図1は、本発明の一実施形態である電子放出素子1の断面および電子放出装置10の構成を示す図である。電子放出素子1は、電極基板2、微粒子層3、薄膜電極4および電気絶縁層5を含んで構成される。電気絶縁層5は、電極基板2上に形成され、複数の開口部6を有する。微粒子層3は、電気絶縁層5の開口部6によって形成される開口6Aに充填されている。薄膜電極4は、電気絶縁層5と微粒子層3との表面形状に沿った形で成膜される。電子放出装置10は、電子放出素子1および電源11を含んで構成される。電源11は、電極基板2と薄膜電極4とに接続される。
電子放出素子1は、電極基板2と薄膜電極4との間に電圧が印加されると、電極基板2から供給される電子が微粒子層3を通過して薄膜電極4へ移動する際に、該電子に何らかのエネルギを与え、該電子を薄膜電極4から空間へ放出させる。
電子放出に至る物理現象については、現時点で不明な点が多く、推測の域を出ないが、微粒子層3を流れる電流によるジュール熱と、微粒子層3内に形成される強電界領域とが関わっていると予想される。
一般的に、電子が固体内部から外部へ放出される物理機構として、熱電子放出、光電子放出、電界電子放出、および2次電子放出などが知られている。熱電子放出は、フェルミ準位(ゼロKで電子が充たされている準位)と真空準位とのエネルギ障壁に相当するエネルギ(仕事関数)を、熱により与えることで、電子を真空中へ放出させる現象である。
また、電界電子放出(冷電界電子放出)は、金属表面と真空との間に形成される電界強度を1×109V/m程度とし、エネルギ障壁を非常に薄くすることで、室温程度でもトンネル効果により電子を真空中へ放出させる現象である。この熱電子放出と電界電子放出とが混交した現象は熱電界放出といわれ、電子放出素子1の電子放出機構として、最も妥当な機構と考えられる。つまり、ジュール熱による見かけの仕事関数の低下と、強電界によるエネルギ障壁の低下およびトンネル現象とが合わさって、電子放出に至ると考えられる。
また、微粒子層3の内部で生じた電子は、薄膜電極4を透過して大気中に放出されることも予想されるが、電子放出素子1においては、その可能性は特段に低いと考えられる。電子放出素子1では、フォーミング処理時の、極微細な薄膜電極4の破壊(消失)が確認されている。極微細な薄膜電極4の破壊(消失)とは、薄膜電極4のうち極微細な部分が電極としての機能を消失することである。以下、電極としての機能を消失した極微細な部分をホール部分という。最近の解析から、この薄膜電極4の表面に生じるホール部分こそが電子放出点として機能する点を確認できたこともあり、電子は、薄膜電極4のホール部分をすり抜けて大気中に至る、と結論できそうである。
より詳細には、電子放出素子1の電子放出点を形成するのに必要な導電路形成処理、いわゆるフォーミング処理によって、薄膜電極4の極微細な消失が生じる。フォーミング処理は、大気中の雰囲気下で、電子放出素子1への印加電圧をスローステップで昇圧する手段であり、従来技術による電子放出素子が、電子放出素子生成の前処理として使用する手段と同等のものである。薄膜電極4に形成される電子放出部、つまり薄膜電極4のホール部分は、500nm〜5μm程度の直径からなる。薄膜電極4に形成されたホール部分のエッジ部と電極基板2との間に電圧が印加されることによって、薄膜電極4のホール部分周辺から電子放出が生じると考えられる。電気絶縁層5に形成される開口部6を、薄膜電極4のホール部分よりも十分大きくすることによって、薄膜電極4に極微細な消失が生じても、電子放出が維持可能となる。
第1電極である電極基板2は、たとえばアルミニウムによって形成されるとよい。電極基板2は、図1に示した電子放出素子1の厚み方向の下方に配置される。電極基板2は、下部電極であるとともに、基板としての機能をもつ。電極基板2の形状は、たとえば、板状の形状である。電極基板2は、導電性を有する構造体であり、微粒子層3、薄膜電極4および電気絶縁層5を支持する構造体であればよい。このため、電極基板2には、ある程度の強度を有し、良好な導電性を有する基板を用いる。
電極基板2に利用可能な基板として、アルミニウムのほかに、ステンレス鋼(Steel Use Stainless:以下「SUS」という)、チタン(以下「Ti」という)、および銅(以下「Cu」という)等の金属基板、ならびにシリコン(以下「Si」という)、ゲルマニウム(以下「Ge」という)、およびヒ素ガリウム(以下「GaAs」という)等の半導体基板を挙げることができる。また、導電性材料で形成された電極が、その表面に成膜された絶縁体基板を用いてもよい。このような基板として、たとえば、表面に金属膜が形成されたガラス基板やプラスティック基板を挙げることができる。
このような電極の形成に用いる導電性材料には、マグネトロンスパッタ法等を用いて薄膜が形成できる材料を選択する。電子放出素子1を大気中で安定して動作させるのであれば、抗酸化力の高い導電性材料を用いるとよい。好ましくは、貴金属を用いる。また、酸化物導電材料であり、透明電極に広く利用されている酸化インジウムスズ(Indium-Tin Oxide:以下「ITO」という)も有用である。また、強靭な薄膜を形成することができるという点で、チタンと銅との積層膜、あるいはモリブデン薄膜でアルミ薄膜をサンドイッチした積層膜を用いてもよい。たとえば、ガラス板表面にチタンを200nm成膜し、さらに重ねて銅を1000nm成膜した金属薄膜が有用である。また、ガラス板表面にモリブデンを20nm成膜し、さらに重ねてアルミニウムを10nm成膜し、再びモリブデンを20nm成膜した金属薄膜も有用である。
電気絶縁層5は、開口部6を有する。電気絶縁層5は、電気的絶縁性能、耐熱性、表面硬度、そして任意のパターン形成処理の容易さから、アクリル樹脂がよい。アクリル樹脂は、たとえば感光性アクリル樹脂である。感光性アクリル樹脂のベースポリマーは、メタクリル酸とグリシジルメタクリレートとのポリマーであり、感光剤としてナフトキシジアジド系ポジ型感光剤を含む。アクリル樹脂の膜厚は、2μm以下である必要がある。2μm以下という値は、電気絶縁層5の表面に堆積される微粒子層の除去工程で、電気絶縁層5を微粒子層3よりも厚くする必要性と、微粒子層3の電子放出特性から生じている。アクリル樹脂の膜厚は、ポリマー溶液をスピン塗布法によって容易に実現することができる。
開口部6によって形成される開口6Aの大きさ(以下単に「開口部6の大きさ」という)は、10μm角から500μm角がよい。開口部6は、上述したホール部分を電子放出点として機能させるために設けるものである。開口部6の大きさ、特に最少の大きさは、ホール部分を電子放出点として機能させる必要上重要である。従来技術による電子放出素子では、フォーミング処理時に生じる、極微細な薄膜電極4の破壊(消失)が確認されているが、最近の解析から、電子放出素子1の薄膜電極4の表面に生じたホール(孔)部分こそが電子放出点として機能すると確認されている。それゆえ、開口部6の大きさは、フォーミング処理で生じるホール(孔)の大きさよりも大きくする必要がある。そうでなければ、電極の消失に伴って、開口部6の位置に対応する位置にある薄膜電極4の部分に電圧が印加されなくなるからである。
