JP6945203B2 - 多層グラフェン分散液、熱物性測定用黒化剤および粉末焼結用離型剤・潤滑剤 - Google Patents

多層グラフェン分散液、熱物性測定用黒化剤および粉末焼結用離型剤・潤滑剤 Download PDF

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Description

本発明は、多層グラフェン分散液、熱物性測定用黒化剤および粉末焼結用離型剤・潤滑剤に関する。
従来、材料の熱伝導率を把握することが非常に重要とされており、熱伝導率を短時間で測定できるフラッシュ法が、生産現場をはじめとする、各研究機関や大学等において広く利用されている。
このフラッシュ法では、透光性が高い試料や、表面が白色や鏡面で光を吸収し難い試料について、パルス加熱光の吸収性を高くするために試料の両面を黒化処理することが必要である。この黒化処理が熱物性測定において重要な作業であるが、黒化処理のための黒化剤が開発されておらず、市販のエアゾールタイプの黒鉛型の離型剤や潤滑剤が流用されているのが現状である。
従来、黒化剤や熱物性測定の手法、また、粉末焼結の手法として以下の技術が開示されている。
特許文献1には、熱物性測定用試料の表面に、最初に必要に応じて金属膜スピンコートし、その上に液体墨等のカーボンブラックを含む液体を用いたスピンコーティングにより黒化膜を形成することで、測定精度を向上させることが開示されている。しかし、スピンコーティングのための装置が必要で、作業が複雑であり、また小さい試験片への表面処理が難しい。
特許文献2には、平板状の測定試料の両側または片側に対向設置した半球面鏡により、試料表面に照射されたレーザビームの反射光を再び試料表面に戻してレーザビームの吸収率を高め、および/または試料裏面からの熱放射を多重反射させて試料裏面の見掛けの放射率を高め、試料への黒色塗料のコートなしに熱拡散率を測定する半球面鏡式レーザフラッシュ方式による熱拡散率測定方法が開示されている。この技術は、試験片表面への黒化剤による黒化処理を必要としない方法であるが、市販の装置には適用できず実用性に改善の余地がある。
非特許文献1には、熱拡散率測定の結果に影響を与える大きな要因である黒化処理に注目し、その影響を評価し測定精度を明確にすることを目的とした研究として、市販の汎用黒鉛スプレーを用いて、黒化処理の個人差および黒化処理膜厚による測定精度への影響を調べた結果が記載されている。
スプレー塗布以外の黒化処理方法(特許文献1)や、黒化処理が必要ない方法(特許文献2)が提案されたが、いずれも簡便な方法とは言えない。前述したような市販のエアゾールタイプの黒鉛型の離型剤や潤滑剤を用いて、スプレー塗布により試料の両面を黒化処理する方法は簡便であるが、試料表面に塗膜を薄くて均一に且つ瞬時に作製することが困難である。また、銅のような熱伝導率が高い試料や、厚さが数mm程度の薄い試料の熱伝導率を高精度で測定するためにも、新しいタイプの黒化剤が求められている。
グラフェンは次世代の材料として期待されているナノ炭素材料であり、従来の黒鉛微粒子、カーボンブラック等のカーボン粒子とは異なる特性を有し、産業界における応用開発が進められ、多数の応用技術が提案された。特に、その透明性および導電性を活かしてフレキシブルディスプレイ等への応用が注目されている。多層グラフェン分散液に関する技術としては、特許文献3〜6の技術等が提案されている。特許文献3には、多層グラフェン、炭素数12〜30の炭化水素基とノニオン性基を有する重合体、およびケトン系有機溶媒を含有する多層グラフェン分散液が提案されている。特許文献4には、有機溶剤中のグラフェンを、電荷移動錯体を構成する電子受容体有機分子で修飾したグラフェン第1溶液と、有機溶剤中のグラフェンを、電荷移動錯体を構成する電子供与体有機分子で修飾したグラフェン第2溶液とを基板に塗布する技術が提案されている。特許文献5には、アルカリ金属塩を用いるグラフェン溶液の製造方法が提案されている。特許文献6には、水系の分散液であるグラフェンシート有機分散体の製造方法が提案されている。
しかし、これらの従来技術においては、グラフェンの黒化剤としての用途や、フラッシュ法による熱拡散係数の測定における黒化剤としての用途については検討されていない。
また、市販のエアゾールタイプの黒鉛型の離型剤や潤滑剤は粉末焼結において金型の表面に離型・潤滑目的の塗膜の作成に広く使われているが、生産効率の向上および焼結体の寸法精度を向上させるためにより薄くて均一に短時間で塗膜を作製できるエアゾールタイプの離型剤や潤滑剤が求められている。特許文献8には、グラフェン系ナノカーボンを水に分散させた水系潤滑液組成物が提案されている。特許文献9には、グラフェン系ナノカーボンを潤滑油に分散させた潤滑油組成物が提案されている。これらの従来技術においては、グラフェン系ナノカーボン含有分散液は、切削加工等各種機械部品の摩耗低減の目的で液状潤滑剤として用いられることが提案されているが、粉末焼結用の金型表面に離型・潤滑塗膜を作成するための離型剤・潤滑剤としての用途については検討されていない。従来技術のグラフェン系ナノカーボン含有分散液は、金型表面に薄くて均一な塗膜を瞬時に作製できないため、粉末焼結用離型剤・潤滑剤、特に放電プラズマ焼結(Spark Plasma Sintering)用離型剤・潤滑剤としての用途に相応しくない。
特開2007−327851号公報 特開平10−123075号公報 特開2015−199623号公報 特開2011−63492号公報 特表2013−510787号公報 特開2015−59079号公報 特開2013−212948号公報 特開2016−098279号公報 特開2016−069482号公報
