JP5626025B2 - 溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法 - Google Patents

溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法に関し、特に、高強度鋼板と溶接ナットまたは溶接ボルトとをプロジェクション溶接によって接合することで得られ、溶接部の遅れ破壊が抑制されるとともに高い静的強度を得ることが可能な、自動車用構造部材、および、その製造方法に関するものである。
近年、自動車分野においては、低燃費化や炭酸ガス(CO)排出量削減を目的とした車体の軽量化および衝突安全性向上のために、車体や部品等に、高強度鋼板を使用するニーズが高まっている。また、例えば、フロントサイドメンバーやセンターピラー、ヒンジリンフォース等の自動車用構造部材においては、高強度鋼板からなる部品にナットやボルトが溶接されてなる構成が採用されている。
上述のようなナットまたはボルトが接合された自動車用構造部材を製造するにあたっては、プロジェクション溶接法を用いて高強度鋼板の表面に溶接ナットまたは溶接ボルトを接合する方法が一般的である。このような、プロジェクション溶接によって得られる自動車用構造部材に要求される特性としては、高強度鋼板と溶接ナットまたは溶接ボルトとの接合強度が高く、且つ、ばらつきが小さいことが挙げられる。
上述のような、溶接ナットや溶接ボルトをプロジェクション溶接した接合部(溶接継手)の品質指標としては、静的強度特性と遅れ破壊特性が挙げられる。溶接継手の静的強度としては、ナットやボルトに回転力を負荷して測定するトルク剥離強さと、剥離方向に押込み荷重を負荷して測定する押込み剥離強さがある。一般に、静的強度特性は、プロジェクション溶接した接合部および熱影響部の硬さの値が適度に高く十分な強度があり、かつ靭性も高い場合には、十分に高い値が得られるが、接合部および熱影響部の硬さの値が高過ぎて靭性が低い場合には著しく低下する。
ナットやボルトをプロジェクション溶接する方法に関しては、例えば、ボルトと基板部材とをプロジェクション溶接するにあたり、まず、一方の電極を対向方向に進退する分割電極で構成し、他方の電極を両分割電極の対向間隙に向けて上方に配設することで、溶接電極を適正配置する方法が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1によれば、ボルトと基板部材を分割電極の上に搬入した後、他方の電極を降下させてボルトと基板部材を圧接させ、プロジェクション溶接を行うことで、溶接工程において時間の無駄を無くし、スピードアップすることが可能とされている。
また、プロジェクション溶接方法に関し、溶接通電を、低電流から高電流の2段階で変化させて行うとともに、低電流時の通電時間を高電流時よりも短く設定する方法が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。特許文献2によれば、上記方法を採用することにより、プロジェクション溶接継手の接合強度が一層向上するとともにばらつきを低減させることができ、溶接品質をより高めることが可能とされている。
また、プロジェクション溶接方法に関し、鋼板側の化学成分を調整する方法が提案されている(例えば、特許文献3を参照)。特許文献3によれば、鋼板の化学成分を適正化することにより、引張強さ(TS):780MPa以上、伸び(El):20%以上、降伏比(YR):65%以下の鋼板特性とプロジェクション溶接性の両立を図ることができ、良好な成形性及びプロジェクション溶接性が得られるとされている。
また、プロジェクション溶接方法に関し、鋼板側の化学成分を調整するとともに、炭素当量を比較的低めに設定する方法が提案されている(例えば、特許文献4を参照)。特許文献3によれば、鋼板中の炭素当量を低減させることにより、良好な溶接性を有する570N/mm級以上の鋼板の製造が可能であるとされている。
また、プロジェクション溶接方法に関し、鋼板側の化学成分や板厚、炭素当量に加え、板厚や炭素当量によって算出されるDI値を調整する方法が提案されている(例えば、特許文献5を参照)。特許文献5によれば、鋼板自体の強度を確保しつつ、ナットとの接合強度、即ち、押込み剥離強さおよびトルク剥離強さを向上させるとともに、接合強度のばらつきを低減させることが可能とされている。
また、プロジェクション溶接方法に関し、鋼板側の化学成分を適正に調整するとともに、接合部断面での熱影響部における硬さ分布において、ビッカース硬さが400Hv以上の領域の断面積と厚さの比を所定範囲に規定する方法が提案されている(例えば、特許文献6を参照)。特許文献6によれば、上記構成により、ナットと鋼板との接合強度、即ち、押込み剥離強さおよびトルク剥離強さを向上させるとともに、接合強度のばらつきを低減させることが可能とされている。
また、プロジェクション溶接方法に関し、鋼板成分を適正化するとともに、熱影響部の最大深さ部を含む、鋼板表面に垂直な方向での硬さ分布について、ビッカース硬さが400Hv以上の領域の厚さが鋼板厚さの30%以上であるか、あるいは、ビッカース硬さが300Hv以上の領域の厚さが鋼板厚さの50%以上に制御されたものが提案されている(例えば、特許文献7を参照)。特許文献7によれば、上記構成により、ナットと鋼板との接合強度、即ち、押込み剥離強さおよびトルク剥離強さを向上させるとともに、接合強度のばらつきを低減させることが可能とされている。
ここで、溶接ナットまたは溶接ボルトが接合されてなる自動車用構造部材は、自動車に組み込んだ際の自重による応力や、走行した際の変動応力が加わる。さらに、腐食が進行する環境下では、ナットやボルトが鋼板に接合された接合部に遅れ破壊が発生することがある。この際の遅れ破壊特性は、主として、母材の強度や、溶接部の水素濃度の他、残留応力、変動加重応力あるいは自重応力等の各種応力によって変動する。具体的には、母材強度が高い場合や溶接部の水素濃度が高い場合、付与される応力が高い場合等に、遅れ破壊が生じやすくなる。
一方、例えば、鋼板に母材強度の低いものを採用した場合には、遅れ破壊特性の低下は抑制できるものの、自動車用構造部材の静的強度が低下するという問題がある。このため、優れた遅れ破壊特性を備えるとともに、高い静的強度を備えた、溶接ナット部を有する自動車用構造部材が望まれている。
しかしながら、上述した各方法は、何れも、特別な溶接法が必要であったり、あるいは鋼板成分が限定されたりする方法である。このため、プロジェクション溶接部の特性、特に、引張強さが750MPa以上の高強度鋼板を基盤に用いた場合の接合強度を向上させるのが難しく、必ずしも、遅れ破壊特性や静的強度特性を向上させる効果が十分とは言えないという問題があった。
特開2002−178161号公報 特開2004−50280号公報 特開2005−281816号公報 特開平6−65637号公報 特開2010−106343号公報 特開2010−115678号公報 特開2010−116592号公報
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、特に、高強度鋼板と溶接ナットまたは溶接ボルトとがプロジェクション溶接されてなり、溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた、自動車用構造部材、および、その製造方法を提供することを目的とする。
本発明者等が上記問題を解決するために鋭意研究したところ、プロジェクション溶接前の母材強度が高い高強度鋼板を用い、溶接ナットまたは溶接ボルトにおけるプロジェクション部を適正な形状とするとともに、その周辺部に、適正な位置および形状とされた凹部を設けることで溶接部の強度特性を維持しつつ、遅れ破壊を防止可能なことを知見した。そして、このような溶接ナットまたは溶接ボルトと高強度鋼板とをプロジェクション溶接することにより、優れた遅れ破壊特性及び高い静的強度を備える自動車用構造部材が得られることを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
] 溶接前の引張強さが1100MPa以上の高強度鋼板にピアス孔を設け、該ピアス孔の中心と溶接ナットまたは溶接ボルトのねじ部の中心とが概略一致した状態で加圧しながら通電加熱を行うプロジェクション溶接により、前記高強度鋼板と前記溶接ナットまたは溶接ボルトとが接合されることで得られる自動車用構造部材であって、前記溶接ナットまたは溶接ボルトは、下面側が前記高強度鋼板との接合面とされたフランジ部を有するとともに、前記接合面に略半球状のプロジェクション部が設けられており、さらに、前記フランジ部の縦断面において、前記プロジェクション部の略半球状の円弧と前記接合面とが交差してなす半円の弦上の中心をCとするとともに、前記プロジェクション部の半径をR(mm)としたとき、前記中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部を有しており、前記凹部は、前記フランジ部の前記接合面と反対側の上面において、前記プロジェクション部に対応する位置で概略一致するように局所的に設けられており、且つ、前記凹部の合計体積が前記プロジェクション部の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であることを特徴とする、溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材。
