以下、本発明の装飾品、皮膚接触材料、粉末冶金用金属粉末および装飾品の製造方法について、添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
[装飾品]
本発明の装飾品の実施形態は、例えば、時計ケース(胴、裏蓋、胴と裏蓋とが一体化されたワンピースケース等)、時計バンド(バンド中留、バンド・バングル着脱機構等を含む。)、ベゼル(例えば、回転ベゼル等)、りゅうず(例えば、ネジロック式りゅうず等)、ボタン、ガラス縁、ダイヤルリング、見切板、パッキン等の時計用外装部品、メガネ(例えば、メガネフレーム)、ネクタイピン、カフスボタン、指輪、ネックレス、ブレスレット、アンクレット、ブローチ、ペンダント、イヤリング、ピアス等の装身具、スプーン、フォーク、箸、ナイフ、バターナイフ、栓抜き等の食器、ライターまたはそのケース、ゴルフクラブのようなスポーツ用品、銘板、パネル、賞杯、その他ハウジング(例えば携帯電話、スマートフォン、タブレット端末、モバイル型コンピューター、音楽プレーヤー、カメラ、シェーバー等のハウジング)の各種機器部品、各種容器等に適用可能である。これらの物品はいずれも、人体の皮膚に接して使用される可能性がある物であり、かつ、優れた美的外観が必要であるとともに、汗や唾液のような体液、食品、洗剤、その他の薬品等に対する耐性も必要とされる。したがって、これらの物品に本発明の装飾品を適用することで、耐食性に優れた装飾品、すなわち長期にわたって優れた美的外観を維持し得るとともに、体液等に対して変質等を生じ難い装飾品を実現することができる。
以下、本発明の装飾品の実施形態の例として、時計用外装部品、装身具および食器を挙げて説明する。
(時計用外装部品)
まず、本発明の装飾品の実施形態を適用した時計用外装部品について説明する。
図1は、本発明の装飾品の実施形態を適用した時計ケースを示す斜視図であり、図2は、本発明の装飾品の実施形態を適用したベゼルを示す部分断面斜視図である。
図1に示す時計ケース11は、ケース本体112と、ケース本体112から突出するように設けられ、時計バンドを取り付けるためのバンド取付部114と、を備えている。このような時計ケース11は、図示しないガラス板や裏蓋とともに、容器を構築することができる。この容器内には、図示しないムーブメントや文字盤等が収納される。したがって、この容器は、ムーブメント等を外部環境から保護するとともに、時計の美的外観の大きな影響を及ぼす。
図2に示すベゼル12は、環状をなしており、時計ケースに装着され、必要に応じて時計ケースに対して回転可能になっている。時計ケースにベゼル12が装着されると、ベゼル12が時計ケースの外側に位置するため、ベゼル12が時計の美的外観を左右することになる。
また、このような時計ケース11やベゼル12は、人の腕等に触れた状態で使用されるため、長い期間にわたって汗に触れることになる。このため、時計ケース11やベゼル12の耐食性が低い場合には、汗によって錆の発生を招き、美的外観の悪化や機械的特性の低下等を引き起こすおそれがある。したがって、このような時計用外装部品の構成材料として後述する皮膚接触材料を用いることにより、耐食性に優れた時計用外装部品が得られる。
(装身具)
次に、本発明の装飾品の実施形態を適用した装身具について説明する。
図3は、本発明の装飾品の実施形態を適用した指輪を示す斜視図である。
図3に示す指輪21は、リング本体212と、リング本体212に設けられた台座214と、台座214に取り付けられた宝石216と、を備えている。この指輪21のうち、リング本体212および台座214は、後述する皮膚接触材料により一体的に構成されている。また、宝石216は、台座214が備えるかしめ爪218により固定されている。
リング本体212および台座214は、人の指等に触れた状態で使用されるため、やはり長い期間にわたって汗に触れることになる。このため、リング本体212や台座214の耐食性が低い場合には、汗によって錆の発生を招き、美的外観の悪化や機械的特性の低下を引き起こすおそれがある。したがって、リング本体212および台座214の構成材料として後述する皮膚接触材料を用いることにより、耐食性に優れた装身具が得られる。
(食器)
次に、本発明の装飾品の実施形態を適用した食器について説明する。
図4は、本発明の装飾品の実施形態を適用したナイフを示す平面図である。
図4に示すナイフ31は、把持部312と、把持部312から延出する刃部314と、を備えている。これらの把持部312および刃部314は、後述する皮膚接触材料(装飾品用材料)により一体的に構成されている。また、把持部312は、人の手等に触れた状態で使用されるため、やはり長い期間にわたって汗に触れることになる。さらに、刃部314は、食品等に触れた状態で使用されるため、酸等に触れることになる。このため、把持部312や刃部314の耐食性が低い場合には、汗や酸によって錆の発生を招き、美的外観の悪化や機械的特性の低下を引き起こすおそれがある。したがって、把持部312および刃部314の構成材料として後述する皮膚接触材料を用いることにより、耐食性に優れた食器が得られる。
なお、以上説明したような時計用外装部品、装身具および食器の各形状は、一例に過ぎず、本発明の装飾品の実施形態は、図示した形状に限定されるものではない。例えば、時計用外装部品は、腕時計用の外装部品に限定されるものではなく、懐中時計用の外装部品にも適用可能である。
(構成材料)
次に、装飾品の構成材料(本発明の皮膚接触材料)について説明する。
上述したような装飾品の少なくとも一部は、Co−Cr−Mo−Si−N系の合金で構成されている。
このCo−Cr−Mo−Si−N系合金(以下、省略して「合金」ともいう。)は、Coが主成分であり、Crを16質量%以上35質量%以下の割合で含み、Moを3質量%以上12質量%以下の割合で含み、Siを0.3質量%以上2.0質量%以下の割合で含み、Nを0.09質量%以上0.5質量%以下の割合で含むものである。
このような合金は、高い耐食性を有する。このため、長期にわたって体液等が触れたりした場合でも、構成元素の溶出等を生じ難い。したがって、人体等に触れた状態が長期にわたって維持されたとしても、金属アレルギーの発生し難い装飾品を実現することができる。また、美的外観の悪化や機械的特性の低下等を生じ難いことから、信頼性の高い装飾品を実現することができる。
また、このような合金は、高い耐変形性を有する。このため、長期にわたって力が加わったり、力の強弱を繰り返したりした場合でも、変形し難い装飾品が得られる。このような装飾品は、優れた意匠性を長期にわたって維持し得るとともに、装飾以外の機能が付加されている場合には、その機能を長期にわたって維持し得るものとなる。
さらに、このような合金は、高い硬度を呈する。このため、耐摩耗性を有するとともに傷が付き難い装飾品が得られる。このような装飾品は、使用の過程で何らかの物体と接触したり落下衝撃を受けたりした場合でも、優れた美的外観を長期にわたって維持し得るものとなる。
また、このような合金は、金属粉末の焼結体で構成されたもの、すなわち粉末冶金法で製造されたものである。粉末冶金法によれば、装飾品の形状を目的とする形状に近づけ易いため、寸法精度の高い装飾品が得られる。このため、意図した意匠を実現し易くなり、優れた美的外観を有する装飾品が得られる。さらに、金属粉末の焼結体は、金属組織の結晶粒径が小さく、かつ等方性の高いものとなる。このため、全方向からの力に対して高い耐変形性を有する装飾品が得られる。
ここで、この合金を構成する元素のうち、Co(コバルト)は、合金の主成分であり、合金の基本的な特性に大きな影響を及ぼす。
