図1は本発明にかかる成膜装置の一実施形態の概略構成を示す側面図および上面図である。また、図2は成膜装置内部の主要構成の配置を示す斜視図である。また、図3は成膜装置の電気的構成を示すブロック図である。また、図4はスパッタソースの構造をより詳細に示す図である。以下の説明における方向を統一的に示すために、図1に示すようにXYZ直交座標軸を設定する。XY平面が水平面を表す。また、Z軸が鉛直軸を表し、より詳しくは(−Z)方向が鉛直下向き方向を表している。
この成膜装置1は、反応性スパッタリングにより処理対象である基板Sの表面に皮膜を形成する装置である。例えば、基板Sとしてのガラス基板や樹脂製の平板、シート、フィルム等の一方表面に、酸化インジウム・スズ(ITO)や酸化アルミニウム(Al2O3)などの金属酸化物皮膜を形成する目的に、この成膜装置1を適用することが可能である。ただし基板や皮膜の材料はこれに限定されず任意である。なお、ここでは矩形、枚葉状の基板Sに対し成膜を行う場合を例として説明するが、基板Sは任意の形状を有するものであってよい。
基板Sは、中央部に開口を有する額縁状のトレーTにより、その周縁部を保持されつつ下面の中央部を含む大部分が下向きに開放された状態で、成膜装置1内を搬送される。このようにすることで、薄くまたは大判で撓みやすい基板Sであっても水平姿勢に維持された状態での安定した搬送が可能となる。以下の説明では、トレーTが基板Sを支持することでトレーTと基板Sとが一体化された構造体を、成膜装置1の処理対象物であるワークWkと称する。なお基板Sの搬送態様はこれに限定されるものではなく任意である。例えば、基板Sが単体で搬送される態様であってもよく、また例えば上面が吸着保持された状態で搬送される態様であってもよい。また、基板は水平姿勢に限定されるものではなく、例えば主面が略垂直となった状態で搬送されてもよい。この場合、基板の搬送方向は水平方向、上下方向のいずれであってもよい。
成膜装置1は、真空チャンバ10と、ワークWkを搬送する搬送機構30と、スパッタソース50と、成膜装置1全体を統括制御する制御ユニット90とを備えている。真空チャンバ10は略直方体形状の外形を有する中空の箱型部材であり、底板の上面が水平姿勢となるように配置されている。真空チャンバ10は例えばステンレス、アルミニウム等の金属を主たる材料として構成されるが、チャンバ内を視認可能とするために、例えば石英ガラス製の透明窓が部分的に設けられてもよい。
図3に示すように、真空チャンバ10には、真空チャンバ10の内部空間SPと外部空間または他の処理チャンバ内の処理空間との間を開閉するシャッタ11と、真空チャンバ10内を減圧するための真空ポンプ12と、真空チャンバ10の内部空間SPの気圧を計測する圧力センサ13とが接続されている。
シャッタ11は制御ユニット90に設けられたシャッタ開閉制御部92により開閉制御される。シャッタ11の開状態ではワークWkの搬入および搬出が可能となる一方、シャッタ11の閉状態では真空チャンバ10内が気密状態とされる。また、真空ポンプ12および圧力センサ13は制御ユニット90に設けられた雰囲気制御部93に接続されている。雰囲気制御部93は、圧力センサ13による真空チャンバ10内の圧力計測結果に基づき真空ポンプ12を制御して、真空チャンバ10の内部空間SPを所定の気圧に制御する。
搬送機構30は、ワークWkを略水平な搬送経路に沿って搬送する機能を有する。具体的には、搬送機構30は、基板Sを保持するトレーTの下面に当接することにより処理チャンバ10内でワークWkを支持する複数の搬送ローラ31と、搬送ローラ31を回転させることでワークWkをX方向に移動させる搬送駆動部32とを備えている。搬送駆動部32は制御ユニット90に設けられた搬送制御部94により制御される。このように構成された搬送機構30は、真空チャンバ10内で基板Sを水平姿勢に保持しつつ搬送して、基板SをX方向に移動させる。搬送機構30による基板Sの移動は、図1に点線矢印で示すように往復移動であってもよく、また(+X)方向または(−X)方向のいずれか一方向であってもよい。
