前述のように、本発明は、内燃機関の点火時期制御のための複数の多点学習領域のうち、車両等の実際の運転状況下では学習頻度が無い又は少ない領域においても、多点学習値を精度良く学習することができる、内燃機関の点火時期制御装置を提供することを目的とする。
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究の結果、学習頻度が無い又は少ない多点学習領域については、同多点学習領域に対応する多点学習値を、隣接する多点学習領域の多点学習値から推定することにより、学習領域を細分化するメリットを享受しつつ、従来技術と比較して、より円滑な点火時期制御を実現し得ることを見出し、本発明を想到するに至ったものである。
即ち、本発明の第1態様は、
内燃機関の運転状態に基づいて設定された基本値を、ノッキング発生の有無に応じて更新されるフィードバック補正項と同フィードバック補正項に基づいて更新される学習値とによって補正して点火時期の制御目標値を設定し、前記学習値として、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域を機関回転速度の所定の範囲毎に区画して得られる複数の基本学習領域毎に設定される基本学習値と、これら複数の基本学習領域のうち少なくとも1つの領域内の少なくとも一部を機関回転速度及び機関負荷の所定の範囲毎に更に区画して得られる複数の多点学習領域毎に設定される多点学習値とを、各別に学習する内燃機関の点火時期制御装置であって、
前記複数の多点学習領域の個々の領域の学習頻度をカウントする学習頻度算出手段であって、内燃機関の運転状態が前記複数の多点学習領域の何れかに該当する状況において、同多点学習領域に対応する多点学習値の学習が可能な状態に同運転状態が該当した場合に同多点学習領域の学習頻度をカウントする学習頻度算出手段と、
内燃機関の運転状態が前記複数の多点学習領域の何れかに該当する状況において、前記学習頻度算出手段によってカウントされた同多点学習領域の学習頻度が所定回数以上無い場合、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域において機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向で同多点学習領域に隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値のそれぞれに予め定められた重み付け係数を乗ずることにより、学習頻度が所定回数以上無いと判定された同多点学習領域に対応する多点学習値を推定する学習値推定手段と、
を備えることを特徴とする、内燃機関の点火時期制御装置である。
上記のように、本発明の第1態様に係る内燃機関の点火時期制御装置においては、学習値推定手段が、内燃機関の運転状態が複数の多点学習領域の何れかに該当する状況において、学習頻度算出手段によってカウントされた同多点学習領域の学習頻度が所定回数以上無い場合(即ち、同多点学習領域の学習頻度が無い又は少ないと判定された場合)、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域において機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向で同多点学習領域に隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値のそれぞれに予め定められた重み付け係数を乗ずることにより、学習頻度が所定回数以上無いと判定された同多点学習領域に対応する多点学習値を推定する。
従って、本発明の第1態様に係る内燃機関の点火時期制御装置においては、従来技術に係る内燃機関の点火時期制御装置のように、学習頻度が無い又は少ない多点学習領域に対して無条件に初期点火時期が採用される等して、同領域に対応する学習値が、適正な時期より進角側の時期に点火時期を変更する値となってノッキングの発生を効果的に抑制できなくなったり、逆に遅角側の時期に変更する値となって内燃機関の出力低下を招いたりして、ドライバビリティや排気ガスの清浄度の低下を招くことも抑制することができる。即ち、本発明によれば、学習領域を細分化することによりノッキング限界移行要因の発生に起因するノッキング限界の変動にきめ細かく対応しつつ、内燃機関の点火時期制御のための複数の多点学習領域のうち、車両等の実際の運転状況下では学習頻度が無い又は少ない領域においても、多点学習値を精度良く学習することができることから、従来技術と比較して、より円滑な点火時期制御を実現し得る。
尚、本発明の第1態様に係る内燃機関の点火時期制御装置においては、上記のように、内燃機関の運転状態が複数の多点学習領域の何れかに該当する状況において、学習頻度算出手段によってカウントされた同多点学習領域の学習頻度が所定回数以上無い場合に、同多点学習領域の学習頻度が無い又は少ないと判定される。
ところで、車両等の実際の運転状況下では、突発的な異常値に基づいて多点学習値が変更される場合も起こり得る。かかる場合に、同多点学習値に対応する多点学習領域が学習頻度有りと判定されると、かかる多点学習値によって点火時期の制御目標値が設定され、適正な時期より進角側の点火時期となってノッキングの発生を効果的に抑制できなくなったり、逆に適正な時期より遅角側の点火時期となって内燃機関の出力低下を招いたりして、ドライバビリティや排気ガスの清浄度の低下を招く虞がある。従って、かかる不都合を防止すること等を目的として、上記「所定回数」を1回よりも大きな値とすることもできる。換言すれば、車両等の実際の運転状況下でのノッキングの発生状況等に応じて、上記「所定回数」を例えば2回以上の任意の数値としてもよい。
また、学習頻度算出手段は、前述のように、内燃機関の運転状態が複数の多点学習領域の何れかに該当する状況において、同多点学習領域に対応する多点学習値の学習が可能な状態に同運転状態が該当した場合に、同多点学習領域の学習頻度をカウントする。学習頻度のカウントに当たっては、内燃機関の運転状態が前記複数の多点学習領域の何れかに該当する状況において、多点学習値が所定の閾値を超える量だけ変化したことをもって、同多点学習領域に対応する多点学習値の学習が可能な状態に同運転状態が該当したとみなすことができる。
