JP6434805B2 - 高分子材料のシミュレーション方法 - Google Patents

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Description

本発明は、緩和弾性率を計算するための高分子材料のシミュレーション方法に関する。
近年、ゴム、樹脂等のエラストマーを含む高分子材料の開発のために、高分子材料の性質を、コンピュータを用いて評価するためのシミュレーション方法(数値計算)が種々提案されている(例えば、下記特許文献1参照)。
この種のシミュレーション方法では、先ず、高分子材料の分子鎖をモデル化した分子鎖モデルが設定される。次に、予め定められたセル内に分子鎖モデルが配置され、高分子材料モデルが設定される。そして、分子動力学( Molecular Dynamics : MD )に基づいて、高分子材料モデルの緩和計算が行われる。
特開2013−195220号公報
上記のようなシミュレーション方法を利用して、例えば、緩和弾性率が計算される場合がある。緩和弾性率とは、歪が与えられた粘弾性体の弾性率の変化を示す指標である。一般に、高分子材料の緩和弾性率の計算には多くの時間が必要とされている。
ところで、複数種類の高分子成分が混合されてなる混合系高分子材料においても、セル内に複数種類の分子鎖モデルを配置した高分子材料モデルを設定することにより、混合系高分子材料の全体の緩和弾性率を計算することが可能である。
しかしながら、上述した手法により混合系高分子材料の緩和弾性率を計算する場合、各高分子成分の混合比率すなわち混合系高分子材料の全体に対する各高分子成分の体積分率が変更されるたびに、高分子材料モデルを再設定し、緩和弾性率を再計算する必要があることから、膨大な時間を要していた。
本発明は、以上のような実状に鑑み案出されたもので、混合系高分子材料の緩和弾性率を短時間で計算できる高分子材料のシミュレーション方法を提供することを主たる目的としている。
本発明は、複数種類の高分子成分が混合されてなる混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)を予測する高分子材料のシミュレーション方法であって、前記各高分子成分毎に、単体での緩和弾性率Gi(t)を計算する第1工程と、各高分子成分毎に、前記混合系高分子材料の全体に対する体積分率φiを設定する第2工程と、前記第1工程によって計算された前記緩和弾性率Gi(t)及び前記第2工程によって設定された前記体積分率φiを用いて、下記式(1)で、前記混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)を計算する第3工程とを含むことを特徴とする。
1/Gall(t) =φ1/G1(t)+φ2/G2(t)+・・・+φi/Gi(t)
=Σ(φi/Gi(t)) (1)
ただし、Gall(t) :混合系高分子材料の全体の緩和弾性率
φi :各高分子成分の混合系高分子材料全体に対する体積分率で、 i は1以上の整数
i(t) :各高分子成分の単体での緩和弾性率で、i は1以上の整数
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)は、前記各高分子成分がガラス状態にあるガラス領域での緩和弾性率Gi(t)を含み、前記第1工程において、少なくとも前記ガラス領域での前記緩和弾性率Gi(t)は、全原子モデル又はユナイテッドアトムモデルでモデル化された分子鎖モデルを用いた分子動力学によって計算されることが望ましい。
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記第1工程は、500K以下の温度条件の下で行なわれることが望ましい。
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記分子鎖モデルの重合度は、50以下であることが望ましい。
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)は、前記各高分子成分がゴム状態にあるゴム領域での緩和弾性率Gi(t)を含み、前記第1工程において、少なくとも前記ゴム領域での前記緩和弾性率Gi(t)は、管模型でモデル化された分子鎖モデルを用いて計算されることが望ましい。
