以下、本発明の実施の形態について図面を参照しつつ説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰返さない。
まず、本発明の一実施の形態に係るスラストニードルころ軸受1の構成について説明する。図1は、スラストニードルころ軸受1の軸方向に沿った断面構造を示している。図1を参照して、スラストニードルころ軸受1は、一対の軌道輪11と、複数のニードルころ12と、保持器13とを主に有している。
軌道輪11は、たとえば炭素濃度が0.4質量%以上である鋼からなり、円盤形状を有している。軌道輪11は、一方の主面においてニードルころ12が接触する軌道輪転走面11Aを有している。一対の軌道輪11は、軌道輪転走面11Aが互いに対向するように配置されている。軌道輪11は、ビッカース硬さが700HV以上である。軌道輪11の軌道輪転走面11Aにおける平面度は、約10μmである。
ニードルころ12は鋼からなり、外周面においてころ転動面12Aを有している。ニードルころ12は、図1に示すように、ころ転動面12Aが軌道輪転走面11Aに接触するように、一対の軌道輪11の間に配置されている。
保持器13はたとえば樹脂からなり、複数のニードルころ12を軌道輪11の周方向において所定のピッチで保持する。より具体的には、保持器13は、円環形状を有するとともに、周方向において等間隔に形成された複数のポケット(図示しない)を有している。そして、保持器13は、当該ポケットにおいてニードルころ13を収容する。
複数のニードルころ12は、保持器13によって軌道輪11の周方向に沿った円環状の軌道上において転動自在に保持されている。以上の構成により、スラストニードルころ軸受1は、一対の軌道輪11が互いに相対的に回転可能に構成されている。また軌道輪11は、以下に説明する本実施の形態に係る軌道輪の製造方法により製造される。
次に、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法について説明する。図2は、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法を概略的に示すフローチャートである。図3は、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法における、(A)鋼材に供給される電流の経時変化、(B)鋼材の温度の経時変化、(C)プレス機のストローク、(D)油圧式チャックの動作、(E)第1および第2クランプ部の動作をそれぞれ示している。以下、図2のフローチャートおよび図3のタイムチャートを主に参照しながら、図2および図3に付された「S0〜S12」の順に本実施の形態に係る軌道輪の製造方法を説明する。
まず、軌道輪11を得るための材料である鋼材が準備される(S0)。具体的には、図4を参照して、鋼材としてのコイル材2が準備される。コイル材2は、図4に示すように、圧延された薄板状の鋼材がコイル状に巻き取られたものである。
コイル材2は、たとえば0.4質量%以上の炭素を含む鋼からなる。より具体的には、コイル材2は、たとえばSAE規格のSAE1070、機械構造用炭素鋼鋼材であるJIS規格のS40C、S45C、S50C、S55C、S60C、高炭素クロム軸受鋼であるJIS規格のSUJ2、炭素工具鋼鋼材であるJIS規格のSK85、SK95、機械構造用合金鋼鋼材であるJIS規格のSCM440、SCM445、合金工具鋼鋼材であるJIS規格のSKS5、SKS11、ばね鋼鋼材であるJIS規格のSUP13、またはステンレス鋼材であるJIS規格のSUS440Cなどの鋼からなる。またコイル材2は、2mm以下の厚みを有する薄板状の鋼材である。
さらに、コイル材2から軌道輪11を得るための機械部品製造装置10が準備される(S0)。図5を参照して、機械部品製造装置10の構成を説明する。機械部品製造装置10は、成形台(加工部)3と、加熱部4と、張力付与部5と、制御部6とを備えている。
まず、加工部3の構成について、図6を参照しながら説明する。図6は、加工部3の上下方向(図中両矢印に示す方向)に沿った断面を示している。加工部3は、コイル材2の一部を打ち抜くとともに打ち抜かれたコイル材2の一部を急冷して焼入処理するプレス機として構成されている。加工部3は、プレス用ダイ30と、成形用ダイ31,32を主に有している。
プレス用ダイ30は、円筒状のプレス部35を有している。プレス部35は、コイル材2に接触させて、当該コイル材2の打抜き加工を行うための部分である。またプレス部35には、先端部を切り欠いた凹部35Aが形成されている。プレス用ダイ30は、上下方向において成形用ダイ31,32と対向するように配置されている。またプレス用ダイ30は、図示しない駆動機構によって、成形用ダイ31,32に接近するように、または成形用ダイ31,32から離れるようにストロークさせることが可能となっている。
図11は、プレス部35を平面視した状態を示している。図11中破線で示すように、プレス部35の内部には、冷却水の通路となる水冷回路35Bが周方向に沿って設けられている。図11では、冷却水の流れを示す矢印が付されている。このように冷却水を循環させてプレス部35を冷却することにより、当該プレス部35をコイル材2に接触させた際に、当該コイル材2の急速冷却(ダイクエンチ)を行うことができる。
図6を参照して、成形用ダイ31,32は、上下方向においてプレス用ダイ30と対向するように配置されている。成形用ダイ31は、図6に示すように円柱形状を有しており、その外周部において径方向外側に突出する凸部31Aが形成されている。成形用ダイ32は、成形用ダイ31の直径よりも大きい直径を有するリング形状からなる。成形用ダイ32は、径方向において成形用ダイ31との間に隙間を有するように、成形用ダイ31の外側に配置されている。図8に示すように、プレス用ダイ30が成形用ダイ31,32側へストロークされた場合、プレス部35が成形用ダイ31,32の隙間に位置する。