従って、本発明の第2態様は、本発明の前記第1態様に係る内燃機関の点火時期制御装置であって、前記学習頻度算出手段が、多点学習値が所定の閾値を超える量だけ変化した場合に、同多点学習領域の学習頻度をカウントすることを特徴とする、内燃機関の点火時期制御装置である。ここで、所定の閾値は、内燃機関の点火時期制御装置による機関運転状態等の検出誤差や制御誤差等に応じて、及び/又は学習値の収束速度等の制御結果に応じて、適宜設定することができる。
また、学習頻度のカウントに当たっては、多点学習値の学習を実施するのに十分な期間に亘って機関運転状態が上記多点学習領域に滞在したことをもって、同多点学習領域に対応する多点学習値の学習が可能な状態に同運転状態が該当したとみなすこともできる。これは、或る多点学習領域に対応する学習値がノッキングの発生を抑制するのに適切な値に既に収束している場合、同領域においては最早、フィードバック補正項に基づいて学習値が更新されることは無く、かかる場合は、学習がなされた結果として、多点学習値が所定の閾値を超える量だけ変化しなかったという場合もあるためである。
従って、本発明の第3態様は、本発明の前記第1態様又は第2態様に係る内燃機関の点火時期制御装置であって、前記学習頻度算出手段が、多点学習値の学習を実施するのに十分な期間に亘って前記運転状態が前記多点学習領域に滞在した場合にも、同多点学習領域の学習頻度をカウントすることを特徴とする、内燃機関の点火時期制御装置である。ここで、多点学習値の学習を実施するのに十分な期間とは、例えば、ノッキングの発生の有無に応じてフィードバック補正項が更新され、当該フィードバック補正項に基づいて多点学習値が更新されるのに必要な期間を指すが、制御上の理由等により、これよりも長い期間に設定してもよい。
前述のように、或る多点学習領域に対応する学習値がノッキングの発生を抑制するのに適切な値に既に収束している場合、同領域においては最早、フィードバック補正項に基づいて学習値が更新されることは無い。そのため、学習頻度算出手段を、多点学習値が変化した場合にのみ多点学習領域の学習頻度が有ると判定するように構成した場合、上記のように学習値が既に収束している多点学習領域については学習頻度が有ると判定されない(例えば、学習頻度算出手段が学習頻度のカウント値を増やさない)。
その結果、上記多点学習領域に対応する多点学習値が適切な点火時期制御を実施するのに好適な値に既になっているにもかかわらず、同多点学習領域の学習頻度が無い又は少ない(学習頻度が所定回数に達していない)と判定され、前述のように、同多点学習領域に隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値に基づく学習値の推定が実施され、点火時期が適正な時期からずれてしまう虞がある。
しかしながら、本発明の第3態様に係る内燃機関の点火時期制御装置に備えられた学習頻度算出手段は、内燃機関の運転状態が複数の多点学習領域の何れかに該当する状況において、多点学習値が変化した場合のみならず、多点学習値が変化していなくても、多点学習値の学習を実施するのに十分な期間に亘って、内燃機関の運転状態が多点学習領域内に滞在した場合にもまた、同運転状態に該当する多点学習領域の学習頻度が有ると判定する(例えば、学習頻度算出手段が学習頻度のカウント値を増やす)。
これにより、学習値が既に収束しているが故に学習値が変化しない多点学習領域については、同多点学習領域に隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値に基づく学習値の推定が実施されることが抑制される。即ち、学習値が適正な値に既に収束している多点学習領域については、適正な学習値が維持され、点火時期が適正な時期からずれてしまうことが抑制される。
ところで、当該技術分野においては、内燃機関の点火時期に対する影響は、機関負荷と比較して機関回転速度の方がより大きいことが知られている。即ち、内燃機関の点火時期との相関性は、機関負荷よりも、機関回転速度の方が高い。従って、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域において、学習頻度が所定回数以上無いと判定された多点学習領域に対して機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向で隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値のそれぞれに予め定められた重み付け係数を乗ずることにより、学習頻度が所定回数以上無いと判定された同多点学習領域に対応する多点学習値を学習値推定手段が推定するに当たっては、機関回転速度軸方向において同多点学習領域に隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値に乗ずる重み付け係数を、機関負荷軸方向において同多点学習領域に隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値に乗ずる重み付け係数よりも大きくすることがより望ましい。
以上より、本発明の第4態様は、本発明の前記第1態様乃至第3態様に係る内燃機関の点火時期制御装置であって、前記学習値推定手段が、学習頻度が所定回数以上無いと判定された前記多点学習領域に機関回転速度軸方向において隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値に乗ずる重み付け係数を、同多点学習領域に機関負荷軸方向において隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値に乗ずる重み付け係数よりも大きく設定することを特徴とする、内燃機関の点火時期制御装置である。
上記構成とすることにより、機関負荷と比較して内燃機関の点火時期との相関性がより高い機関回転速度の変化に伴う点火時期の変化がより大きく反映され、学習値のより適確な推定が可能となる。
また、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域において、学習頻度が所定回数以上無いと判定された多点学習領域に対して機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向で隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値のそれぞれに予め定められた重み付け係数を乗ずることにより、学習頻度が所定回数以上無いと判定された同多点学習領域に対応する多点学習値を学習値推定手段が推定するに当たり、推定精度を高め、より円滑な点火時期制御を実現するためには、より信頼性の高い学習値ほど、より大きい重み付け係数が適用されることがより望ましい。換言すれば、学習頻度がより高い学習領域に対応する学習値ほど、より大きい重み付け係数が乗ぜられることがより望ましい。
