以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態について騎乗型車両に自動二輪車を適用した場合を例にして説明する。なお、方向の概念は、自動二輪車に騎乗した運転者から見た方向を基準としており、全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の符号を付して重複する詳細な説明を省略している。
(自動二輪車)
図1は、本発明の実施形態に係る発進制御装置を搭載した騎乗型乗物の一例として示す自動二輪車を左側から見て示す側面図である。図1に示す自動二輪車1は、二輪車オフロードレースで用いられ得るモトクロッサーである。この自動二輪車1は、前輪2a、後輪2b、車体フレーム5及びシート6を備えている。
前輪2aは、フロントフォーク3の下端部に回転可能に支持されている。フロントフォーク3の上端部は、ステアリングシャフト(図示せず)を介してハンドル4に連結されている。車体フレーム5は、ヘッドパイプ5a、左右一対のメインフレーム5b、左右一対のダウンフレーム5c及び左右一対のスイングアーム5dを有している。ヘッドパイプ5aは、ステアリングシャフトを回転可能に支持している。一対のメインフレーム5bは、ヘッドパイプ5aから後下がりに延びている。一対のダウンフレーム5cは、ヘッドパイプ5aから下方に延びてから屈曲して後方に延び、メインフレーム5bの後端部に連結されている。一対のスイングアーム5dの前端部は、メインフレーム5bの後端部に回転可能に支持されている。後輪2bは、スイングアーム5dの後端部に回転可能に支持されている。シート6は、ハンドル4の後方且つメインフレーム5bの上方に設けられている。
自動二輪車1は、シート6に着座した運転者により操作される部品として、スロットルグリップ9a(図2参照)、クラッチレバー9b及びシフトペダル9cを備えている。スロットルグリップ9aは、ハンドル4の右グリップであり、運転者の右手で回転操作される。クラッチレバー9bは、ハンドル4の左グリップに取り付けられ、運転者の左手で操作される。シフトペダル9cは、左ダウンフレーム9cの後端部に取り付けられ、運転者の左足で操作される。
自動二輪車1の走行動力駆動源は4サイクルエンジン10であり、後輪2bが駆動輪である。エンジン10は、側面視でメインフレーム5b及びダウンフレーム5cで囲まれた領域内に配置され、車体フレーム5に支持されている。後輪2bは、エンジン10の出力によって回転駆動される。なお、エンジン10は、単気筒型であっても多気筒型であってもよい。また、本実施形態においては、走行動力駆動源がエンジンであるが、走行動力駆動源は、エンジンに替えて又は追加して電動モータにより構成されてもよい。
(パワーユニット)
図2は、図1に示す自動二輪車1に搭載された発進制御装置20の全体構成を示す概念図である。図2に示すように、エンジン10には、スロットル弁11、インジェクタ12及び点火プラグ13が備えられている。スロットル弁11はケーブルを介してスロットルグリップ9aに機械的に接続されているため、スロットル弁11の開度(以下、「スロットル開度」と称す)はスロットルグリップ9aの回転操作位置(以下、「グリップ位置」と称す)に応じて機械的に変化する。グリップ位置が全開位置にあるときには、スロットル開度が全開となる。エンジン10の燃焼室への吸気量は、スロットル開度に応じて変化する。インジェクタ12は、燃焼室に供給されるべき燃料を噴射する。点火プラグ13は、燃焼室内の混合気を点火して燃焼させる。混合気が燃焼することにより、エンジン10のクランク軸10aが回転出力を発生する。
クランク軸10aの回転出力は、動力伝達経路15を介し、後輪2bへと伝達され得るようになっている。動力伝達経路15は、エンジン10側から後輪2b側へ順に、一次伝動機構16、クラッチ17、変速機18及び二次伝動機構19を有している。
クラッチ17は、入力要素17a及び出力要素17bを有している。入力要素17aは、一次伝動機構16を介してクランク軸10aに接続されている。出力要素17bは、変速機18の入力軸18aに接続されている。このクラッチ17は摩擦クラッチであり、入力要素17a及び出力要素17bが、クラッチレバー9bの操作に応じて互いに接触又は離隔する摩擦板17c,17dをそれぞれ有している。クラッチレバー9bが完全に操作されているときには、摩擦板17c,17dが互いに離隔して、クラッチ17が解放状態となる。解放状態においては、クランク軸10aと変速機18との間の動力伝達が遮断される。クラッチレバー9bが不完全に操作されているときには、摩擦板17cが摩擦板17dに対し滑るようにして接触して、クラッチ17が滑り状態となる。クラッチレバー9bが完全に操作されていないときには、摩擦板17c,17dが互いに接触して、クラッチ17が繋合状態となる。滑り状態及び繋合状態においては、クランク軸10aの回転が、一次伝動機構16及びクラッチ17を介し、変速機18の入力軸18aへと伝達される。クラッチ17はケーブルを介してクラッチレバー9bに機械的に接続されているので、クラッチ17の状態はクラッチレバー9bの操作状態に応じて機械的に変化する。
変速機18は手動多段変速機であり、変速機18の変速段はシフトペダル9cの操作に応じて変更される。変速機18は、入力軸18aの回転を、選択されている変速段に対応する変速比で変速し、変速機18の出力軸18bに伝達する。出力軸18bは、二次伝動機構19を介して後輪2bに接続されている。なお、一次伝動機構16は、歯車機構、ベルト伝動機構又はチェーン伝動機構を適用し得る。二次伝動機構19は、チェーン伝動機構、シャフトドライブ機構、歯車機構又はベルト伝動機構を適用し得る。
(発進制御装置)
本実施形態に係る発進制御装置20は、エンジン回転数センサ21、スロットル位置センサ22、後輪回転数センサ23、車速センサ24、ギア位置センサ25、許可スイッチ28、エンジン制御ユニット30(以下、「ECU」と称す)、インジェクタ12及び点火プラグ13を備えている。なお、吸気系が吸気量を変更又は調節するためのデバイスであってその動作が電子的に制御され得るもの(例えば、電子スロットル弁)を備える場合においては、発進制御装置20が当該デバイスを備えていてもよい。
