ところで近年、溶鋼の成分調整のために真空脱ガス設備を用いた溶製方法を必要とする鋼種が増加したことも相まって、溶鋼の溶製コストの削減を目的として、転炉とRH真空脱ガス設備とを一貫とする溶製工程における生産効率の向上が求められている。また、転炉精錬で発生するスラグ中の鉄酸化物濃度の低減並びに転炉精錬後の溶鋼中の酸素濃度の低減などを目的として、転炉での脱炭精錬終了時の溶鋼中炭素濃度を従来に比べて高濃度にする操業が行なわれており、RH脱ガス精錬における脱炭処理の負荷が増大する傾向にある。
そのため、RH真空脱ガス設備において上吹き送酸して溶鋼を脱炭処理する場合に、脱炭処理時間が従来に比べて延長することにより、脱炭処理中における真空槽内の雰囲気圧力の変動幅が増大し、場合によっては100torr(13.3kPa)を越えるような比較的高い圧力の雰囲気で脱炭処理を開始し、10torr(1.3kPa)近傍の低い雰囲気圧力で脱炭処理を終了することも発生し、脱炭処理中における雰囲気の圧力変動幅は極めて大きくなっている。また、脱炭処理時間の短縮を目的として酸素ガスの供給量(以下、「送酸速度」と記す)を増大させた場合には、溶鋼浴面の酸素ジェットのエネルギーが増大し、鉄飛散、地金付着などの操業阻害をもたらすことになる。これに対処するためには、幅広い圧力範囲の雰囲気下においても高速で且つ地金付着の少ない送酸脱炭技術の開発が急務となっていた。尚、RH真空脱ガス設備などを用いた減圧下における上吹き送酸による脱炭処理では、槽内の雰囲気圧力は、脱炭反応によるCOガスの発生量が脱炭処理の経過時間に伴って少なくなることから、通常、脱炭処理開始時が高く脱炭処理終了時が低くなる。
しかしながら、この観点から前記従来技術を検証した場合、特許文献2においては、前提とする雰囲気圧力の変動幅が小さい領域であり、また、ラバールノズルの設計雰囲気圧力の範囲が狭いため、処理毎の雰囲気圧力に変動が生じる場合には最適なラバールノズルの設計が困難になる。また、100torr(13.3kPa)を越えるような高い雰囲気圧力で送酸処理を実施する場合は、操業雰囲気圧力の変動幅が極めて大きくなり、高い反応効率が維持されるかは疑問であり、また、この場合に地金付着との最適化については不明確である。また更に、減圧下での酸素ジェットの減衰挙動が未だ不明確であることから、酸素ジェットの浴面到達圧力制御については検討が不十分な状態である。
特許文献3では、減圧下における酸素ジェットの挙動は雰囲気圧力の影響を受けないとしており、雰囲気圧力の影響が十分考慮されておらず、適切とはいえない。また、特許文献4では、制御する条件の1つである雰囲気圧力が、送酸中任意の時点のものではなく送酸終了時の雰囲気圧力であるため、前述のように操業時の雰囲気圧力の変動幅が大きい場合には、雰囲気の圧力変動の影響を取り込むことができず、精錬反応を十分に制御しているとはいいがたい。
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、大気圧よりも低い減圧下において上吹きランスから溶鋼に向けて酸素ガスを吹き付け、溶鋼を脱炭精錬する際に、高効率で高速に、しかも設備への地金付着を少なくすることができる溶鋼の精錬方法、並びに、その際に使用する精錬用上吹きランスを提供することを目的とする。
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意研究を行ない、幅広い減圧雰囲気の条件下において上吹き送酸ジェットの減衰挙動に及ぼす雰囲気圧力の影響を調査した。その結果、上吹き送酸時に使用されるラバールノズルの形状を雰囲気圧力の変動を考慮して設計することで、鉄飛散を低減すると同時に減圧下における送酸脱炭の高効率高速化が可能となるとの知見を得た。