JP2009167439A - 溶接隙間構造温水容器用フェライト系ステンレス鋼 - Google Patents

溶接隙間構造温水容器用フェライト系ステンレス鋼 Download PDF

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明廣 野々村
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修 山本
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Abstract

【課題】バックガスシール無しのTIG溶接を行い、酸化スケールを無手入れのまま上水の温水環境に使用しても優れた耐食性を呈する温水器缶体用のフェライト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02%以下、Si:0.01〜0.3%、Mn:1%以下、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Ni:0.1〜2%以下、Cr:22〜26%、Mo:0.8%以下、Nb:0.05〜0.6%、Ti:0.05〜0.4%、N:0.025%以下、Al:0.02〜0.3%であり、不純物としてのCuを0.1%未満に制限し、残部Feおよび他の不可避的不純物からなる、溶接隙間部の耐食性に優れることを特長とする溶接隙間構造温水容器用フェライト系ステンレス鋼。
【選択図】なし

Description

本発明は、TIG溶接により施工され溶接隙間構造を有する温水容器用省Mo型フェライト系ステンレス鋼に関する。
電気温水器や貯湯槽などの温水容器の材料としてフェライト系ステンレス鋼のSUS444(低C、低N、18〜19Cr−2Mo−Nb、Ti系鋼)が広く用いられている。SUS444は温水環境での耐食性向上を主目的に開発された鋼種である。
温水容器は、構成部材(例えば鏡と胴)をTIG溶接により接合した「溶接隙間構造」を有するものが主流である。溶接隙間構造の温水容器を上水の温水環境で使用すると、溶接隙間部で腐食が生じやすい。SUS444の場合、腐食形態が孔食であるときには再不動態化しやすく、孔食が成長するケースは稀である。しかし、隙間腐食であるときには再不動態化しにくいので腐食が成長し、板厚を貫通して漏水に至ることもある。
このため、温水容器では腐食しやすい隙間構造の形成をできるだけ避ける構造とすることが望ましい。しかし、鏡と胴の溶接接合部など、施工上、隙間の形成を回避することが難しい部位もある。
温水容器をTIG溶接により製造する際には、溶接部の耐食性低下を小さくするため、一般にArバックガスシールを行って裏ビード側の酸化を抑制する対策が採られている。ところが、電気温水器では追い焚き機能のニーズが高まり、蛇管を内部に装入した構造の缶体が増えてきた。この場合、溶接時にArバックガスシールを行うためのノズルを缶体内部に挿入することが難しくなり、バックガスシールなしのTIG溶接を採用せざるを得ないケースが増え、耐食性低下に対する不安要因となっている。
また、地球環境問題から、電気温水器に比べ消章電力の少ないCO冷媒ヒートポンプ給湯器(エコキュート(登録商標))の需要が高まってきた。この方式ではヒ−ター加熱を行わないので、ヒーター挿入のためのフランジは本来不要であるが、TIG溶接時のバックガスシール用ノズルを挿入するためにはフランジが省略できないなど、コストアップに繋がる問題が生じる。
特許文献1には鏡への胴の挿入深さを20mmまでとし、隙間腐食の発生を避けた構造の温水器用ステンレス鋼製缶体が記載されている。鋼種としてはSUS444相当鋼が採用されている。しかし、発明者らの調査によれば溶接で耐食性が低下する熱影響部は溶接ビードから概ね10mm程度の範囲であり、上記構造では安定した耐食性向上効果が十分に得られない場合がある。また、このSUS444相当鋼をArバックガスシールを行わないTIG溶接に供すると、裏ビード部での酸化スケールの生成部分では著しい耐食性低下が生じることが予想される。
