JP2004039102A - 磁気記録媒体およびその製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】走行耐久性等の実用信頼性を向上させた、優れた電磁変換特性を有する薄手の磁気テープを得る。
【解決手段】非磁性支持体(1)上の一方の面に、強磁性金属薄膜(2)、炭素膜(3)および潤滑剤層(4)をこの順に形成し、他方の面に補強層(5)として、表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜を形成して磁気記録媒体全体の剛性を向上させるとともに、潤滑剤層(4)を、I)分子内にパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基、およびアルキル基またはアルケニル基を有する含フッ素モノカルボン酸から選ばれた少なくとも1種類の化合物;およびII)極性基が両末端に結合したパーフルオロポリエーテル系化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤で形成する。
【選択図】 図1
【解決手段】非磁性支持体(1)上の一方の面に、強磁性金属薄膜(2)、炭素膜(3)および潤滑剤層(4)をこの順に形成し、他方の面に補強層(5)として、表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜を形成して磁気記録媒体全体の剛性を向上させるとともに、潤滑剤層(4)を、I)分子内にパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基、およびアルキル基またはアルケニル基を有する含フッ素モノカルボン酸から選ばれた少なくとも1種類の化合物;およびII)極性基が両末端に結合したパーフルオロポリエーテル系化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤で形成する。
【選択図】 図1
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、高密度磁気記録に適した磁気記録媒体ならびにその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、磁気記録の分野においては、記録および再生機器のデジタル化、小型化、および使用時間の長時間化等の高性能化に伴い、それに適した高密度磁気記録媒体の開発が活発に行なわれている。最近では、塗布型磁気記録媒体に代わって、短波長記録に極めて有利な金属薄膜型磁気記録媒体が高密度磁気記録媒体として実用化されている。一般に、金属薄膜型磁気記録媒体とは、非磁性支持体上に記録層として強磁性金属薄膜からなる磁性層を設け、磁性層上に保護膜および潤滑剤層を設けたテープおよびディスク等をいう。
【0003】
金属薄膜型磁気テープ(「MEテープ」とも呼ぶ)の中でも特に、コバルト系金属の斜方蒸着膜を磁性層として非磁性支持体(通常、ポリマー基板)上に形成し、さらに当該磁性層の上に例えばダイヤモンドライクカーボン(DLC)で保護膜を形成したものは、電磁変換特性、保存性、および実用信頼性等において優れた特性を示すことが知られている。現在、MEテープはデジタル映像記録機器であるDV方式のムービー等に使用され、また、コンピュータのデータストレージ用テープとしても用いられている。MEテープの磁性層は真空蒸着により形成されるため、その厚さは一般に小さい。したがって、MEテープは従来の塗布型テープよりもテープ全体の厚さが小さいという特徴を有する。この特徴により、MEテープは塗布型テープよりも所定寸法のパッケージにより多く装填され得るから、MEテープは上記の特性に加え、大容量記録を可能にするという利点をも有する。
【0004】
しかし、磁気テープの性能向上に関する要求は厳しく、MEテープにも更なる改善が必要とされている。例えば、DV方式のムービー等に使用するMEテープは、MEテープを収納するビデオカセットの小型化に伴い、より小型で、より長時間記録が可能であることが常に望まれている。また、近年の情報量の増大化に伴い、データストレージ機器で使用するMEテープに対しては更なる大容量化が望まれている。
【0005】
これらの要求に応えるために、MEテープをより薄くすることが試みられている。MEテープのような磁気テープの厚さを薄くする最も効果的な方法は、磁気テープの厚さの多くを占める非磁性支持体、即ちポリマー基板の厚さを薄くすることである。しかし、非磁性基板の厚さを小さくすると、剛性が低下しやすく、実用上、次のような問題が生じる場合がある。
【0006】
第1に走行耐久性が十分でないという問題がある。走行耐久性が十分でないとは、具体的には、テープを繰り返し走行させたときに、テープ折れ、テープ変形(例えば、テープ幅方向の端部におけるワカメ状の変形)、およびテープ破断が生じやすいことを意味する。走行耐久性が不十分であると再生信号が不安定になる傾向にある。
【0007】
テープに折れおよび変形等が生じる理由を、デジタルビデオカメラで磁気テープを走行させる場合を例に挙げて説明する。デジタルビデオカメラにおいて、磁気テープはドライブの各種ポストに対して一定の角度で巻き付けられて走行し、さらに、各種ポストの高さ方向の位置を規制するために設けられた下側規制ポストおよび上側規制ポストの一部に沿って走行する。下側規制ポストまたは上側規制ポストにおいて、磁気テープは、一方の表面ならびに一方の側面(エッジ面)がポストと摺動している状態にある。ポストと摺動している面のうち、側面はポストとの接触面積が極めて小さい。そのため、磁気テープの剛性が小さいと、磁気テープはポストとの摺動中に側面に加わる力に対して十分に抗し得ず、その結果、テープの折れおよび変形等が生じ、最悪の場合にはテープが破断する。
【0008】
第2に、エンベロープ不良が発生するという問題がある。エンベロープ不良は、テープ状の磁気記録媒体と磁気ヘッドとの接触状態が不良であることに起因して生じる。エンベロープ不良は、再生信号の品質低下をもたらす。
【0009】
これらの問題を回避する方法の1つとして、剛性の大きいポリマー基板を使用することが挙げられる。通常、ポリマー基板としてはポリエチレンテレフタレートのフィルムを使用する場合が多い。これを、例えば、剛性のより大きいポリエチレンナフタレートまたはポリアミドのフィルムとすることで、厚さを小さくすることが可能となる。例えば、デジタルビデオカメラ用のMEテープを製造する場合、ポリエチレンテレフタレートを基板として用いると、テープの全厚は7μm程度となり、所定寸法のパッケージに60分記録が可能な長さのテープを収容できる。一方、ポリエチレンナフタレートまたはポリアミドを基板として用いると、テープの全厚は5.4μm程度となるため、同寸法のパッケージに80分記録が可能な長さのテープを収容できる。
【0010】
このように、非磁性支持体の素材を適宜選択することによって、テープをある程度薄くし得るが、更に薄い磁気テープを提供することを目的として、あるいは曲げ剛性は小さいがコスト的に有利な汎用素材から成るポリマー基板を用いて薄い磁気テープを製造することを目的として、非磁性支持体の磁性層が形成されている面とは反対側の面に、補強層(バックコート層とも称される)を形成して剛性を確保することが予てより提案されている。例えば、特開平10−27328号公報では、非磁性支持体の一方の面に強磁性金属薄膜層が形成され、他方の面にAl、Si等からなるバックコート層を設けた磁気記録媒体が提案されている。特開平11−283234号公報では、非磁性支持体の一方の面に強磁性金属薄膜が形成され、他方の面にCu、Al、Ni、Crおよびこれらの合金から成る金属薄膜等を設けた磁気記録媒体が提案されている。
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
このようにテープ状の磁気記録媒体をより薄くするために、予てより種々の手段が提案および採用されている。しかしながら、先にも述べたように、磁気記録媒体の性能向上は常に望まれており、従来の磁気テープに対しては、特に変形、即ち走行耐久性の点において一層の改善が望まれている。
【0012】
本発明はかかる実情に鑑みてなされたものであり、薄型化され、かつ、優れた走行性耐久性および電磁変換特性を有する磁気記録媒体およびその製造方法を提供することを課題とする。この課題を解決するための手段を以下に説明する。
【0013】
以下の説明を含む本明細書において、磁気記録媒体の構成に関して、磁気記録媒体を構成する各層または膜の「表面」とは、各層または膜が形成されたときに露出している面、即ち、各層または膜の非磁性支持体から遠い側の面を意味する。磁気記録媒体の構成に関して、磁気記録媒体を構成する各層または膜の「上に」というときは、特に断りのない限り、各層または膜の「非磁性支持体から遠い側の面の上に」を意味する。したがって、例えば、「磁性層の上に」というときは、「磁性層の非磁性支持体から遠い側の面に隣接する位置に」を意味する。反対に、「磁性層の下に」というときは、「磁性層の非磁性支持体に近い側の面に隣接する位置に」を意味する。
【0014】
また、磁気記録媒体の「磁性層側表面」および「補強層側表面」とは、それぞれ非磁性支持体の2つの面を基準としたときに磁性層および補強層が形成された側の磁気記録媒体の露出表面をいう。したがって、例えば、非磁性支持体の一方の面に形成された磁性層の上に炭素膜および潤滑剤層が形成されている場合には、潤滑剤層の露出表面が「磁性層側表面」に相当する。非磁性支持体の他方の面に形成された補強層の上に別の層(例えば潤滑剤層)が形成されているときは、その別の層の露出表面が「補強層側表面」に相当する。
【0015】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するため、本発明は、非磁性支持体、非磁性支持体の一方の面に形成された磁性層、磁性層の上に形成された炭素膜、および炭素膜の上に形成された潤滑剤層、ならびに非磁性支持体の他方の面に形成された補強層を有する磁気記録媒体であって、
当該補強層が表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜であり、
当該潤滑剤層が、
I)分子内にパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基と、アルキル基またはアルケニル基とを有する、一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびに
II)分子内にパーフルオロポリエーテル鎖を有し、一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤:
【化6】
(式中、R1はアルキル基またはアルケニル基を示し、R2はパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基を示し、aは0〜20の整数であり、bは0または1である)
【化7】
(式中、R3はアルキル基またはアルケニル基を示し、R4はパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基を示し、R5は−O−または−S−を示し、cは0〜20の整数であり、dは0または1である)
【化8】
(式中、e、gは1以上の整数である)
【化9】
(式中、i、jは1以上の整数である)
【化10】
(式中、k、mは1以上の整数であり、R6は炭素数4〜22のアルキル基である)
を含む磁気記録媒体を提供する。
【0016】
本発明の磁気記録媒体は、その補強層が、表面に不動態皮膜を有するステンレス薄膜であること、ならびに炭素膜の上に形成された潤滑剤層が特定の二種以上の含フッ素化合物を含むことを特徴とする。ステンレス鋼薄膜は、後述のように、優れた補強効果を奏する。上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤は、後述のように、炭素膜に良好に付着して、磁気記録媒体の潤滑特性を向上させる。また、補強層の表面の不動態皮膜には、上記I)群の化合物が吸着しやすい。そのため、本発明の磁気記録媒体が、テープ状磁気記録媒体(例えばMEテープ)のように、補強層側表面と磁性層側表面とが接するように製造および保管されると、その間に磁性層側表面の潤滑剤層が補強層側表面に固着し、補強層側表面にも潤滑剤が付着した状態が得られる。それにより、補強層側表面も良好な潤滑特性を示し、磁気記録媒体の性能向上に寄与する。このように、特定の金属材料から成る補強層と、特定の化合物を含む潤滑剤層とを組み合わせることによって、走行耐久性および潤滑特性がより向上した、実用信頼性の高い磁気記録媒体を得ることができる。
【0017】
補強層を構成するステンレス鋼薄膜は剛性および靭性が大きいため、磁気記録媒体において優れた補強効果を奏する。具体的には、ステンレス鋼薄膜が存在することによって磁気記録媒体の曲げ剛性および捩り剛性が大きくなるので、走行中、磁気記録媒体を変形させようとする力(例えば、曲げようとする力)が加えられても、その力に抗し得る。その結果、例えば、磁気記録媒体が上側または下側規制ポストに沿って進行し、その側面に大きな力が加わる場合でも、磁気記録媒体に変形や折れが生じにくくなり、それらに起因する走行耐久性の低下が有効に抑制される。さらに、磁気記録媒体の曲げ剛性および捩り剛性が大きくなることによって磁気記録媒体と磁気ヘッドとの当たりが良好となるので、本発明の磁気記録媒体は優れたエンベロープ特性を示す。
【0018】
ステンレス鋼薄膜は広範囲な環境条件下で不動態化する。これはステンレス鋼の主要成分のFe、Cr、Niがいずれも不動態化し、しかも各不動態化領域が異なることによる。各成分は補い合って広範囲の不動態化領域を形成し(即ち、ステンレス鋼が不動態化する環境条件の範囲を広くし)、その結果、ステンレス鋼は種々の環境条件において優れた耐食性を示す。不動態化したステンレス鋼薄膜の表面には酸化物が生成され、その厚さは1.5nm〜10nmと推定される。
【0019】
ステンレス鋼は、特別な処理を施さなくとも酸素あるいは水分の作用により自然に不動態化する。即ち、自己不動態化する。したがって、不動態皮膜は、ステンレス鋼薄膜を形成した後、当該薄膜を空気中に例えば3〜6日間放置することにより生成される。不動態皮膜の生成に要する時間は、例えば高湿度雰囲気中に保存することにより短縮される。ステンレス鋼薄膜の表面に存在する不動態皮膜には、前述の一般式(a)および(b)で示される化合物のようなカルボキシル基を有する潤滑剤が吸着しやすい。したがって、前述のように、表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜は、炭素膜上に形成される、上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤層と組み合わせることによって、磁気記録媒体の走行性および走行耐久性をより向上させる。
【0020】
ステンレス鋼薄膜はさらに非磁性体であることを要する。ステンレス鋼薄膜が磁性体であると、磁性層の磁性に悪影響を及ばす場合があり好ましくない。
【0021】
ステンレス鋼薄膜を構成するステンレス鋼は、常套のステンレス鋼、例えば、オーステナイト系、マルテンサイト系およびフェライト系ステンレス鋼から適宣選択される。ステンレス鋼は、具体的には、C(炭素)に加えてCrを含み、さらに必要に応じてNi、Mn、Mo、SiおよびPから選択される1または複数の成分を含む。Crの添加率は一般に10〜30重量%、Niの添加率は0〜23重量%である。本発明においては、磁気記録媒体の走行安定性および耐食性の点からCrおよびNiを含む非磁性オーステナイト系ステンレス鋼が特に好ましく用いられる。
【0022】
ステンレス鋼薄膜の厚さは0.05〜1.0μmであることが好ましい。ステンレス鋼薄膜の厚さが0.05μm未満であると補強効果を得ることができず、1.0μmを超えるとクラックが生じやすくなる。
【0023】
炭素膜の上に形成される潤滑剤層は、I)分子内にパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基と、アルキル基またはアルケニル基とを有する、上記一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびに
II)分子内にパーフルオロポリエーテル鎖を有し、上記一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含んで成るものである。
【0024】
この潤滑剤は、
I)一般式(a)および(b)で示される含フッ素モノカルボン酸から選択される少なくとも1種類の化合物、ならびに
II)極性基が両末端に結合したパーフルオロポリエーテル系化合物、即ち、一般式(c)で示される両末端に水酸基が結合したパーフルオロポリエーテル系化合物、一般式(d)で示される両末端にカルボキシル基が結合したパーフルオロポリエーテル系化合物、および一般式(e)で示される両末端にアシルオキシル基が結合したパーフルオロポリエーテル系化合物から選択される少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤組成物であるといえる。
【0025】
炭素膜の上に形成された潤滑剤層がI)群から選択される化合物を含むことにより、潤滑剤層の炭素膜への付着強度が向上し、かつ優れた潤滑性能が磁気記録媒体に付与される。II)群から選択される化合物を潤滑剤の構成成分とすることにより、磁気記録媒体を使用している間に飛散する潤滑剤の量がさらに少なくなるという利点がもたらされる。したがって、この特定の潤滑剤を含む潤滑剤層によれば、電磁変換特性が損なわれることなく、向上した走行耐久性を有し、また、使用中の潤滑剤の飛散が極めて少ない、実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0026】