エンジン回転数センサ21は、エンジン10の(単位時間当たりの)回転数を検出するためのセンサであり、クランク軸10aの回転数、又はクランク軸10aに連れて回転する回転部材(不図示のカム軸、一次伝動機構16の構成要素、クラッチ17の入力要素17aなど)の回転数を検出する。スロットル位置センサ22は、スロットル開度を検出する。車速センサ23は、自動二輪車1(図1参照)の車速を検出する。例えば、GPS(Global Positioning System)センサを利用することができる。後輪回転数センサ24は、後輪2bの(単位時間当たりの)回転数を検出する。後輪回転数センサ24は、ECU30の内部処理により後輪2bの回転数を最終的に測定することを実現するものであればよく、クラッチ17及び変速機18の動作に関わらず後輪2bに連れて回転する回転部材(二次伝動機構19の構成要素、変速機出力軸18bなど)の回転数を検出するセンサであってもよい。ギア位置センサ25は、変速機18において選択されている変速段を検出する。このように、本実施形態に係る発進制御装置20は、必ずしも前輪2a(図1参照)の回転数を検出するセンサ又は加速度センサを備えていなくてもよい。
ECU30は、自動二輪車1の発進直前及び発進中に、前述のセンサ21〜25からの入力に基づき、エンジン回転数が目標値となるようにエンジン回転数を制御する発進制御を実行する。これにより、レースで見られるような急発進においても、自動二輪車1が円滑に発進可能になる。
ECU30の入力側は、センサ21〜25の他、許可スイッチ28と接続されている。許可スイッチ28は、ハンドル4(図1参照)の近傍に配置されており、運転者が容易に許可スイッチ28を操作可能になる。運転者は、許可スイッチ28を操作して、発進制御の実行を許容するか否かをECU30に入力することができる。以降では、特段記載しない限り、許可スイッチ28において、発進制御の実行を許容する旨の入力がなされているものとする。ECU30の出力側は、インジェクタ12及び点火プラグ13と接続されている。つまり、発進制御において、インジェクタ12及び点火プラグ13が操作装置となり、燃料噴射量及び点火タイミングが操作量となる。
ECU30により実行される発進制御の内容を説明する便宜上、二輪車オフロードレースにおける運転者の発進操作の従前典型例について簡単に説明する。運転者は、自動二輪車1をスタートライン前で停止して発進を待機する。発進待機中、運転者は、クラッチレバー9bを操作してクラッチ17を解放状態とし、1速等の低速段を選択し、グリップ位置を全開位置に近い位置としておく。発進許可が出ると、運転者は、クラッチレバー9bを戻していく。これにより、クラッチ17が解放状態から滑り状態を経て繋合状態へと移行していき、エンジン10の出力が動力伝達経路15を介して後輪2bに伝達され始め、自動二輪車1が発進する。クラッチ17が解放状態から滑り状態へと移行する前後においては、同一吸気量、燃料量、点火タイミング及び変速段であっても、エンジン回転数が低下する。クラッチ17が滑り状態から繋合状態へと移行する場合も、これと同様である。
前述の従前典型例において、発進待機中にグリップ位置が全開位置とされないのは、仮に全開位置であればクラッチ17が繋合状態となった時点で後輪2bに伝達される出力が過大となり、ウィリーや後輪2bのスリップを誘発する可能性があるためである。そこで運転者は、好発進を切るべくエンジン10の出力を可及的に大きくしつつもウィリー及びスリップにより出遅れることがないよう、自らによる路面グリップの判断に基づいて、グリップ位置を全開位置まで位置させることはなく、開度の加減が非常に難しい。発進後にウィリー又はスリップが発生してしまったときには、運転者は、クラッチレバー9bを操作したりして操安性の確保を図る。
本実施形態に係るECU30により実行される発進制御によれば、運転者が難しい判断及び煩雑な操作をしなくとも自動二輪車1が円滑に発進可能となる。さらには、ウィリーが発生し得る状況下にあっても、運転者が煩雑な操作をしなくとも操安性が確保される。ECU30は、このような発進制御を実行するための機能部として、開始条件判定部31、記憶部32、クラッチ状態判定部33、発進制御部34、ウィリー開始判定部35、復帰判定部36及び終了条件判定部37を有している。
開始条件判定部31は、所定の発進制御開始条件が成立したか否かを判定する。発進制御開始条件には、許可スイッチ28において発進制御の実行を許可する旨の入力がなされているとの前提条件、自動二輪車1が発進前の状態であるとの第1発進制御開始条件、及び、スロットル開度がアイドル回転数を越える所定開度以上であるとの第2発進制御開始条件が含まれる。例えば、車速センサ23が車速ゼロを検出しているときに、開始条件判定部31は第1開始条件が成立したと判定する。第2開始条件に係る所定開度は、記憶部32に予め記憶される。開始条件判定部31は、前提条件、第1発進開始条件及び第2発進開始条件が成立したときに発進制御開始条件が成立したと判定する一方、前提条件、第1発進開始条件又は第2発進開始条件が不成立であるときに発進制御開始条件が不成立であると判定する。スロットル開度が所定開度以上開いているのに停車し続けるには、グリップ位置が全閉位置から見て所定程度開き側に位置し、且つ、動力伝達経路15が断であることが必要となる。クラッチ17が解放状態であれば動力伝達経路15は断となるので、前述した発進待機中には、発進制御開始条件が成立しうる。このように、発進制御開始条件に、第1発進開始条件及び第2発進開始条件が含まれていることにより、自動二輪車1が実際に発進を開始する直前から発進制御を開始することができ、且つ、発進を待機しているのではなく単に停車しているだけであるのに発進制御が開始してしまうという不都合を回避することができる。
クラッチ状態判定部33は、発進制御を実行している間、クラッチ17の作動状態又は作動状態の移行の有無を判定する。クラッチ状態判定部33は、少なくとも、クラッチ17が解放状態であるか否か、解放状態から滑り状態へ移行したか否か、及び、滑り状態から繋合状態へ移行したか否かを判定することができる。発進制御装置20は、クラッチ17の作動状態を判定するため専用のセンサ(例えば、クラッチレバー9bの操作位置を検出するポテンショメータ)を備えていなくてもよい。替わりに、クラッチ状態判定部33は、エンジン回転数センサ21及び後輪回転数センサ24からの入力に基づいて、クラッチ17の作動状態を判定する。既存のセンサからの入力に基づきクラッチ17の作動状態が判定されるので、自動二輪車1のコスト高騰を防ぐことができ、自動二輪車1の製造工程を簡素化することができ、発進制御装置20の全体構成を簡素化することができる。無論、クラッチ17の作動状態の判定に用いられるセンサが、当該判定に専用のセンサであってもよい。
