以下、本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池用正極活物質(以下、単に正極活物質と言うことがある。)とその製造方法について詳細に説明する。なお、以下の説明は、本発明の内容の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。本発明は、本明細書に開示される技術的思想の範囲内において当業者による様々な変更が可能である。
[正極活物質]
本実施形態に係る正極活物質は、リチウムと遷移金属とを含んで組成され、空間群R−3mに帰属される層状岩塩型の結晶構造(以下、層状構造ということがある。)を有するリチウム複合化合物である。この正極活物質は、電圧の印加によってリチウムイオンを可逆的に吸蔵及び放出することを可能としており、リチウム二次電池用(リチウムイオン二次電池用)の正極活物質として好適に用いられる。
本実施形態に係る正極活物質は、次の式(1):
Li1+aM1O2+α・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1は、Li以外の金属元素であって少なくともNiを含み、M1当たりにおける前記Niの割合が70原子%を超え、a及びαは、−0.1≦a≦0.2、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)で表される。
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム(Li)以外の金属元素(M1)当たりにおけるニッケル(Ni)の割合が70原子%を超える組成を有することにより、高いエネルギー密度や高い充放電容量を実現することができる正極活物質である。なお、リチウム(Li)以外の金属元素(M1)当たりにおけるニッケル(Ni)の割合は、70原子%を超え100原子%以下の範囲で適宜の値を採ることが可能である。このようにニッケルを高い割合で含む正極活物質であるが故にNi2+をNi3+へと酸化させる酸化反応が効率的に行われることは重要である。
リチウム(Li)以外の金属元素(M1)としては、ニッケルの他に、遷移金属元素が含まれていてもよいし、非遷移金属元素が含まれていてもよいし、これらが組み合わされて含まれていてもよい。このような金属元素(M1)の具体例としては、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、タングステン(W)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、スズ(Sn)等が挙げられる。これらの中でも、層状構造を安定させる観点からは、コバルト(Co)、マンガン(Mn)が含まれていることが好ましく、さらに、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)のうち少なくとも一つが含まれていることが好ましい。
本実施形態に係る正極活物質は、より好ましい具体的な組成が次の式(2):
Li1+aNibMncCodM2eO2+α・・・(2)
(但し、前記式(2)中、M2は、Mg、Al、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e及びαは、−0.1≦a≦0.2、0.7<b≦1.0、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0≦e≦0.25、b+c+d+e=1、及び、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)で表される。
以下、前記式(1)及び(2)におけるa、b、c、d、e及びαの規定範囲について説明する。
前記式におけるaは、−0.1以上かつ0.2以下とする。aは、一般式;LiM´O2で表される正極活物質の量論比、すなわちLi:M´:O=1:1:2からのLiの過不足量を表している。ここで、M´は、前記式(1)や(2)におけるLi以外の金属元素を表す。リチウムが少ないほど、充電前の遷移金属の価数が高くなって、リチウムが脱離した時の遷移金属の価数変化の割合が低減され、正極活物質の充放電サイクル特性が向上する。その反面、リチウムが過剰であると、正極活物質の充放電容量は低下する。よって、aを前記の範囲に規定することで、正極活物質の充放電サイクル特性を向上させ、かつ充放電容量を高くすることができる。より好ましいaの範囲は、−0.05以上かつ0.1以下である。aが−0.05以上であれば、充放電に寄与するのに十分な量のリチウムが確保されるため、正極活物質の高容量化を図ることができる。また、aが0.1以下であれば、遷移金属の価数変化による電荷補償が十分になされるので、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。
前記式において、bは、0.7を超えかつ1.0以下とする。ニッケルが多いほど、充放電容量を高くするのに有利である。bを前記の範囲に規定することで、正極活物質を安定的に高容量化することができる。より好ましいbの範囲は、0.75以上かつ0.95以下である。bが0.75以上であれば、充放電容量がより高くなる。
前記式において、cは、0以上かつ0.3未満とする。マンガンが添加されていると、充電によってリチウムが脱離しても層状構造が安定に維持されるようになる。一方、マンガンが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、cを前記の範囲に規定することで、充放電によってリチウムの挿入と脱離とが繰り返されたとしても、正極活物質の結晶構造を安定に維持することが可能になる。よって、高い充放電容量と共に、良好な充放電サイクル特性や、熱的安定性等を得ることができる。より好ましいcの範囲は、0.01以上かつ0.15以下である。cが0.01以上であれば、正極活物質の結晶構造がより安定化する。また、cが0.15以下であれば、ニッケル等の他の遷移金属の割合が高くなるので、正極活物質の充放電容量が損なわれ難くなる。
前記式において、dは、0以上かつ0.3未満とする。コバルトが添加されていると、充放電容量が大きく損なわれること無く、充放電サイクル特性が向上する。一方、コバルトが過剰であると、原料費が高価となるので、正極活物質の工業的な生産において不利になる虞がある。よって、dを前記の範囲に規定することで、良好な生産性をもって、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。より好ましいdの範囲は、0.01以上かつ0.25以下である。dが0.01以上であれば、充放電容量や充放電サイクル特性がより向上する。また、dが0.25以下であれば、原料費がより低廉となるので、正極活物質の生産性が良くなる。