「熱拡散率測定における黒化処理の影響:東京都立産業技術研究センタ研究報告,第10号,2015年 J. H. Lee et al.: "Graphene in Edge-Carboxylated Graphite by Ball Milling and Analyses Using Finite Element Method" International Journal of Materials Science and Applications 2013; 2(6): 209-220
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、試料表面に多層グラフェンを含む薄くて均一な塗膜を瞬時に作製できる多層グラフェン分散液を提供することを課題としている。
また本発明は、試料表面に多層グラフェンを含有する薄くて均一な塗膜を瞬時に作製でき、黒化効果に優れた熱物性測定用黒化剤を提供することを課題としている。
また本発明は、金型表面に多層グラフェンを含有する薄くて均一な塗膜を瞬時に作製でき、離型・潤滑効果に優れた粉末焼結用離型剤および/または潤滑剤を提供することを課題としている。
また本発明は、上記に加えて、分散安定性および再分散性に優れた多層グラフェン分散液、熱物性測定用黒化剤および粉末焼結用離型剤および/または潤滑剤を提供することを別の課題としている。
上記の課題を解決するために、本発明の多層グラフェン分散液は、有機溶媒および液化ガスを含有する液相に多層グラフェンが分散されていることを特徴とする。この多層グラフェン分散液において、前記多層グラフェンは、炭素純度90質量%以上、厚さ1nm〜1Onmであることが好ましい。この多層グラフェン分散液において、前記多層グラフェンは、平均粒径が1μm〜10μmであることが好ましい。この多層グラフェン分散液において、前記有機溶媒は、速乾性溶媒を含有することが好ましい。この多層グラフェン分散液において、前記多層グラフェンの分散剤である有機高分子を含有することが好ましい。この多層グラフェン分散液において、前記多層グラフェンは、酸化グラフェンを含むことが好ましい。
本発明の熱物性測定用黒化剤は、熱物性測定用試料の表面に黒化膜を形成させるための黒化剤であって、前記多層グラフェン分散液からなる。この熱物性測定用黒化剤は、前記液化ガスの蒸気を含む気相の加圧力により噴射して使用されることが好ましい。
本発明の粉末焼結用離型剤・潤滑剤は、粉末焼結において焼結用型と焼結体との間に分離層を形成させるための離型剤・潤滑剤であって、前記多層グラフェン分散液からなる。この粉末焼結用離型剤・潤滑剤は、前記液化ガスの蒸気を含む気相の加圧力により噴射して使用されることが好ましい。
本発明の多層グラフェン分散液封入体は、前記多層グラフェン分散液が、前記液化ガスが液相と気相で蒸気圧平衡を保ちながら封入された封入容器と、前記封入容器に設けられた弁体と、前記弁体を開放することで、前記気相の加圧力により前記多層グラフェン分散液を前記封入容器から噴射させる手段とを備えている。この多層グラフェン分散液封入体は、熱物性測定用試料の表面に黒化膜を形成させるために使用されることが好ましい。また、この多層グラフェン分散液封入体は、粉末焼結(例えば、放電プラズマ焼結)において焼結用型と焼結体との間に分離層を形成させるために使用されることが好ましい。
本発明の多層グラフェン分散液によれば、固体表面に多層グラフェンを含む薄くて均一な塗膜を瞬時に作製できる。
また、本発明の熱物性測定用黒化剤によれば、試料表面に多層グラフェンを含有する薄くて均一な塗膜を瞬時に作製でき、黒化効果に優れている。本発明の熱物性測定用黒化剤で作製した多層グラフェンを含む塗膜による黒化処理によって、銅のような熱伝導率が高い試料や、厚さが数mm程度以下の薄い金属試料の熱伝導率を正確に測定することができる。
また、本発明の粉末焼結用離型剤・潤滑剤によれば、粉末焼結において使用される焼結用型(例えば、放電プラズマ焼結における黒鉛製型(等方性黒鉛))表面に多層グラフェンを含有する薄くて均一な塗膜を瞬時に作製でき、離型・潤滑効果に優れている。前記焼結用型と粉末焼結体との接触面に多層グラフェンを含む薄くて均一な塗膜を形成させることにより、焼結用型から焼結体をよりスムーズに押し出させることや、高価な焼結用型の摩損を低減することで焼結用型の使用寿命を延ばすことができる。
また本発明の多層グラフェン分散液、熱物性測定用黒化剤および粉末焼結用離型剤・潤滑剤によれば、多層グラフェンの平均粒径などを調整することで、さらに分散安定性および再分散性にも優れている。
実施例1の概略構成を説明する図である。Aは実施例1の基本構造を示す概念図、Bは実施例1において作製された実物の写真である。 実施例1に使用された多層グラフェン粒子の粒度分布の測定結果を示した図である。 実施例2に使用された多層グラフェン粒子の粒度分布の測定結果を示した図である。 実施例3に使用された多層グラフェン粒子の粒度分布の測定結果を示した図である。 実施例4に使用された多層グラフェン粒子の粒度分布の測定結果を示した図である。 実施例5に使用された多層グラフェン粒子の粒度分布の測定結果を示した図である。 垂直ステンレス板の表面に黒化処理した後の外観を示す写真である。1は従来品によるもの、2は実施例1の黒化剤によるものを示す。 実施例1に使用された多層グラフェン粒子の走査型電子顕微鏡写真である。 実施例4に使用された多層グラフェン粒子の走査型電子顕微鏡写真である。 実施例1の多層グラフェンのXRDによる測定結果を示した図である。 実施例4の多層グラフェンのXRDによる測定結果を示した図である。 実施例3の多層グラフェン分散液を用いて作製した多層グラフェン層の熱重量測定(TG)の結果を示した図である。 表面に黒化処理した厚みの異なるAl2O3-TiCCeramicsのグラファイト重量および熱拡散率の測定結果を示した図である。縦軸は熱拡散率(mm2/s)であり、横軸はグラファイト重量(mg)の対数表示である。 表面に金蒸着してから黒化処理したポリイミドフィルムの熱拡散測定における温度上昇曲線を示した図である。 実施例3の多層グラフェン分散液を用いて得られた塗膜の走査型電子顕微鏡写真である。
