JP7063206B2 - 硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具 - Google Patents
硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具 Download PDFInfo
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Description
ただ、前記従来のTi-Al系の複合窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性にすぐれるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング、欠損、剥離等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の特性を改善するために種々の提案がなされている。
しかし、前記特許文献1に記載されている化学蒸着法で蒸着形成した(Ti1-xAlx)N層については、Alの含有割合xを高めることができ、また、立方晶構造を形成させることができることから、所定の硬さを有し耐摩耗性にすぐれた硬質被覆層が得られるものの、靭性に劣るという課題があった。
また、前記特許文献2に記載されている被覆工具は、所定の硬さを有し耐摩耗性にはすぐれるものの、靱性に劣ることから、鋳鉄等の断続切削加工に供した場合には、チッピング、欠損等の異常損傷が発生しやすく、満足できる切削性能を発揮するとは言えないという課題があった。
さらに、前記特許文献3、4に記載される被覆工具においても、鋳鉄等の高速断続切削加工に供した場合には、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすく、満足できる切削性能を発揮するとはいえなかった。
また、前記特許文献5に記載される被覆工具においては、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄等の断続切削において、耐チッピング性、耐剥離等の改善がみられるものの、より厳しい高速断続切削条件においては、やはりチッピング等の異常損傷が発生するため、満足できる切削性能を備えるとはいえなかった。
そこで、本発明は、チッピング等の耐異常損傷性にすぐれ、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
なお、ここでいうTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(TiAlCN)は微量のOやCl等の不可避的不純物を含んでいても後述の発明の効果を損なわない。
また、ここでいうTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(TiAlCN)はTiAlCN層αおよびTiAlCN層βとこれらに鑑別されない組成範囲のTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物を含んだものを指す。
つまり、NH3とH2からなるガス群Aと、TiCl4、AlCl3、N2、C2H4、H2からなるガス群Bを、TiAlCN層α成膜用、TiAlCN層β成膜用の反応ガスとしてそれぞれ用意し、それぞれの層の成膜に際し、ガス群Aとガス群Bの供給周期、1周期当たりのガス供給時間、供給位相差を調整すると同時に、TiAlCN層αとTiAlCN層βの成膜タイミングを調整して成膜することにより、TiAlCN層αとTiAlCN層βの交互積層構造からなるTiAlCN層を形成することができる。
また、TiAlCN層αに周期的な組成変化を形成する場合には、TiAlCN層α成膜用の反応ガスにおいて、ガス群Aとガス群Bの1周期当たりのガス供給時間や供給量を調整することによって周期的な組成変化を有するTiAlCN層αを形成することができる。
「(1) 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1~20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は、TiAlCN層αとTiAlCN層βが交互に積層された交互積層構造を含み、
(d)前記TiAlCN層αは、組成式:(Ti1-XαAlXα)(CYαN1-Yα)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XαavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yαavg(但し、Xαavg、Yαavgはいずれも原子比)は、それぞれ、0.60≦Xαavg≦0.95、0≦Yαavg≦0.005を満足し、
(e)前記TiAlCN層αは、TiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含み、前記TiとAlの周期的な組成変化の周期が最小になる方向において測定される平均周期が1~100nmであり、かつ、周期的に変化するAlのTiとAlの合量に占める含有割合Xの隣接する極大値Xmaxと極小値Xminの差Δxの最大値は0.03~0.15であり、
