以下、本発明の歯車装置およびロボットを添付図面に示す好適な実施形態に基づいて詳細に説明する。
1.ロボット
まず、ロボットについて簡単に説明する。
図1は、実施形態に係るロボットの概略構成を示す側面図である。なお、以下では、説明の便宜上、図1中の上側を「上」、下側を「下」と言う。また、図1中の基台側を「基端側」、その反対側、すなわちエンドエフェクター側を「先端側」と言う。また、図1の上下方向を「鉛直方向」とし、左右方向を「水平方向」とする。
図1に示すロボット100は、例えば、精密機器やこれを構成する部品の給材、除材、搬送および組立等の作業に用いられるロボットである。このロボット100は、図1に示すように、基台110と、第1アーム120と、第2アーム130と、作業ヘッド140と、エンドエフェクター150と、配線引き回し部160と、を有している。以下、ロボット100の各部を順次簡単に説明する。
基台110は、例えば、図示しない床面にボルト等によって固定されている。基台110の内部には、ロボット100を統括制御する制御装置190が設置されている。また、基台110には、基台110に対して鉛直方向に沿う第1軸J1(回動軸)まわりに回動可能に第1アーム120が連結している。すなわち、基台110に対して第1アーム120が相対的に回動している。
ここで、基台110内には、第1アーム120を回動させる駆動力を発生させるサーボモーター等の第1モーターであるモーター170(駆動源)と、モーター170の駆動力の回転を減速する第1減速機である歯車装置10と、が設置されている。歯車装置10の入力軸は、モーター170の回転軸に連結され、歯車装置10の出力軸は、第1アーム120に連結されている。そのため、モーター170が駆動し、その駆動力が歯車装置10を介して第1アーム120に伝達されると、第1アーム120が基台110に対して第1軸J1まわりに水平面内で相対的に回動する。すなわち、モーター170は、歯車装置10に向けて駆動力を出力する駆動源である。
第1アーム120の先端部には、第1アーム120に対して鉛直方向に沿う第2軸J2(回動軸)まわりに回動可能に第2アーム130が連結している。第2アーム130内には、図示しないが、第2アーム130を回動させる駆動力を発生させる第2モーターと、第2モーターの駆動力の回転を減速する第2減速機と、が設置されている。そして、第2モーターの駆動力が第2減速機を介して第2アーム130に伝達されることにより、第2アーム130が第1アーム120に対して第2軸J2まわりに水平面内で回動する。
第2アーム130の先端部には、作業ヘッド140が配置されている。作業ヘッド140は、第2アーム130の先端部に同軸的に配置された図示しないスプラインナットおよびボールネジナットに挿通されたスプラインシャフト141を有している。スプラインシャフト141は、第2アーム130に対して、図1に示す第3軸J3まわりに回転可能であり、かつ、上下方向に移動可能となっている。
第2アーム130内には、図示しないが、回転モーターおよび昇降モーターが配置されている。回転モーターの駆動力は、図示しない駆動力伝達機構によってスプラインナットに伝達され、スプラインナットが正逆回転すると、スプラインシャフト141が鉛直方向に沿う第3軸J3まわりに正逆回転する。
一方、昇降モーターの駆動力は、図示しない駆動力伝達機構によってボールネジナットに伝達され、ボールネジナットが正逆回転すると、スプラインシャフト141が上下に移動する。
スプラインシャフト141の先端部には、エンドエフェクター150が連結されている。エンドエフェクター150としては、特に限定されず、例えば、被搬送物を把持するもの、被加工物を加工するもの等が挙げられる。
第2アーム130内に配置された各電子部品、例えば第2モーター、回転モーター、昇降モーター等に接続される複数の配線は、第2アーム130と基台110とを連結する管状の配線引き回し部160内を通って基台110内まで引き回されている。さらに、かかる複数の配線は、基台110内でまとめられることによって、モーター170および図示しないエンコーダーに接続される配線とともに、基台110内に設置された制御装置190まで引き回される。
以上のように、ロボット100は、第1部材である基台110と、基台110に対して回動可能に設けられている第2部材である第1アーム120と、基台110および第1アーム120の一方側から他方側へ駆動力を伝達する歯車装置10と、歯車装置10に向けて駆動力を出力する駆動源であるモーター170と、を備える。
なお、第1アーム120および第2アーム130をまとめて「第2部材」と捉えてもよい。また、「第2部材」が、第1アーム120および第2アーム130に加え、さらに、作業ヘッド140およびエンドエフェクター150を含んでいてもよい。
また、本実施形態では、第1減速機が歯車装置10で構成されているが、第2減速機が歯車装置10で構成されていてもよく、また、第1減速機および第2減速機の双方が歯車装置10で構成されていてもよい。第2減速機が歯車装置10で構成されている場合、第1アーム120を「第1部材」と捉え、第2アーム130を「第2部材」と捉えればよい。また、歯車装置10に代えて、後述する歯車装置10Bを用いてもよい。
また、本実施形態では、モーター170および歯車装置10は基台110に設けられているが、モーター170および歯車装置10は第1アーム120に設けられていてもよい。この場合、歯車装置10の出力軸を基台110に連結すればよい。
2.歯車装置
次に、歯車装置について説明する。
<第1実施形態>
まず、第1実施形態に係る歯車装置について説明する。
図2は、第1実施形態に係る歯車装置を示す縦断面図である。図3は、図2に示す歯車装置本体の正面図であって軸線a方向から見た図である。図4は、図2に示す歯車装置が備える剛性歯車を構成する材料の断面の拡大観察像を模式的に示す図である。図5は、図2に示す歯車装置が備える可撓性歯車の外歯の表面状態を示す断面図である。なお、各図では、説明の便宜上、必要に応じて各部の寸法を適宜誇張して図示しており、また、各部間の寸法比は実際の寸法比とは必ずしも一致しない。
図2に示す歯車装置10は、波動歯車装置であり、例えば減速機として用いられる。この歯車装置10は、歯車装置本体1と、歯車装置本体1を収納しているケース5と、を有し、これらが一体化されている。ここで、歯車装置10のケース5内には、潤滑剤Gが配置されている。以下、歯車装置10の各部を説明する。なお、ケース5は、必要に応じて設ければよく、省略してもよい。
(歯車装置本体)
歯車装置本体1は、内歯歯車である剛性歯車2と、剛性歯車2の内側に配置されているカップ型の外歯歯車である可撓性歯車3と、可撓性歯車3の内側に配置されている波動発生器4と、を有している。
本実施形態では、剛性歯車2が前述したロボット100の基台110(第1部材)にケース5を介して接続され、可撓性歯車3が前述したロボット100の第1アーム120(第2部材)に接続され、波動発生器4が前述したロボット100の基台110に配置されているモーター170の回転軸に接続されている。
