本明細書では、適宜図面を参照して本発明の特徴を説明する。図面では、明確化のために各部の寸法及び形状を誇張しており、実際の寸法及び形状を正確に描写してはいない。それ故、本発明の技術的範囲は、これら図面に表された各部の寸法及び形状に限定されるものではない。
<1. 細胞培養容器>
本発明は、細胞培養容器に関する。本発明の細胞培養容器は、側壁部と、該側壁部の上端側の外縁に接合されている天部とを備える。前記天部及び側壁部は、一緒になって収容部を構成する。
本発明の細胞培養容器は、前記側壁部の下端側に配置され、少なくともその一部が該側壁部の下端側の外縁に対して着脱可能に取り付けられている底部を備えることが必要である。すなわち、前記底部の少なくとも一部は、前記側壁部の下端側の外縁に対して、所定の引き剥がし強度を有するように接合されている。具体的には、前記底部の少なくとも一部は、前記側壁部の下端側の外縁に対して、引き剥がしする際、使用者に過度の力を要求することなく、側壁部の下端から該底部が脱離できる程度の引き剥がし強度で接合されている。前記引き剥がし強度は、1 mN/25 mm〜1000 mN/25 mmの範囲であることが好ましく、10 mN/25 mm〜100 mN/25 mmの範囲であることがより好ましい。前記引き剥がし強度を有するように底部の少なくとも一部と収容部とが接合されていることにより、該底部の取り付け時には、該収容部の液密な状態を維持することができる。また、前記底部の取り外し時には、特別な器具を使用することなく簡単に該底部を取り外すことができる。これにより、前記底部を、形成された細胞構造体を移送するための支持体として使用することができる。
なお、前記底部の引き剥がし強度は、限定するものではないが、例えば、90°剥離試験又は180°剥離試験により、決定することができる。
前記底部は、その表面積の50〜100%、好ましくは80〜100%、より好ましくは100%、すなわち略全面が、前記側壁部の下端側の外縁に対して着脱可能に取り付けられていることが好ましい。本発明の細胞培養容器の底部の前記範囲が着脱可能に取り付けられていることにより、該底部の少なくとも一部を取り外すことができる。
本発明の細胞培養容器は、前記天部に、少なくとも1個の天部開口部を有する。前記天部開口部は、通常は、天部において、底部に対向する位置に配置される。前記天部開口部は、天部の端部に配置されることが好ましい。以下において説明するように、本発明の細胞培養容器を用いる細胞構造体の作製方法においては、細胞培養容器中の培養液を予め除去(培養液除去工程)した後、底部の少なくとも一部を収容部から取り外すことによって、形成された細胞構造体を回収する(回収工程)。ここで、従来技術の細胞培養容器のように、開口部が側壁部に設けられている場合、該開口部から収容部に挿入されるピペット等によって、形成された細胞構造体を損傷する可能性がある。また、側壁部に設けられた開口部から、収容部の内部の培養液を迅速に除去することは非常に困難である。これに対し、本発明の細胞培養容器の場合、天部に配置された天部開口部を介して、培養液を回収することができる。それ故、形成された細胞構造体を損傷することなく、細胞培養容器中の培養液を迅速に除去することができる。また、前記天部開口部が天部の端部に配置されている場合、側壁部の近傍から、細胞培養容器中の培養液を除去することができる。これにより、培養液を除去した後、形成された細胞構造体を、底部の中央部分に付着させることができる。
本発明の細胞培養容器において、前記天部開口部の具体的な形状は、特に限定されないが、円形であることが好ましい。前記天部開口部の大きさは、該天部開口部に内接する円の直径として、通常は1〜3 cmの範囲であり、典型的には2〜2.6 cmの範囲である。前記天部開口部の形状及び寸法が前記の範囲である場合、該天部開口部を介して、細胞培養容器中の培養液を迅速に除去することができる。
本発明の細胞培養容器は、前記底部の上面の少なくとも一部に、所定の刺激に応答して細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性高分子層を有する。このような構成により、前記底部の上面の少なくとも一部に形成された細胞構造体を、所定の刺激を付与することによって剥離することができる。これにより、形成された細胞構造体を容易に回収することができる。
前記刺激応答性高分子層は、前記底部の上面の面積の50〜100%、好ましくは80〜100%、より好ましくは100%、すなわち略全面に亘って配置されていることが好ましい。前記刺激応答性高分子層が前記底部の上面の前記範囲に亘って配置されていることにより、形成された細胞構造体を容易に回収することができる。
本発明の細胞培養容器の好ましい一実施形態を図1に示す。図1(A)に示すように、本発明の細胞培養容器1は、側壁部101と、該側壁部101の下端側に配置され、少なくともその一部が該側壁部101の下端側の外縁に対して着脱可能に取り付けられている底部102と、該側壁部101の上端側の外縁に接合されている天部103とを備える。図1(B)に示すように、本発明の細胞培養容器1は、前記天部103に、少なくとも1個の天部開口部104を有し、前記底部102の上面の少なくとも一部に、所定の刺激に応答して細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性高分子層105を有する。図1(C)及び(D)に示すように、前記側壁部101及び天部103によって、収容部110が画定される。収容部110の下面には、側壁部101の下端側の外縁によって画定される底部開口部が配設されている。底部102は、収容部110の底部開口部を閉塞するように配置されていることが好ましい。底部102は、所望により、収容部110の底部開口部と係合するように取り付けられていることが好ましい。前記の構成により、収容部110は、底部102によって液密な状態に保持することができる。
図1(B)に示すように、本発明の細胞培養容器1は、少なくとも1個の天部開口部104の周縁から、収容部110から離間する方向に延設された首部120を備えることが好ましい。前記首部120は、筒部121と係止部122とを有することが好ましい。この場合、天部開口部104は、係止部122を介して、首部120に着脱可能に装着される蓋130によって、閉塞されることができる。
本発明の細胞培養容器において、蓋は、コンタミネーションを防止しつつ、外部環境との通気性を確保できる部材であることが好ましい。少なくとも1個の天部開口部が、前記構成の首部及び該首部に着脱可能に装着される蓋を有する場合、少なくとも1個の天部開口部を介して、細胞及び培地を収容部に入れた後、蓋を装着することによって、収容部を液密な状態に保持することができる。
