以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
[1.溶射補修装置の構成]
まず、図1を参照して、本発明の第1の実施形態に係る溶射補修装置について説明する。図1は、本実施形態に係る溶射補修装置を示す模式図である。
図1に示すように、本実施形態に係る溶射補修装置10は、コークス炉1の炭化室2の炉壁3に生じた損傷を溶射補修するための装置である。炭化室2の内部は、例えば350〜400mm程度の幅狭の細長い空間であるため、炉壁3を補修するために、溶射補修装置10は、炭化室2の内部に装入可能な大きさ及び形状を有し、遠隔操作で溶射補修が行える機構を備えている。
なお、炭化室2の炉壁3における損傷としては、壁面が凹状に陥没した凹状損傷部4((以下、単に「損傷部4」という場合もある。)や、炉壁3を構成する耐火物(煉瓦)の縦目地部の損傷や煉瓦の亀裂により生じる亀裂状損傷部5等がある。これらの損傷を放置すると、炉壁3の平坦度の悪化により、炭化室2内からコークスを押し出す際の押出負荷の増大や、押し詰まりの原因となり、また、亀裂状損傷部5から黒鉛が漏れ出す等の問題が生じる。
従って、定期的に又は必要に応じて、炭化室2内に溶射補修装置10を装入して、炉壁3に生じた凹状損傷部4や亀裂状損傷部5を確認し、これら損傷部を補修する必要がある。なお、炭化室2内に溶射補修装置10を装入するときには、炭化室2の一端に設けられた炉蓋7が開放され、当該装入後に炉蓋7を閉塞して、炭化室2内の炉壁温度の低下が防止される。
図1に示すように、溶射補修装置10は、進退方向移動機構11と、上下方向旋回機構12と、左右方向旋回機構13と、冷却装置14と、カメラ15と、レーザープロフィールメータ16と、はつり機17と、コントローラ18と、溶射装置19と、溶射ノズル20(溶射バーナ)とを備える。
進退方向移動機構11は、溶射補修装置10を炭化室2内でその奥行き方向(x方向)に移動させる機構である。上下方向旋回機構12は、進退方向移動機構11の先端部分に設けられ、カメラ15、レーザープロフィールメータ16、はつり機17及び溶射ノズル20を上下方向に旋回させる機構である。左右方向旋回機構13は、上下方向旋回機構12のさらに先端部分に設けられ、カメラ15、レーザープロフィールメータ16、はつり機17及び溶射ノズル20を左右方向に旋回させる機構である。
溶射補修装置10は、これらの移動機構11及び旋回機構12、13により、カメラ15、レーザープロフィールメータ16、はつり機17及び溶射ノズル20を、炉壁3に接近又は離隔させたり、炉壁3の壁面方向に沿って上下左右に移動させたりすることができる。
冷却装置14は、溶射補修装置10を外部から冷却する装置である。該冷却装置14は、配管14aを介して溶射補修装置10に冷却水を供給し、さらに溶射補修装置10内で冷却水を循環させることで、炭化室2内で溶射補修装置10が高温にならないように冷却する。
カメラ15は、CCDカメラ等の撮像装置で構成され、炉壁3の壁面を撮像して炉壁3の状態を観察するための装置である。このカメラ15により撮像された壁面の画像は、不図示の表示装置に表示される。かかるカメラ15により、炉壁3の壁面に沿った上下左右方向のX位置及びY位置における損傷状態や、炉壁3に対するカーボン付着状態を、コークス炉1外から観察することができる。
レーザープロフィールメータ16は、溶射施工対象である炉壁3の壁面と溶射ノズル20との間の距離を計測する距離計の一例である。このレーザープロフィールメータ16により、凹状損傷部4における損傷深さや、亀裂状損傷部5におえる亀裂深さ等を測定することができる。
コントローラ18は、溶射補修装置10の動作を制御する機能を有する。カメラ15、レーザープロフィールメータ16から出力されるイメージシグナル、プロフィールシグナルは、炉外に配置されるコントローラ18により解析される。コントローラ18は、当該解析結果に基づいて、溶射補修装置10の駆動を制御する。
はつり機17は、炉壁3の壁面をはつる(削り取る)ための装置である。このはつり機17は、炉壁3の損傷状態に応じて、壁面上の煉瓦屑や、付着物を除去するために用いられる。
溶射装置19は、例えば、ガスボンベ、溶射材料粉供給装置、ガス供給装置等(図示せず。)を備え、溶射補修装置10の先端の溶射ノズル20に溶射材料と火炎放射用の燃料とを供給する。火炎放射用の燃料は、例えば、LPG、燃焼酸素、粉体キャリア酸素などである。上記溶射装置19及び冷却装置14における仕様例を以下に示す。
LPG :0.1MPaにて、15Nm3/hr
燃焼酸素 :0.5MPaにて、60Nm3/hr
粉体キャリア酸素 :0.5MPaにて、6Nm3/hr
溶射ノズル用冷却水 :40リットル/min(浄水)
溶射ノズル20は、炉壁3に対して溶射材料を溶射するための装置であり、炉壁3に対して粉末状の溶射材料8を吹き付ける機能と、溶射材料を溶融させるための火炎9を放射するバーナー機能とを有する(図3参照。)。この溶射ノズル20は、溶射装置19から供給された燃料を燃焼させて炉壁3に向けて火炎9を放射しながら、同じく溶射装置19から供給された溶射材料8を炉壁3に対して吹き付ける。これにより、火炎9により溶融された状態の溶射材料8が炉壁3の壁面に溶射され、これが固化することで、壁面上に溶射施工体が形成される。
ここで、図2、図3を参照して、本実施形態に係る溶射ノズル20の構成について詳述する。図2は、本実施形態に係る溶射ノズル20を示す縦断面図(a)と平面図(b)である。図3は、本実施形態に係る溶射ノズル20による炉壁補修状況を示す模式図である。
なお、以下では、溶射ノズル20として、上記凹状損傷部4を溶射補修するための溶射ノズルの例について詳述するが、本実施形態に係る溶射補修装置10は、当該凹状損傷部4の補修用の溶射ノズルに換えて、亀裂状損傷部5の補修用の溶射ノズルを取り付けることも可能である。
図2に示すように、溶射ノズル20(溶射バーナー)は、その中央に配置されて粉末状の溶射材料を噴射する材料噴射口22と、この材料噴射口22の周囲に環状に配列された複数の火炎放射口23を備える。
詳細には、溶射ノズル20は、円板状体から構成され、この円板状体の略中央に1つの材料噴射口22が形成されている。この材料噴射口22の材料噴射軸線A1は、円板状体の面外法線方向に向いている。かかる材料噴射口22は、ノズル内部の流路22aを介して上記溶射装置19と連通している。このため、溶射装置19から流路22aを通じて供給された粉末状の溶射材料は、材料噴射口22から前方に噴射される。
また、材料噴射口22の周囲には、当該材料噴射口22を囲むように環状に配列された複数の火炎放射口23が複数列形成されている。図示の例では、火炎放射口23は、材料噴射口22の中心から外側に向かって3列形成されている。具体的には、最内周側の列24Aに12個の内側火炎放射口23Aが環状に配列され、その外側の列24Bに12個の中側火炎放射口23Bが環状に配列され、最外周側の列24Cに12個の外側火炎放射口23Cが環状に配列されている。
これら各火炎放射口23は、ノズル内部の流路23aを介して上記溶射装置19と連通している。このため、溶射装置19から単管(図示せず。)を通じて供給された燃料(例えばLPGと燃焼酸素)は混合された上で、複数の流路23aに分岐され、環状に配された複数の火炎放射口23から分散して放射される。
また、上記各火炎放射口23の火炎放射軸線A2は、材料噴射軸線A1上で相互に交差しており、当該交差位置は、材料噴射軸線A1上において材料噴射口22から距離Mの位置である。材料噴射軸線A1を間に挟む任意の2つの火炎放射軸線A2は、交差角θで交差している。
本実施形態では、上記材料噴射口22から交差位置までの距離Mは、150〜200mmの範囲内、例えば200mmに設定されており、交差角θは10°以下に設定されている。また、材料噴射軸線A1と火炎放射軸線A2との成す角は、例えば5°以下である。また、上記のような凹状損傷部4の補修用の溶射ノズル20の仕様例は以下の通りである。
材料噴射口の孔径 :8mm
溶射材料の噴射速度 :33.2Nm/sec
材料噴射口の孔径 :2.6mm
内側火炎放射口列の直径:22mmm
中側火炎放射口列の直径:28mmm
外側火炎放射口例の直径:36mmm
火炎放射口の総数 :36個
交差距離M :200mm
上記構成の溶射ノズル20によれば、中央の材料噴射口22から粉末状の溶射材料が炉壁3に向けて噴射されるとともに、その周囲の多数の火炎放射口23から燃料が炉壁3に向けて噴射される。この際、当該燃料が引火して燃焼するため、図3に示すように、当該複数の火炎放射口23から火炎9が放射され、この火炎9の熱により、中央の材料噴射口22から噴射された溶射材料8が溶融し、溶融した溶射材料8が炉壁3に溶着する。この結果、図4に示すように、炉壁3の壁面(溶射面)上には、溶射材料8が山状に盛り上がって付着する。
また、上記のように本実施形態に係る凹状損傷部4の補修用の溶射ノズル20では、図3に示したように材料噴射口22及び複数の火炎放射口23を配置し、材料噴射軸線A1と複数の火炎放射軸線A2を相互に交差させている。かかる配置により、溶射ノズル20の移動速度V(バーナー送り速度)及び溶射距離L0が一定である条件下では、図4に示すように、炉壁3の壁面(溶射面)に付着した山状の溶射材料8は、その裾野の幅Wと高さRが安定した形状をなすことができる。従って、当該溶射材料8の裾野の幅Wと高さRが安定すれば、溶射補修前に所望の溶射層厚を得るために必要な溶射条件(溶射材料の供給量Qや溶射ノズル20の移動速度V等)を正確に求めることが可能となる。