モーター170の回転軸が回転すると、波動発生器4はモーター170の回転軸と同じ回転速度で回転する。そして、剛性歯車2および可撓性歯車3は、互いに歯数が異なるため、互いの噛み合い位置が周方向に移動しながら軸線aまわりに相対的に回転する。本実施形態では剛性歯車2の歯数の方が可撓性歯車3の歯数より多いため、モーター170の回転軸の回転速度よりも低い回転速度で可撓性歯車3を回転させることができる。すなわち、波動発生器4を入力軸側、可撓性歯車3を出力軸側とする減速機を実現することができる。
なお、ケース5の形態によっては、可撓性歯車3を基台110に接続し、剛性歯車2を第1アーム120に接続しても、歯車装置10を減速機として用いることができる。また、可撓性歯車3にモーター170の回転軸を接続しても、歯車装置10を減速機として用いることができ、この場合、波動発生器4を基台110に接続し、剛性歯車2を第1アーム120に接続すればよい。また、歯車装置10を増速機として用いる場合、すなわちモーター170の回転軸の回転速度よりも高い回転速度で可撓性歯車3を回転させる場合、前述した入力側と出力側との関係を反対にすればよい。
図2および図3に示すように、剛性歯車2は、径方向に実質的に撓まない剛体で構成された歯車であって、内歯23を有するリング状の内歯歯車である。本実施形態では、剛性歯車2は平歯車である。すなわち、内歯23は、軸線aに対して平行な歯スジを有する。なお、内歯23の歯スジは、軸線aに対して傾斜していてもよい。すなわち、剛性歯車2は、はすば歯車またはやまば歯車であってもよい。
図2および図3に示すように、可撓性歯車3は、剛性歯車2の内側に挿通されている。この可撓性歯車3は、径方向に撓み変形可能な可撓性を有する歯車であって、剛性歯車2の内歯23の一部に噛み合う外歯33を有する外歯歯車である。また、可撓性歯車3の歯数は、剛性歯車2の歯数よりも少ない。このように可撓性歯車3および剛性歯車2の歯数が互いに異なることにより、減速機を実現することができる。
本実施形態では、可撓性歯車3は、軸線a方向での一端、すなわち図2中右側の端部が開口した開口部36を有するカップ状をなし、その開口部36から他端に向かって外歯33が形成されている。ここで、可撓性歯車3は、軸線aまわりの筒状をなす胴部31と、胴部31の軸線a方向での他端部に接続されている底部32と、を有する。これにより、胴部31の底部32に比べ開口部36の端部が径方向に撓み易くなるので、剛性歯車2に対する可撓性歯車3の良好な撓み噛み合いを実現することができる。さらに、例えば出力軸となる軸62が接続されている底部32の剛性を高めることができる。このようなことから歯車装置10は、バックラッシュが非常に小さく、反転を繰り返す用途に適していて、また同時噛み合い歯数の比率が大きいために1枚の歯にかかる力が小さくなり高トルク容量を得ることもできる。
図2および図3に示すように、波動発生器4は、可撓性歯車3の内側に配置され、軸線aまわりに回転可能である。そして、波動発生器4は、可撓性歯車3の開口部36の横断面を長軸Laおよび短軸Lbとする楕円形または長円形に変形させることにより、可撓性歯車3の外歯33を剛性歯車2の内歯23に噛み合わせる。ここで、可撓性歯車3および剛性歯車2は、同一の軸線aまわりに回転可能なように、互いに内外で噛み合わされることとなる。
本実施形態では、波動発生器4は、カム41と、カム41の外周に装着されている軸受42と、を有している。カム41は、軸線aまわりに回転する軸部411と、軸部411の一端部から外側に突出しているカム部412と、を有している。
軸部411には、例えば入力軸となる軸61が接続されている。カム部412の外周面は、軸線aに沿った方向から見たときに、楕円形または長円形をなしている。軸受42は、可撓性の内輪421および外輪423と、これらの間に配置されている複数のボール422と、を有している。ここで、内輪421は、カム41のカム部412の外周面に嵌め込まれ、カム部412の外周面に沿って楕円形または長円形に弾性変形している。それに伴って、外輪423も楕円形または長円形に弾性変形している。また、内輪421の外周面および外輪423の内周面は、それぞれ、複数のボール422を周方向に沿って案内しつつ転動させる軌道面を有している。また、複数のボール422は、互いの周方向での間隔を一定に保つように図示しない保持器により保持されている。なお、軸受42内には、図示しないグリースが配置されている。このグリースは、後述する潤滑剤Gと同じであっても異なっていてもよい。
このような波動発生器4は、カム41の軸線aまわりの回転に伴って、カム部412の向きが変わり、それに伴って、外輪423の外周面も変形し、剛性歯車2および可撓性歯車3の互いの噛み合い位置を周方向に移動させる。
また、剛性歯車2、可撓性歯車3および波動発生器4は、それぞれ、鉄系材料等の金属材料で構成されている。
特に、外歯歯車である可撓性歯車3は、他の鋼種を主材料として構成されていてもよいが、好ましくはニッケルクロムモリブデン鋼を主材料として構成されている。ニッケルクロムモリブデン鋼は、適切な熱処理によって強靭な鋼となり、疲労強度等の機械的特性が優れているため、繰返し応力が作用する可撓性歯車3の構成材料として適していると言える。
ニッケルクロムモリブデン鋼としては、例えば、JIS G 4053:2016に規定されている種類の鋼材が挙げられる。具体的には、JIS規格に規定されている記号として、SNCM220、SNCM240、SNCM415、SNCM420、SNCM431、SNCM439、SNCM447、SNCM616、SNCM625、SNCM630、SNCM815等の鋼材が挙げられる。このうち、可撓性歯車3の構成材料として用いるニッケルクロムモリブデン鋼としては、機械的特性に優れるという観点から、特にSNCM439を用いることが好ましい。
なお、可撓性歯車3の構成材料は、ニッケルクロムモリブデン鋼以外の材料を含んでいてもよい。すなわち、可撓性歯車3は、ニッケルクロムモリブデン鋼とそれ以外の材料とが複合してなる複合材料で構成されていてもよい。ただし、ニッケルクロムモリブデン鋼の方がそれ以外の材料よりも全体に占める質量割合の方が多い構成、すなわち主材料であればよい。
一方、内歯歯車である剛性歯車2は、球状黒鉛鋳鉄を主材料として構成されている。球状黒鉛鋳鉄は、ダクタイル鋳鉄とも呼ばれ、例えば図4に示すように、球状をなす黒鉛粒子21と、その周囲に存在する基地組織22と、を含む鋳鉄である。本実施形態では、JIS G 5505:2013の附属書Bに規定されている黒鉛粒子21の丸み係数に基づく分類において、画像解析による黒鉛粒子21の丸み係数が0.56~1.00の範囲内にある黒鉛鋳鉄を「球状黒鉛鋳鉄」とする。すなわち、画像上においてある一定程度以上の丸みを持つ黒鉛粒子21を含む黒鉛鋳鉄が球状黒鉛鋳鉄である。なお、この画像解析とは、全自動または半自動で丸み係数を求める画像解析装置による解析のことをいう。また、画像解析の対象領域の面積は4mm2以上とする。
このような球状黒鉛鋳鉄では、黒鉛粒子21が球状をなしていることにより、黒鉛粒子21が亀裂の起点になり難くなるため、例えば片状黒鉛鋳鉄に比べて基地組織22の強度を最大限に発揮させることができる。その結果、球状黒鉛鋳鉄は、強度や靭性に優れたものとなる。このため、剛性歯車2の長寿命化を図ることができる。
また、球状黒鉛鋳鉄は、含まれる黒鉛粒子21が潤滑剤の働きをするため、剛性歯車2の内歯23が凝着しにくくなる。このため、剛性歯車2のさらなる低摩耗化を図ることができ、剛性歯車2の長寿命化を図ることができる。
