以下、この発明の好適な実施形態を詳細に説明する。尚、以下に述べる実施形態は、本発明の好適な具体例であるから、技術的に好ましい種々の限定が付されているが、本発明の範囲は、以下の説明において特に本発明を限定する記載がない限り、これらの実施形態に限られるものではない。
図2(a)に示すように、本実施形態に係る白熱電球1は、透光性気密容器2と、透光性気密容器の内部に配置されたフィラメント3と、フィラメント3における基体31の両端に電気的に接続されると共にフィラメント3を支持する一対のリード線4、5を備えて構成される。
透光性気密容器2は、例えばガラスバルブにより構成される。透光性気密容器2の内部は、10−1〜10−6Paの高真空状態となっている。なお、透光性気密容器2の内部に105〜10−1PaのO2、H2、ハロゲンガス、不活性ガス、並びにこれらの混合ガスを導入することによって、従来のハロゲンランプと同様に、可視光反射率低下膜を含むフィラメント上の昇華並びに劣化を抑制し、寿命の延伸効果を期待することが可能となる。
透光性気密容器2の封止部には、口金9が接合されている。口金9は、側面電極6と、中心電極7と、側面電極6と中心電極7とを絶縁する絶縁部8とを備える。リード線4の端部は、側面電極6に電気的に接続され、リード線5の端部は、中心電極7に電気的に接続されている。
本発明のフィラメントの形状は、高温に加熱できる形状であればどのような形状でもよく、例えばリード線から電流の供給を受けて発熱することができる線状、棒状、薄板状にすることができる。また、電流供給以外の方法により直接加熱される構造であってもよい。
図2(b)に示すように、本実施例に係るフィラメント3は、基体31と基体上に形成された可視光反射率低下膜32、可視光反射率低下膜32上に形成されたトップコート膜33とから構成されている。
可視光反射率低下膜32フィラメント3の光放射面のすべてに形成する。例えば、薄板状の基体では両面に形成され、線状の基体では基体表面を被覆するように形成する。また、トップコート膜33は、可視光反射率低下膜32上面のすべてに形成する。
図3に本発明のフィラメントの光学特性を示す。図3において、本発明のフィラメントの反射率R(実線)、放射率ε(一点鎖線)、本発明のフィラメントの放射スペクトル(点線)、黒体の放射スペクトル(二点鎖線)を示す。本発明のフィラメントは、図3に実線で示すように、波長700nm以下の可視光領域で、0%に近い低反射率を有し、波長4000nm以上の赤外光領域で100%に近い反射率を有する。具体的には、波長700nm以下の反射率が(20%以下)の低反射率であり、波長4000nm以上の赤外光領域の反射率が(90%以上)の高反射率であることが望ましい。また、その間の波長領域は、図3のように短波長側から長波長側に向かって、反射率が単調増加していることが望ましい。そのため、本発明のフィラメントは、電流供給等により加熱されることによって高効率に可視光を発する。この原理については、後述する。
また、本発明の光源用フィラメントは、2500K以上の高温においても上述の反射率の波長依存性を示す。
本発明のフィラメント3における基体31は、電流を流すことにより発熱する抵抗体であって、赤外波長の反射率が高く融点が2500K以上の高融点材料より形成される。例えばTa(融点3269K)、Os(融点3318K)、Ir(融点2716K)、Mo(融点2896K)、Re(融点3453K)、W(融点3653K)、Ru(融点2523K)、Nb(融点2740K)、およびHf(融点2503K)のうちのいずれか、または、これらのいずれかを含有する合金からなる融点が2500K以上の金属材料によって形成することができる。
本発明のフィラメント3における基体31は、材料金属の焼結や線引き等の公知の工程により作製される。基体31の形状は、線材、棒材、薄板等所望の形状に形成することができる。
また、本発明のフィラメント3における基体31の表面は、赤外波長域の反射率を向上させるために研磨されていることが望ましい。基体31の表面を研磨加工することにより、赤外波長域の反射率を大きくすることができる。例えば、波長4μm以上の赤外波長域で反射率が0.9以上であり、波長0.7μm以下の可視光波長域では反射率が0.6以下となるように研磨されていることが好ましい。具体的には、例えば、基体31の表面は、表面粗さ(中心線平均粗さRa)が1μm以下、最大高さ(Rmax)が10μm以下、および、十点平均粗さ(Rz)が10μm以下、のうちの少なくも1つを満たすことが好ましい。
