JP5820315B2 - 室温時効後のヘム加工性と焼付け塗装硬化性に優れたアルミニウム合金板 - Google Patents

室温時効後のヘム加工性と焼付け塗装硬化性に優れたアルミニウム合金板 Download PDF

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Description

本発明はAl−Mg−Si系アルミニウム合金板に関するものである。本発明で言うアルミニウム合金板とは、熱間圧延板や冷間圧延板などの圧延板であって、溶体化処理および焼入れ処理などの調質が施された、焼付け塗装硬化処理前のアルミニウム合金板を言う。また、以下の記載では、アルミニウムをAlとも言う。
近年、地球環境などへの配慮から、自動車等の車両の軽量化の社会的要求はますます高まってきている。かかる要求に答えるべく、自動車パネル、特にフード、ドア、ルーフなどの大型ボディパネル(アウタパネル、インナパネル)の材料として、鋼板等の鉄鋼材料にかえて、成形性や焼付け塗装硬化性に優れた、より軽量なアルミニウム合金材の適用が増加しつつある。
この内、自動車のフード、フェンダー、ドア、ルーフ、トランクリッドなどのパネル構造体の、アウタパネル (外板) やインナパネル( 内板) 等のパネルには、薄肉でかつ高強度アルミニウム合金板として、Al−Mg−Si系のAA乃至JIS 6000系 (以下、単に6000系とも言う) アルミニウム合金板の使用が検討されている。
この6000系アルミニウム合金板は、Si、Mgを必須として含み、特に過剰Si型の6000系アルミニウム合金は、これらSi/Mgが質量比で1以上である組成を有し、優れた時効硬化能を有している。このため、プレス成形や曲げ加工時には低耐力化により成形性を確保するとともに、成形後のパネルの塗装焼付処理などの、比較的低温の人工時効( 硬化) 処理時の加熱により時効硬化して耐力が向上し、パネルとしての必要な強度を確保できる焼付け塗装硬化性(以下、ベークハード性=BH性、焼付硬化性とも言う) がある。
また、6000系アルミニウム合金板は、Mg量などの合金量が多い他の5000系アルミニウム合金などに比して、合金元素量が比較的少ない。このため、これら6000系アルミニウム合金板のスクラップを、アルミニウム合金溶解材 (溶解原料) として再利用する際に、元の6000系アルミニウム合金鋳塊が得やすく、リサイクル性にも優れている。
一方、自動車のアウタパネルは、周知の通り、アルミニウム合金板に対し、プレス成形における張出成形時や曲げ成形などの成形加工が複合して行われて製作される。例えば、フードやドアなどの大型のアウタパネルでは、張出などのプレス成形によって、アウタパネルとしての成形品形状となされ、次いで、このアウタパネル周縁部のフラットヘムなどのヘム (ヘミング) 加工によって、インナパネルとの接合が行われ、パネル構造体とされる。
ここで、6000系アルミニウム合金は、優れたBH性を有するという利点がある反面で、室温時効性を有し、溶体化焼入れ処理後、数ヶ月間の室温保持で時効硬化して強度が増加することにより、パネルへの成形性、特に曲げ加工性が低下する課題があった。例えば、6000系アルミニウム合金板を自動車パネル用途に用いる場合、アルミメーカーで溶体化焼入れ処理された後(製造後)、自動車メーカーでパネルに成形加工されるまでに、通常は1〜4ヶ月間程度室温におかれ(室温放置され)、この間で、かなり時効硬化(室温時効)することとなる。特に、厳しい曲げ加工が入るアウタパネルにおいては、製造後1ヵ月経過後では、問題無く成形可能であっても、3ヶ月経過後では、ヘム加工時に割れが生じるなどの問題が有った。したがって、自動車パネル用、特にアウタパネル用の6000系アルミニウム合金板では、1〜4ヶ月間程度の比較的長期に亙る室温時効を抑制する必要がある。
更に、このような室温時効が大きい場合には、BH性が低下して、前記した成形後のパネルの塗装焼付処理などの、比較的低温の人工時効( 硬化) 処理時の加熱によっては、パネルとしての必要な強度までに、耐力が向上しなくなるという問題も生じる。
このため、従来から、6000系アルミニウム合金のBH性の向上および室温時効の抑制については、種々の提案がなされている。例えば、特許文献1では、溶体化および焼入れ処理時に、冷却速度を段階的に変化させることにより、製造後の室温での経過7日後から90日後の強度変化を抑制する提案がなされている。また、特許文献2では、溶体化および焼入れ処理後、60分以内に、50〜150℃の温度に10〜300分保持することにより、BH性と形状凍結性を得る提案がなされている。また、特許文献3には、溶体化および焼入れ処理の際に、1段目の冷却温度とその後の冷却速度を規定することで、BH性と形状凍結性を得る提案がなされている。
また、特許文献4では溶体化焼入れ後の熱処理でBH性を向上させることが提案されている。特許文献5ではDSC(Differential scanning calorimetry、示差走査熱量測定)法の吸熱ピーク規定によるBH性向上が提案されている。特許文献6では同じくDSCの発熱ピーク規定によるBH性向上が提案されている。
しかし、これら特許文献1〜6は、6000系アルミニウム合金板のBH性や室温時効性に直接影響するクラスタ(原子の集合体)については、あくまでその挙動を間接的に類推するものに過ぎなかった。
これに対して、特許文献7では、6000系アルミニウム合金板のBH性や室温時効性に影響するクラスタ(原子の集合体)を直接測定して、規定する試みがなされている。すなわち、6000系アルミニウム合金板の組織を100万倍の透過型電子顕微鏡によって分析した際に観察されるクラスタ(原子の集合体)の内、円等価直径が1〜5nmの範囲のクラスタの平均数密度を4000〜30000個/μm2 の範囲で規定して、BH性に優れ、室温時効を抑制したものとしている。
特開2000-160310号公報 特許第3207413号公報 特許第2614686号公報 特開平4-210456号公報 特開平10-219382号公報 特開2005-139537号公報 特開2009-242904号公報
ただ、これら従来技術においても、特に室温経時変化の抑制については、未だ改善の余地がある。すなわち、これら従来技術の車体塗装焼付け処理では170℃×20分の焼付け塗装後では、長時間の室温時効後のBH性は0.2%耐力で60〜70MPa程度であり、長時間経過後においてもより高いBH性が求められる。
このような課題に鑑み、本発明の目的は、長時間の室温時効後の車体塗装焼付け処理であっても、高いBH性と良好な加工性が発揮できるAl―Si―Mg系アルミニウム合金板を提供することである。
この目的を達成するために、本発明の室温時効後のヘム加工性と焼付け塗装硬化性に優れたアルミニウム合金板の要旨は、質量%で、Mg:0.2〜2.0%、Si:0.3〜2.0%、を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Mg−Si系アルミニウム合金板であって、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定された原子の集合体として、その原子の集合体が、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含み、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下であり、これらの条件を満たす原子の集合体を6.0×1023個/m以上、25.0×1023個/m以下の平均数密度で含むとともに、これらの条件を満たす原子の集合体の、円相当径の平均半径が1.2nm以上、1.5nm以下であり、かつ、この円相当径の平均半径の標準偏差が0.35nm以下であることとする。
本発明では、3DAPにより測定される原子の集合体(クラスタ)のうち、前記規定の通り、Mg原子かSi原子かを合計で特定以上含み、これらに含まれる隣り合う原子同士の互いの距離が特定以下であるような特定のクラスタの平均数密度が、BH性と大きく相関することを知見した。