本発明の細胞培養容器の具体的な形状は、特に限定されず、当該技術分野で通常使用される各種の形状を採用することができる。例えば、図1では、本発明の細胞培養容器1において、底部102及び天部103の形状と、互いに対向する側壁部の形状とは、それぞれ同一寸法の長方形で示されている。すなわち、収容部110は、直方体の形状で示されている。しかしながら、前記底部、天部及び側壁部の形状及び寸法は、正方形、長方形又は多角形等の様々な形状及び寸法であり得る。前記底部及び天部が、同一寸法の長方形であり、且つ、互いに対向する側壁部が、同一寸法の長方形であることが好ましい。前記底部の上面と前記側壁部の内面との間の角度は、いずれも略90°であることが好ましい。また、前記天部の下面と前記側壁部の内面との間の角度は、いずれも略90°であることが好ましい。この場合、収容部の形状を直方体とすることができる。本発明の細胞培養容器が直方体の形状の場合、その寸法は、通常は9〜25 cm幅×4〜15 cm奥行×2〜5 cm高さの範囲であり、典型的には15〜22 cm幅×8〜12 cm奥行×3.5〜4.2 cm高さの範囲である。本発明の細胞培養容器において、収容部の形状を直方体とすることにより、多数の細胞培養容器を隙間無く配置することができる。
本発明の細胞培養容器の別の好ましい一実施形態を図2に示す。図2(A)に示すように、本発明の細胞培養容器2は、側壁部201と、該側壁部201の下端側に配置され、少なくともその一部が該側壁部201の下端側の外縁に対して着脱可能に取り付けられている底部202と、該側壁部201の上端側の外縁に接合されている天部203とを備える。図2(B)に示すように、本発明の細胞培養容器2は、前記天部203に、少なくとも1個の天部開口部204を有し、前記底部202の上面の少なくとも一部に、所定の刺激に応答して細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性高分子層205を有する。図2(C)及び(D)に示すように、前記側壁部201及び天部203によって、収容部210が画定される。収容部210の下面には、側壁部201の下端側の外縁によって画定される底部開口部が配設されている。底部202は、収容部210の底部開口部を閉塞するように配置されていることが好ましい。底部202は、所望により、収容部210の底部開口部と係合するように取り付けられていることが好ましい。前記の構成により、収容部210は、底部202によって液密な状態に保持することができる。
図2(C)に示すように、本発明の細胞培養容器2は、天部203に少なくとも1個の凹部240を有し、少なくとも1個の天部開口部204は、それぞれ独立して、少なくとも1個の凹部240の内部に配置される。少なくとも1個の天部開口部204は、それぞれ独立して、少なくとも1個の凹部240の底面に配置されることが好ましい。この場合、少なくとも1個の凹部240の内部、好ましくは該凹部240の底面において、少なくとも1個の天部開口部204の周縁から、収容部210から離間する方向に延設された首部220を備えることが好ましい。前記首部220は、筒部221と係止部222とを有することが好ましい。この場合、天部開口部204は、係止部222を介して、首部220に着脱可能に装着される蓋230によって、閉塞されることができる。
本発明の細胞培養容器2において、少なくとも1個の凹部240の形状及び寸法は特に限定されず、四角柱状、多角柱状又は円柱状等の各種の形状を採用することができる。少なくとも1個の凹部240は、その内部に配置された首部220に装着された蓋230の上面が、天部203の上面から突出しないような形状及び寸法であることが好ましい。前記構成の場合、本発明の細胞培養容器2の上面は、突出部分のない平坦な状態となる。これにより、例えば、本発明の細胞培養容器2を複数用いて細胞を培養する際に、複数の細胞培養容器2を積層して使用することができる。
本発明の細胞培養容器は、少なくとも1個の天部開口部に加えて、天部にさらなる天部開口部を有することができる。すなわち、本発明の細胞培養容器は、天部に2個以上の天部開口部を有することができる。2個以上の天部開口部を有する実施形態の場合、少なくとも1個の天部開口部を「第1の天部開口部」と、他の天部開口部を「さらなる天部開口部」と、それぞれ記載する場合がある。この場合、2個以上の天部開口部は、全て同一の形状及び寸法であってもよく、それぞれ異なる形状及び/又は寸法であってもよい。第1の天部開口部は、図1及び2に示す実施形態と同様の首部を備えることが好ましい。この場合、第1の天部開口部は、首部に着脱可能に装着される蓋によって、閉塞されることができる。このような構成により、第1の天部開口部を介して、細胞及び培地を収容部に入れた後、蓋を装着することによって、収容部を無菌的且つ液密な状態に保持することができる。
2個以上の同一形状の天部開口部を有する本発明の細胞培養容器の好ましい一実施形態を図3に示す。図3(A)に示すように、本発明の細胞培養容器3は、側壁部301と、該側壁部301の下端側に配置され、少なくともその一部が該側壁部301の下端側の外縁に対して着脱可能に取り付けられている底部302と、該側壁部301の上端側の外縁に接合されている天部303とを備える。図3(B)に示すように、本発明の細胞培養容器3は、前記天部303に、第1の天部開口部304と、複数のさらなる天部開口部306、307及び308とを有し、前記底部302の上面の少なくとも一部に、所定の刺激に応答して細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性高分子層305を有する。図3(C)及び(D)に示すように、前記側壁部301及び天部303によって、収容部310が画定される。細胞培養容器3の下面には、側壁部301の下端側の外縁によって画定される底部開口部が配設されている。底部302は、収容部310の底部開口部を閉塞するように配置されていることが好ましい。底部302は、所望により、収容部310の底部開口部と係合するように取り付けられていることが好ましい。前記の構成により、収容部310は、底部302によって液密な状態に保持することができる。図3では、3個のさらなる天部開口部306、307及び308を図示しているが、複数のさらなる天部開口部の数は特に限定されない。本発明の細胞培養容器の形状及び寸法に基づき、天部に配置される複数のさらなる天部開口部の数を適宜選択することができる。
本発明の細胞培養容器3は、第1の天部開口部304、並びに複数のさらなる天部開口部306、307及び308の周縁から、収容部310から離間する方向に延設された首部320をそれぞれ備えている。前記首部320は、筒部321と係止部322とを有することが好ましい。この場合、第1の天部開口部304、並びに複数のさらなる天部開口部306、307及び308は、係止部322を介して、首部320に着脱可能に装着される蓋330によって、閉塞されることができる。