以上より、本発明の第5態様は、本発明の前記第1態様乃至第4態様に係る内燃機関の点火時期制御装置であって、前記学習値推定手段が、学習頻度が所定回数以上無いと判定された前記多点学習領域に機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向において隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値に乗ずる重み付け係数を、これらの隣接する多点学習領域のそれぞれの学習頻度に応じて調整することを特徴とする、内燃機関の点火時期制御装置である。
上記構成とすることにより、上記隣接する多点学習領域のうち学習頻度が高い領域に対応する学習値ほど、学習頻度が所定回数以上無いと判定された多点学習領域に対応する多点学習値の推定値により大きく反映される。その結果、多点学習値の推定がより適確なものとなる。
ところで、本発明によれば、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域において、学習頻度が所定回数以上無いと判定された多点学習領域に対して機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向で隣接する各多点学習領域に対応する多点学習値のそれぞれに予め定められた重み付け係数を乗ずることにより、学習頻度が所定回数以上無いと判定された同多点学習領域に対応する多点学習値が学習値推定手段が推定される。学習頻度が所定回数以上無いと判定された多点学習領域に隣接する多点学習領域は、機関回転速度軸方向において同多点学習領域に隣接する2つの多点学習領域及び機関負荷軸方向において同多点学習領域に隣接する2つの多点学習領域からなる4つの多点学習領域であるのが一般的である。
しかしながら、隣接する多点学習領域の多点学習値に基づいて学習値が推定されるべき、学習頻度が無い又は少ない多点学習領域の幾つかは、複数の多点学習領域からなる領域の最も外側(即ち、機関回転速度軸方向において最も高回転側及び最も低回転側、並びに機関負荷軸方向において最も高負荷側及び最も低負荷側)に位置する。これらの領域は、少なくとも1つの側において、多点学習領域外に面しており、この側においては隣接する多点学習領域が存在しない。
上記のような場合、機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向において隣接する全ての多点学習領域が揃っていないからといって、同多点学習領域に対応する多点学習値の推定を実施せず、従来技術に係る内燃機関の点火時期制御装置のように、例えば、同多点学習領域に対して初期点火時期を採用するのみでは、同多点学習領域と同領域に隣接する領域との間で点火時期の段差が生じてしまう虞がある。
かかる不具合を解消すべく、本発明の第6態様においては、上記のように多点学習領域外に面する多点学習領域に対応する多点学習値を推定する際には、同多点学習領域の多点学習領域外に面する側に、学習値がゼロである多点学習領域が隣接しているものとみなして、同多点学習領域に対応する多点学習値を推定する。
即ち、本発明の第6態様は、本発明の前記第1態様乃至第5態様に係る内燃機関の点火時期制御装置であって、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域において、学習頻度が所定回数以上無いと判定された前記多点学習領域に機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向において隣接する部分領域に、同多点学習領域に隣接する多点学習領域が設けられていない場合、前記学習値推定手段が、多点学習値としてゼロの値を有する多点学習領域が同部分領域に存在するとみなして、学習頻度が所定回数以上無いと判定された同多点学習領域に対応する多点学習値を推定することを特徴とする、内燃機関の点火時期制御装置である。
上記構成により、学習頻度が無い又は少ないと判定された多点学習領域が、複数の多点学習領域からなる領域の最も外側に位置する等の理由により、同多点学習領域に隣接する全ての多点学習領域が揃っていない場合であっても、同多点学習領域と同領域に隣接する領域との間で点火時期の段差を生ずることを防止し、内燃機関のより円滑な点火時期制御が可能となる。
以上のように、本発明によれば、学習領域を細分化することによりノッキング限界移行要因の発生に起因するノッキング限界の変動にきめ細かく対応しつつ、内燃機関の点火時期制御のための複数の多点学習領域のうち、車両等の実際の運転状況下では学習頻度が無い又は少ない領域においても、多点学習値を精度良く学習することができることから、従来技術と比較して、より円滑な点火時期制御を実現し得る。換言すれば、本発明によれば、内燃機関の点火時期制御のための複数の多点学習領域のうち、車両等の実際の運転状況下では学習頻度が無い又は少ない領域においても、多点学習値を精度良く学習することがで可能な、内燃機関の点火時期制御装置を提供することができる。
以下、添付図面を参照しつつ、本発明を自動車用エンジンの点火時期制御装置として具現化した実施態様について説明する。
前述のように、図1は、本発明の1つの実施態様に係る点火時期制御装置が適用される内燃機関の概略構成を示す略図である。
図1に示すように、内燃機関10の燃焼室11には、吸気通路12を通じて空気が吸入されるとともに、燃料噴射弁13から噴射された燃料が供給される。当該吸入空気と噴射燃料とからなる混合気に対して点火プラグ16による点火が行われると、当該混合気が燃焼してピストン17が往復移動し、内燃機関10のクランクシャフト18が回転する。燃焼後の混合気は排気として内燃機関10の燃焼室11から排気通路19に送り出される。
