて、研削性の低下や破壊靭性値の低下を生じる。そこで、Cの含有量を1.2質量%以下に抑える。前記研削性をより安定させる為に、好ましくは、Cの含有量を1.1質量%以下とする。
[Si:0.1〜0.7質量%]
Siは、Mnとの共存によってSi・Mn系窒化物の析出に必要な元素であり、Mnの存在によって、Nと効果的に反応して顕著に析出する。又、基地に固溶して焼き入れ性及び焼き戻し軟化抵抗性を向上させる効果がある為、軸受部品に必要な硬さを確保する為に添加する。且つ、Siは、基地組織中のマルテンサイトを安定させて、本発明の重要な目的である、水素による組織変化を遅延させ、白色組織剥離の発生を抑える効果がある。これらの効果は、Siの含有量が0.1%未満であると、十分には得られない。一方、Siの含有量が0.7質量%を超えると、球状化焼鈍後の硬さが上昇する為、旋削性や冷間加工性が低下する。この為、Siの含有量を0.1〜0.7質量%とするが、Si・Mn系窒化物の析出効果を十分に得る為には、Siの含有量を0.4質量%以上とする事が好ましい。
[Mn:0.2〜1.2質量%]
Mnは、上述の様に、Siとの共存によってSi・Mn系窒化物の析出を促進させる作用がある。又、Mnは、基地中に固溶して焼き入れ性を向上させる効果がある為、軸受部品に必要な硬さを確保する為に添加する。更に、Mnは、オーステナイトを安定化する効果があり、熱処理後の残留オーステナイトを生成し易くする。前述した様に、残留オーステナイトは、金属組織中の水素の拡散、集積を遅延させる効果を有する為、Mnを添加する事により、水素による局所的な組織変化を遅延させて寿命を延長する事ができる。この様な効果は、Mnの添加量を0.2質量%以上にしなければ、十分には得られない。一方、Mnの含有量が1.2質量%を超えると、熱間鍛造時の変形抵抗が上昇して、熱間鍛造性を低下させ、量産性が低下する。又、軸受部品を構成する合金鋼中の残留オーステナイトは、転がり軸受の使用に伴って少しずつ分解し、分解に伴って、僅かとは言え体積が膨張する。この為、Mnの含有量を多くする事で残留オーステナイトの量が過剰になると、前記軸受部品の形状及び寸法の安定性が低下するだけでなく、冷間加工性と熱間加工性も低下する。そこで、この軸受部品を構成する鋼中のMnの量を、0.2〜1.2質量%の範囲とする。但し、Si・Mn系窒化物の析出効果を十分に得る為には、Mnの含有量を0.6質量%以上とする事が好ましい。
[Cr:0.9〜1.8質量%]
Crは、基地中に固溶して、焼き入れ性を向上させる効果がある。又、Cと結合して炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させる効果がある。更に、炭化物と基地組織中のマルテンサイトを安定化させる為、水素による組織変化を遅延させて、白色組織の生成を遅らせ、軸受部品の寿命を延長する効果がある。Crの含有量が0.9質量%未満の場合には、この様な効果を十分には得られない。一方、Crの含有量が1.8質量%を超えると、球状化焼鈍後の硬さが上昇する為、旋削性及び冷間加工性が低下する。そこで、前記軸受部品を構成する鋼中のCrの量を、0.9〜1.8質量%の範囲とする。尚、旋削性及び冷間加工性をより安定させる為に、好ましくは、Crの含有量を1.7質量%以下とする。但し、上記効果を十分に得る為に、好ましくは、Crの含有量の下限値を1.0質量%とする。
[Mo:0.25質量%以下]
Moは、基地中に固溶して、焼き入れ性及び焼き戻し軟化抵抗性を向上させ、軸受部品表面の硬さを確保する効果がある。即ち、Moは、炭窒化物形成元素として機能し、この軸受部品表面の耐摩耗性及び転がり疲労寿命を向上させる。更に、Moは、基地組織中のマルテンサイトを安定化させる為、本発明で重要な、水素による組織変化(白色組織生成)を遅延させる効果がある。但し、Moの含有量が0.25質量%を超えると、Moの一部が硬い炭化物を形成し、研削性を低下させる。又、非常に高価な元素である為、前記軸受部品を含む転がり軸受の製造コストを高くする原因となる。そこで、Moは選択的に利用する元素とし、その含有量を0.25質量%以下とした。好ましくは、Moの含有量を0.15質量%以下とする。尚、Moの含有量の下限値は、製造コストの面から規制し、必ずしも添加する必要はないが、0.01質量%以上とする事が好ましい。
[Ni:0.2質量%以下]
Niは、原材料となるスクラップから混入する元素であるが、焼き入れ性を向上させる効果と残留オーステナイトを安定化させる効果とがある。但し、多量に混入すると、残留オーステナイトの量が過剰になり、前記軸受部品の形状及び寸法の安定性が低下する。そこで、Niに関しては、積極的には添加せず、Niの含有量を0.2質量%以下とする。好ましくは、Niの含有量を0.18質量%以下とする。
[Cu:0.2質量%以下]