Coの含有率は、この合金を構成する元素の中で最も高くなるよう設定され、具体的には50質量%以上67.5質量%以下であるのが好ましく、55質量%以上67質量%以下であるのがより好ましい。
Cr(クロム)は、主に合金の耐食性を向上させるよう作用する。これは、Crの添加によって合金に適量の不働態被膜(Cr2O3等)が形成され易くなり、化学的安定性が向上するためと考えられる。耐食性の向上によって、例えば体液と接触した場合でも金属イオンがより溶出し難くなるといった効果が期待される。したがって、Crを含む合金で構成された装飾品は、より生体への適合性に優れたものになる。また、CrがCoやMo、Siとともに用いられることで、装飾品の機械的特性をより高めることができる。
装飾品を構成する合金におけるCrの含有率は、16質量%以上35質量%以下とされる。Crの含有率が前記下限値を下回ると、装飾品の耐食性が低下する。このため、装飾品が長期にわたって体液と接触した場合には、金属イオンの多量の溶出が生じるおそれがある。一方、Crの含有率が前記上限値を上回ると、MoやSiに対するCrの量が相対的に多くなり過ぎて、含有元素のバランスが崩れることになるため、機械的特性が低下する。
なお、Crの含有率は、好ましくは26質量%以上35質量%以下とされ、より好ましくは27質量%以上34質量%以下とされ、さらに好ましくは28質量%以上33質量%以下とされる。
Mo(モリブデン)は、主に装飾品の耐食性を高めるよう作用する。すなわち、Moの添加によってCrの添加による耐食性をより強化することができる。これは、Moを添加することにより、Crの酸化物を主材料とする不働態被膜がより緻密化されるためであると考えられる。したがって、Moが添加された合金は、さらに金属イオンが溶出し難くなり、生体への適合性が特に高い装飾品の実現に寄与する。
この合金におけるMoの含有率は、3質量%以上12質量%以下とされる。Moの含有率が前記下限値を下回ると、装飾品の耐食性が不十分になるおそれがある。一方、Moの含有率が前記上限値を上回ると、CrやSiに対するMoの量が相対的に多くなり過ぎて、含有元素のバランスが崩れることになるため、機械的特性が低下する。
なお、Moの含有率は、好ましくは5質量%以上12質量%以下とされ、より好ましくは5.5質量%以上11質量%以下とされ、さらに好ましくは6質量%以上9質量%以下とされる。
また、Si(ケイ素)は、主に装飾品の機械的特性を高めるように作用する。Siの添加によって合金中には、Siの一部が酸化した酸化ケイ素が生成される。酸化ケイ素としては、SiO、SiO2等が挙げられる。このような酸化ケイ素は、装飾品の製造時において金属結晶が成長する際に、金属結晶が著しく肥大化するのを抑制する。このため、Siが添加された合金では、金属結晶の粒径が小さく抑えられることとなり、装飾品の機械的特性をより高めることができる。特に、Si原子が置換型元素としてCo原子を置換することにより、結晶構造がやや歪み、ヤング率が高くなる。したがって、Siを添加することにより、優れた機械的特性、特に優れたヤング率を得ることができる。その結果、より高い耐変形性を有する装飾品が得られる。
また、上述したような効果が得られるためには、Siの含有率を0.3質量%以上2.0質量%以下に設定する必要がある。Siの含有率が前記下限値を下回ると、酸化ケイ素の量も少なくなるため、装飾品の製造時において金属結晶が肥大し易くなり、装飾品の機械的特性が低下する可能性が高くなる。一方、Siの含有率が前記上限値を上回ると、装飾品中に存在する酸化ケイ素の量が多くなり過ぎて、酸化ケイ素が空間的に連続して分布する領域が生じ易くなる。この領域では、機械的特性が低下する可能性が高くなる。
なお、Siの含有率は、好ましくは0.5質量%以上1.0質量%以下とされ、より好ましくは0.6質量%以上0.9質量%以下とされる。
また、Siのうちの一部は、前述したように酸化ケイ素の状態で存在していることが好ましいが、その存在量は、Siの全量に対して酸化ケイ素として含まれるSiの比率が20質量%以上80質量%以下であるのが好ましく、30質量%以上70質量%以下であるのがより好ましく、35質量%以上65質量%以下であるのがさらに好ましい。全Siのうちの酸化ケイ素として含まれるSiの比率を前記範囲内に設定することで、装飾品には、上述したような機械的特性の向上といった効果がもたらされる一方、酸化ケイ素が一定量存在していることにより、この装飾品の内部に含まれるCo、Cr、Moといった遷移金属元素の酸化物量を十分に抑えることができる。これらはすなわち、Siが、Co、CrおよびMoよりも酸化し易く、これらの遷移金属元素に結合している酸素をSiが奪うことによって還元反応を生じさせることから、Siの全量が酸化ケイ素でないということは、遷移金属元素に対して十分な還元反応を生じさせたことに等しいと考えられるからである。したがって、Siのうちの酸化ケイ素として含まれるSiの比率が前記範囲内であることにより、装飾品では、上述したような高い機械的特性といった効果が、Co、CrまたはMoの酸化物によって阻害されることが抑制される。その結果、より信頼性の高い装飾品の実現が図られる。
加えて、Coの酸化物が十分に少なくなることで、金属光沢を阻害する酸化物が減少する。このため、装飾品の表面において光が正反射し易くなり、鏡面性が高くなる。また、酸化ケイ素は、光透過性を有するため、金属光沢にそれほど悪影響を及ぼさないと考えられる。したがって、Siの全量に対して酸化ケイ素として含まれるSiの比率を前記範囲内に設定することで、装飾品において金属特有の質感がより高くなり、美的外観をさらに高めることができる。
その一方、一定量の酸化ケイ素は、装飾品の表面においては、外気からの酸素補給によって、酸化クロムや酸化モリブデンとともに化学的に安定な被膜を形成することに寄与すると考えられる。このため、装飾品の表面には化学的安定性が付与され、装飾品の耐食性をより高めることにつながる。
よって、一定量の酸化ケイ素が生成することによって、装飾品の表面の鏡面性を高めつつ、表面の耐食性についてもより高めることができる。
また、Siのうちの酸化ケイ素として含まれるSiの比率を前記範囲内に設定することで、装飾品に対して適度な硬度が与えられることとなる。すなわち、酸化ケイ素でないSiが一定量存在することにより、Co、CrおよびMoのうちの少なくとも1種とSiとが硬質の金属間化合物を生成し、これが装飾品の硬度を高めると考えられる。装飾品の硬度が高くなることで、耐摩耗性や傷の付き難さを高めることができる。
なお、Siを添加することにより、金属結晶の著しい成長は阻害されるので、その観点から言えば装飾品の硬度は低下する傾向にあるものの、一部のSiが金属間化合物を生成することにより、この硬度が著しく低下することが抑えられ、後述するような適度な硬度と、その適度な硬度からもたらされる十分な靭性とが得られると考えられる。
この金属間化合物としては、特に限定されないが、一例を挙げると、CoSi2、Cr3Si、MoSi2、Mo5Si3等が挙げられる。
なお、金属間化合物の析出量を考慮すると、Moの含有率に対するSiの含有率の割合(Si/Mo)は、質量比で0.05以上0.2以下であるのが好ましく、0.08以上0.15以下であるのがより好ましい。これにより、装飾品に対してより高い機械的特性を付与することができる。