ただ、それだけでなく、これらの条件を満たす前記特定の原子の集合体のサイズの分布状態が重要で、円相当径の平均半径と、この円相当径の半径の標準偏差とがBH性に大きく影響することも本発明は知見した。すなわち、BH性向上のためには、前記特定の原子の集合体の円相当径の平均半径が特定の範囲である1.2nm以上、1.5nm以下であるとともに、標準偏差が小さく0.35nm以下であることが、BH性向上に必要であることを知見した。本発明によれば、100日間の長時間室温時効した場合であっても、より高いBH性が発揮できるAl―Si―Mg系アルミニウム合金板を提供できる。
アルミニウム合金板におけるクラスタの円相当径の半径と数密度との関係を示す説明図である。
以下に、本発明の実施の形態につき、要件ごとに具体的に説明する。
クラスタ(原子の集合体):
先ず、本発明でいうクラスタとは何を意味するか説明する。本発明でいうクラスタとは、後述する3DAPにより測定される原子の集合体(クラスタ)を言い、以下の記載では主としてクラスタと表現する。6000系アルミニウム合金においては、溶体化および焼入れ処理後に、室温保持、あるいは50〜150℃の熱処理中に、Mg、Siがクラスタと呼ばれる原子の集合体を形成することが知られている。但し、これら室温保持と50〜150℃の熱処理中とで生成するクラスタは、全くその挙動(性質)が異なる。
室温保持で形成されるクラスタは、その後の人工時効又は焼付塗装処理において強度を上昇させるGPゾーン或いはβ´相の析出を抑制する。一方、50〜150℃で形成されるクラスタ(或いはMg/Siクラスタ)は、逆に、GPゾーン或いはβ´相の析出を促進することが示されている(例えば、山田ら:軽金属vol.51、第215頁に記載)。
ちなみに、前記特許文献7では、その段落0021〜0025にかけて、これらのクラスタが、従来では、比熱測定や3DAP(3次元アトムプローブ)等によって解析されていると記載されている。そして、同時に、3DAPによるクラスタの解析では、観察されることによって、クラスタ自体の存在は裏付けられても、本発明で規定する前記クラスタのサイズや数密度までは不明或いは限定的にしか測定できなかったと記載されている。
確かに、6000系アルミニウム合金において、前記クラスタを3DAP(3次元アトムプローブ)によって解析する試みは従来からされている。しかし、前記特許文献7の記載する通り、クラスタ自体の存在は裏付けられても、そのクラスタのサイズや数密度までは不明であった。これは、3DAPにより測定される原子の集合体(クラスタ)のうちの、どのクラスタとBH性とが大きく相関するのか不明であり、BH性に大きく関わる原子の集合体がどれであるのか不明であったことによる。
これに対して、本発明者らは、先に本発明者らが出願した特願2011-56960号において、BH性に大きく関わるクラスタを明確化した。すなわち、3DAPにより測定されるクラスタのうち、前記規定の通り、Mg原子かSi原子かを合計で特定以上含み、これらに含まれる隣り合う原子同士の互いの距離が特定以下であるような特定のクラスタと、BH性とが大きく相関することを知見した。そして、これらの条件を満たす原子の集合体の数密度を増すことによって、室温時効後に低温で短時間化された条件の車体塗装焼付け処理であっても、高いBH性が発揮できることを知見した。
具体的には、前記特願2011-56960号において、質量%で、Mg:0.2〜2.0%、Si:0.3〜2.0%、を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Mg−Si系アルミニウム合金板であって、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定された原子の集合体として、その原子の集合体が、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で30個以上含み、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下であり、これらの条件を満たす原子の集合体を1.0×105個/μm3以上の平均数密度で含む、焼付け塗装硬化性に優れたアルミニウム合金板として出願した。
この特願2011-56960号によれば、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で30個以上含み、互いに隣り合う原子同士の距離が0.75nm以下であるクラスタの存在が、BH性を向上させる。そして、これらクラスタを一定量以上存在させることで、室温時効したAl―Si―Mg系アルミニウム合金板を、150℃×20分の低温、短時間化された車体塗装焼付け処理の場合であっても、より高いBH性を発揮させることができるとしている。
これに対して、本発明者らは更に検討した結果、3DAPにより測定されるクラスタのうち、前記クラスタを多く存在させることは、確かにBH性を向上させるものの、それだけではまだ向上効果が十分ではないことを知見した。言い換えると、前記クラスタを多く存在させることは、BH性向上の前提条件(必要条件)ではあるものの、必ずしも充分条件ではないことを知見した。
このため、本発明者らは、更に特願2011−199769号(平成23年9月13日出願)を出願した。すなわち、前記特定の条件を満たす原子の集合体を6.0×1023個/m3以上の平均数密度で含むことを前提に、これらの条件を満たす原子の集合体のうち、最大となる円相当径の半径が1.5nm未満のサイズの原子の集合体の平均数密度を10.0×1023個/m3以下に規制する一方、この最大となる円相当径の半径が1.5nm未満のサイズの原子の集合体の平均数密度aと、最大となる円相当径の半径が1.5nm以上のサイズの原子の集合体の平均数密度bとの比a/bが3.5以下となるように、前記最大となる円相当径の半径が1.5nm以上のサイズの原子の集合体を含むこととした。
この知見に到ったのは、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を含むクラスタには当然ながら、そのサイズ(大きさ)の違い(分布)があり、クラスタの大きさによるBH性への作用の大きな違いを知見したからである。すなわち、比較的小さなサイズのクラスタはBH性を阻害する一方で、比較的大きなサイズのクラスタはBH性を促進するという、クラスタの大きさによるBH性への作用の正反対の違いがある。これに基づけば、前記特定のクラスタのうち、比較的小さなサイズのクラスタを少なくし、比較的大きなサイズのクラスタを多くすれば、よりBH性が向上できることとなる。
比較的小さなサイズのクラスタは、BH処理時(人工時効硬化処理時)には消滅するものの、却って、このBH時に、強度向上に効果の高い大きなクラスタの析出を阻害してBH性を低くしていると推考される。一方で、比較的大きなサイズのクラスタは、BH処理時に成長して、BH処理時の析出物の析出を促進して、BH性を高くすると推考される。
ただ、更にその後の研究によれば、大きすぎるクラスタは、BH処理時に成長すると、サイズが大きくなりすぎてしまい、逆にBH性を低下させるとともに、BH処理前の強度が高くなりすぎてしまい、加工性が劣化することを見出した。つまり、加工性を劣化させずにBH性を高くするためには、最適なサイズのクラスタが存在することも知見した。前記特定の原子の集合体のサイズの分布状態は重要だが、これら前記特定の原子の集合体の平均サイズである円相当径の平均半径と、この円相当径の半径の標準偏差とがBH性に大きく影響することも本発明は知見した。すなわち、BH性向上のためには、前記特定の原子の集合体の円相当径の平均半径が特定の範囲である1.2nm以上、1.5nm以下であるとともに、この円相当径の半径の標準偏差が小さく、0.35nm以下であることが、BH性向上に必要であることを知見した。
すなわち、BH性向上のためには、前記特定の原子の集合体のサイズが小から大なものまで幅広く存在して、そのサイズ分布が大きくばらつくのではなく、最適なサイズのクラスタのみが生成するほど良い。本発明で規定した円相当径の平均半径が1.2nm以上、1.5nm以下であるとともに、この円相当径の半径の標準偏差が0.35nm以下とは、このことを意味する。これによって、本発明では、車体塗装焼付け処理が100日間の長時間室温保持された場合であっても、Al−Mg−Si系アルミニウム合金板のBH性をより向上させることができる。
(本発明のクラスタ規定)
以下に、本発明のクラスタの規定につき具体的に説明する。