加えて、球状黒鉛鋳鉄は、伝わってきた振動を黒鉛粒子21と基地組織22との境界において熱エネルギーに変換し、消失させることができる。このため、剛性歯車2に発生する振動や騒音を低減することができる。
さらに、球状黒鉛鋳鉄は、熱伝導率が高く、放熱性に優れる。このため、剛性歯車2の放熱性も高くなり、剛性歯車2が著しく高温になるのを抑制することができる。
以上のような効果により、歯車装置10の長寿命化を図ることができる。
なお、歯車装置10の寿命とは、例えば歯車装置10の使用開始から、歯車装置10のいずれかの部位に損傷が発生するまでの時間のことをいう。かかる損傷としては、例えば剛性歯車2または可撓性歯車3の破断が挙げられる。
球状黒鉛鋳鉄としては、例えば、JIS G 5502:2001に規定されている種類の材料が挙げられる。具体的には、JIS規格に規定されている記号として、FCD350-22、FCD350-22L、FCD400-18、FCD400-18L、FCD400-15、FCD400-10、FCD450-10、FCD500-7、FCD600-3、FCD700-2、FCD800-2等が挙げられる。
また、球状黒鉛鋳鉄の合金組成としては、例えば、Fe(鉄)を主成分とし、C(炭素):2.0質量%以上6.0質量%以下、Si(ケイ素):0.5質量%以上3.5質量%以下、Mn(マンガン):0.4質量%以上1.0質量%以下で含む組成が挙げられる。さらに、球状黒鉛鋳鉄には、Cu(銅)、Ni(ニッケル)、Cr(クロム)、Sn(スズ)、Mg(マグネシウム)等が含まれていてもよい。
ここで、本実施形態に係る球状黒鉛鋳鉄は、含まれる黒鉛粒子21が以下のA、Bの2つの要素を満たしている。
A:単位面積における粒径15μm以上の黒鉛粒子21の粒子数が400個/mm2以上である
B:粒径の小さい方から黒鉛粒子21の数を計数したときの累積個数が全体の50%となるときの黒鉛粒子21の粒径が9.0μm以上12.0μm以下の範囲内である
これらの2つの要素を満たすことにより、球状黒鉛鋳鉄において、疲労強度に代表される機械的特性と表面における潤滑性とを両立させることができる。以下、2つの要素について順次説明する。
まず、要素Aについて説明する。前述したように、本実施形態に係る球状黒鉛鋳鉄は、単位面積における粒径15μm以上の黒鉛粒子21の粒子数が400個/mm2以上であるという要素を満たす。つまり、この要素Aは、粒径15μm以上という比較的大きな黒鉛粒子21が所定の割合以上に含まれることを意味する。このような球状黒鉛鋳鉄は、表面における潤滑性に優れる。このため、かかる球状黒鉛鋳鉄を主材料として構成されている剛性歯車2を用いて歯車装置10を組み立てることにより、剛性歯車2の内歯23の表面において可撓性歯車3の外歯33の表面が凝着することに伴う摩耗が発生しにくくなる。
また、要素Aの前述した粒子数は、好ましくは450個/mm2以上1000個/mm2以下とされる。
なお、この粒子数が前記下限値を下回ると、剛性歯車2の表面の潤滑性が低下し、可撓性歯車3の構成材料や外歯33の表面状態等によっては、凝着等の不具合が発生するおそれがある。一方、粒子数が前記上限値を上回っても構わないが、基地組織22の割合が低下しやすくなり、基地組織22の構成によっては、機械的特性が低下する場合がある。
また、要素Aにおける粒径とは、球状黒鉛鋳鉄の断面の観察画像において、JIS G 5505:2013の附属書Bに規定されている黒鉛粒子21の長軸長さ、すなわち、黒鉛粒子21の外周上の2点間の最大距離のことをいう。また、粒子数の算出において、対象となる領域の面積は4mm2以上とする。
次に、要素Bについて説明する。前述したように、本実施形態に係る球状黒鉛鋳鉄は、粒径の小さい方から黒鉛粒子21の数を計数したときの累積個数が全体の50%となるときの黒鉛粒子21の粒径が9.0μm以上12.0μm以下の範囲内であるという要素を満たす。つまり、この要素Bは、黒鉛粒子21の個数基準の粒度分布における「中位径」が9.0μm以上12.0μm以下の範囲内であることを意味する。このような球状黒鉛鋳鉄は、粒度分布のバランスが最適化されているため、前述した表面の潤滑性を著しく低下させることなく、疲労強度に代表される機械的特性を高めることができる。このため、かかる球状黒鉛鋳鉄を主材料として構成されている剛性歯車2を用いて歯車装置10を組み立てることにより、前述した剛性歯車2の内歯23の表面における摩耗を抑えつつ、繰り返し応力による疲労に伴う剛性歯車2の損傷等の発生を抑えることができる。その結果、歯車装置10の長寿命化を図ることができる。
また、要素Bの前述した中位径は、好ましくは9.5μm以上11.5μm以下とされる。
なお、この中位径が前記下限値を下回ると、剛性歯車2の表面の潤滑性が低下し、可撓性歯車3の構成材料や外歯33の表面状態等によっては、凝着等の不具合が発生するおそれがある。一方、中位径が前記上限値を上回ると、球状黒鉛鋳鉄の疲労強度が低下するおそれがある。
また、要素Bにおける粒径とは、要素Aにおける粒径と同じである。そして、球状黒鉛鋳鉄の断面の観察画像において、この粒径が3.0μm以上の黒鉛粒子21についてその粒径を測定し、数を計測することにより、要素Bにおける中位径が求められる。
以上、要素A、Bについて説明したが、これらの要素を満たすか否かは、球状黒鉛鋳鉄を製造する際の製造条件によって制御することができる。
例えば、球状黒鉛鋳鉄を鋳造する際の凝固速度を小さくすることにより、黒鉛粒子21の粒径を大きくすることができる。これにより、要素Aにおける黒鉛粒子21の粒子数を増やしたり、要素Bにおける黒鉛粒子21の中位径を大きくしたりすることができる。一方、凝固速度を大きくすることにより、これとは反対の制御が可能になる。
また、球状黒鉛鋳鉄に添加する炭素量を増やしたり、鋳造後に熱処理をした場合に冷却速度を遅くしたり、鋳型の材料に金型ではなく砂型を用いたりすることで、黒鉛粒子21の粒径を大きくすることができ、要素Aにおける黒鉛粒子21の粒子数を増やしたり、要素Bにおける黒鉛粒子21の中位径を大きくしたりすることができる。一方、炭素量を減らしたり、冷却速度を速くしたり、金型を用いたりすることで、これとは反対の制御が可能になる。
また、本実施形態に係る球状黒鉛鋳鉄は、黒鉛粒子21に加えて基地組織22を含んでいる。
基地組織22、すなわち球状黒鉛鋳鉄において黒鉛粒子21以外の部分は、いかなる組織であってもよいが、本実施形態に係る基地組織22は、パーライト組織、または、パーライト組織とフェライト組織との混合組織、を含む。
このうち、パーライト組織とは、フェライト組織と層状をなすセメンタイト組織とが交互に並ぶ混合組織のことをいい、セメンタイト組織には鉄炭化物が多く含まれる。また、層状とは、結晶組織の長径/短径で規定されるアスペクト比が、例えば5以上である状態をいう。一方、フェライト組織は、α固溶体とも呼ばれる組織である。基地組織22にこのようなパーライト組織が含まれることにより、球状黒鉛鋳鉄の疲労強度を特に高めることができる。
なお、パーライト組織は、それ単独で存在していてもよく、フェライト組織との混合組織として存在していてもよい。パーライト組織とフェライト組織との混合組織は、パーライト組織において主に硬度が高められ、フェライト組織において主に靭性が高められるため、高強度と粘り強さとを両立させることができる。
