以下、図面を参照して本発明の実施例1〜8について詳細に説明する。なお、同一の要素については、全ての図において、原則として同一の符号を付している。また、同一の機能を有する部分については、重複する説明を省略する。以下の実施例および変形例は、矛盾しない範囲で、その一部または全部を組合せてもよい。
図1は、実施例1の永久磁石同期機駆動システムの構成例を表すブロック図である。実施例1の永久磁石同期機駆動システムは、制御対象である永久磁石同期機103と、永久磁石同期機103を駆動する電力変換器102と、電力変換器102を制御する制御器101と、永久磁石同期機103のトルク指令値Tm*を発生する指令発生器105と、永久磁石同期機103に流れる電流を検出する相電流検出部121を備える。
電力変換器102は、電力変換器102に電力を供給する入力端子123a、123bと、6個のスイッチング素子Sup〜Swnで構成される主回路部132と、主回路部132を直接駆動するゲート・ドライバ133と、電力変換器102の過電流保護用に取り付けた直流抵抗器134と、平滑用コンデンサ131を備える。電力変換器102は、制御器101が生成したゲート指令信号に基づいて、入力端子123a、123bから供給される直流電力を三相交流電力に変換して、三相交流電力を永久磁石同期機103に供給する。
相電流検出部121は、電力変換器102から永久磁石同期機103に流れる交流電流iu、iwを検出する。相電流検出部121は、たとえばホール素子を用いた電流センサにより実現される。なお、図1の相電流検出部121は2相検出による交流電流検出の構成としているが、3相検出としてもよい。また、相電流センサを用いず、電力変換器102の過電流保護用に取り付けられた直流抵抗器134を流れる電流値から推定される交流電流値を用いてもよい。
指令発生器105は、永久磁石同期機103へ入力するトルク指令値Tm*を発生する、制御器101の上位に位置する制御器である。制御器101は、指令発生器105のトルク指令値Tm*に基づき、永久磁石同期機103の発生トルクを制御する。この上位の制御器としては、例えば、永久磁石同期機103に流れる電流を制御する場合には電流制御器が用いられ、あるいは回転速度や位置を制御する場合には速度制御器や位置制御器が用いられる。本実施例ではトルクの制御を行うことを目的としているためトルク制御器として動作している。
制御器101は、ベクトル制御部111と、位置・速度推定演算部112と、三相座標変換部113と、dq座標変換部114と、PWM信号制御器115と、電流検出部116と、重畳電圧演算部117を備える。制御器101は、永久磁石同期機103を流れる交流電流iu、iwの検出値である交流電流検出値Iu、Iwと、指令発生器105からのトルク指令値Tm*とに基づいた電流制御系と位相制御系の演算結果から、電力変換器102のスイッチング素子を駆動するためのゲート指令信号を生成し、電力変換器102のゲート・ドライバ133に供給する。
図2は、実施例1の永久磁石同期機の制御において使用される座標系と記号の定義を示す図である。図2において、a軸とb軸で定義されるab軸座標系は、永久磁石同期機103の固定子巻線の位相を表す固定子座標系であり、a軸は一般的に永久磁石同期機103のu相巻線位相が基準にとられる。d軸とq軸で定義されるdq軸座標系は、永久磁石同期機103の回転子の磁極位置を表す回転子座標系であり、永久磁石同期機103の回転子磁極位置と同期して回転する。永久磁石同期機の場合、d軸は一般的に回転子に取り付けられた永久磁石による磁極のN極方向が基準にとられ、d軸は磁極軸とも呼ばれる。
dc軸とqc軸で定義されるdc−qc軸座標系は、永久磁石同期機103の回転子磁極位置の推定位相、すなわち制御器101がd軸、q軸方向と想定している座標系であり、制御軸とも呼ばれる。p軸とz軸で定義されるpz軸座標系は、高周波電圧指令を重畳する位相を表す座標系である。なお、各座標系において組み合わされる座標軸同士はいずれも互いに直交している。
上記の各座標系において、図2に示すように、a軸を基準としたd軸、dc軸、p軸の各軸の位相をθd、θdc、θpとそれぞれ表す。また、d軸に対するdc軸の偏差をΔθc、dc軸に対するp軸の偏差をΔθpdとそれぞれ表す。
図1において、ベクトル制御部111は、指令発生器105のトルク指令値Tm*に基づいて演算されたdc−qc軸座標系上の電流指令値Idc*、Iqc*と、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcを一致させるべく電流制御を行い、演算結果としてdc軸電圧指令値Vdc*およびqc軸電圧指令値Vqc*を出力する。
位置・速度推定演算部112は、ベクトル制御部111が出力したdc軸電圧指令値Vdc*およびqc軸電圧指令値Vqc*と、重畳電圧演算部117が出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*と、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcに基づいて、永久磁石同期機103の駆動周波数推定値ωr^と制御位相θdcを演算し、出力する。
三相座標変換部113は、ベクトル制御部111が出力したdc軸電圧指令値Vdc*およびqc軸電圧指令値Vqc*に、重畳電圧演算部117が出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*を加算したdc軸電圧指令値Vdc**およびqc軸電圧指令値Vqc**を、位置・速度推定演算部112が出力した制御位相θdcに基づいて三相交流電圧指令Vu*、Vv*、およびVw*に変換し、PWM信号制御器115に出力する。
dq座標変換部114は、電流検出部116が出力した三相電流検出値Iu、Iv、およびIwを、位置・速度推定演算部112が出力した制御位相θdcに基づいてdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcに変換し出力する。
PWM信号制御器115は、任意のキャリア周波数fcと平滑用コンデンサ131の電圧検出値Ecfに基づいて三角波キャリアを生成し、その三角波キャリアと三相交流電圧指令Vu*、Vv*、Vw*に基づく変調波との大小比較を行い、パルス幅変調を実施する。このパルス幅変調の演算結果にて生成されたゲート指令信号によって、電力変換器102のスイッチング素子をオン/オフ制御する。また、PWM信号制御器115は、電流検出部116の電流検出タイミングを決定する電流検出タイミング設定信号SAHを出力する。電流検出タイミング設定信号SAHは、例えば、三角波キャリアとする。
電流検出部116は、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、相電流検出部121が検出した交流電流iu、iwから三相電流検出値Iu、Iv、Iwを演算し、dq座標変換部114に出力する。
重畳電圧演算部117は、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcと、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、永久磁石同期機103に高周波電流(脈動電流)を発生させるためのdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*を演算し出力する。
図3は、実施例1の位置・速度推定演算部の構成例を表すブロック図である。図3に示すように位置・速度推定演算部112は、磁極極性判定部201と、軸誤差推定演算部202と、速度推定演算部203と、位置推定演算部204を備える。位置・速度推定演算部112は、永久磁石同期機103の回転子磁極位相であるd軸と制御位相であるdc軸を一致(同期)させるべく、位相制御を行う。
軸誤差推定演算部202は、ベクトル制御部111が出力したdc軸電圧指令値Vdc*およびqc軸電圧指令値Vqc*と、重畳電圧演算部117が出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*と、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcと、速度推定演算部203が出力した駆動周波数推定値ωr^に基づいて、d軸とdc軸の偏差となる軸誤差推定値Δθc^を演算し、速度推定演算部203に出力する。
速度推定演算部203は、軸誤差推定演算部202が出力した軸誤差推定値Δθc^に基づいて、永久磁石同期機103の駆動周波数推定値ωr^を演算し出力する。
位置推定演算部204は、速度推定演算部203が出力した駆動周波数推定値ωr^に基づいて、永久磁石同期機103の回転子磁極位置の推定位相である基準制御位相θdc0を演算し出力する。さらに、位置・速度推定演算部112では、磁極極性判定部201が出力した磁極極性補正位相θpnを基準制御位相θdc0に加算して、制御位相θdcを出力する。
制御器101の位相制御系が位置センサ類を用いずにd軸とdc軸を同期させる手法については、“電気学会論文誌D、Vol.124、No.11、「家電機器向け位置センサレス永久磁石同期モ−タの簡易ベクトル制御」”(以下、従来技術文献1という)に示されているような永久磁石同期機の速度起電力を利用した磁極位置推定手段がある。
また、永久磁石同期機が停止している状態や速度起電力が観測できないほど小さい回転速度が低い状態では、特許第5351859号公報(以下、従来技術文献2という)に示しているような高周波電圧を重畳し永久磁石同期機のロータの突極性を利用してd軸とdc軸を同期させる磁極位置推定手段がある。
このうち、永久磁石同期機のロータの突極性を利用した磁極位置推定においては、磁極の極性方向については判別できないため、d軸とdc軸が180度ずれた方向が磁極位相と誤って推定されるおそれがあるため、永久磁石同期機の磁極の極性判別手段が必要となる。
従来技術の磁極の極性判別手段では、永久磁石同期機のd軸方向に交番電圧を印加して流れるd軸電流の正の値と負の値を大小比較したり、もしくは正方向のd軸電流の増加に対するd軸インダクタンスと負方向のd軸電流の増加に対するd軸インダクタンスを大小比較したりして、その大小比較した結果から磁極のN極方向を判別している。
一般的な埋込磁石形の永久磁石同期機では、d軸電流の増加に対して、d軸インダクタンス値Ldが単調減少する磁気飽和特性となる。一方で、従来技術文献2に示しているような永久磁石同期機においては、d軸インダクタンスがd軸電流に対して、正の方向に極大点Ldpを持ち、極大点Ldpよりもd軸電流を大きくすると、d軸インダクタンス値Ldが単調減少するような磁気飽和特性となることがある。つまり、d軸方向に交番電圧を印加したときに流れるd軸電流やd軸インダクタンスの正側と負側の値の大小関係は、永久磁石同期機の構造によって磁気飽和特性が顕在化する磁路が異なるため一意に決まらないことが知られている。
したがって、従来技術の極性判別手段では、予め、d軸電流のN極方向に電流増加に対してd軸インダクタンス特性が単調減少するのか、それとも極大点を有するのか把握しておかなければならず、汎用インバータのようにd軸インダクタンス特性が未知の永久磁石同期機が接続され、制御する場合には極大点の有無によって磁極の極性判別に失敗し、逆転するおそれがあった。
実施例1は、永久磁石同期機の磁極の極性判別に係り、永久磁石同期機のd軸インダクタンス特性が、d軸電流のN極方向の電流増加に対して単調減少するようなLd特性を持つ永久磁石同期機であっても、d軸電流のN極方向の電流増加に対して極大点を有するようなLd特性を持つ永久磁石同同期機であっても、磁極のN極方向を誤判別しない極性判別手段を提供する。
図4は、実施例1の磁極極性判定部の構成例を表すブロック図である。図4に示すように磁極極性判定部201は、インダクタンス演算部210と、極性判別・反転処理部215とを備え、インダクタンス演算部210は、第一のインダクタンス演算部211と、第二のインダクタンス演算部212と、第三のインダクタンス演算部213と、第四のインダクタンス演算部214とを備える。
磁極極性判定部201では、第一のインダクタンス演算部211にて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcの正の電流値と、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対する第一のインダクタンス値Ldc1+を演算し、極性判別・反転処理部215に出力する。
また、第二のインダクタンス演算部212にて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcの第一のインダクタンス値Ldc1+とは異なる正の電流値と、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対する第二のインダクタンス値Ldc2+を演算し、極性判別・反転処理部215に出力する。
さらに、第三のインダクタンス演算部213にて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcの負の電流値と、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対する第三のインダクタンス値Ldc1−を演算し、極性判別・反転処理部215に出力する。
さらに、第四のインダクタンス演算部214にて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcの第三のインダクタンス値Ldc1−とは異なる負の電流値と、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対する第四のインダクタンス値Ldc2−を演算し、極性判別・反転処理部215に出力する。
そして、極性判別・反転処理部215にて、dc−qc軸座標系上の正の値の電流変化に対する第一のインダクタンス値Ldc1+と第二のインダクタンス値Ldc2+の偏差量ΔLdc+と、dc−qc軸座標系上の負の値の電流変化に対する第三のインダクタンス値Ldc1−と第四のインダクタンス値Ldc2−の偏差量ΔLdc−を演算する。さらに、偏差量ΔLdc+と偏差量ΔLdc−の絶対値を演算し、インダクタンスの偏差量の絶対値が大きい側を永久磁石同期機103のN極方向(d軸方向)と判定する。極性判別・反転処理部215は、ロータ鉄心の磁気飽和特性を利用して永久磁石同期機103の回転子磁極のN極方向を判別し、その結果、位置推定演算部204で推定した回転子磁極位置が180度ずれている場合には、制御位相θdcを反転させるため磁極極性補正位相θpnは180度を出力する。極性判別の結果、回転子の磁極のN極方向が制御位相θdcとずれていない場合には、磁極極性補正位相θpnは0度を出力する。
図5は、実施例1の重畳電圧演算部の構成例を表すブロック図である。図5に示すように重畳電圧演算部117は、交流電圧成分印加部701と、重畳電圧位相補正テーブル702と、dq座標変換部703とを備える。
交流電圧成分印加部701は、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*、z軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を演算し、dq座標変換部703に出力する。
重畳電圧位相補正テーブル702は、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcに基づいて、永久磁石同期機103に脈動電流を発生させるための電圧指令を重畳する座標系であるp軸と制御座標系のdc軸の偏差量Δθpdを演算し、dq座標変換部703に出力する。
dq座標変換部703は、交流電圧成分印加部701が出力したp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*、z軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を、重畳電圧位相補正テーブル702が出力したp軸とdc軸の偏差量Δθpdに基づいてdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に変換し出力する。
図6は、実施例1の交流電圧成分印加部の構成例を表すブロック図である。図6に示すように交流電圧成分印加部701は、交流波形発生器711および713と、交流電圧波形の振幅の大きさを切り替える切替器712および714と、交流波形発生器711および713の出力値と切替器712および714の出力値をそれぞれ乗算して出力する乗算器804、805を備える。
交流電圧成分印加部701は、交流波形発生器711および713が電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて永久磁石同期機103に脈動電流を発生させるためのp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を出力する。また、切替器712および714は、pz軸座標系上に重畳するp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*の振幅を制御する切替器である。乗算器804、805にて、交流波形発生器711および713が出力したp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*と、切替器712および714が出力したp軸交流電圧成分振幅指令Kp−ac_amp*およびz軸交流電圧成分振幅指令Kz−ac_amp*と、をそれぞれ乗算して、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*、z軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を出力する。
