JP6995281B2 - 潤滑油組成物及びその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、潤滑油組成物及びその製造方法に関する。この出願は、2019年4月24日に、日本に出願された特願2019-083393号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
近年、高速化、高効率化、省エネルギーに伴い、自動車、家電、工業機械等に使用される潤滑油の性能向上が強く求められている。その用途に適するように特性を改善するために、潤滑油には、酸化防止剤、極圧添加剤、錆び止め添加剤、腐食防止剤等様々な添加剤が配合されている。また、高引火点を有する潤滑剤が求められている。
特許文献1では、低フリクション、トルクアップ、省燃費化といった複数の性能を同時に改善するため、鉱物油やエステル油等の潤滑基油に、ナノカーボン粒子であるフラーレン、有機溶媒、粘度指数向上剤、摩擦調整剤、清浄分散剤を配合したエンジン潤滑油用添加剤組成物が提案されている。
特許文献2では、冷媒圧縮機の摺動部を潤滑させる冷凍機油に、直径が100pmから10nmのフラーレンを添加することにより、冷媒圧縮機の摩擦や摩耗を抑制することが提案されている。
特開2008-266501号公報 国際公開第2017/141825号
しかしながら、これらの提案はいずれも、前述の求められる性能向上、特に耐摩耗性の向上が十分ではなく、改善の余地がある。
本発明の目的は、耐摩耗性を向上する潤滑油組成物及びその製造方法を提供することにある。
本発明の第一の態様は以下の潤滑油組成物の製造方法である。
[1]基油にフラーレンが溶解しているフラーレン溶液に放射線を照射して、フラーレン付加体を生成する放射線照射工程を含み、
前記放射線は、紫外線又は電離放射線である、
潤滑油組成物の製造方法。
本発明の第一の態様は、以下の[2]~[12]に述べる特徴を好ましく含む。
[2]前記フラーレン溶液から不溶成分を除去する除去工程を更に有する、上記[1]に記載の潤滑油組成物の製造方法。
[3]前記放射線照射工程において、前記放射線の照射を非酸化性雰囲気下で行う上記[1]又は[2]に記載の潤滑油組成物の製造方法。
[4]前記フラーレン溶液中の酸素ガス濃度を10質量ppm以下にして、前記放射線の照射を行う、上記[3]に記載の潤滑油組成物の製造方法。
[5]前記放射線は、紫外線である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[6]前記紫外線は、190nm以上365nm以下の波長を有する、上記[5]に記載の潤滑油組成物の製造方法。
[7]前記放射線照射工程において、前記放射線照射工程前の前記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度に対する、前記放射線照射工程後の前記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度の比が0.1倍以上0.7倍以下となるまで行う、上記[1]~[6]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[8]前記フラーレンが、C60、C70又はそれらの混合物を含む[1]~[7]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[9]前記放射線照射工程は、前記フラーレン溶液の温度を40℃以上200℃以下に制御しながら前記放射線を照射する、[1]~[8]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[10]前記放射線照射工程は、放射線を2~9回照射する、[1]~[9]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[11]前記放射線照射工程において、前記フラーレン溶液は容器内に収容されており、前記放射線照射工程は、前記容器外部から前記放射線を照射する、[1]~[10]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[12]前記放射線照射工程は、前記フラーレン溶液1gに対し、1J以上100J以下の照射エネルギーで前記放射線を照射する、[1]~[11]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
本発明の第二の態様は、以下の潤滑油組成物である。
[12]基油とフラーレン付加体とを含む潤滑油組成物であって、
前記フラーレン付加体の付加基は、基油を構成する分子構造の一部を有する、
潤滑油組成物。
本発明によれば、耐摩耗性を向上する潤滑油組成物及びその製造方法を提供することができる。
図1は、実施例1での潤滑油組成物の紫外線照射時間とフラーレンの濃度との関係を示す図である。
以下、本発明の好ましい実施形態に係る潤滑油組成物及びその製造方法を説明する。なお、本実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。例えば、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、数値、順番、時間、比率、材料、量、構成等について、変更、付加、省略、置換等が可能である。
[潤滑油組成物]
本実施形態の潤滑油組成物は、基油とフラーレン付加体とを含む潤滑油組成物であって、上記フラーレン付加体の付加基は、基油を構成する分子構造の一部を有する。この潤滑油組成物は、基油にフラーレンが溶解しているフラーレン溶液に、紫外線又は電離放射線といった放射線を照射することにより得られる。
(基油)
本実施形態の潤滑油組成物に含まれる基油は、特に限定されるものではなく、通常、潤滑油の基油として広く使用されている鉱物油及び合成油が好適に用いられる。
潤滑油として用いられる鉱油は、一般に、内部に含まれる二重結合を水素添加により飽和して、飽和炭化水素に変換したものである。このような鉱油としては、パラフィン系基油、ナフテン系基油等が好ましく挙げられる。