加熱部4は、コイル材2を後述するA1変態点以上の目標温度にまで加熱するためのものである。加熱部4は、通電加熱によりコイル材2を加熱可能に設けられており、コイル材2に直流電流を供給するための通電端子41と、通電端子41と接続されている直流安定化電源42とを主に含む。加熱部4は、直流安定化電源42から通電端子41を介してコイル材2を通電させることにより、コイル材2を加熱することができる。通電端子41は、たとえば後述する第1クランプ部51および第2クランプ部52よりも内側に位置し、コイル材2において第1クランプ部51および第2クランプ部52により張力が加えられている部分に接触可能に設けられている。直流安定化電源42は、ロードレギュレーション0.2%以下、かつ、ラインレギュレーション0.2%以下であるのが好ましい。直流安定化電源42は、サンプリング周期が10ms以下であるのが好ましい。なお、ロードレギュレーションは、入力を一定に保ったまま負荷の電流を変化させたときの電圧変動であり、無負荷時の電圧計測により測定可能である。ロードレギュレーションは、無負荷時の電圧をEO、定格負荷時の定格電圧をELとしたときに、(EO−EL)/EO×100%で表される。ラインレギュレーションは、入力電圧を変化させた場合の出力電圧の変動であり、負荷の電圧計測により測定可能である。ラインレギュレーションは、定格電源電圧時の出力電圧をER、定格電源電圧の上限又は下限時の出力電圧をEMとしたときに、(ER−EM)/EM×100%で表される。サンプリング周期は、A−D変換によるサンプリング(標本化)による間隔T[s]の逆数f[Hz]である。
張力付与部5は、コイル材2の表面に沿った少なくとも一方向にコイル材2に対し張力を付与するためのものである。張力付与部5は、第1クランプ部51および第2クランプ部52を主に含む。第1クランプ部51および第2クランプ部52は、加工部3により打ち抜き加工されるコイル材2を固定し、かつコイル材2に対して張力を印加可能に設けられている。第1クランプ部51および第2クランプ部52は、コイル材2を上記上下方向から挟持している状態と、挟持していない状態とを変更可能に設けられている。第1クランプ部51および第2クランプ部52は、任意の構成を有していればよいが、たとえば油圧クランプやエアクランプであってもよい。
第1クランプ部51および第2クランプ部52は、コイル材2の延在方向において、プレス用ダイ30および成形用ダイ31,32を挟んで互いに対向する位置に設けられている。第1クランプ部51は上記延在方向においてコイル材2の供給側に配置され、第2クランプ部52は上記延在方向においてコイル材2の排出側に配置されている。言い換えると、コイル材2において第1クランプ部51に挟持された第1部分と第2クランプ部52に挟持された第2部分との間の少なくとも一部は、プレス用ダイ30と成形用ダイ31,32との間に配置されている。
第1クランプ部51および第2クランプ部52は、互い対向する方向(コイル材2の延在方向)において相対的に移動可能に設けられている。たとえば、第1クランプ部51および第2クランプ部52はそれぞれ油圧クランプであって油圧シリンダ(図28中の参照番号53,54)を含み、当該油圧シリンダにより上記対向する方向において互いに離れるように移動可能に設けられている。これにより、第1クランプ部51および第2クランプ部52は、プレス用ダイ30と成形用ダイ31,32との間に配置された当該コイル材2に対し、コイル材2の延在方向に張力を印加することができる。言い換えると、第1クランプ部51および第2クランプ部52が上記対向する方向において相対的に離れるように移動することにより、コイル材2において第1クランプ部51に挟持された第1部分と第2クランプ部52に挟持された第2部分との間には張力が印加される。
第1クランプ部51および第2クランプ部52は、コイル材2が後述する目標温度まで加熱されるときにたとえばコイル材2の上記第1部分と上記第2部分との間の熱膨張量以下だけ当該第1部分と当該第2部分との間隔を広げるように、コイル材2に対し張力を印加する。ここで、張力とは、コイル材2の延在方向の応力をいう。コイル材2の上記第1部分と上記第2部分との間の熱膨張量は、コイル材2の熱膨張係数(たとえば10×10−5/℃)、上記第1部分と上記第2部分との間隔Lmm、およびコイル材2のクランプ後の温度変化ΔT℃を掛け合わせた量として考えることができる。第1クランプ部51および第2クランプ部52は、コイル材2に対して0MPa超え50MPa未満の張力を印加可能に設けられているのが好ましく、0MPa超え30MPa以下の張力を印加可能に設けられているのがより好ましい。たとえば、第1クランプ部51および第2クランプ部52は、コイル材2に対して10MPaの張力を印加可能に設けられている。コイル材2に印加される張力は、たとえば材料セット前にロードセルを用いることにより測定することができる。または、コイル材2に印加される張力は、クランプ装置の可動部にロードセルを取り付けることで測定することができる。