本発明がクラスタを規定するアルミニウム合金板は、前記した通り、圧延後に溶体化および焼入れ処理、再加熱処理などの一連の調質が施された後の板であって、プレス成形などによってパネルに成形加工される前の板のことを言う。プレス成形される前の0.5〜4ヶ月間程度の比較的長期に亙る室温放置された際の室温時効を抑制するためには、当然ながら、この室温放置される前の、前記調質が施された後の板の組織状態を本発明で規定する組織とする必要がある。
(本発明のクラスタの定義)
そして、室温放置される前の、前記溶体化および焼入れ処理などの調質が施された後のAl−Mg−Si系アルミニウム合金板の任意の板厚中央部における組織を、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定する。この測定された組織に存在するクラスタとして、本発明では、先ず、そのクラスタが、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含むものとする。なお、この原子の集合体に含まれるMg原子やSi原子の個数は多いほどよく、その上限は特に規定しないが、製造限界からすると、このクラスタに含まれるMg原子やSi原子の個数の上限は概ね10000個程度である。
前記特願2011-56960号では、そのクラスタが、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で30個以上含むものとしている。しかし、本発明は、前記した通り、比較的小さなサイズのクラスタはBH性を阻害するので、これを規制して少なくする。このため、したがって、この規制すべき比較的小さなサイズのクラスタを、測定可能な範囲で制御するために、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含むものと規定する。
本発明では、前記特願2011-56960号と同様に、さらに、これらクラスタに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下であるものを、本発明で規定する(本発明の規定を満たす)原子の集合体(クラスタ)とする。この互いの距離0.75nmは、MgやSiの互いの原子間の距離が近接し、長期の室温時効後の低温短時間でのBH性向上効果がある大きなサイズのクラスタの数密度を保障し、逆に、小さなサイズのクラスタを規制し、数密度を少なく制御するために定めた数値である。本発明者らは、これまでに低温で短時間化された条件の車体塗装焼付け処理でも高いBH性を発揮できるアルミ合金板と原子レベルの集合体の関係を詳細に検討した結果、上記定義で規定される原子集合体の数密度が大きいことが、高いBH性を発揮する組織形態であることを実験的に見出した。従って、原子間の距離0.75nmの技術的意味合いは十分に明らかになっていないが、高いBH性を発揮する原子集合体の数密度を厳密に保証するために必要であり、そのために定めた数値である。
本発明で規定するクラスタは、Mg原子とSi原子とを両方含む場合が最も多いものの、Mg原子を含むがSi原子を含まない場合や、Si原子を含むがMg原子を含まない場合を含む。また、Mg原子やSi原子だけで構成されるとは限らず、これらに加えて、非常に高い確率でAl原子を含む。
更に、アルミニウム合金板の成分組成によっては、合金元素や不純物として含む、Fe、Mn、Cu、Cr、Zr、V、Ti、ZnあるいはAgなどの原子がクラスタ中に含まれ、これらその他の原子が3DAP分析によりカウントされる場合が必然的に生じる。しかし、これらその他の原子(合金元素や不純物由来)がクラスタに含まれるとしても、Mg原子やSi原子の総数に比べると少ないレベルである。それゆえ、このような、その他の原子をクラスタ中に含む場合でも、前記規定(条件)を満たすものは、本発明のクラスタとして、Mg原子やSi原子のみからなるクラスタと同様に機能する。したがって、本発明で規定するクラスタは、前記した規定さえ満足すれば、他にどんな原子を含んでも良い。
また、本発明の「これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75mm以下である」とは、クラスタに存在する全てのMg原子やSi原子が、その周囲に互いの距離が0.75nm以下であるMg原子やSi原子を少なくとも1つ有しているという意味である。
本発明のクラスタにおける、原子同士の距離の規定は、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちの全ての原子の距離が各々全て0.75nm以下にならなくてもよく、反対に、各々全て0.75nm以下になっていてもよい。言い換えると、距離が0.75nmを超える他のMg原子やSi原子が隣り合っていても良く、特定の(基準となる)Mg原子かSi原子の周りに、この規定距離(間隔)を満たす、他のMg原子かSi原子が最低1個あればいい。
そして、この規定距離を満たす隣り合う他のMg原子かSi原子が1個ある場合には、距離の条件を満たす、カウントすべきMg原子かSi原子の数は、特定の(基準となる)Mg原子かSi原子を含めて2個となる。また、この規定距離を満たす隣り合う他のMg原子かSi原子が2個ある場合には、距離の条件を満たす、カウントすべきMg原子かSi原子の数は、特定の(基準となる)Mg原子かSi原子を含めて3個となる。
以上説明したクラスタは、前記し、また詳しくは後述する、圧延後の調質における、溶体化および高温での焼入れ停止後の温度保持処理によって生成させるクラスタである。すなわち、本発明でのクラスタは、溶体化および高温での焼入れ停止後の温度保持処理によって生成させる原子の集合体であって、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含み、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下のクラスタである。
これまで、人工時効又は焼付塗装処理において強度を上昇させるGPゾーン或いはβ´相の析出を促進するクラスタは、前述したようにMg/Siクラスタであり、このクラスタは溶体化および焼入処理後に50〜150℃の熱処理で形成される。これに対して、人工時効処理又は焼付塗装処理においてGPゾーン或いはβ´相の析出を抑制するクラスタは、Siリッチクラスタであり、このクラスタは溶体化焼入後に室温保持(室温時効)で形成されることが報告されている(例えば、里:軽金属vol.56、第595頁に記載)。
しかしながら、本発明者らが人工時効処理時又は焼付塗装処理時の強度とクラスタの関係を詳細に解析した結果、人工時効処理時又は焼付塗装処理時の強度に寄与している組織因子は、クラスタの種類(組成)ではなく、板の調質処理によって生成させるクラスタのサイズの分布状態であることを見出した。また、このクラスタのサイズの分布状態も、前述したような定義で解析して初めて、人工時効処理時又は焼付塗装熱処理時の強度との対応が明確化になった。
これに対して、前記室温保持(室温時効)で形成されるクラスタは、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡による測定で、原子の集合体ではあっても、前記本発明の規定を外れる原子の個数やクラスタの数密度を有する。したがって、本発明のクラスタ(原子集合体)の規定は、前記室温保持(室温時効)で形成されるクラスタと区別するとともに、このクラスタに、添加した(含有する)MgやSiが消費されるのを防ぐ規定でもある。
(クラスタの密度)
以上説明した本発明で定義されるクラスタ乃至前提条件を満たすクラスタは、6.0×1023個/m3以上、25.0×1023個/m3以下の平均数密度で含むものとする。このクラスタの平均数密度が6.0×1023個/m3よりも少なすぎると、長期間の室温経時中に新たに小さすぎるクラスタが生成してしまい、BH性の低下および加工性の劣化を引き起こしてしまう。一方、25.0×1023個/m3よりも多すぎると、BH処理前の強度が高くなりすぎてしまい、その結果加工性が劣化してしまう。