ところで、コークス炉1の炭化室2の炉幅は例えば400mm程度であり、当該炭化室2の内部で炉壁3に対して垂直方向に溶射補修しなければならない。凹状損傷部4の溶射補修に際しては、溶射施工体が凹状損傷部4の微妙な凹凸に対して倣う追従性と、溶射材料の高い付着歩留まりが必要である。このため、壁面に沿って直線方向に溶射ノズル20を移動させた時に、壁面上に形成される溶射施工体の形状が、安定しており、かつ幅狭の鋭角な三角形状の断面形状を成す必要がある。
そこで、本実施形態に係る凹状損傷部4の補修用の溶射ノズル20においては、各火炎放射口23の火炎放射軸線A2の交差位置を、材料噴射口22から150〜250mmだけ離れた範囲に調整している。即ち、図3に示したように、交差距離Mが150〜250mmである。これにより、炉壁3の壁面に対して、鋭角な三角形状を成す断面を有する溶射施工体を形成することができる。
なお、上記距離Mが150mm未満では、壁面に対して鋭角な三角形状の溶射施工体を安定して形成し難くなる。一方、上記距離Mが250mmを超えると、一般的な炭化室2においては、補修対象の壁面と対向する他方の壁面に溶射ノズル20の後端が接触してしまい、上記距離Mを確保することができない。しかも、壁面に対して広幅の溶射施工を行うことにより、溶射施工体が凹状損傷部4の微妙な凹凸に追従することが困難となるおそれがある。
さらに、上記距離Mを比較的大きい距離150〜250mmに設定することで、炉壁3の壁面に対して遠距離から狭い範囲に溶射材料を吹き付けることできるので、溶射材料を厚く吹き付けて、凹状損傷部4を平坦化する補修に好適である。
また、上記溶射ノズル20において、複数の火炎放射軸線A2の交差角θが10°以下であることが好ましい。交差角θが10°を超えると、吹き付けられる溶射材料の広がりが大きくなり、壁面に対して鋭角な三角形状の溶射施工体を安定して形成し難くなる。
また、本実施形態に係る溶射ノズル20で使用する溶射材料としては、炭化室2の炉壁3を構成する耐火物(煉瓦)の原料構成に応じた原料を用いればよい。例えば、溶射材料としては、珪石粉末を主原料とし、粒径が0.2mm以下、シリカ(SiO2)含有量が95質量%以上、耐火温度が1650℃程度の溶射材料を用いればよい。これにより、溶射施工体の膨張挙動を、熱間容積安定性に優れたものとすることができる。
以上、本実施形態に係る溶射補修装置10及び溶射ノズル20の構成について詳述した。かかる溶射補修装置10及び溶射ノズル20より、以下に説明するとおり、コークス炉1の炭化室2の炉壁3に発生した凹状損傷部4を好適に溶射補修することができる。
[2.炉壁補修方法の概要]
次に、本実施形態に係る炉壁3に生じた凹状損傷部4を溶射補修する炉壁補修方法の概要について説明する。
本実施形態に係る炉壁補修方法は、粉末状の溶射材料8を火炎9で溶融させながら被溶射体(炉壁3の凹状損傷部4の耐火物)の表面に固着させて溶射施工体を形成し、該凹状損傷部4を補修する溶射補修方法である。本実施形態では、炉壁3に対する溶射施工体の接着剪断強さτに着目し、溶射施工時の各種の溶射条件を適正条件に設定することで、当該接着剪断強さτが被溶射体である耐火物自身の引張強度よりも大きくなるようにすることを特徴としている。
なお、剪断強さは、試料が剪断荷重により破壊されるときの荷重であり、剪断荷重を断面積で除した値で示される。本実施形態に係る接着剪断強さτは、溶射施工体31が剪断荷重により被溶射体30から剥離するときの荷重を、溶射施工体31と被溶射体30の接着面積で除して求められる。また、炭化室2の炉壁3を構成する耐火物(煉瓦)の強度は、材質によって異なるが、例えば、炭化室2の炉壁3を構成する珪石煉瓦の引張強度は、例えば1.5〜3.5MPa程度であり、曲げ強度の約1/3程度である。
本願発明者が、炉壁3からの溶射施工体の剥離性に関し鋭意研究したところ、以下の知見が得られた。即ち、溶射距離L0と火炎燃焼条件が一定の条件下においては、炉壁3の耐火物に対する溶射施工体の接着剪断強度τは、溶射施工時の溶射ノズル20の移動速度V(以下、ノズル移動速度Vという。)、溶射ノズル20からの溶射材料の供給量Q(以下、材料供給量Qという。)、及び被溶射体である炉壁3の損傷部4の表面温度T(以下、壁面温度Tという。)に大きく依存する。そして、溶射施工時に溶射材料が良好な溶融状態を確保できた場合には、溶射施工体の接着剪断強さτは例えば1.5MPa以上を有し、被溶射体である耐火物自身の強度よりも強くなる。このため、溶射補修後に、当該溶射施工体が耐火物から脱落する際は、溶射施工体内部が破壊するのではなく、耐火物内部で破壊が生じて、耐火物の一部と共に溶射施工体が脱落することとなる。
従って、上記接着剪断強さτが耐火物自身の強度となるように、溶射条件(ノズル移動速度V、材料供給量Q及び壁面温度Tの条件)の適正条件を定め、当該適正条件の範囲内で溶射補修を行えば、溶射施工体の剥離、脱落が起こり難く、溶射施工体寿命のバラツキを抑制しつつ、該溶射施工体の平均寿命を大きく延長することが可能になる。
ところが、特許文献3記載の従来の炉壁補修方法では、補修箇所に形成される溶射施工体の平坦性を重視しすぎるあまり、上記適正条件や、溶射材料の溶融性については考慮されていなかった。つまり、当該従来の炉壁補修方法では、補修箇所の平坦性の観点から、凹状損傷部4を損傷深さ方向に区分した各層の溶射補修時に所望の溶射層厚を得るため、ノズル移動速度Vを比較的広い範囲内で自由に可変としていた。このため、凹状損傷部4の損傷深さが浅い箇所では、薄い溶射層厚を得るために、ノズル移動速度Vを非常に高速にしており、このため、溶射材料が火炎9で十分に溶融せず、未溶融又は半溶融の状態となっていた。この結果、当該未溶融又は半溶融の溶射材料が溶着した箇所の強度が低下し、当該箇所を起点として溶射施工体が炉壁3から簡単に剥離・脱落してしまい、溶射施工体の耐用性が低下し、短寿命化していた。
そこで、本実施形態に係る炉壁補修方法では、まず、溶射施工前に予めオフラインで、溶射ノズル20用いた溶射施工試験を行い、溶射材料が良好に溶融し、強固に耐火物に固着できるような、溶射施工の適正条件の範囲を決定しておく。この適正条件は、上記溶射施工体の接着剪断強さτが耐火物自身の強度よりも大きい強度(例えば1.5MPa以上)を確保できるような、壁面温度T、ノズル移動速度V及び材料供給量Qの相関を示す条件範囲である。
次いで、実際の溶射施工時に、上記壁面温度T、ノズル移動速度V及び材料供給量Qの適正条件を満たすように、壁面温度Tに応じて、材料供給量Q及びノズル移動速度V等の溶射条件を設定して、当該設定した溶射条件で溶射施工を行う。
具体的には、溶射施工時にまず、溶射仕上面40(図8参照。)と溶射ノズル20先端との距離(即ち、溶射距離L0)に応じて、材料供給量Qを設定する。溶射仕上面40(炉壁仕上面に相当する。)は、炉壁3の凹状損傷部4を溶射補修したときの理想的な仕上面であり、健全な炉壁3の壁面と面一である。また、本明細書において、溶射距離L0は、溶射ノズル20の先端から当該溶射仕上面40までの距離(基準溶射距離:図4、図8に示す距離L0)であり、溶射ノズル20の先端から凹状損傷部4内の実際の補修位置までの距離(実際の溶射距離:図8に示す距離L)ではない。
次いで、上記設定された材料供給量Q及び壁面温度Tに応じて、上記適正条件により定まるノズル移動速度上限値Vmax以下の範囲内で、溶射施工時の溶射ノズル20の移動軌跡におけるノズル移動速度パターンを設定する。凹状損傷部4の損傷形態に応じて、複数種類のノズル移動速度パターンが予め定められている。溶射施工時には、当該複数種類のノズル移動速度パターンの中から、実際の凹状損傷部4の損傷形態に合わせて、最適な1つのノズル移動速度パターンが選択されて、設定される。
その後、上記設定された溶射ノズル20の移動速度パターンに従って、溶射ノズル20を凹状損傷部4に沿ってジグザグ状の移動軌跡で移動させながら、上記設定された材料供給量Qで溶射ノズル20から溶射材料を吹き付けて、凹状損傷部4を溶射補修する。このとき、補修箇所の平坦性を得るために、凹状損傷部4の各位置の損傷深さに応じて、ノズル移動速度Vを変化させ、当該各位置に対する溶射層厚を調整する。
上記ノズル移動速度パターンは、凹状損傷部4の損傷深さHに応じたノズル移動速度Vの変化パターンを意味し、例えば、損傷深さHの所定区間ごとに、当該区間に適したノズル移動速度Vを定めたものである(後述の表3を参照)。上記適正条件を満たすように、材料供給量Q及び壁面温度Tに応じてノズル移動速度パターンを適切に設定することで、溶射材料の溶融性を向上させ、適切に溶融した状態の溶射材料を用いて凹状損傷部4を補修できる。これにより、凹状損傷部4に溶射材料を適切に溶着させ、凹状損傷部4に溶着した溶射施工体と壁面との間の接着剪断強さτを十分に確保できる。よって、補修箇所の平坦性を確保しつつ、溶射補修後に時間が経過しても、溶射施工体が炉壁3から剥離・脱落することを抑制でき、溶射施工体の耐用性の向上及び長寿命化を実現でき、寿命バラツキを抑制できる。
[3.溶射施工の適正条件]
次に、本実施形態に係る炉壁補修方法において、溶射施工体の耐用性を向上できる溶射施工の適正条件について詳細に説明する。