前記式において、eは、0以上かつ0.25以下とする。Mg、Al、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素(M2)が添加されていると、正極活物質の電気化学的活性を維持しながらも、結晶構造の安定性や、充放電サイクル特性をはじめとする電極性能を向上させることができる。一方、M2が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、eを前記の範囲に規定することで、高い充放電容量と、良好な電気化学的特性とを両立させることができる。
前記式において、M2は、チタンを少なくとも含むことが好ましい。チタンは、正極活物質中において、主に、Ti3+又はTi4+の状態で存在している。チタンは、充電時にTi3+からTi4+に酸化され、放電時にTi4+からTi3+に還元されることにより、電気化学的に寄与する。すなわち、M2は、Ti及びM3で構成することができる。ここで、M3は、Mg、Al、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。チタンは、量論比のリチウムに対する比率、すなわち前記式における係数を、0を超えかつ0.25以下とすることが好ましく、0.005以上かつ0.15以下とすることがより好ましい。チタンが添加されていると、充放電容量が大きく損なわれること無く、充放電サイクル特性が向上する効果が得られる。一方、チタンが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、チタンの係数を前記の範囲に規定することで、正極活物質の合成条件を大きく変更すること無く、適正な電極特性を得ることができる。また、チタンは、比較的安価で入手が容易であるため、工業材料として適している。他方、M3についての係数は、0.10以上かつ0.245以下としてもよい。
前記式において、チタンは、正極活物質が未だ充電及び放電されていない初期状態において、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy;X線光電子分光)に基くTi3+とTi4+の原子比(Ti3+/Ti4+)が、1.5以上かつ20以下であることが好ましい。このように電気化学的に寄与するTi3+をTi4+の1.5倍から20倍多く含んでいると、正極活物質の初期状態におけるニッケルがNi3+からNi2+に還元されることに起因する充放電容量の低下を効果的に抑制することができる。また、充放電サイクルに伴って正極活物質中にNi2+が生成されたとき、Ti3+がTi4+に酸化されて電荷補償を担うことで、正極活物質の結晶構造が保たれ易くなる。さらに、正極活物質の表面のニッケルイオンの露出を抑制することができるので、充放電に伴って生じる電解液の分解反応を抑制することができる。なお、原子比(Ti3+/Ti4+)が、1.5未満であると、ニッケルの還元に起因する充放電容量の低下を十分に抑制することができず、高い充放電容量を実現するのが困難になる虞がある。また、原子比(Ti3+/Ti4+)が、20を超えると、正極活物質を焼成するときに焼結による過剰な粒成長を伴うため、充放電容量が低くなる虞がある。
前記式において、αは、−0.2以上かつ0.2以下とする。αは、化学式LiM´O2で表される正極活物質の量論比からの酸素(O)の過不足量を表している。αが前記の範囲であれば、正極活物質の結晶構造の欠陥は少なく、良好な電気化学的特性が得られる。但し、αは、正極活物質に要求される性能によっては、層状構造をより安定的に維持する観点から、−0.1以上かつ0.1以下であることが好ましい。
本実施形態に係る正極活物質は、例えば、粉末状の形態を採ることができる。粉末状の正極活物質は、個々の粒子が分離したリチウム複合化合物の一次粒子を含んでいてもよく、複数の一次粒子が造粒、焼結等によって結合した二次粒子を含んでいてもよい。二次粒子は、乾式造粒及び湿式造粒のうちのいずれによって造粒されたものであってもよい。造粒手段としては、例えば、スプレードライヤや、転動流動層装置等の造粒機を利用することができる。
正極活物質のBET比表面積は、0.2m2/g以上かつ2.0m2/g以下であることが好ましい。一次粒子や二次粒子の集合からなる粉末状の正極活物質のBET比表面積がこの範囲であると、正極における正極活物質の充填性が改善し、エネルギー密度がより高い正極を製造することが可能になる。なお、BET比表面積は、例えば、自動比表面積測定装置を用いて測定することができる。
正極活物質の結晶構造は、例えば、X線回折法(X-ray diffraction;XRD)等によって確認することができる。また、正極活物質の組成は、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;ICP)発光分光分析、原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry;AAS)等によって確認することができる。
正極活物質の粒子破壊強度は、50MPa以上かつ100MPa以下であることが好ましい。正極活物質の一粒子当たりの粒子破壊強度がこの範囲であると、電極を作製する過程で正極活物質の粒子が破壊され難くなり、正極集電体に正極活物質を含む正極合剤スラリーを塗工して正極合剤層を形成するとき、剥がれ等の塗工不良が発生し難くなる。正極活物質の粒子破壊強度は、例えば、微小圧縮試験機を用いて測定することができる。
[正極活物質の製造方法]
本実施形態に係る正極活物質の製造方法は、リチウム二次電池の正極に用いられる正極活物質であって、前記式(1)で表され、層状岩塩型の結晶構造を有するリチウム複合化合物を合成する方法に関する。なお、リチウム複合化合物の好ましい具体的な組成は、前記式(2)で表される。
図1は、本発明の一実施形態に係る正極活物質の製造方法のフロー図である。
図1に示すように、本実施形態に係る正極活物質の製造方法は、混合工程S1と、焼成工程S2と、を有している。混合工程S1を経て原料の化合物から前駆体が調製され、前駆体が焼成工程S2で焼成されることにより、リチウム二次電池(リチウムイオン二次電池)の正極の材料となり得るリチウム複合化合物が合成される。本実施形態に係る製造方法は、焼成工程S2を構成する一工程として、焼成前のリチウム複合化合物の前駆体を焼成炉として用いるロータリーキルンで転動させつつ熱処理を行う熱処理工程を少なくとも有している。
混合工程S1では、リチウムを含む化合物と、正極活物質を組成するLi以外の金属元素を含む化合物とを混合する。リチウムを含む化合物としては、少なくとも炭酸リチウムを用いる。炭酸リチウムは、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、硫酸リチウム等と比較して、供給が安定していて調達性が良く、低廉である。また、融点が高いので、製造装置へのダメージが少なく、工業利用性及び実用性に優れている。
