明 細 書
チォレドキシンを用いた消化器官保護方法
技術分野
[0001] 本出願は、 2004年 8月 31日に提出された日本国特許出願 特願 2004— 25303
1に基づく優先権を主張する。
[0002] 本発明は、チォレドキシンを含有する組成物、及びそれを摂取することを特徴とす る、消ィ匕器官保護方法に関するものである。より詳細には、各種ストレスにより生じうる 胃潰瘍などの発症を防止する組成物及びそれを摂取することを特徴とする消化器官 保護方法に関するものである。
背景技術
[0003] チォレドキシン(以下「TRX」)とは、高度に保存された C-X-Y-Cの活性中心 (特に X : Gly、 Y: Pro)を持つ、約 12kDaの電子伝達タンパク質であり、ほとんどの生物の細胞 内に存在することが知られている(非特許文献 1から 4)。 TRXは他のタンパク質に存 在するジスルフイド結合の酸ィ匕還元活性を有し、その酸化還元活性によりタンパク質 の活性や機能、性質を調節する機能を有する。
[0004] 様々なストレス、特に酸化ストレスは脂質 ·遺伝子'タンパク質などの生体高分子に 傷害を与え、細胞 ·組織に害を及ぼすが、それに伴い TRXの体内での濃度が変化す ることが知られている。すなわち体内での TRX濃度の上昇により、各種ストレスにより 生じたアレルギーの改善もしくは予防、粘膜の保護もしくは修復、皮膚の保護等がな されると考えられている。
[0005] TRXが有する酸ィ匕還元活性を応用した様々な技術が現在までに開示されて!ヽる。
例えば TRXによる各種アレルゲンの中和(特許文献 1)、 TRXによる転写因子 AP-1の 活性化 (特許文献 2)、 TRXによるアレルギー予防、皮質改善、粘膜障害保護 (特許 文献 3)、炎症疾患の予防な!/、し治療 (特許文献 4)等が開示されて 、る。
特許文献 1:特表平 10— 510244号公報
特許文献 2 :特開平 10— 191977号公報
特許文献 3 :特開 2000— 103743号公報
特許文献 4:特開 2002— 179588号公報
非特許文献 1 : Laurent, T. C, Moore, E. C, & Reichard, P. (1964) J. Biol. Chem. 239, 3436-3444
非特許文献 2 : Holmgren, A. (1989) Ann. Rev. Biochem. 54, 237-271 非特許文献 3 : Holmgren, A. (1989) J. Biol. Chem. 264, 13963-1366 非特許文献 4 : Buchanan, B. B., Schurmann, P., Decottignies, P. & Lozano,
R. M. (1994), Arch. Biochem. Biophys. 314, 257—60
発明の開示
発明が解決しょうとする課題
[0006] し力しながら、外部ストレスにより動物個体に生じる各種症状 (例えば胃潰瘍等)に 対する、 TRX摂取の効果に関しては、従来何らの報告もされていな力つた。本発明が 解決しょうとする課題は、外部ストレスにより動物個体に生じる各種症状に対する TRX の効果を確認し、それをストレス保護食品素材として応用することである。
課題を解決するための手段
[0007] 本発明者らは鋭意研究の結果、酵母 TRXを食物中に一定濃度配合した食品を摂 食することにより、各種ストレスなどが原因で生じる胃粘膜の損傷、例えば胃壁におけ る胃潰瘍の形成が防止されることを見出し、本発明を完成させるに至った。課題を解 決するための手段は以下の通りである。
(1) ストレスによる消ィ匕器官の損傷を防止する方法において、チォレドキシンを含有 する組成物を経口摂取することを特徴とする、消化器官保護方法。
(2) ストレスが、物理的ストレス、化学的ストレス、生物学的ストレス及び心理的ストレ スカもなる群のうちの一つまたは二つ以上のものであることを特徴とする、前記(1)に 記載の方法。
(3) 消化器官の損傷による症状が、消化性潰瘍、潰瘍性大腸炎、過敏性大腸症候 群、神経性胃炎、神経性下痢、神経性食欲不振症、神経性嘔吐症、空気嚥下、便 秘及び下痢力 なる群のうちの一つまたは二つ以上のものであることを特徴とする、 前記(1)または(2)に記載の方法。
(4) チォレドキシンが酵母由来であることを特徴とする、前記(1)から(3)のいずれ
かに記載の方法。