なお、基地組織22には、上記組織の他に、マルテンサイト組織、オーステナイト組織、ソルバイト組織、ベイナイト組織等が含まれていてもよい。その場合も、基地組織22全体において、パーライト組織およびフェライト組織の合計が占める面積割合は、60%以上であるのが好ましく、90%以上であるのがより好ましい。これにより、上記の効果がより確実に発揮される。
また、剛性歯車2の構成材料は、前述した2つの要素A、Bを満たす球状黒鉛鋳鉄以外の材料を含んでいてもよい。ただし、その場合、剛性歯車2の構成材料全体において、この球状黒鉛鋳鉄が占める面積割合が、それ以外の材料が占める面積割合よりも大きい構成、すなわち球状黒鉛鋳鉄が主材料であればよい。
以上のように、歯車装置10は、内歯歯車である剛性歯車2と、可撓性を有し、剛性歯車2に一部が噛み合う外歯歯車である可撓性歯車3と、可撓性歯車3の内周面に接触し、剛性歯車2と可撓性歯車3との噛み合い位置を周方向に移動させる波動発生器4と、を有する。このうち、剛性歯車2は、黒鉛粒子21と基地組織22とを含む球状黒鉛鋳鉄を主材料として構成されている。そして、この球状黒鉛鋳鉄は、A:単位面積における粒径15μm以上の黒鉛粒子21の粒子数が400個/mm2以上である、という要素と、B:粒径の小さい方から黒鉛粒子21の数を計数したときの累積個数が全体の50%となるときの黒鉛粒子21の粒径が9.0μm以上12.0μm以下の範囲内である、という要素と、を満たしている。
このような歯車装置10によれば、剛性歯車2の内歯23の表面における摩耗を抑えつつ、繰り返し応力による疲労に伴う剛性歯車2の損傷等の発生を抑えることができる。その結果、歯車装置10の長寿命化を図ることができる。また、入力可能なトルクの許容範囲を拡大することができるため、歯車装置10の高トルク化を図ることができる。
また、前述したロボット100は、第1部材である基台110と、基台110に対して回動する第2部材である第1アーム120と、基台110に対して第1アーム120を相対的に回動させる駆動力を伝達する歯車装置10と、歯車装置10に向けて駆動力を出力する駆動源であるモーター170と、を備えている。そして、剛性歯車2、可撓性歯車3および波動発生器4のうちの一つが基台110(第1部材)に対して接続され、他の一つが第1アーム120(第2部材)に対して接続されている。また、歯車装置10は、前述したように、内歯歯車である剛性歯車2と、可撓性を有し、剛性歯車2に一部が噛み合う外歯歯車である可撓性歯車3と、可撓性歯車3の内周面に接触し、剛性歯車2と可撓性歯車3との噛み合い位置を周方向に移動させる波動発生器4と、を有する。このうち、剛性歯車2は、黒鉛粒子21と基地組織22とを含む球状黒鉛鋳鉄を主材料として構成されている。そして、この球状黒鉛鋳鉄は、A:単位面積における粒径15μm以上の黒鉛粒子21の粒子数が400個/mm2以上である、という要素と、B:粒径の小さい方から黒鉛粒子21の数を計数したときの累積個数が全体の50%となるときの黒鉛粒子21の粒径が9.0μm以上12.0μm以下の範囲内である、という要素と、を満たしている。
このようなロボット100によれば、歯車装置10の長寿命化に起因して、ロボット100の長寿命化も図ることができる。また、歯車装置10の交換や修理を行う頻度を下げることができるため、ロボット100の実質的な稼働時間をより長く確保することができ、ロボット100の作業効率および信頼性を高めることができる。
また、内歯歯車である剛性歯車2の表面のビッカース硬度は、外歯歯車である可撓性歯車3の表面のビッカース硬度以下であることが好ましい。これにより、剛性歯車2の内歯23の表面が適度に摩耗するため、剛性歯車2が含む球状黒鉛鋳鉄に由来する黒鉛粒子21が露出し、それによって内歯23の表面の潤滑性が向上しやすくなる。その結果、剛性歯車2の内歯23の表面において可撓性歯車3の外歯33の表面が凝着することに伴う摩耗が発生しにくくなり、歯車装置10の長寿命化を図りやすくなる。
なお、ビッカース硬度は、JIS Z 2244:2009に規定されたビッカース硬さ試験-試験方法に準じて測定される。ここで、圧子の試験力は9.8Nとし、試験力の保持時間は15秒とする。そして、10か所の測定結果の平均値を上記ビッカース硬度とする。
また、外歯歯車である可撓性歯車3の表面のビッカース硬度は、400以上520以下の範囲内にあることが好ましく、450以上520以下の範囲内にあることがより好ましい。これにより、可撓性歯車3の機械的強度と靭性とのバランスを図り、可撓性歯車3の寿命を好適に長くすることができる。これに対し、かかるビッカース硬度が低すぎると、可撓性歯車3の強度が十分でなく、可撓性歯車3が負荷応力に耐えられず破壊しやすくなるおそれがある。一方、かかるビッカース硬度が高すぎると、可撓性歯車3の靱性が低下してしまい、衝撃等により破壊しやすくなる傾向を示し、また、剛性歯車2の摩耗を過度に進行させ、歯車装置10の耐久性を低下させる可能性がある。
また、内歯歯車である剛性歯車2の表面のビッカース硬度は、300以上450以下の範囲内にあることが好ましく、320以上400以下の範囲内にあることがより好ましい。これにより、剛性歯車2の機械的強度と靭性とのバランスを図り、剛性歯車2の寿命を好適に長くすることができる。これに対し、かかるビッカース硬度が低すぎると、剛性歯車2の摩耗が過度に進行し、歯車装置10の伝達効率が低下するおそれがある。また、剛性歯車2が負荷応力に耐えられず破壊しやすくなるおそれがある。一方、かかるビッカース硬度が高すぎると、剛性歯車2と可撓性歯車3との噛み合い時の衝撃が大きくなり、可撓性歯車3が破壊したり、歯車装置10の耐久性を低下させたりするおそれがある。
また、可撓性歯車3の少なくとも外歯33の表面には、圧縮残留応力が付与されていることが好ましい。これにより、外歯33の疲労強度を高め、高い負荷応力にも耐えられる可撓性歯車3を実現することができ、その結果、歯車装置10の耐久性を向上させることができる。
ここで、前述したような効果を得るためには、可撓性歯車3の残留応力、例えば圧縮残留応力は、-950MPa以上-450MPa以下の範囲内にあることが好ましく、-950MPa以上-550MPa以下の範囲内にあることがより好ましく、-950MPa以上-750MPa以下の範囲内にあることがさらに好ましい。これに対し、かかる残留応力の絶対値が小さすぎると、前述した効果が減少する傾向を示す。一方、かかる残留応力の絶対値が大きすぎると、残留応力付与に伴う外歯33の変形が大きくなり、歯車装置10の適切な稼動を妨げるおそれがある。
また、このような圧縮残留応力は、可撓性歯車3の表面にショットピーニングを施すことで付与することができる。このように可撓性歯車3の表面にショットピーニングを施すと、可撓性歯車3の表面には、図5に示すように、微細な凹凸が形成される。これにより、可撓性歯車3の表面に潤滑剤Gを保持させやすくすることができる。その結果、歯車装置10の耐久性を向上させることができる。