(f)前記TiAlCN層βは、組成式:(Ti1-XβAlXβ)(CYβN1-Yβ)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める含有割合の最小値Xβminおよび最大値Xβmaxと、CのCとNの合量に占める平均含有割合Yβavg(但し、Xβmin、Xβmax、Yβavgはいずれも原子比)は、それぞれ0≦Xβmin<(Xαavg-0.15)、Xβmax<(Xαavg+0.15)、0≦Yβavg≦0.005を満足し、
(g)TiAlCN層αの一層平均層厚LαとTiAlCN層βの一層平均層厚Lβについて、0.2μm<Lα≦ 2.0μm、1nm≦Lβ≦400nmを満たし、かつ3Lβ<Lαの関係を満たすことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記TiAlCN層αは、TiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含み、前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を工具基体の表面と垂直な縦断面から分析した場合、前記TiとAlの周期的な組成変化を有するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒が、前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の面積に占める割合は、40面積%以上であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の粒界部に、六方晶構造を有する微粒結晶粒が存在し、該微粒結晶粒の存在する面積割合は5面積%以下であり、該微粒結晶粒の平均粒径Rは0.01~0.3μmであることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
また、硬質被覆層内での過度の歪み蓄積を緩和することができるとともに、TiAlCN層αの結晶核を再生成することによって、例えば切削時に破壊起点となり得る膜成長方向へ連続する原子欠陥の形成を止め、原子欠陥に沿って生じ得るクラックのパスを無くすようにTiAlCN層αとTiAlCN層βの界面で分断することにより、熱亀裂あるいはチッピングの進展を抑制することができる。さらに、結晶粒の粗大化を抑制することができるため、結晶粒界に沿って生じるクラックによる異常損傷発生時の結晶粒の脱落を低減することができる。
よって、本発明の被覆工具は、高熱発生を伴い、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する鋳鉄等の高速断続切削加工に用いた場合でも、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を示し、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する。
図1に、本発明の硬質被覆層を構成するTiAlCN層αとTiAlCN層βの交互積層構造を含むTiAlCN層の断面模式図を示し、横軸は、工具基体表面からの層厚方向の距離、また、縦軸は、層中のAl含有割合を示す。
本発明の硬質被覆層は、図1に示されるように、化学蒸着されたTiAlCN層αとTiAlCN層βとが交互積層構造を形成するTiAlCN層を含み、特に、TiAlCN層αは、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有する。一方、TiAlCN層βは、TiAlCN層αほどの硬さを有さないが、TiAlCN層αの成膜の進行に際し、層厚方向への蒸着膜の成長を一定の周期毎にリセットする機能を備える層である。
そして、TiAlCN層αと前記機能を備えるTiAlCN層βを交互に積層することによって、TiAlCN層α中に過大な歪みが蓄積されることを抑制し、さらに、TiAlCN層αの新たな結晶核の生成を促すことにより、転位の動きを止める作用をもたらすと同時に、結晶粒の粗大化を抑制することができる。
前記のTiAlCN層αとTiAlCN層βとの交互積層構造からなるTiAlCN層
は、平均層厚が1μm未満では、層厚が薄すぎるため長期の使用に亘っての耐摩耗性を発揮することができず、一方、その平均層厚が20μmを超えると、TiAlCN層αの結晶粒が粗大化し易くなるため、チッピングを発生しやすくなる。
したがって、TiAlCN層αとTiAlCN層βとの交互積層構造からなるTiAlCN層の平均層厚は1~20μmと定めた。
本発明の硬質被覆層は、少なくとも、TiAlCN層αとTiAlCN層βとの交互積層構造からなるTiAlCN層を含むが、そのうちの、TiAlCN層αは、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合(以下、単に、「Alの平均含有割合」という)XαavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合(以下、単に、「Cの平均含有割合」という)Yαavg(但し、Xαavg、Yαavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦Xαavg≦0.95、0≦Yαavg≦0.005を満足するように定める。