また、酸化ケイ素は、いかなる位置に分布していてもよいが、粒界(金属結晶同士の界面)に偏析するように分布しているのが好ましい。酸化ケイ素がこのような位置に偏析していることで、金属結晶の肥大化がより確実に抑制されることとなり、より機械的特性に優れた装飾品が得られる。また、粒界に偏析した酸化ケイ素の析出物同士は、自ずと適度な距離を保つことになるため、装飾品中において酸化ケイ素の析出物をより均一に分散させることができる。その結果、酸化ケイ素が空間的に連続して分布する確率が低下することとなり、このような酸化ケイ素に基づく機械的特性の低下を避けることができる。
また、偏析した酸化ケイ素の析出物については、定性分析の面分析により、その大きさや分布等を特定することができる。具体的には、電子線マイクロアナライザー(EPMA)によるSiの組成像において、Siが偏析している領域の平均径は0.1μm以上10μm以下であるのが好ましく、0.3μm以上8μm以下であるのがより好ましい。Siが偏析している領域の平均径が前記範囲内であれば、酸化ケイ素の析出物の大きさが前述したような各効果を奏するにあたって最適なものとなる。すなわち、Siが偏析している領域の平均径が前記下限値を下回ると、酸化ケイ素の析出物が十分な大きさに偏析しておらず、前記各効果が十分に得られないおそれがあり、一方、Siが偏析している領域の平均径が前記上限値を上回ると、装飾品の機械的特性が低下するおそれがある。
なお、Siが偏析している領域の平均径は、Siの組成像において、Siが偏析している領域の面積と同じ面積を持つ円の直径(投影面積円相当径)の平均値として求めることができる。
また、装飾品は、主にCoで構成された第1相と、主にCo3Moで構成された第2相と、を含んでいる。このうち、第2相が含まれていることにより、前述したSiを含む金属間化合物と同様、装飾品に高い硬度が付与されるため、信頼性向上の観点から有用な装飾品が得られる。一方、第2相が過剰に含まれている場合、それが著しく偏析し易くなり、機械的特性の低下を招くおそれがある。
したがって、第1相と第2相は、上記の観点から適度な比率で含まれていることが好ましい。具体的には、装飾品について、CuKα線を用いたX線回折法による結晶構造解析を行い、Coに起因するピークのうち最も高いピークの高さを1としたとき、Co3Moに起因するピークのうち最も高いピークの高さは0.01以上0.5以下であるのが好ましく、0.02以上0.4以下であるのがより好ましい。
また、Coの前記ピークの高さを1としたときのCo3Moの前記ピークの高さの比率が前記下限値を下回ると、合金の組成によっては、装飾品中においてCoに対するCo3Moの比率が低下するので、硬度が低下するおそれがある。一方、Co3Moの前記ピークの高さの比率が前記上限値を上回ると、合金の組成によっては、Co3Moの存在量が過剰になり、Co3Moが著しく偏析し易くなって装飾品の機械的特性が低下するおそれがある。
なお、CuKα線は、通常、エネルギーが8.048keVの特性X線である。
また、Coに起因するピークを同定するにあたっては、ICDD(The International Centre for Diffraction Data)カードのCoのデータベースに基づいて同定される。同様に、Co3Moに起因するピークを同定するにあたっては、ICDDカードのCo3Moのデータベースに基づいて同定される。
また、装飾品においては、Co3Moの存在比率が0.01質量%以上10質量%以下であるのが好ましく、0.05質量%以上5質量%以下であるのがより好ましい。これにより、高い硬度と高い機械的特性(靭性等)とを両立させた装飾品が得られる。
なお、これらの存在比率は、結晶構造解析の結果からCo3Moの存在比率を定量化することにより求められる。
また、装飾品の少なくとも一部を構成する合金は、上述したような各元素以外に、N(窒素)を含んでいる。Nは、主に装飾品の機械的特性を高めるよう作用する。Nはオーステナイト化元素であるので、装飾品の結晶構造のオーステナイト化を促進し、靭性を高めるように作用する。
また、Nを含むことにより、金属粉末の焼結体で構成された装飾品は、デンドライト相の生成が抑えられ、デンドライト相の含有率が非常に小さいものとなる。このような観点からも、靭性を高めることができる。
したがって、Nを含む装飾品は、適度な硬度を有するとともに、靭性が高く、かつ、デンドライト相の含有率が小さいものとなる。このため、かかる装飾品は、耐衝撃性等にも富んだものとなる。
ここで、デンドライト相は、樹枝状に成長した結晶組織のことであるが、このようなデンドライト相が多量に含まれると装飾品の機械的特性が低下する。したがって、デンドライト相の含有率を小さくすることは、装飾品の機械的特性を高めるにあたって有効である。具体的には、装飾品を走査型電子顕微鏡で観察し、得られた観察像においてデンドライト相が占める面積率が20%以下であるのが好ましく、10%以下であるのがより好ましい。このような条件を満足する装飾品は、機械的特性において特に優れたものとなる。
また、装飾品は、前述したように金属粉末の焼結体で構成されている。金属粉末は、各粒子の体積が非常に小さいため、冷却速度が高く、冷却の均一性も高い。このため、このような金属粉末の焼結体で構成された装飾品では、デンドライト相の生成が抑えられている。一方、鋳造や鍛造、圧延等の従来法では、溶融金属を冷却する際、冷却すべき体積が従来よりも大きくなるため、冷却速度が小さくなり、冷却の均一性も低くなる。その結果、このような方法で製造された装飾品には、比較的多くのデンドライト相が生成すると考えられる。
なお、上述した面積率は、観察像の面積に対するデンドライト相が占める面積の割合として算出され、観察像の一辺は50μm以上1000μm以下程度に設定される。
上述したような効果が得られるためには、Nの含有率を0.09質量%以上0.5質量%以下に設定する必要がある。Nの含有率が前記下限値を下回ると、合金の組成によっては、装飾品の結晶構造のオーステナイト化が不十分になり、このため、装飾品の硬度が過度に高くなり、靭性も低下し易くなるおそれがある。これは、装飾品中にオーステナイト相(γ相)の他に、hcp構造(ε相)が多く析出するためであると考えられる。その結果、装飾品の機械的特性が低下するおそれがある。一方、Nの含有率が前記上限値を上回ると、合金の組成によっては、各種の窒化物が多量に生成されるとともに、焼結し難い組成になるおそれがある。このため、装飾品の焼結密度が低下し、機械的特性が低下するおそれがある。生成される窒化物としては、例えばCr2N等が挙げられる。このような窒化物が析出すると、硬度も高くなるため、やはり靭性が低下することとなる。
なお、Nの含有率は、好ましくは0.12質量%以上0.4質量%以下とされ、より好ましくは0.14質量%以上0.25質量%以下とされ、さらに好ましくは0.15質量%以上0.22質量%以下とされる。
とりわけ0.15質量%以上0.22質量%の範囲内では、オーステナイト相が特に支配的となり、硬度の低下に伴って靭性の顕著な向上が認められる。このときの装飾品をCrKα線を用いたX線回折法による結晶構造解析に供すると、オーステナイト相に起因する主ピークが非常に強く認められる一方、hcp構造に起因するピークおよびその他のピークは、いずれも主ピークの高さの5%以下になっている。このことからオーステナイト相が支配的であることが分かる。