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、第1の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬方法は、その先端にラバールノズルが設置された上吹きランスを用い、大気圧よりも低い圧力の雰囲気下において溶鋼に向けて酸素ガスを吹き付けて脱炭精錬するに際し、主たる送酸速度F(Nm3 /hr)から定まるラバールノズル1孔当たりの送酸速度Fh(Nm3 /hr)と、ラバールノズルのスロート径Dt(mm)と、に対して下記の(1)式を満足するノズル背圧Po(kPa)を定めると共に、上吹きランスからの送酸開始時の雰囲気圧力Pes(kPa)及び送酸終了時の雰囲気圧力Pee(kPa)に対して下記の(2)式を満足する圧力Pe(kPa)を設計雰囲気圧Peとして定め、定めたノズル背圧Po(kPa)及び設計雰囲気圧Pe(kPa)と前記スロート径Dt(mm)とから、下記の(3)式によって定められる出口径De(mm)を有するラバールノズルを備えた上吹きランスを用いることを特徴とするものである。
第2の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬方法は、第1の発明において、前記設計雰囲気圧Peを、上吹きランスからの送酸時における雰囲気の最大圧力を超えない範囲とすることを特徴とするものである。
第3の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬方法は、第1または第2の発明において、前記上吹きランスからの送酸開始時の雰囲気圧力Pesを13.3kPa以上とすることを特徴とするものである。
第4の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬方法は、第1ないし第3の発明の何れかにおいて、前記上吹きランスからの送酸終了時の雰囲気圧力Peeを13.3kPa未満とすることを特徴とするものである。
第5の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬方法は、第1ないし第4の発明の何れかにおいて、前記設計雰囲気圧Peを13.3kPa以上とすることを特徴とするものである。
第6の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬方法は、第1ないし第5の発明の何れかにおいて、前記ノズル背圧Poを588kPa以上とすることを特徴とするものである。
第7の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬方法は、第1ないし第6の発明の何れかにおいて、前記上吹きランスからの送酸開始時での溶鋼中炭素濃度を0.05質量%以上とすることを特徴とするものである。
第8の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬用上吹きランスは、その先端にラバールノズルが設置された、大気圧よりも低い圧力の雰囲気下において溶鋼に向けて酸素ガスを吹き付けて脱炭精錬する精錬用上吹きランスであって、前記ラバールノズルの出口径De(mm)は、主たる送酸速度F(Nm3 /hr)から定まるラバールノズル1孔当たりの送酸速度Fh(Nm3 /hr)及びラバールノズルのスロート径Dt(mm)に対して下記の(1)式を満足するノズル背圧Po(kPa)と、上吹きランスからの送酸開始時の雰囲気圧力Pes(kPa)及び送酸終了時の雰囲気圧力Pee(kPa)に対して下記の(2)式を満足する設計雰囲気圧Peと、前記スロート径Dt(mm)とから、下記の(3)式によって定められることを特徴とするものである。
第9の発明に係る減圧下における溶鋼の精錬用上吹きランスは、第8の発明において、前記設計雰囲気圧Peは、上吹きランスからの送酸時における雰囲気の最大圧力を超えない範囲で且つ13.3kpa以上であることを特徴とするものである。