制御部6は、加熱部4を制御するためのものである。制御部6は、加熱部4の出力(直流安定化電源42が通電端子41を介してコイル材2に供給する電流値)を制御可能に設けられている。制御部6は、加熱部4により加熱されたコイル材2が後述する目標温度に達する前に加熱部4の出力を低下させることができる。制御部6は、コイル材2の温度を測定する測温部(図示しない)を含んでいてもよい。この場合、制御部6は、当該測温部により測定されたコイル材2の温度が上記目標温度より低い所定の温度に達したときに、加熱部4の出力を低下させることができる。制御部6は、たとえばコイル材2が上記目標温度の80%以上95%以下の温度に達したときに、加熱部4の出力を低下させる。制御部6は、加工部3を制御可能に設けられていてもよい。制御部6は、張力付与部5を制御可能に設けられていてもよい。制御部6は、加熱部4の出力または上記測温部により測定されたコイル材2の温度に応じて張力付与部5によりコイル材2に印加される張力を制御可能に設けられていてもよい。上記のような構成を有する機械部品製造装置10が準備される。
次に、コイル材2が加工部3に設置される(S1)。具体的には、コイル材2が加工部3の第1クランプ部51および第2クランプ部52により挟持される(S2)。第1クランプ部51および第2クランプ部52には、コイル材2を保持するための圧力が供給される。
次に、コイル材2に張力が加えられる(S3)。具体的には、第1クランプ部51および第2クランプ部52のうちの少なくとも一方がコイル材2の延在方向において他方から離れるように相対的に移動される。これにより、コイル材2において、第1クランプ部51および第2クランプ部52にそれぞれ保持されている部分の間に位置する領域には、第1クランプ部51および第2クランプ部52の相対的な移動量(第1クランプ部51および第2クランプ部52間の距離の変化量)に応じた張力が加えられる。コイル材2に対して加えられる張力は、0MPa超え50MPa未満であり、好ましくは0MPa超え30MPa以下である。第1クランプ部51および第2クランプ部52の相対的な位置関係は、少なくともプレス成形が終了する(S9)まで保持される。つまり、コイル材2に加えられる張力は、少なくとも加熱およびプレス成形が行われる間保持される。
次に、通電加熱が開始される(S4)。具体的には、図7を参照して、まず通電端子41がコイル材2に接触させられる。そして、通電端子41を介してコイル材2に電流が供給される。これにより、コイル材2が電流の供給を受けることにより生じた発熱(ジュール熱)によって加熱される(通電加熱)。このとき、直流安定化電源42によりコイル材2に供給される電流値I1(図3参照)は、コイル材2を目標温度にまで短時間で加熱可能な値とすることができる。通電加熱は、任意の雰囲気下で実施し得るが、たとえば大気雰囲気(酸素を含む雰囲気)下で実施され得る。
次に、通電加熱が開始された後、コイル材2の温度が目標温度に到達する前に、加熱部4の出力が低下される(S5)。好ましくはコイル材2が目標温度の80%以上95%以下の温度に達したときに、制御部6により直流安定化電源42がコイル材2に供給していた電流値が低下される。低下された後の電流値I2(図3参照)は、コイル材2を目標温度まで昇温可能かつ目標温度で保持可能な値とすることができ、制御部6により制御される。このような電流値I2がコイル材2に供給されることにより、コイル材2の温度が目標温度に到達するとともに、当該目標温度において一定時間保持される(S6)。コイル材2が目標温度において保持されている間にコイル材2に供給される電流値は、変動してもよく、たとえば図3に示されるように段階的に低下するように制御される。このようにして、コイル材2の通電加熱が完了する(S7)。
コイル材2の加熱温度(目標温度)は、当該コイル材2を構成する鋼のA1変態点以上の温度であって、たとえば1000℃である。「A1変態点」とは、鋼を加熱した場合に、当該鋼の組織がフェライトからオーステナイトへ変態を開始する温度に相当する点をいう。そのため、上記通電加熱によって、コイル材2を構成する鋼の組織がオーステナイトに変態する。また、加熱部4の出力が低下されるときの温度T1はコイル材2が上記目標温度の80%以上95%以下の温度であるのが好ましく、たとえば目標温度が1000℃の場合には温度T1は800℃以上950℃以下であるのが好ましい。また、加熱部4によるコイル材2の加熱温度のオーバーシュートが上記目標温度の1%以内に抑制されているのが好ましい。
通電加熱開始から完了までの加熱部4の出力は、フィードバック制御されていてもよい。たとえば、上記機械部品製造装置10がコイル材2の温度を測温可能な測温部を備え、通電加熱開始から完了までの加熱部4の出力は当該測温部により測定されたコイル材2の温度に基づいてフィードバック制御されていてもよい。好ましくは、通電加熱開始から完了までの加熱部4の出力の制御は、被加工材であるコイル材2に応じて予め出力パターンとして設定されているのが好ましい。たとえば、コイル材2に対して通電開始から供給される電流値I1、当該電流値I1が供給されたときにコイル材2が上記目標温度の80%以上95%以下に到達する時間、温度オーバーシュートを目標温度の1%以下に抑制可能な電流値I2、当該電流値I2が供給されたときにコイル材2が目標温度に到達する時間、および目標温度での保持時間を予め求めておき、加熱部4の出力パターンとして設定しておくのが好ましい。これにより、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法は、フィードバック制御により実施される場合と比べてフィードバック制御に係る時間(たとえば数ms以上数十ms以下)だけ製造時間を短縮することができ、高スループットを実現できる。
次に、コイル材2のプレス成形が開始される(S8)。具体的には、図8を参照して、プレス用ダイ30が成形用ダイ31,32側へストロークする。これにより、図8に示すように、プレス部35がコイル材2に接触し、コイル材2の一部が当該コイル材2の厚み方向においてリング状に打ち抜かれる(S9)。これにより、リング状の成形体2Aが得られる。