次に、実施例1の磁極極性判定の具体的な動作について説明する。図7は、実施例1の重畳電圧演算部のSW動作と出力電圧波形の関係を例示したグラフである。図7において、図7(a)は、交流電圧成分印加部701において交流波形発生器711および713が発生する矩形波信号の周期を決める電流検出タイミング設定信号SAHの波形例を示している。図7(b)は、交流波形発生器711から出力されるp軸交流電圧波形Sp−ac*の波形例を示している。図7(c)は、交流波形発生器713から出力されるz軸交流電圧波形Sz−ac*の波形例を示している。図7(d)は、切替器712のスイッチング指令SW1の切替例を示している。図7(e)は、切替器714のスイッチング指令SW2の切替例を示している。図7(f)は、乗算器804の演算結果であるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図7(g)は、乗算器805の演算結果であるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図7(h)は、実施例1の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形例を示している。なお、本実施例では、交流波形発生器711および713から出力されるp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を矩形波としたが、正弦波を用いてもよい。
図8は、実施例1の磁極極性判定部の入力信号とd軸電流の電流検出点を例示したグラフである。図8において、図8(a)は、交流電圧成分印加部701から出力されるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図8(b)は、交流電圧成分印加部701から出力されるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図8(c)は、重畳電圧位相補正テーブル702から出力されるp軸とdc軸の偏差量Δθpdの波形例を示している。図8(d)は、重畳電圧演算部117から出力されるdc軸重畳電圧指令値Vdh*の波形例を示している。図8(e)は、重畳電圧演算部117から出力されるqc軸重畳電圧指令値Vqh*の波形例を示している。図8(f)は、実施例1の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形とd軸インダクタンスの演算に用いる電流検出値のサンプル点の例を示している。
図7および図8を参照して、実施例1の重畳電圧演算部117と磁極極性判定部201の動作および磁極の極性判別手法を説明する。なお、図7および図8の波形例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとした。
重畳電圧演算部117は、交流波形発生器711および713にて、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、p軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を演算し、切替器712および714のスイッチング状態を操作することで、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*、z軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を制御している。
図7において、図7(d)の切替器712のスイッチング指令SW1を、振幅指令に0が設定された状態2から、振幅指令に第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1が設定された状態1に切り替えることで、図7(f)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*に電圧振幅がVp−ac_amp1の矩形波電圧指令が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW1を状態1から状態2に切り替え、図7(f)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の出力を一度0にする。
さらに、スイッチング指令SW1を状態2から、振幅指令に第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1とは異なる第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2が設定された状態3に切り替えることで、図7(f)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*に電圧振幅がVp−ac_amp2の矩形波電圧指令が出力される。そして、任意の時間が経過後、スイッチング指令SW1を状態3から状態2に切り替え、図7(f)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の出力を0にする。
なお、本実施例では、図7(e)のスイッチング指令SW2を常に、振幅指令に0が設定された状態2にしておくことで、図7(g)のz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*(z軸)の出力を0にしている。また、本実施例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとしているため、p軸とdc軸は一致しており、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*と、dc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*は同一波形となる。重畳電圧演算部117が出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*によって、図7(h)のような振幅の異なる脈動電流を永久磁石同期機に流すことができる。
磁極極性判定部201は、重畳電圧演算部117が出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって永久磁石同期機103に流れたd軸の脈動電流からd軸インダクタンスを推定演算し、その演算結果から永久磁石同期機103の磁極極性を判別し、磁極極性補正位相θpnを出力する。
図8において、前述したとおり、図8(d)で示したdc軸重畳電圧指令値Vdh*と図8(e)で示したqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって、永久磁石同期機103には図8(f)で示したようにd軸電流idに振幅の異なる脈動電流が発生する。
磁極極性判定部201のインダクタンス演算部210では、電流検出部116にて所定のタイミングでサンプリングされたdc軸電流検出値Idcからd軸インダクタンス値を演算する。図8(f)に、実施例1の磁極の極性判別に必要なdc軸電流検出値Idcのサンプリング点を例示した。本実施例では、例えば、d軸インダクタンス値を演算するためのdc軸電流検出値Idcのサンプリングは、電流検出タイミング設定信号SAHを三角波キャリアとして、その三角波キャリアの山谷周期としている。
まず、第一のインダクタンス演算部211において、図8(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc10+、Idc1+から、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対する第一のインダクタンス値Ldc1+を演算する。第一のインダクタンス値Ldc1+は、例えば、以下の式(1)にて演算されるものとする。
なお、式(1)のdc軸電流の変化量ΔIdc1+を演算するのに、図8(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc10+とIdc1+の偏差を用いたが、Idc1+の電流値のみでdc軸電流の変化量ΔIdc1+と代用してもよい。なお、後述のdc軸電流の変化量ΔIdc1−、ΔIdc2+、ΔIdc2−も同様である。
また、式(1)の磁束の変化量ΔΦdc1+は、電流の変化量ΔIdc1+を与えたときの磁束の変化量であり、以下の式(2)にて演算することができる。
なお、PWM制御型の電力変換器を用いた場合、磁束の変化量ΔΦdは、電流の変化量ΔIdc1+を与えたときの、電力変換器の入力端子123a、123bに供給される直流電圧が三相交流電圧に変換されて印加される電圧Vの印加時間Δtに比例するため、直流電圧の大きさが同一であればdc軸重畳電圧指令値Vdh*から磁束の変化量ΔΦdを推定演算可能である。
より具体的には、例えば、dc軸電圧指令値Vdc**およびqc軸電圧指令値Vqc**がPWM変調されることを考慮すると、PWM制御型の電力変換器の直流電圧をEdc、dc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づく電力変換器による直流電圧印加時間ΔTvhを算出することで、以下の式(3)にて磁束の変化量ΔΦdcを推定演算することができる。
ここで、式(3)の換算係数Kconvは、電力変換器から出力されるPWM電圧を三相固定座標系からdq軸回転座標系への座標変換に伴う換算係数である。例えば、PWM制御型の電力変換器が2レベルインバータで、三相固定座標系からdq軸回転座標系への座標変換に相対変換を用いた場合、係数Kconvには2/3を用いればよい。したがって、換算係数Kconvは電力変換器の構成や高周波電圧を印加する際の電力変換器のスイッチング方法、および電力変換器を制御する際に用いる座標変換の変換方法によって設定値を変更する必要がある。ただし、この換算係数Kconvは、正確にインダクタンスの値を算出するためには重要な設定値であるが、実施例1の極性判別手段ではN極方向とS極方向のインダクタンスの変化量の絶対値を大小比較することから、最終的にこの換算係数Kconvはキャンセルされてしまうため、換算係数Kconvは0より大きい値を用いてもよい。
次に、第三のインダクタンス演算部213において、図8(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc10−、Idc1−から、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対する第三のインダクタンス値Ldc1−を演算する。第三のインダクタンス値Ldc1−は、例えば、以下の式(4)にて演算されるものとする。
次に、第二のインダクタンス演算部212において、図8(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc20+、Idc2+から、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対する第二のインダクタンス値Ldc2+を演算する。第二のインダクタンス値Ldc2+は、例えば、以下の式(5)にて演算されるものとする。
次に、第四のインダクタンス演算部214において、図8(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc20−、Idc2−から、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対する第四のインダクタンス値Ldc2−を演算する。第四のインダクタンス値Ldc2−は、例えば、以下の式(6)にて演算されるものとする。
インダクタンス演算部210は、第一から第四のインダクタンスの演算結果であるLdc1+、Ldc2+、Ldc1−、Ldc2−を極性判別・反転処理部215に出力する。
極性判別・反転処理部215では、第一のインダクタンス値Ldc1+と第二のインダクタンス値Ldc2+の偏差量ΔLdc+を演算する。偏差量ΔLdc+は、例えば、以下の式(7)にて演算されるものとする。
さらに、第三のインダクタンス値Ldc1−と第四のインダクタンス値Ldc2−の偏差量ΔLdc−を演算する。偏差量ΔLdc−は、例えば、以下の式(8)にて演算されるものとする。
正の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc+の絶対値|ΔLdc+|と、負の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc−の絶対値|ΔLdc−|をそれぞれ演算し、絶対値|ΔLdc+|と|ΔLdc−|の大小関係を比較し、インダクタンスの偏差量の絶対値が大きい側を永久磁石同期機103のN極方向(d軸方向)と判定する。
例えば、極性判別演算の結果、インダクタンスの偏差量の絶対値が|ΔLdc+|>|ΔLdc−|の大小関係が得られた場合、永久磁石同期機の回転子磁極のN極方向(d軸方向)と、制御位相θdc(dc軸)は180度ずれていないこととなり、磁極極性判定部201の磁極極性補正位相θpnには0度が出力される。反対に、インダクタンスの偏差量の絶対値が|ΔLdc+|<|ΔLdc−|の大小関係が得られた場合、永久磁石同期機の回転子磁極のN極方向(d軸方向)と、制御位相θdc(dc軸)は180度ずれていることとなり、磁極極性判定部201の磁極極性補正位相θpnには180度が出力される。
次に、実施例1の効果について図9および図10を用いて説明する。図9は、N極方向の電流増加に対して磁石磁束方向のインダクタンスが単調減少するような特性を有する永久磁石同期機において、実施例1のインダクタンス演算部210が出力するインダクタンス値を例示したグラフである。図9に示すとおり、インダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc+|と|ΔLdc−|の大小関係を比較すると、N極方向のインダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc+|が大きくなることがわかる。
また、図10は、N極方向の電流増加に対して磁石磁束方向のインダクタンスが極大点を有して単調減少するような特性を有する永久磁石同期機において、実施例1のインダクタンス演算部210が出力するインダクタンス値を例示したグラフである。図10に示すとおり、d軸インダクタンスの磁気飽和特性に極大点を持つような永久磁石同期機の場合でも、インダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc+|と|ΔLdc−|の大小関係を比較すると、N極方向のインダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc+|が大きくなることがわかる。
したがって、本実施例のように、正の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc+と、負の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc−の絶対値|ΔLdc+|、|ΔLdc−|をそれぞれ演算し、絶対値|ΔLdc+|と|ΔLdc−|の大小関係を比較すれば、絶対値が大きい側に永久磁石同期機のN極方向(d軸方向)が存在し、前述した図9や図10のような永久磁石同期機のd軸インダクタンスの磁気飽和特性の違いによる磁極の極性判別に失敗するおそれがなくなる。また、d軸電流変化に対するd軸インダクタンスの単調減少や極大点による増加の磁気飽和特性のどちらも利用できるため、必要最小限のd軸電流で極性判別が実施可能となる。
最後に、実施例1による永久磁石同期機の初期磁極位置推定のシミュレーション動作波形例を示し、実施例1の具体的な効果について説明する。
図11は、永久磁石同期機の初期磁極位置推定フローを例示したグラフである。図11において、(a)は永久磁石同期機103の駆動周波数ωr、(b)は交流電圧成分印加部701から出力されるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*、(c)はdq座標変換部114から出力されるdc軸電流検出値Idc、(d)はdq座標変換部114から出力されるqc軸電流検出値Iqc、(e)は永久磁石同期機103の回転子磁極位置θdおよび永久磁石同期機103の回転子磁極位置を推定した制御位相θdc、(f)は永久磁石同期機103の回転子磁極位置θdと制御位相θdcの偏差量Δθerrの波形例を示している。なお、図11のシミュレーション動作波形例では、交流電圧成分印加部701から出力されるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を0、重畳電圧位相補正テーブル702から出力されるp軸とdc軸の偏差量Δθpdを0としたため、動作波形の例示を省略する。また、印加するp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の振幅値は、突極性利用時には電流リプルの大きさが永久磁石同期機の定格電流の約0.1p.u.、磁気飽和利用時には定格電流の約0.9p.u.となるよう調整した値を用いたが、重畳する電流リプルは任意の大きさに調整可能である。また、図11のシミュレーション動作波形例では、永久磁石同期機103が始動するまでの初期磁極位置推定に要する時間を約150msに設定しているが、実用上は更なる推定時間の短縮が可能である。
永久磁石同期機の初期磁極位置推定は、まず、永久磁石同期機に高周波電圧を印加して電流リプルを発生させ、永久磁石同期機の突極性による電流変化を利用して軸誤差推定値Δθc^を推定演算し、それが零になるようにPLL(Phase Locked Loop)制御することで磁極位置を推定する。そして、突極性利用形では永久磁石同期機の磁極の極性が判別できないため、最終的に磁気飽和特性を利用した極性判別を実施して初期磁極位置を推定する。なお、図11では、突極性を利用した磁極位置推定と、磁気飽和現象を利用した極性判別を実施する期間とで印加する高周波電圧の振幅を変更している。これは、永久磁石同期機が始動する前で負荷電流が流れていない場合、駆動時と比べて突極比が大きいため、磁気飽和特性を利用する場合に比べ少ない電流リプルの重畳で軸誤差推定値Δθc^を演算できる。一方、極性判別時には磁気飽和特性を精度よく抽出するために極性判別用に重畳する電流リプルの大きさを増やしている。また、図11は、永久磁石同期機が停止した状態から初期磁極位置推定による永久磁石同期機の始動のシミュレーション動作波形例を示したが、永久磁石同期機が回転している状態(惰行運転状態)からの初期磁極位置推定についても同様の手順で実施可能である。