ここで、外歯歯車である可撓性歯車3の外歯33の表面粗さRaは、0.2μm以上1.6μm以下の範囲内にあることが好ましく、0.2μm以上0.8μm以下の範囲内にあることがより好ましい。これにより、剛性歯車2の摩耗を低減しつつ、可撓性歯車3の外歯33上にグリース、つまり潤滑剤Gを保持させやすくして、可撓性歯車3および剛性歯車2の寿命を好適に長くすることができる。これに対し、かかる表面粗さが小さすぎると、可撓性歯車3の外歯33上にグリースを保持させやすくする効果が小さくなる傾向を示す。一方、かかる表面粗さが大きすぎると、外歯33の歯面の接触抵抗が大きくなり、歯車装置10の効率が低下するとともに、剛性歯車2が摩耗しやすくなり、歯車装置10の耐久性を低下させる傾向を示す。なお、表面粗さRaは、外歯33の算術平均粗さRaのことであり、JIS B 0601:2013に規定された方法に準じて測定される。
また、外歯歯車である可撓性歯車3の外歯33の表面粗さRaは、内歯歯車である剛性歯車2の内歯23の表面粗さRaよりも大きいことが好ましい。これにより、可撓性歯車3の外歯33上に潤滑剤Gを保持させやすくしつつ、可撓性歯車3と剛性歯車2との接触抵抗を低減して、可撓性歯車3および剛性歯車2の寿命を好適に長くすることができる。
一方、内歯歯車である剛性歯車2の内歯23の表面粗さRaは、0.1μm以上0.8μm以下の範囲内にあることが好ましく、0.1μm以上0.4μm以下の範囲内にあることがより好ましい。これにより、剛性歯車2の製造コストを低減しつつ、可撓性歯車3と剛性歯車2との接触抵抗を低減することができる。これに対し、かかる表面粗さが小さすぎると、内歯23の歯形表面を仕上げるためのコストが大きくなる割に効率向上の効果は小さい。一方、かかる表面粗さが大きすぎると、内歯23の歯面の接触抵抗が大きくなり、歯車装置10の効率が低下する傾向を示す。なお、表面粗さRaは、内歯23の算術平均粗さRaのことであり、JIS B 0601:2013に規定された方法に準じて測定される。
また、外歯歯車である可撓性歯車3の構成材料の平均結晶粒径は、内歯歯車である剛性歯車2の構成材料の平均結晶粒径よりも小さいことが好ましい。内歯23および外歯33の構成材料の平均結晶粒径にこのような大小関係が設定されることにより、外歯33の結晶粒径を小さくして、潤滑剤Gを外歯33上に保持させやすくすることができる。そのため、潤滑剤Gを外歯33の回転による遠心力に抗して外歯33上に留めておくことができる。ここで、潤滑剤Gは、外歯33の表面に存在する結晶粒界に優先的に保持される。これは、当該結晶粒界が潤滑剤Gを収容する微細な凹部や溝のような役割を果たすためと考えられる。したがって、外歯33の結晶粒径を小さくすることで、外歯33の表面に存在する結晶粒界の密度が高くなり、それに伴って、外歯33の表面に潤滑剤Gが保持されやすくなる。
また、外歯33の結晶粒径を小さくすることにより、外歯33の機械的強度を高めるとともに、外歯33の靱性を高めることができる。外歯33は、前述したように剛性歯車2および可撓性歯車3の互いの噛み合い位置の移動に伴って変形を繰り返すことから、内歯23に比べて高い機械的強度および靱性が要求される。そのため、外歯33の機械的強度および靱性を高めることは極めて有益である。なお、一般に、金属の機械的強度は、結晶粒径の1/2乗に反比例して高まる。
その一方で、前述したような内歯23および外歯33の構成材料の平均結晶粒径の大小関係により、内歯23の結晶粒径を大きくして、潤滑剤Gを内歯23上に沿って流動させやすくすることができる。そのため、潤滑剤Gが内歯23上で偏在したり固化したりするのを低減することができる。ここで、内歯23は非回転であるため、内歯23上において、前述した外歯33のような遠心力が働かないため、もともと潤滑剤Gを保持しやすい傾向にある。そこで、内歯23上の潤滑剤Gを流動しやすくすることで、潤滑剤Gの固着や必要箇所での油切れを防ぐ。これにより、潤滑剤Gの性能を十分に発揮させることが可能となる。
このように、歯車装置10では、前述したような、潤滑剤Gを外歯33上に留めておく効果、および、潤滑剤Gが内歯23上で偏在したり固化したりするのを低減する効果の2つの効果を同時に発揮させることができる。そして、この2つの効果が相乗して、潤滑剤Gの潤滑寿命を効果的に向上させることができる。特に、歯車装置10のような波動歯車装置では、一般に、内歯車および外歯車が極めて少ないバックラッシュで互いに噛み合うため、潤滑剤の潤滑寿命に対する要求が極めて高い。そのため、このような歯車装置に本発明を適用すると、その効果が顕著となる。
ここで、「平均結晶粒径」は、JIS G 0551:2013「鋼-結晶粒度の顕微鏡試験方法」に準拠して測定されるものである。この平均結晶粒径の測定に際しては、試験片、すなわち内歯または外歯の表面を腐食液によりエッチングすることで結晶粒界を出現させ、その出現した結晶粒界を顕微鏡観察することにより行うが、腐食液としては、5%ナイタール、すなわち5%硝酸-エチルアルコール、あるいは、ピクリン酸水溶液ベースの腐食液、すなわち2%ピクリン酸-0.2%塩化ナトリウム-0.1%硫酸-蒸留水を用いる。また、前述したような平均結晶粒径の大小関係は、少なくとも内歯23および外歯33において満たしていればよく、剛性歯車2および可撓性歯車3の他の部分同士において満たしていなくてもよいが、他の部分同士においても満たしていると、その効果が顕著となる。また、内歯23および外歯33の結晶粒径は、例えば、これらを構成する材料および製造時の熱処理等に応じて調整が可能である。
外歯33の構成材料の平均結晶粒径をd33とし、内歯23の構成材料の平均結晶粒径をd32としたとき、d33およびd32は前述したようにd33<d32なる関係を満たせばよいが、前述したような2つの効果を好適に発揮させる上で、好ましくは、1.2≦d32/d33≦100、より好ましくは、2≦d32/d33≦50とされる。これに対し、d32/d33が小さすぎると、前述した2つの効果のバランスが悪くなる傾向を示し、一方、d32/d33が大きすぎると、内歯23と外歯33の強度差が大きくなりすぎて、内歯23および外歯33のうちの一方の摩耗が早くなる傾向を示す。
内歯23の構成材料の平均結晶粒径は、20μm以上150μm以下の範囲内にあることが好ましく、30μm以上100μm以下の範囲内にあることがより好ましく、30μm以上50μm以下の範囲内にあることがさらに好ましい。これにより、潤滑剤Gを内歯23上に沿ってより効果的に流動させることができる。また、内歯23が金属で構成されている場合において、内歯23の機械的強度を優れたものとすることができる。これに対して、かかる平均結晶粒径が小さすぎると、内歯23上での潤滑剤Gの流動性が低下する傾向を示す。一方、かかる平均結晶粒径が大きすぎると、内歯23の構成材料によっては、内歯23の強度が不足する場合がある。なお、剛性歯車2の全体において、前述した平均結晶粒径の範囲を満たしていると、前述した効果が顕著となる。
一方、外歯33の構成材料の平均結晶粒径は、0.5μm以上30μm以下の範囲内にあることが好ましく、5μm以上20μm以下の範囲内にあることがより好ましく、5μm以上15μm以下の範囲内にあることがさらに好ましい。これにより、潤滑剤Gを外歯33上により効果的に保持させることができる。また、外歯33が金属で構成されている場合において、外歯33の機械的強度を優れたものとすることができる。これに対し、かかる平均結晶粒径が小さすぎると、外歯33を製造する際の加工性が悪く、また、外歯33の表面に存在する結晶粒界に起因する凹部の深さも小さくなるため、かえって、潤滑剤Gを外歯33上に保持し難くなってしまう。一方、かかる平均結晶粒径が大きすぎると、潤滑剤Gを外歯33上に保持する効果が低下する傾向を示し、また、外歯33に必要な機械的強度および靱性を確保することが難しい。なお、可撓性歯車3の全体において、前述した平均結晶粒径の範囲を満たしていると、前述した効果が顕著となる。