クラッチ状態判定部33は、開始条件判定部31により発進制御開始条件が成立したと判定された時点で、クラッチ17の作動状態が解放状態であると判定する。動力伝達経路15が断であることは発進制御開始条件を成立させるための有力な因子であるし、自動二輪車1の発進待機中には発進制御開始条件が成立する。このため、発進制御開始条件が成立した時点でクラッチ17が解放状態であると推定することには妥当性がある。
クラッチ状態判定部33は、クラッチ17の作動状態が解放状態であると判定している間にエンジン回転数の実際値を目標値から見て所定値だけ下回る値である閾値と比較し、実際値が当該閾値を下回るときに、クラッチ17の作動状態が解放状態から滑り状態へ移行したと判定する。このように、本実施形態に係る発進制御装置20は、発進制御開始後におけるエンジン回転数の低下が回転数制御にとっての外乱の一つであるクラッチ17の作動状態の変化に起因すると推定可能である点に着眼して、クラッチ17の作動状態を判定するよう構成されている。
クラッチ状態判定部33は、クラッチ17の作動状態が滑り状態であると判定している間に、エンジン回転数センサ21により検出されるエンジン回転数と、後輪回転数センサ24により検出される回転数より演算されるエンジン回転数換算値との偏差が所定偏差未満になったときに、クラッチ17の作動状態が滑り状態から繋合状態へ移行したと判定する。エンジン回転数換算値は、後輪回転数センサ24が回転数を検出する対象となる回転部材とクランク軸10aとの間の変速比を、後輪回転数センサ24により検出される回転数に乗算することにより演算される。なお、エンジン回転数センサ21により検出されるエンジン回転数より演算される入力要素17aの回転数換算値と、後輪回転数センサ24により検出される回転数より演算される出力要素17bの回転数換算値とを比較することにより、クラッチ17の作動状態が判定されてもよい。
開始条件判定部31により発進制御開始条件が成立したと判定されると、発進制御部34が発進制御を開始する。発進制御部34は、クラッチ状態判定部33により判定されるクラッチ17の作動状態に応じて目標値を決定し、エンジン回転数が決定された目標値となるようにエンジン回転数を制御する。記憶部32は、複数のエンジン回転数の目標値を予め記憶している。発進制御部34は、クラッチ17の作動状態に応じて、記憶部32に記憶されている複数の目標値のうち一つを選択的に読み出すことができる。
本実施形態においては、スロットル開度がグリップ位置と機械的に関連付けられているので、エンジン回転数を制御するにあたっては、インジェクタ12及び点火プラグ13が操作され、エンジン10の動作パラメータのうち燃料量(インジェクタ12の開弁期間)及び点火タイミング(点火プラグ13の動作タイミング)が制御される。つまり、発進制御部34は、エンジン回転数を制御するにあたり、燃料量が増加又は減少補正されたり点火タイミングが進角又は遅角補正されたりするよう、インジェクタ12及び点火プラグ13の動作を制御する。なお、補正の基準となる燃料量及び点火タイミングは、記憶部32に記憶された燃料量マップ及び点火タイミングマップに従って、スロットル開度等のエンジン10の運転状態に応じて求められ得る。
記憶部32は、決定された目標値に応じて燃料量及び点火タイミングといったエンジン10の動作パラメータを求めるための制御規則を記憶している。制御規則は、エンジン回転数の目標値と当該動作パラメータとの間の関係を定めるものであればよく、演算式でもよいし、制御テーブル又は制御マップでもよい。エンジン回転数の目標値はクラッチ17の作動状態の変化に応じて変化するため、制御規則は、クラッチ17の作動状態ごとに設定されている。なお、制御規則は、補正の基準となる燃料量及び点火タイミングからの補正量を求めることができるように設定されていてもよいし、補正後の燃料量及び点火タイミングを求めることができるように設定されていてもよい。
発進制御部34は、発進制御におけるエンジン回転数の制御にフィードフォワード制御を適用している。フィードフォワード制御は、制御応答の遅れを生じにくくさせる特性を有するので、運転状態が過渡的に変化していく発進時の制御に好適に適用される。フィードフォワード制御は、外乱の影響を受けやすいとの特性も有するところ、本実施形態に係る発進制御装置20は、この特性を逆手にとり、目標値と実際値との間で偏差を生じさせる外乱をクラッチ17の作動状態の移行やウィリーの発生として捉えることができる点に着眼して、クラッチ17の作動状態が解放状態から滑り状態へ移行したか否か、及びウィリーが発生しているか否かを判定する構成となっている。
ウィリー開始判定部35は、クラッチ状態判定部33によりクラッチ17が滑り状態から繋合状態へと移行したと判定されると、所定のウィリー前提条件及びウィリー開始条件が成立したか否かを判定する。ウィリー前提条件は、自動二輪車1がウィリー状態である可能性があるとの条件である。ウィリー前提条件には、クラッチ17が滑り状態である間において後輪2bの回転数の最大値の更新幅が所定値未満であるとの第1ウィリー前提条件、及び、クラッチ17が滑り状態である間においてエンジン回転数の変化率が負である状態が所定時間継続したとの第2ウィリー前提条件が含まれる。本実施形態に係る記憶部32は、第1ウィリー前提条件の成否を判定するため、発進制御が開始してから後輪2bの回転数の最大値を更新記録するよう構成されている。
ウィリーの発生と、駆動輪である後輪2bの回転数と、エンジン回転数の変化率との間の関係を簡単に説明する。クランク軸出力トルクが大きいほど、また、クラッチ17からの反力が小さいほど、エンジン回転数の変化率は大きくなる。一方、伝達トルクが大きいほど、また、後輪トラクションが小さいほど、後輪2bの回転数の変化率は大きくなる。クラッチ17からの反力が大きくなれば、伝達トルクも大きくなる。一般に、路面グリップが過剰に高く、後輪トラクション及びクラッチからの反力が過剰に大きいときに、ウィリーが発生する。