(5) 組成物が食品であることを特徴とする、上記(1)から (4)のいずれかに記載の 方法。
(6) 食品におけるチォレドキシン含量力 0. 01〜1. 0質量%であることを特徴とす る、上記(5)に記載の方法。
(7) 組成物が飲料であることを特徴とする、上記(1)から (4)のいずれかに記載の 方法。
(8) 飲料におけるチォレドキシン含量力 0. 1〜: LO /z g/mlであることを特徴とする 、 (7)に記載の方法。
発明の効果
[0008] 本発明の消化器官保護方法により、消化器官の損傷、例えば胃壁における胃潰瘍 の形成を防止することが可能となった。
図面の簡単な説明
[0009] [図 1]水浸ストレスによるモデル実験の流れを示した説明図。
[図 2]水浸ストレスによる胃潰瘍発症を比較したグラフ。
[図 3]薬剤誘導ストレスによるモデル実験の流れを示した説明図。
[図 4]薬剤誘導ストレスによる胃潰瘍発症を比較したグラフ。
[図 5]薬剤誘導ストレスによる胃潰瘍発症を示した図。
発明を実施するための形態
[0010] TRXとは、一般には高度に保存された C-X-Y-Cの活性中心(特に X : Gly、 Y: Pro) を有し、生体内の種々の酸ィ匕還元反応に関わる、ほとんどの生物の細胞中に存在す る電子伝達タンパク質の総称 (TRXファミリー)を指す。
[0011] 本発明の消ィ匕器官保護方法において用いられる TRXタンパク質は、本明細書に記 載した特徴を有する限り、その製法や給源などは特に限定されない。すなわち本発 明の TRXタンパク質は、天然由来のもの、遺伝子工学的手法に生産される組換えタ ンパク質、ある 、は化学合成タンパク質の 、ずれでも本発明の課題を解決することは 可能である。また TRXの給源に関しては、特に限定はされないが、安全性確認が容 易な天然供給源から得られる TRX、望ましくは酵母由来の TRX、より望ましくはパン酵
母、ビール酵母、ワイン酵母、清酒酵母及び味噌醤油酵母などの食用酵母、更に望 ましくはパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来の TRXを用いるのが良い。
[0012] また、上記酵母としては食用酵母が望ましぐ例えばサッカロミセス (Saccharomyces )属、トルロプシス (Torulopsis)属、ミコトノレラ(Mvcotorula)属、トノレラスポラ(Torulaspo )属、キャンディダ(Candida)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、ピキア(Pichia)属な どが挙げられる。
[0013] 酵母 TRXタンパク質は、典型的には、酵母 Saccharomyces cerevisiaeの TRX2タン パク質のアミノ酸配列(Genbank登録番号 AAA85584 (U40843) , thioredox- · · [gi: 1165 214] , Jae Mahn Songら、 24- Jan- 1996)に記載のように、 104アミノ酸により構成され た配列を有する。しかしながら天然のタンパク質の中にはそれを生産する生物種の 品種の違いや、生態系の違いによる遺伝子の変異、あるいはよく似たアイソザィムの 存在などに起因して 1から複数個のアミノ酸変異を有する変異タンパク質が存在する ことは周知であり、例えば Saccharomyces属の他の種に属する酵母、あるいは他の属 、例えば、ピキア属等に属する種の酵母由来の TRXも本発明において使用しうる。な お、本明細書で使用する用語「アミノ酸変異」とは、 1以上のアミノ酸の置換、欠失、挿 入及び Z又は付加などを意味する。本発明の酵母 TRXタンパク質は典型的には上 記 Genbank登録番号 AAA85584 (U40843)に記載のアミノ酸配列を有するが、その配 列を有するタンパク質のみに限定されるわけではなぐ本明細書中に記載した特性を 有する限り全ての相同タンパク質を含むことが意図される。相同性は少なくとも 70% 以上、好ましくは 80%以上、より好ましくは 90%以上である。
[0014] 酵母の培養の方法としては、公知の方法、例えばバッチ培養、流加連続培養、流 カロバッチ培養などが挙げられる。培養は、ジャーフアーメンターを用いて好適に行うこ とができ、このときのジャーフアーメンターにおける条件としては、特に制限はなく適宜 決定することができる力 例えば、培養温度としては 28〜33°C程度であり、培養時間 としては 1〜120時間程度であり、 pHとしては 4〜7程度であり、通気量としては 0〜5 vvm程度であり、攪拌速度としては 100〜700rpm程度である。
