JP7453800B2 - ステンレス鋼板、燃料電池用セパレータ、燃料電池セル、及び燃料電池スタック - Google Patents

ステンレス鋼板、燃料電池用セパレータ、燃料電池セル、及び燃料電池スタック Download PDF

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Description

本発明は、ステンレス鋼板、燃料電池用セパレータ、燃料電池セル、及び燃料電池スタックに関する。
固体高分子型燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell、PEFC)におけるセパレータは、次の機能を担っている。
・ガス拡散層(Gas Diffusion Layer、GDL)と接触して電気的な導通を取る導通部品としての機能、
・内部で生成した水、あるいは結露した水に電解質膜起因等の腐食成分が含まれた水溶液腐食環境となる電池セルの容器としての機能、及び
・酸素や空気等の酸化ガス、水素等の燃料ガスを流通させGDLを介して膜/電極接合体(Membrane Electrode Assembly、MEA)にガスを供給する流路としての機能。
そのため、セパレータ用の材料には、(1)カーボンペーパーとの低接触抵抗、(2)燃料電池の内部環境で溶出しない高耐食性、及び(3)形状作りのための高い加工性等が求められる。
特許第6315158号公報、特開2006-316338号公報、特開2004-68115号公報、及び特開2012-92413号公報には、ステンレス鋼を高温の窒素雰囲気で処理し、窒素を吸収させて組織をオーステナイト化することが記載されている。
特許第6315158号公報 特開2006-316338号公報 特開2004-68115号公報 特開2012-92413号公報
一般に、PEFC用金属セパレータは、厚みが100μm程度の金属箔を用い、微細な溝を設けた形状に成型することにより製造する。これをMEAやGDLとなるカーボンペーパー、ガスケット、シール材等と組み合わせて、燃料電池セルを組み、さらに燃料電池セルを組み合わせて燃料電池スタックを構成する。
このような燃料電池の製造工程では、金属箔のセパレータを、溝形状等を変形させることなく保持し、振り回し、移動させて組み立てができるように取り扱う必要がある。これらを量産的に行うには、高速で動くロボットを用いることが考えられる。しかし、容易に変形する金属箔を機械的に掴むように制御することは困難である。吸盤等によって吸着して保持する方法も、溝構造の流路が形成されたセパレータには適用できない。磁力による保持が一つの解決方法であるが、耐食性の要求されるセパレータ用の材料として適しているオーステナイト系ステンレスは非磁性であり、磁力による保持ができない。
本発明の目的は、磁力による保持、振り回しができるだけの磁性を有し、かつ、耐食性が良好なステンレス鋼板を提供することである。
本発明の一実施形態によるステンレス鋼板は、化学組成が、質量%で、Cr:20~26%、N:0.12~1.6%、Si:2.0%以下、C:0.040%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Mn:1.5%以下、Cu:0.50%以下、Mo:3.00%以下、Ni:5.00%以下、Ca:50ppm未満、sol.Al:300ppm未満、残部:Fe及び不純物であり、前記ステンレス鋼板は、30~200μmの厚みを有し、前記ステンレス鋼板は、その表裏の面の表層に形成されたオーステナイト相を主体とする層状の第1領域と、前記第1領域の間に形成されたフェライト相を主体とする層状の第2領域とを有し、圧延方向に垂直な断面において、前記第2領域の断面面積率が20%以上である。
本発明によれば、磁力による保持、振り回しができるだけの磁性を有し、かつ、耐食性が良好なステンレス鋼板が得られる。
図1は、オーステナイト相を主体とする第1領域とフェライト相を主体とする第2領域とを有するステンレス鋼板の断面写真の一例である。 図2は、第2領域を有さないステンレス鋼板の断面写真の一例である。 図3は、本発明の一実施形態によるステンレス鋼板の製造方法の一例を示すフロー図である。 図4は、燃料電池セルの一例を示す分解斜視図である。 図5は、複数のセルの集合体である燃料電池の斜視図である。
本発明者らは、上記の課題を解決するため、種々の検討を行った。その結果、表層に耐食性の高いオーステナイト相を主体とする組織を有し、内部に磁性を持つフェライト相を主体とする組織を有する構造とすることで、耐食性と磁性とを両立したステンレス鋼板が得られることを着想した。
特許第6315158号公報に記載されたステンレス鋼板では、フェライト系ステンレス鋼に窒素を吸収させて組織をオーステナイト化している。このオーステナイト化の途中で反応を制御することにより、表層がオーステナイト相を主体とする組織からなり、内部がフェライト相を主体とする組織からなる構造を形成することができることを見出した。
以上の知見に基づいて、本発明は完成された。以下、本発明の一実施形態によるステンレス鋼板、燃料電池用セパレータ、燃料電池セル及び燃料電池スタックを詳述する。
[ステンレス鋼板]
[化学組成]
本発明の一実施形態によるステンレス鋼板は、以下に説明する化学組成を有する。以下の説明において、元素の含有量の「%」及び「ppm」は、特に断りの無い限り、それぞれ質量%及び質量ppmを意味する。
Cr:20~26%
クロム(Cr)は、ステンレス鋼の表面でCr不動態皮膜を形成して耐食性を向上させる作用を有する。Cr含有量の下限は20%とする。20%未満では、窒素吸収によりオーステナイト化させた組織にマルテンサイト相が多く含まれる可能性がある。一方、Cr含有量の増加にしたがって、変形抵抗は高くなる。Cr含有量の上限を26%とするのは、工業的な製造プロセスの冷間圧延等で30μm程度までの薄い板厚の鋼板の安定製造性を担保するためである。Cr含有量の下限は、好ましくは23%である。23%未満では、強加工を行うと加工誘起マルテンサイト相が生成する可能性がある。Cr含有量の上限は、好ましくは25%である。これは、より安定した製造性(特に板厚の薄い鋼板の平坦性)を担保するためである。
N:0.12~1.6%