さらに、永久磁石同期機の初期磁極位置推定において、従来の極性判別法を用いた場合と実施例1の極性判別法を用いた場合のシミュレーション動作波形例を示し、初期磁極位置推定結果の違いを詳しく説明する。なお、ここでの永久磁石同期機の磁気飽和特性は、図10で示したようなN極方向の電流増加に対して磁石磁束方向のインダクタンスが極大点を有して単調減少するような特性を有する場合を例に説明する。
図12は、従来の極性判別法を用いた場合の永久磁石同期機の初期磁極位置推定のシミュレーション動作波形を例示したグラフである。なお、図12のシミュレーション動作波形例は、前述した永久磁石同期機の初期磁極位置推定フローにおいて極性判別を実施している部分を抽出した動作波形を例示している。図12において、(a)は交流電圧成分印加部701から出力されるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*、(b)はdq座標変換部114から出力されるdc軸電流検出値Idc、(c)はdc軸電流検出値Idcの変化量を算出し絶対値をとった値|ΔIdc|、(d)は従来の極性判別法における極性判別値ΔPF、(e)は永久磁石同期機103の回転子磁極位置θdおよび永久磁石同期機103の回転子磁極位置を推定した制御位相θdcの波形例を示している。ここで、従来の極性判別法は、例えば、dc軸電流検出値Idcの正側の電流変化量と負側の電流変化量を算出し、それら電流変化の大きさを比較して電流変化が大きい側をN極方向として磁極の極性を判別するものとした。図12(d)の極性判別値ΔPFはdc軸電流検出値Idcの正側の電流変化量と負側の電流変化量の差をとったものであり、極性判別値ΔPFが正であればdc軸とd軸は一致しており、負であればdc軸が反転(位相差180度)していることを表す。
図12の従来の極性判別法を用いた場合の永久磁石同期機の初期磁極位置推定のシミュレーション動作波形例において、横軸のシミュレーション時間(simulation
time)が0.15s時点で、永久磁石同期機103の磁極位置θdが105度であるのに対して、突極性を利用した磁極位置推定によって制御位相θdcは約−75度に収束しているのが見てとれる。そこから、従来方式による磁極の極性判別を実施するが、図12(d)に示すように、磁極の極性判別に利用する磁気飽和現象による電流変化量の差をとった極性判別値ΔPFが正の値となるため、収束した制御位相θdcはN極方向であると判断され、極性判別に失敗してしまうことがわかる。
次に、図13は、実施例1の極性判別法を用いた場合の永久磁石同期機の初期磁極位置推定のシミュレーション動作波形を例示したグラフである。なお、図13のシミュレーション動作波形例は、前述した永久磁石同期機の初期磁極位置推定フローにおいて極性判別を実施している部分を抽出した動作波形を例示している。図13において、(a)は交流電圧成分印加部701から出力されるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*、(b)はdq座標変換部114から出力されるdc軸電流検出値Idc、(c)はdc軸電流検出値Idcの電流変化に対するインダクタンス算出値Ldc−clc、(d)は実施例1の極性判別法における極性判別値ΔPF2、(e)は永久磁石同期機103の回転子磁極位置θdおよび永久磁石同期機103の回転子磁極位置を推定した制御位相θdcの波形例を示している。ここで、図13(d)の極性判別値ΔPF2は、実施例1における正の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc+の絶対値|ΔLdc+|と、負の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc−の絶対値|ΔLdc−|の差をとったものであり、極性判別値ΔPF2が正であればdc軸とd軸は一致しており、負であればdc軸が反転(位相差180度)していることを表す。
図13の実施例1の極性判別法を用いた場合の永久磁石同期機の初期磁極位置推定のシミュレーション動作波形例において、横軸のシミュレーション時間が0.15s時点で、突極性を利用した磁極位置推定によって制御位相θdcが約−75度に収束している点は図12と同様であるが、そこから実施例1による磁極の極性判別を実施した結果、磁極の極性判別に利用する磁気飽和現象によるインダクタンス変化量の差をとった極性判別値ΔPF2は負の値となるため、収束した制御位相θdcはS極方向であると判断し、0.198s時点で制御位相θdcに180度が加算される。実施例1による極性判別の結果、永久磁石同期機103の回転子磁極位置θdと制御位相θdcが一致し、初期磁極位置推定に成功していることがわかる。
以上説明したように、本実施例によれば、永久磁石同期機に電流変化を与えた場合のインダクタンス値の変化量の絶対値から磁極の極性を判別する。これにより、極性判別の判定値の大小関係が永久磁石同期機のインダクタンスの磁気飽和特性によって反転するおそれがなくなり、インダクタンスの磁気飽和特性が未知の永久磁石同期機でも磁極の極性判別に失敗しない永久磁石同期機の駆動装置が実現できるようになる。
また、永久磁石同期機のインダクタンスの磁気飽和特性は、永久磁石の温度変化や磁石に不可逆減磁が発生した場合などに大きく変化してしまうことがあり、これらの変化要因によって同じ永久磁石同期機であってもN極方向(磁極方向)とS極方向の電流変化やインダクタンスの大小関係が逆転し、磁極の極性を誤判別するおそれがある。例えば、図9のような磁気飽和特性を有する永久磁石同期機であっても、永久磁石の温度変化や磁石の不可逆減磁の発生によって、図10のような磁気飽和特性に変化してしまう場合がある。本実施例によれば、永久磁石のN極方向に電流を流したときのインダクタンスが磁気飽和現象によって必ず何かしらの変化を伴うが、それに比べS極側のインダクタンスには変化がほとんど生じないという特性を利用し、インダクタンスの変化量の大小関係に基づいて磁極の極性を判別するため、磁気飽和現象によるN極方向の電流変化やインダクタンスの減少または増加の特性に関係なく磁極の極性判別が可能となり、磁石温度の変化や不可逆減磁が発生した場合でも永久磁石同期機の磁極の極性判別に失敗しない永久磁石同期機の駆動装置が実現できるようになる。
実施例2では、第一から第四のインダクタンス値を演算するためのdc軸電流検出値Idcのサンプリング点を工夫することで、実施例1よりも磁極の極性判別時に重畳する高周波電圧の印加時間を短縮し、その結果、極性判別時の脈動電流が低減し、より高効率で騒音が少ない永久磁石同期機の駆動装置が実現できる。
図14は、実施例2の交流電圧成分印加部の構成例を表すブロック図である。実施例2は、実施例1の交流電圧成分印加部701の代わりに、交流電圧成分印加部701bを用いることで実現できる。
図14において、交流電圧成分印加部701bは、交流波形発生器711および713と、交流電圧波形の振幅の大きさを切り替える切替器712b、714bと、交流波形発生器711および713の出力値と切替器712b、714bの出力値をそれぞれ乗算して出力する乗算器804bおよび805bを備える。交流電圧成分印加部701bでは、交流波形発生器711および713が電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて永久磁石同期機103に脈動電流を発生させるためのp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を出力する。
また、切替器712bおよび714bは、交流波形発生器711および713が出力したpz軸座標系上に重畳するp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*の振幅を制御する切替器である。実施例1に対して、実施例2では切替器712bおよび714bがとる交流電圧波形の振幅指令値の出力状態は2つになる。乗算器804bおよび805bにて、交流波形発生器711および713が出力したp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*と、切替器712bおよび714bが出力したp軸交流電圧成分振幅指令Kp−ac_amp*およびz軸交流電圧成分振幅指令Kz−ac_amp*と、をそれぞれ乗算して、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を演算し、出力する。
次に、実施例2の磁極極性判定の具体的な動作について説明する。図15は、実施例2の重畳電圧演算部のSW動作と出力電圧波形の関係を例示したグラフである。図15において、図15(a)は、交流電圧成分印加部701bにおいて交流波形発生器711および713が発生する矩形波信号の周期を決める電流検出タイミング設定信号SAHの波形例を示している。図15(b)は、交流波形発生器711から出力されるp軸交流電圧波形Sp−ac*の波形例を示している。図15(c)は、交流波形発生器713から出力されるz軸交流電圧波形Sz−ac*の波形例を示している。図15(d)は、切替器712bのスイッチング指令SW1の切替例を示している。図15(e)は、切替器714bのスイッチング指令SW2の切替例を示している。図15(f)は、乗算器804bの演算結果であるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図15(g)は、乗算器805bの演算結果であるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図15(h)は、実施例2の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形例を示している。なお、本実施例では、交流波形発生器711および713から出力されるp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を矩形波としたが、正弦波を用いてもよい。
図16は、実施例2の磁極極性判定部の入力信号とd軸電流の電流検出点を例示したグラフである。図16において、図16(a)は、交流電圧成分印加部701bから出力されるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図16(b)は、交流電圧成分印加部701bから出力されるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図16(c)は、重畳電圧位相補正テーブル702から出力されるp軸とdc軸の偏差量Δθpdの波形例を示している。図16(d)は、重畳電圧演算部117から出力されるdc軸重畳電圧指令値Vdh*の波形例を示している。図16(e)は、重畳電圧演算部117から出力されるqc軸重畳電圧指令値Vqh*の波形例を示している。図16(f)は、実施例2の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形とd軸インダクタンスの演算に用いる電流検出値のサンプル点の例を示している。
図15および図16を参照して、実施例2の重畳電圧演算部117と磁極極性判定部201の動作および磁極の極性判別手法を説明する。なお、図15および図16の波形例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとした。
重畳電圧演算部117は、交流波形発生器711および713にて、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、p軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を演算し、切替器712bおよび714bのスイッチング状態を操作することで、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を制御している。
図15において、図15(d)の切替器712bのスイッチング指令SW1を、振幅指令に0が設定された状態2から、振幅指令にp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_ampが設定された状態1に切り替えることで、図15(f)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*に電圧振幅がVp−ac_ampの矩形波電圧指令が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW1を状態1から状態2に切り替え、図15(f)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の出力を0にする。
なお、本実施例では、図15(e)のスイッチング指令SW2を常に、振幅指令に0が設定された状態2にしておくことで、図15(g)のz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の出力を0にしている。また、本実施例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとしているため、p軸とdc軸は一致しており、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*と、dc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*は同一波形となる。重畳電圧演算部117が出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*によって、図15(h)のような脈動電流を永久磁石同期機に流すことができる。
磁極極性判定部201は、重畳電圧演算部117が出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって永久磁石同期機103に流れたd軸の脈動電流からd軸インダクタンス値を推定演算し、その演算結果から永久磁石同期機103の磁極の極性を判別し、磁極極性補正位相θpnを出力する。
図16において、前述したとおり、図16(d)で示したdc軸重畳電圧指令値Vdh*と図16(e)で示したqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって、永久磁石同期機103には図16(f)で示したような脈動電流が発生する。
磁極極性判定部201のインダクタンス演算部210は、電流検出部116にて所定のタイミングでサンプリングされたdc軸電流検出値Idcからd軸インダクタンス値を演算する。図16(f)に実施例2の磁極の極性判別に必要なdc軸電流検出値Idcのサンプリング点を例示した。本実施例では、例えば、d軸インダクタンス値を演算するためのdc軸電流検出値Idcのサンプリングは、電流検出タイミング設定信号SAHを三角波キャリアとして、その三角波キャリアの山、谷タイミングに加えて、山谷の中間点でもサンプリングするような検出タイミングとしている。
まず、第一のインダクタンス演算部211において、図16(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc0+、Idc1+から、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対する第一のインダクタンス値Ldc1+を演算する。第一のインダクタンス値Ldc1+は、例えば、以下の式(9)にて演算されるものとする。
次に、第二のインダクタンス演算部212において、図16(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc2+、Idc1+から、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対する第二のインダクタンス値Ldc2+を演算する。第二のインダクタンス値Ldc2+は、例えば、以下の式(10)にて演算されるものとする。
次に、第三のインダクタンス演算部213において、図16(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc0−、Idc1−から、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対する第三のインダクタンス値Ldc1−を演算する。第三のインダクタンス値Ldc1−は、例えば、以下の式(11)にて演算されるものとする。
次に、第四のインダクタンス演算部214において、図16(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc1−、Idc2−から、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対する第四のインダクタンス値Ldc2−を演算する。第四のインダクタンス値Ldc2−は、例えば、以下の式(12)にて演算されるものとする。
インダクタンス演算部210は、第一から第四のインダクタンスの演算結果であるLdc1+、Ldc2+、Ldc1−、Ldc2−を極性判別・反転処理部215に出力し、極性判別・反転処理部215にて実施例1と同様に、正の値の電流の変化と負の値の電流変化に対するインダクタンスの偏差量の絶対値を大小比較し、インダクタンスの偏差量の絶対値が大きい側を永久磁石同期機103のN極方向(d軸方向)と判定する。
したがって、実施例2では、実施例1のように異なる振幅の交流電圧を永久磁石同期機に重畳して振幅の異なる脈動電流を発生させなくても、図16で説明した電流検出タイミングのdc軸電流検出値を用いることで第一から第四のインダクタンスが演算できる。その結果、実施例1よりも磁極の極性判別時の脈動電流の発生時間が減少し、永久磁石同期機の駆動装置の高効率化および低騒音化を図ることができる。