薄膜電極4に形成されるホール部分の大きさが、直径500nm〜5μm程度に、大小のばらつきを伴って生じていることから、開口部6の大きさを10μm角より大きくすることによって、電子放出素子1は、電子放出を十分持続可能である。また、開口部6の大きさが500μm角より大きくなると、開口部6内における電子放出点の不均一さが目立つようになり、電子放出素子1は、面方向に均一な電子源とはいえなくなる。開口部6内における電子放出点の不均一さとは、複数の電子放出点の分布が開口部6内で均一ではないということである。
電気絶縁層5は、スピンコート法を用いて、アクリル樹脂を塗布する塗付工程の後、150℃でプリベークされ、電気絶縁層5の開口部6に当たる部分が、メタルマスクおよび紫外線を用いてパターン露光される。その後、アクリル樹脂の一部は、アルカリ性現像溶液、たとえばテトラメチルアンモニウムヒドロキサイド現像液によってエッチングを行うエッチング工程で除去されて開口部6が形成される。開口部6が形成されたアクリル樹脂は、純水で洗浄され、最後に、樹脂層が200℃で加熱硬化される。
図2は、電子放出素子1を切断面線A−Aから見た図である。図2は、開口部6内に形成される微粒子層3、およびその微粒子層3の上に形成される薄膜電極4の構成を示す断面図である。
第2電極である薄膜電極4は、薄膜電極4全体から一様かつ十分な電子が放出されるように、複数の導電性膜で形成される。薄膜電極4は、図1に示したように、微粒子層3および電気絶縁層5の表面形状に沿って形成される。薄膜電極4は、アモルファスカーボン層8、多孔電極層9A、およびベタ電極層9Bによって構成されている。アモルファスカーボン層8、多孔電極層9A、およびベタ電極層9Bは、微粒子層3寄りからこの順に配置される。薄膜電極4は、外方に面する表面に複数の孔部41が形成されている。孔部41は、外方に臨む凹形状の凹部であり、孔41Aを形成する。ここで凹部は、アモルファスカーボン層8および多孔電極層9Aが、部分的に層膜を薄くする部分をいい、薄膜電極4上に均一に離散して配置される。
第1薄膜電極層であるアモルファスカーボン層8は、S(Sharp)P(Principal)2混成軌道を有するグラファイト構造のクラスターが無秩序に堆積して形成されている。クラスターは、数百個程度の原子の塊である。グラファイト自体は、電気伝導性に優れた材質であるが、クラスター間の電気伝導性が良好でない堆積された状態であるため、抵抗層として機能している。つまり、アモルファスカーボン層8は、多孔電極層9Aやベタ電極層9Bと比較して電気抵抗が高い。よって、薄膜電極4の膜厚方向の電気抵抗は、凹部の箇所と凹部以外の個所とで異なることになる。凹部の箇所は、凹部以外の箇所と比べて電気抵抗が低いため、凹部下方の微粒子層3に電流路を形成し易くなる。この結果、電子放出素子1は、電流路の形成確度を向上することができ、電子放出を起こす確率を確実に引き上げることができる。
また、アモルファスカーボン層8は、その層厚が約10nmで形成されている。アモルファスカーボン層8を抵抗層として機能させるためには、5nm以上の膜厚で形成する必要がある。アモルファスカーボン層8には、複数の孔部41を形成するための複数の孔が形成されている。
多孔電極層9Aは、金属、たとえば金およびパラジウムを主成分とする材料で形成される。多孔電極層9Aの材料は、電圧の印加が可能となるような材料であればよい。ただし、微粒子層3内で生じた電子を、なるべくエネルギロスなく透過させて放出させるという電極の機能の観点から、仕事関数が低くかつ薄膜を形成することが可能な材料であれば、より多くの電子放出が期待できる。このような材料として、たとえば、仕事関数が4〜5eVに該当する金、銀、タングステン、チタン、アルミニウム、およびパラジウムなどを挙げることができる。中でも大気圧中での電子放出素子1の動作を想定した場合、酸化物および硫化物の形成反応のない金が最良な材料となる。また、酸化物の形成反応の比較的小さい銀、パラジウム、およびタングステンなども問題なく実使用に耐える材料である。多孔電極層9Aには、アモルファスカーボン層8に形成される孔と同じ位置に、孔部41を形成するための複数の孔が形成されている。
ベタ電極層9Bは、多孔電極層9Aと同様に、金とパラジウムを主成分とする材料で形成された金属層で形成される。ベタ電極層9Bの材料も、多孔電極層9Aの材料と同様に、電圧の印加が可能となるような材料であればよい。したがって、ベタ電極層9Bの材料は、多孔電極層9Aと同様の材料で形成すればよい。
ベタ電極層9Bは、多孔電極層9Aを覆うように構成される。つまり、ベタ電極層9Bは、多孔電極層9Aの表面を被覆するように形成される。ベタ電極層9Bには、複数の孔部41が形成される。薄膜電極4が電極として機能するためには、多孔電極層9Aとベタ電極層9Bとからなる金属層が電極として機能する必要がある。このため、多孔電極層9Aとベタ電極層9Bとをあわせた金属層の層厚、つまり多孔電極層9Aの層厚とベタ電極層9Bの層厚とをあわせた合計値は、10nm以上であるとよい。金属層の層厚が10nm以上であれば、電極として十分な導電性を確保することができる。なお、この実施形態では、ベタ電極層9Bは20nmの膜厚で形成されている。多孔電極層9Aおよびベタ電極層9Bは、第2薄膜電極層である。
なお、薄膜電極4の膜厚は、電子放出素子1から外部へ電子を効率よく放出させるための条件として重要であり、最大の膜厚を15〜100nmの範囲とすることが好ましい。このように、薄膜電極4は、100nm以下の膜厚で形成する必要があり、100nmを超える膜厚の薄膜電極4では、電子放出が極端に減少する。放出される電子の減少は、薄膜電極4が電子を吸収し、または反射することにより、微粒子層3に電子が再度捕獲されるためであると考えられる。薄膜電極4は、電極として機能すればよいので、たとえば、金およびパラジウムからなる金属膜のように、薄膜電極4が複数の導電性膜、いわゆる積層構造の導電性膜で形成されていてもよい。
薄膜電極4は、電気絶縁層5と微粒子層3とによって構成される表面形状に沿った形で成膜される。電気絶縁層5の表面に形成される薄膜電極4は「電気供給路」として機能し、微粒子層3の表面に形成される薄膜電極4は「電子放出面電極」として機能する。特に、電気絶縁層5の表面に形成される薄膜電極4は、スパッタ法による電極形成時に、微粒子層3を構成する物質由来のコンタミネーションの影響を受け難く、良好な電気伝導度を維持した電気供給路として機能する。それゆえ、電子放出素子1が大型化しても、電気絶縁層5の表面に形成された薄膜電極4、いわゆる「電気供給路」では、電気伝導ラインに沿った面方向の電位降下を生じず、薄膜電極4面内に電位分布のない一様な電圧印加が可能となる。したがって、大面積の電子放出素子1を作成しても、電子放出点に偏りがなく、長期間に渡り電子放出を維持可能な面電子放出源を提供することができる。