次に、図9を参照して、プレス用ダイ30がさらに成形用ダイ31,32側へストロークされることにより、成形体2Aの内周部が成形用ダイ31の凸部31Aと接触する。そして、プレス用ダイ30がそのままストロークされることにより、下死点に到達する(S10)。これにより、図10を参照して、成形体2Aの内周部が、当該成形体2Aの厚み方向に向くように折り曲げられる。このようにして、加工部3において成形体2Aに成形加工が施される。
次に、図10を参照して、成形体2Aが加工部3(プレス用ダイ30、成形用ダイ31およびベース部36)と接触した状態において一定時間保持される。このとき、上記のようにプレス用ダイ30内の水冷回路35Bに冷却水が供給される(図11)。これにより、成形体2AがMs点以下の温度にまで急冷されることにより、焼入処理が行われる。ここで、「Ms点(マルテンサイト変態点)」とは、オーステナイト化した鋼が冷却される際に、マルテンサイト化を開始する温度に相当する点をいう。その結果、成形体2Aを構成する鋼の組織がマルテンサイトに変態する。このようにして、成形体2Aの焼入処理(ダイクエンチ)が完了する(S11)。最後に、コイル材2を保持するために第1クランプ部51および第2クランプ部52に供給されていた圧力がアンクランプされ(S12)、抜きカス材となったコイル材2および焼入処理が完了した成形体2Aが加工部3から取り出される。このとき、第1クランプ部51と第2クランプ部52との間のクランプ力を緩めることにより、コイル材2に加えられていた張力が緩められる(S12)。上記のような工程により、軌道輪11が製造され、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法が完了する。
なお、上述したコイル材2に対する加熱処理が大気雰囲気下で実施される場合には、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法は、軌道輪を得る工程の後に、軌道輪(成形体)11の表面に形成された酸化膜(酸化スケール)を除去する工程を備えるのが好ましい。酸化膜を除去する方法は、任意の方法とすることができるが、たとえば鋼などからなる硬質の粒子を軌道輪11に吹き付けるショットブラスト処理が実施されていてもよい。
本実施の形態に係る軌道輪の製造方法は、上記の構成に限られるものではない。
コイル材2に張力を加える方法としては、加工部3のプレス用ダイ30および成形用ダイ31,32の近傍に設けられた第1クランプ部51および第2クランプ部52を用いる方法に限られない。たとえば、図6における第1クランプ部51に代えて、図12に示すように加工部3にコイル材2を供給可能に設けられている供給部60(アンコイラ)を用いてもよいし、図13に示すように供給部60から加工部3に供給されるコイル材2の歪みを矯正可能に設けられている矯正部70(レベラ)を用いてもよい。このようにしても、これらと第2クランプ部52とのうちの少なくとも一方を駆動させることにより、これらと第2クランプ部52との間に位置するコイル材2に張力を加えることができる。
たとえば、供給部60に巻き戻し動作をさせることにより、供給部60と第2クランプ部52とにより保持されているコイル材2の延在方向における2点間に張力を加えることができる。また、たとえばコイル材2の延在方向において第2クランプ部52を矯正部70から離すように移動させることにより、矯正部70と第2クランプ部52とにより保持されているコイル材2の延在方向における2点間に張力を加えることができる。
コイル材2の加熱方法としては、直流電流による通電加熱に限られるものではなく、交流電流による通電加熱、間接抵抗加熱、誘導加熱、接触伝熱および遠赤外線加熱からなる群より選択される少なくともいずれかの方法を採用することができる。以下、各加熱方法についてより詳細に説明する。
図14を参照して、通電加熱では、被加熱物100(コイル材2)を直接通電して生じたジュール熱により被加熱物100を加熱する。直流電流により通電加熱する場合には上述の通りだが、交流電流により通電加熱する場合には交流電源から通電端子41を介してコイル材2に交流電流が供給され、これにより生じたジュール熱によりコイル材2が加熱される。
図15を参照して、間接抵抗加熱では、所定の抵抗を有する発熱体102を通電して生じたジュール熱により、発熱体102の近くに配置された被加熱物100を間接的に加熱する。発熱体102に対しては、直流電流が供給されてもよいし、交流電流が供給されてもよい。
図16を参照して、誘導加熱においては、コイル103に対して交流電源104から交流電流が供給されることにより、被加熱物100において交番磁束Bが発生する。また被加熱物100において、交番磁束Bを打ち消す方向に渦電流Iが発生する。そして、渦電流Iと被加熱物100の抵抗Rとにより生じた発熱によって、被加熱物100が加熱される。
図17を参照して、接触伝熱においては、内部加熱ロール105と外部加熱ロール106からの伝熱によって、被加熱物100が加熱される。また遠赤外線加熱においては、被加熱物に遠赤外線を照射することにより、遠赤外エネルギーが当該被加熱物に与えられる。これにより、被加熱物を構成する原子間の振動が活性化することで発熱が生じ、被加熱物が加熱される。