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)は、前記ガラス領域と前記ゴム領域との中間の領域である転移領域での緩和弾性率Gi(t)を含み、前記第1工程において、少なくとも前記転移領域の前記緩和弾性率Gi(t)は、粗視化モデルでモデル化された分子鎖モデルを用いた分子動力学によって計算されることが望ましい。
本発明に係る前記高分子材料のシミュレーション方法において、前記第1工程では、1つのセル内に8本以上の前記分子鎖モデルを配置した材料モデルを用いて周期境界条件の下で、分子動力学計算を行なう工程を含むことが望ましい。
本発明は、各高分子成分毎に、単体での緩和弾性率Gi(t)を計算する第1工程と、各高分子成分毎に、混合系高分子材料の全体に対する体積分率φiを設定する第2工程と、緩和弾性率Gi(t)及び体積分率φiを用いて、混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)を計算する第3工程とを含んでいる。第3工程では、第1工程によって計算された緩和弾性率Gi(t)及び第2工程によって設定された体積分率φiが下記式(1)に代入され、混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が計算される。
1/Gall(t) =φ1/G1(t)+φ2/G2(t)+・・・+φi/Gi(t)
=Σ(φi/Gi(t)) (1)
ただし、Gall(t) :混合系高分子材料の全体の緩和弾性率
φi :各高分子成分の混合系高分子材料全体に対する体積分率で、 i は1以上の整数
i(t) :各高分子成分の単体での緩和弾性率で、i は1以上の整数
上記式(1)において、各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)は、各高分子成分の体積分率φiによる重み付けを考慮したうえで処理され、混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が近似的に計算されうることが、発明者によって見出された。
ここで、第1工程によって計算された緩和弾性率Gi(t)は、各高分子成分毎に固有のものであり、各高分子成分の混合比率に依存しない。従って、各高分子成分の混合比率を変更する場合にあっても、変更前の第1工程で既に算出している緩和弾性率Gi(t)をそのまま用いることができる。これにより、第2工程及び第3工程と比較して、膨大な計算時間を必要とする第1工程を再度実行することなく、混合比率を変更した混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が計算可能となる。
本発明のシミュレーション方法を実行するためのコンピュータの斜視図である。 本発明のシミュレーション方法を用いて緩和弾性率が計算される混合系高分子材料モデルの1つのセルを示す斜視図である。 ポリスチレンの構造式である。 分子鎖モデルの概念図である。 混合系高分子材料の全体の緩和弾性率を示すグラフである。 抵抗が並列に接続された電気回路の一部を示す回路図である。 本実施形態のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。 図7の第1工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。 混合系高分子材料を構成する第1高分子成分の高分子材料モデルの1つのセルを示す斜視図である。 図7の第1工程で計算された各高分子成分の単体での緩和弾性率を示すグラフである。 本実施形態のシミュレーション方法によって計算された混合系高分子材料の全体の緩和弾性率と、従来のシミュレーション方法によって計算された混合系高分子材料の全体の緩和弾性率とを比較するグラフである。 緩和弾性率のガラス領域、転移領域及びゴム領域を示すグラフである。
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本実施形態の高分子材料のシミュレーション方法(以下、単に「シミュレーション方法」ということがある)は、コンピュータを用いて、高分子材料の緩和弾性率を計算するための方法である。