合成油としては、合成炭化水素油、エーテル油、エステル油等が挙げられる。具体的には、ポリα-オレフィン、ジエステル、ポリアルキレングリコール、ポリアルファオレフィン、ポリアルキルビニールエーテル、ポリブテン、イソパラフィン、オレフィンコポリマー、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、ジイソデシルアジペート、モノエステル、二塩基酸エステル、三塩基酸エステル、ポリオールエステル(トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール2-エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等)、ジアルキルジフェニルエーテル、アルキルジフェニルサルファイド、ポリフェニルエーテル、シリコーン潤滑油(ジメチルシリコーン等)、パーフルオロポリエーテル等が好適に用いられる。これらの中でも、ポリα-オレフィン、ジエステル、ポリオールエステル、ポリアルキレングリコール、ポリアルキルビニールエーテルがより好適に用いられる。
これらの鉱油や合成油は、1種を単独で用いてもよく、これらの中から選ばれる2種以上を任意の割合で混合して用いてもよい。
潤滑油組成物中の基油の量は任意に選択できる。例えば、90質量%~99.9999質量%であってもよい。ただしこれらの例のみに限定されない。
(フラーレン)
本実施形態の潤滑油組成物の製造に用いられるフラーレンは、その構造や製造方法が特に限定されず、種々のものを用いることができる。フラーレンとしては、例えば、比較的入手しやすいC60、C70又はそれらの混合物が挙げられる。フラーレンの中でも、潤滑油への溶解性の高さの点から、C60及びC70が好ましく、潤滑油への着色が少ない点(色で潤滑油組成物の劣化の判定をしやすい点)から、C60がより好ましい。混合物の場合は、C70より高次のフラーレンを含んでもよいが、混合物を構成する全フラーレンに対するC60の含有量が50質量%以上であることが好ましい。70質量%以上100質量%以下でもよく、90質量%以上100質量%以下の量で含まれていてもよい。
本実施形態の潤滑油組成物は、その製造過程において、基油とフラーレンとを含むフラーレン溶液に放射線照射を行うと、フラーレン付加体(FLN付加体)が生成するため、放射線照射後のフラーレンの濃度は放射線照射前のフラーレンの濃度よりも低くなる。放射線照射後のフラーレンの濃度が0でない場合、本実施形態の潤滑油組成物は、基油とフラーレンとフラーレン付加体とを含む。
(フラーレン付加体)
本実施形態の潤滑油組成物は、フラーレン付加体を含む。フラーレン付加体は、上記基油を構成する分子構造の一部を有する付加基が上記フラーレンに付加した構造を有している。放射線照射後のフラーレンの濃度が0である場合、本実施形態の潤滑油組成物は、基油とフラーレン付加体とを含む。
(添加剤)
本実施形態の潤滑油組成物は、基油とフラーレン付加体以外にも、本実施形態の効果を損なわない範囲で、添加剤を含有することができる。
本実施形態の潤滑油組成物に配合する添加剤は、特に限定されない。添加剤としては、例えば、市販の酸化防止剤、粘度指数向上剤、極圧添加剤、清浄分散剤、流動点降下剤、腐食防止剤、固体潤滑剤、油性向上剤、錆び止め添加剤、抗乳化剤、消泡剤、加水分解抑制剤等が挙げられる。これらの添加剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。添加剤の量は任意に選択できる。
添加剤としては、芳香族環を有するものが、フラーレンの溶解性を高くする場合もあり、より好ましい。
芳香族環を有する酸化防止剤としては、例えば、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール(DBPC)、3-アリールベンゾフランー2-オン(ヒドロキシカルボン酸の分子内環状エステル)、フェニル-α-ナフチルアミン、ジアルキルジフェニルアミン、ベンゾトリアゾール等が挙げられる。
芳香族環を有する粘度指数向上剤としては、例えば、ポリアルキルスチレン、スチレン-ジエンコポリマーの水素化物添加剤等が挙げられる。
芳香族環を有する極圧添加剤としては、例えば、ジベンジルジサルファイド、アリルリン酸エステル、アリル亜リン酸エステル、アリルリン酸エステルのアミン塩、アリルチオリン酸エステル、アリルチオリン酸エステルのアミン塩、ナフテン酸等が挙げられる。
芳香族環を有する清浄分散剤としては、例えば、ベンジルアミンコハク酸誘導体、アルキルフェノールアミン類等が挙げられる。
芳香族環を有する流動点降下剤としては、例えば、塩素化パラフィン―ナフタレン縮合物、塩素化パラフィンーフェノール縮合物、ポリアルキルスチレン系等が挙げられる。
芳香族環を有する抗乳化剤には、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩等が挙げられる。
芳香族環を有する腐食防止剤としては、例えば、ジアルキルナフタレンスルホン酸塩等が挙げられる。
本実施形態の潤滑油組成物は、後述する潤滑油組成物の製造方法により製造される潤滑油組成物である。
本実施形態の潤滑油組成物は、基油とフラーレン付加体とを含む。フラーレン付加体の付加基は、基油を構成する分子構造の一部を有するため、フラーレン付加体と基油との親和性の向上によってフラーレン凝集物の析出が低減され、耐摩耗性を向上することができ、加えて、摩擦抵抗低減の効果が期待できる。
(潤滑油組成物の製造方法)
本実施形態の潤滑油組成物の製造方法は、基油にフラーレンが溶解しているフラーレン溶液に、放射線を照射する放射線照射工程を含み、上記放射線は、紫外線又は電離放射線である。
上記フラーレン溶液は、例えば、基油とフラーレンとを混合し、基油にフラーレン溶解して得られる。すなわち、潤滑油組成物の製造方法は、上記放射線照射工程の前に、基油にフラーレンを溶解し、フラーレン溶液を得る溶解工程を有していてもよい。
また、上記溶解工程で得られたフラーレン溶液には、不溶性のフラーレン等が含まれることがある。その場合、不溶成分を除去することが好ましい。すなわち、本実施形態の潤滑油組成物の製造方法は、上記フラーレン溶液から不溶成分を除去する除去工程を更に有していてもよい。上記除去工程は、上記溶解工程後であって、且つ上記溶解工程と上記放射線照射工程の間に設けられるのが好ましい。