本実施態様に係る点火時期制御装置は、内燃機関10を運転するための各種制御を実行する電子制御装置30を備えている。当該電子制御装置30は、各種制御に関係する各種演算処理を実行する中央処理装置(CPU)、これらの演算処理に必要なプログラムやデータが記憶された不揮発性メモリ(ROM)、CPUの演算結果等が一時的に記憶される揮発性メモリ(RAM)、外部との間で信号を入出力するための入出力ポート等を備えている。
電子制御装置30の入力ポートには各種センサが接続されている。これらのセンサとしては、例えば、アクセルペダル20の踏み込み量(アクセル踏み込み量AC)を検出するためのアクセルセンサ31、吸気通路12に設けられたスロットルバルブ21の開度(スロットル開度TA)を検出するためのスロットルセンサ32、及び内燃機関10におけるノッキングの発生を検出するためのノックセンサ33等が設けられている。その他、吸気通路12を通過する空気の量(通路空気量GA)を検出するための空気量センサ34、並びにクランクシャフト18の回転速度(機関回転速度NE)及び回転角(クランク角)を検出するためのクランクセンサ35等も設けられている。
電子制御装置30は、各種センサの出力信号に基づいて、機関回転速度NEや機関負荷KL等の内燃機関10の運転状態を把握する。尚、機関負荷KLは、アクセル踏み込み量AC、スロットル開度TA、及び通路空気量GAから求められる内燃機関10の吸入空気量と機関回転速度NEとに基づいて算出される。斯くして把握された内燃機関10の運転状態に応じて、電子制御装置30は、出力ポートに接続された各種駆動回路に指令信号を出力する。斯くして、電子制御装置30は、内燃機関10の点火時期制御等の各種制御を実行する。
次に、図2を参照しながら、内燃機関10の点火時期制御について以下に説明する。図2は、点火時期指令値の算出手順の概要を示す模式図である。
本実施態様に係る点火時期制御においては、内燃機関10の運転状態等から求められる制御目標値(具体的には、点火時期指令値ST)に基づいて内燃機関10の点火時期が制御される。具体的には、同点火時期指令値STの値が大きいほど内燃機関10の点火時期が進角側の時期に制御され、同点火時期指令値STの値が小さいほど内燃機関10の点火時期が遅角側の時期に制御される。
図2に示すように、点火時期指令値STは、内燃機関10の運転状態に基づいて算出されるノック限界点火時期(BT−R)に対して、ノッキングの発生の有無に応じて増減するフィードバック補正項Fによる補正と同フィードバック補正項Fに基づいて更新される基本学習値AG[i]による補正とを加えることによって算出される。
ここで、ノック限界点火時期(BT−R)とは、ベース点火時期BT(実線L1)からノック余裕代Rを減算した値として算出される。尚、ベース点火時期BTは、標準的な環境条件下においてノッキングを生じさせない最も進角側の点火時期に相当する値であり、機関負荷KL及び機関回転速度NEに基づいて算出される。また、ノック余裕代Rは、実験等によって予め定められた固定値である。
上記のようにして算出されるノック限界点火時期(BT−R)は、ベース点火時期BTからノック余裕代Rだけ遅角させた値(破線L2)である。換言すれば、ノック限界点火時期(BT−R)とは、最もノッキングが発生し易い環境条件下においてノッキングを生じさせない点火時期の範囲における最も進角側の点火時期を表す値であると言える。尚、上記環境条件としては気温、湿度、大気圧、及び機関の冷却水温等を挙げることができ、これらの条件に応じて内燃機関10におけるノッキングの発生し易さが変化する。本実施態様においては、ノック限界点火時期(BT−R)が基本値として機能する。
フィードバック補正項Fは、ノックセンサ33の出力信号に基づいてノッキングが発生していると判断された場合には予め定められた遅角更新量(a)だけ点火時期を遅角させる一方、ノッキングが発生していないと判断された場合には予め定められた進角更新量(b)だけ点火時期を進角させるように機能する値である。このフィードバック補正項Fによって、ノッキングが発生しているときには点火時期が直ちに遅角されて、ノッキングの発生の抑制が図られ、ノッキングが発生していないときには点火時期が進角されて、機関出力の増大が図られる。
図2に示すように、点火時期指令値STは、ノック限界点火時期(BT−R)に対して基本学習値AG[i]による補正を加えることにより、通常はノック限界点火時期(BT−R)よりも進角側の時期に相当する値に設定される。この状態において、ノッキングの発生の有無に応じてフィードバック補正項Fが増減されると、図中に矢印Y1または矢印Y2によって示すように、フィードバック補正項Fの増減分だけ点火時期指令値STが増減される。更に、このように増減されるフィードバック補正項Fを基本学習値AG[i]に対して徐変処理した値が新たな基本学習値AG[i]として記憶される。これにより、同基本学習値AG[i]の更新が行われる。
尚、上記徐変処理とは、直前の算出周期において更新された基本学習値AG[i]及びフィードバック補正項Fから、例えば、以下の関係式(1)を用いて、新たな基本学習値AG[i]を算出する処理を指す。
上式中、PREV−AG[i]は直前の算出周期において更新された基本学習値AG[i]を表し、nは正の整数を表す。
図3は、機関運転領域における基本学習領域及び多点学習領域を示す模式図である。図3に示す例においては、機関回転速度NEに応じて、3つの基本学習領域i[i=1,2,3]が区画されている。上記基本学習値AG[i]は、機関運転状態によって区画された複数の基本学習領域毎に用意される。即ち、点火時期指令値STを算出する際には、基本学習値AG[i]として、そのときどきの機関回転速度NEに対応する基本学習領域iに対応する値が用いられる。
前述のように、基本学習値AG[i]は、フィードバック補正項Fの変化に基づいて学習され、更新される。具体的には、上記フィードバック補正項Fに基づいて前述のように徐変処理を施した値が、そのときどきの機関回転速度NEにより定まる基本学習領域iに対応する新たな基本学習値AG[i]として記憶される。こうした基本学習値AG[i]により、ノッキングの発生を抑制するべく点火時期(具体的には、点火時期指令値ST)が補正される。