本発明のフィラメント3における可視光反射率低下膜32は、基体31上に形成することにより、同じ基体のみからなるフィラメント(すなわち可視光反射率低下膜の形成されていない状態)と比較して、表面における可視光反射率を低下させることができる。そのため、可視光反射率低下膜を形成することにより、基体のみからなるフィラメントと比較して高い可視光光束効率を得ることができる。
可視光反射率低下膜32は、可視光に対して透明な、2300K以上の融点を有する誘電体から構成することができる。融点が2300K以上であれば、後述するトップコート膜33を備えることにより、誘電体の蒸発は抑制できるため、2500Kにおいてもその光学特性を維持することができる。例えば、2300K以上の融点を有する金属の酸化物膜、窒化物膜、炭化物膜、および、ホウ化物膜のいずれかを用いる。具体的には、HfC、TaC、ZrC、C、SiO2、MgO,ZrO2、Y2O3、6H−SiC(六方晶のSiC)、GaN、3C−SiC(立方晶のSiC)、HfO2、Lu2O3、Yb2O3、グラファイト、ダイヤモンド、CrZrB2、MoB、Mo2BC、MoTiB4、Mo2TiB2、Mo2ZrB2、MoZr2B4、NbB、Nb3B4、NbTiB4、NdB6、SiB3、Ta3B4、TiWB2、W2B、WB、WB2、YB4およびZrB12、のうちのいずれかの材料、もしくは、これらの材料を含有する混晶材料で構成することができる。また、これら材料のいずれかの材料からなる単層膜、もしくは、これらの材料の単層膜を複数種類積層した多層膜を用いることができる。
可視光反射率低下膜32は、電子ビーム蒸着法(EB法)、スパッタ法、CVD法、等種々の手法で成膜することが可能である。
可視光反射率低下膜は、可視光に対して透明であり、可視光反射率低下膜の表面で反射される可視光と、可視光反射率低下膜を透過して基体表面で反射される可視光とを打消しあわせることにより、フィラメント全体の可視光反射率を低下する。
可視光反射率低下膜32の膜厚は、その屈折率に応じた計算により、または実験またはシミュレーションにより、適切な値に設計されている。計算により設計する場合には、例えば、可視光に対する光学的光路長(λ/n0、ただし、n0は屈折率)が1/4波長程度になるように膜厚を設計する。実験またはシミュレーションにより設計する場合には、例えば、膜厚を種々変えて、フィラメントの反射率の膜厚依存性を求め、可視光全体の波長に対して反射率が最も低くなる膜厚を求める方法を用いることができる。
図4(a)に、各種可視光反射率低下膜の膜厚を変化させた場合におけるフィラメントの可視光光束効率についてのシミュレーション結果から求めた可視光反射率低下膜の膜厚の上限値を表で示す。該膜厚上限値以下で成膜することにより、フィラメントの可視光反射率を低下する機能を有する。屈折率nが1.7以上2.6以下の誘電体を用いる場合の可視光反射率低下膜の上限値は、55nm(屈折率2.6の場合)以上100nm(屈折率1.7の場合)以下であった。図4(a)には、併せて各種可視光反射率低下膜の屈折率と光学長(屈折率×膜厚)を示す。その結果、屈折率と膜厚上限値を掛けた光学長の値は、140〜180nmであった。つまり、可視光反射率低下膜は、光学長を140nm以下とすることで、確実に効果を得ることができる。
図4(b)は、図4(a)で示した、各種可視光反射率低下膜の屈折率と膜厚上限値との関係を示したグラフである。膜厚上限値dは、屈折率nを用いた下記近似式により与えられる。
d=−54.4×n+194.1
つまり、可視光反射率低下膜は、上記式より求まる膜厚上限値d以下で形成する。
本願発明のフィラメント3における可視光反射率低下膜32は、可視光領域における反射率が低く、赤外領域における反射率が高い。そのため、基体からの可視放射光成分をフィラメント外部へ効率よく放射する。また、可視光反射率低下膜は、基体からの赤外放射光成分を主として基体と可視光反射率低下膜との界面で基体側へ反射し、基体にこの赤外放射光成分を再吸収させて基体の再加熱に利用して、電力から可視光への変換効率を高めることができる。