その理由は、Alの平均含有割合Xαavgが0.60未満では、TiAlCN層αは硬さが十分でないため、鋳鉄等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が低下傾向を示す。一方、Alの平均含有割合Xαavgが0.95を超えると、硬さを確保する上で重要なNaCl型の面心立方構造を維持するのが難しく、硬さに劣る六方晶構造のTiAlCN結晶粒が生成するようになるため、硬さが低下し、耐摩耗性が低下する。したがって、Alの平均含有割合Xαavgは、0.60≦Xavg≦0.95と定めた。
また、TiAlCN層αのCの平均含有割合Yαavgは、0≦Yαavg≦0.005の範囲の微量であるとき、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果としてTiAlCN層αの耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、Cの平均含有割合Yαavgが0≦Yαavg≦0.005の範囲を外れると、靭性の低下によって、チッピング、欠損等の異常損傷が発生しやすくなる。
したがって、Cの平均含有割合Yαavgは、0≦Yαavg≦0.005と定めた。
ただしCの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはC2H4の供給量を0とした場合のTiAlCN層αに含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、C2H4を意図的に供給した場合に得られるTiAlCN層αに含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をYαavgとして求めた。
言い換えれば、TiAlCN層βは、TiAlCN層αに比して、Tiの最大含有割合が高く靱性にすぐれた相を含むが、このようなTiAlCN層βと、Ti含有割合が少ないが硬度の高いTiAlCN層αを交互に積層することによって、切削加工時の高熱・高負荷によってTiAlCN層に熱亀裂が発生した場合でも、この熱亀裂の工具基体方向への伝播・進展が抑制されるため、TiAlCN層全体としての耐チッピング性が高められる。
しかし、Xβminが(Xαavg-0.15)よりも大きくなる、あるいはXβmaxが(Xαavg+0.15)よりも大きくなると、TiAlCN層αとTiAlCN層βとを交互に形成していく際に、TiAlCN層αの結晶粒の結晶成長をTiAlCN層βによってリセットする作用が低下するため、TiAlCN層αの内部歪を緩和することができない。また、成長をリセットされたTiAlCN層αの結晶粒の新たな結晶核を生成することができないため、転位を止める効果やTiAlCN層αの結晶粒の粗粒化を抑制する効果が低下し、その結果、耐チッピング性の向上を図ることができない。
したがって、TiAlCN層βについては、0≦Xβmin<(Xαavg-0.15)、Xβmax<(Xαavg+0.15)、0≦Yβavg≦0.005を満足するようにその組成を定めることが必要である。
また、Xβminについては、0<Xβmin<(Xαavg-0.25)を満たすことが好ましい。
なお、TiAlCN層βにおけるCの平均含有割合Yβavgについては、前記TiAlCN層αにおけるCの平均含有割合Yαavgと同様の理由で、0≦Yβavg≦0.005とする。
図1には、交互に積層されたTiAlCN層αとTiAlCN層βにおけるXαavgとXβminとの関係の一例を示す。ここで示した図1はXαavg=Xβmaxとなる例である。
まず、TiAlCN層αのLαが0.2μm以下では、高硬度を有するTiAlCN層αによる耐摩耗性を十分に発揮することができず、一方、Lαが2.0μmを超えると、TiAlCN層α内に蓄積される内部歪が増加するとともに、結晶粒が粗大化する傾向を示すようになり、耐チッピング性が低下する。
したがって、TiAlCN層αの一層平均層厚Lαは、0.2μm<Lα ≦2.0μmとする。
また、TiAlCN層βのLβが1nm未満では、TiAlCN層αの成膜に際しての結晶成長のリセット効果が不十分であり、また、TiAlCN層αを構成する結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が多くなり、TiAlCN層αとTiAlCN層βの密着力が低下する。一方、Lβが400nmを超えると、硬さに劣るTiAlCN層βが、TiAlCN層全体の硬度に影響を及ぼし、耐摩耗性が低下する。
したがって、TiAlCN層βの一層平均層厚Lβは、1nm≦Lβ≦400nmとする。
さらに、3Lβ<Lαとすることが必要であるが、これは、Lαが3Lβ以下であると、TiAlCN層αの結晶成長が不十分となるため、TiAlCN層全体としての硬さを十分に高めることができず、すぐれた耐摩耗性を得られなくなるからである。
そして、TiAlCN層αがこのような周期的な組成変化を示す場合、Alの平均含有割合Xαavgとは、少なくとも1辺100nmの正方領域で、かつその該周期的な組成変化の周期幅よりも大きな1辺を持つ正方領域について、透過型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分光法(EDS)による測定を行い、異なる領域について測定した少なくとも10点以上の平均から算出したマクロな測定値である。
Cの平均含有割合Yαavgについては、二次イオン質量分析(Secondary-Ion-Mass-Spectroscopy:SIMS)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。Cの平均含有割合YαavgはTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。