特許文献2にはTiとAlを複合添加することにより溶接時のCr酸化ロスを抑制し、溶接部での耐食性低下を改善したフェライト系ステンレス鋼が記載されている。この鋼を使用することにより温水容器の耐食性レベルを大きく向上させることが可能になった。しかし、この鋼の場合も、Arバックガスシールを行わないTIG溶接ではCrの酸化ロスを十分に抑制することはできず、溶接隙間部の耐食性の大幅な低下は避けられない。
特開昭54−72711号公報 特開平5−70899号公報
特許文献3には、バックガスシールを行わないTIG溶接により形成された裏ビード側溶接部の耐食性向上として21質量%を超えるCr含有量を確保し、Ni,Cuの添加でTIG溶接裏面熱影響部の耐食性を大きく改善する鋼を提案されている。この鋼を使用することにより温水容器の耐食性レベルを大きく向上させることが可能になった。しかし、隙間構造やCu量によっては十分なTIG溶接隙間部の耐食性改善効果が得られないことがあった。
特願2007−088124
上述のように、昨今の温水容器においては、TIG溶接で製造する際にArバックガスシールを実施しにくい構造のものが増えている。一方で、製造コスト低減等の要請から溶接部に隙間を形成しないような構造の温水容器を設計することも難しい状況にある。
本発明は、このような現状に鑑み、Arバックガスシールを行わないTIG溶接により隙間構造をもった温水容器を構築したときに、どのような隙間構造であっても溶接ままの状態で上水を使用した温水環境において優れた耐食性を呈する省Mo型フェライト系ステンレス鋼を開発し提供することを目的とする。
発明者らは上記目的を達成すべく詳細な研究を行った結果、以下のようなことを見出した。
(i)溶接隙間部の耐食性は、溶接スケールのほか、隙間のクリアランスと隙間深さなどの隙間構造に依存する。とくに隙間開口部から溶着部(溶接ボンド)までの隙間深さは重要である。隙間腐食は一定の範囲の隙間深さの構造で成長する。すなわち、隙間深さが浅いと腐食は成長せず、隙間深さが深すぎても同様である。
(ii)22質量%を超えるCr含有量を確保して基本的耐食性レベルを向上させることが、バックガスシールを行わないTIG溶接により形成された裏ビード側溶接隙間部の耐食性向上に極めて有効である。
(iii)Ni、Cuの溶接隙間部の耐食性改善効果は異なる。
Niは溶接隙間部で発生した隙間腐食の板厚方向の成長を抑制する効果が大きい。一方、Cuは隙間腐食の横広がりの成長を抑制するが、板厚方向への成長を抑制する効果は小さく、場合によっては逆に侵食が深くなることを突き止めた。したがって、溶接隙間構造での耐食性が要求される用途ではCu量を規制する必要がある。
(iv)溶接部の耐食性向上に有効であるとされてきたSiは、一定量以上添加するとバックガスシールを行わないTIG溶接においては、溶接ままの裏ビード側溶接部において、むしろ耐食性を低下させる。
(v)耐食性改善元素として知られるMoは、ステンレス鋼表面での酸化の抑制、すなわち溶接部の耐食性改善には有効に作用しない。
本発明はこのような知見に基づいて成分設計された新たな省Mo型フェライト系ステンレス鋼を提供するものである。
すなわち本発明では、質量%で、C:0.02%以下、Si:0.01〜0.3%、Mn:1%以下、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Ni:0.1〜2%以下、Cr:22〜26%、Mo:0.8%以下、Nb:0.05〜0.6%、Ti:0.05〜0.4%、N:0.025%以下、Al:0.02〜0.3%であり、不純物としてのCuを0.1%未満に制限し、残部Feおよび他の不可避的不純物からなる、溶接隙間部の耐食性に優れることを特長とする溶接隙間構造温水容器用フェライト系ステンレス鋼が提供される。