さらに、本実施形態の潤滑油組成物の製造方法は、上記溶解工程後、かつ上記除去工程後又は上記放射線照射工程後に、所望のフラーレンの濃度(またはフラーレン付加体の濃度)のフラーレン溶液を得るために、上記溶解工程若しくは上記除去工程で得られたフラーレン溶液、又は上記放射線照射工程で得られたフラーレン溶液を基油で希釈する希釈工程を更に有していてもよい。このようにして得られたフラーレン溶液を、本実施形態の潤滑油組成物とする。
(溶解工程)
フラーレンと基油とを混合して基油にフラーレンを溶解する。その際、攪拌機等の分散処理を施すことや、必要に応じて上記分散処理の際に、3時間以上48時間以下の加熱処理を更に施すことが、フラーレンの溶解を促進する上で好ましい。基油にフラーレンを分散させるための分散処理としては、例えば、撹拌機、超音波分散装置、ホモジナイザー、ボールミル、ビーズミル等の分散手段を用いた分散処理が挙げられる。
フラーレンの仕込み量は、例えば、最終的に調製したい潤滑油組成物のフラーレン(フラーレン付加体)濃度を考慮して設定する。具体的には、計算上、基油に対して所望のフラーレンの濃度が得られるフラーレン量の好ましくは1.2倍以上5倍以下、より好ましくは1.2倍以上3倍以下となるようにフラーレンの仕込み量を設定することが好ましい。この範囲であれば、抽出可能な溶解成分の量が十分となり、所望のフラーレンの濃度を満たしやすく、また、不溶成分を除去する上記除去工程において負荷が大きくならずに済む。また、詳細を後述するフラーレン残存率を考慮してフラーレンの仕込み量を設定してもよい。
前記フラーレン溶液に溶解しているフラーレンの濃度は、1質量ppm(0.0001質量%)以上10000質量ppm(1.0質量%)以下であることが好ましく、1質量ppm(0.0001質量%)以上100質量ppm(0.01質量%)以下であることがより好ましく、5質量ppm(0.0005質量%)以上50質量ppm(0.005質量%)以下であることがさらに好ましい。フラーレンの濃度が上記範囲であれば、最終的に得られる潤滑油組成物において耐摩耗性向上の効果を長期間維持することができる。フラーレンの濃度は任意に選択される方法、例えば高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた手法により測定してよい。
(除去工程)
溶解工程で得られた混合物に、不溶成分として、フラーレンの凝集物、未溶解のフラーレン等が含まれる場合、不溶成分を除去した方が、耐摩耗性がより向上しやすい。そこで、上記溶解工程の後に、不溶成分を除去する除去工程を設け、不溶成分が除去されたフラーレン溶液を得ることが好ましい。なお、上記除去工程を経たフラーレン溶液についても、特に断りのない限り、単に「フラーレン溶液」ということがある。
上記除去工程で不溶成分を除去する方法としては、例えば、メンブランフィルターでろ過する方法、遠心分離器を用いて沈降分離する方法、あるいはこれらを組み合わせて用いる方法等が挙げられる。これらの中でも、濾過時間の点から、少量の潤滑油組成物を得る場合はメンブランフィルターでろ過する方法が好ましく、大量の潤滑油組成物を得る場合には遠心分離器を用いる方法が好ましい。
メンブランフィルターを用いた除去工程では、例えば、上記溶解工程で得られた基油とフラーレンの混合物を、目の小さいメッシュのフィルター(例えば、目開き0.1μm以上1μm以下のメッシュのメンブランフィルター)を用いて濾過し、フラーレン溶液として回収する。濾過時間の短縮を図るには、例えば、吸引濾過をすることが好ましい。
遠心分離器を用いる方法では、例えば、上記溶解工程で得られたフラーレン溶液に対して遠心分離処理を施し、上澄みを回収して上記除去工程後のフラーレン溶液とする。
(放射線照射工程)
上記溶解工程又は上記除去工程で得たフラーレン溶液に放射線を照射し、フラーレン溶液中にフラーレン付加体を生成させる。なお、上記溶解工程又は上記除去工程後であって、且つ上記放射線照射工程前に、フラーレン溶液を基油で希釈する希釈工程を行い、その後、希釈されたフラーレン溶液に放射線照射を行ってもよい。
フラーレン溶液は、通常、大気中で扱われる。このため、溶液中の酸素ガス濃度が大気中の酸素ガスと平衡状態になっている。また、効率良くフラーレン付加体を生成させるためには、非酸化性雰囲気が好ましい。そのため、上記放射線の照射を、非酸化性雰囲気下で行うことが好ましい。具体的には、フラーレン溶液中の酸素ガス濃度を、10質量ppm以下にして上記放射線の照射を行うことが好ましい。また、上記フラーレン溶液中の酸素ガス濃度を、5質量ppm以下とすることがより好ましく、1質量ppm以下とすることがさらに好ましい。なお、フラーレン溶液中の酸素ガス濃度は、溶存酸素計を用いて測定することができる。
上記放射線照射工程では、放射線照射の前に、前述の通りフラーレン溶液中の酸素ガス濃度を低下させ、続いて、この状態を維持して放射線照射を行うことが好ましい。放射線照射工程の具体例として、下記の3つの方法が挙げられる。尚、本実施形態は下記の具体例に限定されるものではない。
・第一放射線照射工程
気密可能なステンレス等の金属製容器内に、上記溶解工程あるいは上記除去工程で得たフラーレン溶液を収容した後、容器を密閉する。次いで、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガスで容器内を置換し、さらに容器内のフラーレン溶液を不活性ガスでバブリングすることにより、フラーレン溶液を不活性ガスと平衡状態にする。この状態を保つようにして、放射線源を容器内に入れ、再度容器を密閉し、フラーレン溶液に放射線照射を行う。なお、放射線として紫外線を用いる場合は、放射線源としてUVランプが挙げられる。
この方法では、不活性ガスが含有する不純物としての酸素ガス濃度を1体積%以下に制御することで、フラーレン溶液中の酸素ガス濃度を、所望の値以下に制御できる。
・第二放射線照射工程
第一放射線処照射工程において不活性ガスで容器内を置換して更にフラーレン溶液をバブリングする代わりに、気密可能な容器内を減圧して、放射線照射を行う。すなわち第二放射線照射工程は、フラーレン溶液をバブリングせず、気密可能な容器内を減圧して放射線照射工程を行う点が第一放射線照射工程と異なる。第二放射線照射工程において、好ましくは、減圧時の圧力を10パスカル以下とする。その他の条件は、第一放射線照射工程と同様にしてもよい。
・第三放射線照射工程
