JP6032686B2 - 蓄熱材 - Google Patents

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Description

本発明は蓄熱材に関する。
蓄熱とは、物質に熱を蓄えることを意味しており、当該物質は蓄熱材と呼ばれる。当該蓄熱によって、蓄熱材自身や、蓄熱材が置かれた空間内などの温度を略一定に保つことができる。例えば、蓄熱(技術)を利用すれば、太陽エネルギーや排熱を熱として物質に蓄え、その熱を暖房に利用したり、消費電力の少ない夜に氷を作り、昼に当該氷(及び当該氷の融解熱)を冷房に利用したりできる。このように、蓄熱によって様々な形態のエネルギーを熱に変えて蓄え、再利用できることから、蓄熱技術は現在声高に叫ばれている省エネルギー化の一翼を担っている。そのため、蓄熱技術は、今後ますます発展していかなければならない急務の技術である。
蓄熱の機構は顕熱蓄熱と潜熱蓄熱に大別される。顕熱蓄熱は、物質の大きな比熱を利用したものである。例えば、湯たんぽなどは水の大きな比熱を利用したものである。潜熱蓄熱は、相転移時の転移エンタルピーを利用したものである。例えば、氷水で飲み物を冷やすことは、氷の融解熱(融解エンタルピー)を利用したものである。
潜熱蓄熱では、相転移時の転移エンタルピーを利用しているため、温度を略一定に保つことや、略一定の温度で熱の出し入れができる(顕熱蓄熱では、外界の温度に対する温度変化は小さいが、徐々に温度が変化してしまう)。そのため、現在では、潜熱蓄熱の技術の開発が中心に行われている。
これまでに開発されてきた潜熱蓄熱の材料としては、無機塩水和物、有機物、融解塩などがあり、それらはいずれも固体−液体相転移の大きな転移エンタルピーを利用する蓄熱材である。
確かに、固体−液体相転移による大きなエンタルピー変化は、蓄熱材料にとって重要であるが、それ以外にも蓄熱材に要求される特性がある。例えば、蓄熱材はその表面の温度を長時間略一定に保てることが重要であるため、蓄熱材の熱伝導率が高いことが要求される。熱伝導率の低い物質では、内部の温度と表面の温度とに温度差が生じてしまい、表面の温度を略一定に保つことができない(有機物であるパラフィンなどは熱伝導率が低い)。また、相転移による体積変化(膨張・収縮)の大きい物質の固体−液体相転移を利用する場合、液体の漏れなどが生じる虞がある。そのため、当該体積変化が小さいことが要求される(当該体積変化が大きい場合、蓄熱材の容器として当該体積変化に耐えられる容器を選択しなければならない)。また、相転移時に相分離や分解が生じると、蓄熱効果が低減してしまう(最悪の場合、蓄熱材として利用できなくなる)。そのため、相転移時に相分離や分解が生じないことが要求される。
Journal of Solod State Chemistry,Vol.6,pp.258−270,1973 Journal of the Physical Society of Japan,Vol.52,No.11,November,1983,pp.3953−3959
そこで本発明は、蓄熱材にとって必要な要件を満たす新しいタイプの蓄熱材を提供することを目的とする。
本発明の第一の態様に係る蓄熱材は、
電子相転移する物質(但し、Vを除く)からなる蓄熱材であって、
前記電子相転移する物質は、遷移金属元素を含む強相関電子系の物質であり、
前記電子相転移は、前記強相関電子系の電子相のもつ内部自由度である電荷・スピン・軌道の自由度のうち少なくとも2つ以上による複自由度の相転移である
ことを特徴とする。
本発明の第二の態様に係る蓄熱材は、
電子相転移する物質(但し、V を除く)からなる蓄熱材であって、
前記電子相転移する物質は、遷移金属元素を含み、強相関電子系による金属−絶縁体転移を示すモット絶縁体であり、
前記電子相転移は、前記強相関電子系の電子相のもつ内部自由度である電荷・スピン・軌道の自由度のうち少なくとも2つ以上による複自由度の相転移である
ことを特徴とする。
本発明の第三の態様に係る蓄熱材は、
電子相転移する物質(但し、V を除く)からなる蓄熱材であって、
前記電子相転移する物質は、バナジウムを含む強相関電子系の物質であり、
前記電子相転移は、前記強相関電子系の電子相のもつ内部自由度である電荷・スピン・軌道の自由度のうち少なくとも2つ以上による複自由度の相転移である
ことを特徴とする。
本発明の第四の態様に係る蓄熱材は、