この鋼は、冷延焼鈍酸洗鋼板とした後、その鋼板をバックガスシールなしのTIG溶接で隙間構造を形成し、その溶接部を無手入れのまま含む試験片を、80℃、2000ppmCl水溶液中に30日間浸漬する浸漬試験(Pt補助カソード使用)に供したとき、隙間腐食の侵食深さが0.25mm以下となる耐食性を呈する。
ここで、「無手入れのまま」とは、溶接部に生じた酸化スケールを除去する手段(研磨等の機械的除去手段および酸洗等の化学的除去手段)が施されておらず、溶接されたままの状態であることを意味する。「溶接部」は溶接ビード部と熱影響部からなる領域である。
上記浸漬試験に供するための溶接隙間を形成するには、2枚の鋼板を重ね、一方の鋼板を水平から10°開き、TIG溶接のアークを一定速度で移動させながら裏ビード(アークを当てる面の裏面に現れる溶接金属部)が形成される条件で溶接ビードを形成していく手法が採用される。その際、溶接隙間となる部位と裏ビード側には一切バックガスシールを行わない。また、溶加材も使用しない。試験片には溶接隙間部とその両側の母材部が含まれるようにする。
また、前記のステンレス鋼からなる鋼材にバックガスシールなしのTIG溶接を施して形成された溶接隙間部を有する温水容器であって、前記TIG溶接によって形成された溶接隙間部および裏ビード側の溶接部を無手入れのまま温水に曝して使用する溶接構造温水容器が提供される。このTIG溶接に際しては通常のTIG溶接と同様に必要に応じて溶加材を使用することができる。ここで、「温水」は50℃以上の水をいう。
本発明のフェライト系ステンレス鋼を使用すると、温水環境における溶接部の耐食性が顕著に改善される。特に、バックガスシールなしのTIG溶接によって形成された溶接隙間部を無手入れのまま高温の上水に曝して使用した場合でも、長期間優れた耐食性が維持される。すなわち温水容器をTIG溶接により製造する際に、Arバックガスシールを省略しても高い信頼性が得られる。したがって本発明によれば、高耐食性が要求される上水環境での温水容器において設計自由度の拡大が可能になる。また、今後需要増が見込まれるCO冷媒ヒートポンプ給湯器の温水缶体ではバックガスシールのためのフランジが不要になり、コスト低減が可能になる。
本発明のフェライト系ステンレス鋼を構成する成分元素について説明する。
C、Nは、鋼中に不可避的に含まれる元素である。C、Nの含有量を低減すると鋼は軟質になり加工性が向上するとともに炭化物、窒化物の生成が少なくなり、溶接性および溶接部の耐食性が向上する。このため本発明ではC、Nとも含有量は少ない方が良く、Cは0.02質量%まで、Nは0.025質量%まで含有が許容される。
Siは、Arガスシールを行ってTIG溶接する場合、溶接部の耐食性改善に有効に作用する。しかしながら発明者らの詳細な検討によれば、ガスシールなしでTIG溶接する場合、Siは逆に溶接部の耐食性を阻害する要因になることがわかった。このため、耐食性の点ではSi含有量は低い方が好ましく、本発明では0.3質量%以下に規定する。ただし、Siはフェライト系鋼の硬質化に寄与するので、例えば水道に直結して使用する高圧タイブの温水容器をはじめとして継手の強度が要求されるような用途などでは、Siの添加は有利となる。種々検討の結果、Siによる強度向上作用を十分に享受するには、0.01質量%以上のSi含有量を確保することが望まれる。したがって本発明ではSi含有量を0.01〜0.3質量%に範囲にコントロールする。
Mnは、ステンレス鋼の脱酸剤として使用される。しかしMnは不動態皮膜中のCr濃度を低下させ、耐食性低下を招く要因となるので、本発明でのMn含有量は低い方が好ましく、1質量%以下の含有量に規定される。スクラップを原料とするステンレス鋼ではある程度のMn混入は避けられないので、過剰に含有されないよう管理が必要である。
Pは、母材および溶接部の靭性を損なうので低い方が望ましい。ただし、含Cr鋼の溶製において精錬による脱りんは困難であることから、P含有量を極低化するには原料の厳選などに過剰なコスト増を伴う。したがって本発明では一般的なフェライト系ステンレス鋼と同様に、0.04質量%までのP含有を許容する。