第一放射線照射工程又は第二放射線照射工程において放射線源を容器内部に入れる代わりに、容器外部から放射線を照射する。すなわち第三放射線照射工程は、容器外部から放射線を照射する点で第一放射線照射工程および第二放射線照射工程と異なる。この場合、容器の全体あるいは一部が、放射線が透過する材料で構成されているものを用いる。放射線として紫外線を用いる場合、上記材質として石英ガラス等が挙げられる。それ以外の条件は、第一放射線照射工程又は第二放射線照射工程と同様にして、容器内部の酸素ガス濃度を下げて放射線照射工程を行う。次いで、上記容器の放射線透過部を通して、外部からフラーレン溶液に放射線照射を行う。本方法によれば、容器外部に放射線源を配置できるため、放射線源の大きさ等の制約が少ない。
フラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、放射線照射に伴って低くなる。このようにフラーレン溶液中のフラーレンの濃度が低下するのは、基油の一部が、照射された放射線のエネルギーを吸収し、その分子鎖が開裂したラジカル(以下、「開裂分子」ともいう)が発生し、これがフラーレンに付加し、フラーレン付加体が生成するためと考えられる。このようにフラーレンに付加体が生成するとフラーレンは消費される。
フラーレン溶液中のフラーレン付加体の濃度は、直接的に測定及び制御されるのが好ましいが、その測定は、フラーレンの濃度測定ほど簡単ではない。これは、フラーレン付加体は、基油の分子がどこで開裂するかにより開裂分子の大きさが一定ではないので、その付加基の異なる混合物になるためである。そのため、フラーレン付加体の生成量は、放射線照射後に残存するフラーレンの濃度を指標とすることが簡便である。フラーレンの濃度を指標としてフラーレン付加体の生成量を求める方法の好ましい例を以下に示す。
具体的には、放射線照射を行う前後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度をそれぞれ測定し、下記式でフラーレン残存率を算出し、この値が一定の範囲とすることが好ましい。
[フラーレン残存率]=[放射線照射後のフラーレンの濃度(質量ppm)]/[放射線照射前のフラーレンの濃度(質量ppm)]
なお、放射線照射中のフラーレン残存率は、上記「放射線照射後のフラーレンの濃度」を「放射線照射中のフラーレンの濃度」に読み替えて同様に求めればよい。
また、フラーレン溶液内のフラーレンの濃度は、後述の実施例に示した通り、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた手法により測定することができる。
このとき、上記放射線の照射を、上記放射線照射工程前の上記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度に対する、上記放射線照射工程後の上記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度の比が0.1倍以上0.7倍以下となるまで行うのが好ましい。すなわち、上記フラーレン残存率は、0.1以上0.7以下であることが好ましく、0.2以上0.5以下であることがより好ましい。フラーレン残存率を高くするほど、潤滑油組成物の使用中に発生する基油の開裂分子を多く捕捉できる傾向にある。そのため、上記開裂分子の発生しやすい環境下での使用に適している。
一方、フラーレン残存率を低くするほど、フラーレン溶液中のフラーレンの濃度が低くなるため、潤滑油組成物として使用中の様々な環境下においてフラーレン凝集体などの析出が抑えられる傾向にある。そのため、より安定な潤滑油組成物が得られる。なお、フラーレンはある程度反応してフラーレン付加体になっているので、使用中に新たに発生する上記開裂分子を捕捉できる量はその分減少する。ただし、フラーレン1分子は数分子の開裂分子を補捉可能なので、フラーレン残存率は0であっても開裂分子の補捉は可能である。よって本発明では、「フラーレン溶液」は、フラーレン付加体を含み且つフラーレン残存率が0である溶液を含む。すなわち、潤滑油組成物はフラーレンを含有していなくてもよい。
フラーレン残存率を制御する方法は、放射線照射中にフラーレンの濃度を逐次測定し、所望のフラーレン残存率となるところで放射線照射を終了してもよく、あるいは、一定の条件下での放射線照射を行うのであれば、あらかじめ同条件でフラーレン残存率と照射時間との検量線を作成しておき、所望のフラーレン残存率に合わせて放射線照射時間を決めてもよい。また、フラーレン溶液中のフラーレンの濃度と放射線照射時間との検量線を作成しておき、所望のフラーレンの濃度に合わせて放射線照射時間を決めてもよい。
なお、フラーレンがフラーレン付加体へと変化したことは、放射線照射前後のフラーレン溶液について質量スペクトル測定を行うことで確認することができる。例えば、フラーレンとしてC60を溶解したフラーレン溶液の場合、放射線照射前では、C60に相当するm/z=720のピークのみが確認される。これに対して放射線照射後では、720のピークが減少し、フラーレン付加体のピークが複数出現する。主なピークとしては、C60に鎖長が異なる複数のアルキル基が付加した化合物に相当するピーク(722+2N)が確認できる。Nは60以下の自然数である。これらは、基油の開裂で生じたアルキルラジカル2個分子がC60に付加したものと考えられる。
一般に、放射線の波長に基づくエネルギーのみからは、例えば、C-C単結合は、波長341nm以下の紫外線で開裂することになる。しかし、現実には炭素原子の熱振動が重畳されるため、341nmよりも長い波長の紫外線でも開裂する。また、十分な開裂分子を生成させられる限り、低エネルギーの放射線の方が好ましい。低エネルギーであれば、基油分子中で開裂する結合個所が限られ、比較的元の基油の分子の部分形状を保った大きな開裂分子となりやすく、得られるフラーレン付加体の基油との親和性が向上すると考えられる。
このような観点から、上記紫外線処理工程で用いる放射線は、開裂分子を生成させるエネルギーを有する放射線であり、具体的には紫外線又は電離放射線であり、好ましくは紫外線である。得られる潤滑油組成物の安定性の観点からは、十分な開裂分子を生成させられる限り、低エネルギーの放射線の方が好ましい。また、工業的な扱いやすさの観点から、上記紫外線は、190nm以上365nm以下の波長を有するのがより好ましく、240nm以上340nm以下の波長を有するのが更に好ましい。