窒素(N)は、ステンレス鋼中で窒化物を生成しない範囲で含有することにより、耐食性を向上させる作用を有する。また、ステンレス鋼のオーステナイト化を促進する元素でもある。N含有量の下限は、0.12%である。これは、Fe-Cr-N系ステンレス鋼において、表層にオーステナイト相を主体とする組織を得るために必要な最低窒素量を確保するためである。N含有量の上限は1.6%である。これは、結晶粒内にCrNやCrNのような窒化物の生成を抑制するためである。N含有量の下限は、好ましくは0.4%である。N含有量の上限は、好ましくは1.2%である。
Si:2.0%以下
シリコン(Si)は、含有されなくてもよい。Siは、ステンレス鋼の加工性を劣化させる元素であることから、通常は積極的に添加する元素ではない。一方、Siは、ステンレス鋼が過不動態腐食環境に曝されると表面でSiOを生成し、Cr不動態皮膜を被覆して保護する作用を発揮する。Siを含有させる場合、Si含有量の上限は2.0%とする。Si含有量が2.0%を超えると、加工性の劣化や、製造中に脆いσ相が析出しやすくなり、鋼板への加工工程で割れが発生する場合や、平坦性が悪くプレス加工に適さない形状になる場合がある。Si含有量の上限は、好ましくは1.5%である。Siを含有させる場合、Si含有量の下限は、好ましくは0.15%である。
C:0.040%以下
炭素(C)は、含有されなくてもよい。Cは、固溶強化元素であり、ステンレス鋼の強度向上に寄与する。しかし、本実施形態のステンレス鋼板ではNを一定量以上含有させるため、Nによる固溶強化が十分であり、Cを添加しなくてもよい。C含有量が多すぎると、製造過程で炭化物が多数生成され、これら炭化物が破壊の起点となって、鋼の成形性が低下する。そのため、C含有量は0.040%以下とする。C含有量の上限は、好ましくは0.030%である。Cを含有させる場合、C含有量の下限は、好ましくは0.01%である。
P:0.030%以下
リン(P)は、不純物である。Pは凝固時に粒界に偏析し、凝固割れ感受性を高める。したがって、P含有量はできるだけ低い方が好ましい。そのため、P含有量は0.030%以下とする。
S:0.030%以下
硫黄(S)は、不純物である。Sは凝固時に粒界に偏析し、凝固割れ感受性を高める。したがって、S含有量はできるだけ低い方が好ましい。そのため、S含有量は0.030%以下とする。
Mn:1.5%以下
マンガン(Mn)は、含有されなくてもよい。Mnは、Sによる熱間加工性の低下を抑制する。Mnはさらに、ステンレス鋼を脱酸する。しかし、Mn含有量が多くなると、σ相等の金属間化合物相の析出が促進される。σ相の析出によって組織安定性が低下するとともに、ステンレス鋼の靱性及び延性が低下する。そのため、Mn含有量は1.5%以下とする。Mn含有量の上限は、好ましくは1.0%であり、さらに好ましくは0.5%である。Mnを含有させる場合、Mn含有量の下限は、好ましくは0.2%である。
Cu:0.50%以下
銅(Cu)は、含有されなくてもよい。Cuは粒界に偏析しやすく、また、オーステナイト安定化元素である。Cuは固溶強化元素として作用し、構造材として必要な高温強度の上昇に寄与するため、必要に応じて含有させてもよい。Cu含有量が多くなると、鋳造時の凝固中にフェライト生成が抑制され、凝固割れ感受性が高まる。また、Cu含有量が多いと、熱間加工性が低下する恐れがある。そのため、Cu含有量は0.50%以下とする。Cuを含有させる場合、Cu含有量の下限は、好ましくは0.05%である。
Mo:3.00%以下
モリブデン(Mo)は、含有されなくてもよい。しかし、特に耐食性を高めたいときは、Moはステンレス鋼の耐食性を高める効果を有するため、3.00%までの範囲で添加してもよい。しかし、Moはレアメタルに分類される高価な元素であり、経済性に優れた材料を提供するという観点では好ましくない。また、Mo含有量が多すぎると、熱間加工性が低下するとともに、表層にオーステナイト相を主体とする組織が得られない場合がある。そのため、Mo含有量は3.00%以下とする。Mo含有量の上限は、好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは0.50%である。Moを含有させる場合、Mo含有量の下限は、好ましくは0.30%である。
Ni:5.0%以下
ニッケル(Ni)は、含有されなくてもよい。しかし、Niは、ステンレス鋼のオーステナイト化を促進する元素であり、また耐食性の向上にも寄与するため、特に耐食性を高めたい場合や加工性を向上させたい場合には、5.0%を限度に含有させてもよい。しかし、Niはレアメタルに属する元素であり、経済性に優れた材料を提供するという観点で好ましくない。また、Niイオンが溶出することによって、白金触媒と高分子電解質膜との界面での酸素還元反応速度を低下させる恐れがある。そのため、Ni含有量は5.0%以下とする。Ni含有量の上限は、好ましくは0.5%であり、さらに好ましくは0.10%である。Niを含有させる場合、Ni含有量の下限は、好ましくは0.2%である。
Ca:50ppm未満
カルシウム(Ca)は、不純物である。ステンレス鋼の腐食の起点になりうる非金属介在物としては、一般にCaSやMnSが知られている。腐食起点となるCaSを多量に生成させないために、Ca含有量は50ppm未満とする。
sol.Al:300ppm未満
アルミニウム(Al)は、含有されなくてもよい。Alは、ステンレス鋼を脱酸する。しかし、Al含有量が高すぎれば、鋼の清浄度が低下し、ステンレス鋼の加工性及び延性が低下する。したがって、Al含有量は、300ppm未満である。Alを含有させる場合、Al含有量の下限は、好ましくは0.01%である。なお、本明細書において、Al含有量は酸可溶Al(sol.Al)の含有量を意味する。
本実施形態によるステンレス鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入される元素、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。
[板厚]
本実施形態によるステンレス鋼板は、30~200μmの厚みを有する。厚みは、平均厚みとする。
板厚の下限を30μmとするのは、板厚が30μm未満であると、形状を良好に保ったまま経済的に圧延によって製造することが困難になることに加えて、介在物等により貫通ピット等の欠陥の生じる恐れが高くなるためである。セパレータは隔壁でもあるので、貫通ピットは許されない。板厚の下限は、好ましくは50μmである。