一方、Siの含有率に対するNの含有率の割合(N/Si)は、質量比で0.1以上0.8以下であるのが好ましく、0.2以上0.6以下であるのがより好ましい。これにより、装飾品における高い機械的特性と装飾品の表面における高い鏡面性とを両立させることができる。すなわち、Siが一定量添加されることにより、一定量の酸化ケイ素が生成され、Co、CrおよびMoの酸化物量が減少するため、前述したように表面の鏡面性が高くなる一方、Siの添加量が多過ぎると、装飾品の機械的特性が低下するおそれがある。そこで、前記範囲内の割合でNが添加されると、Siを添加したことによる高い鏡面性と、Nを添加したことによる上述した効果を、それぞれ互いに相殺することなく発揮させることができるので、高い鏡面性と高い機械的特性とを両立させることができる。これは、SiとCo等の金属元素とが置換型固溶体を生成するのに対し、NとCo等の金属元素とは侵入型固溶体を生成するため、互いに共存し得るからであると考えられる。しかも、Siが固溶したことによる結晶構造の歪みが、Nが固溶することによって抑えられることも起因していると考えられ、これによって機械的特性の低下が防止されると考えられる。
また、Siが添加されると、上述したように結晶構造に歪みが生じるが、この状態では熱膨張および熱収縮の挙動にヒステリシスが生じ易くなる。熱膨張および熱収縮の挙動に大きなヒステリシスがあると、経時的に装飾品の熱的特性が変化してしまうおそれがある。
これに対し、前述した割合でNが添加されていることにより、Nが結晶構造中に侵入して固溶するため、結晶構造の歪みが抑制される。その結果、熱膨張および熱収縮の挙動におけるヒステリシスが抑えられ、装飾品の熱的特性の安定化を図ることができる。
以上のことから、SiとNとが適度に添加されることによって、装飾品の機械的特性の安定化および熱的特性の安定化をそれぞれ図ることができる。
なお、Siの含有率に対するNの含有率の割合が前記下限値を下回ると、合金の組成によっては、結晶構造の歪みを十分に抑制することができず、靭性等が低下するおそれがある。一方、前記上限値を上回ると、合金の組成によっては、焼結し難い組成になり、装飾品の焼結密度が低下し、機械的特性も低下するおそれがある。
また、装飾品の少なくとも一部を構成する合金は、上述したような各元素以外に、C(炭素)を含んでいてもよい。Cの添加によって装飾品の硬度や引張強さがより高められる。
装飾品を構成する合金におけるCの含有率は、特に限定されないが、1.5質量%以下であるのが好ましく、0.7質量%以下であるのがより好ましい。Cの含有率が前記上限値を上回ると、合金の組成によっては、装飾品の脆性が大きくなり、機械的特性が低下するおそれがある。
また、添加量の下限値は特に設定されないが、上述した効果が十分に発揮されるためには、下限値が0.05質量%程度に設定されるのが好ましい。
また、Cの含有率はSiの含有率の0.02倍以上0.5倍以下程度であるのが好ましく、0.05倍以上0.3倍以下程度であるのがより好ましい。Siに対するCの比率を前記範囲内に設定することにより、酸化ケイ素や炭化物が装飾品の硬度や機械的特性に及ぼす悪影響を最小限に抑えることができる。
さらに、Nの含有率はCの含有率の0.3倍以上10倍以下程度であるのが好ましく、2倍以上8倍以下程度であるのがより好ましい。Cに対するNの比率を前記範囲内に設定することにより、装飾品の硬度と機械的特性とのバランスを最適化することができる。このような装飾品は、耐摩耗性や傷が付き難いという特性を有しており、かつ、適度な靭性も有しているため耐衝撃性等にも富んだものとなる。
この他、装飾品の少なくとも一部を構成する合金には、上述したような各元素以外に、製造時において不可避的に生じる不純物の混入も許容される。その場合、不純物の合計の含有率は好ましくは1質量%以下とされ、より好ましくは0.5質量%以下とされ、さらに好ましくは0.2質量%以下とされる。このような不純物元素としては、例えば、B、O、Na、Mg、Al、P、S、Mn等が挙げられる。
一方、装飾品の少なくとも一部を構成する合金は、実質的にNi(ニッケル)を含んでいないのが好ましい。Niは、金属アレルギーの原因物質(アレルゲン)のうち、感作率が特に高い元素として生体への影響が懸念されている元素でもある。装飾品は、人が触れたり、持ったり、あるいは身に付けたりするような使われ方もするので、実質的にNiを含んでいないことは、金属アレルギーの発生を抑える観点から有効である。本発明に係る装飾品の少なくとも一部を構成する合金には、製造時に不可避的に混入してしまうNiを除いて、Niが添加されていない。このため、本発明に係る装飾品は、金属アレルギーを発生させ難く、生体への適合性が特に高いものとなる。なお、不可避的に混入する場合も考慮すると、Niの含有率は0.05質量%以下であるのが好ましく、0.03質量%以下であるのがより好ましい。
そして、装飾品の少なくとも一部を構成する合金のうち、上述したような各元素の残部がCoである。前述したように、Coの含有率は、合金に含まれる元素の中で最も高くなるよう設定される。
なお、合金における各構成元素および組成比は、例えば、JIS G 1257に規定された原子吸光法、JIS G 1258に規定されたICP発光分析法、JIS G 1253に規定されたスパーク発光分析法、JIS G 1256に規定された蛍光X線分析法、JIS G 1211〜G 1237に規定された重量・滴定・吸光光度法等により特定することができる。具体的には、SPECTRO社製固体発光分光分析装置(スパーク発光分析装置)、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08Aが挙げられる。
また、C(炭素)およびS(硫黄)の特定に際しては、特に、JIS G 1211に規定された酸素気流燃焼(高周波誘導加熱炉燃焼)−赤外線吸収法も用いられる。具体的には、LECO社製炭素・硫黄分析装置、CS−200が挙げられる。
さらに、N(窒素)およびO(酸素)の特定に際しては、特に、JIS G 1228に規定された鉄および鋼の窒素定量方法、JIS Z 2613に規定された金属材料の酸素定量方法も用いられる。具体的には、LECO社製酸素・窒素分析装置、TC−300/EF−300が挙げられる。
また、図1に示す装飾品は、前述したように、金属粉末の焼結体で構成されたもの、すなわち粉末冶金法で製造されたものである。このような装飾品は、例えば鋳造法で製造されたものに比べて、耐食性および機械的特性(例えば、靭性、耐力等)に優れたものとなる。これは、粉末冶金法で製造された装飾品は、急冷して得られた金属粉末を用いて製造されたものである(体積が小さいため、急冷され易い)ため、鋳造法等に比べて金属結晶の著しい粒成長が生じ難く、そのため、肥大化した金属結晶が生成され難いからであると考えられる。また、粉末冶金法によれば、組成が均質になり易いため、Siや酸化ケイ素の分布も均一になり易い。したがって、均一な耐食性を有し、均一な機械的特性を有する装飾品が得られるとともに、個体ごとの差についても小さく抑えることができる。
なお、Nを含む合金は、金属粉末製造時から材料中にNを固溶させ、その粉末を用いて得られた焼結体で構成されている。このため、装飾品には、ほぼ一様にNが分布しており、物性についてもほぼ一様にすることができる。したがって、かかる装飾品は、均質性が高くなるとともに、個体差がより抑えられたものとなる。
装飾品の均質性は、前述したように、粉末製造時から金属材料中にNを固溶させ、その粉末を用いて粉末冶金法により製造された焼結体で構成されていることに由来していると考えられる。粉末製造時に金属材料中にNを固溶させるには、例えば、原料に含まれるCo、Cr、MoおよびSiのうちの少なくとも1種をあらかじめ窒化させておく方法、原料を溶融する際または溶融した後に溶融金属(溶湯)を窒素ガス雰囲気中に保持する方法、溶融金属中に窒素ガスを注入する(窒素ガスでバブリングする)方法等が用いられる。