本発明によれば、大気圧よりも低い減圧下において上吹きランスから溶鋼に向けて酸素ガスを吹き付けて溶鋼を脱炭精錬するに際し、雰囲気の真空度の変動を考慮して、送酸開始時の雰囲気圧力Pesと送酸終了時の雰囲気圧力Peeとの平均値よりも高い雰囲気圧力を設計雰囲気圧Peとして設計したラバールノズルを具備する上吹きランスを用いて精錬するので、送酸初期の雰囲気圧力が高い状態では酸素ガスのジェットが適正化され、一方、送酸末期の雰囲気圧力が低い状態では酸素ガスのジェットが不適正膨張となり、その結果、酸素の反応効率を高める必要のある酸素吹錬の初期から中期においては、酸素ジェットの動圧が高く維持されることから酸素の反応効率が格段に上昇し、一方、酸素吹錬の中期から末期では、酸素ジェットの動圧が低くなることから鉄飛散が抑制されて設備への地金付着を低減することが可能となるなど、減圧下における溶鋼の脱炭精錬コストを大幅に削減することが達成され、工業上有益な効果がもたらされる。
以下、本発明について具体的に説明する。高炉から出銑された溶銑を溶銑鍋やトーピードカーなどの溶銑保持・搬送用容器で受銑し、次工程の脱炭精錬を行なう転炉に搬送する。この搬送途中で溶銑に対して脱燐処理或いは脱硫処理などの溶銑予備処理を施すこともできる。この溶銑を転炉において脱炭精錬し、得られた溶鋼を転炉から取鍋に出鋼し、次いで、この溶鋼を、RH真空脱ガス設備、DH真空脱ガス設備、或いはVOD設備など、大気圧よりも減圧した雰囲気下において上吹きランスから溶鋼に向けて酸素ガスを吹き付け、溶鋼を脱炭精錬することのできる真空脱ガス設備に搬送し、本発明に係る脱炭精錬を実施する。この場合、使用する溶鋼としては、高炉から出銑された溶銑を転炉で脱炭精錬した溶鋼に限るものではなく、鉄スクラップなどを電気炉で溶解して精錬した溶鋼であってもよい。
溶鋼を処理する真空脱ガス設備の代表的な設備はRH真空脱ガス設備であり、以下、真空脱ガス設備としてRH真空脱ガス設備を用いた例で本発明を説明する。先ず、RH真空脱ガス設備について説明する。図1に、本発明による精錬方法を実施する際に用いたRH真空脱ガス設備の概略断面図を示し、図2に、図1に示す上吹きランスの概略拡大断面図、図3に、図2に示す上吹きランスの先端に設置されるラバールノズルの概略断面図を示す。
図1に示すように、RH真空脱ガス設備1は、上部槽6及び下部槽7からなる真空槽5と、下部槽7の下部に設けられた上昇側浸漬管8及び下降側浸漬管9とを備え、上部槽6には、排気装置(図示せず)と接続するダクト11と、原料投入口12と、真空槽5の内部を上下方向に移動可能な上吹きランス13とが備えられ、また、上昇側浸漬管8には環流用ガス吹込管10が設けられている。環流用ガス吹込管10からは環流用ガスとしてArガスが上昇側浸漬管8の内部に吹き込まれる構造となっている。
上吹きランス13は、図2に示すように、円筒状のランス本体14と、このランス本体14の下端に溶接などにより接続されたランスノズル15とで構成されており、そして、ランス本体14は、外管20、中管21、内管22からなる同心円状の3種の鋼管、即ち三重管で構成され、銅製のランスノズル15のほぼ中心位置には、鉛直下向き方向を向いた中心孔としてラバールノズル16が設置されている。外管20と中管21との間隙、及び、中管21と内管22との間隙は、上吹きランス13を冷却するための冷却水の流路となっており、また、内管22の内部はラバールノズル16への酸素ガスの供給流路となっており、上吹きランス13の上端部から内管22内に供給された酸素ガスは、内管22の内部を通り、ラバールノズル16から真空槽5の内部に噴出される。
ラバールノズル16は、図3に示すように、その断面が縮小する部分と拡大する部分の2つの円錐体で構成された形状であり、ラバールノズル16においては、縮小部分は絞り部17、拡大部分はスカート部19、絞り部17からスカート部19に遷移する部位であって最も狭くなった部位はスロート18と呼ばれている。ランス本体14の内部を通ってきた酸素ガスは、絞り部17、スロート18、スカート部19を順に通って、超音速または亜音速のジェットとして噴射される。図3中のDtはスロート径、Deは出口径であり、スカート部19の広がり角度θは通常10°以下である。