微粒子層3は、電気絶縁層5の開口部6によって形成される開口6Aに、かつ電極基板2と薄膜電極4との間に充填される。微粒子層3は、実質的に、絶縁性微粒子7Aによって構成されている。具体的には、図2に示したように、電気絶縁層5の開口部6によって形成される開口6Aに充填された微粒子層3は、電極基板2上に形成された第1微粒子層31と、第1微粒子層31上に形成された第2微粒子層32とによって構成されている。
第1微粒子層31は、絶縁性微粒子7Aおよび導電性微粒子7Bを含んで構成される。絶縁性微粒子7Aおよび導電性微粒子7Bは、主としてナノサイズの粒子で構成されている。第2微粒子層32は、絶縁性微粒子層である。
絶縁性微粒子7Aは、二酸化ケイ素(略称「シリカ」:以下「SiO2」という)で形成されている。すなわち、絶縁性微粒子7Aは、シリカ微粒子によって形成されている。絶縁性微粒子7Aの材料は、絶縁性を持つ材料であればよく、SiO2のほか、酸化アルミニウム(以下「Al2O3」という)、および二酸化チタン(以下「TiO2」という)から選ばれる材料を主成分とすればよい。より具体的には、たとえば、キャボット社のフェームドシリカC413を利用することができる。SiO2、Al2O3、およびTiO2のように絶縁性が高い材料であれば、微粒子層3の抵抗値を所望の値に調整することが容易となる。また、これらの酸化物を用いると、酸化が生じにくく電子放出素子1の劣化を防止することができる。
また、絶縁性微粒子7Aは、その粒径が50nmの平均粒径を有する微粒子である。絶縁性微粒子7Aは、平均粒径が10〜1000nmであるものが好ましく、また、その平均粒径が10〜200nmであるものがより好ましい。絶縁性微粒子7Aは、粒子径の分散状態が平均粒径に対してブロードであってもよく、たとえば平均粒径50nmの微粒子は、20〜100nmの範囲にその粒子径が広く分布していても問題ない。したがって、このような分散状態でも、絶縁性微粒子7Aの粒子径が上述した平均粒径の範囲を満たせばよい。
平均粒径が10nmよりも小さいと、粒子間に働く力が強いために粒子が凝集しやすく、分散が困難になる。平均粒径が1000nmよりも大きいと、分散性はよいものの、薄膜の微粒子層3の空隙が大きくなり、微粒子層3の抵抗の調整を困難にする。このため、平均粒径は、上述した平均粒径であることが好ましい。
さらに、微粒子層3の表面の凹凸は、微粒子層3に形成される電界強度の不均一を生じる。特に、微粒子層3の表面の凹部は、局所的な強電界の部分を形成するので、導電路を集中させる傾向がある。この状態が顕著な場合、電子放出点が凹部に集中し、電子放出を面状に維持することができなくなる。この現象を緩和させる粒径として、200nmの条件が設けられる。
導電性微粒子7Bは、銀で形成されている。導電性微粒子7Bは、電子放出素子1が大気中で酸化して劣化することを防ぐため、貴金属を用いて形成されるとよい。たとえば、導電性微粒子7Bは、銀のほか、金、白金、パラジウムまたはニッケルを主成分とする金属材料で形成するとよい。導電性微粒子7Bは、公知の微粒子製造技術であるスパッタ法や噴霧加熱法を用いて作成可能であり、応用ナノ研究所が製造販売する銀ナノ粒子等の市販の金属微粒子粉体も利用可能である。
導電性微粒子7Bは、その粒径が10nmの平均粒径を有するナノ粒子である。導電性微粒子7Bは、第1微粒子層31の導電性を制御するため、絶縁性微粒子7Aの平均粒径よりも小さい平均粒径を有する微粒子を用いる必要がある。このため、導電性微粒子7Bの平均粒径は、3〜20nmであるのが好ましい。導電性微粒子7Bの平均粒径を、絶縁性微粒子7Aの平均粒径よりも小さくすることによって、微粒子層3内で、導電性微粒子7Bによる導電パスが形成されず、微粒子層3内での絶縁破壊が起こり難くなる。平均粒径が3nm以下では、凝集力が強すぎるために、粒子径を維持することができない。また、平均粒径の上限を20nmとしているのは、電子放出素子1の作成工程からの制限であるが、あまりに大きな粒子径では、絶縁性微粒子7Aであるシリカ微粒子との質量差から、成膜時に沈降し、分散状態を維持することができない。また原理的には不明確な点が多いが、平均粒径が3〜20nmの範囲内の導電性微粒子7Bを用いることで、効率よく電子放出が生じる。
第1微粒子層31は、絶縁性微粒子7Aと導電性微粒子7Bとがシリコン樹脂で固着されている。したがって、アモルファスカーボン層8および多孔電極層9Aに、孔部41を形成するための孔を形成する工程においても、十分な機械的強度を有し、加工工程に耐えうる電子放出素子1が形成される。また、シリコン樹脂は、撥水機能があるので、水分子が微粒子層3に付着しにくく、電子放出素子1を大気中で動作させても、水分子による電気抵抗の変化が生じにくい。したがって、安定して動作する電子放出素子1を形成することができる。このシリコン樹脂には、たとえば、東レ・ダウコーニング・シリコン株式会社製の室温・湿気硬化タイプのSR2411シリコンレジンを利用する。
第2微粒子層32は、絶縁性微粒子7Aで構成されている。絶縁性微粒子7Aは、第1微粒子層31で用いている絶縁性微粒子7Aと同じ微粒子を用いている。このように、第2微粒子層32で用いる絶縁性微粒子7Aは、第1微粒子層31のそれと同じ微粒子を用いればよい。第2微粒子層32は、絶縁性微粒子7Aと絶縁性微粒子7Aとがシリコン樹脂で固着されている。このシリコン樹脂も第1微粒子層31と同じものである。したがって、第2微粒子層32も、機械的強度および水分子付着について、上記で説明した効果と同様の効果が得られる。
微粒子層3は、その層厚が1200nmで形成される。第1微粒子層31は、700〜800nmで形成され、第2微粒子層32は、400〜500nmで形成される。微粒子層3は、層厚を均一にし、層厚方向に一様な抵抗となるようにするため、その層厚を300〜2000nmにするとよい。微粒子層3は、電子を放出させる層としての機能から、第1微粒子層31と第2微粒子層32とをあわせた層厚で形成すればよい。微粒子層3の層厚が300nmより薄い場合、スパッタ法による薄膜電極形成時に、電極材料の金属粒子が、微粒子の隙間から下面電極まで突き抜け、上下の電極間を短絡させてしまう。また、微粒子層3の層厚を2000nmより薄くしなければならない理由は、電子放出素子1の作成工程からの制限である。
