本発明者らは、一次被膜を有さない母材鋼板(珪素鋼板)に対する、絶縁被膜(ホウ酸アルミニウム系被膜)の密着性について検討した。
なお、以下では、「一次被膜を有さない母材鋼板」とは、フォルステライトを主成分とする一次被膜の形成が抑制された母材鋼板、又は、この一次被膜が除去された母材鋼板を意味する。
上述のとおり、一次被膜を有さない母材鋼板に形成された絶縁被膜は、一次被膜を有する母材鋼板に形成された絶縁被膜よりも、密着性が低い。具体的には、一次被膜を有さない母材鋼板の表面に形成された絶縁被膜は、一部が割れやすくなったり、剥離しやすくなったりする。そこで本発明者らは、一次被膜を母材鋼板の表面から除去し、又は、一次被膜の形成を抑制し、次いで母材鋼板の表面上にシリカ(SiO2)を主成分とする中間層(酸化膜)を形成し、その上で酸化膜の上にアルミニウム・ホウ素酸化物を主成分とする絶縁被膜(ホウ酸アルミニウム系被膜)を形成させる方法に着目した。
ただ、母材鋼板とホウ酸アルミニウム系被膜との間に酸化膜を単に形成しただけでは、電磁鋼板に曲げ応力を加えると、酸化膜からホウ酸アルミニウム系被膜が剥離する場合がある。この理由について、本発明者らは次のとおりに考えている。ホウ酸アルミニウム系被膜が鋼板に付与する張力は、酸化膜よりも大きい。具体的には、ホウ酸アルミニウム系被膜の主成分であるアルミニウム・ホウ素酸化物のヤング率は、200GPaである。一方、酸化膜の主成分である非晶質のシリカ(SiO2)のヤング率は、80GPaである(特許文献8の表1及び表9参照)。すなわち、アルミニウム・ホウ素酸化物のヤング率は、非晶質のシリカのヤング率の2.5倍である。そのため、ホウ酸アルミニウム系被膜は、酸化膜より剛性が高くなり、変形しにくくなる。このような電磁鋼板に曲げ応力を加えた場合、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面に応力が集中し、変形しにくいホウ酸アルミニウム系被膜が、酸化膜から剥離すると考えられる。
そこで本発明者らは、母材鋼板(珪素鋼板)と中間層(酸化膜)と絶縁被膜(ホウ酸アルミニウム系被膜)とを有する方向性電磁鋼板に関して、変形時にホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面へ集中する応力を緩和する方法を詳細に検討した。
上述のとおり、ホウ酸アルミニウム系被膜(主成分がアルミニウム・ホウ素酸化物)と、酸化膜(主成分がシリカ)とでは、ヤング率の差が大きい。そのため、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面に応力が集中しやすい。すなわち、本発明者らは、ホウ酸アルミニウム系被膜のヤング率よりも低く、かつ、酸化膜のヤング率よりも高い緩衝体を、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面に配置させれば、界面の応力集中を緩和できるのではないかと考えた。
その結果、本発明者らは、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、及び、Vからなる群から選択される少なくとも1種を主成分とする金属粒子を、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に分散させる方法を見出した。Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、及び、Vからなる群から選択される少なくとも1種を主成分とする金属粒子を、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に分散させれば、ホウ酸アルミニウム系被膜の密着性が好適に向上する。この理由について、本発明者らは次のように考えている。
上述のとおり、ホウ酸アルミニウム系被膜の主成分であるアルミニウム・ホウ素酸化物のヤング率は200GPaであり、酸化膜の主成分である非晶質のシリカのヤング率は80GPaである。上記の効果を発現する金属粒子は、ホウ酸アルミニウム系被膜より剛性が低く、酸化膜より剛性が高いと考えられる。例えば、上記界面に分散させる金属粒子は、その大きさから、結晶粒数が少なく、単結晶に近いと考えられる。上述した金属粒子を構成する元素の一つであるFeは、単結晶の<100>方位のヤング率が132GPaである(非特許文献1の図8参照)。このように、Fe単結晶のヤング率は、ホウ酸アルミニウム系被膜の主成分であるアルミニウム・ホウ素酸化物のヤング率よりも低く、酸化膜の主成分であるシリカのヤング率よりも高い。そのため、このような金属粒子は、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面にて応力集中を緩和する緩衝体になり得ると考えられる。Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、及び、Vについても、Feと同様に、これらのヤング率が、アルミニウム・ホウ素酸化物よりも低く、且つ非晶質のシリカよりも高いため、上記の効果を発現できると考えられる。
上記の考察に基づけば、金属粒子のうちホウ酸アルミニウム系被膜中に存在する部分は変形しやすく、一方、金属粒子のうち酸化膜中に存在する部分は変形しにくいと考えられる。すなわち、電磁鋼板に曲げ応力を加えたとき、金属粒子のうち、ホウ酸アルミニウム系被膜中に存在する部分は変形し、金属粒子のうち、酸化膜中に存在する部分はほとんど変形しないと考えられる。この機構により、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面への応力集中を緩和することができると考えられる。
さらに言えば、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に金属粒子が嵌入することにより、界面構造が複雑になり、その結果、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜とが剥離しにくくなると考えられる。
本発明者らは、上述の金属粒子を有する酸化膜及びホウ酸アルミニウム系被膜を形成する方法について検討した。その結果、一例として、次の方法を用いれば、一部がホウ酸アルミニウム系被膜内に含まれ、残りの部分が酸化膜内に含まれる金属粒子を有する酸化膜及びホウ酸アルミニウム系被膜を形成できることを見出した。
具体的には、母材鋼板である珪素鋼板上に中間層である酸化膜を形成した後、この酸化膜上に金属塩とアルミナゾルとホウ酸とを有する混合物を塗布して焼付けてホウ酸アルミニウム系被膜を形成する際に、金属塩の粒子径や雰囲気ガスを適宜調整することで、金属塩を還元し、金属粒子を形成する。この金属粒子は、酸化膜やホウ酸アルミニウム系被膜との比重の違いにより、ホウ酸アルミニウム系被膜の焼き付け時に形成される外部酸化膜中で形成され、その一部がホウ酸アルミニウム系被膜に含まれる。すなわち、金属粒子が、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に配される。
なお、上述の特許文献6には、中間被膜中に金属鉄の粒子を形成させる方法が記載されている(特許文献6の段落[0029]参照)。しかしながら、特許文献6に記載される方法を用いた場合、金属鉄の粒子は、酸化膜中にのみ形成される。これは、酸化膜を形成するために塗布したシリカゾルの内部で還元反応が進行するためである。
以下、本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板について詳細に説明する。ただ、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、下記する数値限定範囲には、下限値及び上限値がその範囲に含まれる。「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。各元素の含有量に関する「%」は、「質量%」を意味する。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、母材鋼板(珪素鋼板)と、中間層(酸化膜)と、絶縁被膜(ホウ酸アルミニウム系被膜)とを備え、酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜に金属粒子が含まれる。
母材鋼板である珪素鋼板は、化学組成として、質量%で、Si:0.8~7.0%、Mn:0~1.00%、Cr:0~0.30%、Cu:0~0.40%、P:0~0.50%、Sn:0~0.30%、Sb:0~0.30%、Ni:0~1.00%、B:0~0.008%、V:0~0.15%、Nb:0~0.2%、Mo:0~0.10%、Ti:0~0.015%、Bi:0~0.010%、Al:0~0.005%、C+Nの合計:0~0.005%、及び、S+Seの合計:0~0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、{110}<001>方位に発達した集合組織を有すればよい。
中間層である酸化膜は、母材鋼板の表面上に形成されており、主成分が非晶質のシリカ(酸化珪素)であり、平均厚さが2~500nmであればよい。
絶縁被膜であるホウ酸アルミニウム系被膜は、酸化膜の表面上に形成されており、主成分がアルミニウム・ホウ素酸化物であり、平均厚さが0.5μm超8μm以下であればよい。
金属粒子は、主成分が、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、及び、Vからなる群から選択される少なくとも1種であればよい。また、金属粒子は、切断方向が板厚方向と平行となる切断面で見たとき、酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜に含まれ、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に存在すればよい(すなわち、一部が酸化膜内に含まれ、他の部分がホウ酸アルミニウム系被膜内に含まれればよい)。