本発明のフィラメント3におけるトップコート膜33は、赤外波長の反射率が高い高融点材料(融点2500K以上)により形成される。例えばTa、Os、Ir、Mo、Re、W、Ru、Nb、ZrおよびRhのうちのいずれか、または、これらのいずれかを含有する合金からなる融点が2500K以上の金属材料によって形成することができる。トップコート膜33を備えることにより、フィラメントの耐熱温度を向上することができる。
トップコート膜33は、温度範囲2500K以下における蒸発の線速度が、可視光反射率低下膜32の材料のそれより小さくなる材料を用いる。特に、温度範囲2500K以下における蒸発の線速度が、可視光反射率低下膜32の材料の70%以下であることが好ましい。また、温度範囲4000K以下における蒸発の線速度が、可視光反射率低下膜32の材料のそれより小さくなる材料を用いることが好ましい。
本願において、蒸発の線速度l(m/s)は、下記式(1)で示すことができる。
式(1)において、Tは温度(K)、pは温度Tにおける蒸気圧(pa)、Mは蒸発原子の原子量(g/mol)、γは密度(kg/m
3)である。
蒸発の線速度は物質が蒸発して薄くなっていく速度を表し、蒸発の線速度が小さくなれば蒸発が遅くなることを意味する。
図5に式(1)に基づいて求めた、各種トップコート膜材料の2500Kにおける蒸発の線速度を表で示す。図5において、可視光反射率低下膜の材料の代表例としてZrO2についても示した。尚、蒸発の線速度の計算式は「超高融点材料便覧 日ソ通信社」、蒸気圧は「真空ハンドブック 日本真空技術株式会社編 オーム社」を参照した。
図5において、いずれのトップコート膜33の材料も2500Kにおける蒸発の線速度が、ZrO2の2500Kにおける蒸発の線速度よりも小さく、63%以下である。また、他の温度においても2500Kにおける蒸発の線速度の大小関係は同様の傾向を示す。
トップコート膜33は、高温における可視光反射率低下膜32の蒸発を抑制して、フィラメント全体の上述の反射率を維持する。
トップコート膜33は、可視光反射率低下膜32表面を覆う連続膜であり、島状等の不連続膜ではない。また、トップコート膜33は、可視光反射率低下膜32によるフィラメントの可視光反射率低下作用を消失させない膜厚で形成する。そのため、トップコート膜33を形成した本発明のフィラメントの可視光反射率は、同じ基体のみで構成したフィラメントの可視光反射率と比較して小さい。
図6(a)は、トップコート膜の各膜厚に対する波長1000nmにおける反射率を示す。ガラス基板上にZrO2からなる可視光反射率低下膜と各種材料の各種膜厚のトップコート膜を形成したモデルサンプルについて、波長1000nmにおける反射率をシミュレーションにより求めた。また、図6(b)に、その結果をグラフに示した。
トップコート膜は、膜厚が厚くなるに従い、反射率が増加し、トップコート膜を構成する材料そのものの反射率に近づいて飽和する。そのため、トップコート膜33は、可視光反射率低下膜32によるフィラメントの可視光反射率低下作用を消失させないために、この飽和した反射率とならない膜厚で構成する。たとえば、W、Re、Os、Ta、Mo、Ir、Ruにより構成する場合は、それぞれ、50(W)、50(Re)、70(Os)、100(Ta)、60(Mo)、60(Ir)、30(Ru)nm以下とする。尚、シミュレーションは波長1000nmで行ったが、可視光領域の波長に対しても反射率は異なるが同膜厚に対して同様の傾向が確認できる。
本発明のフィラメントが高効率に可視光を発する原理について、黒体放射におけるキルヒホッフの法則に基づいて、以下に説明する。
自然対流熱伝達の無い条件下(例えば真空中)における材料(ここではフィラメント)の入力エネルギーに対するエネルギー損失は平衡状態では以下の式(2)で与えられる。
(数2)
P (total)=P(conduction)+P(radiation) ・・・(2)