そして、前記周期的な組成変化は、組成変化の周期が最小となる方向において測定した場合に平均周期が1~100nmであり、かつ、周期的に変化するAlのTiとAlの合量に占める含有割合Xの隣接する極大値Xmaxと極小値Xminの差Δxの最大値は0.03~0.15であることが望ましい。
ここで、組成変化の周期が最小となる方向において測定される組成変化の平均周期を1~100nm、また、Δxの最大値を0.03~0.15とする理由は、次のとおりである。
組成変化の周期が最小となる方向において測定される前記組成変化の平均周期が1nm未満であると、TiAlCN層αにおける結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が多くなり、硬さが低下傾向を示すからであり、また、組成変化の周期が100nmを超えると、切削加工時に発生したクラックの進展抑制のための十分な緩衝作用が見込めないからである。
また、TiとAlの周期的な組成変化量の大きさの指標であるAlの含有割合Xの隣接する極大値Xmaxと極小値Xminの差Δxが0.03より小さいと、TiAlCN層αにおける結晶粒の歪みが小さく十分な硬さの向上が見込めず、一方、隣接する極大値Xmaxと極小値Xminの差Δxが0.15を超えると、TiAlCN層αにおける結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、該層の格子欠陥が増加し硬さが低下するからである。
(1)Al含有割合の隣りあう極大値と極小値の差の少なくともいずれか一方が0.15より大きいとき、この0.15よりも大きな値を与える極大値を含む領域の該極小値は、Xβminの可能性がある。その理由は、前述のとおりTiAlCN層αのΔxの最大値が0.03~0.15のためであり、この領域は、STEM-HAADFのコントラスト画像(図3A)における明暗の差から推定でき、明るい部分(白線)がTiAlCN層βの可能性がある。
(2)この白線に対して、垂直な方向でEDSライン分析を行い、Al含有割合を求め、その結果が図3Cに示すとおりであるとする。ここで、この測定したAl含有割合の最小値の点がXβminの候補となる。この最小値がXβminであるかは以下の手順で確認出来る。
(3)Xβminと隣り合う2つの極大値について左側からXβ1L、Xβ1Rと表し、各々のさらに隣りの極大値をXβ2L、Xβ2Rとする。
そして、Xβ1LとXβ2Lを比較し、ΔXβ12L=|Xβ2L-Xβ1L|を求め、ΔXβ12L<0.03となる時、Xβ2Lの極大値をTiAlCN層βの左側の境界とする。
この関係を満たさない場合には、さらに隣の極大値Xβ3LとXβ2Lの関係を求め、同様にΔXβ23L=|Xβ3L-Xβ2L|を求め、ΔXβ23L<0.03となる場合にはXβ3Lの極大値をTiAlCN層βの左側の境界とする。
さらにこの関係を満たさない場合には同様の操作を繰り返し、ΔXβn(n+1)L=|Xβ(n+1)L-XβnL|を求めた時ΔXβn(n+1)L<0.03を満たす最小のnのXβ(n+1)LをTiAlCN層βの左側の境界として決定する。
TiAlCN層βの右側境界については同様にΔXβn(n+1)R=|Xβ(n+1)R-XβnR|を求め、ΔXβn(n+1)R<0.03を満たす最小のnのXβ(n+1)RをTiAlCN層βの右側の境界として決定する。
上記の手順で求めた極大値Xβ(n+1)Lと極大値Xβ(n+1)Rで挟まれる領域をTiAlCN層βとして、その幅をLβとして求める。
(5)まず、STEM-HAADFのコントラスト画像(図4A)における明線(白線)1本と交差する明線に垂直な方向における十分な長さの線分を取り、EDSライン分析を行う。ここでいう十分な長さとはTEM-HAADFの画像コントラストから示唆されるTiAlCN層βのおおよその層厚に対し十分に大きく、また、明線1本とのみ交差するような線分の長さで実施する(例えば、TEM-HAADFの画像コントラストから示唆されるTiAlCN層βのおおよその層厚に対し3倍程度の長さで実施する。図4Aでは、黒色で示す線分。)。
Al含有割合の隣りあう極大値と極小値の差が0.15より大きいとき、この0.15よりも大きな値を与える極大値を含む領域の該極小値は、Xβminの可能性がある。
(6)Xβminの候補と隣り合う2つの極大値について左側からXβ1L、Xβ1Rと表し、各々のさらに隣りの極大値をXβ2L、Xβ2Rとする。
そして、Xβ1LとXβ2Lを比較し、ΔXβ12L=|Xβ2L-Xβ1L|を求め、ΔXβ12L<0.03となる時、Xβ2Lの極大値をTiAlCN層βの左側の境界の候補とする。
この関係を満たさない場合には、さらに隣の極大値Xβ3LとXβ2Lの関係を求め、同様にΔXβ23L=|Xβ3L-Xβ2L|を求め、ΔXβ23L<0.03となる場合にはXβ3Lの極大値をTiAlCN層βの左側の境界の候補とする。
さらにこの関係を満たさない場合には同様の操作を繰り返し、ΔXβn(n+1)L=|Xβ(n+1)L-XβnL|を求めた時ΔXβn(n+1)L<0.03を満たす最小のn(n=1、2、3…)のXβ(n+1)LをTiAlCN層βの左側の境界の候補とする。
TiAlCN層βの右側境界については同様にΔXβn(n+1)R=|Xβ(n+1)R-XβnR|を求め、ΔXβn(n+1)R<0.03を満たす最小のn(n=1、2、3…)のXβ(n+1)RをTiAlCN層βの右側の境界として決定する。
