JP3551517B2 - 磁気特性の良好な方向性けい素鋼板及びその製造方法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
この発明は、方向性けい素鋼板及びその製造方法に関し、特に磁気特性に優れる方向性けい素鋼板をその有利な製造方法とともに提案しようとするものである。
【0002】
【従来の技術】
方向性けい素鋼板は、主として変圧器その他の電気機器の鉄心材料として使用され、磁束密度及び鉄損値等で示される磁気特性に優れることが基本的に重要である。特に電気機器のエネルギーロスを少なくするためには、より低鉄損である方向性けい素鋼板が求められている。
【0003】
方向性けい素鋼板の鉄損を低減する有効な手段として、二次再結晶焼鈍後の鋼板に張力を付加することが知られている。これは、張力を付加することにより、磁区が細分化できることを利用するものである。そして、かような鋼板への張力付与を施すために、鋼板に比べて熱膨張係数の小さい材質からなる被膜を高温で生成することが行われている。このような張力付与用の被膜として、仕上げ焼鈍工程で鋼板表面の酸化物と焼鈍分離剤とを反応させて生成する、フォルステライトを主成分とする被膜が、鋼板に与える張力が大きく、鉄損低減に効果があるために常用されている。また、このフォルステライト被膜に重ねて、張力付与型の絶縁コーティングを施すことも、さらなる張力を付与して鉄損低減を図るために行われている。
【0004】
その一方で、最近、仕上げ焼鈍工程において意図的にフォルステライト被膜の形成を行わなかったり、一旦形成させたフォルステライト被膜を除去したり、さらには除去した後に鋼板表面を平滑に仕上げると、著しい鉄損の減少が認められることが明らかになってきている。例えば、特公昭52−24499号公報には、仕上げ焼鈍後、酸洗により表面生成物を除去し、次いで化学研磨又は電解研磨により鋼板表面を鏡面状態に仕上げる方法が示されている。このように鋼板表面を平滑化することによって鉄損が減少するのは、磁化過程において鋼板表面近傍の磁壁移動を妨げるピンニングサイトが、この平滑化により減少するためである。
【0005】
ところで、方向性けい素鋼板には上塗り絶縁コーティングが施されるのが一般的であり、特にフォルステライト被膜を有する方向性けい素鋼板には、前述のように張力付与型の絶縁コーティングを適用して、さらなる鉄損低減が図られていることが多い。かような張力付与型の絶縁コーティングは、通常、リン酸とコロイダルシリカ、無水クロム酸塩を主成分とした処理液を塗布し、焼き付けすることによって形成され、例えば特公昭53−28373号公報あるいは特公昭56−521157号公報などにその形成法が示されている。
【0006】
このような張力付与型の絶縁コーティングは、下地との関係で密着力が強いことを必要とする。さもなければ、被膜がはく離してしまうからである。ここにおいて、フォルステライト系被膜が下地として存在する場合には、密着性は良好であり、実際の製品にも多用されている。しかし、前述のようにフォルステライト系被膜の除去等の処理をしてフォルステライト系被膜が存在しない場合には、密着性がはなはだ悪い。すなわち、フォルステライト系被膜が存在しない鋼板に、張力付与型絶縁コーティングを被成させれば、より磁気特性が向上すると考えられるのに、実際には密着性の問題から実用に供することができなかった。
【0007】
そのため、フォルステライト系被膜のない表面さらには平滑に調整された表面に張力付与型絶縁コーティングを密着性良く被成する方法として、従来いくつかの方法が提案されてきた。例えば、特開平6−184762号公報には、SiO2を形成させた後に、当該絶縁コーティング液を塗布、焼き付ける方法が示されている。また、特公昭56−4150号公報には、下地被膜としてセラミックス薄膜を蒸着、スパッタリング、溶射などによって形成させる方法が、さらに、特公昭63−54767号公報には、窒化物や炭化物の被膜をイオンプレーティング又はイオンインプラテーションによって形成する方法が、それぞれ示されている。さらに、特公平2−223770号公報には、いわゆるゾル−ゲル法によってセラミックス被膜を形成する方法が開示されている。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
上述した種々の方法は、平滑化された表面を有する鋼板に張力を付与して鉄損を低減することは確かにできるものではあるが、いくつかの問題を抱えている。すわなち、金属薄めっきを下地とし、その上に絶縁コーティング処理する方法では、被膜の密着性が十分ではない。また、SiO2薄膜を形成させる方法も、鉄損の改善効果は十分とはいえなかった。さらに、蒸着、スパッタリング、溶射、イオンプレーティング、イオンインプランテーション又はゾル−ゲル法によるセラミックス被膜を形成する方法は、高コストであったり、大面積を大量処理する際の均一性確保が困難であるなど、工業生産上の問題があった。