Cuは、スクラップから混入する元素であるが、焼き入れ性を向上させる効果と、粒界強度を向上させる効果とがある。但し、Cuの含有量が多くなると熱間鍛造性が低下する。そこで、Cuに関しては、積極的には添加せず、その含有量を0.2質量%以下とした。
[S:0.02質量%以下]
Sは、MnSを形成し、介在物として作用する為、鋼中に含まれるSの含有量は少ない程良い。但し、Sは自然界に多く存在する元素であり、Sの含有量を極端に少なく抑えようとすると、鋼材の生産性が低下し、鋼材の製造コストが上昇する為、工業上広く利用する事が難しくなる。一方、Sを0.02質量%程度含んでも、他の元素の含有量及び熱処理方法を適切にする事で、軸受部品に必要とされる耐久性を確保できる。そこで、Sの含有量の上限値を0.02質量%とした。
[P:0.02質量%以下]
Pは、結晶粒界に偏析して、粒界強度や破壊靱性値を低下させるので、少ない程良い。但し、Pも自然界に多く存在する元素であり、Pの含有量を極端に少なく抑えようとすると、鋼材の製造コストが上昇する。一方、Pを0.02質量%程度含んでも、他の元素の含有量及び熱処理方法を適切にする事で、軸受部品に必要とされる耐久性を確保できる。そこで、Pの含有量の上限値を0.02質量%とした。
[O:10質量ppm以下]
Oは、合金鋼中でAl等の酸化物系の非金属介在物を形成する。酸化物系の非金属介在物は、剥離の起点となり、転がり疲れ寿命に悪影響を及ぼすので、Oの含有量は少ない程良い。但し、Oに関しても、含有量を極端に少なくすると鋼材コストが上昇するのに対して、Oを10質量ppm程度含んでも、他の元素の含有量及び熱処理方法を適切にする事で、軸受部品に必要とされる耐久性を確保できる。そこで、Oの含有量の上限値を10質量ppmとした。
本発明の実施に使用する合金鋼は上述の様な組成を有するものであるから、本発明を実施する場合に使用する合金鋼としては、JIS G 4805に規定された高炭素クロム軸受鋼、若しくはこれに類似する軸受鋼を使用できる。即ち、本発明の転がり軸受を構成する第一、第二両軌道輪及び各転動体を構成する合金鋼として、JIS G 4805に規定されたSUJ1〜5、又はこれに類似する軸受用鋼を使用できる。
[各転動体の表面硬化層の硬さ:HRC63〜67]
前述した様に前記各転動体の表面硬化層は、これら各転動体の表面層部分で白色組織変化が発生するのを防止すべく、これら各転動体の表面層部分が局所的に塑性変形するのを抑える為に設ける。この様な塑性変形を抑える事による白色組織変化の抑制効果は、前記表面層部分が硬い程(硬度が高い程)高くなるもので、前記表面硬化層の硬さがHRC63未満の場合には、十分には得られない。前記局所的な塑性変形を十分に抑え、白色組織の形成を遅延させる効果をより安定的に得る為に、より好ましくは、前記各転動体の表面硬化層の硬さを、HRC64.5以上とする。一方、この表面硬化層の硬さがHRC67を超えると、前記各転動体の靭性が低下する。そこで、これら各転動体の表面硬化層の硬さをHRC63〜67、より好ましくはHRC64.5〜67とする。
尚、前記各転動体の表面硬化層は浸炭窒化処理により形成するので、その硬さは、この浸炭窒化処理の条件(炭素濃度、窒素濃度、焼き入れ温度、焼き戻し温度)や、ボールピーニングの加工条件によって調整可能である。
又、前記各転動体の表面硬化層の硬さは、ロックウェル硬さCスケール(HRC)を用い、玉の表面に圧子を押し付けて測定する。その際、JIS Z 2245の附属書Dに記載される球形試験面の硬さ補正方法に従って補正値を求め、この補正値を測定値に加えたものを、本発明を規定する各転動体の表面硬化層の硬さとする。
[転動体の極表面層の硬さがHv950以上]
各転動体の表面層中に水素が侵入するメカニズムは、転動面と軌道面との金属接触により、この転動面に金属新生面が発生し、活性な新生面で潤滑剤が分解する事によって発生した水素原子が前記表面層中に侵入すると言うものである。従って、前記各転動体の極表面層の硬さを高くし、耐摩耗性を向上させて、金属新生面の発生を抑制する事が、水素原子の発生を抑え、白色組織の形成を抑えて白色組織剥離を抑える面から有効である。極表面層の硬さがHv950より低いと上記効果を充分に得られない。又、この効果を十分に得るべく、前記転動面の耐摩耗性をより安定して、しかも十分に得る為、より好ましくは、前記極表面層の硬さをHv1050以上とする。但し、硬さを高くし過ぎると、研削性の低下により加工コストの増大を招く可能性がある為、Hv1200以下に抑える事が好ましい。
