以下、発明の実施の形態を通じて本発明を説明するが、特許請求の範囲に係る発明を以下の実施形態に限定するものではない。また、実施形態で説明する構成の全てが課題を解決するための手段として必須であるとは限らない。
図1は、本実施形態に係る加工方法の工程を概略的に示す模式図である。以下に説明する加工方法は、ワークとしての鋼板に穿孔を設け、当該穿孔の周縁を変形させて伸びフランジを成形するものである。全体としては大きく分けると、図1に示すように、鋼板を打ち抜く打ち抜き工程と、打ち抜き端を含む部分領域を加熱する加熱工程と、抜きパンチを引き抜く引き抜き工程と、加熱工程による熱を冷ます放冷工程と、打ち抜き端に対して伸びフランジを成形する伸びフランジ工程とを含む。
打ち抜き工程は、不図示の抜きダイスに固定された鋼板100を、上型の支軸710と共に進退する抜きパンチ711によって打ち抜く工程である。加熱工程は、詳しくは後述するが、抜きパンチ711を保持するパンチホルダ712を鋼板100に押し当てて、打ち抜き工程で形成された穿孔110の周縁を加熱する工程である。引き抜き工程は、加熱が終了した後に、抜きパンチ711を抜きダイスから引き抜く工程である。なお、図示するように、加熱工程によって加熱された領域は、鋼板100の部分領域である、穿孔110の打ち抜き端を含む加熱領域111である。
放冷工程は、加熱工程で加熱された加熱領域111の熱を冷ます工程である。具体的には、鋼板100が常温環境において一定時間放置される。伸びフランジ工程は、穿孔110にフランジ金型900を挿入し、穿孔110の周縁部を塑性変形させて伸びフランジ113を形成する工程である。
打ち抜き工程によって穿孔110の周縁部に生じた残留歪みは、加熱工程で除去される。放冷後、伸びフランジ工程に導入されるため、加熱状態の鋼板100に対して行うよりもフランジ金型900に生じるダメージを軽減することができる。特に、本実施形態においては、後述するように、打ち抜き端まで十分に加熱することができるので残留歪みを良好に除去することができる。また、抜き打ち工程と引き抜き工程の間に加熱工程を行うことができるので、従来においては必要であった加熱装置に鋼板100を設置して加熱を行う独立した加熱工程を省略することができ、一連の処理時間を短縮することができる。
図2は、加熱工程において加熱電極が鋼板100に接触した状態の部分断面図である。具体的には穿孔110の中心軸を含む、打ち抜き加工機701と鋼板100の部分的な断面を模式的に示す図である。加熱工程は、抜きパンチ711が鋼板100を貫通した状態に保たれることにより一対の加熱電極である第1加熱電極713と第2加熱電極723が鋼板100を挟み込み、これらの加熱電極に通電して実行する。具体的には、第1加熱電極713の電極面を鋼板100の一面側に接触させ、第2加熱電極723の電極面を鋼板100の他面側に接触させて通電する。
このときの加熱温度は、打ち抜き端112が200℃以上Ac1点未満となるように調整される。この温度範囲での加熱であれば、残留歪みの除去を適切に行える。特に、Ac1点以上まで加熱してしまうと、鋼板100がオーステナイト変態を起こしてしまい、空冷すると軟化して強度が低下し、流水等によって急冷すると硬度が増して伸びフランジ工程における成形性が低下してしまうので、Ac1点未満に留めることが好ましい。
打ち抜き加工機701は、上型として、抜きパンチ711と、第1加熱電極713が設けられ、抜きパンチ711を着脱可能に支持するパンチホルダ712と、パンチホルダ712と一体的に設けられ、装着された抜きパンチ711を進退させる支軸710とを備える。第1加熱電極713は、パンチホルダ712に設けられているので、実質的に抜きパンチ711の根元近傍に位置する。また、下型として、第2加熱電極723が設けられ、鋼板100が固定される抜きダイス720を備える。抜きダイス720は、打ち抜き時に抜きパンチ711と打ち抜き片を退避させるダイス穴721を備える。第1加熱電極713と第2加熱電極723は、抜きパンチ711が鋼板100を貫通した状態で互いに対向し、それぞれ鋼板100の表面と接触するように配置されている。