板厚の上限を200μmとするのは、ステンレス鋼板の上に導電層を設けた場合に総厚が厚くなりすぎないようにするためである。板厚の上限は、好ましくは110μmであり、さらに好ましくは100μmである。
[組織]
本実施形態によるステンレス鋼板は、その表裏の面の表層に形成されたオーステナイト相を主体とする層状の第1領域と、第1領域の間に形成されたフェライト相を主体とする層状の第2領域とを有する。本実施形態によるステンレス鋼板は、圧延方向に垂直な断面において、第2領域の断面面積率が20%以上である。
(1)第1領域
本実施形態によるステンレス鋼板は、その表裏の面の表層に形成されたオーステナイト相を主体とする層状の第1領域を有する。本実施形態によるステンレス鋼板は、これによって、燃料電池の内部環境での優れた耐食性を有する。
第1領域の組織は、X線回折(X-Ray Diffraction、XRD)で検出可能なすべての相(フェライト相、オーステナイト相、マルテンサイト相等の鉄の相、CrNやCrN等の化合物相、不動態皮膜等を含む。)の中で、オーステナイト相を主体とする組織である。ステンレス鋼板は、好ましくは、表面からのXRDにおいて、オーステナイト相の上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計(IA)が、他の相の上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計(IB)の倍以上である。IAは、より好ましくはIBの3倍以上であり、理想的にはIBの10倍以上である。
ステンレス鋼板の表裏の面がオーステナイト相を主体とする層によって覆われていれば、当該層の厚みによらず、耐食性を確保することができる。そのため、第1領域の厚みは任意である。もっとも、耐食性をより確実に得るためには、第1領域の厚み(片側の厚み。以下同じ。)は、最も薄い部分で2μm以上であることが好ましい。第1領域の厚みは、さらに好ましくは、最も薄い部分で3μm以上である。
一方、第1領域の厚みが厚すぎると、第2領域のフェライト相が分断される場所が生じる場合がある。この場合、磁石で保持した際、吸着の仕方に場所によるムラが生じ、材料を変形させてしまう恐れがある。そのため、第1領域の厚みは、最も厚い部分でステンレス鋼板の厚みの40%以下であることが好ましい。第1領域の厚みは、さらに好ましくは、最も厚い部分でステンレス鋼板の厚みの30%以下である。
(2)第2領域
本実施形態によるステンレス鋼板は、第1領域の間に形成されたフェライト相を主体とする層状の第2領域を有する。本実施形態によるステンレス鋼板は、これによって、磁力による保持、振り回しを行うための十分な磁性を備えることができる。
第2領域の組織は、XRDで検出可能なすべての相(フェライト相、オーステナイト相、マルテンサイト相等の鉄の相、CrNやCrN等の化合物相等を含む。)の中でフェライト相を主体とする組織である。ステンレス鋼板は、好ましくは、板厚の半分まで片面から研削したサンプルを用いて板厚半分位置を測定面としたXRDにおいて、フェライト相の上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計(IF)が、他の層の上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計(IB)の倍以上である。IFは、より好ましくはIBの3倍以上であり、理想的にはIBの10倍以上である。
ただし、フェライト相とマルテンサイト相とはXRDでは区別が難しいので、光学顕微鏡による組織観察により、マルテンサイト相の混入を判断する。ラス状あるいは針状組織を示すマルテンサイト組織は粒状のフェライト組織とは簡単に区別することができる。もっとも、フェライト系ステンレス鋼に窒素吸収によりオーステナイト相を表面から導入する方法で製造する場合は、第2領域は高温処理時でもオーステナイト相ではない部分なので、オーステナイト相から降温時に生成するマルテンサイト相は通常存在しない。
後述する断面面積率の規定を満たしていれば、第2領域の厚みは任意である。ただし、表面に達するほどに第2領域が厚い場所があると、周囲のオーステナイト相に比較して耐食性の劣るフェライト相が表面に露出しやすくなるため、選択的に腐食が進む恐れがある。そのため、第2領域の厚みは、最も厚い部分で、(ステンレス鋼板の厚み-4μm)以下であることが好ましい。第2領域の厚みは、より好ましくは、最も厚い部分で、(ステンレス鋼板の厚み-6μm)以下である。
一方、第2領域の厚みが薄すぎてフェライト相が分断されている箇所があると、磁石で保持した際、吸着の仕方に場所によるムラが生じ、材料を変形させてしまう恐れがある。そのため、第2領域の厚みは、最も薄い部分で、ステンレス鋼板の厚みの20%以上であることが好ましい。第2領域の厚みは、より好ましくは、最も薄い部分で、ステンレス鋼板の厚みの40%以上である。
(3)第2領域の断面面積率
本実施形態によるステンレス鋼板は、圧延方向に垂直な断面において、上述した第2領域の断面面積率が20%以上である。本実施形態によるステンレス鋼板は、これによって、磁力による保持、振り回しを行うための十分な磁性を備えることができる。第2領域の断面面積率の下限は、好ましくは30%である。一方、第2領域の断面面積率が高すぎると、フェライト相が表面に露出する恐れがある。第2領域の断面面積率の上限は、好ましくは80%であり、さらに好ましくは60%である。
第2領域の断面面積率は、次のように測定する。
ステンレス鋼板から、圧延方向と垂直な断面が観察面となるように試験片を採取する。観察面を研磨し、エッチングする。本実施形態の化学組成の範囲では、王水とグリセリンとを体積比で4:1としたエッチング液を好適に用いることができる。
図1は、第1領域A1と第2領域A2とを有するステンレス鋼板の断面写真の一例である。図2は、第2領域を有さないステンレス鋼板の断面写真の一例である。なお、図1は後述する実施例のTP番号4の断面写真である。図1に示すように、ステンレス鋼板が第1領域A1と第2領域A2とを有する場合、その境界はエッチングによって明確に判別することができる。
第1領域と第2領域との境界は、境界を挟む結晶粒を走査電子顕微鏡のエネルギー分散型X線分光法(Scanning Electron Microscopy-Energy Dispersive X-ray spectroscopy、SEM-EDS)によって解析することで確認することもできる。具体的には、Cr、Fe、Nに元素を限定してSEM-EDSによる半定量解析を行うと、第1領域ではN≧1.0原子%となり、第2領域ではN<1.0原子%となる。