なお、本実施例では、d軸インダクタンス値を演算するためのdc軸電流検出値Idcのサンプリングを、電流検出タイミング設定信号SAHを三角波キャリアとして、その三角波キャリアの山、谷、および山谷の中間をサンプリング点とするような検出周期としたが、三角波キャリアの山谷タイミングから任意の時間Δtd1、Δtd2が経過したタイミングのdc軸電流検出値Idcをインダクタンスの演算に用いてもよい。
実施例3では、実施例2の第一のインダクタンス値と第三のインダクタンス値に所定のd軸インダクタンス値を用いることで、dc軸電流検出値Idcのサンプリング点が電力変換器のスイッチングサージの影響をより受けにくくなり、実施例2よりもノイズに強い永久磁石同期機の駆動装置が実現できる。
図17は、実施例3の磁極極性判定部の構成例を表すブロック図である。実施例3は、実施例2の磁極極性判定部201の代わりに、磁極極性判定部201cを用いることで実現できる。
図17において、磁極極性判定部201cは、インダクタンス演算部210cと、極性判別・反転処理部215cとを備え、インダクタンス演算部210cは、所定のd軸インダクタンス値Ld0を出力する基準インダクタンス出力部216cと、電流正側のインダクタンス演算部212cと、電流負側のインダクタンス演算部214cとを備える。
磁極極性判定部201cでは、電流正側のインダクタンス演算部212cにて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcの正の電流値と、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+を演算し、極性判別・反転処理部215cに出力する。
また、電流負側のインダクタンス演算部214cにて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcの負の電流値と、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−を演算し、極性判別・反転処理部215cに出力する。
さらに、基準インダクタンス出力部216cにて、所定のd軸インダクタンス値Ld0を極性判別・反転処理部215cに出力する。なお、所定のd軸インダクタンス値Ld0は、例えば、永久磁石同期機の無負荷時のd軸インダクタンスの設計値を用いればよい。
そして、極性判別・反転処理部215cにて、所定のd軸インダクタンス値Ld0とdc−qc軸座標系上の正の値の電流変化に対するインダクタンス値Ldc+の偏差量ΔLdc+と、所定のd軸インダクタンス値Ld0とdc−qc軸座標系上の負の値の電流変化に対するインダクタンス値Ldc−の偏差量ΔLdc−を演算する。このあとは、実施例1および2と同様に、偏差量ΔLdc+と偏差量ΔLdc−の絶対値を演算し、インダクタンスの偏差量の絶対値が大きい側を永久磁石同期機103のN極方向(d軸方向)と判定する。極性判別・反転処理部215cは、ロータ鉄心の磁気飽和特性を利用して永久磁石同期機103の回転子磁極のN極方向を判別し、その結果、位置推定演算部204で推定した回転子磁極位置が180度ずれている場合には、制御位相θdcを反転させるため磁極極性補正位相θpnは180度を出力する。極性判別の結果、回転子磁極のN極方向が制御位相θdcとずれていない場合には、磁極極性補正位相θpnは0度を出力する。
次に、実施例3の磁極極性判定の具体的な動作について説明する。図18は、実施例3の磁極極性判定部の入力信号とd軸電流の電流検出点を例示したグラフである。なお、実施例3の重畳電圧演算部117の動作は、実施例2の重畳電圧演算部117の動作と同じでよいため、説明を省略する。
図18において、図18(a)は、交流電圧成分印加部701bから出力されるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図18(b)は、交流電圧成分印加部701bから出力されるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図18(c)は、重畳電圧位相補正テーブル702から出力されるp軸とdc軸の偏差量Δθpdの波形例を示している。図18(d)は、重畳電圧演算部117から出力されるdc軸重畳電圧指令値Vdh*の波形例を示している。図18(e)は、重畳電圧演算部117から出力されるqc軸重畳電圧指令値Vqh*の波形例を示している。図18(f)は、実施例3の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形とd軸インダクタンスの演算に用いる電流検出値のサンプル点の例を示している。
図18を参照して、実施例3の磁極極性判定部201cの磁極の極性判別手法を説明する。磁極極性判定部201cは、重畳電圧演算部117が出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって永久磁石同期機103に流れたd軸の脈動電流からd軸インダクタンスを推定演算し、その演算結果から永久磁石同期機103の磁極の極性を判別し、磁極極性補正位相θpnを出力する。図18において、前述したとおり、図18(d)で示したdc軸重畳電圧指令値Vdh*と図18(e)で示したqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって、永久磁石同期機103には図18(f)で示したような脈動電流が発生する。
磁極極性判定部201cのインダクタンス演算部210cでは、電流検出部116にて所定のタイミングでサンプリングされたdc軸電流検出値Idcからd軸インダクタンス値を演算する。図18(f)に、実施例3の磁極の極性判別に必要なdc軸電流検出値Idcのサンプリング点を例示した。本実施例では、例えば、d軸インダクタンス値を演算するためのdc軸電流検出値Idcのサンプリングは、電流検出タイミング設定信号SAHを三角波キャリアとして、その三角波キャリアの山、谷タイミングとしている。
まず、電流正側のインダクタンス演算部212cにおいて、図18(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc0+、Idc+から、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+を演算する。インダクタンス値Ldc+は、例えば、以下の式(13)にて演算されるものとする。
なお、式(13)のdc軸電流の変化量ΔIdc+を演算するのに、図18(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc0+とIdc+の偏差を用いたが、Idc+の電流値のみでdc軸電流の変化量ΔIdc+の代用としてもよい。後述の変化量ΔIdc−も同様である。
次に、電流負側のインダクタンス演算部214cにおいて、図18(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc0−、Idc−から、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−を演算する。インダクタンス値Ldc−は、例えば、以下の式(14)にて演算されるものとする。
なお、式(14)のdc軸電流の変化量ΔIdc−を演算するのに、図18(f)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc0−とIdc−の偏差を用いたが、Idc−の電流値のみでdc軸電流の変化量ΔIdc−の代用としてもよい。
インダクタンス演算部210cは、d軸インダクタンスの演算結果であるLdc+、Ldc−、および基準となる所定のd軸インダクタンス値Ld0を極性判別・反転処理部215cに出力する。
極性判別・反転処理部215cでは、正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+と所定のd軸インダクタンス値Ld0の偏差量ΔLdc+を演算する。d軸インダクタンス値Ld0は、例えば、以下の式(15)にて演算されるものとする。
さらに、負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−と所定のインダクタンス値Ld0の偏差量ΔLdc−を演算する。偏差量ΔLdc−は、例えば、以下の式(16)にて演算されるものとする。
このように、所定のd軸インダクタンス値Ld0を用いることで、演算するインダクタンス値は、正の電流値の変化と、負の電流値の変化に対するインダクタンス値の2つを求めればよくなるため、dc軸電流検出値Idcのサンプリング点は、電流検出タイミング設定信号SAHを三角波キャリアとして、その三角波キャリアの山、谷タイミングの検出周期でよくなる。その結果、実施例2の三角波キャリアの山と谷のタイミング以外での電流検出で懸念される、電力変換器のスイッチングサージの影響によるインダクタンス演算精度の低下が改善される。
そして、極性判別・反転処理部215cは、正の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc+の絶対値|ΔLdc+|と、負の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc−の絶対値|ΔLdc−|をそれぞれ演算し、絶対値|ΔLdc+|と|ΔLdc−|の大小関係を比較し、インダクタンスの偏差量の絶対値が大きい側を永久磁石同期機103のN極方向(d軸方向)と判定し、磁極極性補正位相θpnは磁極判別結果に応じた値を出力する。
図19は、N極方向の電流増加に対して磁石磁束方向のインダクタンスが極大点を有して単調減少するような特性を有する永久磁石同期機において、実施例3のインダクタンス演算部が出力するインダクタンス値を例示したグラフである。図19に示すとおり、所定のd軸インダクタンス値Ld0を用いた場合でも、インダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc+|と|ΔLdc−|の大小関係を比較すると、N極方向のインダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc+|が大きくなっていることがわかる。
したがって、実施例3では、実施例2のように三角波キャリアの山、谷タイミング以外の電流検出値を用いなくても、所定のd軸インダクタンスを基準値として用いることで三角波キャリアの山、谷タイミングの電流検出値のみで、正の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量と負の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量が演算できる。その結果、極性判別は、実施例2よりもノイズの影響を受けにくくなる。
実施例4では、実施例1〜3が交流電圧指令のみを印加して流れる脈動電流から磁気飽和特性による永久磁石同期機のインダクタンスの変化量の絶対値を演算して磁極の極性判別を実施しているのに対して、交流電圧成分と直流電圧成分を含む重畳電圧指令を印加して流れる脈動電流から磁極の極性判別を実施することで、実施例1〜3よりも磁極の極性判別に伴う脈動電流発生による騒音が少ない永久磁石同期機の駆動装置が実現できる。
以下、図1の実施例1と比較して、構成要素の相違部分のみを説明する。図20は、実施例4の重畳電圧演算部の構成例を表すブロック図である。実施例4は、実施例1の重畳電圧演算部117の代わりに、重畳電圧演算部117dを用いることで実現できる。
図20において、重畳電圧演算部117dは、交流電圧成分印加部701bと、重畳電圧位相補正テーブル702と、dq座標変換部703と、pz座標変換部704dと、直流電圧成分印加部705dと、加算器806dおよび807dとを備える。
pz座標変換部704dは、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcを、重畳電圧位相補正テーブル702が出力したp軸とdc軸の偏差量Δθpdに基づいてp軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izに変換し、直流電圧成分印加部705dに出力する。
直流電圧成分印加部705dは、pz座標変換部704dが出力したp軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izに基づいて、p軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*を演算し、加算器806dおよび807dに出力する。
交流電圧成分印加部701bは、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を演算し、加算器806dおよび807dに出力する。
加算器806dは、p軸重畳直流電圧指令Vp−dc*とp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*を加算し、dq座標変換部703に出力する。加算器807dは、z軸重畳直流電圧指令Vz−dc*とz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を加算し、dq座標変換部703に出力する。
図21は、実施例4の直流電圧成分印加部の構成例を表すブロック図である。図21に示すように直流電圧成分印加部705dは、電流制御器751d、753dと、電流制御の目標電流指令値を切り替える切替器752d、754dと、p軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izの高周波リプル成分を除去するための移動平均演算器755dおよび756dと、切替器752dおよび754dの出力値と移動平均演算器755dおよび756dの出力値の偏差を出力する減算器808dおよび809dを備える。
直流電圧成分印加部705dでは、切替器752dが出力した電流制御のp軸目標電流指令値Ip−dc*と、移動平均演算器755dが出力したp軸電流検出移動平均値Ip−aveとの偏差を入力として、電流制御器751dが電流制御した演算結果をp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*として出力する。また、切替器754dが出力した電流制御のz軸目標電流指令値Iz−dc*と、移動平均演算器756dが出力したz軸電流検出移動平均値Iz−aveとの偏差を入力として、電流制御器753dが電流制御した演算結果をz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*として出力する。なお、本実施例では、p軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izの高周波リプル成分を除去するために移動平均演算をおこなったが、一次遅れフィルタやバンドパスフィルタなどを用いた演算処理をおこなってもよい。
次に、実施例4の磁極極性判定の具体的な動作について説明する。図22は、実施例4の重畳電圧演算部のSW動作と出力電圧波形の関係を例示したグラフである。図22(a)は、交流電圧成分印加部701bの切替器712bのスイッチング指令SW1の切替例を示している。図22(b)は、交流電圧成分印加部701bの切替器714bのスイッチング指令SW2の切替例を示している。図22(c)は、交流電圧成分印加部701bが出力したp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図22(d)は、交流電圧成分印加部701bが出力したz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図22(e)は、直流電圧成分印加部705dの切替器752dのスイッチング指令SW3の切替例を示している。図22(f)は、直流電圧成分印加部705dの切替器754dのスイッチング指令SW4の切替例を示している。図22(g)は、直流電圧成分印加部705dが出力したp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*の波形例を示している。図22(h)は、直流電圧成分印加部705dが出力したz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*の波形例を示している。図22(i)は、実施例4の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形例を示している。なお、本実施例では、交流波形発生器711および713から出力されるp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を矩形波としたが、正弦波を用いてもよい。
図23は、実施例4の磁極極性判定部の入力信号とd軸電流の電流検出点を例示したグラフである。図23(a)は、交流電圧成分印加部701bから出力されるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図23(b)は、交流電圧成分印加部701bから出力されるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図23(c)は、直流電圧成分印加部705dから出力されるp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*の波形例を示している。図23(d)は、直流電圧成分印加部705dから出力されるz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*の波形例を示している。図23(e)は、重畳電圧位相補正テーブル702から出力されるp軸とdc軸の偏差量Δθpdの波形例を示している。図23(f)は、重畳電圧演算部117dから出力されるdc軸重畳電圧指令値Vdh*の波形例を示している。図23(g)は、重畳電圧演算部117dから出力されるqc軸重畳電圧指令値Vqh*の波形例を示している。図23(h)は、実施例4の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形とd軸インダクタンスの演算に用いる電流検出値のサンプル点の例を示している。