搬送機構30により真空チャンバ10内を搬送される基板Sの下方に、スパッタソース50が設けられている。スパッタソース50は、ロータリーカソード51と、ロータリーカソード51をX方向から挟むように設けられた1対の誘導結合アンテナ52,53と、ロータリーカソード51の周囲にそれぞれスパッタガスおよび反応性ガスを供給するスパッタガス供給ノズル54,54および反応性ガス供給ノズル55,55とを備えている。
ロータリーカソード51は、金属などの導電性材料により円筒形状に形成されたカソード電極511の表面に、皮膜の材料物質を含むターゲット層512が設けられた構造を有しており、その外形は円柱もしくは円筒形である。膜材料の一部が反応性ガスとして供給される態様では当該成分がターゲット層512に含まれる必要は必ずしもない。
ロータリーカソード51はエンドブロック59により支持されている。エンドブロック59は、ロータリーカソード51の軸方向であるY方向のうち(+Y)側端部付近に配置されたエンドブロック本体590と、(−Y)側端部付近に配置されロータリーカソード51をその中心軸回りに回転自在に保持する軸受部593とを有している。後述するように、エンドブロック本体590は、制御ユニット90からの制御指令に応じてロータリーカソード51をその中心軸回りに所定速度で回転させる。
真空チャンバ10内でロータリーカソード51を挟むように、1対の誘導結合アンテナ52,53が真空チャンバ10の底面から突出して設けられている。誘導結合アンテナ52,53はLIA(Low Inductance Antenna:株式会社イー・エム・ディーの登録商標)とも称されるものであり、図2に示すように、略U字型に形成された導体521,531の表面が例えば石英などの誘電体522,532で被覆された構造を有する。導体521,531は、U字を上下逆向きにした状態で、真空チャンバ10の底面を貫通してY方向に延設される。導体521,531は、Y方向に位置を異ならせてそれぞれ複数個並べて配置される。誘電体522は、複数の導体521それぞれを個別に被覆するように独立して設けられてもよく、また複数の導体521を一括して覆うように設けられてもよい。誘電体532についても同様である。
導体521,531の表面が誘電体522,532で被覆された構造とすることで、導体521,531がプラズマに曝露されることが防止される。これにより、導体521,531の構成元素が基板S上の膜に混入することが回避される。また、後述するように導体521,531に印加される高周波電流は誘導結合プラズマを生成することとなり、アーク放電などの異常放電を抑制して安定したプラズマを発生させることが可能となる。
このように構成された誘導結合アンテナ52,53は、X方向を巻回軸方向とし巻回数が1未満のループアンテナと見ることができる。そのため、低インダクタンスである。このような小型のアンテナを、巻回軸方向と直交する方向に複数並べて配置することで、インダクタンスの増大を抑えつつ、後述するプラズマ発生のための誘導磁場を広い範囲に形成することが可能である。また、それぞれがY方向に並ぶ複数の誘導結合アンテナからなる1対のアンテナ列をX方向に離隔して平行配置することにより、両アンテナ列に挟まれる空間に強く均一な誘導磁場を発生させることができる。
図1の上面図に示されるように、誘導結合アンテナ52を構成する導体521と、誘導結合アンテナ53を構成する導体531との間では、Y方向における位置が異なっている。こうすることで、導体の偏在に起因する誘導磁場の強度ムラが抑制され、電界の均一性がさらに向上する。
誘導結合アンテナ52,53に挟まれるロータリーカソード51の周囲空間には、ガス供給部56に設けられた反応性ガス供給源561から反応性ガスが、またスパッタガス供給源562からスパッタガスとしての不活性ガスがそれぞれ導入される。具体的には、真空チャンバ10内で誘導結合アンテナ52,53の上方には、ロータリーカソード51をX方向から挟むように、それぞれ反応性ガス供給源561に接続された1対のノズル55,55が設けられている。また、真空チャンバ10の底面には、ロータリーカソード51をX方向から挟むように、それぞれスパッタガス供給源562に接続された1対のノズル54,54が設けられている。