微粒子層3は、第1微粒子層31のみで構成されてもよいが、本実施形態のように、微粒子層3が第1微粒子層31と第2微粒子層32とで構成されてもよい。つまり、微粒子層3の層厚と比べて、微粒子層3の表面の凹凸があまりに大きいと、表面形状に由来した局所的な強電界が生じ、その強電界の部分に電流集中が発生する。また、電子放出素子1への長期間の通電でも、微粒子層3に偶発的な電流集中点が生じてしまう。これらの問題を回避するために、微粒子層3を第1微粒子層31と第2微粒子層32とで構成し、微粒子層3の表面の凹凸を緩和するとよい。一般的に、微粒子層3の層厚は、薄い方がより好ましいが、若干の厚膜化は上記問題の対策に有用である。
微粒子層3は、上述したように、電極基板2と薄膜電極4との間で、電極基板2上に形成された電気絶縁層5の開口部6によって形成される開口6Aに充填される。つまり微粒子層3は、電気絶縁層5の開口部6によって形成される開口6Aにおいて、電極基板2と薄膜電極4との間に配置される。
図3は、電子放出素子1の斜視図である。図3には、電子放出素子1の電気絶縁層5の全体の形状を模式的に示している。電気絶縁層5に形成された開口部6と、開口部6によって形成される開口6Aに充填された微粒子層3と、薄膜電極4との位置関係を示している。図3は、開口部6によって形成される開口6Aの形状および位置を示すために、電気絶縁層5の表面で、電気絶縁層5と薄膜電極4とを切り離した状態となっている。図3における電気絶縁層5の表面に示した破線51は、薄膜電極4の外縁部を電気絶縁層5に投影したときの投影線である。
電気絶縁層5は、離散して配置される微小な開口部6を多数有する。電気絶縁層5の開口部6は、電気絶縁層5の表面のうち、破線51によって規定される範囲の内側の面に位置するよう設置される。
このように配置することによって、電極基板2と薄膜電極4との間に形成される電界において、薄膜電極4の外縁部に由来する電界の偏りは、電流路の形成と無関係となる。一般的に、電極端部は電極面内に比べて電気力線が集中する。したがって、電極基板2と薄膜電極4との間に電圧を印加した場合、電極端部は、電極面内に比べて電流路を形成し易い。つまり、電子放出素子1からの電子放出は、薄膜電極4の外縁部から集中的に発生することとなる。この現象を抑制するためには、薄膜電極4の外縁部は、電気を流さないようにする必要がある。
電子放出素子1は、薄膜電極4から、薄膜電極4の外部へ配線パターンを形成する電極パッド12を有する。電極パッド12は、薄膜電極4と重なり、かつ電気絶縁層5の開口部6とは重ならない位置から、電極パッド12の一部が、薄膜電極4の外部へと延びる電気配線である。電極パッド12は、層厚200nm〜500nmの厚くて丈夫な金属層である。電極パッド12は、電極パッド12の端部に外部電源である電源11を接続することによって、特殊な針プローブ等を用いずに、電子放出素子1に電圧を印加することを可能とする。電子放出素子1は、電極基板2と薄膜電極4とが電源11に接続されて用いられる。
次に、電子放出素子1の製造方法について説明する。電極基板2は、厚さ0.7mmのガラス基板表面に、スパッタ法によりモリブデンを20nm成膜し、さらに重ねてアルミニウムを10nm成膜し、再びモリブデンを20nm成膜したものである。
電気絶縁層形成工程では、電極基板2の表面に開口部6を有する電気絶縁層5を形成する。電気絶縁層形成工程では、感光性アクリル樹脂材料を含んだ溶液が電極基板2上にスピンコート塗布され、プレベーキング、パターン露光、アルカリ現像、および純水洗浄が、この順に行なわれる。
ここでは、電気絶縁層5は、感光性アクリル樹脂を含んだ溶液をスピンコート塗布法により電極基板2上に成膜し、硬化後に2μmの膜厚となるように形成される。感光性アクリル樹脂のベースポリマーは、メタクリル酸とグリシジルメタクリレートとのポリマーである。このポリマーは、感光部分が現像液に溶解するものであり、洗浄済みの電極基板2の表面へスピンコート塗布法で塗布される。続いて、ポリマーが塗布された電極基板2は、プリベークされ、感光性アクリル樹脂の溶媒、たとえば乳酸エチル等の溶媒の乾燥が行なわれ、熱硬化される。
アクリル樹脂が塗布された電極基板2に対して、開口部6を形成するための金属マスクパターンが重ねられて露光される。開口部6によって形成される開口6Aは、60μm角の正方形である。金属マスクパターンは、縦横32.2mm×32.2mmの領域に、縦横135個×135個で計18225個の開口パターンが形成されている。
金属マスクパターンが重ねられて露光されたアクリル樹脂は、露光後に、アルカリ性溶液で現像処理される。アルカリ性溶液によって、露光された部分のアクリル樹脂がエッチングされて、所望の形状の開口部6が得られる。
さらに、開口部6が形成されたアクリル樹脂は、純水によって、表面に残った現像液が洗浄された後、加熱され、架橋反応によって硬化される。開口部6が形成されたアクリル樹脂である電気絶縁層5および電極基板2は、ホットプレートやオーブン内に設置されて加熱される。
次の微粒子層形成工程では、電気絶縁層5の開口部6によって形成される開口6Aに、微粒子層3を充填する。まず、第1微粒子層31の材料となる分散液Aと、第2微粒子層32となる分散液Bを作成する。分散液Aは、溶媒に、絶縁性微粒子7Aと導電性微粒子7Bとを順に投入し、超音波分散器にかけて分散させて得られる。分散液Bは、溶媒に、絶縁性微粒子7Aとシリコン樹脂溶液とを順に投入し、超音波分散器にかけて得られる。ここで分散溶媒は、それぞれの材料の分散したスラリーを形成できるものであれば、特に制限はない。たとえば、分散溶媒としては、トルエン、ベンゼン、キシレン、またはヘキサン等を用いることができる。なお、分散法は、超音波分散器に限らず、それ以外の方法で分散させてもよい。
次に、開口部6を有する電気絶縁層5が形成された電極基板2上に、分散液Aを塗布して、たとえば、スピンコート法によって塗布して、第1微粒子層31を形成する。分散液Aを塗布した後、電気絶縁層5が形成された電極基板2を150℃で加熱し、溶媒を蒸発させる。分散液Aの塗布は、スピンコート法以外に、たとえば、滴下法、スプレーコート法、噴霧法、またはインクジェット法等の方法を利用することができる。スピンコート法やこれらの方法による塗布および乾燥を繰り返すことによって、所望の膜厚を有する第1微粒子層31を形成することができる。
続いて、第1微粒子層31が形成された電極基板2に、分散液Aの場合と同様にして、第2微粒子層32を形成する。このとき、分散液Bに含まれるシリコン樹脂成分は、第1微粒子層31にも浸透し、結果的に第1微粒子層31を構成するそれぞれの微粒子をシリコン樹脂で結着、つまり固着することになる。分散液Bを塗布した後にも、再び150℃で加熱処理を行う。
微粒子層3の層厚、すなわち第1微粒子層31と第2微粒子層32とを積層した層厚は、電気絶縁層5の層厚よりも薄くなるように形成する。これは次の除去工程で、スクレーパーが、電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層を除去するとき、開口6Aに成膜された微粒子層の塊を丸ごと掻き出さないようにするためである。微粒子層3の層厚を電気絶縁層5の層厚よりも薄くすることによって、スクレーパーが電気絶縁層5の表面のみを摺動させることができる。