なお、金属粉末を成形してなる成形体や、それを焼結してなる焼結体を、窒素ガス雰囲気中で加熱する、あるいは、窒素ガス雰囲気中でHIP処理を施すことにより、Nを合金中に含浸させる方法もある(窒化処理)。しかしながら、これらの方法では、成形体や焼結体の表層部から内層部まで均等に窒化することは難しく、仮にできたとしても窒化速度を抑えながら極めて長い時間をかけて行う必要があるため、装飾品の製造効率の観点でやや問題がある。
なお、粉末中にNを固溶させて得られた成形体を脱脂、焼成する場合には、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス中で脱脂、焼成することにより、固溶させたNの濃度の変動を抑えることができる。
装飾品の製造に用いられる金属粉末(本発明の粉末冶金用金属粉末)としては、前述したような合金で構成された粉末が用いられる。その平均粒径は、3μm以上100μm以下であるのが好ましく、4μm以上80μm以下であるのがより好ましく、5μm以上60μm以下であるのがさらに好ましい。このような粒径の金属粉末を用いることにより、高密度で耐食性および機械的特性が高く、かつ表面の鏡面性が高い装飾品を製造することができる。
なお、平均粒径は、レーザー回折法により得られた粒度分布において、質量基準で小径側からの累積量が50%になるときの粒径として求められる。
また、金属粉末の平均粒径が前記下限値を下回った場合、粉末冶金における成形性が低下するため、装飾品の密度が低下し、耐食性および機械的特性が低下するおそれがある。一方、金属粉末の平均粒径が前記上限値を上回った場合、粉末冶金において金属粉末の充填性が低下するため、やはり装飾品の密度が低下し、機械的特性や表面の鏡面性が低下するおそれがある。
また、金属粉末の粒度分布は、できるだけ狭いのが好ましい。具体的には、金属粉末の平均粒径が前記範囲内であれば、最大粒径が200μm以下であるのが好ましく、150μm以下であるのがより好ましい。金属粉末の最大粒径を前記範囲内に制御することにより、金属粉末の粒度分布をより狭くすることができ、装飾品の耐食性、機械的特性および表面の鏡面性のさらなる向上を図ることができる。
なお、上記の最大粒径とは、レーザー回折法により得られた粒度分布において、質量基準で小径側からの累積量が99.9%となるときの粒径のことをいう。
また、金属粉末の粒子の短径をPS[μm]とし、長径をPL[μm]としたとき、PS/PLで定義されるアスペクト比の平均値は、0.4以上1以下程度であるのが好ましく、0.7以上1以下程度であるのがより好ましい。このようなアスペクト比の金属粉末は、その形状が比較的球形に近くなるので、圧粉成形された際の充填率が高められる。その結果、耐食性、機械的特性および表面の鏡面性の高い装飾品を得ることができる。
なお、前記長径とは、粒子の投影像においてとりうる最大長さであり、前記短径とは、その最大長さに直交する方向の最大長さである。また、アスペクト比の平均値は、金属粉末の粒子100個以上についての測定値の平均値として求められる。
一方、装飾品の断面において、1つの結晶組織の長径をCLとし、短径をCSとしたとき、CS/CLで定義される結晶組織のアスペクト比の平均値は、0.4以上1以下程度であるのが好ましく、0.5以上1以下程度であるのがより好ましい。このようなアスペクト比の結晶組織は、異方性の小さいものとなるので、加わる力の方向によらず優れた耐力等の機械的特性を示す装飾品の実現に寄与する。すなわち、このような装飾品は、どのような姿勢で使用されても、優れた耐変形性を有するものとなる。
なお、前記長径とは、装飾品の断面の観察像において1つの結晶組織がとりうる最大長さであり、前記短径とは、その最大長さに直交する方向の最大長さである。また、アスペクト比の平均値は、結晶組織100個以上についての測定値の平均値として求められる。
また、装飾品は、その内部に微小な独立した空孔を有しているのが好ましい。このような空孔を有していることにより、装飾品では、仮に内部で亀裂等が発生した場合でも、その亀裂の進展は、亀裂が空孔に達した時点で止まり易くなる。このため、それ以上の亀裂の進展が防止され、装飾品が破壊に至ることを防止することができる。したがって、このような装飾品は、引張強さ等の機械的特性においてより優れたものとなる。
空孔の平均径は、0.1μm以上10μm以下であるのが好ましく、0.3μm以上8μm以下であるのがより好ましい。空孔の平均径が前記範囲内であれば、空孔自体が亀裂の起点になり難く、かつ、空孔が一定の体積を持つために亀裂の進展を留める確率を高めることができる。すなわち、空孔径の最適化が図られることにより、亀裂の発生確率の上昇を抑えつつ、亀裂の進展確率を低下させることにより、装飾品全体の機械的特性をより高めることができる。
なお、空孔の平均径は、装飾品の断面についての走査型電子顕微鏡像において、空孔の面積と同じ面積を持つ円の直径(投影面積円相当径)の平均値として求めることができる。
また、装飾品の観察像において、空孔が占める面積率は、0.001%以上1%以下であるのが好ましく、0.005%以上0.5%以下であるのがより好ましい。空孔が占める面積率が前記範囲内であれば、装飾品の機械的特性をより高めることができる。
なお、この面積率は、観察像の面積に対する空孔が占める面積の割合として算出され、観察像の一辺は50μm以上1000μm以下程度に設定される。
また、装飾品は、そのビッカース硬度が200以上480以下であるのが好ましく、240以上380以下であるのがより好ましい。このような硬度の装飾品は、耐摩耗性や傷の付き難い性質を有するものとなる。また、装飾品に十分な靭性を付与することにもなる。
なお、装飾品のビッカース硬度は、JIS Z 2244に規定された試験方法に準拠して測定される。
また、装飾品の引張強さは、520MPa以上であるのが好ましく、600MPa以上1500MPa以下であるのがより好ましい。このような引張強さの装飾品は、やはり長期にわたる耐変形性に優れたものとなる。
同様に、装飾品の0.2%耐力は、450MPa以上であるのが好ましく、500MPa以上1200MPa以下であるのがより好ましい。このような0.2%耐力の装飾品は、やはり長期にわたる耐変形性に優れたものとなる。
これらの引張強さおよび0.2%耐力は、JIS Z 2241に規定された試験方法に準拠して測定される。
さらに、装飾品の伸びは、2%以上50%以下であるのが好ましく、10%以上45%以下であるのがより好ましい。このような伸びを有する装飾品は、欠損や割れ等が生じ難いことから、耐衝撃性に優れたものとなる。
装飾品の伸び(破断伸び)は、JIS Z 2241に規定された試験方法に準拠して測定される。
また、装飾品のヤング率は、150GPa以上であるのが好ましく、170GPa以上300GPa以下であるのがより好ましい。このようなヤング率を有する装飾品は、とりわけ変形し難いものとなる。
また、装飾品の磁化率は、3×106[cm3/g]以下であるのが好ましく、0以上2×106[cm3/g]以下であるのがより好ましい。このような比較的低い磁化率を有する装飾品は、例えば時計用外装部品等に適用された場合、外部磁界によって外装部品が磁化し難くなる。このため、磁化した外装部品がムーブメントの挙動に悪影響を及ぼすことが抑制され、時計の安定的な動作を実現することができる。
なお、装飾品の製造に用いられる金属粉末としては、例えば、アトマイズ法(例えば、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、高速回転水流アトマイズ法等)、還元法、カルボニル法、粉砕法等の各種粉末化法により製造されたものが挙げられる。