上記の酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に存在する金属粒子は、上記切断面で見たとき、この界面に対して線分率0.5%以上25%以下で存在すればよい。
上記ホウ酸アルミニウム系被膜の主成分であるアルミニウム・ホウ素酸化物は、結晶質または非晶質であればよく、または非晶質を主体とすればよい。
上記ホウ酸アルミニウム系被膜の主成分であるアルミニウム・ホウ素酸化物は、結晶質のAl18B4O33またはAl4B2O9の少なくとも1つを含んでもよい。
上記ホウ酸アルミニウム系被膜は、結晶質の酸化アルミニウムをさらに含有してもよい。
上記切断面で見たとき、酸化膜中の金属粒子の面積率は、1~20%であってもよい。
上記金属粒子の粒径の最大値は、酸化膜の平均厚さより大きくてもよい。
上記方向性電磁鋼板は、上記ホウ酸アルミニウム系被膜の表面上にリン酸系被膜をさらに備えてもよい。
上記母材鋼板は、化学組成として、質量%で、Mn:0.05~1.00%、Cr:0.02~0.30%、Cu:0.05~0.40%、P:0.005~0.50%、Sn:0.02~0.30%、Sb:0.01~0.30%、Ni:0.01~1.00%、B:0.0005~0.008%、V:0.002~0.15%、Nb:0.005~0.2%、Mo:0.005~0.10%、Ti:0.002~0.015%、及び、Bi:0.001~0.010%からなる群から選択される少なくとも1種を含有してもよい。
以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板について詳述する。
[方向性電磁鋼板の構成]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、母材鋼板(珪素鋼板)と、中間層(酸化膜)と、絶縁被膜(ホウ酸アルミニウム系被膜)と、金属粒子とを備える。
[母材鋼板]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、母材鋼板が、化学組成として、基本元素を含み、必要に応じて選択元素を含み、残部がFe及び不純物からなることが好ましい。
本実施形態では、母材鋼板が、基本元素(主要な合金元素)としてSiを含有すればよい。
Si:0.8%以上7.0%以下
シリコン(Si)は、鋼の電気抵抗を高めて、渦電流損を低減する。Siはさらに、外部酸化により酸化膜を形成する。Si含有量が0.8%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が7.0%を超えれば、鋼の冷間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.8~7.0%である。Si含有量の好ましい下限は4.5%であり、より好ましくは4.0%である。Si含有量の好ましい上限は2.5%であり、より好ましくは3.0%である。
本実施形態では、母材鋼板が、不純物を含有してもよい。ここで、不純物とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップから、または製造環境などから混入するものを指す。本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、悪影響を与えない範囲で不純物を含むことを許容される。
また、本実施形態では、母材鋼板が、上記した基本元素および不純物に加えて、選択元素を含有してもよい。例えば、上記した残部であるFeの一部に代えて、選択元素として、Mn、Cr、Cu、P、Sn、Sb、Ni、B、V、Nb、Mo、Ti、Bi、Al、C、N、S、Seを含有してもよい。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよい。よって、これらの選択元素の下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、上記効果は損なわれない。
Mn:0以上1.00%以下
マンガン(Mn)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Mnは電気抵抗を高めて、鉄損を低減する。また、S又はSeと結合して、インヒビターとして機能する。この場合、鉄損をより低減する。しかしながら、Mn含有量が高すぎれば、かえって磁気特性が低下する場合がある。したがって、Mn含有量は0~1.00%であればよい。Mn含有量の好ましい上限は0.30%であり、より好ましくは0.15%である。これらの効果を有効に得るためのMn含有量の好ましい下限は0.05%であり、より好ましくは0.06%であり、さらに好ましくは0.08%である。
Cr:0以上0.30%以下
クロム(Cr)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Crは電気抵抗を高めて、鉄損を低減する。Crが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Cr含有量が0.30%を超えれば、脱炭が困難になることがある。したがって、Cr含有量は0~0.30%であればよい。Cr含有量の好ましい下限は0.02%であり、より好ましくは0.05%である。Cr含有量の好ましい上限は0.20%であり、より好ましくは0.12%である。
Cu:0以上0.40%以下
銅(Cu)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Cuは電気抵抗を高めて、鉄損を低減する。Cuが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が0.40%を超えれば、熱間圧延時に“カッパーヘゲ”なる表面疵の原因になることがある。したがって、Cu含有量は0~0.40%であればよい。Cu含有量の好ましい下限は0.05%であり、より好ましくは0.10%である。Cu含有量の好ましい上限は0.30%であり、より好ましくは0.20%である。
P:0以上0.50%以下
リン(P)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Pは電気抵抗を高めて、鉄損を低減する。Pが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、P含有量が0.50%を超えれば、製造工程で、加工性が低下することがある。したがって、P含有量は0~0.50%であればよい。P含有量の好ましい下限は0.005%であり、より好ましくは0.01%である。P含有量の好ましい上限は0.20%であり、より好ましくは0.15%である。
Sn:0以上0.30%以下
スズ(Sn)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Snは鋼板の二次再結晶を安定化する。Snが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Sn含有量が0.30%を超えれば、脱炭が困難になることがある。したがって、Sn含有量は0~0.30%であればよい。Sn含有量の好ましい下限は0.02%であり、より好ましくは0.05%である。Sn含有量の好ましい上限は0.15%であり、より好ましくは0.10%である。
Sb:0以上0.30%以下
アンチモン(Sb)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Sbは鋼板の二次再結晶を安定化する。Sbが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Sb含有量が0.30%を超えれば、脱炭が困難になることがある。したがって、Sb含有量は0~0.30%であればよい。Sb含有量の好ましい下限は0.01%であり、より好ましくは0.03%である。Sb含有量の好ましい上限は0.15%であり、より好ましくは0.10%である。
Ni:0以上1.00%以下
ニッケル(Ni)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Niは電気抵抗を高めて、鉄損を低減する。Niが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が1.00%を超えれば、鋼板の二次再結晶が不安定になることがある。したがって、Ni含有量は0~1.00%であればよい。Ni含有量の好ましい下限は0.01%であり、より好ましくは0.02%である。Ni含有量の好ましい上限は0.20%であり、より好ましくは0.10%である。
B:0以上0.008%以下
ボロン(B)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、BはNと結合して、インヒビターとして機能する。Bが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.008%を超えれば、かえって磁気特性が低下する場合がある。したがって、B含有量は0~0.008%であればよい。B含有量の好ましい下限は0.0005%であり、より好ましくは0.001%である。B含有量の好ましい上限は0.005%であり、より好ましくは0.003%である。
V:0以上0.15%以下