] 前記高強度鋼板の板厚が0.6〜6.0mmの範囲であることを特徴とする、[1]に記載の溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材。
] 溶接前の引張強さが1100MPa以上の高強度鋼板にピアス孔を形成し、該ピアス孔の中心と溶接ナットまたは溶接ボルトのねじ部の中心とを概略一致させた状態で加圧しながら通電加熱を行うプロジェクション溶接により、前記高強度鋼板と前記溶接ナットまたは溶接ボルトとを接合する、自動車用構造部材の製造方法であって、
前記溶接ナットまたは溶接ボルトとして、下面側が前記高強度鋼板との接合面とされたフランジ部を有するとともに、前記接合面に略半球状のプロジェクション部が設けられており、且つ、前記フランジ部の縦断面において、前記プロジェクション部の略半球状の円弧と前記接合面とが交差してなす半円の弦上の中心をCとするとともに、前記プロジェクション部の半径をR(mm)としたとき、前記中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部を有するものを用い、さらに、前記凹部が、前記接合面と反対側の上面において、前記プロジェクション部に対応する位置で概略一致するように局所的に設けられており、且つ、前記凹部の合計体積が前記プロジェクション部の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であることを特徴とする、溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材の製造方法。
] 前記高強度鋼板の板厚を0.6〜6.0mmの範囲とすることを特徴とする、[3]に記載の溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材の製造方法。
本発明の溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材によれば、上記構成の如く、高強度鋼板との接合面に略半球状のプロジェクション部が設けられ、且つ、縦断面において、前記プロジェクション部の略半球状の円弧と前記接合面とが交差してなす半円の弦上の中心をCとするとともに、前記プロジェクション部の半径をR(mm)としたとき、中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部を有するとともに、この凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲とされた構成の溶接ナットまたは溶接ボルトを採用している。
これにより、プロジェクション溶接前の母材強度が1100MPa以上である高強度鋼板を用いた場合であっても、高強度鋼板と溶接ナットまたは溶接ボルトとの溶接部の強度特性を確保でき、優れた遅れ破壊特性と高い静的強度を両立することが可能となる。
また、本発明の溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材の製造方法によれば、上記した構成の溶接ナットまたは溶接ボルトを用い、高強度鋼板とでプロジェクション溶接を行う方法なので、上述のような、優れた遅れ破壊特性及び高い静的強度を備える自動車用構造部材を製造することが可能となる。
従って、例えば、フロントサイドメンバーやセンターピラー、ヒンジリンフォース等の自動車用部品や車体、並びにそれらの製造、組立工程において本発明を適用することにより、遅れ破壊特性及び静的強度の向上に伴う安全性の向上等の他、車体全体の軽量化による低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減等のメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、高強度鋼板と溶接ナットとがプロジェクション溶接されてなる自動車用構造部材の構造を示す断面図である。 本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、(a)は溶接ナットの構造を詳細に説明する断面図、(b)は接合面から見た平面図、(c)は(a)の要部断面図である。 本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、プロジェクション溶接機を用いて高強度鋼板と溶接ナットとを溶接する工程を示す断面図である。 本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、高強度鋼板と溶接ナットとがプロジェクション溶接されてなる自動車用構造部材の構造を示す要部断面図である。 本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、高強度鋼板と溶接ボルトとがプロジェクション溶接されてなる自動車用構造部材の構造を示す断面図である。 本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、(a)は溶接ボルトの構造を詳細に説明する断面図、(b)は接合面から見た平面図、(b)は(a)の要部断面図である。 本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、プロジェクション溶接機を用いて高強度鋼板と溶接ボルトとを溶接する工程を示す断面図である。 本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態を模式的に説明する図であり、高強度鋼板と溶接ボルトとがプロジェクション溶接されてなる自動車用構造部材の構造を示す要部断面図である。
以下、本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の一実施形態について、図1〜図8を適宜参照しながら説明する。なお、本実施形態は、本発明の自動車用構造部材、および、その製造方法の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り本発明を限定するものではない。
[第1の実施形態]
以下に、本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材(以下、単に自動車用構造部材と略称することがある)の第1の実施形態について詳述する。
本実施形態の自動車用構造部材50は、図1に示す例のように、溶接前の引張強さが1100MPa以上の高強度鋼板1にピアス孔11を設け、該ピアス孔11の中心11aと溶接ナット2のねじ孔(ねじ部)22の中心22aとが概略一致した状態で、高強度鋼板1と溶接ナット2とを加圧しながら通電加熱を行うプロジェクション溶接によって各々が接合されることで得られるものである。上述の溶接ナット2は、図2(a)〜(c)に示す例のように、下面側が高強度鋼板1との接合面2aとされたフランジ部2Aを有するとともに、接合面2aに略半球状のプロジェクション部21が設けられており、さらに、フランジ部2Aの縦断面において、プロジェクション部21の略半球状の円弧と接合面2aとが交差してなす半円の弦21A上の中心をCとするとともに、プロジェクション部21の半径をR(mm)としたとき、中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部23を有している。そして、凹部23は、接合面2aにおけるプロジェクション部21の周囲にのみ局所的に設けられるとともに、凹部23の合計体積が前記プロジェクション部の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であり、且つ、凹部23の深さ寸法t2が、フランジ部2Aの厚み寸法t1の半分以下とされている。また、本実施形態で説明する例の溶接ナット2は、凹部23が断面視略半円状の凹みとされ、フランジ部2Aの接合面2aにおけるプロジェクション部21の周囲にのみ、平面視略環状で局所的に設けられている。
『プロジェクション溶接法』
本発明において説明するプロジェクション溶接とは、被接合物の接合箇所に大電流を流し、この接合箇所を抵抗発熱によって加熱しながら圧力を加えて接合を行う、いわゆる抵抗溶接法の一種である。具体的には、図2(a)〜(c)に示す例のように、溶接ナット2の、高強度鋼板1と接合される接合面2aに突起状のプロジェクション部21を設け、このプロジェクション部に電流を集中して流すことで、加熱すると同時に加圧を行って接合する方法である。また、プロジェクション溶接は、重ね合わせた被接合物を電極の先端で挟持し、通電と同時に電極で加圧することで接合を行う、いわゆるスポット溶接法の装置を用い、電極を変更して行うことができる方法である。