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明の多層グラフェン分散液は、有機溶媒および液化ガスを含有する液相に多層グラフェンが分散されていることを特徴とする。本発明の特徴の一つは、密閉された封入容器内に多層グラフェンと有機溶媒と液化ガスとを共存させ、この多層グラフェン分散液からなる液相と、液化ガスの蒸気を含む気相とを封入容器内に封入することで、気相の加圧力により封入容器から多層グラフェン分散液を噴射(スプレー塗布)することにより、瞬時に多層グラフェン塗膜を作製できることである。
本発明の多層グラフェン分散液に使用される多層グラフェンについて説明する。なお、本明細書において「グラフェン」、「多層グラフェン」、「酸化グラフェン」、「グラファイト」の意味は、技術常識に基づいて解釈されるが、特に以下の内容を意図している。
グラフェン:グラフェンとは、炭素原子がハチの巣状に6角形のネットワークを形成したシートである。グラフェンは、独特な機械的、熱的、電子的、光学的性質を有し、フレキシブルディスプレイ、トランジスタ、光学センサ、RFID、太陽電池、二次電池、燃料電池、スーパーコンデンサ、導電インクなど、様々な産業分野での活用が期待される。
多層グラフェン:グラフェンが積層化され複数層とされたもので、厚さがlnm〜lOnmの片状物質である。
酸化グラフェン:グラフェンに酸素官能基がついたもので、グラファイトを酸化反応により剥離した炭素原子1〜数層の片状物質である。
グラファイト:グラフェンが積層化され複数層とされたもので、厚さがlOnmを超える片状物質である。グラファイトは、天然黒鉛と人造黒鉛の、大きく二種類に分けられる。
本発明に使用される多層グラフェンは、その製造方法は特に限定されるものではなく、市販の多層グラフェン粉末を使用してもよい。本発明に使用される多層グラフェンは、炭素純度90質量%以上であることが好ましい。多層グラフェンの中に単層グラフェン、酸化グラフェン粒子、カーボンブラック粒子、黒鉛微粒子等のカーボン粒子が含まれていてもよい。多層グラフェン中の炭素の純度が質量分率で90%未満であると、分散安定性が悪くなり、黒化効果が著しく落ちる等の不具合が生じる場合がある。
種々の多層グラフェンの中で、天然黒鉛を剥離する方法により大量生産された多層グラフェン粉末は安価で、容易に入手できるため本発明に好ましく使用される。市販の多層グラフェンは、その厚みはlnm〜l0nmで、面の大きさがlμm〜20μmのものが多い。例えば、グラフェンプラットフォーム株式会社(東京都)が製造販売している「グラフェンパウダー」、XG Sciences, Inc. (Michigan、U.S.A.)が製造販売している「グラフェン・ナノプレートレット」(Graphene Nanoplatelets)、Garmor Inc. (Florida、U.S.A.)が製造販売している「エッジ酸化グラフェンJ (Graphene Oxide (edge-oxidized))が挙げられる。これらは製品の名称がそれぞれ異なるが、いずれも本明細書の多層グラフェンの範囲に属する。
また、グラフェンの端部に官能基が付けられているもの、すなわち、部分酸化グラフェンを用いることができる。部分酸化グラフェンの製造方法は特に限定されない。例えば、公知技術(非特許文献2)により製造可能である。
また、前記部分酸化グラフェンのほかに、技術常識に基づいて解釈される酸化グラフェンを用いることができる。酸化グラフェンは様々な合成法があり、その酸化度によって性能や用途が異なる。酸化グラフェンは一般的にグラフェンシートに水酸基、エポキシ基、カルボキシル基を持った構造をとっており、極性溶媒に対する分散性を示す。また、酸化グラフェンは、グラフェンと異なる性質を示す。酸化グラフェンの製造方法は特に限定されない。例えば、公知技術(特許文献7)により製造可能である。
本発明に使用される多層グラフェンは、厚さが1nm〜1Onmであり、2nm〜8nmが好ましく、3nm〜7nmがより好ましい。多層グラフェンが薄過ぎると、単層グラフェンの性質に近くなり透明性が増すため、黒化効果が低下する。また、多層グラフェンが厚過ぎると、黒鉛の性質に近くなり分散安定性が悪くなる。
本発明に使用される多層グラフェンは、平均粒径が1μm〜10μmであることが好ましく、2μm〜6μmがより好ましい。ここで多層グラフェン粒子の平均粒径は、レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置を用いて測定した粒子径分布曲線における下限または上限からの頻度の累積値が50%になったところの粒子径であるメジアン径として求めることができる。多層グラフェンの粒径が大き過ぎると、多層グラフェン分散液の分散安定性が悪くなる傾向がある。多層グラフェンの粒径が小さ過ぎると、逆に凝集が起こりやすくなる傾向がある。
本発明に使用される多層グラフェンは、市販の多層グラフェン粒子の二次元の大きさを粉砕加工によって適宜な大きさに調整すること、あるいは市販の種々の多層グラフェン粉末の中から適宜な大きさを有するものを選択することで、粒径を上記のような範囲とすることが望ましい。多層グラフェン粉末を適宜な大きさに粉砕加工する方法は、特に限定されるものではなく、公知の微粉砕技術および装置を適用することができる。例えば、通常市販されているボールミル、遊星ボールミル、ビーズミル等の媒体攪拌型ミルまたはジェットミルが適用できる。この際には、望ましい粒度範囲に粒度を調整すると同時に、過度に粉砕せず、あるいはグラフェンの結晶構造を壊してアモルファス化させないように適切な条件を定めることが望ましい。例えば、レーザ回折/散乱法による粒度分布測定および粉末X線回折法による結晶構造分析に基づいて適切な粉砕条件を定めることができる。