正極活物質を組成するLi以外の金属元素を含む化合物としては、ニッケルを含む化合物や、マンガンを含む化合物や、コバルトを含む化合物や、M2等の他の金属元素を含む化合物を混合する。
ニッケルを含む化合物としては、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、酢酸塩等を用いることができる。これらの中でも、特に、酸化物又は水酸化物を用いることが好ましい。酸化物や水酸化物であれば、炭酸塩や酢酸塩等を用いる場合と異なり、焼成の過程で大量の炭酸ガスを発生することが無いので、ニッケルの割合が高く、高純度を有するリチウム複合化合物を安定的に製造することができる。
マンガンを含む化合物や、コバルトを含む化合物としては、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、酢酸塩等を用いることができる。これらの中でも、特に、酸化物、水酸化物、又は、炭酸塩を用いることが好ましい。また、M2等の他の金属元素を含む化合物としては、例えば、炭酸塩、酸化物、水酸化物、酢酸塩、硝酸塩等を用いることができる。これらの中でも、特に、炭酸塩、酸化物、又は、水酸化物を用いることが好ましい。尚、化合物でなくともニッケル、マンガン、コバルトの金属元素そのものや、その合金を用いることもできる。本発明ではこのような化合物以外を用いる場合も含むものとする。
また、ニッケル、コバルト、マンガン等においては、共沈法にて複合水酸化物として作成したものを用いてもよい。
混合工程S1では、具体的には、前記式に対応する所定の元素組成比で原料の各化合物を秤量し、各化合物を粉砕及び混合して、各化合物が混和した粉末状の混合物を調製する。各化合物は、均一に混和すると共に粒度も揃える観点から、平均粒径が1μm未満となるまで粉砕することが好ましい。化合物を粉砕する粉砕機としては、例えば、ボールミル、ジェットミル、サンドミル等の一般的な精密粉砕機を用いることができる。
また、前述のとおり、共沈法で用いた複合水酸化物であれば、必ずしも1μm未満まで粉砕しなくてもよく、前述のリチウムを含む化合物と十分に混合すればよく、このような複合水酸化物とリチウムを含む化合物との混合も、混合工程S1の別例として挙げることができる。
原料の化合物の粉砕は、湿式粉砕とすることが好ましく、工業的な観点からは、水を分散媒とした湿式粉砕が特に好ましい。湿式粉砕して得られる固液混合物は、例えば、乾燥機を用いて造粒乾燥させてよい。乾燥機としては、例えば、噴霧乾燥機、流動床乾燥機、エバポレータ等を使用することができる。
焼成工程S2では、混合工程S1を経て得られた前駆体を焼成して層状構造を有するリチウム複合化合物を得る。焼成工程S2は、図1に示すように、第1前駆体を形成する第1熱処理工程S21と、第2前駆体を形成する第2熱処理工程S22と、仕上の熱処理である第3熱処理工程S23と、を有することが好ましい。このうち第2熱処理工程S22と第3熱処理工程S23とは、焼成前のリチウム複合化合物の夫々の前駆体を、焼成炉として用いるロータリーキルンで転動させつつ熱処理を行う熱処理工程を有することが好ましい。尚、図2及び図4に示す構成のロータリーキルンは、これらの熱処理工程のうち、いずれの熱処理工程において使用してもよいが、図2に示す構成のロータリーキルン1Aは、比較的低温で長時間の熱処理を施す第2熱処理工程S22において使用することが好ましく、図4に示す構成のロータリーキルン1Bは、酸化反応の仕上げを行う第3熱処理工程S23において使用することが好ましい。
まず、ロータリーキルン1Aについて説明する。
図2は、リチウム二次電池用正極活物質の製造に使用するロータリーキルンの概略構造を示す図である。
図2に示すように、ロータリーキルン1Aは、炉心管10Aと、ヒータ20Aと、第1給気系統である内筒管30Aと、第2給気系統である給気経路40Aと、リフター50Aと、を備えている。ロータリーキルン1Aは、粉末状のリチウム複合化合物の前駆体を被処理物Maとして熱処理を行うために用いられる。
炉心管10Aは、中空の略円柱形状を有しており、長手方向の一端側に被処理物Maの投入部、他端側に熱処理物の回収部を有している。炉心管10の全長は8000〜12000mm程度、内径は600〜2000mm程度であり、被処理物Maの投入部が回収部よりも上方に位置するように、水平面に対して長手方向に傾斜して設置される。炉心管10Aの中央部には全長にわたって内筒管30Aが挿入配置されており、その容積は上記炉心管10Aの容積の4〜64%に相当する程度となっている。例えば、内筒管30Aが円筒形であれば、その外径は炉心管10Aの内径の20〜80%相当となり、120〜1600mm程度の管となる。上記容積が4%未満であると、内筒管径が炉芯管内径の20%未満と細くなってしまうため加熱中に軟化して内筒管が変形してしまう虞があり好ましくない。また、64%を超えると内筒管と炉芯管の隙間が狭くなって被処理物Maを十分充填できなくなり好ましくない。好ましくは10〜64%、より好ましくは25〜64%程度である。従い、リチウム複合化合物の前駆体は、投入部に設置される不図示の粉体投入装置から炉心管10Aの内部に投入され、炉心管10Aの内部を長手方向に流動して熱処理される。炉心管10Aの傾斜角度は、特に限定されないが、通常、0.5〜3°の範囲である。なお、本明細書においては、炉心管10Aの長手方向における投入部側を「上流」、回収部側を「下流」とする。
炉心管10Aは、不図示のモータ等の動力が駆動ギヤないしローラーを介して連結される。炉心管10Aは、このようなモータ等の駆動により、円柱形状の中心軸を回転軸として回転するようになっている。そのため、投入部から炉心管10Aに投入されたリチウム複合化合物の前駆体(Ma)は、炉心管10Aが回転することにより、炉心管10Aの内部を転動しながら流下し、回収部において不図示の粉体回収装置により回収される。炉心管10Aの回転速度は、特に限定されないが、通常、0.5〜3rpmの範囲である。
炉心管10Aは、クロムのような有害成分が排出されない材料であれば、Fe、Ni、W、Mo、Ti等の金属、或いは、これらの金属を主成分とする合金製であってもよく材料は制限を受けない。但し、ステンレス製やセラミックス製などの高温耐熱材料であることが好ましい。また、長い管となると製造上の制約からステンレス材などの鉄系の高温耐熱材とすることが良い。このとき、図3に示すように、ステンレス材の外層(外殻と言っても良い)10A1と、金属ニッケル材あるいはニッケル合金材の内層(内殻と言っても良い)10A2と、からなる二重構造をとることが好ましい。被処理物Maが流動し接触する内殻側をニッケル材とすることで不純物の混入を制限することが出来るし、酸化皮膜を形成し炉心管の酸化を抑制できる。このように内層と外層からなる二重層の構造のほかに、耐熱性の層や、耐酸化性の層、焼成炉として均熱などを目的とした熱伝導性を有する層、破断防止の延性展性を有する層や、剛性の高い強度向上のための層を加えるなど、多層構造を採っても良い。特に、高温耐熱性のステンレス材からなる層を選択することにより、加熱時の強度を保てるため、自重変形を回避することができる。よって、炉心管全体の強度が向上すると共にFe等の不純物の混入も避けられる。さらに、炉心管の内層10A2の内面と内筒管の外層30A2の外面においては、Alまたはアルミナをコーティングしたものを用いてもよい。特に、Alは炉心管10Aと内筒管30Aが金属製のため、密着性が向上しコーティング時の剥離を防止しつつ、かつ、炉内中の酸素と反応してアルミナになることから前駆体と接する面が化学的に安定化し、リチウムとの反応性も抑制できて焼成には好都合である。