図22および図23を参照して、実施例4の重畳電圧演算部117dと磁極極性判定部201の動作および磁極の極性判別手法を説明する。なお、図22および図23の波形例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとした。
重畳電圧演算部117dは、交流電圧成分印加部701bにて、交流波形発生器711および713が、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、p軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を演算し、切替器712bおよび714bのスイッチング状態を操作することで、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を制御している。
図22において、図22(a)の切替器712bのスイッチング指令SW1を、振幅指令に0が設定された状態2から、振幅指令にp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_ampが設定された状態1に切り替えることで、図22(c)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*に電圧振幅がVp−ac_ampの矩形波電圧指令が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW1を状態1から状態2に切り替え、図22(c)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の出力を0にする。
なお、本実施例では、図22(b)の切替器714bのスイッチング指令SW2を常に、振幅指令に0が設定された状態2にしておくことで、図22(d)のz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の出力を0にしている。また、直流電圧成分印加部705dにて、切替器752dおよび754dのスイッチング状態を操作し、電流制御のp軸目標電流指令値Ip−dc*およびz軸目標電流指令値Iz−dc*の少なくとも一方の出力が変更されることで、電流制御器751dおよび753dから出力されるp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*を制御している。
図22において、図22(e)の切替器752dのスイッチング指令SW3を、目標電流指令値に0が設定された状態3から、目標電流指令に第一のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp1が設定された状態1に切り替えることで、図22(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令をIp−dc_amp1とするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態1から状態3に切り替え、図22(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
さらに、スイッチング指令SW3を状態3から、目標電流指令に第一のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp1の符号を反転した値が設定された状態2に切り替えることで、図22(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を−1×Ip−dc_amp1とするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態2から状態3に切り替え、図22(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
さらに、スイッチング指令SW3を状態3から、目標電流指令に第一のp軸直流電流振幅指令とは異なる第二のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp2が設定された状態4に切り替えることで、図22(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令をIp−dc_amp2とするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態1から状態3に切り替え、図22(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
さらに、スイッチング指令SW3を状態3から、目標電流指令に第二のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp2の符号を反転した値が設定された状態5に切り替えることで、図22(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を−1×Ip−dc_amp2とするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態5から状態3に切り替え、図22(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
なお、本実施例では、図22(f)の切替器754dのスイッチング指令SW4を常に、電流制御の目標電流指令に0が設定された状態3にしておくことで、図22(h)のz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*に目標電流指令を0とするz軸電流制御の演算結果が出力される。p軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*と、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*とを合成したpz軸座標系上の重畳電圧指令を、dq座標変換部703にて重畳電圧位相補正テーブル702が出力したp軸とdc軸の偏差量Δθpdに基づいて、dc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に変換し、出力する。
なお、本実施例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとしているため、p軸とdc軸は一致することになる。重畳電圧演算部117dが出力した重畳電圧指令値Vdh*、Vqh*によって、図22(i)のような脈動電流を永久磁石同期機に流すことができる。
磁極極性判定部201は、重畳電圧演算部117dが出力した重畳電圧指令値Vdh*、Vqh*の電圧印加によって永久磁石同期機103に流れたd軸の脈動電流からd軸インダクタンスを推定演算し、その演算結果から永久磁石同期機103の磁極の極性を判別し、判別結果に応じた磁極極性補正位相θpnを出力する。図23において、前述したとおり、図23(f)で示したdc軸重畳電圧指令値Vdh*と図23(g)で示したqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって、永久磁石同期機103には図23(h)で示したような直流成分と交流成分を含んだd軸電流が発生する。
磁極極性判定部201のインダクタンス演算部210では、電流検出部116にて所定のタイミングでサンプリングされたdc軸電流検出値Idcからd軸インダクタンス値を演算する。図23(h)に、実施例4の磁極の極性判別に必要なdc軸電流検出値Idcのサンプリング点を例示した。本実施例では、例えば、d軸インダクタンス値を演算するためのdc軸電流検出値Idcのサンプリングは、電流検出タイミング設定信号SAHを三角波キャリアとして、その三角波キャリアの山谷周期とすればよい。
まず、第一のインダクタンス演算部211において、図23(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc11+、Idc12+から、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対する第一のインダクタンス値Ldc1+を演算する。なお、電流値Idc11+、Idc12+は、複数回の交流電圧印加における電流検出値の平均値を演算した結果を用いてもよい。第一のインダクタンス値Ldc1+は、例えば、以下の式(17)にて演算されるものとする。
なお、式(17)のdc軸電流の変化量ΔIdc1+を演算するのに、図23(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc11+とIdc12+の偏差を用いたが、Idc11+の電流値のみをサンプリングしてdc軸電流の変化量ΔIdc1+の代用としてもよい。後述の変化量ΔIdc1−、ΔIdc2+、ΔIdc2−も同様である。
次に、第三のインダクタンス演算部213において、図23(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc11−、Idc12−から、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対する第三のインダクタンス値Ldc1−を演算する。なお、電流値Idc11−、Idc12−は、複数回の交流電圧印加の電流検出値の平均値を演算した結果を用いてもよい。第三のインダクタンス値Ldc1−は、例えば、以下の式(18)にて演算されるものとする。
なお、式(18)のdc軸電流の変化量ΔIdc1−を演算するのに、図23(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc11−とIdc12−の偏差を用いたが、Idc11−の電流値のみをサンプリングしてdc軸電流の変化量ΔIdc1−の代用としてもよい。
次に、第二のインダクタンス演算部212において、図23(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc21+、Idc22+から、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対する第二のインダクタンス値Ldc2+を演算する。なお、電流値Idc21+、Idc22+は、複数回の交流電圧印加における電流検出値の平均値を演算した結果を用いてもよい。第二のインダクタンス値Ldc2+は、例えば、以下の式(19)にて演算されるものとする。
なお、式(19)のdc軸電流の変化量ΔIdc2+を演算するのに、図23(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc21+とIdc22+の偏差を用いたが、Idc21+の電流値のみをサンプリングしてdc軸電流の変化量ΔIdc2+の代用としてもよい。
次に、第四のインダクタンス演算部214において、図23(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc21−、Idc22−から、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対する第四のインダクタンス値Ldc2−を演算する。なお、電流値Idc21−、Idc22−は、複数回の交流電圧印加における電流検出値の平均値を演算した結果を用いてもよい。第四のインダクタンス値Ldc2−は、例えば、以下の式(20)にて演算されるものとする。
なお、式(20)のdc軸電流の変化量ΔIdc2−を演算するのに、図23(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc21−とIdc22−の偏差を用いたが、Idc21−の電流値のみをサンプリングしてdc軸電流の変化量ΔIdc2−の代用としてもよい。
このように、実施例4のインダクタンス演算部210は、第一から第四のインダクタンスの演算結果であるLdc1+、Ldc2+、Ldc1−、Ldc2−を極性判別・反転処理部215に出力し、極性判別・反転処理部215にて実施例1と同様に、正の値の電流の変化と負の値の電流変化に対するインダクタンスの偏差量の絶対値を大小比較し、インダクタンスの偏差量の絶対値が大きい側を永久磁石同期機103のN極方向(d軸方向)と判定する。
したがって、実施例4では、実施例1〜3が振幅の大きい交流電圧を永久磁石同期機に重畳して脈動幅の大きいd軸電流を発生させることで磁極の極性判別を実現するのに対して、d軸電流に直流電流を流した状態で振幅の小さい交流電流を発生させることで永久磁石同期機のインダクタンス値を演算できる。その結果、実施例1〜3よりも磁極の極性判別時に流すd軸電流に交流電流成分が減少し、永久磁石同期機の駆動装置の低騒音化を図ることができる。
実施例5では、実施例4における第一のインダクタンス値と第三のインダクタンス値に、直流電流指令が0に電流制御された状態で交流電圧成分を印加して流れるd軸の脈動電流から求めた基準インダクタンス値を用いることで、実施例4よりも磁極の極性判別時に重畳する高周波電圧の印加時間を短縮し、その結果、磁極の極性判別時のd軸の脈動電流が低減し、より高効率で騒音が少ない永久磁石同期機の駆動装置が実現できる。
以下、前述した実施例4と比較して、構成要素の相違部分のみを説明する。図24は、実施例5の重畳電圧演算部の構成例を表すブロック図である。また、図25は、実施例5の磁極極性判定部の構成例を表すブロック図である。実施例5は、実施例1の重畳電圧演算部117の代わりに、重畳電圧演算部117eを用い、さらに、実施例1の磁極極性判定部201の代わりに、磁極極性判定部201eを用いることで実現できる。
図24において、重畳電圧演算部117eは、交流電圧成分印加部701bと、重畳電圧位相補正テーブル702と、dq座標変換部703と、pz座標変換部704dと、直流電圧成分印加部705eと、加算器806dおよび807dとを備える。
直流電圧成分印加部705eは、pz座標変換部704dが出力したp軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izに基づいて、p軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*を演算し、加算器806d、807dに出力する。
なお、重畳電圧演算部117eは、直流電圧成分印加部705e以外の構成は、実施例4の重畳電圧演算部117dと同じである。
図25において、磁極極性判定部201eは、インダクタンス演算部210eと、極性判別・反転処理部215eとを備え、インダクタンス演算部210eは、基準インダクタンス演算部217eと、電流正側のインダクタンス演算部212eと、電流負側のインダクタンス演算部214eとを備える。
磁極極性判定部201eでは、電流正側のインダクタンス演算部212eにて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcの正の電流値と、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+を演算し、極性判別・反転処理部215eに出力する。
また、電流負側のインダクタンス演算部214eにて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcの負の電流値と、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc-qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−を演算し、極性判別・反転処理部215eに出力する。
さらに、基準インダクタンス演算部217eにて、永久磁石同期機103に流れる脈動電流のdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcと、脈動電流を発生させるdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に基づいて、dc−qc軸座標系上の基準インダクタンス値Ldc0を演算し、極性判別・反転処理部215eに出力する。なお、基準となるインダクタンス値Ldc0は、例えば、d軸電流の直流電流成分を0として交流電流成分を永久磁石同期機に流した時の電流変化から演算されるd軸インダクタンス値を用いればよい。
そして、極性判別・反転処理部215eにて、基準インダクタンス値Ldc0とdc−qc軸座標系上の正の値の電流変化に対するインダクタンス値Ldc+の偏差量ΔLdc+と、基準インダクタンス値Ldc0とdc−qc軸座標系上の負の値の電流変化に対するインダクタンス値Ldc−の偏差量ΔLdc−を演算する。このあとは、実施例1〜4と同様に、偏差量ΔLdc+と偏差量ΔLdc−の絶対値を演算し、インダクタンスの偏差量の絶対値が大きい側を永久磁石同期機103のN極方向(d軸方向)と判定し、磁極極性補正位相θpnは磁極判別結果に応じた値を出力する。
図26は、実施例5の直流電圧成分印加部の構成例を表すブロック図である。図26に示すように直流電圧成分印加部705eは、電流制御器751dおよび753dと、電流制御の目標電流指令値を切り替える切替器752eおよび754eと、p軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izの高周波リプル成分を除去するための移動平均演算器755dおよび756dと、切替器752eおよび754eの出力値と移動平均演算器755dおよび756dの出力値の偏差を出力する減算器808dおよび809dを備える。
なお、直流電圧成分印加部705eは、切替器752eおよび754e以外の構成は、実施例4の直流電圧成分印加部705dと同じである。