本発明の多層グラフェン分散液における多層グラフェンの質量分率は、0.20%〜2.00%が好ましく、0.5%〜1.50%がより好ましい。多層グラフェンの質量分率が少な過ぎると、黒化効果が低下し、多層グラフェンの質量分率が多過ぎると、グラフェン塗膜が不均一になりやすい。
次に、本発明の多層グラフェン分散液の好ましい製造手順を説明する。なお、以下の説明を含む本明細書における分散安定性および再分散性の意味は下記の通りである。
分散安定性:分散安定性とは、多層グラフェン粒子と有機溶媒と液化ガスとを共存させた状態において、多層グラフェン粒子が沈降や凝集を起こさずに安定することを指す。
再分散性:再分散性とは、多層グラフェン粒子と有機溶媒と液化ガスとを共存させた状態において、多層グラフェン粒子の沈降は見られるものの、容器を振る方法で容易に前の分散状態に戻せることをいう。
まず、多層グラフェン粉末を有機溶媒に分散させることにより原液Iを調製する。
原液Iの作製に使用される有機溶媒は、多層グラフェン粒子を安定に分散させものであれば特に限定されるものではない。具体的には、例えば、メタノール、エタノール、2-プロパノール、1-ブタノール、1-メトキシ-2-プロパノールなどの炭素数1〜4の1価アルコールや多価アルコール類、多価アルコール類の誘導体、ケトン類、エステル類、エーテル類、カーボネート類などを必要に応じて2種以上組み合わせて有機溶媒とすることができる。
安全性が高く入手しやすいことから、アルコールを主体とするアルコール系溶媒を使用することが好ましい。2-プロパノールは、ヒドロキシ基による水素結合性を持つことからアルコールなどの極性溶媒と相溶し、同時に、相対的に大きな疎水性基(イソプロピル基)を持つためにエーテルなどの非極性溶媒にも相溶する両親媒性を示すため、好適である。また、多層グラフェン粒子の分散安定性を向上させることが可能であるため、2-プロパノールをベースにした複数種のアルコールの混合溶媒が好ましく使用される。
本発明の多層グラフェン分散液は、多層グラフェンの分散剤である有機高分子を含有することが好ましい。分散剤である有機高分子を配合することで、分散安定性を向上させることができる。分散剤の有機高分子は、原液Iの作製に使用される有機溶媒に溶解するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム等の繊維素誘導体、(メタ)アクリル酸系共重合体、N-ビニル-2-ピロリドン系共重合体、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。
これらの中でも、分散効果に優れる点からエチルセルロースが好ましい。エチルセルロースは、アルコールをはじめ多くの有機溶媒に可溶で、多層グラフェン粒子の表面に吸着して多層グラフェン粒子間の凝集を抑制する効果がある。また、エチルセルロースは、有機溶媒を蒸発させる際に、多層グラフェン粒子の凝集を抑え、試料表面に均一な塗膜を形成するために重要な役割を果たす。本発明の多層グラフェン分散液におけるエチルセルロースの質量分率は、0.10%〜1.00%が好ましく、0.3%〜1.00%がより好ましい。エチルセルロースの質量分率が少な過ぎると、多層グラフェンの分散安定性が低下し、エチルセルロースの質量分率が多過ぎると、再分散性が低下する。
原液Iの作製において、有機溶媒に多層グラフェンを分散する方法は特に限定されるものではなく、例えば、超音波ホモジナイザ、ボールミル、ビーズミル、攪拌機等を使用できる。超音波ホモジナイザは、操作簡便であることから好ましく使用される。
次に、前記原液Iと速乾性溶媒を配合することにより原液IIを調製する。
有機溶媒の一部として速乾性溶媒を配合することで、多層グラフェンを含む塗膜を、薄くて均一に且つ瞬時に作製できる。ここで速乾性溶媒としては、例えば、常圧での沸点が30〜80℃の有機溶媒を用いることができる。速乾性溶媒は、前記の多層グラフェン粒子を分散させるための有機溶媒との相溶性が良好であれば、特に限定されるものではなく、例えば、アルコール系溶媒との相溶性が良好なジクロロメタン、シクロペンタン、シンナー等が挙げられる。これらの中でも、比較的に有害性の低いシクロペンタンが好ましい。
原液Iにアルコール系溶媒を使用した場合、原液IIにおけるアルコール系溶媒と速乾性溶媒との質量比(アルコール系溶媒:速乾性溶媒)は、20:80〜40:60が好ましい。アルコール系溶媒の配合比が少な過ぎると、多層グラフェン粒子の分散安定性が低下する。有機溶媒の配合比が多過ぎると、速乾性が低下する。
次に、前記原液IIを、封入容器内に充填させる。その後、封入容器内に液化ガスを注入することにより、本発明の多層グラフェン分散液が製造される。
本発明に使用する液化ガスは、臨界温度が高いことと常温付近で加圧することにより簡単に液化されることが可能であれば、特に限定される必要がない。例えば、液化石油ガス(LPG)とジメチルエーテル(DME)が使用可能である。ジメチルエーテルは安全性が比較的高いため好ましい。これらの液化ガスを大気中に噴射させると容積が例えば200300倍の気相のガスになる。この急激な膨張が多層グラフェン粒子を細かく分散させる。従って、多層グラフェン粒子を均一に試験片の表面に吹き付けできるため、均一に黒化処理をすることができる。
熱物性測定用黒化剤としてスプレー塗布により適切な黒化処理を行うために、また、粉末焼結用離型剤・潤滑剤としてスプレー塗布により適切な離型・潤滑処理を行うために、多層グラフェンを分散させる液相におけるDMEの配合質量分率は、60%〜90%が好ましく、70%〜80%がより好ましく、73%〜75%がさらに好ましい。DMEの配合量が少な過ぎると、多層グラフェンを含む塗膜が不均一になりやすい。また、DMEの配合量が多過ぎると、同様に多層グラフェンを含む塗膜が不均一になりやすい。