また、I)群から選択される化合物は、ステンレス鋼薄膜の表面の不動態皮膜にも良好に付着するので、これを含む潤滑剤層が補強層の表面に接触した状態(例えば磁気テープを巻回した状態)にて保管するだけで、潤滑剤層中の潤滑剤の一部を補強層の表面に固着させることができる。その結果、磁気記録媒体は、補強側表面にも僅かな量の潤滑剤が付着した状態にて使用されることとなるため、優れた走行性および走行耐久性を示す。なお、このようにして補強層の上に付着する潤滑剤は僅かであり、潤滑剤層として明確に認識できないことがある。
【0027】
あるいは、本発明の磁気記録媒体は、炭素膜上に形成された潤滑剤層とは別に形成された潤滑剤層であって、上記I)群から選択される少なくとも1種類の化合物、および上記II)群から選択される少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含んで成る潤滑剤層を、補強層の上に有していてよい。炭素膜上に形成された潤滑剤層とは別に補強層の上に潤滑剤層を形成することによって、磁気記録媒体の走行性および走行耐久性がさらに向上し、また、使用中の潤滑剤の飛散がより抑制される。
【0028】
本発明の磁気記録媒体は金属薄膜型磁気記録媒体に好ましく適用できる。したがって、本発明の磁気記録媒体において磁性層は強磁性金属薄膜であることが好ましい。
【0029】
本発明の磁気記録媒体の好ましい態様においては、炭素膜がその表層部に含窒素プラズマ重合膜を有し、潤滑剤層が炭素膜の含窒素プラズマ重合膜上に形成されている。含窒素プラズマ重合により炭素膜の表層部にアミノ基が存在することとなり、その結果、潤滑剤層と炭素膜の間の付着強度がより大きくなり、磁気記録媒体の耐久性がより向上することとなる。さらに、潤滑剤層が上記特定の含フッ素化合物を含有する場合には、含窒素プラズマ重合膜と潤滑剤層とが相俟って、電磁変換特性が損なわれることなく走行耐久性が向上した、優れた潤滑特性を有する磁気記録媒体の提供を可能にする。かかる磁気記録媒体は、その実用信頼性が極めて高いものである。
【0030】
本発明の磁気記録媒体の好ましい態様において、非磁性支持体は長尺状であり、その厚さは5μm未満、その長手方向(長尺物の巻取り方向に相当)および幅方向のヤング率はそれぞれ5.0GPa以上および9.3GPa以上である。長尺状の非磁性支持体の長手方向および幅方向のヤング率は、それぞれ非磁性支持体の長手方向(「長さ方向」とも呼ぶ)および幅方向を引っ張り方向として引張試験し、次の式に基づいて算出される。
【数1】
E=(W・L)/(A・△l)
(式中、Eはヤング率(Pa)、Wは弾性限内の荷重(N)、Lは引張試験前の標線間距離(m)、Aは試料の引張試験前の断面積(m2)、△lは荷重Wにおける標線間伸び(m)を示す)
【0031】
非磁性支持体の厚さが5μmを超えると、得られる磁気記録媒体は十分に薄型化されたものであるとはいえない。また、非磁性支持体のヤング率を上記のように規定することにより、磁気記録媒体の長手方向および幅方向の機械的強度が向上する。その結果、磁気記録媒体の変形が有効に抑制されて走行耐久性が向上する。これらの厚さおよびヤング率の条件を満たす非磁性支持体としては、例えば、ポリエチレンナフタレートまたはポリアミドから成るフィルムがある。
【0032】
さらに、本発明は、炭素膜の上に形成される潤滑剤層が上記特定の潤滑剤を含んで成る磁気記録媒体の製造方法を提供する。
【0033】
本発明の磁気記録媒体の製造方法は、上記特定の潤滑剤を用いて、炭素膜の上に潤滑剤層を形成する工程に特徴を有する。それ以外の製造工程は、従来から磁気記録媒体の製造に用いられている工程であってよい。本発明の製造方法における潤滑剤層の形成工程は、炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合有機溶媒に上述の特定の潤滑剤を溶解して調製した塗布液を、相対湿度が10〜40%の範囲内にある環境下において炭素膜上に塗布し、混合有機溶媒を乾燥させる工程を含むことを特徴とする。
【0034】
炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒の混合有機溶媒を用い、潤滑剤を含む塗布液を特定の湿度条件下で塗布することにより、潤滑剤層と炭素膜との間の付着強度が向上し、かつ塗布ムラが極めて少ない均一な薄い潤滑剤層が形成され得る。よって本発明の製造方法によれば、優れた潤滑性能を有する実用信頼性の高い磁気記録媒体を得ることが可能である。
【0035】
本発明の磁気記録媒体が、炭素膜の上に形成される潤滑剤層とは別に補強層の上に形成された潤滑剤層を含む場合、上記本発明の製造方法は、補強層の上に潤滑剤層を形成する工程にも適用される。即ち、潤滑剤を上記混合有機溶媒に溶解して調製した塗布液を、上記湿度条件下で補強層上に塗布した後、混合有機溶媒を乾燥させる工程により、補強層の上に潤滑剤層が形成される。この場合にも、潤滑剤層と補強層との間の付着強度が大きく、かつ、塗布ムラの少ない、均一な薄い層が形成される。
【0036】
上記本発明の製造方法において、炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合割合は重量比で1:9〜9:1の範囲内にあることが好ましい。この範囲で両者を混合すると、塗布ムラが極めて少なくなる。この範囲で両者を混合することはまた、コスト面でも有利である。
【0037】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しながら説明する。
図1は本発明の磁気記録媒体の一態様である金属薄膜型磁気テープの断面図である。この磁気テープ(10)は、非磁性支持体(1)の一方の面に磁性層(2)としての強磁性金属薄膜、炭素膜(3)および潤滑剤層(4)がこの順に形成され、他方の面にステンレス鋼薄膜から成る補強層(5)が形成されたものである。したがって、その構造は、下から順に補強層(5)、非磁性支持体(1)、磁性層(2)、炭素膜(3)および潤滑剤層(4)が積層された構造となっている。図示していないが、補強層(5)はその表面(即ち、非磁性支持体と接していない側の面)に不動態皮膜を有する。
【0038】
本発明の磁気記録媒体において、補強層(5)は、表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜である。ステンレス鋼薄膜は非磁性オーステナイト系ステンレス鋼薄膜であることが好ましい。ステンレス鋼薄膜を構成するのに適したステンレス鋼は、具体的には、SUS303、SUS301、SUS302、SUS304、SUS305J1、SUS308、SUS350、SUS316、SUS317等である。
【0039】
ステンレス鋼薄膜は、複数種のステンレス鋼が混合した形態であってよい。また、ステンレス鋼薄膜は、単層膜の形態(複数種のステンレス鋼が混合した単層膜を含む)であってもよく、あるいは複数種の膜が積層された形態であってもよい。いずれの形態をとる場合も、ステンレス鋼薄膜の厚さは0.05〜1.0μmであることが好ましく、0.07μm〜0.5μmであることがより好ましい。
【0040】
ステンレス鋼薄膜は、ステンレス鋼に所定範囲の入射角で電子ビームを照射して蒸発させ、これを、キャン状回転体またはベルト状支持体等の冷却回転支持体に沿って移動する非磁性支持体上に蒸着させて形成することができる。それ以外にも、例えば、抵抗加熱法もしくは外熱るつぼ法等で加熱して実施する蒸着、イオンプレーティングもしくはスパッタリング等によりステンレス鋼薄膜を形成できる。
【0041】
具体的な蒸着条件は、るつぼの大きさおよびライン速度等に応じて適宜設定される。例えば、500mm幅の非磁性支持体を30〜80m/分の速度で移動させる場合は、圧力が1.33×10−2〜1.33×10−4Pa(1×10−4〜1×10−6Torr)である真空槽内にて、70kWの電子ビームを照射して蒸着を実施するとよい。
【0042】
ステンレス鋼薄膜から成る補強層(5)の表面には、ポリウレタン、ニトロセルロース、ポリエステル、カーボンおよび炭酸カルシウム等から選ばれる1もしくは複数の材料から成るバックコート層を更に形成してもよい。その厚さは約500nmとすることが好ましい。バックコート層は、例えば、前記材料を適当な溶媒(例えば、トルエンとメチルエチルケトンの混合溶媒)に溶解および分散させた塗布液を補強層に塗布した後、乾燥して溶媒を蒸発させる湿式塗布法により形成できる。
【0043】
図示した態様の磁気記録媒体において、潤滑剤層(4)は、
I)上記一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびにII)上記一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含んで成ることが好ましい。
【0044】
潤滑剤層において、上記第I群、即ち、一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびに第II群、即ち、一般式(c)〜(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物は、モル比で1:9〜8:2の範囲で混合されることが好ましく、1:9〜5:5の範囲で混合されることがより好ましい。
【0045】
潤滑剤において、第I群から選ばれる化合物の占める割合が小さいと磁気記録媒体の潤滑性能が低下するおそれがある。第II群から選ばれる化合物の占める割合が小さいと、潤滑剤層の炭素膜および補強層への付着強度が低下するおそれがある。
【0046】
前述のように、炭素膜(3)の上に形成される潤滑剤層(4)は、補強層(5)の表面と接触すると、その一部が補強層(5)の表面に移って固着する。固着する量が多い場合、補強層の上には潤滑剤層と認識されるものが形成される。図2に、補強層(5)の上に潤滑剤層(6)が形成された磁気記録媒体(20)の態様を示す。図2において、図1で使用された符号と同じ符号は、図1においてそれらが表す要素と同じ要素を表す。
【0047】
潤滑剤層(6)は、潤滑剤層(4)とは別に形成された層、即ち潤滑剤層(4)からの潤滑剤の移動によらずに形成された層であってよい。その場合、潤滑剤層(6)もまた、潤滑剤層(4)と同様、I)上記一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物、ならびにII)上記一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含んで成るものであることが好ましい。補強層の上に形成される潤滑剤層が上記(a)〜(e)の化合物を含んで成る場合、第I群から選ばれる化合物および第II群から選ばれる化合物の好ましい混合割合は、炭素膜の上に形成される潤滑剤層に関して先に説明したとおりである。炭素膜の上に形成される潤滑剤層と補強層の上に形成される潤滑剤層は、互いに異なる潤滑剤で形成してよい。
【0048】
以下に、一般式(a)〜(e)で示される化合物について説明する。説明は、磁性層の上に形成された炭素膜の上に形成された潤滑剤層に、各化合物が含まれる場合を想定して行う。
【0049】
一般式(a):
【化11】
で示される化合物は一つのカルボキシル基を有する含フッ素カルボン酸モノエステルともいえるものである。この化合物は、例えば、コハク酸のようなジカルボン酸に含まれる二つのカルボキシル基のうち、一つのカルボキシル基をエステルにすることにより得られる。
【0050】
一般式(a)において、R1はアルキル基またはアルケニル基であり、R2はパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基である。aは通常0〜20の整数であり、好ましくは1〜10の整数である。bは0または1である。
【0051】
一般式(a)におけるR1の炭素数は6〜30であることが好ましく、10〜24であることがより好ましい。炭素数が6未満である場合または30を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性が低下することがある。R1は、直鎖状であっても枝分かれしたものであってもよい。
【0052】
R2がパーフルオロアルキル基である場合、その炭素数は6〜12であることが好ましく、6〜10であることがより好ましい。R2は、直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。R2がパーフルオロポリエーテル基である場合、その分子量は約200〜約6000であることが好ましく、約300〜約4000であることがより好ましい。分子量が200未満である場合または6000を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性および保存信頼性が低下する場合がある。
【0053】
R2がパーフルオロポリエーテル基である場合、そのパーフルオロポリエーテル基は、下記の一般式(f)、(g)および(h)のいずれかで示されるものであることが好ましい。下記のパーフルオロポリエーテル基を有する化合物を含む潤滑剤が金属薄膜型磁気記録媒体の潤滑剤層に含まれる場合には、潤滑剤層の炭素膜への付着強度がより向上し、かつより優れた潤滑特性が磁気記録媒体に付与される。そしてこれらの相乗効果により、電磁変換特性が損なわれることなく、向上した走行耐久性を有し、また、使用中の潤滑剤の飛散が極めて少ない、実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0054】
一般式(f):
【化12】
においてqは1以上の整数である。
【0055】
一般式(g):
【化13】
においてrおよびtは1以上の整数である。
【0056】
一般式(h):
【化14】
において、R7はパーフルオロアルキル基を示し、uは1〜6の整数であり、vは1〜30の整数である。vは、より好ましくは1〜8である。R7の炭素数は、1〜30であることが好ましく、1〜8であることがより好ましい。また、R7は、直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。
【0057】
一般式(f)、(g)および(h)におけるq、r、t、uおよびvが上記の範囲外であると、そのようなパーフルオロポリエーテル基を有する化合物を含む潤滑剤が磁気記録媒体の潤滑剤層に含まれる場合に、当該磁気記録媒体の潤滑性および保存信頼性が低下することがある。また、q、r、t、uおよびvならびにR7の炭素数は、パーフルオロポリエーテル基の分子量が上述の好ましい範囲、すなわち約200〜約6000、より好ましくは約300〜約4000の範囲内にあるように、適宣選択することが好ましい。
【0058】
一般式(b):
【化15】
で示される化合物において、R3はアルキル基またはアルケニル基であり、R4はパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基である。R5は酸素原子または硫黄原子である。cは通常0〜20の整数であり、好ましくは1〜10の整数である。dは0または1である。
【0059】
一般式(b)におけるR3の炭素数は6〜30であることが好ましく、10〜24であることがより好ましい。炭素数が6未満である場合または30を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性が低下することがある。R3は直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。
【0060】
R4がパーフルオロアルキル基である場合、その炭素数は1〜12であることが好ましく、6〜10であることがより好ましい。R4は直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。R4がパーフルオロポリエーテル基である場合、その分子量は約200〜約6000であることが好ましく、約300〜約4000であることがより好ましい。分子量が200未満である場合または6000を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性および保存信頼性が低下する場合がある。
【0061】
R4がパーフルオロポリエーテル基である場合には、一般式(a)におけるR2と同様、R4は上記一般式(f)、(g)および(h)のいずれかで示される基であることが好ましい。一般式(f)、(g)および(h)については先に一般式(a)に関連して説明したとおりであり、ここではその説明を引用することにより、詳細な説明を省略する。
【0062】
次に、上記一般式(c)、(d)および(e)で示される両末端に極性基を有するパーフルオロポリエーテル系化合物について説明する。
一般式(c):
【化16】
で示される化合物は、分子の両末端に水酸基を有する。
【0063】
一般式(c)において、eおよびgはいずれも1以上の整数である。また、eおよびgは、分子内のパーフルオロポリエーテル鎖、即ち、−CF2O(C2F4O)e(CF2O)gCF2−の分子量が、好ましくは約200〜約6000、より好ましくは約300〜4000の範囲内にあるように選択される。分子量が200未満である場合または6000を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性及び保存信頼性が低下する場合がある。
【0064】
一般式(d):
【化17】
で示される化合物は、分子の両末端にカルボキシル基を有する。
【0065】
一般式(d)において、iおよびjはいずれも1以上の整数である。また、iおよびjは、分子内のパーフルオロポリエーテル鎖、即ち、−CF2O(C2F4O)i(CF2O)jCF2−の分子量が、好ましくは約200〜約6000、より好ましくは約300〜4000の範囲内にあるように選択される。この範囲の分子量が好ましい理由は先に一般式(c)に関して説明したとおりである。