反応性ガス供給源561は、制御ユニット90に設けられた成膜プロセス制御部95からの制御指令に応じて基板Sに形成される皮膜の組成に応じた反応性ガス、例えば酸素ガスをノズル55,55に送出する。ノズル55,55は反応性ガスをロータリーカソード51と基板Sとの間の空間に向けて吐出する。反応性ガス供給源561は反応性ガスの流量を自動的に制御する流量調整機能を有することが好ましく、例えばマスフローコントローラを備えたものとすることができる。
一方、スパッタガス供給源562は、成膜プロセス制御部95からの制御指令に応じてスパッタガスとしての不活性ガス、例えばアルゴンガスまたはキセノンガスをノズル54,54に供給する。スパッタガスはノズル54,54からロータリーカソード51の周囲に向けて吐出される。スパッタガス供給源562はスパッタガスの流量を自動的に制御する流量調整機能を有することが好ましく、例えばマスフローコントローラを備えたものとすることができる。
ロータリーカソード51と誘導結合アンテナ52,53との間には、電源部57から適宜の電圧が印加される。具体的には、ロータリーカソード51は電源部57に設けられたカソード電源571に接続されており、カソード電源571から接地電位に対する適宜の負電位が与えられる。カソード電源571が出力する電圧としては、直流、直流パルス、直流電圧に交流パルス等の交流成分が重畳されたもの等を使用可能である。一方、誘導結合アンテナ52,53には、電源部57に設けられた高周波電源572が図示しない整合回路を介して接続されており、高周波電源572から適宜の高周波電力が印加される。ロータリーカソード51の直流電位は誘導結合アンテナ51,51の直流電位よりも負側の電位である。カソード電源571および高周波電源572のそれぞれから出力される電圧値やその波形は制御ユニット90の成膜プロセス制御部95により制御される。
高周波電源572から誘導結合アンテナ52,53に高周波電力(例えば周波数13.56MHzの高周波電力)が供給されることで、誘導結合アンテナ52,53の周囲空間に高周波誘導磁場が生じ、スパッタガスおよび反応性ガスの誘導結合プラズマ(Inductivity Coupled Plasma;ICP)が発生する。ロータリーカソード51、誘導結合アンテナ52,53は、いずれも図1紙面に垂直なY方向に沿って長く延びている。したがって、プラズマが発生するプラズマ空間PL(図4)も、ロータリーカソード51の表面に沿ってY方向に長く延びた形状を有する空間領域となる。
こうしてプラズマ空間PLに生成されるプラズマに含まれる陽イオンが、負電位を与えられたロータリーカソード51に衝突する。これによりターゲット層512の表面がスパッタされ、ターゲット層512から飛翔した微細なターゲット材料の粒子が成膜粒子として反応性ガスとともに基板Sの下面に付着する。その結果、基板Sの表面(下面)に成膜が行われる。具体的には、基板S下面のうちY方向に沿った帯状の領域にプラズマスパッタリングによる成膜が行われ、基板Sが、その主面に平行でY方向と直交する方向、つまりX方向に走査移動されることで、成膜対象領域の全体に二次元的に成膜が行われる。
ターゲット層512から飛翔する成膜粒子の飛翔方向を制御するために、スパッタソース50は、ロータリーカソード51の外周面を取り囲むように真空チャンバ10内に配置されたシールド58を備えている。このシールド58は、上部にY方向に沿って細長く延びる開口581が設けられた円筒状の遮蔽部材である。シールド58は、ターゲット層512表面のうちロータリーカソード51の近傍において発生するプラズマに曝される領域を限定することで、ターゲット層512からスパッタされる成膜粒子の飛翔方向および飛翔範囲を制限する機能を有する。シールド58は導電性材料、例えば金属により構成されることが望ましく、電気的には接地またはフローティング状態とされる。
ターゲット層512表面のうち、ロータリーカソード51の周囲において広範囲に形成されるプラズマ空間PLに曝されるのは開口581を介してプラズマ空間PLに臨む領域である。プラズマスパッタリングによりターゲット層512表面から飛翔する成膜粒子の飛翔方向も、ターゲット層512から見た開口581の開口範囲内に制限される。このため、ターゲット層512から飛翔するターゲット材料の成膜粒子を効率よく基板Sに向かわせることが可能である。以下に説明するように、シールド58は、ロータリーカソード51と同軸に支持されており、回転するロータリーカソード51とは独立して回動可能となっている。