本発明で定義されるクラスタの平均数密度が少なければ、このクラスタ自体の形成量が不十分となり、前記室温時効で形成されるクラスタに、添加した(含有する)MgやSiの多くが消費されていることを意味する。このため、GPゾーン或いはβ´相の析出を促進し、BH性を向上する効果が例え有ったとしても、長期に亙る室温放置(室温時効)後では、BH性の向上は0.2%耐力で従来の30〜40MPa程度にとどまる。したがって、このような条件下で、より高い所望のBH性を得ることができなくなる。
(本発明クラスタのサイズ分布規定)
本発明で定義されるクラスタを前記一定量(平均数密度以上)存在させることを前提に、BH性向上のために、本発明は、これらの条件を満たす原子の集合体の、円相当径の平均半径が1.2nm以上、1.5nm以下であるとともに、この円相当径の平均半径(以下、単に「半径」とも言う)の標準偏差が0.35nm以下とする。
原子の集合体の円相当径の平均半径E(r):
前記した前提条件を満たす原子の集合体の円相当径の平均半径E(r)(nm)は、E(r)=(1/n)Σrで表される。ここで、nは前記前提条件を満足する原子の集合体の個数である。rは前記前提条件を満足する個々の原子の集合体の円相当径の半径(nm)である。
前記した前提条件を満たす原子の集合体のサイズ自体が先ずBH性向上に重要となる。前記円相当径の平均半径E(r)が小さすぎる原子の集合体(クラスタ)は、BH処理時(人工時効硬化処理時)に消滅し、このBH時に、強度向上に効果が高いβ´´あるいはβ´などの中間析出物の析出を抑制して、BH性を阻害する。一方、円相当径の平均半径E(r)が大きすぎる原子の集合体(クラスタ)も、BH処理以前(手前あるいは事前)の時点で、室温時効によって、既にβ´´あるいはβ´などの中間析出物となって析出してしまい、却ってBH前の強度を高くしすぎて、プレス成形性や曲げ加工性を阻害する。また、BH処理の前の時点で既にβ´´あるいはβ´などの中間析出物となって析出してしまっていると、BH時に、新たなβ´´あるいはβ´などの中間析出物が析出するのを抑制してしまい、やはりBH性を阻害する。ちなみに、前記β´´、β´ともに中間析出相であり、ともにMg2Siだが、結晶構造(原子の並び方)が異なる。ものです。別表現をするのが難しいので、「´」が使用できない場合は、β´はβプライム、β´´はβダブルプライムと称される。
これに対して、前記した前提条件を満たす原子の集合体で、そのサイズが円相当径の平均半径E(r)で1.2nm以上、1.5nm以下の範囲のものは、このBH時に、強度向上に効果が高い(強度向上に寄与する)β´´あるいはβ´などの中間析出物となって析出する。したがって、プレス成形や曲げ加工の段階では強度が低く加工性が良く、BH後に始めて強度が高くなる特性を有することができる。このため、前記規定の原子の集合体のサイズは、円相当径の平均半径E(r)で1.2nm以上、1.5nm以下とする。
原子の集合体の円相当径の標準偏差σ:
また、前記した前提条件を満たす原子の集合体の円相当径の標準偏差σは、前記円相当径の平均半径E(r)から、σ=(1/n)Σ[r-E(r)]で表される。
前記した前提条件を満たす原子の集合体のサイズ、すなわち円相当径の平均半径E(r)も重要だが、記した前提条件を満たす特定の原子の集合体の平均サイズである円相当径の平均半径E(r)の標準偏差も、原子の集合体のサイズの分布状態として、BH性に大きく影響する。すなわち、BH性向上のためには、前記特定の原子の集合体の円相当径の平均半径が特定の範囲である1.2nm以上、1.5nm以下であるとともに、この円相当径の半径の標準偏差が小さく、0.35nm以下であることが、BH性向上に必要である。
すなわち、BH性向上のためには、前記特定の原子の集合体のサイズが、小から大なものまで大きくばらつくのではなく、最適なサイズのクラスタのみが生成するほど良い。前記円相当径の平均半径が1.2nm以上、1.5nm以下であるとともに、この円相当径の半径の標準偏差が0.35nm以下とは、この意味である。これによって、本発明では、車体塗装焼付け処理が長時間の室温保持後に行われる場合であっても、Al−Mg−Si系アルミニウム合金板のBH性をより向上させることができる。
本発明では、前記規定の原子の集合体の、円相当径の平均半径とこの円相当径の半径の標準偏差との両方によって、前記規定の原子の集合体のサイズ分布を規定して、前記規定の原子の集合体のうちの、サイズが類似する原子の集合体(クラスタ)の数あるいは割合を増す。これによって、車体塗装焼付け処理が長時間の室温保持後に行われる場合であっても、Al−Mg−Si系アルミニウム合金板のBH性をより向上させる。
前記規定するクラスタであったとしても、BHを阻害する、サイズが小さなクラスタが多いと、前記規定のうち、円相当径の平均半径が1.2nm未満と小さくなる。また、円相当径の半径の標準偏差が0.35nmを超えて大きくなる。
一方、本発明で規定するクラスタであっても、BHを阻害する、サイズが大きなクラスタが多くても、前記規定のうち、円相当径の平均半径が1.5nmを超えて大きくなる。また、円相当径の半径の標準偏差が0.35nmを超えて大きくなる。
円相当径の平均半径が小さすぎる原子の集合体(クラスタ)は、BH処理時(人工時効硬化処理時)に消滅し、このBH時に、強度向上に効果が高い(強度向上に寄与する)β´´あるいはβ´などの中間析出物の析出を抑制して、BH性を阻害する。一方、円相当径の平均半径が大きすぎる原子の集合体(クラスタ)も、BH処理の前の時点で、室温時効によって、既にβ´´あるいはβ´などの中間析出物となって析出してしまい、BH前の強度を高くしすぎて、曲げ加工性を阻害する。また、BH処理の前の時点で既にβ´´あるいはβ´などの中間析出物となって析出してしまっていると、BH時に、新たなβ´´あるいはβ´などの中間析出物が析出するのを抑制してしまい、やはりBH性を阻害する。
(3DAPの測定原理と測定方法)
3DAP(3次元アトムプローブ)は、電界イオン顕微鏡(FIM)に、飛行時間型質量分析器を取り付けたものである。このような構成により、電界イオン顕微鏡で金属表面の個々の原子を観察し、飛行時間質量分析により、これらの原子を同定することのできる局所分析装置である。また、3DAPは、試料から放出される原子の種類と位置とを同時に分析可能であるため、原子の集合体の構造解析上、非常に有効な手段となる。このため、公知技術として、前記した通り、磁気記録膜や電子デバイスあるいは鋼材の組織分析などに使用されている。また、最近では、前記した通り、アルミニウム合金板の組織のクラスタの判別などにも使用されている。
この3DAPでは、電界蒸発とよばれる高電界下における試料原子そのもののイオン化現象を利用する。試料原子が電界蒸発するために必要な高電圧を試料に印加すると、試料表面から原子がイオン化されこれがプローブホールを通りぬけて検出器に到達する。
この検出器は、位置敏感型検出器であり、個々のイオンの質量分析(原子種である元素の同定)とともに、個々のイオンの検出器に至るまでの飛行時間を測定することによって、その検出された位置(原子構造位置)を同時に決定できるようにしたものである。したがって、3DAPは、試料先端の原子の位置及び原子種を同時に測定できるため、試料先端の原子構造を、3次元的に再構成、観察できる特長を有する。また、電界蒸発は、試料の先端面から順次起こっていくため、試料先端からの原子の深さ方向分布を原子レベルの分解能で調べることができる。
この3DAPは高電界を利用するため、分析する試料は、金属等の導電性が高いことが必要で、しかも、試料の形状は、一般的には、先端径が100nmφ前後あるいはそれ以下の極細の針状にする必要がある。このため、測定対象となるアルミニウム合金板の板厚中央部などから試料を採取して、この試料を精密切削装置で切削および電解研磨して、分析用の極細の針状先端部を有する試料を作製する。測定方法としては、例えば、Imago Scientific Instruments 社製の「LEAP3000」を用いて、この先端を針状に成形したアルミニウム合金板試料に、1kVオーダーの高パルス電圧を印加し、試料先端から数百万個の原子を継続的にイオン化して行う。イオンは、位置敏感型検出器によって検出し、パルス電圧を印加されて、試料先端から個々のイオンが飛び出してから、検出器に到達するまでの飛行時間から、イオンの質量分析(原子種である元素の同定)を行う。