【0066】
一般式(e):
【化18】
で示される化合物は、分子の両末端にアシルオキシル基を有する。
【0067】
一般式(e)においてkおよびmはいずれも1以上の整数である。R6は炭素数4〜22のアルキル基であり、より好ましくは炭素数12〜22のアルキル基である。R6は直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。kおよびmは分子内のパーフルオロポリエーテル鎖、即ち、−CF2O(C2F4O)k(CF2O)mCF2−の分子量が、好ましくは約200〜約6000、より好ましくは約300〜4000の範囲内にあるように選択される。この範囲の分子量が好ましい理由は先に一般式(c)に関して説明したとおりである。
【0068】
一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物は、一般式(c)におけるeおよびg、一般式(d)におけるiおよびj、ならびに一般式(e)におけるkおよびmが、上記の条件を満たす限りにおいて、従来公知の、または市販されているパーフルオロポリエーテル系化合物であってよく、あるいはそれを所定の化学反応に付して得たものであってよい。例えば、一般式(c)で示される化合物として、Ausimont社製のFomblin Z DOLがあり、一般式(d)で示される化合物として、Ausimont社製のFomblin ZDIACがある。また、一般式(e)で示される化合物は、前記のAusimont社製のFomblin Z DOLと、R6COOHで示されるカルボン酸とをエステル化反応させることにより得られる。
【0069】
炭素膜の上に形成される潤滑剤層は、一般式(a)〜(e)で示される化合物に加えて、それ以外の成分、例えば、防錆剤、または従来公知の潤滑剤をさらに含む潤滑剤で形成してよい。その場合、一般式(a)〜(e)で示される化合物以外の成分が占める割合は、潤滑剤の全量中、20重量%未満であることが好ましく、10重量%未満であることがより好ましい。20重量%以上であると、良好な潤滑特性を磁気記録媒体に付与することができない場合がある。
【0070】
炭素膜の上に形成される潤滑剤層と、補強層の上に形成される潤滑剤層とを異なる潤滑剤で形成する場合、補強層の上に形成される潤滑剤層もまた、一般式(a)〜(e)で示される化合物以外の成分を含む潤滑剤で形成することが好ましい。それが占める好ましい割合は炭素膜の上に形成される潤滑剤層に関して説明した割合と同一である。
【0071】
潤滑剤層(4)中には、上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤が潤滑剤層の表面1m2当たり0.5〜30mg含まれることが好ましく、1.5〜15mg含まれることがより好ましい。潤滑剤層にこのような少量の化合物を均一に存在させるために、潤滑剤層(4)は次の方法で形成することが望ましい。
【0072】
潤滑剤層(4)は、常套の材料および手段を用いて非磁性支持体(1)の上に強磁性金属薄膜(2)および炭素膜(3)をこの順に形成した後、炭素膜(3)上に形成する。潤滑剤層(4)の形成工程は、潤滑剤を炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒の混合有機溶媒に溶解して塗布液を調製し、これを相対湿度が10〜40%の範囲内にある環境下で炭素膜(3)に塗布する工程を含む。
【0073】
本発明で使用できる炭化水素系溶媒は、例えばトルエン、ヘキサン、ヘプタン、およびオクタン等であり、本発明で使用できるアルコール系溶媒は、例えばメチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコールおよびイソプロピルアルコール等の低級アルコールである。混合有機溶媒は、具体的には、トルエンとイソプロピルアルコールの混合溶媒、ヘキサンとイソプロピルアルコールの混合溶媒、またはヘプタンとイソプロピルアルコールの混合溶媒であることが好ましい。アルコール系溶媒の割合が大きすぎると塗布ムラが生じやすく、一方、炭化水素系溶媒の割合が大きすぎると不経済であるため、両者は混合割合が重量比で1:9〜9:1の範囲、好ましくは3:7〜7:3の範囲となるように混合して使用することが好ましい。
【0074】
塗布液の濃度および塗布厚は、溶媒が蒸発した後に炭素膜(3)上に形成される潤滑剤層(4)の厚さが所望の厚さになるように選択する。一般には、潤滑剤の濃度が100ppm〜4000ppmである塗布液を、1μm〜50μmの厚みで塗布することが好ましい。
【0075】
塗布液は、相対湿度が10〜40%の範囲内にある環境下で塗布することが好ましい。相対湿度が10%未満では静電気が発生しやすく、また、そのような湿度の環境を作るための設備に費用がかかるという問題がある。相対湿度が40%を超えると塗布ムラが生じやすくなるという問題がある。
【0076】
潤滑剤層(4)は潤滑剤の種類等に応じて最適膜厚が決定され、その厚さは一般に3〜5nmである。塗布方法はバーコーティング法、グラビアコーティング法、リバースロールコーティング法、ダイコーティング法、ディピッング法およびスピンコート法等の湿式塗布法、ならびに有機蒸着法のいずれを採用してもよい。
【0077】
塗布液を塗布した後、乾燥処理して有機溶媒を蒸発させると、炭素膜(3)上に潤滑剤の層(4)が形成される。乾燥処理は加熱することにより、または自然乾燥によって実施することができる。そして、最終的に得られる潤滑剤層の厚さは3〜5nm程度とすることが好ましい。ただし、潤滑剤の組成等に応じて潤滑剤層の厚さの最適範囲が存在するため、潤滑剤層の厚さは必ずしもこの範囲に限定されるものではない。
【0078】
このように、特定の混合有機溶媒を用いて所定の相対湿度下で潤滑剤層を形成することにより、塗布ムラのない均一な厚さの潤滑剤層が得られ、しかも溶媒が最終的に蒸発した後には数nmという非常に薄い潤滑剤層を形成させることがでる。その結果、優れた潤滑性能を有する実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0079】
補強層(5)の上に形成される潤滑剤層(6)中に含まれる、上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤の好ましい量は、潤滑剤層(4)に含まれる潤滑剤のそれと同じである。したがって、潤滑剤層(6)もまた、潤滑剤層(4)と同様の方法で形成することが好ましい。尤も、前述のとおり、潤滑剤層(6)は潤滑剤層(4)中の潤滑剤の一部が移って固着することにより形成されたものであってよく、その場合、潤滑剤層(6)に含まれる潤滑剤の量は、上記好ましい範囲の下限値よりも小さくなることがある。
【0080】
続いて、本発明の磁気記録媒体を構成する非磁性支持体(1)、磁性層(2)および炭素膜(3)について説明する。
【0081】
本発明の磁気記録媒体においては非磁性支持体(1)の一方の面に補強層(5)を形成するため、厚さの小さい非磁性支持体(1)を使用することができる。非磁性支持体の厚さは、好ましくは5.0μm以下である。
【0082】
非磁性基板が長尺状である場合において、その長手方向のヤング率は好ましくは5.0GPa以上であり、幅方向のヤング率は好ましくは9.3GPa以上である。そのようなヤング率を有する長尺状の非磁性支持体を用いれば、磁気記録媒体の機械的強度を向上させることができる。
【0083】
上記の厚さおよびヤング率等を有する非磁性支持体としては、具体的には、ポリエチレンナフタレートから成るフィルム、およびポリアミドから成るフィルムがある。但し、非磁性支持体は、それらに限定されるものではなく、最終的に得ようとする製品に必要な機械的強度等に応じて任意に選択することができる。例えば、ポリエチレンテレフタレートから成るフィルムまたはポリイミドから成るフィルム、あるいはアルミ基板またはガラス基板を、非磁性支持体として使用してもよい。
【0084】
非磁性支持体(1)の磁性層(2)が形成される面(即ち、磁性層(2)と接する側の面)には、実用信頼性と良好なRF出力を両立するために、直径50〜700nm、高さ5〜70nmの突起形成処理が施されていることが好ましい。突起は、具体的には、例えば、SiO2、ZnO等の無機物質から成る超微粒子、あるいはイミド等の有機物質から成る超微粒子を非磁性支持体の表面に分散し固着させることにより形成され、あるいは、そのような微粒子を含む高分子材料をフィルムに成形することにより形成される。表面に突起を有する非磁性支持体の例は、特開平9−164644号公報および特開平10−261215号公報等に開示されている。
【0085】
磁性層(2)は強磁性金属薄膜であることが好ましい。強磁性金属薄膜は常套の材料および方法で形成することができる。
【0086】
磁性層に適した強磁性金属としては、Fe系金属、Co系金属、およびNi系金属がある。本発明において、磁性層はCo系金属で形成することが特に好ましい。ここで、「Co系金属」とは、コバルト、およびコバルトを主成分として好ましくは50原子%以上含む合金をいう。「Fe系金属」および「Ni系金属」も同様である。
【0087】
強磁性金属薄膜は、具体的には、Fe、CoおよびNi、ならびにCo−Ni、Co−Fe、Co−Cr、Co−Cu、Co−Pt、Co−Pd、Co−Sn、Co−Au、Fe−Cr、Fe−Co−Ni、Fe−Cu、Ni−Cr、Fe−Co−Cr、Co−Ni−Cr、Co−Pt−CrおよびFe−Co−Ni−Cr等の合金から選択される1または複数の材料で形成される。強磁性金属薄膜は酸素を含んでいてよく、酸素はこれらの金属または合金の酸化物の形態で含まれていてよい。強磁性金属薄膜は、単層膜の形態であってもよく、あるいは多層膜の形態であってもよい。
【0088】
強磁性金属薄膜はイオンプレーティング法、スパッタリング法または電子ビーム蒸着法等で形成することができる。強磁性金属薄膜を酸素雰囲気下で形成すれば、強磁性金属薄膜には酸素が含まれることとなる。強磁性金属薄膜の厚さは50nm〜300nmが一般的である。
【0089】
炭素膜(3)は、アモルファス状、グラファイト状もしくはダイヤモンド状の炭素から成る炭素膜、あるいはそれらの炭素を混合および/または積層して形成した炭素膜である。炭素膜(3)は、ビッカース硬度が約2.45×104N/mm2(約2500kgf/mm2)と高く、保護層として、磁気記録媒体のダメージを潤滑剤層(4)と共に防止する。実用信頼性と出力とのバランスを考慮すれば、その厚さは10〜20nmであることが好ましい。炭素膜(3)もまた、公知の材料および方法を用いて形成することができ、例えば、炭化水素ガスのみ、あるいは炭化水素ガスと不活性ガスとの混合ガスを用いたプラズマCVD法により形成できる。
【0090】
炭素膜(3)は、非磁性支持体(1)上に磁性層(2)を形成した後、磁性層(2)の上に形成される。具体的には、真空容器中に炭化水素ガスまたは炭化水素ガスとアルゴン等の不活性ガスの混合ガスを導入し、容器内の圧力を1.33×10−1〜1.33×102Pa(0.001〜1Torr)に保った状態で真空容器内部で放電を発生させ、炭化水素ガスのプラズマを発生させて炭素膜(3)を磁性層(2)上に形成させる。放電形式は外部電極方式および内部電極方式のいずれでもよく、放電周波数は実験的に決めることができる。また、非磁性支持体(1)側に配置される電極に0KVから−3KVの電圧を印加することによって、炭素膜(3)の硬度を増大させることができ、また、炭素膜(3)と磁性層(2)との密着性を向上させることができる。炭化水素ガスとしては、メタン、エタン、プロパン、ブタン、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタンまたはベンゼン等を用いることができる。
【0091】
硬質の炭素膜(3)を形成するためには、放電エネルギーを大きくすることが望ましく、併せて非磁性支持体(1)の温度を高温に維持することが望ましい。例えば、放電エネルギーは、交流電流(例えば高周波電流)と直流電流を重畳して実効値を600V以上にすることが望ましい。
【0092】
本発明においては、炭素膜(3)の表層部に含窒素プラズマ重合膜(図示省略)を形成し、潤滑剤層(4)が炭素膜の含窒素プラズマ重合膜上に形成されていることが好ましい。含窒素プラズマ重合膜が形成されることにより、炭素膜の表層部にアミノ基が存在することとなり、その結果、潤滑剤層と炭素膜との間の付着強度がより大きくなり、磁気記録媒体の耐久性がより向上することとなる。そして、潤滑剤層に特定の含フッ素化合物を含有させることと相俟って、電磁変換特性が損なわれることなく優れた潤滑性能を有する走行耐久性が向上した実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0093】
含窒素プラズマ重合膜は、真空容器中にプロピルアミン、ブチルアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミンまたはテトラメチレンジアミン等のアミン化合物をガス化して導入し、容器内の圧力を1.33×10−1〜1.33×102Pa(0.001〜1Torr)に保った状態で真空容器内部に高周波放電を生じさせて形成する。含窒素プラズマ重合膜を形成することにより上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤の化学吸着力が向上し、その結果、潤滑剤層と炭素膜との間の付着強度が向上する。含窒素プラズマ重合膜の膜厚は3nm未満が適当であり、これよりも含窒素プラズマ重合膜が厚い場合には炭素膜の保護効果が低下する。炭素膜の表層部に含窒素プラズマ重合膜を形成する方法は、米国特許第5,540,957号および第5,637,393号に開示されており、この引用によりこれらの特許に開示された内容は本明細書の一部を構成する。
【0094】
【実施例】
次に、本発明の具体的な実施例を説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0095】
(実施例1)
図1に示すような磁気記録媒体を作製した。
非磁性支持体(1)として、幅が500mm、厚さが4.2μmであって、表面に高さが30nm、直径が200nmの突起が1mm2あたり105〜109個形成されたポリエチレンナフタレートフィルムを使用した。このフィルムの長手方向のヤング率は5.5GPa、幅方向のヤング率は9.9GPaであった。突起の数はSTM分析で測定した値である。この非磁性支持体(1)をベルト状冷却回転支持体上で走行させながら、表面に酸素を導入する斜方真空蒸着法によりCoから成る厚さ約180nmの強磁性金属薄膜(2)を磁性層として形成した。
【0096】
次いで、非磁性支持体(1)の強磁性金属薄膜(2)を形成した面とは反対側の面に、オーステナイト系ステンレス鋼SUS303を用いて、蒸着法により厚さ約300nmの補強層(5)を形成した。蒸着は、真空槽内の圧力を1.33×10−2Pa(10−4Torr)とし、非磁性支持体をキャン状冷却回転支持体に沿って50m/分で走行させながら、電子銃(出力70kW)によりるつぼ内のステンレス鋼を蒸発させて実施した。
【0097】
次に強磁性金属薄膜(2)上に、プラズマCVD法により厚さ15nmの炭素膜(3)を形成した。炭素膜は、真空容器中にヘキサンガスとアルゴンガスとを4:1の比(圧力比)で混合したガスを導入し、トータルガス圧を4.0×101Pa(0.3Torr)に保ちながら、周波数20KHz、電圧1500Vの交流と1000Vの直流を重畳し、これを放電管内の電極に印加することにより形成した。さらに、炭素膜(3)上にプロピルアミンガスを導入し、6.67Pa(0.05Torr)の圧力を保った状態で10KHzの高周波プラズマ処理を行ない、炭素膜(3)の表層部に厚さ2.5nmの含窒素プラズマ重合膜を形成した。
【0098】
次に、下記の化学式(a1)で示される化合物、および化学式(c1)で示される化合物をモル比で7:3となるように配合した潤滑剤組成物を、イソプロピルアルコールとトルエンとを重量比で1:1となるように混合した混合有機溶媒にその濃度が2000ppmとなるように溶解して塗布液を調製した。そしてこの塗布液を、23℃、30%RH環境下で、リバースロールコータを用いて湿式塗布法で厚さ4μmとなるように塗布した後、乾燥した。最終的に炭素膜(3)上には、1m2あたり5mgの潤滑剤組成物が含まれる、厚さ4nmの潤滑剤層(4)が形成された。
【0099】
【化19】
【0100】
【化20】
【0101】
以上のようにして作製したテープ素材をスリッタで6.35mm幅に裁断して6.35mm幅の磁気テープ試料(全厚4.7μm、80分長)を作製した。得られた磁気テープ試料において、補強層(5)がその表面に不動態皮膜を有することをX線光電子分光法により確認した。
【0102】
(実施例2〜9)
補強層をそれぞれ、下記のステンレス鋼で形成したこと以外は実施例1と同様の方法で磁気テープ資料を作製した。いずれの磁気テープ試料についてもX線光電子分光法により、補強層がその表面に不動態皮膜を有することを確認した。
実施例2:オーステナイト系ステンレス鋼SUS301;
実施例3:オーステナイト系ステンレス鋼SUS302;
実施例4:オーステナイト系ステンレス鋼SUS304;
実施例5:オーステナイト系ステンレス鋼SUS305J1;
実施例6:オーステナイト系ステンレス鋼SUS308;
実施例7:オーステナイト系ステンレス鋼SUS350;
実施例8:オーステナイト系ステンレス鋼SUS316;
実施例9:オーステナイト系ステンレス鋼SUS317。
【0103】
(実施例10〜12)
補強層の厚さを、それぞれ下記の厚さとしたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