図5はロータリーカソードを支持するエンドブロックの構成例を示す模式図である。エンドブロック本体590は、ロータリーカソード51をその中心軸回りに回転させるターゲット回転機構591を備えている。ターゲット回転機構591は、成膜プロセス制御部95からの制御指令に応じて作動する例えば回転モータである。プラズマスパッタリングによる成膜が行われる間、ターゲット回転機構591がロータリーカソード51を一定速度で回転させることにより、シールド58の開口581を介してプラズマ空間PLに臨むターゲット層512の表面領域が常時変化する。これにより、ターゲット層512の表面が満遍なくスパッタされることとなるので、ターゲット材料の使用効率が良好となる。
また、エンドブロック本体590は、ロータリーカソード51を取り囲むシールド58の(+Y)側端部付近の外周面に当接する1つまたは複数のローラ592を備えている。一方、ロータリーカソード51を取り囲むシールド58の(−Y)側端部は、軸受部593(図1、図2)により中心軸回りに回動自在に支持されている。ローラ592は、成膜プロセス制御部95からの制御指令に応じてシールド58の中心軸と平行な回転軸回りに回転する。このため、シールド58はその中心軸回りに回転可能となっている。ローラ592は双方向に回転可能であり、一方向に所定の回転数だけ回転した後に逆方向に回転する動作を繰り返すことにより、シールド58をその中心軸回りに所定の角度範囲で回動させることができる。
さらに、図3に示すように、エンドブロック59は、ロータリーカソード51の内部に設けられた冷却管(図示省略)に冷媒を流通させてロータリーカソード51を冷却する冷却機構594を備えている。このような冷却機構はロータリーカソードを用いたスパッタリング技術において公知のものであるから、ここではその構造についての詳しい説明を省略する。
制御ユニット90は、上記以外に、各種演算処理を行うCPU(Central Processing Unit)91、CPU91が実行するプログラムや各種データを記憶するメモリおよびストレージ96、外部装置およびユーザとの間での情報のやり取りを担うインターフェース97等を備えている。例えば汎用のコンピュータ装置を、制御ユニット90として使用することが可能である。なお、制御ユニット90に設けられるシャッタ開閉制御部92、雰囲気制御部93、搬送制御部94および成膜プロセス制御部95等の各機能ブロックについては、専用のハードウェアにより実現されるものであってもよく、またCPU91により実行されるソフトウェア上で実現されるものであってもよい。
図6はこの成膜装置による成膜処理を示すフローチャートである。この処理は、制御ユニット90が予め用意された制御プログラムに基づき、成膜装置1の各部に所定の動作を行わせることにより実現される。成膜対象である基板Sを含むワークWkが成膜装置1に搬入されるのに先立って、真空チャンバ10内の排気が開始されている(ステップS101)。
真空チャンバ10内が所定の気圧に制御された状態で、プラズマの点灯が開始される(ステップS102)。具体的には、ノズル54およびノズル55からスパッタガスおよび反応性ガスがそれぞれ所定流量で真空チャンバ10内に吐出される。そして、電源部57がロータリーカソード51および誘導結合アンテナ52,53のそれぞれに所定の電圧を印加することにより、真空チャンバ10内にプラズマが発生する。エンドブロック59はロータリーカソード51を一定の回転速度で回転させる。
こうして予め真空チャンバ10内にプラズマを点灯させた状態で、シャッタ11が開かれ、真空チャンバ10にワークWkが受け入れられる(ステップS103)。プラズマの点灯状態を安定させるため、ワークWkは、真空チャンバ10と同程度の真空状態に保たれた他の真空チャンバ(図示省略)から搬入されることが望ましい。成膜処理後のワーク搬出時についても同様である。なお、成膜処理前のワークWkを受け入れるためのシャッタと、成膜処理後のワークWkを払い出すためのシャッタとは異なっていてもよい。
