JP7265122B2 - 方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法 - Google Patents

方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
一般に、方向性電磁鋼板は、トランスなどの鉄芯として用いられており、方向性電磁鋼板の磁気特性がトランスの性能に多大な影響を与えることから、磁気特性を改善するよう様々な研究開発がなされてきた。方向性電磁鋼板の鉄損を低減する手段として、例えば以下の特許文献1には、仕上げ焼鈍後の鋼板表面にコロイド状シリカとリン酸塩とを主成分とする溶液を塗布した後焼き付けることで、張力付与コーティングを形成して鉄損を低減する技術が開示されている。更に、以下の特許文献2には、仕上げ焼鈍後の材料表面に対し、レーザービームを照射して局部歪みを鋼板に付与することにより磁区を細分化して、鉄損を低減する技術が開示されている。これらの技術により、方向性電磁鋼板の鉄損は、極めて良好なものとなってきている。
ところで、近年では、トランスの小型化及び高性能化の要求が高まっており、トランスの小型化のために、磁束密度の高い場合であっても鉄損が良好であるような、高磁場鉄損に優れることが方向性電磁鋼板に求められている。この高磁場鉄損を改善する手段として、通常の方向性電磁鋼板に存在する無機質系被膜を無くし、更に張力を付与することが研究されている。後に張力付与コーティングが形成されることから、無機質系被膜を1次被膜と称し、張力付与コーティングを2次被膜と称することもある。
方向性電磁鋼板の表面には、脱炭焼鈍工程で生じるシリカ(SiO)を主成分とする酸化層と、焼き付き防止のために表面に塗布された酸化マグネシウムとが、仕上げ焼鈍中に反応することで、フォルステライト(MgSiO)を主成分とする無機質系被膜が生成する。無機質系被膜には若干の張力効果があり、方向性電磁鋼板の鉄損を改善する効果がある。しかしながら、これまでの研究の結果、無機質系被膜は非磁性層であることから、磁気特性(特に、高磁場鉄損特性)に悪影響を及ぼすことが明らかとなってきている。従って、無機質系被膜を研磨などの機械的手段、又は、酸洗などの化学的手段を用いて除去したり、高温仕上げ焼鈍における無機質系被膜の生成を防止したりすることにより、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板を製造する技術や、鋼板表面を鏡面状態とする技術(換言すれば、鋼板表面を磁気的に平滑化する技術)が研究されている。
このような無機質系被膜の生成防止又は鋼板表面の平滑化技術として、例えば以下の特許文献3には、通常の仕上げ焼鈍後に酸洗して表面形成物を除去した後、化学研磨又は電解研磨により鋼板表面を鏡面状態とする技術が開示されている。近年では、例えば以下の特許文献4に開示されるような、仕上げ焼鈍時に使用される焼鈍分離剤に対し、ビスマス(Bi)又はビスマス化合物を含有させることにより、無機質系被膜の生成を防止する技術などがある。これら公知の方法により得られた、無機質系被膜を有しない、又は、磁気的平滑性に優れた方向性電磁鋼板の表面に対して、張力付与コーティングを形成することにより、更に優れた鉄損改善効果が得られることが判明している。
しかしながら、無機質系被膜には、絶縁性を発現する効果と共に、張力付与絶縁被膜を塗布する際に密着性を確保する中間層としての効果があり、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板に対し張力付与型の2次被膜を形成する場合には、無機質系被膜の中間層としての役割を代替する必要がある。
すなわち、方向性電磁鋼板を通常の製造工程により製造する場合、仕上げ焼鈍後の鋼板表面に無機質系被膜が形成されるが、かかる無機質系被膜は、鋼板中に深く入り込んだ状態で形成されることから、金属である鋼板との密着性に優れている。そのため、コロイド状シリカやリン酸塩などを主成分とする張力付与型被膜を、無機質系被膜の表面に形成することが可能である。ところが、一般に、金属と酸化物との結合は困難であるため、無機質系被膜が存在しない場合には、張力付与型絶縁被膜と電磁鋼板表面との間で、十分な密着性を確保することが困難であった。
このような鋼板と張力付与型絶縁被膜との間の密着性を改善する方法として、例えば以下の特許文献5には、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板を弱還元性雰囲気中で焼鈍し、ケイ素鋼板中に必然的に含有されているシリコンを選択的に熱酸化させることにより、鋼板表面にSiO層を形成した後、張力付与型絶縁被膜を形成する技術が開示されている。また、以下の特許文献6には、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板を、ケイ酸塩水溶液中で陽極電解処理することにより鋼板表面にSiO層を形成した後、張力付与型絶縁被膜を形成する技術が開示されている。
更に、以下の特許文献7には、張力付与コーティングを形成する際に予め中間層となるコーティングを施すことにより、張力付与絶縁被膜の密着性を確保する技術が開示されており、以下の特許文献8には、無機質系被膜の存在しない方向性電磁鋼板の表面に絶縁被膜を塗布形成する際に、接触角が特定範囲内である塗布液を用いることにより、密着性の優れた絶縁被膜を形成する技術が開示されている。