プロジェクション溶接は、上述のように、被接合物の溶接ナット2に設けられた突起状のプロジェクション部に集中して通電を行うため、本実施形態のような、溶接ナット2と高強度鋼板1の板厚方向寸法が異なる場合であっても、小電流の通電で電流密度を高くすることができる。これにより、母材(高強度鋼板1)中において確実に接合部を形成させることができ、良好な接合を行うことが可能となる。このような接合部は、多くの場合、溶融することなく圧接(固相接合)となるが、溶接電流が高い場合には溶融する場合もある。
[溶接ナット]
図1に例示する本実施形態の自動車用構造部材50は、高強度鋼板1とプロジェクション溶接される溶接ナット(ウェルドナット)2として、図2(a)〜(c)に示すような、接合面2aに略半球状のプロジェクション部21が備えられたものを採用している。また、図1においては、高強度鋼板1と上記構成の溶接ナット2とがプロジェクション溶接されてなる、自動車部品等の分野において適用可能な自動車用構造部材50を例示している。
本発明において用いられる溶接ナットは、その概略形状や寸法がJIS B 1196に準拠するものである。また、本発明で用いられる溶接ナット2に備えられた突起部(プロジェクション部21)は、JIS B 1196に記載されたT型ナットに設けられている略半球状の突起形状を基本とするものである。また、溶接ナット2の概略形状や寸法としては、JISに規定されるものに限定されるものではなく、用途や性能に応じて適宜変更されていても良い。
本発明において、溶接ナット2のプロジェクション部21に上記形状を採用した理由としては、一般的に用いられる溶接ナットの突起部には三角形の平坦面があり、溶接時に加圧した際、三角形の角部近傍において、片当たり現象等による当たりの強弱が発生することから、入熱がアンバランスとなり、ひいては大入熱部の残留応力が高レベルとなるため、全体では低入熱であっても、突起部周囲に遅れ破壊が発生してしまうことが挙げられる。本発明では、溶接ナット2に備えられるプロジェクション部21を略半球状で構成することにより、溶接時に加圧した際に、プロジェクション部21と高強度鋼板1との間で生じる当たりの強弱が緩和される作用が得られる。これにより、プロジェクション溶接時の応力集中作用や溶接電流の集中作用が抑制され、溶接入熱が均一となるので、溶接後の残留応力が低減され、遅れ破壊特性を向上させることが可能となる。
また、溶接ナット2の接合面2aに設けられるプロジェクション部21の数(突起数)としては、3点とすることが好ましい。プロジェクション部21が、接合面2aに3点設けられていれば、溶接加圧の際に、プロジェクション部(突起部)21と高強度鋼板1との接触位置が3点となり、当たりの状態が面的に安定して定まるからである。接合面におけるプロジェクション部の数が2点だと、溶接加圧の際に、プロジェクション部と鋼板の当たりの状態が安定せず、また、4点以上では、当たりの弱いプロジェクション部が発生し、入熱のアンバランスが顕著となってしまうおそれがある。
また、本発明においては、溶接ナット2の成分組成(鋼種)については特に制限されず、例えば、炭素鋼や合金鋼等、この分野で一般的に用いられているものと同成分のものを使用することができる。
また、本発明で用いる溶接ナット2の強度レベルとしても、特に制限されるものではなく、一般的な強度レベル、例えば、5T(490MPa相当)や、8T(785MPa相当)のものを好適に用いることができる。
またさらに、溶接ナット2は、ビッカース硬度Hvが320以下の材質からなることが好ましい。
上述したように、本発明で用いる溶接ナット2は、プロジェクション部21の近傍に凹部23が設けられている。より詳細には、図2(c)に示すように、凹部23は、溶接ナット2の縦断面において、プロジェクション部21の略半球状の円弧と接合面2aとが交差してなす半円の弦21A上の中心をCとするとともに、プロジェクション部21の半径をR(mm)としたとき、中心Cから3Rの距離の範囲内に、その最外部が収まるように設けられている。
本発明においては、プロジェクション部21に加え、さらに、このプロジェクション部21から所定の範囲の位置に凹部23を配置することにより、プロジェクション溶接の際に、突起が凹部を埋めるように変形する。これにより、従来の溶接ナットをプロジェクション溶接する場合のような、突起の早期圧縮変形に伴う接触面積の急速な増加を防止できることから、接合時の発熱効率が一層向上し、さらなる低入熱化が可能となるので、遅れ破壊特性の改善に極めて有効となる。また、凹部23を設けた場合であっても、プロジェクション部21における発熱は確保できるので、十分な接合面積を確保することができ、高い静的強度を得ることが可能となる。
一般に、高強度鋼板1と溶接ナット2とをプロジェクション溶接する場合、高強度鋼板1とプロジェクション部21との接触面積が小さいことから、このプロジェクション部21の周辺において電流集中が生じるため、この部分において最も温度が上昇する。このため、突起からなるプロジェクション部は溶接中に加圧・加熱されることから、強度が低下した状態で圧縮されるので、拡散や溶融が可能となる十分に高い温度において接合が完了される。しかしながら、プロジェクション部の圧縮に伴って急激に接触面積が増加するため、この部分における電流密度の低下および温度低下が発生することから、温度が低下した状態での接合を考慮し、溶接電流を高めとする必要がある。
本発明においては、上記構成の凹部23を備えた構成を採用することにより、プロジェクション部21は、加圧・加熱された際に凹部23に侵入するように変形する。この際の詳細なメカニズムは明らかではないが、プロジェクション部21が凹部23に侵入するように変形することで、プロジェクション部21と高強度鋼板1との接触面積の急激な増加を抑制でき、電流密度の低下が遅れるものと考えられる。従って、溶接通電における電流値を低めに設定することができ、溶接部や、引張残留応力の分布範囲を縮小することが可能になるものと考えられる。
溶接ナットにおいて、凹部の位置が、その最外部が上記した中心Cから3Rの範囲を外れる場合には、加圧・加熱されたプロジェクション部が凹部内に侵入するのが困難になる。このため、上述のような、溶接部や、引張残留応力の分布範囲の縮小に伴う遅れ破壊特性の改善効果が得られなくなる。
また、本発明で用いる溶接ナット2は、接合面2aが下面側であるフランジ部2Aを有するものであり、凹部23が断面視略半円状の凹みとされ、フランジ部2Aの接合面2aにおけるプロジェクション部21の周囲にのみ局所的に設けられた構成とされている。さらに、凹部23の合計体積が、プロジェクション部21の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であり、且つ、凹部23の深さ寸法t2が、フランジ部2Aの厚み寸法t1の半分以下とされている。
凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の0.7倍未満だと、遅れ破壊を防止する十分な効果が得られない。一方、凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の1.3倍超だと、プロジェクション部の変形による埋め込み作用が得られない凹部が増加するため、フランジ部の実質的な断面積が減少することによる強度低下が生じ、押し込み荷重試験を行った場合に低荷重破断となるおそれがある。
また、凹部の深さがフランジ部の厚み寸法の半分超だと、変形したプロジェクション部が凹部内に流入しきれないため、フランジ部の実質的な断面積が減少し、上記同様、押し込み荷重に対する強度が低下するおそれがある。
なお、本発明において用いる溶接ナットに設けられる凹部は、上述のような、プロジェクション部21と同一の接合面に設けられる構成に限定されるものでは無い。例えば、図4に例示するように、接合面2aが下面側であるフランジ部2Aを有するものであり、凹部23Aが、フランジ部2Aの接合面2aと反対側の上面におけるプロジェクション部21に対応する位置で概略一致するように、局所的に設けられた構成を採用することも可能である。図4において例示する凹部23Aは断面視略台形状であり、詳細な図示を省略するが、上面側からの平面視で略円形状とされている。但し、図4に例示するような凹部23Aを設けた構成を採用する場合、フランジ部2Aの厚み寸法が大きい場合には凹部23Aの深さ寸法を増加させる必要があるが、このような加工は工業生産的に困難となるおそれがあるので、フランジ部2Aの厚さに留意する必要がある。
そして、このような構成とした場合、上記したプロジェクション部21の半径Rは、接合強度や、溶接時の発熱効率を考慮すると、0.5〜2.5mmの範囲が好ましい。また、フランジ部2Aの厚み寸法は、強度維持や加工性等の観点から、1.5mm〜3.5mmの範囲が好ましい。