前記極表面層は厚さが薄いので、この極表面層自体に硬度測定の面から有害な弾性変形等が生じるのを防止しつつ硬度を測定する為、マイクロビッカース硬度計により、低い測定荷重で測定する。そして、好ましくは、測定作業時に圧子の押し付けに伴って転動面(極表面層の表面)に形成される圧痕の深さを1μm以下に抑えるべく、測定荷重を規制する。この深さを1μm以下に抑えるには、実際に転動面に圧子を押し付け、圧痕の大きさ(対角線長さ)と圧子の形状(対面角)とからこの圧痕の深さを算出し、この深さが1μm以下となる様な適切な測定荷重を選択する。前記圧痕の大きさは、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて計測する。そして、適切な測定荷重を求めたならば、当該測定荷重で圧子を転動面に押し付け、この測定荷重と圧痕の大きさとから、JIS Z 2244に規定された式により、前記極表面層部分の硬度を算出する。
尚、この極表面層の硬さは、前記各転動体を浸炭窒化処理する際の炭素濃度及び窒素濃度、ショットピーニング(ボールピーニング)の加工条件、研削取り代の変更によって調整可能である。即ち、転動面の硬度を向上させる為に行う浸炭窒化焼き入れ処理時の保持温度と時間との一方又は双方を変えて、前記各転動体の転動面の表面層部分の炭素及び窒素の濃度を調整する事により、前記極表面層の硬さを調整できる。又、この硬さは、ショットピーニング加工時のドラムの回転速度と加工時間との一方又は双方を変える事によっても調整できる。更には、上述した浸炭窒化処理及びショットピーニングにより前記各転動体の表面層部分に生じた、表面からの硬さ勾配のうち、何れの位置を転動体表面とするか(研磨による取り代をどの程度とするか)によっても調整できる。
又、前記各転動体の表面(転動面)に存在するNは、この表面にSi・Mn系窒化物を微細析出させ、耐摩耗性を向上させると言った効果がある。この様な効果を安定的に得る為には、前記各転動体の表面のNの濃度を0.2質量%以上、Si・Mn系窒化物の面積率を1〜5%とする事が好ましい。より好ましくは、前記各転動体の表面のNの濃度を03〜0.9質量%、Si・Mn系窒化物の面積率を1.5〜4.5%とする。この表面のNの量(濃度)は、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて測定する。又、この表面のSi・Mn系窒化物の面積率は、電界放射型走査型顕微鏡(FE−SEM)を用いて測定する。この場合に、窒化物は微細なものであるので、倍率5000倍以上で3視野以上を写真撮影し、それぞれ写真を二値化してから画像解析装置等を用いて面積率を計算する。
[1%位置の残留オーステナイト量:20〜40容量%]
金属組織中の残留オーステナイトは、基地組織であるマルテンサイトと結晶構造が異なる為、水素のトラップサイトとして機能し、水素の拡散速度を低下させる効果がある。一方、転動体内部では、前記1%位置で、剪断応力が最大となる為、この1%位置に水素が集積し易い。そこで本発明の場合には、この1%位置の残留オーステナイト量を多くする事で、水素の局所的な集積を遅延させ、水素による白色組織の発生を遅延させる様にしている。
この様な効果は、前記1%位置の残留オーステナイト量が20容量%未満の場合には、十分には得られない。但し、オーステナイトは、比較的軟らかい組織であり、且つ、転がり軸受の運転時に加わる振動等により次第にマルテンサイトに変化し、その際、僅かとは言え、体積が膨張する。この為、前記1%位置の残留オーステナイト量が40容量%を超えると、形状並びに寸法安定性の低下や、表面層の硬さの低下が生じる。そこで、前記1%位置の残留オーステナイト量を、20〜40容量%の範囲に規制した。上述した白色組織変化の遅延効果を安定的に得る為に、より好ましくは、前記1%位置の残留オーステナイト量を、25容量%以上とする。
尚、前記1%位置の残留オーステナイト量は、転動体の表面層部分を、直径の1%(例えば85〜90μm)分、電解研磨により除去した後、X線回折装置を使用して測定する。
[1%位置のNの含有量:0.05質量%以上]
浸炭窒化処理によって転動体の表面から侵入した窒素は、この転動体の内部に拡散し、一部は、Fe、Si、Mn、Cr、Mo等の合金元素と結合して炭窒化物を造る。又、残りの一部は、基地組織中に侵入型元素として固溶する。このうちの炭窒化物には、水素を強くトラップする効果がある。この為、前記1%位置のNの含有量を確保すれば、水素がこの1%位置の一部に局所的に集積するのを遅延させて、白色組織発生を遅延させる効果を得られる。更に、基地組織中に固溶した窒素は、残留オーステナイトを安定化させる効果がある為、前記1%位置に存在する残留オーステナイトを安定化させ、この残留オーステナイトによる、上述した様な組織変化遅延の効果を高める事ができる。この様な効果は、前記1%位置のNの含有量が0.05質量%未満の場合には十分には得られない。上記の効果を安定的に得る為に、より好ましくは、前記1%位置のNの含有量を、0.1質量%以上とする。但し、Nの含有量が0.5質量%を超えると、炭窒化物が過剰に生成されて靭性が低下する可能性があるので、好ましくは、上記1%位置のNの含有量を、0.5質量%以下に抑える。