このうち、アトマイズ法により製造されたものが好ましく用いられ、水アトマイズ法または高速回転水流アトマイズ法により製造されたものであるのがより好ましく用いられる。アトマイズ法は、溶融金属(溶湯)を、高速で噴射された流体(液体または気体)に衝突させることにより、溶湯を微粉化するとともに冷却して、金属粉末を製造する方法である。金属粉末をこのようなアトマイズ法によって製造することにより、極めて微小な粉末を効率よく製造することができる。また、得られる粉末の粒子形状が表面張力の作用により球形状に近くなる。このため、粉末冶金法において金属粉末を成形したとき充填率の高い成形体が得られる。その結果、機械的特性に優れた装飾品が得られる。
[装飾品の製造方法]
次に、本発明の装飾品の製造方法の実施形態について説明する。
本実施形態に係る装飾品の製造方法は、前述した粉末冶金用金属粉末(本発明の粉末冶金用金属粉末)を成形し、成形体を得る工程と、この成形体を焼成し、焼結体を得る工程と、を有する。以下、各工程について順次詳述する。
[1]
[1−1]混練工程
まず、粉末冶金用金属粉末を有機バインダーとともに混練し、混練物を得る。
混練物中の有機バインダーの含有率は、成形条件や成形する形状等に応じて適宜設定されるが、混練物全体の2質量%以上20質量%以下程度であるのが好ましく、5質量%以上10質量%以下程度であるのがより好ましい。有機バインダーの含有率を前記範囲内に設定することにより、混練物は良好な流動性を有するものとなる。これにより、成形の際の混練物の充填性が向上し、最終的に目的とする形状により近い形状(ニアネットシェイプ)の焼結体が得られる。
有機バインダーとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体等のポリオレフィン、ポリメチルメタクリレート、ポリブチルメタクリレート等のアクリル系樹脂、ポリスチレン等のスチレン系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリエーテル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドンまたはこれらの共重合体等の各種樹脂や、各種ワックス、パラフィン、高級脂肪酸(例:ステアリン酸)、高級アルコール、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸アミド等の各種有機バインダーが挙げられ、これらのうち1種または2種以上を混合して用いることができる。
また、混練物中には、必要に応じて、可塑剤が添加されていてもよい。この可塑剤としては、例えば、フタル酸エステル(例:DOP、DEP、DBP)、アジピン酸エステル、トリメリット酸エステル、セバシン酸エステル等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を混合して用いることができる。
さらに、混練物中には、粉末冶金用金属粉末、有機バインダー、可塑剤の他に、例えば、滑剤、酸化防止剤、脱脂促進剤、界面活性剤等の各種添加物を必要に応じて添加することができる。
なお、混練条件は、用いる粉末冶金用金属粉末の金属組成や粒径、有機バインダーの組成、およびこれらの配合量等の諸条件により異なるが、その一例を挙げれば、混練温度50℃以上200℃以下程度、混練時間15分以上210分以下程度とすることができる。
また、混練物は、必要に応じ、ペレット(小塊)化される。ペレットの粒径は、例えば、1mm以上15mm以下程度とされる。
なお、混練物に代えて、造粒粉末を製造するようにしてもよい。これらの混練物および造粒粉末等が、後述する成形工程に供される組成物の一例である。
[1−2]成形工程
次に、混練物を成形して、装飾品と同形状の成形体を製造する。
成形方法としては、特に限定されず、例えば、圧粉成形(圧縮成形)法、金属粉末射出成形(MIM:Metal Injection Molding)法、押出成形法等の各種成形法を用いることができる。このうち、ニアネットシェイプの焼結体を製造し得るという観点から、金属粉末射出成形法が好ましく用いられる。
また、圧粉成形法の場合の成形条件は、用いる粉末冶金用金属粉末の組成や粒径、有機バインダーの組成、およびこれらの配合量等の諸条件によって異なるが、成形圧力が200MPa以上1000MPa以下(2t/cm2以上10t/cm2以下)程度であるのが好ましい。
また、金属粉末射出成形法の場合の成形条件は、やはり諸条件によって異なるものの、材料温度が80℃以上210℃以下程度、射出圧力が50MPa以上500MPa以下(0.5t/cm2以上5t/cm2以下)程度であるのが好ましい。
また、押出成形法の場合の成形条件は、やはり諸条件によって異なるものの、材料温度が80℃以上210℃以下程度、押出圧力が50MPa以上500MPa以下(0.5t/cm2以上5t/cm2以下)程度であるのが好ましい。
このようにして得られた成形体は、金属粉末の粒子同士の間隙に、有機バインダーが一様に分布した状態となる。
なお、作製される成形体の形状寸法は、以降の脱脂工程および焼成工程における成形体の収縮分を見込んで決定される。
また、必要に応じて、成形体に対して切削、研磨、切断等の機械加工を施すようにしてもよい。成形体は、硬度が比較的低く、かつ比較的可塑性に富んでいるため、成形体の形状が崩れるのを防止しつつ、容易に機械加工を施すことができる。このような機械加工によれば、最終的に寸法精度の高い装飾品をより容易に得ることができる。
[2]
[2−1]脱脂工程
次に、得られた成形体に脱脂処理(脱バインダー処理)を施し、脱脂体を得る。
具体的には、成形体を加熱して、有機バインダーを分解することにより、成形体中から有機バインダーの少なくとも一部を除去して、脱脂処理がなされる。
この脱脂処理は、例えば、成形体を加熱する方法、バインダーを分解するガスに成形体を曝す方法等が挙げられる。
成形体を加熱する方法を用いる場合、成形体の加熱条件は、有機バインダーの組成や配合量によって若干異なるものの、温度100℃以上750℃以下×0.1時間以上20時間以下程度であるのが好ましく、150℃以上600℃以下×0.5時間以上15時間以下程度であるのがより好ましい。これにより、成形体を焼結させることなく、成形体の脱脂を必要かつ十分に行うことができる。その結果、脱脂体の内部に有機バインダー成分が多量に残留してしまうのを確実に防止することができる。
また、成形体を加熱する際の雰囲気は、特に限定されず、水素のような還元性ガス雰囲気、窒素、アルゴンのような不活性ガス雰囲気、大気のような酸化性ガス雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が挙げられる。
一方、バインダーを分解するガスとしては、例えば、オゾンガス等が挙げられる。
なお、このような脱脂工程は、脱脂条件の異なる複数の過程(ステップ)に分けて行うことにより、成形体中の有機バインダーをより速やかに、そして、成形体に残存させないように分解・除去することができる。
また、必要に応じて、脱脂体に対して切削、研磨、切断等の機械加工を施すようにしてもよい。脱脂体は、硬度が比較的低く、かつ比較的可塑性に富んでいるため、脱脂体の形状が崩れるのを防止しつつ、容易に機械加工を施すことができる。このような機械加工によれば、最終的に寸法精度の高い装飾品をより容易に得ることができる。
[2−2]焼成工程
次に、得られた脱脂体を、焼成炉で焼成して焼結体を得る。すなわち、粉末冶金用金属粉末の粒子同士の界面で拡散が生じ、焼結に至る。その結果、焼結体が得られる。