実施例10:約50nm
実施例11:約80nm
実施例12:約800nm
【0104】
(実施例13)
図2に示す態様の磁気記録媒体を作製した。非磁性支持体(1)として、実施例1で使用したものと同じフィルムを使用し、磁性層(2)、炭素膜(3)および補強層(5)は、実施例1と同様にして形成した。潤滑剤層(4)は、潤滑剤を含む塗布液の濃度を1600ppmとしたこと以外は実施例1と同様にして形成した。
【0105】
次に、潤滑剤層(4)を形成するのに用いた潤滑剤および混合有機溶媒と同じものを使用して、濃度400ppmの塗布液を調製した。この塗布液を用いて、潤滑剤層(4)を形成した際の手順と同様の手順で補強層(5)の上に潤滑剤層(6)を形成した。潤滑剤層(6)は、補強層の表面に不動態皮膜が形成されていることを確認してから、不動態皮膜の表面に形成した。最終的に補強層(5)上には、1m2あたり1mgの潤滑剤を含む、厚さ1nmの潤滑剤層(6)が形成された。
【0106】
以上のようにして作製したテープ素材をスリッタで6.35mm幅に裁断して6.35mm幅の磁気テープ試料(全厚4.7μm、80分長)を作製した。
【0107】
(実施例14)
炭素膜(3)の表層部に含窒素プラズマ重合膜を形成する工程を省略したこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0108】
(実施例15)
非磁性支持体として、厚さ4.0μm、長手方向のヤング率が10.5GPa、幅方向のヤング率が15.5GPaであり、表面に高さが30nm、直径が200nmの突起が1mm2あたり105〜109個形成されたポリアミドフィルムを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0109】
(実施例16)
非磁性支持体として、厚さ4.5μm、長手方向のヤング率が4.4GPa、幅方向のヤング率が6.3GPaであり、表面に高さが30nm、直径が200nmの突起が1mm2あたり105〜109個形成されたポリエチレンテレフタレートフィルムを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0110】
(実施例17〜実施例26)
実施例17〜21ではそれぞれ化学式(a2)〜(a6)で示される化合物を、実施例22〜26ではそれぞれ化学式(b1)〜(b5)で示される化合物を使用し、それらの各化合物、および化学式(c1)で示される化合物をモル比が7:3の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料をそれぞれ作製した。
【0111】
【化21】
【化22】
【化23】
【化24】
【化25】
【0112】
【化26】
【化27】
【化28】
【化29】
【化30】
【0113】
(実施例27〜実施例37)
実施例27〜32ではそれぞれ化学式(a1)〜(a6)で示される化合物を、実施例33〜37ではそれぞれ化学式(b1)〜(b5)で示される化合物を使用し、それらの各化合物、および下記化学式(d1)で示される化合物をモル比で7:3の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料をそれぞれ作製した。
【化31】
【0114】
(実施例38〜実施例48)
実施例38〜43ではそれぞれ化学式(a1)〜(a6)で示される化合物を、実施例44〜48ではそれぞれ化学式(b1)〜(b5)で示される化合物を使用し、それらの各化合物、および下記化学式(e1)で示される化合物をモル比で7:3の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料をそれぞれ作製した。
【化32】
【0115】
(実施例49〜52)
化学式(a1)で示される化合物、および化学式(e1)で示される化合物をモル比でそれぞれ下記の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
実施例49: a1:e1=1:9、
実施例50: a1:e1=3:7、
実施例51: a1:e1=5:5、
実施例52: a1:e1=8:2。
【0116】
(実施例53〜56)
化学式(b1)で示される化合物、および化学式(e1)で示される化合物をモル比でそれぞれ下記の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
実施例53: b1:e1=1:9、
実施例54: b1:e1=3:7、
実施例55: b1:e1=5:5、
実施例56: b1:e1=8:2。
【0117】
(実施例57)
潤滑剤層の形成工程においてイソプロピルアルコールおよびトルエンを重量比で8:1の割合で混合した混合有機溶媒を用いたこと以外は、実施例4と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0118】
(実施例58)
潤滑剤層の形成工程においてイソプロピルアルコールおよびトルエンを重量比で1:8の割合で混合した混合有機溶媒を用いたこと以外は、実施例4と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0119】
(比較例1)
補強層の厚さを約1.2μmとしたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0120】
(比較例2)
ステンレス鋼薄膜を形成せずに、非磁性支持体の磁性層が形成された面とは反対の面に、ポリウレタン、ニトロセルロースおよびカーボンブラックを含む固形分30%のメチルエチルケトン/トルエン/シクロヘキサノン溶液をリバースロールコータにより塗布して、乾燥後の厚さが約500nmのバックコート層を形成したこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0121】
(比較例3)
実施例1で使用した2成分系の潤滑剤組成物に代えて、公知の潤滑剤である下記化学式(x1)で示される化合物のみを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【化33】
【0122】
(比較例4)
実施例1で使用した2成分系の潤滑剤組成物に代えて、公知の潤滑剤である下記化学式(x2)で示される化合物のみを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【化34】
【0123】
(比較例5)
非磁性基板として、厚さ4.2μm、長手方向のヤング率が9.7GPa、幅方向のヤング率が5.6GPaであり、表面に高さが30nm、直径が200nmの突起が1mm2あたり105〜109個形成されたポリエチレンナフタレートフィルムを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0124】
(比較例6)
潤滑剤層の形成工程において、潤滑剤を溶解する溶媒として、イソプロピルアルコールおよびトルエンを混合した混合有機溶媒に代えて、イソプロピルアルコールのみを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0125】
(比較例7)
潤滑剤層の形成工程において、潤滑剤を溶解する溶媒として、イソプロピルアルコールおよびトルエンを混合した混合有機溶媒に代えて、トルエンのみを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0126】
(比較例8)
潤滑剤層の形成工程において、23℃、55%RH環境下において、塗布液をリバースロールコータを用いて湿式塗布法で塗布したこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0127】
(比較例9)
補強層を、炭素鋼SS400(C:0.19重量%、Si:0.22重量%、Mn:0.84重量%、P:0.014重量%、S:0.021重量%)を用いて形成したこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。補強層は、実施例1と同様の方法で蒸着法により形成し、厚さは約300nmとした。この炭素鋼は不動態化しにくいものであり、したがって、この比較例において、補強層は、その表面に不動態皮膜を有しなかった。
【0128】
実施例1〜58および比較例1〜9で得られた6.35mm幅の磁気テープ試料について、それぞれ以下に示す評価試験(1)および(2)を実施した。それぞれの試験結果を、表1〜表6に示す。
【0129】
(1)走行性試験
直径2mm、表面粗さ0.2Sに研磨したステンレス鋼(SUS303)円柱に、補強層を内側にして、90°の抱き角で巻き付け、入側張力を9.8×10−2Nとし、18.8mm/秒で往復走行させる。300パス走行後の出側張力を測定し、次式(オイラーの式)から摩擦係数を算出した。測定環境は3℃、80%RHである。
【数2】
μ=[ln(出側張力/入側張力)]・2/π
【0130】
(2)走行耐久性試験
▲1▼出力低下
RF(高周波)出力測定用に改造した市販デジタルVTR(松下電器産業(株)製、NV−DJ1)を用い、各6.35mm幅テープ試料を3℃、80%RHの環境下で300パス、400時間繰り返し再生した後のRF出力変化を測定した。RF出力変化は、試験前に対する試験後の変化をデシベル表示で示した。
【0131】
▲2▼ヘッド目詰まり
上記▲1▼の繰り返し再生を実施している間に、再生中のRF出力からヘッド目詰まりを測定した。この繰り返し再生中、RF出力が6dB以上低下したときにヘッド目詰まりが発生したものとし、そのような低下が測定された時間を合計した時間をヘッド目詰まりとした。
【0132】
▲3▼テープダメージ
テープダメージは、上記▲1▼の出力低下を測定した後のテープの変形、テープの磁性層側表面の走行傷等を目視観察および微分干渉顕微鏡で状態観察し、5段階で評価した。評価基準は次のとおりである。
5:実用上全く問題ない。
4:実用上問題ない。
3:実用可能であるが、改善が必要である。
2:テープダメージがひどく、実用性は殆どない。
1:テープダメージがあまりにもひどく、実用性は全くない。
【0133】
▲4▼走行系粉付着
走行系粉付着は、上記▲1▼の出力低下を測定した後に、テープ走行系のポストおよび、固定ドラムの汚れ(粉付着の状態)を目視観察し、5段階で評価した。評価基準は次のとおりである。
5:実用上全く問題ない。
4:実用上問題ない。
3:実用可能であるが、粉付着があり、改善が必要である。
2:粉付着がひどく、実用性は殆どない。
1:粉付着があまりにもひどく、実用性は全くない。
【0134】
走行耐久性試験後のテープ試料表面(磁性層側表面)の潤滑剤の残存量を測定するために、走行耐久性試験前後にX線光電子分光法(XPS)(パーキンエルマーPHI社製 5400MC)によりフッ素原子を分析し、その試験前後の強度の比率から、残存量を算出した。
【0135】
【表1】
【0136】
【表2】
【0137】
【表3】
【0138】
【表4】
【0139】
【表5】
【0140】
【表6】
【0141】
上記表1〜表6から明らかなように、比較例1〜9との比較において、実施例1〜58で得た磁気テープはいずれも、▲1▼テープダメージの問題が発生しない、▲2▼走行系の粉付着が少ない、▲3▼ヘッド目詰まりが少ない、▲4▼出力低下が小さい、▲5▼潤滑剤の残存量が多い(即ち、使用中の潤滑剤の飛散が少ない)、▲6▼摩擦係数が低い、という優れた特性を有するものであった。
【0142】
実施例1〜58で得た磁気テープは、補強層の厚さが1.0μmよりも厚い比較例1、従来の塗布型のバックコート層を形成した比較例2と比較して、優れた走行性および走行耐久性を示していた。このように、ステンレス鋼薄膜から成る特定の厚さの補強層を形成した実施例1〜58の各磁気テープ試料は、走行性および走行耐久性、特にテープダメージ、ヘッド目詰まり、走行系粉付着等の点で明らかに優れている。また、実施例1〜58は、不動態皮膜を有しない補強層を形成した比較例9と比較しても、優れた走行性および走行耐久性を示した。この結果は、金属から成る補強層のうち、表面に不動態皮膜を有するものは、炭素膜上に形成された潤滑剤層の潤滑剤を補強層表面に吸着させやすく、それにより補強層側表面の潤滑特性が向上することを示す。
【0143】
実施例1〜58で得た磁気テープは、従来公知の化合物で潤滑剤層を形成した比較例3〜4で得た磁気テープと比較して、優れた走行性および走行耐久性を示した。このことは、従来公知の化合物は、補強層の不動態皮膜に付着しにくく、したがって、比較例3〜4においては、炭素膜上に形成された潤滑剤層中の潤滑剤によって、補強側表面の潤滑特性、ひいては磁気記録媒体の走行性および走行耐久性が実施例1〜58ほど向上され得ないことを示している。
【0144】
比較例5の磁気テープは、実施例1で使用した非磁性支持体と同じ厚さを有するが、幅方向のヤング率が小さい非磁性支持体を使用して製造したものである。比較例5の走行耐久性は実施例1のそれに比べて劣っている。この結果は、実施例1および比較例5で使用した非磁性支持体の材料および厚さが同じであることを考慮すれば、非磁性支持体の幅方向のヤング率が、磁気記録媒体の走行耐久性に対して大きな影響を及ぼすことを示している。
【0145】
実施例1と比較例6および7から、潤滑剤を炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合有機溶媒に溶解して調製した塗布液を炭素膜(3)上に塗布して潤滑剤層(4)を形成することにより、走行耐久性および走行性等の実用信頼性の点で優れた磁気テープ試料を安定して作製できることが判る。また、潤滑剤を含む塗布液を高い湿度の下で塗布した比較例8の磁気テープは、実施例1と同じ潤滑剤を使用しているにもかかわらず、走行耐久性および走行性はともに劣り、高湿度下での塗布が望ましくないことを示している。
【0146】
補強層の厚さを薄くした実施例10および実施例11の磁気テープは、殆どの試験について、実施例1の磁気テープよりも優れた結果を示した。この結果は、0.05〜1μmの範囲内において、ステンレス鋼の補強層はより薄いことが好ましいことを示している。
【0147】
潤滑剤の飛散は、補強層の上に、炭素膜の上に形成される潤滑剤層とは別に、独立した工程で潤滑剤層を形成することによって、より有効に抑制されることが、実施例13の結果より判る。
【0148】
実施例14で得た磁気テープは、実施例1と同様にして潤滑剤層を形成したが、炭素膜(3)上に含窒素プラズマ重合膜を形成しなかったものである。実施例14で得た磁気テープの走行耐久性等は実施例1のそれらに比べてやや劣っている。このことは含窒素プラズマ重合膜が磁気テープの潤滑性能の向上に寄与していることを示している。
【0149】
実施例1〜58では、潤滑剤層(4)の形成工程において湿式塗布法であるリバースロールコーティング法を用いたが、有機蒸着法によっても同様の作用効果を有する潤滑剤層(4)を形成することが可能である。
【0150】
上記において本発明の磁気記録媒体およびその製造方法を市販デジタルVTR用テープに適用した実施例を説明したが、本発明の磁気記録媒体およびその製造方法はこれに限定されるものではなく、データストレージ用のテープ等、他の金属薄膜型磁気テープや塗布型磁気テープ等についても適用できるものである。
【0151】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の磁気記録媒体は、非磁性支持体の磁性層が形成された面とは反対側の面に補強層として、表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜を有すること、ならびに磁性層上に形成された炭素膜上に特定の含フッ素化合物が二種類以上組み合わされて成る組成物を含む潤滑剤層を有することを特徴とする。ステンレス鋼薄膜から成る補強層は磁気記録媒体の剛性を向上させ、補強層表面の不動態皮膜は、炭素膜上に形成された潤滑剤層中の潤滑剤を良好に付着させる。したがって、本発明の磁気記録媒体が、磁性層側表面と補強層側表面とが接触した状態で保管されるものである場合には、炭素膜上の潤滑剤層に由来する潤滑剤が補強層側表面に移って付着することと、補強層の補強効果とが相俟って、磁気記録媒体の走行性および走行耐久性をより向上させる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の磁気記録媒体の一態様である金属薄膜型磁気テープの模式的断面図である。
【図2】本発明の磁気記録媒体の一態様である金属薄膜型磁気テープの模式的断面図である。
【符号の説明】
1 非磁性支持体
2 強磁性金属薄膜(磁性層)
3 炭素膜
4 潤滑剤層
5 補強層
6 潤滑剤層
10,20 磁気記録媒体
【発明の属する技術分野】
本発明は、高密度磁気記録に適した磁気記録媒体ならびにその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、磁気記録の分野においては、記録および再生機器のデジタル化、小型化、および使用時間の長時間化等の高性能化に伴い、それに適した高密度磁気記録媒体の開発が活発に行なわれている。最近では、塗布型磁気記録媒体に代わって、短波長記録に極めて有利な金属薄膜型磁気記録媒体が高密度磁気記録媒体として実用化されている。一般に、金属薄膜型磁気記録媒体とは、非磁性支持体上に記録層として強磁性金属薄膜からなる磁性層を設け、磁性層上に保護膜および潤滑剤層を設けたテープおよびディスク等をいう。
【0003】