図1は、本発明のシミュレーション方法を実行するためのコンピュータ1の斜視図である。コンピュータ1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含んでいる。この本体1aには、例えば、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及びディスクドライブ装置1a1、1a2が設けられる。また、記憶装置には、本実施形態のシミュレーション方法を実行するための処理手順(プログラム)が予め記憶される。
高分子材料としては、例えば、ゴム、樹脂等のエラストマーが含まれる。本実施形態の高分子材料は、複数種類の高分子成分が混合されてなる混合系高分子材料である。
図2は、本実施形態のシミュレーション方法を用いて緩和弾性率が計算される混合系高分子材料モデル10の1つのセル(空間)11を示している。混合系高分子材料モデル10の1つのセル11内には、複数種類の高分子成分の分子鎖モデル2が配置されている。複数種類の高分子成分の例としては、ポリスチレンの含有量が異なるSBR(スチレン・ブタジエンゴム)が挙げられる。より具体的には、ポリスチレンの含有量が20%のSBRとポリスチレンの含有量が25%のSBRとが、予め定められた混合比率に従って配置されている。
本実施形態のセル11は、互いに向き合う三対の平面12、12を有する立方体として定義されている。各平面12には、周期境界条件が定義されている。これにより、セル11では、例えば、一方の平面12aから出て行った分子鎖モデル2の一部が、反対側の平面12bから入ってくるように計算されうる。従って、一方の平面12aと、反対側の平面12bとが連続している(繋がっている)ものとして扱われる。
図3は、ポリスチレンの構造式である。このポリスチレンを構成する分子鎖Mcは、スチレンから構成されるモノマーが、重合度(分子量)Mnで連結されている。なお、本発明のシミュレーション方法では、ポリスチレン以外の高分子材料が用いられてもよい。
本実施形態のシミュレーション方法では、コンピュータ1に、高分子材料の分子鎖Mc(図2に示す)をモデル化した分子鎖モデル2が設定され、その緩和弾性率が計算される。
図4は、本実施形態の分子鎖モデル2の概念図である。分子鎖モデル2は、例えば、複数の粒子モデル3と、粒子モデル3、3間を結合するボンドモデル4とを含む全原子モデルとして構成されている。これらの粒子モデル3及びボンドモデル4は、分子鎖Mcのモノマーをなす単位構造6(図3に示す)に基づいて、互いに連結されることにより、モノマーモデル7が設定される。このモノマーモデル7が、重合度Mnに基づいて連結されることにより、分子鎖モデル2が設定される。
粒子モデル3は、後述する分子動力学計算に基づいたシミュレーションにおいて、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、粒子モデル3は、質量、電荷、又は、初期座標などのパラメータが定義される。本実施形態の粒子モデル3は、分子鎖Mcの炭素原子をモデル化した炭素粒子モデル3C、及び、分子鎖Mcの水素原子をモデル化した水素粒子モデル3Hを含んでいる。
ボンドモデル4は、粒子モデル3、3間を拘束するものである。本実施形態のボンドモデル4は、炭素粒子モデル3C、3Cを連結する主鎖4a、及び、炭素粒子モデル3Cと水素粒子モデル3Hとの間を連結する側鎖4bとを含んでいる。
粒子モデル3、3間には、相互作用(斥力及び引力を含む)が生じさせるポテンシャルが定義される。ポテンシャルには、ボンドモデル4を介して隣り合う粒子モデル3、3間に定義される第1ポテンシャルP1と、ボンドモデル4を介さずに隣り合う粒子モデル3、3間に定義される第2ポテンシャルP2とが定義される。なお、複数の分子鎖モデル2が定義される場合は、分子鎖モデル2、2間の粒子モデル3、3間にも、第2ポテンシャルP2が定義される。
図5は、本実施形態のシミュレーション方法を用いて計算される混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)である。緩和弾性率Gall(t)は、時間tの関数である。図5では、緩和弾性率Gall(t)の対数をとった値logGall(t)と、時間tの対数をとった値logtとの関係が示されている(以下、図10、11、12においても同様)。混合系高分子材料がタイヤに用いられる場合、緩和弾性率Gall(t)は、タイヤのグリップ性能や転がり抵抗性能と関わりがあるとして注目されている。