上記関係によると、伝達トルクが小さい値であると、後輪2bの回転数の変化率が小さくなり、後輪2bの回転数の変化率の最大値が思うように更新されていかない。しかし、伝達トルクが小さければ、クラッチ17からの反力も小さくなるので、エンジン回転数の変化率が負になるまで落ち込むような事態を生じにくい。このため、後輪2bの回転数の最大値が更新されていないもののエンジン回転数の変化率が正である状況、すなわち、第1ウィリー前提条件のみが成立している状況においては、路面グリップが低く且つ伝達トルクが小さいため、ウィリーが発生し得ない。
クラッチ17からの反力が大きくなると、エンジン回転数の変化率が低下して伝達トルクが大きくなる。しかし、後輪トラクションが適正範囲内にあれば、後輪2bの回転数の変化率は比較的大きい値で推移する。このため、エンジン回転数の変化率が負であるものの後輪2bの回転数の最大値が更新され続けている状況、すなわち、第2ウィリー前提条件のみが成立している状況においては、路面グリップが高いおそれがあるものの、後輪トラクションが適正範囲内に収まり、ウィリーが発生することなく自動二輪車1が加速可能となる。
クラッチ17からの反力が過剰に大きいために、エンジン回転数の変化率が負となり、伝達トルクが十分に大きいにもかかわらず後輪トラクションが過剰に大きいために、後輪2bの回転数の変化率が小さい値となっているような状況下であれば、第1ウィリー前提条件及び第2ウィリー前提条件が両方とも成立する。つまり、ウィリーが発生しやすい状況下であれば、第1ウィリー前提条件及び第2ウィリー前提条件が両方とも成立する。
そこでウィリー開始判定部35は、第1ウィリー前提条件及び第2ウィリー前提条件の両方とも成立したときに、ウィリー前提条件が成立したと判定する一方、第1ウィリー前提条件及び/又は第2ウィリー前提条件が不成立であるときに、ウィリー前提条件が不成立であると判定する。
ウィリー開始条件の成否は、ウィリー前提条件が成立した後に判定される。ウィリー開始条件には、エンジン回転数の変化率が所定値以上であるとの条件が含まれる。一般に、ウィリーが発生すると、自動二輪車1の運転者は咄嗟にクラッチ17を切る傾向にある。このため、ウィリーが発生していれば、エンジン回転数が上昇する傾向にある。このため、ウィリー前提条件が成立した後にエンジン回転数が上昇したという状況に基づいて、ウィリーが発生したと推定することには妥当性がある。ウィリー開始判定部35が、このようにして自動二輪車1がウィリー状態であるか否かを判定するので、ウィリーが発生している状況であるかを良好に峻別することができる。
第1ウィリー前提条件の成否は、後輪回転数センサ24からの入力に基づいて判定されることができる。ウィリー開始判定部35は、後輪回転数センサ24からの入力に基づいて後輪2bの回転数の変化率を演算する機能を有している。第2ウィリー前提条件及びウィリー開始条件の成否は、エンジン回転数センサ21の入力に基づいて判定されることができる。このように、本実施形態に係る発進制御装置20は、前輪2aの回転数を検出するセンサ、フロントサスペンションのストロークを検出するセンサ、又は、重力加速度を検出するセンサを用いることなく、ウィリー状態の有無を判定することができる。よって、自動二輪車1のコスト高騰を防ぐことができ、自動二輪車1の製造工程を簡素化することができ、発進制御装置20の全体構成を簡素化することができる。
復帰判定部36は、ウィリー開始判定部35によりウィリー開始条件が成立したと判定された後において、復帰条件が成立したか否かを判定する。復帰条件は、自動二輪車1がウィリー状態を脱したとの条件である。例えば、復帰条件には、ウィリー開始条件が成立したと判定された後において、クラッチ状態判定部33によりクラッチ17が繋合状態になったと判定されてから所定時間が経過したとの第1復帰条件が含まれる。一般に、ウィリーが終わると、自動二輪車1の運転者はクラッチ17を繋ごうとする傾向にあり、操安性が確保されそうになると、自動二輪車1の運転者はクラッチ17を繋合させ続けようとする傾向にある。このため、ウィリー開始条件が成立した後に、クラッチ17が繋合状態である時間が所定時間継続したという状況に基づいて、ウィリーが終了したと推定することには妥当性がある。
発進制御部34は、発進制御において、前述したクラッチ17の作動状態に応じてのみならず、ウィリー開始判定部35により判定されるウィリー開始条件の成否に応じて目標値を決定する。また、発進制御部34は、発進制御において、復帰判定部36により判定される復帰条件の成否に応じて目標値を決定する。ウィリー開始条件が成立したと判定されると、発進制御部34はウィリー回避のための特別な発進制御を実行し、その後復帰条件が成立したと判定されると、ウィリー開始条件が不成立であると判定されたときに実行されるべき本来の発進制御へと復帰させる。
終了条件判定部37は、所定の発進制御終了条件が成立したか否かを判定する。発進制御終了条件には、シフトアップ操作がなされたとの第1終了条件、及び、スロットル開度が所定開度未満になったとの第2終了条件が含まれる。第1終了条件の成否は、ギア位置センサからの入力に基づいて判定される。第2終了条件の成否は、スロットル位置センサからの入力に基づいて判定される。終了条件判定部37は、第1終了条件又は第2終了条件が成立したときには、発進制御終了条件が成立したと判定する一方、第1終了条件及び第2終了条件が不成立のときには、発進制御終了条件が不成立と判定する。終了条件判定部37により発進制御終了条件が成立したと判定されると、発進制御部34は発進制御を終了する。これにより、発進前に選択されていた変速段を用いた加速が不要になったときには、それに合わせて発進制御を終了させることができる。
(発進制御方法)
以下、図3〜図8を参照してECU30により実行される制御の内容について説明する。図3は、ECU30により実行されるメイン制御の手順を示すフローチャートである。図3に示すメイン制御は、自動二輪車1のイグニションスイッチがオンである間に繰り返し実行される。メイン制御では、まず、開始条件判定部31が、前提条件の成否、すなわち、許可スイッチ28において発進制御の実行を許容する旨の入力がなされているか否かを判定する(ステップS1)。前提条件の不成立時には(S1:NO)、開始条件判定部31により発進制御開始条件が不成立と判定され、それにより通常制御が実行される(ステップS2)。前提条件の成立時には(S1:YES)、開始条件判定部31が、発進制御開始条件の成否、すなわち、前提条件だけでなく第1開始条件及び第2開始条件も成立しているか否かを判定する(ステップS3)。発進制御開始条件の不成立時には(S3:NO)、通常制御が実行される(ステップS2)。発進制御開始条件の成立時には(S3:YES)、発進制御部34により発進制御が実行される(ステップS10)。なお、通常制御(S2)は、本実施形態に係る発進制御(S100)以外のモードに従った制御を全般的に含む概念であり、エンジンアイドリング時に実行される回転数を安定化させるためのアイドリング制御や、減速時に実行される休筒制御なども含む。
