JP2011184795A - 成形性に優れたアルミニウム合金板 - Google Patents

成形性に優れたアルミニウム合金板 Download PDF

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Abstract

【課題】SSマークの発生が少なく、成形性に優れたAl−Mg系合金板を提供する。
【解決手段】特定のMg、Znを含む組成からなるAl−Mg系アルミニウム合金板製造の際に、溶体化・焼入れ処理後、室温まで冷却せずに、連続してごく低温の焼鈍を施し、SEMやTEMを用いた通常の組織観察では知見できないが、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡では測定可能な、特定の原子の集合体を存在させるようにして、プレス成形時のSSマークの発生を抑制する。
【選択図】なし

Description

本発明は、ストレッチャーストレインマークの発生が少なく、成形性に優れたAl−Mg系アルミニウム合金板に関するものである。本発明で言うアルミニウム合金板とは、熱間圧延板や冷間圧延板であって、焼鈍などの調質されたアルミニウム合金板を言う。また、以下、アルミニウムをAlとも言う。
近年、地球環境などへの配慮の観点から、自動車等の車両の軽量化の社会的要求はますます高まってきている。かかる要求に答えるべく、自動車パネル、特にフード、ドア、ルーフなどの大型ボディパネル(アウタパネル、インナパネル)の材料として、鋼板等の鉄鋼材料にかえてアルミニウム材料の適用が検討されている。
Al−Mg系のJIS5052合金やJIS5182合金等の5000系アルミニウム合金板(以下、Al−Mg系合金板とも言う)は、延性および強度に優れることから、従来から、プレス成形されるこれら大型ボディパネル用の素材として使用されている。
しかし、特許文献1などに開示される通り、Al−Mg系合金について引張試験を行なえば、応力−歪曲線上の降伏点付近で降伏伸びが生じる場合があり、また降伏点を越えた比較的高い歪量(例えば引張伸び2%以上)で応力−歪曲線に鋸歯状もしくは階段状のセレーション(振動)が生じる場合がある。これらの応力−歪曲線上の現象は、実際のプレス成形時においていわゆるストレッチャーストレイン(以下SSマークとも記す)の発生を招き、成形品である大型ボディパネル、特に外観が重要なアウタパネルにとって大きな問題となる。
SSマークは、公知のように、歪量の比較的低い部位で発生する火炎状の如き不規則な帯状模様のいわゆるランダムマークと、歪量の比較的高い部位で引張方向に対し約50°をなすように発生する平行な帯状模様のパラレルバンドとに分けられる。前者のランダムマークは降伏点伸びに起因し、また後者のパラレルバンドは応力−歪曲線上のセレーションに起因することが知られている。
従来から、Al−Mg系合金におけるSSマークを解消する方法が種々提案されている。例えば、通常、Al−Mg系合金板の結晶粒度が微細なほど、SSマークは顕著に観察される。そこでSSマークの解消のための方法の一つとして、結晶粒をある程度粗大に調整する方法が従来から知られている。この方法は、SSマークのうちでも、特に、降伏伸びに起因するランダムマークの低減に有効とされている。
ただ、このような結晶粒の調整方法では、結晶粒が粗大になり過ぎれば、プレス成形によって表面に肌荒れが発生するなどの別の問題が生じる。このような表面の肌荒れの防止は、SSマークの発生防止と同時に行うことが実際には非常に困難である。また、この結晶粒の調整方法は、致命的には、SSマークのうちでも、応力−歪曲線上のセレーションに起因する、パラレルバンドの発生防止には余り有効ではない。
また、SSマークの解消のための従来の方法として、Al−Mg系合金板のO材(軟質材)もしくはT4処理材などの調質材に、大型ボディパネルへのプレス成形前に、予めスキンパス加工あるいはレベリング加工等の若干の加工(予加工)による歪み(予歪み)を与えておくことが知られている。この方法はSSマークのうちでも、特に、降伏伸びに起因するランダムマークの低減に有効とされている。この予加工によって、予め多くの変形帯を形成しておけば、Al−Mg系合金板のプレス成形の際に、これらの多数の変形帯が降伏の起点として機能する。このため、降伏時における急激かつ不均一な変形が生じなくなる。すなわち、これら急激かつ不均一な変形による降伏伸びが発生しなくなり、ランダムマークも抑制される。
一般にAl−Mg系合金中では、Mgがコットレル雰囲気を形成して転位を固着しているため、プレス成形の際に降伏を生ぜしめるためには、余分な応力を必要とする。これに対して、プレス成形の際に、一旦ある箇所で降伏が開始されれば、応力の増加を伴わなくても、その箇所から雪崩的に変形が伝播し、その結果、Al−Mg系合金板内で不均一な変形が急激に生じることになる。このように応力の増加を伴わずに、変形が急激に進むため、応力−歪曲線上で降伏伸びが現れ、またその急激な変形が不均一であるため、プレス成形時には火炎状等のランダムマークが発生することになる。
ただ、このような予加工を与えることによって降伏伸びの発生を抑制し、SSマーク特にランダムマークの発生を防止する方法でも、応力−歪曲線上のセレーションに起因する、パラレルバンドの発生防止には限界がある。即ち、予加工の加工度が高くなりすぎた場合には、この予加工を行なったAl−Mg系合金板の引張試験を行なえば、応力−歪曲線上で歪ピッチの長い階段状のセレーションが生じやすくなる。このようなセレーションは、実際のプレス成形時においても、幅の広い明瞭なパラレルバンドの発生につながりやすく、予加工の加工度には、自ずと制約がある。
これに対して、予加工の加工度を小さくしても、ある程度は降伏伸びを抑制することができるが、逆に、安定して確実に、ランダムマークの方の発生を防止することができなくなる。特に、元々ランダムマークが発生しやすい結晶粒の微細なAl−Mg系合金板の場合には、低加工度の予加工を行っても、ランダムマークが顕著に発生してしまう。また低加工度の予加工では、板内の場所による元板の厚さのわずかな変動が加工度のばらつきに大きな影響を与えてしまい、ランダムマークの発生を安定かつ確実に防止し得ない一因となる。したがって、予加工を与える方法では、応力−歪曲線上のセレーションに起因するパラレルバンドの発生防止と、ランダムマーク発生防止との最適加工度が相反するために、これら両者を同時に防止することができない。