Sは、孔食の起点となりやすいMnSを形成して耐食性を阻害することが知られているが、本発明では適量のTiを必須添加するので、Sを特に厳しく規制する必要はない。すなわち、TiはSとの親和力が強く、化学的に安定な硫化物を形成するので、耐食性低下の原因になるMnSの生成が十分に抑止される。一方、あまり多量にSが含まれると溶接部の高温割れが生じやすくなるので、S含有量は0.03質量%以下に規定される。
Crは、不動態皮膜の主要構成元素であり、耐孔食性や耐隙間腐食性などの局部腐食性の向上をもたらす。バックガスシールなしでTIG溶接した溶接部の耐食性はCr含有量に大きく依存することから、Crは本発明において特に重要な元素である。発明者らの検討の結果、バックガスシールなしで溶接した溶接部に温水環境で要求される耐食性を付与するには21質量%を超えるCr含有量を確保すべきであることがわかった。耐食性向上効果はCr含有量が多くなるに伴って向上する。しかし、Cr含有量が多くなるとC、Nの低減が難しくなり、機械的性質や靭性を損ねかつコストを増大させる要因となる。
本発明では、Cr含有量が22質量%以上の鋼ではNiの溶接隙間部の耐食性改善効果が大きくなること、Cuは不純物レベルの混入であっても板厚方向に腐食が進行するため、Cuの上限を規制することで、厳しい環境への適用においてもCr含有量のさらなる増加に頼ることなく、上述の問題を最小限に抑え、十分な耐食性を得ることができる。したがって本発明ではCr含有量を22〜26質量%とする。
Moは、Crとともに耐食性レベルを向上させるための有効な元素であり、その耐食性向上作用は高Crになるほど大きくなることが知られている。ところが、発明者らの詳細な検討によれば、バックガスシールなしでTIG溶接した溶接隙間部や裏ビード側の溶接部については、Moによってもたらされる耐食性向上作用はあまり大きくないことがわかった。本発明の主な用途である上水の温水環境に対しては0.2質量%以上のMoを含有させることが効果的であるが、0.8質量%を超えて増量しても耐隙間腐食性の改善効果は小さく、徒にコスト上昇を招くのみで得策ではない。したがってMo含有量は0.8質量%以下とする。
Nbは、Tiと同様にC、Nとの親和力が強く、フェライト系ステンレス鋼で問題となる粒界腐食を防止するのに有効な元素である。その効果を十分発揮させるには0.05質量%以上のNb含有量を確保することが望ましい。しかし、過剰に添加すると溶接高温割れが生じるようになり、溶接部靭性も低下するので、Nb含有量の上限は0.6質量%とする。
Tiは、Arバックガスシールを行う従来のTIG溶接において溶接部の耐食性向上に寄与する元素であるが、バックガスシールなしのTIG溶接においても隙間部やその裏ビード側溶接部の耐食性を顕著に改善する作用を有することがわかった。そのメカニズムについては必ずしも明確ではないが、Arバックガスシールを行うTIG溶接の場合は、Alとの複合添加により溶接時に鋼表面にAl主体の酸化皮膜が優先的に形成され、結果的にCrの酸化ロスが抑制されるものと考えられる。他方、バックガスシールなしのTIG溶接の場合は、その溶接部においてTiは腐食発生後の再不動態化を促進する作用を発揮し、それによって耐食性が向上するものと推察される。このようなTiの作用を十分に享受するには0.05質量%以上のTi含有量を確保することが望ましい。しかし、Ti含有量が多くなると素材の表面品質が低下したり、溶接ビードに酸化物が生成して溶接性が低下したりしやすいので、Ti含有量の上限は0.4質量%とする。
Alは、Tiとの複合添加によって溶接による耐食性低下を抑制する。その作用を十分に得るためには0.02質量%以上のAl含有量を確保することが望ましい。一方、過剰のAl含有は素材の表面品質の低下や、溶接性の低下を招くので、Al含有量は0.3質量%以下とする。
