TMR素子の場合、中間層に絶縁体を用いるために素子抵抗が高くなりすぎ、素子面積が微細化すると大きな抵抗に起因してトンネル現象特有のショットノイズ発生や高周波応答劣化を引き起こすことが問題となる。このような問題は、磁気ヘッドへの適用には大きな問題となり、200Gbpsi以上の高記録密度でのTMR素子の適用には現実的な解決の手段が見つかっていない状態である。
MRAMでは、素子抵抗の許容範囲が磁気ヘッドに比べて比較的甘く、第一世代のMRAMでは、TMR素子が適用できると考えられている。しかし、MRAMの場合も、記録密度の向上に伴い素子面積が微細化され、抵抗が大きくなりすぎる問題が出てくることが予想される。つまり、磁気ヘッド、MRAMともに、記録密度の向上とともに、TMR素子特有の高抵抗化の問題は本質的な問題となってくる。
一方、金属非磁性中間層を用いたCPP素子の場合、膜面に対して垂直方向にセンス電流を流すと、TMR素子と異なり素子抵抗が大幅に小さいために、MR変化率が巨大でも得られる抵抗変化量自体はかなり小さい。その結果として、大きな再生出力信号を得ることが困難である。
しかも実際には、デバイスとして最も実現可能性の高いスピンバルブ膜構造においては、フリー層、ピン層とがそれぞれ一層、多くても二層しか有さない構造なので、MR変化率に寄与する膜厚、界面が人工格子多層膜の場合と比べて少ないため、MR変化率も実用的なMR変化率と比べて著しく小さい値となってしまい、現状では実用レベルとはかけ離れている。
この問題を一部解決するために、金属非磁性中間層を用いたCPP素子に酸化層を積層することにより、素子抵抗の増大をはかり、同じMR変化率でも抵抗変化量を向上させる試みがなされている(K. Nagasaka et al., The 8th Joint MMM-Intermag Conference, DD-10)。
この方法の場合、酸化層の一部にピンホール的に金属状の低抵抗領域を設けて、電流を絞り込むことにより高い抵抗を得ることを目的としている。しかしピンホールを均一に設けることは難しく、特に素子サイズが0.1μm程度になる100Gbpsi以上の記録密度では、抵抗が大きくばらついて安定したCPP素子の作成が困難であることが実用化を阻む。
また、この手法では基本的には酸化物層を挿入しない場合に比べて2倍以上の大幅なMR変化率を向上させようとするものではなく、抵抗調整という意味合いのものである。つまり、MR変化率が変わらないとしても、ARを向上させれば、百分率で表したMR変化率とARの積であらわされる抵抗変化量AdRが向上することを期待したものである。MR変化率に寄与する面積が実効的に小さくなる関係で、全体からみたMR変化率は増加してみえることになる。
しかしながら、高記録密度になるほど素子サイズが小さくなるので、ショットノイズ、高周波応答特性の観点から、材料特性上要求される抵抗が小さくなければならない。例えば、200Gbpsiの記録密度の場合、数百mΩμm2〜1Ωμm2程度のAR(通電面積×抵抗)が許容範囲なのに対して、500Gbpsi級の記録密度の場合には、少なくとも500mΩμm2以下のARでなければならない。これは記録密度の向上に伴う素子サイズが縮小したときに、素子抵抗が大きくなってしまうからである。このような記録密度向上に伴うARの小さい値の要求は、MR変化率が一定のまま、ARを向上させてAdR(通電面積×抵抗変化量)を向上させようというアプローチでは限界があることは明らかである。つまり、MR変化率自体の本質的な向上が、記録密度の向上に伴い必要になってくる。
このような状況を改善するため、MR変化率の本質的な向上を目指して、ハーフメタルの研究が盛んになっている。「ハーフメタル」とは、フェルミレベル近傍の電子状態を見たときに、アップスピン電子とダウンスピン電子の状態密度がいずれか一方の電子についてしか存在しない磁性材料として、一般的に定義されている。理想的なハーフメタルが実現できた場合には、ピン層とフリー層の磁化状態が反平行状態のときと、平行状態のときとで、抵抗が無限大から低抵抗状態の二つの状態が実現できるので、理想的には無限大のMR変化率が実現できることになる。
実際には、ここまで理想的な状態が実現できなかったとしても、アップスピン電子とダウンスピン電子の状態密度の差が従来材料よりも大きくなれば、MR変化率の上昇は2倍程度の向上ではなく、3倍、4倍、さらには桁違いの飛躍的なMR変化率の上昇が期待される。
つまり、上述した解決法とは異なり、本質的に大きなMR変化率の向上を目指したものである。しかしながら、現在精力的に調べられているハーフメタルには、以下に説明するように、実用化を阻む大きな問題点がある。
すなわち、これまで調べられているハーフメタル材料としては、スピネル構造をもつFe3O4、ペロブスカイト構造をもつLaSrMnO, LaCaMnO等、ルチル構造をもつCrO2、ホイッスラー合金のNiMnSb等、半導体材料のCrAs、ZnO、GaNMnなどが精力的に調べられている。これらの材料は、複雑な結晶構造をもつものが多く、高品質の結晶を実現するためには、高温の基板加熱や特殊な成膜手法を要する。これらの高温プロセスは、実際の磁気抵抗効果素子の作成プロセスにおいては、実用性を大きくはばむという問題点がある。これが一つ目の問題点である。
上述した問題は、成膜技術の改良により解決される可能性もあるが、さらに本質的な大きな問題は、これまで知られているいずれのハーフメタル材料においても、強磁性を示す臨界温度であるキュリー温度(Tc:フェロ磁性の場合)、またはネール温度(Tn:フェリ磁性またはアンチフェロ磁性の場合)の限界が高々400K(約100℃)であり、ハーフメタル性を示す温度(ここではThmと定義する)はさらに低温側となるため、室温においてハーフメタル性を示す材料が未だに見つかっていないという問題がある。これが、二つ目の問題点である。
このように低温でしかハーフメタル性が実現できないのでは、民生品への適用は全く不可能である。実際の磁気抵抗効果素子として使用するためにはハーフメタル出現温度Thmが少なくとも150℃〜200℃以上は必要である。Thmを高くするためには、まずは、TcまたはTnを高くすることが必要である。しかし、Tc、またはTnですら、現在調べられている材料では、室温以上のものはほとんど存在しないのが現状である。Tc、Tnを上昇させるべく精力的な研究が複数の研究機関でなされているが、どの材料においてもTc、Tnを向上させる決定的な解を見つけることができていないのが現状である。
さらに三つ目の大きな問題点として、単層膜でのハーフメタル実現がたとえ実現できたとしても、スピンバルブ膜のような多層膜にしたときに積層膜界面でのハーフメタル性が失われるという問題がある。これは、積層膜界面の状態においては、バルク状態とはバンド構造が異なってしまうため、単層膜ではハーフメタルが実現できたものが、界面あるいは表面においてはハーフメタルが実現できないという問題を引き起こす。一部の磁性半導体材料(CrAs)において、高Tcのハーフメタルが実現できたとの報告もあるが、一般的に半導体材料と金属材料では界面の拡散が激しく接合界面でハーフメタル性が失われないようにすることは非常に困難である。
これら磁性半導体材料を用いる場合には、非磁性スペーサ層も半導体材料で構成することが望ましく、金属材料との組み合わせは現実的ではない。また、NiMnSbなどのホイスラー合金材料の場合、界面層にある特定の材料を積層しないと、本質的にハーフメタル性が実現しえないことが指摘されている(G. A. de Wijs et al., Phys. Rev. B 64, 020402-1)。これも、結晶のバンド構造が界面近傍では対称性が崩れてしまうため、結晶内部で予想されているハーフメタル性が積層膜界面では失われてしまうことに起因する。ホイスラー合金を用いたCPP素子では、Tc以下の温度である4.2K以下の極低温で測定しても、通常の金属で形成したスピンバルブ膜よりも低いMR変化率しか観測されないのは、この問題によるものである。
スピンバルブ膜構造では、本質的に積層膜にしなければならないので、界面近傍においてハーフメタル性が失われてしまうということは、単結晶材料の単層構造でハーフメタル性が実現できる材料を追求することにはあまり意味がないことになる。
この問題を解決するためのひとつの手段は、ハーフメタルとして使う結晶構造と同種の結晶構造のものをスペーサ層の材料として用いることである。ここで「スペーサ層」とは、CPP素子の場合には、ピン層とフリー層とを分断している非磁性層のことである。このような実験例でペロブスカイト系酸化物のもので唯一従来材料よりも改善された結果が報告されている。例えば現状のTc、Thmが低温ということに目をつぶり、Tc以下の低温で測定した場合、通常の磁性材料を用いたスピンバルブ膜よりもかなり大きなMR変化率を実現したTMR素子の報告がなされている(J. Z. Sun et al., Appl. Phys. Lett. 69, 3266 (1996))。しかし、ペロブスカイトのような特殊な結晶構造をもつもので、ピン層、スペーサ層、フリー層のすべて同種の結晶構造で作成することは大きな制約となり結晶作成上の観点からいってもあまり現実的でない。さらに、上述の二つ目の問題点である、Tcが低温であるという問題はいずれにしろ、全く解決しえていないことには変わりはない。
このように、現在盛んに研究されているハーフメタルの研究の延長では、高MR変化率の実現は、低温においてすら難しく、仮に実現できたとしても、その大きなMR変化率の室温での実現にはさらに大きなブレークスルーが必要とされ、このままでは実用に供しない可能性が大きい。
本発明はかかる課題の認識に基づいてなされたものである。すなわち、その目的は、従来のハーフメタルの研究の延長とは本質的に異なる発想により、高密度化に対応した低い抵抗ARをもち、かつ高いMRを実現可能とした磁気抵抗効果素子、及びこれを用いた磁気ヘッド、磁気再生装置を提供することにある。
上記目的を達成するため、本発明の第1の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面一様に形成された平均厚さ3ナノメートル以下で、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜、及び前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極を備えることを特徴とする。
なおここで、薄膜層の「平均厚さ」には、後に説明するように薄膜層に隣接して設けることができる非磁性金属層や磁性金属層の厚みは含まないものとする。
また、本発明の第2の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に形成された平均厚さ3ナノメートル以下で、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜と、前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極と、を備え、前記センス電流を構成する伝導電子が前記薄膜層の近傍を通過するときに、アップスピン電子またはダウンスピン電子のうちのいずれか一方の電子が優先的に通過するスピンフィルタ作用を生ずることを特徴とする。
また、本発明の第3の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に形成された平均厚さ3ナノメートル以下で、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜と、前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極と、を備え、前記センス電流を構成する伝導電子のアップスピン電子のフェルミ速度とダウンスピン電子のフェルミ速度とが、前記薄膜層に接した前記磁性層中において異なることを特徴とする。
また、本発明の第4の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に一様に形成された平均厚さが1原子層以上3原子層以下で、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜、及び前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極を備えることを特徴とする。
また、本発明の第5の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に一様に形成された平均厚さが2ユニットセル以下で、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜、及び前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極を備えることを特徴とする。