上記の手順で求めた極大値Xβ(n+1)Lと極大値Xβ(n+1)Rで挟まれる領域をTiAlCN層βとして、その幅をLβとして求める。
(7)TiAlCN層βの境界(候補)が定まれば、TiAlCN層αとなり得る領域の境界(候補)も求まり、TiAlCN層αの一層平均層厚Lα(候補)が算出できる。また、TiAlCN層α(候補)の平均組成XαavgはTiAlCN層α(候補)の領域内のEDSの面分析等を用いて算出できる。
なお、これらにより求められた各々の測定値が請求項1に記載の組成の数値範囲0≦Xβmin<(Xαavg-0.15)、Xβmax<(Xαavg+0.15)、0≦Yβavg≦0.005を満足するものであるときに前記境界の候補で挟まれた領域をTiAlCN層βとして決定できる。満足しない場合にはTiAlCN層βと鑑別せず、該層の平均Al含有割合Xavgおよび平均C含有割合Yavgが0.60≦Xavg≦0.95、0≦Yavg≦0.005を満足する限りはTiAlCN層αとして扱う。さらに、この組成範囲を満たさない場合にはTiAlCN層αとは扱わない。
Xβ1L=0.599、Xβ2L=0.722、Xβ3L=0.701ゆえ、
ΔXβ12L=|Xβ2L-Xβ1L|=|0.722-0.599|=0.123≧0.03より、0.03以上のため不適ゆえ
ΔXβ23L=|Xβ3L-Xβ2L|=|0.701-0.722|=0.021<0.03
となり、0.03未満でXβ3LがTiAlCN層βの左側の境界(候補)となる。
(9)次にTiAlCN層βの右側の境界を求める具体的な手順を示す。
Xβ1R=0.662、Xβ2R=0.634ゆえ、
ΔXβ12R=|Xβ2R-Xβ1R|=|0.634-0.662|=0.028<0.03
となり、0.03未満でXβ2RがTiAlCN層βの右側の境界(候補)となる。
(10)図4の例では、表1の結果からEDS分析ラインの位置(横軸)における左側境界の候補Xβ3Lの位置座標は44nm、右側境界の候補Xβ2Rの位置座標は58nmゆえ、
Lβ=58-44=14nmであり、Xβmin=0.436、Xβmax=0.722である。
また、TiAlCN層βの決定とともに定まるTiAlCN層αの候補の領域より、LαのおよびXαavgの候補はLα=250nm(0.25μm)、Xαavg=0.685のように算出されるとすれば、0.60≦Xαavg≦0.95を満たすことから前記領域はTiAlCN層αと決定できる。また、
Xαavg-0.15=0.685-0.15=0.535、
Xαavg+0.15=0.685+0.15=0.835ゆえ、
0≦Xβmin<(Xαavg-0.15)、Xβmax<(Xαavg+0.15)を満たすため、TiAlCN層βが決定できる。
また、0.2μm<Lα ≦ 2.0μm、1nm≦Lβ≦400nmを満たし、かつ3Lβ<Lαの関係を満たす。
よって、前記手順で求めた各領域を本発明TiAlCN層αおよび本発明TiAlCN層βとして決定できる。
これは、次の理由による。
前記TiとAlの周期的な組成変化がTiAlCN層α中に存在すると、切削時に摩耗が進行する面に作用するせん断力によって生じるクラックの進展が抑制され、結果として、TiAlCN層αの靱性が向上する。このクラック進展抑制効果については、TiとAlの組成の異なる境界において、その進展方向の曲がりや屈折が生じることにより発揮されるものと推測される。
そして、前記TiとAlの周期的な組成変化を有するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒のTiAlCN層全体に占める面積割合が、40面積%未満(ただし、工具基体表面に垂直な縦断面から測定)であると、前記クラックの進展を抑制する効果が小さくなり、靱性向上の効果も小さくなるから、TiAlCN層αあるいはTiAlCN層全体としてのクラックの進展抑制効果、靱性向上効果を期待するためには、TiとAlの周期的な組成変化を有するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒のTiAlCN層全体に占める面積割合は、工具基体表面に垂直な縦断面から測定したとき40面積%以上存在することが好ましい。
できる。
NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の粒界に、微量の六方晶構造の微粒結晶粒が存在することで、粒界における摩擦が低減し、靱性が向上する。しかし、工具基体表面に垂直な縦断面から測定したとき、六方晶構造の微粒結晶粒がTiAlCN層全体に占める面積割合が5面積%を超えると相対的に硬さが低下し好ましくないので、5面積%以下とする。
また、六方晶構造の微粒結晶粒の平均粒径Rが0.01μm未満であると靱性向上の効果が見られず、0.3μmを超えると、硬さが低下し、耐摩耗性が損なわれるため、平均粒径Rは0.01~0.3μmとすることが好ましい。
なお、本発明でいう粒界中に存在する六方晶構造の微粒結晶粒は、透過型電子顕微鏡を用いて電子線回折図形を解析することにより同定することができ、また、六方晶構造の微粒結晶粒の平均粒子径は、粒界を含んだ1μm×1μmの測定範囲内に存在する粒子について、粒径を測定し、それらの平均値を算出することによって求めることができる。