焼成温度は、粉末冶金用金属粉末の組成や粒径等によって異なるが、一例として900℃以上1400℃以下程度とされる。また、好ましくは1050℃以上1300℃以下程度とされる。
また、焼成時間は、0.2時間以上7時間以下とされるが、好ましくは1時間以上6時間以下程度とされる。
なお、焼成工程においては、途中で焼結温度や後述する焼成雰囲気を変化させるようにしてもよい。
また、焼成の際の雰囲気は、特に限定されないが、金属粉末の著しい酸化を防止することを考慮した場合、水素のような還元性ガス雰囲気、アルゴンのような不活性ガス雰囲気、またはこれらの雰囲気を減圧した減圧雰囲気等が好ましく用いられる。
また、このようにして得られた焼結体に対し、さらにHIP処理(熱間等方加圧処理)等を施すようにしてもよい。これにより、焼結体のさらなる高密度化を図り、より機械的特性に優れた装飾品を得ることができる。
HIP処理の条件としては、例えば、温度が850℃以上1200℃以下、時間が1時間以上10時間以下程度とされる。
また、加圧力は、50MPa以上であるのが好ましく、100MPa以上であるのがより好ましい。
このようにして焼結体が得られ、この焼結体を少なくとも一部とする装飾品が得られる。
なお、必要に応じて、得られた焼結体に研磨処理を施すようにしてもよい。研磨処理としては、例えば、バレル研磨、サンドブラスト等が挙げられる。
一方、このようにして得られた焼結体は、人体に触れる可能性がある物品を製造するための皮膚接触材料として有用である。したがって、前述した成形工程において目的とする形状を得るのではなく、上記のようにして得られた焼結体に対し、例えば切削、研削のような機械加工、レーザー加工、電子線加工、ウォータージェット加工、放電加工、プレス加工、押出加工、圧延加工、鍛造加工、曲げ加工、絞り加工、引き抜き加工、転造加工、せん断加工等の加工を施すことにより、目的とする形状に成形し、各種の装飾品を製造するようにしてもよい。
そして、この皮膚接触材料は、人体の皮膚に接触する状態で使用される物であれば、前述した装飾品に限らず、その物の皮膚に接触する面のうち少なくとも一部を構成する材料としていかなるものにも用いることができる。かかる物品としては、例えば、脊柱固定器具、骨折固定材、人工関節、人工骨頭のような各種人工骨、埋め込み型人工心臓、心臓ペースメーカー、人工弁、ステント、ガイドワイヤー、血管栓塞用ワイヤー、血管栓塞用クリップ、人工内耳、人工外耳、注射針、メス、鉗子、カテーテル、内視鏡のような手術用機器等が挙げられる。
また、上述した本発明の粉末冶金用金属粉末は、成形体の形状を適宜選択することにより、各種の装飾品の製造に用いられる。かかる粉末冶金用金属粉末を用いることで、ほとんど後加工を施すことなく、目的とする形状の装飾品を容易に製造することができる。そして、得られた装飾品は、上述したように、耐力等の機械的特性に優れ、かつ、耐食性に優れたものとなる。
また、前述した皮膚接触材料は、オーステナイト化元素であるNを所定量含むため、焼結体中にはオーステナイト相(γ相)が比較的多く含まれている。そこで、例えば図4に示すようなナイフ31の刃部314に対して、ショットピーニング等の加工誘起マルテンサイト化処理を施すようにしてもよい。これにより、把持部312には比較的多くのオーステナイト相が含まれている状態が維持される一方、刃部314ではマルテンサイト変態が生じ、オーステナイト相の一部または全部がマルテンサイト相に変化する。その結果、刃部314の硬度が相対的に高くなり、刃部314の切れ味が高くなるとともに刃こぼれや傷付きの抑制を図ることができる。また、刃部314の鏡面性が高くなり、美的外観をより高めることができる。さらに、把持部312の靭性等は維持されるため、手になじみやすい把持部312を実現することができる。
なお、このように装飾品の一部をマルテンサイト化する処理は、必要に応じてナイフ以外の装飾品に適用してもよい。
以上、本発明の装飾品、皮膚接触材料、粉末冶金用金属粉末および装飾品の製造方法について、好適な実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、上記において列挙した装飾品は、一例であり、本発明はそれ以外の装飾品にも適用可能である。
また、本発明の装飾品の製造方法には、任意の工程が追加されてもよい。
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.テストピースの製造
(サンプルNo.1)
[1]まず、表1に示す合金組成の原材料を高周波誘導炉で溶融するとともに、水アトマイズ法により粉末化して金属粉末を得た。次いで、目開き150μmの標準ふるいを用いて分級した。なお、Nは、Crに結合させた状態(窒化クロムの状態)で原材料に含ませた。また、合金組成の特定には、SPECTRO社製固体発光分光分析装置(スパーク発光分析装置)、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08Aを用いた。また、C(炭素)の定量分析には、LECO社製炭素・硫黄分析装置、CS−200を用いた。さらに、N(窒素)の定量分析には、LECO社製酸素・窒素分析装置、TC−300/EF−300を用いた。
[2]次に、金属粉末と、ポリプロピレンおよびワックスの混合物(有機バインダー)とを、質量比で9:1となるように秤量して混合し、混合原料を得た。
[3]次に、この混合原料を混練機で混練し、混練物を得た。
[4]次に、この混練物を、以下に示す成形条件で、射出成形機で成形し、成形体を作製した。
<成形条件>
・材料温度:150℃
・射出圧力:11MPa(110kgf/cm2)
[5]次に、この成形体を以下の脱脂条件で脱脂し、脱脂体を得た。
<脱脂条件>
・加熱温度 :470℃
・加熱時間 :1時間
・加熱雰囲気:窒素雰囲気
[6]次に、得られた脱脂体を、以下の焼成条件で焼成し、焼結体を得た。これによりテストピースを得た。
<焼成条件>
・加熱温度 :1300℃
・加熱時間 :3時間
・加熱雰囲気:アルゴン雰囲気
(サンプルNo.2〜17)
製造条件を表1に示す条件にした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.18〜21)
原材料を高周波誘導炉で溶融する際、溶融金属中に窒素ガスを注入した。この際、注入時間を適宜変更することにより、Nの含有率を変えるようにした。
そして、それ以外の製造条件を表1に示すようにした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.22〜25)
まず、Nを含まない原材料を用いて、それぞれサンプルNo.1と同様にして金属粉末を得た。
次に、この金属粉末を用いるとともに、焼成条件の加熱雰囲気をアルゴン50体積%と窒素50体積%の混合ガス雰囲気に替えるようにした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様に焼結体を得た。この際、窒素ガスの分圧を適宜変更することにより、焼結体中に含まれるNの含有率を変えるようにした。
そして、それ以外の製造条件を表2に示すようにした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.26、27)
まず、Nを含まない原材料を用いて、それぞれサンプルNo.1と同様にして金属粉末を得た。
次に、この金属粉末を用いるようにした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.28、29)