また、本発明の第6の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に形成された酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜と、前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極と、を備え、前記磁気抵抗効果膜のうちの前記センス電流が実質的に通電される部分の面積Aと、前記一対の電極間で得られる抵抗Rと、の積ARが5000mΩμm2以下であることを特徴とする。
また、本発明の第7の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に形成された、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜と、前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極と、を備え、前記一対の電極間の抵抗Rが1000Ω以下であることを特徴とする。
また、本発明の第8の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に一様に形成された平均厚さ3ナノメートル以下で、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜と、 前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極と、を備え、前記薄膜層は、少なくとも2層以上設けられたことを特徴とする。
また、本発明の第9の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に形成された平均厚さ3ナノメートル以下で、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜と、前記磁気抵抗効果膜の膜面に略垂直な方向のセンス電流を通電する、前記磁気抵抗効果膜に電気接続された一対の電極と、を備え、前記第1及び第2の磁性層の少なくともいずれかは、fcc型の結晶構造を有する材料からなり、その膜面が(111)面に略平行な方位に配向してなり、且つその配向分散角度が5度以下であることを特徴とする。
また、本発明の第10の磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に一方向に固着された第1の磁性層と、磁化方向が外部磁界に応じて変化する第2の磁性層と、前記第1及び第2の磁性層間に形成された非磁性中間層と、前記第1の磁性層中、前記第2の磁性層中、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、または前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面に形成された平均厚さ3ナノメートル以下で、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物、あるいはフッ化物を有する薄膜層とを備える磁気抵抗効果膜と、前記磁気抵抗効果膜の膜面に対して略垂直な方向にセンス電流を通電するために前記磁気抵抗効果膜に電気的に接続された一対の電極とを備え、前記第1及び第2の磁性層の少なくともいずれかは、bcc型の結晶構造を有する材料からなり、その膜面が(110)面に略平行な方位に配向してなり、且つその配向分散角度が5度以下であることを特徴とする。
ここで、上記第1乃至第5または第7乃至第9の磁気抵抗効果素子において、前記磁気抵抗効果膜のうちの前記センス電流が実質的に通電される部分の面積Aと、前記一対の電極間で得られる抵抗Rと、の積ARが5000mΩμm2以下であるものとすることができる。
また、上記第1乃至第7または第9乃至第11の磁気抵抗効果素子において、前記薄膜層が2層以上設けられたものとすることができる。
また、このように2層以上の薄膜層を設けた場合に、隣接する前記薄膜層の間隔が、0.2ナノメータ以上3ナノメータ以下であるものとすることができる。
また、前記第1及び第2の磁性層の少なくともいずれかは、fcc型の結晶構造を有する材料からなり、その膜面が(111)面に略平行な方位に配向してなり、且つその配向分散角度が5度以下であるものとすることができる。
または、前記第1及び第2の磁性層の少なくともいずれかは、bcc型の結晶構造を有する材料からなり、その膜面が(110)面に略平行な方位に配向してなり、且つその配向分散角度が5度以下であるものとすることもできる。
また、前記薄膜層を膜中に含みまたはそれに隣接する前記磁性層は、鉄(Fe)、コバルト(Co)及びニッケル(Ni)の少なくともいずれかを含む強磁性体からなるものとすることができる。
また、前記薄膜層は、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)、カルシウム(Ca)、スカンジウム(Sc)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ストロンチウム(Sr)、イットリウム(Y)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、バリウム(Ba)、ランタン(La)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、およびタングステン(W)よりなる群から選択された少なくとも一つの元素を含むものとすることができる。
また、前記第1の磁性層あるいは前記第2の磁性層の層の中に形成された、前記薄膜層と隣接する平均厚さ2ナノメートル以下の非磁性金属層を備えるものとすることができる。
または、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、及び前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面の少なくともいずれかに形成され、前記薄膜層と、前記薄膜層と隣接する前記第1または第2の磁性層と、の間に平均厚さ2ナノメートル以下の非磁性金属層を備えるものとすることもできる。
または、前記第1の磁性層及び前記第2の磁性層の層の中に形成された、前記薄膜層と隣接する磁性金属層と、前記磁性金属層と隣接する平均厚さ2ナノメートル以下の非磁性金属層と、を備えるものとすることができる。
または、前記第1の磁性層と前記非磁性中間層との界面、及び前記第2の磁性層と前記非磁性中間層との界面の少なくともいずれかに形成され、前記薄膜層と、前記薄膜層と隣接する前記第1または第2の磁性層との間に、前記薄膜層に隣接する磁性金属層と、前記磁性層に隣接する平均厚さ2ナノメートル以下の非磁性金属層を、備えるものとすることもできる
また、前記第1あるいは第2の磁性層は、その層の中の前記薄膜層、前記磁性金属層及び前記非磁性金属層を介して磁気結合しているものとすることができる。 また、前記薄膜層と前記非磁性中間層との間の距離が3ナノメートル以下であるものとすることができる。
なお、本願明細書において「層中」あるいは「層の中」とは、薄膜の中を意味し、薄膜の上下の界面は含まないものとする。例えば、「第1の磁性層の層中」という場合は、第1の磁性層の層の中を意味し、第1の磁性層が非磁性中間層と隣接する界面あるいは、その反対側の界面は含まない。
一方、本発明の磁気ヘッドは、上記のいずれかの磁気抵抗効果素子を備えたことを特徴とする。
また、本発明の磁気再生装置は、上記の磁気ヘッドを備え、磁気記録媒体に磁気的に記録された情報の読み取りを可能としたことを特徴とする。
すなわち、TMR素子と異なりショットノイズや高周波応答に優れるCPP素子において、素子抵抗増大を招かない領域で充分な出力を得るためには、本質的なMR変化率の上昇が必要である。そのためには、スピン分極率の高い、ハーフメタルをピン層またはフリー層、またはピン層、フリー層の両方に使うことが必要であるが、現在研究されているハーフメタル材料の延長技術では、実際の応用で使われる室温以上のTc(またはTn)をもつハーフメタルの実現は困難であり、つまり室温近傍での高MR変化率の実現は困難である。
そこで、本発明においては、室温において、さらに積層膜構造をもつスピンバルブ膜において、ハーフメタル性を示す、新たな材料構造を検討した。このような全く新規な材料構造が実現できれば、高MR変化率が実現できるので、抵抗を増大させることなく、高AdRが実現できる。つまりは磁気抵抗効果素子としての抵抗変化量dRが大きい、つまり磁気ヘッドに通電した電流とdRの積である、出力電圧が大きな磁気抵抗効果素子が実現できる。その結果として、高密度記録に対応した、磁気抵抗効果素子、およびそれを用いた磁気ヘッド、およびそれを搭載した磁気再生装置(Hard Disk Driveなど)、や高密度記録に対応したMRAMなどを提供することができる。
現在研究されているハーフメタル材料は、すべてTcが低い材料であった。逆に高Tcを有する材料として実績のある材料の場合はスピン分極率が低いという問題があった。スピン分極率は低いがTcが高い材料として、最も典型的な材料としては、単体材料でも強磁性を示す、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、およびそれらのいずれかを主元素として含む合金材料を挙げることができる。これらの単体材料、およびこれらいずれかの元素を含む合金材料は、Tcとしては数百℃という、非常に高温でも安定な磁性を有する材料である。
本発明者は、これらの元素を主元素として含む合金材料をベースとして、ハーフメタル特性が実現できないかという点に着目した。つまり、単純なbcc(body centered cubic)金属、fcc(face centered cubic)金属あるいはhcp(hexagonal close-packed)金属をベースにした材料である。
本発明者は、これら高Tcを有する材料において電子伝導のスピン分極率を大きくする手段として、従来のハーフメタル研究とは発想を大きく転換し、以下のような手段を発明した。
すなわち、上述したように、これまでのハーフメタルの研究においては、まずはスピンバルブ膜のような積層膜からスタートするのではなく、単層膜においてハーフメタル性を有する材料を前提としていたために、複雑な結晶構造を有する材料の作成に苦心して努力し、さらに低Tcしか実現し得ていないそれらの材料を用いて、CPPやTMRのようなスピンバルブ構造を作成する、というアプローチが採られていた。つまり、人工的な材料を創造することは、行われていなかった。このアプローチによると多くの課題が生ずることは前述のとおりである。
本発明者は、ハーフメタル性が結晶のバンド構造に起因した現象であることに注目し、従来の高Tc金属材料をベースにしたスピンバルブ膜構造においても、微妙なバンド変調を行うことによって、室温以上の高い温度においてもハーフメタル性を実現しうるとの結論に至った。具体的には、近年の極薄膜成膜技術、極薄酸窒化膜形成技術の進歩を利用して、抵抗上昇を招くことなく、0.2ナノメートル〜3ナノメートル程度の極薄な酸化物層、または窒化物層、または酸窒化物層、またはリン化物層、またはフッ化物層を、高Tcを有する従来の強磁性材料中に挿入することによって、垂直通電したときのCPP特性のMR変化率が大きく上昇することを見出した。このような構成にすることによって、バンド変調効果が得られ、MR変化率が向上していると考えられる。
これは、複雑な結晶構造における従来のハーフメタル材料の研究においては、結晶バンド構造がかわる界面近傍でハーフメタル性が大きく失われるという問題を逆手にとり、従来の高Tcの磁性材料をベースにして、極薄酸化物層(あるいは極薄窒化物層、極薄フッ化物層)による界面現象を利用して、ハーフメタル性を実現しようというアプローチである。この場合、従来のハーフメタル研究のアプローチとは異なり、最初から高Tcの材料を用いているので、Tcを上昇させる努力は必要ない。
このようにバンド変調を目的とした極薄酸化物層または極薄窒化物層、極薄フッ化物層を、本願明細書においては極薄酸化物層の場合を典型例として「極薄酸化物層TB」と称することとする。ただしこれ以降、極薄酸化物層TBと呼んだ場合にも、酸化物層に限定されるものではなく、極薄の窒化物層、フッ化物層でもよい。極薄酸化物層TBによって、人工的なバンド変調効果をもたらすことが可能なので、強磁性層中に複数層挿入するとか、積層周期を変えるなどの手法によって、バラエティーにとんだバンド構造変化が可能となる。その結果として、多くの人工物質を創造することが可能となる。従来なされてきたような、複雑な結晶構造を形成するアプローチと比べると、はるかに多くの人工物質を、量産可能な成膜技術を用いて現実的な手段で形成することができる。