さらに、本発明では、図4に示すような構成とした場合にも、上記同様、凹部23Aの合計体積がプロジェクション部21の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲である構成とする。凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の0.7倍未満だと、遅れ破壊を防止する十分な効果が得られない。一方、凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の1.3倍超だと、プロジェクション部の変形による埋め込み作用が得られない凹部が増加するため、フランジ部の実質的な断面積が減少することによる強度低下が生じ、押し込み荷重試験を行った場合に低荷重破断となるおそれがある。
なお、図1〜図4に示す例においては、凹部の形状が断面略半円状(凹部23)あるいは断面略台形状(凹部23A)とされているが、これらの形状に限定されるものではない。例えば、凹部の断面形状としては、断面略V字状や断面略U字状であっても良く、適宜、各種形状を採用することが可能である。
また、本実施形態においては、図2(a)〜(c)に示すような、プロジェクション部21の周囲において平面視略環状で連続的に設けられた凹部23を例に挙げて説明しているが、これに限定されるものではない。例えば、凹部の平面視形状としては、プロジェクション部の周囲において、小サイズの凹部が平面視略環状で断続的に並べられた形状であっても良い。また、この場合の凹部の断面形状についても、例えば、略半円形状等、適宜採用することが可能である。
[高強度鋼板]
以下に、本発明における被溶接物である高強度鋼板1の鋼板特性について詳しく説明する。
「成分組成」
本発明で用いられる高強度鋼板の成分組成としては、特に限定されるものではないが、例えば、以下に説明するような組成とされた一般的な高強度鋼板を採用することができる。
(C:炭素)0.01〜0.5%
Cは、鋼の強度を確保するために必要な元素であり、その下限を0.01%とした。また、Cは、広い冷却速度の条件範囲で焼き入れ性を確保する上で必須の成分であるため、0.05%以上で添加することがより好ましい。一方、Cを過剰に添加すると溶接性が低下する場合があることから、その上限を0.5%とした。また、C含有量の上限は、溶接性とのバランスを考慮し、0.3%とすることがより好ましい。
(Si:シリコン)0.01〜1.5%
Siは、鋼の強度確保や焼き入れ性確保のために、その含有量を0.01%以上とした。しかしながら、Siの過剰な添加は鋼板のコスト向上をもたらすことから、その上限を1.5%に制限した。なお、鋼板の表面に溶融亜鉛を施す場合、Siはめっき性を劣化させることから、その上限を0.2%に制限することが好ましい。
(Mn:マンガン)0.1〜4%
Mnは、鋼の強化効果や焼入れ性の向上効果が発現する最低添加量として、その下限を0.1%とする必要がある。一方、Mnの過剰な添加は、伸びに悪影響を及ぼすため、その上限を4%とした。
(Cr:クロム)0.01〜2%
Crの添加量の加減を0.01%としたのは、0.01%以上の添加で強度向上の効果や焼入れ性の向上効果が発現するためである。一方、Crの添加量の上限を2%としたのは、これを超える量でCrを添加すると、加工性・延性に悪影響を及ぼすためである。
(B:ボロン)0.0001〜0.01%
Bは、0.0001%以上の添加で焼入れ性の確保に有効であるものの、その添加量が0.01質量%を超えると、必要以上に鋼板強度が上昇して加工性が低下することから、その上限を0.01%とした。
(Ti:チタン)0.01〜0.3%
Tiは、鋼中で窒化物を形成することで、鋼中のBが窒化物を形成してBによる焼入れ性向上効果が低下するのを防止することができる。このような効果が発現するのは、Tを0.01%以上で添加した場合であるため、その下限を0.01%とした。一方、Tiを添加し過ぎると延性劣化をもたらすことから、その上限を0.3%とした。
(Al:アルミニウム)0.003〜1.5%
Alは、低Siの組成とする場合に、脱酸を目的として添加するものであり、その下限を0.003%とした。一方、Alの過剰な添加は、溶接性や溶融亜鉛めっき性を劣化させることから、その添加量の上限を1.5%とした。
本実施形態で用いられる高強度鋼板1は、上記必須成分に加え、強度のさらなる向上を目的として、さらに、強炭化物形成元素であるNb、V、Moの内の1種または2種以上を添加することができる。
(Nb:ニオブ)0.01〜0.05%
Nbは、微細な炭化物、窒化物又は炭窒化物を形成して、鋼板の強化に極めて有効であることから、必要に応じて0.01%以上を添加する。一方、Nbの過剰な添加は延性劣化をもたらすため、その上限を0.05%とした。
(V:バナジウム)0.001〜0.10%
Vは、少量の添加で焼入れ性を向上させる作用を有する元素であり、このような効果が発現する下限は0.001%である。一方、Vを過剰に添加すると溶接性が低下するため、その添加量を0.10%以下に制限した。
(Mo:モリブデン)0.05〜0.5%
Moは、0.05%以上の添加で鋼の強化効果や焼入れ性の向上効果が現れるため、これを下限とした。一方、Moの過剰な添加は延性劣化を伴うため、その添加量の上限を0.5%とした。
(Ca:カルシウム、Zr:ジルコニウム、REM:希土類元素)併せて0.0005〜0.01%
本実施形態においては、鋼板表面にめっき処理を施した場合、めっきの濡れ性を劣化させるSi系の内部粒界酸化相生成を抑制することを目的として、Ca、Zr、REM(希土類元素:原子番号57〜71)の内の1種又は2種以上を添加することができる。これにより、本実施形態では、鋼板中において、Si系の酸化物のような粒界酸化物が形成されるのではなく、比較的微細な酸化物を分散して形成させることができる。本実施形態においてCa、Zr、REMを添加する場合、これらの内の1種又は2種以上の元素を、併せて0.0005%以上添加することにより、上記効果が得られる。一方、これらの元素を過剰に添加することは、鋳造性や熱間加工性等の製造性、及び、鋼板製品の延性を低下させるため、その上限を0.01%に制限した。
「母材強度(引張強さ)」1100MPa以上
本発明の自動車用構造部材50においては、プロジェクション溶接を行う前の母材強度、即ち、溶接前の高強度鋼板1の引張強さを1100MPa以上に規定する。
鋼板の強度は、プロジェクション溶接後の自動車用構造部材50の遅れ破壊特性や、静的強度に対して大きな影響を及ぼす。本発明においては、まず、鋼板(母材)として、引張強さが1000MPa以上とされた高強度鋼板1を用いることで、プロジェクション溶接で得られる自動車用構造部材50の静的強度を高めている。一方、母材の強度を高めた場合には、一般に、接合部近傍の溶接部において遅れ破壊特性が低下し、構造部材を自動車に組み込んで走行した際に加わる応力や腐食等が組み合わせられることにより、溶接部に遅れ破壊が発生することがある。
なお、高強度鋼板の引張強さが1100MPa未満では、そもそも、上述のような遅れ破壊特性が低下する問題は生じにくいという一方で、静的強度が低下するという問題があることから、本発明の適用対象外である。
「鋼組織」
次に、本発明の自動車用構造部材50に用いられる高強度鋼板1の母材ミクロ組織について述べる。
自動車用構造部材を製造する際の熱間プレス工程においては、鋼板に焼き入れを施して高強度を達成するだけでなく、部品によっては、部分的に焼き入れを施さず、この部分を低強度・高延性とする必要がある。本発明者等は、上述のように焼き入れを施さない部分がある場合、即ち、母材まま、あるいは、組織変化の少ない熱処理を受けた部分がある場合に、この部分が高延性を発揮できる組織を見出した。具体的には、熱間プレス前の鋼のミクロ組織を、体積分率で50〜100%のフェライト相を含み、且つ、0〜50%のパーライトを含む組織とすることがより好ましい。ここで、フェライト相は、加工性を確保するためには、下限を体積分率で50%とすることが好ましい。一方、パーライトは強度確保に有効であるため、フェライトと共存させるものの、過多にすると延性の低下が著しくなるため、その上限を50%とすることが好ましい。
なお、パーライトに替えて、強度確保のため、ベイナイトやマルテンサイトを共存させても良い。但し、ベイナイトやマルテンサイトが過多に存在すると延性の低下を招くことから、両組織の和を体積分率で50%以下とすることが好ましい。
「板厚」
本発明において用いられる高強度鋼板1の板厚は、特に限定されず、自動車用構造部材の分野で用いられる一般的な板厚、例えば、0.6〜6.0mm程度の板厚の高強度鋼板を用いることができる。また、板厚の増加とともに溶接部での応力集中も増加するので、高強度鋼板1の板厚は上記範囲であることが好ましい。高強度鋼板1の板厚が上記範囲であれば、本発明の適用による遅れ破壊特性、並びに、静的強度特性を向上させる十分な効果が得られる。
なお、プロジェクション溶接は抵抗溶接法なので、適切な溶接電流の範囲内で良好な溶接熱影響部Bを形成させるためには、高強度鋼板1の板厚が所定以下であることが好ましく、具体的には上記上限であることが好ましい。一方、高強度鋼板の板厚が薄くなり過ぎると、接合部近傍に良好な溶接熱影響部を形成させても、母材自体が破断し、押し込み荷重が低レベルとなる他、部材の強度や剛性も担保できないので、上述のように、板厚の下限を0.6mmとすることが好ましい。