Niは、ArバックガスシールなしのTIG溶接において溶接スケール中のCr濃度を高め、化学的に安定なCrの生成量を増加しスケールの耐食性を向上させる。さらに、溶接金属部(ビード部)および熱影響部ともに腐食の進行を抑えることでバックガスシールなしのTIG溶接部の耐食性を向上させる。この作用はCr含有量が高いほど大きい。
溶接性に関しては、溶接金属の粘性を高めるので、フェライト系ステンレス鋼の適正溶接条件範囲が拡がり、溶接速度の向上を図る上で有利となる。このため本発明では要求される耐食性レベルに応じてNiを含有させる。Ni含有量は0.1質量%以上を確保することがより効果的である。ただし多量のNi含有は鋼を硬質にし加工性を阻害するので、2質量%以下の範囲で行う。
Cuは、ArバックガスシールなしのTIG突合せ溶接部の耐食性において、溶接裏面熟影響部での孔食発生を抑制したが、TIG溶接隙間では隙間腐食面積を小さくするが、侵食深さについては、隙間条件にもよるが逆に侵食を深くすることがある。したがって、バックガスシールなしのTIG溶接で隙間を形成する用途ではCuは耐食性を阻害する恐れがある。Cuは原料のスクラップから不純物として混入することがあるが、Cuの耐隙間腐食性阻害の作用は不純物レベルであっても現れるため、Cuの上限を0.1%未満に規制する。
以上のように成分調整されたフェライト系ステンレス鋼を用いて、一般的なフェライト系ステンレス鋼板の製造工程にて冷延焼鈍材とし、その後バックガスシールを行わないTIG溶接法を用いて溶接施工することにより温水容器を構築することができる。この温水容器はバックガスシールなしで形成された溶接隙間部や突合せ溶接部の裏ビード側の溶接部(すなわち容器の内側)を無手入れのまま温水に曝して使用することができる。
実施例1
表1に示す化学組成を有するステンレス鋼を溶製し、熱間圧延にて板厚3mmの熱延板を作製した。その後、冷間圧延にて板厚1.0mmとし、仕上焼鈍を1000〜1070℃で行い、酸洗を施すことによって供試材とした。
Figure 2009167439
各供試材の鋼板について、図1に示す方法にてTIG溶接 バックガスシールを施さずに行った。すなわち、2枚の鋼板を重ねてTIG溶接する際、隙間開口部を作るため、一方の鋼板に10°の角度で曲げを施した後、隙間となる面を大気に曝した状態で溶接を行った。溶接条件は、溶け込み(溶接金属部)が裏面まで到達し、裏面に約4mm幅の「裏ビード」が形成される条件とした。この条件の場合、溶接熱影響部(HAZ)は板厚中央部でビ−ド中心からの距離が約10mmの範囲となる。
供試鋼の評価に先立ち、表1に記載の比較鋼No.7を用いて、隙間構造、特に隙間深さと隙間腐食による侵食深さの関係を調べた。図1に示すように、「隙間深さ」を溶接ビード中心から曲げ位置までの距離(mm)と定義し、隙間深さを5mm、7mmおよび10mmと変えて溶接隙間を作製した。溶接で生じた酸化スケールを除去していない試料(無手入れのままの試料)から15×40mmの試験片を切り出し、温水中での浸漬試験に供した。
図2に溶接隙間試験片の外観を模式的に示す。溶接ビードが試験片長手方向中央位置を横切るように試験片を採取した。この浸漬試験片には溶接ビード部、熱影響部および母材部が含まれる。母材部の端にリード線をスポット溶接にて接続し、リード線およびその接続部分のみを樹脂被覆した。
漫漬試験は80℃の2000ppmCl水溶液で30日間行った。図3に浸漬試験方法を模式的に示す。浸漬試験片2にはPt補助カソード1を接続した。Pt補助カソード1は40×60mmのTi板の表面にPtめっきを施したものである。この補助カソードはここでの試験片に対し容量300L(リットル)の温水缶体に相当するカソード能力を有している。浸漬試験片2とPt補助カソード1を試験液3に漫漬し、試験中、エアレーションノズル4からエアーを試験液3中に送り込んだ。試験はn=3で行った。試験中、腐食電流をモニターした。腐食電流の経時変化によって腐食の進行状態がわかる。