ヒータ20Aは、炉心管10Aの胴周りに設置されている。ヒータ20Aは、炉心管10Aの長手方向の一部の区間であって、図2に一点鎖線で示される加熱帯域120Aを覆っており、加熱帯域120Aを目標温度まで昇温させることができる。また、ヒータ20Aは、加熱帯域120Aよりも上流側の区間であって、図2に二点鎖線で示される所定距離の予熱帯域110Aを、目標温度よりも低い温度に予熱する。そのため、ヒータ20Aが稼働している炉心管10Aにリチウム複合化合物の前駆体が投入されると、前駆体は、予熱帯域110Aで予熱された後に加熱帯域120Aで目標温度まで加熱されて転動しながら熱処理される。但し、ヒータ20Aは、加熱帯域120Aについて均一な熱処理を行える限り、配置位置や機数は特に限定されない。ヒータ20Aは、急激な熱処理が進まないように予熱帯域110Aが確保されていれば、一個所に集約して配置してもよいし、複数個所に分けて配置してもよい。
内筒管30Aは、炉心管10Aの内部に不図示のガス源から酸化性ガスを給気する第1給気系統を構成しており、被処理物Maを熱処理するときに、炉心管10Aの内周面側に向けて酸化性ガスを噴射する為に用いられる。内筒管30Aは、図3に示すように、金属ニッケル材あるいはニッケル合金材からなる外層(外殻と言っても良い)30A1と、ステンレス材などの鉄系の高温耐熱材からなる内層(内殻と言っても良い)30A2と、からなる二重構造をとっている。そして、上述したように炉心管10Aの容積の4〜64%に相当する外径となし、炉心管10A内の中央部に長手方向の略全長にわたって配置されている。二重管構造を採っているのは炉心管10Aと同様の理由で強度向上と不純物の混入を避けるためである。尚、二重層の構造の他に多層構造を採っても良いことは炉心管の場合と同様である。さらに、上記した容積の関係とすることで第1給気系統である内筒管30Aを長尺としても変形させずに機能させることができる。さらに炉心管10A内で被処理物Maが流動する有効体積を減ずることができ、これにより第2給気系統(給気経路)から給気される酸化性ガスの給気量を節約できる。尚かつ、少ない給気量でも被処理物Maの上を流れる流速を維持して被処理物から発生するCO2ガスを効率よく排気することができる。
内筒管30Aは、炉心管10Aの長手方向に沿って配列し、鉛直下方側に向けて開口した複数の噴射口32Aを有している。噴射口32Aのそれぞれは、不図示のガス源から圧送される酸化性ガスを、炉心管10Aの下方側の内周面に向かってシャワー状に噴射することができる。すなわち、第1給気系統により、転動しつつ熱処理されている前駆体に酸化性ガスが吹き付けられることで、前駆体に酸素が直接的に供給され、酸化反応が効率的に促進されるようになっている。また、前駆体から発生した炭酸ガスが上記酸化性ガスによって舞い上げられて、前駆体の近傍から迅速に排除されるようになっている。つまり、前駆体から発生して炉心管10A内を滞留している炭酸ガスが前駆体と再反応し、炭酸リチウムが再び生成してリチウム複合化合物の生成を阻害するのが防止される。
内筒管30Aは、酸素の給気と炭酸ガスの排気とを効率的に行うと共に、被処理物の粉末の飛散を防止する観点から、酸化性ガスの吹き付け量や吹き付け角度や酸素濃度が調節可能に設けられることが好ましい。例えば、吹き付け量は、第1給気系統のガス流量を調整したり、噴射口32Aを開閉自在に設け、噴射口32Aの開口数を調整したりすることにより調節することができる。また、吹き付け角度は、内筒管30Aを中心軸を回転軸として回動自在に設けることにより調節することができる。例えば、炉心管10Aの回転方向に対して順方向又は逆方向に0°を超え45°以下程度の角度にして噴射させてよい。また、吹き付け角度は、内筒管30Aを炉心管10Aの内部で水平方向等に移動させることにより調節することができる。例えば、内筒管30Aを炉心管10Aの中心軸から偏心した位置に静止させて噴射させてよい。また、酸素濃度については、炉心管10Aの入口若しくは出口付近、或いは任意の場所に酸素濃度検知手段を設け、検知した酸素濃度が規定値になるように酸素量を監視制御することにより調節することができる。そして、これらの吹き付け量、吹き付け角度、酸素濃度を適宜組み合わせて調節することもできる。なお、酸素濃度検知手段に代えて、或いは併用して二酸化炭素濃度検知手段を設け、検知した二酸化炭素濃度が規定値になるように酸素量を監視制御することにより調節することもできる。
第2給気系統は、被処理物Maを熱処理するときに、炉心管10Aの内部に炉心管10Aの軸方向に向けて酸化性ガスの気流を発生させる。酸化性ガスは、炉心管10Aの上流側から下流側に向けて流しても良いが、炉心管10Aの下流側から上流側に向けて流すことが好ましい。ここでは、前記炉心管10Aの内層面と内筒管30Aの外層面との間の空間をそのまま給気経路40Aとしている。即ち、この給気経路40Aが被処理物Maが流動する空間となるし、第2給気系統としても機能する。但し、この空間に独立した給気管を挿入して第2給気系統を構成してもよい。この場合、炉心管10Aの内部の加熱帯域120Aよりも下流側に配置され、炉心管10Aの上流側に向かってガスの吹き出し口が開口していると良い(図4参照)。
給気経路40Aは、下流側から上流側に向けて略水平方向に酸化性ガスを流し、酸化性ガスは、加熱帯域120Aや予熱帯域110Aを通過した後に、炉心管10Aの上流側に設けられた不図示の排気口から外部に排気される。すなわち、第2給気系統により、炉心管10Aの内部に酸化性ガスの気流が形成されることで、熱処理によって前駆体から発生した炭酸ガスが酸化性ガスと共に気流に乗って排気されるようになっている。第2給気系統による酸化性ガスの気流が、前駆体が流下する方向に対向する流れであると、炭酸ガスの濃度が炉心管10Aの下流側ほど低くなるため、下流側で熱処理を終える被処理物Maの炭素混入量を確実に低減させることができる。なお、給気経路40Aによる酸化性ガスの給気量や給気方向等も適宜調節することができる。
第1給気系統や第2給気系統が給気する酸化性ガスとしては、酸素元素との反応を促進するガスであって酸素ガス、酸素濃縮空気等が用いられる。第1給気系統や第2給気系統が給気する酸化性ガスは、酸素濃度が50%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、100%であれば特に好ましい。