本発明のTiAlCN層は、それだけでも十分な効果を奏するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1~20μmの合計平均層厚を有する下部層を設けた場合、および/または、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層を1~25μmの合計平均層厚で設けた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を創出することができる。Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
なお、実施例では、工具基体としてWC基超硬合金を用いたが、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体を工具基体として使用した場合も、同様な結果が得られている。
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNもしくはISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~Cをそれぞれ製造した。
表4に示される形成条件Aβ~Eβ、Gβ、Jβ、すなわち、NH3とH2からなるガス群Aと、TiCl4、AlCl3、N2、C2H4、H2からなるガス群B、およびおのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH3:2.0~5.0%、H2:60~75%、ガス群BとしてAlCl3:0.00~0.59%、TiCl4:0.3~0.5%、N2:0.0~12.0%、C2H4:0~0.5%、H2:残、反応雰囲気圧力:3.5~4.4kPa、反応雰囲気温度:700~900℃、供給周期1~5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15~0.25秒、ガス群Aの供給とガス群Bの供給の位相差0.10~0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行い、表9、12に示される所定の一層平均層厚のTiAlCN層βを成膜した。
なお、本発明被覆工具1~5、11~15については、表3に示される形成条件で、表8に示される下部層、上部層を形成した。
本発明でいう粒界部に存在する微粒六方晶の同定は、透過型電子顕微鏡を用いて電子線回折図形を解析することにより同定した。六方晶構造の微粒結晶粒の平均粒子径は、粒界を含んだ1μm×1μmの測定範囲内に存在する粒子について、粒径を測定し、微粒六方晶の総面積を算出した値から面積割合を求めた。また、粒径は六方晶と同定した粒に対して外接円を作成し、その外接円の半径を求め、その平均値を粒径とした。
なお、本発明被覆工具1~7、11~17のTiAlCN層は、いずれも、NaCl型の面心立方構造の複合窒化物相または複合炭窒化物相を含んでいることを確認している。
なお、比較被覆工具1~20のうちの比較被覆工具1~5、9、11~15、19は、交互積層構造からなるTiAlCN層を成膜したが、比較被覆工具6~8、10、16~18、20については、単層のTiAlCN層αのみを成膜した。
また、比較被覆工具1、4~7、10、11、14~17、20については、表3に示される形成条件で、表8に示される下部層、上部層を形成した。
また、TiAlCN層αにおけるAlの平均含有割合Xαavgについては、少なくとも1辺100nmの正方領域で、かつその該周期的な組成変化の周期幅よりも大きな1辺を持つ正方領域について、透過型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分光法(EDS)による測定を行い、異なる領域について測定した10点の平均値から算出した。(該周期的な組成変化が200nmであった場合には200nm×200nmの正方領域、該周期的な組成変化が20nmあるいは該周期的な組成変化が無い場合には100nm×100nmの正方領域での測定を行った。)
また、TiAlCN層βにおけるAlの最小含有割合Xβmin、最大含有割合Xβmaxについては、層厚方向に透過型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分光法(EDS)によるライン分析を行い、異なる10ラインにて測定されたTiAlCN層βにおけるAlの最小含有割合、最大含有割合の平均値を各々TiAlCN層βにおけるAlの最小含有割合Xβmin、最大含有割合Xβmaxとして算出した。
TiAlCN層αにおけるCの平均含有割合Yαavg及びTiAlCN層βにおけるCの平均含有割合Yβavgついては、二次イオン質量分析(SIMS,Secondary-Ion-Mass-Spectroscopy)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。
Cの平均含有割合Yαavg、Yβavgは、TiAlCN層α、TiAlCN層βについての深さ方向の平均値を示す。
また、Cの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはC2H4の供給量を0とした場合のTiAlCN層に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、C2H4を意図的に供給した場合に得られるTiAlCN層に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をYαavg、Yβavgとして求めた。
表11に、切削加工試験の結果を示す。