ここで,P(total)は、全入力エネルギー,P(conduction)は、フィラメントに電流を供給するリード線を経て損失されるエネルギー,P(radiation)は、フィラメントが、加熱された温度で外部空間に光を放射して損失するエネルギーである。フィラメントは、その温度が2500K以上の高温になると,リード線を経て損失されるエネルギーはわずか5%程度になり,残りの95%以上のエネルギーは、光放射によって外部にエネルギー損失されるため,入力電力の殆ど全てのエネルギーを光に代えることが出来る。しかしながら,従来の一般的なフィラメントから放射される放射光の内,可視光成分の割合はわずか10%程度で,大部分が赤外放射光成分であるため,そのままでは効率の良い可視光源とはならない。
上記式(2)におけるP(radiation)の項は一般的に、下記式(3)で記述することができる。
と記述することが出来る。
式(3)においてε(λ)は、各波長における放射率,αλ
-5/(exp(β/λT)−1)の項は、プランクの放射則を示す。α=3.747×10
8 Wμm
4/m
2,β=1.4387×10
4 μmK,である。
また,ε(λ)は、キルヒホッフの法則によって反射率R(λ)と式(4)の関係にある。
(数4)
ε(λ)=1−R(λ) ・・・(4)
式(3)と式(4)を関連付けて議論すると、仮に反射率が全ての波長に亘って1である材料は、式(4)よりε(λ)=0となり、ひいては、式(3)における積分値が0となるため放射による損失が起こらなくなる。この物理的意味は、P(total)=P(conduction)となるため、少量の入力エネルギーでも光放射による損失が無く、フィラメントが非常に高い温度まで達することを意味している。一方、反射率が全ての波長に亘って0である材料は、完全黒体とよばれ、(4)式よりε(λ)=1となる。この結果、(3)式における積分値は最大となり、ひいては、放射による損失量が最大となる。通常の材料は、放射率ε(λ)が0< ε(λ)<1の間に存在し、かつ、その波長依存性は、劇的に変化することは無い(波長λ,温度Tに対する緩慢な依存性は存在する)。そのため、赤外から可視光領域における光放射は、図3の二点鎖線で示すように略可視から赤外領域に亘って均一に起こる。なお、図3では、議論を簡略化するため全波長領域でε(λ)=1として黒体放射スペクトルをプロットしている。
一方、図3に一点鎖線で示すように、本願発明のフィラメントのように、赤外光領域で略0%の放射率を有し,700nm以下の可視光領域で,略100%の放射率を有する材料を,真空中で加熱した熱放射は、以下の(5)式で表現出来る。尚、放射率は、物体が熱放射で放出する光のエネルギー(放射輝度)を、同温の黒体が放出する光(黒体放射)のエネルギーを1としたときの比である。
式(5)において、θ(λ−λ0) は、長波長から可視光のある波長λ0までは放射率が0であり、ある波長λ0よりも短波長の領域では放射率が1である階段関数的振る舞いを示す関数である。得られる放射スペクトルは階段関数的な放射率と黒体放射スペクトルを畳み込んだ形状となり、計算の結果は、図2の破線で示すスペクトルとなる。
即ち,式(5)の物理的意味は、フィラメントへの入力エネルギーの小さい低温領域では輻射損失が抑えられており、式(5)のP(radiation)の項が0となるため、エネルギー損失がP(conduction)のみとなり、非常に効率良くフィラメント温度が上昇する。一方、フィラメント温度が高温になり、黒体放射スペクトルのピーク波長がλ0より短くなるような温度領域になると,フィラメントに入力したエネルギーを図2の破線で示したスペクトルのように可視光放射として損失できる。
式(5)におけるθ(λ−λ0)は、上述のように長波長から可視光のある波長λ0までは放射率が0であり、ある波長λ0よりも短波長の領域では放射率が1である材料である。このような材料は、式(4)のキルヒホッフの法則により、図3に実線で示したように、波長λ0以下で反射率が0で、波長λ0よりも長波長領域で反射率が1となる。
従って、本発明のフィラメントのように、波長4000nm以上の赤外光領域で略0%の放射率を有し,700nm以下の可視光領域で略100%の放射率を有する(波長700nm以下の可視光領域で0%に近い低反射率を有し、波長4000nm以上の赤外光領域で100%に近い反射率を有する)ことにより、高温において高い可視光放射率を得ることができる。