リフター50Aは、炉心管10Aの内周面に設けられている。リフター50Aは、炉心管10Aの内周面の周方向の一部から内側に向けて突出しており、炉心管10Aの回転に伴って被処理物Maをかき上げて攪拌する。すなわち、リフター50Aによって攪拌されることにより、前駆体の粉末中の表面粉と底部粉とが入れ替わりながら流動し、酸素との接触確率やその均一性が高められると共に、前駆体から発生した炭酸ガスが粉末中の粒子間隙から効率的に排除される。そのため、第1給気系統や第2給気系統が給気する酸化性ガスの下でリフター50Aが前駆体を攪拌することにより、酸素の給気と炭酸ガスの排気とが効果的に進み、リチウム複合化合物を生成する固相反応が大きく促進される。
リフター50Aは、適宜の形状及び個数で設けることができる。リフター50Aは、例えば、炉心管10Aの長手方向に延びる羽根状、突条状、パイプ状、角柱状等に設け、炉心管10Aの周方向に対しては適宜の間隔で複数配設してよい。リフター50Aは、炉心管10Aの長手方向について、隙間無く連続していてもよいし、隙間を空けて断続していてもよい。
リフター50Aは、炉心管10Aの内部の全長にわたって設けられてもよいが、炉心管10Aの内周面のうち、熱処理においてヒータ20Aにより目標熱処理温度で直接的に加熱される帯域(加熱帯域120A)のみに備えられ、加熱帯域120Aよりも上流側や下流側には備えられないことが好ましい。加熱帯域120Aよりも上流側の予熱帯域110A等では、炭酸ガスの発生が著しく、このような領域で前駆体の粉末を攪拌すると、前駆体と炭酸ガスとが反応して炭酸リチウムが生成し、リチウム複合化合物の形成反応が妨げられる虞がある。これに対して、リフター50Aを加熱帯域120Aのみに備えても、固相反応を十分に促進させることが可能である一方で、加熱帯域120Aよりも上流側や下流側に備えないことにより、必要以上に攪拌された前駆体の微粉が酸化性ガスの気流と共に排出されて回収率が低下する事態を抑制することができる。
次に、ロータリーキルン1Bについて説明する。
図4は、上述したように酸化反応の仕上げを行う工程で使用することが好ましいロータリーキルンの概略構造を示す図である。
図4に示すように、ロータリーキルン1Bは、炉心管10Bと、ヒータ20Bと、第1給気系統である第1給気管30Bと、第2給気系統である第2給気管40Bと、リフター50Bと、を備えている。即ち、上述のロータリーキルン1Aとロータリーキルン1Bとは、内筒管30Aが第1給気管30Bに相当しており、その機能は同じである。また、給気経路40Aが第2給気管40Bに相当しており、その機能は同じである。また、その他の構成要素についても基本的に同じであるので符号末尾にBを付けて同じ構成と機能であることを示している。従って、その説明についても省略する。
以上のロータリーキルン1A、1Bによると、酸素の給気、炭酸ガスの排気及び前駆体の給粉が連続的に実施されるため、前駆体の熱処理を短時間で行うことができる。特に、酸素の給気は、閉鎖空間を形成している炉心管10に対して行われるため、開放空間で熱処理を行う搬送炉等と比較して、低コストで行うことができる。また、第1給気系統は、前駆体に直接的に酸化性ガスを吹き付けるため、高濃度の酸素を前駆体に供給することができるし、前駆体から発生した炭酸ガスを舞い上げて、流動している前駆体から確実に分離排除することができる。また、第2給気系統は、炉心管10の内部で上方に舞い上げられた炭酸ガスを速やかに炉外に排気するため、熱処理された前駆体が炭酸ガスに接触するのを防止することができる。すなわち、第1給気系統のみでは、前駆体から発生した炭酸ガスが炉心管10から排出されずに滞留し、第2給気系統のみでは、前駆体の粉末中の粒子間隙に滞留している炭酸ガスが排除され難いところ、第1給気系統と第2給気系統とを併用すると、酸素の給気と炭酸ガスの排気の循環が効率的に継続され、結晶の欠陥や不純物が少ない熱処理物を得ることができる。
次に、焼成工程S2の詳細について説明する。
焼成工程S2は、図1に示すように、第1前駆体を形成する第1熱処理工程S21と、第2前駆体を形成する第2熱処理工程S22と、仕上の熱処理である第3熱処理工程S23と、を有することが好ましい。図2に示す構成のロータリーキルン1Aは、これらの熱処理工程のうち、いずれの熱処理工程において使用してもよいが、上述したように、比較的低温で長時間の熱処理を施す第2熱処理工程S22において使用することが好ましく、図4に示す構成のロータリーキルン1Bは、酸化反応の仕上げを行う第3熱処理工程S23において使用することが好ましい。
第1熱処理工程S21では、混合工程S1で得られた混合物を200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で、0.5時間以上かつ5時間以下にわたって熱処理することで第1前駆体を得る。第1熱処理工程S21は、混合工程S1で得られた混合物から、正極活物質の合成反応を妨げる水分等のような気化性が高い成分を除去することを主な目的として行われる。この工程では、炭酸リチウム等の原料の熱分解や不純物の燃焼等に伴って発生した炭酸ガス等が、水分と共に混合物から排除される。第1熱処理工程S21において、熱処理温度が200℃未満であると、不純物の燃焼反応や原料の熱分解反応が不十分となる虞がある。一方、熱処理温度が400℃を超えると、この工程でリチウム複合化合物の結晶化が進み、水分、不純物等を含むガスの存在下で欠陥が多い結晶構造が形成される虞がある。これに対して、前記の熱処理温度であれば、水分、不純物等が十分に除去され、以降の焼成に適した第1前駆体を得ることができる。
第1熱処理工程S21における熱処理温度は、250℃以上かつ400℃以下であることが好ましく、250℃以上かつ380℃以下であることがより好ましい。熱処理温度がこの範囲内であれば、水分、不純物等を効率的に除去しつつ、この工程における結晶化の進行については抑制することができる。なお、第1熱処理工程S21における熱処理時間は、例えば、熱処理温度、混合物に含まれている水分、不純物等の量、水分、不純物等の除去目標等に応じて、適宜の時間とすることができる。
第1熱処理工程S21は、適宜の熱処理装置を用いて実施することができる。具体的には、例えば、ローラーハースキルン、トンネル炉、プッシャー炉、ロータリーキルン、バッチ炉等を用いることができる。
第1熱処理工程S21は、酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、非酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、減圧雰囲気下で行ってもよい。酸化性ガス雰囲気としては、酸素ガス雰囲気及び大気雰囲気のいずれであってもよい。大気雰囲気であれば、熱処理装置の構成を簡略化し、正極活物質の製造コストを削減することができる。また、減圧雰囲気としては、例えば、大気圧以下等のような適宜の真空度の減圧条件であってよい。