上述した光学顕微鏡観察やN濃度の解析によって第1領域と判定される領域の中には、厳密には、オーステナイト相になった後、γ→CrN+αの共析反応によってCrNとαとの微細なラメラ組織を形成しているものが存在している可能性がある。しかし、断面面積率の算出に当たっては、当該部分も第1領域に含めるものとする。同様に、第1領域及び第2領域の中には、厳密には介在物や析出物が含まれる場合があるが、断面面積率の算出に当たっては、当該部分も周囲の領域(第1領域又は第2領域)に含まれるものとする。
上述した方法によって第1領域と第2領域との境界を定めた後、それぞれの面積を画像解析ソフトで求める。第2領域の面積をA、第2領域以外の領域の面積をBとし、第2領域の断面面積率をA/(A+B)から求める。
なお、ステンレス鋼板が長尺である場合、ステンレス鋼板を均等に切断した複数の断面(例えば10断面)で断面面積率を測定し、その平均を求めることが望ましい。
(4)その他
本実施形態によるステンレス鋼板は、ステンレス鋼板の厚み全体の平均として、オーステナイト相及びフェライト相以外の相の割合が小さいことが好ましい。より具体的には、ステンレス鋼板の厚み全体の平均として、XRDで検出可能なすべての相(フェライト相、オーステナイト相、マルテンサイト相等の鉄の相、CrNやCrN等の化合物相等を含む。)に対して、オーステナイト相及びフェライト相以外の相の割合が小さいことが好ましい。
本実施形態によるステンレス鋼板は、厚みが30~200μmと薄いものであるが、XRDによって全厚を評価するには厚すぎる。ステンレス鋼板の組織の評価は、ステンレス鋼板を複数毎重ねて、これを傾斜研磨したものをXRDで測定することによって求めることができる。例えば、幅20mm幅に切断した厚み30μmのステンレス鋼板を10枚重ねて樹脂に埋め込み、6°の傾斜研磨で10倍に拡大することで、3mm×20mmの評価面を有する試料を得ることができる。
このような試料の評価面がすべてX線の照射面積に入るようにXRDを測定する。このとき、フェライト相の上位2つまでの最強ピーク及びオーステナイト相の上位2つまでの最強ピークの合計4本のピーク強度の合計(IAF)と、フェライト相及びオーステナイト相以外の全ての相のそれぞれの上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計(IBS)とが、IBS/IAF≦0.1の関係を満たすことが好ましい。より好ましくは、IBS/IAF≦0.05である。
ただし、マルテンサイト相が存在する場合、XRDではフェライト相とマルテンサイト相との判別が困難である。そのため、上述したIAF及びIBSの計算に当たっては、光学顕微鏡による断面組織観察によりフェライト相及びマルテンサイト相の面積率を求め、α相のピーク強度を面積率で按分するものとする。
[導電性の炭素質材を含む導電層]
本実施形態によるステンレス鋼板は、少なくとも一方の面に、導電性の炭素質材を含む導電層を備えることができる。これにより、ガス拡散層との接触抵抗がより低くなる。
導電性の炭素質材は、黒鉛(グラファイト)、並びにアセチレンブラック及びケッチェンブラック等のカーボンブラック等が挙げられる。ケッチェンブラックとしては、例えば、ライオン株式会社製ケッチェンブラックEC、ケッチェンブラックEC600JD、カーボンECP、カーボンECP600JD等の市販品を使用することができる。アセチレンブラックとしては電気化学工業社製デンカブラック(登録商標)が挙げられる。
導電層が黒鉛を含むことは、例えば、導電層のラマンスペクトルが黒鉛のピークを示すことにより確認できる。具体的には、導電層についてラマン分光法によって、Dバンド及びGバンドのピークが得られ、かつGバンドの半価幅が100cm-1以下である場合に、導電層は黒鉛を十分に含むと判断することができる。Gバンドの半価幅が100cm-1を超える場合には、導電層は黒鉛を十分に含まないと判断することができる。
導電層は、マトリックス樹脂中に炭素質材を分散して有する炭素-樹脂複合層であってもよい。
炭素-樹脂複合層は、炭素質材と熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂からなるマトリックス樹脂とを含む。炭素-樹脂複合層は、炭素質材(C)とマトリックス樹脂(R)との体積比(C/R)が、6/4~9/1であることが好ましい。体積比(C/R)が6/4よりも小さいと導電性が低下する場合があり、9/1よりも大きいと柔軟性、可撓性及び耐食性に劣る場合がある。
炭素-樹脂複合層の厚みは、好ましくは0.02~5.0mmである。厚みが0.02mmよりも薄いと、炭素-樹脂複合層の僅かなクラックから腐食が始まる場合があり、5.0mmよいも厚いと可撓性に悪影響を及ぼす場合がある。炭素-樹脂複合層の厚みは、より好ましくは0.05~2.0mmである。
炭素-樹脂複合層を形成する炭素質材は、これに限定されないが、天然黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛、膨張化黒鉛、鱗片状黒鉛、及び球状黒鉛等の粉末の1種又は2種以上の混合物を用いることができる。可撓性及び導電性の観点から、膨張黒鉛又は膨張化黒鉛の粉末を含むことが好ましい。
炭素-樹脂複合層を形成するマトリックス樹脂は、熱可塑性樹脂であってもよく、熱硬化性樹脂であってもよい。
熱可塑性樹脂としては、これに限定されないが、ポリプロピレン樹脂(PP)、ポリエチレン樹脂(PE)、ポリアミド樹脂(PA)、ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS)、ポリメチルペンテン樹脂(PMP)、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)、ポリフェニレンエーテル樹脂(PPE)、液晶ポリマー樹脂(LCP)、ポリアミドイミド樹脂(PAI)、ポリスルホン樹脂(PSU)、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)及びポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)の1種又は2種以上の混合物を用いることができる。