また、以下の特許文献9には、鋼板の地鉄表面の平均粗さが0.4μm以下であり、線状又は点状の溝を圧延方向に対して45~90°の方向に2~15mm間隔に形成して耐SRA磁区制御を施した一方向性電磁鋼板に対し、750℃超950℃以下の温度範囲で張力付与コーティングを形成する超低鉄損一方向性電磁鋼板の製造において、コーティング処理前に鋼板を硫酸又は硫酸塩を硫酸濃度として2~30%含有する水溶液に浸漬洗浄することを特徴とする技術が開示されている。
また、以下の特許文献10には、フォルステライト被膜を形成させない方向性電磁鋼板の仕上げ焼鈍において、純化焼鈍完了後、冷却過程の鋼板温度が1000℃から200℃の間で酸素又は水蒸気を含む雰囲気に晒し、冷却後に張力被膜を形成することを特徴とする技術が開示されている。
更に、以下の特許文献11には、表面に無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板に張力絶縁被膜を施す際に、硫酸又は硝酸の1種又は2種からなる酸化性酸を用いて鋼板表面を前処理した後、張力絶縁被膜を形成することを特徴とする技術が開示されている。
特開昭48-39338号公報 特公昭58-26405号公報 特開昭49-96920号公報 特開平7-54155号公報 特開平6-184762号公報 特開平11-209891号公報 特開平5-279747号公報 特開2003-34880号公報 特許2671076号公報 特許2579714号公報 特許4018878号公報
しかしながら、上記特許文献5に開示されている技術は、弱還元性雰囲気中で焼鈍を実施するために、雰囲気制御が可能な焼鈍設備を準備する必要があり、処理コストに問題がある。また、上記特許文献6に開示されている技術において、ケイ酸塩水溶液中で陽極電解処理を実施することにより、張力付与型絶縁被膜と十分な密着性を保持するSiO層を鋼板表面に得るためには、新たな電解処理設備を準備する必要があり、処理コストに問題がある。
また、上記特許文献7及び特許文献8に開示されている技術では、大きな張力を有する張力付与絶縁被膜を密着性良く保持することができないという問題がある。
更に、上記特許文献9に開示されている技術では、張力付与被膜と鋼板との密着性が安定して得られず、密着性にバラツキが多いという問題がある。
また、上記特許文献10に開示されている技術では、コイルの内周側外周側の部分で冷却過程が異なるために、生産性が悪いという問題がある。
更に、上記特許文献11に開示されている技術では、酸化性酸を用いて鋼板表面を酸化させるが、方向性電磁鋼板を製造し続けると酸化性酸が中和されていき、酸化性酸の機能が低下していく。そのため、新たな酸化性酸を定期的に供給することが必要であり、生産効率が悪いという問題がある。
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板であっても、処理コストの増加及び生産性の低下を招くことなく、張力付与絶縁被膜の密着性を安定的に向上させることが可能な、方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法を提供することにある。
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討を行った結果、特定の酸を用いた酸洗処理と熱処理とを組み合わせ、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板に対して、所定厚みの鉄系酸化物層を形成することで、処理コストの増加及び生産性の低下を招くことなく、張力付与絶縁被膜の密着性を安定的に向上させることが可能であるとの知見を得ることができた。
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]母材鋼板と、張力付与絶縁被膜とを備える方向性電磁鋼板において、前記母材鋼板の表面には、エッチピットが存在し、前記張力付与絶縁被膜が、前記方向性電磁鋼板の表面に存在し、前記母材鋼板と前記張力付与絶縁被膜との間に、マグネタイト、ヘマタイト及びファイアライトを主成分とする、厚みが100~500nmの鉄系酸化物層が存在する、方向性電磁鋼板。
[2]前記張力付与絶縁被膜は、リン酸塩及びコロイダルシリカを主たる素材とする被膜である、[1]に記載の方向性電磁鋼板。
[3]前記母材鋼板の厚みが、0.27mm以下である、[1]又は[2]に記載の方向性電磁鋼板。
[4]表面に無機質系被膜を有しない仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板を用い、当該方向性電磁鋼板の表面を洗浄した後、硫酸、硝酸、及び、リン酸の1種又は2種以上を含有する、合計の酸濃度が2~30%であり、かつ、液温が70℃以上の混合溶液を前記方向性電磁鋼板の表面に塗布し、当該方向性電磁鋼板を、酸素濃度が1~21体積%であり、かつ、露点が-20~30℃である雰囲気中において、鋼板温度700~900℃で20~60秒間加熱処理し、加熱処理後の前記方向性電磁鋼板の表面に張力付与絶縁被膜を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法。