図4は、図3に示す発進制御(S100)の手順の一部を示すフローチャートである。図4に示すように、発進制御部34は、記憶部32から第1目標値を読み出してエンジン回転数の目標値を第1目標値に決定し、エンジン回転数が第1目標値となるようエンジン回転数を制御する(ステップS111)。そして、クラッチ状態判定部33が、クラッチ17が解放状態から滑り状態へと移行したか否かを判定する(ステップS112)。クラッチ17が解放状態であると判定されていれば(S112:NO)、終了条件判定部37が、発進制御終了条件の成否を判定する(ステップS113)。発進制御終了条件の不成立時には(S113:NO)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値を第1目標値に保つ(ステップS111)。つまり、発進制御終了条件が不成立であってクラッチ17が解放状態であれば、発進制御部34は、フィードフォワード制御を適用してエンジン回転数の定値制御を実行する。なお、発進制御終了条件の成立時には(S113:YES)、メイン制御にリターンし、発進制御部34が発進制御を終了する。以下における発進制御終了条件の成否判断においても、成立後の処理が同様であるので、説明を省略する。
第1目標値は、アイドル回転数よりも大きい値である一方、スロットル開度が全開であるときに本来的にとり得るエンジン回転数の値よりも小さい値である。なお、スロットル開度が全開であるときのエンジン回転数の本来値とは、全開の運転状態に応じて燃料量マップに従って決定されるべき燃料量が噴射され、且つ、タイミングマップに従って決定されるべき点火タイミングで混合気が点火された場合にとり得るエンジン回転数であり、通常制御(S2)の実行時における全開の運転状態に応じたエンジン回転数である。
クラッチ17が解放状態から滑り状態へ移行したと判定されると(S112:YES)、発進制御部34は、記憶部32から第2目標値を読み出してエンジン回転数の目標値を第2目標値に切り替え、エンジン回転数が第2目標値となるようエンジン回転数を制御する(ステップS121)。第2目標値は、第1目標値よりも小さい値である一方、アイドル回転数よりも大きい値である。次いで、クラッチ状態判定部33が、クラッチ17が滑り状態から繋合状態へ移行したか否かを判定する(ステップS122)。クラッチ17が滑り状態であると判定されると(S122:NO)、ウィリー開始判定部35が、ウィリー前提条件の成否を判定する(ステップS123)。ウィリー前提条件の不成立時には(S123:NO)、発進制御部34が、クラッチ17が解放状態から滑り状態へ移行した時点からの時間tが所定時間Tに達したか否かを判定する(ステップS124)。所定時間Tに達していなければ(S124:NO)、終了条件判定部37が、発進制御終了条件の成否を判定する(ステップS125)。発進制御終了条件の不成立時には(ステップS125:NO)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値を第2目標値に保つ(ステップS121)。ウィリー前提条件の成立時には(S123:YES)、ウィリー開始判定部35が、ウィリー開始条件の成否を判定する(ステップS126)。ウィリー開始条件の不成立時にも(S126:NO)、ステップS124に進む。つまり、クラッチ17が滑り状態であり、ウィリー前提条件又はウィリー開始条件が不成立であり、且つ、時間Tが所定時間Tに達していなければ、発進制御部34は、フィードフォワード制御を適用してエンジン回転数の定値制御を実行する。
クラッチ17が滑り状態から繋合状態へ移行したと判定されると(S121:YES)、ステップS131に進み、自動二輪車1を加速させるべくエンジン回転数が制御される。クラッチ17が滑り状態のまま、ウィリー開始条件又はウィリー判定条件が不成立のままで時間tが所定時間Tに達したときにも(S124:YES)、ステップS131に進み、加速のためのエンジン回転数の制御が実行される。これにより、緩慢なクラッチ操作により発進が出遅れるような事態を良好に回避することができる。なお、ウィリー開始条件の成立時の処理については、図5を参照して後述する。
ステップS131以降の処理について説明する。まず、発進制御部34が、クラッチ17が解放状態から滑り状態へ移行した時点からの経過時間tに、所定の第1上昇率Δ1を乗算することにより、エンジン回転数の目標値を決定する(ステップS131)。第1上昇率Δ1は、エンジン回転数の上昇率であり、第1上昇率Δ1に上記所定時間Tを掛けると、第2目標値になる。このため、ステップS122からステップS131に進んだときには、エンジン回転数の目標値が、直前まで決定されていた値(第2目標値)よりも小さい値に設定される。ステップS124からステップS131に進んだときには、エンジン回転数の目標値が、直前まで決定されていた値(第2目標値)と等しい値に設定される。
次に、エンジン回転数の目標値がリミット値に到達しているか否かを判定する(ステップS132)。第2目標値はリミット値よりも小さい値であるので、発進制御(S100)が開始してから図5に示す処理を経ることなくステップS132に進んだときには、エンジン回転数の目標値が必ずリミット値未満となる。目標値がリミット値未満であれば(S132:NO)、発進制御部34が、目標値から実際値を減算して得られる減算値が記憶部32に予め記憶されている偏差閾値未満であるか否かを判定する(ステップS133)。減算値が偏差閾値未満であれば(S133:YES)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値を、現に決定されている値から所定の第1上昇率Δ1で上昇させた値に決定し、エンジン回転数が当該値となるようエンジン回転数を制御する(ステップS134)。他方、減算値が偏差閾値以上であれば(S133:NO)、発進制御部34が、当該減算値に応じた補正量又は予め定められた補正量だけ点火タイミングを進角補正したうえで(ステップS135)、前述のステップS134へと進む。そして、終了条件判定部37が、発進制御終了条件の成否を判定する(ステップS136)。