また、可撓性歯車3の構成材料および剛性歯車2の構成材料には、前述した主材料以外の材料が0.01質量%以上2質量%以下の範囲内で添加されていてもよい。特に、外歯歯車である可撓性歯車3の構成材料は、第4族元素または第5族元素を0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲内で含むことが好ましい。これにより、可撓性歯車3の製造過程において熱処理を施しても、可撓性歯車3を構成している鉄系材料の結晶粒の成長を抑制して結晶粒径を小さくすることができる。そのため、可撓性歯車3の機械的強度を向上させることができる。また、このような可撓性歯車3を備える歯車装置10によれば、可撓性歯車3の機械的強度を向上させることで、歯車装置10の耐久性を向上させることができる。
ここで、添加元素としては、前述したように、第4族元素または第5族元素を用いればよいが、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、およびタンタル(Ta)のうちの1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることが好ましく、ジルコニウム(Zr)およびニオブ(Nb)のうちの少なくとも一方を含んでいることがより好ましく、ジルコニウム(Zr)およびニオブ(Nb)の双方を含んでいることがさらに好ましい。これにより、可撓性歯車3を構成している鉄系材料の結晶粒の成長を抑制する効果、すなわち結晶粒成長抑制効果をより効果的に発揮させることができる。なお、可撓性歯車3の構成材料には、第4族元素および第5族元素以外の元素が含まれていてもよく、例えば、可撓性歯車3を構成している鉄系材料の結晶粒の成長を効果的に抑制する観点から、イットリウム(Y)を含んでいてもよい。
また、可撓性歯車3の構成材料中における添加元素の含有量は、0.05質量%以上0.3質量%以下の範囲内にあることが好ましく、0.1質量%以上0.2質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。これにより、結晶粒成長抑制効果をより効果的に発揮させることができる。これに対し、かかる含有量が少なすぎると、結晶粒成長抑制効果が著しく減少するおそれがある。一方、かかる含有量が多すぎると、結晶粒成長抑制効果をそれ以上得ることができないばかりか、可撓性歯車3の靱性が低くなり、かえって可撓性歯車3の機械的強度を低下させたり、可撓性歯車3を製造する際の加工性が極端に悪くなったりするおそれがある。
(ケース)
図2に示すケース5は、軸受13を介して軸61を支持している略板状の蓋体11と、軸受14を介して軸62を支持しているカップ状の本体12と、を有する。ここで、蓋体11と本体12とは連結されて空間を構成しており、その空間には、前述した歯車装置本体1が収納されている。また、蓋体11および本体12の少なくとも一方には、前述した歯車装置本体1の剛性歯車2が例えばネジ止め等により固定されている。
蓋体11の内壁面111は、可撓性歯車3の開口部36を覆うように軸線aに垂直な方向に拡がる形状をなしている。また、本体12の内壁面121は、可撓性歯車3の外周面および底面に沿った形状をなしている。このようなケース5は、前述したロボット100の基台110に固定されている。ここで、蓋体11は、基台110と別体であって、例えばネジ止め等により基台110に固定されていてもよいし、基台110と一体であってもよい。また、蓋体11と本体12とを備えるケース5の構成材料としては、特に限定されないが、例えば、金属材料、セラミックス材料等が挙げられる。
(潤滑剤)
潤滑剤Gは、例えばグリース、すなわち半固体状潤滑剤であり、噛み合い部である剛性歯車2と可撓性歯車3との間、および、接触部・摺動部である可撓性歯車3と波動発生器4との間、のうちの少なくとも一方に配置されている。以下、これら噛み合い部や接触部・摺動部のことを「潤滑対象部」という。このような潤滑対象部に潤滑剤Gを供給することにより、当該潤滑対象部の摩擦を低減することができる。
前述したように、歯車装置10は、内歯歯車である剛性歯車2と外歯歯車である可撓性歯車3との間に配置されている潤滑剤Gを備えるが、この潤滑剤Gは、基油と、増ちょう剤と、有機モリブデン化合物と、を含み、かつ、離油度が4質量%以上13.8質量%以下の範囲内にあることが好ましい。潤滑剤Gが有機モリブデン化合物を含んでいることにより、剛性歯車2と可撓性歯車3との噛み合い部における摩擦を効果的に低減することができる。その上で、当該潤滑剤Gの離油度が4.00質量%以上13.8質量%以下の範囲内にあることにより、当該潤滑剤Gが有機モリブデン化合物を含んでいても、増ちょう剤からの基油のしみ出しが阻害され難くなり、可撓性歯車3と波動発生器4との接触部へ安定的に基油を供給することができる。その結果、可撓性歯車3および剛性歯車2の寿命を好適に長くすることができる。
基油としては、例えば、パラフィン系、ナフテン系等の鉱油、ポリオレフィン、エステル、シリコーン等の合成油が挙げられ、これらのうちの1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。また、増ちょう剤としては、例えば、カルシウム石けん、カルシウム複合石けん、ナトリウム石けん、アルミニウム石けん、リチウム石けん、リチウム複合石けん等の石けん系、また、ポリウレア、ナトリウムテレフタラメート、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、有機ベントナイト、シリカゲル等の非石けん系等が挙げられ、これらのうちの1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。このように、基油および増ちょう剤を組成として含んでいる潤滑剤Gは、増ちょう剤が形成する3次元構造体が複雑に絡み合って基油を保持しており、その保持した基油を少しずつしみ出させることで潤滑作用を発揮する。
ここで、潤滑剤G中における基油の含有量が75質量%以上85質量%以下であり、かつ、潤滑剤G中における増ちょう剤の含有量が10質量%以上20質量%以下であることが好ましい。これにより、潤滑剤Gの潤滑性能を高めることができる。
また、有機モリブデン化合物は、固体潤滑剤または極圧剤として機能する。これにより、潤滑対象部における摩擦を効果的に低減することができ、潤滑対象部が極圧潤滑状態となっても、焼き付きやスカッフィングを効果的に防止することができる。特に、有機モリブデン化合物は、二硫化モリブデンと同等の極圧性および耐摩耗性を発揮し、しかも、二硫化モリブデンに比べて酸化安定性に優れる。そのため、潤滑剤Gの長寿命化を図ることができる。