図3に示すように、本発明の細胞培養容器3において、第1の天部開口部304と、複数のさらなる天部開口部306、307及び308とは、全て同一の形状であることが好ましい。また、第1の天部開口部304と、複数のさらなる天部開口部306、307及び308とは、全て同一の寸法であることが好ましい。この場合、第1の天部開口部304、並びに複数のさらなる天部開口部306、307及び308の周縁からそれぞれ延設された首部320及び首部320に着脱可能に装着される蓋330は、全て同一の形状であることが好ましく、全て同一の形状且つ同一の寸法であることがより好ましい。このような実施形態の場合、複数の天部開口部を区別することなく使用することができる。
本発明の細胞培養容器が2個以上の天部開口部を有する場合、それぞれの天部開口部は、天部において、任意の位置に配置することができる。少なくとも第1の天部開口部は、天部の端部に配置されることが好ましい。例えば、図3(B)に示すように、本発明の細胞培養容器3において、第1の天部開口部304、並びに複数のさらなる天部開口部306、307及び308からなる2個以上の天部開口部は、天部303の表面に投影された刺激応答性高分子層305を囲むように配置されることが好ましい。この場合、第1の天部開口部304、並びに複数のさらなる天部開口部306、307及び308は、前記で説明した形状及び寸法を有することが好ましい。前記の構成とすることにより、複数の天部開口部を介して、側壁部の近傍から、収容部の内部の培養液を容易に除去することができる。これにより、刺激応答性高分子層の中央部分に、形成された細胞構造体を容易に付着させることができる。
2個以上の異なる形状の天部開口部を有する本発明の細胞培養容器の好ましい一実施形態を図4に示す。図4(A)に示すように、本発明の細胞培養容器4は、側壁部401と、該側壁部401の下端側に配置され、少なくともその一部が該側壁部401の下端側の外縁に対して着脱可能に取り付けられている底部402と、該側壁部401の上端側の外縁に接合されている天部403とを備える。図4(B)に示すように、本発明の細胞培養容器4は、前記天部403に、第1の天部開口部404と、さらなる天部開口部406とを有し、前記底部402の上面の少なくとも一部に、所定の刺激に応答して細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性高分子層405を有する。図4(C)及び(D)に示すように、前記側壁部401及び天部403によって、収容部410が画定される。細胞培養容器4の下面には、側壁部401の下端側の外縁によって画定される底部開口部が配設されている。底部402は、収容部410の底部開口部を閉塞するように配置されていることが好ましい。底部402は、所望により、収容部410の底部開口部と係合するように取り付けられていることが好ましい。前記の構成により、収容部410は、底部402によって液密な状態に保持することができる。
本発明の細胞培養容器4は、第1の天部開口部404の周縁から、収容部410から離間する方向に延設された首部420を備えている。前記首部420は、筒部421と係止部422とを有することが好ましい。この場合、第1の天部開口部404は、係止部422を介して、首部420に着脱可能に装着される蓋430によって、閉塞されることができる。
本発明の細胞培養容器4において、さらなる天部開口部406は、その周縁に対して着脱可能に取り付けられている天部開口閉塞部440によって、閉塞されている。すなわち、前記天部開口閉塞部440は、前記さらなる天部開口部406の周縁に対して、所定の引き剥がし強度を有するように接合されている。前記引き剥がし強度は、1 mN/25 mm〜1000 mN/25 mmの範囲であることが好ましく、10 mN/25 mm〜100 mN/25 mmの範囲であることがより好ましい。前記引き剥がし強度を有するように天部開口閉塞部440とさらなる天部開口部406の周縁とが接合されていることにより、該天部開口閉塞部440の取り付け時には、収容部410の内部を実質的に無菌状態に維持することができる。また、前記天部開口閉塞部440の取り外し時には、特別な器具を使用することなく簡単に該天部開口閉塞部440を取り外すことができる。これにより、さらなる天部開口部を介して、形成された細胞構造体を損傷することなく、収容部の内部の培養液を容易に除去することができる。
なお、前記天部開口閉塞部440の引き剥がし強度は、限定するものではないが、例えば、90°剥離試験又は180°剥離試験により、決定することができる。
図4(B)に示すように、本発明の細胞培養容器4において、第1の天部開口部404及びさらなる天部開口部406は、天部403の端部に対向配置されることが好ましい。この場合、第1の天部開口部404は、天部403の一端に配置され、前記で説明した形状及び寸法を有することが好ましい。さらなる天部開口部406は、天部403において、第1の天部開口部404と対向する他端に配置され、該他端の少なくとも一部分をその外縁として含むことが好ましい。例えば、天部403が9〜25 cm×4〜15 cmの長方形の形状の場合、さらなる天部開口部406は、6〜7 cm×6〜8 cmの範囲であることが好ましく、6.5〜6.8 cm×6.5〜7 cmの範囲であることがより好ましい。前記の構成とすることにより、第1の天部開口部及びさらなる天部開口部を介して、側壁部の近傍から、収容部の内部の培養液を容易に除去することができる。
2個以上の異なる形状の天部開口部を有する本発明の細胞培養容器の別の好ましい一実施形態を図5に示す。図5(A)に示すように、本発明の細胞培養容器5は、側壁部501と、該側壁部501の下端側に配置され、少なくともその一部が該側壁部501の下端側の外縁に対して着脱可能に取り付けられている底部502と、該側壁部501の上端側の外縁に接合されている天部503とを備える。図5(B)に示すように、本発明の細胞培養容器5は、前記天部503に、第1の天部開口部504と、さらなる天部開口部506とを有し、前記底部502の上面の少なくとも一部に、所定の刺激に応答して細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性高分子層505を有する。図5(C)及び(D)に示すように、前記側壁部501及び天部503によって、収容部510が画定される。細胞培養容器5の下面には、側壁部501の下端側の外縁によって画定される底部開口部が配設されている。底部502は、収容部510の底部開口部を閉塞するように配置されていることが好ましい。底部502は、所望により、収容部510の底部開口部と係合するように取り付けられていることが好ましい。前記の構成により、収容部510は、底部502によって液密な状態に保持することができる。