次の除去工程では、電気絶縁層5の開口部6によって形成される開口6Aに成膜された微粒子層をそのまま残し、電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層のみを、スクレーパーを使用して除去する。電気絶縁層5を傷つけないために、スクレーパーの刃は硬化したアクリル樹脂よりも硬度の低い素材とする必要がある。ここでは、ポリプロピレンの刃を用いて、電気絶縁層5の表面を掻き取り、電気絶縁層5の開口部6によって形成された開口6Aに成膜された微粒子層をそのまま残し、電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層のみを除去する。掻き取る際に生じた微粒子のダストは、エアガンで吹き飛ばして清浄する。このようにすることによって、図1に示したように、電気絶縁層5の開口部6によって形成される開口6Aにのみ微粒子層3が充填される。
次に成膜工程では、電気絶縁層5および微粒子層3上に薄膜電極4を形成する。薄膜電極4は、アモルファスカーボン層8、多孔電極層9A、およびベタ電極層9Bによって構成される。
まず、孔部41を形成するため、遮蔽体として機能する球形遮蔽体を溶媒に分散せて、分散液Cを作製し、分散液Cを電極基板2上に形成された電気絶縁層5および微粒子層3の表面に塗布する。溶媒が蒸発することにより、球形遮蔽体が電気絶縁層5および微粒子層3の表面に均一に散布される。球形遮蔽体は、平均粒子径が8μmの球形のシリカ粒子である。
次に、薄膜電極4の形状に対応する領域が開口するマスク、つまり破線51の範囲が開口するマスクを、球形遮蔽体が散布された電気絶縁層5および微粒子層3の表面に重ね、スパッタ法にて、アモルファスカーボン層8、および多孔電極層9Aを続けて成膜する。ここで、薄膜電極4の形状は35mm×35mmの正方形とし、スパッタのターゲットには、金、銀、タングステン、チタン、アルミニウム、またはパラジウム等を用いる。破線51の範囲は、35mm×35mmの正方形である。
次に、成膜された多孔電極層9Aの表面に対して、ドライエアーをブローして、球形遮蔽体を除去する。これによって、孔部41を形成するための孔が形成されたアモルファスカーボン層8および多孔電極層9Aが完成する。
続いて、先に用いた35mm×35mmの正方形の範囲が開口するマスクを、アモルファスカーボン層8および多孔電極層9Aを積層した位置と同じ位置に再び重ね、多孔電極層9Aが形成された電極表面に、スパッタ法によって、金属材料の薄膜を成膜し、成膜後マスクを取り除く。これによって、ベタ電極層9Bが形成され、電子放出素子1の表面を形成する薄膜電極4が得られる。
最後に、薄膜電極4から、薄膜電極4外部への配線パターンとなる電極パッド12を形成する。電極パッド12は、配線パターンの形成されたメタルマスクを重ねた上で、スパッタ法だけでなく、蒸着法を用いて作成してもよい。以上の工程により、本実施形態に係る電子放出素子1が完成する。
以下、電圧電流特性の評価に用いた電子放出素子1の実施例について説明する。電極基板2は、厚さ0.7mm、縦横41mm×45mmのガラス基板の表面に、スパッタ法によって、モリブデンを20nm成膜し、さらに重ねてアルミニウムを10nm成膜し、再びモリブデンを20nm成膜したものである。
まず、電気絶縁層形成工程では、電気絶縁層5および開口部6を形成する。電極基板2の表面に、感光性アクリル樹脂を含んだ溶液をスピンコート塗布法によって塗布して成膜し、硬化後に2μmの膜厚となるように形成する。感光性アクリル樹脂のベースポリマーは、メタクリル酸とグリシジルメタクリレートとのポリマーであり、感光部分が現像液に溶解するものである。具体的には、粘度27cpのアクリル樹脂を用意し、用意したアクリル樹脂を、洗浄済の電極基板2の表面へ、スピン回転数1000rpmで塗布する。続いて、アクリル樹脂が塗布された電極基板2を100℃に加熱し、感光性アクリル樹脂の溶媒、たとえば乳酸エチル等の溶媒の乾燥を行い、熱硬化させる。
次に、アクリル樹脂が塗布された電極基板2に対して、開口部6を形成するための金属マスクパターンを重ね露光を行う。開口部6によって形成される開口6Aは、60μm角の正方形である。金属マスクパターンは、縦横32.2mm×32.2mmの領域に、縦横135個×135個で計18225個の開口パターンが形成されている。
金属マスクパターンが重ねられて露光されたアクリル樹脂を、露光後に、アルカリ性溶液、ここではテトラメチルアンモニウムヒドロオキサイドの溶液で現像処理する。アルカリ性溶液によって、露光された部分のアクリル樹脂がエッチングされて、所望の形状の開口部6が得られる。
さらに、開口部6が形成されたアクリル樹脂は、純水によって、表面に残った現像液が洗浄された後、加熱され、架橋反応によって硬化させる。開口部6が形成されたアクリル樹脂である電気絶縁層5および電極基板2は、オーブン内に設置され、200℃で加熱される。
次の微粒子層形成工程では、微粒子層3を形成する。10mLの試薬瓶にn−ヘキサン溶媒を1.5g入れ、さらに絶縁性微粒子7Aとして0.25gのシリカ粒子を投入して、試薬瓶を超音波分散器にかけて分散させる。ここでシリカ微粒子は、キャボット社製の平均粒子径50nmのフェームドシリカC413である。このシリカ微粒子の表面は、ヘキサメチルシジラザン処理されている。5分間分散器にかけることによって、シリカ微粒子は、n−ヘキサン溶媒内に乳白色に分散する。
続いて、導電性微粒子7Bとして0.06gの銀ナノ粒子を投入し、同様に超音波分散器にかけて分散させる。この銀ナノ粒子は、応用ナノ研究所製であり、アルコラートの絶縁被覆を有した平均粒子径10nmのものである。ここで銀ナノ粒子を分散させた分散液を分散液Aとする。
同様に、10mLの試薬瓶にn−ヘキサン溶媒を1.5g入れ、絶縁性微粒子7Aとして0.25gのフェームドシリカC413のシリカ粒子を投入して、同様に試薬瓶を超音波分散器にかけて分散させる。次に、シリコン樹脂溶液を0.036g投入し、同様に超音波分散器にかけて分散させる。このシリコン樹脂は、東レ・ダウコーニング製の室温・湿気硬化タイプのSR2411シリコンレジンである。ここでシリコン樹脂を分散させた分散液を分散液Bとする。
電極基板2に形成された、開口部6を有する電気絶縁層5の表面に、分散液Aを滴下し、スピンコート法を用いて第1微粒子層31を形成する。第1微粒子層31が形成された電極基板2は、150℃のホットプレートを用いて1分間加熱乾燥(以下、「仮焼成」という)させる。さらに、分散液Bを用いて同様に成膜して第2微粒子層32を形成する。第2微粒子層32が形成された電極基板2も同様に、150℃のホットプレートを用いて1時間加熱乾燥(以下「本焼成」という)させる。