第1熱処理工程S21は、雰囲気ガスの気流下、又は、ポンプによる排気下で行うことが好ましい。このような雰囲気下で熱処理を行うことにより、混合物から発生するガスを効率的に排除することができる。雰囲気ガスの気流やポンプによる排気の流量は、混合物から発生するガスの体積よりも多くすることが好ましい。混合物から発生するガスの体積は、例えば、混合物に含まれる原料の質量と、その原料から脱離すると見込まれる成分の比率とに基いて、発生するガスの物質量を見積もり、設定している温度条件について算出すればよい。
第2熱処理工程S22では、第1熱処理工程S21で得た第1前駆体を450℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で、0.1時間以上かつ50時間以下にわたって熱処理することで第2前駆体を得る。第2熱処理工程S22は、第1前駆体中のニッケルを2価から3価へと酸化し、層状構造を有するリチウム複合化合物を結晶化させることを主な目的として行われる。すなわち、この工程は、炭酸リチウム(Li2CO3)と、M´の酸化物(M´O)とを反応物として、第1前駆体中のニッケルの酸化反応を伴って層状構造の形成を行う熱処理工程である。第2熱処理工程S22において、熱処理温度が450℃未満であると、固相反応の反応速度が遅くなって炭酸リチウムが過剰に残留し、第3熱処理工程S23において炭酸ガスの発生量が増大する虞がある。一方、熱処理温度が900℃を超えると、この工程でリチウム複合化合物の粒成長が過剰に進行し、高容量の正極活物質が得られなくなる虞が高い。これに対して、前記の熱処理温度であれば、固相反応が全体で進んでいながら、粗大な結晶粒が少ない第2前駆体を得ることができる。なお、第2熱処理工程S22で進行する炭酸リチウムの反応は、次の式(3)で表される。
Li2CO3+2M´O+0.5O2→2LiM´O2+CO2・・・(3)
第2熱処理工程S22における熱処理温度は、600℃以上とすることがより好ましい。600℃以上であれば、前記式(3)の反応効率がより向上する。また、第2熱処理工程S22における熱処理温度は、800℃以下とすることがより好ましい。800℃以下であれば、結晶粒がより粗大化し難くなる。
第2熱処理工程S22における熱処理時間は、0.1時間以上かつ5時間以下とすることがより好ましい。熱処理時間を5時間以下とすると、正極活物質の製造に要する時間が短縮され、生産性を向上させることができる。
ニッケルの割合が70原子%を超える正極活物質に高容量を発現させるためには、特に、ニッケルの価数を2価から3価へ十分に酸化させることが肝要である。2価のニッケルは、層状構造を有するLiM´O2において容易にリチウムサイトに置換してしまい、正極活物質の容量を低下させる原因となるからである。そのため、第2熱処理工程S22では、第1前駆体を酸素が十分に給気される酸化性雰囲気下で熱処理し、ニッケルの価数を確実に2価から3価へ変化させることが好ましい。また、前記式(3)で発生する炭酸ガスは、式(3)の反応の進行を阻害し、正極活物質の容量を低下させる原因となる。そのため、第2熱処理工程S22では、炭酸ガスが滞留し難い気流下で熱処理することが好ましい。
第2熱処理工程S22は、具体的には、酸素濃度が90%以上の酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が95%以上の酸化性雰囲気とすることがより好ましく、酸素濃度が100%の酸化性雰囲気とすることがさらに好ましい。また、第2熱処理工程S22は、酸化性ガスによる気流下で行うことが好ましい。酸素濃度が高い酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、ニッケルを確実に酸化させることができるし、前記式(3)で発生する炭酸ガスを確実に排除することができる。
第2熱処理工程S22は、第1前駆体を転動させつつ熱処理を行うことが好ましい。第1前駆体を転動させながら熱処理することで、粉末状の第1前駆体と酸素との接触確率を高くすることができ、ニッケル等を十分に酸化させることができる。また、粉末状の第1前駆体が転動することにより、発生した炭酸ガスが粒子間隙に滞留し難くなり、炭酸ガスを効率的に排除して、固相反応を促進させることができる。
第2熱処理工程S22は、図2に示す構成のロータリーキルン1Aを用いて実施する場合、酸化性雰囲気に調整した炉心管10Aに第1前駆体を投入し、第1給気系統、第2給気系統及びヒータ20Aを作動させて、炉心管10Aを所定の回転速度で回転させながら行う。すなわち、酸素濃度90%以上の酸素雰囲気に調整したロータリーキルン1Aの炉心管10A内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する第1前駆体に第1給気系統(内筒管30A)により酸化性ガスを吹き付けると共に、第1前駆体から発生する炭酸ガスを第2給気系統(給気経路40A)による酸化性ガスの気流で排気しながら、所定の熱処理温度及び熱処理時間で熱処理を行う。第1前駆体から発生する炭酸ガスは、炉心管10A内の上流側の側面に設けた排気口を通じて炉心管10Aの軸方向から排出することが好ましい。また、第1給気系統による酸化性ガスの吹き付け量、吹き付け角度及び酸素濃度のうちの少なくとも一つを、第1前駆体の投入量、熱処理温度、雰囲気の酸素濃度、炉心管10Aの回転速度等に応じて調節して熱処理を行うことが好ましい。但し、第2熱処理工程S22は、上述の通り第1前駆体から発生する大量の炭酸ガスが反応の阻害要因となることを抑制することを主な目的としている。出来るだけこの第2熱処理工程S22で炭酸ガスを出し切り、炉心管10A内からも効率的に排出しておくことが、一連の工程を進める上で好ましい。このようなことから、第2熱処理工程S22は、炭酸ガスの排出を行う第2給気系統の重要性が高い工程である。よって、第2熱処理工程S22では、少なくとも給気経路40Aによる酸化性ガスの給気量、吹き出しの圧力等を調節することが好ましく、これら第2給気系統の調節と第1給気系統の調節の両方を行うことがより好ましい。
第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22で得た第2前駆体を700℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で熱処理することで層状構造を有するリチウム複合化合物を得る。第3熱処理工程S23は、第2前駆体中のニッケルを2価から3価へと十分に酸化させると共に、層状構造を有するリチウム複合化合物の結晶粒を成長させることを主な目的として行われる。すなわち、この工程は、第2前駆体中のニッケルの酸化反応とリチウム複合化合物の結晶粒の粒成長を行う熱処理工程である。第3熱処理工程S23において、熱処理温度が700℃未満であると、リチウム複合化合物の粒成長が速やかに進まない虞がある。一方、熱処理温度が900℃を超えると、リチウム複合化合物の粒成長が過剰に進行したり、層状構造が分解して2価のニッケルが生成されたりして、高容量の正極活物質が得られなくなる虞が高い。これに対して、前記の熱処理温度であれば、高容量のリチウム複合化合物を効率的に得ることができる。