本発明の細胞培養容器5は、第1の天部開口部504の周縁から、収容部510から離間する方向に延設された首部520を備えている。前記首部520は、筒部521と係止部522とを有することが好ましい。この場合、第1の天部開口部504は、係止部522を介して、首部520に着脱可能に装着される蓋530によって、閉塞されることができる。
本発明の細胞培養容器5において、さらなる天部開口部506は、その周縁に対して着脱可能に取り付けられている天部開口閉塞部540によって、閉塞されている。前記天部開口閉塞部540は、図4に示す実施形態における天部開口閉塞部と同様の引き剥がし強度を有するように接合されていることが好ましい。これにより、さらなる天部開口部を介して、形成された細胞構造体を損傷することなく、収容部の内部の培養液を容易に除去することができる。
図5(B)に示すように、本発明の細胞培養容器5において、第1の天部開口部504及びさらなる天部開口部506からなる2個以上の天部開口部は、天部503の表面に投影された刺激応答性高分子層505を囲むように配置されることが好ましい。例えば、第1の天部開口部504は、天部503の一端に配置され、前記で説明した形状及び寸法を有することが好ましい。さらなる天部開口部506は、天部503の他端に配置され、該他端の全体をその外縁として含むことが好ましい。この場合、さらなる天部開口部506は、天部503の外縁部に沿った溝状の形態であることが好ましい。このような形態の場合、天部における開口部分を少なくすることができる。これにより、コンタミネーションの可能性を軽減することができる。例えば、天部503が長方形の形状の場合、第1の天部開口部504が、天部503の一方の短辺側の外縁部に配置されており、さらなる天部開口部506が、天部503の他方の短辺及び対向する1組の長辺の外縁部に沿って配置されることが好ましい。この場合、さらなる天部開口部506は、天部503の他方の短辺及び対向する1組の長辺の外縁部に沿った溝状の形態であることが好ましい。例えば、天部503が9〜25 cm×4〜15 cmの長方形の形状の場合、天部開口部506は、2〜3 cmの範囲の幅を有する溝状の形態であることが好ましく、2.5〜2.9 cmの範囲の幅を有する溝状の形態であることがより好ましい。前記の構成とすることにより、第1の天部開口部及びさらなる天部開口部を介して、側壁部の近傍から、収容部の内部の培養液を容易に除去することができる。これにより、刺激応答性高分子層の中央部分に、形成された細胞構造体を容易に付着させることができる。また、コンタミネーションの可能性を軽減することができる。
本発明の細胞培養容器の好ましい実施形態における、前記天部の表面積S0と、前記天部の表面と同一平面における前記少なくとも1個の天部開口部の断面積S1との関係を、図6に示す。本発明の細胞培養容器において、前記天部の表面積S0と、前記天部の表面と同一平面における前記少なくとも1個の天部開口部の断面積S1の総和ΣS1とが、下記の関係式:
ΣS1≧a×S0
を満たすように、前記少なくとも1個の天部開口部の形状が選択されることが好ましい。前記式において、aは、0.1以上であることが好ましく、0.1〜0.7の範囲であることがより好ましく、0.3〜0.7の範囲であることがさらに好ましく、0.4〜0.7の範囲であることが特にに好ましい。以下において説明するように、本発明の細胞培養容器を用いて細胞構造体を作製する場合、底部の上面の少なくとも一部に配置された刺激応答性高分子層の表面に細胞構造体を形成させた後、該刺激応答性高分子層に所定の刺激を付与して細胞接着性から細胞非接着性へと変化させることによって、前記細胞構造体を該刺激応答性高分子層の表面から剥離させる。このような処理により、前記刺激応答性高分子層の表面から剥離した細胞構造体は、剥離前の細胞構造体の水平方向の断面積に対して、通常は30〜70%、典型的には40〜60%の断面積まで収縮する。それ故、前記関係式において、aが前記範囲を満たすように、前記少なくとも1個の天部開口部の形状を選択することにより、収縮後の細胞構造体を損傷することなく、少なくとも1個の天部開口部を介して、側壁部の近傍から、収容部の内部の培養液を容易に除去することができる。
本発明の細胞培養容器において、収容部、並びに所望により首部及び/又は凹部を形成する材料は、特に限定されない。当該技術分野で細胞培養容器に通常使用される材料を使用することができる。前記材料としては、例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂及び塩化ビニル樹脂等の樹脂材料、並びにガラス及び石英等の無機材料を挙げることができる。前記樹脂材料は、所望により、1種以上のさらなる樹脂材料を組み合わせて使用してもよい。また、前記樹脂材料は、所望により、表面の親水化処理等の後処理を施してもよい。本発明の細胞培養容器において、収容部、並びに所望により首部及び/又は凹部を形成する材料は、前記群より選択される少なくとも1種の樹脂材料であることが好ましく、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることがより好ましい。
本発明の細胞培養容器において、底部及び該底部の上面の少なくとも一部に配置される刺激応答性高分子層は、収容部の内部で細胞を培養する時は、一緒になって細胞培養支持体として使用される。また、前記底部及び刺激応答性高分子層は、該底部の少なくとも一部を収容部から取り外した後は、形成された細胞構造体を移送するための支持体として使用される。前記底部を構成する材料は、特に限定されない。当該技術分野で細胞培養用の基材に通常使用される材料を使用することができる。前記材料としては、例えば、金属、ガラス、セラミック、樹脂及びエラストマー等、並びにこれらの複合材料を挙げることができる。前記樹脂材料としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン及びアクリル等を挙げることができる。また、前記樹脂材料は、ポリ乳酸、ポリグリコール酸若しくはポリカプロラクタン、又はそれらの共重合体のような生分解性ポリマーであってもよい。本発明の細胞培養容器の底部を構成する材料は、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン又はポリカーボネートであることが好ましい。ポリエチレンテレフタレートは、低価格であり、且つ量産に適した材料である。このため、前記底部を構成する材料としてポリエチレンテレフタレートを用いる場合、本発明の細胞培養容器を低コストで量産することができる。ポリスチレンは、細胞毒性が低い材料である。このため、前記底部を構成する材料としてポリスチレンを用いる場合、本発明の細胞培養容器の細胞毒性を実質的に減少させることができる。