このように生成されたフラーレン付加体は、基油の分子構造の一部を含んでいるため、基油に対する親和性が高く、フラーレンより溶解性に優れると考えられる。そのため、得られる潤滑油組成物中でフラーレン凝集体などの析出が生じにくくなる。即ち、潤滑油組成物としての安定性が向上する。
上記紫外線源としては、一般的な低圧水銀ランプ、UVオゾンランプ、紫外LED、エキシマランプ、キセノンランプなどが挙げられる。
放射線の照射量は、照射エネルギー量として規定できる。つまり、あらかじめ用いる放射線の線量計を用いて、放射線のエネルギー密度(mW/cm)を測定しておき、次に照射時間(秒)及び照射範囲(cm)を定める。これらのことにより、照射する放射線のエネルギー(J)を決定することができる。照射時間は任意に選択できる。例えば、5分以上24時間以下であってもよい。あるいは、0.1秒~1時間や、0.2秒~30分や、0.3秒~3分や、0.5秒から60秒や、1秒から30秒であってもよい。
具体的な照射エネルギー量は、フラーレン溶液1gあたり、目安として、1J以上100J以下が好ましく、1.5J以上60J以下がより好ましく、2J以上20J以下がさらに好ましい。1J以上10J以下や、1J以上8J以下などであってもよい。この範囲であれば、前述の式から得られるフラーレン残存率を、すなわちフラーレン残存率の範囲を、0.1以上0.7以下に調整しやすい。照射は例えば、1回の照射のみを行っても良いし、照射を2回以上に分けて複数回行っても良い。照射は同じ条件で行って良い。照射を複数回に分ける場合、放射線の総エネルギー量が上記範囲内にあることが好ましい。照射回数は任意に選択でき、例えば、1~10回の範囲や、2~5回の範囲であってもよい。ただしこれらの例のみに限定されない。また、目的のフラーレン残存率が得られるまで、照射を1回以上繰り返すことも好ましい。
放射線照射時のフラーレン溶液の温度は、室温付近のままとするなど特に制御しなくてもよいが、前述の熱振動を積極的に重畳することで、特に波長分布のある紫外線源からのより長波長側の有効利用や照射時間の短縮を図ることができる。具体的には、放射線照射時のフラーレン溶液の温度を40℃以上200℃以下にすることが好ましく、60℃以上150℃以下にすることがより好ましく、80℃以上120℃以下にすることがさらに好ましい。
(希釈工程)
さらに、上記溶解工程後、好ましくは上記除去工程後または上記放射線照射工程後、さらに好ましくは上記放射線照射工程後に得られたフラーレン溶液を、所望のフラーレンの濃度又はフラーレン付加体の濃度の潤滑油組成物を得るために、基油で希釈する希釈工程を更に有していてもよい。
上記希釈工程で希釈に用いられる基油としては、上記溶解工程で用いた基油と同種類の基油であってもよいし、あるいは上記溶解工程で用いた基油と異種類の基油でもよい。
フラーレン溶液中のフラーレン付加体の濃度は、上述したフラーレン残存率と、上述のようにHPLCを用いて測定されたフラーレンの濃度とを用いて、目安として下記式より算出できる。
[フラーレン付加体の濃度(質量ppm)]=(1-[フラーレン残存率])×[フラーレンの濃度(質量ppm)]
ただし、上記式で求められる数値は、フラーレン換算の濃度であり、フラーレン溶液中の酸素分子濃度は無視できる程度に十分低いものとする。
本実施形態の潤滑油組成物の製造方法によれば、基油にフラーレンが溶解しているフラーレン溶液に、紫外線又は電離放射線を照射して、フラーレン付加体を生成するので、耐摩耗性を向上することができる潤滑油組成物が得られる。
以上、本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明は特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(フラーレンの濃度測定)
フラーレンの濃度の測定は、高速液体クロマトグラフィー(アジレント・テクノロジー社製、1200シリーズ)を用いた。具体的には、ワイエムシィ社製カラム YMC-Pack ODS-AM(150mm×4.6)を使用し、展開溶媒:トルエンとメタノールの1:1(体積比)混合物を用いて、吸光度(波長309nm)で検出することにより、フラーレン溶液や潤滑油組成物等の試料中のフラーレンの量を定量した。
[実施例1]
(潤滑油組成物の調製)
基油として鉱油(出光興産株式会社製、ダイアナフレシアP46)100gと、フラーレン原料(フロンティアカーボン(株)製nanomTMNP-ST、C60≧99質量%)0.003g(30mg)と、を混合した。得られた混合物を、室温でスターラーを用いて36時間撹拌した。次に、この混合物を目開き0.1μmのメンブランフィルターを通して、濾液を得た。得られた濾液について、フラーレンの濃度を測定したところ、300質量ppmであった。
次に、この濾液を上記基油と同じ鉱油でフラーレンの濃度が30質量ppmとなるように希釈し、フラーレン溶液(潤滑油組成物)を得た。
次に、フラーレン溶液200gを、300mLの石英ガラス製四ツ口ナスフラスコに移し、1つ目の口にリービッヒ冷却管、2つ目の口にシリコーン製セプタムキャップ、3つ目の口に窒素ガス導入管、4つ目の口に溶存酸素計(飯島電子工業社製、B-506)の検出部を、それぞれ取り付けた。
ここで、フラーレン溶液に溶存する酸素ガス濃度を次の手順で測定した。
まず、あらかじめ、n-ドデカン(和光純薬工業株式会社製)100mLを250mLビーカーに取り出し、10分間空気でバブリングし、その後、溶存酸素計を用いて、n-ドデカンの溶液の酸素ガス濃度を基準(飽和度100%)に設定した。
次に、上記四つ口ナスフラスコ内のフラーレン溶液について、溶存酸素計を用いて、飽和酸素濃度を測定した。その結果、フラーレン溶液中の飽和酸素濃度は70%であった。
そして、n-ドデカンの空気中での飽和酸素濃度を73質量ppmとし、この数値と先の70%との積から、フラーレン溶液中の溶存酸素濃度を51質量ppmと算出した。
次に、窒素ガス導入管を通じて、四つ口ナスフラスコの内部に流量1L/分で窒素ガスを注入し、その状態で10分間放置した。これにより、四つ口ナスフラスコの内部を窒素ガス雰囲気とした。
次に、溶存酸素計でフラーレン溶液中の酸素ガス濃度を測定した。その結果、フラーレン溶液中の溶存酸素濃度は3%(2.2質量ppm)であった。