第3熱処理工程S23は、熱処理時間が、0.1時間以上かつ50時間以下であることが好ましく、0.5時間以上かつ5時間以下であることがより好ましい。第3熱処理工程S23において、酸素分圧が低いと、ニッケルの酸化反応を促進させるために熱が必要となる。したがって、第3熱処理工程S23において第2前駆体への酸素供給が不十分である場合、熱処理温度を上昇させる必要が生じる。ところが、熱処理温度を上昇させると層状構造の分解が不可避となるため、高容量のリチウム複合化合物を得ることができなくなる。これに対して、熱処理時間が0.1時間以上であれば、第2前駆体を酸素と十分に反応させることができる。
第3熱処理工程S23は、具体的には、酸素濃度が90%以上の酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が95%以上の酸化性雰囲気とすることがより好ましく、酸素濃度が100%の酸化性雰囲気とすることがさらに好ましい。また、第3熱処理工程S23は、酸化性ガスによる気流下で行うことが好ましい。酸素濃度が高い酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、雰囲気中の酸素分圧が低下し難くなり、熱処理温度を上昇させ無くともニッケルを確実に酸化させることができる。
第3熱処理工程S23は、第2前駆体を静置させて熱処理を行ってもよいし、転動させつつ熱処理を行ってもよい。第2前駆体を転動させながら熱処理することで、粉末状の第2前駆体と酸素との接触確率を高くすることができ、ニッケル等を十分に酸化させることができる。また、粉末状の第2前駆体が転動することにより、リチウム複合化合物がより均一に焼成される利点がある。
第3熱処理工程S23は、図4に示す構成のロータリーキルン1Bを用いて実施する場合、酸化性雰囲気に調整した炉心管10Bに第2前駆体を投入し、第1給気系統、第2給気系統及びヒータ20Bを作動させて、炉心管10を所定の回転速度で回転させながら行う。すなわち、酸素濃度90%以上の酸素雰囲気に調整したロータリーキルン1Bの炉心管10B内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する第2前駆体に第1給気管30Bにより酸化性ガスを吹き付けると共に、第2前駆体から発生する炭酸ガスを第2給気管40Bによる酸化性ガスの気流で排気しながら、所定の熱処理温度及び熱処理時間で熱処理を行う。第2前駆体から発生する炭酸ガスは、炉心管10B内の上流側の側面に設けた排気口を通じて炉心管10Bの軸方向から排出することが好ましい。また、第1給気系統による酸化性ガスの吹き付け量、吹き付け角度及び酸素濃度のうちの少なくとも一つを、第2前駆体の投入量、熱処理温度、雰囲気の酸素濃度、炉心管10Bの回転速度等に応じて調節して熱処理を行うことが好ましい。但し、第3熱処理工程S23は、上述の通り十分な酸化と結晶粒の成長を主な目的としている。そのため、第3熱処理工程S23は、酸化性ガスの吹き付けを行う第1給気系統の重要性が高い工程である。よって、第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22と同様に、第1給気系統と第2給気系統の両方の調節を行ってもよいが、第1給気系統の調節を行う一方、第2給気系統の調節を行わず、第2給気系統を既定の条件で作動させてもよい。
第3熱処理工程S23は、第2熱処理工程S22の終了後に、第2熱処理工程S22で使用した雰囲気ガスを完全に排気し、新たな雰囲気ガスを導入して行うことが好ましい。また、第2熱処理工程S22及び第3熱処理工程S23の両方を、例えば図2に示す構成のロータリーキルン1Aを用いて実施する場合、単一機のロータリーキルン1Aを用いて第2熱処理工程S22を行った後、同一のロータリーキルン1Aを用いて第3熱処理工程S23を行ってもよいし、複数機のロータリーキルン1Aを用いて第2熱処理工程S22及び第3熱処理工程S23のそれぞれを順に行ってもよいし、単一機のロータリーキルン1Aにおいて第2熱処理工程S22及び第3熱処理工程S23を一時に連続的に行ってもよい。
以上のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法によると、焼成前のリチウム複合化合物の前駆体を、第1給気系統及び第2給気系統を備えるロータリーキルン1A、1Bで転動させつつ酸化性雰囲気下で熱処理を行うため、前駆体に効率良く酸素を給気し、また、前駆体から発生した炭酸ガスを効率良く排除することができる。そのため、ニッケルを含む前駆体の焼成を短時間で効率的に行うことができ、純度が高く、高い充放電容量を示す正極活物質を短時間の工程時間で製造することができる。短時間の熱処理により、熱処理コスト、雰囲気ガスの供給コストが削減されるので、正極活物質を低コストで工業的に量産することが可能である。
なお、本発明の実施形態は、上記した第1、第2、第3の熱処理工程にとらわれることなく、少なくとも焼成工程において上述した焼成炉、例えばロータリーキルン1Aを用いることを要旨とするものである。焼成工程において用いるロータリーキルン1Aは、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構造、形状、寸法等の構成を、適宜、変更して適用することができる。例えば、バッチ式の炉心管であってもよいし、第1給気管30Aや給気経路40Aの高さや長手方向の位置、形状、長さ寸法、幅寸法、径寸法、本数等は、図2等に示される構成に限定されるものではなく、その配置や構造等は、適宜、設計変更して適用することが可能である。また、第1給気系統(内筒管30A、第1給気管30B)及び第2給気系統(給気経路40A、第2給気管40B)は、ガス源を個々に有していてもよいし、ガス源を互いに共有していてもよい。さらに、第1給気系統(同上)及び第2給気系統(同上)のそれぞれは、単一系統が備えられていてもよいし、複数系統が備えられていてもよい。また、内筒管30Aや第1給気管30Bは、単一の管が複数の噴射口32を有していてもよいし、複数の管のそれぞれが噴射口32を有していてもよい。炉心管の入口及び/又は出口に酸素濃度検知手段や二酸化炭素濃度検知手段を有していてもよい。
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
(実施例1)