「めっき」
本発明において用いられる高強度鋼板1は、表面処理を施さずに、冷間圧延後の状態で母材として使用できるものであるが、必要に応じて、鋼板表面に、溶融亜鉛めっき、又は、合金化溶融亜鉛めっき等を施しても良い。また、めっきの表層に無機系、有機系の皮膜、例えば、潤滑皮膜等が設けられていても良い。また、これらのめっきの目付量についても、特に限定されず、プロジェクション溶接の障害とならない範囲で、適宜決定すれば良い。
高強度鋼板1の表面に上述のようなめっき処理を施すことにより、鋼板の耐食性を確保することができるとともに、熱間プレス時の酸化を防止できる効果が得られる。
なお、本発明の自動車用構造部材に用いられる高強度鋼板としては、例えば、特開2006−9116号公報に開示されたホットプレス鋼板や、特開2003−166035号公報に開示の裸高強度鋼板等を適用することが可能である。
[製造方法]
以下に、上述したような本発明に係る自動車用構造部材を製造する方法の一例について説明する。
本実施形態の自動車用構造部材50の製造方法は、溶接前の引張強さが1100MPa以上の高強度鋼板1にピアス孔11を形成し、該ピアス孔11の中心11aと溶接ナット2のねじ孔(ねじ部)22の中心22aとを概略一致させた状態で加圧しながら通電加熱を行うプロジェクション溶接により、高強度鋼板1と溶接ナット2とを接合する方法である。そして、溶接ナット2として、下面側が高強度鋼板1との接合面2aとされたフランジ部2Aを有するとともに、接合面2aに略半球状のプロジェクション部21が設けられており、且つ、フランジ部2Aの縦断面において、プロジェクション部21の略半球状の円弧と接合面2aとが交差してなす半円の弦21A上の中心をCとするとともに、プロジェクション部21の半径をR(mm)としたとき、円の中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部23を有するものを用いる。さらに、溶接ナット2として、凹部23が、接合面2aにおけるプロジェクション部21の周囲にのみ局所的に設けられるとともに、凹部23の合計体積がプロジェクション部21の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であり、且つ、凹部23の深さ寸法t2が、前記フランジ部の厚み寸法t1の半分以下であるものを用いる方法を採用している。また、上述したように、本実施形態で用いる溶接ナット2は、凹部23が断面視略半円状の凹みとされ、フランジ部2Aの接合面2aにおけるプロジェクション部21の周囲にのみ局所的に設けられている。
本実施形態の製造方法によれば、高強度鋼板1と、上記構成のロジェクション部21および凹部23を備えた溶接ナット2を用い、この溶接ナット2と高強度鋼板1とをプロジェクション溶接する方法である。これにより、上述したように、接合時の発熱効率が一層向上し、さらなる低入熱化が可能となるので、遅れ破壊特性の改善に極めて有効となる。また、凹部23を設けた場合であってもプロジェクション部21における発熱は確保できるので、十分な接合面積を確保することができ、高い静的強度を得ることが可能となる。
また、上記同様、溶接ナット2として、接合面2aが下面側であるフランジ部2Aを有するものを使用する場合には、凹部23Aが、フランジ部2Aの接合面2aと反対側の上面におけるプロジェクション部21に対応する位置で概略一致するように局所的に設けられたものを採用する。この場合にも、凹部23の体積がプロジェクション部21の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であるものを用いる。
なお、本発明の自動車用構造部材を製造する際にプロジェクション溶接で用いる溶接機としては、例えば、従来公知の定置式ダイレクト通電方式の溶接機を使用することができ、電源としても、単相交流、直流インバータ、交流インバータ等の何れも使用することができる。また、溶接に用いられる電極としては、例えば、ナットと鋼板との接合に一般的に用いられる、クロム銅合金やアルミナ分散銅等からなる、溶接ナットプロジェクション溶接用電極を採用することができる。
上述のような溶接機として、一般的なプロジェクション溶接機の一例を図3に示す。図3は、高強度鋼板1と溶接ナット2とを、プロジェクション溶接機80を用いて溶接する状態を説明する図であり、このプロジェクション溶接機80は、上部電極81、下部電極(固定電極)82、位置決めピン85を備えて概略構成される。
以下、図3に示すプロジェクション溶接機80を用いて高強度鋼板1と溶接ナット2とを溶接する手順について、自動車用構造部材50を製造する場合を例に挙げて説明する。
まず、自動車用構造部材50を製造するにあたっては、プロジェクション溶接を行う前に、高強度鋼板1において溶接ナット部55が形成される位置にピアス孔11を形成する。この際、高強度鋼板1として、例えば、板厚が0.6mm以上6、0mm以下のものを用い、従来公知の加工方法を用いて、ピアス孔11を形成する。
また、高強度鋼板1の表面1aには、必要に応じて、予め、合金化溶融亜鉛めっき又は溶融亜鉛めっき等を、溶接の障害とならない程度の目付け量で施すことができる。またさらに、めっきの表層には、無機系、有機系の皮膜等を形成しておいても良い。
また、図2(a)〜(c)に例示するような、JIS B1196に準拠した、プロジェクション部21および凹部23を形成したナット2を準備する。図示例のナット2に備えられるプロジェクション部21は、接合面2a側にプロジェクション部21および凹部23が備えられている。
次に、図3に示すプロジェクション溶接機80に備えられる下部電極82上に高強度鋼板1をセットする。この際、位置決めピン85を、高強度鋼板1に設けられるピアス孔11を挿入することで、高強度鋼板1の位置決めを行う。
次に、ねじ孔22に位置決めピン85を挿入して位置合わせしながら、溶接ナット2を高強度鋼板1上にセットする。これにより、高強度鋼板1に形成されたピアス孔11の中心11aと、溶接ナット2のねじ孔22の中心22aとが概略一致した状態でセットされる。また、この際、溶接ナット2の接合面2aに設けられた略半球状のプロジェクション部21が高強度鋼板1の表面1aと接触するようにセットする。
次に、重ね合わせられた高強度鋼板1と溶接ナット2とを、上部電極81と下部電極82との間に挟み、加圧することで、高強度鋼板1と溶接ナット2とを加圧しながら通電加熱を行う。これにより、高強度鋼板1と溶接ナット2(プロジェクション部21)との間が、プロジェクション溶接によって接合部Aで接合される。この際、プロジェクション部21は、加圧・加熱された際に凹部23に侵入するように変形する。
このような概略手順により、図1に示すような、溶接ナット部55を有する自動車用構造部材50を製造することができる。
なお、本実施形態においては、図3に示すようなプロジェクション溶接機80を用いた場合のように、突起状のプロジェクション部21の直上部近傍を押さえる構成の上部電極81を用いる方法とすることがより好ましい。このような方法を採用することにより、通電パス(電極間距離)の短縮を図ることができるとともに、上部電極81への熱伝導の促進により、接合部A近傍の温度上昇を抑制することができるので、溶接熱影響部Bにおける残留応力の低減が可能となる。
また、本発明においては、上記条件でプロジェクション溶接を行う際、溶接電流や加圧力、加圧時間等の各溶接条件については、従来から、高強度鋼板と溶接ナットとをプロジェクション溶接する際に用いられる各条件を何ら制限無く採用することができる。
[第2の実施形態]
本発明に係る自動車用構造部材、および、その製造方法の第2の実施形態について、図5〜図8を参照しながら以下に説明する。なお、また、本実施形態では、上記第1の実施形態と共通する構成については同じ符号を付し、その詳しい説明を省略する。
本実施形態では、図5に例示するような自動車用構造部材50Aを構成するにあたり、図6(a)〜(c)に例示するような溶接ボルト12と高強度鋼板1とをプロジェクション溶接している点で、溶接ナット2と高強度鋼板1とをプロジェクション溶接している第1の実施形態とは異なる。
なお、本実施形態では、第1の実施形態で用いた溶接ナット2に代わり、溶接ボルト12を用いた点以外の条件、具体的には、高強度鋼板1の各特性は第1の実施形態と同様であり、また、溶接ボルト12の成分組成についても、第1の実施形態における溶接ナット2と同様である。また、本実施形態で用いる溶接ボルト12は、高強度鋼板1との接合面12aに略半球状のプロジェクション部13が設けられており、且つ、縦断面において、プロジェクション部13の略半球状の円弧と接合面(下面)12aとが交差してなす半円の弦13A上の中心をCとするとともに、プロジェクション部13の半径をR(mm)としたとき、中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部14を有する点においても、上記実施例1と同様である。また、さらに、図6(a)〜(c)に示す例の溶接ボルト12は、接合面12aが下面側であるフランジ部12Aを有するものであり、凹部14が断面視略半円状の凹みとされ、フランジ部12Aの接合面12aにおけるプロジェクション部13の周囲にのみ局所的に設けられている点についても、第1の実施形態の溶接ナット2と同様である。