真空チャンバ10にワークWkが搬入されると、エンドブロック59がシールド58を所定の角度範囲内で周期的に回動させながら(ステップS104)、搬送機構30がワークWkをX方向に走査移動させる(ステップS105)。これにより、ワークWk中の基板Sの下面に、ターゲット材料および反応性ガスの材料を含んだ組成の皮膜が形成されることになる。なお、ターゲット層512が成膜材料の全てを含むものである場合、反応性ガスの供給は必須ではない。
図7はシールドの効果を説明するための図である。図7(a)に示すように、シールド58は、真空チャンバ10内でプラズマが発生するプラズマ空間PL中に置かれるロータリーカソード51の周囲の大部分を覆うように配置される。このため、プラズマ空間PLに生じたスパッタ粒子によりスパッタされるのは、ターゲット層512の表面のうちシールド58の開口581を介してプラズマ空間PLに臨む一部領域に限定される。実線矢印で示すように、スパッタ粒子の衝突によりターゲット層512の表面から飛翔する成膜粒子の飛翔方向も、ターゲット層512から開口581を臨んだときの広がりの範囲に制限される。
こうして制限された飛翔方向に基板Sを配置することで、ターゲット層512から飛翔させた粒子を高い確率で基板Sに付着させることが可能となり、ターゲットの利用効率(収率)を高めることができる。また、真空チャンバ10内にターゲット材料が飛散することが防止される。また、ロータリーカソード51が回転することで、ターゲット層512の表面のうちスパッタにより消費される領域(エロージョン領域)を広くしてターゲット材料を有効に利用することができる。
なお、ロータリーカソード51に負の直流電位を与える一方、シールド58を電気的に接地またはフローティングすることにより、スパッタ粒子が高速でシールド58に衝突しシールド58をスパッタすることは回避される。また、シールド58の開口581のY方向における開口長さを同方向におけるターゲット層512の長さよりも若干短くして、同方向におけるターゲット層512の両端部がシールド58により遮蔽されるようにすることができる。このようにすることで、ターゲット層512の両端部に位置する部材がスパッタされるのを防止することができる。これらにより、形成される皮膜に不要な成分が混入することが防止される。
搬送機構30がワークWkを走査移動させることで、基板S下面における成膜粒子の着弾位置を変化させて基板S全体に成膜を行うことが可能である。本願発明者の知見によれば、このような成膜プロセスにおいて、基板Sに入射する成膜粒子の入射方向の多様性を高くする、つまり種々の方向から飛来する複数の成膜粒子を基板Sの同一位置に入射させるようにすることで、膜質(より具体的には膜密度の均一性)が向上することがわかっている。
そこで、この実施形態では、スパッタソース50に対する基板Sの走査移動に加えて、シールド58を所定の角度範囲で回動させる。このため、図7(b)および図7(c)に示すように、ターゲット層512から飛翔する成膜粒子の飛翔方向が変化する。こうすることで、基板Sに種々の方向から成膜粒子を入射させて、膜質の良好な皮膜を形成することが可能になる。
図6に戻って成膜処理の説明を続ける。上記したワークWkの走査移動およびシールド58の回動を所定時間継続することで(ステップS106)、基板Sの表面(下面)に所定厚さの皮膜が形成される。基板Sに皮膜が形成された成膜後のワークWkは外部へ払い出される(ステップS107)。そして、次に処理すべきワークWkがあれば(ステップS108においてYES)、ステップS103に戻って新たなワークWkを受け入れて上記と同様の成膜処理を実行する。処理すべきワークがなければ(ステップS108においてNO)、装置各部を動作終了が可能な状態へ移行させる終了処理が実行され(ステップS109)、一連の動作は終了する。
以上のように、上記実施形態の成膜装置1では、表面にターゲット層512が設けられたロータリーカソード51の外周面を覆うシールド58が設けられている。シールド58の上部には開口581が設けられており、これによりターゲット層512から飛翔する成膜粒子の飛翔方向が所定の角度範囲に制限される。