[0015] 酵母の培養に用いる培地及び流加培養の際に用いる流加液としては、特に制限は なぐ目的に応じて公知のものの中から適宜選択することができ、例えば、廃糖蜜な
どが好適に挙げられる。なお、それらは炭素源、窒素源等を適宜含んでいてもよい。
[0016] 酵母 TRXの精製は、まず細胞を破砕する工程カゝら行う。酵母細胞の破壊は、凍結 解凍の繰り返し、音波処理、機械的崩壊、又は細胞溶解剤の使用を含む適当な 慣用的方法により行うことができる。酵母 TRXの精製は、前記処理後の破砕物を、遠 心分離や濾過等で沈殿物と上澄み液に分離した後、上澄み液を濃縮、塩析、イオン 交換、ァフィ-ティ精製又はゲル濾過精製の慣用される方法を適当に組み合わせる ことにより精製される。あるいは最終精製工程として RP— HPLCを用いてもよい。な お、本発明の消ィ匕器官保護方法に用いられる TRXとしては、純度 70%以上の粗精 製 TRXであれば消化器官保護の用途に利用可能だが、純度 90%以上の精製 TRX が望ましい。
[0017] 本発明の消化器官保護方法は、酵母 TRXを含有させた食品や飲料、機能性食品 · 飲料又はサプリメントを経口的に摂取することにより、消ィ匕器官を保護することを特徴 とする。 TRXは、消化酵素の影響を受けにくいことから、それを経口投与した場合でも 生体に対して有効な消化器官保護効果を奏すると考えられる。上記消化器官保護 方法は、哺乳動物に適用される。
[0018] 酵母 TRXを食品に含有させ、本発明の消化器官保護方法を実施する場合、 TRXを 0. 01〜: L 0質量%の割合で配合するのが望ましい。なお、 TRXの配合比率が 0. 0 1質量%未満では消化酵素による分解を受けるなどにより充分な消化器官保護効果 が生じず、逆に 1. 0質量%以上では配合比率の増加に見合うだけの消化器官保護 効果が得られない。その場合の態様は、特に限定はされず、例えば、ソーセージ、ハ ム、ベーコンなどの肉製品、力まぼこ、水産物の缶詰、魚介類ちくわ、はんぺん、フィ ッシュソーセージなどの魚製品、マーマレード、ジャムなどの果実製品、チョコレートス プレッド、ピーナッツバター、アーモンドペーストなどの豆穀物の加工品、豆乳、豆腐 などの大豆製品、カレー、シチュー、スープ、みそ汁などの汁物、アイスクリーム、チヨ コレート、クリーム、ガム、ラムネ、キャラメルなどの菓子、パン、ミートノィ、マヨネーズ
、ドレッシング、醤油、ソースなどの調味料、その他食用粉類等への使用が可能であ る。また、上記の他、タブレット等の形態のサプリメントとしても用いることが可能である
[0019] また、酵母 TRX^料に含有させ、本発明の消化器官保護方法を実施する場合に は、 TRXを 0. 1〜 10 g/mlの濃度で調製するのが望ましい。なお、 TRXの配合比 率が 0. 1 μ g/ml未満では消化酵素による分解を受けるなどにより充分な消ィ匕器官保 護効果が生じず、逆に 10 g/ml以上では配合比率の増加に見合うだけの消ィ匕器官 保護効果が得られない。その場合の態様に関しても特に限定はなぐ茶、コーヒー、 ココア、ビール,清涼飲料,果実飲料,乳清飲料,野菜ジュース、日本酒,洋酒,果 実酒,中国酒,薬味酒などが挙げられる。
[0020] 本発明の消化器官保護方法が適用可能なストレスは、特に限定されず、例えば 1) 物理的ストレスとして、異物、外傷、手術、出血、寒冷、高熱、放射線、 2)化学的スト レスとして、飢餓、酸素欠乏、薬物、 3)生物学的ストレスとして、微生物、感染、 4)心 理的ストレスとして、怒、不安、焦燥、緊張、激しい労働、神経刺激、情緒の変動など が存在する。
[0021] また、ストレスによってひき起される疾患には、例えば日本心身医学会医療対策委 員会の分類 (一部改変)によれば、消化系では消化性潰瘍、潰瘍性大腸炎、過敏性 大腸症候群、神経性胃炎、神経性下痢、神経性食欲不振症、神経性嘔吐症、空気 嚥下、便秘、下痢が存在する。
実施例 1