表2に示す合金組成の原材料を高周波誘導炉で溶融した後、鋳型に溶融金属を流し込み、それぞれ鋳造体を得た。これにより、テストピースを得た。
(サンプルNo.30〜32)
製造条件を表2に示す条件にした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
(サンプルNo.33〜35)
表2に示す合金組成の原材料を高周波誘導炉で溶融した後、鋳型に溶融金属を流し込み、それぞれ鋳造体を得た。これにより、テストピースを得た。
(サンプルNo.36〜38)
原材料を高周波誘導炉で溶融する際、溶融金属中に窒素ガスを注入した。この際、注入時間を適宜変更することにより、Nの含有率を変えるようにした。
そして、それ以外の製造条件を表2に示すようにした以外は、それぞれサンプルNo.1と同様にしてテストピースを得た。
なお、各表においては、各サンプルNo.の金属粉末およびテストピースのうち、本発明に相当するものについては「実施例」、本発明に相当しないものについては「比較例」と示した。
2.テストピースの評価
2.1 全Si量および酸化ケイ素として含まれるSiの含有率の測定
各サンプルNo.のテストピースについて、重量法およびICP発光分光法により、全Si量および酸化ケイ素として含まれるSiの含有率を測定した。測定結果を表3、4に示す。
2.2 X線回折法による結晶構造の評価
各サンプルNo.のテストピースについて、X線回折法による結晶構造解析に供した。そして、得られたX線回折パターンに含まれていた各ピークの高さや位置を、ICDDカードに掲載されたデータベースと照合することにより、テストピースに含まれる結晶構造の同定を行った。その上で、Coに起因するピークのうち最も高いピークの高さを1としたときの、Co3Moに起因するピークのうち最も高いピークの高さの比率を算出した。算出結果を表3、4に示す。
2.3 空孔、デンドライト相および結晶組織のアスペクト比の評価
各サンプルNo.のテストピースの断面を研磨し、得られた研磨面を走査型電子顕微鏡で観察して観察像上において空孔が占める領域を特定した。そして、空孔が占める領域の平均径(これを空孔の平均径とみなす)を計測するとともに、観察像の全面積に対する空孔が占める領域の面積の割合(面積率)を算出した。
また、得られた研磨面を走査型電子顕微鏡で観察し、観察像上において樹枝状組織がどの程度存在しているかどうかを確認することにより、デンドライト相の存在の程度を以下の評価基準にしたがって評価した。
<デンドライト相の評価基準>
◎:デンドライト相がほとんど存在しない
○:デンドライト相がわずかに存在する(面積率10%以下)
△:デンドライト相がやや多く存在する(面積率10%超20%以下)
×:デンドライト相が非常に多く存在する(面積率20%超)
また、得られた研磨面を走査型電子顕微鏡で観察し、観察像上において結晶組織のアスペクト比の平均値を算出した。
以上の評価結果を表3、4に示す。
2.4 ビッカース硬度の測定
各サンプルNo.のテストピースの表面について、ビッカース硬度を測定した。測定した結果を表3、4に示す。
2.5 耐食性の評価
2.5.1 金属の溶出量の評価
各サンプルNo.のテストピースについて、JIS T 0304に規定された金属系生体材料の溶出試験方法に準拠して金属元素ごとの溶出量(単位面積当たりの溶出量)を測定した。なお、試験溶液には、乳酸1mLに対して超純水99mLの割合で混合した溶液を用いた。この溶液のpHは2.3、温度は37℃であった。また、溶液の使用量はテストピースの表面積8cm2当たり50mLに相当する量とし、試験時間は7日間とした。そして、測定した結果を、以下の評価基準に基づいて評価した。
<金属の溶出量の評価基準>
◎:各金属元素の溶出量が非常に少ない(0.5μg/cm2未満)
○:各金属元素の溶出量が少ない(0.5μg/cm2以上1μg/cm2未満)
△:各金属元素の溶出量が多い(1μg/cm2以上2μg/cm2未満)
×:各金属元素の溶出量が非常に多い(2μg/cm2以上)
以上の評価結果を表3、4に示す。
2.5.2 人工汗に対する耐性の評価
各サンプルNo.のテストピースについて、JIS B 7001に規定された時計の試験方法のうち、耐食試験の方法に準拠して評価した。具体的には、テストピースに対して人工汗を噴霧した後、40℃の温度で24時間保持した。次いで、このテストピースと、この試験に供されなかったテストピースとを比較して、錆、変色等の表面状態の変化の有無を確認した。そして、以下の評価基準にしたがって評価した。
<表面状態の変化の評価基準>
◎:錆または変色が全く認められない
○:拡大鏡で観察すると変色が認められる
△:肉眼でも変色が認められる
×:錆が認められる。
以上の評価結果を表3、4に示す。
2.6 0.2%耐力、伸びおよびヤング率の測定
各サンプルNo.のテストピースについて、JIS T 6118に規定された歯科メタルセラミック修復用貴金属材料の機械的性質の試験方法に準拠して0.2%耐力および伸びを測定した。
また、JIS T 6004に規定された歯科用金属材料の試験方法に準拠してヤング率を求めた。
以上の測定した結果を表3、4に示す。
2.7 表面の鏡面性の評価
各サンプルNo.のテストピースに対して、まず、バレル研磨処理を施した。
次いで、JIS Z 8741に規定された鏡面光沢度の測定方法に準拠してテストピース表面の鏡面光沢度を測定した。なお、テストピース表面に対する光の入射角は60°とし、鏡面光沢度を算出するための基準面には、鏡面光沢度90、屈折率1.500のガラスを用いた。そして、測定された鏡面光沢度を、以下の評価基準にしたがって評価した。
<鏡面光沢度の評価基準>
◎:表面の鏡面性が高い(鏡面光沢度が200以上)
○:表面の鏡面性がやや高い(鏡面光沢度が100以上200未満)
△:表面の鏡面性がやや低い(鏡面光沢度が30以上100未満)
×:表面の鏡面性が低い(鏡面光沢度が30未満)
以上の評価結果を表3、4に示す。
2.8 磁化率の評価
各サンプルNo.のテストピースに対して磁化率を測定した。そして、測定された磁化率を、以下の評価基準にしたがって評価した。
<磁化率の評価基準>
◎:磁化率が低い(磁化率が2×106[cm3/g]以下)
〇:磁化率がやや低い(磁化率が2×106[cm3/g]超2.5×106[cm3/g]以下)
△:磁化率がやや高い(磁化率が2.5×106[cm3/g]超3×106[cm3/g]以下)
×:磁化率が高い(磁化率が3×106[cm3/g]超)
以上の評価結果を表3、4に示す。
表3、4から明らかなように、各実施例に相当するテストピースは、耐食性に優れたものであることがわかった。また、適度なビッカース硬度を有し、0.2%耐力およびヤング率が比較的大きいことが認められた。このことから、各実施例に相当するテストピースは、表面の鏡面性が高いものであることが認められた。
3.N濃度と硬度との関係の評価
まず、表5に示す合金組成を有する各サンプルNo.39〜45のテストピースを製造した。
次いで、前述した「2.4 ビッカース硬度の測定」の要領で、各サンプルNo.39〜45のテストピースのビッカース硬度を測定した。測定結果を表5および図5に示す。
表5および図5から明らかなように、テストピース中のN濃度とビッカース硬度との間には、特定のN濃度で硬度が極小となる関係性が認められた。硬度が適度に小さくなるとき、テストピースの靭性が高くなり、引張強さや耐力等の向上が見られる。硬度が極小値近傍では、硬度と耐力とのバランスが良好であり、耐摩耗性、傷の付き難さ、耐衝撃性等に優れた装飾品が得られる。