PP、PE、PMP等のポリオレフィン樹脂については、当該ポリオレフィン樹脂の一部又は全部が不飽和カルボン酸又はその誘導体によってグラフト変性された変性ポリオレフィン樹脂を使用することが好ましい。このような変性ポリオレフィン樹脂を使用することにより、可撓性の向上や、ステンレス鋼板との密着性の向上が期待でき、それによって接触抵抗の低下も期待できる。
熱硬化性樹脂としては、これに限定されないが、フェノール樹脂及びエポキシ樹脂の1種又は2種の混合物を用いることができる。
[接着剤層]
本実施形態によるステンレス鋼板は、ステンレス鋼板の表面と導電層との間に、接着剤層をさらに備えていてもよい。
接着剤層を形成する接着剤組成物は、これに限定されないが、接着性ポリオレフィン樹脂を含む接着剤組成物(例えば、三井化学株式会社製アドマー(商品名))、不飽和カルボン酸によりグラフト変性された変性ポリオレフィン樹脂を含む接着剤組成物(例えば、三井化学株式会社製ユニストール(商品名))、ハロゲンによりグラフト変性された変性ポリオレフィン樹脂を含む接着剤組成物(例えば、東洋紡株式会社製トーヨータック(商品名))、フェノール樹脂接着剤組成物(例えば、リグナイト株式会社製AH-1148(商品名))、エポキシ樹脂接着剤組成物(例えば、日鉄ケミカル&マテリアル株式会社製YSLV-80XY(商品名))を使用することができる。接着剤組成物は、ポリオレフィン樹脂の一部又は全部が不飽和カルボン酸又はその誘導体によってグラフト変性された変性ポリオレフィン樹脂を含むもの(例えば、特開2005-146178号公報を参照)が好ましい。
接着剤層の厚みは、好ましくは0.1~10μmである。接着剤層の厚みが0.1μm未満であると、接着強度が不足する場合がある。接着剤層の厚みが10μmを超えると、導電性が不足する場合がある。
[ステンレス鋼板の製造方法]
図3は、本実施形態によるステンレス鋼板の製造方法の一例を示すフロー図である。この製造方法はあくまでも例示であり、本実施形態によるステンレス鋼板の製造方法は、この方法に限定されない。
この製造方法は、スラブを準備する工程(ステップS1)と、スラブを熱間圧延及び冷間圧延することによって、厚み30~200μmの圧延鋼板を得る工程(ステップS2)と、圧延鋼板を窒素を含むガス雰囲気下で焼鈍して冷却する工程(ステップS3)とを備えている。以下、各工程を詳述する。
[スラブ準備工程]
化学組成が、質量%で、Cr:20~26%、N:0.1%以下、Si:2.0%以下、C:0.040%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Mn:1.5%以下、Cu:0.50%以下、Mo:3.00%以下、Ni:5.00%以下、Ca:50ppm未満、sol.Al:300ppm未満、残部:Fe及び不純物であるスラブを準備する(ステップS1)。
このスラブの化学組成は、N含有量を除き、上述したステンレス鋼板の化学組成と同じである。スラブのN含有量を0.1%以下とするのは、N含有量が0.1%を超えると、変形抵抗が高くなり、圧延によって鋼板にすることが困難になるためである。スラブのN含有量の上限は、好ましくは0.05%である。
スラブを準備する工程は、これに限定されないが、例えば以下のようにすることができる。
原料を溶解する。原料としては、ステンレス鋼製造用のフェロクロム及びフェロシリコン、鋳鉄、並びにフェライト系ステンレス鋼のスクラップ等を用いることができる。溶解は、主に電気炉で行う。実験室レベルでは、真空誘導加熱炉で行うこともできる。炭素量、ガス成分、金属介在物を低減するために精錬を行う。精錬は、AOD(Argon-Oxygen-Decarburization)法、VOD(Vacuum-Oxygen-Decarburization)法、V-AOD法等が適用可能である。その後、連続鋳造装置やケースへの鋳込みにより、圧延に適した形状のスラブにする。スラブの化学組成は、原料の配合や、精錬の条件によって調整することができる。
[圧延工程]
スラブを熱間圧延及び冷間圧延することによって、厚み30~200μmの圧延鋼板を得る(ステップS2)。熱間圧延及び冷間圧延はそれぞれ繰り返し行ってもよく、必要に応じて焼鈍等の中間熱処理や、酸洗を行ってもよい。また、熱間圧延及び冷間圧延に加えて、必要に応じて熱間鍛造や切削加工をさらに行ってもよい。
圧延工程は、これに限定されないが、例えば以下のようにすることができる。
タンデムミルやステッケルミルによって熱間圧延してスラブを熱間コイルにする。この熱間コイルを焼鈍・酸洗する。さらに多段ロール冷間圧延機によって冷間圧延して、厚み30~200μmの圧延鋼板にする。
[焼鈍工程]
圧延鋼板を、窒素を含むガス雰囲気下で焼鈍して冷却する(ステップS3)。この工程によって、鋼板の表裏の面から窒素を吸収させて、鋼板の表裏の面の表層の組織を、オーステナイト相を主体とする組織にする。
処理ガス全圧に対する窒素の分圧の比は、好ましくは0.2~0.9である。全圧に対する窒素の分圧の比が0.2未満では、表面から十分に窒素が供給されず、鋼板の厚みが厚い場合に、鋼板の表裏の面の全体を覆うように第1領域を形成することが困難になる。一方、処理ガス全圧に対する窒素の分圧の比が0.9よりも高いと、表面にCr窒化物が過剰に生成し、加工時割れ発生の起点となる可能性がある。処理ガス全圧に対する窒素の分圧の比の上限は、好ましくは0.75である。窒素と混合するガスは、鋼板を酸化させないために水素を用いるのが好ましい。水素に代えて、あるいは水素に加えて、アルゴンを用いてもよい。
焼鈍の温度は、好ましくは950~1200℃である。焼鈍の温度が950℃未満では、平衡状態でオーステナイト相のみならずCrN相が存在するため、第1領域のγ相分率を高くできない可能性がある。一方、焼鈍の温度が1200℃を超えると、特にSiを含有する場合、粒界近傍で液相が発生し、溶融して脆化が生じる可能性がある。焼鈍の温度は、Cr含有量によって異なるが、1050~1150℃がより好ましい。
焼鈍の保持時間は、鋼板の厚み及び窒素分圧に依存して狭い範囲で管理する必要がある。窒素吸収によるオーステナイト化が表面から時間と共に板厚内部へ進むが、本実施形態によるステンレス鋼板の製造には、オーステナイト化の進行を途中で止める必要があるためである。保持時間が短すぎると、板厚が薄い場合でも、表面にフェライト相が残存する恐れがある。一方、保持時間が長すぎると、第2領域の断面面積率が低くなりすぎ、磁石への吸着力が不足する。