電子相転移する物質からなる蓄熱材であって、
前記電子相転移する物質は、VO のバナジウム(V)の一部が他の金属元素で置換された強相関電子系の物質であり、
前記電子相転移は、前記強相関電子系の電子相のもつ内部自由度のうちスピンと軌道の自由度による複自由度の相転移である
ことを特徴とする。
本発明において、前記電子相転移の転移エンタルピーは、H Oの固体−液体相転移の転移エンタルピーの5%以上とすることができる。
本発明によれば、蓄熱材にとって必要な要件を満たす新しいタイプの蓄熱材を提供することができる。
図1は、VOのVの一部をタングステン(W)で置換した場合の置換量と相転移温度の関係を示す図である。 図2は、粉末X線回折パターンの測定結果の一例を示す図である。 図3は、V0.9770.023の帯磁率の温度依存性を示す図である。 図4は、V0.9770.023の示差走査熱量測定の測定結果を示す図である。 図5は、蓄熱特性の評価結果の一例を示す図である。 図6は、試料の相転移温度及び転移エンタルピーの一例を示す図である。 図7は、軌道の自由度または電子の持つ3つの自由度のうち少なくとも2つ以上を含む複自由度の相転移を示す物質、相転移温度、転移エンタルピー、及び、相転移に関与する電子の自由度を示す図である。
以下に、図面を参照して本発明の実施の形態について詳細に説明する。
まず、大きなエンタルピー変化をもたらす相転移をする物質、即ち、蓄熱材になりうる物質として、発明者らは、強相関電子系の物質に着目した。
強相関電子系とは、電子間の強いクーロン反発力により、電子が持つスピン・軌道・電荷の自由度のうち少なくとも一つ以上が顕在化した系である。強相関電子系の物質として、例えば、遷移金属元素を含んだ酸化物などがある。顕在化したスピン・軌道・電荷の自由度は、それぞれ、秩序−無秩序相転移によって状態数の変化に伴う大きなエントロピー変化を示す(顕在化したスピン・軌道・電荷の自由度の相転移は、電子相転移と呼ばれる)。発明者らは、当該エントロピーの変化量と当該変化の生じる温度との積である転移エンタルピーを利用することで、強相関電子系の物質が蓄熱材になりうると考えた。
上述したスピン・軌道・電荷の自由度の相転移は、これまで潜熱蓄熱に利用されてきた固体−液体相転移と異なり、固相状態で生じる相転移であるため、蓄熱材(液体)が容器から漏れる心配が無い。また、蓄熱材を容器などで覆う必要も無い。更に、上述したような強相関電子系の物質の相転移では、無機塩水和物などの固体−液体相転移と異なり、相転移時の相分離や分解が生じる虞がない。
また、強相関電子系の物質は、相転移時の体積変化が固体−液体相転移に比べ小さいため、蓄熱材として用いる場合に扱い易い。
また、強相関電子系の物質の伝導状態は、金属、もしくはモット絶縁体とよばれる比較的小さいバンドギャップをもつ半導体であるため、これまで蓄熱材として利用されてきた無機塩水和物、有機物、融解塩のような大きなバンドギャップをもつ絶縁体と比較し、高い熱伝導率を有する。
以上の点から、発明者らは、強相関電子系の物質を蓄熱材として利用すれば、従来技術で挙げたような問題点を解消できると考えた。また、発明者らは、軌道の自由度またはスピン・軌道・電荷の自由度のうち少なくとも2つ以上を含む複自由度の相転移を利用することにより、新規な蓄熱材を開発することが可能となると考えた。
<物質1>
以上の点を考慮して、発明者らは室温付近で利用できる蓄熱材の開発を試みた。そこで
まず、発明者らは二酸化バナジウム(VO)に着目した。VOは、ルチル型構造を持つ酸化物であり、室温より高い69℃で、金属−絶縁体転移を示すことが知られている(非特許文献1参照)。また、当該金属−絶縁体転移はスピンと軌道の複自由度の相転移であるため、その転移エンタルピーは237J/ccと非常に大きい。また、当該相転移の起こる温度範囲も非常に狭い(1次相転移)。
VOでは、図1(非特許文献2)に示すように、バナジウム(V)の一部をタングステン(W)で置き換えることで、上記金属−絶縁体転移の起こる温度(相転移温度)が低下することが知られている(図1はVの一部をタングステン(W)で置換した場合の置換量Xと相転移温度Tの関係を示す)。そこで、発明者らは、バナジウムの一部を他の金属に置き換えることで、室温付近で利用できる蓄熱材の開発を試みた。具体的には、VOのVの一部をタングステン(W)で置換した。以下では、一例として、Vの1%,2.3%,5%(モル比)をWに置換したものについて説明する。