なお、SSマークのうちのパラレルバンドに関して、例えば機械式プレスによる金型成形時など、プレス成形時における歪速度が速い場合には、成形速度に留意すればパラレルバンドの発生が少なくなることが従来から知られている。しかし、成形速度がより小さい油圧プレス機等による成形では、特に、前述のような歪みピッチの大きい階段状セレーションが生じるようなAl−Mg系合金板材料では、幅の広い明瞭なパラレルバンドの発生を免れ得なかった。
これに対して、特許文献1では、降伏伸びに起因するランダムマークの発生とともに、応力−歪曲線上での階段状の幅の広いセレーションに関連する広幅のパラレルバンドの発生も抑制した、SSマークの発生が少ないAl−Mg系合金板が提案されている。具体的には、Al−Mg系合金の圧延板に、急速冷却を伴なう特定条件での溶体化処理・焼入れを施し、その後特定条件での予加工としての冷間加工を行ない、さらに特定条件での最終焼鈍を施す。そして、平均結晶粒径が55μm以下でかつ150μm以上の粗大結晶粒が実質的に存在しない最終板を得るものである。
また、Al−Mg系合金板において、板の融解過程における熱的変化を示差熱分析(DSC)により測定して得られた固相からの加熱曲線の50〜100℃の間の吸熱ピーク高さによって、プレス成形性向上の指標とすることも公知である。例えば、特許文献2では、双ロール式連続鋳造によって製造された、Mgが8質量%を超える高MgのAl−Mg系合金板において、吸熱ピーク高さを50.0μW以上として、プレス成形性を向上させている。これは、DSCの50〜100℃の間の吸熱ピーク高さが、Al−Mg系合金板組織中のβ相と称せられるAl−Mg系金属間化合物の存在形態(固溶、析出状態の安定性)を示していることを根拠としている。
特開平7−224364号公報 特開2006−249480号公報
しかし、特許文献1では、階段状のセレーションを軽微にできるだけであり(特許文献1の実施例の階段状セレーション評価の説明に記載)、そのためSSマークの一つであるパラレルバンドは完全には抑制できない。これに対し、最近の大型ボディパネル、特に外観が重要なアウタパネルでは表面性状の要求レベルが更に厳しくなってきており、これら特許文献1、2では、SSマーク発生の抑制策としては不十分になってきている。
このような課題に鑑み、本発明の目的は、降伏伸びに起因するランダムマークの発生とともに、パラレルバンドの発生を同時に抑制でき、SSマークを抑制して、自動車パネルへのプレス成形などの成形性に優れたAl−Mg系アルミニウム合金板を提供することである。
この目的を達成するために、本発明の成形性に優れたアルミニウム合金板の要旨は、質量%で、Mg:0.5〜7.0%、Zn:0.1〜4.0%を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Mg系アルミニウム合金板であって、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定された原子の集合体として、その原子の集合体が、Mg原子かZn原子かのいずれかまたは両方を合計で20個以上含むとともに、これら含まれるMg原子かZn原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.50nm以下であり、これらの条件を満たす原子の集合体を1×104 個/μm3 以上の平均密度で含むこととする。
ここで、上記原子の集合体における、原子の距離の規定は、上記原子の集合体に含まれるMg原子やZn原子のいずれの原子も、その原子(基準となるMg原子やZn原子)と隣り合う他の原子(Mg原子、Zn原子あるいは他の原子)のうちの、いずれかひとつの原子との互いの距離が0.50nm以下であればよい、という意味である。すなわち、その原子に隣り合う他の全ての原子とその原子との互いの距離が全て0.50nm以下になっていても良いが、必ずしもそうなる必要は無く、これから外れる距離の隣り合う原子が中にはあっても良い、この距離を満たす他の原子が最低1個あればいい、という意味である。また、上記原子の集合体に合計で20個以上含まれるMg原子とZn原子は、全て上記隣り合う他の原子との距離の関係を満たす、ということも意味する。
Al−Mg系アルミニウム合金板では、Znを含有するとSSマークの発生抑制効果があるものの、同じZn含有量のAl−Mg系アルミニウム合金板であっても、SSマークの発生抑制効果には大きな差がある。このことから、単に、Znを含むだけではなく、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板の組織状態の違いが、SSマークの発生状態に大きく影響しているものと考えられる。この組織状態としては、新規な微細MgZnクラスタなどの存在が、SSマーク抑制に効果があると予想される。
しかし、SEMやTEMを用いた通常の組織観察によっても、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板については、SSマーク抑制に効果があるとみられる、前記した新規な微細MgZnクラスタを知見できなかった。このため、このような新規な微細MgZnクラスタの規定によっては、SSマーク抑制に効果があるZnを含有するAl−Mg系アルミニウム合金板の組織を特定することはできなかった。
これを踏まえて、本発明では、100個未満の原子構造分析が可能な、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により、原子数10個分程度の原子の集合体(クラスター)の分析を試みた。即ち、SSマーク抑制性が優劣相異なる、幾つかのZnを含むAl−Mg系アルミニウム合金板につき、互いの原子の集合体の存在形態(存在状態)の違いを確かめた。