焼鈍した鋼板を冷却する。焼鈍後の鋼板は、速やかに冷却することが好ましい。焼鈍後の鋼板を徐冷すると、中間の温度域で窒化物が過剰に析出する可能性がある。ただし、本実施形態の鋼板は厚みが30~200μmであり、放熱面積に対する熱容量が小さいため、炉外で放冷すれば十分速やかに冷却される。水冷等をすると、急冷歪によって変形するため好ましくない。
焼鈍工程は、例えば、鋼板を連続光輝焼鈍ラインと呼ばれる焼鈍ラインに通すことで実施することができる。
この焼鈍工程によって、鋼板の表裏の面の表層にオーステナイト相を主体とする第1領域が形成される。焼鈍工程後の鋼板は、N含有量が0.12~1.6質量%であり、第2領域の断面面積率が20%以上になるように調整される。
焼鈍工程後の鋼板のN含有量は、スラブのN含有量、焼鈍の条件によって調整することができる。具体的には、スラブのN含有量を高くする、焼鈍の際の窒素分圧を高くする、焼鈍の温度を高くする、又は焼鈍の保持時間を長くすることによって、焼鈍工程後の鋼板のN含有量を高くすることができる。
[酸洗工程]
焼鈍工程後の鋼板を、非酸化性酸を含む溶液で酸洗してもよい(ステップS4)。この酸洗工程は任意の工程であり、実施しなくてもよい。酸洗工程を行えば、鋼板の表面接触抵抗を低くすることができる。酸洗を行う場合、鋼板の表面を酸化させないため、非酸化性の酸を使用する。使用できる酸は例えば、(1)フッ化水素酸、(2)硫酸、(3)塩酸、及びこれらの酸の混酸である。
(1)フッ化水素酸
フッ化水素酸の濃度は、好ましくは1~5質量%である。処理温度は、好ましくは35~75℃である。35℃未満では、処理が長時間になる可能性がある。また、夏季は酸洗時発熱による昇温を制御しきれず、外気温に左右されて安定な処理ができない可能性がある。一方、75℃よりも高くすると、処理液から腐食性のヒュームが発生する場合がある。処理温度は、より好ましくは40~55℃である。処理時間は、好ましくは2~10分である。
(2)硫酸
硫酸の濃度は、好ましくは10~40質量%である。処理温度は、好ましくは35~75℃である。35℃未満では、処理が長時間になる可能性がある。また、夏季は酸洗時発熱による昇温を制御しきれず、外気温に左右されて安定な処理ができない可能性がある。一方、75℃よりも高くすると、処理液から有害なSOガスが発生する場合がある。濃度は、より好ましくは、15~30質量%である。処理温度は、より好ましくは50~60℃である。処理時間は、好ましくは0.5~5分である。
(3)塩酸
塩酸の濃度は、好ましくは4~15質量%である。処理温度は、好ましくは35~75℃である。35℃未満では処理が長時間になる可能性がある。また、夏季は酸洗時発熱による昇温を制御しきれず、外気温に左右されて安定な処理ができない可能性がある。一方、75℃よりも高くすると、処理液から腐食性のヒュームが発生する場合がある。濃度は、より好ましくは、4~12質量%である。処理温度は、より好ましくは40~55℃である。処理時間は、好ましくは2~15分である。
以上、本実施形態によるステンレス鋼板の製造方法の一例を説明した。この例では、Fe-Cr系ステンレス鋼を鋼板にした後、窒素を吸収させ、ステンレス鋼板の表裏の面の表層にオーステナイト相を主体とする層状の第1領域を形成する。これによって、ステンレス鋼板の耐食性を向上させることができる。また、ステンレス鋼板が第1領域の間にフェライト相を主体とする層状の第2領域を有することによって、磁力による保持、振り回しを行うための十分な磁性を備えることができる。
[導電層の形成]
ステンレス鋼板に導電性の炭素質材を有する導電層を形成する場合は、以下の方法を用いることができる。
塊状(ブロック状等)の導電性炭素質材を、ステンレス鋼板表面のCr窒化物皮膜に対して摺動させる。導電性炭素質材は、黒鉛であることが好ましい。黒鉛は、炭素原子からなる六員環の面間の結合が弱い。このため、黒鉛をCr窒化物皮膜に対して摺動させると、黒鉛は鱗状の粒子となってCr窒化物皮膜の表面にほぼ平行に配向する。これによって、Cr窒化物皮膜の表面を黒鉛で効率的に覆うことができる。
導電層として、マトリックス樹脂中に炭素質材を分散させた炭素-樹脂複合層を形成する場合は、以下の方法を用いることができる。
炭素質材とマトリックス樹脂とを含む混合物を直接ステンレス鋼板の表面にホットプレスする。あるいは、炭素質材とマトリックス樹脂とを溶剤中に分散させたスラリーを、ドクターブレード等を用いてステンレス鋼板の表面に塗布し、乾燥後にホットプレスしてもよい。
炭素-樹脂複合層を形成する場合、炭素質材の粉末とマトリクス樹脂の粉末とを含む粉末混合物をホットプレスして予め炭素-樹脂複合層を形成しておき、得られた炭素-樹脂複合層をステンレス鋼板の表面にホットプレスで積層させる方法が特に好ましい。この積層工程に先駆けて、ステンレス鋼板の表面した接着剤組成物を塗布してもよい。この場合、ステンレス鋼板と炭素-樹脂複合層とは、接着剤層を介して積層される。
[燃料電池用セパレータ]
本発明の一実施形態による燃料電池用セパレータは、本実施形態によるステンレス鋼板を備える。本実施形態による燃料電池用セパレータは、より具体的には、本実施形態によるステンレス鋼板に、流路として機能する凹凸等が形成されたものである。本実施形態による燃料電池用セパレータは、本実施形態によるステンレス鋼板をプレス加工して製造することができる。
[燃料電池セル及び燃料電池スタック]
本発明の一実施形態による燃料電池セルは、本実施形態による燃料電池用セパレータを備える。本発明の一実施形態による燃料電池スタックは、本実施形態による燃料電池セルを複数備える。
図4は、固体高分子形燃料電池セルの一例であるセル10の構成を示す分解斜視図である。図5は、複数のセル10の集合体(スタック)である固体高分子形燃料電池1の斜視図である。図4のセル10、及び図5の固体高分子形燃料電池1は、いずれも例示であり、本実施形態による燃料電池セル及び燃料電池スタックの構成は、これらに限定されない。
セル10は、図4に示すように、固体高分子電解質膜2の一面にアノード(アノード側ガス拡散電極層又は燃料電極膜)3が、他面にはカソード(カソード側ガス拡散電極層又は酸化剤電極膜)4がそれぞれ積層され、その積層体の両面にセパレータ5a、5bが重ねられた構造になっている。