[5]前記仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板は、2~7質量%のSiを含有する鋼片を熱間圧延し、必要に応じて焼鈍を施し、1回の冷間圧延又は中間焼鈍を含む2回以上の冷間圧延を施し、脱炭焼鈍を施した後に、焼鈍分離剤として、MgOとAlの混合物にビスマス塩化物を含有させたもの、又は、MgOとAlの混合物にビスマス化合物と金属の塩素化合物を含有させたものを塗布して乾燥させた後、仕上げ焼鈍を施したものである、[4]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
以上説明したように本発明によれば、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板であっても、処理コストの増加及び生産性の低下を招くことなく、張力付与絶縁被膜の密着性を安定的に向上させることが可能となる。
本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。 同実施形態に係る方向性電磁鋼板について説明するための説明図である。 同実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の流れの一例を示した流れ図である。 実験例1~3における張力付与絶縁被膜の密着性と鉄系酸化物層の厚みとの関係を示したグラフ図である。
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
(方向性電磁鋼板について)
まず、図1~図2を参照しながら、本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板について、詳細に説明する。図1は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。図2は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板について説明するための説明図である。
本発明者らは、(1)例えば1.7T~1.9Tといった高磁場鉄損には、フォルステライト(MgSiO)などの無機質系被膜を除去した場合の鉄損低減率が非常に大きいこと、(2)1.0kg/mm以上の高張力を発現する張力付与絶縁被膜を無機質系被膜の無い鋼板表面に密着性良く形成するためには、鋼板表面に鉄系酸化物を主体とする中間層を形成することが必要であり、特定範囲の厚みの鉄系酸化物層を形成することにより、張力付与絶縁被膜の密着性と高磁場鉄損とが良好となること、をそれぞれ見出し、かかる知見に基づいて、以下で詳述するような、本実施形態に係る方向性電磁鋼板に想到した。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板1は、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板であり、図1Aに模式的に示したように、母材鋼板11と、張力付与絶縁被膜13と、鉄系酸化物層15と、を備え、張力付与絶縁被膜13は、方向性電磁鋼板1の表面に存在し、鉄系酸化物層15は、母材鋼板11と張力付与絶縁被膜13との間に存在する。ここで、鉄系酸化物層15及び張力付与絶縁被膜13は、図1に模式的に示したように、母材鋼板11の両面上に設けられる。なお、図1では、鉄系酸化物層15及び張力付与絶縁被膜13が母材鋼板11の両面上に設けられる場合について図示しているが、鉄系酸化物層15及び張力付与絶縁被膜13は、母材鋼板11の一方の面上にのみ設けられる場合もある。
以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板1が有する母材鋼板11、張力付与絶縁被膜13及び鉄系酸化物層15について、詳細に説明する。
<母材鋼板11について>
一般に、方向性電磁鋼板には、その鋼成分としてケイ素(Si)が含有されるが、鋼成分であるケイ素元素は極めて酸化されやすいため、脱炭焼鈍後の鋼板表面には、ケイ素元素を含有する酸化被膜(より詳細には、シリカを主成分とする酸化被膜)が形成される。脱炭焼鈍後の鋼板表面に対し焼鈍分離剤を塗布した後、鋼板をコイル状に巻き取り、仕上げ焼鈍が行われる。通常の方向性電磁鋼板の製造方法では、MgOを主成分とする焼鈍分離剤が用いられることで、仕上げ焼鈍中に、MgOと鋼板表面の酸化被膜とが反応して、フォルステライト(MgSiO)を主成分とする無機質系被膜が形成される。しかしながら、本実施形態に係る方向性電磁鋼板1では、上記のような無機質系被膜を表面に有する方向性電磁鋼板ではなく、無機質系被膜を表面に有しない方向性電磁鋼板が、母材鋼板11として用いられる。
なお、表面に、フォルステライトを主成分とする無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板の製造方法については、以下で改めて説明する。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板1において、母材鋼板11として用いられる方向性電磁鋼板は、特に限定されるものではなく、公知の鋼成分からなる方向性電磁鋼板を利用することが可能である。このような方向性電磁鋼板として、例えば、質量%で2~7%のSiを少なくとも含有する方向性電磁鋼板を挙げることができる。鋼成分中のSi濃度を2%以上とすることで、所望の磁気特性を実現することが可能となる。一方、鋼成分中のSi濃度が7%超となる場合には、鋼板の脆性が低く、製造が困難となるため、鋼成分中のSi濃度は7%以下であることが好ましい。