更に、電界蒸発が、試料の先端面から順次規則的に起こっていく性質を利用して、イオンの到達場所を示す、2次元マップに適宜深さ方向の座標を与え、解析ソフトウエア「IVAS」を用いて、3次元マッピング(3次元での原子構造:アトムマップの構築)を行う。これによって、試料先端の3次元アトムマップが得られる。
この3次元アトムマップを、更に、析出物やクラスタに属する原子を定義する方法であるMaximum Separation Methodを用いて、原子の集合体(クラスタ)の解析を行う。この解析に際しては、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方の数(合計で10個以上)と、互いに隣り合うMg原子かSi原子か同士の距離(間隔)、そして、前記特定の狭い間隔(0.75nm以下)を有するMg原子かSi原子かの数をパラメータとして与える。
そして、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含み、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下であり、これらの条件を満たすクラスタを、本発明の原子の集合体と定義する。その上で、この定義に当てはまる原子の集合体の分散状態を評価して、原子の集合体の数密度を、測定試料数が3個以上で平均化して、1m3当たりの平均密度(個/m3)として計測し、定量化する。
すなわち、前記3DAPが元々有する固有の解析ソフトによって、測定対象となった前記原子の集合体を球と見なした際の、最大となる回転半径lを下記数1の式により求める。
この数1の式において、lは3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡の固有のソフトウエアにより自動的に算出される回転半径である。x、y、zは3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡の測定レイアウトにおいて不変のx、y、z軸である。x、y、z は、このx、y、z軸の長さで、前記原子の集合体を構成するMg、Si原子の空間座標である。「x」「y」「z」の上に各々「−」が乗った「エックスバー」なども、このx、y、z軸の長さだが、前記原子の集合体の重心座標である。nは前記原子の集合体を構成するMg、Si原子の数である。
次に、この回転半径lをギニエ半径rに下記数2の式、r=√(5/3)・lの関係により換算する。
この換算されたギニエ半径rを原子の集合体の半径とみなし、測定対象となった前記原子の集合体の各々の最大となる円相当径rを算出する。また、前記前提条件を満足する原子の集合体の個数nも算出する。更に、この個数nから前記前提条件を満足する原子の集合体の平均数密度(個/m3)も算出できる。
これら3DAPによるクラスタの測定は、前記調質が施された後のAl−Mg−Si系アルミニウム合金板の任意の板厚中央部の部位10箇所について行い、これらの前記各測定値(算出値)を平均化して、本発明で規定する各平均の値とする。
そして、この算出した最大となる円相当径rと前記前提条件を満足する原子の集合体の個数nから、前記原子の集合体の円相当径の平均半径E(r)(nm)を、前記したE(r)=(1/n)Σrの式から求める。
また、前記した前提条件を満たす原子の集合体の円相当径の標準偏差σを、前記円相当径の平均半径E(r)から、前記したσ=(1/n)Σ[r-E(r)]の式から求める。
なお、前記した原子の集合体の半径の算出式、回転半径lからギニエ半径rまでの測定および換算方法は、M. K. Miller: Atom Probe Tomography, (Kluwer Academic/Plenum Publishers, New York, 2000)、 184頁 を引用した。ちなみに、原子の集合体の半径の算出式は、これ以外にも、多くの文献に記載されている。例えば「イオン照射された低合金鋼のミクロ組織変化」(藤井克彦、福谷耕司、大久保忠勝、宝野和博ら)の140頁「(2)3次元アトムプローブ分析」には、前記数1の式やギニエ半径rへの換算式を含めて記載されている(但し回転半径lの記号はrと記載されている)。
(3DAPによる原子の検出効率)
これら3DAPによる原子の検出効率は、現在のところ、イオン化した原子のうちの50%程度が限界であり、残りの原子は検出できない。この3DAPによる原子の検出効率が、将来的に向上するなど、大きく変動すると、本発明が規定する各サイズのクラスタの平均個数密度(個/μm3 )の3DAPによる測定結果が変動してくる可能性がある。したがって、この測定に再現性を持たせるためには、3DAPによる原子の検出効率は約50%と略一定にすることが好ましい。
(化学成分組成)
次に、6000系アルミニウム合金板の化学成分組成について、以下に説明する。本発明が対象とする6000系アルミニウム合金板は、前記した自動車の外板用の板などとして、優れた成形性やBH性、強度、溶接性、耐食性などの諸特性が要求される。
このような要求を満足するために、アルミニウム合金板の組成は、質量%で、Mg:0.2〜2.0%、Si:0.3〜2.0%を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなるものとする。なお、各元素の含有量の%表示は全て質量%の意味である。
本発明が対象とする6000系アルミニウム合金板は、BH性がより優れた、SiとMgとの質量比Si/ Mgが1 以上であるような過剰Si型の6000系アルミニウム合金板とされるのが好ましい。6000系アルミニウム合金板は、プレス成形や曲げ加工時には低耐力化により成形性を確保するとともに、成形後のパネルの塗装焼付処理などの、比較的低温の人工時効処理時の加熱により時効硬化して耐力が向上し、必要な強度を確保できる優れた時効硬化能(BH性)を有している。この中でも、過剰Si型の6000系アルミニウム合金板は、質量比Si/ Mgが1未満の6000系アルミニウム合金板に比して、このBH性がより優れている。
本発明では、これらMg、Si以外のその他の元素は基本的には不純物あるいは含まれても良い元素であり、AA乃至JIS 規格などに沿った各元素レベルの含有量 (許容量) とする。
すなわち、資源リサイクルの観点から、本発明でも、合金の溶解原料として、高純度Al地金だけではなく、Mg、Si以外のその他の元素を添加元素(合金元素)として多く含む6000系合金やその他のアルミニウム合金スクラップ材、低純度Al地金などを多量に使用した場合には、下記のような他の元素が必然的に実質量混入される。そして、これらの元素を敢えて低減する精錬自体がコストアップとなり、ある程度含有する許容が必要となる。また、実質量含有しても、本発明目的や効果を阻害しない含有範囲がある。
したがって、本発明では、このような下記元素を各々以下に規定するAA乃至JIS 規格などに沿った上限量以下の範囲での含有を許容する。具体的には、Mn:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Cu:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Fe:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Cr:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Zr:0.3%以下(但し、0%を含まず)、V:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Ti:0.05%以下(但し、0%を含まず)、Zn:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Ag:0.2%以下(但し、0%を含まず)の1種または2種以上を、この範囲で、上記した基本組成に加えて、更に含んでも良い。上記6000系アルミニウム合金における、各元素の含有範囲と意義、あるいは許容量について以下に説明する。
Si:0.3〜2.0%
SiはMgとともに、本発明で規定する前記クラスタ形成の重要元素である。また、固溶強化と、塗装焼き付け処理などの前記低温での人工時効処理時に、強度向上に寄与する時効析出物を形成して、時効硬化能を発揮し、自動車のアウタパネルとして必要な強度(耐力)を得るための必須の元素である。更に、本発明6000系アルミニウム合金板にあって、プレス成形性に影響する全伸びなどの諸特性を兼備させるための最重要元素である。