金属薄膜型磁気テープ(「MEテープ」とも呼ぶ)の中でも特に、コバルト系金属の斜方蒸着膜を磁性層として非磁性支持体(通常、ポリマー基板)上に形成し、さらに当該磁性層の上に例えばダイヤモンドライクカーボン(DLC)で保護膜を形成したものは、電磁変換特性、保存性、および実用信頼性等において優れた特性を示すことが知られている。現在、MEテープはデジタル映像記録機器であるDV方式のムービー等に使用され、また、コンピュータのデータストレージ用テープとしても用いられている。MEテープの磁性層は真空蒸着により形成されるため、その厚さは一般に小さい。したがって、MEテープは従来の塗布型テープよりもテープ全体の厚さが小さいという特徴を有する。この特徴により、MEテープは塗布型テープよりも所定寸法のパッケージにより多く装填され得るから、MEテープは上記の特性に加え、大容量記録を可能にするという利点をも有する。
【0004】
しかし、磁気テープの性能向上に関する要求は厳しく、MEテープにも更なる改善が必要とされている。例えば、DV方式のムービー等に使用するMEテープは、MEテープを収納するビデオカセットの小型化に伴い、より小型で、より長時間記録が可能であることが常に望まれている。また、近年の情報量の増大化に伴い、データストレージ機器で使用するMEテープに対しては更なる大容量化が望まれている。
【0005】
これらの要求に応えるために、MEテープをより薄くすることが試みられている。MEテープのような磁気テープの厚さを薄くする最も効果的な方法は、磁気テープの厚さの多くを占める非磁性支持体、即ちポリマー基板の厚さを薄くすることである。しかし、非磁性基板の厚さを小さくすると、剛性が低下しやすく、実用上、次のような問題が生じる場合がある。
【0006】
第1に走行耐久性が十分でないという問題がある。走行耐久性が十分でないとは、具体的には、テープを繰り返し走行させたときに、テープ折れ、テープ変形(例えば、テープ幅方向の端部におけるワカメ状の変形)、およびテープ破断が生じやすいことを意味する。走行耐久性が不十分であると再生信号が不安定になる傾向にある。
【0007】
テープに折れおよび変形等が生じる理由を、デジタルビデオカメラで磁気テープを走行させる場合を例に挙げて説明する。デジタルビデオカメラにおいて、磁気テープはドライブの各種ポストに対して一定の角度で巻き付けられて走行し、さらに、各種ポストの高さ方向の位置を規制するために設けられた下側規制ポストおよび上側規制ポストの一部に沿って走行する。下側規制ポストまたは上側規制ポストにおいて、磁気テープは、一方の表面ならびに一方の側面(エッジ面)がポストと摺動している状態にある。ポストと摺動している面のうち、側面はポストとの接触面積が極めて小さい。そのため、磁気テープの剛性が小さいと、磁気テープはポストとの摺動中に側面に加わる力に対して十分に抗し得ず、その結果、テープの折れおよび変形等が生じ、最悪の場合にはテープが破断する。
【0008】
第2に、エンベロープ不良が発生するという問題がある。エンベロープ不良は、テープ状の磁気記録媒体と磁気ヘッドとの接触状態が不良であることに起因して生じる。エンベロープ不良は、再生信号の品質低下をもたらす。
【0009】
これらの問題を回避する方法の1つとして、剛性の大きいポリマー基板を使用することが挙げられる。通常、ポリマー基板としてはポリエチレンテレフタレートのフィルムを使用する場合が多い。これを、例えば、剛性のより大きいポリエチレンナフタレートまたはポリアミドのフィルムとすることで、厚さを小さくすることが可能となる。例えば、デジタルビデオカメラ用のMEテープを製造する場合、ポリエチレンテレフタレートを基板として用いると、テープの全厚は7μm程度となり、所定寸法のパッケージに60分記録が可能な長さのテープを収容できる。一方、ポリエチレンナフタレートまたはポリアミドを基板として用いると、テープの全厚は5.4μm程度となるため、同寸法のパッケージに80分記録が可能な長さのテープを収容できる。
【0010】
このように、非磁性支持体の素材を適宜選択することによって、テープをある程度薄くし得るが、更に薄い磁気テープを提供することを目的として、あるいは曲げ剛性は小さいがコスト的に有利な汎用素材から成るポリマー基板を用いて薄い磁気テープを製造することを目的として、非磁性支持体の磁性層が形成されている面とは反対側の面に、補強層(バックコート層とも称される)を形成して剛性を確保することが予てより提案されている。例えば、特開平10−27328号公報では、非磁性支持体の一方の面に強磁性金属薄膜層が形成され、他方の面にAl、Si等からなるバックコート層を設けた磁気記録媒体が提案されている。特開平11−283234号公報では、非磁性支持体の一方の面に強磁性金属薄膜が形成され、他方の面にCu、Al、Ni、Crおよびこれらの合金から成る金属薄膜等を設けた磁気記録媒体が提案されている。
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
このようにテープ状の磁気記録媒体をより薄くするために、予てより種々の手段が提案および採用されている。しかしながら、先にも述べたように、磁気記録媒体の性能向上は常に望まれており、従来の磁気テープに対しては、特に変形、即ち走行耐久性の点において一層の改善が望まれている。
【0012】
本発明はかかる実情に鑑みてなされたものであり、薄型化され、かつ、優れた走行性耐久性および電磁変換特性を有する磁気記録媒体およびその製造方法を提供することを課題とする。この課題を解決するための手段を以下に説明する。
【0013】
以下の説明を含む本明細書において、磁気記録媒体の構成に関して、磁気記録媒体を構成する各層または膜の「表面」とは、各層または膜が形成されたときに露出している面、即ち、各層または膜の非磁性支持体から遠い側の面を意味する。磁気記録媒体の構成に関して、磁気記録媒体を構成する各層または膜の「上に」というときは、特に断りのない限り、各層または膜の「非磁性支持体から遠い側の面の上に」を意味する。したがって、例えば、「磁性層の上に」というときは、「磁性層の非磁性支持体から遠い側の面に隣接する位置に」を意味する。反対に、「磁性層の下に」というときは、「磁性層の非磁性支持体に近い側の面に隣接する位置に」を意味する。
【0014】
また、磁気記録媒体の「磁性層側表面」および「補強層側表面」とは、それぞれ非磁性支持体の2つの面を基準としたときに磁性層および補強層が形成された側の磁気記録媒体の露出表面をいう。したがって、例えば、非磁性支持体の一方の面に形成された磁性層の上に炭素膜および潤滑剤層が形成されている場合には、潤滑剤層の露出表面が「磁性層側表面」に相当する。非磁性支持体の他方の面に形成された補強層の上に別の層(例えば潤滑剤層)が形成されているときは、その別の層の露出表面が「補強層側表面」に相当する。
【0015】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するため、本発明は、非磁性支持体、非磁性支持体の一方の面に形成された磁性層、磁性層の上に形成された炭素膜、および炭素膜の上に形成された潤滑剤層、ならびに非磁性支持体の他方の面に形成された補強層を有する磁気記録媒体であって、
当該補強層が表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜であり、
当該潤滑剤層が、
I)分子内にパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基と、アルキル基またはアルケニル基とを有する、一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびに
II)分子内にパーフルオロポリエーテル鎖を有し、一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤:
【化6】
(式中、R1はアルキル基またはアルケニル基を示し、R2はパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基を示し、aは0〜20の整数であり、bは0または1である)
【化7】
(式中、R3はアルキル基またはアルケニル基を示し、R4はパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基を示し、R5は−O−または−S−を示し、cは0〜20の整数であり、dは0または1である)
【化8】
(式中、e、gは1以上の整数である)
【化9】
(式中、i、jは1以上の整数である)
【化10】
(式中、k、mは1以上の整数であり、R6は炭素数4〜22のアルキル基である)
を含む磁気記録媒体を提供する。
【0016】
本発明の磁気記録媒体は、その補強層が、表面に不動態皮膜を有するステンレス薄膜であること、ならびに炭素膜の上に形成された潤滑剤層が特定の二種以上の含フッ素化合物を含むことを特徴とする。ステンレス鋼薄膜は、後述のように、優れた補強効果を奏する。上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤は、後述のように、炭素膜に良好に付着して、磁気記録媒体の潤滑特性を向上させる。また、補強層の表面の不動態皮膜には、上記I)群の化合物が吸着しやすい。そのため、本発明の磁気記録媒体が、テープ状磁気記録媒体(例えばMEテープ)のように、補強層側表面と磁性層側表面とが接するように製造および保管されると、その間に磁性層側表面の潤滑剤層が補強層側表面に固着し、補強層側表面にも潤滑剤が付着した状態が得られる。それにより、補強層側表面も良好な潤滑特性を示し、磁気記録媒体の性能向上に寄与する。このように、特定の金属材料から成る補強層と、特定の化合物を含む潤滑剤層とを組み合わせることによって、走行耐久性および潤滑特性がより向上した、実用信頼性の高い磁気記録媒体を得ることができる。
【0017】
補強層を構成するステンレス鋼薄膜は剛性および靭性が大きいため、磁気記録媒体において優れた補強効果を奏する。具体的には、ステンレス鋼薄膜が存在することによって磁気記録媒体の曲げ剛性および捩り剛性が大きくなるので、走行中、磁気記録媒体を変形させようとする力(例えば、曲げようとする力)が加えられても、その力に抗し得る。その結果、例えば、磁気記録媒体が上側または下側規制ポストに沿って進行し、その側面に大きな力が加わる場合でも、磁気記録媒体に変形や折れが生じにくくなり、それらに起因する走行耐久性の低下が有効に抑制される。さらに、磁気記録媒体の曲げ剛性および捩り剛性が大きくなることによって磁気記録媒体と磁気ヘッドとの当たりが良好となるので、本発明の磁気記録媒体は優れたエンベロープ特性を示す。
【0018】
ステンレス鋼薄膜は広範囲な環境条件下で不動態化する。これはステンレス鋼の主要成分のFe、Cr、Niがいずれも不動態化し、しかも各不動態化領域が異なることによる。各成分は補い合って広範囲の不動態化領域を形成し(即ち、ステンレス鋼が不動態化する環境条件の範囲を広くし)、その結果、ステンレス鋼は種々の環境条件において優れた耐食性を示す。不動態化したステンレス鋼薄膜の表面には酸化物が生成され、その厚さは1.5nm〜10nmと推定される。
【0019】
ステンレス鋼は、特別な処理を施さなくとも酸素あるいは水分の作用により自然に不動態化する。即ち、自己不動態化する。したがって、不動態皮膜は、ステンレス鋼薄膜を形成した後、当該薄膜を空気中に例えば3〜6日間放置することにより生成される。不動態皮膜の生成に要する時間は、例えば高湿度雰囲気中に保存することにより短縮される。ステンレス鋼薄膜の表面に存在する不動態皮膜には、前述の一般式(a)および(b)で示される化合物のようなカルボキシル基を有する潤滑剤が吸着しやすい。したがって、前述のように、表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜は、炭素膜上に形成される、上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤層と組み合わせることによって、磁気記録媒体の走行性および走行耐久性をより向上させる。
【0020】
ステンレス鋼薄膜はさらに非磁性体であることを要する。ステンレス鋼薄膜が磁性体であると、磁性層の磁性に悪影響を及ばす場合があり好ましくない。
【0021】
ステンレス鋼薄膜を構成するステンレス鋼は、常套のステンレス鋼、例えば、オーステナイト系、マルテンサイト系およびフェライト系ステンレス鋼から適宣選択される。ステンレス鋼は、具体的には、C(炭素)に加えてCrを含み、さらに必要に応じてNi、Mn、Mo、SiおよびPから選択される1または複数の成分を含む。Crの添加率は一般に10〜30重量%、Niの添加率は0〜23重量%である。本発明においては、磁気記録媒体の走行安定性および耐食性の点からCrおよびNiを含む非磁性オーステナイト系ステンレス鋼が特に好ましく用いられる。
【0022】
ステンレス鋼薄膜の厚さは0.05〜1.0μmであることが好ましい。ステンレス鋼薄膜の厚さが0.05μm未満であると補強効果を得ることができず、1.0μmを超えるとクラックが生じやすくなる。
【0023】
炭素膜の上に形成される潤滑剤層は、I)分子内にパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基と、アルキル基またはアルケニル基とを有する、上記一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびに
II)分子内にパーフルオロポリエーテル鎖を有し、上記一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含んで成るものである。
【0024】
この潤滑剤は、
I)一般式(a)および(b)で示される含フッ素モノカルボン酸から選択される少なくとも1種類の化合物、ならびに
II)極性基が両末端に結合したパーフルオロポリエーテル系化合物、即ち、一般式(c)で示される両末端に水酸基が結合したパーフルオロポリエーテル系化合物、一般式(d)で示される両末端にカルボキシル基が結合したパーフルオロポリエーテル系化合物、および一般式(e)で示される両末端にアシルオキシル基が結合したパーフルオロポリエーテル系化合物から選択される少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤組成物であるといえる。
【0025】
炭素膜の上に形成された潤滑剤層がI)群から選択される化合物を含むことにより、潤滑剤層の炭素膜への付着強度が向上し、かつ優れた潤滑性能が磁気記録媒体に付与される。II)群から選択される化合物を潤滑剤の構成成分とすることにより、磁気記録媒体を使用している間に飛散する潤滑剤の量がさらに少なくなるという利点がもたらされる。したがって、この特定の潤滑剤を含む潤滑剤層によれば、電磁変換特性が損なわれることなく、向上した走行耐久性を有し、また、使用中の潤滑剤の飛散が極めて少ない、実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0026】
また、I)群から選択される化合物は、ステンレス鋼薄膜の表面の不動態皮膜にも良好に付着するので、これを含む潤滑剤層が補強層の表面に接触した状態(例えば磁気テープを巻回した状態)にて保管するだけで、潤滑剤層中の潤滑剤の一部を補強層の表面に固着させることができる。その結果、磁気記録媒体は、補強側表面にも僅かな量の潤滑剤が付着した状態にて使用されることとなるため、優れた走行性および走行耐久性を示す。なお、このようにして補強層の上に付着する潤滑剤は僅かであり、潤滑剤層として明確に認識できないことがある。
【0027】
あるいは、本発明の磁気記録媒体は、炭素膜上に形成された潤滑剤層とは別に形成された潤滑剤層であって、上記I)群から選択される少なくとも1種類の化合物、および上記II)群から選択される少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含んで成る潤滑剤層を、補強層の上に有していてよい。炭素膜上に形成された潤滑剤層とは別に補強層の上に潤滑剤層を形成することによって、磁気記録媒体の走行性および走行耐久性がさらに向上し、また、使用中の潤滑剤の飛散がより抑制される。
【0028】
本発明の磁気記録媒体は金属薄膜型磁気記録媒体に好ましく適用できる。したがって、本発明の磁気記録媒体において磁性層は強磁性金属薄膜であることが好ましい。
【0029】
本発明の磁気記録媒体の好ましい態様においては、炭素膜がその表層部に含窒素プラズマ重合膜を有し、潤滑剤層が炭素膜の含窒素プラズマ重合膜上に形成されている。含窒素プラズマ重合により炭素膜の表層部にアミノ基が存在することとなり、その結果、潤滑剤層と炭素膜の間の付着強度がより大きくなり、磁気記録媒体の耐久性がより向上することとなる。さらに、潤滑剤層が上記特定の含フッ素化合物を含有する場合には、含窒素プラズマ重合膜と潤滑剤層とが相俟って、電磁変換特性が損なわれることなく走行耐久性が向上した、優れた潤滑特性を有する磁気記録媒体の提供を可能にする。かかる磁気記録媒体は、その実用信頼性が極めて高いものである。
【0030】
本発明の磁気記録媒体の好ましい態様において、非磁性支持体は長尺状であり、その厚さは5μm未満、その長手方向(長尺物の巻取り方向に相当)および幅方向のヤング率はそれぞれ5.0GPa以上および9.3GPa以上である。長尺状の非磁性支持体の長手方向および幅方向のヤング率は、それぞれ非磁性支持体の長手方向(「長さ方向」とも呼ぶ)および幅方向を引っ張り方向として引張試験し、次の式に基づいて算出される。
【数1】
E=(W・L)/(A・△l)
(式中、Eはヤング率(Pa)、Wは弾性限内の荷重(N)、Lは引張試験前の標線間距離(m)、Aは試料の引張試験前の断面積(m2)、△lは荷重Wにおける標線間伸び(m)を示す)
【0031】
非磁性支持体の厚さが5μmを超えると、得られる磁気記録媒体は十分に薄型化されたものであるとはいえない。また、非磁性支持体のヤング率を上記のように規定することにより、磁気記録媒体の長手方向および幅方向の機械的強度が向上する。その結果、磁気記録媒体の変形が有効に抑制されて走行耐久性が向上する。これらの厚さおよびヤング率の条件を満たす非磁性支持体としては、例えば、ポリエチレンナフタレートまたはポリアミドから成るフィルムがある。