【0009】
この発明は、これらの従来技術の問題点を有利に解決するもので、フォルステライト等のグラス質被膜のない方向性けい素鋼板に、張力を付与する被膜を密着性良く形成して、鉄損を効果的に低減することのできる方向性けい素鋼板及びその製造方法を提案することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
さて、発明者らは、フォルステライト系被膜のない方向性けい素鋼板に、張力付与型の絶縁コーティングを施す場合に、両者の密着性を確保できる下地について種々の検討を行った結果、鋼板にファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする層を形成させた後、絶縁コーティングを施せば、十分な密着性が得られることを見出した。また、このファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする層は、それ自体が張力付与性を有するため、この層のみでも磁気特性を向上できることも併せて見出した。
この発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0011】
すなわちこの発明の要旨構成は、次のとおりである。
1.仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板表面上の非金属物質を除去した表面に、
{110}〈001〉方位に配向したファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする、厚み0.05μm 以上の極薄層を具備することを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板(第1発明)。
【0012】
2.仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板表面上の非金属物質を除去した後、研磨により平滑に仕上げた表面に、
{110}〈001〉方位に配向したファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする、厚み0.05μm 以上の極薄層を具備することを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板(第2発明)。
【0013】
3.第1発明又は第2発明において、{110}〈001〉方位に配向したファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする、厚み0.05μm 以上の極薄層上に重ねて、張力付与型絶縁コーティング層を被成したことを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板(第3発明)。
【0014】
4.仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板表面の非金属物質被膜を除去したのち、該鋼板表面に、エピタキシャル成長によりファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする厚み0.05μm 以上の被膜を形成することを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板の製造方法(第4発明)。
【0015】
5.仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板の鋼板表面の非金属物質被膜を除去後、算術平均粗さRa で0.4 μm 以下にまで該鋼板表面を平滑化し、しかる後にエピタキシャル成長によりファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする厚み0.05μm 以上の被膜を該鋼板表面に形成することを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板の製造方法(第5発明)。
【0016】
6.第4発明又は第5発明において、エピタキシャル成長によりファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする被膜を形成したのち、張力付与型の絶縁コーティングを施す磁気特性の良好な方向性けい素鋼板の製造方法(第6発明)。
【0017】
7.第4発明、第5発明又は第6発明において、該鋼板として、Si:2〜5wt%及びMn:0.02〜0.10wt%を含有するものを用い、かつ