ここで、同内燃機関10においてノッキングが発生し易くなる要因(例えば、内燃機関10の燃焼室11内にデポジットが付着する等の内燃機関10の経時変化)が生じた場合を検討する。かかる場合には、基本学習値AG[i]が減少側の値に更新されるようになる。この場合の基本学習値AG[i]の更新量は、同要因に起因して点火時期のノック限界が遅角側に移行する移行量に対応した値となる。従って、更新後の基本学習値AG[i]を用いて点火時期(直接的には、ノック限界点火時期(BT−R))を補正することにより、内燃機関10の経時変化に伴ってノッキングが発生し易くなる等の不都合の発生が抑制される。
ここで更に、同要因のノッキングの発生に対する影響が、同一の基本学習領域i内であっても、その領域内における更に細かな機関運転領域毎に大きく異なる場合を検討する。かかる場合、基本学習領域i毎に設定された基本学習値AG[i]のみを用いて点火時期の補正を行うと、同基本学習領域i内における機関運転状態によっては、上記基本学習値AG[i]が、内燃機関10の経時変化に起因するノッキングの発生を抑制するのに不適切な値となる虞がある。具体的には、上記基本学習値AG[i]がノッキングの発生を抑制するには大き過ぎる値となってノッキング発生を効果的に抑制することができなくなったり、上記基本学習値AG[i]が小さ過ぎる値となって点火時期が過度に遅角側に補正されて内燃機関10の出力低下を招いたりする虞がある。
そこで、本実施態様においては、図3に示すように、複数の基本学習領域iのうちの機関回転速度NEが最も低回転側に存在する基本学習領域i[i=1]内において、機関負荷KLの低い側の領域に複数の多点学習領域nが設定され、これらの多点学習領域n毎に多点学習値が設定されている。これは、本実施態様においては、内燃機関10においてノッキングが発生し易くなる要因として、かかる領域においてノッキング発生に対する影響のばらつきが大きいノッキング限界移行要因(例えば、内燃機関10の燃焼室11内にデポジットが付着する等の内燃機関10の経時変化等)を想定しているためである。
また、上記多点学習領域nは、機関回転速度NEの変化方向において4つに区画されると共に機関負荷KLの変化方向において6つに区画されており、結果として同領域には合計で24の多点学習領域n[n=1〜24]が設定されている。
尚、本実施態様においては、上述のように、機関回転速度NEの範囲が最も低い側(i=1)の基本学習領域i内の機関負荷KLが低い範囲に複数の多点学習領域nを設けたが、想定されるノッキング限界移行要因に応じて、他の範囲(例えば、他の基本学習領域iに含まれる範囲や、機関負荷KLが高い範囲等)に複数の多点学習領域nを設けてもよく、また複数の多点学習領域nを2つ以上の範囲に設けてもよい。
次に、図4及び図5を参照しながら、ノッキング限界移行要因の有無による点火時期指令値STの変化における、その領域内に多点学習領域nが設けられている基本学習領域i(本実施態様においては、最も低回転側の基本学習領域i[i=1])内での多点学習領域nとそれ以外の領域との違いを説明する。
図4は、ノッキング限界移行要因の有無による点火時期指令値の変化の一例を示すグラフである。具体的には、図4は、上記基本学習領域i内における多点学習領域n以外の領域における、上記ノッキング限界移行要因の有無による点火時期指令値STの変化の一例を示したものである。尚、同図における実線及び二点差線は何れも機関回転速度NEが一定の条件下での機関負荷KLの変化に対する点火時期指令値STの推移の一例を示しており、実線は上記ノッキング限界移行要因が無い条件下での推移の一例を、二点差線は同要因が有る条件下での推移の一例をそれぞれ示している。
図4に示すように、上記基本学習領域i内での多点学習領域n以外の領域においては、ノッキング限界移行要因が生じてノッキングが発生し易くなると、点火時期指令値STが実線で示す状態から二点差線で示す状態へと機関負荷KLの変化方向について一律の幅をもって遅角側に変化する。この点火時期指令値STの遅角側への変化量は、上記ノッキング限界移行要因の発生に起因するノッキングの発生を抑えるために上記基本学習領域iの基本学習値AG[i]が遅角側に変化した変化分に対応している。このように基本学習値AG[i]による点火時期の補正により、上記基本学習領域i内での多点学習領域n以外の領域においては、ノッキング限界移行要因によってノッキングが発生し易くなることを抑制することができる。これは、上記領域内においては、ノッキングの発生に対する上記ノッキング限界移行要因による影響がほぼ一律であるためである。
一方、図5は、ノッキング限界移行要因の有無による点火時期指令値の変化の一例を示すグラフである。具体的には、図5は、上記基本学習領域i内における各多点学習領域nの設定された領域(ここでは、例えば、n=1〜6の多点学習領域nに対応する領域)において、ノッキング限界移行要因の有無による点火時期指令値STの変化を示したものである。尚、同図における実線及び破線は何れも機関回転速度NE一定の条件下での機関負荷KLの変化に対する点火時期指令値STの推移の一例を示しており、実線はノッキング限界移行要因が無い条件下での推移の一例を、破線は同要因が有る条件下での推移の一例をそれぞれ示している。
図5に示すように、上記基本学習領域i内での多点学習領域nにおいては、ノッキング限界移行要因が生じてノッキングが発生し易くなると、点火時期指令値STが実線で示される状態から破線で示される状態へと、機関負荷KL毎に異なる変化量にて、遅角側に変化する。これは、多点学習領域nにおいてはノッキング限界移行要因のノッキング発生に対する影響が一様ではなく、機関運転状態(この場合は機関負荷KL)によるばらつきが大きいことを示している。
従って、多点学習領域nにおいては、基本学習値AG[i]のみでは上記のようなノッキング限界の変化量のばらつきに対応しきれないことから、基本学習値AG[i]に基づく遅角側への一様な変化分に加えて、各多点学習領域nの多点学習値AGm[n]をも用いて、点火時期指令値STの変化量をきめ細かく調整することにより、ノッキング限界の変化量のばらつきに対応する。
上記のようにして、多点学習領域n毎の多点学習値AGm[n]がそれぞれノッキングの発生を抑制するのに適切な値に更新され、これらの多点学習値AGm[n]を用いて点火時期の補正が行われるので、ノッキング限界移行要因のノッキング発生に対する影響がばらつく多点学習領域nにおいても、ノッキング限界移行要因に起因してノッキングが発生し易くなることを抑制することができる。