【0032】
さらに、本発明は、炭素膜の上に形成される潤滑剤層が上記特定の潤滑剤を含んで成る磁気記録媒体の製造方法を提供する。
【0033】
本発明の磁気記録媒体の製造方法は、上記特定の潤滑剤を用いて、炭素膜の上に潤滑剤層を形成する工程に特徴を有する。それ以外の製造工程は、従来から磁気記録媒体の製造に用いられている工程であってよい。本発明の製造方法における潤滑剤層の形成工程は、炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合有機溶媒に上述の特定の潤滑剤を溶解して調製した塗布液を、相対湿度が10〜40%の範囲内にある環境下において炭素膜上に塗布し、混合有機溶媒を乾燥させる工程を含むことを特徴とする。
【0034】
炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒の混合有機溶媒を用い、潤滑剤を含む塗布液を特定の湿度条件下で塗布することにより、潤滑剤層と炭素膜との間の付着強度が向上し、かつ塗布ムラが極めて少ない均一な薄い潤滑剤層が形成され得る。よって本発明の製造方法によれば、優れた潤滑性能を有する実用信頼性の高い磁気記録媒体を得ることが可能である。
【0035】
本発明の磁気記録媒体が、炭素膜の上に形成される潤滑剤層とは別に補強層の上に形成された潤滑剤層を含む場合、上記本発明の製造方法は、補強層の上に潤滑剤層を形成する工程にも適用される。即ち、潤滑剤を上記混合有機溶媒に溶解して調製した塗布液を、上記湿度条件下で補強層上に塗布した後、混合有機溶媒を乾燥させる工程により、補強層の上に潤滑剤層が形成される。この場合にも、潤滑剤層と補強層との間の付着強度が大きく、かつ、塗布ムラの少ない、均一な薄い層が形成される。
【0036】
上記本発明の製造方法において、炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合割合は重量比で1:9〜9:1の範囲内にあることが好ましい。この範囲で両者を混合すると、塗布ムラが極めて少なくなる。この範囲で両者を混合することはまた、コスト面でも有利である。
【0037】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しながら説明する。
図1は本発明の磁気記録媒体の一態様である金属薄膜型磁気テープの断面図である。この磁気テープ(10)は、非磁性支持体(1)の一方の面に磁性層(2)としての強磁性金属薄膜、炭素膜(3)および潤滑剤層(4)がこの順に形成され、他方の面にステンレス鋼薄膜から成る補強層(5)が形成されたものである。したがって、その構造は、下から順に補強層(5)、非磁性支持体(1)、磁性層(2)、炭素膜(3)および潤滑剤層(4)が積層された構造となっている。図示していないが、補強層(5)はその表面(即ち、非磁性支持体と接していない側の面)に不動態皮膜を有する。
【0038】
本発明の磁気記録媒体において、補強層(5)は、表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜である。ステンレス鋼薄膜は非磁性オーステナイト系ステンレス鋼薄膜であることが好ましい。ステンレス鋼薄膜を構成するのに適したステンレス鋼は、具体的には、SUS303、SUS301、SUS302、SUS304、SUS305J1、SUS308、SUS350、SUS316、SUS317等である。
【0039】
ステンレス鋼薄膜は、複数種のステンレス鋼が混合した形態であってよい。また、ステンレス鋼薄膜は、単層膜の形態(複数種のステンレス鋼が混合した単層膜を含む)であってもよく、あるいは複数種の膜が積層された形態であってもよい。いずれの形態をとる場合も、ステンレス鋼薄膜の厚さは0.05〜1.0μmであることが好ましく、0.07μm〜0.5μmであることがより好ましい。
【0040】
ステンレス鋼薄膜は、ステンレス鋼に所定範囲の入射角で電子ビームを照射して蒸発させ、これを、キャン状回転体またはベルト状支持体等の冷却回転支持体に沿って移動する非磁性支持体上に蒸着させて形成することができる。それ以外にも、例えば、抵抗加熱法もしくは外熱るつぼ法等で加熱して実施する蒸着、イオンプレーティングもしくはスパッタリング等によりステンレス鋼薄膜を形成できる。
【0041】
具体的な蒸着条件は、るつぼの大きさおよびライン速度等に応じて適宜設定される。例えば、500mm幅の非磁性支持体を30〜80m/分の速度で移動させる場合は、圧力が1.33×10−2〜1.33×10−4Pa(1×10−4〜1×10−6Torr)である真空槽内にて、70kWの電子ビームを照射して蒸着を実施するとよい。
【0042】
ステンレス鋼薄膜から成る補強層(5)の表面には、ポリウレタン、ニトロセルロース、ポリエステル、カーボンおよび炭酸カルシウム等から選ばれる1もしくは複数の材料から成るバックコート層を更に形成してもよい。その厚さは約500nmとすることが好ましい。バックコート層は、例えば、前記材料を適当な溶媒(例えば、トルエンとメチルエチルケトンの混合溶媒)に溶解および分散させた塗布液を補強層に塗布した後、乾燥して溶媒を蒸発させる湿式塗布法により形成できる。
【0043】
図示した態様の磁気記録媒体において、潤滑剤層(4)は、
I)上記一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびにII)上記一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含んで成ることが好ましい。
【0044】
潤滑剤層において、上記第I群、即ち、一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびに第II群、即ち、一般式(c)〜(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物は、モル比で1:9〜8:2の範囲で混合されることが好ましく、1:9〜5:5の範囲で混合されることがより好ましい。
【0045】
潤滑剤において、第I群から選ばれる化合物の占める割合が小さいと磁気記録媒体の潤滑性能が低下するおそれがある。第II群から選ばれる化合物の占める割合が小さいと、潤滑剤層の炭素膜および補強層への付着強度が低下するおそれがある。
【0046】
前述のように、炭素膜(3)の上に形成される潤滑剤層(4)は、補強層(5)の表面と接触すると、その一部が補強層(5)の表面に移って固着する。固着する量が多い場合、補強層の上には潤滑剤層と認識されるものが形成される。図2に、補強層(5)の上に潤滑剤層(6)が形成された磁気記録媒体(20)の態様を示す。図2において、図1で使用された符号と同じ符号は、図1においてそれらが表す要素と同じ要素を表す。
【0047】
潤滑剤層(6)は、潤滑剤層(4)とは別に形成された層、即ち潤滑剤層(4)からの潤滑剤の移動によらずに形成された層であってよい。その場合、潤滑剤層(6)もまた、潤滑剤層(4)と同様、I)上記一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物、ならびにII)上記一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含んで成るものであることが好ましい。補強層の上に形成される潤滑剤層が上記(a)〜(e)の化合物を含んで成る場合、第I群から選ばれる化合物および第II群から選ばれる化合物の好ましい混合割合は、炭素膜の上に形成される潤滑剤層に関して先に説明したとおりである。炭素膜の上に形成される潤滑剤層と補強層の上に形成される潤滑剤層は、互いに異なる潤滑剤で形成してよい。
【0048】
以下に、一般式(a)〜(e)で示される化合物について説明する。説明は、磁性層の上に形成された炭素膜の上に形成された潤滑剤層に、各化合物が含まれる場合を想定して行う。
【0049】
一般式(a):
【化11】
で示される化合物は一つのカルボキシル基を有する含フッ素カルボン酸モノエステルともいえるものである。この化合物は、例えば、コハク酸のようなジカルボン酸に含まれる二つのカルボキシル基のうち、一つのカルボキシル基をエステルにすることにより得られる。
【0050】
一般式(a)において、R1はアルキル基またはアルケニル基であり、R2はパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基である。aは通常0〜20の整数であり、好ましくは1〜10の整数である。bは0または1である。
【0051】
一般式(a)におけるR1の炭素数は6〜30であることが好ましく、10〜24であることがより好ましい。炭素数が6未満である場合または30を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性が低下することがある。R1は、直鎖状であっても枝分かれしたものであってもよい。
【0052】
R2がパーフルオロアルキル基である場合、その炭素数は6〜12であることが好ましく、6〜10であることがより好ましい。R2は、直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。R2がパーフルオロポリエーテル基である場合、その分子量は約200〜約6000であることが好ましく、約300〜約4000であることがより好ましい。分子量が200未満である場合または6000を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性および保存信頼性が低下する場合がある。
【0053】
R2がパーフルオロポリエーテル基である場合、そのパーフルオロポリエーテル基は、下記の一般式(f)、(g)および(h)のいずれかで示されるものであることが好ましい。下記のパーフルオロポリエーテル基を有する化合物を含む潤滑剤が金属薄膜型磁気記録媒体の潤滑剤層に含まれる場合には、潤滑剤層の炭素膜への付着強度がより向上し、かつより優れた潤滑特性が磁気記録媒体に付与される。そしてこれらの相乗効果により、電磁変換特性が損なわれることなく、向上した走行耐久性を有し、また、使用中の潤滑剤の飛散が極めて少ない、実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0054】
一般式(f):
【化12】
においてqは1以上の整数である。
【0055】
一般式(g):
【化13】
においてrおよびtは1以上の整数である。
【0056】
一般式(h):
【化14】
において、R7はパーフルオロアルキル基を示し、uは1〜6の整数であり、vは1〜30の整数である。vは、より好ましくは1〜8である。R7の炭素数は、1〜30であることが好ましく、1〜8であることがより好ましい。また、R7は、直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。
【0057】
一般式(f)、(g)および(h)におけるq、r、t、uおよびvが上記の範囲外であると、そのようなパーフルオロポリエーテル基を有する化合物を含む潤滑剤が磁気記録媒体の潤滑剤層に含まれる場合に、当該磁気記録媒体の潤滑性および保存信頼性が低下することがある。また、q、r、t、uおよびvならびにR7の炭素数は、パーフルオロポリエーテル基の分子量が上述の好ましい範囲、すなわち約200〜約6000、より好ましくは約300〜約4000の範囲内にあるように、適宣選択することが好ましい。
【0058】
一般式(b):
【化15】
で示される化合物において、R3はアルキル基またはアルケニル基であり、R4はパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基である。R5は酸素原子または硫黄原子である。cは通常0〜20の整数であり、好ましくは1〜10の整数である。dは0または1である。
【0059】
一般式(b)におけるR3の炭素数は6〜30であることが好ましく、10〜24であることがより好ましい。炭素数が6未満である場合または30を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性が低下することがある。R3は直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。
【0060】
R4がパーフルオロアルキル基である場合、その炭素数は1〜12であることが好ましく、6〜10であることがより好ましい。R4は直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。R4がパーフルオロポリエーテル基である場合、その分子量は約200〜約6000であることが好ましく、約300〜約4000であることがより好ましい。分子量が200未満である場合または6000を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性および保存信頼性が低下する場合がある。
【0061】
R4がパーフルオロポリエーテル基である場合には、一般式(a)におけるR2と同様、R4は上記一般式(f)、(g)および(h)のいずれかで示される基であることが好ましい。一般式(f)、(g)および(h)については先に一般式(a)に関連して説明したとおりであり、ここではその説明を引用することにより、詳細な説明を省略する。
【0062】
次に、上記一般式(c)、(d)および(e)で示される両末端に極性基を有するパーフルオロポリエーテル系化合物について説明する。
一般式(c):
【化16】
で示される化合物は、分子の両末端に水酸基を有する。
【0063】
一般式(c)において、eおよびgはいずれも1以上の整数である。また、eおよびgは、分子内のパーフルオロポリエーテル鎖、即ち、−CF2O(C2F4O)e(CF2O)gCF2−の分子量が、好ましくは約200〜約6000、より好ましくは約300〜4000の範囲内にあるように選択される。分子量が200未満である場合または6000を超える場合には、磁気記録媒体の潤滑性及び保存信頼性が低下する場合がある。
【0064】
一般式(d):
【化17】
で示される化合物は、分子の両末端にカルボキシル基を有する。
【0065】
一般式(d)において、iおよびjはいずれも1以上の整数である。また、iおよびjは、分子内のパーフルオロポリエーテル鎖、即ち、−CF2O(C2F4O)i(CF2O)jCF2−の分子量が、好ましくは約200〜約6000、より好ましくは約300〜4000の範囲内にあるように選択される。この範囲の分子量が好ましい理由は先に一般式(c)に関して説明したとおりである。
【0066】
一般式(e):
【化18】
で示される化合物は、分子の両末端にアシルオキシル基を有する。
【0067】
一般式(e)においてkおよびmはいずれも1以上の整数である。R6は炭素数4〜22のアルキル基であり、より好ましくは炭素数12〜22のアルキル基である。R6は直鎖状であっても、枝分かれしたものであってもよい。kおよびmは分子内のパーフルオロポリエーテル鎖、即ち、−CF2O(C2F4O)k(CF2O)mCF2−の分子量が、好ましくは約200〜約6000、より好ましくは約300〜4000の範囲内にあるように選択される。この範囲の分子量が好ましい理由は先に一般式(c)に関して説明したとおりである。
【0068】
一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物は、一般式(c)におけるeおよびg、一般式(d)におけるiおよびj、ならびに一般式(e)におけるkおよびmが、上記の条件を満たす限りにおいて、従来公知の、または市販されているパーフルオロポリエーテル系化合物であってよく、あるいはそれを所定の化学反応に付して得たものであってよい。例えば、一般式(c)で示される化合物として、Ausimont社製のFomblin Z DOLがあり、一般式(d)で示される化合物として、Ausimont社製のFomblin ZDIACがある。また、一般式(e)で示される化合物は、前記のAusimont社製のFomblin Z DOLと、R6COOHで示されるカルボン酸とをエステル化反応させることにより得られる。
【0069】
炭素膜の上に形成される潤滑剤層は、一般式(a)〜(e)で示される化合物に加えて、それ以外の成分、例えば、防錆剤、または従来公知の潤滑剤をさらに含む潤滑剤で形成してよい。その場合、一般式(a)〜(e)で示される化合物以外の成分が占める割合は、潤滑剤の全量中、20重量%未満であることが好ましく、10重量%未満であることがより好ましい。20重量%以上であると、良好な潤滑特性を磁気記録媒体に付与することができない場合がある。
【0070】
炭素膜の上に形成される潤滑剤層と、補強層の上に形成される潤滑剤層とを異なる潤滑剤で形成する場合、補強層の上に形成される潤滑剤層もまた、一般式(a)〜(e)で示される化合物以外の成分を含む潤滑剤で形成することが好ましい。それが占める好ましい割合は炭素膜の上に形成される潤滑剤層に関して説明した割合と同一である。
【0071】
潤滑剤層(4)中には、上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤が潤滑剤層の表面1m2当たり0.5〜30mg含まれることが好ましく、1.5〜15mg含まれることがより好ましい。潤滑剤層にこのような少量の化合物を均一に存在させるために、潤滑剤層(4)は次の方法で形成することが望ましい。
【0072】
潤滑剤層(4)は、常套の材料および手段を用いて非磁性支持体(1)の上に強磁性金属薄膜(2)および炭素膜(3)をこの順に形成した後、炭素膜(3)上に形成する。潤滑剤層(4)の形成工程は、潤滑剤を炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒の混合有機溶媒に溶解して塗布液を調製し、これを相対湿度が10〜40%の範囲内にある環境下で炭素膜(3)に塗布する工程を含む。