なお、本実施形態による燃料電池用セパレータには、冷却水の流路を有するセパレータ(水セパレータ)であってもよい。本実施形態による燃料電池スタックは、セルとセルとの間、又は数個のセルごとに水セパレータを配置した水冷型の燃料電池であってもよい。
固体高分子電解質膜2としては、水素イオン交換基を有するフッ素系プロトン伝導膜を用いることができる。アノード3及びカソード4には、粒子状の白金触媒と黒鉛粉、及び必要に応じて水素イオン交換基を有するフッ素樹脂からなる触媒層が設けられている場合もある。この場合には、燃料ガス又は酸化性ガスとこの触媒層とが接触して反応が促進される。
セパレータ5aには、流路6aが設けられている。流路6aには、燃料ガス(水素又は水素含有ガス)Aが流されてアノード3に水素が供給される。セパレータ5bには、流路6bが設けられている。流路6bには、空気等の酸化性ガスBが流され、カソード4に酸素が供給される。こうして供給された水素及び酸素により電気化学反応が生じて直流電力が発生する。
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
[実施例1](導電層なし)
[圧延鋼板の製造]
表1に示す17種の化学組成の鋼を、高周波誘導加熱方式の30kg真空溶融炉で溶解し、直径125~115mm、高さが320mmの略円錐台形状の鋳造インゴットを製造した。
Figure 0007453800000001
これらの鋳造インゴットを、円錐台形状の側面の表面黒皮をグラインダーにより研削した。研削後、1250℃で3時間加熱し、仕上厚25mmになるまで熱間鍛造した。鍛造後の黒皮を、鋼板の厚みが20mmになるまで研削した。研削後、1200℃で2時間加熱し、厚み4mmになるまで熱間圧延した。圧延後の黒皮を、鋼板の厚みが3mmになるまで研削した。研削後、厚み0.5mmまで冷間圧延した。冷間圧延後、800℃で10分間、アルゴン雰囲気で中間焼鈍を実施した。その後、後掲の表3に示す厚みまで冷間圧延した。
ただし、材料7、8、及び17については、厚み0.5mmの段階で耳割れが大きかったため、以降の工程を実施しなかった。材料7、8、及び17の加工性が低かったのは、それぞれ、Cr含有量、Si含有量、及びMo含有量が高すぎたためと考えられる。
[焼鈍処理]
各圧延鋼板から幅70mm×長さ200mmの素材を切り出し、連続焼鈍シミュレータ装置によって、光輝焼鈍処理を施すとともに固相状態での窒素吸収処理(以下「焼鈍処理」という。)を実施した。
焼鈍処理は、表2に示す分圧比のガスを使用した。なお、全圧は1気圧とした。
Figure 0007453800000002
焼鈍処理の条件は、後掲の表3に示すとおりとした。表3の「保持温度」欄に記載の温度で「保持時間」欄に記載の時間保持した後、急冷する熱処理を行った。冷却速度は500℃までの平均冷却速度で8~10℃/秒とした。
[酸洗処理]
焼鈍処理後の圧延鋼板を、60℃に保持した濃度25質量%の硫酸に1分間浸漬することにより酸洗し、ステンレス鋼板とした。
[組織等の調査]
(1)ステンレス鋼板のN含有量の測定
窒素吸収後の鋼中のN含有量は、各ステンレス鋼板の全厚から分析サンプルを採取して、不活性ガス搬送融解熱伝導度法にて測定した。
(2)第1領域と第2領域とを有することの確認
各ステンレス鋼板から、圧延方向と垂直な断面が観察面となるように試験片を採取し、樹脂に埋め込んで鏡面研磨した後、王水とグリセリンとを体積比で4:1としたエッチング液を用いて金属組織が現れるまでエッチングした。図1に、後掲の表3のTP番号4のステンレス鋼板の断面写真を示す。図1に示すように、ステンレス鋼板が第1領域A1と第2領域A2とを有する場合、その境界はエッチングによって明確に判別することができた。
フェライト相を主体とする領域は、オーステナイト相を主体とする領域よりも深くエッチングされた。フェライト相を主体とする領域内では、結晶粒ごとのエッチングの差が小さく、粒界のエッチングも薄く、粒内も比較的平滑にエッチングされた。これは、窒素侵入が起こっておらず、もとのフェライト相のまま、高温の焼鈍による熱履歴だけを受けているためと考えられる。
これに対し、オーステナイト相を主体とする領域は、フェライト相を主体とする領域よりも浅くエッチングされた。オーステナイト相を主体とする領域内では、結晶粒ごとのエッチングの差が大きく、粒界が比較的明確にエッチングされ、粒内も比較的粗くエッチングされた。これは、固相状態で周囲が拘束されたまま窒素侵入による窒素濃化によってフェライト相からオーステナイト相に変態したため、粒内でひずみが蓄積されたことによるものと考えられる。
多くのステンレス鋼板では、断面写真から第1領域と第2領域との境界を明瞭に決定することができた。一部のステンレス鋼板に対しては、SEM-EDSによる半定量解析によって第1領域と第2領域との境界を確認した。
第1領域がオーステナイト相を主体とする組織からなり、第2領域がフェライト相を主体とする組織からなることを、XRDによって確認した。XRDは、リガク社製X線回折測定装置RINT2500を用い、Co線源を励起条件30kV、100mAで使用し、10°~110°の2θ範囲をθ-2θ法で測定した。
具体的には、断面を観察してステンレス鋼板が2種類の領域を有することを確認した後、鋼板の表面に対して、及び、板厚を片面から半分まで研削した鋼板の研削された面に対して、それぞれXRDを行った。表面に対するXRDにおいて、オーステナイト相の上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計が、他の相の上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計の倍以上であれば、表層の領域がオーステナイト相を主体とする組織からなると判断した。同様に、板厚を半分まで研削した鋼板に対するXRDにおいて、フェライト相の上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計が、他の相の上位2つまでの最強ピークのピーク強度の合計の倍以上であれば、表層の領域がフェライト相を主体とする組織からなると判断した。
(3)第2領域の断面面積率の測定
第1領域と第2領域との境界を定めた後、それぞれの面積を画像解析ソフトで求めた。第2領域の面積をA、第2領域以外の領域の面積をBとし、第2領域の断面面積率をA/(A+B)から求めた。
[磁石吸着(磁着)試験]
磁石で搬送するに足る磁石への吸着力の有無を評価するために、市販の磁石を用いた簡易試験を行った。