<張力付与絶縁被膜13について>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板1の表面には、張力付与絶縁被膜13が位置している。かかる張力付与絶縁被膜13は、方向性電磁鋼板に電気絶縁性を付与することで渦電流損を低減して、方向性電磁鋼板の鉄損を向上させる。また、張力付与絶縁被膜13は、上記のような電気絶縁性以外にも、耐蝕性、耐熱性、すべり性といった種々の特性を実現する。
更に、張力付与絶縁被膜13は、方向性電磁鋼板に張力を付与するという機能を有する。方向性電磁鋼板に張力を付与して方向性電磁鋼板における磁壁移動を容易にすることで、方向性電磁鋼板の鉄損を向上させることができる。
かかる張力付与絶縁被膜13は、特に限定されるものではなく、従来、方向性電磁鋼板の張力付与絶縁被膜として用いられてきたものを、適宜適用することが可能である。このような張力付与絶縁被膜として、例えば、リン酸塩及びコロイダルシリカを主たる素材とする被膜等を挙げることができる。
かかる張力付与絶縁被膜の付着量については、特に限定されるものではないが、1.0kg/mm以上の高張力を実現可能な付着量とすることが好ましい。本実施形態に係る張力付与被膜の付着量は、例えば、2.0~7.0g/m程度である。
<鉄系酸化物層15について>
鉄系酸化物層15は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板1において、母材鋼板11と張力付与絶縁被膜13との間の中間層として機能する層であり、鉄系酸化物を主体とする。かかる鉄系酸化物層15は、例えば、マグネタイト(Fe)、ヘマタイト(Fe)、ファイアライト(FeSiO)等の鉄系酸化物を主成分とする層である。
鉄系酸化物は、母材鋼板11の表面と、酸素と、が反応することで形成されることから、鉄系酸化物層15と母材鋼板11との間の密着性は、良好なものとなる。また、母材鋼板11の表面には、図2に模式的に示したような、エッチピットとも呼ばれる微細構造17が設けられているため、かかる微細構造17の部分に形成された鉄系酸化物層15は、いわゆるアンカー効果を発現して、母材鋼板11と鉄系酸化物層15との間の密着性を更に向上させることができる。
また、一般に、金属とセラミックスとの間の密着性を向上させることは、困難を伴うことが多いが、本実施形態に係る方向性電磁鋼板1では、母材鋼板11と、セラミックスの一種である張力付与絶縁被膜13と、の間に鉄系酸化物層15が位置することで、母材鋼板11が無機質系被膜を有しないものであっても、張力付与絶縁被膜13の密着性を向上させることができる。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板1において、上記のような鉄系酸化物層15の厚み(図1A及び図1Bにおける厚みd)は、100~500nmの範囲内とする。鉄系酸化物層15の厚みdが100nm未満である場合には、十分な密着性を実現することができない。一方、鉄系酸化物層15の厚みdが500nmを超える場合には、鉄系酸化物層15が厚くなりすぎて部分的に剥離する可能性が高くなる。本実施形態に係る方向性電磁鋼板1において、鉄系酸化物層15の厚みdは、150~400nmの範囲内とすることが好ましく、170~250nmの範囲内とすることがより好ましい。
なお、上記のような鉄系酸化物層15の厚みdは、例えば、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)を用い、本実施形態に係る方向性電磁鋼板1の断面について鉄-酸素間結合の分布を観測することで、特定することができる。すなわち、XPSにて、712eVに出現するFe-Oピークの強度と、708eVに出現する金属Feピークの強度に着目しながら、張力付与絶縁被膜13を除去した方向性電磁鋼板1の表面側から母材鋼板11側に向かってスパッタリングを行っていき、測定を開始した最表層から、712eVに出現するFe-Oピークの強度と、708eVに出現する金属Feピークの強度とが入れ替わる深さ方向位置までを、鉄系酸化物層15の厚みとすることができる。
また、鉄系酸化物層15の主成分がどのような物質であるかは、X線結晶構造解析法やXPSにより分析を行うことで、特定することが可能である。本発明者らによるこれまでの測定結果から、鉄系酸化物層15は、主に酸化鉄を主成分とし、若干のシリカを含有していることが判明している。
<母材鋼板11の厚みについて>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板1において、母材鋼板11の厚み(図1における厚みd)は、特に限定されるものではなく、例えば、0.27mm以下とすることができる。一般に、方向性電磁鋼板において、鋼板の厚みが薄くなるほど張力付与絶縁被膜の密着性が低下することが多い。しかしながら、本実施形態に係る方向性電磁鋼板1では、上記のような鉄系酸化物層15が設けられることで、厚みdが0.27mm以下となる場合であっても張力付与絶縁被膜13の優れた密着性を保持することができる。