【0073】
本発明で使用できる炭化水素系溶媒は、例えばトルエン、ヘキサン、ヘプタン、およびオクタン等であり、本発明で使用できるアルコール系溶媒は、例えばメチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコールおよびイソプロピルアルコール等の低級アルコールである。混合有機溶媒は、具体的には、トルエンとイソプロピルアルコールの混合溶媒、ヘキサンとイソプロピルアルコールの混合溶媒、またはヘプタンとイソプロピルアルコールの混合溶媒であることが好ましい。アルコール系溶媒の割合が大きすぎると塗布ムラが生じやすく、一方、炭化水素系溶媒の割合が大きすぎると不経済であるため、両者は混合割合が重量比で1:9〜9:1の範囲、好ましくは3:7〜7:3の範囲となるように混合して使用することが好ましい。
【0074】
塗布液の濃度および塗布厚は、溶媒が蒸発した後に炭素膜(3)上に形成される潤滑剤層(4)の厚さが所望の厚さになるように選択する。一般には、潤滑剤の濃度が100ppm〜4000ppmである塗布液を、1μm〜50μmの厚みで塗布することが好ましい。
【0075】
塗布液は、相対湿度が10〜40%の範囲内にある環境下で塗布することが好ましい。相対湿度が10%未満では静電気が発生しやすく、また、そのような湿度の環境を作るための設備に費用がかかるという問題がある。相対湿度が40%を超えると塗布ムラが生じやすくなるという問題がある。
【0076】
潤滑剤層(4)は潤滑剤の種類等に応じて最適膜厚が決定され、その厚さは一般に3〜5nmである。塗布方法はバーコーティング法、グラビアコーティング法、リバースロールコーティング法、ダイコーティング法、ディピッング法およびスピンコート法等の湿式塗布法、ならびに有機蒸着法のいずれを採用してもよい。
【0077】
塗布液を塗布した後、乾燥処理して有機溶媒を蒸発させると、炭素膜(3)上に潤滑剤の層(4)が形成される。乾燥処理は加熱することにより、または自然乾燥によって実施することができる。そして、最終的に得られる潤滑剤層の厚さは3〜5nm程度とすることが好ましい。ただし、潤滑剤の組成等に応じて潤滑剤層の厚さの最適範囲が存在するため、潤滑剤層の厚さは必ずしもこの範囲に限定されるものではない。
【0078】
このように、特定の混合有機溶媒を用いて所定の相対湿度下で潤滑剤層を形成することにより、塗布ムラのない均一な厚さの潤滑剤層が得られ、しかも溶媒が最終的に蒸発した後には数nmという非常に薄い潤滑剤層を形成させることがでる。その結果、優れた潤滑性能を有する実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0079】
補強層(5)の上に形成される潤滑剤層(6)中に含まれる、上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤の好ましい量は、潤滑剤層(4)に含まれる潤滑剤のそれと同じである。したがって、潤滑剤層(6)もまた、潤滑剤層(4)と同様の方法で形成することが好ましい。尤も、前述のとおり、潤滑剤層(6)は潤滑剤層(4)中の潤滑剤の一部が移って固着することにより形成されたものであってよく、その場合、潤滑剤層(6)に含まれる潤滑剤の量は、上記好ましい範囲の下限値よりも小さくなることがある。
【0080】
続いて、本発明の磁気記録媒体を構成する非磁性支持体(1)、磁性層(2)および炭素膜(3)について説明する。
【0081】
本発明の磁気記録媒体においては非磁性支持体(1)の一方の面に補強層(5)を形成するため、厚さの小さい非磁性支持体(1)を使用することができる。非磁性支持体の厚さは、好ましくは5.0μm以下である。
【0082】
非磁性基板が長尺状である場合において、その長手方向のヤング率は好ましくは5.0GPa以上であり、幅方向のヤング率は好ましくは9.3GPa以上である。そのようなヤング率を有する長尺状の非磁性支持体を用いれば、磁気記録媒体の機械的強度を向上させることができる。
【0083】
上記の厚さおよびヤング率等を有する非磁性支持体としては、具体的には、ポリエチレンナフタレートから成るフィルム、およびポリアミドから成るフィルムがある。但し、非磁性支持体は、それらに限定されるものではなく、最終的に得ようとする製品に必要な機械的強度等に応じて任意に選択することができる。例えば、ポリエチレンテレフタレートから成るフィルムまたはポリイミドから成るフィルム、あるいはアルミ基板またはガラス基板を、非磁性支持体として使用してもよい。
【0084】
非磁性支持体(1)の磁性層(2)が形成される面(即ち、磁性層(2)と接する側の面)には、実用信頼性と良好なRF出力を両立するために、直径50〜700nm、高さ5〜70nmの突起形成処理が施されていることが好ましい。突起は、具体的には、例えば、SiO2、ZnO等の無機物質から成る超微粒子、あるいはイミド等の有機物質から成る超微粒子を非磁性支持体の表面に分散し固着させることにより形成され、あるいは、そのような微粒子を含む高分子材料をフィルムに成形することにより形成される。表面に突起を有する非磁性支持体の例は、特開平9−164644号公報および特開平10−261215号公報等に開示されている。
【0085】
磁性層(2)は強磁性金属薄膜であることが好ましい。強磁性金属薄膜は常套の材料および方法で形成することができる。
【0086】
磁性層に適した強磁性金属としては、Fe系金属、Co系金属、およびNi系金属がある。本発明において、磁性層はCo系金属で形成することが特に好ましい。ここで、「Co系金属」とは、コバルト、およびコバルトを主成分として好ましくは50原子%以上含む合金をいう。「Fe系金属」および「Ni系金属」も同様である。
【0087】
強磁性金属薄膜は、具体的には、Fe、CoおよびNi、ならびにCo−Ni、Co−Fe、Co−Cr、Co−Cu、Co−Pt、Co−Pd、Co−Sn、Co−Au、Fe−Cr、Fe−Co−Ni、Fe−Cu、Ni−Cr、Fe−Co−Cr、Co−Ni−Cr、Co−Pt−CrおよびFe−Co−Ni−Cr等の合金から選択される1または複数の材料で形成される。強磁性金属薄膜は酸素を含んでいてよく、酸素はこれらの金属または合金の酸化物の形態で含まれていてよい。強磁性金属薄膜は、単層膜の形態であってもよく、あるいは多層膜の形態であってもよい。
【0088】
強磁性金属薄膜はイオンプレーティング法、スパッタリング法または電子ビーム蒸着法等で形成することができる。強磁性金属薄膜を酸素雰囲気下で形成すれば、強磁性金属薄膜には酸素が含まれることとなる。強磁性金属薄膜の厚さは50nm〜300nmが一般的である。
【0089】
炭素膜(3)は、アモルファス状、グラファイト状もしくはダイヤモンド状の炭素から成る炭素膜、あるいはそれらの炭素を混合および/または積層して形成した炭素膜である。炭素膜(3)は、ビッカース硬度が約2.45×104N/mm2(約2500kgf/mm2)と高く、保護層として、磁気記録媒体のダメージを潤滑剤層(4)と共に防止する。実用信頼性と出力とのバランスを考慮すれば、その厚さは10〜20nmであることが好ましい。炭素膜(3)もまた、公知の材料および方法を用いて形成することができ、例えば、炭化水素ガスのみ、あるいは炭化水素ガスと不活性ガスとの混合ガスを用いたプラズマCVD法により形成できる。
【0090】
炭素膜(3)は、非磁性支持体(1)上に磁性層(2)を形成した後、磁性層(2)の上に形成される。具体的には、真空容器中に炭化水素ガスまたは炭化水素ガスとアルゴン等の不活性ガスの混合ガスを導入し、容器内の圧力を1.33×10−1〜1.33×102Pa(0.001〜1Torr)に保った状態で真空容器内部で放電を発生させ、炭化水素ガスのプラズマを発生させて炭素膜(3)を磁性層(2)上に形成させる。放電形式は外部電極方式および内部電極方式のいずれでもよく、放電周波数は実験的に決めることができる。また、非磁性支持体(1)側に配置される電極に0KVから−3KVの電圧を印加することによって、炭素膜(3)の硬度を増大させることができ、また、炭素膜(3)と磁性層(2)との密着性を向上させることができる。炭化水素ガスとしては、メタン、エタン、プロパン、ブタン、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタンまたはベンゼン等を用いることができる。
【0091】
硬質の炭素膜(3)を形成するためには、放電エネルギーを大きくすることが望ましく、併せて非磁性支持体(1)の温度を高温に維持することが望ましい。例えば、放電エネルギーは、交流電流(例えば高周波電流)と直流電流を重畳して実効値を600V以上にすることが望ましい。
【0092】
本発明においては、炭素膜(3)の表層部に含窒素プラズマ重合膜(図示省略)を形成し、潤滑剤層(4)が炭素膜の含窒素プラズマ重合膜上に形成されていることが好ましい。含窒素プラズマ重合膜が形成されることにより、炭素膜の表層部にアミノ基が存在することとなり、その結果、潤滑剤層と炭素膜との間の付着強度がより大きくなり、磁気記録媒体の耐久性がより向上することとなる。そして、潤滑剤層に特定の含フッ素化合物を含有させることと相俟って、電磁変換特性が損なわれることなく優れた潤滑性能を有する走行耐久性が向上した実用信頼性の高い磁気記録媒体が得られる。
【0093】
含窒素プラズマ重合膜は、真空容器中にプロピルアミン、ブチルアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミンまたはテトラメチレンジアミン等のアミン化合物をガス化して導入し、容器内の圧力を1.33×10−1〜1.33×102Pa(0.001〜1Torr)に保った状態で真空容器内部に高周波放電を生じさせて形成する。含窒素プラズマ重合膜を形成することにより上記特定の含フッ素化合物を含む潤滑剤の化学吸着力が向上し、その結果、潤滑剤層と炭素膜との間の付着強度が向上する。含窒素プラズマ重合膜の膜厚は3nm未満が適当であり、これよりも含窒素プラズマ重合膜が厚い場合には炭素膜の保護効果が低下する。炭素膜の表層部に含窒素プラズマ重合膜を形成する方法は、米国特許第5,540,957号および第5,637,393号に開示されており、この引用によりこれらの特許に開示された内容は本明細書の一部を構成する。
【0094】
【実施例】
次に、本発明の具体的な実施例を説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0095】
(実施例1)
図1に示すような磁気記録媒体を作製した。
非磁性支持体(1)として、幅が500mm、厚さが4.2μmであって、表面に高さが30nm、直径が200nmの突起が1mm2あたり105〜109個形成されたポリエチレンナフタレートフィルムを使用した。このフィルムの長手方向のヤング率は5.5GPa、幅方向のヤング率は9.9GPaであった。突起の数はSTM分析で測定した値である。この非磁性支持体(1)をベルト状冷却回転支持体上で走行させながら、表面に酸素を導入する斜方真空蒸着法によりCoから成る厚さ約180nmの強磁性金属薄膜(2)を磁性層として形成した。
【0096】
次いで、非磁性支持体(1)の強磁性金属薄膜(2)を形成した面とは反対側の面に、オーステナイト系ステンレス鋼SUS303を用いて、蒸着法により厚さ約300nmの補強層(5)を形成した。蒸着は、真空槽内の圧力を1.33×10−2Pa(10−4Torr)とし、非磁性支持体をキャン状冷却回転支持体に沿って50m/分で走行させながら、電子銃(出力70kW)によりるつぼ内のステンレス鋼を蒸発させて実施した。
【0097】
次に強磁性金属薄膜(2)上に、プラズマCVD法により厚さ15nmの炭素膜(3)を形成した。炭素膜は、真空容器中にヘキサンガスとアルゴンガスとを4:1の比(圧力比)で混合したガスを導入し、トータルガス圧を4.0×101Pa(0.3Torr)に保ちながら、周波数20KHz、電圧1500Vの交流と1000Vの直流を重畳し、これを放電管内の電極に印加することにより形成した。さらに、炭素膜(3)上にプロピルアミンガスを導入し、6.67Pa(0.05Torr)の圧力を保った状態で10KHzの高周波プラズマ処理を行ない、炭素膜(3)の表層部に厚さ2.5nmの含窒素プラズマ重合膜を形成した。
【0098】
次に、下記の化学式(a1)で示される化合物、および化学式(c1)で示される化合物をモル比で7:3となるように配合した潤滑剤組成物を、イソプロピルアルコールとトルエンとを重量比で1:1となるように混合した混合有機溶媒にその濃度が2000ppmとなるように溶解して塗布液を調製した。そしてこの塗布液を、23℃、30%RH環境下で、リバースロールコータを用いて湿式塗布法で厚さ4μmとなるように塗布した後、乾燥した。最終的に炭素膜(3)上には、1m2あたり5mgの潤滑剤組成物が含まれる、厚さ4nmの潤滑剤層(4)が形成された。
【0099】
【化19】
【0100】
【化20】
【0101】
以上のようにして作製したテープ素材をスリッタで6.35mm幅に裁断して6.35mm幅の磁気テープ試料(全厚4.7μm、80分長)を作製した。得られた磁気テープ試料において、補強層(5)がその表面に不動態皮膜を有することをX線光電子分光法により確認した。
【0102】
(実施例2〜9)
補強層をそれぞれ、下記のステンレス鋼で形成したこと以外は実施例1と同様の方法で磁気テープ資料を作製した。いずれの磁気テープ試料についてもX線光電子分光法により、補強層がその表面に不動態皮膜を有することを確認した。
実施例2:オーステナイト系ステンレス鋼SUS301;
実施例3:オーステナイト系ステンレス鋼SUS302;
実施例4:オーステナイト系ステンレス鋼SUS304;
実施例5:オーステナイト系ステンレス鋼SUS305J1;
実施例6:オーステナイト系ステンレス鋼SUS308;
実施例7:オーステナイト系ステンレス鋼SUS350;
実施例8:オーステナイト系ステンレス鋼SUS316;
実施例9:オーステナイト系ステンレス鋼SUS317。
【0103】
(実施例10〜12)
補強層の厚さを、それぞれ下記の厚さとしたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
実施例10:約50nm
実施例11:約80nm
実施例12:約800nm
【0104】
(実施例13)
図2に示す態様の磁気記録媒体を作製した。非磁性支持体(1)として、実施例1で使用したものと同じフィルムを使用し、磁性層(2)、炭素膜(3)および補強層(5)は、実施例1と同様にして形成した。潤滑剤層(4)は、潤滑剤を含む塗布液の濃度を1600ppmとしたこと以外は実施例1と同様にして形成した。
【0105】
次に、潤滑剤層(4)を形成するのに用いた潤滑剤および混合有機溶媒と同じものを使用して、濃度400ppmの塗布液を調製した。この塗布液を用いて、潤滑剤層(4)を形成した際の手順と同様の手順で補強層(5)の上に潤滑剤層(6)を形成した。潤滑剤層(6)は、補強層の表面に不動態皮膜が形成されていることを確認してから、不動態皮膜の表面に形成した。最終的に補強層(5)上には、1m2あたり1mgの潤滑剤を含む、厚さ1nmの潤滑剤層(6)が形成された。
【0106】
以上のようにして作製したテープ素材をスリッタで6.35mm幅に裁断して6.35mm幅の磁気テープ試料(全厚4.7μm、80分長)を作製した。
【0107】
(実施例14)
炭素膜(3)の表層部に含窒素プラズマ重合膜を形成する工程を省略したこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0108】
(実施例15)
非磁性支持体として、厚さ4.0μm、長手方向のヤング率が10.5GPa、幅方向のヤング率が15.5GPaであり、表面に高さが30nm、直径が200nmの突起が1mm2あたり105〜109個形成されたポリアミドフィルムを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0109】
(実施例16)
非磁性支持体として、厚さ4.5μm、長手方向のヤング率が4.4GPa、幅方向のヤング率が6.3GPaであり、表面に高さが30nm、直径が200nmの突起が1mm2あたり105〜109個形成されたポリエチレンテレフタレートフィルムを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0110】
(実施例17〜実施例26)
実施例17〜21ではそれぞれ化学式(a2)〜(a6)で示される化合物を、実施例22〜26ではそれぞれ化学式(b1)〜(b5)で示される化合物を使用し、それらの各化合物、および化学式(c1)で示される化合物をモル比が7:3の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料をそれぞれ作製した。
【0111】
【化21】
【化22】
【化23】
【化24】
【化25】
【0112】
【化26】
【化27】
【化28】
【化29】
【化30】
【0113】
(実施例27〜実施例37)
実施例27〜32ではそれぞれ化学式(a1)〜(a6)で示される化合物を、実施例33〜37ではそれぞれ化学式(b1)〜(b5)で示される化合物を使用し、それらの各化合物、および下記化学式(d1)で示される化合物をモル比で7:3の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料をそれぞれ作製した。
【化31】
【0114】
(実施例38〜実施例48)