各ステンレス鋼板から、100mm×100mmの試験片を切り出し、100mm×100mm×5mmのポリプロピレン(PP)板を重ねた上から、評価用の磁石で試験片を持ち上げられるか否かを評価した。評価用の磁石として、ネオマグ社製の円柱型ネオジム磁石(Φ10×10mm、材質記号N40)を用いた。
より詳細には、木製の水平で平滑な台上に試験片を置き、その上にPP板を完全に重ねるように配置し、PP板の中央に評価用の磁石を置き、磁石のみを持って静かに持ち上げた。このとき、試験片がPP板を介した状態で磁石に付着し一緒に持ち上げられた場合を「合格」、試験片が持ち上がらずに磁石のみが持ち上げられた場合を「不合格」とした。
[耐食性試験]
耐食性の評価として、耐過不動態腐食性を評価した。耐過不動態腐食性の評価は、電池環境を模擬した80℃、pH3のHSO溶液にステンレス鋼板を浸漬し、Arガスを吹き込み脱気状態にして、自然電位状態に10分間保持後、20mV/分の掃引速度で、自然電位から1.4V vs SHEまでアノード分極を行った。ステンレス鋼板では、約0.9V vs SHEから過不動態腐食による電流密度増加が観察される。過不動態域に入ったと考えられる0.9V以上での最大電流密度を、耐過不動態腐食性の指標とした。0.9V以上での最大電流密度が100μA/cm未満であれば、耐過不動態腐食性に優れ、耐食性が「良好」と評価した。最大電流密度が100μA/cm以上であれば耐過不動態腐食性に劣り、耐食性が「不十分」と評価した。
結果を表3に示す。
Figure 0007453800000003
TP番号2~24及び27~33のステンレス鋼板は、磁着試験及び耐食性試験で良好な結果を示した。
TP番号1のステンレス鋼板は、耐食性が不十分であった。これは、材料1のCr含有量が低すぎたためと考えられる。
TP番号25のステンレス鋼板は、磁石への吸着力が不十分であった。これは、第2領域の断面面積率が低かったためと考えられる。TP番号25のステンレス鋼板の第2領域の断面面積率が低かったのは、板材の厚み及び焼鈍雰囲気との関係において、焼鈍処理の時間が長すぎたためと考えられる。
TP番号26のステンレス鋼板は、耐食性が不十分であった。これは、ステンレス鋼板の表面の一部にフェライト相が露出していたためと考えられる。表面の一部にフェライト相が露出していたのは、板材の厚み及び焼鈍雰囲気との関係において、焼鈍処理の時間が短すぎたためと考えられる。
TP番号34のステンレス鋼板は、磁石への吸着力が不十分であった。これは、第2領域の断面面積率が低かったためと考えられる。TP番号34のステンレス鋼板の第2領域の断面面積率が低かったのは、材料16のNi含有量が高すぎ、焼鈍工程でオーステナイ化が進みすぎたためと考えられる。
[実施例2](導電層あり)
実施例1のステンレス鋼板に対して、酸洗処理後に下記の方法で導電層を両面に形成した。片面あたりの導電層厚みは、50μmとした。
[接着剤層形成工程]
接着剤層を形成するための接着剤組成物として、変性ポリオレフィン樹脂接着剤(三井化学株式会社製、ユニストール(商品名))を用いた。酸洗後のステンレス鋼板の表面に、卓上コーターを用いて塗布厚5μmとなるように変性ポリオレフィン樹脂接着剤を塗布し、室温で10分乾燥させ、接着剤層を形成した。裏面にも同様にして接着剤層を形成した。
[導電層の形成]
導電性の炭素質材として、球状黒鉛粉末(伊藤黒鉛工業株式会社製SG―BH(商品名)、平均粒子径:20μm)及び膨張黒鉛粉末(伊藤黒鉛工業株式会社製、EC100(商品名)、平均粒子径:160μm)を使用した。マトリックス樹脂として、ポリプロピレン樹脂(PP)粉末(住友精化株式会社製、フローブレンHP-8522(商品名))を使用した。球状黒鉛粉末を60体積%、膨張黒鉛粉末を10体積%、及びポリプロピレン樹脂粉末を30体積%となるように混合して粉末混合物とした。粉末混合物0.2g又は0.06gを、プレス装置(東洋精機製作所製卓上ホットプレスMP-SCL)の100×100×20mmの容積を持つ雌型金型に均等に投入し、前プレスとしてのホットプレス(圧力:2MPa、温度:180℃)を行い、シート状(厚み:50μm)とした。得られたシートを、前記で準備した接着剤層付きの基材の両面に重ね、加熱温度180℃及び圧力5MPaで押圧した(本プレス、成型時間10分)。
[各種評価]
導電層形成後のステンレス鋼板についても、上記の磁石吸着試験及び腐食試験を実施した。結果を前掲の表3に示す。
表3に示すように、導電層を形成した場合であっても、TP番号2~24及び27~33のステンレス鋼板は、磁着試験及び耐食性試験で良好な結果を示した。
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
1 固体高分子形燃料電池
10 セル
2 固体高分子電解質膜
3 アノード
4 カソード
5a,5b セパレータ
6a,6b 流路

Claims (5)

  1. ステンレス鋼板であって、
    化学組成が、質量%で、
    Cr:20~26%、
    N :0.12~1.6%、
    Si:2.0%以下、
    C :0.040%以下、
    P :0.030%以下、
    S :0.030%以下、
    Mn:1.5%以下、
    Cu:0.50%以下、
    Mo:3.00%以下、
    Ni:5.00%以下、
    Ca:50ppm未満、
    sol.Al:300ppm未満、
    残部:Fe及び不純物であり、
    前記ステンレス鋼板は、30~200μmの厚みを有し、
    前記ステンレス鋼板は、その表裏の面の表層に形成されたオーステナイト相を主体とする層状の第1領域と、前記第1領域の間に形成されたフェライト相を主体とする層状の第2領域とを有し、
    圧延方向に垂直な断面において、前記第2領域の断面面積率が20%以上である、ステンレス鋼板。
  2. 請求項1に記載のステンレス鋼板であって、
    少なくとも一方の面に、導電性の炭素質材を含む導電層をさらに備える、ステンレス鋼板。
  3. 請求項1又は2に記載のステンレス鋼板を備える、燃料電池用セパレータ。
  4. 請求項3に記載の燃料電池用セパレータを備える、燃料電池セル。
  5. 請求項4に記載の燃料電池セルを複数備える、燃料電池スタック。
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