尚、前記1%位置のNの含有量は、浸炭窒化処理時の雰囲気ガス中の窒素ポテンシャルと保持時間とを変える事によって調節する。
又、前記1%位置のNの含有量の測定は、転動体の表面層部分を、直径の1%(例えば85〜90μm)分、電解研磨により除去した後、電子線マイクロアナライザ(EPMA)により測定する。
[転動面に関する1%位置の圧縮残留応力:500〜900MPa]
この部分の圧縮残留応力は、仮に亀裂が発生する傾向になった場合でも、この亀裂が成長する事を抑える役目を果たす。本発明の場合には、先に述べた様に、各軸受部品を構成する合金鋼の組成、表面硬化層の硬さを規制する事により、転動体の転動面に於ける白色組織発生の遅延を図れる。但し、転がり軸受を長期間に亙り使用し続ければ、何れは転動体の表層部分に白色組織が発生し、この白色組織と正常組織との界面から微小亀裂が発生する事は避けられない。これに対して圧縮残留応力は、この微小亀裂を抑え込む方向に作用するので、この微小亀裂が進展するのを抑制し、剥離に至るまでの時間を著しく延長する効果がある。
この様な効果を得られる圧縮残留応力は、浸炭窒化焼き入れによって、基地組織中への炭素と窒素との固溶濃度が、転動体の表面と内部とで勾配を持つ事と、転動体の加工工程のボールピーニング加工による塑性加工の効果とによって付与できる。そこで、前記1%位置の圧縮残留応力を所望値に規制する為に、浸炭窒化焼き入れ時の保持温度と時間とを調節し、炭素と窒素との濃度勾配を調整する。更に、ボールピーニング加工時のドラムの回転速度と加工時間とを調節する事によっても、前記1%位置の圧縮残留応力を調整する。この様にして調整した圧縮残留応力が500MPa未満の場合には、前記微小亀裂を抑え込む効果を十分には得られない。これに対して、900MPaを超えると、圧縮残留応力と釣り合う大きさで転動体の内部に発生する引張応力の作用によって、別部分で亀裂の進展が促進される可能性が生じる。そこで、前記1%位置の圧縮残留応力を、500〜900MPaの範囲に規制した。
前記1%位置の残留応力は、前記転動体表面層部分を、直径の1%(例えば85〜90μm)分、電解研磨により除去した後、X線回折装置を使用して測定する。
[軌道面に関する1%位置の圧縮残留応力:100〜500MPa]
この軌道面の1%位置の圧縮残留応力に関しては、前記両軌道輪の寿命と前記各転動体の寿命とをバランスさせて、転がり軸受全体としての寿命延長を効果的に図る為に規制する。即ち、本発明により、前記各転動体の寿命を長くできる結果、これら各転動体の寿命が前記両軌道輪の寿命に比べて極端に長くなると、転がり軸受全体としての寿命確保の面から無駄が生じる。この様な無駄をなくす為に、請求項5に記載した発明の場合には、前記両軌道輪に関しても、前記1%位置の圧縮残留応力を或る程度確保して、これら両軌道輪の寿命と前記各転動体の寿命との間に、大きな差が生じない様にする。
但し、後述する様に、前記両軌道輪の軌道面に関しては、適切なグリースの使用により、水素の侵入を防止し、白色組織変化を生じ難くできる。従って、前記両軌道輪の1%位置の圧縮残留応力の値は、前記各転動体の1%位置の圧縮残留応力の値程は大きくする必要はない。但し、前記両軌道輪の1%位置の圧縮残留応力が100MPa未満の場合には、前記各転動体の寿命との関係で、これら両軌道輪の寿命確保を十分には得られない。又、これら両軌道輪は、形状が中空の円環状である為、形状が充実体の球形等である前記各転動体に比べて、材料内部に作用する引張応力の影響を受け易い。この為、前記両軌道輪の場合には、前記1%位置部分の圧縮残留応力が500MPaを超えると、この圧縮残留応力と釣り合う大きさで内部に発生する引張応力の作用によって、別部分で亀裂の進展が促進される可能性が生じる。そこで、前記1%位置の圧縮残留応力を、100〜500MPaの範囲に規制した。
この圧縮残留応力の測定方法に関しては、前記各転動体の場合と同様である。
[第一、第二両軌道輪の軌道面の表面硬化層の硬さ:HRC61〜64]
この条件は、前述した様に、前記各転動体の転動面の寿命が前記両軌道輪の軌道面の寿命よりも無駄に長くなるのを防止する為に規定する。即ち、これら両軌道輪の軌道面に或る程度の硬さを有する表面硬化層を形成する事によりこれら両軌道輪の軌道面の寿命が、前記各転動体の転動面の寿命よりも明らかに短くならない様にして、転がり軸受を構成する複数の軸受部品である、前記各転動体と前記両軌道輪との間で、寿命のバランスを図っている。表面硬化層を設けて白色組織変化を抑え、軌道面の寿命延長を図るメカニズムは、前記転動面の場合と同様である。但し、軌道輪の場合には、適切なグリースを使用する事により、水素の侵入を抑えられるので、白色組織変化抑制の面から軌道面の表面硬化層の硬さは、転動面の表面硬化層の硬さ程高くする必要はない。