まず、上記適正条件を求めるために行った溶射施工試験について説明する。図5に示すように、溶射補修装置10の実機と同一仕様の溶射ノズル20を用いて、一定の燃焼条件下にて、壁面温度T、ノズル移動速度V、材料供給量Qを変化させながら、熱間における溶射試験を行った。
この溶射試験では、上述した溶射ノズル20から被溶射体30に溶射材料を溶射して、被溶射体30の表面上に溶射施工体31を形成した。被溶射体30としては、炉壁3を構成する珪石煉瓦を用いた。溶射材料としては、LFC502(黒崎播磨株式会社製)を用い、材料供給量Qを20kg/hrとした。また、溶射ノズル20に供給する燃料ガスとしては、LPGを用い、当該LPGの供給圧を0.1MPa、供給量を15Nm3/hrとした。また、溶射ノズル20の先端から被溶射体30までの溶射距離L0は200mmとした。
さらに、溶射ノズル20の燃焼条件を一定とした条件下で、壁面温度T(被溶射体30の溶射面30aの温度)、ノズル移動速度V、材料供給量Qを以下のように複数段階で変化させて、これら溶射条件が異なる複数種類の溶射施工体31を形成した。
また、上記のような形成された溶射施工体31に治具32を取り付け、当該治具32を介して上方から溶射施工体31に対して、溶射面30aと平行な方向に剪断荷重を加え、被溶射体30に対する溶射施工体31の接着剪断強さτを測定した。この際、当該剪断荷重を徐々に増加させ、被溶射体30から溶射施工体31が剥落したときの荷重を溶射施工体31の溶着面積で除した値を、接着剪断強さτとした。
上記溶射試験結果を表1に示す。表1の数値は、上記のように壁面温度T、ノズル移動速度V、材料供給量Qを様々に変えて形成された溶射施工体31の接着剪断強さτ[MPa]を示している。
表1に示すように、材料供給量Q及び壁面温度Tが一定条件下では、ノズル移動速度Vが大きくなるほど、接着剪断強さτが小さくなっている。従って、ノズル移動速度Vを小さくした方が、溶射材料の溶融性が高まるため、接着剪断強さτを確保し、溶射施工体31の耐用性を向上できることが分かる。
また、材料供給量Q及びノズル移動速度Vが一定条件下では、壁面温度Tが低くなるほど、接着剪断強さτが小さくなる傾向がある。特に、ノズル移動速度Vが7.5m/min超であるときには、この傾向が顕著になる。従って、溶射施工時の壁面温度Tを高くした方が、溶射材料の溶融性が高まるため、接着剪断強さτを確保し、溶射施工体31の耐用性を向上できることが分かる。
さらに、壁面温度T及びノズル移動速度Vが一定条件下では、材料供給量Qが少なくなるほど、接着剪断強さτが小さくなる傾向がある。特に、材料供給量Qが25kg/hrであるときには、接着剪断強さτが大幅に低下している。従って、溶射施工時の溶射ノズル20からの材料供給量Qを少なくした方が、溶射材料の溶融性が高まるため、接着剪断強さτを確保し、溶射施工体31の耐用性を向上できることが分かる。
また、表1には、各溶射試験において、溶射施工体31が被溶射体30から剥離したときの剥離形態A〜Cも示してある。ここで、剥離形態A〜Cについて説明する。
剥離形態Aは、被溶射体30(煉瓦)の内部で破壊が生じ、溶射施工体31が被溶射体30の一部とともに剥離した状態である。この剥離形態Aが発生するのは、溶射施工体31が被溶射体30に強固に溶着している場合であり、溶射施工が非常に良好であることを意味する。この場合、溶射時に溶射材料が十分に溶融していたため、溶射材料の成分が被溶射体30内部に拡散して、両者が強固に溶着したものと考えられる。
剥離形態Bは、溶射施工体31と被溶射体30との界面で当該溶射施工体31が剥離したが、被溶射体30の端部も部分的に欠損し、剥離した溶射施工体31に付着していた状態である。この剥離形態Bが発生するのは、溶射施工体31が被溶射体30に溶着しているが、溶着力が弱い場合であり、溶射施工があまり良くないことを意味する。この場合、溶射時に溶射材料が溶融しているものの、溶射材料の成分が被溶射体30内部にあまり拡散せず、両者の溶着力が低下したものと考えられる。
剥離形態Cは、溶射施工体31に荷重を加えたときに、溶射施工体31と被溶射体30との界面で当該溶射施工体31が剥離しており、被溶射体30の端部は健全であり、欠損がなかった状態である。この剥離形態Cが発生するのは、被溶射体30に対する溶射施工体31の溶着力が非常に弱い場合であり、溶射施工が不良であることを意味する。この場合、溶射時に溶射材料が半溶融又は未溶融の状態であったため、溶射材料の成分が被溶射体30内部にほとんど拡散せず、両者の溶着力が非常に低下したものと考えられる。
ここで、上記の接着剪断強さτと剥離形態A〜Cとの関係について考察する。表1に示すように、接着剪断強さτが大きいほど剥離形態Aとなりやすく、接着剪断強さτが小さいほど剥離形態Cとなりやすい。具体的には、接着剪断強さτが1.5MPa以上である場合には、剥離形態Aとなり、τが0.6MPa超、1.5MPa未満である場合には、概ね剥離形態Bとなり、τが0.6MPa以下である場合には、概ね剥離形態Cとなる。また、壁面温度Tが極端に低い600℃である場合を除き、800℃以上であるときには、ノズル移動速度Vが7.5m/min未満である場合に、溶着状態が非常に良好な剥離形態Aないしはある程度良好な剥離形態Bとなり、溶着状態が悪い剥離形態Cにはならない。
従って、上記の溶射試験結果によれば、溶射施工時にノズル移動速度V、材料供給量Q及び壁面温度Tを適正条件の範囲内に設定すれば、被溶射体30に対する溶射施工体31の溶着強度を高めて、溶射施工体31の剥離を抑制できるといえる。そして、表1に示すように、被溶射体30からの溶射施工体31の剥離形態が、上記剥離形態A、少なくとも剥離形態Bとなるように、ノズル移動速度V、材料供給量Q及び壁面温度Tを設定すれば、溶射施工体31の耐用性を向上できることが分かる。
次に、図6を参照して、被溶射体30の強度以上の溶射施工体31の接着剪断強さτを確保可能なノズル移動速度V、材料供給量Q及び壁面温度Tの適正条件について、より詳細に説明する。
上記と同様にして溶射試験を行い、溶射距離L0が150mm、200mm、250mmである場合についてそれぞれ、溶射施工体31が被溶射体30から上記剥離形態Aで剥離するようなノズル移動速度V、材料供給量Q及び壁面温度Tの適正条件を求めた。この結果を図6に示す。図6のグラフは、各壁面温度T(600℃〜1100℃)に関し、溶射施工体31の接着剪断強さτを確保可能なノズル移動速度Vの上限値Vmaxと材料供給量Qとの関係を表している。また、以下の表2は、図6のデータを示す。
図6及び表2に示すように、溶射距離L0が何れの場合も、壁面温度Tが一定条件下では、材料供給量Qが多くなるほど、ノズル移動速度上限値Vmaxが小さくなっている。例えば、図6(b)に示すように、溶射距離L0=200mm、壁面温度T=800℃である条件下では、材料供給量Qが15kg/hrである場合には、ノズル移動速度上限値Vmaxは6.0m/minであるが、Qが20kg/hrである場合には、Vmaxは3.0m/minに低下している。
溶射距離L0が何れの場合も、材料供給量Qが一定条件下では、壁面温度Tが低くなるほど、ノズル移動速度上限値Vmaxが小さくなっている。例えば、図6(b)に示すように、溶射距離L0=200mm、材料供給量Q=20kg/hrである条件下では、壁面温度Tが1000℃及び1000℃である場合には、ノズル移動速度上限値Vmaxは7.5m/minであるが、Tが800℃kg/hrである場合には、Vmaxは3.0m/minに低下している。
このように、溶射施工体31の接着剪断強さτを確保可能なノズル移動速度上限値Vmaxは、材料供給量Q及び壁面温度Tに応じて増減する。このように、ノズル移動速度Vの適正条件は、材料供給量Q及び壁面温度Tに応じて決定される。例えば、図6(b)に示す領域Aは、壁面温度T=800℃である場合の材料供給量Q及びノズル移動速度Vの適正条件の範囲を示す。
以上、溶射施工体31の耐用性を向上可能な壁面温度T、材料供給量Q及びノズル移動速度Vの適正条件について詳細に説明した。実際の溶射施工では、かかる適正条件を満たすように、壁面温度Tに応じて材料供給量Q及びノズル移動速度Vを設定すればよい。例えば、壁面温度T及び材料供給量Qに応じて、溶射施工時の実際のノズル移動速度Vを、図6に示すノズル移動速度上限値Vmax以下に設定すればよい。これにより、溶射ノズル20から溶射される溶射材料を好適に溶融させて被溶射体30に強固に溶着させることができるので、被溶射体30に対する溶射施工体31の接着剪断強さτを所望値以上に確保できる。従って、高耐用性の溶射施工体31を形成できるので、溶射施工体31の剥離を抑制して、溶射施工体31の寿命を延長できる。
[4.溶射施工の詳細]
次に、図7、図8を参照して、本実施形態に係る炉壁補修方法における溶射施工方法について詳述する。図7は、本実施形態に係る凹状損傷部4を計測したXY座標平面図である。図8は、本実施形態に係る凹状損傷部4の溶射補修状態を示す断面図(a)、平面図(b)である。なお、図8(a)は、図8(b)のI−I線断面図である。
本実施形態に係る炉壁補修方法は、炭化室2の炉壁3を構成する耐火物に発生した凹状損傷部4、特に、図7、図8に示すように内部に大きな凹凸を有する凹状損傷部4(以下、単に損傷部4という。)を連続的に溶射補修するものである。図7、図8に示す損傷部4は、3箇所の凹部41、42、43を有しており、このうち中央の凹部42が最も深く、当該凹部42の最深部の深さ(即ち、凹状損傷部4の凹凸の最深部の深さ)がHMである。