バナジウム(V)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、VはC及びNと結合して、インヒビターとして機能する。Vが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、V含有量が0.15%を超えれば、かえって磁気特性が低下する場合がある。したがって、V含有量は0~0.15%であればよい。V含有量の好ましい下限は0.002%であり、より好ましくは0.01%である。V含有量の好ましい上限は0.10%であり、より好ましくは0.05%である。
Nb:0以上0.2%以下
ニオブ(Nb)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、NbはC及びNと結合して、インヒビターとして機能する。Nbが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が0.2%を超えれば、かえって磁気特性が低下する場合がある。したがって、Nb含有量は0~0.2%であればよい。Nb含有量の好ましい下限は0.005%であり、より好ましくは0.02%である。Nb含有量の好ましい上限は0.1%であり、より好ましくは0.08%である。
Mo:0以上0.10%以下
モリブデン(Mo)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Moは電気抵抗を高めて、鉄損を低減する。Moが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が0.10%を超えれば、製造工程で、加工性が低下することがある。したがって、Mo含有量は0~0.10%であればよい。Mo含有量の好ましい下限は0.005%であり、より好ましくは0.01%である。Mo含有量の好ましい上限は0.08%であり、より好ましくは0.05%である。
Ti:0以上0.015%以下
チタン(Ti)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、TiはN及びCと結合して、インヒビターとして機能する。Tiが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が0.015%を超えれば、かえって磁気特性が低下する場合がある。したがって、Ti含有量は0~0.015%であればよい。Ti含有量の好ましい下限は0.002%であり、より好ましくは0.004%である。Ti含有量の好ましい上限は0.010%であり、より好ましくは0.008%である。
Bi:0以上0.010%以下
ビスマス(Bi)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Biは硫化物等の析出物を安定化し、インヒビターの機能を高める。Biが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Bi含有量が0.010%を超えれば、かえって磁気特性が低下する場合がある。したがって、Bi含有量は0~0.010%であればよい。Bi含有量の好ましい下限は0.001%であり、より好ましくは0.002%である。Bi含有量の好ましい上限は0.008%であり、より好ましくは0.006%である。
Al:0以上0.005%以下
アルミニウム(Al)は、Nと結合して、インヒビターとして機能する。上記効果を有効に得るため、素材鋼片(スラブ)としての好ましいAl含有量は0.015~0.050%であり、より好ましくは0.025~0.035%である。しかしながら、Alが最終製品(電磁鋼板)に不純物として残留して、Al含有量が0.005%を超えると、製品の磁気特性が低下することがある。そのため、仕上げ焼鈍によって鋼を純化して、Al含有量を低減することが好ましい。
本実施形態では、母材鋼板のAl含有量が、0~0.005%であればよい。Al含有量の好ましい上限は0.003%である。Al含有量は、不純物であり、なるべく低いほうが好ましい。ただし、Al含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、Al含有量の好ましい下限は0.0005%であり、より好ましくは0.001%である。なお、本実施形態でのAl含有量は、酸可溶Al、つまり「sol.Al」の含有量を意味する。
C+Nの合計:0以上0.005%以下
炭素(C)は、一次再結晶集合組織を調整して、鋼板の磁気特性を高める。上記効果を有効に得るため、素材鋼片としての好ましいC含有量は0.02~0.085%であり、より好ましくは0.05~0.065%である。しかしながら、Cが最終製品に不純物として残留すれば、製品の磁気特性が低下することがある。そのため、脱炭焼鈍や仕上げ焼鈍によって、鋼板を純化して、C含有量を低減することが好ましい。
窒素(N)は、Al及びBと結合して、インヒビターとして機能する。上記効果を有効に得るため、素材鋼片としての好ましいN含有量は0.004~0.015%であり、より好ましくは0.006~0.013%である。しかしながら、Nが最終製品に不純物として残留すれば、製品の磁気特性が低下することがある。そのため、仕上げ焼鈍によって、鋼板を純化して、N含有量を低減することが好ましい。
本実施形態では、母材鋼板のC+Nの合計含有量が、0~0.005%であればよい。C及びN含有量の合計の好ましい上限は0.004%であり、より好ましくは0.003%である。C及びN含有量の合計は、不純物であり、なるべく低いほうが好ましい。ただし、C及びN含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、C及びN含有量の合計の好ましい下限は0.0005%であり、より好ましくは0.001%である。
S+Seの合計:0以上0.005%以下
硫黄(S)、及び、セレン(Se)は、Mn等と結合して、インヒビターとして機能する。上記効果を有効に得るため、素材鋼片としての好ましいS及びSe含有量の合計は0.003~0.050%であり、より好ましくは0.005~0.030%である。しかしながら、S及びSeが最終製品に不純物として残留すれば、製品の磁気特性が低下することがある。そのため、仕上げ焼鈍によって、鋼板を純化して、S及びSeの合計含有量を低減することが好ましい。
本実施形態では、母材鋼板のS+Seの合計含有量が、0~0.005%であればよい。S及びSe含有量の合計の好ましい上限は0.004%であり、より好ましくは0.003%である。S及びSe含有量の合計は、不純物であり、なるべく低いほうが好ましい。ただし、S及びSe含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、S及びSe含有量の合計の好ましい下限は0.0005%であり、より好ましくは0.001%である。
上記した母材鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、鋼成分は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
また、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母材鋼板は、{110}<001>方位に発達した集合組織を有することが好ましい。{110}<001>方位とは、鋼板面に平行に{110}面が揃い、かつ圧延方向に〈100〉軸が揃った結晶方位(ゴス方位)を意味する。母材鋼板がゴス方位に制御されることで、磁気特性が好ましく向上する。
上記した珪素鋼板の集合組織は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、X線回折法(ラウエ法)により測定すればよい。ラウエ法とは、鋼板にX線ビームを垂直に照射して、透過または反射した回折斑点を解析する方法である。回折斑点を解析することによって、X線ビームを照射した場所の結晶方位を同定することができる。照射位置を変えて複数箇所で回折斑点の解析を行えば、各照射位置の結晶方位分布を測定することができる。ラウエ法は、粗大な結晶粒を有する金属組織の結晶方位を測定するのに適した手法である。
[酸化膜]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、母材鋼板(珪素鋼板)上に接して配された中間層である酸化膜を備える。
この酸化膜は、仕上げ焼鈍時に一次被膜の生成が抑制された又は仕上げ焼鈍後に一次被膜が除去された母材鋼板を、所定の酸化度に調整された雰囲気ガス中で熱処理することにより形成される。本実施形態では、酸化膜が、外部酸化によって形成された外部酸化膜であることが好ましい。
ここで、外部酸化とは、低酸化度雰囲気ガス中で生じる酸化であり、外部酸化では、鋼板中の合金元素(Si)が鋼板表面まで拡散した後に、鋼板表面で膜状に酸化領域が形成される。それに対して、内部酸化とは、比較的高い酸化度雰囲気ガス中で生じる酸化のことであり、内部酸化では、鋼板中の合金元素が殆ど表面に拡散することなく、雰囲気の酸素が鋼板内部に拡散した後に、鋼板内部で島状に分散して酸化物が形成される。
この酸化膜は、主成分として酸化珪素(シリカ)を含む。酸化膜は、酸化珪素以外に、母材鋼板に含まれる合金元素の酸化物を含む場合もある。すなわち、Fe、Mn、Cr、Cu、Sn、Sb、Ni、V、Nb、Mo、Ti、Bi、Alの何れかの酸化物、またはこれらの複合酸化物を含む場合がある。また、効果を損なわない範囲で不純物を含んでもよい。
酸化膜の結晶構造は、特に制限されない。ただ、酸化膜は、母相である酸化珪素が非晶質であることが好ましい。酸化膜の母相が非晶質であると、母材鋼板とホウ酸アルミニウム系被膜との密着性を好ましく向上できる。