また、本実施形態の自動車用構造部材50Aの製造方法においても、プロジェクション溶接に用いる高強度鋼板1の各特性、溶接ボルト12の成分組成の他、プロジェクション部13や凹部14の形成位置や大きさ等の各条件についても、第1の実施形態と同様の条件である。例えば、溶接ボルト12として、図6(a)〜(c)に示すようなフランジ部12Aを有し、接合面12aにおけるプロジェクション部13の周囲にのみ、略半球状の凹部14が局所的に設けられたものを採用する。この際、溶接ボルト12に形成された凹部14の合計体積についても、プロジェクション部13の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であり、且つ、凹部14の深さ寸法t2を、フランジ部12Aの厚み寸法t1の半分以下とする。また、図8に示すような、凹部14Aが、フランジ部12Aの接合面12aと反対側の上面におけるプロジェクション部13に対応する位置で概略一致するように、局所的に設けられた構成の溶接ボルト12を採用しても良い。この場合にも、溶接ボルト12に形成される凹部14Aの合計体積を、プロジェクション部13の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲とする。
本実施形態において用いられる溶接ボルト12は、その概略形状や寸法がJIS B 1195に規定された溶接ボルトに準拠するものである。また、本実施形態で用いられるボルト12に備えられるプロジェクション部13についても、第1の実施形態における溶接ナット2と同様の突起形状を何ら制限無く採用することができる。例えば、JIS B 1195において規定される溶接ボルトにおいて、図6(a)〜(c)に例示する溶接ボルト12の接合面12a側に備えられたプロジェクション部13のような、略半球状の突起形状を採用することが可能である。さらに、第1の実施形態の溶接ナット2の場合と同様、溶接ボルト12の概略形状や寸法としては、JISに規定されるものに限定されるものではなく、用途や性能に応じて適宜変更されていても良い。
以下、本実施形態の自動車用構造部材50Aの製造方法における、プロジェクション溶接の手順について概略を説明する。本実施形態においては、図5に示すような、溶接ボルト12と高強度鋼板1とをプロジェクション溶接して自動車用構造部材50Aを製造する場合を例に挙げて説明する。
本実施形態において、ボルト12と高強度鋼板1とをプロジェクション溶接する溶接機として、第1の実施形態と同様の通電方式、電源ならびに電極を備えたものを何ら制限なく採用することができる。
このような溶接機の一例を図7(a)、(b)に示す。図7(a)、(b)は、溶接ボルト12と高強度鋼板1とを、プロジェクション溶接機90を用いて接合する状態を説明する図であり、このプロジェクション溶接機90は、上部電極91、下部電極(固定電極)92、位置決め穴94を備えて概略構成される。また、図示例のプロジェクション溶接機90は、位置決め穴94内部の側壁に、絶縁体92aが備えられている。
まず、プロジェクション溶接を行う前に、高強度鋼板1において溶接ボルト12が接合される位置に、第1の実施形態と同じ方法によってピアス孔11を形成する。このピアス孔11には、接合時に溶接ボルト12が挿入される。
また、高強度鋼板1の表面1aには、第1の実施形態と同様、必要に応じて、予め、合金化溶融亜鉛めっきや溶融亜鉛めっき等を施すことができ、またさらに、めっきの表層に、無機系や有機系の皮膜等を形成しておくこともできる。
また、図6(a)〜(c)に例示するような、JIS B1195に準拠した、プロジェクション部13を形成した溶接ボルト12を準備する。この溶接ボルト12には、接合面12aの各角部に略半球状のプロジェクション部13が形成されており、この部分で高強度鋼板1と接触するように構成されている。また、溶接ボルト12には、接合面12aにおけるプロジェクション部13の周囲に、平面視略環状の凹部14が設けられている。
次に、図7(a)に示すように、プロジェクション溶接機90に備えられる下部電極92上に高強度鋼板1をセットする。この際、高強度鋼板1に設けられるピアス孔11と位置決め孔94とを、概略で位置合わせしておく。
次に、図7(b)に示すように、溶接ボルト12のねじ部12Bを、高強度鋼板1のピアス孔11並びに位置決め孔94に挿入することにより、位置決めしながら高強度鋼板1にセットする。これにより、高強度鋼板1に形成されたピアス孔11の中心11aと、溶接ボルト12のねじ部12Bの軸芯とが概略一致した状態でセットされる。また、この際、溶接ボルト12の接合面12a側に設けられたプロジェクション部13が、高強度鋼板1の表面1aと接触するようにセットされる。
次に、図7(b)に示すように、重ね合わせられた高強度鋼板1と溶接ボルト12とを、上部電極91と下部電極92との間に挟んで加圧することで、高強度鋼板1と溶接ボルト12とを加圧しながら通電加熱を行う。これにより、高強度鋼板1と溶接ボルト12(プロジェクション部13)との間が、プロジェクション溶接によって接合部A1で接合される。この際、プロジェクション部13は、加圧・加熱された際に凹部14に侵入するように変形する。
このような概略手順により、図5(a)〜(c)に示すような溶接ボルト12と、高強度鋼板1とが接合された自動車用構造部材50Aを製造することができる。
本実施形態によれば、第1の実施形態と同様、溶接ボルト12と高強度鋼板1とを、プロジェクション部13および凹部14が備えられた溶接ボルト12を用いてプロジェクション溶接する方法である。溶接ボルト12の接合面12aに略半球状のプロジェクション部13を設けることにより、プロジェクション溶接時の応力集中作用や溶接電流の集中作用が抑制され、溶接入熱が均一となるので、溶接後の残留応力が低減され、遅れ破壊特性を向上させることが可能となる。さらに、このプロジェクション部13から所定の範囲の位置に凹部14を配置することで接合時の発熱効率が一層向上し、さらなる低入熱化が可能となるので、遅れ破壊特性が改善できる。さらに、凹部14を設けた場合でもプロジェクション部13における発熱は確保できるので、十分な接合面積を確保することができ、高い静的強度を得ることが可能となる。
以上説明したように、本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材によれば、上記構成の如く、高強度鋼板1との接合面2aに略半球状のプロジェクション部が設けられ、且つ、縦断面において、プロジェクション部の略半球状の円弧と接合面2aとが交差してなす半円の弦上の中心をCとするとともに、プロジェクション部の半径をR(mm)としたとき、中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部を有するとともに、この凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲とされた構成の溶接ナットまたは溶接ボルトを採用している。これにより、プロジェクション溶接前の母材強度が1100MPa以上である高強度鋼板1を用いた場合であっても、高強度鋼板1と溶接ナット2または溶接ボルト12との溶接部の強度特性を高度に維持でき、優れた遅れ破壊特性と高い静的強度を両立することが可能となる。
また、本発明に係る自動車用構造部材の製造方法によれば、上記したような構成のプロジェクション部および凹部を備える溶接ナット2または溶接ボルト12を用い、高強度鋼板1とでプロジェクション溶接を行う方法なので、上述のような、優れた遅れ破壊特性及び高い静的強度を備える自動車用構造部材を製造することが可能となる。
従って、例えば、フロントサイドメンバーやセンターピラー、ヒンジリンフォース等の自動車用部品や車体、並びにそれらの製造、組立工程において本発明を適用することにより、遅れ破壊特性及び静的強度の向上に伴う安全性の向上等の他、車体全体の軽量化による低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減等のメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
以下、本発明に係る溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材、および、その製造方法の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
[実施例1]
本実施例では、まず、下記表1に示すような組成成分を有する鋼板を準備するとともに、下記表2に示すようなプロジェクション部および凹部を有する各種の溶接ナットを準備した。そして以下に説明するような条件並びに手順により、高強度鋼板に溶接ナットをプロジェクション溶接して供試片を作製した後、各種評価試験を行った。