エピタキシャル成長によりファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする被膜を形成させる工程として、P(H2O) /P(H2)が0.15〜0.7 の範囲内の酸化性雰囲気にて 600〜1000℃の熱処理を施す磁気特性の良好な方向性けい素鋼板の製造方法。
【0018】
ここに、ファイアライト層とは、仕上げ焼鈍により2次再結晶したいわゆるゴス粒と呼ばれる{110}〈001〉方位を圧延方向に揃えた大きな結晶粒上にエピタキシャル成長したファイヤライト結晶層のことである。図1に2次再結晶させた鋼板表面上に成長したファイヤライト結晶層のSEMによる表面写真を示す。図中、矢印の方向が{110}〈001〉ゴス方位であり、ファイヤライト層が下地結晶粒に対し、エピタキシャルに成長していることが分かる。
【0019】
このファイヤライト結晶層は、従来のフォルステライ被膜や特開平6−184762号公報に開示されたSiO2層とは決定的に異なり、異方性を有するため、鋼板を励磁した際に、磁壁の移動を容易にするような方向に張力を与える。つまり、ファイヤライト結晶層自身が張力付与効果を持つのである。
【0020】
【作用】
以下、この発明についてより具体的に説明する。
この発明では、まず、仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板に被成している非金属物質(代表例は、フォルステライト)の被膜を酸洗、機械的研磨又はそれらの組み合わせにより除去する。ここに、仕上げ焼鈍前に塗布する焼鈍分離剤中に、Na、K等のアルカリ金属、塩化物等のフォルステライト被膜の形成を阻害するような添加物を加えたり、もしくは焼鈍分離剤の主成分をAl2O3 などのSiO2と反応しにくい酸化物とすることによって、仕上げ焼鈍後の鋼板表面の酸化物生成を抑制させることができるので、上記の被膜除去が簡便になる。
【0021】
この非金属物質被膜の削除の後、必要に応じて研磨を行い、該非金属物質被膜のない鋼板表面を鏡面ないしそれに近い状態に平滑化してもよい。研磨を行って鋼板表面を平坦に仕上げることによって磁壁の移動が容易となり、さらなる鉄損低減が図られるため、より好適である。この平滑化は、算術平均粗さRa で0.4 μm 以下となるようにすることが、所望の鉄損低減を図るために効果的である。平滑化の具体的手段は、リン酸系、硫酸系、リン酸−硫酸系、過塩素酸系等の浴による電解研磨、HF−H2O2や H3PO4−H2O2等による化学研磨、又はハロゲン化物水溶液中での陽極電解、あるいは微粒の研磨剤を用いる歪の少ない機械的研磨をこれらと組み合わせることがある。この他、1000℃以上の還元雰囲気中でサーマルエッチングすることによっても同様の表面が得られる。
【0022】
このように表面の非金属物質被膜の除去、又はさらに平坦化を行った鋼板表面に、ファイヤライト層を形成させる。ファイヤライト層の形成は、具体的には湿水素雰囲気中にて雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が0.15〜0.7 、温度が 600〜1000℃の範囲の熱処理を行えばよい。この熱処理により得られたファイヤライト層は、下地鋼板と同様に{110}〈001〉方位に配向したファイヤライト結晶粒からなり、すなわち、ファイヤライト結晶粒層は、それぞれの下地の2次再結晶粒の方位に沿ってエピタキシャル成長して形成されたのである。下地鋼板は、仕上げ焼鈍後のゴス方位への集積度が極めて高いため、各粒上に形成したファイヤライト層の厚みにもばらつきは見られず、均質な絶縁コーティングが得られる。
【0023】
このようなファイヤライト結晶層は、仕上げ焼鈍被膜を酸洗により除去しただけの凸凹な表面上、又は電解研磨や化学研磨、歪の少ない機械的研磨あるいは還元雰囲気でのサーマルエッチング等により調整した平滑な表面上の、いずれの場合でも形成させることができる。また、ファイヤライト層は、ファイヤライト結晶層自身がエピタキシャル成長しているため、前述したとおり張力付与効果を有し、鉄損低減効果がある。
【0024】
表1に、 ファイヤライト層を形成させる前後で、鋼板の鉄損値をそれぞれ測定した結果を示す。なお、この鋼板は、次の工程を経てファイヤライト層を形成させたものである。C: 0.067wt%、Si:3.30wt%、Mn: 0.072wt%、Al:0.027 wt%、N:0.0080wt%を含有し、残部はFe及び不可避的不純物よりなる鋼スラブを1400℃に加熱して熱間圧延を施して板厚2.6mm とした。次いで1000℃の熱延板焼鈍、酸洗を経てから冷間圧延を、1100℃、2min の中間焼鈍を挟んで2回行って最終冷延板厚0.23mmに仕上げた。次いで湿水素雰囲気中で 850℃、2min の脱炭・1次再結晶焼鈍を施したのち、MgO を主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから1200℃、10hの純化を兼ねた2次再結晶焼鈍を施した。次いで、この発明に従い、塩酸により酸洗して表面のフォルステライト被膜を除去した後、試料の一部については電解研磨により表面を研磨して算術平均粗さRa で 0.2μm に仕上げた。さらに湿水素中、雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が0.55、温度が 900℃で30秒の熱処理を施して鋼板表面に 0.2μm のファイヤライト層を形成させたものである。