また、パネルへの成形後の、より低温、短時間での塗装焼き付け処理での優れた時効硬化能を発揮させるためには、Si/ Mgを質量比で1.0以上とし、一般に言われる過剰Si型よりも更にSiをMgに対し過剰に含有させた6000系アルミニウム合金組成とすることが好ましい。
Si含有量が少なすぎると、Siの絶対量が不足するため、本発明で規定する前記クラスタを規定する数密度だけ形成させることができず、塗装焼付け硬化性が著しく低下する。更には、各用途に要求される全伸びなどの諸特性を兼備することができない。一方、Si含有量が多すぎると、粗大な晶出物および析出物が形成されて、曲げ加工性や全伸び等が著しく低下する。更に、溶接性も著しく阻害される。したがって、Siは0.3〜2.0%の範囲とする。
Mg:0.2〜2.0%
Mgも、Siとともに本発明で規定する前記クラスタ形成の重要元素である。また、固溶強化と、塗装焼き付け処理などの前記人工時効処理時に、Siとともに強度向上に寄与する時効析出物を形成して、時効硬化能を発揮し、パネルとしての必要耐力を得るための必須の元素である。
Mg含有量が少なすぎると、Mgの絶対量が不足するため、本発明で規定する前記クラスタを規定する数密度だけ形成させることができず、塗装焼付け硬化性が著しく低下する。このためパネルとして必要な耐力が得られない。一方、Mg含有量が多すぎると、粗大な晶出物および析出物が形成されて、曲げ加工性や全伸び等が著しく低下する。したがって、Mgの含有量は0.2〜2.0%の範囲で、Si/ Mgが質量比で1.0以上となるような量とする。
(製造方法)
次ぎに、本発明アルミニウム合金板の製造方法について以下に説明する。本発明アルミニウム合金板は、製造工程自体は常法あるいは公知の方法であり、上記6000系成分組成のアルミニウム合金鋳塊を鋳造後に均質化熱処理し、熱間圧延、冷間圧延が施されて所定の板厚とされ、更に溶体化焼入れなどの調質処理が施されて製造される。
但し、これらの製造工程中で、BH性を向上させるために本発明のクラスタを制御するためには、後述する通り、溶体化および焼入れ処理および適正な焼入れ(冷却)停止温度と、その温度範囲での保持をより適正に制御する必要がある。また、他の工程においても、本発明の規定範囲内に前記クラスタを制御するための好ましい条件もある。
(溶解、鋳造冷却速度)
先ず、溶解、鋳造工程では、上記6000系成分組成範囲内に溶解調整されたアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。ここで、本発明の規定範囲内にクラスタを制御するために、鋳造時の平均冷却速度について、液相線温度から固相線温度までを30℃/分以上と、できるだけ大きく(速く)することが好ましい。
このような、鋳造時の高温領域での温度(冷却速度)制御を行わない場合、この高温領域での冷却速度は必然的に遅くなる。このように高温領域での平均冷却速度が遅くなった場合、この高温領域での温度範囲で粗大に生成する晶出物の量が多くなって、鋳塊の板幅方向,厚さ方向での晶出物のサイズや量のばらつきも大きくなる。この結果、本発明の範囲に前記規定クラスタを制御することができなくなる可能性が高くなる。
(均質化熱処理)
次いで、前記鋳造されたアルミニウム合金鋳塊に、熱間圧延に先立って、均質化熱処理を施す。この均質化熱処理(均熱処理)は、組織の均質化、すなわち、鋳塊組織中の結晶粒内の偏析をなくすことを目的とする。この目的を達成する条件であれば、特に限定されるものではなく、通常の1回または1段の処理でも良い。
均質化熱処理温度は、500℃以上で融点未満、均質化時間は4時間以上の範囲から適宜選択される。この均質化温度が低いと結晶粒内の偏析を十分に無くすことができず、これが破壊の起点として作用するために、伸びフランジ性や曲げ加工性が低下する。この後、直ちに熱間圧延を開始又は、適当な温度まで冷却保持した後に熱間圧延を開始しても、本発明で規定するクラスタの数密度に制御することはできる。
この均質化熱処理を行った後、300℃〜500℃の間を20〜100℃/hの平均冷却速度で室温まで冷却し、次いで20〜100℃/hの平均加熱速度で350℃〜450℃まで再加熱し、この温度域で熱間圧延を開始することもできる。
この均質化熱処理後の平均冷却速度および、その後の再加熱速度の条件を外れると、粗大なMg−Si化合物が形成される可能性が高くなる。
(熱間圧延)
熱間圧延は、圧延する板厚に応じて、鋳塊 (スラブ) の粗圧延工程と、仕上げ圧延工程とから構成される。これら粗圧延工程や仕上げ圧延工程では、リバース式あるいはタンデム式などの圧延機が適宜用いられる。
この際、熱延(粗圧延)開始温度が固相線温度を超える条件では、バーニングが起こるため熱延自体が困難となる。また、熱延開始温度が350℃未満では熱延時の荷重が高くなりすぎ、熱延自体が困難となる。したがって、熱延開始温度は350℃〜固相線温度、更に好ましくは400℃〜固相線温度の範囲とする。
(熱延板の焼鈍)
この熱延板の冷間圧延前の焼鈍 (荒鈍) は必ずしも必要ではないが、結晶粒の微細化や集合組織の適正化によって、成形性などの特性を更に向上させる為に実施しても良い。
(冷間圧延)
冷間圧延では、上記熱延板を圧延して、所望の最終板厚の冷延板 (コイルも含む) に製作する。但し、結晶粒をより微細化させるためには、冷間圧延率は60%以上であることが望ましく、また前記荒鈍と同様の目的で、冷間圧延パス間で中間焼鈍を行っても良い。
(溶体化および焼入れ処理)
冷間圧延後、溶体化焼入れ処理を行う。溶体化処理焼入れ処理については、通常の連続熱処理ラインによる加熱,冷却でよく、特に限定はされない。ただ、各元素の十分な固溶量を得ること、および前記した通り、結晶粒はより微細であることが望ましいことから、520℃以上、溶融温度以下の溶体化処理温度に、加熱速度5℃/秒以上で加熱して、0〜10秒保持する条件で行うことが望ましい。
また、成形性やヘム加工性を低下させる粗大な粒界化合物形成を抑制する観点から、溶体化温度から焼入れ停止温度までの平均冷却速度が3℃/s以上とすることが望ましい。溶体化の冷却速度が小さいと、冷却中に粗大なMg2Siおよび単体Siが生成してしまい、成形性が劣化してしまう。また溶体化後の固溶量が低下し、BH性が低下してしまう。
この冷却速度を確保するために、焼入れ処理は、ファンなどの空冷、ミスト、スプレー、浸漬等の水冷手段や条件を各々選択して用いる。
(焼入れ停止後の温度保持処理)
この焼入れ処理は、溶体化処理後の板を室温まで冷却するのではなく、板が80〜130℃となる温度域Tで冷却(焼入れ)を停止して、この温度範囲で一定時間tだけ保持する保持処理、その後室温まで放冷や強制冷却などの冷却手段を問わずに冷却する。この80〜130℃の温度での保持(処理)は、加熱によっても非加熱によってもよく、等温保持であっても良い。但し、この温度での保持時間tは、前記焼入れ停止温度Tとの関係で、次式を満足するように決める。
2.3×104×exp[-0.093×T]<t<2.0×105×exp[-0.096×T]
本発明では、規定する所定のクラスタのサイズ分布を得るための、この焼入れ処理の停止条件について、種々の焼入れ停止温度、保持時間などの関係について詳細に調査した。その結果、焼入れ停止後の温度保持中のクラスタのサイズ分布は、MgやSiの拡散距離に大きく影響され、解析した結果では、このMgやSiの拡散距離を1.8×10-9m〜4.8×10-9mの範囲とすることが好ましいことを知見した。
このMgやSiの拡散距離は、以下の数3の式で表される。この式中、D0は数4の式で表される拡散係数であり、6.2×10-6(m2/s)である。Qは拡散の活性化エネルギーであり11500(J/mol)である。Rは気体定数であり8.314である。
このMgやSiの好ましい拡散距離の範囲を得るための焼入れ停止温度と焼入れ停止後の温度保持時間を整理しなおし、焼入れ停止後の温度保持時間tの上限値と下限値を、焼入れ停止温度Tとの関係で、前記式のように決定した。