この結果、本発明が規定する原子の集合体の存在状態によって、他の材料条件に互いに差が無い、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板同士のSSマーク抑制性の優劣が大きく異なり、本発明が規定する原子の集合体が多いほど、SSマーク抑制効果が大きいことを知見した。ここで、他の材料条件に差が無いとは、上記SSマーク抑制の優劣が相異なる板の、互いの成分組成は勿論、通常のTEMやSEMなどの組織観察、あるいは抽出残渣法やX線回折などの分析によっても、互いに差が無いことを意味する。
言い換えると、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板では、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定された、少なくともMg原子かZn原子かのいずれかを含む原子の集合体の存在状態、すなわち平均密度が、この板の組織と、この板のSSマーク特性にて代表されるプレス成形性との関係を表す指標となりうる。
本発明が規定する原子の集合体は、好ましい最大の個数として100個の原子からなったとしても、その大きさは、せいぜい50Å(オングストローム)程度の微小なものである。したがって、現在、最大の倍率が100万倍程度の透過型電子顕微鏡(TEM)であっても、観察できる限界(検出限界)ギリギリか、限界以下である。このため、最大倍率のTEMであっても、実際問題として、本発明が規定する原子の集合体を観察(検出)できない。
また、例えば、添加元素の固溶量や析出物量を測定するために汎用される抽出残渣法でも、最も小さな目開きサイズ0.1μm のフィルターによって、0.1μm 以下の微細なサイズの析出物か、0.1μm を越える粗大なサイズの析出物かは判別可能である。但し、この抽出残渣法による0.1μm 以下の微細なサイズの析出物といっても、本発明が規定する100個未満の原子からなる原子の集合体か、それより大きな析出物か、あるいは固溶している元素かは、判別できない。
これらの事実は、上記耐熱性の優劣が相異なる板を、これらTEMやSEMなどの組織観察、あるいは抽出残渣法やX線回折などの分析を駆使して行っても、本発明が規定する原子の集合体の存在状態の違いまでは、とても検知できないことを意味する。また、最大倍率のTEMであっても、あるいは抽出残渣法であっても、本発明が規定する原子の集合体が存在するか否かさえ識別できないことも意味する。
これに対して、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡による分析は、高密度化された磁気記録膜や電子デバイスの分析などに汎用されている。また、鋼材の分野でも組織分析に使用されている。例えば、特開2006−29786号公報では鋼材中の炭素含有微細析出物に含まれる元素の種類や量の分析に使用されている。また、特開2007−254766号公報では鋼材中の硫化物とFeとの界面のC量、N量の分析(原子/nm2 )にも使用されている。
また、銅合金分野では、本出願人自身が、特願2008−111611号として、この3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡を使用した、Cu−Fe−P系銅合金板の耐熱性向上のための原子集合体の規定による指標を提案している。すなわち、少なくともFe原子かP原子かのいずれかを含み、Fe原子とP原子との互いに隣り合う原子同士の距離が0.90nm以下である原子の集合体の平均密度を、Cu原子とFe原子とP原子との合計個数が15個以上、100個未満と規定している。
この点、本発明においても、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板ではあるが、これと同じく3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡を使用して、成形性向上のための原子集合体を規定している。
すなわち、本発明では、Mg原子かZn原子かのいずれかを含む原子の集合体の平均密度で、超微細なMgZnクラスタを一定量存在させる。これによって、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板の限界ひずみ量増大効果を高めて、応力−歪曲線上のセレーションを抑制し、これに起因するパラレルバンドを抑制して、ストレッチャーストレインマークの発生を抑制できる。
以下に、本発明の実施の形態につき、要件ごとに具体的に説明する。
(組織)
本発明者らは、Al−Mg系アルミニウム合金板では、Znを含有するとSSマークの発生抑制効果があることを知見していた。しかし、同時に、同じZnの含有量のAl−Mg系アルミニウム合金板であっても、SSマークの発生抑制効果には大きな差がある現象が起こることも知見していた。このことから、単に、Znを含むだけではなく、Al−Mg系アルミニウム合金板の組織状態、即ち、Znを含む場合に発生する、MgZnクラスタの存在形態が、SSマークの発生状態に大きく影響しているものと考えられる。
このため、本発明者らは、このようなMgZn系クラスタの存在状態を確認すべく、SSマークが抑制されてプレス成形性に優れた、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板の組織観察を行った。具体的には、板組織における微細なMgZnクラスタを測定するのに最も有効な10万倍のFE−TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて組織観察を行った。
しかし、このようなTEMによる通常の組織観察によっても、SSマーク抑制効果に優れたZnを含むAl−Mg系アルミニウム合金板(以下、Al−Mg−Zn系合金板とも言う)につき、このSSマーク抑制に効果があるとみられる、新規な微細MgZnクラスタは知見(観察)できなかった。