このような処理が、発進制御終了条件が成立したと判定されない限り、目標値がリミット値に到達するまで繰り返される。つまり、目標値がリミット値未満であって発進制御終了条件が不成立である間(S132:NO AND S135:NO)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値を前記第1上昇率Δ1で上昇させ続けるようにして徐変させ(ステップS135)、フィードフォワード制御を適用してエンジン回転数の追値制御を実行する。これにより、クラッチ17が繋合状態になった時期に関わらず、クラッチ17が解放状態から滑り状態へ移行してから前記所定時間Tが経過すると、エンジン回転数の目標値が第2目標値に決定される。発進制御部34は、そのうえで目標値と実際値との間の偏差を考慮して進角補正を行うこともでき(S135参照)、それによりエンジン回転数の実際値を目標値へと良好に追従させることができる。
目標値が上昇し続けてリミット値に到達すると(S132:YES)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値をリミット値に決定し(ステップS137)、ステップS136に進む。つまり、目標値がリミット値に到達した後であって発進制御終了条件が不成立である間(S132:YES AND S136:NO)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値をリミット値に保ち(ステップS137)、エンジン回転数の定値制御を実行する。
図5は、図3に示す発進制御の処理の一部を示すフローチャートである。図5に示すように、ウィリー開始条件の成立時には(S126:YES)、発進制御部34が、クラッチ17が解放状態から滑り状態へ移行した時点からの経過時間tに、所定の第2上昇率Δ2を乗算することにより、エンジン回転数の目標値を決定する(ステップS141)。第2上昇率Δ2は、エンジン回転数の上昇率であり、第1上昇率Δ1よりも小さい値である。このため、ステップS141で決定される目標値は、仮にウィリーが発生していないとしてステップS131以降の処理に進んだ場合において同時期に決定されるべき目標値よりも小さい値である。
次に、復帰判定部36が復帰条件の成否を判定する(ステップS142)。復帰条件の不成立時には(S142:NO)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値を現に決定されている値から上記第2上昇率Δ2で上昇させた値に決定し、エンジン回転数が当該値となるようエンジン回転数を制御する(ステップS143)。次いで、終了条件判定部37が発進制御終了条件の成否を判定する(ステップS144)。
このような処理が、復帰条件又は発進制御終了条件が成立したと判定されるまで繰り返される。つまり、復帰条件及び発進制御終了条件が両方とも不成立である間(S142:NO AND S144:NO)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値を第2上昇率Δ2で上昇させ続けるようにして徐変させ(ステップS143)、フィードフォワード制御を適用してエンジン回転数の追値制御を実行する。
復帰条件の成立時には(S142:YES)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値を現に決定されている値から所定の第3上昇率Δ3で上昇させた値に決定し、エンジン回転数が当該値となるようエンジン回転数を制御する(ステップS151)。次いで、発進制御部34が、現に決定されているエンジン回転数の目標値が、仮にウィリー開始条件が不成立であった場合に同一の時点で決定されているべきエンジン回転数の目標値に到達しているか否かを判定する(ステップS152)。このような目標値の到達を可能にするため、第3上昇率Δ3は、第1上昇率Δ1よりも大きい値に設定される。
ウィリーが発生している蓋然性が高い状況におけるエンジン出力の上昇程度が、ウィリーが発生している蓋然性が低い状況における上昇程度よりも高いと、ウィリーを良好に抑制するとの目的の達成が困難になることに照らし、第2上昇率Δ2は第1上昇率Δ1未満に設定される。よって、復帰条件が成立したと判定された時点では、ウィリー開始条件の成否判定直後に生じた目標値に対する差分が埋まっていない。すなわち、発進制御(S100)が開始して初めてステップS152に進んだときには、現に決定されているエンジン回転数の目標値は、仮にウィリー開始条件が不成立であった場合に同一の時点で決定されているべきエンジン回転数の目標値に到達していない。目標値が未到達であれば(S152:NO)、終了条件判定部37が発進制御終了条件の成否を判定する(ステップS153)。
このような処理が、発進制御終了条件が成立したと判定され又は目標値が到達したと判定されるまで繰り返される。つまり、復帰条件が成立したと判定された後において、目標値が未到達であって発進制御終了条件が不成立である間は(S152:NO AND S153:NO)、発進制御部34は、エンジン回転数の目標値を第3上昇率Δ3で上昇させ続けるようにして徐変させ(ステップS151)、フィードフォワード制御を適用してエンジン回転数の追値制御を実行する。発進制御終了条件が不成立のまま目標値が到達したと判定されると(S152:YES)、図4に示すステップS132に戻る。ステップS132に戻った後においては、前述同様、ステップS132〜S137の処理が行われる。
図6〜図8は、図4及び図5に示す発進制御(S100)を実行したときのエンジン回転数の変化の一例を示すタイミングチャートである。図6は、二輪車オフロードレースでの発進において、路面グリップが後輪駆動力と良好にバランスしてウィリーが発生しない場合を例示している。図7は、同発進において、路面グリップが高いもののウィリーの発生には至らない場合を例示している。図8は、同発進において、ウィリーが発生した場合を例示している。何れのケースでも、本実施形態に係る発進制御装置20を搭載した自動二輪車1の運転者は、発進に際し、グリップ位置を全開位置に位置させたままにしてクラッチレバー9bを操作するだけでよい。すると、下記のとおり、エンジン回転数及びエンジン出力が、グリップ位置を固定しているにも関わらず、状況に対応した好発進に資するよう、クラッチ17の作動状態及びウィリーの有無に応じて変化する。