この焼入れ処理における比較的高温での冷却停止と温度保持処理によって、本発明で規定する所定のクラスタのサイズ分布が得られる。また、6.0×1023個/m3以上、25.0×1023個/m3以下の本発明で規定する原子の集合体の平均数密度も得られる。これは、この焼入れ処理における比較的高温での冷却停止と温度保持処理の工程中で、本発明で規定する原子の集合体の大部分が、そのサイズが均等にあるいは類似して形成されることによる。
すなわち、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含み、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下である原子の集合体の内の大部分が、この焼入れ処理における比較的高温での冷却停止と温度保持処理の工程中で形成される。同時に、この温度保持処理中に形成し尽くした原子の集合体の大部分のサイズが均等にあるいは類似しているため、円相当径の平均半径が1.2nm以上、1.5nm以下であるとともに、この円相当径の半径の標準偏差が0.35nm以下である条件を満すようなサイズの均等性を有していることによる。
これによって、この焼入れ処理における比較的高温での冷却停止と温度保持処理された板は、この温度保持処理後に、室温中で室温時効によって形成されるクラスタが少なくなって、室温時効も少なくなる。このため、曲げ加工性を含めてプレス成形性が向上し、室温にて長期間保持した後であっても、その後のパネルの塗装焼付処理など、170℃×20分の人工時効処理時の加熱により、BH前後での0.2%耐力差が90MPa以上となる優れたBH性を有するようになる。
通常の板を一旦室温まで焼入れ冷却した後に再加熱して保持する再加熱処理では、本発明で規定するサイズが均等あるいは類似のクラスタも勿論形成されるが、前記焼入れ処理における比較的高温での冷却停止と温度保持処理による形成数に比して、形成される数が圧倒的に少ない。
これは、焼入れ冷却終了後から再加熱処理までの室温保持(放置)時間を幾ら短くしても、この間にクラスタの大部分が形成されるからである。しかも、このクラスタは、そのサイズ分布が大きいものや小さいものなど様々で、サイズが均等ではなく、バラバラである。
このため、本発明で規定するサイズが均等あるいは類似のクラスタがたとえ形成されていたとしても、その絶対数は少なくなり、必然的に、原子の集合体の円相当径の平均半径が1.2nm以上、1.5nm以下であるとともに、この円相当径の半径の標準偏差が0.35nm以下である規定を満足できない。この結果、特に長期間の室温時効後の加工性が低下し、またBH前後での0.2%耐力差が90MPa以上となるようなBH性を有することができない。
(温度保持処理後冷却)
前記温度保持処理後の室温までの冷却は、放冷でも、生産の効率化のために前記焼入れ時の冷却手段を用いて強制急冷しても良い。すなわち、本発明で規定するサイズが均等あるいは類似のクラスタを前記温度保持処理によって出尽くさせているため、従来の再加熱処理のような強制急冷や、数段にわたる複雑な平均冷却速度の制御は不要である。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
次に本発明の実施例を説明する。本発明で規定のクラスタ条件が異なる6000系アルミニウム合金板を、溶体化および焼入れ処理時に、比較的高温での焼入れ停止と、その温度での保持処理によって作り分けて、室温に7日間保持後および100日間保持後のBH性(塗装焼付け硬化性)を各々評価した。合わせて、プレス成形性や曲げ加工性としてのヘム加工性も評価した。
前記本発明規定のクラスタ条件とは、原子の集合体の平均数密度と、円相当径の平均半径、この円相当径の半径の標準偏差である。そして、この原子の集合体とは、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含み、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下の条件を満たす原子の集合体である。
また、前記作り分けは、表1に示す組成の6000系アルミニウム合金板を、表2に示すように、溶体化および焼入れ処理後の再加熱処理条件、加熱温度(℃、表2では到達温度と記載)、保持時間(h)、そして特に、これら加熱保持後の冷却条件を種々変えて製造した。なお、表1中の各元素の含有量の表示において、各元素における数値をブランクとしている表示は、その含有量が検出限界以下であることを示す。
アルミニウム合金板の具体的な製造条件は以下の通りとした。表1に示す各組成のアルミニウム合金鋳塊を、DC鋳造法により共通して溶製した。この際、各例とも共通して、鋳造時の平均冷却速度について、液相線温度から固相線温度までを50℃/分とした。続いて、鋳塊を、各例とも共通して、540℃×4時間均熱処理した後、熱間粗圧延を開始した。そして、各例とも共通して、続く仕上げ圧延にて、厚さ3.5mmまで熱延し、熱間圧延板(コイル)とした。熱間圧延後のアルミニウム合金板を、各例とも共通して、500℃×1分の荒焼鈍を施した後、冷延パス途中の中間焼鈍無しで加工率70%の冷間圧延を行い、各例とも共通して、厚さ1.0mmの冷延板(コイル)とした。
更に、この各冷延板(コイル)を、各例とも共通して、連続式の熱処理設備で巻き戻し、巻き取りながら、連続的に調質処理(T4)した。具体的には、500℃までの平均加熱速度を10℃/秒として、表2に記載の溶体化処理温度まで加熱し、直ちに、表2に記載の平均冷却速度で冷却する、溶体化および焼入れ処理を行った。この際、高温で焼入れ(冷却)を停止するととともに、その温度での保持処理を行った各例は、室温までは焼入れ冷却せずに、表2に示す焼入れ停止温度Tで焼入れ(冷却)を停止し、その温度で保持時間t(単位h)の温度保持処理を行った。この温度保持処理は、前記連続式の熱処理設備内の各焼入れ停止温度に保持された保持炉内で行った。また、この実際の板(コイル)の温度保持時間(実測保持時間)tは、前記焼入れ停止温度Tとの関係式で、2.3×10×exp[-0.093×T]<t>2.0×105×exp[-0.096×T]を満足するように決めた。この式で各焼入れ停止温度Tから計算される下限と上限の保持時間と、実際の板(コイル)の保持時間(実測保持時間)とを、いずれも単位h(時間)にて、表2に示す。この温度保持後の冷却は、この温度保持を行った各例とも、前記焼入れ時の冷却手段を用いて100℃/Sの冷却速度で強制急冷した。
比較のために、前記高温での焼き入れ停止を行わず、従来のように、室温(20℃)まで焼き入れた後に再加熱処理(焼鈍処理)を行っている比較例、言い換えると、焼入れ時の冷却停止温度が室温までと低すぎる比較例(表2の7、14、21)も、表2に示すように同時に試験した。
これら調質処理後7日間および100日間室温放置した後の各最終製品板から供試板 (ブランク) を切り出し、各供試板の特性を測定、評価した。また3DAPを用いた組織観察は調質処理後7日後の試料についてのみ実施した。これらの結果を表3に示す。
(クラスタ)
先ず、前記供試板の板厚中央部における組織を前記3DAP法により分析し、本発明で規定するクラスタの、平均数密度(×1023個/m3)、円相当径の平均半径(nm)、この円相当径の半径の標準偏差を各々前記した方法で各々求めた。これらの結果を表3に示す。また、図1に、表3における発明例1、比較例4のアルミニウム合金板の、前記クラスタの円相当径の半径(横軸:クラスタ半径)と、数密度(縦軸)との関係を示す。図1において、発明例1は太い実線、比較例4は点線で各々示している。
なお、表2では、前記本発明規定のクラスタ条件のうち、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含みを、単に「Mg、Si原子10個以上」と簡略化して記載している。また、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下を、単に「距離0.75nm以下」と簡略化して記載している。
(塗装焼付硬化性)
前記調質処理後、7日間または100日間室温放置した後の各供試板の機械的特性として、0.2%耐力(As耐力)と全伸び(As全伸び)を引張試験により求めた。また、これらの各供試板を各々共通して、7日間の室温時効および100日間の室温時効させた後に、170℃×20分の人工時効硬化処理した後(BH後)の、供試板の0.2%耐力(BH後耐力)を引張試験により求めた。そして、これら0.2%耐力同士の差(耐力の増加量)から各供試板のBH性を評価した。