そこで、本発明者らは、これらTEMやSEMでも観察できないような、言い換えると、殆ど固溶状態と大差が無いくらいの、新規な微細MgZnクラスタの存在が、SSマーク抑制に影響しているのではと考えた。Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板組織に、仮に、このような微細MgZnクラスタが板組織中に存在すれば、プレス成形による変形の際の転位の移動を妨げ、SSマーク発生の抑制効果があるのではないかと推測されるからである。
3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡:
前記した新規な微細MgZnクラスタ(本発明が規定する20個以上の原子からなる原子の集合体)は、現時点では、公知の3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡を用いてのみ、測定可能である。
3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡(3DAP:3D Atom Probe Field Ion Microscope 、以下3DAPとも略記する)は、電界イオン顕微鏡(FIM)に、飛行時間型質量分析器を取り付けたものである。このような構成により、電界イオン顕微鏡で金属表面の個々の原子を観察し、飛行時間質量分析により、これらの原子を同定することのできる局所分析装置である。また、3DAPは、試料から放出される原子の種類と位置とを同時に分析可能であるため、原子の集合体の構造解析上、非常に有効な手段となる。このため、公知技術として、前記した通り、磁気記録膜や電子デバイスあるいは鋼材の組織分析などに使用されている。
この3DAPでは、電界蒸発とよばれる高電界下における試料原子そのもののイオン化現象を利用する。試料原子が電界蒸発するために必要な高電圧を試料に印加すると、試料表面から原子がイオン化されこれがプローブホールを通りぬけて検出器に到達する。
この検出器は、位置敏感型検出器であり、個々のイオンの質量分析(原子種である元素の同定)とともに、個々のイオンの検出器に至るまでの飛行時間を測定することによって、その検出された位置(原子構造位置)を同時に決定できるようにしたものである。したがって、3DAPは、試料先端の原子の位置及び原子種を同時に測定できるため、試料先端の原子構造を、3次元的に再構成、観察できる特長を有する。また、電界蒸発は、試料の先端面から順次起こっていくため、試料先端からの原子の深さ方向分布を原子レベルの分解能で調べることができる。
この3DAPは高電界を利用するため、分析する試料は、金属等の導電性が高いことが必要で、しかも、試料の形状は、一般的には、先端径が100nmφ前後あるいはそれ以下の極細の針状にする必要がある。このため、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板の板厚中央部などから試料を採取して、この試料を精密切削装置で切削および電解研磨して、分析用の極細の針状先端部を有する試料を作製する。測定方法としては、例えば、Imago Scientific Instruments 社製の「LEAP3000」を用いて、この先端を針状に成形したアルミニウム合金板試料に、1kVオーダーの高パルス電圧を印加し、試料先端から数百万個の原子を継続的にイオン化して行う。イオンは、位置敏感型検出器によって検出し、パルス電圧を印加されて、試料先端から個々のイオンが飛び出してから、検出器に到達するまでの飛行時間から、イオンの質量分析(原子種である元素の同定)を行う。
更に、電界蒸発が、試料の先端面から順次規則的に起こっていく性質を利用して、イオンの到達場所を示す、2次元マップに適宜深さ方向の座標を与え、解析ソフトウエア「IVAS」を用いて、3次元マッピング(3次元での原子構造:アトムマップの構築)を行う。これによって、試料先端の3次元アトムマップが得られる。
そして、この3次元アトムマップを、更に、析出物やクラスタに属する原子を定義する方法であるMaximum Separation Methodを用いて、原子の集合体(クラスタ)の解析を行う。本手法は、指定した溶質原子間の最大間隔dmaxと、クラスタを構成する最低原子数Nminをパラメータとして与える方法である。この解析の際には、MgおよびZn原子の隣り合う最大間隔dmaxが0.50nmで、かつMgおよびZn原子の合計最低原子数Nminを20個としてクラスタを定義して行う。この結果からクラスタの分散状態を評価し、クラスタの数密度(測定試料数が3個以上での規定平均密度)を定量化する。
(3DAPによる原子の検出効率)
但し、これら3DAPによる原子の検出効率は、現在のところ、イオン化した原子のうちの50%程度が限界であり、残りの原子は検出できない。この3DAPによる原子の検出効率が、将来的に向上するなど、大きく変動すると、本発明が規定する原子の集合体の平均個数密度(個/μm3 )の3DAPによる測定結果が変動してくる可能性がある。したがって、この原子の集合体の平均個数密度の測定に再現性を持たせるためには、3DAPによる原子の検出効率は約50%と略一定にすることが好ましい。
(原子の集合体の定義)
本発明では、本請求項で規定する原子の集合体(クラスター)を、少なくともMg原子かZn原子かのいずれかを含むものとする。その上で、Mg原子かZn原子かのいずれかまたは両方を合計で20個以上含む原子の集合体であって、これら含まれるMg原子かZn原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.50nm以下である原子の集合体の平均個数密度(個/μm3 )を、1×104 個/μm3 以上の平均密度で含むことと規定する。
この原子の集合体は、Mg原子とZn原子の二つの原子だけから構成されるとは限らない。Mg原子かZn原子あるいはMg原子とZn原子に加えて、他の元素、特に、Si原子やCu原子などを含むこともある。
Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金の成分組成によっては、合金元素や不純物として含む、Si原子やCu原子、あるいは、Fe、Mn、Cr、Zr、V、Tiなどの原子が原子の集合体中に含まれ、これらその他の原子が3DAP分析によりカウントされる場合が必然的に生じるからである。しかし、その他の原子(合金元素や不純物由来)が原子の集合体に含まれるとしても、Mg原子とZn原子の総数に比べると少ないレベルである。それゆえ、このような、その他の原子を集合体中に含む場合でも、Mg原子とZn原子の規定距離と、規定合計個数の条件を満たすものは、本発明の原子の集合体として、Mg原子とZn原子のみからなる原子の集合体と同様に機能する。したがって、隣り合う距離内の原子の個数を満たす場合は、その他の原子を集合体中に含む場合でも、本発明の原子の集合体としてカウントし、隣り合う距離内の原子の個数条件を満たさない場合は、本発明の原子の集合体とはせず、カウントしない。
この点で、本発明の原子の集合体において、互いに隣り合う原子とは、Mg原子とZn原子との異なる原子同士だけではなく、Mg原子同士、Zn原子同士でも良い。例えば、原子の集合体において、Mg原子かZn原子かのいずれかが検出されずに0個であっても(Mg原子かZn原子かのいずれかのみであっても)、Mg原子同士かZn原子同士かのいずれかが、隣り合う距離(0.50nm以下)と、個数(20個以上)とを満たせば、本発明で定義する原子の集合体とし、本発明で定義する原子の集合体として平均個数密度にカウントする。それゆえ、3DAP分析により測定する際に、仮に、隣り合う距離内の原子の個数が規定する個数を満たしていたとしても、この原子の集合体が、Mg原子かZn原子をいずれも含まないものであれば、本発明が規定する原子の集合体ではなく、カウントしない。すなわち、本発明で規定する原子の集合体とは、Mg原子とZn原子の両方か、あるいはMg原子かZn原子のいずれかの原子を必ず含む。
ここで、原子の集合体における、原子の距離の規定は、段落0019で記載した通り、上記原子の集合体に含まれるMg原子やZn原子のいずれの原子も、その原子(基準となるMg原子やZn原子)と隣り合う他の原子(Mg原子、Zn原子あるいは他の原子)のうちの、いずれかひとつの原子との互いの距離が0.50nm以下であればよい。すなわち、その基準となるMg原子あるいはZn原子に隣り合う、他の全ての原子とその基準原子との互いの距離が全て0.50nm以下になっていても良い。また、これから外れる距離の隣り合う原子が中にはあっても良く、この距離を満たす他の原子が最低1個あればいい。そして、上記原子の集合体に合計で20個以上含まれるMg原子とZn原子とは、全てこのような隣り合う他の原子との距離の関係を満たすものである。
このような本発明の原子の集合体は、後述する、溶体化焼入れ処理に続く、ごく低温での長時間焼鈍において、Mg原子とZn原子が拡散して、生成するものと推考される。
(原子の集合体の平均密度)
本発明では、以上のように規定され、かつ3DAP分析により測定される、原子の集合体を、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板組織中に、1×104 個/μm3 以上の平均密度で存在させる。
これによって、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板のプレス成形性である、SSマークの発生を抑制させることができる。即ち、原子の集合体が多いほど、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板の原子空孔(ベーカンシー)を、原子の集合体で閉塞(トラップ)させることができる。原子空孔の存在は、応力−歪曲線上のセレーションに起因するパラレルバンドの発生や伝播を促進させると推考される。このため、原子空孔が原子の集合体で閉塞されると、SSマークの発生や伝播が抑制される。また、これによって、降伏伸びの発生に起因するランダムマークの発生とともに、パラレルバンドの発生も同時に抑制できる。したがって、本発明によれば、SSマークの発生を総合的に抑制でき、プレス成形性を向上させることができる。
これに対して、この原子の集合体が1×104 個/μm3 未満の平均密度では、原子の集合体が少なすぎて、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板の原子空孔(ベーカンシー)に、Mg原子とZn原子を拡散させて、閉塞(トラップ)させることができない。このため、原子空孔が多くはそのまま残り、この原子空孔による、SSマークの発生や伝播の促進作用を止めることができずに、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板のSSマークの発生を十分抑制させることができなくなる。なお、この原子の集合体の平均密度の上限値は、特に限定するものではないが、製造上の限界などからすれば、1×106 個/μm3程度が想定される。
ここで、本発明の原子の集合体の、Mg原子とZn原子との合計個数を20個以上としたのは、この合計個数が20個未満では、原子の集合体のサイズが小さすぎて、原子空孔の閉塞(トラップ)効果が小さくなるからである。一方で、Mg原子とZn原子との合計個数を100個以上の多数とすることは、本発明の製造方法では困難である。また、仮に、Mg原子とZn原子との合計個数が100個以上となった場合には、本発明で規定する原子の集合体(クラスター)とはならず、粗大な析出物となって、本発明で規定する原子の集合体自体や、その効果が無くなる可能性もある。したがって、Mg原子とZn原子との合計個数は、20個以上とし、好ましくは20個以上100個未満の範囲とする。
ランダムマークの発生防止:
本発明では、SSマークのうち、降伏伸びの発生によるランダムマークの発生も防止できる。したがって、このランダムマークの発生防止のために、従来の予歪み(予加工)を与える対策も不要となる。言い換えると、従来の予歪み(予加工)を与えずとも、歪量の比較的低い部位で発生するランダムマークと、歪量の比較的高い部位で発生するパラレルバンドとの、両方のストレッチャーストレインマーク(SSマーク)の発生を十分に抑制できる。