一方、各転動体が、剛性確保が容易な球状、若しくは円柱状、部分円すい柱状であるのに対して、軌道輪は、剛性確保の面から不利な円環状である事から、軌道輪は転動体よりも大きな靭性を必要とする。そして、靭性は、硬さが高い程低くなるので、靭性確保の面から、軌道輪に形成した表面硬化層の硬さは、転動体に形成した表面硬化層の硬さよりも低くする事が好ましい。但し、軌道輪の表面硬化層の硬さにしても、HRC61未満の場合には、軌道面の局部的塑性変形に基づく白色組織変化が発生し易くなる。これに対し、軌道輪の表面硬化層の硬さがHRC64を超えて大きくなると、軌道輪に必要とされる靭性の確保が難しくなる。そこで、軌道輪の軌道面の表面硬化層の硬さを、HRC61〜64の範囲に規定した。尚、この様な軌道輪の表面硬化層の硬さは、ロックウェル硬さCスケールを用いて、軌道輪の軸方向端面の平坦面部に、圧子を押し付けて測定する。この平坦面部は軌道面ではないが、この平坦面部を含む、前記軌道輪の表面硬化層全体は、各転動体の表面硬化層と同様に、浸炭窒化処理により形成されるので、前記平坦面部と軌道面とで、表面硬化層の硬さは同じである。
本発明を実施する場合に好ましくは、請求項2〜4に記載した発明の様に、前記両軌道輪同士の間の軸受内部空間に適切な組成を有するグリースを、潤滑剤として封入する。そして、前記両軌道輪の軌道面(転走面)に安定して保護被膜を形成し、これら両軌道輪の内部への水素の侵入を抑制する。尚、転動体の転動面に関しても、前記グリースによる保護膜は形成されるが、転動体、特に玉の場合には、ランダムに回転する為、転動面全体に安定した保護被膜を形成する事は難しい。この為、前記グリースによる白色組織変化抑制効果は、前記両軌道輪に比べて前記各転動体で低い事は、前述した通りである。以下、白色組織変化抑制効果の面から優れたグリースの組成に就いて説明する。
[基油:エーテル系合成油」
優れた白色組織変化抑制効果を得る為には、振動や滑りがある使用条件下でも、各転がり接触部に安定して油膜を形成する様に、40℃に於けるグリース組成物の動粘度を、40〜150mm/secの範囲に収める事が好ましい。この範囲の動粘度を安定して得る為には、基油としてエーテル系合成油を使用する事が好ましく、他の種類の基油と混合する場合には、基油全量基準で、エーテル系合成油を50質量%以上(50〜100質量%)含む事が好ましい。前記転がり接触部に油膜を、より安定して形成する為には、エーテル系合成油の中でも、ジアルキルジフェニルエーテルを使用する事が、より好ましい。
[増ちょう剤:ジウレア化合物]
本発明の転がり軸受は、エンジンルーム内に設置される、自動車用補機の回転支持部等に組み込まれる事を考慮しているので、軸受内部空間に封入するグリース組成物に十分な耐熱性を持たせる必要がある。そこで、このグリース組成物中の増ちょう剤として、優れた耐熱性を有するジウレア化合物を使用する。増ちょう剤としてジウレア化合物を使用すれば、使用条件が厳しく、温度が上昇した場合にも、安定して油膜を形成する事が可能である。増ちょう剤の配合割合は、グリース組成物全量基準で5〜25質量%とする事が好ましい。増ちょう剤の配合割合が25質量%を超えると、グリース組成物が過剰に硬くなって十分な潤滑性能を得る事ができなくなる。これに対して、増ちょう剤の配合割合が5質量%未満の場合には、グリース組成物を十分にグリース状にする事ができなくなる(粘度が低過ぎて、前記軸受空間内に保持し難くなる)。
[防錆剤:ナフテン酸塩とコハク酸とこれらナフテン酸塩又はコハク酸の誘導体とのうちから選択される1種又は2種以上]
転がり軸受を構成する前記両軌道輪及び前記各転動体、即ち、軸受部品は、何れも錆び易い合金鋼製であるから、前記軸受内部空間に封入するグリース組成物に防錆機能を持たせる事が好ましい。請求項3に記載した発明でグリース組成物中に添加する、ナフテン酸塩、コハク酸、これらの誘導体は、前記軸受部品を構成する合金鋼の表面に吸着して保護被膜を形成し、防錆作用を発揮すると同時に、この合金鋼の表面に於ける水素の発生と侵入とを抑制する効果を有する。前記各防錆剤は、1種を単独で使用しても、或いは2種以上を組み合わせて使用しても良い。前記各軸受部品の表面の防錆効果を安定して得る為には、前記防錆剤の添加量は、単独で使用する場合も、組み合わせて使用する場合も、グリース組成物全量基準で0.25〜10質量%とする事が好ましい。
[酸化防止剤:フェノール系化合物とアミン系化合物とのうちの少なくとも一方]
この酸化防止剤は、基油(エーテル系合成油)の酸化を防止し、グリース組成物の潤滑性能を長期間に亙り維持する為に添加する。この様な酸化防止剤として、フェノール系化合物とアミン系化合物とを、単独で、或いは組み合わせて使用すれば、前記基油の酸化を防止して、前記グリース組成物の潤滑性能を長期間に亙り維持できる。又、上述の様な酸化防止剤は、前記軸受部品を構成する合金鋼の表面に吸着して、この表面部分に保護被膜を形成し、この表面部分での水素の発生を抑制する機能と、発生した水素が前記軸受部品の内部に侵入する事を抑制する機能とを有する。これらの効果を安定して得る為には、前記酸化防止剤の添加量は、単独で使用する場合も、組み合わせて使用する場合も、グリース組成物全量基準で2〜10質量%とする事が好ましい。