まず、ピン層、またはフリー層の材料としては、Tcが室温よりも十分高温(Tcにして数百度)を示す、従来から知られている3d遷移金属である鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)をベースにした単元素金属、またはこれら元素の合金、さらにはこれらの金属材料にさらに別の元素が添加された、室温以上のTcをもつ磁性金属材料をベースにすることにした。
これらの材料をベースにすれば、Tcの問題は全くなくなるわけである。しかしながら、通常はこれらの材料のアップスピン電子とダウンスピン電子の状態密度には一応の差異があるが、これは「ハーフメタル性」と呼ぶにはほど遠い状態であり、これが従来のCPPスピンバルブ膜のMR変化率の限界を決めていたわけである。つまり、Tcという温度の問題は取り払われたが、スピン分極率を向上させる必要がある。
しかしながら、これらの平凡な磁性金属材料であっても、極薄の酸化物層、または窒化物層などを挿入することにより、酸化物層、または窒化物層近傍の磁性金属のバンド構造は大きな変化を受けることになる。すなわち、酸素、または窒素元素が、金属元素と結合することによって、バンド構造が大きく変化することは容易に予想される。しかしながら、通常の金属酸化物材料が厚く形成されてしまうと、垂直通電時にその層を電子が通過するときの抵抗は高くなってしまう。また、これらの比較的厚い膜での酸化物、窒化物材料では、単純にはハーフメタル性は実現し得ないことが予想される。
バンド変調を目的とした酸化物層(あるいは窒化物層)の厚さが厚くなってしまうと、トンネルバリアのようになってしまうので、抵抗の増大を生じさせることになってしまう。しかし、その膜厚が十分薄い場合には、抵抗の大幅な増大を招くことなく、極薄酸化物層(または窒化物層)の近傍の磁性金属材料のバンド構造を変調させることができる。このような極薄酸化物層を用いた場合のメリットとしては、高Tc磁性金属材料をベースにしているため、室温でのハーフメタル性実現が可能であることを挙げることができる。
図1は、本発明の基本概念を説明するための模式図である。同図(a)に表したように、スピンバルブ構造は、ピン層Pとフリー層Fとの間にスペーサ層Sが挿入された積層構造を基本とする。これらピン層Pとフリー層Fは、TcまたはTnが高い鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)あるいはマンガン(Mn)をベースにした強磁性体からなる。本発明においては、これら強磁性体からなるピン層P、フリー層Fの層中に、極薄酸化物層TBを挿入する。すると、この極薄酸化物層TBの近傍でバンド構造が変化し、その界面を通過する伝導電子のスピン偏極率を、従来の高Tc、高Tnの強磁性体材料よりも向上させることによって、ハーフメタルライクな特性を実現し、CPP素子のMR変化率を向上させる。ここで得られるバンド構造としては、従来のハーフメタルのような狭い定義にとらわれる必要はない。その理由について以下に説明する。
図2は、通常のハーフメタルのバンド構造(同図(a))と、本発明において極薄酸化物層により得られるバンド構造(同図(b))と、をそれぞれ表した模式図である。すなわち、同図(a)及び(b)において、縦軸はエネルギー、横軸の左側のダウンスピン電子の状態密度、横軸の右側はアップスピン電子の状態密度をそれぞれ表す。
従来の「ハーフメタル」の定義によれば、バンド構造で決定される電子の状態密度(DOS:Density of States)を見たときに、アップスピン電子かダウンスピン電子のどちらかしか存在しない状態が「ハーフメタル」とされていた。しかし、伝導特性としてのハーフメタル性を追求するときには、このような状態が必ずしも必要条件ではない。
従来の「ハーフメタル」の定義による状態のDOSのモデル図が図2(a)である。同図に表した例の場合、フェルミレベルEF近傍においては、アップスピン電子の状態密度のみしか存在しておらず、ダウンスピン電子の状態密度は存在していない。伝導に寄与できるのは、フェルミレベルEF近傍の電子のみなので、当然このような状況では、アップスピン電子のみしか伝導に寄与できず、ダウンスピン電子は寄与できない。このため、「ハーフメタル」ということになる。
このようなDOSの観点だけから、これまでバンド計算等によるハーフメタル材料の探索が行われてきたわけである。この観点に固守すると、高Tcを有する鉄(Fe)、コバルト(Co)あるいはニッケル(Ni)をベースとしたハーフメタルは、到底実現し得ないとの結論に、従来の研究アプローチでは容易に到達してしまっていたのである。
しかしながら、我々が必要とするCPP素子で求められているハーフメタル性は、電子を伝導させたときにハーフメタル性を示せばよいという条件である。そして、この状況を実現するためには、フェルミレベルEFの近傍において、アップスピン電子またはダウンスピン電子のどちらかのDOSが完全に存在しない、というところまでの厳しい条件は必要とされない。
すなわち、図2(b)にも表したように完全にスピン偏極していなくてもよく、図3に示したように、CPP素子において必要なのは、アップスピン電子とダウンスピン電子のフェルミ速度の差である。アップスピン電子とダウンスピン電子のフェルミ速度の差が大きければ、伝導に寄与する伝導電子の比は、単純なDOSの観点だけから予想されるアップスピン電子とダウンスピン電子の差よりも大きく広がることになる。
アップスピン電子とダウンスピン電子のフェルミ速度の差は、伝導に換算すると二乗の差として効いてくるので、非常に大きな効果として出現する(I.I.Main, Phys.Rev.Lett.,83(7),1999,p1427)。この効果を考慮すると、フェルミレベル近傍におけるアップスピン電子とダウンスピン電子のDOSの差は、必ずしも100%に近くなくてもよいことがわかる。換言すると、従来のDOSの観点からのハーフメタルの定義は、十分条件ではあるが、電子伝導の観点から考えると、必ずしも必要条件ではない。電子のフェルミ速度の差も考慮にいれることによって、必要条件となるということである。
しかしながら、フェルミ速度まで考慮したバンド計算上のハーフメタル特性の材料探索は、これまでのところ、全くなされていなかった。当然のことながら、アップスピンとダウンスピンのフェルミ速度の差まで考慮にいれたとしても、従来の高Tcを示す材料においては伝導としてのハーフメタルは実現できていなかった。これは、これまで調べられてきた単純な鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)をベースにした合金材料におけるMR変化率が、ハーフメタルにより実現されるはずのMR変化率よりもはるかに低いものであったことが示している。つまり、従来の高Tc強磁性材料をベースにした材料を用いたスピンバルブ素子においては、フェルミ速度を変化させるなんらかの手段については、何ら考えられていなかったわけである。
これに対して、本発明者は、フェルミ速度も結晶のバンド構造に深く起因していることに着目し、高Tc材料をベースにした磁性材料層中でバンド変調を生じさせることによって、伝導ハーフメタル性が実現できることを知得するに至ったのである。またここで、バンド変調を最も少量で効果的に行うことができるのは、酸化物または窒化物、フッ化物であるので、バンド変調効果が得られる構成として、これらの材料による極薄酸化物層TBに注目した。
素子の抵抗を上昇させないためには、これら極薄酸化物層TBは、抵抗上昇は生じないように十分薄い状態でバンド変調効果をもたらすようにしなければならない。近年の成膜技術の進歩により、このような極薄の酸化物層や窒化物層の人工格子の作成が実現できるようになってきた。従来の成膜技術レベルだけで考えていると、このような人工格子は到底実現し得ないものであったというのも、従来このような発想の極薄酸化物層を挿入した人工物質が考案されてこなかった一因である。本発明者は、これまで磁性材料中に極薄の酸化物層を形成する技術を鋭意努力により確立し、これら人工物質が形成できること、およびスピン分極率が大きく変化するという結果をもとに、本発明に至ることができた。
以上説明したように、本発明における極薄酸化物層TBの効果としては、図2(b)に表したように、必ずしもDOSの100%分極を実現しなければならないものではなく、フェルミ速度に差が生じる効果が得られればよい。当然、アップスピン電子とダウンスピン電子のフェルミ速度というのは、フェルミ面の状況によって決定されるものなので、極薄酸化物層TBによってバンド構造が変化すれば、変化する量だからである。
以上説明したように、本発明においては、極薄酸化物層TBを挿入することによって、バンド変調効果が得られる。この極薄酸化物層TBは、酸化物、窒化物、酸窒化物、リン化物あるいはフッ化物などにより形成できる。
但し、本発明におけるこれら極薄酸化物層TBは、単なる「電流狭窄(CCP(Current Confined Path))のために設けられる電流パス用ピンホールを有する絶縁膜(典型例として、ここでは「酸化物層」と呼ぶ)の抵抗調整用フィルター層の酸化物層とは、要求される機能も、物理原理も異なる。
CCP用の極薄酸化物層は、ある割合のピンホールを有する。つまり、一様でない酸化物層(または窒化物層、フッ化物層)である。それに対し、本発明の極薄酸化物層TBは酸化物層自体の抵抗が低いか、充分薄い膜厚のために抵抗上昇がほとんどなく、ピンホールの占有率、面積等によって抵抗を調整しようというものではない。むしろ電流パスの偏りがでることは、極薄酸化物層の観点からあまり好ましくない。具体的にはピンホールを有しない、一様な酸化物層(または窒化物層、フッ化物層)であることが好ましい。
ここで「一様な」酸化物層とは、ピンホール平均直径が、フリー層と非磁性スペーサ層とピン層との膜厚の和に対して、5パーセント未満であることをいうものとする。その測定方法としては、例えばTEM(透過型電子顕微鏡)観察法を用いることができる。また、一様な極薄酸化物層TBを形成する製造方法としては、後述するように、イオンビーム酸化法や、プラズマ酸化法、ラジカル酸化法、ガスクラスターイオンビームを用いた高エネルギーな酸化方法などを用いて行なうことができる。
また、極薄酸化物層TBの平均厚さは0.2ナノメートル〜3ナノメートルの範囲であることが好ましい。ここで、「平均厚さ」とは、例えば膜断面方向から観測したときに、膜平面方向に向かって5ナノメートル間隔で5点観測したときの、平均値である。この測定には、例えば、素子の断面TEM写真などを用いることができる。なお、この「平均厚さ」に関する定義は、極薄酸化物層TBのみならず、後に詳述する非磁性層NMなどの各層についても同様とする。
本発明による極薄酸化物層TBとして、0.2ナノメートル程度の極薄の膜厚の酸化物層、窒化物層、フッ化物層を設けると、適正な材料の選択によっては充分な効果を発揮する。一様な極薄酸化物層TBの挿入によって、電流が均一に流れる電気的にも一様な酸化物層となり、スピンフィルタリング効果の期待ができる。
図4は、CCPの物理原理と、本発明の極薄酸化物層TBによるスピンフィルタリングの物理原理の違いを説明するための概念図である。
同図(a)は、本発明において極薄酸化物層TBがピン層Pに挿入された場合を表す。また、同図(b)は、CCP用の酸化物層が、ピン層Pに挿入された構造を表し、同図(c)は、CCP用の酸化物層が、スペーサ層Sに挿入された構造を例示する。
図4(b)及び(c)に表したように、CCP用の酸化物層は電流狭窄、抵抗調整用フィルタ層を目的としたものであるため、酸化物層の中に、細い電流パスCPが設けられている。酸化物層は電流狭窄としての機能、抵抗調整用フィルタ層としての機能を果たすので、酸化物層中に断続的に設けられた電流パスCPを電子が通過するときには、アップスピン電子USと、ダウンスピンDSとがともに電流パスCP通過する。すなわち、スピン依存効果は生じない。この場合、MR変化率の上昇は、電流の絞込みによって電流が流れている面積が実効的に小さくなる効果によるものである。このため、CCP用の酸化物層は、電流狭窄目的のために、図示の如く電流を流す部分と流さない部分の二つに分かれており、断続的な構造となる。
これに対して、本発明による極薄酸化物層TBの場合には、バンド変調効果によって、アップスピン電子US通過しやすいが、ダウンスピン電子DSは通過しづらいという、電子のスピンフィルタリング効果が生じ、スピンに依存した伝導特性を示す。スピンフィルタリングの効果によって、低い抵抗でも格段に大きなMR変化率を得ることができる。