ここで、有機モリブデン化合物は、粒子状態で潤滑剤Gに添加されるが、歯車装置10で使用されると分解反応することで潤滑対象部に被膜を形成して摩擦係数を下げる効果がある。このため有機モリブデン化合物は、極めて小さいバックラッシュで噛み合う剛性歯車2と可撓性歯車3との噛み合い部や、可撓性歯車3と波動発生器4との間の極めて小さい隙間の潤滑に適している。これに対し、二硫化モリブデンの場合は、潤滑対象部における摩擦を低減するためには、潤滑対象部に付着しても粒子状態を維持していなければならず、剛性歯車2と可撓性歯車3との噛み合い部や、可撓性歯車3と波動発生器4との接触部における潤滑に適しているとは言えない。
また、潤滑剤G中における有機モリブデン化合物の含有量は、例えば、1質量%以上5質量%以下であることが好ましい。これにより、有機モリブデン化合物の極圧剤としての性能が発揮されやすくなり、潤滑剤Gの特性向上が顕著となる。なお、極圧剤または固体潤滑剤として、有機モリブデン化合物の他に、ジアルキルジチオリン酸亜鉛等の他の極圧剤を併用してもよい。
ここで、有機モリブデン化合物の平均粒径は、一般に、10μm程度と比較的大きい。そのため、単に潤滑剤Gに有機モリブデン化合物を添加すると、有機モリブデン化合物の粒子の影響により、潤滑剤Gの増ちょう剤からの基油のしみ出しが阻害されて少なくなり、潤滑対象部の潤滑不足を招く場合がある。例えば、可撓性歯車3と波動発生器4との接触部は、その隙間が小さいためにグリース全体が供給されることは難しく、増ちょう剤からしみ出た基油が供給されることが重要であるので、潤滑不足を招きやすい。
そこで、潤滑剤Gの離油度は、4.00質量%以上13.8質量%以下の範囲内にあることが好ましく、6.00質量%以上11.0質量%以下の範囲内にあることがより好ましく、6.00質量%以上10.0質量%以下の範囲内にあることがさらに好ましい。これにより、潤滑剤Gの増ちょう剤からの基油のしみ出しが阻害され難くなり、潤滑対象部、特に可撓性歯車3と波動発生器4との接触部へ安定的に基油を供給することができる。このように、当該潤滑剤Gが有機モリブデン化合物による優れた摩擦低減効果を発揮させつつ増ちょう剤からの基油のしみ出しによって潤滑対象部へ安定的に基油を供給することができ、その結果、歯車装置10の長寿命化を図ることができる。なお、「離油度」とは、増ちょう剤からの基油をしみ出させる能力を示す指標であり、JIS K2220:2013に規定されている測定方法に準拠して測定される。
ここで、前述したような潤滑剤Gの離油度による効果を高める観点から、潤滑剤Gに添加する有機モリブデン化合物の平均粒径は、1μm以上10μm以下の範囲内にあることが好ましい。
また、離油度は、ちょう度が大きくなる、すなわち軟らかくなるほど、大きくなる傾向を示し、ちょう度に対してある程度の相関関係を有する。したがって、例えば、基油および増ちょう剤の配合比に応じてちょう度を調整することで、所望の離油度の潤滑剤Gを得ることができる。
また、潤滑剤Gのちょう度は、280以上400以下の範囲内にあることが好ましく、300以上380以下の範囲内にあることがより好ましく、325以上365以下の範囲内にあることがさらに好ましい。これにより、潤滑対象部に潤滑剤Gを留めやすくすることができる。また、潤滑剤Gの離油度を前述した範囲内とすることが容易となるという利点もある。これに対し、潤滑剤Gのちょう度が小さすぎると、前述した離油度の範囲となる基油および増ちょう剤の選定が難しく、また、潤滑剤Gの流動性が不十分となり、剛性歯車2と可撓性歯車3との噛み合い部に十分に潤滑剤Gを供給することが難しくなるおそれがある。一方、潤滑剤Gのちょう度が大きすぎると、潤滑剤Gの流動性が高くなり過ぎて、歯車装置10の外部、例えば、ケース5内の不本意な位置またはケース5の外部へ潤滑剤Gが漏れやすくなるため、剛性歯車2と可撓性歯車3との噛み合い部への潤滑剤Gの供給が不安定となり、かえって、当該噛み合い部における潤滑不良を生じやすくなるおそれがある。なお、「ちょう度」は、グリースの硬さを表す指標であり、JIS K2220:2013に規定されている測定方法に準拠して測定される。
また、潤滑剤Gの滴点は、248℃以上270℃以下の範囲内にあることが好ましい。これにより、潤滑剤Gのちょう度を最適化しつつ、潤滑剤Gの耐熱性を優れたものとすることができる。なお、「滴点」とは、グリース構造が破壊され、半固体から液状に変わる時の温度をいい、JIS K2220:2013に規定されている測定方法に準拠して測定される。
ここで、潤滑剤Gに用いる増ちょう剤は、前述した増ちょう剤の中でもリチウム複合石けんを用いることが好ましい。これにより、潤滑剤Gの滴点を高くすることができ、潤滑剤Gの耐熱性を優れたものとすることができる。なお、リチウム複合石けんを増ちょう剤として用いる場合、リチウム複合石けんを単独で増ちょう剤として用いてもよいし、他の増ちょう剤とリチウム複合石けんを混合して用いてもよい。他の増ちょう剤とリチウム複合石けんを混合して用いる場合、全増ちょう剤中におけるリチウム複合石けんの含有量が70質量%以上であることが好ましい。
また、潤滑剤Gは、前述した基油、増ちょう剤および極圧剤の他に、酸化防止剤、防錆剤等の添加剤、また、黒鉛、二硫化モリブデン、ポリテトラフルオロエチレン等の固体潤滑剤等を含んでいてもよい。
<第2実施形態>
次に、第2実施形態に係る歯車装置について説明する。
図6は、第2実施形態に係る歯車装置を示す縦断面図である。
本実施形態は、外歯歯車の構成およびそれに伴うケースの構成が異なる以外は、前述した第1実施形態と同様である。なお、以下の説明では、本実施形態に関し、前述した実施形態との相違点を中心に説明し、同様の事項に関してはその説明を省略する。また、図6において、前述した実施形態と同様の構成については、同一符号を付している。
図6に示す歯車装置10Bは、歯車装置本体1Bと、歯車装置本体1Bを収納しているケース5Bと、を有する。なお、ケース5Bは、省略してもよい。
歯車装置10Bは、剛性歯車2の内側に配置されているハット型、すなわち縁つき帽子型の外歯歯車である可撓性歯車3Bを有している。この可撓性歯車3Bは、筒状の胴部31の一端部に接続され軸線aとは反対側に突出しているフランジ部32Bを有する。フランジ部32Bには、図示しない出力軸が取り付けられている。そして、可撓性歯車3Bの構成材料等は、第1実施形態に係る可撓性歯車3と同様である。
ケース5Bは、軸受13を介して、例えば入力軸となる軸61を支持している略板状の蓋体11Bと、前述した可撓性歯車3Bのフランジ部32Bに取り付けられているクロスローラーベアリング18と、を有する。
ここで、蓋体11Bは、剛性歯車2の一方、すなわち図6中右側の側面に対して例えばネジ止め等により固定されている。また、クロスローラーベアリング18は、内輪15と、外輪16と、これらの間に配置されている複数のコロ17と、を有する。そして、内輪15は、可撓性歯車3の胴部31の外周に沿って設けられ、剛性歯車2の他方、すなわち図6中左側の側面に対して例えばネジ止め等により固定されている。一方、外輪16は、前述した可撓性歯車3Bのフランジ部32Bの胴部31側の面に例えばネジ止め等により固定されている。
また、蓋体11Bの内壁面111Bは、可撓性歯車3Bの開口部36を覆うように軸線aに垂直な方向に拡がる形状をなしている。また、クロスローラーベアリング18の内輪15の内壁面151は、可撓性歯車3Bの胴部31の外周面に沿った形状をなしている。