浸漬試験後の溶接隙間試験片の溶接ビードを切断して隙間面を開き、隙間面表面を顕微鏡で観察し、侵食深さを測定した。この試験において最終的に腐食電流が1μA以下となり、かつ最大侵食深さが0.2mm以下であれば、上水の温水環境において隙間腐食が進行しない耐食性を有していると評価できる。侵食深さ0.2mmは腐食が再不動態化し成長しない上限の深さに相当する。n=3全ての試験片において30日以内に腐食電流が1μA以下に消滅し、かつn=3全ての試験片における最大侵食深さが0.2mm以下のものを合格とした。
結果を表2に示す。表2中に表示した侵食深さの値はn=3全ての試験片における最大侵食深さである。なお、いずれの試験片においても隙間腐食による最大侵食深さは図1に示す溶接隙間の酸化スケールが生じている箇所で観測された。隙間腐食による最大侵食深さは隙間構造の指標の一つである隙間深さで異なった。隙間深さが5〜10mmの間では、隙間腐食による最大侵食深さは隙間深さ7mmの隙間構造が最も厳しく、n=3全ての試験片において、腐食電流が継続して流れ、最大侵食深さは0.2mmを超え、再不動態化せず隙間腐食が進行した。隙間深さが5mmと10mmでは隙間腐食が成長しなかったが、5mmでは開口部が近く隙間構造が構成されていない、10mmでは空気と遮断されているためTIG溶接時での酸化スケールの生成が少ないことから隙間腐食が進行しなかったものと推察される。
Figure 2009167439
以上の知見に基づき、TIG溶接隙間試験片は隙間深さ7mmの条件で作製し、表1に示した各供試材の鋼板について浸漬試験を行なった。試験片、試験条件および試験方法は上記と同じである。試験結果を表3に示す。
Figure 2009167439
表2からわかるように、本発明で規定する化学組成を有する本発明例のものは、いずれも上記浸漬試験における耐食性評価が合格判定であった。すなわち、バックガスシールなしのTIG溶接を行って酸化スケールが形成されている溶接隙間において、温水環境での優れた耐食性を有することが確認された。No.1鋼(23Cr−0.3Ni−0.8Mo)、No.3鋼(24Cr−0.5Ni−0.5Mo)およびNo.4鋼(25Cr−0.3Ni−0.7Mo)の対比から、0.1質量%以上のNiを添加した鋼では、Cr含有量が多くなるほど腐食電流がより安定して早期に消滅し、かつ侵食深さも浅くなる傾向がある。特にNo.4鋼は腐食電流が7日以内で消滅し最大侵食深さも0.08mmと極めて浅く、溶接隙間部の耐食性が優れた。No.2鋼(23Cr−1Ni−0.3Mo)およびNo.1鋼(23Cr−0.3Ni−0.8Mo)の最大侵食深さはほぼ同じであり、バックガスシールなしのTIG溶接隙間部における耐食性に関し、Mo増量による耐食性向上効果は認められない。No.1鋼(23Cr−0.3Ni−0.8Mo)とNo.5鋼(23Cr−0.07Ni−1Mo)に比較から、Ni添加によるTIG溶接隙間部の耐食性改善効果が著しい。
No.3鋼(24Cr−0.5Ni−0.5Mo−0.06Cu)とNo.6鋼(24Cr−0.5Ni−0.5Mo−0.28Cu)の比較から、Cuの添加により腐食電流が継続して流れるようになり、最大侵食深さも0.2mmを越える場合があることが明らかである。
実施例2
実機温水容器での溶接接合部の耐食性を調査するため、本発明例No.3鋼を用いた試験缶体および比較例No.7鋼を用いた試験缶体を試作した。図4に試験缶体の構造を模式的に示す。図4(a)は試験缶体の外観を示したものである。この試験缶体は上鏡11、胴12および下鏡13をTIG溶接により接合した構造を有し、高さ1430mm、幅520mm、容量370Lの俵型である。胴12は簡状に曲げた鋼板の端部同士をTIG溶接したものであり、溶接接合部14を有している。上鏡11および下鏡13には口金17が接合されている。上鏡11、胴12および下鏡13の部材に上記供試鋼が使用されている。
図3(b)は上鏡11と胴12の溶接部断面の構造を模式的に示したものである。図3(c)は下鏡13と胴12の溶接部断面の構造を模式的に示したものである。これらの溶接接合部15、16においては容器内部側に鏡部材の端部が入り込んで溶接隙間を形成している。耐食性の観点から、隙間深さは溶接隙間部の腐食が進行する7mmを目標に施工を行ない、6〜8mmの範囲に制御した。