ところで、図6は、複数種類の抵抗値R1(Ω)の第1抵抗101、抵抗値R2(Ω)の第2抵抗102、抵抗値R3(Ω)の第3抵抗103、・・・、抵抗値Ri(Ω)の第i抵抗100+i(iは1以上の整数)が並列に接続されてなる電気回路の一部を示している。図6に示される電気回路の端子T1−T2間の抵抗値、すなわち第1抵抗101〜第i抵抗100+iの合成抵抗値Rallは、下記式(2)で示される。
1/Rall =1/R1+1/R2+1/R3・・・+1/Ri
=Σ(1/Ri) (2)
抵抗値Rは、電圧が印加された導体の電流の流れにくさを表す指標である。一方、緩和弾性率G(t)は、外力を受けた粘弾性物質の変形のしにくさ(固さ)を表す指標とも考えることができる。発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、抵抗値Rと緩和弾性率G(t)とは、互いに類似した概念であり、複数種類の高分子成分が混合されてなる混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)も、抵抗が並列に接続された電気回路の合成抵抗値allと同様に計算できるとの知見を得た。
さらに、混合系高分子材料の場合、各高分子成分の混合比率によって全体の緩和弾性率Gall(t)は変化する。すなわち、混合比率の大きい高分子成分は、全体の緩和弾性率Gall(t)に及ぼす影響が大きい。そこで発明者らは、さらなる研究を重ねた結果、上記式(2)に混合比率による重み付けを付加し、ついに、混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が下記式(1)によって近似的に計算されうることを見出した。
1/Gall(t) =φ1/G1(t)+φ2/G2(t)+・・・+φi/Gi(t)
=Σ(φi/Gi(t)) (1)
ただし、φi :各高分子成分の混合系高分子材料全体に対する体積分率で、 i は1以上の整数
i(t) :各高分子成分の単体での緩和弾性率で、i は1以上の整数
ここで、各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)は、その計算に膨大な計算時間を必要とするが、各高分子成分毎に固有のものであり、各高分子成分の混合比率に依存しない。従って、最初に各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)を算出しておけば、各高分子成分の混合比率を変更する場合にあっても、既に算出している緩和弾性率Gi(t)をそのまま用いることができる。すなわち、各高分子成分の体積分率φiを変更しつつ、最初に算出した緩和弾性率Gi(t)を上記式(1)に代入することにより、混合比率を変更した混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が容易かつ短時間で計算可能となる。
図7は、本実施形態のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。本シミュレーション方法は、コンピュータ1が、各高分子成分毎に、単体での緩和弾性率Gi(t)を計算する第1工程S1と、各高分子成分毎に、混合系高分子材料の全体に対する体積分率φiを設定する第2工程と、コンピュータ1が、緩和弾性率Gi(t)及び体積分率φiを用いて、混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)を計算する第3工程とを含んでいる。
図8は、第1工程S1で各高分子成分の緩和弾性率Gi(t)を計算する処理手順の一例を示している。本実施形態の混合系高分子材料は、第1高分子成分及び第2高分子成分とが混合されてなる。第1高分子成分として、例えば、ポリスチレンの含有量が20%のSBRが適用されている。また、第2高分子成分として、例えば、ポリスチレンの含有量が25%のSBRが適用されている。以下、第1高分子成分の緩和弾性率G(t)を計算する処理手順について説明する。
工程S11では、コンピュータ1上で、複数の分子鎖モデル2が配置された高分子材料モデル20が設定され、コンピュータ1に記憶される。