この損傷部4を複数層に区分して溶射補修する際、最下層の補修を行う時に、上記の特許文献2記載の方法では、1箇所の凹部41の補修を終了してから他の箇所の凹部42、43に移るときに、溶射ノズル20からの溶射材料の吹付けを中断し、次の凹部42、43の吹付開始点に溶射ノズル20をセットして、溶射を再開していた。しかし、かかる方法であると、溶射の中断・再開という煩雑な作業を伴うだけでなく、溶射補修に要する時間が長くなって、炭化室の炉壁が冷却され、スポーリングが発生して健全箇所の耐火物をも損傷する恐れがあった。
そこで、本実施形態では、特許文献3記載の方法と同様に、損傷部4の最下層51から最上層54の溶射仕上面40までの補修を効率的に行うために、少なくとも各層51〜54の溶射補修では、溶射ノズル20からの溶射材料の溶射を中断せずに、連続的に溶射施工を行う。
このためには、図8(a)に示すように、炉壁3の損傷部4の一端側44から他端側45の範囲において、XY座標平面の各位置の損傷深さHに応じて、1層当たりの溶射層厚Dを調整する。例えば、損傷深さHが深い位置では、1層当たりの溶射層厚Dを厚くし、一方、損傷深さHが浅い位置では、1層当たりの溶射層厚Dを薄くする。これにより、損傷部4の少なくとも一端側44から他端側45に至るまで、各層51〜54とも連続して溶射補修することが可能になり、しかも、溶射仕上面40も平坦にすることが可能である。なお、溶射仕上面40は、健全な炉壁3の壁面34と同一レベルとなることが好ましい。
このように各位置の溶射層厚Dを損傷深さHに応じて変えて、各層を連続的に溶射施工するためには、凹状損傷部4の形状及び大きさを正確に計測した上で、当該損傷部4を損傷深さ方向に複数層に区分するときの層数kと、各層の溶射層厚Dを適切な値に決定することが要求される。以下にその方法について詳述する。
まず、溶射補修装置10に設けられたレーザー距離計、例えば、レーザープロフィールメータ16を用いて、補修対象となる炭化室2の炉壁3の凹状損傷部4を計測する。そして、溶射補修装置10のコントローラ18により、当該レーザープロフィールメータ16の計測値を処理して、図7に示すような等高線を用いた3次元座標図を求める。そして、この3次元座標図から損傷部4の各座標位置の損傷深さH及び最深部の深さHM(例えば、HM=40mm)を読みとる。
次に、コントローラ18によるシミュレーションによって、凹状損傷部4を複数層に区分するときの層数kと、各層の各位置での溶射層厚Dを決定する。この層数kと、溶射層厚Dは、例えば、各位置の損傷深さH、最深部の深さHM、溶射ノズル20の許容最低移動速度Vmin、溶射ノズル20による材料供給量Q、及び溶射距離Lに対応するリバンドロス量等に基づいて決定される。
補修対象領域である凹状損傷部4を損傷深さ方向に複数層に区分するときの層数kは、当該凹状損傷部4の最深部の深さHMに応じて決定されることが好ましい。そして、当該層数kと、損傷部4のXY座標平面における各位置の損傷深さHに応じて、各層の当該各位置における溶射層厚Dを決定すればよい。実際の溶射施工において、溶射ノズル20からの材料供給量Qが一定である場合、各層の溶射層厚Dを厚く施工するためには、ノズル移動速度Vを遅くし、一方、各層の溶射層厚Dを薄く施工するためには、ノズル移動速度Vを速くすればよい。
しかし、溶射ノズル20を往復移動させて広範囲を溶射する場合には、図8(b)に示すように、溶射ノズル20の移動軌跡50は、所定のピッチpのジグザク状になる。このため、溶射ノズル20の移動速度Vが遅過ぎると、補修面に溶射された溶射材料の広がり(図4に示したような山状に付着した溶射材料8の裾野の幅W)が極端に広くなり、裾野同士が重なって平滑な溶射仕上面40が得られなくなる。
このため、溶射仕上面40の平坦度に悪影響を与えないように、ノズル移動速度Vを許容最低移動速度Vmin(ノズル移動速度下限値)以上に設定する必要がある。そして、当該許容最低移動速度Vminで得られる溶射層厚Dが、溶射層厚の上限値Dmaxとなる。
そこで、各層の溶射層厚Dが上限値Dmax以下となるように、凹状損傷部4の最深部の深さHMに基づいて、層数kを決定することが好ましい。図8の例では、最深部の深さHMに応じて、損傷部4が損傷深さ方向(z方向)に4つの層51〜54に区分されている(層数k=4)。即ち、3*Dmax<HM<4*Dmaxであるため、層数k=4に決定されている。これにより、溶射補修時に、許容最低移動速度Vmin以上のノズル移動速度Vを確保して、溶射仕上面40の平坦度を維持しつつ、必要最小限の層数kで損傷部4全体を補修できる。
また、溶射材料を溶射した際に、該溶射材料が補修面に付着せずに飛散する現象(いわゆるリバンドロス)が生じ、そのリバンドロス量が、実際の溶射距離Lに応じて異なる場合がある。この場合には、このリバンドロス量を加味して層数k及び溶射層厚Dを決定することが好ましい。
そして、上記決定された層数k、及びXY座標平面の各位置の損傷深さHに応じて、各層の各位置での溶射層厚Dが決定され、さらに、この各位置の溶射層厚Dに応じて、溶射層厚Dを溶射施工するときのノズル移動速度Vのパターンが設定される。この際、溶射ノズル20の移動速度パターンの決定の作業性を簡素化するためには、ノズル移動速度パターンが各層で同等になるように、各層の溶射層厚Dを調整してもよい。
つまり、損傷部4の大きさは損傷状況に応じて種々様々であるが、損傷部4が大きい場合には、例えば1m2程度の平面積がある。そして、溶射ノズルの移動軌跡50は、図8(b)に示すようにジグザク状のパターンである。従って、各層当たりの溶射ノズル20の移動距離の総延長は、例えば50〜70mに達する場合もある。更に、前記の様に、XY座標平面の各位置の損傷深さHも種々様々であり、これに対応してノズル移動速度Vを調整しなければならない。これらのことから、全ての層で同一のノズル移動速度パターンに設定することが好ましい。これにより、ノズル移動速度Vの設定の作業性を良好にすることが可能となる。
例えば、図8(a)の例では、凹状損傷部4のXY座標平面の各位置が損傷深さHに応じて3つの領域に分類され、当該各領域の損傷深さHに応じてノズル移動速度Vが3段階で設定されている。ノズル移動速度Vは、損傷深さHが浅い領域ではV1に、やや深い領域ではV2に、深い領域ではV3に設定されている(V1<V2<V3)。
また、例えばラバー溶射(溶射材料を溶融した状態で補修面に吹き付ける溶射方式)のように、溶射ノズル20から凹状損傷部内の補修位置までの実際の溶射距離L(=L0+H)が異なっても、同一の溶射層厚Dが得られる場合には、損傷部4の損傷深さHに応じて各層とも均等な溶射層厚Dとし、各層とも同じ層厚パターンにすればよい。
一方、例えばテルミット溶射(テルミット反応を利用した溶射)のように、溶射ノズル20から補修面までの実際の溶射距離L(=L0+H)により溶射材料のリバンドロス量が異なって、1回の溶射により形成される溶射層厚Dが異なる場合がある。この場合、一般的には、実際の溶射距離Lが長くなればなるほど、リバンドロス量が多くなり、形成される溶射層厚Dが薄くなる傾向にあり、リバンドロス量は、実際の溶射距離Lに基づいて決定される。従って、図8(a)に示すように、実際の溶射距離Lに起因するリバンドロス量を加味して、各層51、52、53、54、・・・の溶射層厚D1、D2、D3、D4、・・・を決定することが好ましい。
具体的には、まず、損傷部4の最深部の深さHM、溶射ノズル20の許容最低移動速度Vmin、材料供給量Q、及びリバンドロス量に基づいて、損傷部4の最深部における最下層51の溶射層厚D1を求める。例えば、最深部までの実際の溶射距離Lが120mm(=L0+HM=80mm+40mm)である場合、当該溶射距離Lに対応するリバンドロス量を求める。そして、このリバンドロス量、許容最低移動速度Vmin(例えば、20mm/sec)、及び材料供給量Q(例えば20kg/hr)に基づいて、最下層51の層厚D1を決定する。
次に、最深部における最下層51の上の2番目の層52の溶射層厚D2を求める。2番目の層52に対する溶射距離は最下層51の溶射層厚D1分だけ短くなっている。そこで、この短くなった溶射距離L(=L0+HM−D1)に対応するリバンドロス量を求め、当該求めたリバンドロス量に基づき、上記最下層51と同様にして2番目の層52の溶射層厚D2を求める。この様に、順次短くなる溶射距離Lに応じてリバンドロス量を変更して、最深部の位置における各層53、54、・・・の溶射層厚D3、D4、・・・を逐次求める。
そして、最下層51〜最上層54の溶射層厚Dの和(D1+D2+D3+D4+・・・)が最深部の深さHMと等しくなるまで、ノズル移動速度Vを変えて繰り返しシミュレーションし、層数k(例えば4層)とその各層の溶射層厚D1〜Dkを決定する。そして、当該決定された溶射層厚D1〜Dkと材料供給量Qに基づき、最深部の位置において各層を溶射施工するときのノズル移動速度Vをそれぞれ求める。
次に、最深部以外の各位置において、上記決定された最深部の層数kに基づき、上記最深部と同様にして各層の溶射層厚Dを求める。つまり、最深部以外の各位置の損傷深さH、上記層数k、許容最低移動速度Vmin、材料供給量Q、及びリバンドロス量に基づき、上記区分した4層における各々の位置の溶射層厚D及びノズル移動速度Vを決定する。この際、上記最深部で求めた各層のノズル移動速度Vを基準として、順次、ノズル移動速度Vを速くし、4層の溶射層厚の和(D1+D2+D3+D4+・・・)がその位置の損傷深さHと等しくなるまで繰り返しシミュレーションして、各層の溶射層厚Dとノズル移動速度Vを決定する。