(試料調製)
以下、試料(V(1−X))の調製(合成)方法について説明する。
まず、V粉末(株式会社高純度化学研究所製:純度99.99%)を、水素とアルゴンの混合ガス(水素5%、アルゴン95%)中において、700℃まで昇温し、48時間保持することにより、前駆体であるV粉末を得た。当該V粉末と、V粉末(株式会社高純度化学研究所製:純度99.99%)及びWO粉末(フルウチ化学株式会社製:純度99.999%)を、バナジウムとタングステンと酸素との間のモル比が所定のモル比になるように混合した。そして、当該混合物(粉末)を石英管内に入れ、真空封入した(真空度:2×10−6torr程度)。具体的には、混合物を入れた石英管を排気装置に接続し、石英管内を真空排気した。そして、該石英管を、ガスバーナー等を用いて溶かしながら封じ切った。その後、上記混合物を、石英管ごと1000℃まで昇温し、48時間保持した。以上の工程を経て、V(1−X)の粉末試料が合成された。
なお、混合物(粉末)を500kgf/cm程度の圧力で押し固めてペレットにし、それを石英管内に真空封入し、同様の熱処理を行うことにより、焼結体試料を合成することもできる。
(試料同定)
合成した試料を粉砕し、シリコン製の無反射板の上に乗せ、X線回折装置(株式会社リガク製:RINT)を用いて、22℃における粉末X線回折パターンの測定を行った。測定結果の一例を図2に示す(図2において、縦軸は回折強度、横軸は回折角度である)。図2の結果から、22℃で、V0.990.01は単斜晶系のルチル型(空間群P2/c)、V0.9770.023は正方晶系のルチル型(空間群P4/mnm)、V0.950.05は正方晶系のルチル型(空間群P4/mnm)の結晶構造を有することがわかった。また、両試料とも不純物の混入は確認されなかった。即ち、上記合成により、目的の試料が得られたことが確認できた。
(相転移温度の評価)
超伝導磁束量子干渉計を用いて、合成した試料の帯磁率の温度依存性を測定した。なお、当該測定は1000Oeの磁場下で行った。一例として、V0.9770.023の測定結果を図3に示す(図3において、縦軸は帯磁率、横軸は温度である)。各試料について、昇温過程及び降温過程の両方で、図3に示すような金属−絶縁体転移に伴う帯磁率の異常が観測された。また、帯磁率の温度依存性から、V0.990.01の相転移温度は、昇温過程において44℃、降温過程において42℃であり、V0.977
0.023の相転移温度は、昇温過程において11℃、降温過程において10℃、V0.950.05の相転移温度は、昇温過程において−67.5℃、降温過程において−71℃であることが確認された。そして、本実験から、V(1−X)において、相転移温度がタングステンの置換量に対して線形に減少することが確認された。具体的には、タングステンの置換量Xと昇温過程に置ける相転移温度Tの関係は、dT/dX=−27.4K/at.%Wと見積もられた。
(転移エンタルピーの評価)
合成した試料について、示差走査熱量計(NETZSCH社製:DSC204F1/CP Phoenix/μ−Sensor)を用いた示差走査熱量測定により、相転移に伴う転移エンタルピーを見積もった。昇温速度、降温速度共に10℃/minとして測定を行った。一例として、V0.9770.023の測定結果を図4に示す(図4において、縦軸は示差走査熱量、横軸は温度である)。示差走査熱量は、基準物質と試料に或る熱量を与えたときの温度差、又は、両者を或る温度にするために要した熱量の差を表すものである。各試料について、昇温過程及び降温過程の両方で、図4に示すような金属−絶縁体転移に伴う熱異常が観測された。また、示差走査熱量測定の測定結果から、V0.990.01の転移エンタルピーが200J/cc、V0.9770.023の転移エンタルピーが151J/cc、V0.950.05の転移エンタルピーが66J/ccであることが明らかになった。この転移エンタルピーは、これまで蓄熱材として利用されてきた物質の転移エンタルピー(例えば、HOの固体−液体相転移における転移エンタルピー(306J/cc))と同等であり、この試料が蓄熱材として利用できる可能性が示唆された。