本発明の多層グラフェン分散液は、従来のエアゾール製品と同様な方式で使用することできる。すなわち本発明の多層グラフェン分散液は、次の多層グラフェン分散液封入体として使用することができる。この多層グラフェン分散液封入体は、本発明の多層グラフェン分散液が、液化ガスが液相と気相で蒸気圧平衡を保ちながら封入された封入容器と、封入容器に設けられた弁体と、弁体を開放することで、気相の加圧力により多層グラフェン分散液を封入容器から噴射させる手段とを備えている。この多層グラフェン分散液封入体は、熱物性測定用試料の表面に黒化膜を形成させるために好適に使用することができる。また、この多層グラフェン分散液封入体は、粉末焼結において焼結用型と焼結体との間に分離層を形成させるために好適に使用することができ、特に、放電プラズマ焼結において黒鉛製型(等方性黒鉛)と焼結体との間に分離層を形成させるためにより好適に使用することができる。
封入容器は、多層グラフェン分散液を密閉できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、弁体付き蓋と、この弁体付き蓋を取り付けることによって内部に密閉空間を形成する耐圧容器本体とを備えたものを用いることができる。耐圧容器本体は、例えば、ガラス容器などを用いることができる。封入容器は、例えば、内容積が200ml〜l500mlのものを使用することができる。
弁体は、閉止時に多層グラフェン分散液を密閉できる弁機構を有するものであれば特に限定されず、各種のものを使用できる。
弁体を開放することで、気相の加圧力により多層グラフェン分散液を封入容器から噴射させる手段は、特に限定されるものではないが、例えば、噴射ボタンなどの弁体を開放させる機構と、耐圧容器内の液相に下端を浸漬し上端を弁体に連通させた、ディップチューブなどの管体とから構成されるものなどが挙げられる。
図1Aは、多層グラフェン分散液封入体の一例を示す。同図において符号1は弁体付き蓋を取り付けた透明耐圧ガラス容器、符号2はディップチューブ、符号3は気相(ジメチルエーテル)、符号4は多層グラフェン粒子とエチルセルロース(分散剤)と2-プロパノール(有機溶媒)とシクロペンタン(有機溶媒のうち速乾性溶媒)とジメチルエーテル(液化ガス)を含む液相である。透明な耐圧ガラス容器1は、弁体付き蓋およびディップチューブ2が取り付けられたもので、蓋を押すことにより多層グラフェン分散液を放出、噴射させることができる。
本発明は、従来のエアゾール製品と同様な方式で使用することできる。すなわち、本発明は、200ml〜l500mlの弁体を持つ容器内に多層グラフェンが分散された液相IIと液化ガスを注入させた後、噴射ボタンを押すことで弁体を開放させ、液化ガスの蒸気圧力により液相を放出させる方法で多層グラフェンを含む塗膜を作製すること、すなわち、黒化処理や粉末焼結用の金型表面の離型・潤滑処理などを行うことができる。
以上に説明した本発明の多層グラフェン分散液によれば、固体表面に多層グラフェンを含む薄くて均一な塗膜を瞬時に作製でき、また多層グラフェンの平均粒径などを調整することで、分散安定性および再分散性にも優れている。この点から、本発明の多層グラフェン分散液は、熱物性測定用黒化剤に使用できる他、帯電防止、熱吸収等への応用や、潤滑剤、離型剤の効果が期待される。
そして本発明の熱物性測定用黒化剤は、熱物性測定用試料の表面に黒化膜を形成させるための黒化剤であって、本発明の多層グラフェン分散液からなる。本発明の熱物性測定用黒化剤は、好ましくは、多層グラフェン分散液に含まれる液化ガスの蒸気を含む気相の加圧力により噴射して使用される。
本発明の熱物性測定用黒化剤によれば、試料表面に多層グラフェンを含有する薄くて均一な塗膜を瞬時に作製でき、黒化効果に優れている。また多層グラフェンの平均粒径などを調整することで、分散安定性および再分散性にも優れている。本発明の熱物性測定用黒化剤は、例えば、熱伝導率を短時間で測定できるフラッシュ法において試料の両面を黒化処理するために用いることができる。本発明の熱物性測定用黒化剤で作製した多層グラフェンを含む塗膜による黒化処理によって、銅のような熱伝導率が高い試料や、厚さが数mm程度以下の薄い金属試料の熱伝導率を正確に測定することができる。
そして本発明の粉末焼結用離型剤・潤滑剤は、粉末焼結において焼結用型と焼結体との間に分離層を形成させるための離型剤・潤滑剤であって、本発明の多層グラフェン分散液からなる。本発明の粉末焼結用離型剤・潤滑剤は、好ましくは、多層グラフェン分散液に含まれる液化ガスの蒸気を含む気相の加圧力により噴射して使用される。
本発明の粉末焼結用離型剤・潤滑剤によれば、粉末焼結用の金型表面に多層グラフェンを含有する薄くて均一な塗膜を瞬時に作製でき、離型・潤滑効果に優れている。また多層グラフェンの平均粒径などを調整することで、分散安定性および再分散性にも優れている。本発明の粉末焼結用離型剤・潤滑剤は、例えば、放電プラズマ焼結において使用される黒鉛製型(等方性黒鉛)との接触面に多層グラフェンを含む薄くて均一な塗膜、すなわち分離層を形成させるために用いることができる。本発明の粉末焼結用離型剤・潤滑剤で作製した多層グラフェンを含む塗膜による粉末焼結用金型の表面処理によって、金型から焼結体をよりスムーズに押し出させることや、高価な金型の摩損を低減することで金型の使用寿命を延ばすことができる。
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
1.測定方法
(1)粒径測定
レーザ回折・散乱式粒度分布測定法により行われた(図2〜図6)。使用装置は堀場製作所の粒度分布測定装置(LA-950V2型)、具体測定条件は以下の通りである。
分散媒:2-プロパノール
前分散処理:なし
測定方式:バッチ式セルユニットを使用したバッチ式
溶媒屈折率:1.378
試料屈折率:1.920-0.000i
粒子径基準:体積
反複回数:15
(2)結晶構造解析
PANalytical社製粉末X線回折装置(XPERT-PRO MPD)を用いて行った(図10、図11)。具体的な測定条件は以下の通りである。