また、本実施形態においては、厚みdが0.23mm以下と薄くなる場合であっても、上記のような張力付与絶縁被膜13の優れた密着性を保持することができる。本実施形態に係る方向性電磁鋼板1において、母材鋼板11の厚みdは、0.17~0.23mmの範囲内であることがより好ましい。なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板1における母材鋼板11の厚みdは、上述した範囲に制限されるものではない。
以上説明したような本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、母材鋼板11と張力付与絶縁被膜13との間に上記のような鉄系酸化物層15を有することで、張力付与絶縁被膜13の密着性をより一層向上させることが可能となり、また、例えば1.7T~1.9Tといった高磁場鉄損の極めて低い方向性電磁鋼板を実現することが可能となる。
なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の示す磁束密度や鉄損等といった各種の磁気特性は、JIS C2550に規定されたエプスタイン法や、JIS C2556に規定された単板磁気特性測定法(Single Sheet Tester:SST)に則して、測定することが可能である。
以上、本実施形態に係る方向性電磁鋼板について、詳細に説明した。
(方向性電磁鋼板の製造方法について)
続いて、図3を参照しながら、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について、詳細に説明する。図3は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の流れの一例を示した流れ図である。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、先だって言及したように、表面に無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板(より詳細には、表面に無機質系被膜を有しない、仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板)を、母材鋼板11として使用する。
無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板を得るための方法については、特に限定されるものではなく、例えば、仕上げ焼鈍で塗布する焼鈍分離剤に無機質系被膜を形成しないものを用いてもよいし、一般的に用いられる焼鈍分離剤を用いて仕上げ焼鈍を行った後、生成した無機質系被膜を研削や酸洗等といった公知の方法で除去したものを用いてもよい。
ただし、上記のような方法のうち、無機質系被膜を形成しない焼鈍分離剤を用いて仕上げ焼鈍を実施する方法を用いる方が、制御が容易であり、かつ、鋼板表面状態も良好となるため、好適である。このような焼鈍分離剤として、例えば、MgOとAlの混合物にビスマス塩化物を含有させたもの、又は、MgOとAlの混合物にビスマス化合物と金属の塩素化合物を含有させたものを用いることが好ましい。
ここで、上記のビスマス塩化物としては、例えば、オキシ塩化ビスマス(BiOCl)、三塩化ビスマス(BiCl)等を挙げることができる。また、上記のビスマス化合物としては、例えば、酸化ビスマス、水酸化ビスマス、硫化ビスマス、硫酸ビスマス、リン酸ビスマス、炭酸ビスマス、硝酸ビスマス、有機酸ビスマス、ハロゲン化ビスマス等を挙げることができ、金属の塩素化合物としては、例えば、塩化鉄、塩化コバルト、塩化ニッケル等を挙げることができる。また、ビスマス塩化物、又は、ビスマス化合物と金属の塩素化物の含有量については、特に限定するものではないが、MgOとAlの混合物100質量部に対して、3~15質量部程度とすることが好ましい。
通常、方向性電磁鋼板を製造する場合には、仕上げ焼鈍後、余分に付着した焼鈍分離剤を洗浄により除去した上で、平坦化焼鈍を施す。本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の特徴は、図3に示したように、無機質系被膜を有しない仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板を用い、余剰の焼鈍分離剤を洗浄により除去(ステップS101)した後、特定濃度の酸(酸性混合溶液)を鋼板表面に塗布することで表面処理し(ステップS103)、酸化性雰囲気中で特定温度の加熱処理を行う(ステップS105)ことにある。これにより、無機質系被膜を有しない仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板の表面に、上記のような鉄系酸化物を主体とする中間層(すなわち、上記の鉄系酸化物層)を形成させる。その後、鉄系酸化物層の形成された方向性電磁鋼板に対し、張力付与絶縁被膜を密着性よく形成させる(ステップS107)。
<酸性混合溶液を用いた表面処理について>
ここで、表面処理に際して用いられる酸性混合溶液は、硫酸、硝酸、及び、リン酸の1種又は2種以上を含有し、合計の酸濃度が2~30質量%である、液温が70℃以上の混合溶液である。このような酸性混合溶液を用いて鋼板表面を軽くエッチングすることで、鋼板表面にエッチピットが形成され、更に、通常では得られない活性な表面状態を生成することが可能となる。鋼板表面に形成されるエッチピットが、図2に模式的に示したような微細構造17となる。