「鋼板サンプルの製造」
まず、下記表1の鋼種番号Aに示すような化学成分組成を有する鋼を転炉で溶製し、常法に従って連続鋳造でスラブとした。そして、これらのスラブを、加熱炉中で1140℃〜1250℃の温度で加熱し、810℃〜880℃の仕上げ温度で熱間圧延を行い、600℃〜660℃にて巻き取り、高強度熱延鋼板とした。さらに、酸洗後に冷間圧延、焼鈍(焼鈍温度:720℃)を施し、高強度冷延鋼板(板厚:1.0mm及び2.3mm)とした。その後、鋼板表面に溶融亜鉛めっき(目付け量:70g/m)を施した。そして、この鋼板を用い、加熱炉にて950℃×5minの条件にて加熱を行うことで、ハット形状品の熱間プレスを実施し、部材強度1470MPaクラスの部材を採取した。この際に得られた部材は、幅100mm、長さ:300mm、高さ:60mmの断面ハット形状であった(特開2006−9116号公報を参照)。
Figure 0005626025
そして、上記手順で得られた鋼板から試験片を採取し、JIS Z 2201に従って引張強さ試験を行い、結果を下記表2に示した。
「溶接ナット」
本実施例では、溶接ナットとして、JIS B 1196に準拠し、接合面に略半球状のプロジェクション部を備えたものを使用した。より具体的には、JIS B 1196規定による1B形・M8×1に類似した、強度区分8Tの溶接ナット(3個のプロジェクション部の突出距離が1.5mm)を用いた。また、本実施例では、プロジェクション部に加え、さらに、下記表2に示すような凹部が、接合面あるいは接合面と反対の上面側に設けられた溶接ナットを用いた。
「プロジェクション溶接」
次に、上記手順で得られた高強度鋼板のサンプルおよび上記溶接ナットを用い、下記の条件でプロジェクション溶接を行ない、高強度鋼板に溶接ナットを溶接し、溶接後の遅れ破壊特性を調査するための供試材を作製した。本実施例においては、図3に示すようなプロジェクション溶接機80を用いて、以下に示す各条件でプロジェクション溶接を行ない、高強度鋼板1に溶接ナット2を接合した。
(1)溶接機:定置式60kVAエアー加圧型(ダイレクト通電方式:単相交流)
(2)電極:F型、φ25、Cu−Cr合金製
(3)冷却水流量:上下10L/min
(4)初期加圧時間:30サイクル/60Hz
(5)電極による加圧力:100kgf(0.98kN)
(6)溶接電流:10kA
(7)通電時間:3サイクル/60Hz(0.050sec)
(8)溶接後の電極保持時間:10サイクル/60Hz(0.17sec)
本実施例では、プロジェクション溶接を行う前に、まず、高強度鋼板1にピアス孔11を形成した後、ピアス孔11の中心と、溶接ナット2のねじ孔22の中心とを概ね一致させた状態とし、高強度鋼板1と溶接ナット2とを重ね合わせた状態で、加圧しながら通電加熱を行ってプロジェクション溶接した。
以上のような手順により、図1に示すように、高強度鋼板2と溶接ナット1とをプロジェクション溶接によって接合して自動車用構造部材の供試材を作製した。
「評価方法」
上記手順で得られた、プロジェクション溶接後の供試材について、0.2Nの塩酸に100hrの時間で浸漬させることにより、遅れ破壊特性を評価した。この際、上記時間で浸漬した後、溶接部に割れが生じていない場合を「OK」とし、割れが生じた場合を「NG」として、結果を下記表2に示した。
また、プロジェクション溶接後の上記供試材について、JIS B 1196で規定された押込み剥離試験を行うことにより、静的強度特性を評価した。この際、高強度鋼板1と溶接ナット2とを接合した供試材における高強度鋼板1側から、ピアス孔11を通じて試験ナットをねじ込み、この試験ナットの頭部から圧縮荷重を付与し、溶接ナット2が剥離した際、即ち、図1等に示すプロジェクション部21が高強度鋼板1から剥離した際の荷重(押込み剥離強さ)を測定した。そして、押込み荷重(押込み剥離強度)が5.0kN以上である場合を「OK」とし、5.0kN未満を「NG」として、結果を下記表2に示した。
下記表2に、各鋼板の鋼種番号および引張強さの一覧を示し、また、プロジェクション部および凹部を有する各種の溶接ナットの仕様一覧を示すとともに、遅れ破壊特性及び静的強度特性の評価結果の一覧を示す。
Figure 0005626025
「評価結果」
表2に示す処理番号3、4、9、10は本発明例であり、また、処理番号1、2、5〜8、11、12は比較例である(備考欄を参照)。これらの内、処理番号1〜7は、プロジェクション部と同じ溶接面に凹部が設けられた溶接ナットを用いた例であり、また、処理番号8〜12は、プロジェクション部が設けられた接合面と反対の上面側に凹部が設けられた溶接ナットを用いた例である。
表2に示すように、本発明で規定するプロジェクション部および凹部を備えた溶接ナットを用い、本発明で規定する引張強さの高強度鋼板と溶接ナットとをプロジェクション溶接することで得られた本発明例のサンプル(処理番号3、4、9、10)においては、遅れ破壊特性、並びに、静的強度特性の何れもが、全て「OK」の評価であり、これらの特性に優れていることが分かる。
これに対し、表2に示すように、本発明で規定する凹部が設けられていないか、あるいは、本発明の規定範囲外の条件の凹部が設けられた溶接ナット用い、高強度鋼板と溶接ナットとをプロジェクション溶接してなる比較例のサンプル(処理番号1、2、5〜8、11、12)においては、遅れ破壊特性、又は、静的強度特性の少なくとも何れかが「NG」の評価となった。
ここで、処理番号1の比較例のサンプルは、溶接ナットに凹部が設けられていないため、塩酸中における浸漬で割れが発生し、遅れ破壊特性が「NG」となった。
また、処理番号2の比較例では、凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の0.5倍と本発明で規定する下限未満であったため、塩酸中における浸漬で割れが発生し、遅れ破壊特性が「NG」となった。
また、処理番号5の比較例では、凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の1.5倍と本発明で規定する上限を超えているため、押込み剥離強度が5kN未満であり、静的強度特性が「NG」となった。
また、処理番号6の比較例では、フランジ部の厚みが2mmであるのに対して凹部の最大深さが1.2mmとなっており、深さの比が0.6と本発明で規定する上限を超えているため、押込み剥離強度が5kN未満であり、静的強度特性が「NG」となった。
また、処理番号7の比較例では、プロジェクション部の中心Cから凹部の最外部までの距離が5mmと、本発明で規定する上限を超えているため、塩酸中における浸漬で割れが発生し、遅れ破壊特性が「NG」となった。
また、処理番号8の比較例では、凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の0.5倍と本発明で規定する下限未満であったため、塩酸中における浸漬で割れが発生し、遅れ破壊特性が「NG」となった。
また、処理番号11の比較例では、凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の1.5倍と本発明で規定する上限を超えているため、押込み剥離強度が5kN未満であり、静的強度特性が「NG」となった。
また、処理番号12の比較例では、プロジェクション部の中心Cから凹部の最外部までの距離が6mmと、本発明で規定する上限を超えているため、塩酸中における浸漬で割れが発生し、遅れ破壊特性が「NG」となった。
[実施例2]
本実施例では、まず、上記実施例1と同様、上記表1に示すような組成成分を有する鋼板を準備するとともに、上記表2に示すようなプロジェクション部および凹部を有する各種の溶接ボルトを準備した。そして以下に説明するような条件並びに手順により、高強度鋼板に溶接ナットをプロジェクション溶接して供試片を作製した後、実施例1と同様の方法で各種評価試験を行った。なお、以下の実施例2の説明においては、上記実施例1と共通する条件および手順については、その詳しい説明を省略する。
「溶接ボルト」
本実施例では、溶接ボルトとして、JIS B 1195に準拠し、接合面に略半球状のプロジェクション部を備えたものを使用した。より具体的には、JIS B 1195規定によるM8×1に類似した、強度区分8Tの溶接ボルト(3個のプロジェクション部の突出距離が1.5mm)を用いた。また、本実施例では、プロジェクション部に加え、さらに、上記表2に示すような凹部が接合面側に設けられた溶接ボルトを用いた。
「プロジェクション溶接」
次に、上記手順で得られた高強度鋼板のサンプルおよび上記溶接ボルトを用い、下記の条件でプロジェクション溶接を行ない、高強度鋼板に溶接ボルトを溶接し、溶接後の遅れ破壊特性を調査するための供試材を作製した。本実施例においては、図7(a)、(b)に示すようなプロジェクション溶接機90を用いて、以下に示す各条件でプロジェクション溶接を行ない、高強度鋼板1に溶接ボルト12を接合した。