工具基体:炭化タングステン基超硬合金
切削試験: 湿式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材: JIS・FCD700 幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度: 1019 min-1、
切削速度: 400 m/min、
切り込み: 1.5 mm、
一刃送り量: 0.35 mm/刃、
切削時間: 6分、
(通常の切削速度、切り込み、一刃送り量は、それぞれ、200 m/min、1.0-2.0 mm、0.2-0.25 mm/刃)
つぎに、TiAlCN層の交互積層構造を構成するTiAlCN層αおよびTiAlCN層βにおいて、膜厚や交互積層数を調整して、それぞれ表12、表13に示した本発明の被覆工具および比較の被覆工具を作製し、切削性能を確認した。
つまり、前記各種の被覆工具(ISO規格CNMG120412形状)をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具11~17、比較被覆工具11~20について、以下に示す、鋳鉄の乾式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
<切削条件B>
被削材:JIS・FCD700の長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒、
切削速度:300 m/min、
切り込み:2.0 mm、
送り:0.35 mm/rev、
切削時間:3 分、
(通常の切削速度、切り込み、送りは、それぞれ、200m/min、1.0-2.0mm、0.2-0.25mm/rev)、
表14に、前記切削試験の結果を示す。
Claims (3)
- 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1~20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は、TiAlCN層αとTiAlCN層βが交互に積層された交互積層構造を含み、
(d)前記TiAlCN層αは、組成式:(Ti1-XαAlXα)(CYαN1-Yα)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XαavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Yαavg(但し、Xαavg、Yαavgはいずれも原子比)は、それぞれ、0.60≦Xαavg≦0.95、0≦Yαavg≦0.005を満足し、
(e)前記TiAlCN層αは、TiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含み、前記TiとAlの周期的な組成変化の周期が最小になる方向において測定される平均周期が1~100nmであり、かつ、周期的に変化するAlのTiとAlの合量に占める含有割合Xの隣接する極大値Xmaxと極小値Xminの差Δxの最大値は0.03~0.15であり、
(f)前記TiAlCN層βは、組成式:(Ti1-XβAlXβ)(CYβN1-Yβ)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める含有割合の最小値Xβminおよび最大値Xβmaxと、CのCとNの合量に占める平均含有割合Yβavg(但し、Xβmin、Xβmax、Yβavgはいずれも原子比)は、それぞれ0≦Xβmin<(Xαavg-0.15)、Xβmax<(Xαavg+0.15)、0≦Yβavg≦0.005を満足し、
(g)TiAlCN層αの一層平均層厚LαとTiAlCN層βの一層平均層厚Lβについて、0.2μm<Lα≦ 2.0μm、1nm≦Lβ≦400nmを満たし、かつ3Lβ<Lαの関係を満たすことを特徴とする表面被覆切削工具。 - 前記TiAlCN層αは、TiとAlの周期的な組成変化が存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含み、前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を工具基体の表面と垂直な縦断面から分析した場合、前記TiとAlの周期的な組成変化を有するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒が、前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の面積に占める割合は、40面積%以上であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
- 前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層について、該層の縦断面方向から観察した場合に、前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の粒界部に、六方晶構造を有する微粒結晶粒が存在し、該微粒結晶粒の存在する面積割合は5面積%以下であり、該微粒結晶粒の平均粒径Rは0.01~0.3μmであることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
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