【0025】
【表1】
【0026】
表1より、フォルステライト被膜を除去した鋼板表面に、ファイヤライトを被成すると、鉄損特性が向上することがわかる。また、下地鋼板を鏡面化したのちにファイヤライトを被成すると、鉄損特性がより向上することが分かる。
【0027】
次に、上記の実験に用いた鋼板について、リン酸とコロイダルシリカを主成分とする張力付与型絶縁コーティング処理を常法に従って行い、絶縁コーティングの密着性を調べた。なお、密着性の評価は、φ50mmの丸棒による曲げはく離判定によって、はく離しない鋼板を良好と判定した。その結果を表2に示す。
【0028】
【表2】
【0029】
表2から、フォルステライト被膜を除去した鋼板表面に、張力付与型絶縁コーティングを施した場合には、全面はく離が生じているのに対して、この発明に従い、ファイヤライト層を形成させた鋼板に、絶縁コーティング処理を施した場合には、フォルステライト系被膜と同程度の被膜密着性を示し、密着性が十分であることが分かった。
【0030】
このように、ファイヤライト層と張力付与型絶縁コーティングとの密着性が良好である理由は、フォルステライトが Mg2SiO4、ファイヤライトがFe2SiO4 を主成分とした同種の無機物であることから、ファイヤライトは、フォルステライトと同様の密着性を示すものと推定できる。
【0031】
このようなファイヤライト層の厚さは0.05μm 以上あれば良い。0.05μm 未満では、張力付与型絶縁コーティングの密着性が十分でなく、ファイヤライト層自身の結晶化も十分にはなされないからである。より好ましくは 0.1μm 以上である。なお、上限については特に限定するものではない。
【0032】
この発明においては、上記ファイヤライト被膜の他、ファイヤライトを主成分とする被膜であってもよい。このファイヤライトを主成分とする被膜には、このファイヤライトに加えて、(Fe,Mn)2SiO4、(Fe,Ni)2SiO4、(Fe,Co)2SiO4、(Fe,Mg)2SiO4等が存在するものがある。これらは、Mn, Ni, Co等を鋼板表層に含有させることにより形成されるものである。
【0033】
かようなファイヤライト層を形成させる好適な熱処理条件は、既に述べたように湿水素雰囲気中にて雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が0.15〜0.7 、温度が600 〜1000℃の範囲である。この理由は、かかる雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)及び熱処理温度を種々に変化させてファイヤライト形成状況を調べてみたところ、図2に示すように、十分な絶縁コーティングの密着が得られるファイヤライト層の熱処理条件は、雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が0.15〜0.7 、温度が600 〜1000℃の範囲であることが分かったからである。すわなち、雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が0.15に満たない場合には、シリカが形成されるためにファイヤライトが十分にできず、一方 0.7を超えるとウスタイトが形成されるためにファイヤライトが十分にできない。同様に熱処理温度が600 ℃に満たない場合には、酸化が進行しないのためにファイヤライトが十分にできず、一方1000℃を超えると形成されるファイヤライトがはく落しやすい。より好ましい熱処理条件は、雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が 0.3〜0.6 、温度が 750〜900 ℃の範囲である。なお、熱処理時間については、特に限定するものではないが、30秒〜2分程度が好適である。
【0034】
次に、この発明では、方向性けい素鋼板用素材の成分組成ついては特に限定されず、従来公知のいかなる鋼板にも適用するとことができるが、代表的な成分組成範囲を挙げると次のとおりである。
【0035】
(1) C:0.02〜0.06wt%、Si:2.0 〜5.0 wt%、Mn:0.02〜0.10wt%、Se及び/又はSを合計で 0.010〜0.030 wt%を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる組成。