強相関電子系の電子相(スピン・軌道・電荷の状態)は互いに強く相互作用を及ぼし合う電子集団により協同的に生み出されるため、少量の不純物で諸物理量が劇的に変化してしまう虞がある。また、Vを他の金属と置き換えたときの転移エンタルピーなどについては報告が無いため、Vを他の金属と置き換えることで、転移エンタルピーが激減したり、相転移の起こる温度範囲が非常に広くなってしまう(相転移のブロード化)虞があった。しかしながら、上述の実験を行うことにより、V(1−X)に関しては、転移エンタルピーの激減や、相転移のブロード化が生じることなく、転移温度を自由に変更できることが明らかとなった。
また、本実験から、V(1−X)において、タングステンの置換量と転移エンタルピーの関係が略線形であることが明らかとなった。具体的には、タングステンの置換量Xと転移エンタルピーΔHの関係は、d(ΔH)/dX=−34.1(J/cc)/at.%Wと見積もられた。そして、d(ΔH)/dX、及び、dT/dXの関係から、相転移温度Tと転移エンタルピーΔHの関係は、d(ΔH)/dT=1.24(J/cc)/Kと見積もられた。
上記関係から、転移エンタルピーがHOの固体−液体相転移の転移エンタルピーの5%以上となる組成域および最低作用温度(置換量が最大のときの転移温度)を見積もった結果を以下に示す。

(1−X)(0≦X≦0.0650):Tmin=−109℃
(蓄熱特性の評価)
合成した試料について、実用に近い形で蓄熱材としての機能を十分に有するか否かについて評価した。具体的には、試料と熱電対を真空断熱構造を有する試験管(内径10mm、深さ1000mm)に入れた。そして、試料を試験管ごと−18℃まで冷却した後、室
温(22℃)の空間内に置き、熱電対の起電力から当該試料の温度変化を測定した。図5に測定結果の一例を示す(図5において、縦軸は温度、横軸は時間である)。図5において、点線は試験管内に何も入れなかった場合、実線は試験管内にHO(4.43g)を入れた場合、白丸はV0.9770.023(9.53g)を入れた場合の測定結果である。
図5の結果から、V0.9770.023は11℃において37分間温度を保つことが確認された。HOは0℃で80分間温度を保つことが確認された。これらの時間を単位体積あたりに換算すると、V0.9770.023とHOの温度保持能力(温度を或る温度で保持できる時間)は、それぞれ18分間、17分間となり、執り行った実験条件においてV0.9770.023の温度保持能力がHOと略同等であることが確認された。即ち、V0.9770.023が蓄熱材として実用するのに十分な機能を有することが確認された。また、試料の体積をV、外界(熱浴)との熱抵抗をR、単位体積あたりの転移エンタルピーをΔH、外界の温度をTRT、相転移温度をTとすると、相転移温度での保持時間をΔtは、Δt=VRΔH/(TRT−T)と表すことができる。示差走査熱量測定により見積もられたV0.9770.023の転移エンタルピー151J/ccを用いた結果、Δtは11℃で34分と見積もられ、実験値と略等しい結果が得られた。即ち、本実験の結果が正しいことが確認された。
以上述べたように、V(1−X)の軌道とスピンの複自由度の相転移を利用することにより、蓄熱材にとって必要な要件を満たす新しいタイプの蓄熱材を提供することができる。
また、上述したように、発明者らは、V(1−X)のXの値を変えることで、転移エンタルピーの激減や、相転移のブロード化が生じることなく、転移温度を自由に変更できることを明らかにした。即ち、Xの値を調整することにより、使用温度を適宜変更することが可能となり、使用温度に相転移を有する物質を容易に選択することが可能となる。また、従来の蓄熱材料では保持することのできなかった温度において蓄熱することが可能となる。
<物質2>
次に、VOのVをW以外の物質で置換した場合の例について説明する。具体的には、VをTa,Nb,Ru,Mo,Reなどで置換した場合の例について説明する。なお、物質1で説明した内容と同様の内容については、その説明を省略する。
(試料調製)
試料の調製(合成)方法は、V(1−X)の場合と同様であり、WOの代わりに、Ta(株式会社レアメタリック製:純度99.99%)、Nb(添川理化学株式会社製:純度99.9%)、RuO(株式会社レアメタリック製:純度99.9%)、MoO(添川理化学株式会社製:純度99.9%)、ReO(STREM社製:純度99.9%)をそれぞれ用いることにより、V(1−X)Ta、V(1−X)Nb、V(1−X)Ru、V(1−X)Mo、V(1−X)Reを合成した。
(試料同定)