溶接接合部14、15、16はバックガスシールを行わないTIG溶接法により施工した。溶接接合部15と16は溶加材としてSUS316Lを使用した。
図5に実機での耐食性試験方法を模式的に示す。試験液槽22で試験液をヒーター21により80℃に加熱し、液送ポンプ23により試験液を試験缶体24の下部口金から常時10L/minの流量で送り込み、合計60日間循環させる試験を実施した。試験缶体24の各溶接部は無手入れのままの状態にしてあり、前記溶接接合部14、15、16はバックガスシールなしの溶接を行って形成された裏ビード側溶接部ならびに隙間部が試験液に曝されるようになっている。
試験液は山口県周南市上水で調製した2000ppmCl水溶液に酸化剤としてCu2+を2ppm添加したものを用いた。この濃度のCu2+は温水中の残留塩素にほぼ匹敵する酸化力を有しているが、腐食の進行に伴い濃度が減少するため、7日毎に液を更新した。
ClはNaCl、Cu2+はCuCl・2HO試薬により調整した。液温は容量300Lの試験液槽内で80℃となるようにコントロールした。試験後の缶体を解体し、溶接接合部14、15、16について腐食発生状況を調べた。結果を表4に示す。
Figure 2009167439
表4からわかるように、本発明例No.3の試験缶体では60日の腐食試験において、最も腐食が問題とされる隙間構造を有する溶接接合部15、16において隙間腐食による侵食深さは再不動態化を示す0.2mm以下であった。すなわち、バックガスシール無しのTIG溶接を行い、酸化スケールを無手入れのまま上水の温水環境に使用しても優れた耐食性を呈することが確認された。一方、比較例No.7は従来鋼のSUS445J1である。
従来鋼はArバックガスシールを用いるのが前提であり、Arバックガスシールなしで溶接し隙間構造を形成すると溶接接合部15、16の溶接隙間部において0.2mmを超える侵食が生じ、隙間腐食が成長する。
本発明に係る鋼材を用いれば、バックガスシール無しのTIG溶接を行い、酸化スケールを無手入れのまま上水の温水環境に使用しても優れた耐食性を呈する温水器缶体を提供することが出来る。
TIG溶接隙間形成方法を示した図。 浸漬試験片を模式的に示した図。 浸漬試験方法を示した図 実施例2に用いた試験缶体の構造を模式的に示した図。 実機による耐食性試験方法を模式的に示した図。
符号の説明
1 Pt補助カソード
2 浸漬試験片
3 試験液
4 エアレーションノズル
5 飽和かんこう照合電極
11 上鏡
12 胴
13 下鏡
14、15、16 溶接接合部
17 口金
21 ヒーター
22 試験液槽
23 送液ポンプ
24 試験缶体

Claims (2)

  1. 質量%で、
    C:0.02%以下、
    Si:0.01〜0.3%、
    Mn:1%以下、
    P:0.04%以下、
    S:0.03%以下、
    N i:0.1〜2%、
    C r:22〜26%、
    Mo:0.8%以下、
    Nb:0.05〜0.6%、
    Ti:0.05〜0.4%、
    N:0.025%以下、
    Al:0.02〜0.3%であり、
    さらに不純物としてのCuを0.1%未満に制限し、残部Feおよび不可避的不純物からなる、溶接隙間部の耐食性に優れることを特長とする、溶接隙間構造温水容器用フェライト系ステンレス鋼。
  2. 冷延焼鈍酸洗鋼板とした後、その鋼板をバックガスシールなしでTIG溶接隙間構造を形成した試験片を、80℃、2000ppmCl水溶液中に30日間浸漬する浸漬試験(PtめっきTi板をカソードに使用)に供したとき、隙間腐食による侵食深さが0.25mm以下となる耐食性を呈する請求項1に記載の溶接隙間構造温水容器用フェライト系ステンレス鋼。
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