次に、四ツ口ナスフラスコに入れたフラーレン溶液に、四ツ口ナスフラスコの外部から紫外線照射を行った。紫外線照射は、紫外線照射装置(サンエイテック社製、オムニキュアS2000)を用い、フィルターを250nm~450nmとし、照射範囲2cm、紫外線照度計(波長230nm-390nm)を用いて計測しながら出力を1W/cmに調整し、照射タイマーを1分に設定し、1回の照射で60J/cm(フラーレン溶液1gあたり0.6J)のエネルギーを照射できるように設定した。
次に、紫外線照射後ごとに、注射器を用いて、四ツ口ナスフラスコ内部からフラーレン溶液約0.01mlを抜き取り、フラーレンの濃度を測定し、フラーレン残存率を求めた。
3回の紫外線照射(フラーレン溶液1gあたり1.8J)でフラーレン溶液中のフラーレンの濃度が18質量ppm(フラーレン残存率0.6)となったために、四ツ口ナスフラスコからフラーレン溶液を10g取り出し、潤滑油組成物を得た。
さらに、1回の照射でフラーレン溶液1gあたり0.6Jとなるように照射範囲を調整しながら、合計10回(積算10分)、紫外線照射を行い、紫外線照射の都度、上記同様にフラーレンの濃度を測定した。紫外線照射を行った積算時間(分)を横軸とし、フラーレンの濃度(質量ppm)を縦軸としたグラフを作成することで、検量線を得た。結果を図1に示す。尚、検量線は、以下の式で表される。
y = 0.0015x5 - 0.0459x4 + 0.5164x3 - 2.3125x2 - 0.7653x + 30.111
x:紫外線照射時間(分)
y:フラーレンの濃度(質量ppm)
図1に示すような検量線を用いると、あらかじめ目標とするフラーレンの濃度に対して、必要となる紫外線照射時間を予測することができるため、都度フラーレン溶液を抜き取ってフラーレンの濃度を定量するという作業を省略することができ、所望のフラーレンの濃度を有するフラーレン溶液を容易に得ることができる。
(耐摩耗性の評価)
得られた潤滑油組成物について、摩擦摩耗試験機(Anton Paar社製、ボールオンディスクトライボメーター)を用いて、耐摩耗性を評価した。
先ず、基板およびボールを用意し、これらの材質は、高炭素クロム軸受鋼鋼材SUJ2とした。ボールの直径は6mmとした。
基板の一主面に潤滑油組成物を塗布し、潤滑油組成物を介して、基板の一主面上にて、ボールが基板上で円状の軌道を描くように、基板を回転させて、固定されたボールを摺動させた。基板の一主面上におけるボールの速度を50cm/秒、ボールによる基板の一主面に対する荷重を25Nとした。基板の前記一主面上におけるボールの摺動距離が積算1500mの時のボール面の擦り面(円形)を光学顕微鏡で観察し、ボールに形成された擦り面の直径を測定した。擦り面の直径が小さいほど、耐摩耗性が優れるといえる。結果を表1に纏める。実施例1において紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度(FLN濃度)は18質量ppmであり、フラーレンの残存率(FLN残存率)は0.60であり、擦り面の直径は170μmであった。
[実施例2]
5体積%の酸素ガスを含む窒素ガスを用い、また、紫外線照射を3回のみ行った以外は、実施例1と同様にして、潤滑油組成物を得た。
紫外線照射前のフラーレン溶液中の溶存酸素濃度は、8.8質量ppmであり、紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、17質量ppm(フラーレン残存率0.57)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は175μmであった。結果を表1に示す。
[実施例3]
5体積%酸素ガスを含む窒素ガスに代えて、空気を用いたこと以外は、実施例2と同様にして潤滑油組成物を得た。
紫外線照射前のフラーレン溶液の溶存酸素濃度は51質量ppmであり、紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、15質量ppm(フラーレン残存率0.50)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は210μmであった。結果を表1に纏める。
[比較例1]
フラーレンを添加しなかったこと、また、紫外線照射を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物(すなわち、基油のみ)の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。結果を表1に纏める。
[比較例2]
フラーレンを添加しなかったこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物(すなわち、紫外線を照射した基油)の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。結果を表1に纏める。
[比較例3]
紫外線照射をしなかったこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。潤滑油組成物のフラーレンの濃度は、30ppmであった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。結果を表1に纏める。
Figure 0006995281000001
表1の結果から、比較例1のように基油のみでは耐摩耗性が低いことが分かった。比較例1と比較例2の比較から、紫外線を照射した基油(比較例2)では、基油のみ(比較例1)よりも耐摩耗性が更に低くなることが分かった。
また、フラーレンを添加して紫外線照射を行わなかった比較例3では、耐摩耗性は、基油のみ(比較例1)の場合よりも向上した。
これに対して、実施例1~3と比較例3とを比較すると、紫外線を照射した実施例1~3の方が、比較例1よりもさらに耐摩耗性が向上することが分かった。
すなわち、前述の比較例1と比較例2の比較では、基油にフラーレンを添加しない場合、紫外線照射を行うと耐摩耗性が低下するのに対し、実施例1~3と比較例1との比較では、基油にフラーレンを添加した場合、紫外線照射を行うと耐摩耗性が向上することが分かる。
また、実施例1~3ではフラーレン溶液中の酸素ガス濃度が低くなるほど、耐摩耗性が向上していることが分かった。
[実施例4]