永久磁石が作る磁場を利用してプラズマ発生領域を制御するマグネトロンを用いない、あるいはマグネトロンを用いていてもターゲット層が強磁性体である等の理由で十分な制御効果が得られないようなケースにおいては、ターゲットがスパッタされて生じる成膜粒子は種々の飛翔方向に飛散することがある。本実施形態のシールド58は、これらのケースにおいても成膜粒子の飛翔方向を適切に制御することができるものである。特に、広い空間領域に均一かつ高密度なプラズマを発生させるLIAとロータリーカソードとを組み合わせた成膜プロセスでは、ターゲット層から放射状に成膜粒子が飛翔する可能性があることから、シールドによる成膜粒子の飛翔方向の制御が極めて有効に機能する。
シールド58における開口581の開口形状や開口サイズを変えれば成膜粒子の飛翔方向もこれに伴って変化する。そのため、目的に応じて成膜粒子の飛翔方向をより細かく制御することも可能である。マグネトロン方式においてこれを実現するには磁石の形状や配置を変更する必要があり、大きなコストを伴うものとなる。本実施形態のシールドを用いた技術では、このような制御をより簡単に行うことができる。
ロータリーカソード51には負電位が与えられる一方、シールド58は電気的に接地またはフローティングされているため、プラズマ中のスパッタ粒子が高速でシールド58に衝突しシールド58がスパッタされてしまうことが未然に防止されている。シールド58の直流電位がロータリーカソード51の直流電位と同程度であればシールド58がスパッタされてしまうが、電位がより高くなればこのようなスパッタ効果は低減される。シールド58とロータリーカソード51との直流電位差が大きいほど低減効果は大きい。
また、上記実施形態では、シールド58が回動することにより、ターゲット層512の表面がシールド58の開口581を介して基板Sを臨む方向が周期的に変化する。これにより、ターゲット層512から基板Sに向かう成膜粒子の飛翔方向が経時的に変化し、基板Sの各位置へは種々の方向から飛来する成膜粒子が着弾することになる。こうすることで、良好な膜質で安定的に成膜を行うことができる。
図8および図9はスパッタソースの変形例を示す図である。図8(a)に示す第1の変形例のスパッタソース60は、X方向に離隔して並べられた2つのロータリーカソード61a,61b、および、これらの間とこれらを挟む位置とにそれぞれ設けられた3つの誘導結合アンテナ62a,62b,62cを備えている。また、各ロータリーカソード61a,61bをそれぞれ個別に囲むように、シールド68a,68bが設けられている。
そして、2つの誘導結合アンテナ62a,62bの間、および2つの誘導結合アンテナ62b,62cの間の真空チャンバ10底面にはそれぞれ1対のノズル64,64が設けられており、各ノズル64はスパッタガスを真空チャンバ10内に吐出する。また、誘導結合アンテナ62a,62cの上方には1対のノズル65,65が設けられており、各ノズル65は反応性ガスを真空チャンバ10内に吐出する。
これらの構成のうち、ロータリーカソード61a,61bは、上記実施形態におけるロータリーカソード51と同様の構成および機能を有している。また、誘導結合アンテナ62a,62b,62cは、いずれも上記実施形態における誘導結合アンテナ52と同様の構成および機能を有している。また、ノズル64,65はそれぞれ上記実施形態におけるノズル54,55と同様の構成および機能を有している。また、シールド68a,68bはいずれも上記実施形態におけるシールド58と同様の構成および機能を有している。
このような構成によれば、ロータリーカソード61aの周囲のプラズマ空間PL1およびロータリーカソード61bの周囲のプラズマ空間PL2のそれぞれでプラズマが発生する。また、ロータリーカソード61aおよびロータリーカソード61bそれぞれのターゲット層のうち該プラズマに曝される表面領域でターゲットのスパッタリングが生じる。すなわち、2つのロータリーカソード61a,61bのそれぞれで1つの基板Sに対するスパッタリング成膜が行われることになるので、上記実施形態に比べより高い成膜速度で成膜を行うことが可能になる。また、2つのロータリーカソード61a,61bに位相が180度異なる交流電圧を印加する交流駆動も実現可能である。これによりスパッタリング時のプラズマを長期的に安定化させることが可能になる。