また、打ち抜き加工機701は、制御機構の一部として、第1加熱電極713と第2加熱電極723が鋼板100に接触して互いに対向した場合に、第1加熱電極713と第2加熱電極723を通電する通電制御部を備える。通電が実行されると、図1に示した打ち抜き端112を含む加熱領域111が加熱される。このような一対の加熱電極の配置によって加熱領域111が加熱されると、打ち抜き端112を十分に加熱することができ、打ち抜き端112の周辺部に集中する残留歪みの除去を良好に行うことができる。また、加熱領域111は、鋼板100全体の一部の領域であるので、不要な領域を加熱する電力を削減でき、軟化や硬化の原因となる過加熱を回避することができる。
なお、第1加熱電極713は、図示するような抜きパンチ711を取り囲む円環形状の電極の他に、抜きパンチ711の周囲に離散配置された複数の電極であっても良い。同様に、第2加熱電極723は、図示するようなダイス穴721を取り囲む円環形状の電極の他に、ダイス穴721の周囲に離散配置された複数の電極であっても良い。何れの場合も、第1加熱電極713および第2加熱電極723は、形成される穿孔110の打ち抜き端112を十分加熱できるように、抜きパンチ711またはダイス穴721の近傍に設けられる。
また、パンチホルダ712と抜きダイス720の相対位置は、抜きパンチ711が到達する最下端である下死点において第1加熱電極713と第2加熱電極723が互いに対向して鋼板100に接触するように調整されている。例えば、使用者が、打ち抜き加工機701の使用に先立ち、鋼板100の厚さに応じて支軸710の初期位置を上下方向に修正することにより、パンチホルダ712と抜きダイス720の相対位置を調整する。このように調整されていれば、抜きパンチ711の複雑な位置制御を行わずにすむ。
加熱工程による加熱時間は、予め設定しておいた時間でも良いし、打ち抜き端112が予め設定しておいた温度に到達するまでの時間でも良い。後者の場合は、例えば、抜きダイス720のうち、第2加熱電極723とダイス穴721の壁面の間に温度センサを設けて温度を検出すると良い。引き抜き工程は、このような加熱時間の経過後に開始される。適切な温度に到達した時点で抜きパンチ711を引き抜けば、残留歪みの除去を適切に行える上に、鋼板100の軟化や硬化を回避することができる。
図3は、他の打ち抜き加工機703を用いた場合の加熱電極と鋼板100の関係を示す部分断面図である。図3は、図2と同様に穿孔110の中心軸を含む、打ち抜き加工機703と鋼板100の部分的な断面を模式的に示す図である。
図示する一対の加熱電極は、交流電流を通電することにより鋼板100に誘導起電力を生じさせて加熱を行うコイル電極であり、第1加熱コイル733と第2加熱コイル743から構成される。第1加熱コイル733は、周囲を絶縁体である第1支持体735に囲まれており、第2加熱コイル743は、周囲を絶縁体である第2支持体745に囲まれている。加熱工程は、抜きパンチ731が鋼板100を貫通した状態に留められることにより第1加熱コイル733と第2加熱コイル743が鋼板100を挟んで対向し、これらの加熱コイルに通電して実行する。
加熱時には、第1支持体735および第2支持体745が鋼板100の表面に接触されている。その結果、第1加熱コイル733と第2加熱コイル743の距離が安定するので、温度制御を行いやすい。また、第1加熱コイル733と第2加熱コイル743が鋼板100の表面に直接接触することがないので、電極の損傷を軽減することができる。なお、加熱する温度範囲は、打ち抜き加工機701の場合と同様である。