また、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法では、図9に示すように、成形体2Aの内周部が成形体2Aの厚み方向に向くように折り曲げられることにより、加工部3において成形体2Aに成形加工が施されているが、これに限られるものではない。図18を参照して、リング状の成形体2Aの外周部(内周部ではなく)に成形加工が施されてもよい。この場合、成形用ダイ32の内周面において径方向内側に突出する凸部32Aが形成されている。このため、上記実施の形態の場合と同様にプレス用ダイ30のストロークを行った場合、リング状の成形体2Aの外周部が当該凸部32Aに接触する。そして、上記実施の形態の場合と同様に、プレス用ダイ30が下死点に到達するまでストロークされる。これにより、図18に示すように、成形体2Aの外周部が、当該成形体2Aの厚み方向に向くように折り曲げられる。このようにしても、焼入処理の前に加工部3において成形体2Aに成形加工を施すことができ、上記実施の形態の場合と同様の効果を奏することができる。
また、第1クランプ部51および第2クランプ部52において、コイル材2を上下方向に挟み込んでこれを保持する一方の部材は通電端子41を兼ねていてもよい。この場合、第1クランプ部51および第2クランプ部52において、当該一方の部材とコイル材2を挟んで反対側に位置する他方の部材は、当該一方の部材との間で通電不能にもうけられている。このようにすれば、加工部3の構成を簡略化することができる。
次に、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法による作用効果について、比較例を参照しながら説明する。まず、比較例における軌道輪の製造方法について、図19〜図27を参照して説明する。図19を参照して、まず、圧延された薄板状の鋼材がコイル状に巻き取られたコイル材200が準備される。次に、図20および図21を参照して、コイル材200がダイ310上に設置され、ダイ300をダイ310側へストロークすることにより、コイル材200に打抜き加工が施される。これにより、リング状の成形体200Aが得られる。次に、図22および図23を参照して、成形体200Aがダイ330上に設置され、ダイ320をダイ330側へストロークすることにより、成形体200Aの内周部に成形加工が施される。
次に、図24を参照して、熱処理前の段取り工程において、複数の成形体200Aがバー410に掛けられた状態で並べられる。その後、図24および図25を参照して、これらの成形体200Aが浸炭炉400の中に入れられ、当該成形体200Aに対して浸炭処理が実施される。次に、図26を参照して、浸炭処理後の成形体200Aに衝風420を当てて冷却することにより、当該成形体200Aに焼入処理が施される。最後に、図27を参照して、焼戻炉430において焼入処理後の成形体200Aに対してプレステンパーが施される。以上のように、比較例の軌道輪の製造方法は多くの工程からなるため、軌道輪の製造コストが高くなる。
これに対して、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法では、コイル材2の加熱、打抜、成形加工および焼入処理のそれぞれの工程が、全て機械部品製造装置10において一つの工程として実施される。そのため、上記比較例における軌道輪の製造方法のように、上記工程が別々に実施される場合に比べて、製造工程をより短縮することができる。その結果、軌道輪の製造コストをより低減することが可能になり、より安価な軌道輪の提供が可能になる。
さらに、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法において、軌道輪を得る工程では、コイル材2に対してコイル材2の表面に沿った少なくとも一方向に張力を加えた状態で、加熱と打ち抜きとが行われる。そのため、当該軌道輪を得る工程において鋼材に対して張力を加えていない状態で上記加熱および上記打ち抜きを行う場合と比べて、得られる軌道輪の加工品質を向上させることができる。
具体的には、鋼材に対して上記張力を印加せずに、鋼材を成形台においてA1変態点以上の温度に加熱する場合には、鋼材に加熱による変形が生じる。特に、スラストニードルころ軸受の軌道輪は、上述のように肉厚が薄いために加熱により変形が生じやすい。鋼材においてこのような変形が生じた場合、変形部分が加工部3(プレス機)の一部(たとえば成形用ダイ32)と接触する可能性が有る。このような接触が生じると、鋼材に与えられた熱は当該接触している部分から成形台に放熱されるため、鋼材(特に加工対象部分。たとえば2つのクランプ部にそれぞれ保持されている部分に挟まれている部分)に熱分布が生じてA1変態点以上の温度まで加熱されない領域が生じることがある。その結果、鋼材に対して上記張力を印加せずに成形台において鋼材をA1変態点以上の温度に加熱されて、さらに打ち抜きおよび焼入処理されて得られた軌道輪には、上記変形に起因した加熱不良により十分な加工品質が得られていないものが生じることがあった。さらに、鋼材に対して上記張力を印加せずに、鋼材を成形台において打ち抜き加工をする場合には、鋼材に加熱による変形が生じた状態で打ち抜き加工を行うことになるため、打ち抜き加工の精度が低下するという問題があった。
これに対し、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法において、軌道輪を得る工程では、コイル材2に対してコイル材2の表面に沿った少なくとも一方向に張力を加えた状態で加熱が行われるため、加熱によるコイル材2の変形を軽減または抑制することができる。その結果、コイル材2と加工部3とが接触することを防止することができるため、コイル材2から加工部3へのコイル材2の一部分を介した放熱が抑制されており、コイル材2の上記加工対象部分の全体をA1変態点以上の温度に加熱することができる。また、変形が軽減または抑制されたコイル材2に対して打ち抜き加工を行うことができる。その結果、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法により製造された軌道輪11は、打ち抜き加工の精度低下が抑制されており、高精度で加工されている。また、当該軌道輪11は、加工品質のバラつきが低減されている。