このラバールノズル16においては、超音速または亜音速の酸素ジェットを形成するための最適な条件として、当該ラバールノズルからの送酸速度、そのときのノズル背圧、雰囲気圧、スロート径Dt、及び、出口径Deは、前述した(1)式及び(3)式の関係を満足するように設計されている。即ち、減圧下での脱炭精錬における主たる送酸速度F(Nm3 /hr)から定まるラバールノズル1孔当たりの送酸速度Fh(Nm3 /hr)とノズル背圧Po(kPa)とスロート径Dt(mm)とは、(1)式の関係を満足するように設計され、また、スロート径Dt(mm)及び出口径De(mm)は、ノズル背圧Po(kPa)及び設計雰囲気圧Pe(kPa)に対して(3)式の関係を満足するように設計されている。
ここで、主たる送酸速度Fとは、減圧下での脱炭精錬において同一の送酸速度で最も長い時間にわたって送酸したときの送酸速度であり、送酸速度の変更が頻繁であって2分間以上にわたって同一の送酸速度を維持できない場合には、全期間の送酸速度の平均値とする。ラバールノズル1孔当たりの送酸速度Fhは、ランスノズル15に複数個のラバールノズル16が設置された場合に各々のラバールノズル16のスロート径Dtの断面積比から求めることができる。ノズル背圧Pとは、ランス本体内即ちラバールノズル16の入側の酸素ガスの圧力である。また、設計雰囲気圧Peは、脱炭精錬中の真空槽5の内部の雰囲気圧のなかの任意の数値である。
尚、図3に示すラバールノズル16では、絞り部17及びスカート部19が円錐体であるが、ラバールノズル16としては絞り部17及びスカート部19は円錐体である必要はなく、内径が曲線的に変化する曲面で構成してもよく、また、絞り部17はスロート18と同一の内径であるストレート状の円筒形としてもよい。絞り部17及びスカート部19を、内径が曲線的に変化する曲面で構成する場合には、ラバールノズル16として理想的な流速分布が得られるが、ノズルの加工が極めて困難であり、一方、絞り部17をストレート状の円筒形とした場合には、理想的な流速分布とは若干解離するが、使用には全く問題とならず、且つ、ノズルの加工が極めて容易となる。本発明ではこれら全ての末広がりのノズルをラバールノズル16と称することとする。
このように構成されているRH真空脱ガス設備1において、先ず、溶鋼3を収納する取鍋2を真空槽5の直下に搬送し、取鍋2を昇降装置(図示せず)によって上昇させ、上昇側浸漬管8及び下降側浸漬管9を取鍋2に収容された溶鋼3に浸漬させる。次いで、環流用ガス吹込管10から上昇側浸漬管8の内部にArガスを環流用ガスとして吹き込むと共に、真空槽5の内部をダクト11に連結される排気装置にて排気して真空槽5の内部を減圧する。真空槽5の内部が減圧されると、取鍋2に収容された溶鋼3は、環流用ガス吹込管10から吹き込まれるArガスと共に上昇側浸漬管8を上昇して真空槽5の内部に流入し、その後、下降側浸漬管9を介して取鍋2に戻る流れ、所謂、環流を形成してRH真空脱ガス精錬が施される。
このRH真空脱ガス精錬中に、上吹きランス13から酸素ガスを真空槽5の内部の溶鋼3に向けて吹き付けて供給し、溶鋼3に脱炭処理を施す。脱炭反応は溶鋼3の酸素濃度が高いほど進行するので、脱炭処理を開始する前、溶鋼3は未脱酸或いは半脱酸の状態とすることが好ましい。取鍋2の内部には転炉や電気炉などの前工程の精錬で発生したスラグ4が一部混入し、溶鋼3の湯面を覆っている。
本発明者等は、この減圧下での脱炭精錬(「真空脱炭精錬」ともいう)において、高効率で高速に脱炭処理を実施可能で、しかも設備への地金付着を少なくすることができる精錬方法の開発を目的として、上吹き送酸ジェットの減衰挙動を明確にするため、ラバールノズル16から噴射される酸素ジェットの動圧減衰に及ぼすノズル形状及び雰囲気圧力の影響を詳細に調査した。以下、調査結果を説明する。
酸素ジェットの流速測定の結果から、減圧下においては、雰囲気ガスの酸素ジェットへの巻込みが抑制され、酸素ジェットの速度の減衰は大幅に抑制されることが分かった。ここで、溶鋼浴面での脱炭反応には酸素ジェットの動圧が重要となる。即ち、動圧が高いほど脱炭反応は促進される。この動圧は、酸素ジェットの速度及び密度の関数となるが、減圧下での密度減少にも拘わらず、動圧についても雰囲気圧力の低下に伴って増加することが定量的に確認できた。