スピンコート法による成膜条件は、500回転/分(以下「RPM」という)で回転している間に、分散液Aまたは分散液Bを、電気絶縁層5の表面へ滴下し、続いて3000RPMにて10秒間の回転を行う。
次の除去工程では、開口部6によって形成される開口6Aに成膜された微粒子層3をそのまま残し、電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層のみを、スクレーパーを使用して除去する。電気絶縁層5を傷つけないために、スクレーパーの刃は硬化したアクリル樹脂よりも硬度の低い素材とする必要がある。ここでは、ポリプロピレンの刃を用いて、電気絶縁層5の表面を掻き取り、開口部6によって形成される開口6Aに成膜された微粒子層3をそのまま残し、電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層のみを除去する。掻き取る際に生じた微粒子のダストは、エアガンで吹き飛ばして清浄する。
次に成膜工程では、薄膜電極4を形成する。10mLの試薬瓶にエタノール溶媒を1.0g入れ、球形遮蔽体として0.1gのシリカ粒子を投入して、超音波分散器用いて5分間分散させる。ここでシリカ微粒子は、株式会社トクヤマ製の平均粒子径8μmのフュームドシリカSE−5Vであり、シリカ微粒子の表面は、ヘキサメチルシジラザン処理されたものである。ここでシリカ微粒子を分散させた分散液を分散液Cとする。
電極基板2に形成された電気絶縁層5および微粒子層3の表面に、分散液Cを滴下し、スピンコート法を用いて球形遮蔽体を均一に散布させる。散布後、電極基板2に形成された電気絶縁層5および微粒子層3が形成された電極基板2は、150℃のホットプレートを用いて1分間加熱され、溶媒を蒸発させる。
薄膜電極4の形状に対応する領域、具体的には、薄膜電極4が配置される35mm×35mmの正方形の領域が開口するメタルマスクを、球形遮蔽体が散布された電気絶縁層5および微粒子層3の表面に重ね、抵抗過熱式蒸着機を用いて、アモルファスカーボン層8を蒸着し、続けてスパッタ装置を用いて、金パラジウム(以下「Au―Pd」という)ターゲットを使用して成膜し、多孔電極層9Aの元となるAu―Pdの電極膜を得る。アモルファスカーボン層8の膜厚は10nmであり、Au―Pdの電極膜の膜厚は20nmである。
メタルマスクを取り外した後、ドライエアーを用いて薄膜電極4の表面をブローし、球形遮蔽体を除去する。球形遮蔽体が除去されたAu―Pdの電極膜が、多孔電極層9Aである。球形遮蔽体が存在していたために、アモルファスカーボン層8および多孔電極層9Aが積層されなかった部分は、薄膜電極4の孔部41を形成するための孔である。
続いて、アモルファスカーボン層8および多孔電極層9Aの形成に用いたメタルマスクを、アモルファスカーボン層8および多孔電極層9Aを積層した位置と同じ位置に、再び重ね、多孔電極層9Aが形成された部分の全面に、スパッタ法にてAu―Pdからなるベタ電極層9Bを成膜する。ベタ電極層9Bの膜厚は、20nmである。ベタ電極層9Bは、金属材料の薄膜である。ベタ電極層9Bを成膜した後、メタルマスクを取り除く。メタルマスクを取り除くことによって、ベタ電極層9Bが完成し、電子放出素子1の表面を形成する薄膜電極4が形成される。アモルファスカーボン層8および多孔電極層9Aが積層されなかった部分には、孔部41が形成されている。電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:略称「SEM」)を用いた孔部41の形状および存在個数の計測結果は、孔部41の大きさが直径4.5μmであり、孔部41の分散状態が930個/mm2である。
最後に、薄膜電極4から、薄膜電極4外部へ繋げる配線パターンとなる電極パッド12を形成する。電極パッド12は、配線パターンの形成されたメタルマスクを重ねた上で、真空蒸着法を用いて作成する。電極パッド12は、単純な電気配線であるため、厚く成膜される程よい。この実施例では、電極パッド12の膜厚は、200nmである。
図4は、電子放出素子1の電圧電流特性を測定する測定系を示す図である。図4に示した測定系は、上述した実施例の電子放出素子1の電圧電流特性を測定した測定系である。
図4に示した測定系では、電子放出素子1の多孔化処理された薄膜電極4の外側に、ポリイミド製の絶縁体スペーサ13を挟んで、SUS製のメッシュ対向電極14(以下「対向電極」という)が配置される。多孔化処理は、孔部41を形成する処理である。絶縁体スペーサ13の高さは、5mmである。電極基板2と薄膜電極4との間には、矩形波電源15によって、電圧V1の矩形波からなる電圧が印加され、対向電極14には、直流電源16によって、電圧V2の直流電圧が印加される。この測定系では、薄膜電極4と矩形波電源15との間を流れる電流を素子内電流Ipとして、また、対向電極14と直流電源16との間に流れる電流を電子放出電流Ieとして測定する。電子放出素子1の実施例での電圧電流特性の測定は、温度24℃および相対湿度30%の環境に設置された測定系で行った。
電子放出素子1の実施例に対する比較例として、電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層を除去していない電子放出素子を作成し、図4に示した測定系で電圧電流特性の測定を行った。この比較例の電子放出素子は、電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層の除去工程がないこと以外、他の工程はすべて同一である。
図5は、電子放出素子1の実施例の電圧電流特性を示す図である。図6は、比較例の電子放出素子の電圧電流特性を示す図である。グラフ61,71は、電子放出電流Ieであり、グラフ62,72は、素子内電流Ipである。図5および図6ともに、左側の縦軸が電子放出電流Ie(A/cm2)であり、右側の縦軸が素子内電流Ip(A/cm2)であり、横軸が印加電圧(V0−p)である。
図5は、計測条件として、電子放出電流Ieが1(μA/cm2)となるまで、印加電圧V1を段階的に引き上げたときの測定結果である。印加電圧V1は、正極側にのみ振幅を有する矩形波であり、周波数500(Hz)、デューティー50%である。印加電圧ひV1の値は、矩形波の波高値を表し、単位を「V0−p」として表記する。印加電圧V2は、直流電圧であり、その電圧は500(V)である。また、計測した各電流値は、計測積分時間を166(ms)としたときの平均電流値である。印加電圧V1は、周波数が500(Hz)であるので、その1波長は2(ms)である。