具体的には、本発明のフィラメントは、波長λ0以下の可視光領域の反射率が20%以下の低反射率であり、波長λ0よりも長波長の所定の赤外光領域の反射率が90%以上の高反射率であると説明される。波長λ0以下の可視光領域とは、波長700nm以下で380nm以上であることが好ましく、波長750nm以下で380nm以上であることがより好ましい。反射率が90%以上の所定の赤外光領域とは、波長4000nm以上の赤外光領域であることが好ましく、波長1000nm以上の赤外光領域で反射率が90%以上である場合には更なる光束効率の向上を期待することが出来るため、より好ましい。なお、可視光域の反射率が20%以下であれば、可視光域よりも短い波長領域での反射率が20%を超えていても構わない。また、反射率が20%以下の可視光域と反射率が90%以上になる赤外光領域との間には、反射率が20%以下から90%以上まで変化する領域が存在するため、この領域の反射率が90%未満であっても構わない。そのため、波長750nm以上波長4000nm以下の波長領域は、反射率が20%より大きく90%未満であっても構わない。
尚、上述の反射特性を有するフィラメントの材料や構成について、従来の技術を調査したところ、以下の(a)〜(d)のような手法が公知であった。しかし、詳細に調査を行ってみると,これらの材料は、1000℃以上の温度には耐えられず、2000K以上の温度では、上述の反射特性(波長λ0=700nm以下の可視光域で反射率20%以下、赤外光領域で反射率90%以上)を達成できないものであった。
(a)基体上に電気メッキ等の手法を利用してクロム膜,ニッケル膜等を被覆する手法。(例えば,G. Zajac, et al. J. Appl. Phys. 51, 5544(1980).参照)
(b)アルミを陽極酸化して,表面上に多孔質ナノ構造を作製して,孔径,孔深さを制御して反射率を制御する手法。(例えば,A. Anderson, et al. J. Appl. Phys. 51, 754(1980).参照)
(c)誘電体中に金属微粒子を含んだ複合薄膜を形成する方法。複合薄膜の作製方法として,Cu,Cr,Co,Au,等の金属,またはPbS,CdS等の半導体を,酸化物またはフッ化物等の誘電体と同時に,蒸着,スパッター,またはイオン注入する。(例えば,J. C. C. Fan and S. A. Spura, Appl. Phys. Lett. 30, 511(1977). )
(d) 金属または半導体表面にフォトニック結晶構造を作製し反射率を制御する手法。(例えば,F. Kusunoki et al., Jpn. J. Appl. Phys. 43, 8A, 5253 (2004).)
以下、本発明の実施形態を具体的に説明する。
本発明の実施例に係る白熱電球10およびフィラメント3について説明する。
図2(a)は、本発明の実施例に係る白熱電球の概略断面図である
白熱電球1は、透光性気密容器2と、ガラスバルブからなる透光性気密容器の内部に配置されたフィラメント3と、フィラメント3における基体31の両端に電気的に接続されると共にフィラメント3を支持する一対のリード線4、5を備える。
フィラメント3は、本実施例において、線材形状のフィラメントをらせん状に巻き回した構造である。
本実施例において、基体31はIr線、可視光反射率低下膜32はZrO2、トップコート膜33はIrから構成されている。2500Kにおける蒸発の線速度は、Irが1.1×10−9m/sであり、ZrO2の1.7×10−9m/sである。つまり、トップコート膜33の2500Kにおける蒸発の線速度は、可視光反射率低下膜32の2500Kにおける蒸発の線速度より小さく、約63%である。そして、温度範囲2500K以下(特に温度範囲300K以上2500K以下)においても、トップコート膜33の蒸発の線速度は、可視光反射率低下膜32の蒸発の線速度より小さい。
Irからなる基体31は、中心線平均粗さ(Ra)が1μm以下、あるいは最大高さ(Rmax)が10μm以下、あるいは十点平均粗さ(Rz)が10μm以下となる程度に鏡面研磨されている。基体表面を鏡面構造とすることにより、赤外波長領域での反射率を高めることができるためである。
図7に鏡面研磨前のIr基体の反射率、図8に鏡面研磨後のIr基体の反射率を示す。図7および図8には、2500Kにおける黒体放射スペクトル、視感度曲線、反射率より算出した基体の放射スペクトルおよび可視領域における分光光度(放射スペクトルと視感度曲線の積により算出)を併せて示している。