正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンを用意した。これら出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、混合工程S1を実施した。具体的には、出発原料の総重量が20mass%となるようにイオン交換水を加えて混合し、ビーズミルにて粉砕混合を実施した。得られた固液混合物は、スプレードライヤを用いて乾燥し、原料混合粉を得た。
次に、得られた原料混合粉をアルミナ製の焼成容器に充填し、ローラーハースキルンにより大気雰囲気下において360℃で1時間の熱処理(第1熱処理工程S21)を行って第1前駆体を得た。この熱処理により、原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO2)が除去された。
次に、得られた第1前駆体を図2に示すロータリーキルン1Aに投入し、回転している炉心管10A内で、内筒管30Aと給気経路40Aによる給気を行いながら、650℃で3.5時間の熱処理を行なった。その後、図4に示すロータリーキルン1Bに被処理物を投入して755℃で0.7時間の熱処理(第2熱処理工程S22)を行なって第2前駆体を得た。即ち、第2熱処理工程S22を計2回にわたって行った。この時、ロータリーキルン1Aでは炉心管10Aの、管全長L1=10500mm、管内径D1=820mm、容積V1=5.55m3、内筒管30Aの管全長L2=10500mm、管外径D2=480mm、容積V2=1.90m3、V2/V1=0.34(34%)、D2/D1=0.59とし、また炉心管10Aの内層(内殻)は金属ニッケル材製、外層(外殻)はステンレス材製とし、内筒管30Aの内層(内殻)をステンレス材製、外層(外殻)を金属ニッケル材製とし、被熱処理物Maの接粉部は金属ニッケルで占められる構成とした。また、ロータリーキルン1Bではアルミナ製の炉心管10Bを用いた。次に、この第2前駆体を、ロータリーキルン1Bに再投入して880℃で0.7時間の熱処理(第3熱処理工程S23)を行って、Li1.0Ni0.80Co0.15Mn0.05O2の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得た。そして、得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。測定結果を表1に示す。
次に、得られた正極活物質を正極材料として、以下の手順でリチウム二次電池を作製した。はじめに、正極活物質と、結着剤と、導電材とを混合し、正極合剤スラリーを調製した。そして、調製した正極合剤スラリーを、正極集電体である厚さ20μmのアルミ箔に塗布し、120℃で乾燥させた後、電極密度が2.0g/cm3となるようにプレスで圧縮成形し、これを直径15mmの円盤状に打ち抜いて正極を作製した。また、負極材料として金属リチウムを用いて負極を作製した。そして、作製した正極及び負極と、非水電解液とを用いて、リチウム二次電池を作製した。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、終濃度が1.0mol/LとなるようにLiPF6を溶解させた溶液を用いた。
次に、作製したリチウム二次電池について、以下の手順で初回の放電容量を測定した。はじめに、充電電流を0.2CAとして、充電終止電圧4.3Vまで定電流、定電圧で充電した。その後、放電電流を0.2CAとして、放電終止電圧2.5Vまで定電流で放電し、そのときの放電電流量から放電容量を求めた。その結果を表1に示す。
(実施例2)
実施例1で得た正極活物質の粒子表面に残存している余剰のLiを洗浄除去するため、正極活物質10gを、吸引濾過装置に設置した孔径0.2μmのメンブレンフィルタ上に敷き詰めた後、純水5mLを注入して吸引濾過を行い濾過ケーキを得た。得られた濾過ケーキをアルミナボートに充填し、240℃で14時間の真空乾燥を行って乾燥した。そして、得られた正極活物質中に残留している炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。また、得られた正極活物質を用いて、実施例1と同様にリチウム二次電池を作製し、充電終止電圧を4.2Vに変更した以外は実施例1と同様に放電容量を求めた。炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と比表面積と放電容量の測定結果を表1に示す。
(実施例3)
正極活物質40g、純水20mLを用いた以外は実施例2と同様にして、余剰のLiを洗浄除去した正極活物質を得た。そして、得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。また、得られた正極活物質を用いて、実施例1と同様にリチウム二次電池を作製し、充電終止電圧を4.2Vに変更した以外は実施例1と同様に放電容量を求めた。炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と比表面積と放電容量の測定結果を表1に示す。
(実施例4)
正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンに加えてチタニアを用意し、これら出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mn:Tiが、1.04:0.90:0.05:0.02:0.03となるように秤量した以外は実施例1と同様にして原料混合粉、及び第1前駆体を得た。
また、実施例1と同様に第2前駆体を得た後、熱処理温度を820℃とした以外は実施例1と同様に第3熱処理を行い、正極活物質を得た。
得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積、及び放電容量を実施例1と同様に測定した結果を表2に示す。
(比較例1)
実施例4で得た第1前駆体を、静置炉を用いて第2熱処理および第3熱処理した。第2熱処理は650℃で10時間、および755℃で2時間、第3熱処理は820℃で2時間とした。得られた正極活物質を実施例1と同様に評価した結果を表2に示す。
ロータリーキルン1A、1Bによって、リチウム複合化合物の形成反応を十分に進行させることができている。また、液相反応の進行により比表面積が低下してなく、固相反応が確実に進行していることが分かる。加えて、ロータリーキルン1A、1Bは、第1給気系統及び第2給気系統を具備していることから、静置炉と比較しても、ニッケルの酸化反応が短時間に十分に行われていると考えられる。また、酸素ガスの供給量も少なくて済んでいる。
なお、以上の実施例とは異なる組成や熱処理温度で、同様の手順で正極活物質を調製したところ、第1給気系統及び第2給気系統を具備しているロータリーキルン1A、1Bにより、炭酸リチウムの残留量が低減され、ニッケルが十分に酸化しているとみられる正極活物質が得られた。よって、本発明に係る方法は、正極活物質の組成比や熱処理条件に大きく依存すること無く適用できるといえる。