酸化膜の平均厚さは2nm以上500nm以下である。酸化膜の平均厚さが2nm未満であれば、酸化膜の厚みが不均一になる。そのため、母材鋼板上に直接ホウ酸アルミニウム系被膜が形成され、ホウ酸アルミニウム系被膜の密着性が低下することがある。一方、酸化膜の平均厚さが500nmを超えれば、酸化膜の厚みが不均一となる。そのため、酸化膜の内部に応力が発生し、クラックが発生しやすくなる場合がある。したがって、酸化膜の平均厚さは2~500nmとする。酸化膜の平均厚さの好ましい下限は5nmであり、より好ましくは10nmである。酸化膜の平均厚さの好ましい上限は300nmであり、より好ましくは100nmであり、より好ましくは70nmであり、より好ましくは50nmである。
[絶縁被膜]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、中間層(酸化膜)上に接して配された絶縁被膜であるホウ酸アルミニウム系被膜を備える。
このホウ酸アルミニウム系被膜は、仕上げ焼鈍時に一次被膜の生成が抑制された又は仕上げ焼鈍後に一次被膜が除去された母材鋼板に、酸化膜を形成した後、コーティング液を塗布し、熱処理することにより形成される。このように形成されたホウ酸アルミニウム系被膜は、主成分としてアルミニウム・ホウ素酸化物を含み、必要に応じて酸化アルミニウムまたは酸化ホウ素を含む。また、効果を損なわない範囲で不純物を含んでもよい。
ホウ酸アルミニウム系被膜に含まれるアルミニウム・ホウ素酸化物は、ヤング率が大きいと考えられ、そのため、ホウ酸アルミニウム系被膜として、珪素鋼板に大きな張力を付与できると考えられる。
ホウ酸アルミニウム系被膜に含まれるアルミニウム・ホウ素酸化物の結晶構造は、特に制限されない。アルミニウム・ホウ素酸化物は非晶質または結晶質であればよい。本実施形態では、アルミニウム・ホウ素酸化物が主に非晶質である。ただ、ホウ酸アルミニウム系被膜は、アルミニウム・ホウ素酸化物として、結晶質であるAl18B4O33またはAl4B2O9の少なくとも1つを含んでもよい。アルミニウム・ホウ素酸化物として結晶質であるAl18B4O33またはAl4B2O9の少なくとも1つが含まれると、ホウ酸アルミニウム系被膜として母材鋼板に好ましく張力を付与できる。
また、ホウ酸アルミニウム系被膜は、上記したアルミニウム・ホウ素酸化物のほかに、結晶質である酸化アルミニウムさらに含有してもよい。酸化アルミニウムは、ヤング率が大きいので、ホウ酸アルミニウム系被膜として母材鋼板に好ましく張力を付与できる。ホウ酸アルミニウム系被膜中に、酸化アルミニウムが、面積率で、0.01%以上1%以下含まれてもよい。
また、ホウ酸アルミニウム系被膜は、上記したアルミニウム・ホウ素酸化物および酸化アルミニウムのほかに、結晶質である酸化ホウ素(B2O3)をさらに含有してもよい。酸化ホウ素は、母材鋼板との熱膨張係数差が大きいので、ホウ酸アルミニウム系被膜として母材鋼板に好ましく張力を付与できる。また、酸化ホウ素は、被膜の焼き付け時に酸化アルミニウムの焼成温度を低下させて焼成を容易にし、更に、被膜密着性を高める働きがある。しかしながら、酸化ホウ素が単独で過剰に存在すると耐水性などを劣化させることがある。例えば、ホウ酸アルミニウム系被膜中に含まれる酸化ホウ素は、面積率で、20%以下であればよく、5%以下であればよい。
ホウ酸アルミニウム系被膜の平均厚さは0.5μm超8μm以下である。ホウ酸アルミニウム系被膜の平均厚さが0.5μm以下であれば、ホウ酸アルミニウム系被膜は母材鋼板に十分な張力を付与できない。一方、ホウ酸アルミニウム系被膜の平均厚さの上限は特に制限されないが、ホウ酸アルミニウム系被膜の平均厚さが8μmを超えれば、張力付与による鉄損を低減する効果が飽和し、加えて、鉄心の占積率が低下する。したがって、ホウ酸アルミニウム系被膜の平均厚さは0.5μm超~8μmとする。ホウ酸アルミニウム系被膜の平均厚さの好ましい下限は1μmであり、より好ましくは2μmである。ホウ酸アルミニウム系被膜の平均厚さの好ましい上限は6μmであり、より好ましくは4μmである。
[金属粒子]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、中間層である酸化膜および絶縁被膜であるホウ酸アルミニウム系被膜に金属粒子が含まれる。
この金属粒子は、ホウ酸アルミニウム系被膜を形成するための焼き付け時、コーティング液に含まれる金属塩が還元することで形成される。また、ホウ酸アルミニウム系被膜を形成するための焼き付け時、母材鋼板がさらに外部酸化することで酸化膜の厚さが厚くなるが、この際、金属粒子は、酸化膜やホウ酸アルミニウム系被膜との比重の違いにより、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜とに含まれるように形成される。すなわち、切断方向が板厚方向と平行となる切断面で見たとき、金属粒子の一部が、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に配されるように形成されると考えられる。
金属粒子は、主成分が、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、及び、Vからなる群から選択される少なくとも1種である。また、効果を損なわない範囲で不純物を含んでもよい。
この金属粒子の平均粒径は、円相当径で1~1000nmであることが好ましい。なお、金属粒子の「平均粒径」とは、上記切断面で見たとき、金属粒子の円相当径の平均値を意味する。なお、「円相当径」とは、金属粒子の面積を、同じ面積を有する円に換算した場合の円の直径を意味する。
金属粒子の平均粒径が1nm未満の場合、金属粒子がホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との両者に含まれる可能性が低くなる。また、平均粒径が1nm未満の場合、金属粒子のうちのホウ酸アルミニウム系被膜中に含まれる部分での変形が生じにくい。そのため、金属粒子の存在による応力の緩和効果が十分に得られないことがある。金属粒子の円相当径のより好ましい下限は5nmであり、さらに好ましくは10nmである。
一方、金属粒子の平均粒径が大きくなると、金属粒子がホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との両者に含まれる可能性が高くなる。また、平均粒径が大きくなると、金属粒子のうちのホウ酸アルミニウム系被膜中に含まれる部分で変形が生じやすい。そのため、金属粒子による応力の緩和効果が大きくなる。しかしながら、平均粒径が1000nmを超えると、金属粒子が酸化膜を分断して、ホウ酸アルミニウム系被膜の密着性が低下することがある。また、平均粒径が1000nmを超えると、金属粒子が酸化膜内で応力集中の起点になる場合がある。金属粒子の円相当径のより好ましい上限は500nmであり、さらに好ましくは200nmである。
本実施形態では、金属粒子の粒径の最大値が、酸化膜の平均厚さより大きいことが好ましい。具体的には、後述する方法で得られた金属粒子の円相当径の最大値が、後述する方法で得られた酸化膜の平均厚さより大きいことが好ましい。この場合、金属粒子は、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に配置されやすい。その結果、この金属粒子が応力の集中を緩和するので、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との密着性が好ましく高まる。
図1は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の断面模式図である。この図1は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の断面を透過電子顕微鏡で観察したときの被膜構成の模式図である。図1に示すように、方向性電磁鋼板1は、母材鋼板(珪素鋼板)10と、中間層(酸化膜)11と、絶縁被膜(ホウ酸アルミニウム系被膜)12と、金属粒子13とを有する。酸化膜11は、母材鋼板10の表面上に形成されており、ホウ酸アルミニウム系被膜12は、酸化膜11の表面上に形成されている。また、金属粒子13のうちのいくつかの粒子は、酸化膜11とホウ酸アルミニウム系被膜12との界面14に存在している。
図1に示すように、金属粒子13は、一部がホウ酸アルミニウム系被膜12内に含まれ、残りの部分が酸化膜11内に含まれてもよく、全てが酸化膜11内に含まれてもよい。しかしながら、金属粒子13のうちの少なくとも1つの粒子は、酸化膜11とホウ酸アルミニウム系被膜12との界面14に存在する(すなわち、一部がホウ酸アルミニウム系被膜12内に含まれ、残りの部分が酸化膜11内に含まれる)。
金属粒子がホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面に存在することで、変形時にこの界面へ応力が集中することを好ましく緩和できる。そのため、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面に存在する金属粒子の存在割合を制御することが好ましい。具体的には、上記切断面で見たとき、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に対して、金属粒子が線分率0.5%以上25%以下で存在することが好ましい。
上記した「酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に対する金属粒子の線分率」とは、例えば、図1に示す界面14を基準として、この界面14上に存在する金属粒子13の割合と定義する。具体的には、「金属粒子の線分率」は、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面上に存在する金属粒子の線分の合計値を、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面の線分で割った値の百分率と定義する。この線分率の測定方法は詳しく後述する。