図9は、工程S11において設定される第1高分子成分の高分子材料モデル20の1つのセル21を示している。高分子材料モデル20の概要は、図2に示される混合系高分子材料モデル10と同様である。すなわち、セル21は、互いに向き合う三対の平面22、22を有する立方体として定義されている。各平面22には、周期境界条件が定義され、一方の平面22aと、反対側の平面22bとが連続しているものとして扱われる。高分子材料モデル20の1つのセル21内には、第1高分子成分の分子鎖モデル2がランダムに配置されている。従って、高分子材料モデル20は、緩和計算がなされていない初期の高分子材料モデルである。
図8において、工程S12では、分子動力学計算における温度条件が設定され、コンピュータ1に記憶される。さらに工程S13では、粒子モデル3(図4参照)のポテンシャルに基づいて、分子鎖モデル2の人為的な初期配置が緩和される。そして工程S14では、体積及び温度が一定、又は圧力及び温度が一定の定常状態が計算され、工程S15では、分子動力学計算にて高分子材料モデル20に生ずる応力が計算される。
分子動力学計算では、例えば、所定の時間、分子鎖モデル2が古典力学に従うものとして、ニュートンの運動方程式が適用される。そして、各時刻での粒子モデル3の動きが、単位時間毎に追跡され、高分子材料モデル20に生ずる応力が計算される。このような構造緩和の計算は、例えば(株)JSOL社製のソフトマテリアル総合シミュレーター(J−OCTA)に含まれるCOGNACを用いて処理することができる。
そして、工程S16では、工程S15にて計算された応力の変化(揺らぎ)に基づいて、緩和弾性率G(t)が計算される。緩和弾性率G(t)は、所定の時間幅tにおいて、歪が与えられた粘弾性体の弾性率の変化を示す指標である。緩和弾性率G(t)は、下記式(3)で計算される。



ここで、
V :空間の体積
:ボルツマン定数
T :絶対温度
σxy:応力
xy:任意の直交する2方向
τ :時刻
t :時間幅
上記式(3)において、<σxy(t+τ)×σxy(τ)>は、所定の時間内において、時刻τの応力σxyと、時刻(t+τ)の応力σxyとの積を、あらゆる時刻τについて平均(アンサンブル平均)したものである。工程S16で計算された緩和弾性率G(t)は、時間幅tごとにコンピュータ1に記憶される。
その後、工程S17では、予め定められた終了時刻に到達したか否か、が判断される。終了時刻は、緩和現象の発現及び緩和弾性率G(t)の計算時間を考慮して、適宜定められる。
工程S17において終了時刻に到達していない場合は(工程S17においてN)、工程S18で時間幅tを1つ増加させ、工程S15に戻って、高分子材料モデル20に生ずる応力が計算される。一方、工程S17において終了時刻に到達している場合は(工程S17においてY)、第1高分子成分の緩和弾性率G(t)の計算を終了する。これにより、工程S14で高分子材料モデル20に変形が与えられてから、上記終了時刻までの緩和弾性率G(t)が得られる。第2高分子成分以降の緩和弾性率G(t)、・・・についても、同様に計算される。
図10は、第1工程S1(図7参照)においてコンピュータ1によって計算された第1高分子成分の単体での緩和弾性率G(t)及び第2高分子成分の単体での緩和弾性率G(t)が示されている。図10において、第1高分子成分の緩和弾性率G(t)は実線で、第2高分子成分の緩和弾性率G(t)は一点鎖線で示されている。なお、混合される高分子成分が3以上である場合も、同様に示される。
図7に示される第2工程S2では、各高分子成分毎に、混合系高分子材料の全体に対する体積分率φiが設定される。体積分率φiの総和Σφi=1となるように、体積分率φiが設定される。例えば、第1高分子成分及び第2高分子成分が同一の混合比で混合される場合、φ=φ=0.5となる。設定された体積分率φiは、コンピュータ1に入力され、記憶される。
第3工程S3では、上記式(1)に体積分率φ、φ及び緩和弾性率G(t)、G(t)が代入され、混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が算出される。第2工程S2における体積分率φiの設定及び第3工程S3における緩和弾性率Gall(t)の計算は、簡素な処理によって短時間で完了する。これらに要する時間は、第1工程S1における緩和弾性率Gi(t)の計算に要する時間と比較すると無視できるレベルである。