具体的には、多点学習値AGm[n]は、その時々の内燃機関10の運転状態が含まれる多点学習領域nに対応する値がフィードバック補正項Fに基づき更新される。詳しくは、基本学習値AG[i]の更新と同様に、フィードバック補正項Fに徐変処理を施した値を新たな多点学習値AGm[n]として記憶することにより、同多点学習値AGm[n]の更新が行われる。
このように多点学習値AGm[n]を更新することにより、ノッキング発生に対する上記要因による影響のばらつきが大きい領域(多点学習領域n)において、同影響のばらつきに応じて、同領域を細分化した多点学習領域n毎の多点学習値AGm[n]をそれぞれノッキングの発生を抑制するのに適切な値とすることができる。
本実施態様においては、その時々の内燃機関10の運転状態が多点学習領域n内にある場合は、同多点学習領域nの存在する基本学習領域iの基本学習値AG[i]の更新は行われず、同多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]の更新のみが行われる。即ち、機関運転状態が多点学習領域nの何れかに含まれる場合には同多点学習領域に対応する多点学習値AGm[n]のみが学習され、機関運転状態が多点学習領域n以外の領域に含まれる場合には、内燃機関10の運転状態が該当する基本学習領域iに対応する基本学習値AG[i]のみが学習される。
また、多点学習領域nにおいては、多点学習値AGm[n]及び基本学習値AG[i]によって学習値が補正されて点火時期の制御目標値(点火時期指令値ST)が設定され、多点学習領域n以外の領域においては、基本学習値AG[i]のみによって学習値が補正されて点火時期の制御目標値(点火時期指令値ST)が設定される。
即ち、本実施態様においては、点火時期指令値STを以下の関係式(2)によって表すことができる。
上式中、BT−Rはノック限界点火時期を表し、Fはフィードバック補正項を表すことは既に述べた通りである。
また、上記AGTは、基本学習値AG[i]及び多点学習値AGm[n]から求められる合計学習値であり、以下の関係式(3)によって表される。
前述のように、上記関係式(3)における多点学習値AGm[n]は、ノッキング限界移行要因のノッキング限界の移行量が機関運転状態の比較的小さな変動に対応して大きく変化する領域(即ち、多点学習領域n)において、ノッキングの発生に対する同要因の影響のばらつきに応じてきめ細かく点火時期(具体的には、点火時期指令値ST)を補正するための補正項である。
本実施態様においては、上記基本学習領域i内の中でもノッキング発生に対する上記要因による影響のばらつきが大きい領域(即ち、多点学習領域n)に、内燃機関10の運転状態(詳しくは、機関負荷KL及び機関回転速度NE)に応じて区画された同基本学習領域iよりも更に細かい複数の多点学習領域nが設定されている。そして、上記多点学習値AGm[n]は、これらの多点学習領域n毎に設定されている。
この多点学習値AGm[n]は、その時々の内燃機関10の運転状態が該当する多点学習領域nに対応する値がフィードバック補正項Fに基づいて更新されることによって更新される。詳しくは、基本学習値AG[i]の更新と同様に、フィードバック補正項Fに徐変処理を施した値を新たな多点学習値AGm[n]として記憶することにより、同多点学習値AGm[n]の更新が行われる。
上記のように多点学習値AGm[n]を更新することにより、ノッキング発生に対する上記要因による影響のばらつきが大きい領域において、そのばらつきに応じて同領域を細分化した多点学習領域n毎に設定される多点学習値AGm[n]を、それぞれノッキングの発生を抑制するのに適切な値とすることができる。
前述のように、本実施態様においても、その時々の内燃機関10の運転状態が多点学習領域n内にある場合は、その多点学習領域nの存在する上記基本学習領域iの基本学習値AG[i]の更新は行われず、多点学習値AGm[n]の更新のみが行われる。即ち、機関運転状態が多点学習領域nの何れかに含まれる場合は多点学習値AGm[n]のみが学習され、機関運転状態が多点学習領域n以外の領域に含まれる場合は、基本学習値AG[i]のみが学習される。
尚、本実施態様においては、点火時期指令値STを求める際に、その時々の内燃機関10の運転状態が複数の多点学習領域nの何れかに含まれる場合は、多点学習値AGm[n]として、同運転状態が含まれる多点学習領域nに対応する値が用いられる。一方、その時々の内燃機関10の運転状態が複数の多点学習領域nの何れにも含まれない場合は、多点学習値AGm[n]として「0」が設定される。即ち、その時々の機関運転状態が複数の多点学習領域nの何れにも含まれない場合は、多点学習値AGm[n]を用いずに点火時期指令値STが算出される(多点学習値AGm[n]による点火時期の補正は行われない)。
上記のようにして点火時期指令値STを求めることにより、上記基本学習領域i内にあってノッキング発生に対する上記要因による影響のばらつきが大きい領域(即ち、多点学習領域n)においては、ノック限界点火時期(BT−R)に対して、基本学習値AG[i]及び多点学習値AGm[n]の両方によって補正が加えられる。
これにより、上記基本学習領域i内であってノッキング発生に対する上記要因による影響のばらつきが大きい領域においても、同要因に起因する内燃機関10でのノッキングの発生を的確に抑制することができるようになる。言い換えれば、上記基本学習領域i内であってノッキング発生に対する上記要因による影響のばらつきが大きい領域(多点学習領域)において、点火時期が適正な時期より進角側に補正されてノッキングの発生を効果的に抑制できなくなったり点火時期が適正な時期より遅角側に補正されて内燃機関10の出力低下を招いたりする不具合の発生を抑えることができるようになる。
しかしながら、前述のように、複数の多点学習領域nの中には、車両等の実際の運転状況下では学習頻度が無い又は少ない機関運転状態に該当する領域も含まれている。換言すれば、車両等の実際の運転状況下では実現する機会が無い又は少ない(即ち、学習頻度が無い又は少ない)多点学習領域n、あるいは学習できるだけの期間に亘って滞在せず、単に通り過ぎるだけの多点学習領域nも存在する。このような領域においては、学習機会が十分に得られず、学習値が収束し難い。尚、図3に示した多点学習領域n[n=1〜24]のうち斜線を施したものは、学習頻度が無い又は少ない多点学習領域nを表している。