本発明は、自動車パネル用素材板として、特に外観が重要なアウタパネルでの表面性状の要求レベルが更に厳しくなった場合でも、降伏伸びに起因するランダムマークの発生とともに、応力−歪曲線上でのセレーションに関連するパラレルバンドの発生を、同時に抑制できる。この結果、自動車パネル用素材板の性能を大きく向上できる。
(化学成分組成)
本発明アルミニウム合金熱延板の化学成分組成は、基本的に、Al−Mg系合金であるJIS 5000系に相当するアルミニウム合金とする。なお、各元素の含有量の%表示は全て質量%の意味である。
本発明は、特に、自動車パネル用素材板として、プレス成形性、強度、溶接性、耐食性などの諸特性を満足する必要がある。このため本発明熱延板は、5000系アルミニウム合金の中でも、質量%で、Mg:0.5〜7.0%、Zn:0.1〜4.0%を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Mg系アルミニウム合金板とする。
また、このAl−Mg系アルミニウム合金板が、更に、質量%で、Fe:1.0%以下、Si:0.5%以下、Mn:1.0%以下、Cr:0.3%以下、Zr:0.3%以下、V:0.3%以下、Ti:0.1%以下、Cu:1.0%以下、の内から選ばれる一種また二種以上を含有することを許容する。なお、元素含有量は全て質量%である。
Mg:0.5〜7.0%
Mgは、加工硬化能を高め、自動車パネル用素材板としての必要な強度や耐久性を確保する。また、材料を均一に塑性変形させて破断割れ限界を向上させ、成形性を向上させる。また、超微細MgZnクラスタを形成して、プレス成形の際のSSマークの発生を抑制するものと推測される。Mgの含有量が0.5%未満では、Mg含有のこれら効果発揮が不十分となる。また、超微細MgZnクラスタも不足して、3DAP分析により測定された原子の集合体の平均個数密度が1.0×10-4/nm3以上にはならなくなる。
一方、Mgの含有量が7.0%を越えると、板の製造が困難となり、しかもプレス成形時に、却って粒界破壊が発生しやすくなり、プレス成形性が著しく低下する。したがって、Mgの含有量は0.5〜7.0%、好ましくは1.5〜6.5%の範囲とする。
Zn:0.1〜4.0%
Znは、新規な超微細MgZnクラスタを形成して、プレス成形の際のSSマークの発生を抑制するものと推測される。Znが0.1%未満と少なすぎる場合は、プレス成形の際のSSマークの発生抑制効果発揮が不十分となる。また、新規な超微細MgZnクラスタの量も不足する。
一方、Znの含有量が4.0質量%を越えれば、耐食性が低下してしまうから、Znの含有量は4.0%以下で、0.1〜4.0%の範囲内が望ましい。更に好ましくは1.0〜3.5%の範囲内である。
因みに、Al−Mg系アルミニウム合金板において、通常、添加元素であるZnは、Cuとともに、析出強化によって強度を向上させる有効な元素と認識されている。また、特許文献1では、ZnがSSマークの抑制にも有効な元素と認識されている。しかし、本発明のように、後述する製造条件との組み合わせによって、超微細MgZnクラスタを形成して、プレス成形の際のSSマークの発生を抑制する点については公知では無い。
その他の元素:
本発明では、その他の元素として、更に、Fe、Si、Mn、Cr、Zr、V、Ti、Cuの内から選ばれる一種また二種以上を含有することを許容する。これらの元素は、溶解原料としてアルミニウム合金スクラップ量(アルミニウム地金に対する割合)が増すほど含有量が多くなる不純物元素である。即ち、Al合金板のリサイクルの観点から、溶解原料として、高純度アルミニウム地金だけではなく、5000系合金やその他のAl合金スクラップ材、低純度Al地金などを溶解原料として使用した場合には、これら元素の混入量(含有量)が必然的に多くなる。そして、これら元素を例えば検出限界以下などに低減すること自体がコストアップとなり、ある程度の含有の許容が必要となる。
また、これら元素には、少量だけ含有された場合には、結晶粒の微細化効果もある。Al−Mg系アルミニウム合金板のプレス成形時の肌荒れは、板の平均結晶粒径が50μmを超えるなど、結晶粒径が大きい場合に発生しやすく、板の結晶粒径は小さいほど好ましい。また、これらの元素は、同じく少量の含有で、成形性限界を向上させる効果もある。
ただ、一方で、これらの元素の含有量が多くなると、やはり、これら元素の弊害として、これらの元素に起因する粗大な晶出物や析出物が多くなり、破壊の起点になりやすく、却ってプレス成形性を低下させる。さらに、結晶粒径も微細になりすぎ、25μm未満になるとSSマークも出やすくなる。したがって、これらの元素を含有する場合には、各々、Fe:1.0%以下、Si:0.5%以下、Mn:1.0%以下、Cr:0.3%以下、Zr:0.3%以下、V:0.3%以下、Ti:0.1%以下、Cu:1.0%以下の範囲とする。
(製造方法)
本発明の板の製造方法について、以下に具体的に説明する。
本発明では、溶体化処理前までの圧延工程までは、5182、5082、5083、5056などのMgを4.5%程度含む、成形用Al−Mg系合金の通常の製造工程による製造方法で製造可能である。即ち、鋳造(DC鋳造法や連続鋳造法)、均質化熱処理、熱間圧延の通常の各製造工程を経て製造され、板厚が1.5〜5.0mmであるアルミニウム合金熱延板とされる。この段階で製品板としても良く、また冷間圧延前もしくは冷間圧延の中途において1回または2回以上の中間焼鈍を選択的に行ないつつ、更に冷延して、板厚が1.5mm以下の冷延板の製品板としても良い。
溶体化処理(最終焼鈍):
本発明の組織を有する板とするためには、以上のようにして得られた所要の板厚のこれら熱延板あるいは冷延板に対して、最終焼鈍として、急速加熱や急速冷却を伴う溶体化・焼入れ処理を行う。このような溶体化・焼入れ処理を行った材料、いわゆるT4処理材は、比較的緩やかな加熱や冷却を伴うバッチ焼鈍材と比較して、強度と成形性とのバランスに優れる。また、溶体化処理に続く焼入れ処理時には原子空孔が導入される。