図11には、図7のシミュレーション方法によって上記式(1)を用いて計算された混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が、実線で示されている。また、図2に示される混合系高分子材料モデル10から直接的に計算された全体の緩和弾性率G’all(t)が破線で示されている。図11から明らかなように、本実施形態のシミュレーション方法で計算された緩和弾性率Gall(t)は、直接的に計算された緩和弾性率G’all(t)と非常によく一致しており、混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が下記式(1)によって近似的に計算されうる。
さらに図7に示されるように、本シミュレーション方法では、各高分子成分の混合比率を変更する場合にあっても、第1工程S1で既に算出している緩和弾性率Gi(t)をそのまま用いることができる。すなわち、各高分子成分毎の混合系高分子材料の全体に対する体積分率φiを変更する場合は(工程S4においてY)、第2工程S2に戻って体積分率φiが再設定され、第3工程S3にて全体の緩和弾性率Gall(t)が再計算される。
既に述べたように、第2工程S2における体積分率φiの設定及び第3工程S3における緩和弾性率Gall(t)の計算は、極めて短時間で完了するため、混合比率を変更した混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)は、極めて短時間で計算することができる。
図12は、図7における第1工程S1で計算される第1高分子成分の単体での緩和弾性率G(t)である。第2高分子成分の単体での緩和弾性率G(t)、・・・についても同様であるので、以下、全ての高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)を代表して、緩和弾性率G(t)について説明する。
緩和弾性率G(t)は、ガラス領域A1、転移領域A2及びゴム領域A3を含んでいる。ガラス領域A1とは、第1高分子成分がガラス状態にある緩和弾性率G(t)の領域である。転移領域A2とは、第1高分子成分がガラス状態からゴム状態に転移する転移状態にある緩和弾性率G(t)の領域である。ゴム領域A3とは、第1高分子成分がゴム状態にある緩和弾性率G(t)の領域である。図12に示されるように、ガラス領域A1、転移領域A2、ゴム領域A3の順に時間スケールが大きくなる。
第1高分子成分の状態は、時間の経過に伴い、ガラス状態から転移状態を経てゴム状態に遷移する。図12中、ガラス状態とは、第1高分子成分に変形を与えた直後に、logG(t)が大きい値をとる状態である。ガラス状態では、logtの増加に対して、logG(t)が略一定の値となる状態を含む。転移状態とは、ガラス状態とゴム状態との中間の状態であって、logtの増加に対して、logG(t)が減少する状態を含む。ゴム状態とは、転移状態の後であって、logtの増加に対して、logG(t)が略一定の値となる状態を含む。
例えば、第1高分子成分がタイヤに用いられる場合、ガラス領域A1から転移領域A2にわたる領域での第1高分子成分の緩和弾性率G(t)は、タイヤのグリップ性能と関わりがある。一方、転移領域A2からゴム領域A3にわたる領域での第1高分子成分の緩和弾性率G(t)は、タイヤの転がり抵抗と関わりがある。従って、ガラス領域A1からゴム領域A3にわたって緩和弾性率G(t)を計算することにより、グリップ性能及び転がり抵抗性能に優れたタイヤを開発できる。
本実施形態のシミュレーション方法において、第1高分子成分がガラス状態にあるガラス領域A1での緩和弾性率G(t)は、例えば、全原子モデルでモデル化された分子鎖モデル2を用いた分子動力学によって計算されるのが望ましい。
全原子モデルとは、図4に示されるように、全ての炭素原子及び水素原子がモデル化された分子鎖モデル2である。全原子モデルの分子鎖モデル2を用いて取得された緩和弾性率G(t)は、小さな時間スケールで計算される反面、実際の高分子材料の緩和弾性率に、高い精度で近似させることができる。従って、全原子モデルの分子鎖モデル2を用いてガラス領域A1での緩和弾性率G(t)を計算することにより、正確な緩和弾性率G(t)を取得できる。
本実施形態の分子鎖モデル2は、全原子モデルとして構成されたものが例示されたが、これに限定されるものではない。分子鎖モデル2は、例えば、炭素原子と、炭素原子に結合した水素原子とを一体化して、一つの粒子モデル(図示省略)として扱うユナイテッドアトムモデル( united atom model )として構成されてもよい。ユナイテッドアトムモデルでは、全原子モデルと比較して、高分子鎖のモノマーの配置や、シス構造又はトランス構造を維持しつつ、水素原子を省略することができるため、緩和弾性率G(t)の計算時間を短縮することができる。