また、エネルギーロスの少ない最適な酸素ジェットが得られるラバールノズル16の形状として、その出口径Deとスロート径Dtとの比(De/Dt)は、前述した(3)式に示すように、ノズル背圧Poと設計雰囲気圧Peとによって理論的に定まる。即ち、ラバールノズル16の設計に関しては、ノズル背圧Poのみならず真空槽5の内部の雰囲気圧力も重要な要因であることが理論的に示されており、ラバールノズル16の形状及び酸素ジェットの減衰挙動に及ぼす雰囲気圧力の影響は極めて大きい。仮に、真空槽5の内部の雰囲気圧力が一定であれば、それを設計雰囲気圧Peとすることにより、最適な酸素ジェットが得られるラバールノズル16の形状を一義的に設計できることになる。尚、ノズル背圧Po及び設計雰囲気圧Peは絶対圧で表示したものである。即ち、大気圧と同一の圧力の場合を101.3kPa(1気圧)とした圧力である。
しかしながら、減圧下の精錬においては操業上から雰囲気の圧力は大きく変動し、通常は酸素吹錬の進行に伴って、脱炭反応によるCOガスの発生量が脱炭精錬の経過時間に伴って少なくなることから雰囲気の排気が進み、雰囲気圧力は減少していく。即ち、上吹きランス13からの送酸開始時の雰囲気圧力Pesが高く、上吹きランス13からの送酸終了時の雰囲気圧力Peeに向かって次第に低下していく。近年、RH真空脱ガス設備1において高速、高効率送酸脱炭を目標とする際には、脱炭精錬開始時の雰囲気圧力は高くなり100〜200torr(13.3〜26.7kPa)更には200torr(26.7kPa)以上に至る場合もある。溶鋼3の環流が不可となることから上限は250〜300torr(33.3〜40.0kPa)程度である。雰囲気圧力は酸素吹錬の進行に伴い減少していき、その程度は当然排気能力に大きく依存するが、送酸終了時には10torr(1.3kPa)以下に達する場合もある。送酸終了後は成分調整工程などの次プロセスに供されるか、或いは、環流による真空脱炭で更に極低炭素領域まで脱炭処理される。
このように、酸素吹錬中の雰囲気圧力は広い範囲で処理毎に更に鋼種毎に時々刻々変化するため、酸素ジェットの挙動も一定ではなく時々刻々変化し、酸素吹錬の初期には高い雰囲気圧力に起因して酸素ジェットの低動圧化が生じ、一方、酸素吹錬の末期には低い雰囲気圧力に起因して酸素ジェットの高動圧化が生じる。特に100torr(13.3kPa)近傍を境にして雰囲気圧力の高い側で急激に酸素ジェットの動圧が減少することが分かった。このため、送酸初期から中期までの高い雰囲気圧力のときに脱炭効率の不安定性が生じ、動圧を制御する必要が生ずる。換言すれば、雰囲気圧力が高いときに酸素ジェットの高動圧化が必要になる。ここで、上吹きランス13のランス高さの調整によって動圧制御を実施することも可能ではあるが、雰囲気圧力が大きく変化する場合にはランス高さの調整による動圧の制御幅にも限界が生じ、また、雰囲気圧力に応じてランス高さを調整することは、オペレーターの負荷が増大するのみならず、設備的にも煩雑となり、酸素ジェットの動圧を制御する方法としては適切とはいえない。
もう一つの課題として、上吹き送酸時の鉄飛散に起因する上吹きランス13、真空槽5などの設備への地金付着を低減する必要がある。そこで、上吹き送酸時の鉄飛散に及ぼす真空度の影響を40kg質量の溶鋼を用いた小型実験炉により調査した。その結果、酸素ガスの上吹きによる溶鋼脱炭時の鉄飛散は、雰囲気圧力が100torr(13.3kPa)より低くなると増大し始め、70torr(9.3kPa)以下で激しくなることが分かった。この結果から、鉄飛散の観点からは酸素吹錬の初期から中期までの雰囲気圧力が100torr(13.3kPa)以上の領域が好ましく、鉄飛散を低減するためには、酸素吹錬の中期から末期までの雰囲気圧力が低い領域において動圧を下げる必要のあることが分かった。
これらをまとめると、脱炭効率を最適化するためには、100torr(13.3kPa)以上の雰囲気圧力の高い側で酸素ジェットの動圧を高め、地金付着を抑制するためには、100torr(13.3kPa)以下の雰囲気圧力の低い側で酸素ジェットの動圧を下げる必要のあることが分かった。