以上詳述したように、本発明によれば、垂直通電型の磁気抵抗効果素子の強磁性層の層中あるいはこれらと非磁性スペーサ層との界面に、酸化物あるいは窒化物からなる極薄の薄膜層を挿入することにより、この薄膜層の近傍における強磁性層のバンド構造を変調させて、電子のスピンフィルタ作用を得ることができる。 その結果として、素子抵抗を上昇させることなく、室温あるいはそれよりも昇温した温度範囲において、MR変化率の高い磁気抵抗効果素子を提供することができる。
その結果として、高い記録密度でも高出力で高いS/Nを有する磁気ヘッド、およびそれを搭載した磁気再生装置や、高集積な磁気メモリなどを提供することが可能となり産業上のメリットは多大である。
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
本発明においては、図1に表したように、ピン層P、フリー層Fまたはこれらとスペーサ層Sとの界面の少なくともいずれかに、極薄酸化物層TBを挿入することによって、ピン層Pまたはフリー層Fの状態を変化させ、高いMR変化率や高い出力信号を実現することができる。
またさらに、本発明においては、極薄酸化物層TBと強磁性層との間に極薄の非磁性層を挿入してもよい。
図5は、極薄酸化物層TBの上下に非磁性層NMが設けられた構造を表す要部断面図である。すなわち、同図は、ピン層Pまたはフリー層Fの中に極薄酸化物層TBが挿入され、さらにその上下両方ともに極薄の非磁性層NMが挿入された構造を表す。
この非磁性層NMの膜厚は十分に薄いため、極薄酸化物層TB、非磁性層NMを介して、上下の強磁性層P(F)は十分な強さで磁気的に結合している。この磁気結合の形態は、強磁性的な結合の場合もあれば、反強磁性的に結合している場合もありうる。そして、上下の強磁性層P(F)の十分な磁気的な結合を得るために、極薄酸化物層TB、非磁性層NMは、ともに十分薄い膜厚である必要がある。バンド変調効果を目的としたものでは、極薄の非磁性でも界面に微量に存在すれば、充分な効果を発揮できる。
具体的には、極薄酸化物層TBの平均膜厚は、0.2ナノメートル乃至3ナノメートル程度であり、非磁性層NMの平均膜厚は、0.2ナノメートル乃至2ナノメートル程度であることが望ましい。は非磁性NMの膜厚は、その上下の磁性層の間の磁気結合の低下を防ぐためには、0.2ナノメートル乃至1ナノメートル程度であることがさらに望ましい。
また、極薄酸化物層TBと非磁性層NMの合計膜厚は、0.4ナノメートルから3ナノメートル以下、さらに望ましくは、0.4ナノメートルから2ナノメートル以下であることが望ましい。その理由は、非磁性NMの膜厚があまり厚くなると、非磁性層と極薄酸化物層を介した上下の磁性層の磁気的結合が弱くなるからである。つまり、本発明による非磁性層NMは、軟磁性の観点等から、極薄酸化物層の酸素、窒素、フッ素等を磁性層に接しないようにするためのバリア層としての効果を目的としたものではない。
極薄酸化物層TBの材料としては、図28に関して後述するような材料が望ましい。また、非磁性層NMの材料としては、アルミニウム(Al),銅(Cu),金(Au),銀(Ag),ルテニウム(Ru),ロジウム(Rh),イリジウム(Ir),レニウム(Re),チタン(Ti),バナジウム(V),クロム(Cr),マンガン(Mn),マグネシウム(Mg),タンタル(Ta),タングステン(W),あるいはハフニウム(Hf)などが望ましく、特に、銅(Cu)、金(Au)、銀(Ag)のいずれかを用いることが望ましい。
これらの極薄の非磁性金属層NMを挿入する効果としては、薄酸化物層TB界面に強磁性層とは別の金属層が設けられることになるので、バンド変調効果の寄与のしかたが変化し、スピンフィルタリング効果が強まるという効果を挙げることができる。
また、強磁性層P(F)から極薄酸化物層TBに流れる電子のスピンメモリのロス(損失)等を、適当な非磁性金属層NMを一旦介することで抑制できるというメリットも得られる。
いずれの場合にしても、非磁性層NMを設けることにより、極薄酸化物層TBによるMR変化率の増大効果をさらに大きくすることが可能となる。
図6は、図5に表した構造の変形例であり、極薄酸化物層TBの上下のうち、一方にのみ極薄の非磁性層NMが挿入されている構造を表す要部断面図である。本変型例においても、極薄酸化物層TBと、極薄非磁性層NMの材料や膜厚などに関しては、図5に関して前述したものと同様とすることができる。
図7は、極薄酸化物層TBがピン層P(またはフリー層F)とスペーサ層Sとの界面に挿入された場合を表す。この場合にも、極薄酸化物層TBとピン層P(フリー層F)との間に、極薄の非磁性層NMを設けることができる。その作用については、図5及び図6に関して前述したものと同様である。
図8は、極薄酸化物層TBがピン層P(またはフリー層F)からみてスペーサ層Sとは反対側に設けられた場合を表す模式図である。この構造の場合も、その作用については、図5及び図6に関して前述したものと同様である。この場合には、非磁性層NM、極薄酸化物層TBを介して上下ともに磁性層が存在するわけではないので、磁気的なカップリングは気にする必要はない。ただし、バンド変調効果という観点から、非磁性層NMおよび極薄酸化物層TBの好ましい膜厚範囲はこれまで提示してきたものと同様である。
本発明の効果を存分に発揮するためには、スペーサ−層から最も離れた位置に極薄酸化物層が存在するこの構成よりも、前述の図5〜図7のような磁性層膜中に極薄酸化物層が存在する構成や、スペーサ層との界面に極薄酸化物層が存在する構成のほうがより好ましい。また、後述する、図9〜図11のような構成も、同様な理由により図12のような構成よりも好ましい。例えば、極薄酸化物層は非磁性スペーサ−層から3ナノメートルより近いところに位置することが望ましい。
図9乃至図12は、極薄非磁性層NMと極薄酸化物層TBとの間にさらに金属磁性層MMが設けられた構造を例示する要部断面図である。
まず、図9は、ピン層P(またはフリー層F)の中に極薄酸化物層TBが挿入された構造を表す。そして、極薄酸化物層TBの上下に金属磁性層FMが積層され、さらにその外側に極薄非磁性層を介して、強磁性層FMが積層されている。このように強磁性層FMを設けることにより、図5に関して前述したように、極薄酸化物層TBに隣接する材料を適宜が変化させ、極薄酸化物層TBのバンド変調効果を高めることができる。
また、本具体例の場合、金属磁性層FMを挿入することにより、極薄酸化物層TBの中での磁性効果を補助し、極薄酸化物層TBを介した上下のピン層P(フリー層F)の磁気結合を促進する効果が得られる。
また一方、極薄酸化物層TBを金属層の自己酸化(または自己窒化や自己フッ化など)によって形成した場合には、この金属磁性層FMは、その未酸化部分として残留した部分に対応する場合もある。このような場合には、極薄酸化物層TBと金属層FMとの界面の整合性を良好に保ったまま、極薄酸化物層TBと金属磁性層FMとの積層膜を形成することができる。
次に、図10は、極薄酸化物層TBの上下いずれか一方のみに極薄非磁性層NM、金属磁性層FMが設けられた構造を表す模式図である。すなわち、ピン層P(またはフリー層F)の中に極薄酸化物層TBが挿入され、その下側に、金属磁性層FMと非磁性層NMとが積層されている。この場合にも、図5乃至図9に関して前述した効果が得られる。
また、図11は、極薄酸化物層TBがピン層P(またはフリー層F)とスペーサ層Sとの界面に挿入された構造を例示する。すなわち、この場合も、金属磁性層FMと非磁性層NMを挿入することにより、図5乃至図10に関して前述したものと同様の効果が得られる。
また、図12は、極薄酸化物層TBがピン層P(またはフリー層F)から見てスペーサ層Sとは反対側の界面に挿入された構造を例示する。この場合も、金属磁性層FMと非磁性層NMを挿入することにより、図5乃至図10に関して前述したものと同様の効果が得られる。
この場合には、非磁性層NM、極薄酸化物層TBを介して上下ともに磁性層が存在するわけではないので、磁気的なカップリングは気にする必要はない。ただし、バンド変調効果という観点から、非磁性層NMおよび極薄酸化物層TBの好ましい膜厚範囲はこれまで提示してきたものと同様である。
一方、本発明において用いる極薄酸化物層TBは、一様な酸化膜であることが好ましいが、それだけに限定されるものではなく、膜の全面に亘って完全に酸化(または、窒化、フッ化など)していないものであってもよい。これは、図5乃至図12に例示したように極薄非磁性層NMが挿入されている場合だけでなく、図1に例示したように極薄非磁性層NMを含まないような、最も基本的な構造の場合にも同様である。
図13は、極薄酸化物層TBの中に未反応(未酸化、または、未窒化、未フッ化)の部分が含まれる場合を表す模式図である。すなわち、同図の具体例の場合、極薄酸化物層TBは、金属などが反応(酸化、窒化、フッ化など)して形成された反応部分TBRと、金属などが未反応の状態で残留した部分TBMとを有する。未反応部分TBMは、例えば図13に例示した如く、クラスター状またはグラニュラー状に存在する。
このように、未反応の金属部分TBMを膜中に残留させると、極薄酸化物層TBを垂直に通過する伝導電子の抵抗を低下させることができる。また、極薄酸化物層TBが磁性元素の酸化物(または、窒化物、フッ化物など)からなる場合には、未反応の金属元素として膜中に残留している(TBM)のは磁性元素であるため、極薄酸化物層TB中の磁性を保つのに有効であり、極薄酸化物層TBを介した上下の磁性層の磁気結合を助ける効果が得られる。
また、金属元素が残っている場合には電流はその未反応部分TBMを優先的に流れようとするが、その金属元素が反応部分TBRに囲まれた磁性金属の場合には、スピンフィルタリング効果の増大が生じる場合があり、MR変化率がさらに増大することもある。
極薄酸化物層TBの中に未反応状態で残留しやすい磁性金属元素としては、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などを挙げることができる。これらのうちでは、特にコバルト(Co)がもっとも酸化されにくいので、酸化反応によって極薄酸化物層TBを形成する場合には、未反応の金属状態のコバルト(Co)が残りやすい。また、このような未反応の金属部分TBMを構成する元素としては、これら以外にも、例えば、銅(Cu)、金(Au)、銀(Ag)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、レニウム(Re)などの非磁性金属元素を挙げることもできる。
図14は、未反応の金属元素がグラニュラー状ではなく、より微細なクラスタTBCとして極薄酸化物層TBの中に均一に存在している場合を表す模式図である。このように、未反応の金属元素が微細なクラスタ状で極薄酸化物層TBの中に均一に分布している場合にも、図13に関して前述したものと同質の効果が期待できる。また、未反応状態のクラスタTBCを形成しやすい金属元素の種類についても、図13に関して前述したものと同様とすることができる。
図15は、極薄酸化物層TBの挿入位置を例示する断面模式図である。すなわち、同図(a)及び(c)は、それぞれフリー層Fまたはピン層Pの、スペーサ層Sとの界面近傍に極薄酸化物層TBを挿入した例を表す。この場合、MR変化率の向上には、スピン依存した界面散乱が大きく寄与することになる。極薄酸化物層TBによって、スペーサ層Sと接している磁性層F(またはP)
のバンド構造が変化し、伝導に寄与する電子がアップまたはダウンの一方に大きくスピン分極することによって、MR変化率が向上する。
界面散乱による場合、極薄酸化物層TBによるバンド変調効果が、スペーサ層Sに接している強磁性層F(またはP)に十分な効果を発揮しなければならないので、極薄酸化物層TBとスペーサ層Sとの間の強磁性層の膜厚Tは、あまり厚くならないことが好ましい。具体的には、膜厚Tが厚い場合でも、1ナノメートル以下の膜厚である場合を、図15に表したようなスペーサ層Sとの界面近傍での「界面効果」を称し、図17に関して後述するような磁性層の内部での「バルク散乱効果」と区別することにする。
この膜厚Tが薄い極限として0ナノメートルの場合が、図15(b)及び(d)に表したように、ピン層Pあるいはフリー層Fと、スペーサ層Sの界面に極薄酸化物層TBを挿入した構造となる。これらの場合には、ピン層Pまたはフリー層Fだけでなく、スペーサ層Sのバンド構造も変調する効果が生じ、スペーサ層Sの材料によっては、効果がより顕著となる場合もある。
図16(a)乃至(d)は、ピン層Pとフリー層Fとのいずれの側にも極薄酸化物層TBを挿入した構成を例示する模式図である。これら具体例の場合、バンド変調による界面効果が素子内の2箇所で生ずるため、MR変化率の上昇効果はさらに向上することになる。
さらに、ピン層Pまたはフリー層Fとスペーサ層Sとの界面だけでなく、ピン層Pまたはフリー層Fの内部を伝導するときのハーフメタル性を実現するものとして、ピン層Pまたはフリー層Fの内部に極薄酸化物層TBを挿入してもよい。