四ツ口ナスフラスコの底部をオイルバスに浸漬させ、フラーレン溶液を50℃で加熱して紫外線照射を3回行ったこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、15質量ppm(フラーレン残存率0.50)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は160μmであった。結果を表2に纏める。
[実施例5]
フラーレン溶液を100℃で加熱したこと以外は、実施例4と同様にして潤滑油組成物を得た。紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、10質量ppm(フラーレン残存率0.33)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は150μmであった。結果を表2に纏める。
[実施例6]
フラーレン溶液を160℃で加熱したこと以外は、実施例4と同様にして潤滑油組成物を得た。紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、5質量ppm(フラーレン残存率0.17)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は165μmであった。結果を表2に纏める。
Figure 0006995281000002
実施例4~6と実施例1とを比較すると、紫外線照射時間を一定にした場合、フラーレン溶液を加熱すると耐摩耗性が向上することが分かった。換言すれば、同等の耐摩耗性を得る場合には、加熱を行うことにより紫外線照射の時間を短縮することができる。
また、実施例4~6において、加熱時間等、加熱温度以外の加熱条件は同じ条件である。実施例5と、実施例4,6とを比較すると、実施例5が最も耐摩耗性に優れており、最適な温度範囲があることが分かった。これは、加熱温度を高くすると耐摩耗性が向上するが、加熱温度をある程度以上高くした場合、前述の熱振動をそれ以上重畳しても、照射された紫外線のうちの長波長側の紫外線が利用し尽されている状態となり、また、さらに高温にすると、基油の使用される上限温度に近づく(あるいは超える)ので、その結果基油の変質の原因となり、潤滑油組成物の潤滑性を低下させると考えられる。
[実施例7]
紫外線照射の回数を2回としたこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、22質量ppm(フラーレン残存率0.73)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は200μmであった。結果を表3に纏める。
[実施例8]
紫外線照射の回数を7回としたこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、4質量ppm(フラーレン残存率0.13)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は160μmであった。結果を表3に纏める。
[実施例9]
紫外線照射の回数を9回としたこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。フラーレン溶液の照射後のフラーレンの濃度は、1質量ppm(フラーレン残存率0.03)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は190μmであった。結果を表3に纏める。
Figure 0006995281000003
実施例7~9と実施例1との比較から、照射エネルギーが一定の場合、紫外線照射時間を変化させると、耐摩耗性が変化することが分かった。また、紫外線照射時間が適度な範囲であると、特に良好な耐摩耗性が得られることが分かった。この目安として、フラーレン残存率が0.1以上0.7以下の範囲となるように紫外線照射時間を制御することが好ましい。
[実施例10]
放射線源として、紫外線照射装置の代わりに低圧水銀UVランプ(セン特殊光源社製、型式UVL20PH-6)を用いて、より短波長である波長185nmを含む紫外線を20秒間で2回照射したこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。尚、紫外線は、四ツ口ナスフラスコに入れたフラーレン溶液に、四ツ口ナスフラスコの外部から照射した。紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、22質量ppm(フラーレン残存率0.73)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は190μmであった。結果を表4に纏める。
[実施例11]
放射線源として、紫外線照射装置の代わりにエックス線照射装置(トーレック社製、RIX-250C-2)を用いて、電離放射線であるX線(波長10nm以下)を480秒間照射したこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。尚、X線は、四ツ口ナスフラスコに入れたフラーレン溶液に、四ツ口ナスフラスコの外部から照射した。X線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、22質量ppm(フラーレン残存率0.73)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は195μmであった。結果を表4に纏める。
Figure 0006995281000004
実施例10~11と実施例1とを比較すると、実施例1の耐摩耗性は、より短波長の紫外線あるいはX線を用いた実施例10~11の耐摩耗性よりも良好である。このことから、潤滑油組成物の製造工程中に用いる放射線は、十分な開裂分子を生成させられる限り、波長に基づくエネルギーが低い放射線の方が好ましい。
ただし、実施例10~11と比較例3とを比較すると、放射線を照射していない比較例3の潤滑油組成物に対し、放射線源として、波長に基づくエネルギーがより高いX線を用いた実施例10~11の潤滑油組成物は十分に高い耐摩耗性を発現した。このように高エネルギーの放射線を照射しても耐摩耗性が低下しないことから、本実施形態の潤滑油組成物を宇宙や原子炉設備などで用いても、優れた耐摩耗性を実現できると考えられる。
[実施例12]