上記の線分率が0.5%以上であると、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に存在する金属粒子の割合が高まって、変形の際にこの界面へ応力が集中することを好ましく緩和できる。この線分率のより好ましい下限は1.5%であり、さらに好ましくは3.5%である。一方、上記の線分率が25%以下であると、変形の際に金属粒子が応力集中の起点になることが抑制されて、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との密着性を好ましく確保できる。この線分率のより好ましい上限は20%であり、さらに好ましくは15%である。
また、上記切断面で見たとき、酸化膜中に含まれる金属粒子の面積率は、1~20%であることが好ましい。酸化膜中の金属粒子の面積率が1%未満であれば、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面で応力を緩和する効果が小さくなり、ホウ酸アルミニウム系被膜の密着性を高める効果が小さくなる場合がある。一方、酸化膜中の金属粒子の面積率が20%を超えれば、金属粒子が酸化膜を分断して、ホウ酸アルミニウム系被膜の密着性が低下することがある。したがって、酸化膜中の金属粒子の面積率は1~20%であるのが好ましい。酸化膜中の金属粒子の面積率のより好ましい上限は15%であり、さらに好ましくは10%である。酸化膜中の金属粒子の面積率のより好ましい下限は2%であり、さらに好ましくは4%である。
上述のように、金属粒子の一部が酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に存在する(すなわち、一部がホウ酸アルミニウム系被膜内に含まれ、残りの部分が酸化膜内に含まれる)ことで、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面への応力集中を緩和できる。そのため、本実施形態に係る電磁鋼板を変形させても、ホウ酸アルミニウム系被膜の割れや剥離を好ましく抑制することができる。なお、金属粒子が酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に偏在する理由について、本発明者らは、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜と金属粒子との比重の違いによって、金属粒子が、酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜のうちで母材鋼板側に多く形成されるためであると考えている。
[リン酸系被膜]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、絶縁被膜としてホウ酸アルミニウム系被膜上に接して配されたリン酸系被膜をさらに有してもよい。
このリン酸系被膜は、リン珪素複合酸化物(リンおよび珪素を含む複合酸化物)を含む。リン酸系被膜は、コロイダルシリカの混合物と、金属リン酸塩のようなリン酸塩と、水とを含むリン酸系被膜形成用組成物を、ホウ酸アルミニウム系被膜上に塗布して焼き付けることにより形成される。リン酸系被膜形成用組成物は、無水換算で、25~75質量%のリン酸塩と、75~25質量%のコロイダルシリカと、を含めばよい。リン酸塩は、リン酸のアルミニウム塩、マグネシウム塩、ニッケル塩、マンガン塩などであればよい。リン酸系被膜を形成することで、方向性電磁鋼板に更なる張力を付与して鉄損を好ましく低減させることができる。
リン酸系被膜の平均厚さは、0.1μm以上10μm以下が好ましい。リン酸系被膜の平均厚さの上限は、5μmであることが好ましく、3μmであることがより好ましい。リン酸系被膜の平均厚さの下限は、0.5μmであることが好ましく、1μmであることがより好ましい。
上記した本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、次のように観察し、測定する。
各層を形成した方向性電磁鋼板から試験片を切り出し、試験片の層構造を、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)又は透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)で観察する。例えば、厚さが300nm以上の層はSEMで観察し、厚さが300nm未満の層はTEMで観察すればよい。
具体的には、まず初めに、切断方向が板厚方向と平行となるように試験片を切り出し(詳細には、切断面が板厚方向と平行かつ圧延方向と垂直となるように試験片を切り出し)、この切断面の断面構造を、観察視野中に各層が入る倍率にてSEMで観察する。例えば、反射電子組成像(COMPO像)で観察すれば、断面構造が何層から構成されているかを類推できる。例えば、COMPO像において、母材鋼板は淡色、金属粒子は淡色、酸化膜は濃色、ホウ酸アルミニウム系被膜およびリン酸系被膜は中間色として判別できる。
断面構造中の各層を特定するために、SEM-EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて、板厚方向に沿って線分析を行い、各層の化学組成の定量分析を行う。定量分析する元素は、Fe、P、Si、O、Mg、Alの6元素とする。使用する装置は特に限定されないが、本実施形態では、例えば、SEM(日立ハイテクノロジーズ社製のNB5000)、EDS(ブルカーエイエックスエス社製のXFlash(r)6│30)、EDS解析ソフトウエア(ブルカーエイエックスエス社製のESPRIT1.9)を用いればよい。
上記したCOMPO像での観察結果およびSEM-EDSの定量分析結果から、板厚方向で最も深い位置の存在している層状の領域であり、且つ測定ノイズを除いてFe含有量が80原子%以上およびO含有量が30原子%未満となる領域であり、且つこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域を母材鋼板であると判断し、この母材鋼板を除く領域を、酸化膜、ホウ酸アルミニウム系被膜、リン酸系被膜、および金属粒子であると判断する。
上記で特定した母材鋼板を除く領域に関して、COMPO像での観察結果およびSEM-EDSの定量分析結果から、測定ノイズを除いて、Fe含有量が80原子%未満、P含有量が5原子%以上、O含有量が30原子%以上となる領域であり、且つこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域をリン酸系被膜であると判断する。なお、リン酸系被膜を特定するための判断元素である上記3つの元素以外に、リン酸系被膜には、リン酸塩に由来するアルミニウム、マグネシウム、ニッケル、マンガンなどが含まれてもよい。また、コロイダルシリカに由来するシリコンなどが含まれてもよい。また、本実施形態では、リン酸系被膜が存在しない場合もある。
上記で特定した母材鋼板およびリン酸系被膜を除く領域に関して、COMPO像での観察結果およびSEM-EDSの定量分析結果から、測定ノイズを除いて、Fe含有量が80原子%未満、P含有量が5原子%未満、Si含有量が20原子%未満、O含有量が20原子%以上、Al含有量が10原子%以上となる領域であり、且つこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域をホウ酸アルミニウム系被膜であると判断する。なお、ホウ酸アルミニウム系被膜を特定するための判断元素である上記5つの元素以外に、ホウ酸アルミニウム系被膜にはホウ素が含まれる。ただ、ホウ素は、炭素などの影響を受けてEDS定量分析で含有量を精度よく分析することが難しい場合がある。そのため、必要に応じて、ホウ酸アルミニウム系被膜にホウ素が含まれるか否かをEDS定性分析すればよい。
上記のホウ酸アルミニウム系被膜またはリン酸系被膜である領域を判断する際には、各被膜中に含まれる析出物、介在物、および空孔などを判断の対象に入れず、母相として上記の定量分析結果を満足する領域をホウ酸アルミニウム系被膜またはリン酸系被膜であると判断する。例えば、線分析の走査線上に析出物、介在物、および空孔などが存在することがCOMPO像や線分析結果から確認されれば、この領域を対象に入れないで母相としての定量分析結果によって判断する。なお、析出物、介在物、および空孔は、COMPO像ではコントラストによって母相と区別でき、定量分析結果では構成元素の存在量によって母相と区別できる。なお、ホウ酸アルミニウム系被膜またはリン酸系被膜を特定する際には、線分析の走査線上に析出物、介在物、および空孔が含まれない位置にて特定することが好ましい。
上記で特定した母材鋼板、ホウ酸アルミニウム系被膜、およびリン酸系被膜を除く領域であり、且つこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域を酸化膜であると判断する。この酸化膜は、全体の平均として、Fe含有量が平均で80原子%未満、P含有量が平均で5原子%未満、Si含有量が平均で20原子%以上、O含有量が平均で30原子%以上を満足すればよい。また、本実施形態では、酸化膜がフォルステライト被膜ではなく酸化珪素を主体とする酸化膜であるので、酸化膜では、Mg含有量が平均で20原子%未満を満足すればよい。なお、酸化膜の定量分析結果は、酸化膜に含まれる析出物、介在物、および空孔などの分析結果を含まない、母相としての定量分析結果である。なお、酸化膜を特定する際には、線分析の走査線上に析出物、介在物、および空孔が含まれない位置にて特定することが好ましい。