第1工程S1において、全原子モデル又はユナイテッドアトムモデルでモデル化された分子鎖モデルを用いた分子動力学によって緩和弾性率G(t)を計算する際には、500K以下の温度条件の下で実行されるのが望ましい。温度が500Kを超える場合、分子鎖モデル2の構造が変化したり(例えば、ブタジエンのcis−がtrans−に変化する)、計算落ちを招くおそれがある。
第1工程S1において、全原子モデル又はユナイテッドアトムモデルでモデル化された分子鎖モデル2を用いた分子動力学によって緩和弾性率G(t)を計算する際には、分子鎖モデル2の重合度Mnは、50以下であるのが望ましい。緩和現象が発現するまでの時間は、分子鎖モデル2の重合度Mnに依存する。重合度Mnが50を超える場合、緩和現象が発現するまでの時間が長くなり、緩和弾性率G(t)まで計算できなくなるおそれがある。
本実施形態のシミュレーション方法において、第1高分子成分が転移状態にある転移領域A2での緩和弾性率G(t)は、例えば、粗視化モデルでモデル化された分子鎖モデル2を用いた分子動力学によって計算されるのが望ましい。
粗視化モデルとは、図3において、モノマーをなす単位構造6が置換された粗視化粒子モデル(図示省略)と、粗視化粒子モデル間を連結する結合鎖モデル(図示省略)とを含む粗視化モデル(図示省略)として構成された分子鎖モデル2である。既に述べたように、転移領域A2での緩和弾性率G(t)は、ガラス領域A1での緩和弾性率G(t)に比べて、大きな時間スケールに分布している。粗視化モデルは、全原子モデルやユナイテッドアトムモデルに比べて簡素化されているので、緩和弾性率G(t)の計算時間が短縮される。従って、粗視化モデルは、ガラス領域A1よりも大きな時間スケールで緩和弾性率G(t)を計算することが求められる転移領域A2での計算に適する。
本実施形態のシミュレーション方法において、第1高分子成分がゴム状態にあるゴム領域A3での緩和弾性率G(t)は、例えば、管模型でモデル化された分子鎖モデル2を用いて計算されるのが望ましい。
管模型とは、からみ合った分子鎖が運動できる領域を管に見立てて、管の運動を解くモデルである。管模型では、分子鎖のからみ合い点は、管の折れ曲がり点として扱われる。からみ合い点は、緩和弾性率G(t)の計算中、他の分子鎖とのからみ合いによる力を受けて、セル21内を運動する。
管模型では、分子鎖Mcの詳細な原子構造には立ち入らず、からみ合い点間を繋ぐ伸縮可能な管によって一つの分子鎖Mcが表現される。このため、管模型は、上述した粗視化モデルと比較しても、より一層簡素化された分子鎖モデル2であり、緩和弾性率G(t)の計算時間が大幅に短縮される。従って、管模型は、転移領域A2よりもさらに大きな時間スケールで緩和弾性率G(t)を計算することが求められるゴム領域A3での計算に適する。
全原子モデルを用いて計算された緩和弾性率G(t)と、粗視化モデルを用いて計算された緩和弾性率G(t)と、管模型とを用いて計算された緩和弾性率G(t)と組み合わせる方法としては、例えば、「第62回高分子討論会予稿集1J13」に基づいて実施されうる。
ガラス領域A1と転移領域A2との境界及び転移領域A2とゴム領域A3との境界は、例えば、コンピュータ1の計算能力に応じて適宜設定されうる。
図9において、セル21に配置される分子鎖モデル2の本数については、適宜設定されうる。分子鎖モデル2の本数が少ないと、分子動力学の計算において、一方の平面22aから出て行き、かつ、反対側の平面22bから入ってきた分子鎖モデル2の一端側と、この分子鎖モデル2の他端側とがからまって、計算落ちを招くおそれがある。逆に、分子鎖モデル2の本数が多くても、運動方程式の質点として取り扱われる粒子モデルが増大し、多くの計算時間を要するおそれがある。このような観点より、セル21に配置される分子鎖モデル2の本数は、好ましくは8本以上であり、また、好ましくは、100本以下である。
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