図5に示した電圧電流特性は、電子放出電流Ieが1(μA/cm2)となった時点で、印加電圧V1=16(V0−p)であり、素子内電流Ipは、61(mA/cm2)である。このとき、単位面積当たりの平均消費電力W1は、W1=8(V平均値)×61(mA/cm2)=0.49(W)となる。単位「V平均値」は、印加電圧1周期の平均値を表す。平均電圧の単位がボルト(V)であることを示し、平均消費電力量を求めるための単位である。
図6は、図5の測定結果と同じ計測条件で、印加電圧V1を段階的に引き上げたときの測定結果である。図6に示した電圧電流特性は、電子放出電流Ieが1(μA/cm2)となった時点で、印加電圧V1=61(V0−p)であり、素子内電流Ip=34(mA/cm2)である。このとき、単位面積当たりの平均消費電力W1は、W1=30.5(V平均値)×34(mA/cm2)=1.04(W)となる。
実施例の電子放出素子1から電子放出電流Ieを1(μA/cm2)得るのに必要とする印加電圧V1は、比較例の電子放出素子の印加電圧V1に比べて約1/4に減少しており、消費電力は約1/2となっている。この結果が示すように、電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層を除去することによって、不要な電力ロスを無くし、低消費電力の電子放出素子1を得ることができる。
素子内電流Ipに対する電子放出電流Ieの占める割合(以下、「電子放出効率」という)は、実施例の電子放出素子1が0.0016%であるのに対し、比較例の電子放出素子が0.0029%であり、実施例の電子放出素子1が多少悪くなっている。これは、電子放出素子1の電子放出機構に由来するものと考えられる。つまり、比較例の電子放出素子は、電力を多く消費しているので、その分だけ電子放出素子の温度が上昇している。電極基板2の温度を計測した結果、比較例の電子放出素子では80〜90℃に達しているが、実施例の電子放出素子1では30〜40℃の間で推移している。温度上昇は、トラップした電子のエネルギ準位を真空準位へ引き上げる効果があるため、電子放出効率を上昇させたものと考えられる。
また、実施例と比較例との素子構造の違い、つまり電気絶縁層5の表面に成膜された微粒子層を除去しているか否かという素子構造の違いは、寿命へも大きく影響する。電圧が印加されたとき、薄膜電極4に電位勾配を生じるのは、薄膜電極4の表面に電力ロスを生じるためである。電力ロスは、薄膜電極4の金属膜質に起因した電気抵抗の上昇によって生じる。この薄膜電極4の電気抵抗上昇は、薄膜電極4を形成する際に微粒子層3から生じたアウトガスが、コンタミネーションとして電極膜に混入することに因る。
印加電圧を上昇させることによって、所定の電圧以上の電圧を、薄膜電極4の表面全体に印加させることはできるが、印加電圧を上昇させる前に、所定の電圧が印加されていた薄膜電極4の表面へは、過剰な電圧を印加させることとなる。このような過剰な電圧が印加される部分は、電極パッド12と薄膜電極4とが重なる部分の近傍の電子放出点で生じる。過剰な電圧印加は、微粒子層3の絶縁破壊、およびカーボンの堆積等を生じ易くし、電子放出素子の急速な部分的劣化を生じさせる。
図7は、比較例の電子放出素子100の表面写真である。電子放出素子100は、100時間連続駆動したものであり、その表面には、上述した電子放出素子100の劣化を生じている。図7の左側に見える縦方向のライン状のものは、電極パッド12である。電極パッド12から右側には、薄膜電極4、および電気絶縁層5がある。電気絶縁層5の表面にには、開口部6によって形成される開口6Aに充填される微粒子層3が写っている。開口部6によって形成される開口6Aに充填される微粒子層3の領域は、60μm角の電子放出部であり、100時間の連続駆動によって変色していることが目視できる。
図7に示した写真の電子放出素子100は、部分的に印加電圧が過剰となる比較例の電子放出素子100を、電子放出電流Ieが10(μA/cm2)となるよう印加電圧を制御し、100時間連続駆動した後のものである。電極パッド12に隣接した電子放出部は、黒色化しており、カーボンの堆積が際立って生じている。電極パッド12から遠ざかるに従って、つまり図7の右側方向へ移動するに従って、電子放出部の黒色化は減少しており、電子放出素子100は、初期の状態を維持している。カーボンの堆積は、電子放出素子100からの電子放出を阻害するので、電子放出電流Ieを維持するためには、カーボン堆積の進行に伴って印加電圧を上昇させる必要がある。この結果、カーボンの堆積は、電子放出素子100全体へ広がるとともに、先に黒色化した部分は、微粒子層3の絶縁破壊を引き起こし、電子放出部が完全に喪失してしまう。
電子放出素子1は、上述した電子放出部の部分的劣化を生じないので、印加電圧を過度に上昇させる必要がない。この結果、電子放出素子1の面積を大型化しても、面方向に一様で、かつ大気中での長期に渡る安定した駆動を可能とする電子放出が得られる。
電子放出素子1は、従来技術による電子放出素子の素子構造に比べて、消費電力を抑え、長期にわたって連続して駆動することができる。したがって、たとえば、電子写真方式の複写機、プリンタ、およびファクシミリ等の画像形成装置の帯電装置や、電子線硬化装置、あるいは発光体と組み合わせることによる画像表示装置、または放出された電子が発生させるイオン風を利用することによる冷却装置等に、好適に適用することができる。
電子放出素子1およびその製造方法は、上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についてもこの発明の技術的範囲に含まれる。
このように、電子放出素子1は、板状の電極基板2と、電極基板2に対向して形成される薄膜電極4と、電極基板2と薄膜電極4との間に形成され、絶縁性微粒子7Aと導電性微粒子7Bとを含む微粒子層3が充填される複数の開口6Aが形成される電気絶縁層5とを含む。そして、電子放出素子1は、電極基板2と薄膜電極4との間に電圧が印加されたとき、電極基板2から放出される電子が、微粒子層3を透過し、さらに薄膜電極4を透過して薄膜電極4から放出されるように構成される。
したがって、薄膜電極4は、電気絶縁層5と微粒子層3とで形成される表面形状に沿った形で成膜される。この内、電気絶縁層5の表面に形成される薄膜電極4は、スパッタ法による電極形成時に、微粒子層3を構成する物質由来のコンタミネーションの影響を受け難く、良好な電気伝導度を維持したものとなる。薄膜電極4に電圧を印加した場合、電気供給路での電位降下は極めて小さくなるため、電気供給路の線路長が増大しても、電子放出素子1は、印加した電圧値と同等の電圧を供給可能となる。それゆえ、電子放出素子1は、大型化しても、薄膜電極4面内には電位分布のほとんどない一様な電圧印加が可能となる。
また、電気絶縁層5の開口6Aに形成される微粒子層3が、絶縁性微粒子7Aと導電性微粒子7Bとの混合物からなるので、電子放出素子1の電気抵抗調整を容易かつ均一に仕上げることが可能となる。それゆえ、電子放出素子1は、大面積化も実現可能な素子構成となる。したがって、電子放出素子1は、大面積であって、面方向に一様な電子放出を長期間維持可能となる。