上記のCOMPO像観察およびSEM-EDS定量分析による各層の特定および厚さの測定を、観察視野を変えて5カ所以上で実施する。計5カ所以上で求めた各層の厚さについて、最大値および最小値を除いた値から平均値を求めて、この平均値を各層の平均厚さとする。
なお、上記した5カ所以上の観察視野の少なくとも1つに、線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm未満となる層が存在するならば、該当する層をTEMにて詳細に観察し、TEMによって該当する層の特定および厚さの測定を行う。
TEMを用いて詳細に観察すべき層を含む試験片を、FIB(Focused Ion Beam)加工によって、切断方向が板厚方向と平行となるように切り出し(詳細には、切断面が板厚方向と平行かつ圧延方向と垂直となるように試験片を切り出し)、この切断面の断面構造を、観察視野中に該当する層が入る倍率にてSTEM(Scanning-TEM)で観察(明視野像)する。観察視野中に各層が入らない場合には、連続した複数視野にて断面構造を観察する。
断面構造中の各層を特定するために、TEM-EDSを用いて、板厚方向に沿って線分析を行い、各層の化学組成の定量分析を行う。定量分析する元素は、Fe、P、Si、O、Mg、Alの6元素とする。使用する装置は特に限定されないが、本実施形態では、例えば、TEM(日本電子社製のJEM-2100F)、EDS(日本電子社製のJED-2300T)、EDS解析ソフトウエア(日本電子社製のAnalysisStation)を用いればよい。
上記したTEMでの明視野像観察結果およびTEM-EDSの定量分析結果から、各層を特定して、各層の厚さの測定を行う。TEMを用いた各層の特定方法および各層の厚さの測定方法は、上記したSEMを用いた方法に準じて行えばよい。
なお、TEMで特定した各層の厚さが5nm以下であるときは、空間分解能の観点から球面収差補正機能を有するTEMを用いることが好ましい。また、各層の厚さが5nm以下であるときは、板厚方向に沿って例えば2nm以下の間隔で点分析を行い、各層の線分(厚さ)を測定し、この線分を各層の厚さとして採用してもよい。例えば、球面収差補正機能を有するTEMを用いれば、0.2nm程度の空間分解能でEDS分析が可能である。
上記した各層の特定方法では、まず全領域中で母材鋼板を特定し、次にその残部中でのリン酸系被膜を特定し、さらにその残部中でのホウ酸アルミニウム系被膜を特定し、最後にその残部を酸化膜と判断するので、本実施形態の構成を満たす方向性電磁鋼板の場合には、全領域中に上記各層以外の未特定層が存在しない。
なお、上記方法で特定したホウ酸アルミニウム系被膜の化学分析の定量分析結果が、Fe含有量が80原子%未満、P含有量が5原子%未満、Si含有量が20原子%未満、O含有量が20原子%以上、Al含有量が10原子%以上であり、且つ定性分析でホウ素が検出されれば、ホウ酸アルミニウム系被膜がアルミニウム・ホウ素酸化物を主体として含むと判断する。
同様に、上記方法で特定した酸化膜の化学分析の定量分析結果が、Fe含有量が平均で80原子%未満、P含有量が平均で5原子%未満、Si含有量が平均で20原子%以上、O含有量が平均で30原子%以上であり、且つMg含有量が平均で20原子%未満ならば、酸化膜が酸化珪素を主体として含むと判断する。
同様に、上記方法で特定したリン酸系被膜の化学分析の定量分析結果が、Fe含有量が80原子%未満、P含有量が5原子%以上、O含有量が30原子%以上ならば、リン酸系被膜が、リン珪素複合酸化物を主体として含むと判断する。
次に、酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜に含まれる金属粒子の特定方法を説明する。例えば、短径が300nm以上の金属粒子はSEMで観察し、短径が300nm未満の金属粒子はTEMで観察すればよい。
具体的には、観察視野内で酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜の領域を特定し、この特定した酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜の領域内に観察される析出物や介在物のEDS点分析を行い、これら析出物や介在物が金属粒子であるかどうかを特定すればよい。
なお、観察視野内で酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜の領域を特定するには、まず初めに、1つの観察視野内の複数箇所で板厚方向に沿う線分析を行う。この線分析は、線分析の走査線上に析出物、介在物、および空孔が含まれない位置にて行うことが好ましい。それぞれの線分析の走査線上にて、母材鋼板と酸化膜との境界(境界1とする)と、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との境界(境界2とする)と、ホウ酸アルミニウム系被膜の表面側端部(表面側端部1とする)とをそれぞれ特定する。
1つの観察視野内の複数箇所で上記の線分析を行えば、1つの観察視野内で、境界1、境界2、および表面側端部1が、それぞれ点線を形成する。例えば、1つの観察視野内で、境界1に関して、隣り合う境界1同士を直線で結べば、この観察視野内で、母材鋼板と酸化膜との界面(界面1とする)を特定できる。同様に、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面(界面2とする)、およびホウ酸アルミニウム系被膜の表面(表面1とする)も特定できる。すなわち、この観察視野内で、酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜の領域を2次元的に特定できる。1つの観察視野内で行う線分析の回数を十分に大きくすれば、例えば1つの観察視野内で行う線分析を30カ所以上とすれば、観察視野内に存在する酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜の領域を十分に正確に特定できる。
上記で特定した酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜の領域内に含まれる析出物や介在物を点分析する。この点分析の定量結果が、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、またはVの含有量が80原子%以上であれば、この析出物や介在物が、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、及び、Vからなる群から選択される少なくとも1種の金属粒子であると判断し、且つ酸化膜またはホウ酸アルミニウム系被膜に金属粒子が含まれると判断する。
上記で特定した酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜の領域内に含まれる金属粒子に関して、組織観察(COMPO像または明視野像)およびEDS定量分析の結果から、観察視野上での各金属粒子の領域(面積)を特定する。この特定した金属粒子の面積から、各金属粒子の円相当径を求める。観察視野を変えて5視野以上で上記の測定を行い、この複数視野で求めた各金属粒子の円相当径から平均値を求めて、この平均値を金属粒子の平均粒径とする。また、この複数視野で求めた各金属粒子の円相当径のうちの最大値を、金属粒子の粒径の最大値とする。
次に、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に存在する金属粒子の線分率の測定方法を説明する。上記したように、界面2は、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との推定界面である。上記したように、この推定界面は、1つの観察視野内で行う線分析の回数を十分に大きくして求めることが好ましく、例えば1つの観察視野内で行う線分析を30カ所以上にして求めることが好ましい。この推定界面に沿って、EDS定量分析を行う。この推定界面が直線ならばEDS線分析を行えばよく、この推定界面が曲線ならば推定界面に沿って等間隔にEDS点分析を行えばよく、線分析と点分析と組み合わせて定量分析を行ってもよい。EDS点分析を行う際には、点分析の間隔を十分に小さく設定することが好ましい。例えば、推定界面上に金属粒子が存在するとき、1つの金属粒子内での分析点が少なくとも2点以上となるように、点分析の間隔を設定することが好ましい。
上記の推定界面に沿った定量分析結果から、推定界面上で、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、またはVの含有量が80原子%以上となる金属粒子の領域を特定し、推定界面上でのそれぞれの金属粒子の線分、及びそれら線分の合計値を求める。この求めた線分合計値を、推定界面の線分(全長)で割った値の百分率を、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に存在する金属粒子の線分率とする。この金属粒子の線分率は、少なくとも推定界面の総長さが5μm以上となる領域から求める。
次に、上記で特定した酸化膜の領域内で、具体的には、上記で特定した界面1および界面2の2つの界面で囲まれる領域内で、正方格子上の測定点を設定し、これらの測定点でEDS点分析を行う。EDS点分析を行う際には、例えば、上記した正方格子の間隔は、酸化膜の平均厚さの1/10以下に設定することが好ましい。
上記した正方格子上の各測定点での定量分析結果から、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、またはVの含有量が80原子%以上となる測定点の数を求める。この求めた測定点数を、正方格子上の測定点の総数で割った値の百分率を、酸化膜中に含まれる金属粒子の面積率とする。この金属粒子の面積率は、少なくとも正方格子上の測定点の総数が一万点以上から求めればよい。