前記底部の形状は、特に限定されない。前記底部は、平面状(例えばフィルム状又は板状)であることが好ましく、フィルム状であることがより好ましい。本発明の細胞培養容器の底部が前記形状の場合、収容部から容易に取り外すことができる。前記底部が平面状の形状である場合、その作製方法は特に限定されない。例えば、溶液流延法、溶融押出法又はカレンダー法等の、当該技術分野で通常使用される方法を使用することができる。或いは、あらかじめ作製された市販の基材を使用してもよい。いずれの場合も、本発明の実施形態に包含される。
本発明において、「刺激応答性高分子層」は、細胞を培養する条件(例えば、温度、pH、イオン強度又は光強度)では細胞接着性を示す状態であるが、所定の刺激に応答して細胞非接着性を示す状態に変化する高分子(以下、「刺激応答性高分子」とも記載する)を含む層を意味する。本発明において使用される刺激応答性高分子としては、温度応答性高分子、pH応答性高分子、イオン応答性高分子及び光応答性高分子を挙げることができる。刺激の付与が容易であることから、温度応答性高分子を含む、温度応答性高分子層を本発明の細胞培養容器に使用することが好ましい。
本発明において、「細胞接着性」及び「細胞非接着性」は、一の表面領域と他の表面領域とにおける細胞の接着度合いの相対的な強さを意味し、典型的には、「細胞接着性」は、細胞が接着しやすい表面特性を意味する。細胞接着性は、通常は、表面の化学的性質及び/又は物理的性質等に起因して、細胞の接着及び/又は伸展が起こりやすいか否かに基づき、決定される。細胞培養容器の細胞接着性を判断する指標としては、例えば、実際に該細胞培養容器で細胞を培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。本発明において、刺激応答性高分子層が細胞接着性を示す状態の場合、該刺激応答性高分子層の表面は、細胞接着伸展率が60%以上であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上であることがより好ましい。刺激応答性高分子層の細胞接着伸展率が高い場合、効率的に細胞を培養することができる。また、刺激応答性高分子層が細胞非接着性を示す状態の場合、該刺激応答性高分子層の表面は、細胞接着伸展率が60%未満であることが好ましく、40%未満であることがより好ましく、5%以下であることがさらに好ましく、2%以下であることが特に好ましい。
なお、細胞接着性の指標となる細胞接着伸展率は、例えば、以下の方法で決定することができる。培養しようとする細胞を、4000〜30000 cells/cm2の範囲の初期播種密度で測定対象表面に播種した後、37℃、5%のCO2濃度の条件下で培養する。培養開始3時間後に、培地交換を行い、接着していない細胞を除去した後、細胞が接着している数箇所を観察する。細胞接着伸展率を、次の式:({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))に基づき算出する。
前記刺激応答性高分子における表面特性の変化は、以下のように説明することができる。但し、本発明の作用効果は、以下の説明に制限されるものではない。例えば、温度応答性高分子の場合、該温度応答性高分子の温度を特定の温度未満に変化させることにより、該温度応答性高分子の周囲の水分子に対する親和性が向上する。これにより、温度応答性高分子は、水分子を取り込んで膨張し得る。膨張した温度応答性高分子は、該高分子間の網目構造が密となるため、その表面に細胞が接着し難くなる。これに対し、温度応答性高分子の温度を特定の温度以上に変化させることにより、該高分子の周囲の水分子に対する親和性が低下する。これにより、温度応答性高分子は、取り込んでいる水分子を放出して収縮し得る。収縮した温度応答性高分子は、該高分子間の網目構造が粗となるため、その表面に細胞が接着し易くなる。本明細書において、温度応答性高分子における前記のような変化の閾値となる温度を、「下限臨界溶解温度(Tc)」と記載する。
本発明において、温度応答性高分子層に含まれる温度応答性高分子の下限臨界溶解温度(Tc)は、細胞培養に通常適用される温度範囲内であることが好ましい。例えば、Tcは、5〜40℃の範囲であることが好ましく、10〜37℃の範囲であることがより好ましく、20〜35℃の範囲であることがさらに好ましい。前記範囲のTcを有する温度応答性高分子を用いる場合、本発明の細胞培養容器を用いて細胞を培養する際に、細胞の損傷を可能な限り少なくすることができる。
前記温度応答性高分子層に含まれる温度応答性高分子としては、アクリル系ポリマー及びメタクリル系ポリマーを挙げることができ、例えば、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(PNIPAAm)(Tc=32℃)、ポリ-N-n-プロピルアクリルアミド(Tc=21℃)、ポリ-N-n-プロピルメタクリルアミド(Tc=32℃)、ポリ-N-エトキシエチルアクリルアミド(Tc=約35℃)、ポリ-N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(Tc=約28℃)、ポリ-N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(Tc=約35℃)及びポリ-N,N-ジエチルアクリルアミド(Tc=32℃)等を挙げることができる。前記温度応答性高分子層に含まれる温度応答性高分子は、前記高分子を形成し得るモノマーの2種以上を共重合させることによって形成される共重合体であってもよい。前記温度応答性高分子層に含まれる温度応答性高分子は、PNIPAAm、ポリ-N-n-プロピルメタクリルアミド又はポリ-N,N-ジエチルアクリルアミドであることが好ましく、PNIPAAmであることがより好ましい。前記温度応答性高分子は、前記で説明した好ましい範囲のTcを有する。それ故、前記温度応答性高分子を用いる場合、本発明の細胞培養容器で細胞を培養する際に、細胞の損傷を可能な限り少なくすることができる。
前記温度応答性高分子を形成するためのモノマーとしては、放射線照射によって重合し得るモノマーを用いることが好ましい。前記モノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-(若しくはN,N-ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体及びビニルエーテル誘導体等を挙げることができる。前記モノマーを単独で使用して重合する場合、得られる温度応答性高分子はホモポリマーの形態となり、前記モノマーの2種以上を使用して共重合する場合、得られる温度応答性高分子は共重合体(コポリマー又はヘテロポリマー)の形態となる。いずれの形態の温度応答性高分子であっても、本発明の細胞培養容器に使用することができる。