走査範囲[°2θ]: 10.000〜70.000
ターゲット Cu
X線出力設定 40mA, 45kV
ステップサイズ[°2θ] 0.017
スキャンステップ時間/s 3.8762
スキャンの種類 連続
試料幅/mm 10.00
測定温度/℃ 25
(3)モルフォロジー観察
日本電子株式会社製走査型電子顕微鏡(JSM-6610LA)を用いて行った(図8、図9)。前処理として、粉末サンプルをカーボンテープ上に固定した後、金の蒸着を行った。測定の際の加速電圧は20kVであった。
2.多層グラフェン分散液の作製
<実施例1>
多層グラフェン粉体(Graphene Nanoplatelets、Grade M、厚み5nm、米国XG Sciences社製)3gを、直径5mmのジルコニアボール45gと一緒に容積45mlのジルコニア容器に投入し、遊星ボールミル(P-7型、フリッチュ・ジャパン(株))を用いて、回転数800rpmで12時間粉砕処理し、同じ条件で粉砕処理した多層グラフェン粉体12gを得た。粒径を測定した結果、粉砕後の多層グラフェン粉体のメジアン径は4.2μmであった(図2)。粉砕処理した多層グラフェンの結晶構造は、粉末X線回折法(XRD)により分析した結果、多層グラフェンの結晶構造が粉砕により破壊されていないことが確認できた(図10)。また、走査型電子顕微鏡による観察の結果、12時間粉砕処理した多層グラフェン粒子は薄片形状で、2次元の大きさは数μm程度であることが分かった(図8)。
表1に示した組成の混合溶媒100mlに分散剤(エチルセルロース、鹿1級、純度1Ocp、関東化学製、製品番号14076-01)5gを添加し、2週間をかけて前記混合溶媒に前記分散剤を含浸させた後に、前記分散剤を完全に溶解させ、透明な液状体になるまで攪拌を行った。次に、前記分散剤含有混合溶媒に、前記12時間粉砕処理したグラフェン粉末10gを投入し、超音波ホモジナイザ(VCX-750、米国ソニックス&マテリアル社製)を用いて、80%の出力で、15分間超音波照射によりグラフェン粉末を分散させ、原液Iを作製した。次に、4.5g原液Iを1OOmlのビーカーに入れた後、速乾性溶媒としてシクロペンタン10.5gを攪拌しながら添加し原液IIを調製した。次に、12.5gの前記原液IIを、内容量1OOmlの透明な耐圧ガラス容器に投入した後、前記耐圧ガラス容器に35.6gの液化ガスDMEを注入することにより、多層グラフェン分散液を得た(図1A、B)。なお、前記透明な耐圧ガラス容器は、弁体付き蓋およびディップチューブが取り付けられたもので、蓋を押すことにより多層グラフェン分散液を放出させることができる。この多層グラフェン分散液は、前記容器内の液相と、液相の構成成分の一つである液化ガスDMEからなる気相とが共存している。
Figure 0006945203
<実施例2>
実施例1の多層グラフェン粉体の粉砕処理の時間は6時間で、それ以外はすべて実施例1と同じ条件で多層グラフェン分散液を作製した。粒径を測定した結果、6時間で粉砕処理した多層グラフェン粉体のメジアン径は7.0μmであった(図3)。
<実施例3>
多層グラフェン粉体は、エッジ酸化グラフェン(Graphene Oxide (edge-oxidized) Garmor Inc.(Florida、U.S.A.)製)を用いた。粉砕処理しないで、実施例1と全く同じ条件で多層グラフェン粉体の分散処理を行い、多層グラフェン分散液を作製した。本実施例の多層グラフェン粉体の粒径を測定した結果、そのメジアン径は3.5μmであった(図4)。
<実施例4>
多層グラフェン粉体は、Graphene Nanoplatelets(Grade M、米国XG Sciences社製)を用いた。粉砕処理なしで、実施例1と全く同じ条件で多層グラフェン粉体の分散処理を行い、多層グラフェン分散液を作製した。本実施例の多層グラフェン粉体の粒径を測定した結果、そのメジアン径は、13.lμmであった(図5)。粉末X線回折法(XRD)により分析した結果、本実施例の多層グラフェン粉体は実施例1の多層グラフェン粉体と同じ結晶構造を持つことが分かった(図11)。また、走査型電子顕微鏡による観察の結果、本実施例の多層グラフェン粒子は薄片形状で、2次元の大きさは実施例1の粉砕処理した多層グラフェン粒子より大きいことが分かった(図11)。
<実施例5>
実施例1の多層グラフェン粉体の粉砕処理の時間は3時間で、それ以外はすべて実施例1と同じ条件で多層グラフェン分散液を作製した。粒径を測定した結果、3時間で粉砕処理した多層グラフェン粉体のメジアン径は10.8μmであった(図6)。
<実施例6>
実施例1の多層グラフェン粉体の分散処理において混合溶媒100mlに分散剤(エチルセルロース、鹿1級、純度1Ocp、関東化学製、製品番号1407601)1gを添加した。それ以外はすべて実施例1と同じ条件で多層グラフェン分散液を作製した。
<実施例7>
実施例1の多層グラフェン粉体の分散処理において混合溶媒100mlに分散剤(エチルセルロース、鹿1級、純度1Ocp、関東化学製、製品番号14076-01)1Ogを添加した。それ以外は、すべて
実施例1と同じ条件で多層グラフェン分散液を作製した。
3.評価
[分散安定性と再分散性の評価]
液化ガスが含まれている微粒子分散液の分散安定性と再分散性を評価できる既存装置および規格が存在しないため、経験に基づいて、以下の目視法により分散安定性と再分散性の評価を行った。
・分散安定性の評価
12.5g原液IIを内容量1OOmlの弁を持つ透明耐圧ガラス容器内に充填した後、35.6gの液化ガスを注入する。次に、手振りにより容器を1分間で30回繰り返し上下を反転させ、十分に混合分散させた後、24時間で静置する。多層グラフェン粒子の沈降を目視により確認する。評価基準は、沈殿および液層の分離が全く生じない場合はA、少量生ずる場合はB、多量に生じる場合はCとして評価する。