(1)溶接機:定置式60kVAエアー加圧型(ダイレクト通電方式:単相交流)
(2)電極:F型、φ25、Cu−Cr合金製
(3)冷却水流量:上下10L/min
(4)初期加圧時間:30サイクル/60Hz
(5)電極による加圧力:100kgf(0.98kN)
(6)溶接電流:10kA
(7)通電時間:3サイクル/60Hz(0.050sec)
(8)溶接後の電極保持時間:10サイクル/60Hz(0.17sec)
本実施例では、プロジェクション溶接を行う前に、まず、高強度鋼板1にピアス孔11を形成した後、この高強度鋼板1を下部電極92上にセットした。そして、溶接ボルト12をピアス孔11並びに位置決め孔94に挿入することにより、溶接ボルト12を位置決めしながら高強度鋼板1上にセットした。この際、高強度鋼板1のピアス孔11の中心11aと、溶接ボルト12の軸芯とが概略一致した状態にするとともに、溶接ボルト12の下面12a側に設けられたプロジェクション部13が、高強度鋼板1の表面1aと接触するようにセットし、重ね合わせた状態で、加圧しながら通電加熱を行ってプロジェクション溶接した。
以上のような手順により、図5に示すように、高強度鋼板1と溶接ボルト12とをプロジェクション溶接によって接合して自動車用構造部材の供試材を作製した。
「評価方法」
上記手順で得られた、プロジェクション溶接後の供試材について、上記実施例1と同様の手順及び条件で遅れ破壊特性を評価し、溶接部に割れが生じていない場合を「OK」、割れが生じた場合を「NG」として、結果を上記表2に示した。
また、プロジェクション溶接後の上記供試材について、JIS B 1195で規定された押込み剥離試験を行うことにより、静的強度特性を評価した。この際、高強度鋼板1と溶接ボルト12とを溶接した試験片における溶接ボルト12のねじ切り部側から、荷重中心が軸芯と一致するように、ねじ切り部側軸端に圧縮荷重を徐々に付与し、溶接ボルト12が剥離した際、即ち、プロジェクション部13が高強度鋼板1から剥離した際の荷重(押込み剥離強さ)を測定した。そして、上記実施例1と同様、押込み荷重(押込み剥離強度)が5.0kN以上である場合を「OK」とし、5.0kN未満を「NG」として、結果を下記表2に示した。
「評価結果」
上記表2に示す処理番号14、15は本発明例であり、また、処理番号13、16は比較例である(備考欄を参照)。また、これら処理番号14〜16は、プロジェクション部と同じ溶接面に凹部が設けられた溶接ボルトを用いた例である。
表2に示すように、本発明で規定するプロジェクション部および凹部を備えた溶接ボルトを用い、本発明で規定する引張強さの高強度鋼板と溶接ボルトとをプロジェクション溶接することでえら得られた本発明例のサンプル(処理番号14、15)においては、遅れ破壊特性、並びに、静的強度特性の何れもが、全て「OK」の評価であり、これらの特性に優れていることが分かる。
これに対し、表2に示すように、本発明で規定する範囲外の条件の凹部が設けられた溶接ボルト用い、高強度鋼板と溶接ボルトとをプロジェクション溶接してなる比較例のサンプル(処理番号13、16)においては、遅れ破壊特性、又は、静的強度特性の少なくとも何れかが「NG」の評価となった。
また、処理番号13の比較例では、凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の0.5倍と本発明で規定する下限未満であったため、塩酸中における浸漬で割れが発生し、遅れ破壊特性が「NG」となった。
また、処理番号16の比較例では、凹部の合計体積がプロジェクション部の合計体積の1.5倍と本発明で規定する上限を超えているため、押込み剥離強度が5kN未満であり、静的強度特性が「NG」となった。
なお、上記実施例1、2においては、板厚を変更して実験を行った場合も、また、めっき種や目付量等を変更して実験を行った場合も、結果は上記と同様であり、接合部の静的強度(押込み剥離強さ)を向上させ、また、割れの発生を防止でき、遅れ破壊特性が向上する本発明の効果が得られることが確認できた。
上記実施例の結果より、本発明の自動車用構造部材及びその製造方法が、優れた遅れ破壊特性及び高い静的強度を両立可能であることが明らかである。
本発明によれば、例えば、フロントサイドメンバーやセンターピラー、ヒンジレインフォーメント等の自動車用構造部材およびその製造方法に関し、良好な溶接作業性を確保しつつ、接合部における優れた遅れ破壊特性および静的強度特性が得られる。従って、自動車分野等で高強度鋼板を適用することによる安全性向上や、車体全体の軽量化に伴う低燃費化や炭酸ガス(CO)の排出量削減等のメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
1…高強度鋼板、
1a…表面
11…ピアス孔、
11a…中心(ピアス孔)、
2…溶接ナット、
2A…フランジ部、
2a…接合面、
21…プロジェクション部、
21A…半円の弦(略半球状のプロジェクション部)、
22…ねじ孔(ねじ部)、
22a…中心(ねじ孔)、
23、23A…凹部、
12…溶接ボルト、
12A…フランジ部、
12B…ねじ部、
12a…接合面、
13…プロジェクション部、
13A…半円の弦(略半球状のプロジェクション部)、
14、14A…凹部、
50、50A…自動車用構造部材、
80、90…プロジェクション溶接機、
81、91…上部電極、
82、92…下部電極(固定電極)、
84…位置決めピン、
94…位置決め穴、
A、A1…接合部、
B、B1…溶接熱影響部、
C…半円の弦上の中心(略半球状のプロジェクション部)、
R…半径(略半球状のプロジェクション部)、
t1…フランジ部の厚み寸法、
t2…凹部の深さ寸法、

Claims (4)

  1. 溶接前の引張強さが1100MPa以上の高強度鋼板にピアス孔を設け、該ピアス孔の中心と溶接ナットまたは溶接ボルトのねじ部の中心とが概略一致した状態で加圧しながら通電加熱を行うプロジェクション溶接により、前記高強度鋼板と前記溶接ナットまたは溶接ボルトとが接合されることで得られる自動車用構造部材であって、
    前記溶接ナットまたは溶接ボルトは、下面側が前記高強度鋼板との接合面とされたフランジ部を有するとともに、前記接合面に略半球状のプロジェクション部が設けられており、さらに、前記フランジ部の縦断面において、前記プロジェクション部の略半球状の円弧と前記接合面とが交差してなす半円の弦上の中心をCとするとともに、前記プロジェクション部の半径をR(mm)としたとき、前記中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部を有しており、
    前記凹部は、前記フランジ部の前記接合面と反対側の上面において、前記プロジェクション部に対応する位置で概略一致するように局所的に設けられており、且つ、前記凹部の合計体積が前記プロジェクション部の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であることを特徴とする、溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材。
  2. 前記高強度鋼板の板厚が0.6〜6.0mmの範囲であることを特徴とする、請求項1に記載の溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材。
  3. 溶接前の引張強さが1100MPa以上の高強度鋼板にピアス孔を形成し、該ピアス孔の中心と溶接ナットまたは溶接ボルトのねじ部の中心とを概略一致させた状態で加圧しながら通電加熱を行うプロジェクション溶接により、前記高強度鋼板と前記溶接ナットまたは溶接ボルトとを接合する、自動車用構造部材の製造方法であって、
    前記溶接ナットまたは溶接ボルトとして、下面側が前記高強度鋼板との接合面とされたフランジ部を有するとともに、前記接合面に略半球状のプロジェクション部が設けられており、且つ、前記フランジ部の縦断面において、前記プロジェクション部の略半球状の円弧と前記接合面とが交差してなす半円の弦上の中心をCとするとともに、前記プロジェクション部の半径をR(mm)としたとき、前記中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部を有するものを用い、
    さらに、前記凹部が、前記接合面と反対側の上面において、前記プロジェクション部に対応する位置で概略一致するように局所的に設けられており、且つ、前記凹部の合計体積が前記プロジェクション部の合計体積の0.7〜1.3倍の範囲であることを特徴とする、溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材の製造方法。
  4. 前記高強度鋼板の板厚を0.6〜6.0mmの範囲とすることを特徴とする、請求項3に記載の溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材の製造方法。
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