第1高分子成分として、ポリスチレンの含有量が20%のSBRの分子鎖モデル2と、第2高分子成分として、ポリスチレンの含有量が25%のSBRの分子鎖モデル2とが設定された。表1の仕様に基づき、第1高分子成分及び第2高分子成分が3種類の混合比率で混合された混合系高分子材料が設定された。各混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が、図7に示される処理手順に従って計算され、その計算時間が測定された。比較例として、図2に示される混合系高分子材料モデル10から直接的に全体の緩和弾性率G’all(t)が計算され、その計算時間が測定された。


表1から明らかなように、実施例のシミュレーション方法は、比較例と比べて、3種類以上の混合比率で混合された混合系高分子材料が設定される場合に、各混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)が、短時間で計算できることが確認された。また、図11に示されるように、実施例で計算された緩和弾性率Gall(t)は、比較例で計算された緩和弾性率G’all(t)とよく一致していることが確認された。
2 分子鎖モデル
11 高分子材料モデル
21 セル
A1 ガラス領域
A2 転移領域
A3 ゴム領域
G(t) 緩和弾性率

Claims (7)

  1. 複数種類の高分子成分が混合されてなる混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)を予測する高分子材料のシミュレーション方法であって、
    前記各高分子成分毎に、単体での緩和弾性率Gi(t)を計算する第1工程と、
    各高分子成分毎に、前記混合系高分子材料の全体に対する体積分率φiを設定する第2工程と、
    前記第1工程によって計算された前記緩和弾性率Gi(t)及び前記第2工程によって設定された前記体積分率φiを用いて、下記式(1)で、前記混合系高分子材料の全体の緩和弾性率Gall(t)を計算する第3工程とを含むことを特徴とする高分子材料のシミュレーション方法。
    1/Gall(t) =φ1/G1(t)+φ2/G2(t)+・・・+φi/Gi(t)
    =Σ(φi/Gi(t)) (1)
    ただし、Gall(t) :混合系高分子材料の全体の緩和弾性率
    φi :各高分子成分の混合系高分子材料全体に対する体積分率で、 i は1以上の整数
    i(t) :各高分子成分の単体での緩和弾性率で、i は1以上の整数
  2. 前記各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)は、前記各高分子成分がガラス状態にあるガラス領域での緩和弾性率Gi(t)を含み、
    前記第1工程において、少なくとも前記ガラス領域での前記緩和弾性率Gi(t)は、全原子モデル又はユナイテッドアトムモデルでモデル化された分子鎖モデルを用いた分子動力学によって計算される請求項1記載の高分子材料のシミュレーション方法。
  3. 前記第1工程は、500K以下の温度条件の下で行なわれる請求項2記載の高分子材料のシミュレーション方法。
  4. 前記分子鎖モデルの重合度は、50以下である請求項2又は3に記載のシミュレーション方法。
  5. 前記各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)は、前記各高分子成分がゴム状態にあるゴム領域での緩和弾性率Gi(t)を含み、
    前記第1工程において、少なくとも前記ゴム領域での前記緩和弾性率Gi(t)は、管模型でモデル化された分子鎖モデルを用いて計算される請求項2記載の高分子材料のシミュレーション方法。
  6. 前記各高分子成分の単体での緩和弾性率Gi(t)は、前記ガラス領域と前記ゴム領域との中間の領域である転移領域での緩和弾性率Gi(t)を含み、
    前記第1工程において、少なくとも前記転移領域の前記緩和弾性率Gi(t)は、粗視化モデルでモデル化された分子鎖モデルを用いた分子動力学によって計算される請求項5記載の高分子材料のシミュレーション方法。
  7. 前記第1工程では、1つのセル内に8本以上の前記分子鎖モデルを配置した材料モデルを用いて周期境界条件の下で、分子動力学計算を行なう工程を含む請求項2乃至6のいずれかに記載の高分子材料のシミュレーション方法。
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