ここで、溶体化処理温度の適正値は、具体的な合金組成によって異なるが、400℃以上570℃以下の範囲内とする必要がある。また、この溶体化処理温度での保持は180秒(3分)以内とする必要がある。溶体化処理温度が400℃未満では合金元素の固溶が不十分となって強度・延性等が低下する恐れがある。一方、溶体化処理温度が570℃を越えれば、結晶粒が過度に粗大化して成形性の低下や成形時の肌荒れの発生が問題となる。また溶体化処理温度での保持時間が180秒を越えれば、結晶粒の過度の粗大化による、成形性の低下や成形時の肌荒れ発生などの問題が生じる。
焼入れ処理:
この溶体化処理後の焼入れ処理時は、板の温度が溶体化温度から、続く低温焼鈍温度まで、10℃/秒以上の冷却速度で冷却する必要がある。冷却速度が10℃/秒未満では、冷却中に粗大な析出物が生成して、この後に低温焼鈍を加えて最終板としても、クラスタの生成量が不足してSSマークが発生する。このような急速加熱や急速冷却を伴う溶体化・焼入れ処理は、連続焼鈍ライン(CAL)等を用いて連続的に行っても良いし、あるいは加熱にソルトバス等を、冷却に水焼入れ、油焼入れ、強制空冷等を用いてバッチ式で行っても良い。ここで、CALを用いた溶体化処理・焼入れを実施した場合、室温〜溶体化処理温度までの一般的な加熱および冷却の速度はともに5〜100℃/秒程度である。
低温焼鈍:
この焼入れ処理(急冷)に続いて、室温まで板の温度を下げることなく、30℃以上50℃以下の範囲で24時間以上保持する低温焼鈍を、連続して行う。このためには、板の温度が30℃以上50℃以下の範囲となってところで、焼入れ処理(急冷)における冷却を停止し、この30℃以上50℃以下の温度範囲で、そのまま、板(コイル)を24時間以上保持する。
このように、溶体化・焼入れ処理後に、板を室温まで冷却せずに、連続的に低温焼鈍を行うことが、本発明の板として、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定された原子の集合体の平均密度を1×104 個/μm3 以上とするために重要である。
この低温焼鈍の30〜50℃という温度は、通常のより高温の時効析出温度に比して著しく低温である。これは、低い焼鈍温度の方が、溶体化焼入れ処理後の過飽和固溶度が大きくなるため、超微細なクラスタが安定的に形成されるためである。この低温焼鈍温度が50℃を超えて高すぎると、粗大なMgZn系析出物が低密度に分散するため、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定された原子の集合体の平均密度が1×104 個/μm3 以上とならない。また、結晶粒界などでMgやCuその他の合金添加元素を含む第二相粒子の粗大化が生じて延性、成形性あるいは耐食性の低下を招く。
また、この低温焼鈍温度が30℃未満であったり、例え適正な30℃〜50℃の温度範囲であっても、保持時間が24時間未満であると、原子の拡散が不十分となる。このため、いずれの場合も、超微細なクラスタの形成に多大な時間がかかりすぎ、低温焼鈍の効果が小さくなり、工業的な条件としては不十分である。
溶体化・焼入れ処理後に、板を室温まで冷却せずに、連続的にこの低温焼鈍を行うためには、板温が30〜50℃になったところで強制空冷やミスト等の強制冷却(急冷)を停止するか、浴温が30〜50℃の温水浴か油浴に浸漬して冷却(急冷)する。そして、その後、板やコイルをそのまま速やかに、炉内に移すかカバーして温度保持するか、板を再加熱後に炉内に移すかカバーして温度保持し、30〜50℃の範囲でこの低温焼鈍を施す。
なお、この溶体化処理・焼入れ処理後に、板の形状制御や残留応力除去のために、スキンパスを行ったり、テンションレベラー通板を行ってもよい。その後の付加焼鈍あるいは時効処理は、SSマーク発生抑制効果からして不要であり、本発明では行わない。
このような溶体化処理・焼入れ処理と低温焼鈍との特殊な組み合わせによって、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板の組織を本発明で規定する原子の集合体とすることができる。すなわち、原子の集合体が、少なくともMg原子かZn原子かのいずれかを含むとともに、これらの互いに隣り合う原子同士の距離が0.50nm以下であって、かつMg原子とZn原子との合計個数が20個以上で構成され、この原子の集合体を1×104 個/μm3 以上の平均密度で含むものとできる。そして、これによって、Znを含むAl−Mg系アルミニウム合金板の限界ひずみ量増大効果を高めて、応力−歪曲線上のセレーションを抑制し、これに起因するパラレルバンドを抑制して、ストレッチャーストレインマークの発生を抑制できる。また、SSマークのうち、降伏伸びの発生によるランダムマークの発生も防止できる。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
次に、本発明の実施例を説明する。表1に示す発明例、比較例の各組成のAl−Mg系合金板を製造し、表2に示す条件で調質、製造した後、この調質後の板の組織、機械的な特性を各々測定、評価した。これらの結果も表2に示す。なお、表1における元素含有量の「−」表記は、その元素の含有量が検出限界以下であることを示す。
熱延板や冷延板の各製造方法(条件)は、各例とも同じ共通条件で行った。即ち、ブックモールド鋳造によって鋳造した50mm厚の鋳塊を、480℃で8時間の均質化熱処理を行い、その後400℃にて熱間圧延を開始した。板厚は、3.5mmの熱延板とした。この熱延板を、1.35mmの板厚まで冷間圧延を行った後に、硝石炉にて400℃、10秒の中間焼鈍を行い、さらに冷間圧延して1.0mm厚の冷延板とした。
これら冷延板を、表2に表1の合金番号とともに示す通り、各々異なる条件で溶体化処理および焼入れ処理、その後の連続する低温焼鈍処理を、各々条件を種々変えて行った。この低温焼鈍は、焼入れ処理を浴温が30〜50℃の油浴に浸漬して行い、板温が30〜50℃へ到達後に、板を室温まで冷却せずに、30〜50℃に保持した炉内に移して温度保持し、この低温焼鈍を施した。なお、溶体化処理および焼入れ処理後の、予歪みを与える冷間加工としてのスキンパスや、その後の室温時効処理、人工時効処理などは行っていない。