[極圧添加剤:DTC系化合物とDTP系化合物とのうちの少なくとも一方]
この極圧添加剤は、前記両軌道輪の軌道面と前記各転動体の転動面とが金属接触した際に、金属表面と化学反応して保護被膜を形成し、この金属接触部分で水素が発生するのを抑制する機能と、発生した水素が軸受部品内部に侵入するのを抑制する機能とを有する。又、前記軌道面及び前記転動面の耐摩耗性及び耐焼付き性も向上させる機能も有する。DTC系化合物とDTP系化合物とは1種を単独で使用しても、或いはこれら2種以上を組み合わせて使用しても良い。上述した機能を十分に発揮させて、水素の発生及び侵入の抑制と耐摩耗性及び耐焼き付き性向上なる効果を安定的に得る為には、前記極圧添加剤の含有量は、合計で、グリース組成物全量基準で0.5〜10質量%とする事が好ましい。
[導電性物質:平均粒径10〜300nmのカーボンブラック]
グリース組成物中への導電性物質の添加は、前述した様に、前記両軌道輪同士の間の電位差を解消し、前記両軌道面及び前記各転動面に白色組織剥離が発生する事を抑える為に行う。例えば、本発明の転がり軸受を、ゴムベルトを掛け渡す為のプーリの回転支持部に組み込んだ場合、これらプーリとゴムベルトとの間の摩擦により発生した静電気によって、転がり軸受の内部に微量の電流が流れる場合がある。又、発電機や電気モータの回転軸を支持する為の転がり軸受の場合には、漏電によって、内部に微量の電流が流れる場合がある。通常、転がり軸受の運転時には、軌道輪と転動体との間に油膜が存在する為、1対の軌道輪同士の間は絶縁状態になっている。この様な状態で、これら両軌道輪同士の間に電位差が発生し、振動や滑りによって瞬間的に油膜が切れて金属接触が生じると、放電が生じ、潤滑剤や水の分解が加速されて水素の発生が加速する。そこで、上述の様に、グリース中に導電性物質であるカーボンブラックを添加すれば、前記両軌道輪同士の間の電位差が殆ど無い状態になり、放電が生じ難くなって、水素の発生を抑制する事ができる。
カーボンブラックは、導電性を有する材料のうちでも軟らかく、合金鋼に対する攻撃性が低く、又、潤滑性を有する材料であるから好ましく使用できる。尚、上述の様な電位差解消機能は、カーボンブラックの含有量が少な過ぎると得られないし、逆に、この含有量が多過ぎると、グリースの流動性が低下し、このグリースによる潤滑性が低下する。そこで、前記グリース組成物中へのカーボンブラックの添加量を、好ましくは、グリース組成物全量基準で0.5〜5質量%とする。又、カーボンブラックの粒子径は、グリース組成物中での分散性と音響特性の点から、平均粒径で10〜300μmとする。
本発明の対象となる転がり軸受の一種であるラジアル玉軸受の部分切断斜視図。 同じくラジアル円すいころ軸受の部分切断斜視図。 玉の極表面層の硬さと、この玉の転がり疲れ寿命との関係を示すグラフ。 試験後の玉の表面性状を、実施例(A)と比較例(B)との2例に関して示す顕微鏡写真。
本発明の特徴は、転がり軸受を構成する軸受部品のうちの少なくとも転動体に就いて、鋼材の成分、表面層及び極表面層部分での硬さ、1%位置でのNの含有量、残留オーステナイト量、圧縮残留応力等を適切に規制する事により、白色組織剥離を抑える点にある。図面に現れる構造に関しては、前述の図1に記載したラジアル玉軸受1や図2に記載したラジアル円すいころ軸受8を含み、従来から知られている各種構造の転がり軸受と同様であるから、重複する説明を省略する。
本発明の効果を確認する為に行った実験に就いて説明する。
次の表1に記載した組成を有する合金鋼製の線材を使用して、直径8.731mmの玉を、次の工程により製作した。尚、表1中の鋼種Fは、SUJ2に相当する。
線材を切断 → ヘッダ加工 → 粗研削 → 浸炭窒化焼き入れ、又は、通常焼き入れ → 焼き戻し → ボールピーニング → 仕上研削
焼き入れの処理方法の種類、浸炭窒化焼き入れ処理を採用した場合に於ける、浸炭窒化焼き入れ時の保持温度(800〜860℃)とアンモニア流量(0.1〜0.5m/h、焼き戻し温度(160〜240℃)、及びボールピーニングの加工時間(10〜180min)と仕上研削での取り代(10〜100μm)を変える事により、各玉の表面硬さ、極表面硬さ、1%位置のNの含有量、残留オーステナイト量、圧縮残留応力を調整した。
又、JIS−SUJ2製の棒材を使用して、呼び番号が6303である単列深溝型の玉軸受(外径:47mm、内径:17mm、幅:14mm)用の内輪及び外輪を、次の工程により製作した。
棒材を切断 → 施削 → 浸炭窒化焼き入れ、又は、通常焼き入れ → 焼き戻し → 仕上研削