ここで、本発明者等は、ラバールノズル16の形状に着目した。前述のように、ラバールノズル16の形状は、ノズル背圧Poと設計雰囲気圧Peとから決定されるために最適なノズル形状となる操業雰囲気圧力は、操業雰囲気圧力が設計雰囲気圧Peと一致する一点のみとなる。この雰囲気圧力(=設計雰囲気圧Pe)で酸素ジェットの噴出エネルギーロスは最小となり、効率良く酸素ジェットのエネルギーを浴面へ伝えることが可能となる。実際には、操業中に雰囲気圧力は時々刻々変化しており、操業雰囲気圧力がこの最適雰囲気圧力から離れるに伴って、酸素ジェットのエネルギーロスは大きくなっていくことが分かった。そこで、雰囲気圧力の変動とラバールノズル16の形状との関係を更に調査し、脱炭反応並びに鉄飛散に及ぼす影響を明確化すると共に、変化する雰囲気圧力のなかでどこの時点の雰囲気圧力を用いてラバールノズル16を設計すべきかを検討した。
前述したように、脱炭効率の観点からは、急激に動圧が低下する100torr(13.3kPa)以上の雰囲気圧力が高いときのエネルギーロスを極小化する必要があり、一方、鉄飛散抑制の観点からは、急激に動圧が上昇する100torr(13.3kPa)以下の雰囲気圧力が低いときのエネルギーロスを大きくする必要がある。酸素吹錬中の雰囲気圧力の変動幅は設備によって異なり、100torr(13.3kPa)をまたぐような変動幅の時にこれらの両者は特に重要となるが、そうでない場合においても脱炭効率、鉄飛散と雰囲気圧力との関係は相対的に同じであるため、同様なことがいえる。ここで、送酸開始時の雰囲気圧力Pesと送酸終了時の雰囲気圧力Peeとの平均値よりも高い雰囲気圧力を設計雰囲気圧Peとしてラバールノズル16を設計することで、即ち、前述した(2)式を満足する範囲で設計雰囲気圧Peを決めることで、これらの両者は共に満たされることが分かった。ここで、設計雰囲気圧Peを(2×Pes+Pee)/3以上とすることにより更に効果が顕著となることも分かった。
このようにしてラバールノズル16を設計することにより、酸素吹錬の開始から中期にいたる雰囲気圧力が高い側(設計雰囲気圧Peに近い側)では、最適な酸素ジェットが得られ、高い雰囲気圧力に起因する動圧低下があるものの、この動圧低下が補われ、酸素ジェットのエネルギーロスが少なくなり、一方、酸素吹錬の中期から末期にいたる雰囲気圧力が低い側(設計雰囲気圧Peから離れた側))では、酸素ジェットは不適正膨張(膨張不足)を起こすのでエネルギーロスが大きくなり、雰囲気圧力の低下に伴う酸素ジェットの動圧の上昇はあるものの、この動圧の上昇が抑えられる。即ち、低い雰囲気圧力下での脱炭効率を損なうことなく、高い雰囲気圧力下での脱炭効率を上昇させることが可能となり、平均の脱炭効率を上昇させることができ、また、低い雰囲気圧力下での鉄飛散を大幅に低減することができる。
これに対して、従来のラバールノズルは到達雰囲気圧の近傍(通常100torr(13.3kPa)以下)即ち低い雰囲気圧力側で設計される場合が多く、その場合には、酸素吹錬初期の高い雰囲気圧力下ではロスが更に大きくなり脱炭効率は更に悪化し、また、酸素吹錬末期の低い雰囲気圧力下ではエネルギーロスが少なく脱炭効率は良いが、地金飛散が著しくなっていたことが分かった。
図4に、ノズル背圧Poを同一とし、設計雰囲気圧Peを150torr(20kPa)及び60torr(8.0kPa)として設計したラバールノズルを用いて雰囲気圧力を変更したときの溶鋼湯面における酸素ジェットの動圧の推移を模式的に示す。本発明に係る設計雰囲気圧Peを150torrとしたラバールノズルでは、雰囲気圧力が高い側で酸素ジェットの動圧が理論値に近くなり、逆に、雰囲気圧力が低い側で理論値からの乖離が大きくなる。これに対して、設計雰囲気圧Peを60torrとした従来のラバールノズルでは、雰囲気圧力が低い側で酸素ジェットの動圧が理論値に近くなり、逆に、雰囲気圧力が高い側で理論値からの乖離が大きくなる。即ち、本発明に係るラバールノズル16では、高い雰囲気圧力下における脱炭反応が促進し、低い雰囲気圧力下における鉄飛散が抑制される。