(2) C:0.02〜0.6 wt%、Si:2.0 〜5.0 wt%、Mn:0.02〜0.10wt%、Se及び/又はSを合計で 0.010〜0.030 wt%を含み、かつSb、Snのうち少なくとも1種を0.005 〜0.20wt%を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる組成。
【0036】
(3) C:0.02〜0.10wt%、Si:2.0 〜5.0 wt%、Mn:0.02〜0.10wt%、sol.Al:0.005〜0.040 wt%、Se及び/又はSを合計で 0.010〜0.030 wt%及びN: 0.004〜0.013 wt%を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる組成。
【0037】
(4) C:0.02〜0.10wt%、Si:2.0 〜5.0 wt%、Mn:0.02〜0.10wt%、sol.Al:0.005〜0.040 wt%、Se及び/又はSを合計で 0.010〜0.030 wt%及びN: 0.004〜0.013 wt%を含み、かつSb、Snのうち少なくとも1種を 0.005〜0.20wt%を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる組成。
【0038】
Cは、熱延組織改善のために含有させるが、過剰な含有では良好な磁気特性が得られないためにC含有量は0.02〜0.10wt%程度が好ましい。
【0039】
Siは、鋼板の電気抵抗を高め、鉄損特性を向上するために必要な成分であるが、少なすぎると鋼板の電気抵抗が小さくなって渦電流損が増大するために良好な鉄損特性が得られず、多すぎると冷間圧延が困難となるので、 2.0〜5.0 wt%程度の範囲が好適である。
【0040】
Mnは、インヒビター成分として必要であり、また熱間脆性を改善するという作用も有する。しかし、過剰になるとインヒビターの粗大化を招くため、0.02〜0.10wt%の範囲が好適である。
【0041】
Se及び/又はSは、インヒビター成分として必要であるが、過剰になると仕上げ焼鈍での純化が困難となるため、合計で 0.005〜0.030 wt%の範囲が好適である。
【0042】
Al及びNは、AlN インヒビターを形成するために必要である。Alは、少なすぎると磁束密度が低下し、多すぎると2次再結晶が安定しなくなるため、酸可溶Alとして 0.005〜0.040 wt%の範囲が好適である。また、Nは、少なすぎるとAlN インヒビターの量が不足して磁束密度が低下し、多すぎるとブリスターと呼ばれる表面欠陥が製品に多発するため、 0.004〜0.013 wt%の範囲が好適である。
【0043】
さらに、この発明では、粒界偏析によって機能するインヒビターSb、Sn等を併用して用いることができる。特に、磁界800A/mにおける磁束密度B8 値で1.92T 以上という極めて優れた磁気特性を有する高級方向性けい素鋼板を製造するに当たっては、析出物タイプのみならず、粒界偏析タイプのインヒビターをも併用して、これらのインヒビター効果を最大限に発揮させることが有利である。
【0044】
Sb、Sn等の粒界偏析型インヒビター成分は、その添加量が少なすぎると磁気特性への改善効果が少なく、多すぎるとぜい化やフォルステライト被膜への悪影響が生じるため、 0.005〜0.20wt%の範囲が好適である。
【0045】
また、熱間圧延時の表面ぜい化に起因する表面欠陥を防止するために、0.10wt%以下のMoを添加することも有効である。
【0046】
次に、この発明の好適製造条件について説明する。
上記の好適成分組成に調整した溶鋼を、連続鋳造または造塊−分塊法により、所定厚みのスラブとしたのち、インヒビター成分であるAlやSe,Sを完全に固溶させるために1350〜1450℃に加熱する。上記のスラブ加熱後、熱間圧延を行い、次いで必要に応じて熱延板焼鈍を施す。次いで、1回又は中間焼鈍を挟む2回の冷間圧延により、0.15〜0.35mm程度の最終製品板厚に仕上げる。次いで、脱脂後、40〜70℃の湿水素中にて脱炭・1次再結晶焼鈍を施す。
【0047】
その後、鋼板表面に焼鈍分離剤を塗布してから、1000〜1200℃で3〜50h 程度の純化焼鈍を兼ねた2次再結晶焼鈍を施すのである。2次再結晶焼鈍後は、この発明に従って酸洗、必要に応じて平滑化処理及びファイヤライト被膜形成処理を行う。なお、その後さらに、りん酸塩系の上塗りコーティングを施すことは有利である。
【0048】
また、このようにして得られた鋼板に、更なる鉄損低減を目的としてレーザーあるいはプラズマ炎等を照射して、磁区の細分化を行っても絶縁コーティングの密着性には何ら問題ない。また、この発明の方向性けい素鋼板の製造工程の任意の段階で磁区細分化のために表面にエッチングや歯形ロールで一定間隔の溝を形成することも、一層の鉄損低減を図る手段として有効である。