また、このように溶射層厚D及びノズル移動速度Vを求める上記XY座標平面上の各位置のピッチは、例えば、損傷深さHが5〜20mm(更に好ましくは10〜15mm)だけ変化する範囲内の距離とすることが好ましい。図8の例では、当該ピッチを15mmとし、ノズル移動速度V1の範囲を損傷深さHが15mm以下の領域、速度V2の範囲を損傷深さHが15mm超、30mm以下の領域、速度V3の範囲を損傷深さHが30mm超の領域とした(V1>V2>V3)。
例えば、図8の例では、層数kは4層であり、最深部における最下層51の層厚D1は6mm、その上の層52の層厚D2は8mm、更にその上の層53の層厚D3は11mm、最上層54の層厚D4は14mmに決定されている。これにより、各層とも一端側44から他端側45まで連続した層に区分できた。そして、この4層を損傷深さHに応じて溶射補修するときのノズル移動速度V1〜V3は各々、例えば、V1=40mm/s、V2=30mm/s、V3=15mm/sとした。
また、上記では、各層のノズル移動速度パターンを同一のパターンに設定する例について説明したが、かかる例に限定されず、層別にノズル移動速度パターンを設定してもよい。上述したように、本実施形態に係る炉壁補修方法では、溶射材料の溶融性及び溶射施工体31の耐用性を確保するために、上記の壁面温度T、ノズル移動速度V及び材料供給量Qの適正条件を満たすように、ノズル移動速度パターンを設定する。この際、材料供給量Q及び壁面温度Tに応じてノズル移動速度Vの上限値Vmax(許容最高移動速度)が定まり、ノズル移動速度パターンにおけるノズル移動速度Vを当該ノズル移動速度上限値Vmax以下に設定する必要がある。
従って、上記のように各層とも同一のノズル移動速度パターンに設定したときに、目標の溶射層厚Dを得るためのノズル移動速度Vが上限値Vmax超となってしまう場合には、上記適正条件を満たすことを優先して、各層で異なるノズル移動速度パターンに設定することが好ましい。これにより、溶射ノズル20から溶射される溶射材料の溶融性と、損傷部4に形成された溶射施工体31の耐用性を向上できる。
次に、図8を参照して、上記設定されたノズル移動速度パターンで、溶射ノズル20を凹状損傷部4に沿った移動軌跡50で移動させながら、上記決定された層数k、溶射層厚Dの各層を溶射施工する手順について説明する。
図8(b)に示すように、まず、凹状損傷部4の一端側44の下側の溶射開始点A上に溶射ノズル20を配置し、この溶射開始点Aから溶射施工を開始する。この溶射施工では、溶射仕上面40と溶射ノズル20との距離(溶射距離L0)を一定に保ちながら、溶射ノズル20を、凹状損傷部4の一端側44から他端側45にかけてジグザグ状の移動軌跡50で連続的に移動させて、上記凹状損傷部4を補修するための最下層51を形成する。
つまり、溶射ノズル20を、実線で示すジグザグ状の移動軌跡50で、損傷部4の下側から上側にかけて移動させながら、当該溶射ノズル20から溶射材料を損傷部4の補修面に向けてZ方向に吹き付けて、最下層51を形成する。図示の例のジグザグ状の移動軌跡50では、溶射ノズル20を損傷部4の一端側44から他端側45にかけて水平方向(X軸方向)に直線状に移動させた後に、所定ピッチpだけ垂直方向(Y軸方向)にずらして折返し、今度は他端側45から一端側44にかけて水平方向に直線状に移動させている。このときの折返しのピッチpは、上記のように、補修面に吹き付けられた溶射材料の裾野の幅Wに応じて決定される。また、溶射材料が凹状損傷部4の外縁からはみ出すことを防止するために、往路の移動軌跡50は、凹状損傷部4の外縁よりも所定のエリア余裕代aだけ内側を通るように配置されている。
そして、溶射ノズル20が損傷部4の一端側44の上側の終点B上に達すると、当該終点Bの近傍の移動軌跡50’上の始点Cに溶射ノズル20を移動させる。次いで、溶射ノズル20を、破線で示すジグザグ状の移動軌跡50’で、損傷部4の上側から下側にかけて移動させながら、当該溶射ノズル20から溶射材料を損傷部4の最下層51の上に吹き付けて、次の2番目の層52を形成する。この復路の移動軌跡50’(破線)は、上記往路の移動軌跡50(実線)の間の中心を通るように設定されている。また、当該復路の折返しピッチpも、往路の折返しピッチpと同一である。また、復路の移動軌跡50’は、凹状損傷部4の外縁よりも、上記往路の所定のエリア余裕代aも大きいエリア余裕代bだけ内側を通るように配置されており、溶射材料のはみ出しを防止できる。
その後、溶射ノズル20が損傷部4の他端側45の下側の終点D上に達すると、当該終点Dの近傍の移動軌跡50上の始点Eに溶射ノズル20を移動させ、再び上記実線で示すジグザグ状の移動軌跡50に沿って溶射施工を行い、次の3番目の層53を形成する。
以上のようなジグザグ状の移動軌跡50、50’での溶射施工を繰り返すことで、最下層51から最上層54まで溶射材料の吹き付けを中断することなく、連続的に溶射施工を行って、凹状損傷部4の補修を完了する。
この際、移動軌跡50、50’上におけるノズル移動速度Vは、上記のように設定されたノズル移動速度パターンに従って制御されており、XY座標平面上の各位置の目標の溶射層厚Dに応じて、上記Vmin〜Vmaxの範囲内で増減する。かかる溶射施工により、溶射材料の溶融性を高めて、溶射施工体31の耐用性を向上できるとともに、溶射仕上面40の平坦度を維持できる。
[5.炉壁補修方法のフロー]
次に、図9を参照して、本実施形態に係る炉壁補修方法の作業フローについて説明する。図9は、本実施形態に係る炉壁補修方法を示すフローチャートである。
図9に示すように、まず、図1に示した溶射補修装置10をコークス炉1の炭化室2内に装入する(S100)。次いで、溶射補修装置10に設けられたCCDカメラ等のカメラ15を用いて、炭化室2の炉壁3の壁面を撮像して、炉壁3の損傷の有無を確認する(S110、S120)。溶射補修装置10を操作する作業員は、カメラ15により撮像された画像を見て、炉壁3に損傷(凹状損傷部4、亀裂状損傷部5等)が存在するか否かを確認し、損傷が認められた場合には、その損傷位置を把握する。一方、炉壁3の何れの箇所にも損傷が存在しない場合には、当該炭化室2の補修作業を終了する。以下の工程では、炉壁3に凹状損傷部4が存在する場合の作業フローについて説明する。
凹状損傷部4の存在が確認された場合には、溶射補修装置10に設けられたレーザープロフィールメータ16により、凹状損傷部4のプロフィール(位置、形状、損傷深さ等)を計測する(S130)。例えば、当該レーザープロフィールメータ16による計測結果を処理して、図7に示したような凹状損傷部4の3次元座標図を作成する。
次いで、作業員は、S130のレーザープロフィール計測結果に基づいて、凹状損傷部4の損傷形態を確認する(S140)。ここで、凹状損傷部4の損傷形態(損傷プロフィール)とは、凹状損傷部4の損傷形状、損傷範囲、各位置の損傷深さH、最大損傷深さ(最深部の損傷深さHM)等を含む。例えば、凹状損傷部4の損傷範囲は、所定面積(例えば0.5m2)以上であるか否かを確認する。凹状損傷部4の面積が0.5m2以上である場合には、溶射範囲が広範囲となり、溶射施工に時間を要することになるので、作業員の確認を要する。また、凹状損傷部4の面積が0.5m2以上である場合には、溶射仕上面40の平坦精度をより高めるために、損傷形態によっては、溶射範囲を複数領域に分割(例えば2分割)して溶射施工してもよい。
また、S140では、凹状損傷部4の損傷形状も確認する。例えば、凹状損傷部4の損傷形状が、お椀型形状であるか、すり鉢型形状であるかを確認する。このように凹状損傷部4の損傷形状を確認することで、後述するS160で損傷形状に応じて溶射施工回数を決定することが可能となる。
次いで、温度計(図示せず。)により、炉壁3の凹状損傷部4の壁面温度Tを測定する(S150)。上述したように、壁面温度Tに応じて、材料供給量Q及びノズル移動速度Vの適正条件が変化するので、本S150にて、補修対象の凹状損傷部4の壁面温度Tを予め測定しておく。なお、温度計は、例えば放射温度計であり、溶射補修装置10に設置された放射温度計により壁面温度Tを自動測定してもよいし、作業員が放射温度計を用いて壁面温度Tを手動で測定してもよい。
その後、S130、S140で計測及び確認された凹状損傷部4の損傷形態に基づいて、溶射施工回数を設定する(S160)。上述したように凹状損傷部4の損傷形態とは、凹状損傷部4の損傷形状、最深部の損傷深さHM、各位置の損傷深さHやその高低差等を含む。本実施形態では、損傷形態として、凹状損傷部4の最深部の損傷深さHMとエッジ部近傍の深さHNとの高低差ΔH(後述する図14参照。)に基づいて、溶射施工回数を決定する。この場合、高低差ΔHが所定の閾値未満である場合(即ち、損傷形状がお椀型形状である場合)に、溶射施工回数を1回に決定し、高低差ΔHが閾値以上である場合(即ち、損傷形状がすり鉢型形状である場合)に、溶射施工回数を複数回(例えば2回)に決定する。なお、1回の溶射施工とは、溶射ノズル20からの溶射材料の吹き付けを中断することなく、溶射開始から溶射終了まで連続的に溶射材料を溶射する施工を意味する。