鏡面研磨前のIr基体の表面粗さ、中心線平均粗さRaは3μm、鏡面研磨後のIr基体の中心線平均粗さRaは0.01μmであった。波長1〜10μmの赤外領域における反射率を比較すると、図8に示す鏡面状態の反射率は、図7に示す砂面状態の反射率と比較して10%以上向上している。波長3〜10μmの赤外領域における基体の表面の反射率は、鏡面研磨前では88%であるのに対し、鏡面研磨後98%であった。また、光束効率は、鏡面研磨前では13.2lm/Wであるのに対し、鏡面研磨後には17.1lm/Wとなり、鏡面研磨により約30%向上することができた。
尚、鏡面状態と比較して砂面状態において反射率が低下することは、砂面構造により光の多重散乱ならびに吸収が生じることに起因すると考えられる。
ZrO2からなる可視光反射率低下膜32は、50nmの膜厚で形成されている。ZrO2からなる可視光反射率低下膜32は、1nm以上70nm以下の膜厚範囲で形成することができる。1nm以上70nm以下の膜厚範囲で形成することにより基体自体の光束効率以上の(基体のみからなるフィラメントの光束効率以上の)高い光束効率を得ることができる。
図9にZrO2からなる可視光反射率低下膜の膜厚を変化させた場合におけるフィラメントの可視光光束効率についてのシミュレーション結果を示す。可視光光束効率は、各膜厚について測定した反射率データより算出した。75nm以下の膜厚において可視光反射率低下膜を形成することで、基体自体の光束効率以上の高い光束効率を得ることができることが確認できた。
Irからなるトップコート膜33は、10nmの膜厚で形成されている。Irからなるトップコート膜は、1nm以上60nm以下で形成することができる。1nm未満とすると島状構造の不連続膜となり可視光反射率低下膜表面を十分に覆うことが難しい。また、60nmを超えると、フィラメントの光学特性(特に可視光反射率)がIrの光学特性に近似して、可視光反射率低下膜による光束効率向上の効果を消失してしまう。
本実施例のフィラメントの反射率および耐熱性について、評価サンプルを作製して評価した。
評価サンプルは、Irリボン(サイズ5×100mm、0.1mm厚み)を鏡面研磨し、片面にZrO2膜を50nm、Ir膜を10nm、EB法にて順次成膜して作製した。
評価サンプルの耐熱性試験を以下の要領で行った。真空チャンバ内の電極に評価サンプルを取り付け、真空排気した後、真空あるいはガス導入して、評価サンプルに電流を流して2500Kまで加熱した。評価サンプルの裏面の色温度を測定することにより実温度を得た。加熱後室温まで温度を下げて、可視光反射率低下膜、およびトップコート膜が消失しているかについての表面観察を行った。また加熱後の評価サンプルについて反射率を測定した。
表面観察の結果、加熱前後における表面状態の変化は生じていなかった。つまり加熱後においても、可視光反射率低下膜およびトップコート膜は消失することなく、また状態変化することなく基体上に存在していた。
図10に評価サンプルの反射率を示す。尚、加熱前後において反射率の変化はなかったため、図10では加熱後の反射率を示す。2500Kにおける黒体放射スペクトル、視感度曲線、反射率より算出した基体の放射スペクトルおよび可視領域における分光光度(放射スペクトルと視感度曲線の積により算出)を併せて示している。
その結果、可視光の光束効率は22.8lm/Wとなり、Ir基体のみのフィラメントの光束効率(17.1lm/W)と比較して約30%向上することができた。また、2500Kの高温においてもこの高い光束効率を維持することができた。
[本発明の実施例1の製造方法]
次に、本発明の実施例1の白熱電球におけるフィラメントの製造方法について説明する。
まず、Ir線からなる基体の表面を研磨し、中心線平均粗さ(Ra)が1μm以下の鏡面とした。
次に、Irからなる基体の表面にEB法により、ZrO2からなる可視光反射率低下膜、Irからなるトップコート膜を順次成膜してフィラメントを構成した。