・再分散性の評価
分散安定性を評価した後、再度容器を1分間で30回繰り返し上下を反転させ、十分に混合分散させた後に、内容物である液相約30mlを残すように一部を放出させる。次に容器1ヶ月間を静置する。次に手振りにより容器を6秒間3回繰り返し上下反転させた後、直ちに容器を45°で傾斜させ、容器底部に残留する未分散凝集物の量を目視で確認する。評価基準は、未分散凝集物が全くない場合はA、少量ある場合はB、多量にある場合はCとして評価する。
Figure 0006945203
[熱安定性の評価]
直径6mmのサファイア基板上に、実施例3の多層グラフェン分散液からなる液相と、液化ガスの蒸気を含む気相とを封入した封入容器から、気相の加圧力により多層グラフェン分散液を噴射(スプレー塗布)して、質量0.340mgの多層グラフェン層を作製し、Pt-Rh製の測定容器にセットした。この多層グラフェン層の熱安定性を、熱天秤(TG 209 F1 Libra(登録商標))を使用し、不活性ガス雰囲気中で室温から1000℃までの熱重量測定(TG)を行った(図12)。
図12に示す測定結果について、200℃付近から330℃までの間に見られる-42.13%の重量減少は、多層グラフェン分散液中に含まれるエチルセルロース(分散剤)に由来する重量減少であると推定され、330℃から1000℃までの-15.33%の重量減少が、多層グラフェンの重量減少に相当すると推定された。また、測定後の測定容器中には、多層グラフェンが残っていたことから、本発明による多層グラフェン分散液は、高温測定においても比較的安定してフラッシュ法に適用できることが分かった。
[黒化剤への応用]
図7は、垂直ステンレス板の表面に黒化処理した後の外観を示す写真である。1は従来品によるもの、2は実施例1の多層グラフェン分散液によるものである。従来品はブラックルブ(株式会社オーデック製)を用いた。
次に、熱物性測定用黒化剤としての金属材料の熱拡散率(a、単位はmm2/s)測定への応用を、従来製品と比較して検証した。材料の熱拡散率は、不安定な熱伝導を特性づける材料固有の特性である。この値は、材料がどれほど速く温度変化に反応するかを表す。熱拡散率の測定はフラッシュアナライザー(LFA 467 HT HyperFlash、ネッチ・ジャパン(株))を用いて行った。測定条件:Position:C、Spotsize/mm:12.7、Filter/%:O、Sensor:MCT(HgCdTe)、Lamp:LFA467 HyperFlash、Purge 2 MFC:HELIUM、Protective MFC:HELIUM
黒化処理には、実施例3の多層グラフェン分散液を用いた。また対比のために従来製品として、熱物性測定においての黒化処理に広く使用されているGraphit 33 (CRC Industries Europe, Belgium製)を用いた。
応用例1
厚み1.218mm、直径25.200mmの銅試験片の両面に、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が116.506±0.118mm2/s(298.7K)であった。一方、従来品を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が115.231±0.053mm2/s(298.6K)であった。銅の熱拡散率の理論値は117mm2/s(300K)であるので、本発明による黒化処理で従来品と比べて銅の理論値に近い値が得られることが分かる。
応用例2
厚み0.9800mm、直径25.200mmのモリブデン試験片の両面に、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が53.790±0.025mm2/s(298.7K)であった。一方、従来品を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が52.878±0.307mm2/s(298.2K)であった。モリブデンの熱拡散率の理論値は54.3mm2/s(300K)であるので、本発明による黒化処理で従来品と比べてモリブデンの理論値に近い値が得られることが分かる。
応用例3
NMIJ CRM 5807a(Al2O3-TiCCeramics)と同じ基本的な構成(材質)を有するNPA-2(日本タングステン株式会社、直径10mm)を用い、厚み0.1mm、0.2mm、0.3mmの各試験片の両面に、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った後、グラファイト重量および熱拡散率を測定した(図13)。また、対比のために従来製品としてGraphit 33およびブラックルブを用いて同様の測定を行った(図13)。図13に示した測定結果より、厚み0.1mmの試験片の場合、Graphit 33およびブラックルブを用いた従来の黒化処理では、一回の黒化処理(試験片表面へのスプレー塗布回数は片面1〜2回)でのグラファイト量が0.1mgを超え、熱拡散率の実測値は文献値(9.51mm2/s)と20%以上の誤差が生じた。一方、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った場合、一回の黒化処理(試験片表面へのスプレー塗布回数は片面2〜3回)でのグラファイト量を0.03mg程度に抑えることができるため、熱拡散率への影響が最小限に抑えられ、CRM 5807aの推奨値と同等の値が得られることが分かった。なお、CRM 5807aと本応用例で用いたNPA-2の相関については、別途確認している。