前記温度応答性高分子は、前記で説明した1種以上のモノマーと、前記以外のさらなるモノマーとを共重合することによって形成される共重合体であってもよい。或いは、前記温度応答性高分子は、前記で説明した1種以上のモノマーを重合又は共重合することによって形成される重合体又は共重合体と、さらなる重合体又は共重合体とをグラフト重合又はブロック重合することによって形成される、グラフト共重合体又はブロック共重合体であってもよい。或いは、前記温度応答性高分子は、前記で説明した1種以上の重合体又は共重合体の混合物の形態であってもよい。これらの形態の場合、使用される材料を適宜選択することにより、Tcを所望の範囲に調整することができる。
本発明の細胞培養容器において、底部の上面の少なくとも一部に配置される刺激応答性高分子層の表面は、通常は、細胞を培養するための培養面又は足場として使用される。すなわち、本発明の細胞培養容器において、Tc以上の温度で細胞を培養することにより、該細胞から分泌された細胞外マトリクスを介して、細胞接着性である前記刺激応答性高分子層の表面と細胞とが接着されて、該刺激応答性高分子層の表面に、複数の細胞からなる細胞構造体が形成される。ここで、前記刺激応答性高分子層をTc未満の温度に冷却すると、該刺激応答性高分子層の表面が細胞接着性から細胞非接着性に変化する。これにより、形成された細胞構造体は、前記刺激応答性高分子層の表面から剥離する。それ故、前記の特徴を備える底部及び刺激応答性高分子層は、所定の条件下で細胞を培養するための培養面又は足場として使用することができる。
本発明の細胞培養容器において、刺激応答性高分子層は、その側面の略全体に亘って該細胞培養容器の側壁部の内面と密着するように配置されていてもよく、その側面の一部又は全部が該細胞培養容器の側壁部の内面から離間するように配置されていてもよい。すなわち、本発明の細胞培養容器において、刺激応答性高分子層は、該細胞培養容器の底部の略全面を覆うように配置されていてもよく、該底部の少なくとも一部を覆うように配置されていてもよい。いずれの場合も、本発明の実施形態に包含される。
<2. 細胞培養容器の製造方法>
本発明の細胞培養容器は、収容部形成工程、底部形成工程及び接合工程を含む方法により、製造することができる。以下、各工程について説明する。
[2-1. 収容部形成工程]
本発明の細胞培養容器の製造方法は、本発明の細胞培養容器を構成する側壁部及び天部を有する収容部を形成する、収容部形成工程を含む。本発明の細胞培養容器が首部及び/又は凹部を有する実施形態の場合、本工程は、収容部に加えて、首部及び/又は凹部を形成する工程を含むことが好ましい。
本工程において、収容部、並びに所望により首部及び/又は凹部を形成する手段は、前記で説明した該部材の材料に基づき、適宜選択することができる。例えば、使用される材料が樹脂材料の場合、射出成形によって本工程を実施することが好ましい。この場合、前記部材を一緒に形成してもよく、各部材をいくつかの部品として別々に形成した後、各部品を接合することによって形成してもよい。各部品を接合するための手段としては、以下で説明する接合工程で使用される接合手段を適用することができる。本工程は、各部材を射出成形によって一緒に形成することが好ましい。これにより、本工程の手順を簡略化することができる。
[2-2. 底部形成工程]
本発明の細胞培養容器の製造方法は、刺激応答性高分子層を上面に有する底部を形成する、底部形成工程を含む。
刺激応答性高分子層及び底部は、前記で説明した材料によって形成される。本工程は、所定の形状の刺激応答性高分子層と底部とを別々に形成した後、両部材を接合することによって形成してもよい(以下、「バッチ法」とも記載する)。或いは、長尺状の底部を準備した後、ロール・ツー・ロール法によって、該底部の上面に連続的に刺激応答性高分子層を形成してもよい。本工程で形成される刺激応答性高分子層及び底部がフィルム状の場合、ロール・ツー・ロール法を用いることが好ましい。ロール・ツー・ロール法を用いる場合、バッチ法と比較して、より均質な状態の刺激応答性高分子層及び底部を形成することができる。
[2-3. 接合工程]
本発明の細胞培養容器の製造方法は、前記収容部形成工程によって得られる収容部と、前記底部形成工程によって得られる底部とを接合する、接合工程を含む。本発明の細胞培養容器が、図4及び5に示す2個以上の異なる形状の天部開口部を有する実施形態の場合、本工程は、収容部の天部と、天部開口閉塞部とを接合する工程をさらに含むことが好ましい。接合工程を実施することにより、本発明の細胞培養容器を得ることができる。
本工程において使用される接合手段としては、例えば、接着剤による接着、有機溶剤による相溶接着、レーザー溶着、ヒートシール、超音波溶着、インモールド成形及び熱溶着を挙げることができる。超音波溶着による接合の場合、超音波照射によって生じる微細な粉塵が、収容部の内部に残留する可能性がある。また、インモールド成形による接合の場合、成形時の熱によって、底部の上面に形成された刺激応答性高分子層の特性が変化する可能性がある。それ故、本工程は、接着剤による接着、有機溶剤による相溶接着、レーザー溶着又はヒートシールによって実施されることが好ましい。前記の接合手段で接合工程を実施することにより、前記収容部及び底部、並びに場合により前記天部及び天部開口閉塞部を、所定の引き剥がし強度を有するように接合することができる。
接着剤による接着の場合、エポキシ系又はアクリル系のような、医療用途に適合した接着剤を使用することが好ましい。このような接着剤を使用する場合、本発明の細胞培養容器を用いて培養される細胞の生育に好ましくない影響を与えることを実質的に回避することができる。有機溶剤による相溶接着の場合、使用される有機溶剤は、接合する部材の材料に基づき、ソルベントパラメータを指標に、該材料を溶解し得る有機溶剤を適宜選択すればよい。例えば、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂のような樹脂材料によって形成される部材を接合する場合、プロピレングリコール 1-モノメチルエーテル 2-アセテート(PEGMEA)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)又はトルエンのような有機溶剤を使用することが好ましい。前記手段によって本工程を実施することにより、本発明の細胞培養容器を用いて培養される細胞の生育に好ましくない影響を与えることを実質的に回避しつつ、培養液の漏出のない液密な状態で各部材を接合することができる。
<3. 細胞構造体の作製方法>