直流電圧成分印加部705eでは、切替器752eが出力した電流制御のp軸目標電流指令値Ip−dc*と、移動平均演算器755dが出力したp軸電流検出移動平均値Ip−aveとの偏差を入力として、電流制御器751dが電流制御した演算結果をp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*として出力する。また、切替器754eが出力した電流制御のz軸目標電流指令値Iz−dc*と、移動平均演算器756dが出力したz軸電流検出移動平均値Iz−aveとの偏差を入力として、電流制御器753dが電流制御した演算結果をz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*として出力する。なお、本実施例では、p軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izの高周波リプル成分を除去するために移動平均演算をおこなったが、一次遅れフィルタやバンドパスフィルタなどを用いた演算処理をおこなってもよい。
次に、実施例5の磁極極性判定の具体的な動作について説明する。図27は、実施例5の重畳電圧演算部のSW動作と出力電圧波形の関係を例示したグラフである。図27において、図27(a)は、交流電圧成分印加部701bの切替器712bのスイッチング指令SW1の切替例を示している。図27(b)は、交流電圧成分印加部701bの切替器714bのスイッチング指令SW2の切替例を示している。図27(c)は、交流電圧成分印加部701bが出力したp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図27(d)は、交流電圧成分印加部701bが出力したz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図27(e)は、直流電圧成分印加部705eの切替器752eのスイッチング指令SW3の切替例を示している。図27(f)は、直流電圧成分印加部705eの切替器754eのスイッチング指令SW4の切替例を示している。図27(g)は、直流電圧成分印加部705eが出力したp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*の波形例を示している。図27(h)は、直流電圧成分印加部705eが出力したz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*の波形例を示している。図27(i)は、実施例5の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形例を示している。なお、本実施例では、交流波形発生器711および713から出力されるp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を矩形波としたが、正弦波を用いてもよい。
図28は、実施例5の磁極極性判定部の入力信号とd軸電流の電流検出点を例示したグラフである。図28において、図28(a)は、交流電圧成分印加部701bから出力されるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図28(b)は、交流電圧成分印加部701bから出力されるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図28(c)は、直流電圧成分印加部705eから出力されるp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*の波形例を示している。図28(d)は、直流電圧成分印加部705eから出力されるz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*の波形例を示している。図28(e)は、重畳電圧位相補正テーブル702から出力されるp軸とdc軸の偏差量Δθpdの波形例を示している。図28(f)は、重畳電圧演算部117eから出力されるdc軸重畳電圧指令値Vdh*の波形例を示している。図28(g)は、重畳電圧演算部117eから出力されるqc軸重畳電圧指令値Vqh*の波形例を示している。図28(h)は、実施例5の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形とd軸インダクタンスの演算に用いる電流検出値のサンプル点の例を示している。
図27および図28を参照して、重畳電圧演算部117eと磁極極性判定部201eの動作および磁極の極性判別手法を説明する。なお、図27および図28の波形例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとした。
重畳電圧演算部117eは、交流電圧成分印加部701bにて、交流波形発生器711および713が、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、p軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を演算し、切替器712bおよび714bのスイッチング状態を操作することで、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を制御している。
図27において、図27(a)の切替器712bのスイッチング指令SW1を、振幅指令に0が設定された状態2から、振幅指令にp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_ampが設定された状態1に切り替えることで、図27(c)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*に電圧振幅がVp−ac_ampの矩形波電圧指令が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW1を状態1から状態2に切り替え、図27(c)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の出力を0にする。実施例5では、基準インダクタンス値Ldc0と、dc−qc軸座標系上の正の値の電流変化に対するインダクタンス値Ldc+と、dc−qc軸座標系上の負の値の電流変化に対するインダクタンス値Ldc−を演算するため、スイッチング指令SW1はp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_ampの切替を行う。
なお、本実施例では、図27(b)の切替器714bのスイッチング指令SW2を常に、振幅指令に0が設定された状態2にしておくことで、図27(d)のz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の出力を0にしている。また、直流電圧成分印加部705eにて、切替器752eおよび754eのスイッチング状態を操作し、電流制御のp軸目標電流指令値Ip−dc*およびz軸目標電流指令値Iz−dc*の少なくとも一方の出力が変更されることで、電流制御器751dおよび753dから出力されるp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*を制御している。
図27において、図27(e)の切替器752eのスイッチング指令SW3は、まず、目標電流指令値に0が設定された状態3とし、図27(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力された状態で、スイッチング指令SW1を状態2から状態1への切替を行い、dc軸重畳電圧指令値Vdh*に交流電圧成分のみを出力する。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態3から、目標電流指令にp軸直流電流振幅指令Ip−dc_ampが設定された状態1に切り替えることで、図27(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令をIp−dc_ampとするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態1から状態3に切り替え、図27(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
さらに、スイッチング指令SW3を状態3から、目標電流指令にp軸直流電流振幅指令Ip−dc_ampの符号を反転した値が設定された状態2に切り替えることで、図27(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を−1×Ip−dc_ampとするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態2から状態3に切り替え、図27(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
なお、本実施例では、図27(f)の切替器754eのスイッチング指令SW4を常に、電流制御の目標電流指令に0が設定された状態3にしておくことで、図27(h)のz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*に目標電流指令を0とするz軸電流制御の演算結果が出力される。p軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*と、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*とを合成したpz軸座標系上の重畳電圧指令を、dq座標変換部703にて重畳電圧位相補正テーブル702が出力したp軸とdc軸の偏差量Δθpdに基づいて、dc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に変換し、出力される。
なお、本実施例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとしているため、p軸とdc軸は一致することになる。重畳電圧演算部117eが出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*によって、図27(i)のようなd軸電流を永久磁石同期機に流すことができる。
磁極極性判定部201eは、重畳電圧演算部117eが出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって永久磁石同期機103に流れたd軸の脈動電流からd軸インダクタンス値を推定演算し、その演算結果から永久磁石同期機103の磁極の極性を判別し、判別結果に応じた磁極極性補正位相θpnを出力する。図28において、前述したとおり、図28(f)で示したdc軸重畳電圧指令値Vdh*と図28(g)で示したqc軸重畳電圧指令値Vqh*の電圧印加によって、永久磁石同期機103には図28(h)で示したような交流成分のみを含むd軸電流が発生する期間と、直流成分と交流成分を含むd軸電流が発生する期間が存在する。
磁極極性判定部201eのインダクタンス演算部210eでは、電流検出部116にて所定のタイミングでサンプリングされたdc軸電流検出値Idcからd軸インダクタンス値を演算する。図28(h)に、実施例5の磁極の極性判別に必要なdc軸電流検出値Idcのサンプリング点を例示した。本実施例では、例えば、d軸インダクタンス値を演算するためのdc軸電流検出値Idcのサンプリングは、電流検出タイミング設定信号SAHを三角波キャリアとして、その三角波キャリアの山谷周期とすればよい。
まず、基準インダクタンス演算部217eにおいて、図28(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc0+、Idc0−から、dc−qc軸座標系上のdc電流の直流成分が0付近の電流変化に対する基準インダクタンス値Ldc0を演算する。なお、電流値Idc0+、Idc0−は、複数回の交流電圧印加の電流検出値の平均値を演算した結果を用いてもよい。基準インダクタンス値Ldc0は、例えば、以下の式(21)にて演算されるものとする。
なお、基準インダクタンス値Ldc0を演算するのに、式(20)では図28(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc0+とIdc0−の偏差を用いて動的インダクタンス(過渡インダクタンス)を求めたが、Idc0+もしくはIdc0−のどちらかの電流値のみ用いて静的インダクタンスを求め、基準インダクタンス値Ldc0としてもよい。ただし、基準インダクタンス値Ldc0を静的インダクタンスとした場合は、正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+と負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−も静的インダクタンスを演算する必要がある。
次に、電流正側のインダクタンス演算部212eにおいて、図28(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc1+、Idc2+から、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+を演算する。なお、電流値Idc1+、Idc2+は、複数回の交流電圧印加の電流検出値の平均値を演算した結果を用いてもよい。インダクタンス値Ldc+は、例えば、以下の式(22)にて演算されるものとする。
なお、dc−qc軸座標系上の正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+を演算するのに、式(22)では図28(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc1+とIdc2+の偏差を用いて動的インダクタンス(過渡インダクタンス)を求めたが、Idc1+もしくはIdc2+のどちらかの電流値のみ用いて静的インダクタンスを求め、正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+としてもよい。ただし、正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+を静的インダクタンスとした場合は、基準インダクタンス値Ldc0と負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−も静的インダクタンスを演算する必要がある。
次に、電流負側のインダクタンス演算部214eにおいて、図28(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc1−、Idc2−から、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−を演算する。なお、電流値Idc1−、Idc2−は、複数回の交流電圧印加の電流検出値の平均値を演算した結果を用いてもよい。インダクタンス値Ldc−は、例えば、以下の式(23)にて演算されるものとする。
なお、dc−qc軸座標系上の負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−を演算するのに、式(22)では図28(h)で示したdc軸電流検出値Idcのサンプリング点の電流値Idc1−とIdc2−の偏差を用いて動的インダクタンス(過渡インダクタンス)を求めたが、Idc1−もしくはIdc2−のどちらかの電流値のみ用いて静的インダクタンスを求め、負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−としてもよい。ただし、負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−を静的インダクタンスとした場合は、基準インダクタンス値Ldc0と正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+も静的インダクタンスを演算する必要がある。
以上、インダクタンス演算部210eは、d軸インダクタンスの演算結果であるLdc+、Ldc−、および基準インダクタンス値Ldc0を極性判別・反転処理部215eに出力する。
極性判別・反転処理部215eでは、正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+と基準インダクタンス値Ldc0の偏差量ΔLdc+を演算する。偏差量ΔLdc+は、例えば、以下の式(24)にて演算されるものとする。
さらに、負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−と基準インダクタンス値Ldc0の偏差量ΔLdc−を演算する。偏差量ΔLdc−は、例えば、以下の式(25)にて演算されるものとする。
そして、極性判別・反転処理部215eは、正の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc+と、負の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量ΔLdc−の絶対値|ΔLdc+|、|ΔLdc−|をそれぞれ演算し、絶対値|ΔLdc+|と|ΔLdc−|の大小関係を比較し、インダクタンスの偏差量の絶対値が大きい側を永久磁石同期機103のN極方向(d軸方向)と判定し、磁極極性補正位相θpnは磁極判別結果に応じた値を出力する。
このように、実施例5では、基準インダクタンス値Ldc0と、正の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc+と、負の値の電流の変化に対するインダクタンス値Ldc−の3つを演算すれば磁極の極性判別ができるため、実施例4よりも磁極の極性判別時の脈動電流の発生時間が減少し、永久磁石同期機の駆動装置の高効率化および低騒音化を図ることができる。
また、実施例5は、対象となる永久磁石同期機において、最初の極性判別時の基準インダクタンス値Ldc0の演算結果を保持しておくことで、それ以降の同一の永久磁石同期機の極性判別では、基準インダクタンス値Ldc0を演算するための高周波電圧の印加期間が不要となるため、さらなる永久磁石同期機の駆動装置の高効率化および低騒音化が図れる。
あるいは、実施例5において、インダクタンス演算部210eの代わりに、インダクタンス演算部210cを用いることでも実現できる。この場合、前述の基準インダクタンス値Ldc0を同定するための高周波電圧の印加期間が不要となるため、前述と同様、さらなる永久磁石同期機の駆動装置の高効率化および低騒音化が図れる。