図17は、ピン層Pまたはフリー層Fの内部に極薄酸化物層TBを挿入した具体例を表す模式図である。
すなわち、同図(a)及び(b)は、ピン層Pまたはフリー層Fの内部に極薄酸化物層TBを挿入した具体例を表す。この場合、ピン層Pまたはフリー層Fの内部でのスピン依存バルク散乱効果を生じさせることが可能である。この効果をさらに顕著に引き出すために、極薄酸化物層TBを磁性層中に複数層挿入することができる。
図17(c)及び(d)は、このように複数の極薄酸化物層TBを挿入した具体例を表す。この場合、極薄酸化物層TB同士の間隔を0.2ナノメートル乃至3ナノメートル程度として強磁性層に挿入することが望ましい。このようにすると、極薄酸化物層TBを挿入する間隔や、その周期によってバンド構造が変化することになるので、ハーフメタル性、つまりMR変化率も変化することになる。ピン層P及びフリー層Fにおける極薄酸化物層TBの積層数は、原理的にはいくつ積層しても構わないが、現実的には2層乃至15層程度が望ましい。
また、図18(a)乃至(d)に例示したように、ピン層Pとフリー層Fのいずれにも極薄酸化物層TBを挿入した場合は、ハーフメタル性の効果がさらに向上するので、可能ならば好ましい。
さらには、図19(a)乃至(d)に例示したように、極薄酸化物層TBをピン層Pまたはフリー層Fにおいて、界面近傍とバルク内部の両方に設けてもよい。
この場合には、スペーサ層界面でのスピン依存した界面散乱効果(図15及び図16)と、ピン層Pまたはフリー層F内部でのスピン依存したバルク散乱効果(図17及び図18)の二つを足し合わせた効果が得られ、高いMR変化率が期待できる。
ここで仮に、界面でのハーフメタル性が完全理想状態であると、その界面でアップスピン電子またはダウンスピン電子のいずれか一方のみが100%(全て)散乱されてしまうため、バルク散乱効果との掛け合わせは意味をもたないはずである。しかし、実際の素子では、そこまで完全に理想的な状態は実現することは困難である場合が多いので、バルク内でのハーフメタル性の追加によって、MR変化率のさらなる向上が望める。
図19(a)乃至(d)は、ピン層Pまたはフリー層Fのいずれか片側だけにおいて、界面依存散乱とバルク散乱散乱効果とを得るための素子構造を表す。
これに対して、図20(a)乃至(d)は、ピン層Pまたはフリー層Fのいずれか片側だけにおいて、界面依存散乱とバルク散乱効果とを狙い、且つバルク散乱効果を増強するために複数の極薄酸化物層TBを挿入した素子構造を表す。
また、図21(a)乃至(d)は、ピン層Pまたはフリー層Fのいずれか一方においては界面散乱効果を狙い、他方の層において複数の極薄酸化物層TBによるバルク散乱効果を狙った素子構造を表す。
さらに、図22(a)乃至(d)は、ピン層Pまたはフリー層Fのいずれかにおいても界面散乱効果とバルク散乱効果の両方を狙い、さらに、いずれか一方の層においては、極薄酸化物層TBを複数挿入してバルク散乱効果をさらに高めた構造を例示する。
以上、図15乃至図22に例示した組み合わせだけでなく、これらの考え方に基づいて、ピン層P及びフリー層Fに自由に極薄酸化物層TBを挿入した種々の組み合わせが考えられる。
また、極薄酸化物層TBを二層以上設ける場合には、それらの極薄酸化物層の材料は互いに同種の材料としてもよいし、互いに異なる材料としてもよい。
また、図15乃至図22には、もっとも簡単なスピンバルブ構造を例示したが、本発明か、この他にも各種の素子構造に適用して同様の作用効果を得ることができる。
図23は、本発明を適用できる磁気抵抗効果素子の積層構成を例示する模式図である。
すなわち、同図(a)に表した具体例は、ピン層Pが下側(図示しない基板に近い側)に設けられた、いわゆる「ボトム型」のスピンバルブ構造である。
また、図23(b)は、これとは反対に、ピン層Pが上側(図示しない基板から遠い側)に設けられた、いわゆる「トップ型」のスピンバルブ構造である。
さらに、図23(c)は、フリー層Fの上下にスペーサ層Sを介してそれぞれピン層Pが設けられた、いわゆる「デュアルスピンバルブ型」のスピンバルブ構造を表す。
本発明は、これらいずれの素子構造にも適用して同様の作用効果を得ることができる。また、これら以外にも、例えば、スペーサ層が3層以上設けた「人工格子型」のような構造の素子に対しても本発明を適用できる。すなわち、これらいずれの素子構造においても、極薄酸化物層TBの作用は、図15乃至図22に例示したものと同様である。
ところで、スピンバルブ構造においては、フリー層Fは外部磁界に対して磁化方向が変化するのに対し、ピン層Pについては外部磁界に対して磁化方向が変化しないように磁化方向を固着するためのピニング層(pinning層)がなければならない。
図24は、ピニング層を設けたスピンバルブ構造を例示する模式図である。すなわち、同図(a)に表したように、ピン層Pの磁化方向を反強磁性膜AFあるいはハード磁性膜HMにより直接、固着する方法や、同図(b)に表した、いわゆる「シンセティック構造」と称される方法がある。
シンセティック構造においては、反強磁性膜AFによって強磁性層FMの磁化を固着し、その上にルテニウム(Ru)などからなる反強磁性的結合膜ACを介して、ピン層Pに反強磁性的に結合させてその磁化を固着する。
本発明においては、図24に例示したいずれの固着手段を用いることもできる。 一方、極薄酸化物層TBの具体的な材料としては、バンド変化を大きく起こしやすい酸化物または窒化物を挙げることができる。この場合、特に極薄層としてバンド変化を起こしやすい3d遷移金属を含む酸化物層または窒化物層が好ましい。
具体的には、カルシウム(Ca)、スカンジウム(Sc)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ストロンチウム(Sr)、イットリウム(Y)、バリウム(Ba)、ランタン(La)、ハフニウム(Hf)、及びタングステン(W)などの元素の酸化物または窒化物を挙げることができる。これら以外でも、亜鉛(Zn)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)またはタンタル(Ta)などの酸化物または窒化物を用いることもできる。
これらの元素の酸化物または窒化物は、酸化鉄(Fe3O4)を除いては、これまでの研究成果ではハーフメタル性を示すことがありえない材料である。
また、酸化鉄(Fe3O4)の場合には、従来いわれているFe3O4材料としてのバルク的な特性を実現するためには、スピネル構造の状態で少なくとも数ユニットセル(unit cell)以上の膜厚は必要とされていた。これに対して、本発明においては、鉄の酸化物の場合でもスピネル構造を有する必要はなく、またはスピネル構造とは定義できないような、平均厚さが1乃至3モノレイヤー(mono layer:原子層)程度の極薄層の状態で、十分効果を得ることができる。
ここでいう「モノレイヤー(原子層)」とは、膜断面方向から膜を観察した場合に、膜厚方向に存在する酸素、窒素、フッ素の層の数を表す。また平均のモノレイヤー厚さとは、5ナノメートル間隔で5点程度測定したモノレイヤー厚さの平均値で定義する。具体的観測手段としては、素子の断面TEMを用いることができる。
従来のきちんとした周期構造をもつ酸化物、窒化物、フッ化物を挿入した場合に対して、例えば、平均厚さが2ユニットセル以下、さらには平均厚さが1ユニットセル以下の酸化物、窒化物、フッ化物でも本発明による効果を得ることができる。
ここでいう「1ユニットセル」とは、例えばFe系酸化物層の場合ならばスピネル構造のFe3O4やγ−Fe2O3、またはα−Fe2O3といった結晶構造の1ユニットセルを構成するまで至らない膜厚、もしくは2ユニットセル以下の膜厚であってもよい。つまり膜厚方向に存在する酸素、窒素、もしくはフッ素の層を有する極薄酸化物層の結晶構造をみたときに周期構造をもつ単位が2周期以下であってもよい。ここで平均のユニットセル厚さとは、5ナノメートル間隔で5点程度測定したモノレイヤー厚さの平均値で定義する。具体的観測手段としては、素子の断面TEMを用いることができる。
このような極薄層でも効果を発揮できるのは、前述したように、本発明においては、ハーフメタル性を示す磁性層としては、あくまでも極薄酸化物層TBに接している高Tcの強磁性層(ピン層Pまたはフリー層F)を考えているものであり、極薄酸化物層TBそのものをハーフメタルにしようとするものではないからである。抵抗調整、電流狭窄を目的とした酸化物ではこのような極薄層では充分は効果を発揮することはできない。ただし、本発明の極薄酸化物層TBの構造は上記のものだけに限定されるものではない。
また、本発明は、極薄酸化物層TBの挿入によってCPP通電時のスピンバルブ膜の抵抗を単純に上昇させたり、CPP通電の電流絞込み、電流狭窄を主目的としたものではなく、抵抗の上昇を生じさせずに強磁性層(ピン層P、フリー層F)中のバンド変調効果を目的としたものなので、抵抗上昇効果をもたらすことのないような十分薄い膜厚で酸化物層(または窒化物層)を形成する必要がある。
具体的には、その膜厚は、望ましくは、2オングストローム乃至10オングストロームであり、厚くても20オングストローム以下で、材料に応じた最大の許容範囲としても30オングストローム以下とすることが必要である。
なお、極薄酸化物層TBとして用いる酸化物または窒化物のもとになる元素として、原子番号が大きいイリジウム(Ir)、白金(Pt)などは、スピン軌道相互作用を生じやすくスピンメモリロス(spin memory loss:アップスピン電子やダウンスピン電子などのスピンが反転し、スピン情報を失うこと)が生じるので、あまり好ましくない。
一方、CPP素子の素子抵抗ARとしては、500mΩμm2以下であることが必要であり、さらに望ましくは、300mΩμm2以下、さらに高密度対応を意識した場合には200mΩμm2以下であることが望ましい。なお、実際の素子からARを算出する場合には、CPP素子の抵抗Rに対してスピンバルブ膜の通電部分の実効面積Aを掛け算したものとして、ARを算出する。
ここで、素子抵抗Rは、磁気抵抗効果素子からダイレクトに測定算出できるので、決定が容易であるが、スピンバルブ膜の通電部分の実効面積Aは、磁気抵抗効果素子の素子形状に依存する量であるため、注意が必要である。例えば、スピンバルブ膜の全体を実効的にセンシングする領域としてパターニングして規定している場合には、スピンバルブ膜の全体の素子面積を、スピンバルブ膜の通電実行面積Aとして規定できる。この場合、適度な素子抵抗という観点から、スピンバルブ膜の素子面積は、0.09μm2以下になっているはずである。
しかし、スピンバルブ膜の通電実効面積を、スピンバルブ膜の上下に接している電極の面積により規定し、スピンバルブ膜はそれより小さくパターニングしない場合には、スピンバルブ膜に接している上または下の電極の面積が、スピンバルブ膜の通電実効面積として規定できることになる。上下の電極の面積がそれぞれ異なる場合には、小さいほうの電極の面積で規定することができる。この場合、適度な素子抵抗という観点からは、小さいほうの電極の接触面積は0.09μm2以下になっているはずであるが、スピンバルブ膜の面積はこれよりも大きい場合もありうる。
素子構造や電極の形状によっては、厳密な通電面積を求めることは容易でない場合もあるので、本願明細書においては、スピンバルブ膜に接する上下の電極のうちの接触面積が小さいほうの電極の接触面積を通電実効面積Aとして採用することにする。
また、本発明による極薄酸化物層を用いた低抵抗な状態での磁気抵抗効果素子によって、ARという換算をしない磁気抵抗効果素子の電極間の生の抵抗Rの値としては、100Ω以下が実現できることになる。これは本発明による磁気抵抗効果素子を用いなければ用意には実現できない値である。ここでいう抵抗とはヘッドの場合にはHGA先端に装着されたヘッドの電極パッド再生素子部の二端子間の抵抗の値である。
以下、実施例を参照しつつ本発明の実施の形態についてさらに詳細に説明する。
(第1の実施例)
まず、本発明の第1の実施例として、以下の積層構造を有する磁気抵抗効果素子を作成した。
下側電極/タンタル(Ta)3nm/ニッケル鉄クロム(NiFeCr)5nm/白金マンガン(PtMn)10nm/コバルト鉄(CoFe)4nm/ルテニウム(Ru)0.9nm/コバルト鉄(CoFe)4nm/極薄酸化物層0.5nm/コバルト鉄(CoFe)1nm/銅(Cu)5nm/コバルト鉄(CoFe)1nm/ニッケル鉄コバルト(NiFeCo)/銅(Cu)1nm/タンタル(Ta)5nm/上側電極
すなわち、本実施例は、図15(c)に例示したように、ピン層Pのスペーサ層Sとの界面近傍のみに極薄酸化物層TBを設けた構造を有する。