焼き入れの処理方法の種類、浸炭窒化焼き入れ処理を採用した場合に於ける、浸炭窒化焼き入れ時の保持温度(800〜860℃)とアンモニア流量(0.1〜0.5m/h)、及び焼き戻し温度(160〜240℃)を変えて、1%位置の硬さ、Nの含有量、残留オーステナイト量、圧縮残留応力を調整した。
この様にして造った内輪及び外輪と、前述の様にして造った玉と、ポリアミド樹脂製の冠型保持器と、軸受内部空間の軸方向両端開口を塞ぐ為の1対のシールリングとを組み合わせて、本発明の技術的範囲に属する9種類の試料(実施例1〜9)と、本発明の技術的範囲からは外れる5種類の試料(比較例1〜5)との、合計14種類の試料を作成した。又、これら各試料の軸受内部空間に、次の表2に記載した、3種類のグリースのうちの何れかを封入した。
この表2中のグリースAは、転がり軸受に用いられる標準的なグリースである。又、グリースBは、請求項2、3に記載した発明で規定する基油、増ちょう剤を含むグリースである。更に、グリースCは、前記グリースBに、更に、カーボンブラックを添加したものである。
前記14種類毎に5個ずつ、合計70個の試料を作成し、これら各試料に就いて、出願人会社製のオルタネータシミュレート試験機を使用した耐久試験を施した。この試験機は、試料となる転がり軸受により回転自在に支持されたプーリに掛け渡したゴムベルトにより回転伝達を行う構造を有する。この為、前記各試料の寿命試験中に、前記プーリとゴムベルトとの間で発生した静電気により、これら各資料中に封入されたグリースの分解による水素の発生が生じ易い条件になる。
試験条件は、下記の通りである。
ラジアル荷重 : 1910N
回転速度 : 10500min−1
潤滑方法 : グリース潤滑
試験時間 : 700時間
この条件で、前記14種類の試料毎に、累積破損確率が50%となる寿命(L50寿命)を求めた。結果を、玉及び外輪の性状と共に、次の表3に示す。尚、この表3に関して、括弧書きの数値は、当該数値が本発明の技術的範囲から外れる事を表している。
尚、この寿命試験では、何れの試料に関しても、内輪(内輪軌道)には剥離が生じず、外輪(外輪軌道)又は玉(転動面)に剥離が生じた。そこで、前記表3には、内輪の性状に就いては記載せず、玉の性状{極表面層の硬さ、表面層、表面のN量、表面の窒化物面積比、1%位置の残留オーステナイト量(残留γ量)、同じくNの含有量、同じく圧縮残留応力の値}及び外輪の性状(1%位置の残留γ量、同じくNの含有量、同じく圧縮残留応力の値)を記載した。尚、前記内輪に就いては、総ての試料を、通常焼き入れにより製作した。
以上に述べた様な条件で行った寿命試験の結果を記載した表3から分かる様に、玉が、好適な条件で浸炭窒化焼き入れ、焼き戻し及びボールピーニングを施して形成されている実施例1〜9に関しては、各玉の極表面層及び表面層の硬さ、1%位置のN量、残留オーステナイト量、及び圧縮残留応力が好適な範囲にある為、白色組織剥離に対する寿命が長くなっている。
特に、実施例5〜9は、各玉を構成する合金鋼の組成、極表面層硬さ、残留オーステナイト量が、何れもより好ましい範囲にある為、各玉に剥離が生じる事がなく、転がり軸受の寿命がより長くなっている。更に、表面のN量及び窒化物面積率が、何れも好ましい範囲にあり、転動面の耐摩耗性を向上させている。
更に、実施例6〜9は、潤滑剤として、請求項2、3に記載した発明に対応するグリースを使用している為、外輪の剥離も生じ難くなり、転がり軸受の寿命が更に長くなっている。
特に、実施例8、9は、外輪に、好適な条件で潰炭窒化焼き入れを施しているので、この外輪に関する1%位置のN量、残留オーステナイト量、圧縮残留応力が好適な範囲にあり、外輪にも剥離が生じなかった。又、寿命試験後の玉及び外輪に就いて、それぞれの断面の金属組織を観察したが、何れにも白色組織は生じていなかった。従って、実施例8、9は、実施例7よりも、白色組織が生じにくく、寿命が長いと推測される。
これに対して、比較例1は、ボールピーニングの時間が短かった為、各玉の極表面層硬さが本発明の範囲外であり、寿命が短かった。
又、比較例2は、焼き戻し温度が高温であった為、各玉の表面層硬さ及び残留オーステナイト量が本発明の範囲外であり、寿命が短かった。
又、比較例3は、浸炭窒化焼き入れの温度が低かった為、各玉の表面層硬さ及び圧縮残留応力が本発明の範囲外であり、寿命が短かった。
又、比較例4は、アンモニア流量が少なかった為、各玉の残留オーステナイト量及び窒素量が本発明の範囲外であり、寿命が短かった。
更に、比較例5は、各玉に浸炭窒化処理を施しておらず、各玉の極表面層の硬さ、残留オーステナイト量、圧縮残留応力が、何れも本発明の範囲外であり、寿命が短かった。
尚、前記表3にその結果を示した実験の結果から、各玉の極表面硬さと、これら各玉を組み込んだ転がり軸受の転がり疲れ寿命との関係を導き出した結果を、図3に示す。更に、実施例8の玉を、寿命試験後に取り出して切断し、表面を観察した結果を図4の(A)に、比較例1に関して同様の観察をした結果を図4の(B)に、それぞれ示す。これら図3〜4からも、本発明が転動体の白色組織変化寿命の向上に寄与できる事が分かる。