混合溶液の液温が70℃未満である場合には、酸性混合溶液の溶解度が低下して、沈殿物が生成する可能性が高まるだけでなく、効果的なエッチピットを得ることができない。混合溶液の液温は、好ましくは70~95℃の範囲内であり、より好ましくは80~85℃の範囲内である。
また、酸性混合溶液の合計の酸濃度が2質量%未満である場合には、鋼板表面にエッチピットを形成させることができず、また、処理時間が長時間になって工業的に不利であり、酸性混合溶液の合計の酸濃度が30質量%を超える場合には、酸洗減量が過大となるため、好ましくない。酸性混合溶液の合計の酸濃度は、好ましくは5~15質量%の範囲内であり、更に好ましくは5~10質量%の範囲内である。
なお、上記のような酸性混合溶液による処理時間は、特に限定するものではない。上記のような酸性混合溶液を用いた処理は、かかる酸性混合溶液が保持された処理浴中に、鋼板を連続的に浸漬させることで実施されることが多いが、一般的な通板速度により鋼板を処理浴中に浸漬させることで、上記のような活性な表面状態を実現することができる。
<酸化性雰囲気中での加熱処理について>
また、上記のような鉄系酸化物層を形成するために、酸素濃度が1~21体積%であり、かつ、露点が-20~30℃である雰囲気中において、鋼板温度700~900℃で5~60秒間、表面処理後の方向性電磁鋼板を加熱処理することを、加熱処理の条件とする。
酸素濃度が1体積%未満である場合には、鉄系酸化物層が形成されるのに時間が掛かり過ぎて、生産性が低下する。一方、酸素濃度が21体積%を超える場合には、生成する鉄系酸化物層が不均一になりやすくなり、好ましくない。雰囲気中の酸素濃度は、好ましくは2~21体積%の範囲内であり、より好ましくは15~21体積%の範囲内である。
雰囲気の露点が-20℃未満である場合には、鉄系酸化物層が形成されるのに時間が掛かり過ぎて、生産性が低下する。一方、雰囲気の露点が30℃を超える場合には、生成する鉄系酸化物層が不均一になりやすくなり、好ましくない。雰囲気中の露点は、好ましくは-10~25℃の範囲内であり、より好ましくは-10~20℃の範囲内である。
加熱処理における鋼板温度が700℃未満である場合には、加熱時間を60秒としたとしても、十分な厚みの鉄系酸化物層を形成させることが困難となり、好ましくない。一方、鋼板温度が900℃を超える場合には、鉄系酸化物層が不均一になりやすいため、好ましくない。加熱処理における鋼板温度は、好ましくは750~800℃の範囲内である。
また、加熱時間が5秒未満である場合には、生成する鉄系酸化物層が不均一になりやすく、好ましくない。一方、加熱時間が60秒を超える場合には、工業的にコスト高となるため、好ましくない。加熱時間は、好ましくは20~30秒の範囲内である。
上記のような特定の酸性溶液を用いた表面処理の後に、上記のような加熱条件で加熱処理を施すことで、無機質系被膜を有しない方向性電磁鋼板の活性化された表面が酸化されていき、熱膨張率が金属と絶縁被膜の間に位置する鉄系酸化物層が形成される。方向性電磁鋼板の表面にエッチピットが形成され、かつ、好ましい熱膨張率を有する鉄系酸化物層が形成されて歪みが緩和されることで、張力付与絶縁被膜のより一層の密着性向上が実現され、高磁場鉄損の改善効果を発現させることができる。
<張力付与絶縁被膜の形成について>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法において、張力付与絶縁被膜の形成工程については、特に限定されるものではなく、下記のような公知の絶縁被膜処理液を用いて、公知の方法により処理液の塗布及び乾燥を行えばよい。鋼板表面に張力付与絶縁被膜を形成することで、方向性電磁鋼板の磁気特性を更に向上させることが可能となる。
なお、絶縁被膜が形成される鋼板の表面は、処理液を塗布する前に、アルカリなどによる脱脂処理や、塩酸、硫酸、リン酸などによる酸洗処理など、任意の前処理を施してもよいし、これら前処理を施さずに仕上焼鈍後のままの表面であってもよい。
ここで、鋼板の表面に形成される張力付与絶縁被膜は、方向性電磁鋼板の張力付与絶縁被膜として用いられるものであれば、特に限定されるものではなく、公知の張力付与絶縁被膜を用いることが可能である。このような張力付与絶縁被膜として、例えば、リン酸塩及びコロイダルシリカを主たる素材とする被膜を挙げることができ、更には、無機物を主体とし、更に有機物を含んだ複合絶縁被膜を挙げることができる。ここで、複合絶縁被膜とは、例えば、クロム酸金属塩、リン酸金属塩又はコロイダルシリカ、Zr化合物、Ti化合物等の無機物の少なくとも何れかを主体とし、微細な有機樹脂の粒子が分散している絶縁被膜である。特に、近年ニーズの高まっている製造時の環境負荷低減の観点からは、リン酸金属塩やZrあるいはTiのカップリング剤、又は、これらの炭酸塩やアンモニウム塩を出発物質として用いた絶縁被膜が好ましく用いられる。
また、上記のような絶縁被膜形成工程に続いて、形状矯正のための平坦化焼鈍を施しても良い。鋼板に対して平坦化焼鈍を行うことで、更に鉄損を低減させることが可能となる。
以上、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について、詳細に説明した。