実施例38〜43ではそれぞれ化学式(a1)〜(a6)で示される化合物を、実施例44〜48ではそれぞれ化学式(b1)〜(b5)で示される化合物を使用し、それらの各化合物、および下記化学式(e1)で示される化合物をモル比で7:3の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料をそれぞれ作製した。
【化32】
【0115】
(実施例49〜52)
化学式(a1)で示される化合物、および化学式(e1)で示される化合物をモル比でそれぞれ下記の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
実施例49: a1:e1=1:9、
実施例50: a1:e1=3:7、
実施例51: a1:e1=5:5、
実施例52: a1:e1=8:2。
【0116】
(実施例53〜56)
化学式(b1)で示される化合物、および化学式(e1)で示される化合物をモル比でそれぞれ下記の割合となるように配合した潤滑剤組成物を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
実施例53: b1:e1=1:9、
実施例54: b1:e1=3:7、
実施例55: b1:e1=5:5、
実施例56: b1:e1=8:2。
【0117】
(実施例57)
潤滑剤層の形成工程においてイソプロピルアルコールおよびトルエンを重量比で8:1の割合で混合した混合有機溶媒を用いたこと以外は、実施例4と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0118】
(実施例58)
潤滑剤層の形成工程においてイソプロピルアルコールおよびトルエンを重量比で1:8の割合で混合した混合有機溶媒を用いたこと以外は、実施例4と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0119】
(比較例1)
補強層の厚さを約1.2μmとしたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0120】
(比較例2)
ステンレス鋼薄膜を形成せずに、非磁性支持体の磁性層が形成された面とは反対の面に、ポリウレタン、ニトロセルロースおよびカーボンブラックを含む固形分30%のメチルエチルケトン/トルエン/シクロヘキサノン溶液をリバースロールコータにより塗布して、乾燥後の厚さが約500nmのバックコート層を形成したこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0121】
(比較例3)
実施例1で使用した2成分系の潤滑剤組成物に代えて、公知の潤滑剤である下記化学式(x1)で示される化合物のみを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【化33】
【0122】
(比較例4)
実施例1で使用した2成分系の潤滑剤組成物に代えて、公知の潤滑剤である下記化学式(x2)で示される化合物のみを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【化34】
【0123】
(比較例5)
非磁性基板として、厚さ4.2μm、長手方向のヤング率が9.7GPa、幅方向のヤング率が5.6GPaであり、表面に高さが30nm、直径が200nmの突起が1mm2あたり105〜109個形成されたポリエチレンナフタレートフィルムを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0124】
(比較例6)
潤滑剤層の形成工程において、潤滑剤を溶解する溶媒として、イソプロピルアルコールおよびトルエンを混合した混合有機溶媒に代えて、イソプロピルアルコールのみを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0125】
(比較例7)
潤滑剤層の形成工程において、潤滑剤を溶解する溶媒として、イソプロピルアルコールおよびトルエンを混合した混合有機溶媒に代えて、トルエンのみを用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0126】
(比較例8)
潤滑剤層の形成工程において、23℃、55%RH環境下において、塗布液をリバースロールコータを用いて湿式塗布法で塗布したこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。
【0127】
(比較例9)
補強層を、炭素鋼SS400(C:0.19重量%、Si:0.22重量%、Mn:0.84重量%、P:0.014重量%、S:0.021重量%)を用いて形成したこと以外は、実施例1と同様の方法で磁気テープ試料を作製した。補強層は、実施例1と同様の方法で蒸着法により形成し、厚さは約300nmとした。この炭素鋼は不動態化しにくいものであり、したがって、この比較例において、補強層は、その表面に不動態皮膜を有しなかった。
【0128】
実施例1〜58および比較例1〜9で得られた6.35mm幅の磁気テープ試料について、それぞれ以下に示す評価試験(1)および(2)を実施した。それぞれの試験結果を、表1〜表6に示す。
【0129】
(1)走行性試験
直径2mm、表面粗さ0.2Sに研磨したステンレス鋼(SUS303)円柱に、補強層を内側にして、90°の抱き角で巻き付け、入側張力を9.8×10−2Nとし、18.8mm/秒で往復走行させる。300パス走行後の出側張力を測定し、次式(オイラーの式)から摩擦係数を算出した。測定環境は3℃、80%RHである。
【数2】
μ=[ln(出側張力/入側張力)]・2/π
【0130】
(2)走行耐久性試験
▲1▼出力低下
RF(高周波)出力測定用に改造した市販デジタルVTR(松下電器産業(株)製、NV−DJ1)を用い、各6.35mm幅テープ試料を3℃、80%RHの環境下で300パス、400時間繰り返し再生した後のRF出力変化を測定した。RF出力変化は、試験前に対する試験後の変化をデシベル表示で示した。
【0131】
▲2▼ヘッド目詰まり
上記▲1▼の繰り返し再生を実施している間に、再生中のRF出力からヘッド目詰まりを測定した。この繰り返し再生中、RF出力が6dB以上低下したときにヘッド目詰まりが発生したものとし、そのような低下が測定された時間を合計した時間をヘッド目詰まりとした。
【0132】
▲3▼テープダメージ
テープダメージは、上記▲1▼の出力低下を測定した後のテープの変形、テープの磁性層側表面の走行傷等を目視観察および微分干渉顕微鏡で状態観察し、5段階で評価した。評価基準は次のとおりである。
5:実用上全く問題ない。
4:実用上問題ない。
3:実用可能であるが、改善が必要である。
2:テープダメージがひどく、実用性は殆どない。
1:テープダメージがあまりにもひどく、実用性は全くない。
【0133】
▲4▼走行系粉付着
走行系粉付着は、上記▲1▼の出力低下を測定した後に、テープ走行系のポストおよび、固定ドラムの汚れ(粉付着の状態)を目視観察し、5段階で評価した。評価基準は次のとおりである。
5:実用上全く問題ない。
4:実用上問題ない。
3:実用可能であるが、粉付着があり、改善が必要である。
2:粉付着がひどく、実用性は殆どない。
1:粉付着があまりにもひどく、実用性は全くない。
【0134】
走行耐久性試験後のテープ試料表面(磁性層側表面)の潤滑剤の残存量を測定するために、走行耐久性試験前後にX線光電子分光法(XPS)(パーキンエルマーPHI社製 5400MC)によりフッ素原子を分析し、その試験前後の強度の比率から、残存量を算出した。
【0135】
【表1】
【0136】
【表2】
【0137】
【表3】
【0138】
【表4】
【0139】
【表5】
【0140】
【表6】
【0141】
上記表1〜表6から明らかなように、比較例1〜9との比較において、実施例1〜58で得た磁気テープはいずれも、▲1▼テープダメージの問題が発生しない、▲2▼走行系の粉付着が少ない、▲3▼ヘッド目詰まりが少ない、▲4▼出力低下が小さい、▲5▼潤滑剤の残存量が多い(即ち、使用中の潤滑剤の飛散が少ない)、▲6▼摩擦係数が低い、という優れた特性を有するものであった。
【0142】
実施例1〜58で得た磁気テープは、補強層の厚さが1.0μmよりも厚い比較例1、従来の塗布型のバックコート層を形成した比較例2と比較して、優れた走行性および走行耐久性を示していた。このように、ステンレス鋼薄膜から成る特定の厚さの補強層を形成した実施例1〜58の各磁気テープ試料は、走行性および走行耐久性、特にテープダメージ、ヘッド目詰まり、走行系粉付着等の点で明らかに優れている。また、実施例1〜58は、不動態皮膜を有しない補強層を形成した比較例9と比較しても、優れた走行性および走行耐久性を示した。この結果は、金属から成る補強層のうち、表面に不動態皮膜を有するものは、炭素膜上に形成された潤滑剤層の潤滑剤を補強層表面に吸着させやすく、それにより補強層側表面の潤滑特性が向上することを示す。
【0143】
実施例1〜58で得た磁気テープは、従来公知の化合物で潤滑剤層を形成した比較例3〜4で得た磁気テープと比較して、優れた走行性および走行耐久性を示した。このことは、従来公知の化合物は、補強層の不動態皮膜に付着しにくく、したがって、比較例3〜4においては、炭素膜上に形成された潤滑剤層中の潤滑剤によって、補強側表面の潤滑特性、ひいては磁気記録媒体の走行性および走行耐久性が実施例1〜58ほど向上され得ないことを示している。
【0144】
比較例5の磁気テープは、実施例1で使用した非磁性支持体と同じ厚さを有するが、幅方向のヤング率が小さい非磁性支持体を使用して製造したものである。比較例5の走行耐久性は実施例1のそれに比べて劣っている。この結果は、実施例1および比較例5で使用した非磁性支持体の材料および厚さが同じであることを考慮すれば、非磁性支持体の幅方向のヤング率が、磁気記録媒体の走行耐久性に対して大きな影響を及ぼすことを示している。
【0145】
実施例1と比較例6および7から、潤滑剤を炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合有機溶媒に溶解して調製した塗布液を炭素膜(3)上に塗布して潤滑剤層(4)を形成することにより、走行耐久性および走行性等の実用信頼性の点で優れた磁気テープ試料を安定して作製できることが判る。また、潤滑剤を含む塗布液を高い湿度の下で塗布した比較例8の磁気テープは、実施例1と同じ潤滑剤を使用しているにもかかわらず、走行耐久性および走行性はともに劣り、高湿度下での塗布が望ましくないことを示している。
【0146】
補強層の厚さを薄くした実施例10および実施例11の磁気テープは、殆どの試験について、実施例1の磁気テープよりも優れた結果を示した。この結果は、0.05〜1μmの範囲内において、ステンレス鋼の補強層はより薄いことが好ましいことを示している。
【0147】
潤滑剤の飛散は、補強層の上に、炭素膜の上に形成される潤滑剤層とは別に、独立した工程で潤滑剤層を形成することによって、より有効に抑制されることが、実施例13の結果より判る。
【0148】
実施例14で得た磁気テープは、実施例1と同様にして潤滑剤層を形成したが、炭素膜(3)上に含窒素プラズマ重合膜を形成しなかったものである。実施例14で得た磁気テープの走行耐久性等は実施例1のそれらに比べてやや劣っている。このことは含窒素プラズマ重合膜が磁気テープの潤滑性能の向上に寄与していることを示している。
【0149】
実施例1〜58では、潤滑剤層(4)の形成工程において湿式塗布法であるリバースロールコーティング法を用いたが、有機蒸着法によっても同様の作用効果を有する潤滑剤層(4)を形成することが可能である。
【0150】
上記において本発明の磁気記録媒体およびその製造方法を市販デジタルVTR用テープに適用した実施例を説明したが、本発明の磁気記録媒体およびその製造方法はこれに限定されるものではなく、データストレージ用のテープ等、他の金属薄膜型磁気テープや塗布型磁気テープ等についても適用できるものである。
【0151】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の磁気記録媒体は、非磁性支持体の磁性層が形成された面とは反対側の面に補強層として、表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜を有すること、ならびに磁性層上に形成された炭素膜上に特定の含フッ素化合物が二種類以上組み合わされて成る組成物を含む潤滑剤層を有することを特徴とする。ステンレス鋼薄膜から成る補強層は磁気記録媒体の剛性を向上させ、補強層表面の不動態皮膜は、炭素膜上に形成された潤滑剤層中の潤滑剤を良好に付着させる。したがって、本発明の磁気記録媒体が、磁性層側表面と補強層側表面とが接触した状態で保管されるものである場合には、炭素膜上の潤滑剤層に由来する潤滑剤が補強層側表面に移って付着することと、補強層の補強効果とが相俟って、磁気記録媒体の走行性および走行耐久性をより向上させる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の磁気記録媒体の一態様である金属薄膜型磁気テープの模式的断面図である。
【図2】本発明の磁気記録媒体の一態様である金属薄膜型磁気テープの模式的断面図である。
【符号の説明】
1 非磁性支持体
2 強磁性金属薄膜(磁性層)
3 炭素膜
4 潤滑剤層
5 補強層
6 潤滑剤層
10,20 磁気記録媒体
Claims (10)
- 非磁性支持体、非磁性支持体の一方の面に形成された磁性層、磁性層の上に形成された炭素膜、および炭素膜の上に形成された潤滑剤層、ならびに非磁性支持体の他方の面に形成された補強層を有する磁気記録媒体であって、
当該補強層が表面に不動態皮膜を有するステンレス鋼薄膜であり、
当該潤滑剤層が、
I)分子内にパーフルオロアルキル基またはパーフルオロポリエーテル基と、アルキル基またはアルケニル基とを有する、一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびに
II)分子内にパーフルオロポリエーテル鎖を有し、一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤:
を含む磁気記録媒体。 - 一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物と一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物との混合割合がモル比で1:9〜8:2の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
- 補強層の上に形成された潤滑剤層を更に有し、当該潤滑剤層が、I)上記一般式(a)および(b)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物;ならびにII)上記一般式(c)、(d)および(e)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種類の化合物を含む潤滑剤を含む請求項1または請求項2に記載の磁気記録媒体。
- ステンレス鋼薄膜が非磁性オーステナイト系ステンレス鋼であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
- ステンレス鋼薄膜の厚さが0.05〜1.0μmの範囲内にあることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
- 磁性層が強磁性金属薄膜である請求項1〜5のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
- 炭素膜がその表層部に含窒素プラズマ重合膜を有し、潤滑剤層が炭素膜の含窒素プラズマ重合膜上に形成されている請求項1〜6のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
- 非磁性支持体が長尺状であり、その厚さが5.0μm以下であり、その長手方向および幅方向のヤング率がそれぞれ5.0GPa以上および9.3GPa以上である請求項1〜7のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
- 請求項1〜8のいずれか1項に記載の磁気記録媒体の製造方法であって、炭素膜の上、あるいは炭素膜および補強層の上に潤滑剤層を形成する工程が、炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合有機溶媒に潤滑剤を溶解して調製した塗布液を、相対湿度が10〜40%の範囲内にある環境下において炭素膜および/または補強層の上に塗布する工程を含む磁気記録媒体の製造方法。
- 炭化水素系溶媒とアルコール系溶媒との混合割合が重量比で1:9〜9:1の範囲内にある請求項9に記載の磁気記録媒体の製造方法。
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JP2002194682A JP2004039102A (ja) | 2002-07-03 | 2002-07-03 | 磁気記録媒体およびその製造方法 |
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WO2017032445A1 (de) * | 2015-08-26 | 2017-03-02 | Merck Patent Gmbh | Perfluorierte verbindungen mit reaktiven gruppen |
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-
2002
- 2002-07-03 JP JP2002194682A patent/JP2004039102A/ja active Pending
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