図29は、実施例5において基準インダクタンスに、基準インダクタンスの以前の同定値またはモータ設計値を利用した場合の磁極極性判定部の入力信号とd軸電流の電流検出点を例示したグラフである。図29に示すように、基準インダクタンス値Ldc0を演算するための高周波電圧の印加期間は不要となる。
実施例6では、実施例1〜3が磁極の極性判別時に重畳する交流電圧成分の振幅を予め設定しておいた振幅指令値に基づいて制御しているのに対して、磁極の極性判別において正の値の電流の変化に対するインダクタンスの変化量の絶対値と負の値の電流の変化に対するインダクタンスの変化量の絶対値のどちらか一方が、所定の値以上となるよう重畳する交流電圧成分の振幅指令値を調整することで、実施例1〜3よりも磁極の極性判別において磁気飽和によるd軸インダクタンスの非線形特性やノイズ等の影響を受けにくい永久磁石同期機の駆動装置が実現できる。
図30は、実施例6の永久磁石同期機駆動システムの構成例を表すブロック図である。図1に示した実施例1と比較して、構成の相違部分のみを説明する。
図30において、実施例6の永久磁石同期機駆動システムは、図1の実施例1の位置・速度推定演算部112と重畳電圧演算部117の代わりに、位置・速度推定演算部112fと重畳電圧演算部117fを用いることで実現できる。
図31は、実施例6の位置・速度推定演算部の構成例を表すブロック図である。図31に示すように位置・速度推定演算部112fは、磁極極性判定部201fと、軸誤差推定演算部202と、速度推定演算部203と、位置推定演算部204を備える。
位置・速度推定演算部112fは、ベクトル制御部111が出力したdc軸電圧指令値Vdc*およびqc軸電圧指令値Vqc*と、重畳電圧演算部117fが出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*と、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcに基づいて、永久磁石同期機103の駆動周波数推定値ωr^と制御位相θdcと、振幅指令判定量ΔPampを演算し、出力する。なお、位置・速度推定演算部112fは、磁極極性判定部201f以外の構成は、実施例1の位置・速度推定演算部112と同じである。
図32は、実施例6の磁極極性判定部の構成例を表すブロック図である。図32に示すように、磁極極性判定部201fは、インダクタンス演算部210と、極性判別・反転処理部215と、磁極極性判定量演算器218fを備え、インダクタンス演算部210は、第一のインダクタンス演算部211と、第二のインダクタンス演算部212と、第三のインダクタンス演算部213と、第四のインダクタンス演算部214とを備える。
磁極極性判定部201fは、重畳電圧演算部117fが出力したdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*と、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcに基づいて、磁極極性補正位相θpnと振幅指令判定量ΔPampを演算し、出力する。なお、磁極極性判定部201fは、磁極極性判定量演算器218f以外の構成は、実施例1の磁極極性判定部201と同じである。また、磁極極性判定部201fは、インダクタンス演算部210の代わりに、実施例3で説明したようなインダクタンス演算部210cを用いてもよい。
図33は、実施例6の磁極極性判定量演算器の構成例を表すブロック図である。図33に示すように、磁極極性判定量演算器218fは、減算器810fおよび811fと、絶対値演算部281fおよび282fと、比較器283fと、切替器284fとを備える。
減算器810fは、インダクタンス演算部210が出力した第一のインダクタンス値Ldc1+と、第二のインダクタンス値Ldc2+の偏差量ΔLdc+を演算し、絶対値演算部281fに出力する。
減算器811fは、インダクタンス演算部210が出力した第三のインダクタンス値Ldc1−と、第四のインダクタンス値Ldc2−の偏差量ΔLdc−を演算し、絶対値演算部282fに出力する。
絶対値演算部281fおよび282fは、減算器810fおよび811fが出力したインダクタンスの偏差量ΔLdc+およびΔLdc−の絶対値を演算し、出力する。
比較器283fは、絶対値演算部281fが出力した正の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc+|と、絶対値演算部282fが出力した負の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc−|とを比較し、大小比較結果出力信号Sig−Cは、絶対値|ΔLdc+|が大きい場合は1を、絶対値|ΔLdc−|が大きい場合は0を出力する。
切替器284fは、比較器283fが出力した大小比較結果出力信号Sig−Cに基づいて、正の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc+|と、負の値の電流の変化に対するインダクタンスの偏差量の絶対値|ΔLdc−|の大きいほうを振幅指令判定量ΔPampとして出力する。
図34は、実施例6の重畳電圧演算部の構成例を表すブロック図である。図34に示すように重畳電圧演算部117fは、交流電圧成分印加部701fと、重畳電圧位相補正テーブル702と、dq座標変換部703とを備える。重畳電圧演算部117fは、dq座標変換部114が出力したdc軸電流検出値Idcおよびqc軸電流検出値Iqcと、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHと、位置・速度推定演算部112fが出力した振幅指令判定量ΔPampに基づいて、永久磁石同期機103に高周波電流(脈動電流)を発生させるためのdc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*を演算し出力する。なお、重畳電圧演算部117fは、交流電圧成分印加部701f以外の構成は、実施例1の重畳電圧演算部117と同じである。
図35は、実施例6の交流電圧成分印加部の構成例を表すブロック図である。図35に示すように、交流電圧成分印加部701fは、交流波形発生器711および713と、交流電圧波形に乗算する振幅指令を切り替える切替器712および714と、交流波形発生器711および713の出力値と切替器712および714の出力値をそれぞれ乗算して出力する乗算器804、805と、振幅指令調整器715f、716fとを備える。
交流電圧成分印加部701fでは、交流波形発生器711および713が電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて永久磁石同期機103に脈動電流を発生させるためのp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を出力する。また、切替器712および714は、pz軸座標系上に重畳するp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*に乗算する振幅指令値を切り替える切替器である。さらに、振幅指令調整器715fは、磁極極性判定量演算器218fが出力した振幅指令判定量ΔPampに基づいて、切替器712に入力される第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1と第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2の値を調整する。
振幅指令調整器716fは、磁極極性判定量演算器218fが出力した振幅指令判定量ΔPampに基づいて、切替器714に入力される第一のz軸交流電圧振幅指令Vz−ac_amp1と第二のz軸交流電圧振幅指令Vz−ac_amp2の値を調整する。そして、乗算器804、805にて、交流波形発生器711および713が出力したp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*と、切替器712および714が出力したp軸交流電圧成分振幅指令Kp−ac_amp*およびz軸交流電圧成分振幅指令Kz−ac_amp*と、をそれぞれ乗算して、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を出力する。
次に、実施例6の磁極極性判定の具体的な動作について説明する。図36は、実施例6の重畳電圧演算部のSW動作、出力電圧波形および磁極極性判定量演算器218fが出力する振幅指令判定量ΔPampの関係を例示したグラフである。図36において、図36(a)は、交流電圧成分印加部701fの切替器712のスイッチング指令SW1の切替例を示している。図36(b)は、交流電圧成分印加部701fの切替器714のスイッチング指令SW2の切替例を示している。図36(c)は、交流電圧成分印加部701fの振幅指令調整器715fが出力する第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1の波形例を示している。図36(d)は、交流電圧成分印加部701fの振幅指令調整器715fが出力する第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2の波形例を示している。図36(e)は、乗算器804の演算結果であるp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の波形例を示している。図36(f)は、乗算器805の演算結果であるz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の波形例を示している。図36(g)は、実施例6の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形例を示している。図36(h)は、磁極極性判定量演算器218fの切替器284fが出力した振幅指令判定量ΔPampの波形例を示している。なお、本実施例では、交流波形発生器711および713から出力されるp軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を矩形波としたが、正弦波を用いてもよい。
図37は、d軸方向の電流増加に対して磁石磁束方向のインダクタンスが極大点を有して単調減少するような特性を有する永久磁石同期機において、実施例6のインダクタンス演算部が出力するインダクタンス値を例示したグラフである。図37の(a)〜(d)に示したように、重畳する電圧指令に応じて発生するd軸の脈動電流の大きさが変化し、その結果、演算されるインダクタンス値Ldc1+、Ldc2+、Ldc1−、Ldc2−および振幅指令判定量ΔPampの大きさが変化していくことがわかる。
図36および図37を参照して、実施例6の磁極の極性判別における重畳電圧指令振幅調整の動作を説明する。重畳電圧演算部117fは、交流電圧成分印加部701fにて、交流波形発生器711および713が、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、p軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を演算し、切替器712および714に出力する。また、振幅指令調整器715fおよび716fが、磁極極性判定量演算器218fの切替器284fが出力した振幅指令判定量ΔPampに基づいて、第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1と、第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2と、第一のz軸交流電圧振幅指令Vz−ac_amp1と、第二のz軸交流電圧振幅指令Vz−ac_amp2を演算し、切替器712および714に出力する。さらに、切替器712および714のスイッチング状態を操作することで、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を制御している。
図36において、図36(h)の“t1”で示す一回目の極性判別では、切替器712のスイッチング指令SW1を、振幅指令に0が設定された状態2から、振幅指令に第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1が設定された状態1に切り替えることで、図36(e)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*に電圧振幅がVp−ac_amp1の矩形波電圧指令が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW1を状態1から状態2に切り替え、図36(e)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の出力を一度0にする。さらに、スイッチング指令SW1を状態2から、振幅指令に第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1とは異なる第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2が設定された状態3に切り替えることで、図36(e)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*に電圧振幅がVp−ac_amp2の矩形波電圧指令が出力される。そして、任意の時間が経過後、スイッチング指令SW1を状態3から状態2に切り替え、図36(e)のp軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の出力を0にする。
なお、本実施例では、図36(b)のスイッチング指令SW2を常に、振幅指令に0が設定された状態2にしておくことで、図36(f)のz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の出力を0にしている。また、本実施例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとし、p軸とdc軸とd軸はすべて一致しているものとする。
図36(h)の“t2”で示す二回目の極性判別では、振幅指令調整器715fによって調整された第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1と、第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2を用いて、前述した一回目と同様の手順で磁極の極性判別を実施する。
図37(a)は、二回目の極性判別終了時の演算結果であるインダクタンス値Ldc1+、Ldc2+、Ldc1−、Ldc2−および振幅指令判定量ΔPampを例示したものである。この二回目の磁極の極性判別演算の結果、振幅指令判定量ΔPampが目標値に達していない場合、振幅指令判定量ΔPampに基づいて、振幅指令調整器715fが第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1と、第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2を調整する。なお、振幅指令判定量ΔPampの目標値は、例えば、電流センサ等がノイズの影響を受けたとしても磁極の極性判別が正しく行える程度のインダクタンス偏差量の観測値とすればよく、電流センサを含む相電流検出部121の感度や永久磁石同期機103の特性などに応じて定める。
なお、図37(b)は、三回目の極性判別終了時の演算結果であるインダクタンス値Ldc1+、Ldc2+、Ldc1−、Ldc2−および振幅指令判定量ΔPampを例示したものである。図37(c)は、四回目の極性判別終了時の演算結果を例示し、図37(d)は、五回目の極性判別終了時の演算結果を例示したものである。
図37に示すような、d軸インダクタンス値Ldがd軸電流idに対して正の方向に極大点を有する永久磁石同期機の場合、この極大点のインダクタンス値を捉えることで、振幅指令判定量ΔPampが増加する。このとき、振幅指令判定量ΔPampの所望の目標値が、図36(h)の(1)で示す“第一の目標値”であれば、極性判別の結果に応じた磁極極性補正位相θpnの値を出力し、極性判別を終了してよい。また、このときの第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1および第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2の設定値を保持しておくことで、次回以降の磁極の極性判別において重畳電圧指令の振幅を調整する必要がなくなる。
一方、振幅指令判定量ΔPampの所望の目標値が、図36(h)の(2)で示す“第二の目標値”であった場合は、振幅指令判定量ΔPampに基づいて、振幅指令調整器715fが第一のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp1と、第二のp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_amp2を調整する。このように、実施例6では、図36(h)の“t3”、“t4”、・・・で示す三回目の極性判別、四回目の極性判別、・・・のように、この処理を繰り返し実施することで、磁極の極性判別時に永久磁石同期機に印加する重畳電圧指令を所望のS/N比に応じた電圧振幅に調整することができる。
なお、本実施例では、d軸インダクタンス値Ldがd軸電流idに対して正の方向に極大点を有する永久磁石同期機を例に説明したが、d軸インダクタンス値Ldがd軸電流idに対して単調減少する永久磁石同期機であっても同様に適用することが可能である。
したがって、実施例6では、インダクタンスの磁気飽和特性が未知の永久磁石同期機であっても、所望のS/N比に応じた振幅指令判定量ΔPampの目標値を設定して重畳電圧指令の振幅を調整することで、対象となる永久磁石同期機のd軸インダクタンスの磁気飽和特性や電流センサ等のノイズ環境に応じた必要最小限の電流で極性判別が実現できるようになり、永久磁石同期機の駆動装置の高効率化および低騒音化を図ることができる。