22℃における粉末X線回折パターンから試料の同定を行った。測定結果の一例を図2に示す。図2の結果から、22℃で、V0.92Ta0.08、V0.95Nb0.05、V0.92Nb0.08、V0.9Ru0.1、V0.9Mo0.1、V0.96Re0.04及びV0.93Re0.07は正方晶系のルチル型、V0.98Ta0.02、V0.975Ru0.025、及び、V0.97
Mo0.03は単斜晶系のルチル型の結晶構造を有することがわかった。また、全ての試料において不純物の混入は確認されなかった。即ち、上記合成により、目的の試料が得られることが確認できた。
(相転移温度の評価)
合成した試料の帯磁率の温度依存性を測定し、帯磁率の温度依存性から、合成した試料の相転移温度を見積もった。合成した試料の(昇温過程及び降温過程における)相転移温度の一例を図6に示す。図6に示すように、昇温過程で、V0.98Ta0.02の相転移温度は49℃、V0.92Ta0.08は4℃、V0.95Nb0.05は16℃、V0.92Nb0.08は−6℃、V0.975Ru0.025は37℃、V0.9Ru0.1は−21.5℃、V0.97Mo0.03は34℃、V0.9Mo0.1は−39.5℃、V0.96Re0.04は−4.5℃、そして、V0.93Re0.07は−67℃と見積もられた。これらの結果から、相転移温度がTa,Nb,Ru,Mo,Reなどの置換量に対して線形に減少することが確認された。
具体的には、Taの置換量Xと昇温過程に置ける相転移温度Tの関係は、dT/dX=−7.98K/at.%Taと見積もられた。
Nbの置換量Xと昇温過程に置ける相転移温度Tの関係は、dT/dX=−9.5K/at.%Nbと見積もられた。
Ruの置換量Xと昇温過程に置ける相転移温度Tの関係は、dT/dX=−8.76K/at.%Ruと見積もられた。
Moの置換量Xと昇温過程に置ける相転移温度Tの関係は、dT/dX=−10.8K/at.%Moと見積もられた。
Reの置換量Xと昇温過程に置ける相転移温度Tの関係は、dT/dX=−19.4K/at.%Reと見積もられた。
また、本実験により、VをTa,Nb,Ru,Mo,Reなどで置換した場合においても、相転移のブロード化が生じないことが明らかとなった。
(転移エンタルピーの評価)
合成した試料について、示差走査熱量測定により、相転移に伴う転移エンタルピーを見積もった。合成した試料の転移エンタルピーの一例を図6に示す。図6に示すように、V0.98Ta0.02の転移エンタルピーは194J/cc、V0.92Ta0.08は84J/cc、V0.95Nb0.05は135J/cc、V0.92Nb0.08は84J/cc、V0.975Ru0.025は193J/cc、V0.9Ru0.1は87J/cc、V0.97Mo0.03は184J/cc、V0.9Mo0.1は96J/cc、V0.96Re0.04は148J/cc、そして、V0.93Re0.07は76J/ccと見積もられた。従って、VをTa,Nb,Ru,Mo,Reなどで置換した場合においても、転移エンタルピーの激減が生じないことが明らかとなった。
また、転移温度および転移エンタルピーがTa,Nb,Ru,Mo,Reなどの置換量に対して線形に変化することが確認された。
具体的には、Taの置換量Xと転移エンタルピーΔHの関係は、d(ΔH)/dX=−18.9(J/cc)/at.%Taと見積もられた。そして、d(ΔH)/dX、及び、dT/dXの関係から、相転移温度Tと転移エンタルピーΔHの関係は、d(ΔH)/dT=2.37(J/cc)/Kと見積もられた。
同様に、Nbで置換した場合には、d(ΔH)/dX=−19.3(J/cc)/at.%Nb、d(ΔH)/dT=2.02(J/cc)/Kと見積もられた。
Ruで置換した場合には、d(ΔH)/dX=−14.8(J/cc)/at.%Ru、d(ΔH)/dT=1.68(J/cc)/Kと見積もられた。
Moで置換した場合には、d(ΔH)/dX=−13.8(J/cc)/at.%Mo、d(ΔH)/dT=1.28(J/cc)/Kと見積もられた。
Reで置換した場合には、d(ΔH)/dX=−23.0(J/cc)/at.%Re、d(ΔH)/dT=1.18(J/cc)/Kと見積もられた。
上記関係から、転移エンタルピーがHOの固体−液体相転移の転移エンタルピーの5%以上となる組成域および最低作用温度(置換量が最大のときの転移温度)を見積もった結果を以下に示す。

(1−X)Ta(0≦X≦0.117):Tmin=−24.6℃
(1−X)Nb(0≦X≦0.115):Tmin=−40.1℃