これら低温焼鈍処理後の板から試験片(1mm厚み)を切り出し、この試験片(調質後の板)の3DAP測定、組織、機械的な特性を各々測定、評価した。これらの結果を表2に各々示す。
(3DAPによる組織測定)
3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡と分析解析ソフトとを用いた測定方法(段落0037以降に詳述した測定方法)により、本発明で規定した原子の集合体の平均密度を測定した。
(機械的特性)
板の機械的特性の調査として、上記各試験片の引張試験を行い、引張強さ(MPa)、伸び(%)を各々測定した。試験条件は、圧延方向に対して直角方向のJISZ2201の5号試験片(25mm×50mmGL×板厚)を採取し、引張試験を行った。引張試験は、JISZ2241(1980)(金属材料引張り試験方法)に基づき、室温20℃で試験を行った。この際、クロスヘッド速度は5mm/分として、試験片が破断するまで一定の速度で行った。
(SSマーク発生評価)
同時に、板のプレス成形性としてのSSマーク発生評価のために、この引張試験時における、降伏伸び(%)と、応力−歪曲線上の鋸歯状のセレーションが発生する歪み量(臨界歪み量:%)を調べた。
また、アウタパネルで問題となる張出成形性の評価として、張出成形試験を行った。
張出成形試験は、直径101.6mmの球頭張出ポンチを用い、長さ180mm、幅110mmの試験片に潤滑剤としてR−303Pを塗布し、成形速度4mm/S、しわ押さえ荷重200kNで張出成形試験を行い、成形品の割れの発生状態を目視観察した。そして、割れの大きさに関わらず、割れが全く発生していないものを○、割れが少しでも発生しているものを×として評価した。
表1、2の通り、各発明例は、本発明の組成規定を満足し、また好ましい製造条件で製造されている。この結果、表3の通り、各発明例は原子の集合体が規定範囲内にある。すなわち、少なくともMg原子かZn原子かのいずれかを含むとともに、これらの互いに隣り合う原子同士の距離が0.50nm以下であって、かつMg原子とZn原子との合計個数が20個以上で構成されるものであり、この原子の集合体を1×104 個/μm3 以上の平均密度で含む。
これによって、表2の通り、各発明例は、アルミニウム合金板の応力−歪曲線上のセレーション発生の臨界歪みが8%以上であり、高いものは10.0%、あるいは15.0%以上である。そして、張出成形試験でも割れは発生していない。しかも、これらの優れたSSマーク特性あるいは張出成形性(表2ではプレス成形性と表示)を、JIS5052合金やJIS5182合金等の5000系アルミニウム合金板の有する引張強さや伸びなどの、優れた機械的な特性を低下させることなく達成できている。
一方、比較例22〜28は、発明例1と同じ表1の合金番号1を用いながら、表2の通り、調質条件が好ましい範囲から各々外れている。
比較例22は焼入れ処理(急冷)の際に板を室温まで冷却せずに、その後低温焼鈍を施してはいるが、途中で板の温度が下がってしまい、その低温焼鈍温度が低すぎて、原子の拡散が不十分となっている。
比較例23は焼入れ処理(急冷)の際に板を室温まで冷却せずに、その後低温焼鈍を施してはいるが、その低温焼鈍温度が高すぎる。
比較例24は溶体化処理温度が低すぎる。
比較例25、26は低温焼鈍時間が短すぎる。
比較例27、28は焼入れ処理の冷却速度が小さすぎる。
一方、比較例29〜30は、調質条件が好ましい範囲であるが、表1の合金組成が発明範囲を外れている。比較例29はZn含有量が少なすぎる(表1の合金15)。比較例30はMg含有量が少なすぎる(表1の合金16)。比較例31はMgの含有量が多すぎる(表1の合金17)。
この結果、表2の通り、各比較例は、比較例31を除いて、原子の集合体が規定範囲から外れ、アルミニウム合金板の応力−歪曲線上のセレーション発生の臨界歪みも8%未満と低い。このため、各比較例は、Mgの含有量が多すぎる比較例31を含めて、強度や伸びなどの機械的な特性か、SSマーク特性あるいは張出成形性が、発明例に比して著しく劣っている。
以上の実施例から、本発明各要件あるいは好ましい条件のSSマーク特性に対する臨界的な意義が裏付けられる。
Figure 2011184795

Figure 2011184795
以上説明したように、本発明によればSSマークの発生が少なく、成形性に優れたZnを含むAl−Mg系アルミニウム合金板を提供できる。この結果、板をプレス成形して使用される、自動車などの多くの用途へのAl−Mg系アルミニウム合金板の適用を広げるものである。

Claims (3)

  1. 質量%で、Mg:0.5〜7.0%、Zn:0.1〜4.0%を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Mg系アルミニウム合金板であって、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定された原子の集合体として、その原子の集合体が、Mg原子かZn原子かのいずれかまたは両方を合計で20個以上含むとともに、これら含まれるMg原子かZn原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.50nm以下であり、これらの条件を満たす原子の集合体を1×104 個/μm3 以上の平均密度で含むことを特徴とする成形性に優れたアルミニウム合金板。
  2. 前記アルミニウム合金板が、更に、質量%で、Fe:1.0%以下、Si:0.5%以下、Mn:1.0%以下、Cr:0.3%以下、Zr:0.3%以下、V:0.3%以下、Ti:0.1%以下、Cu:1.0%以下、の内から選ばれる一種また二種以上を含有する請求項1に記載の成形性に優れたアルミニウム合金板。
  3. 前記アルミニウム合金板の成形性を示す指標として、前記アルミニウム合金板の応力−歪曲線上のセレーション発生の臨界歪みが8%以上である請求項1または2項に記載の成形性に優れたアルミニウム合金板。
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