以上のような歯車装置10Bは、剛性歯車2と可撓性歯車3Bとの間および可撓性歯車3Bと波動発生器4との間のうちの少なくとも一方、すなわち潤滑対象部に配置されている潤滑剤Gを有する。ここで、剛性歯車2、可撓性歯車3Bおよび波動発生器4のうちの一つの部材が基台110(第1部材)に対して接続され、他の一つの部材が第1アーム120(第2部材)に対して接続されている。なお、本実施形態では、剛性歯車2が基台110に対して接続され、可撓性歯車3Bが第1アーム120に対して接続されている。
以上説明したような第2実施形態によっても、前述した第1実施形態と同様の効果を発揮させることができる。
以上、本発明の歯車装置およびロボットを、図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明は、これに限定されるものではなく、各部の構成は、同様の機能を有する任意の構成のものに置換することができる。また、本発明に、他の任意の構成物が付加されていてもよい。
また、前述した実施形態では、ロボットが備える基台が「第1部材」、第1アームが「第2部材」であり、第1部材から第2部材へ駆動力を伝達する歯車装置について説明したが、本発明は、これに限定されず、第nアームが「第1部材」、第(n+1)アームが「第2部材」であり、第nアームおよび第(n+1)アームの一方から他方へ駆動力を伝達する歯車装置についても適用可能である。なお、nは1以上の整数である。また、第2部材から第1部材へ駆動力を伝達する歯車装置についても適用可能である。
また、前述した実施形態では、水平多関節ロボットについて説明したが、本発明のロボットは、これに限定されず、例えば、ロボットの関節数は任意であり、また、垂直多関節ロボットにも適用可能である。
また、前述した実施形態では、歯車装置をロボットに組み込む場合を例に説明したが、本発明の歯車装置は、互いに回動する第1部材および第2部材の一方側から他方側へ駆動力を伝達する構成を有する各種機器に組み込んで用いることもできる。
以下、本発明の具体的な実施例について説明する。
1.摩擦摩耗試験および疲労強度試験
(実施用実験例1)
表1に示す材料を用いてJIS K 7218:1986に規定の摩擦摩耗試験を行った。具体的には、まず、表1に示すピン用材料であるニッケルクロムモリブデン鋼SNCM439で試験用ピンを作製し、ディスク用材料である球状黒鉛鋳鉄で試験用ディスクを作製した。
次に、これらの試験用ピンおよび試験用ディスクを、JIS K 7218:1986に準拠する往復摩擦摩耗試験機であるピンオンディスク試験機にセットし、試験用ディスクの表面で試験用ピンを往復摺動させた。そして、長さ10mmを600回往復摺動させた後の動摩擦係数を気温25℃で測定した。測定結果を表1に示す。
次に、前述したディスク用材料を用いてJIS Z 2275:1978に規定の平面曲げ疲れ試験を行った。具体的には、まず、表1に示すディスク用材料で試験片を作製した。
次に、この試験片を、JIS Z 2275:1978に準拠する平面曲げ疲労試験機にセットし、気温25℃において、1×107回の繰り返し数で繰り返し曲げ試験を行った。そして、応力振幅、すなわち繰り返し曲げ試験における繰り返し応力の最大応力と最小応力との差を増やしながら、都度、繰り返し曲げ試験を行い、破壊に至らなかった応力振幅の最大値を求めた。これを疲労限度とし、表1に示す。
(実施用実験例2~5)
ディスク用材料を表1に示す材料に変更した以外は、実施用実験例1と同様にして試験用ピンおよび試験用ディスクを作製し、これらを用いて動摩擦係数を測定するとともに、実施用実験例1と同様にして試験片を作製し、これを用いて疲労限度を測定した。測定結果を表1に示す。
(比較用実験例1~3)
ディスク用材料を表1に示す材料に変更した以外は、実施用実験例1と同様にして試験用ピンおよび試験用ディスクを作製し、これらを用いて動摩擦係数を測定するとともに、実施用実験例1と同様にして試験片を作製し、これを用いて疲労限度を測定した。測定結果を表1に示す。
表1から明らかなように、各実施用実験例で用いた球状黒鉛鋳鉄、すなわち、単位面積当たりの粒径15μmの黒鉛粒子数、および、黒鉛粒子数が累積50%であるところの黒鉛粒子径が、それぞれ所定の範囲内にある球状黒鉛鋳鉄は、各比較用実験例で用いたディスク用材料に比べて、動摩擦係数が小さく、かつ、疲労限度が大きいことが認められた。
具体的には、各実施用実験例で用いた球状黒鉛鋳鉄は、それぞれ、動摩擦係数が0.2以下であり、かつ、疲労限界が380MPa以上であった。
これに対し、比較用実験例1、2で用いた球状黒鉛鋳鉄は、それぞれ、疲労限界は大きいものの、動摩擦係数が0.4以上であり、動摩擦係数が相対的に大きくなっている。球状黒鉛鋳鉄の動摩擦係数が大きい場合、歯車装置において摩擦抵抗の増加を招く。一方、比較用実験例3で用いた球状黒鉛鋳鉄は、動摩擦係数は小さいものの、疲労限界が330MPaであり、疲労限界が相対的に小さくなっている。球状黒鉛鋳鉄の疲労限界が小さい場合、歯車装置において疲労破壊が懸念される。
前述したように、各実施用実験例で用いた球状黒鉛鋳鉄は、動摩擦係数が相対的に小さく、かつ、疲労強度が相対的に大きい。動摩擦係数および疲労強度は、それぞれ歯車装置の寿命に影響を及ぼすと考えられることから、以上の結果を踏まえると、各実施用実験例で用いた球状黒鉛鋳鉄は、歯車装置の寿命を延ばすことに寄与すると認められる。
2.歯車装置の製造
(実施例1)
図2に示すような構成の歯車装置を製造した。
ここで、製造した歯車装置は、内歯歯車の外径φ70mm、かみ合い基準円直径で規定される内歯歯車の内径および外歯歯車の外径φ53mm、減速比80であった。また、内歯歯車の構成材料として球状黒鉛鋳鉄を用い、外歯歯車の構成材料としてニッケルクロムモリブデン鋼SNCM439を用いた。
そして、内歯歯車の構成材料である球状黒鉛鋳鉄の、単位面積当たりの粒径15μmの黒鉛粒子数、および、黒鉛粒子数が累積50%であるところの黒鉛粒子径を、それぞれ表2に示す。
また、外歯歯車および内歯歯車のビッカース硬度、外歯歯車の残留応力、外歯歯車および内歯歯車の表面粗さRa、外歯歯車の構成材料および内歯歯車の構成材料の平均結晶粒径、ならびに、外歯歯車の構成材料に含まれる添加元素の種類および添加量を、それぞれ表2に示す。
また、歯車装置には潤滑剤を用いた。この潤滑剤には、鉱油:80質量%、増ちょう剤としてのリチウム複合石けん:15質量%、極圧剤としての有機モリブデン化合物:4質量%、2,6-ジ-ターシャリ-ブチル-4-クレゾール:1質量%を含み、ちょう度325、離油度4.00質量%、滴点270℃のグリースを用いた。
(実施例2~27および比較例1~7)
外歯歯車および内歯歯車の構成を表2に示すように変更した以外は、前述した実施例1と同様にして歯車装置を製造した。
なお、表2に示す構成材料は、以下の通りである。
・SNCM439 :ニッケルクロムモリブデン鋼SNCM439
・構造用鋼 :機械構造用炭素鋼S45C
・SUS :ステンレス鋼SUS420J2
・FCD :球状黒鉛鋳鉄
・Al合金 :アルミニウム青銅鋳物CAC702
・Cu合金 :リン青銅鋳物CAC502
3.歯車装置の評価
各実施例および各比較例の歯車装置について、入力軸回転数3000rpm、平均負荷トルク70Nmにて連続運転を行い、歯車装置が破損するまでの入力軸の総回転数を計測した。この総回転数を寿命として表2に示す。
表2から明らかなように、各実施例は、各比較例に比べて、寿命が格段に長いことが認められた。