続いて、トップコート膜を成膜後、フィラメント全体を2500Kでアニール処理を行った。アニール処理は、1300以上3000K以下の温度範囲で行うことができ、可視光反射率低下膜の基体への密着性、トップコート膜の可視光反射率低下膜への密着性を高めるとともに可視光反射率低下膜やトップコート膜自体の膜質を高めることができる。アニール処理により基体と可視光反射率低下膜との間、および可視光反射率低下膜とトップコート膜との間で多少の固相拡散が生じて密着性が向上している。
比較例
以下に、本発明の比較例のフィラメントについて説明する。比較例のフィラメントは、実施例のフィラメントにおけるトップコートを備えていない点で、実施例のフィラメントと異なり、それ以外は実施例のフィラメントの構成と共通している。
比較例のフィラメントの反射率および耐熱性について、評価サンプルを作製して実施例のフィラメントと同様の評価を行った。つまり、比較例のフィラメントについての評価サンプルは、鏡面研磨したIrリボン(サイズ5×100mm、0.1mm厚み)の片面に50nmのZrO2膜をEB法にて成膜したものである。
2500Kの加熱後において表面観察を行ったところ、表面状態は加熱前と変化しており、ZrO2からなる可視光反射率低下膜が存在せずにIr基体の表面が露出した状態となっていた。つまり2500Kの加熱により、ZrO2からなる可視光反射率低下膜は、蒸発により消失したことが確認できた。
さらに、同じ評価サンプルを作製し、2300Kの加熱後において表面観察を行ったところ、表面状態は加熱前と変化がなく、ZrO2からなる可視光反射率低下膜の消失は生じなかった。
比較例の評価サンプルについて、加熱前後の反射率を比較すると、2300Kの加熱前後では反射率の変化は生じなかったのに対し、2500Kの加熱後は加熱前と比較して可視光領域の反射率が高いものとなった。可視光反射率低下膜がトップコート膜とともに消失したためと考える。
耐熱性の評価結果を実施例のものと比較する。比較例のフィラメントは、2300Kの耐熱性を有するが2500Kの耐熱性を有さないのに対し、実施例のフィラメントは、2500Kの耐熱性を有する。つまり、トップコート膜を形成することにより、耐熱性を向上できた。また、実施例において、温度範囲300K以上2500K以下における蒸発の線速度が可視光反射率低下膜それより小さい材料からなるトップコート膜を用いることにより、可視光反射率低下膜とトップコート膜の消失を防止できた。
尚、本発明の白熱電球、熱放射装置、熱電子放出装置、およびフィラメントは、上記した実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加えることは勿論である。
例えば、上記実施例では、可視光反射率低下膜32として、ZrO2を用いることを説明したが、上記した融点が2300K以上の他の誘電体材料を用いることも可能である。この場合、膜厚は、1nm以上、下記式で表されるdnm以下とする。尚、nは可視光反射率低下膜の材料の屈折率である。
d=−54.4×n+194.1
例えば、上記実施例では、トップコート膜33として、Irを用いることを説明したが、上記した融点が2500K以上の他の金属材料を用いることも可能である。この場合、膜厚は、可視光反射率低下膜による可視光反射率低下作用を損なわない膜厚として、トップコート膜32を備えた状態で、フィラメントの可視光反射率が基体のみからなるフィラメントの可視光反射率と比較して小さくなるよう設定する。たとえば、50(Wの場合)、50(Reの場合)、70(Osの場合)、100(Taの場合)、60(Moの場合)、60(Irの場合)、30(Ruの場合)nm以下とする。
例えば、上記実施例では、トップコート膜33として、基体31と同一の材料であるIrを用いることを説明したが、基体31と異なる材料を用いてもよい。融点が2500K以上の金属材料であれば、融点が基体31の材料の融点より低い材料を用いてもよい。
例えば、上記実施例では、本発明のフィラメント3を白熱電球1のフィラメント3として用いることを説明したが、白熱電球1以外に用いることも可能である。例えば、ヒーター用電線、溶接加工用電線等の熱放射装置、X線管や電子顕微鏡等に用いられる熱電子放出装置として採用することができる。この場合も、赤外光放射の抑制作用により、少量の入力電力で、効率よく高温にフィラメントを加熱することができるため、放射エネルギー効率を向上させることができる。