ここで、設計雰囲気圧Peは100torr(13.3kPa)以上とすることが好ましい。減圧下における酸素ジェットの特性は、前述したように100torr(13.3kPa)近傍で大きく変化するため、設計雰囲気圧Peを100torr(13.3kPa)以上とすることで、動圧が増大して鉄飛散の激しくなる雰囲気圧力の低い側でエネルギーロスを増大させることが可能となり、一方、動圧が低減して脱炭酸素効率の低下する高雰囲気圧でエネルギーロスを少なくさせることが可能となり、本発明の効果を最大にすることができる。
このとき、脱炭処理終了時の雰囲気圧力Peeは100torr(13.3kPa)以上であってもよいが、酸素ジェットのエネルギーが増大する100torr(13.3kPa)未満に達する場合、特に70torr(9.3kPa)以下に達する場合に効果が大きい。また、脱炭処理開始時の雰囲気圧力Pesが100torr(13.3kPa)以下の場合でも、100torr(13.3kPa)以上の設計雰囲気圧Peで設計することで、雰囲気圧力が100torr(13.3kPa)以下の範囲における酸素ジェットのエネルギーロスを増加させることが可能なために同様な効果を得ることができるが、脱炭処理開始時の雰囲気圧力Pesを100torr(13.3kPa)以上として脱炭処理を開始した場合のように、脱炭処理中の雰囲気圧力の変動が大きい場合には、雰囲気圧力の高い時点における脱炭効率の向上効果を得ることができるため、より顕著な効果が得られる。更に、高い雰囲気圧力の領域では、酸素ジェットのエネルギーが小さくなるためロスの変動幅も小さくなる。そのため、設計雰囲気圧Peが操業雰囲気圧よりも高い場合においても同様な効果が得られるが、高い雰囲気圧領域における酸素ジェットのロスを少なくするためには、設計雰囲気圧Peは、操業雰囲気圧の変動範囲内にあること、換言すれば雰囲気圧力の最大圧力を超えないことが好ましい。
また更に、操業を阻害する鉄飛散及び上吹きランス13への鉄付着を抑制するためには、上吹きランス13のランス高さは高いほうが好ましい。ランス高さを高くすると、溶鋼浴面における酸素ジェットの動圧は減少するため、これを抑制する観点から、ノズル背圧Poを高くし、ノズルからの噴出流速を高めるほうがよい。但し、ノズル背圧Poが6kgf /cm2 (588kPa)以上では動圧の変化は飽和傾向になるため、ノズル背圧Poの下限値を6kgf /cm2 (588kPa)とすればよい。また、酸素吹錬の進行に伴って溶鋼3の炭素濃度は低減し、大気圧下における転炉脱炭精錬と同様に脱炭酸素効率の低下が生じるため、酸素吹錬の進行に伴い、送酸速度を低減させてもよい。これにより、酸素効率は向上し、また、酸素吹錬の中期から末期にかけての雰囲気圧力の低い場合でも、急激な動圧上昇を抑制することが可能となる。
以上説明したように、本発明によれば、大気圧よりも低い減圧下において上吹きランス13から溶鋼3に向けて酸素ガスを吹き付けて溶鋼3を真空脱炭精錬するに際し、真空槽5の内部の真空度の変動を考慮して、送酸開始時の雰囲気圧力Pesと送酸終了時の雰囲気圧力Peeとの平均値よりも高い雰囲気圧力を設計雰囲気圧Peとして設計したラバールノズル16を備えた上吹きランス13から送酸するので、上吹きランス13及び真空槽5の内壁、更にはダクト11を含む排気装置への地金付着を低減することが可能となると同時に、脱炭効率の向上が達成され、真空脱炭精錬に費やす費用を大幅に削減することが可能となる。
これらの効果は、溶鋼3の炭素濃度が0.05質量%以上の炭素濃度領域で真空脱炭処理を開始する場合に特に有効である。溶鋼3の炭素濃度が0.05質量%以上になると、脱炭反応が酸素供給律速になるため脱炭速度が大きくなるからである。
尚、上記説明はRH真空脱ガス設備1における溶鋼3の真空脱炭精錬を例として説明したが、本発明は上記説明に限るものではなく、他の真空精錬プロセスにおいても同様な効果を得ることができる。また、上吹きランス13として中心孔のみが設置された例で説明したが、複数個のノズルを有する多孔型上吹きランスであってもよい。更に、精錬剤の投射などとの技術と組み合わせてもよい。