以下では、実施例及び比較例を示しながら、本発明に係る方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明に係る方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法のあくまでも一例にすぎず、本発明に係る方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法が、下記の例に限定されるものではない。
(実験例1)
質量%で、C:0.08%、Si:3.23%、Al:0.028%、N:0.008%を含み、残部がFe及び不純物である鋼片(ケイ素鋼スラブ)を鋳造し、得られた鋼片を加熱後に熱間圧延して、板厚2.2mmの熱延鋼板とした。鋼板温度1100℃で5分間焼鈍した後、板厚0.22mmまで冷間圧延し、鋼板温度830℃で脱炭焼鈍を行った。その後、MgOとAlを主成分とし、ビスマス塩化物であるBiOClを10質量%含有する焼鈍分離剤を、脱炭焼鈍後の冷延鋼板の表面に塗布した後に乾燥させて、鋼板温度1200℃で20時間の仕上げ焼鈍を行った。仕上げ焼鈍後に水洗して、余剰の焼鈍分離剤を取り除いたところ、鋼板表面には、無機質系被膜は形成されていなかった。
仕上げ焼鈍後の鋼板を、以下の表1に示すような酸性混合溶液中に浸漬させて、仕上げ焼鈍後の鋼板を表面処理し、続いて、以下の表1に示した条件下で、加熱処理を行った。その後、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカを主成分とする水溶液を塗布し、850℃の炉中で1分間焼付け、鋼板表面に、リン酸塩及びコロイダルシリカを主たる素材とする張力付与絶縁被膜を、目付量4.5g/mで形成した。
このようにして製造された方向性電磁鋼板のそれぞれについて、XPSを用いて、上記の方法に則して鉄系酸化物層の厚みdを測定するとともに、X線結晶構造解析法により、鉄系酸化物層の主成分を特定した。また、JIS C2550に規定されたエプスタイン法により、レーザービームを照射し磁区細分化処理を施した後の高磁場鉄損(最大磁束密度が1.7T、又は、1.9Tの場合における、周波数50Hzのもとでの鉄損)を測定した。更に、以下の評価方法に従って、張力付与絶縁被膜の密着性を評価した。得られた結果を、以下の表2にまとめて示した。
(実験例2)
質量%で、C:0.08%、Si:3.25%、Al:0.025%、N:0.008%、Bi:0.005%、Mn:0.08%、Se:0.020%を含み、残部がFe及び不純物である鋼片(ケイ素鋼スラブ)を鋳造し、得られた鋼片を加熱後に熱間圧延して、板厚2.2mmの熱延鋼板とした。鋼板温度1100℃で5分間焼鈍した後、板厚0.22mmまで冷間圧延し、鋼板温度830℃で脱炭焼鈍を行った。その後、MgOとAlを主成分とし、ビスマス塩化物であるBiClを5%含有する焼鈍分離剤を、脱炭焼鈍後の冷延鋼板の表面に塗布した後に乾燥させて、鋼板温度1200℃で20時間の仕上げ焼鈍を行った。仕上げ焼鈍後に水洗して、余剰の焼鈍分離剤を取り除いたところ、鋼板表面には、無機質系被膜は形成されていなかった。
仕上げ焼鈍後の鋼板を、以下の表1に示すような酸性混合溶液中に浸漬させて、仕上げ焼鈍後の鋼板を表面処理し、続いて、以下の表1に示した条件下で、加熱処理を行った。その後、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカを主成分とする水溶液を塗布し、850℃の炉中で1分間焼付け、鋼板表面に、リン酸塩及びコロイダルシリカを主たる素材とする張力付与絶縁被膜を、目付量4.5g/mで形成した。
このようにして製造された方向性電磁鋼板のそれぞれについて、XPSを用いて、上記の方法に則して鉄系酸化物層の厚みdを測定するとともに、X線結晶構造解析法により、鉄系酸化物層の主成分を特定した。また、JIS C2550に規定されたエプスタイン法により、レーザービームを照射し磁区細分化処理を施した後の高磁場鉄損(最大磁束密度が1.7T、又は、1.9Tの場合における、周波数50Hzのもとでの鉄損)を測定した。更に、以下の評価方法に従って、張力付与絶縁被膜の密着性を評価した。得られた結果を、以下の表2にまとめて示した。
(実験例3)
質量%で、C:0.08%、Si:3.21%、Al:0.027%、N:0.008%を含み、残部がFe及び不純物である鋼片(ケイ素鋼スラブ)を鋳造し、得られた鋼片を加熱後に熱間圧延して、板厚2.2mmの熱延鋼板とした。鋼板温度1100℃で5分間焼鈍した後、板厚0.22mmまで冷間圧延した。得られた冷延鋼板を、昇温速度400℃/秒で鋼板温度850℃まで昇温した後、脱炭焼鈍を行った。その後、MgOを主成分とし、TiOを5質量%含有する焼鈍分離剤を、脱炭焼鈍後の冷延鋼板の表面に塗布した後に乾燥させて、鋼板温度1200℃で20時間の仕上げ焼鈍を行った。仕上げ焼鈍後に水洗して、余剰の焼鈍分離剤を取り除いたところ、鋼板表面には、フォルステライトを主体とする無機質系被膜が形成されていた。そこで、得られた鋼板に対して硫フッ酸処理を行い、完全に無機質系被膜を除去した。
無機質系被膜を除去した後の鋼板を、以下の表1に示すような酸性混合溶液中に浸漬させて、仕上げ焼鈍後の鋼板を表面処理し、続いて、以下の表1に示した条件下で、加熱処理を行った。その後、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカを主成分とする水溶液を塗布し、850℃の炉中で1分間焼付け、鋼板表面に、リン酸塩及びコロイダルシリカを主たる素材とする張力付与絶縁被膜を、目付量4.5g/mで形成した。