(1−X)Ru(0≦X≦0.150):Tmin=−62.2℃
(1−X)Mo(0≦X≦0.161):Tmin=−105℃
(1−X)Re(0≦X≦0.0964):Tmin=−118℃
以上述べたように、VOのVをTa,Nb,Ru,Mo,Reなどで置換した場合においても、VをWで置換した場合と同様に、軌道とスピンの複自由度の相転移を利用することにより、蓄熱材にとって必要な要件を満たす新しいタイプの蓄熱材を提供することができる。
また、Xの値を調整することにより、使用温度を適宜変更することができ、使用温度に相転移を有する物質を容易に選択することができる。そのため、従来の蓄熱材料では保持することのできなかった温度において蓄熱することが可能となる。
<物質3>
次に、軌道の自由度または電子のもつ3つの自由度のうち少なくとも2つ以上を含む複自由度の相転移を示す他の物質について説明する。図7にそのような相転移を示す物質、相転移温度、転移エンタルピー、及び、相転移に関与する電子の自由度を示す(比較のためHOのデータも併せて示す)。
なお、図7において*1の物質については、Journal of Solid State Chemistry,Vol.170,pp.221−226,2003で報告されている。
*2の物質については、PHYSICAL REVIEW B,Vol.31,Num.12,15 JUNE 1985,pp.8143−8147で報告されている。
*3の物質については、J.Phys.C:Solid State Phys.,Vol.10,1977.pp.L637−L638で報告されている。
*4の物質については、PHYSICAL REVIEW LETTERS,Vol.32,Num.23,10 JUNE 1974,pp.1318−1321で報告されている。
*5の物質については、Journal of Solid State Chemistry,Vol.177,pp.281−292,2004で報告されている。
*6の物質については、J.Phys.:Condens.Matter,Vol.17,pp.5813−5820,2005で報告されている。
図7に示すように、
LiMnは電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は21℃、転移エンタルピーが37.2J/ccである。
LiVSはスピンと軌道の相転移を示し、その相転移温度は40℃、転移エンタルピーが58.3J/ccである。
LiVOはスピンと軌道の相転移を示し、その相転移温度は206℃、転移エンタルピーが326J/ccである。
NaNiOは軌道の相転移を示し、その相転移温度は213℃、転移エンタルピーが107J/ccである。
LiRhは電荷とスピンの相転移を示し、その相転移温度は−103℃、転移エンタルピーが21.6J/ccである。
はスピンと軌道の相転移を示し、その相転移温度は−119℃、転移エンタルピーが63J/ccである。
は電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は−36℃、転移エンタルピーが66.6J/ccである。
11は電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は−101℃、転移エンタルピーが44.9J/ccである。
Tiは電荷、スピン、及び、軌道の相転移を示し、その相転移温度は−119℃、転移エンタルピーが28J/ccである。
SmBaFeは電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は−34.2℃、転移エンタルピーが23.4J/ccである。
EuBaFeは電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は−16.7℃、転移エンタルピーが26.3J/ccである。
GdBaFeは電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は−2.7℃、転移エンタルピーが29J/ccである。
TbBaFeは電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は12.1℃、転移エンタルピーが34.7J/ccである。
DyBaFeは電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は20.5℃、転移エンタルピーが34.7J/ccである。