前記引張試験は、前記各供試板から、各々JISZ2201の5号試験片(25mm×50mmGL×板厚)を採取し、室温にて引張り試験を行った。このときの試験片の引張り方向を圧延方向の直角方向とした。引張り速度は、0.2%耐力までは5mm/分、耐力以降は20mm/分とした。機械的特性測定のN数は5とし、各々平均値で算出した。なお、前記BH後の耐力測定用の試験片には、この試験片に、板のプレス成形を模擬した2%の予歪をこの引張試験機により与えた後に、前記BH処理を行った。
(ヘム加工性)
ヘム加工性は、前記調質処理後7日間または100日間室温放置後の各供試板についてのみ行った。試験は、30mm幅の短冊状試験片を用い、ダウンフランジによる内曲げR1.0mmの90°曲げ加工後、1.0mm厚のインナを挟み、折り曲げ部を更に内側に、順に約130度に折り曲げるプリヘム加工、180度折り曲げて端部をインナに密着させるフラットヘム加工を行った。
このフラットヘムの曲げ部(縁曲部)の、肌荒れ、微小な割れ、大きな割れの発生などの表面状態を目視観察し、以下の基準にて目視評価した。
0;割れ、肌荒れ無し、1;軽度の肌荒れ、2;深い肌荒れ、3;微小表面割れ、4;線状に連続した表面割れ、5;破断
表1の合金番号0〜12(但し、表1の合金番号4、5は欠番)、 表2の番号0、1、8、15、22〜30(但し、表2、3の番号22、23は欠番)に各々示す通り、各発明例は、本発明成分組成範囲内で、かつ好ましい条件範囲で製造、調質処理を行なっている。このため、これら各発明例は、表2に示す通り、本発明で規定するクラスタ条件を満たしている。この結果、各発明例は、前記調質処理後の長期の室温時効後であって、かつ低温短時間での塗装焼付け硬化であっても、BH性に優れている。また、前記調質処理後の長期の室温時効後であっても、ヘム加工性に優れている。すなわち、本発明例によれば、100日間の長期間室温時効した後、170℃×20分の車体塗装焼付け処理された場合であっても、耐力差が90MPa以上のより高いBH性や成形性(曲げ加工性)が発揮できるAl―Si―Mg系アルミニウム合金板を提供できることが分かる。
表2の比較例2、9、16は、表1の発明合金例1、2、3を用いている。しかし、これら各比較例は、表2に示す通り、溶体化処理の冷却速度が好ましい条件を外れて小さすぎる。その結果、本発明で規定するクラスタの平均半径標準偏差が外れ、同じ合金組成である発明例1に比して、室温経時が大きく、特に100日間室温保持後の加工性またはBH性が劣っている。
表2の比較例3〜6、10〜13、17〜20は、表1の発明合金例1を用いている。しかし、これら各比較例は、表2に示す通り、前記焼入れ停止後の温度保持処理条件が好ましい範囲を外れている。その結果、本発明で規定するクラスタ条件が外れ、同じ合金組成である発明例1に比して、特に100日間室温保持後の加工性またはBH性が劣っている。
表2の比較例7、14、21は、表1の発明合金例1、2、3を用いている。しかし、これら各比較例は、表2に示す通り、好ましい温度で焼き入れ停止を行っておらず、例えば特許文献4のように、室温(20℃)まで焼き入れた後に再加熱して焼鈍する再加熱処理を行っている。その結果、本発明で規定するクラスタの平均半径標準偏差が外れ、同じ合金組成である発明例1に比して、室温経時が大きく、特に100日間室温保持後の加工性またはBH性が劣っている。
また、表2の比較例31〜38は、前記焼入れ停止後の温度保持処理条件を含めて好ましい範囲で製造しているものの、表1の合金番号13〜20を用いており、必須元素のMgあるいはSiの含有量が各々本発明範囲を外れているか、あるいは不純物元素量が多すぎる。このため、これら比較例31〜38は、表3に示す通り、各発明例に比して、BH性やヘム加工性が劣っている。
比較例31は表1の合金13であり、Siが少なすぎる。
比較例32は表1の合金14であり、Siが多すぎる。
比較例33は表1の合金15であり、Feが多すぎる。
比較例34は表1の合金16であり、Mnが多すぎる。
比較例35は表1の合金17であり、CrおよびTiが多すぎる。
比較例36は表1の合金18であり、Cuが多すぎる。
比較例37は表1の合金19であり、Znが多すぎる。
比較例38は表1の合金20であり、ZrおよびVが多すぎる。
前記発明例1の前記クラスタの円相当径の半径の平均標準偏差は、表3の通り規定範囲内の0.29であり、前記比較例4の前記平均標準偏差は、表3の通り上限規定を超える0.58である。この比較例4は、前記図1に点線で示す通り、円相当径の平均半径が1.2nm以上、1.5nm以下の数(数密度)が、前記発明例1よりも多く、縦軸のピークが高い。しかし、前記図1に実線で示す発明例1に比して、前記クラスタの大きさの分布状態が、特にクラスタ半径が大きな領域(図1の右側)に広がっており、発明例1の平均標準偏差よりも大きく、上限規定を超えている。この結果からも、長期室温時効後のBH性を向上させるためには、前記規定クラスタの円相当径の平均半径が規定を満たすだけでなく、その平均標準偏差を0.35nm以下に小さくする必要があることが分かる。
したがって、以上の実施例の結果から、長期室温時効後のBH性向上に対して、前記本発明で規定するクラスタの各条件を全て満たす必要性があることが裏付けられる。また、このようなクラスタ条件やBH性などを得るための、本発明における成分組成の各要件あるいは好ましい製造条件の臨界的な意義乃至効果も裏付けられる。
本発明によれば、長期室温時効後の低温短時間条件でのBH性や、長期室温時効後の成形性をも兼備する6000系アルミニウム合金板を提供できる。この結果、自動車、船舶あるいは車両などの輸送機、家電製品、建築、構造物の部材や部品用として、また、特に、自動車などの輸送機の部材に6000系アルミニウム合金板の適用を拡大できる。

Claims (2)

  1. 質量%で、Mg:0.2〜2.0%、Si:0.3〜2.0%、を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Mg−Si系アルミニウム合金板であって、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により測定された原子の集合体として、その原子の集合体が、Mg原子かSi原子かのいずれか又は両方を合計で10個以上含み、これらに含まれるMg原子かSi原子のいずれの原子を基準としても、その基準となる原子と隣り合う他の原子のうちのいずれかの原子との互いの距離が0.75nm以下であり、これらの条件を満たす原子の集合体を6.0×1023個/m以上、25.0×1023個/m以下の平均数密度で含むとともに、これらの条件を満たす原子の集合体の、円相当径の平均半径が1.2nm以上、1.5nm以下であり、かつ、この円相当径の平均半径の標準偏差が0.35nm以下であることを特徴とする室温時効後のヘム加工性と焼付け塗装硬化性に優れたアルミニウム合金板。
  2. 前記アルミニウム合金板が、更に、Mn:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Cu:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Fe:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Cr:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Zr:0.3%以下(但し、0%を含まず)、V:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Ti:0.05%以下(但し、0%を含まず)、Zn:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Ag:0.2%以下(但し、0%を含まず)の1種または2種以上を含む請求項1に記載の室温時効後のヘム加工性と焼付け塗装硬化性に優れたアルミニウム合金板。
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