ここで、凹状損傷部4の損傷形態に応じて溶射施工回数を変更することの技術的意義について説明する。以下では、凹状損傷部4の損傷形態として、凹状損傷部4の損傷形状表す高低差ΔHを用い、当該高低差ΔHに応じて溶射施工回数を変更する例について説明する。
凹状損傷部4の損傷形状がお椀型形状である場合、凹状損傷部4のエッジ部(外縁部分)近傍でも十分な損傷深さがある。このため、溶射施工時に、当該お椀型損傷部のエッジ部を、相対的に遅いノズル移動速度Vで補修したとしても、当該エッジ部が溶射施工体により盛り上がらず、当該エッジ部の溶射仕上面40の平坦度が低下しない。
一方、凹状損傷部4の損傷形状がすり鉢型形状である場合、当該すり鉢型損傷部のエッジ部を、相対的に遅いノズル移動速度Vで補修すると、当該エッジ部が溶射施工体により過剰に盛り上がり、当該エッジ部の溶射仕上面40の平坦度が悪化する。逆に、当該すり鉢型損傷部のエッジ部を、相対的に速いノズル移動速度Vで補修すると、当該エッジ部に対する溶射施工体の接着力が弱くなり、当該弱い部位を起点として溶射施工体が剥離する危険が生じる。
そこで、凹状損傷部4の損傷形状がすり鉢形状である場合、S160で溶射施工回数を複数回に設定し、溶射施工を複数回に分ける。これによって、凹状損傷部4のエッジ部と溶射施工体との接着剪断力を高めて、溶射施工体が上記剥離形態A(表1参照)となることを確保しつつ、エッジ部を含めた溶射施工体の溶射仕上面40の平坦度を±10mmの範囲に収まるようにすることができる。
具体的には、まず第1回目の溶射施工により、すり鉢型損傷部の最深部周辺を局部的に溶射補修してから、2回目の溶射施工で、すり鉢型損傷部の全体を溶射補修する。これにより、2回目の溶射施工において、過度に遅くも速くもない適切なノズル移動速度Vで、すり鉢型損傷部のエッジ部を溶射補修することができる。従って、すり鉢型損傷部のエッジ部と溶射施工体との接着剪断強度を確保して、エッジ部の溶射施工体の耐用性を高めつつ、当該エッジ部に溶射された溶射施工体が過剰に盛り上がることを防止して、当該エッジ部の平坦精度も向上できる。例えば、エッジ部における溶射施工体の溶射仕上面40の平坦度を±10mmの範囲に収めて、溶射施工体の平坦精度を確保できるので、炭化室2からコークスを払い出すときに、溶射施工体により押出負荷の増大を招かないようにできる。
一方、凹状損傷部4の損傷形状がお椀型形状である場合、1回の溶射施工で当該お椀型損傷部の全体を溶射補修すればよい。これにより、お椀型損傷部のエッジ部の耐用性及び平坦精度の双方を確保しつつ、溶射施工時間を短縮できる。
上記のように凹状損傷部4の損傷形状(例えば、お椀型形状であるか或いはすり鉢型形状であるか)を表す指標としては、凹状損傷部4の最深部の損傷深さHMと凹状損傷部4のエッジ部近傍の深さHNとの高低差ΔHが有用である。凹状損傷部4のエッジ部近傍の深さHNは、例えば、凹状損傷部4のエッジ(外縁)から10mmだけ内側の位置における損傷深さHであり(図14参照。)、凹状損傷部4のエッジ部の断崖の落差を表す。そして、当該エッジ部近傍の深さHNと最深部の損傷深さHMとの高低差ΔHは、凹状損傷部4の損傷形状が、お椀型形状であるか或いはすり鉢型形状であるかを好適に表す。
即ち、凹状損傷部4の損傷形状がお椀型形状であれば、エッジ部近傍の深さHNは十分深くなり、最深部の損傷深さHMに対する高低差ΔHは小さくなる。一方、凹状損傷部4の損傷形状がすり鉢型形状であれば、HNは相対的に浅くなり、HMに対する高低差ΔHは大きくなる。従って、計測した高低差ΔHが、予め定めた閾値未満であれば、凹状損傷部4の損傷形状がお椀型形状であると推定でき、ΔHが当該閾値以上であれば、凹状損傷部4の損傷形状がすり鉢型形状であると推定できる。なお、閾値は、例えば、HMの1/3の値に設定してもよい。
そこで、本実施形態では、上記高低差ΔHを用いて凹状損傷部4の損傷形状を推定し、推定した損傷形状に応じて、溶射施工回数を決定する(S160)。しかし、本発明は、かかる例に限定されず、凹状損傷部4の損傷形態として、例えば、損傷範囲、各位置の損傷深さH、最深部の損傷深さHM等といったその他の指標を用いて、溶射施工回数を決定してもよい。例えば、最深部の損傷深さHMのみを用いる場合には、HMが30mm未満の場合には、溶射施工回数を1回とし、HMが30mm以上の場合には、溶射施工回数を複数回としてもよい。ただし、損傷形状がお椀型形状である場合には、HMが30mm以上であっても、溶射施工回数を1回としても構わない。
以上のようなS160にて、溶射施工回数が1回に設定された場合には、1回の溶射施工により凹状損傷部4の全体の溶射補修を行い、補修作業を完了する(S170)。一方、上記S160にて、溶射施工回数が複数回に設定された場合には、凹状損傷部4を損傷深さ方向に複数の領域に区分し、複数回の溶射施工により凹状損傷部4の各領域をそれぞれ溶射補修して、補修作業を完了する(S180)。以下では、2回の溶射施工で凹状損傷部4を溶射補修する例について説明するが、最深部の深さHMが大きい場合には、凹状損傷部4を損傷深さ方向に3以上の領域に区分し、3回以上の溶射施工で凹状損傷部4を溶射補修してもよい。
ここで、図10を参照して、1回の溶射施工による溶射補修作業(S170)について詳細に説明する。図10は、図9のS170の工程の詳細を示すフローチャートである。
図10に示すように、1回の溶射施工により凹状損傷部4を溶射補修する際には、まず、溶射仕上面40と溶射ノズル20の先端との距離(溶射距離L0)を設定する(S171)。溶射距離L0は、炭化室2の炉幅、溶射ノズル20のバーナーの燃焼能力、及び溶射ノズル20の設置スペース等に応じて、適正距離に設定される。上述したように、一般的な炭化室2の炉幅は例えば350〜400mm程度であり、この炉幅内に溶射ノズル20を設置して、溶射距離L0を確保しなければならない。また、鋭角な三角形状を成す断面を有する溶射施工体を形成するためには、ある程度大きい溶射距離L0を確保する必要もある。従って、溶射距離L0は、例えば150〜200mmの範囲に設定される。本実施形態に係る溶射距離L0は、200mmを基準として、250mm、200mm、150mmの中から選択される。
次いで、上記S171で設定された溶射距離L0に応じて、単位時間当たりに溶射ノズル20から凹状損傷部4に吹き付けられる溶射材料の供給量(材料供給量Q)を設定する(S172)。上記S171で溶射距離L0が決定すれば、溶射ノズル20から当該溶射距離L0内で溶融可能な溶射材料の量が必然的に決定する。従って、材料供給量Qは、上記溶射距離L0に応じて、溶射材料が溶融可能な供給量に設定され、L0が大きいほど、Qは多い量に設定可能である。本実施形態では、例えば、L0=250mmである場合には、Q=25又は20kg/hrに設定され、L0=200mmである場合には、Q=20kg/hrに設定され、L0=150mmである場合には、Q=15kg/hrに設定される。
さらに、上記S172で設定された材料供給量Q、及びS150で測定された壁面温度Tに応じて、上記接着剪断強さτを確保できる適正条件を満たすようにノズル移動速度パターンが設定される(S173)。上述したように、ノズル移動速度パターンは、凹状損傷部4の損傷深さHの区間ごとに定められたノズル移動速度Vの変化パターンである。ノズル移動速度Vが、上述したV、Q及びTの適正条件(図6等参照。)により定まるノズル移動速度上限値Vmax以下となるように、ノズル移動速度パターンが設定される。ノズル移動速度VをVmax以下とすることで、溶射ノズル20から凹状損傷部4に吹き付けられた溶射材料が十分に溶融して、凹状損傷部4上に高耐用性の溶射施工体31を形成できる。
上述したように、凹状損傷部4の損傷形態に応じて、損傷深さHの区間ごとのノズル移動速度Vをパターン化することで、複数種類のノズル移動速度パターンが予め設定されている。これら複数種類のノズル移動速度パターンはいずれも、上記適正条件を満たすように予め設定されている。そして、本工程S173では、当該複数種類のノズル移動速度パターンの中から、S130で計測された実際の凹状損傷部4の損傷形態に合わせて、最適な1つのノズル移動速度パターンが選択される。選択された1つのノズル移動速度パターンは、凹状損傷部4の損傷深さHの区間とノズル移動速度Vとを対応付けたテーブルとして保存され、次の溶射補修工程S174で参照される。
その後、上記S171〜S173で設定した溶射条件で、凹状損傷部4を溶射補修する(S174)。具体的には、まず、図8で示したように、凹状損傷部4を損傷深さ方向に複数層51〜54に区分し、各層の溶射補修を行う。この際、上記S171で設定された溶射距離L0を維持しながら、上記S173で設定されたノズル移動速度パターンに従って、溶射ノズル20を、凹状損傷部4に沿ってジグザグ状の移動軌跡50、50’で移動させる(図8参照。)。そして、当該溶射ノズル20の移動とともに、溶射ノズル20から凹状損傷部4に対して、上記S172で設定された材料供給量Qで溶射材料を連続的に吹き付ける。これにより、凹状損傷部4内に、上記図8に示した溶射材料の各層51〜54を最下層51から順に形成して、凹状損傷部4が溶射補修される。
次いで、レーザープロフィールメータ16により、S174で溶射補修された後の凹状損傷部4のプロフィールを計測し、補修された溶射仕上面40の平坦度等を確認する(S175)。