Graphit 33やブラックルブなどの従来の黒化処理剤を用いて薄板や薄膜の熱拡散率を評価する場合、グラファイト層による測定値への影響を最小限に抑えるため、「薄く」、「まばらに」、かつ「均一」に試料片を黒化処理する技術が測定者に求められ、汎用性が低いというデメリットがあった。一方、本発明による多層グラフェン分散液を用いる黒化処理では、一度に噴射(スプレー塗布)されるグラフェン量が従来の黒化処理剤より少量であり、微細な多層グラフェンが試料片の表面に偏りなく均一に塗布されるため、グラファイト層による熱拡散率への影響を最小限に抑えることができるだけでなく、薄板や薄膜を簡便に評価できることが示唆された。
応用例4
厚み25μm、直径10mmのポリイミドフィルム(カプトン(登録商標)、東レ・デュポン社製)の両面に、イオンコーター(エイコーエンジニアリング社製)で金蒸着した後、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が0.11mm2/sであった(図14)。図14に示した測定結果より、製造元が提供するカタログに記載の特性値(密度、比熱、熱伝導率)から算出される熱拡散率、および厚みの異なる同等品の熱拡散率と同等の値が得られたことから、本発明による多層グラフェン分散液は、有機薄膜の評価にも有効であることが分かる。
[網状模様の形成]
実施例3の多層グラフェン分散液を用いて、アルミ薄膜に向けて噴射し、得られた塗膜を電子顕微鏡で観察した(図15)。本発明による多層グラフェン分散液を用いて、図15に示すような模様を持つ塗膜が得られることが分かる。
[離型剤・潤滑剤としての応用]
本発明の多層グラフェン分散液を用いて離型剤・潤滑剤としての使用を試みた。その結果、離型剤・潤滑剤としても優れていることが分かった。手作業により粉末原料を充填し、焼結後に手作業により焼結体を焼結型から押し出す粉末焼結(例えば、放電プラズマ焼結)においては、短い時間で薄くて均一な塗膜を形成させることが求められるため、以下の応用例5に示すように、本発明の多層グラフェン分散液は粉末焼結、特に、放電プラズマ焼結においての離型剤・潤滑剤として効果がよいことが本発明者の経験より確認された。
応用例5
放電プラズマ焼結用グラファイト焼結型(カーボン焼結型)(株式会社エヌジェーエス、神奈川県横浜市)を用いて、実施例3の多層グラフェン分散液と、市販の黒鉛型離型剤の中によく使われているブラックルブ(株式会社オーデック、東京都品川区)との比較を行った。前記グラファイト焼結型は、一つのダイスと二つのパンチで構成される。このグラファイト焼結型には、ダイス内璧とパンチの間に薄い黒鉛シートを挟んで使う黒鉛シートタイプと、ダイス内璧とパンチの間に離型剤を塗布する離型剤タイプがある。黒鉛シートタイプは、ダイス内璧とパンチとの間の隙間は約0.2mmであり、離型剤タイプは、ダイス内璧とパンチとの間の隙間は10μm以下で、その隙間を離型剤で埋めることが必要である。本応用例では、離型剤タイプのグラファイト焼結型を用いて、ダイス内璧とパンチ外周面にスプレーにより塗膜を作製し、金属銅粉とアルミナ粉末を原料にして銅焼結体とアルミナ焼結体を作製した。比較実験を3回繰り返して行った結果、ブラックルブと比較して実施例3の多層グラフェン分散液を用いると、グラファイト焼結型から焼結体をよりスムーズに押し出せることが確認された。また、押し出された焼結体表面に付着した離型剤由来の黒色付着物の量が、ブラックルブと比較して実施例3の多層グラフェン分散液の方が少ないことが確認された。

Claims (13)

  1. 有機溶媒およびジメチルエーテルを含有する液相に多層グラフェンが分散されていて、
    前記液相における前記ジメチルエーテルの配合質量分率は、60%〜90%である多層グラフェン分散液。
  2. 前記多層グラフェンは、炭素純度90質量%以上、厚さ1nm〜10nmである請求項1に記載の多層グラフェン分散液。
  3. 前記多層グラフェンは、平均粒径が1μm〜10μmである請求項1または2に記載の多層グラフェン分散液。
  4. 前記有機溶媒は、速乾性溶媒を含有する請求項1〜3のいずれか一項に記載の多層グラフェン分散液。
  5. 前記多層グラフェンの分散剤である有機高分子を含有する請求項1〜4のいずれか一項に記載の多層グラフェン分散液。
  6. 前記多層グラフェンは、酸化グラフェンを含む請求項1〜5のいずれか一項に記載の多層グラフェン分散液。
  7. 熱物性測定用試料の表面に黒化膜を形成させるための黒化剤であって、有機溶媒および液化ガスを含有する液相に多層グラフェンが分散されている多層グラフェン分散液、または、請求項1〜6のいずれか一項に記載の多層グラフェン分散液からなる熱物性測定用黒化剤。
  8. 前記液化ガスの蒸気を含む気相の加圧力により噴射して使用される請求項7に記載の熱物性測定用黒化剤。
  9. 粉末焼結において焼結用型と焼結体との間に分離層を形成させるための粉末焼結用離型剤・潤滑剤であって、有機溶媒および液化ガスを含有する液相に多層グラフェンが分散されている多層グラフェン分散液、または、請求項1〜6のいずれか一項に記載の多層グラフェン分散液からなる粉末焼結用離型剤・潤滑剤。
  10. 前記液化ガスの蒸気を含む気相の加圧力により噴射して使用される請求項9に記載の粉末焼結用離型剤・潤滑剤。
  11. 有機溶媒および液化ガスを含有する液相に多層グラフェンが分散されている多層グラフェン分散液、または、請求項1〜6のいずれか一項に記載の多層グラフェン分散液が、前記液化ガスが液相と気相で蒸気圧平衡を保ちながら封入された封入容器と、
    前記封入容器に設けられた弁体と、
    前記弁体を開放することで、前記気相の加圧力により前記多層グラフェン分散液を前記封入容器から噴射させる手段とを備える多層グラフェン分散液封入体。
  12. 熱物性測定用試料の表面に黒化膜を形成させるために使用される請求項11に記載の多層グラフェン分散液封入体。
  13. 粉末焼結において焼結用型と焼結体との間に分離層を形成させるために使用される請求項11に記載の多層グラフェン分散液封入体。
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