さらに、本願発明者らは、軌道輪を得る工程においてコイル材2に印加される張力とコイル材2の上記第1部分と第2部分との間隔の熱膨張量との関係に応じて製造される軌道輪の表面粗さが変化することを見出した。軌道輪を得る工程においてコイル材2の第1部分と第2部分との間に印加される張力は、当該第1部分と第2部分との間隔を、軌道輪を得る工程において上記温度に加熱されることによるコイル材2の第1部分と第2部分との間隔の熱膨張量に対応する長さ分広げるように印加される。本願発明者らは、このような微小な張力がコイル材2に印加されて上述のように製造された軌道輪の表面粗さが、第1部分と第2部分との間隔を上記熱膨張量よりも広げるような大きな張力がコイル材2に印加されて同様に製造された軌道輪の表面粗さよりも小さいことを確認した(詳細は後述する)。つまり、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法によれば、熱膨張量よりも大きく変形するような大きな張力をコイル材2に印加した状態で上記加熱および上記打ち抜き加工を行う場合と比べて、得られる軌道輪の表面の品質を向上させることができる。
好ましくは、張力は、コイル材2がA1変態点以上の温度に加熱されることによる当該第1部分と第2部分との間隔の熱膨張量だけ、当該第1部分と第2部分との間隔を広げるように印加される。このような軌道輪の製造方法によれば、上述のように軌道輪11の打ち抜き加工精度と、軌道輪11の表面の品質とを同時に最大限向上させることができ、安価でかつ高い加工品質を有している軌道輪11を製造することができる。
上記張力は、0MPa超え50MPa未満であるのが好ましい。このようにすれば、図3に示されるようにコイル材2に張力が印加されてから除荷されるまで一定の張力を印加させておくことにより、コイル材2がA1変態点以上の温度に加熱されることによる当該第1部分と第2部分との間隔の熱膨張量以下だけ、当該第1部分と第2部分との間隔を広げることができる。その結果、上述のような軌道輪11を容易に製造することができる。
上記軌道輪の製造方法の上記軌道輪を得る工程において、コイル材2には、加工部3にコイル材2を供給可能に設けられている供給部60、供給部60から加工部3に供給される鋼材の歪みを矯正可能に設けられている矯正部70、およびコイル材2の一部分を保持可能に設けられている第1クランプ部51の少なくともいずれか1つと、当該1つと加工部3に対して反対側に位置し、コイル材2の他の一部分を保持可能に設けられている第2クランプ部52とを用いて、張力が加えられる。これにより、供給部60、矯正部70および第1クランプ部51の少なくともいずれか1つと、第2クランプ部52とが、それぞれ鋼材2を保持している状態で互いに離れるように相対的に移動することにより、加工部3において加熱および打ち抜きの各工程が実施されるコイル材2に対して張力を加えることができる。このようにすれば、安価でかつ加工品質の高い軌道輪11を得ることができる。
上記軌道輪の製造方法において、コイル材2は、0.4質量%以上の炭素を含んでいてもよい。コイル材2は、2mm以下の厚みを有していてもよい。またコイル材2は、厚み方向においてリング状に打ち抜かれてもよい。これにより、焼入処理後において高い硬度を有する軌道輪11を製造することができる。また、このように比較的薄いコイル材2を用いることにより、当該コイル材2の打抜きが容易になり、かつ当該コイル材2に対して十分な焼入処理を実施することができる。
上記軌道輪の製造方法において、コイル材2は、通電加熱、間接抵抗加熱、誘導加熱、接触伝熱および遠赤外線加熱からなる群より選択される少なくともいずれかの方法により加熱されてもよい。このように、上記軌道輪の製造方法においては、コイル材2の加熱方法として任意の加熱方法を採用することができる。
なお、通電加熱では、コイル材2に直流電流または交流電流が供給されることにより生じた発熱によりコイル材2が加熱されてもよい。このように、通電加熱においては、直流電流および交流電流のいずれも採用することができる。
上記軌道輪の製造方法においては、700HV以上の硬度を有する軌道輪11が得られてもよい。このように、上記軌道輪の製造方法においては、製造工程を短縮するとともに、コイル材2に対して十分な焼入処理を実施することにより、当該焼入処理後において高い硬度を有する軌道輪11を製造することができる。
上記軌道輪の製造方法において、焼入処理の前に、加工部3においてリング状の鋼材(リング状の成形体2A)に成形加工が施されてもよい。成形加工では、リング状の鋼材2Aの内周部または外周部が、リング状の鋼材2Aの厚み方向に向くように折り曲げられてもよい。これにより、コイル材2の加熱、打抜、成形加工および焼入処理のそれぞれの工程を、全て機械部品製造装置10において一つの工程として実施することができる。その結果、軌道輪11の製造工程をさらに短縮することができる。また、リング形状の内周部または外周部が厚み方向に折り曲げられたスラスト軸受用軌道輪11を製造することができる。
上記軌道輪の製造方法の上記軌道輪を得る工程において、コイル材2は酸素含有雰囲気下で加熱され、軌道輪11を得る工程の後に、軌道輪11の表面に形成された酸化膜を除去する工程を備えてもよい。上記酸化膜を除去する工程後の軌道輪11の表面粗さRaが0.15μm以下である。つまり、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法によれば、表面粗さが小さく加工精度の高い軌道輪11を大気雰囲気下において低コストで製造することができる。