この構造の場合、素子のARとしては、100mΩμm2〜200mΩμm2、AdRとしては、5mΩμm2〜30mΩμm2が得られる。また、後に詳述するバリエーションの場合には、電流絞り込み層によるAR上昇効果と併用すると、AR〜500mΩμm2、AdRとしては25mΩμm2〜150mΩμm2を実現できる。
また、極薄酸化物層TBをスペーサ層Sとの界面近傍だけでなく、ピン層Pの内部に挿入してバルク散乱効果を利用すると、さらに、上記値の1.5倍〜10倍程度の効果が現れる。また、フリー層Fとスペーサ層Sとの間の界面に極薄酸化物層TBを挿入することで、さらに1.5倍から10倍の効果が得られる。
ここで、タンタル(Ta)3mm/ニッケル鉄クロム(NiFeCr)5nmは、バッファ(buffer)効果とシード(seed)効果を兼ねた下地層である。タンタル(Ta)のようなバッファ効果をもつ材料としては、タンタル(Ta)の代わりに、例えばチタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)やそれらの合金材料を用いてもよい。
また、これらの金属の酸化物や窒化物を用いてもよい。この場合には、CPP構造として抵抗が上昇することは好ましくないので、酸化物の場合には2ナノメートル以下の極薄層、窒化物の場合は低抵抗の導電性窒化物にするか、抵抗が高い場合には2ナノメートル以下の極薄層にすることが望ましい。
ニッケル鉄クロム(NiFeCr)は、クロム(Cr)の濃度として、例えば0〜40%程度の材料を用いることができる。ニッケル鉄クロム(NiFeCr)の代わりに、fcc金属やhcp金属などを用いることもできる。
例えば、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、白金(Pt)、金(Au)、オスミウム(Os)、レニウム(Re)や、それらの合金材料を用いることができる。
これら下地層の膜厚としては、3ナノメートル〜10ナノメートル以下が望ましい。これらの材料以外でもシード効果がある材料であれば構わない。後述するように、下地層による結晶性の違いによって、CPPのAdRが大きく変化するので、下地層の材料選択は重要である。
図25は、下地層の具体例を表す表である。ここで、フリー層Fよりもピン層Pが上側に設けられる、いわゆる「トップ型」の場合には、電流絞込み効果のための酸化物層を有する下地層を用いても構わない。この「電流絞込み層」は、ピン層P、スペーサ層S、フリー層Fのいわゆるスピン依存散乱ユニット(MR変化をもたらす最重要な三層のユニット)を流れる電流を絞り込むことで、CPP抵抗を調整するとともに、MR変化率が同レベルだとしてもAを増大させてAdRを向上させようとした場合である。これはあまり記録密度が高くない場合には、抵抗を上昇させる場合の手段として、用いられる場合もある。
下地層の上に成膜されている白金マンガン(PtMn)は、反強磁性材料であり、その上に成膜される磁性層の磁化方向を固着するためのものである。白金マンガン(PtMn)の代わりにパラジウム白金マンガン(PdPtMn)や、イリジウム・マンガン(IrMn)、ルテニウム・ロジウム・マンガン(RuRhMn)のようなマンガン(Mn)リッチ系のγ−Mn系反強磁性膜を用いてもよい。この反強磁性層の膜厚としては、5ナノメートル〜20ナノメートルが望ましく、7ナノメートル〜15ナノメートルの範囲内であることがさらに望ましい。
反強磁性層の上のコバルト鉄(CoFe)4nm/ルテニウム(Ru)0.9nm/コバルト鉄(CoFe)4nm/極薄酸化物層0.5nm/コバルト鉄(CoFe)1nmが、ピン層P、すなわち媒体磁界が印加されても磁界方向が変化しない層である。なお、ここでは、下側の反強磁性層とコバルト鉄(CoFe)4nm/ルテニウム(Ru)0.9nmまでを、ピン層Pを固着するための「ピニング層」と呼ぶことにする。本具体例では、ルテニウム(Ru)を介して磁化方向が互いに逆向きに打ち消しあっている「シンセティック構造」が採用されている。
シンセティック構造の代わりに、コバルト鉄(CoFe)4nm/ルテニウム(Ru)0.9nmを除いた、いわゆる「単層ピン構造」を採用してもよいが、シンセティック構造のほうが望ましい。それは、シンセティック構造のメリットは、固着された一方向性磁界が大きいことと、ルテニウム(Ru)を介した磁化方向が逆であるため、膜外部への漏洩磁界に寄与するネット磁気モーメントが小さく、デバイス動作上有利だからである。シンセティック構造の場合の反強磁性膜とルテニウム(Ru)との間の磁性層は、コバルト鉄(CoFe)以外にも、鉄コバルト(FeCo)やニッケル鉄(NiFe)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)等の合金材料であってもよい。
シンセティック構造の場合のルテニウム(Ru)と白金マンガン(PtMn)との間の磁性層(ここではCoFe4)の膜厚は、ルテニウム(Ru)上に成膜される、後述するスピン依存散乱に寄与するピン層Pの磁気膜厚(飽和磁化×膜厚:Bs×t[Tナノメートル])との非対称性が少ないほうが(磁気膜厚がほぼ等しければ)、Huaflatが大きくなるので好ましい。ここでHuaflatとは、ピン層の磁化固着方向の逆方向に磁場を印加したときのピン層の磁化固着が維持できる磁界の大きさのことである。この場合、フリー層の磁化は低磁場で容易に磁界印加方向に磁化方向が向くので、フリー層とピン層の磁化方向の関係が反平行状態(スピンバルブの高抵抗状態)を維持できる強さと言い換えてもよい。ここでは抵抗−磁界曲線において、最大の高抵抗状態から3%減少するところと定義する。スピン依存散乱の寄与を大きくするためには後述するルテニウム(Ru)上のピン層Pの膜厚が厚いほうがスピン依存したバルク散乱効果が大きくなるので望ましいが、そうするとPtMn側の磁化固着は弱くなってしまうので、事実上ピン層の磁化固着は弱くなるので限界がある。
以上二つの要件を満たすような、ヘッド動作上問題ないレベルのHuaflatを得るためには、反強磁性層とルテニウム(Ru)との間の磁性層の磁気膜厚として4Tナノメートル〜12Tナノメートルが、さらに望ましくは6Tナノメートル〜10Tナノメートルが望ましい。
そのときの物理的な膜厚は、磁性層のBsによって変わってくることになるが、2ナノメートル〜6ナノメートル、もしくは3〜5ナノメートル程度が望ましい。
図26は、ピニング層の具体例を表す表である。
ルテニウム(Ru)の上のコバルト鉄(CoFe)4nm/極薄酸化物層0.5nm/コバルト鉄(CoFe)1nmがピン層Pであり、CPP素子の抵抗がスピンに依存して変わる層であり、MR変化率に直接寄与する重要な層である。
従来の磁気抵抗効果素子の場合には、ピン層は、単純なコバルト鉄(CoFe)層や、ニッケル鉄(NiFe)層、ニッケル鉄コバルト(NiFeCo層)、鉄コバルト(FeCo)層の金属層のみにより形成されていた。これに対して、本実施例においては、2つのコバルト鉄(CoFe)層の間に極薄酸化物層を設けている。
図27は、極薄酸化物層TBを挿入するピン層Pの材料の典型的なものを表す表である。すなわち、コバルト鉄(CoFe)だけでなく、図27に例示したような各種の積層構造のピン層Pに対して、極薄酸化物層TBを挿入することも可能である。極薄酸化物層TBの形成方法については、図32を参照しつつ後に詳述する。
図28は、極薄酸化物層TBの具体的な材料の具体例を挙げた表である。極薄酸化物層TBの材料としては、図に挙げたような材料を少なくとも一つの元素を含む、酸化物または窒化物層、リン化物、フッ化物などでバンド変調としての効果を発揮することができる。そのなかでもTi、Cr、V、Mn、Fe、Co、Ni、Cuなどの3d遷移金属元素を少なくとも一つは含む極薄酸化物層か、Al、Si、Mgのうち少なくとも一つの元素を含む極薄酸化物層などがバンド変調の効果と低抵抗の効果を容易に両立できるので特に望ましい。
また、Ta、Zr、Hf、Znなども好ましい材料である。また膜厚としては、抵抗を上昇させることは望ましくないので、0.2〜3ナノメートルの範囲で、特に0.2〜2ナノメートルが好ましく、さらに好ましくは0.5ナノメートル〜1ナノメートルが好ましい。極薄酸化物層の膜厚が2〜3ナノメートルと比較的厚い場合には、抵抗を上昇させないために、極薄酸化物層中が完全に酸化、窒化、または酸窒化しているのではなく、リン化物またはフッ化物であることが望ましい場合もある。
もしくは、極薄酸化物層が2〜3ナノメートルと比較的厚い酸化、窒化、酸窒化層の場合には、極薄酸化物層中に酸素や窒素と結合していない、金属状態のままで(酸素または窒素と結合していない状態の元素)残っている元素を有することが望ましい。この場合には、膜厚が厚い割には抵抗の上昇を招くことがないからである。この場合、具体的に極薄酸化物層中に金属状態のまま残っている元素としてCoが残っていることが望ましい。Coの場合には、比較的厚い極薄酸化物層の場合でもピン層またはフリー層中での極薄酸化物層を介した上下の磁気結合が良好に保つことができる。
また、磁性層中に比較的厚い単層の極薄酸化物層が存在するよりも、薄い極薄酸化物層が複数層存在するほうが、好ましい。これは特に、磁性層中でのスピンフィルタリングによるスピン依存したバルク散乱効果を抵抗を上昇させることなく得ることができるからである。具体的には、ピン層またはフリー層それぞれの層中において、バルク散乱効果を目的とした場合には2〜6層の極薄酸化物層を有することが好ましい。ただし、スピン依存した界面散乱のために極薄酸化物層を設ける場合には、単一層でも絶大な効果を発揮することがある。
このような極薄酸化物層の存在は、断面TEM(Transmission Electron Microscopy)によって観測することが可能である。極薄酸化物層の膜厚としては酸化物層、窒化物層、酸窒化物層の場合には断面TEMのコントラストからも識別可能であり、識別が困難な場合にはビーム径を1ナノメートル程度に絞ったEDX(Energy Dispersive X-ray spectroscopy)分析によっても可能である。この場合、測定ポイントを膜成長方向に0.5ナノメートル〜1ナノメートル間隔で測定し、元素分布を測定位置に対してプロットしたときの酸素、窒素、リン、フッ素などの濃度分布の半値幅から算出することも可能である。
また極薄酸化物層が酸素物層または酸窒化物層からなる場合には、上下に位置する高Tcの材料としては、CoまたはCoを含む合金材料であることが最も好ましく、次にNiまたはNiを含む合金材料、最後にFeまたはFeを含む合金材料であることが好ましい。これはCo、Ni、Feの順に酸化されづらい材料であるため、極薄酸化物層との界面の急峻性を保持することができ、酸素の拡散を防ぐことができるからである。極薄酸化物層の上下に存在する磁性材料の構成元素は断面TEMサンプルのナノEDXスキャン等によって識別することができる。
同様の観点から、極薄酸化物層が酸化物層、または酸窒化物層からなる場合には、極薄酸化物層が酸素との結合が安定な材料であることが望ましく、Al、Si、Mg、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Ta、Zr、Hf、Wのうち少なくとも一つの元素を含むことが極薄酸化物層として特に好ましい構成である。
また、安定な酸化物層、窒化物層にするために後述するような高エネルギー酸化、項エネルギー窒化プロセスが、極薄酸化物層の形成方法として好ましいが、その場合Arイオンビームを用いたときにはArを極薄酸化物層に上下の高Tc磁性材料中よりも多く含み、そのArが極薄酸化物層の効果に二次的に良好な効果を発揮する場合がある。具体的には、極薄酸化物層の上、または下に位置する磁性材料中にはスパッタ成膜された場合にも若干のArを含む場合があるが、少なくともその2倍以上、望ましくは3倍以上の量のArを極薄酸化物層中に含むことが好ましい。
ピン層Pの上の銅(Cu)層がピン層Pとフリー層Fとを磁気的に分断する非磁性スペーサ層Sである。銅(Cu)の代わりに、金(Au)、銀(Ag)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)などを用いることもできる。スペーサ層Sの膜厚としては、ピン層Pや後述するフリー層Fでのスピン拡散長よりも短い膜厚であることが必要とされる。例えば、ニッケル鉄(NiFe)のスピン拡散長は、約5ナノメートル程度である。その観点からは、スペーサ層Sは、薄ければ薄いほど望ましい。
また、スペーサ層Sを伝導電子が通過するときの抵抗が高くなると、MR変化率が低下するという問題もあるため、その観点からも薄ければ薄いほど望ましい。