本発明はまた、細胞構造体の作製方法に関する。本発明の細胞構造体の作製方法は、細胞構造体形成工程、剥離工程、培養液除去工程及び回収工程を含む。本発明の細胞構造体の作製方法の概要を図7に示す。以下、図7を参照しながら、各工程を説明する。
[3-1. 細胞構造体形成工程]
本発明の細胞構造体の作製方法は、本発明の細胞培養容器を用いて細胞を培養して、前記細胞培養容器の底部の上面の少なくとも一部に配置された刺激応答性高分子層の表面に細胞構造体を形成させる、細胞構造体形成工程を含むことが必要である(図7A)。本工程において使用される本発明の細胞培養容器は、前記で説明したいずれの実施形態であってもよい。
本工程において培養に使用される細胞は、特に限定されない。生体に存在するあらゆる組織若しくは器官自体、又はそれに由来する各種の細胞を用いることができる。本工程に使用される細胞は、接着性の組織又は細胞であることが好ましい。例えば、生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞若しくは内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、軟骨細胞、神経系を構成するニューロン若しくはグリア細胞、線維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞、又は脂肪細胞等を使用することができる。或いは、本工程に使用される細胞は、胚性幹細胞(ES細胞)、多分化能を有する間葉系幹細胞等の多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞等の単能性幹細胞、又は人工多能性幹細胞(iPS細胞)等であってもよく、分化が終了した細胞であってもよい。本工程に使用される細胞は、前記組織又は器官から直接採取した初代細胞系でもよく、該初代細胞を何代か継代させた継代細胞系であってもよい。前記細胞は、1種類のみを使用してもよく、2種類以上を同時に使用してもよい。細胞が由来する動物も特に限定されず、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ又はヒツジ等の動物に由来する細胞を使用することができる。
本工程において、細胞を培養する条件は、使用される細胞の種類に基づき、当該技術分野で通常使用される培養条件を適宜適用することができる。
図7Aに示すように、本工程により、培養液aの中において、前記刺激応答性高分子層505の表面に細胞構造体bが形成される。本発明において、「細胞構造体」は、細胞同士が互いに接着することによって形成される複数の細胞からなる細胞の集合体を意味する。本工程において形成される細胞構造体は、特定の組織又は器官に分化した形態であってもよく、未分化の形態であってもよい。本工程において形成される細胞構造体としては、例えば、シート形態の細胞シートを挙げることができる。
[3-2. 剥離工程]
本発明の細胞構造体の作製方法は、前記刺激応答性高分子層に所定の刺激を付与して細胞接着性から細胞非接着性へと変化させることによって、前記細胞構造体を該刺激応答性高分子層の表面から剥離させる、剥離工程を含むことが必要である(図7B)。
本工程において、前記刺激応答性高分子層の表面特性を、細胞接着性から細胞非接着性へと変化させる。これにより、前記細胞構造体形成工程で形成された細胞構造体を、前記刺激応答性高分子層の表面から剥離させることができる。
本工程において付与される所定の刺激は、前記で説明した刺激応答性高分子層に含まれる刺激応答性高分子に基づき、適宜設定される。例えば、使用される刺激応答性高分子がPNIPAAmのような温度応答性高分子の場合、所定の刺激は、前記刺激応答性高分子層をTc未満の温度に冷却することを意味する。
図7Bに示すように、本工程により、培養液aの中において、細胞構造体b’を、前記刺激応答性高分子層505の表面から剥離することができる。
[3-3. 培養液除去工程]
本発明の細胞構造体の作製方法は、前記剥離工程の後に、前記天部開口部から培養液を除去する、培養液除去工程を含むことが必要である(図7C, D)。
図7Dに示すように、本工程において、培養液を回収する手段cを用いて、培養液aを除去する。培養液を回収する手段としては、アスピレーター又はピペット等の当該技術分野で通常使用される手段を適用することができる。
図7C及びDに示すように、前記剥離工程において前記刺激応答性高分子層505の表面から剥離した細胞構造体b’は、刺激応答性高分子層505の表面と略平行な面における剥離前の細胞構造体bの断面積に対して、通常は30〜70%、典型的には40〜60%の断面積まで収縮する。収縮した細胞構造体b’は、前記刺激応答性高分子層505の表面から剥離しているため、培養液aの中で浮遊し、自由に移動し得る。そこで、前記天部開口部504及び506から培養液aを除去することにより、培養液aの中で浮遊する細胞構造体b’を、刺激応答性高分子層505の表面に付着させることができる。このとき、細胞構造体b’を、刺激応答性高分子層505の中央部分に付着させることが好ましい。刺激応答性高分子層505に細胞構造体b’を付着させることにより、該細胞構造体b’を別の支持体に移動させることなく、底部502及び刺激応答性高分子層505を、該細胞構造体b’を移送するための支持体として使用することができる。
従来技術のフラスコ形状の細胞培養容器の場合、側壁部に配設された開口からピペット等を収容部に挿入して、培養液を回収する必要がある。この場合、浮遊する細胞構造体を損傷することなく培養液を回収することは非常に困難であった。これに対し、天部に少なくとも1個の天部開口部を有する本発明の細胞培養容器の場合、該天部開口部からピペット等を挿入することができる。このため、浮遊する細胞構造体に接触せずに培養液を回収することは容易である。例えば、図7Dに示すように、第1の天部開口部504及びさらなる天部開口部506を有する本発明の細胞培養容器5を用いる実施形態の場合、第1の天部開口部504及びさらなる天部開口部506を介して、側壁部510の近傍から、収容部510の内部の培養液aを除去することができる。前記実施形態で本工程を実施することにより、ピンセット等を用いて細胞構造体を固定又は移動させることなく、該細胞構造体を容易に刺激応答性高分子層の中央部分に付着させることができる。
[3-4. 回収工程]
本発明の細胞構造体の作製方法は、培養液除去工程の後に、前記底部の少なくとも一部を細胞培養容器から取り外して、前記剥離工程で剥離された細胞構造体を回収する、回収工程を含むことが必要である(図7F)。