【0049】
【実施例】
実施例1
C: 0.042wt%、Si:3.28wt%、Mn: 0.065wt%、Se: 0.025wt%及びSb:0.024 wt%を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる鋼スラブを1420℃に加熱して熱間圧延を施して板厚 2.4mmとした。次いで 970℃の熱延板焼鈍、酸洗を経てから冷間圧延を、 950℃、2min の中間焼鈍を挟んで2回行って最終冷延板厚0.23mmに仕上げた。次いで湿水素雰囲気中で 830℃、3min の脱炭・1次再結晶焼鈍を施したのち、MgO を主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから1200℃、10hの純化を兼ねた2次再結晶焼鈍を施した。
この仕上げ焼鈍板をH2SO4 で酸洗して表面のフォルステライト被膜を除去した後、 H3PO4−CrO3浴中で電解研磨を行い、表面を算術平均粗さRa で0.25μm に仕上げた。さらに湿水素中、雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が0.55、温度が 900℃で30秒の熱処理を施して鋼板表面にファイヤライト層を形成させた。このファイヤライト層は、断面SEM写真の観察から膜厚 0.3μm であった。その後、張力コーティングとしてリン酸マグネシウム−コロイダルシリカ−無水クロム酸を主成分とする水性処理液を塗布し、800 ℃で焼き付け、約 2.0μm の被膜を形成した。
【0050】
このようにして得られた鋼板の磁束密度B8 、鉄損W1 7/50を測定し、さらに、被膜密着性を評価した。被膜の密着性は、種々の径を持つ丸棒に試料を巻き付け、被膜がはく離しない最小径(mm)で評価した。その結果を表3に示す。なお、ファイヤライト層を形成させずに絶縁コーティング処理した例を比較例1として表3に併せて示す。
【0051】
【表3】
【0052】
実施例2
C: 0.071wt%、Si:3.33wt%、Mn: 0.075wt%、Se: 0.025wt%、Al:0.024 wt%、及びN:0.0080wt%を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる鋼スラブを1400℃に加熱して熱間圧延を施して板厚 2.1mmとした。次いで1050℃の熱延板焼鈍、酸洗を経てから冷間圧延を、1150℃、1min の中間焼鈍を挟んで2回行って最終冷延板厚0.23mmに仕上げた。次いで湿水素雰囲気中で 845℃、2min の脱炭・1次再結晶焼鈍を施したのち、MgO を主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから1250℃、7hの純化を兼ねた2次再結晶焼鈍を施した。
この仕上げ焼鈍板をH2SO4 で酸洗して表面のフォルステライト被膜を除去した後、さらに湿水素中、雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が0.50、温度が 850℃で50秒の熱処理を施して鋼板表面にファイヤライト層を形成させた。このファイヤライト層は、断面SEM写真の観察から膜厚 0.2μm であった。その後、張力コーティングとしてリン酸カルシウム−コロイダルシリカ−クロム酸マグネシウムを主成分とする水性処理液を塗布し、800 ℃で焼き付け、約 1.8μm の被膜を形成した。その後、実施例1と同様の評価をした。その結果を表3に示す。なお、ファイヤライト層を形成させずに絶縁コーティング処理した例を比較例2として表3に併せて示す。
【0053】
実施例3
C: 0.072wt%、Si:3.21wt%、Mn:0.70wt%、S: 0.020wt%、Al:0.022 wt%、及びN:0.0075wt%を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる鋼スラブを1400℃に加熱して熱間圧延を施して板厚 1.8mmとした。次いで 900℃の熱延板焼鈍、酸洗を経てから冷間圧延を、1020℃、3min の中間焼鈍を挟んで2回行って最終冷延板厚0.23mmに仕上げた。次いで湿水素雰囲気中で 840℃、3min の脱炭・1次再結晶焼鈍を施したのち、MgO を主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから1150℃、 7.5hの純化を兼ねた2次再結晶焼鈍を施した。