図6を参照すると、発進待機中に、クラッチ17を解放状態としてグリップ位置を全閉位置から全開位置へと操作し始めると(時点t1)、その過程でスロットル開度が所定開度THinを超え、発進制御が開始する(時点t2)。グリップ位置を全開位置に位置させれば、エンジン回転数の実際値Nmが前述した本来値まで上昇しようとする。しかし、発進制御が開始すると、エンジン回転数の目標値が当該本来値よりも小さい値である第1目標値Nref1に決定されるので、エンジン回転数の実際値Nmは、当該第1目標値Nref1に近付くように変化する。このとき、フィードフォワード制御の特性により、エンジン回転数の実際値Nmは、応答良く第1目標値Nref1付近まで変化する。しかも、自動二輪車1が停止中であって動力伝達経路15が断であるので、外乱が走行中と比べて遥かに小さい。このため、エンジン回転数の実際値Nmは、第1目標値Nref1付近で良好に収束する。
発進許可が出ると、運転者は、グリップ位置を全開位置に位置させたまま、クラッチレバー9bを戻していくこととなる。このクラッチレバー9bの操作の過程で、クラッチ17が滑り始める。クラッチ17が滑り始めると、エンジン回転数の実際値Nmが急落する。他方、クラッチ状態判定部33は、第1目標値Nref1から実際値Nmを減算した値が所定閾値以上になると、クラッチ17が解放状態から滑り状態へ移行したと判定する(時点t3)。つまり、クラッチ状態判定部33は、発進制御開始後におけるエンジン回転数の急落が回転数制御にとっての外乱の一つであるクラッチ17の作動状態の変化に起因すると推定可能である点に着眼して、クラッチ17の作動状態を判定する。これにより、発進制御装置20からクラッチ17の作動状態を判定するため専用のセンサを廃しながら、クラッチ17が解放状態から滑り状態へ移行したことを好適に判定することができる。
エンジン回転数が急落すると、エンジン回転数の目標値Nrefは、第1目標値Nref1よりも小さい値である第2目標値Nref2に切り替えられる。図6は、路面グリップが後輪駆動力と良好にバランスするケース、つまり、路面グリップとエンジン出力との間のアンバランスといった回転数制御にとっての外乱の影響が小さいケースを例示している。よって、図6に示すケースでは、エンジン回転数の定値制御を通じて、エンジン回転数の実際値Nmが第2目標値Nref2に良好に近付いていく。なお、第2目標値Nref2は、第1目標値Nref1から前記所定閾値を減算して得られる値(すなわち、クラッチ17が滑り状態に移行した判定された時点におけるエンジン回転数の実際値Nm)よりも小さい値である。
図6に示すケースでは、時点t3からの経過時間が所定時間Tに達する前に、クラッチ17が繋合状態になった場合を例示している。この場合、クラッチ17が繋合状態になったと判定された時点t4において、エンジン回転数の目標値が、時点t3から時点t4までの時間に第1上昇率Δ1を乗算した値に決定される。図6に示すケースでは、第1及び第2ウィリー前提条件の何れもが不成立であり、そのためウィリー前提条件は不成立と判定される。クラッチ17が繋合した後には、自動二輪車1が本格的に加速しようとする。第2目標値Nref2は、クラッチ17が繋合した時点で、後輪2bをスリップさせることなく自動二輪車1を良好に加速させるために必要なエンジン回転数の値である。第1目標値Nref1は、回転数制御にとっての外乱が小さい状況下で所定時間Tをかけて定値制御を実行している間にエンジン回転数の実際値Nmを第2目標値Nref2まで変化させるために必要な偏差と、クラッチ17が滑り始めることで生ずるエンジン回転数の落ち込みとを加味して、第2目標値Nref2からプラス側にオフセットした値である。このような第1目標値Nref1は、実車を用いた走行試験及び数値解析を行うことによって得ることができる。
このように、クラッチ17が滑り始める前のエンジン回転数の目標値Nrefを高めに設定しておくことにより、クラッチ17が滑り始めた後にエンジン回転数が自ずと落ち込んでも、クラッチ17が繋合状態となったときにエンジン回転数の実際値Nmを高く保つことができる。よって、車両の加速性を高めることができる。また、クラッチ17が滑り始めた後のエンジン回転数に落ち込みに合わせるようにして目標値Nrefを下げるので、クラッチ17が繋合状態になって自動二輪車1の加速度が高くなろうとするときに、エンジン回転数をねらいの値となるように制御することができるようになる。
時点t4以降、エンジン回転数の目標値は第1上昇率Δ1で上昇し続け、エンジン回転数の追値制御が実行される。第1上昇率Δ1は、クラッチ17の繋合後に自動二輪車1を加速させるにあたり、後輪2bのスリップを発生させることなくエンジン出力を可及的に大きくさせる値に設定される。これにより、クラッチ17が繋合状態になった後に、自動二輪車1が良好に加速する。エンジン回転数の目標値がリミット値Nlimに達した後は、目標値の上昇が頭打ちとなり、エンジン回転数の定値制御が実行される。また、スロットル開度が所定開度THout未満となると、発進制御終了条件が成立し、発進制御が終了する(時点t6)。
このように、本実施形態に係る発進制御によれば、グリップ位置を全開位置に位置させたままクラッチレバー9bを適正に操作するだけで、好発進を切ることができる。また、自動二輪車1が発進する前からエンジン回転数の実際値を目標値となるよう予め制御するので、クラッチ17が操作されて実際に自動二輪車1が発進するときにエンジン回転数を目標値に良好に追従させることができる。そして、エンジン回転数の目標値はクラッチ17の作動状態に応じて決定される。つまり、エンジン10から後輪2bへの走行動力の伝達状態を考慮して、エンジン回転数が制御される。したがって、発進制御を実行しているときの後輪2bの回転数の変動を抑制することが可能となり、自動二輪車1を円滑に発進させることができる。
図7に示すケースにおいても、グリップ位置の操作の開始から発進制御の開始を経てクラッチ17が滑り状態へ移行したと判定されるまで(t11〜t13)は、エンジン回転数が図6に示すケースと同様の挙動を示す。また、発進制御の開始後、スロットル開度が小さくなることで発進制御が終了する点も、上記同様である(t15)。