ホウ酸アルミニウム系被膜に、結晶質である、酸化アルミニウム、Al18B4O33、Al4B2O9、酸化ホウ素などが含まれるか否かは、以下の方法によって特定する。方向性電磁鋼板から試料を切り出し、板面と平行な面が測定面となるように、必要に応じて研磨してホウ酸アルミニウム系被膜を露出させ、X線回折測定を行う。例えば、CoKα線(Kα1)を入射X線として使用してX線回折を行えばよい。X線回折パターンから、酸化アルミニウム、Al18B4O33、Al4B2O9、酸化ホウ素などが存在するか否かを同定する。この同定は、ICDD(International Centre for Diffraction Data)のPDF(Powder Diffraction File)を用いて行えばよい。酸化アルミニウムの同定は、PDF:No.00-047-1770、または00-056-1186に基づいて行えばよい。Al18B4O33の同定は、PDF:No.00-029-0009、00-053-1233、または00-032-0003に基づいて行えばよい。Al4B2O9の同定は、PDF:No.00-029-0010に基づいて行えばよい。酸化ホウ素の同定は、PDF:No.00-044-1085、00-024-0160、または00-006-0634に基づいて行えばよい。
次に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を製造する方法を説明する。
なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を製造する方法は、下記の方法に限定されない。下記の製造方法は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を製造するための1つの例である。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、仕上げ焼鈍時にフォルステライト被膜(一次被膜)の生成が抑制された又は仕上げ焼鈍後にフォルステライト被膜が除去された珪素鋼板(母材鋼板)に対して、酸化膜(中間層)を形成し、その後にホウ酸アルミニウム系被膜(絶縁被膜)を形成することによって製造すればよい。
具体的には、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を製造する方法は、
{110}<001>方位に発達した集合組織を有し、且つフォルステライト被膜の生成が抑制された又はフォルステライト被膜が除去された珪素鋼板を出発材料とし、
この珪素鋼板に、酸化膜を形成する酸化焼鈍工程と、
酸化膜が形成された珪素鋼板に、ホウ酸アルミニウム系被膜を形成する被膜形成工程(金属粒子含有被膜形成工程)と、を備え、
酸化焼鈍工程では、
珪素鋼板を、水素を含有し且つ酸化度PH2O/PH2が0.00008以上0.012以下に調整された雰囲気ガス中で、600℃以上1150℃以下の温度範囲で、10秒以上100秒以下の均熱を行い、
被膜形成工程では、
酸化膜が形成された珪素鋼板に、アルミナゾルと、ホウ酸と、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、及び、Vからなる群から選択される少なくとも1種であり且つ平均一次粒径が1nm以上1000nm以下の金属塩とを含むコーティング液を塗布し、
コーティング液が塗布された珪素鋼板を乾燥してゲルを形成し、
ゲルが形成された珪素鋼板を、水素及び窒素を含有し且つ酸化度PH2O/PH2が0.0002以上0.04以下に調整された雰囲気ガス中で、750℃以上1350℃以下の温度範囲で、10秒以上100秒以下の均熱を行い、
上記の温度範囲で均熱された珪素鋼板を、水素を含有し且つ酸化度PH2O/PH2が0.0002以上0.04以下の範囲内で上記した均熱時の酸化度よりも低い酸化度に変更された雰囲気ガス中で、600℃以下まで冷却すればよい。
酸化焼鈍工程に供する母材鋼板の製造方法は、特に限定されない。方向性電磁鋼板を製造する通常の条件を適用して、{110}<001>方位に発達した集合組織を有する母材鋼板を製造すればよい。また、一次被膜の生成が抑制された母材鋼板を製造するには、例えば、アルミナ(Al2O3)を主成分とする焼鈍分離剤を用いて仕上げ焼鈍を行って母材鋼板を製造すればよい。また、一次被膜が除去された母材鋼板を製造するには、例えば、マグネシア(MgO)を主成分とする焼鈍分離剤を用いて仕上げ焼鈍を行い、仕上げ焼鈍後に一次被膜を機械的または化学的に除去して母材鋼板を製造すればよい。なお、一次被膜の生成が抑制された母材鋼板、または一次被膜が除去された母材鋼板の何れの場合も、酸化焼鈍工程前に母材鋼板の表面を鏡面化仕上げしてもよい。
[酸化焼鈍工程]
酸化焼鈍工程(金属粒子含有被膜形成前焼鈍工程)では、集合組織が制御され且つ一次被膜を有さない母材鋼板に対して焼鈍を施し、母材鋼板上に接して配された酸化膜を形成する。
酸化焼鈍工程では、母材鋼板に対して、600~1150℃の温度範囲で、水素を含有し且つ酸化度が0.00008~0.012に調整された雰囲気ガス中で、10~100秒の均熱を行えばよい。ここで、「酸化度」とは、雰囲気ガス中のH2Oガスの分圧(PH2O)をH2ガスの分圧(PH2)で割ったもの、すなわち、PH2O/PH2である。この焼鈍によって鋼板表面にシリカを主体とする酸化膜を先行して形成させることができる。この酸化膜は、外部酸化によって形成された被膜である。この焼鈍によって、酸化膜をより安定して形成することができる。
酸化焼鈍工程での均熱時の酸化度(PH2O/PH2)は、0.00008~0.012の範囲が好ましい。この雰囲気の酸化度が0.012を超えると、珪素鋼板の表面にて内部酸化が起きやすくなる。一方、この雰囲気の酸化度が0.00008未満であると、酸化膜を形成するための焼鈍に長時間を要するようになる。
また、酸化焼鈍工程での均熱温度は、600~1150℃の範囲が好ましい。均熱温度が600℃未満では酸化膜を形成できなくなるので好ましくない。一方、均熱温度が1150℃を超えると酸化膜の膜厚が増大してしまうので好ましくない。
酸化焼鈍工程での均熱時間は、10~100秒の範囲が好ましい。均熱時間が10秒以上であれば酸化膜を安定して形成することができ、また、均熱時間が100秒以下であれば生産性も良く、また、酸化膜の膜厚を好ましい厚みに制御できる。
[被膜形成工程]
被膜形成工程(金属粒子含有被膜形成工程)では、酸化膜が形成された母材鋼板に対してコーティング液を塗布して焼鈍することで、酸化膜上に接して配されたホウ酸アルミニウム系被膜を形成する。
ホウ酸アルミニウム系被膜を形成するための焼鈍時に、コーティング液に含まれる金属塩が還元することで金属粒子が形成される。この金属粒子は、ホウ酸アルミニウム系被膜を形成するための焼鈍時に母材鋼板がさらに外部酸化することで酸化膜の厚さが厚くなる際、酸化膜やホウ酸アルミニウム系被膜との比重の違いにより、酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜とに含まれるように形成される。この被膜形成工程は、主に、ゲル形成処理と、均熱処理と、冷却処理とを含む。以下、各処理について詳細に説明する。
[ゲル形成処理]
ゲル形成処理では、アルミナゾルと、ホウ酸と、Fe、Co、Ni、Cu、Cr、Zn、Ti、Mn、及び、Vからなる群から選択される少なくとも1種あり且つ平均一次粒径が1nm以上1000nm以下の金属塩とを含有するコーティング液を、酸化膜が形成された母材鋼板の表面に塗布し、このコーティング液が塗布された珪素鋼板を乾燥してゲルを形成する。
このコーティング液は、アルミナゾルおよびホウ酸を、アルミニウム酸化物およびホウ素酸化物に換算して、合計で95質量%以上99.9質量%以下含有し、且つ金属塩を0.1質量%以上5質量%以下含有することが好ましい。また、コーティング液中のアルミナゾルとホウ酸との組成比率は、アルミニウムとホウ素とのモル比率(Al/B)で0.2以上10以下であることが好ましい。
コーティング液中の金属塩の含有量が0.1質量%未満であれば、金属粒子が十分に得られないことがある。そのため、金属粒子による、ホウ酸アルミニウム系被膜と酸化膜との界面での応力集中の緩和効果が十分に得らず、ホウ酸アルミニウム系被膜の密着性が低下することがある。一方、金属塩の含有量が5質量%を超えれば、金属粒子が過剰に形成される場合がある。この場合、金属粒子が酸化膜を分断して、ホウ酸アルミニウム系被膜の密着性が低下することがある。したがって、金属塩の含有量は0.1~5%質量であることが好ましい。
なお、「金属塩」とは、たとえば、金属の水酸化物、金属の酸化物等である。これらの金属塩は、後述する均熱処理及び冷却処理中に還元され、金属粒子となる。金属塩が微粒子であれば、後述する金属塩の還元が進行しやすくなる。したがって、金属塩は微粒子であることが好ましい。
金属塩の平均一次粒径は、1nm以上であることが好ましい。一方、金属塩の粒子が大きければ、金属塩を還元して金属粒子にすることが困難になり、また金属粒子が酸化膜を分断することがある。そのため、金属塩の平均一次粒径は、1000nm以下であることが好ましい。なお、金属塩の平均一次粒径は、面積基準の算術平均直径を意味する。金属塩の粒子の大きさを調整することによって、金属粒子の円相当径を調整することができる。
上述のコーティング液を母材鋼板に塗布した後、乾燥してゲル化する。乾燥は周知の方法を用いればよく、特に限定されない。
[均熱処理]
均熱処理では、ゲルが形成された母材鋼板を、水素と窒素とを含有し且つ酸化度が0.0002~0.04に調整された雰囲気ガス中で、750~1350℃の温度範囲で、10~100秒の均熱を行う。