さらに、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法は、上述のような機械部品製造装置10を用いることにより、図19〜27に示されるような従来の機械部品製造装置を用いる従来の軌道輪の製造方法と比べて、軌道輪11の製造に係る時間を短縮することができる。
具体的には、機械部品製造装置10は、通電加熱によりコイル材2をA1変態点以上の目標温度に加熱する加熱部4と、コイル材2に対してコイル材2の表面に沿った少なくとも一方向に張力を付与可能に形成されている張力付与部5と、加熱部4により加熱され、かつ張力付与部5により張力が付与されたコイル材2の一部を打ち抜くとともに打ち抜かれたコイル材2の一部を急冷して焼入処理する加工部3と、加熱部4による加熱温度を制御する制御部6を備える。上記制御部6は、コイル材2が目標温度に達する前に加熱部4の出力を低下させる。
このような機械部品製造装置10は、加熱部4の出力(電流値)を高めてコイル材2の温度を目標温度まで速やかに加熱することができる。さらに、コイル材2の温度が目標温度に到達する前に加熱部4の出力を制御部6が低下するため、コイル材2の温度が目標温度に到達した後に加熱部4の出力が低下される従来のダイクエンチ加工法と比べて、コイル材2の温度が目標温度に達した後の当該温度のオーバーシュートを抑制することができる。そのため、機械部品製造装置10によれば、従来のダイクエンチ加工に用いられる機械部品製造装置と比べて、軌道輪の製造方法において通電加熱開始から通電加熱完了までの時間を短縮することができ、軌道輪11の製造に係る時間を短縮することができる。つまり、機械部品製造装置10によれば、軌道輪の製造方法の高スループットを実現可能である。また、張力付与部5によりプレス用ダイ30と成形用ダイ31,32との間に配置されたコイル材2に対して張力を付与することができるため、上述のように加工品質の高い軌道輪11を得ることができる。
上記機械部品製造装置10において、加熱部4は直流安定化電源42を含んでいるのが好ましい。これにより、制御部6は、加熱部4からコイル材2に対して供給される直流電流値を高精度に制御することができる。このような機械部品製造装置10によれば、コイル材2の温度が目標温度に達した後の当該温度のオーバーシュートをより効果的に抑制することができる。
直流安定化電源42は、ロードレギュレーション0.2%以下、かつ、ラインレギュレーション0.2%以下であるのが好ましい。このような直流安定化電源42は入力電圧および負荷電流の変動に対する出力電圧の変動が十分に抑制されているため、コイル材2に供給する電流値の変動を十分に抑制することができる。この結果、このような直流安定化電源42を備える機械部品製造装置10によれば、コイル材2の温度が目標温度に達した後の当該温度のオーバーシュートをより効果的に抑制することができる。
直流安定化電源42は、サンプリング周期が10ms以下であるのが好ましい。これにより、直流安定化電源42は出力電圧の変動を10ms以下の周期でサンプリングすることができる。そのため、制御部6は、加熱部4からコイル材2に対して供給される直流電流値を直流安定化電源42によりサンプリングされたデータに基づいて高精度に制御することができる。
上記制御部6は、コイル材2が上記目標温度の80%以上95%以下の温度に達したときに、加熱部4の出力を低下させるように設けられているのが好ましい。これにより、制御部6はコイル材2の温度が目標温度に達した後に当該温度のオーバーシュートをより効果的に抑制することができる。その結果、上記加熱部4によるコイル材2の加熱温度のオーバーシュートが上記目標温度の1%以内とすることができる。このような機械部品製造装置10を用いることにより、上述した従来の軌道輪の製造方法と比べて軌道輪11の製造に係る時間を大幅に短縮することができる。
本実施の形態に係る軌道輪の製造方法により製造された軌道輪11は、以下のように評価することにより高い加工品質を有していることを確認できた。
具体的には、鋼材SAE1070からなるコイル材2と図28に示す機械部品製造装置10とを用いて本実施の形態に係る軌道輪の製造方法を実施した。図28に示す機械部品製造装置10は、第1クランプ部51と一方の通電端子41とが1つのシリンダ53に接続されており、第2クランプ部52と他方の通電端子41とが別の1つのシリンダ54に接続されている構成とした。さらに、第1クランプ部51および第2クランプ部52において、コイル材2を上下方向に挟み込んでこれを保持する一方の部材と通電端子41とは、コイル材2に対して同時に接触可能な構成とした。つまり、第1クランプ部51および第2クランプ部52において当該一方の部材とコイル材2を挟んで反対側に位置する他方の部材上にコイル材2を配置し、当該一方の部材を降下させてコイル材2に接触させることにより、通電端子41をコイル材2に接触可能な構成とした。
図28に示す機械部品製造装置10を用いて、コイル材2に対して延在方向に10MPaの張力を印加した状態のまま、大気雰囲気下においてA1変態点以上の温度である1000℃までコイル材2を通電加熱し、その後ダイクエンチ加工を行った。つまり、第1クランプ部51と第2クランプ部52とによるコイル材2に対する引っ張り量は、熱膨張によるコイル材2の伸び量(コイル材2の熱膨張係数(10×10−5/℃)、上記第1部分と上記第2部分との間隔Lmm、およびコイル材2のクランプ後の温度変化ΔT℃を掛け合わせた量)以下とした。さらに、ダイクエンチ加工後、得られた成形体に対して酸化スケール除去工程としてタンブラ処理を行った。