この仕上げ焼鈍板をHCL で酸洗して表面のフォルステライト被膜を除去した後、さらに湿水素中、雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が0.40、温度が850 ℃で90秒の熱処理を施して鋼板表面に(Fe,Mn)2SiO4層を形成させた。この(Fe,Mn)2SiO4層は、断面SEM写真の観察から膜厚0.45μm であった。その後、張力コーティングとしてリン酸アルミニウム−コロイダルシリカ−無水クロム酸を主成分とする水性処理液を塗布し、800 ℃で焼き付け、約1.5 μm の被膜を形成した。その後、実施例1と同様の評価をした。その結果を表3に示す。なお、(Fe,Mn)2SiO4層を0.01μm の膜厚で形成させて絶縁コーティング処理した例を比較例3として表3に併せて示す。
【0054】
【発明の効果】
この発明の方向性けい素鋼板は、仕上げ焼鈍により生じた非金属物質被膜のない表面上に、ファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする結晶層を形成させることにより、鋼板に張力を付与して鉄損低減を図ることができ、また、重ねて張力付与型の絶縁コーティングを被成すれば、被膜密着性の優れた鉄損の極めて低い方向性けい素鋼板を製造することが可能となり、その効果は大である。
【図面の簡単な説明】
【図1】2次再結晶させた鋼板表面上に成長したファイヤライト結晶層のSEMによる金属組織写真である。
【図2】熱処理時の温度及び雰囲気酸化性P(H2O) /P(H2)が、ファイヤライト層の形成状況に及ぼす影響を示すグラフである。
Claims (7)
- 仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板表面上の非金属物質を除去した表面に、
{110}〈001〉方位に配向したファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする、厚み0.05μm 以上の極薄層を具備することを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板。 - 仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板表面上の非金属物質を除去した後、研磨により平滑に仕上げた表面に、
{110}〈001〉方位に配向したファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする、厚み0.05μm 以上の極薄層を具備することを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板。 - {110}〈001〉方位に配向したファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする、厚み0.05μm 以上の極薄層上に重ねて、張力付与型絶縁コーティング層を被成したことを特徴とする請求項1又は2記載の磁気特性の良好な方向性けい素鋼板。
- 仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板表面の非金属物質被膜を除去したのち、該鋼板表面に、エピタキシャル成長によりファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする厚み0.05μm 以上の被膜を形成することを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板の製造方法。
- 仕上げ焼鈍済みの方向性けい素鋼板の鋼板表面の非金属物質被膜を除去後、算術平均粗さRa で 0.4μm 以下にまで該鋼板表面を平滑化し、しかる後にエピタキシャル成長によりファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする厚み0.05μm 以上の被膜を該鋼板表面に形成することを特徴とする磁気特性の良好な方向性けい素鋼板の製造方法。
- エピタキシャル成長によりファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする被膜を形成したのち、張力付与型の絶縁コーティングを施すことを特徴とする請求項4又は5記載の磁気特性の良好な方向性けい素鋼板の製造方法。
- 該鋼板として、Si:2〜5wt%及びMn:0.02〜0.10wt%を含有するものを用い、かつ
エピタキシャル成長によりファイヤライト又はファイヤライトを主成分とする被膜を形成させる工程として、P(H2O) /P(H2)が0.15〜0.7 の範囲内の酸化性雰囲気にて 600〜1000℃の熱処理を施すことを特徴とする請求項4、5又は6記載の磁気特性の良好な方向性けい素鋼板の製造方法。
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