このようにして製造された方向性電磁鋼板のそれぞれについて、XPSを用いて、上記の方法に則して鉄系酸化物層の厚みdを測定するとともに、X線結晶構造解析法により、鉄系酸化物層の主成分を特定した。また、JIS C2550に規定されたエプスタイン法により、レーザービームを照射し磁区細分化処理を施した後の高磁場鉄損(最大磁束密度が1.7T、又は、1.9Tの場合における、周波数50Hzのもとでの鉄損)を測定した。更に、以下の評価方法に従って、張力付与絶縁被膜の密着性を評価した。得られた結果を、以下の表2にまとめて示した。
<張力付与絶縁被膜の密着性評価>
なお、上記実験例1~実験例3において、張力付与絶縁被膜の密着性は、以下のようにして評価した。まず、各方向性電磁鋼板から、幅30mm×長さ300mmのサンプルを採取し、800℃で2時間、窒素気流中で歪取り焼鈍後、10mmφの円柱を用いた曲げ密着試験を行い、張力付与絶縁被膜の剥離度合いに応じて評価を行った。評価基準は、以下の通りであり、評点A及び評点Bを合格とした。
評点A:剥離無し
B:殆ど剥離していない
C:数mmの剥離が見られる
D:1/3~1/2の剥離が見られる
E:全面剥離
Figure 0007265122000001
Figure 0007265122000002
上記のようなX線結晶構造解析法による解析の結果、上記の実験例1~実験例3において、本発明の実施例に該当するサンプルの鉄系酸化物層は、マグネタイト、ヘマタイト、及び、ファイアライトを主成分とするものであった。一方、加熱処理条件が本発明の範囲外となった比較例では、鉄系酸化物層の構成成分を特定できるほどの鉄系酸化物層は形成されず、また、表面処理条件が本発明の範囲外となった比較例では、鉄系酸化物層は、マグネタイト、ヘマタイト、及び、ファイアライトを主成分とするものではなかった。
また、上記表2から明らかなように、各実験例において、本発明の実施例に該当するサンプルでは、張力付与絶縁被膜の密着性が極めて優れており、高磁場鉄損が改善されていることがわかる。一方、各実験例において、本発明の比較例に該当するサンプルでは、張力付与絶縁被膜の密着性が劣っており、また、高磁場鉄損も改善されていないことがわかる。
図4は、実験例1~3における張力付与絶縁被膜の密着性と鉄系酸化物層の厚みとの関係を示したグラフ図である。図4から明らかなように、鉄系酸化物層の厚みが100nm未満となる場合には、張力付与絶縁被膜の密着性に関する評点は、C又はDとなっており、張力付与絶縁被膜に剥離が生じることがわかる。一方、鉄系酸化物層の厚みが100nm以上となる場合には、張力付与絶縁被膜の密着性に関する評点は、A又はBとなっており、優れた密着性が実現されており、また、鉄系酸化物層の厚みが厚いほど密着性も向上することがわかる。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
1 方向性電磁鋼板
11 母材鋼板
13 張力付与絶縁被膜
15 鉄系酸化物層
17 微細構造(エッチピット)

Claims (5)

  1. 母材鋼板と、張力付与絶縁被膜とを備える方向性電磁鋼板において、
    前記母材鋼板の表面には、エッチピットが存在し、
    前記張力付与絶縁被膜が、前記方向性電磁鋼板の表面に存在し、
    前記母材鋼板と前記張力付与絶縁被膜との間に、マグネタイト、ヘマタイト及びファイアライトを主成分とする、厚みが100~500nmの鉄系酸化物層が存在する、方向性電磁鋼板。
  2. 記張力付与絶縁被膜は、リン酸塩及びコロイダルシリカを主たる素材とする被膜である、請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
  3. 前記母材鋼板の厚みが、0.27mm以下である、請求項1又は2に記載の方向性電磁鋼板。
  4. 表面に無機質系被膜を有しない仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板を用い、
    当該方向性電磁鋼板の表面を洗浄した後、硫酸、硝酸、及び、リン酸の1種又は2種以上を含有する、合計の酸濃度が2~30%であり、かつ、液温が70℃以上の混合溶液を前記方向性電磁鋼板の表面に塗布し、当該方向性電磁鋼板を、酸素濃度が1~21体積%であり、かつ、露点が-20~30℃である雰囲気中において、鋼板温度700~900℃で20~60秒間加熱処理し、
    加熱処理後の前記方向性電磁鋼板の表面に張力付与絶縁被膜を形成する、方向性電磁鋼板の製造方法。
  5. 前記仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板は、2~7質量%のSiを含有する鋼片を熱間圧延し、必要に応じて焼鈍を施し、1回の冷間圧延又は中間焼鈍を含む2回以上の冷間圧延を施し、脱炭焼鈍を施した後に、焼鈍分離剤として、MgOとAlの混合物にビスマス塩化物を含有させたもの、又は、MgOとAlの混合物にビスマス化合物と金属の塩素化合物を含有させたものを塗布して乾燥させた後、仕上げ焼鈍を施したものである、請求項4に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
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