以上、実施例6について説明した。説明上、主として実施例1の構成を例にして説明したが、実施例2および3においても同様に適用可能である。
実施例7では、実施例4および5が磁極の極性判別時に重畳する直流電圧成分は予め設定しておいた目標電流指令値に基づいて電流制御された重畳直流電圧指令の演算結果を用いているのに対して、磁極の極性判別において正の値の電流の変化に対するインダクタンスの変化量の絶対値と負の値の電流の変化に対するインダクタンスの変化量の絶対値のどちらか一方が、所定の値以上となるよう重畳直流電圧指令を出力する電流制御の目標電流指令値を調整することで、実施例4および5よりも磁極の極性判別において磁気飽和によるd軸インダクタンスの非線形特性やノイズ等の影響を受けにくい永久磁石同期機の駆動装置が実現できる。
以下、図30の実施例6と比較して、構成要素の相違部分のみを説明する。図38は、実施例7の重畳電圧演算部の構成例を表すブロック図である。実施例7は、実施例6の重畳電圧演算部117fの代わりに、重畳電圧演算部117gを用いることで実現できる。
図38において、重畳電圧演算部117gは、交流電圧成分印加部701bと、重畳電圧位相補正テーブル702と、dq座標変換部703と、pz座標変換部704dと、直流電圧成分印加部705gと、加算器806dおよび807dとを備える。
直流電圧成分印加部705gは、pz座標変換部704dが出力したp軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Iz、ならびに位置・速度推定演算部112fが出力した振幅指令判定量ΔPampに基づいて、p軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*を演算し、加算器806dおよび807dに出力する。
なお、重畳電圧演算部117gは、直流電圧成分印加部705g以外の構成は、実施例4の重畳電圧演算部117dと同じである。
また、実施例7において、磁極極性判定部201fは、インダクタンス演算部210は実施例4と同じものとし、それ以外の構成は実施例6と同じものとする。
図39は、実施例7の直流電圧成分印加部の構成例を表すブロック図である。図39に示すように直流電圧成分印加部705gは、電流制御器751dおよび753dと、電流制御の目標電流指令値を切り替える切替器752dおよび754dと、p軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izの高周波リプル成分を除去するための移動平均演算器755dおよび756dと、切替器752dおよび754dの出力値と移動平均演算器755dおよび756dの出力値の偏差を出力する減算器808dおよび809dと、電流制御の目標電流指令値を調整する振幅指令調整器757gおよび758gとを備える。
直流電圧成分印加部705gにおいて、振幅指令調整器757gは、磁極極性判定量演算器218fが出力した振幅指令判定量ΔPampに基づいて、切替器752dに入力される第一のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp1と第二のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp2の値を調整する。振幅指令調整器758gは、磁極極性判定量演算器218fが出力した振幅指令判定量ΔPampに基づいて、切替器754dに入力される第一のz軸直流電流振幅指令Iz−dc_amp1と第二のz軸直流電流振幅指令Iz−dc_amp2の値を調整する。
減算器808dは、切替器752dが出力した電流制御のp軸目標電流指令値Ip−dc*と、移動平均演算器755dが出力したp軸電流検出移動平均値Ip−aveとの偏差を入力として、電流制御器751dが電流制御した演算結果をp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*として出力する。また、減算器809dは、切替器754dが出力した電流制御のz軸目標電流指令値Iz−dc*と、移動平均演算器756dが出力したz軸電流検出移動平均値Iz−aveとの偏差を入力として、電流制御器753dが電流制御した演算結果をz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*として出力する。
なお、本実施例では、p軸電流検出値Ipおよびz軸電流検出値Izの高周波リプル成分を除去するために移動平均演算をおこなったが、一次遅れフィルタやバンドパスフィルタなどを用いた演算処理をおこなってもよい。
図40は、実施例7の重畳電圧演算部のSW動作、出力電圧波形および磁極極性判定量演算器が出力する振幅指令判定量ΔPampの関係を例示したグラフである。重畳電圧演算部117gのSW動作として、図40(a)は、交流電圧成分印加部701bの切替器712bのスイッチング指令SW1の切替例を示している。図40(b)は、交流電圧成分印加部701bの切替器714bのスイッチング指令SW2の切替例を示している。図40(c)は、直流電圧成分印加部705gの切替器752dのスイッチング指令SW3の切替例を示している。図40(d)は、直流電圧成分印加部705gの切替器754dのスイッチング指令SW4の切替例を示している。図40(e)は、直流電圧成分印加部705gの振幅指令調整器757gが出力する第一のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp1の波形例を示している。図40(f)は、直流電圧成分印加部705gの振幅指令調整器757gが出力する第二のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp2の波形例を示している。図40(g)は、直流電圧成分印加部705gの電流制御器751dが出力したp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*の波形例を示している。図40(h)は、直流電圧成分印加部705gの電流制御器753dが出力したz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*の波形例を示している。図40(i)は、実施例7の磁極の極性判別時に永久磁石同期機103に流れるd軸電流idの波形例を示している。図40(j)は、磁極極性判定量演算器218fの切替器284fが出力した振幅指令判定量ΔPampの波形例を示している。
図40を参照して、実施例7の磁極の極性判別の重畳電圧指令振幅調整の動作を説明する。重畳電圧演算部117gは、交流電圧成分印加部701bにおける交流波形発生器711および713にて、PWM信号制御器115が出力した電流検出タイミング設定信号SAHに基づいて、p軸交流電圧波形Sp−ac*およびz軸交流電圧波形Sz−ac*を演算し、切替器712bおよび714bのスイッチング状態を操作することで、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*を制御している。
図40において、図40(a)の切替器712bのスイッチング指令SW1を、振幅指令に0が設定された状態2から、振幅指令にp軸交流電圧振幅指令Vp−ac_ampが設定された状態1に切り替えることで、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*に電圧振幅がVp−ac_ampの矩形波電圧指令が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW1を状態1から状態2に切り替え、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*の出力を0にする。
なお、本実施例では、図40(b)の切替器714bのスイッチング指令SW2を常に、振幅指令に0が設定された状態2にしておくことで、z軸重畳交流電圧指令Vz−ac*の出力を0にしている。
また、直流電圧成分印加部705gにて、振幅指令調整器757gおよび758gが、磁極極性判定量演算器218fの切替器284fが出力した振幅指令判定量ΔPampに基づいて、第一のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp1と、第二のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp2と、第一のz軸直流電流振幅指令Iz−dc_amp1と、第二のz軸直流電流振幅指令Iz−dc_amp2を演算し、切替器752dおよび754dに出力する。さらに、切替器752dおよび754dのスイッチング状態を操作し、電流制御のp軸目標電流指令値Ip−dc*およびz軸目標電流指令値Iz−dc*の少なくとも一方の出力が変更されることで、電流制御器751dおよび753dから出力されるp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*を制御している。
図40において、図40(j)の“t1”で示す一回目の極性判別では、図40(c)の切替器752dのスイッチング指令SW3を、目標電流指令値に0が設定された状態3から、目標電流指令に第一のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp1が設定された状態1に切り替えることで、図40(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令をIp−dc_amp1とするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態1から状態3に切り替え、図40(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
さらに、スイッチング指令SW3を状態3から、目標電流指令に第一のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp1の符号を反転した値が設定された状態2に切り替えることで、図40(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を−1×Ip−dc_amp1とするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態2から状態3に切り替え、図40(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
さらに、スイッチング指令SW3を状態3から、目標電流指令に第二のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp2が設定された状態4に切り替えることで、図40(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令をIp−dc_amp2とするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態1から状態3に切り替え、図40(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
さらに、スイッチング指令SW3を状態3から、目標電流指令に第二のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp2の符号を反転した値が設定された状態5に切り替えることで、図40(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を−1×Ip−dc_amp2とするp軸電流制御の演算結果が出力される。任意の時間が経過後、スイッチング指令SW3を状態5から状態3に切り替え、図40(g)のp軸重畳直流電圧指令Vp−dc*に目標電流指令を0とするp軸電流制御の演算結果が出力される。
なお、本実施例では、図40(f)の切替器754dのスイッチング指令SW4を常に、電流制御の目標電流指令に0が設定された状態3にしておくことで、図40(h)のz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*に目標電流指令を0とするz軸電流制御の演算結果が出力される。p軸重畳直流電圧指令Vp−dc*およびz軸重畳直流電圧指令Vz−dc*と、p軸重畳交流電圧指令Vp−ac*およびz軸重畳交流電圧指令Vz−ac*とを合成したpz軸座標系上の重畳電圧指令を、dq座標変換部703にて重畳電圧位相補正テーブル702が出力したp軸とdc軸の偏差量Δθpdに基づいて、dc軸重畳電圧指令値Vdh*およびqc軸重畳電圧指令値Vqh*に変換し、出力する。また、本実施例では、p軸とdc軸の偏差量Δθpdおよびd軸とdc軸の偏差量Δθcが零の状態であるものとし、p軸とdc軸とd軸はすべて一致しているものとする。
この一回目の磁極の極性判別演算の結果、図40(h)に示したように、振幅指令判定量ΔPampが、図40(j)の(1)で示す“目標値”未満の場合、振幅指令判定量ΔPampに基づいて、振幅指令調整器757gが第一のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp1と、第二のp軸直流電流振幅指令Ip−dc_amp2を調整する。振幅指令判定量ΔPampが“所定目標値”に達するまで、図40(j)の“t2”で示す二回目の極性判別、“t3”で示す三回目の極性判別、・・・を実施する。なお、振幅指令判定量ΔPampの目標値は、例えば、電流センサ等がノイズの影響を受けたとしても磁極の極性判別が正しく行える程度のインダクタンス偏差量の観測値とすればよい。
このように、実施例7では、この処理を繰り返し実施することで、磁極の極性判別時に永久磁石同期機に流れるd軸電流を所望のS/N比に応じたに電流振幅に調整することができる。
なお、本実施例では、d軸インダクタンス値Ldがd軸電流idに対して正の方向に極大点を有する永久磁石同期機を例に説明したが、d軸インダクタンス値Ldがd軸電流idに対して単調減少する永久磁石同期機であっても同様に適用することが可能である。
したがって、実施例7では、インダクタンスの磁気飽和特性が未知の永久磁石同期機であっても、所望のS/N比に応じた振幅指令判定量ΔPampの目標値を設定して重畳電圧指令を制御することで、対象となる永久磁石同期機のd軸インダクタンスの磁気飽和特性や電流センサ等のノイズ環境に応じた必要最小限の電流で極性判別ができるようになり、永久磁石同期機の駆動装置の高効率化および低騒音化を図ることができる。
以上、実施例7について説明した。説明上、主として実施例6の構成を例にして説明したが、実施例4および5においても同様に適用可能である。
図41は、実施例8の、実施例1〜7のいずれかの永久磁石同期機の駆動装置を搭載する鉄道車両の一部の概略の構成例を示した図である。例えば鉄道車両は、永久磁石同期機103aおよび103bが搭載された台車、ならびに、永久磁石同期機103cおよび103dが搭載された台車を有する。また鉄道車両は、制御器101、電力変換器102、指令発生器105、および相電流検出部121を含む永久磁石同期機の駆動装置が搭載されている。鉄道車両は、運転士によりマスター・コントローラを介して入力された運転指令に基づき指令発生器105が発生したトルク指令値Tm*に応じて、架線から集電装置を介して供給された電力を電力変換器102で交流電力に変換して永久磁石同期機103に供給されることで永久磁石同期機103を駆動する。永久磁石同期機103は鉄道車両の車軸と連結されており、永久磁石同期機103により鉄道車両の走行が制御される。実施例8では、鉄道車両に、実施例1〜7を適用することで、駆動装置の起動時に、より少ない電流で、騒音の発生が少ない、永久磁石同期機の磁極の極性判別が実施可能な鉄道車両を実現できる。
なお、上記実施例における電力変換器102では、三相フルブリッジの電圧形2レベル変換器を例に説明したが、永久磁石同期機の磁極の極性判別法は、永久磁石同期機に流れる電流の変化から求まるインダクタンスの変化量に基づくものであり、永久磁石同期機に電流を流すための電力変換器の構成や制御方式にはよらないため、3レベル変換器その他のマルチレベル変換器や、電流形の電力変換器等、様々なタイプの電力変換器についても同様に適用が可能である。
上記実施例では、永久磁石同期機の駆動装置を例に説明したが、本発明は発電機を含む同期機にも広く適用可能である。例えば、風力発電システムや水力発電システム等では、永久磁石同期発電機が機械的なエネルギーを受け取り、永久磁石同期発電機の回転軸が回転することでモータ端子間に電気エネルギーが作られ、その発電エネルギーを電力変換器で制御することになる。発電機システムへの適用を考えた場合、上記実施例で説明した電力変換器を用いて電源から供給される電気エネルギーを永久磁石同期機に与えて機械的なエネルギーに変換する制御装置とはエネルギーフローの考え方が異なるだけである。したがって、永久磁石同期発電機を停止状態や極低速運転状態から電力変換器を用いて始動させる場合には、同様に、永久磁石同期発電機の磁極の極性を判別する手段が必要となる。また、エンジン発電機システムでは、発電機をエンジンの始動用モータ(スタータモータ)として使用することがあり、電力変換器を制御して永久磁石同期発電機を始動する際に本発明の磁極の極性判別手段を適用することで、より少ない電流で、騒音の発生が少ないエンジン発電機システムの始動が実現できる。
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば上述した実施例は本発明を分かりやすく説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。さらに実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。また上述の実施の形態および変形例で例示した各構成および各処理は、実装形態や処理効率に応じて適宜統合、分離、または処理順序の入れ替えを行ってもよい。また、例えば上述の実施例および変形例は、矛盾しない範囲で、その一部または全部を組合せてもよい。