以上、図10を参照して、1回の溶射施工により凹状損傷部4全体を溶射補修する方法について説明した。凹状損傷部4内の凹凸のギャップがさほど大きくない場合には、上記適正条件を満たす材料供給量Q、ノズル移動速度Vを、比較的容易に設定可能である。従って、この場合には、1回の溶射施工で凹状損傷部4を溶射補修することが好ましく、これにより、溶射補修作業の迅速性、簡便性を実現できる。
次に、図11を参照して、2回の溶射施工による溶射補修作業(S180)について詳細に説明する。図11は、図9のS180の工程の詳細を示すフローチャートである。
凹状損傷部4の凹凸のギャップが激しい場合には、この凹状損傷部4の全体を1回の連続した溶射施工で行おうとすると、上記壁面温度T、材料供給量Q及びノズル移動速度Vを上記適正条件の範囲内に収めることが難しくなる。これは、材料供給量Qが一定である条件下では、非常に薄い溶射層厚Dを実現するためには、ノズル移動速度Vを非常に高速にせざるを得ず、ノズル移動速度Vがノズル移動速度上限値Vmaxを超えてしまうからである。一方、無理にノズル移動速度VをVmax以下にすると、損傷深さHが浅い位置における溶射層厚Dが目標厚よりも厚くなり、この結果、補修箇所の平坦度が低下してしまう。
ところが、凹状損傷部4の深部領域のみを予め溶射補修して、凹状損傷部4の損傷深さHのギャップを低減しておけば、その後の浅部領域の溶射補修では、各層の溶射層厚Dをある程度大きくすることができるので、ノズル移動速度Vをノズル移動速度上限値Vmax以下に収めることが可能となる。
そこで、図11に示すフローでは、凹状損傷部4を損傷深さ方向に複数の領域、例えば、深部領域(第1の領域)と浅部領域(第1の領域)からなる2つの領域に区分し、まず、深部領域に対して1回目の溶射施工を行った後に、浅部領域に対して2回目の溶射施工を行う。深部領域(第1の領域)は、浅部領域(第2の領域)よりも深く狭い領域であるので、浅部領域の面積は深部領域の面積よりも広い。このように、凹状損傷部4を2つの領域に区分し、2段階で溶射補修することで、上記損傷深さHのギャップに起因する諸問題を解決することができる。以下にこの溶射補修の手順について詳述する。
図11に示すように、まず、凹状損傷部4の深部領域に対する1回目の溶射施工(S184)を行うために、溶射距離L0の設定(S181)、材料供給量Qの設定(S182)、ノズル移動速度パターンの設定(S183)を行う。これらS181〜S183の溶射条件の設定方法は、上述した図10のS171〜S173と同様であるので、詳細説明は省略する。
次いで、凹状損傷部4の深部領域を溶射補修するための1回目の溶射施工を行う(S184)。具体的には、凹状損傷部4の深部領域に対して、溶射ノズル20からの溶射材料の吹き付けを中断することなく、連続した溶射施工を行い、当該深部領域を溶射補修する。かかる1回目の溶射施工でも、凹状損傷部4の深部領域を複数層に区分し、図8に示した溶射補修方法と同様に、ジグザグ状の移動軌跡50、50’で溶射ノズル20を移動させて、各層の溶射補修を連続的に行う。ただし、凹状損傷部4全体を溶射補修する場合と比べ、凹状損傷部4の深部領域のみを溶射補修する場合は、補修面積が小さくなる。かかる1回目の溶射施工が終了した後には、溶射ノズル20からの溶射材料の吹き付けを中断する。
その後、レーザープロフィールメータ16により、上記深部領域が補修された凹状損傷部4のプロフィール(位置、形状、損傷深さ等)を計測し、当該補修後の凹状損傷部4の3次元座標図を作成する(S185)。作業員は、かかるレーザープロフィール計測結果に基づいて、凹状損傷部4の深部領域の補修状態を確認できる。
次いで、上記S182で設定された材料供給量Q、及びS150で測定された壁面温度Tに応じて、上記接着剪断強さτを確保できる適正条件を満たすように、ノズル移動速度パターンを再設定する(S186)。上記S173と同様にして、凹状損傷部4の浅部領域を補修するための移動軌跡50、50’上におけるノズル移動速度Vが、上述したV、Q及びTの適正条件(図6等参照。)により定まるノズル移動速度上限値Vmax以下となるように、ノズル移動速度パターンが設定される。
この際、凹状損傷部4の深部領域が予め補修済みであるので、凹状損傷部4全体を1回で溶射補修する場合と比べて、XY座標平面上の溶射位置の違いによる損傷深さHのギャップを低減することができる。従って、当該浅部領域を溶射補修するための層数kを低減して、各層の溶射層厚Dを比較的大きくできるので、各溶射位置でのノズル移動速度Vをノズル移動速度上限値Vmax以内に収めることが容易となる。
次いで、凹状損傷部4の浅部領域を溶射補修するための2回目の溶射施工を行う(S187)。具体的には、上記Sで深部領域が補修された凹状損傷部4の浅部領域に対して、溶射ノズル20からの溶射材料の吹き付けを中断することなく、連続した溶射施工を行い、当該深部領域を溶射補修する。かかる2回目の溶射施工でも、凹状損傷部4の深部領域を複数層に区分し、図8に示した溶射補修方法と同様に、ジグザグ状の移動軌跡50、50’で溶射ノズル20を移動させて、各層の溶射補修を連続的に行う。かかる2回目の溶射施工が終了した後には、溶射ノズル20からの溶射材料の吹き付けを中断する。
次いで、レーザープロフィールメータ16により、S184及びS187で溶射補修された後の凹状損傷部4のプロフィールを計測し、補修された溶射仕上面40の平坦度等を確認する(S188)。
以上、図11を参照して、2回の溶射施工により凹状損傷部4の深部領域と浅部領域を2段階で溶射補修する方法について説明した。凹状損傷部4内の凹凸のギャップが大きい場合には、上記のように凹状損傷部4を損傷深さ方向に複数の領域に区分して、複数回の溶射施工を行う。この際、1回目の溶射施工では、凹状損傷部4の深部をある程度補修し、その後、2回目の溶射施工では、補修対象の凹状損傷部4の全範囲を補修して、当該全範囲を平坦化する。
これにより、1回目の溶射施工で凹状損傷部4の損傷深さHのギャップを低減しておくことができるので、2回目以降の溶射施工では、層数kを低減して、各層の溶射層厚Dをある程度大きくすることができる。このため、各層の溶射層厚Dとノズル移動速度Vの自由度を高めることができるので、各々の溶射施工において、ノズル移動速度Vを上記適正条件の範囲内に容易に収めることが可能となる。従って、凹状損傷部4内の凹凸のギャップが大きい場合であっても、ノズル移動速度Vを適正条件に設定できるので、溶射材料の溶融性を高めて、溶射施工体31の耐用性を向上できる。さらに、凹状損傷部4を補修したときの溶射仕上面40の平坦度も向上することができ、例えば、当該平坦度を±5mmの範囲内にすることができる。
[6.炉壁補修方法の別のフロー]
次に、図12を参照して、本発明の第2の実施形態に係る炉壁補修方法の作業フローについて説明する。図12は、第2の実施形態に係る炉壁補修方法を示すフローチャートである。
溶射材料の溶融性は、被溶射体30(炉壁3の耐火物)の表面の温度(即ち、壁面温度T)によっても影響を受けるので、壁面温度Tに応じて溶射施工体31の接着力は大きく変化する。本願発明者が、予めオフラインで調査したところ、上記表1及び図6に示したように、壁面温度Tが1000℃である場合には、ノズル移動速度V及び材料供給量Q等の溶射条件の適正範囲は、ほぼ一定となることが分かった。この理由は、壁面温度Tが1000℃であると、溶射施工時に溶射材料と耐火物(煉瓦)の共通成分であるSiO2成分が相互拡散し、溶射施工体31と被溶射体(耐火物)との間で、固相反応で強固な結合体を形成するためである。従って、凹状損傷部4の壁面温度Tを1000℃以上に予熱してから溶射補修を行うことで、耐用性に優れ、寿命バラツキが小さい溶射施工体31を形成できる。
そこで、第2の実施形態に係る炉壁補修方法では、溶射施工を行う前に、炉壁3の耐火物の温度(壁面温度T)を測定し、壁面温度Tが1000℃未満である場合には、1000℃以上となるように、溶射ノズル20から放射される火炎9を用いて凹状損傷部4の壁面を1000℃以上に予熱してから、溶射補修することを特徴としている。以下に、その作業フローを説明する。
図12に示すように、まず、溶射補修装置10をコークス炉1の炭化室2内に装入し(S200)、カメラ15を用いて、炭化室2の炉壁3の壁面を撮像して、炉壁3の損傷の有無を確認する(S210、S220)。次いで、レーザープロフィールメータ16により、凹状損傷部4のプロフィールを計測し(S230)、当該計測結果に基づいて、凹状損傷部4の損傷範囲、各位置の損傷深さH、最深部の損傷深さHM、損傷形状等を確認する(S240)。これらS200〜S240の工程は、図9に示した第1の実施形態のS100〜S140と同様であるので、詳細説明は省略する。
次いで、放射温度計により炉壁3の凹状損傷部4の壁面温度Tを測定し(S250)、測定した壁面温度Tが1000℃以上であるか否かを判定する(S252)。この結果、測定した壁面温度Tが1000℃以上であれば、予熱を行わない。一方、測定した壁面温度Tが1000℃未満であれば、壁面温度Tが1000℃以上となるように凹状損傷部4を予熱し(S254)、再度、壁面温度Tを測定して(S250)、壁面温度Tが1000℃以上であるか否かを確認する(S252)。
ここで、S254の予熱処理は、防熱板で熱遮蔽しながら、溶射ノズル20から溶射材料を噴射せずに、溶射ノズル20のバーナーから火炎9を噴出させて、凹状損傷部4の壁面を加熱する。このように、別途の加熱装置を使わずに、溶射ノズル20を用いて溶射ノズル20を予熱することで、簡便かつ迅速に予熱処理を実行できる。