図8(b)は、第2の変形例のスパッタソース70を示す上面図である。図8(b)に示す第2の変形例のスパッタソース70は、ロータリーカソード71をX方向から挟むように1対の誘導結合アンテナ72a,72bが配置されている。誘導結合アンテナ72a,72bは真空チャンバ10に固定された支持部材15a,15bによりそれぞれ支持されている。このため、ロータリーカソード71の全体を覆うようなプラズマ空間PL3が形成される。
また、ロータリーカソード71を挟むようにノズル74,74が設けられており、各ノズル74はスパッタガスを真空チャンバ10内に吐出する。また、ロータリーカソード71を挟むようにノズル75,75が設けられており、各ノズル75は反応性ガスを真空チャンバ10内に吐出する。
これらの構成のうち、ロータリーカソード71は、上記実施形態におけるロータリーカソード51と同様の構成および機能を有している。また、誘導結合アンテナ72a,72bは、上記実施形態における誘導結合アンテナ52と同様の構成および機能を有している。また、ノズル74,75はそれぞれ上記実施形態におけるノズル74,75と同様の構成および機能を有している。
一方、この変形例におけるシールド78は、ロータリーカソード71を挟んで設けられた2つの開口、すなわちロータリーカソード71の(+Y)側に設けられた開口781と、ロータリーカソード71の(−Y)側に設けられた開口782とを有している。したがって、図8(b)に実線矢印で示すように、ロータリーカソード71から(+Y)方向を中心とする所定の角度範囲、および(−Y)方向を中心とする所定の角度範囲のそれぞれを飛翔方向として、ターゲット表面からスパッタされた成膜粒子が飛翔する。この例においても、シールド78が所定の角度範囲で回動するように構成されてもよい。
このように構成されたスパッタソース70の(+Y)側で基板S1が、(−Y)側で基板S2が、それぞれ走査移動される。すなわち、この変形例では、ロータリーカソード71から2つの方向に成膜粒子を飛翔させることで、2つの基板に対して同時に成膜を行うことが可能である。基板S1,S2は水平姿勢で搬送されてもよいが、基板がスパッタソース70の下方を通過するケースでは、スパッタソース70から落下したターゲットの細片等の汚染原因物質が下方を通過する基板に付着することがあり得る。基板を垂直姿勢で搬送し、その側面に成膜を行うようにすることで、このような落下物質に起因する皮膜の汚染を防止することが可能である。
さらに、図9に示す第3の変形例のスパッタソース80は、第1の変形例と同様に、2組のスパッタソース81a,81bと3組の誘導結合アンテナ82a,82b、82cとを備えている。また、各ロータリーカソード81a,81bをそれぞれ個別に囲むように、シールド88a,88bが設けられている。
そして、2つの誘導結合アンテナ82a,82bの間、および2つの誘導結合アンテナ82b,82cの間の真空チャンバ10底面にはそれぞれ1対のノズル84,84が設けられており、各ノズル84はスパッタガスを真空チャンバ10内に吐出する。また、誘導結合アンテナ82a,82cの上方には1対のノズル85,85が設けられており、各ノズル85は反応性ガスを真空チャンバ10内に吐出する。
これらの構成のうち、ロータリーカソード81a,81bは、上記実施形態におけるロータリーカソード51と同様の構成および機能を有している。また、誘導結合アンテナ82a,82b,82cは、いずれも上記実施形態における誘導結合アンテナ52と同様の構成および機能を有している。また、ノズル84,85はそれぞれ上記実施形態におけるノズル54,55と同様の構成および機能を有している。
一方、シールド88a,88bのそれぞれは、上記実施形態のシールド58がY方向に連続する単一の開口581を有しているのに対して、Y方向において3つに分割された開口881,882,883をそれぞれ有している。このため、これらの開口を介した成膜粒子の飛翔により行われる基板Sへの成膜は、Y方向において互いに離隔された3つの帯状の領域に対してなされることとなる。したがって、例えば1つの基板S上に複数のデバイスが形成されるようなケースにおいて好適な成膜方法となる。
なお、この例では2つのシールド88a,88bのそれぞれに、開口パターンが同一の3つの開口が設けられている。しかしながら、開口の数や配置はこれに限定されず、例えば1つのシールドに設けられた複数の開口が互いに異なる形状であってもよい。また、1つのシールドに設けられた複数の開口がシールド外周面の周方向において異なる位置にあってもよい。また、2つのシールドの間で開口の数や配置が互いに異なっていてもよい。