HoBaFeは電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は22.87℃、転移エンタルピーが35.6J/ccである。
YBaFeは電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は36.5℃、転移エンタルピーが37.2J/ccである。
PrBaCo5.5は電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は70.6℃、転移エンタルピーが69.9J/ccである。
DyBaCo5.54は電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は44.9℃、転移エンタルピーが52.4J/ccである。
HoBaCo5.48は電荷と軌道の相転移を示し、その相転移温度は30.8℃、転移エンタルピーが66J/ccである。
YBaCo5.49は電荷、スピン、及び、軌道の相転移を示し、その相転移温度は24.1℃、転移エンタルピーが41.6J/ccである。
いずれの物質についても、HOの5%以上という大きな転移エンタルピーの相転移を示し、蓄熱材として利用できることが示唆された。
以上述べたように、本実施形態では、従来の蓄熱材で利用されていなかった軌道の自由度または電子のもつ3つの自由度のうち少なくとも2つ以上を含む複自由度の相転移を利用する。複自由度としては、例えば、スピンと軌道の自由度、スピンと電荷の自由度、軌道と電荷の自由度、スピンと軌道と電荷の自由度などが挙げられる。そのような相転移を示す物質の内、転移エンタルピーが大きいものを選択することにより、蓄熱材にとって必要な要件を満たす新しいタイプの蓄熱材を提供することができる。

Claims (9)

  1. 電子相転移する物質(但し、Vを除く)からなる蓄熱材であって、
    前記電子相転移する物質は、遷移金属元素を含む強相関電子系の物質であり、
    前記電子相転移は、前記強相関電子系の電子相のもつ内部自由度である電荷・スピン・軌道の自由度のうち少なくとも2つ以上による複自由度の相転移である
    ことを特徴とする蓄熱材。
  2. 電子相転移する物質(但し、V を除く)からなる蓄熱材であって、
    前記電子相転移する物質は、遷移金属元素を含み、強相関電子系による金属−絶縁体転移を示すモット絶縁体であり、
    前記電子相転移は、前記強相関電子系の電子相のもつ内部自由度である電荷・スピン・軌道の自由度のうち少なくとも2つ以上による複自由度の相転移である
    ことを特徴とする蓄熱材。
  3. 電子相転移する物質(但し、V を除く)からなる蓄熱材であって、
    前記電子相転移する物質は、バナジウムを含む強相関電子系の物質であり、
    前記電子相転移は、前記強相関電子系の電子相のもつ内部自由度である電荷・スピン・軌道の自由度のうち少なくとも2つ以上による複自由度の相転移である
    ことを特徴とする蓄熱材。
  4. 電子相転移する物質からなる蓄熱材であって、
    前記電子相転移する物質は、VO のバナジウム(V)の一部が他の金属元素で置換された強相関電子系の物質であり、
    前記電子相転移は、前記強相関電子系の電子相のもつ内部自由度のうちスピンと軌道の自由度による複自由度の相転移である
    ことを特徴とする蓄熱材。
  5. 前記電子相転移は、電荷およびスピンの自由度による複自由度の相転移である、
    請求項1から3のいずれか1項に記載の蓄熱材。
  6. 前記電子相転移は、スピンおよび軌道の自由度による複自由度の相転移である、
    請求項1から3のいずれか1項に記載の蓄熱材。
  7. 前記電子相転移は、軌道および電荷の自由度による複自由度の相転移である、
    請求項1から3のいずれか1項に記載の蓄熱材。
  8. 前記電子相転移は、電荷、スピン、および軌道の自由度による複自由度の相転移である、
    請求項1から3のいずれか1項に記載の蓄熱材。
  9. 前記電子相転移の転移エンタルピーはHOの固体−液体相転移の転移エンタルピーの5%以上である
    ことを特徴とする請求項1から8のいずれか1項に記載の蓄熱材。
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