本発明の転がり軸受は、潤滑剤の分解によって、水素が発生し易い環境で使用しても、白色組織の発生が遅延されて、水素による寿命低下が抑制される。
水素の発生し易さは、潤滑剤の種類により異なる。トラクション係数を上げたり、摩耗を防止したりする為、添加剤を多く含む潤滑剤には、水素を発生し易いものがある。例えば自動車や産業機械の変速機に使用される潤滑油には、添加剤を多く含み、水素が発生し易いものがあるので、本発明の転がり軸受が好適に使用できる。
又、前述した様に、転がり軸受の内部に微量の電流が流れると、潤滑油の分解が促進され、水素が発生し易くなる。この為、前述の様なメカニズムにより、静電気に基づく電流が流れる可能性のある自動車のオルタネータ等の電装補機用、或いは漏電に基づき電流が流れる可能性のある電気モータ用軸受等に、本発明の転がり軸受を好ましく使用できる。
更に、本発明の対象となる転がり軸受には、ラジアル玉軸受に限らず、ラジアルころ軸受、ラジアル円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、スラスト玉軸受、スラストころ軸受、スラスト円すいころ軸受等も含まれる。更には、これらの一般的な転がり軸受に限らず、直動軸受(リニアガイド)やボールねじ等の特殊な転がり軸受も、本発明の対象となる。特に、転動体として玉を使用する軸受で有効な事は、前述の通りである。
1 ラジアル玉軸受
2、2a 外輪軌道
3、3a 外輪
4、4a 内輪軌道
5、5a 内輪
6 玉
7、7a 保持器
8 ラジアル円すいころ軸受
9 円すいころ
10 大径側鍔部
11 小径側鍔部

Claims (5)

  1. 何れかの面に第一軌道面を有する第一軌道輪と、この第一軌道面と対向する面に第二軌道面を有する第二軌道輪と、これら第一、第二両軌道面同士の間に転動自在に設けられた複数個の転動体とを備えた転がり軸受に於いて、
    前記第一軌道輪と前記第二軌道輪と前記各転動体との総ての部品が、
    Cを0.8〜1.2質量%、Siを0.1〜0.7質量%、Mnを0.2〜1.2質量%、Crを0.9〜1.8質量%、それぞれ含み、Moの含有量を0.25質量%以下に、Niの含有量を0.2質量%以下に、Cuの含有量を0.2質量%以下に、Sの含有量を0.02質量%以下に、Pの含有量を0.02質量以下に、Oの含有量を10質量ppm以下に、それぞれ抑え、残部をFeと不可避的不純物とから成る合金鋼製であり、
    前記各転動体が、浸炭窒化処理による表面硬化層が形成されていて、表面層の硬さがHRC63〜67、極表面層の硬さがHv950以上であり、
    前記各転動体の直径の1%の長さをXとした場合に、これら各転動体の表面からの深さがXである位置に関して、Nの含有量が0.05質量%以上であり、残留オーステナイト量が20〜40容量%であり、圧縮残留応力が500〜900MPaである
    事を特徴とする転がり軸受。
  2. 基油をエーテル系合成油とし、増ちょう剤をジウレア化合物とし、防錆剤を含む複数種類の添加剤を含むグリース組成物を、前記第一、第二両軌道輪同士の間の軸受内部空間に、潤滑剤として封入した、
    請求項1に記載した転がり軸受。
  3. 前記グリース組成物中の防錆剤が、ナフテン酸塩とコハク酸とこれらナフテン酸塩又はコハク酸の誘導体とのうちから選択される1種又は2種以上であり、
    前記グリース組成物中に、酸化防止剤として、フェノール系化合物とアミン系化合物とのうちの少なくとも一方を添加すると共に、
    前記グリース組成物中に、極圧添加剤として、有機金属塩であるジアルキルジチオカルバミン酸(DTC)系化合物とジアルキルジチオリン酸(DTP)系化合物とのうちの少なくとも一方を添加した、
    請求項2に記載した転がり軸受。
  4. 導電性物質であり、平均粒径が10〜300nmのカーボンブラックを0.5〜5質量%含有するグリース組成物を、前記第一、第二両軌道輪同士の間の軸受内部空間に、潤滑剤として封入した、
    請求項1〜3のうちの何れか1項に記載した転がり軸受。
  5. 前記第一、第二両軌道輪のうちの少なくとも一方の軌道輪の表面に、浸炭窒化処理による表面硬化層が形成されていて、
    この表面硬化層の硬さがHRC61〜64であり、
    前記各転動体の直径の1%の長さをXとした場合に、
    前記表面硬化層を形成した軌道輪の表面から深さXの位置に関して、Nの含有量が0.05質量%以上であり、残留オーステナイト量が20〜40容量%であり、圧縮残留応力が100〜500MPaである、
    請求項1〜4のうちの何れか1項に記載した転がり軸受。
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