紫外線照射前のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度を90質量ppmとしたこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、59質量ppm(フラーレン残存率0.66)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は180μmであった。結果を表5に纏める。
[実施例13]
紫外線照射前のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度を250質量ppmとしたこと以外は、実施例12と同様にして潤滑油組成物を得た。紫外線照射後のフラーレン溶液中のフラーレンの濃度は、220質量ppm(フラーレン残存率0.88)であった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性を実施例1と同様に評価した。擦り面の直径は190μmであった。結果を表5に纏める。
Figure 0006995281000005
実施例12~13と実施例1とを比較すると、潤滑油組成物中のフラーレンの濃度が高くても、発現する耐摩耗性は大きく低下していない。すなわち、潤滑油組成物中にフラーレンが過剰に含有されていても、潤滑油組成物の耐摩耗性に与える影響は小さい。よって、基油の開裂が生じやすい過酷な環境下で使用する場合、その開裂分子をより多く補捉するために、潤滑油組成物の安定性に影響を与えない範囲で、フラーレン溶液中のフラーレンの濃度を高くすることができる。
本実施形態の潤滑油組成物は、工業用ギヤ油;油圧作動油;圧縮機油;冷凍機油;切削油;圧延油、プレス油、鍛造油、絞り加工油、引き抜き油、打ち抜き油等の塑性加工油;熱処理油、放電加工油等の金属加工油;すべり案内面油;軸受け油;錆止め油;熱媒体油等の各種油に適している。
また、本実施形態の潤滑油組成物は、放射線が照射される宇宙空間や原子炉設備で使用される装置、機器類に有用であり、宇宙機、ロケット、探査機、宇宙ステーション、衛星等に搭載される装置あるいは機器の摺動部、又は、原子炉本体、原子炉冷却系統設備、計測制御系統設備、燃料設備、放射線管理設備、廃棄設備、原子炉格納施設、補助ボイラー等を構成する装置あるいは機器の摺動部において、金属部分が傷付いたり、摩耗したりするのを長期的に抑制するために極めて有用である。

Claims (13)

  1. 基油にフラーレンが溶解しているフラーレン溶液に放射線を照射して、フラーレン付加体を生成する放射線照射工程を含み、
    前記放射線は、紫外線又は電離放射線であ
    前記放射線の照射を、前記放射線照射工程前の前記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度に対する、前記放射線照射工程後の前記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度の比が0.1以上0.7以下となるまで行う、
    潤滑油組成物の製造方法。
  2. 基油にフラーレンが溶解しているフラーレン溶液に放射線を照射して、フラーレン付加体を生成する放射線照射工程を含み、
    前記放射線は、紫外線又は電離放射線であ
    前記放射線照射工程は、前記放射線を2~9回照射する、
    潤滑油組成物の製造方法。
  3. 前記放射線の照射を、前記放射線照射工程前の前記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度に対する、前記放射線照射工程後の前記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度の比が0.1以上0.7以下となるまで行う、請求項2に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  4. 前記フラーレン溶液から不溶成分を除去する除去工程を更に有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  5. 前記放射線照射工程において、前記放射線の照射を非酸化性雰囲気下で行う、請求項1~4のいずれか一項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  6. 前記フラーレン溶液中の酸素ガス濃度を10質量ppm以下にして、前記放射線の照射を行う、請求項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  7. 前記放射線は、紫外線である、請求項1~のいずれか1項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  8. 前記紫外線は、190nm以上365nm以下の波長を有する、請求項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  9. 前記フラーレンが、C60、C70又はそれらの混合物を含む、請求項1~のいずれか1項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  10. 前記放射線照射工程は、前記フラーレン溶液の温度を40℃以上200℃以下に制御しながら前記放射線を照射する、請求項1~のいずれか1項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  11. 前記放射線照射工程において、前記フラーレン溶液は容器内に収容されており、
    前記放射線照射工程は、前記容器外部から前記放射線を照射する、請求項1~10のいずれか1項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  12. 前記放射線照射工程は、前記フラーレン溶液1gに対し、1J以上100J以下の照射エネルギーで前記放射線を照射する、請求項1~11のいずれか1項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
  13. 請求項1に記載の方法で製造される潤滑油組成物であって、
    基油とフラーレン付加体とフラーレンとを含
    前記フラーレン付加体の付加基は、基油を構成する分子構造の一部を有する、
    潤滑油組成物。
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