さらに、電気絶縁層5に形成される各開口6Aの深さ方向に直交する断面の形状は、一辺が10μm以上500μm以下の正方形である。このように、電気絶縁層5に形成される開口6Aの大きさを10μm角よりも大きくするので、電子放出素子1は、フォーミング処理によって薄膜電極4にホール部分(以下「ホール(孔)」ともいう)が形成されても、ホール(孔)周辺の電極を介して、電子放出部に電圧を印加し続けることが可能となる。
さらに、電気絶縁層5は、アクリル樹脂からなるので、電気絶縁層5は、電気的絶縁性能、耐熱性、および表面硬度が良好であり、任意のパターンの形成処理が容易である。
さらに、電気絶縁層5に形成される複数の開口6Aは、電極基板2と薄膜電極4とが対向する範囲内に配置される。したがって、電子放出素子1は、電極基板2と薄膜電極4との間に形成される電界において、薄膜電極4の外縁部に由来する電界の偏りを、電流路の形成と無関係にすることができる。
さらに、薄膜電極4は、外方に面する表面に、外方に臨む複数の凹部が形成される。凹部の物理的構成は、電子放出点として機能するきっかけとなる。それ故、電子放出素子1は、素子の電子放出点を素子表面に確実に形成することが可能となる。
さらに、薄膜電極4は、微粒子層3側に形成される第1薄膜電極層と、第1薄膜電極層よりも抵抗値が低く、前記複数の凹部が形成される第2薄膜電極層とを含む。したがって、電子放出素子1は、薄膜電極4に電圧を印加したとき、凹部直下の微粒子層3に電界を集中させ、電流路を形成することができる。そして、電流路は、電子放出部として機能する。
さらに、前記第2薄膜電極層は、前記凹部が第1薄膜電極層を貫通することによって、微粒子層3と電気的に接続される。したがって、電子放出素子1は、第2薄膜電極層と微粒子層3との接続部外周部において、特に、その直下の微粒子層3に電界を集中することが可能となる。
さらに、前記第1薄膜電極層は、アモルファスカーボン層8である。したがって、電子放出素子1は、第1電極層を抵抗層として機能させることができる。
さらに、前記第2薄膜電極層は、金属層である。この金属層があることによって、薄膜電極4は、電極として機能することができる。
さらに、前記金属層は、金、銀、タングステン、チタン、アルミニウム、およびパラジウムのうちの少なくとも1つを含む。このように、電子放出素子1は、金属層として、仕事関数の低い金属材料を使用するので、電子放出素子1の表面から空間への電子放出効率が向上する。
さらに、微粒子層3は、絶縁性微粒子7Aによって形成される第2微粒子層32をさらに含む。したがって、電子放出素子1は、微粒子層3の表面の凹凸を緩和することができ、局所的な強電界の発生を防止し、強電界の部分に発生する電流集中、および長時間の通電で発生する偶発的な電流集中を防ぐことができる。
さらに、微粒子層3に含まれる絶縁性微粒子7Aおよび導電性微粒子7Bは、シリコン樹脂によって固着される。したがって、たとえば、微粒子層3を形成する微粒子分散溶液には、熱硬化性のシリコン樹脂を混合する。微粒子層3形成後に、このシリコン樹脂を熱硬化させることで、微粒子層3は固化、固着する。これにより、微粒子層3の機械的強度が向上し、スクレーパーを用いた微粒子層3の剥離作業時に、電気絶縁層5の開口6Aに充填した微粒子層3のみを残すことができる。さらに、シリコン樹脂は、撥水機能を有するため、電子放出素子1は、大気中に含まれる水分子の微粒子層3への付着を抑制することができる。この結果、電子放出素子1は、水分子付着による電気抵抗変化を抑制することができるので、湿度変動を伴う動作雰囲気中でも、安定して動作することができる。
さらに、導電性微粒子7Bは、金、銀、白金、パラジウム、およびニッケルのうちの少なくとも1つを含み、その粒径が3〜10nmの平均径である。これらの材料は、薄膜電極4に用いられる材料と同様に、大気中の酸素による酸化をはじめ、電子放出素子1の劣化が生じにくい。したがって、電子放出素子1は、大気圧中でも長時間にわたり連続駆動することができる。また、導電性微粒子7Bは、その粒径が3〜10nmの平均径であるので、電子の通り道となる微粒子層3内で絶縁破壊が起こりにくくなり、電子放出現象が生じ易くなる。
さらに、絶縁性微粒子7Aは、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、および二酸化チタンのうちの少なくとも1つを含み、その粒径が10〜1000nmの平均径である。二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、および二酸化チタンなどの酸化物は絶縁性が高いため、電子放出素子1は、導電性微粒子7Bとの混合比を調整することによって、微粒子層3の抵抗値を任意の範囲に設定することができる。また、絶縁性微粒子7Aの材料として、前記酸化物を用いるので、電子放出素子1は、大気圧中で長時間にわたる連続駆動を行っても、大気中の酸素に起因する酸化が生じにくく、電子放出素子1の劣化を抑制することができる。したがって、電子放出素子1は、長時間にわたり連続駆動することができる。
さらに、電気絶縁層形成工程では、板状の電極基板2上に、複数の開口部6を有する電気絶縁層5を形成する。微粒子層形成工程では、電気絶縁層形成工程で形成された電気絶縁層5の表面に、導電性微粒子7Bおよび絶縁性微粒子7Aによって構成される微粒子層を形成する。除去工程では、開口部6を除く電気絶縁層5の表面に形成された微粒子層を除去する。そして、成膜工程では、薄膜電極である薄膜電極4を、微粒子層が除去された電気絶縁層5の表面の形状、および開口部6によって形成される開口6Aに充填された微粒子層3の表面の形状に沿った形状で成膜する。
したがって、薄膜電極4は、電気絶縁層5と微粒子層3とで形成される表面形状に沿った形で成膜される。この内、電気絶縁層5の表面に形成される薄膜電極4は、スパッタ法による電極形成時に、微粒子層3を構成する物質由来のコンタミネーションの影響を受け難く、良好な電気伝導度を維持したものとなる。薄膜電極4に電圧を印加した場合、電気供給路での電位降下は極めて小さくなるため、電気供給路の線路長が増大しても、電子放出素子1は、印加した電圧値と同等の電圧を供給可能となる。それゆえ、電子放出素子1は、大型化しても、薄膜電極4面内には電位分布のほとんどない一様な電圧印加が可能となる。
また、電気絶縁層5の開口6Aに形成される微粒子層3が、絶縁性微粒子7Aと導電性微粒子7Bとの混合物からなるので、電子放出素子1の電気抵抗調整を容易かつ均一に仕上げることが可能となる。それゆえ、電子放出素子1は、大面積化も実現可能な素子構成となる。したがって、電子放出素子1は、大面積であって、面方向に一様な電子放出を長期間維持可能となる。