前記時点t13以降においては、路面グリップが想定されているものよりも高いので、エンジン回転数の実際値Nmは小さくなる傾向にある。一方、後輪トラクションが許容範囲を超えるような程度にまで大きくなってはいないので、後輪2bの回転数の変化率が顕著には低下しない。これにより、前記時点t13から所定時間Tが経過した時点t14でのエンジン回転数の実際値Nmは第2目標値Nref2を下回る一方、この所定時間Tが経過する間、後輪2bの回転数の変化率は比較的高い値で推移する。したがって、第2ウィリー前提条件が成立しうる一方、第1ウィリー前提条件は不成立となり、結果としてウィリー前提条件が不成立と判定される。このように、本実施形態に係る発進制御によれば、ウィリー前提条件が2つの異なる条件を含むので、ウィリーが発生しているか否かを良好に峻別することができる。
図7に示すケースでは、時点13からの経過時間が所定時間Tに達するまでの間に、クラッチ17が繋合状態にならなかった場合を例示している。この場合、クラッチ17が繋合状態になったと判定されないままであっても、所定時間Tが経過した時点14以降、エンジン回転数の目標値Nrefは、第2目標値Nref2から第1上昇率Δ1で上昇していくように徐変する。これにより、発進の出遅れを極力抑制することができる。また、ウィリー開始条件は不成立と判定されたものの、エンジン回転数の実際値Nmは目標値Nrefから見てマイナス側に離れた値となっている。そこで、この目標値Nref2と実際値Nmとの差に基づき、進角補正が行われる(ステップS133〜S135参照)。よって、路面グリップが想定よりも高い一方でウィリーの発生には至らなかった状況下で、クラッチ17の繋合後にエンジン回転数を目標値Nrefまで迅速に回復することができる。したがって、実際の路面グリップと想定されていたものとの間にギャップがあっても、ギャップに因る発進の出遅れを最小限に食い止めることができる。
図8は、クラッチ17が滑り状態へ移行したと判定された後の挙動に焦点を当てている。図8に示すケースでは、路面グリップが想定されているものよりも過剰に高いので、クラッチ17が滑り状態へ移行したと判定された時点t21以降、後輪2bの回転数は良好に上昇しない傾向にある。このため、後輪回転数の最大値が更新されない状況になる。同時に、エンジン回転数の実際値も低下していく傾向にある。このため、時点t22において、第1ウィリー前提条件及び第2ウィリー前提条件が両方とも成立する。そして、運転者がウィリーの発生を抑えにかかるべくクラッチ17を切る操作を行うと、エンジン回転数の実際値が急上昇し始める。これにより、ウィリー開始条件が成立する。このように、本実施形態に係る発進制御装置20は、ウィリーが発生する可能性のある条件が成立した後に、ウィリーが実際に発生していれば生じる蓋然性の高い運転状態の変化が見られたときになって初めてウィリーが発生していているものと判定する。このため、ウィリーの発生を良好に峻別することができる。
ウィリー開始条件が成立した時点t23にて、エンジン回転数の目標値Nmは、時点t21からの経過時間に第2上昇率Δ2を乗算した値に設定される。その後、エンジン回転数の目標値Nrefは、この値から第2上昇率Δ2で上昇していくように徐変する。クラッチ17が繋合された時点t24からの所定時間が経過する間、クラッチ17が繋合状態であり続けると、その時点t25で、復帰条件が成立したと判定される。このように、発進制御の実行中にウィリーが発生したような場合に、クラッチ17が繋合状態となってからのエンジン回転数が抑制されるので、ウィリー状態を好適に回避することができる。また、エンジン回転数を抑制したうえで、エンジン回転数を徐々に上昇させるようにしているので、ウィリー状態を回避しつつも、自動二輪車1を加速させることができる。
時点t25以降、エンジン回転数の目標値Nrefは、第3上昇率Δ3で上昇していくように徐変し、ウィリー開始条件の不成立時に決定されているべき目標値へと近付いていく。この追値制御により、エンジン回転数の実際値Nmも目標値Nrefに追従して上昇する。これにより、ウィリー状態を回避した後に、車体挙動が不安定になるのを抑えつつも、自動二輪車1を好適に加速させることができる。
(変形例)
これまで、本発明の実施形態について説明したが、上記構成及び方法は、一例に過ぎず、本発明の範囲内で適宜変更可能である。
図9は、本発明の実施形態の変形例に係る発進制御装置120の構成を示すブロック図である。図9に示す変形例に係る発進制御装置120は、ECU30の入力側に接続された目標値設定スイッチ29を更に備えている。目標値設定スイッチ29は、ハンドル4の近傍に設けられている。他方、ECU30の記憶部32は、第1目標値及び第2目標値の組を複数組記憶している。或る組の第1目標値及び第2目標値は、他の組の第1目標値及び第2目標値それぞれと異なる値である。運転者は、目標値設定スイッチ29を操作することにより、発進制御において発進制御部34により読み出されるべき第1及び第2目標値の組を選択することができる。これにより、運転者は、自己による路面状態の判断に基づいて、クラッチ17が繋合状態になったときのエンジン回転数の目標値を適宜設定することができる。したがって、発進時に煩雑な操作が不要になるとの上記作用効果と共に、路面状態に対応して好発進を切ることができるようになるとの作用効果を得ることができる。
また、クラッチ状態判定部33は、クラッチ17が滑り状態に移行した時点から所定時間が経過したか否かの判断を通じて、クラッチ17の作動状態が解放状態から繋合状態に移行したか否かを判断してもよい。また、ウィリー開始判定部35は、クラッチ17が繋合状態に移行したと判定された直後に、ウィリー開始条件の成否を判定してもよい。この場合、ウィリー開始判定部35が、第1ウィリー前提条件及び第2ウィリー前提条件が両方とも成立したときに、ウィリー開始条件が成立したと判定するよう構成されていてもよい。
また、発進制御装置は、クラッチ17が繋合状態になったときに、エンジン回転数の目標値が、解放状態であるときに設定される第1目標値よりも低く且つ本格的な加速の開始に好適である第2目標値に設定され、また、エンジン回転数の実際値が当該第2目標値となるように制御が行われればよい。このため、クラッチが滑り状態であると判定されている間、エンジン回転数の定値制御が必ずしも実行されていなくてもよい。
本発明は、二輪車レースに用いられるモトクロッサーに好適に適用されるが、その他のタイプの自動二輪車にも適用可能である。また、本発明は、自動二輪車に限定されず、不整地走行車などの騎乗型車両に好適に適用可能である。