一方、フリー層Fの磁化方向が媒体磁界によって変化したときにも、ピン層Pの磁化方向に変化が生じないように、ピン層Pとフリー層Fとの間の磁気的な結合が実用上問題ないぐらいに分断されていなければならない。このようにピン層Pとフリー層Fとの磁気的結合を分断するという観点からすると、スペーサ層Sは、ある一定以上厚い膜厚を有することが必要である。
金属だけで形成されたスペーサ層Sの場合には、その膜厚は、1.5ナノメートル程度がその膜厚の下限である。そのため、スペーサ層Sの膜厚としては1.5ナノメートル〜5ナノメートルが望ましく、2ナノメートル〜4ナノメートルがさらに望ましい。
ただし、後の実施例で挙げるようなCCP−CPP(Current Confined Path-Current Perpendicular to Plane)型の構造の場合には、スペーサ層Sにおいて電流パスを絞り込むために、スペーサ層Sの中に酸化物を含む。このようなCCP−CPP型の構造の場合には、CCP効果を生み出す酸化物層の存在によってピン層Pとフリー層Fとの磁気結合がきれやすくなっているため、CCPスペーサの上下に存在する銅(Cu)層の膜厚は、1.5ナノメートルよりも薄くすることが可能となり、CCP用酸化物層の上下にある銅(Cu)スペーサ層の膜厚を0.1ナノメートルまで薄くすることが可能となる。
CCP効果を生み出す酸化物層としては、タンタル(Ta)酸化物、クロム(Cr)酸化物、チタン(Ti)酸化物、ジルコニウム(Zr)酸化物、ハフニウム(Hf)酸化物、アルミニウム(Al)酸化物、シリコン(Si)酸化物、マグネシウム(Mg)酸化物、バナジウム(V)酸化物、タングステン(W)酸化物、モリブデン(Mo)酸化物などを挙げることができる。このときの酸化物層の膜厚は、1ナノメートル〜3ナノメートル程度が望ましい。
図29、このようなスペーサ層Sの具体例を挙げた表である。
本発明は、CPP効果を引き出すことを主目的としているが、本発明の伝導ハーフメタル効果は、TMR(Tunneling Magnetoresistance)効果の場合でも有効であり、TMRの場合の非磁性スペーサ層である、Al2O3や、MgO、SiO2、HfO2、SrTiO3等の酸化物層であっても構わない。この場合には、酸化物層の膜厚として1ナノメートル〜3ナノメートルが望ましい。ヘッド応用上の場合には、既に述べたように抵抗を増大させてはならないという制約があるので、1ナノメートル〜2ナノメートルが望ましい。
スペーサ層Sの上の、コバルト鉄(CoFe)1nm/ニッケル鉄(NiFe)4nmが、フリー層Fであり、媒体磁界によって磁化方向が変化する層である。コバルト鉄(CoFe)1nm/ニッケル鉄(NiFe)4nmは、面内通電タイプのCIP(Current In-Plane)型の世代から使用されている標準的なフリー層である。この場合、スペーサ層Sとの界面のコバルト鉄(CoFe)1nmがスペーサ層Sとニッケル鉄(NiFe)層とのミキシングを抑えるための界面層であり、ニッケル鉄(NiFe)層は軟磁性層である。
ただし、CIP型と異なりCPP型の場合には、スペーサ層Sとフリー層Fとのコバルト鉄(CoFe)1nmの層は、必ずしも必要としない場合がある。これは、CIP型の場合のスペーサ層Sに電流が集中した状態でのスペーサ層Sとフリー層Fとの間のスピン依存した界面散乱効果と、CPP型の場合の強制的にスペーサ層Sとフリー層Fとの界面の間を電流が通過する場合のスピン依存した界面依存散乱効果とは必ずしも同じではないため、ニッケル鉄(NiFe)層と銅(Cu)層とのミキシング層がスピン依存した界面依存散乱効果を低下させない場合もあるからである。
ニッケル鉄(NiFe)の組成としては、Ni70Fe30〜Ni90Fe10が好ましく、Ni78Fe22〜Ni83Fe17の範囲がさらに好ましい。フリー層Fの中でのスピン依存したバルク散乱効果を向上させて膜構成としては、ニッケル鉄コバルト(NiFeCo)膜、コバルト鉄(CoFe)/ニッケル鉄コバルト(NiFeCo)積層構成や、(NiFeCo/Cu0.1nm)×n積層膜、などを挙げることができる。
ニッケル鉄コバルト(NiFeCo)層の組成としては、fcc構造をもち、ゼロ磁歪が実現しやすい、Ni66Fe16Co18近傍の組成が好ましい。ニッケル鉄コバルト(NiFeCo)に銅(Cu)を積層したときの銅(Cu)の膜厚は、0.1ナノメートル〜1ナノメートル程度と極薄とすることが好ましい。このような極薄の銅(Cu)層の挿入によって、フリー層F中でのスピン依存したバルク散乱効果が増大し、MR変化率が増大する。銅(Cu)の膜厚が1ナノメートルよりも厚くなりすぎると、その銅層を介した上下の磁性層の磁気結合が切れてしまうので、一体のフリー層Fとして機能しなくなるので好ましくない。
また、フリー層Fに対して銅(Cu)層を挿入する周期も、MR変化率に違いをもたらすので重要である。銅(Cu)層を挿入するニッケル鉄コバルト(NiFeCo)の膜厚間隔としては、0.5ナノメートル〜3ナノメートル程度が好ましく、0.7ナノメートル〜2ナノメートルがより好ましい。
ニッケル鉄コバルト(NiFeCo)の場合だけでなく、ニッケル鉄(NiFe)の場合にもこのような極薄銅(Cu)層の挿入はMR変化率をもたらすので、(NiFe/Cu)×n積層構造にしても構わない。また、ここではニッケル鉄(NiFe)またはニッケル鉄コバルト(NiFeCo)に銅(Cu)層を挿入したが、ニッケル鉄(NiFe)やニッケル鉄コバルト(NiFeCo)、またはこれらに添加元素を含むような材料の場合には、磁性層中に挿入するのは銅(Cu)の代わりに、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、ニオブ(Nb)、ガリウム(Ga)のような材料でも構わない。
また、添加元素として磁性層に混ぜるのではなく、本実施例のように、ある一定膜厚間隔で極薄層を挿入する場合は、磁性層を構成する元素と非固溶な関係にある元素材料を挿入することが望ましい。例えばジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)などは、MR変化率が向上し、特に好ましい。
このような極薄金属層の存在は、反強磁性層の磁化固着のための磁場中熱処理の後でも膜断面方向からの断面TEM(Transmission Electron Microscopy)等によって観測することが可能である。磁性層中に単純に添加元素として含む場合には、これらの材料の膜断面方向からの大きな濃度分布がないのに対して、本実施例のように、独立した層として挿入した場合には、断面TEM観察とともに、ビームスポット径1ナノメートル程度(このスポット径よりも小さければ小さいほど好ましい)のナノEDX(energy dispersive x-ray spectroscopy)を膜厚方向に1ナノメートル以下の間隔で測定を行うことにより、構成元素の濃度分布として現れる。
ただし、挿入される膜厚が、上述したように0.1ナノメートル程度の場合もあるので、このような極薄層の判別はビームスポット径1ナノメートル程度のものでEDX分析した場合には、極薄層が存在する領域でもEDX分析の結果としては、数原子%の濃度として検出されてしまう。しかし、同様の測定を膜厚方向にスキャンすることによって、極薄層元素層が存在する領域としない領域で識別することが可能である。
図30は、フリー層Fのその他の具体例を挙げた表である。
本実施例において、フリー層Fの上に積層されている銅(Cu)層は、その上のタンタル(Ta)との界面ミキシングの防止層としても機能する。銅(Cu)の代わりに、金(Au)、銀(Ag)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)等を用いてもよいし、また、キャップ層との界面ミキシングが抑制されうる場合には、この層はなくすことも可能である。この層の膜厚は0ナノメートル〜3ナノメートル程度であることが好ましい。
フリー層Fの上の銅(Cu)層と、その上に積層されているタンタル(Ta)層を、ここでは「キャップ層」と呼ぶことにする。これは、スピンバルブ膜成膜後の微細加工プロセスを行った場合にも、積層膜がエッチングされたりしないように保護するためのものである。タンタル(Ta)層の代わりに、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ルテニウム(Ru)、ニオブ(Nb)、タングステン(W)、ハフニウム(Hf)、レニウム(Re)、イリジウム(Ir)、金(Au)、銀(Ag)などの層で保護しても構わない。
図31は、キャップ層のその他の具体例を挙げた表である。
一方、前述したように、スピンバルブ膜の結晶配向性を向上させることもMR変化率に影響を与えるので重要である。結晶配向性を向上させることにより、ピン層P/スペーサ層S/フリー層Fのスピン依存散乱ユニット内での結晶欠陥が低減し、アップスピンとダウンスピンのスピン情報を失うことのない、つまりスピン拡散長が十分に長い積層膜を得ることができるからである。つまり、ピン層P/スペーサ層S/フリー層Fのトータル膜厚が厚くなっても、スピン依存バルク散乱効果を十分に発揮することができることになり、MR変化率が向上する。
また、結晶配向性を向上させることによって、積層膜界面のコヒーレンシーも向上するため、スピン依存界面散乱効果が向上して、MR変化率が向上する。
また、結晶配向性を向上させることによって、良好な結晶バンド構造が形成されることになるので、前述したような極薄の銅(Cu)層や極薄のジルコニウム(Zr)層などの極薄金属層の挿入によるバンド構造変化も顕著にでやすくなり、バンド構造に起因したMR変化率の向上がより顕著になる。例えば、バンド構造の変化による、アップスピンとダウンスピンのフェルミ速度の差が大きくなるようなことが、結晶配向性が良好なスピンバルブ膜のほうがより顕著になるからである。
本発明は、結晶のバンド構造変調を目的としたのものであるから、結晶配向面によっても、極薄酸化物層の効果は当然変わることになる。特に望ましい結晶配向として、ピン層Pまたはフリー層Fがfcc構造をもつ場合には、fcc(111)配向性をもつことが望ましく、ピン層Pまたはフリー層Fがbcc構造をもつ場合には、bcc(110)配向性をもつことが望ましい。ピン層Pまたはフリー層Fがhcp構造をもつ場合には、hcp(001)配向か、hcp(110)配向性をもつことが望ましい。
結晶配向性のばらつきとしては、配向のばらつき角度が5.0度以内であることが好ましく、さらには4.0度以内であることが望ましく、さらに好ましくは3.5度以内、またさらに3.0度以内であることが好ましい。配向がよい膜ほど高いMR変化率を得ることができ、つまり高い出力電圧を得ることができる。
これは、例えば、X線による測定の場合には、θ−2θ測定により得られたピーク位置での、ロッキングカーブの半値幅として測定可能な値である。ヘッドにおいては、断面構造からのナノディフラクションスポットでのスポットの分散角度として検知することができる。反強磁性膜の材料にも依存するが、一般的に反強磁性膜と、ピン層P/スペーサ層S/フリー層Fの格子間隔は異なるため、それぞれの層においての配向のばらつき角度を別々に算出することが可能である。
例えば、白金マンガン(PtMn)とピン層P/スペーサ層S/フリー層Fとは、格子間隔は異なる構成になることが多い。白金マンガン(PtMn)は、単一の材料の層で比較的厚い膜なため、結晶配向のばらつきを測定するのには適した材料である。ピン層P/スペーサ層S/フリー層Fのほうは、ピン層Pとフリー層Fで結晶構造がbcc構造とfcc構造というように異なる場合もあるため、この場合には、ピン層Pとフリー層Fとは、それぞれ別の結晶配向の分散角をもつことになる。
(第2の実施例)
次に、本発明の第2の実施例として、極薄酸化物層TBの形成方法について具体例を挙げつつ説明する。
図32は、本発明における極薄酸化物層TBを含んだ磁気抵抗効果素子の形成するための装置構成の一例を表す概念図である。すなわち、同図の装置の場合、搬送チャンバーTCを介して、基板を導入するロードロックチャンバーLC、成膜チャンバーMC1、MC2、TBC、表面処理チャンバーPC等が真空バルブVを介して連結された構造を有する。
金属膜成膜チャンバーMC1,MC2では、スピンバルブ膜の基本ユニットとなる金属膜の成膜を、スパッタなどの成膜方法により形成する。具体的には、DCマグネトロン成膜、RFマグネトロンスパッタ、その他の各種の方式のスパッタ成膜や、IBD(Ion Beam Deposition)でもよい。また蒸着成膜や、MBE(Molecular Beam Epitaxy)などでもよい。さらに、酸化層や窒化層などの本発明における極薄酸化物層TBをこれらの成膜チャンバーで形成してもよい。
また一方、表面処理チャンバーPCにおいて、本発明の極薄酸化物層TBとなる酸化層や窒化層の形成を行うことも極薄酸化物層の好ましい製造方法である。具体的には、自然酸化、自然窒化法や、ラジカル酸化(窒化)法、酸素雰囲気中でのUV(紫外線)光照射、オゾン酸化法、イオンビーム酸化法などを用いることができる。