[0022] パン酵母(Saccharomyces cerevisiae)の菌体を、 YPD培地(2%グルコース、 2%ぺ プトン、 1%イーストエキス)で 30°C、 4日間フラスコによる振とう培養を行うことにより得 た。得られた培養菌体を遠心分離により回収し、 ImM DTTを含む 50mMリン酸バッ ファー (PH7.5)に菌体を懸濁した。そして、超音波破砕後の遠心分離上清を TRX抽 出液とした。次いで、抽出液を 60°C、 30分間熱処理をおこない上澄み分画を 70% 飽和硫安塩析にて沈殿物として回収した。塩析沈殿物を 1. 5M硫安濃度 (pH7.5)に て溶解し、 Buthyl-Toyopearl C650ゲル(東ソ一社製)を用いて疎水カラムクロマトグ ラフィーを実施した。 TRXは 1.0M硫安付近を溶出ピークとして回収された。疎水クロ マトグラフィー溶出液を限外ろ過膜 (YM10、アミコン社製)を用いて濃縮し Superdex Pg75 (フアルマシア製)ゲルろ過クロマトグラフィーに供した。 TRXは分子量 10, 000 付近に主ピークとして溶出された。ゲルろ過溶出分画の純度検定をポリアクリルアミド
電気泳動にて調べた結果、分子量 12, 000の単一バンドを示した。本標品を最終精 製品とし、 DTTを含まない PBS (pH7.2)にバッファー交換した。
実施例 2
[0023] 物理的ストレスに対する保護作用を解析するモデルとして、 SDラット (6週齢、ォス、 n=5)に水浸ストレスを与える実験を行った。水浸ストレスとは、ラットを 12時間絶食さ せた後、水中にこれらのラットを浸漬することによるストレスを指す。 TRXをラットに投 与する方法は、水浸ストレスの開始 15分前 (前投与)、及び水浸ストレスの終了 15分 後(後投与)の 2種類で、生理食塩水(0. 9% NaCl) 200 μ Lに TRXが 10mg/kg体重 となるように溶解し、経口投与することで行った。また、対照実験として、上記生理食 塩水 200 μ L、及び上記生理食塩水 200 μ Lにオボアルブミン(OVA)を 10mg/kg体 重で溶解した溶液を経口投与し、その他の条件は上記と同様で行った(図 1)。ストレ スの軽重の比較は、水浸ストレス終了後 5時間の時点でラットを屠殺し、胃を摘出し、 胃壁に生じた胃潰瘍の長さを比較することにより行った。
[0024] 解析の結果、前投与の場合、 OVAでは潰瘍長が平均 5. 5mm, TRXでは平均 1. 2 mmであった。対象実験の生理食塩水では潰瘍長が平均 2. 5mmであることを考慮 すると、 TRXは水浸ストレスによる胃潰瘍の発症を有意に抑制する効果があることが 明らかとなった (図 2)。
[0025] また、後投与の場合、生理食塩水では潰瘍長が平均 4. 5mm, TRXでは平均 3. 5 mmであった。 TRXにより、水浸ストレスによる胃潰瘍の発症を若干抑制する効果は みられたものの、生理食塩水との有意差は検出できな力つた(図 2)。以上より、 TRX による消ィ匕器官保護方法にぉ 、ては、ストレスを与えられる前に TRXを摂取する方が 、ストレスを与えられる後に摂取するよりも効果が大きいことが明らかとなった。
実施例 3
[0026] 化学的ストレスに対する保護作用を解析するモデルとして、ラットに薬剤誘導ストレ スを与える実験を行った。使用した動物は SDラット(6週齢、ォス) 5匹であり、ここで いう薬剤誘導ストレスとは、 80%エタノールに 150mMの塩酸を溶解させて調製した 溶液 (エタノール溶液)を、 5mlZkg体重でラットに経口投与することによるストレスを 指す。本実施例においては、実験開始後 1日、 2日及び 3日後に TRX及び対照実験
として OVAを lOmgZkg体重となるように与え、 3日後の TRXまたは OVAの投与後 1 時間後にお 、て上記薬剤誘導ストレスを与え、更にその 1時間後にラットを屠殺し、 胃を摘出し、胃壁に生じた胃潰瘍の長さを比較した (図 3)。
[0027] 解析の結果、 OVAでは潰瘍長が平均 7. 5mmであったが、 TRXでは平均 4. 5mm であった。すなわち TRXは OVAと比較し、薬剤誘導ストレスによる胃潰瘍の発症を抑 制する効果がみられた(図 4)。また、その際における胃潰瘍の発症状況を図 5におい て示す。
産業上の利用可能性
[0028] 本発明の消化器官保護方法により、各種ストレスなどが原因で生じる消化器官の損 傷、例えば胃壁における胃潰瘍の形成を防止することが可能となり、その性質を利用 することにより、各種機能性食品への素材として応用することができる。