均熱処理時の雰囲気ガスは、水素及び窒素の混合気体であり、酸化度が0.0002~0.04であればよい。酸化度が0.04を超えれば、シリカを主体とする酸化膜の形成が阻害されるとともに、金属塩の還元が進行せず、金属粒子が十分に形成しない。酸化度の下限は特に制限するものではないが、酸化度の過度の低下は製造コストを極端に高める。したがって、酸化度の下限は、0.0002が好ましい。
均熱処理時の均熱温度は、750~1350℃の範囲であればよい。均熱温度が750℃未満であれば、ホウ酸アルミニウム系被膜の張力が低下し、母材鋼板に十分な張力が付与されない。一方、均熱温度が1350℃以上であれば、酸化膜の厚さの過剰になり、また加熱のための装置への負荷が大きく経済的でない。
なお、均熱処理時の均熱温度が1000℃以上になると、非晶質が主体であるアルミニウム・ホウ素酸化物中に、結晶質であるAl18B4O33またはAl4B2O9の少なくとも1つが含まれるようになる。なお、ホウ酸アルミニウム系被膜に含まれることがある酸化アルミニウムや酸化ホウ素は、コーティング液のアルミナゾルとホウ酸との組成比率の影響を受ける。コーティング液のアルミナゾルの比率が高い場合は、酸化アルミニウムが生成しやすく、コーティング液のホウ酸の比率が高い場合には、酸化ホウ素が生成しやすい。
均熱処理時の均熱時間は、10~100秒の範囲が好ましい。均熱時間が10秒以上であればアルミニウム・ホウ素酸化物系のホウ酸アルミニウム系被膜を安定して形成することができ、また、均熱時間が100秒以下であれば生産性も良く、また、酸化膜の膜厚を好ましい厚みに制御できる。
[冷却処理]
冷却処理では、均熱後の母材鋼板を、水素を含有し且つ酸化度が0.0002以上0.04以下の範囲内で上記した均熱時の酸化度よりも低い酸化度に変更された雰囲気ガス中で、600℃以下まで冷却する。
冷却処理時の酸化度は、均熱時の酸化度よりも低い酸化度に変更した上で、0.0002~0.04の範囲であればよい。冷却時に、均熱時の酸化度よりも低い酸化度に変更しないと、金属粒子の一部が酸化して金属酸化物となることがある。また、冷却処理時の酸化度が0.15を超えれば、金属粒子の一部が酸化して金属酸化物となることがある。この場合、粒子のヤング率が高くなりすぎ、ホウ酸アルミニウム系被膜の応力を緩和する効果が低下する。
被膜形成工程では、上記の雰囲気ガス中で600℃以下まで冷却することが好ましい。冷却終了温度が600℃を超えると、金属粒子の一部が酸化して金属酸化物となることがある。
なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、被膜形成工程のゲル形成処理、均熱処理、および冷却処理での各条件を制御することで、金属粒子を酸化膜およびホウ酸アルミニウム系被膜に含有させ、且つ金属粒子を酸化膜とホウ酸アルミニウム系被膜との界面に線分率0.5%以上25%以下で配することができる。
具体的には、コーティング液に含有させる金属塩の平均一次粒径を制御し、均熱条件を制御し、且つ冷却条件を制御することで、金属粒子を目的の存在状態に制御することが可能となる。上記したように、ゲル形成処理、均熱処理、および冷却処理の各条件は、コーティング液中の金属塩を還元してホウ酸アルミニウム系被膜中に金属粒子を生成させるための制御条件であるので、どれか1つの条件だけを満足させればよいわけではない。これらの条件を同時に且つ不可分に制御しなければ、金属粒子の存在状態や線分率を満足できない。
[リン酸系被膜形成工程]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板を製造する際には、被膜形成工程後に、リン酸系被膜形成工程をさらに有してもよい。
リン酸系被膜形成工程では、被膜形成工程後のホウ酸アルミニウム系被膜上に、コロイド状シリカ及びリン酸塩を主体とするリン酸系被膜形成用コーティング剤を塗布した後、焼付けを実施する。これにより、ホウ酸アルミニウム系被膜上に、リン酸系被膜が形成される。リン酸系被膜形成は周知の方法を用いればよい。焼き付け条件は、上述の被膜形成工程での工程条件に準じて行えばよい。
次に、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に詳細に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
表1~表3に示す鋼成分が鋼A~鋼Nの珪素鋼板を出発材料として、酸化焼鈍工程および被膜形成工程を実施した。また、必要に応じて、リン酸系被膜形成工程を実施した。また、製造した方向性電磁鋼板に対して、レーザーを照射して磁区細分化処理を行った。なお、表中で、珪素鋼板の化学組成の「-」は、合金元素を意図的に添加していないか、または含有量が測定検出下限以下であることを示す。
表1~表3に示す珪素鋼板は、成分が調整されたスラブを1150℃に加熱し、板厚2.6mmまで熱間圧延し、1120℃+900℃の二段階で熱延板焼鈍し、熱延板焼鈍後に急冷し、酸洗し、板厚0.23mmまで冷間圧延し、水素-窒素-水蒸気を含む雰囲気中にて均熱830℃-2分で脱炭焼鈍し、水素-窒素-アンモニアを含む雰囲気中にて窒素量200ppmとなるように窒化焼鈍し、アルミナ(Al2O3)またはマグネシア(MgO)を主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、水素-窒素を含む雰囲気中にて1200℃まで加熱し、加熱後に水素雰囲気に切り替えて1200℃にて20時間の仕上げ焼鈍を行い、必要に応じてフォルステライト被膜を除去して製造した。
上記のスラブには、質量%で、酸可溶性Al:0.027%、C:0.06%、N:0.008%、S+Se合計:0.006%が含まれていた。
また、上記の珪素鋼板は、{110}<001>方位に発達した集合組織を有しているが、フォルステライト被膜を有さなかった。
酸化焼鈍工程として、上記の珪素鋼板を、水素を含有し且つ表4~表6に示す酸化度(PH2O/PH2)に調整された雰囲気ガス中にて、表4~表6に示す温度および時間の均熱条件で焼鈍した。なお、試験番号9では、酸化焼鈍の代わりに、珪素鋼板上に硝酸鉄を3%含有するシリカゾルを塗布し、還元雰囲気下で870℃まで平均昇温速度10℃/秒で昇温し、60秒保持してから空冷した。
被膜形成工程として、酸化焼鈍工程後の珪素鋼板に、アルミナゾルとホウ酸とを合計で94~99.9質量%含有し、表4~表6に示す金属の水酸化物または酸化物(Fe、Cu、Zn、及び、Mnは水酸化物、Co、Ni、Cr、Ti、V、及び、Snは酸化物)を0.1~6質量%含有するコーティング液を、塗布した後に乾燥させてゲルを形成した。アルミナゾルとホウ酸との比率は、アルミニウムとホウ素とのモル比で1.3~1.7であった。なお、試験番号9および22の珪素鋼板には、金属塩を含有せずにアルミナゾルとホウ酸とを合計で100質量%含有するコーティング液を塗布して乾燥させた。
コーティング液を塗布して乾燥させた珪素鋼板を、水素及び窒素を含有し且つ表4~表6に示す酸化度(PH2O/PH2)に調整された雰囲気ガス中にて、表4~表6に示す温度および時間の均熱条件で焼鈍した。また、均熱後の珪素鋼板を、水素及び窒素を含有し且つ表4~表6に示す酸化度(PH2O/PH2)に調整された雰囲気ガス中にて、表4~表6に示す冷却条件で冷却した。なお、試験番号49の微粒子分散液はアルミナゾルの比率が高く、試験番号50の微粒子分散液はホウ酸の比率が高かった。
なお、鋼B~鋼Nの珪素鋼板は、酸化焼鈍工程および被膜形成工程の後に、リン酸系被膜形成工程を実施した。リン酸系被膜形成工程では、製造した方向性電磁鋼板に、コロイダルシリカの混合物と、アルミニウム塩またはマグネシウム塩のリン酸塩と、水とを含むリン酸系被膜形成用組成物を塗布して、通常条件で焼鈍した。形成したリン酸系被膜は、リン珪素複合酸化物(リンおよび珪素を含む複合酸化物)を含んでいた。このリン酸系被膜の平均厚さは、いずれも1μmであった。
表7~表9に製造結果を示す。なお、表中のホウ酸アルミニウム系被膜の構成相は、「a」がアルミニウム・ホウ素酸化物であることを示し、「b1」がAl18B4O33であることを示し、「b2」がAl4B2O9であることを示し、「c」が酸化アルミニウムであることを示し、「d」が酸化ホウ素であることを示す。また、酸化膜の構成相、酸化膜の平均厚さ、ホウ酸アルミニウム系被膜の構成相、ホウ酸アルミニウム系被膜の平均厚さ、金属粒子の有無、金属粒子の配置、金属粒子の線分率、金属粒子の平均粒径および最大径、および金属粒子の面積分率などは、上記の方法に基づいて測定した。
表7~表9に評価結果を示す。密着性は、180度曲げ試験によって評価した。製造した方向性電磁を直径15mmのロールに巻き付け、ロールに接触した鋼板面積に対する被膜の剥離面の面積率を算出した。ロールに接触した鋼板面積は、計算で求めた。剥離面の面積は、試験後の鋼板の写真を撮影し、写真画像に対して画像解析を行うことによって求めた。ロールに接触した鋼板面積に対する剥離した面積の割合を、剥離面積率(%)と定義した。表中では、剥離面積率が10%以下の場合を「excellent」、剥離面積率が10%超30%未満の場合を「good」、剥離面積率が30%以上の場合を「NA(Not Acceptable)」と示す。剥離面積率が「excellent」および「good」であるとき、密着性が良好であると判断した。
表1~表9に示すように、本発明例は、酸化膜、ホウ酸アルミニウム系被膜、および金属粒子が好ましく制御されているので、方向性電磁鋼板として密着性に優れていた。
一方、比較例は、酸化膜、ホウ酸アルミニウム系被膜、または金属粒子の少なくとも一つが好ましく制御されていないので、方向性電磁鋼板として密着性が満足できなかった。なお、表中で下線を付した数値は、本発明の範囲外にあることを示す。