そこで、従来技術においては、例えば、内燃機関の点火時期制御において、複数の多点学習領域nの各々について学習頻度を算出し、学習頻度が低い多点学習領域nについては初期点火時期を採用することにより、点火時期が適正値から大きく逸脱することを防止しようとする試みもなされているが、前述のように、学習頻度が低い多点学習領域nに対して初期点火時期を採用するのみでは、同多点学習領域nと同領域に隣接する領域との間で点火時期の段差が生じ、同多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]が、適正な時期より進角側の時期に点火時期を変更する値となってノッキングの発生を効果的に抑制できなくなったり、逆に遅角側の時期に変更する値となって内燃機関の出力低下を招いたりして、ドライバビリティや排気ガスの清浄度の低下を招く虞がある。
一方、本実施態様に係る内燃機関の点火時期制御装置においては、前述のように、学習値推定手段が、内燃機関の運転状態が複数の多点学習領域nの何れかに該当する状況において、学習頻度算出手段によってカウントされた同多点学習領域nの学習頻度が所定回数以上無い場合(即ち、同多点学習領域の学習頻度が無い又は少ないと判定された場合)、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域において機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向で同多点学習領域nに隣接する各多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]のそれぞれに予め定められた重み付け係数を乗ずることにより、学習頻度が所定回数以上無いと判定された同多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]を推定する。
ここで、学習値推定手段によって実行される多点学習値AGm[n]の推定処理の概要について、図6を参照しながら以下に説明する。図6は、上記推定処理の具体的な実行手順の一例を示すフローチャートである。このフローチャートに示される一連の処理は、所定のクランク角毎の割り込み処理として、電子制御装置30によって実行することができる。
図6に示すように、この処理では先ず、その時点での内燃機関の運転状態が多点学習領域nに該当するか否かが判断される(ステップS101)。そして、その時点での内燃機関の運転状態が多点学習領域nに該当しないと判断される場合には(ステップS101:NO)、多点学習値AGm[n]に基づく点火時期司令値STの算出は行わないので、以降の処理を実行すること無く(ステップS102の判断、ステップS103の処理及びステップS104の処理をジャンプして)、本処理が一旦終了される。
一方、その時点での内燃機関の運転状態が多点学習領域nに該当すると判断される場合には(ステップS101:YES)、学習頻度算出手段によってカウントされた同多点学習領域nの学習頻度に基づいて同多点学習領域nの学習頻度が判断される(ステップS102)。そして、同多点学習領域nの学習頻度が所定回数以上無いと判断される場合には(ステップS102:NO)、同多点学習領域nに隣接する多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]から、同多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]を推定し、これを点火時期司令値STの算出に採用する(ステップS104)。その後、本処理は一旦終了される。
一方、同多点学習領域nの学習頻度が所定回数以上有ると判断される場合には(ステップS102:YES)、同多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]を推定すること無く、同多点学習領域nにおいて学習された多点学習値AGm[n]を点火時期司令値STの算出に採用する(ステップS103)。その後、本処理は一旦終了される。
尚、前述のように、突発的な異常値に基づいて更新された多点学習値AGm[n]に基づいて点火時期司令値STが算出され、適正な時期より進角側の点火時期となってノッキングの発生を効果的に抑制できなくなったり、逆に適正な時期より遅角側の点火時期となって内燃機関の出力低下を招いたりして、ドライバビリティや排気ガスの清浄度の低下を招くことを防止すること等を目的として、上記「所定回数」を任意の数値(例えば、2回以上)と設定してもよい。
上記のように、本実施態様に係る内燃機関の点火時期制御装置においては、学習値推定手段が、内燃機関の運転状態が複数の多点学習領域nの何れかに該当する状況において、学習頻度算出手段によってカウントされた同多点学習領域nの学習頻度が所定回数以上無い場合(即ち、同多点学習領域の学習頻度が無い又は少ないと判定された場合)、同多点学習領域nに隣接する各多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]に基づいて、同多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]を推定することができる。
次に、本実施態様に係る内燃機関の点火時期制御装置に備えられた学習値推定手段が、学習頻度算出手段によってカウントされた学習頻度が所定回数以上無いと判定された多点学習領域nに対して、機関回転速度及び機関負荷を座標軸とする機関運転領域において機関回転速度軸方向及び機関負荷軸方向で同多点学習領域nに隣接する各多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]のそれぞれに予め定められた重み付け係数を乗ずることにより、同多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]を推定する手順について、図7を参照しながら以下に説明する。
図7は、前述のように、学習値推定手段によって多点学習値AGm[n]が推定される多点学習領域n及び同多点学習領域nに隣接する多点学習領域nの一例を示す模式図である。尚、図7においても、図3と同様に、多点学習領域n[n=1〜24]のうち斜線を施したものは、学習頻度が無い又は少ない多点学習領域nを表している。
先ず、図7(a)において、「X」と表示されている領域(多点学習領域nの1つ)は、学習頻度が所定回数に達しておらず、学習値推定手段によって、当該領域に対応する多点学習値AGm[n]が推定されようとしている領域を表す。尚、この「X」は、当該領域に対応する多点学習値AGm[n]のその時点での値(初期値又は前回学習値)を表す。また、当該領域を便宜上「領域X」と称する。