自然酸化法よりもエネルギーアシスト効果のある酸化手法のほうが望ましい。例えば、イオンビーム酸化法などはイオンビームによるエネルギーアシスト効果があるので有効である。そのとき、酸素ガスをイオンビームとして照射してもよいし、酸素雰囲気中でアルゴン(Ar)、キセノン(Xe)、クリプトン(Kr)などの希ガスのイオンビームを照射してもよい。このときビームのエネルギーが高すぎると酸化層や窒化層の厚さが厚くなってしまうので、あまり高すぎない程度のエネルギーで、ビーム入射角度も垂直入射よりも低角度入射が好ましい。
例えば、入射角度が基板の主面に対して90度入射の場合には、イオンビームの加速電圧として、50V〜150Vが望ましく、入射角度が10〜30度の低角度入射の場合には、イオンビームの加速電圧として、50〜300V程度が望ましい。
ただし、従来のイオンビームを用いた酸化、窒化では、ビームのエネルギーがビーム入射角度と同じ方向にエネルギーが伝播するため、ビームの加速電圧を下げることや、入射角度を低角度入射にすることでも、酸化される表面の材料によっては、酸化膜の膜厚が厚くなってしまうことが生じる。これをさらに制御する方法として、従来のモノマーのイオンビームではなく、クラスター状態のイオンビームであるGC−IB(Gas Cluster Ion-Beam)を用いる方法もより望ましい。
これは、イオンビームがクラスター状態で加速され、サンプル表面に衝突したときにクラスターが膜表面方向に運動量をもってはじけるため、高濃度のガス分子が膜面方向へのエネルギーをもって(つまり膜厚方向へのダメージがなく)、衝突することになるので、ガス分子として酸素クラスターを用いれば、高エネルギー酸化と薄い膜厚での酸化物形成が両立できることになる。またガスクラスターの数を調整することによって、単位表面積あたりの酸素濃度を調整できるため、酸化物の価数制御も可能になる。
(第3の実施例)
次に、本発明の第3の実施例として、CPP型の磁気抵抗効果素子の具体例を挙げて説明する。
図33及び図34は、本発明の実施の形態にかかる磁気抵抗効果素子の要部構成を模式的に表す概念図である。すなわち、これらの図は、磁気抵抗効果素子を磁気ヘッドに組み込んだ状態を表し、図33は、磁気記録媒体(図示せず)に対向する媒体対向面Pに対して略平行な方向に磁気抵抗効果素子を切断した断面図である。また、図34は、この磁気抵抗効果素子を媒体対向面Pに対して垂直な方向に切断した断面図である。
図33及び図34に例示した磁気抵抗効果素子は、ハード・アバッテッド(hard abutted)構造を有している素子であり、磁気抵抗効果膜4の上下には、下部電極2と上部電極6とがそれぞれ設けられ、また、図33において、磁気抵抗効果膜4の両側の側面には、バイアス磁界印加膜10と絶縁膜12とが積層して設けられている。さらに、図34に例示したように、磁気抵抗効果膜4の媒体対向面には、保護層8が設けられている。
磁気抵抗効果膜4は、図1乃至図32に関して前述したように、本発明の実施の形態にかかる構造を有する。すなわち、極薄酸化物層TB(図示せず)が適宜設けられた積層構造を有する。
磁気抵抗効果膜4に対するセンス電流は、その上下に配置された電極2、6によって矢印Aで示したように、膜面に対して略垂直方向に通電される。また、左右に設けられた一対のバイアス磁界印加膜10、10により、磁気抵抗効果膜4にはバイアス磁界が印加される。このバイアス磁界により、磁気抵抗効果膜4のフリー層の磁気異方性を制御して単磁区化することによりその磁区構造が安定化し、磁壁の移動に伴うバルクハウゼンノイズ(Barkhausen noise)を抑制することができる。
本発明によれば、磁気抵抗効果膜4に極薄酸化物層TBを適宜挿入することにより、MR変化率が向上する。その結果として、磁気抵抗効果素子の感度を顕著に改善することが可能となり、例えば、磁気ヘッドに応用した場合に、高感度の磁気再生が可能となる。
(第4の実施例)
次に、本発明の第4の実施例として、本発明の磁気抵抗効果素子を搭載した磁気再生装置について説明する。すなわち、図1乃至図34に関して説明した本発明の磁気抵抗効果素子あるいは磁気ヘッドは、例えば、記録再生一体型の磁気ヘッドアセンブリに組み込まれ、磁気記録再生装置に搭載することができる。
図35は、このような磁気記録再生装置の概略構成を例示する要部斜視図である。すなわち、本発明の磁気記録再生装置150は、ロータリーアクチュエータを用いた形式の装置である。同図において、記録用媒体ディスク200は、スピンドル152に装着され、図示しない駆動装置制御部からの制御信号に応答する図示しないモータにより矢印Aの方向に回転する。本発明の磁気記録再生装置150は、複数の媒体ディスク200を備えたものとしてもよい。
媒体ディスク200に格納する情報の記録再生を行うヘッドスライダ153は、薄膜状のサスペンション154の先端に取り付けられている。ここで、ヘッドスライダ153は、例えば、前述したいずれかの実施の形態にかかる磁気抵抗効果素子あるいは磁気ヘッドをその先端付近に搭載している。
媒体ディスク200が回転すると、ヘッドスライダ153の媒体対向面(ABS)は媒体ディスク200の表面から所定の浮上量をもって保持される。あるいはスライダが媒体ディスク200と接触するいわゆる「接触走行型」であってもよい。
サスペンション154は、図示しない駆動コイルを保持するボビン部などを有するアクチュエータアーム155の一端に接続されている。アクチュエータアーム155の他端には、リニアモータの一種であるボイスコイルモータ156が設けられている。ボイスコイルモータ156は、アクチュエータアーム155のボビン部に巻き上げられた図示しない駆動コイルと、このコイルを挟み込むように対向して配置された永久磁石および対向ヨークからなる磁気回路とから構成される。
アクチュエータアーム155は、スピンドル157の上下2箇所に設けられた図示しないボールベアリングによって保持され、ボイスコイルモータ156により回転摺動が自在にできるようになっている。
図36は、アクチュエータアーム155から先の磁気ヘッドアセンブリをディスク側から眺めた拡大斜視図である。すなわち、磁気ヘッドアッセンブリ160は、例えば駆動コイルを保持するボビン部などを有するアクチュエータアーム155を有し、アクチュエータアーム155の一端にはサスペンション154が接続されている。
サスペンション154の先端には、図1乃至図34に関して前述したいずれかの磁気抵抗効果素子あるいは磁気ヘッドを具備するヘッドスライダ153が取り付けられている。サスペンション154は信号の書き込みおよび読み取り用のリード線164を有し、このリード線164とヘッドスライダ153に組み込まれた磁気ヘッドの各電極とが電気的に接続されている。図中165は磁気ヘッドアッセンブリ160の電極パッドである。
本発明によれば、図1乃至図33に関して前述したような本発明の磁気抵抗効果素子あるいは磁気ヘッドを具備することにより、従来よりも高い記録密度で媒体ディスク200に磁気的に記録された情報を確実に読みとることが可能となる。
(第5の実施例)
次に、本発明の第5の実施例として、本発明の磁気抵抗効果素子を搭載した磁気メモリについて説明する。すなわち、図1乃至図34に関して説明した本発明の磁気抵抗効果素子を用いて、例えば、メモリセルがマトリクス状に配置されたランダムアクセス磁気メモリ(magnetic random access memory)などの磁気メモリを実現できる。
図37は、本実施例の磁気メモリのマトリクス構成を例示する概念図である。
すなわち、同図は、メモリセルをアレイ状に配置した場合の実施形態の回路構成を示す。アレイ中の1ビットを選択するために、列デコーダ350、行デコーダ351が備えられており、ビット線334とワード線332によりスイッチングトランジスタ330がオンになり一意に選択され、センスアンプ352で検出することにより磁気抵抗効果素子321を構成する磁気記録層に記録されたビット情報を読み出すことができる。
ビット情報を書き込むときは、特定の書込みワード線323とビット線322に書き込み電流を流して発生する磁場により行われる。
図38は、本実施例の磁気メモリのマトリクス構成のもうひとつの具体例を表す概念図である。すなわち、本具体例の場合、マトリクス状に配線されたビット線322とワード線334とが、それぞれデコーダ360、361により選択されて、アレイ中の特定のメモリセルが選択される。それぞれのメモリセルは、磁気抵抗効果素子321とダイオードDとが直列に接続された構造を有する。ここで、ダイオードDは、選択された磁気抵抗効果素子321以外のメモリセルにおいてセンス電流が迂回することを防止する役割を有する。
書き込みは、特定のビット線322と書き込みワード線323とにそれぞれに書き込み電流を流して発生する磁場により行われる。
図39は、本発明の実施の形態にかかる磁気メモリの要部断面構造を表す概念図である。また、図40は、図39のA−A’線断面図である。
すなわち、これらの図に表した構造は、図37に例示した磁気メモリに含まれるひとつのメモリセルに対応する。つまり、ランダムアクセスメモリとして動作する磁気メモリの1ビット部分のメモリセルである。このメモリセルは、記憶素子部分311とアドレス選択用トランジスタ部分312とを有する。
記憶素子部分311は、磁気抵抗効果素子321と、これに接続された一対の配線322、324とを有する。磁気抵抗効果素子321は、図1〜図34に関して前述したような本発明の磁気抵抗効果素子であり、GMR効果やTMR効果などを有し、且つ極薄酸化物層TBが適宜挿入された素子である。
GMR効果を有する場合は、ビット情報読み出しの際には磁気抵抗効果素子321にセンス電流を流してその抵抗変化を検出すればよい。
また、特に、磁性層/非磁性トンネル層/磁性層/非磁性トンネル層/磁性層という構造をもつ強磁性2重トンネル接合などを含むものであると、トンネル磁気抵抗(TMR)効果による抵抗変化により磁気抵抗効果が得られる。
これらの構造において、いずれかの磁性層は、磁化固着層として作用し、他のいずれかの磁性層が磁気記録層として作用するものとすることができる。
一方、選択用トランジスタ部分312には、ビア326及び埋め込み配線328を介して接続されたトランジスタ330が設けられている。このトランジスタ330は、ゲート332に印加される電圧に応じてスイッチング動作をし、磁気抵抗効果素子321と配線334との電流経路の開閉を制御する。゜
また、磁気抵抗効果素子321の下方には、書き込み配線323が、配線322と略直交する方向に設けられている。これら書き込み配線322、323は、例えばアルミニウム(Al)、銅(Cu)、タングステン(W)、タンタル(Ta)あるいはこれらいずれかを含む合金により形成することができる。
このような構成のメモリセルにおいて、ビット情報を磁気抵抗効果素子321に書き込むときは、配線322、323に書き込みパルス電流を流し、それら電流により誘起される合成磁場を印加することにより磁気抵抗効果素子の記録層の磁化を適宜反転させる。
また、ビット情報を読み出すときは、配線322と、磁気記録層を含む磁気抵抗効果素子321と、下部電極324とを通してセンス電流を流し、磁気抵抗効果素子321の抵抗値または抵抗値の変化を測定することにより行われる。
本具体例の磁気メモリは、図1〜図34に関して前述したような磁気抵抗効果素子を用いることにより、セルサイズを微細化しても、記録層の磁区を確実に制御して確実な書き込みが確保され、且つ、読み出しも確実に行うことができる。
以上、具体例を参照しつつ、本発明の実施の形態について説明した。しかし、本発明は、これらの具体例に限定されるものではない。例えば、磁気抵抗効果膜の具体的な構造や、その他、電極、バイアス印加膜、絶縁膜などの形状や材質に関しては、当業者が公知の範囲から適宜選択することにより本発明を同様に実施し、同様の効果を得ることができる。
例えば、磁気抵抗効果素子を再生用磁気ヘッドに適用する際に、素子の上下に磁気シールドを付与することにより、磁気ヘッドの検出分解能を規定することができる。
また、本発明は、長手磁気記録方式のみならず垂直磁気記録方式の磁気ヘッドあるいは磁気再生装置についても同様に適用して同様の効果を得ることができる。
さらに、本発明の磁気再生装置は、特定の記録媒体を定常的に備えたいわゆる固定式のものでも良く、一方、記録媒体が差し替え可能ないわゆる「リムーバブル」方式のものでも良い。
その他、本発明の実施の形態として上述した磁気ヘッド及び磁気記憶再生装置を基にして、当業者が適宜設計変更して実施しうるすべての磁気抵抗効果素子、磁気ヘッド、磁気記憶再生装置及び磁気メモリも同様に本発明の範囲に属する。