また、この例は、2つのロータリーカソード81a,81bを有するスパッタソース80においてシールド88a,88bに複数の開口が設けられたものである。しかしながら、例えば図1に示される上記実施形態のように単一のロータリーカソードを有するスパッタソースにおいても、開口の数および配置に関しては上記変形例と同様の考え方を適用することが可能である。
以上説明したように、この実施形態の成膜装置1においては、真空チャンバ10、ロータリーカソード51および誘導結合アンテナ52,53がそれぞれ本発明の「真空チャンバ」、「ロータリーカソード」および「誘導結合アンテナ」に相当する。そして、搬送機構30およびシールド58が、それぞれ本発明の「搬送手段」および「シールド部材」として機能している。
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて上述したもの以外に種々の変更を行うことが可能である。例えば、上記した実施形態およびその変形例においては、ロータリーカソードが1組または2組設けられているが、ロータリーカソードの配設数は上記に限定されるものではなく任意である。すなわち、3組以上のロータリーカソードがX方向に並べて設けられてもよい。このような場合にも、1組のロータリーカソードに対し、当該ロータリーカソードを挟む位置に2組の誘導結合アンテナが配置されることが望ましい。一般的には、N組のロータリーカソードに対し(N+1)組の誘導結合アンテナが必要であり、それらが交互に配置される。複数のロータリーカソードが設けられる場合において、各ロータリーカソードに対応して配置されたシールドそれぞれの回動動作は同期、非同期のいずれとすることもできる。
また、上記実施形態の成膜装置1は、真空チャンバ10内に反応性ガスを供給するための構成を有するものである。しかしながら、プラズマスパッタリング成膜技術においては、全ての成膜材料がターゲットに含まれ反応性ガスを必要としないケースもある。このような成膜に特化した成膜装置においては、反応性ガスを供給するための構成を省くことができる。
また、上記実施形態においては、成膜される皮膜の膜質を向上させるためにシールドを回動させて基板Sに対する成膜粒子の入射方向を変化させている。しかしながら、シールドにより成膜粒子の飛翔方向を制御する本構成を、マグネトロンカソードの代替技術として見れば、シールドの回動を伴わない構成も成立し得る。また複数のロータリーカソードを有する構成においては、例えば、それらに設けられた複数のシールドの開口方向を互いに異ならせた構成とすることができる。
以上、具体的な実施形態を例示して説明してきたように、本発明において、例えばシールド部材は、導電性材料により形成され、ターゲット層よりも高い直流電位が付与されもしくは電気的にフローティング状態とされてよい。このような構成によれば、プラズマ中のスパッタ粒子が高速でシールド部材に衝突することが回避されるので、シールド部材がスパッタされて成膜プロセスにおける汚染物質となるのを防止することができる。
また例えば、シールド部材が回転軸回りに回動して、ターゲット層が基板を臨む方向を変化させる構成であってよい。このような構成によれば、ターゲット層から飛翔し基板に入射する成膜粒子の入射方向を経時的に変化させることで、良好な膜質で成膜を行うことが可能となる。
また例えば、複数の誘導結合アンテナが、回転軸と平行な方向に配列された構成であってよい。このような構成によれば、回転軸に沿った方向に長く延びる領域において均一性の高いプラズマを発生させることが可能となり、これにより基板に対し均質な成膜を行うことができる。
この場合において、誘導結合アンテナの列が、ロータリーカソードを挟んで両側にそれぞれ設けられてよい。このような構成によれば、誘導結合アンテナに印加される高周波電流により形成される磁場が重畳されてロータリーカソードの周囲に高密度なプラズマを発生させることのできる誘導磁場が形成されるので、プラズマによるターゲットのスパッタリングおよびこれに起因する成膜を効率よく実行することができる。