その後、第1の実施形態と同様にして、溶射施工回数を設定した上で(S260)、1回若しくは2回の溶射施工を行う(S270、S280)。
かかるS270、S280での溶射施工では、壁面温度Tが1000℃以上であるので、ノズル移動速度V及び材料供給量Q等の溶射条件を比較的自由に設定することが可能となる。つまり、上記表1に示したように、壁面温度Tが1000℃、1100℃である場合には、同一溶射条件で得られる溶射施工体31の接着剪断強さτは、ほぼ一定である。また、上記図6に示したように、壁面温度Tが1000℃、1100℃である場合には、耐火物の強度以上の接着剪断強さτを確保できるノズル移動速度V及び材料供給量Qの適正条件の範囲もほぼ一定となる。さらに、壁面温度Tが1000℃以上である場合は、壁面温度Tが800℃以下である場合と比べて、当該適正条件の範囲が大幅に拡大している。
従って、壁面温度Tを1000℃以上に予熱することで、ノズル移動速度V及び材料供給量Qの適正条件の範囲を大幅に拡げて、比較的自由度の高い溶射条件下で溶射施工を行うことが可能となる。
また、壁面温度Tが1000℃以上の条件下で溶射施工を行うことで、溶射材料と炉壁3の耐火物の間で共通成分(SiO2成分)を相互拡散させて、両者を強固に結合させることができる。従って、耐用性に優れ、寿命バラツキが小さい溶射施工体31を形成することができる。
[7.まとめ]
以上、本発明の好適な実施形態に係る溶射補修装置10と、これを用いたコークス炉炭化室の炉壁補修方法について説明した。本実施形態によれば、溶射施工前に予めオフラインで、溶射施工体31と炉壁3との間の接着剪断強さτが、炉壁3を構成する耐火物(被溶射体30)の強度よりも大きい強度を確保できるように、ノズル移動速度V、材料供給量Q及び壁面温度Tの適正条件を決定しておく。そして、当該適正条件を満たすように、壁面温度Tに応じて材料供給量Q及びノズル移動速度Vを設定する。
これにより、溶射施工時に、接着剪断強さτが耐火物の強度以上(例えば1.5MPa以上)を確保できるノズル移動速度上限値Vmax以下のノズル移動速度Vで溶射ノズル20を移動させ、凹状損傷部4を区分した各層を溶射施工できる。このため、溶射ノズル20から凹状損傷部4に吹き付けられる溶射材料を十分に溶融させることができるので、溶射施工体31と凹状損傷部4の壁面とを強固に溶着させることができる。従って、広範囲の凹状損傷部4を、その周囲の炉壁3の壁面レベルから乖離することなく、効果的に平坦化できるとともに、耐用性の高い溶射施工体31を形成でき、炉壁3からの溶射施工体31の剥離を防止できる。よって、溶射施工体31の寿命バラツキを抑え、溶射施工体31の耐用平均寿命を大幅に延長することができ、補修頻度を大きく削減できる、
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例はあくまで本発明の効果を実証するために行った例に過ぎず、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(a)溶射施工試験
上記図1〜図3に示した溶射補修装置10及び溶射ノズル20を用いて溶射施工試験を行い、ノズル移動速度Vと溶射層厚Dとの関係を求めるとともに、被溶射体30に対する溶射施工体31の接着剪断強さτを測定し、τが1.5MPa以上となるノズル移動速度Vを求めた。この試験における溶射条件は以下の通りである。
被溶射体 :珪石煉瓦(炉壁3の母材)
溶射材料の材質 :SiO2質
溶射材料の溶融温度 :1650℃、
溶射距離L0 :200mm
溶射ノズルの噴射角度:壁面に対して垂直
材料供給量Q :20kg/hr
壁面温度T :1000℃
上記溶射施工試験により得られたノズル移動速度Vと溶射層厚Dの関係を図13に示す。図13に示すように、ノズル移動速度Vと溶射層厚Dは負の相関があり、ノズル移動速度Vが速くなるほど、溶射層厚Dは薄くなっている。また、種々のノズル移動速度Vで溶射施工したときの溶射施工体31の接着剪断強さτを求めたところ、ノズル移動速度Vが7.5m/min以下である場合には、溶射施工体31の接着剪断強さτが1.5MPa以上となることが分かった。また、ノズル移動速度Vが7.5m/min以下である場合には、溶射施工体31を被溶射体30から剥離したときに、被溶射体30の内部で破壊が生じ(上記剥離形態A)、溶射施工体31が被溶射体30に強固に溶着していることが分かった。一方、ノズル移動速度Vが8m/min以上である場合には、被溶射体30に溶射された溶射材料は未溶融又は半溶融の状態となり、被溶射体30との界面で溶射施工体31が剥離し(上記剥離形態B、C)、溶射施工体31の溶着力が低いことが分かった。従って、上記溶射条件では、接着剪断強さτを確保できるノズル移動速度Vの適正条件の範囲は、7.5m/min以下であることが分かった。
(b)溶射補修試験
さらに、上述した溶射施工試験と同一の溶射条件で、コークス炉1の炭化室2の炉壁3に形成された凹状損傷部4の溶射補修試験を行い、凹状損傷部4に形成された溶射施工体31の平坦度と耐用寿命を測定した。
本発明の実施例1、2では、上述した本発明の実施形態に係る溶射補修方法を用いて、ノズル移動速度Vを7.5m/min以下に制限して溶射補修を行った。また、比較例1、2として、上記特許文献3記載の従来の溶射補修方法を用いて、ノズル移動速度Vを制限することなく溶射補修を行った。
また、補修対象の凹状損傷部4の形状としては、図14に示すように、お椀型形状とすり鉢型形状の損傷部を用いた。両形状とも最深部の損傷深さHMは50mmであるが、溶射位置による損傷深さHのギャップは、お椀型損傷部よりも、すり鉢型損傷部の方が大きい。また、溶射施工時において、図8(b)に示した往路及び復路エリア余裕代a、bは、10mmとし、折返しピッチpは7mmとした。
表3に、実施例1、2及び比較例1、2の溶射施工条件と、各施工でのノズル移動速度パターンを示す。表3に示すように、実施例1及び比較例1では、損傷深さHのギャップが小さいお椀型損傷部に対する溶射施工回数を1回としたのに対し、実施例2では、損傷深さHのギャップが大きいすり鉢型損傷部に対する溶射施工回数を2回とした。実施例2では、図14に示すように、1回目の溶射施工ですり鉢型損傷部の深部のみを局所的に補修し、2回目の溶射施工ですり鉢型損傷部の浅部全体を補修した。なお、比較例2では、すり鉢型損傷部であるにもかかわらず、溶射施工回数を1回とした。
また、表3に示すように、凹状損傷部4を損傷深さHに応じて複数の領域に区分し、各領域に対してノズル移動速度Vを割り当てることで、ノズル移動速度パターンを設定した。この際、損傷深さHが5mmごとに凹状損傷部4の領域を区分した。
実施例1、2に係るノズル移動速度パターンでは、損傷深さHにかかわらず、ノズル移動速度Vを7.5m/min(ノズル移動速度上限値Vmax)以下に制限し、損傷深さHが浅い箇所(H≦25mm)でも、上限値Vmaxである7.5m/minとした。一方、比較例1、2に係るノズル移動速度パターンでは、損傷深さHが浅い箇所(H≦20mm)では、薄い溶射層厚Dを得るために、ノズル移動速度Vを7.5m/min超に設定した。例えば、比較例1、2では、損傷深さHが5〜10mmの領域に対して15m/minという非常に高速のノズル移動速度Vで溶射施工した。
なお、表3には、実施例1、2及び比較例1、2の溶射施工において、実際に使用したノズル移動速度Vの範囲も示してある。実施例1では、お椀型損傷部の損傷深さHが10mm以上の領域に対して溶射施工した。これに対して、実施例2では、1回目の溶射施工で、すり鉢型損傷部の損傷深さHが25mm以上の深部領域に対して溶射施工し、2回目の溶射施工で、当該損傷部の損傷深さHが10mm以上の領域に対して溶射施工した。
表4に、上記溶射補修試験結果を示す。比較例1、2の従来の溶射補修方法では、補修箇所の平坦性の確保と溶射作業効率を重視していたため、損傷深さHが浅い部位に対してはノズル移動速度Vを8〜12m/minと高い範囲に設定していた。このため、比較例1、2では、表4に示すように、溶射施工体31の耐用寿命は、平均で12ヶ月、最長で18ヶ月、最短で2ヶ月であり、耐用寿命が相対的に短く、寿命バラツキも大きかった。この理由は、損傷部の浅い部位を溶射補修する際に、ノズル移動速度Vが7.5m/min超と速すぎたため、溶射材料が未溶融又は半溶融の状態となり、溶着力が低下したからと考えられる。
一方、本発明の実施例では、損傷部の形態によって、1回の溶射施工でお椀型損傷部の全体を溶射補修する場合(実施例1)と、すり鉢型損傷部の補修範囲を拡大しながら2回の溶射施工で分割補修する場合(実施例3)とを使い分けている。そして、実施例1、2のいずれの場合も、溶射施工体31が1.5MPa以上の接着剪断強さτを確保できる適正条件の範囲内でノズル移動速度Vを制御した。このため、実施例1、2では、表4に示すように、比較例1、2と同等の平坦性を確保しつつ、全ての溶射施工体31の耐用寿命が36ヶ月以上と大幅に延長されている。そして、上記溶射補修試験から36ヶ月を過ぎた現在でも、溶射施工体31が剥離に至ったものは皆無であり、溶射施工体31の平均寿命を大幅に延長できることが明らかとなった。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。