上記領域Xに隣接する4つの領域A、B、P、及びQについても、各領域に対応する多点学習値AGm[n]のその時点での値が、それぞれA、B、P、及びQであることを表し、これらの領域のうち斜線を施したものは、学習頻度が無い又は少ない多点学習領域nを表している。
図7(a)に示すように、領域A及びBは、機関回転速度NE及び機関負荷KLを座標軸とする機関運転領域において機関回転速度NE軸方向(横軸方向)で領域Xに隣接する多点学習領域nであり、領域Aが低回転側、領域Bが高回転側に位置する。一方、領域P及びQは、機関回転速度NE及び機関負荷KLを座標軸とする機関運転領域において機関負荷KL軸方向(縦軸方向)で領域Xに隣接する多点学習領域nであり、領域Pが低負荷側、領域Qが高負荷側に位置する。
ここで、領域Xに対応する多点学習値AGm[n]の推定値(ここでは「X’」とする)を算出する手順について説明する。領域X、A、B、P、及びQの重み付け係数を、それぞれx、a、b、p、及びqとすると、領域Xに対応する多点学習値AGm[n]の推定値X’は、以下の関係式(4)によって求められる。
上述のように、上記x、a、b、p、及びqは、領域X、A、B、P、及びQの重み付け係数を表し、これらの係数は、内燃機関の運転実験結果等に基づいて、予め定めておくことができる。
また、前述のように、内燃機関の点火時期に対する影響は、機関負荷KLと比較して機関回転速度NEの方がより大きいこと(即ち、内燃機関の点火時期との相関性は、機関負荷KLよりも、機関回転速度NEの方が高いこと)に照らし、機関回転速度NE軸方向において領域Xに隣接する領域A及びBに対応する多点学習値AGm[n]に乗ずる重み付け係数a及びbを、機関負荷KL軸方向において領域Xに隣接する領域P及びQに対応する多点学習値AGm[n]に乗ずる重み付け係数p及びqよりも大きく設定して、領域Xに対応する多点学習値AGm[n]の推定値X’を求めてもよい。更に、多点学習値AGm[n]の推定値X’の推定精度をより高めるべく、これらの隣接する領域A、B、P、及びQのそれぞれの学習頻度に応じて、これらの領域の重み付け係数a、b、p、及びqをそれぞれ調整してもよい。
図7(b)は、領域A、B、P、及びQの重み付け係数a、b、p、及びqの設定例である。図7(a)とは異なり、図7(b)においては、各領域に示されている文字(数値)は、それぞれの領域の重み付け係数を示している。図7(b)に示したように、重み付け係数a、b、p、及びqは、それぞれ0.1、0.1、0.05、及び0.05に設定されている。また、領域Xの重み付け係数は、0.7に設定されている。従って、図7(b)に示されている重み付け係数を使用する場合、領域Xに対応する多点学習値AGm[n]の推定値X’は、以下の関係式(5)によって求められる。
尚、学習頻度が所定回数以上無いと判定された多点学習領域に隣接する多点学習領域は、上記のように、機関回転速度NE軸方向において同多点学習領域n(領域X)に隣接する2つの多点学習領域(領域A及びB)及び機関負荷KL軸方向において同多点学習領域(領域X)に隣接する2つの多点学習領域(領域P及びQ)からなる4つの多点学習領域であるのが一般的であるが、前述のように、多点学習領域の幾つかは、複数の多点学習領域からなる領域の最も外側(即ち、機関回転速度NE軸方向において最も高回転側及び最も低回転側、並びに機関負荷KL軸方向において最も高負荷側及び最も低負荷側)に位置する。これらの領域は、少なくとも1つの側において、多点学習領域外に面しており、この側においては隣接する多点学習領域が存在しない。
前述のように、上記のように多点学習領域外に面する多点学習領域に対応する多点学習値を推定する際には、同多点学習領域の多点学習領域外に面する側に、学習値がゼロである多点学習領域が隣接しているものとみなして、同多点学習領域に対応する多点学習値を推定することができる。
例えば、図7(a)において、領域Bを含む最も高回転側の列に相当する領域が、多点学習領域nとして区画されていなかった場合を想定する。この場合、領域Xの高回転側には隣接する多点学習領域nは存在しない。しかしながら、本発明の1つの態様に係る内燃機関の点火時期制御装置においては、領域Xに対応する多点学習値AGm[n]の推定値X’を算出する際に、上記領域Bに相当する領域に、学習値がゼロである多点学習領域nが存在して、上記領域Xに隣接しているものとみなして、同領域Xに対応する多点学習値AGm[n]の推定値X’を算出する。
上記により、学習頻度が無い又は少ないと判定された多点学習領域nが、複数の多点学習領域nからなる領域の最も外側に位置する等の理由により、同多点学習領域nに隣接する全ての多点学習領域nが揃っていない場合であっても、同多点学習領域nに対応する多点学習値AGm[n]を適確に推定し、同多点学習領域nと同領域に隣接する領域との間で点火時期の段差を生ずることを防止し、内燃機関のより円滑な点火時期制御を可能とすることができる。
以上のように、本実施態様に係る内燃機関の点火時期制御装置においては、従来技術に係る内燃機関の点火時期制御装置のように、学習頻度が無い又は少ない多点学習領域nに対して無条件に初期点火時期が採用される等して、同領域に対応する多点学習値AGm[n]が、適正な時期より進角側の時期に点火時期を変更する値となってノッキングの発生を効果的に抑制できなくなったり、逆に遅角側の時期に変更する値となって内燃機関の出力低下を招いたりして、ドライバビリティや排気ガスの清浄度の低下を招くことも抑制することができる。
即ち、本発明によれば、学習領域を細分化することによりノッキング限界移行要因の発生に起因するノッキング限界の変動にきめ細かく対応しつつ、内燃機関の点火時期制御のための複数の多点学習領域のうち、車両等の実際の運転状況下では学習頻度が無い又は少ない領域においても、多点学習値を精度良く学習することができることから、従来技術と比較して、より円滑な点火時期制御を実現し得る。
尚、上記説明においては、内燃機関の点火時期制御のための複数の多点学習領域に特に着目して、本発明の実施態様を説明してきたが、本発明の適用範囲は内燃機関の点火時期制御に限定されるものではなく、本発明は幅広い用途に適用可能である。