このようにして図29の写真に示すような軌道輪11が製造された。このようにして製造された複数の軌道輪11(鋼材:SAE1070)に対してビッカース硬さ測定を行った結果、平均の硬さは約790HVであった。また、この軌道輪11の一部を切断し、その断面をナイタル腐食し、当該断面を光学顕微鏡によりミクロ組織観察した場合、図30の写真のようなマルテンサイト組織が確認された。また、図31(a)に示すように、軌道輪11の表面を光学顕微鏡により観察した結果、軌道輪11の表面の凹凸は小さく抑制されていることが確認された。軌道輪11の表面粗さRaは0.15μmであった。
さらに、軌道輪11に対してタリロンドを用いて平面度の測定を行った結果、平面度は約10μmであった。なお、本実施の形態における軌道輪を得る工程において、コイル材2に対して張力を加えていない状態で上記加熱および上記打ち抜きを行って得られた軌道輪は、平面度が約40μmであった。
このように、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法によれば、製造工程の短縮を図るとともに、十分な焼入処理を施すことにより高い硬度を有し、かつ高い加工品質を有する軌道輪11を製造することができることが確認された。
これに対し、比較例として、第1クランプ部51と第2クランプ部52とによるコイル材2に対する引っ張り量を熱膨張によるコイル材2の伸び量超えとし、他の条件は本実施の形態に係る軌道輪の製造方法と同様にして軌道輪を製造した。具体的には、コイル材2に対して延在方向に10MPaの張力を印加した状態のまま、A1変態点以上の温度である1000℃までコイル材2を直接抵抗加熱し、その後ダイクエンチ加工を行った。さらに、ダイクエンチ加工後、得られた成形体に対して酸化スケール除去工程としてタンブラ処理を行った。図31(b)に示すように、当該比較例としての軌道輪の表面を光学顕微鏡により観察した結果、該軌道輪の表面の凹凸は上記軌道輪11と比べて大きかった。また、比較例としての該軌道輪の表面粗さRaは0.40μmであった。
ダイクエンチ加工時にコイル材2に付与される張力の上記効果について、詳細なメカニズムは不明であるが、本願発明者らは以下のように推察している。コイル材2は、酸素含有雰囲気下でA1変態点以上の目標温度まで加熱されると、表面に酸化膜(酸化スケール)が形成される。このとき、コイル材2の引っ張り量をコイル材2の熱膨張量よりも長くすると、酸化膜が破断して酸化膜の破断面が形成され、その破断面上にも酸化膜が形成されることにより、酸化膜に凹凸が形成される。さらに、当該酸化膜が形成されている状態においてコイル材2が打ち抜き加工されることにより、軌道輪11の酸化膜下の素地に酸化膜の凹凸が転写され、酸化膜除去後の軌道輪11の表面に大きな凹凸が形成される。これに対し、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法によれば、コイル材2の引っ張り量をコイル材2の熱膨張量以下であるため、酸化膜の破断が抑制されて酸化膜に凹凸が形成されることを防止することができ、その結果、軌道輪11の表面の凹凸を抑制することができる。
また、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法において、機械部品製造装置10を用いることにより軌道輪11の製造時間を短縮できることを確認した。
また、本実施の形態に係る軌道輪の製造方法において、機械部品製造装置10を用いることにより、コイル材2に対する通電加熱を図32に示す加熱パターンで実施することができ、軌道輪11を短時間で製造することができることを確認した。具体的には、最大出力4800Aの直流安定化電源42と、コイル材2の温度を測温可能な測温部とを備える機械部品製造装置10を用い、通電開始からコイル材2に4800Aの電流を通電させた。コイル材2の温度が目標温度1000℃の93%である930℃に達するところで(通電開始から4.4秒後)直流安定化電源42の出力電流値を1500Aまで下げ、さらにコイル材2の温度が目標温度1000℃に達するところで直流安定化電源42の出力電流値をさらに1200Aまで下げた。所定の時間経過後、通電加熱を終了した。図32に示される加熱パターンでコイル材2に対して通電加熱を実施することにより、目標温度までの到達時間を短縮させながらもコイル材2の温度オーバーシュートを抑制することができるため、通電開始から目標温度での保持時間経過後の打ち抜き加工開始までの時間を短縮することができた。その結果、軌道輪11の製造時間を短縮することができた。このようにして製造された軌道輪11(鋼材:SAE1070)に対してビッカース硬さ測定を行った結果、平均の硬さは約790HVであった。また、この軌道輪11の一部を切断し、その断面をナイタル腐食し、当該断面を光学顕微鏡によりミクロ組織観察した場合、図30の写真のようなマルテンサイト組織が確認された。また、軌道輪11の表面を光学顕微鏡により観察した結果、軌道輪11の表面の凹凸は小さく抑制されていることが確認された。軌道輪11の表面粗さRaは0.15μmであった。
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行ったが、上述の実施の形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は上述の実施の形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むことが意図される。