打ち抜き加工機703は、上型として、抜きパンチ731と、第1支持体735に支持された第1加熱コイル733が設けられ、抜きパンチ731を着脱可能に支持するパンチホルダ732と、パンチホルダ732と一体的に設けられ、装着された抜きパンチ731を進退させる支軸730とを備える。また、下型として、第2支持体745に支持された第2加熱コイル743が設けられ、鋼板100が固定される抜きダイス740を備える。抜きダイス740は、打ち抜き時に抜きパンチ731と打ち抜き片を退避させるダイス穴741を備える。第1加熱コイル733と第2加熱コイル743は、抜きパンチ731が鋼板100を貫通した状態で互いに対向するように配置されている。
また、打ち抜き加工機703は、制御機構の一部として、第1加熱コイル733と第2加熱コイル743が互いに対向した場合に、第1加熱コイル733と第2加熱コイル743を通電する通電制御部を備える。通電が実行されると、図1に示した打ち抜き端112を含む加熱領域111が加熱される。このような一対の加熱コイルの配置によって加熱領域111が加熱されると、打ち抜き加工機701と同様に、打ち抜き端112を十分に加熱することができ、打ち抜き端112の周辺部に集中する残留歪みの除去を良好に行うことができる。
また、パンチホルダ732と抜きダイス740の相対位置は、抜きパンチ731が到達する最下端である下死点において第1支持体735が鋼板100と接触するように調整されている。また、加熱工程による加熱時間は、打ち抜き加工機701と同様に調整し得る。
以上説明した加工方法によって成型される成形品の例を説明する。図4は、成形品の一例として、車両のサスペンションに用いられるFRロアアーム200を説明する図である。点線で囲んだ部分を拡大して示すように、FRロアアーム200のブッシュ圧入部210は、上述した加工方法によって形成される。
図5は、さらに他の打ち抜き加工機705を用いた場合の加熱電極と鋼板100の関係を示す部分断面図である。打ち抜き加工機705は、打ち抜き加工機701、703のように穿孔を設けるものではなく、鋼板100のうち不要部分を切り落とす打ち抜き加工機である。
打ち抜き加工機705は、上型として、抜きパンチ751を備える。また、下型として、第2加熱電極763が設けられ、鋼板100が固定される抜きダイス760を備える。鋼板100は、第1加熱電極753が埋め込まれた固定治具752によって抜きダイス760に固定される。固定治具752で鋼板100を固定すると、第1加熱電極753と第2加熱電極763は、それぞれ鋼板100の表面と接触して互いに対向する。
また、打ち抜き加工機705は、制御機構の一部として、抜きパンチ751によって打ち抜かれた鋼板100の打ち抜き端を含む部分領域を加熱するように、第1加熱電極と第2加熱電極を通電する通電制御部を備える。通電が実行されると、打ち抜き端を含む加熱領域が加熱される。このような一対の加熱電極の配置によって加熱領域が加熱されると、打ち抜き端を十分に加熱することができ、打ち抜き端の周辺部に集中する残留歪みの除去を良好に行うことができる。また、加熱領域は、鋼板100全体の一部の領域であるので、不要な領域を加熱する電力を削減でき、軟化や硬化の原因となる過加熱を回避することができる。
なお、この場合の加工方法は、図1に対応する加熱工程と引き抜き工程の順序は問わない。すなわち、抜きダイス760に固定されたワークである鋼板100を抜きパンチ751によって打ち抜く打ち抜き工程と、第1加熱電極753と第2加熱電極763で、抜き工程による打ち抜き端を含む鋼板100の部分領域を加熱する加熱工程とを含めば良い。また、鋼板100が抜きダイス760に固定されたまま加熱工程を行うことができるので、従来においては必要であった加熱装置に鋼板100を設置して加熱を行う独立した加熱工程を省略することができ、一連の処理時間を短縮することができる。
このような加工方法によって成型される成形品の例を説明する。図6は、成形品の一例として、車両の窓柱に用いられるAピラーロア300を説明する図である。伸びフランジ工程は、不要部分を切り落とした打ち抜き端に対してフランジ金型を押し当てて伸びフランジを成形する。Aピラーロア300の伸びフランジ成形部310は、このようにして成形される。