図7Fに示すように、刺激応答性高分子層505から剥離された細胞構造体b’は、該刺激応答性高分子層505の中央部分に付着している。このため、細胞構造体b’が付着した刺激応答性高分子層505を、着脱可能に取り付けられている底部502の少なくとも一部と一緒に細胞培養容器5から取り外すことにより、底部502及び刺激応答性高分子層505を、該細胞構造体b’を移送するための支持体として使用することができる。
以上、詳細に説明したように、本発明の細胞培養容器は、細胞構造体を大量に作製するために使用することができる。また、本発明の細胞培養容器を用いる細胞構造体の作製方法により、得られた細胞構造体を実質的に損傷することなく、迅速且つ容易に回収することができる。さらに、本発明の細胞培養容器の底部及び刺激応答性高分子層は、得られた細胞構造体を移送するための支持体として利用することができる。このため、本発明の細胞構造体の作製方法によって、細胞構造体を迅速且つ容易に回収することができる。
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
[I. 細胞培養容器の作製]
以下の手順で、本発明の細胞培養容器1を作製した。以下、図1を参照しながら本発明の細胞培養容器1の作製手順を説明する。3Dプリンターを用いて、ポリスチレン製の収容部110(7.5 cm×5 cm×高さ3 cm)、天部開口部の首部120(内径2.5 cm×高さ1.5 cm)及び首部120に装着される蓋130を成形した。収容部110及び首部120の厚さは1 mmとした。収容部110は、側壁部110と、該側壁部110の下端側に配置され、少なくともその一部が該側壁部110の下端側の外縁によって画定される底部開口部と、該側壁部110の上端側の外縁に接合されている天部103とを有する。首部120は、筒部121と係止部122とを有する。蓋130は、係止部122を介して、首部120に着脱可能に装着される。この場合、天部103の表面積S0は、37.5 cm2であり、前記天部103の表面と同一平面における天部開口部104の水平方向の断面積S1は、4.9 cm2であり、断面積S1の総和ΣS1は、4.9 cm2であり、式ΣS1=a×S0によって定義される定数aは、0.13である。ポリスチレン製のフィルム(厚さ0.05 mm)の上面に、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(PNIPAAm)製の温度応答性高分子層(厚さ20 nm)を積層した積層フィルムを、8 cm×5.5 cmの長方形状に裁断して、底部102及び温度応答性高分子層105を有する積層フィルムを得た。エポキシ系接着剤(1液型RTVゴム;信越化学)を用いて、裁断された積層フィルムを、収容部110の底部開口部に対して該底部開口部を閉塞するように貼付した。前記積層フィルムは、100 mN/25 mmの引き剥がし強度を有するように貼付した。なお、前記引き剥がし強度は、90°剥離試験によって決定した。
[II. 細胞培養容器の作製]
前記と同様の手順で、本発明の細胞培養容器4を作製した。以下、図4を参照しながら本発明の細胞培養容器4の作製手順を説明する。3Dプリンターを用いて、ポリスチレン製の収容部410(7.5 cm×5 cm×高さ3 cm)、天部開口部の首部420(内径2.5 cm×高さ1.5 cm)及び首部420に装着される蓋430を成形した。収容部410及び首部420の厚さは1 mmとした。収容部410は、側壁部410と、該側壁部410の下端側に配置され、少なくともその一部が該側壁部410の下端側の外縁によって画定される底部開口部と、該側壁部410の上端側の外縁に接合されている天部403と、天部403に設けられたさらなる天部開口部406(4.5 cm×4.5 cm)とを有する。首部420は、筒部421と係止部422とを有する。蓋430は、係止部422を介して、首部420に着脱可能に装着される。この場合、天部403の表面積S0は、37.5 cm2であり、前記天部403の表面と同一平面における首部420を有する天部開口部404の断面積S1は、4.9 cm2であり、前記天部403の表面と同一平面におけるさらなる天部開口部406の断面積S1は、20.25 cm2であり、断面積S1の総和ΣS1は、25.15 cm2であり、式ΣS1=a×S0によって定義される定数aは、0.67である。ポリスチレン製のフィルム(厚さ0.05 mm)の上面に、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(PNIPAAm)製の温度応答性高分子層(厚さ20 nm)を積層した積層フィルムを、8 cm×5.5 cmの長方形状に裁断して、底部402及び温度応答性高分子層405を有する積層フィルムを得た。エポキシ系接着剤(1液型RTVゴム;信越化学)を用いて、裁断された積層フィルムを、収容部410の底部開口部に対して該底部開口部を閉塞するように貼付した。前記積層フィルムは、100 mN/25 mmの引き剥がし強度を有するように貼付した。また、ポリスチレン製のフィルム(厚さ0.05 mm)を、4.75 cm×4.75 cmの長方形状に裁断した。エポキシ性医療用接着剤(1液型RTVゴム;信越化学)を用いて、裁断されたフィルム440を、収容部410のさらなる天部開口部406に対して該天部開口部を閉塞するように貼付した。前記フィルムは、100 mN/25 mmの引き剥がし強度を有するように貼付した。なお、前記引き剥がし強度は、90°剥離試験によって決定した。
[III. 細胞構造体の回収]
以下、図7を参照しながら本発明の細胞培養容器を用いる細胞構造体の作製方法の手順を説明する。前記の手順で作製した本発明の細胞培養容器5の収容部510に、天部開口部504を介して7.5 mlの10%FBS含有DMEM培地を加えた。前記培地中に、マウス横紋筋芽細胞を播種した。前記細胞を、所定の条件下で、100%コンフルエントの状態となるまで培養を行った。なお、細胞のコンフルエンシーは、培養中の細胞培養容器内を顕微鏡下で観察し、視野内における総面積に対する細胞の専有面積を評価することによって、決定した。
培養終了後、細胞培養容器5を、20℃に設定した低温インキュベーター内に静置することによって低温処理した。前記低温処理により、温度応答性高分子フィルム505の表面を細胞接着性から細胞非接着性へと変化させることによって、形成された細胞シートbを温度応答性高分子層505の表面から剥離させた。次に、ピンセットを用いて、さらなる天部開口部506を閉塞するフィルム540を取り除いた。天部開口部504及び506を介して、収容部510の内部の培養液aを取り除いた。この際、側壁部510の近傍から培養液aを取り除くことで、形成された細胞シートb’を温度応答性高分子層505の略中央部分に付着させた。ピンセットを用いて、底部502及び温度応答性高分子層505を有する積層フィルムを取り除くことにより、温度応答性高分子層505の表面の中央部分に付着した細胞シートb’を回収した。