本発明に用いられるポリイミドフィルムにおいて、分子の面内配向性に関連する複屈折Δnは、フィルム面内のどの方向に関しても0.12以上、好ましくは0.14以上、最も好ましくは0.16以上である。フィルムの複屈折が0.12よりも小さければフィルムの分子の面配向性が悪いことを表し、グラファイト化のためにより高温までの加熱を要し、必要な熱処理時間も長くなる。そして、得られるフィルム状グラファイトの電気伝導性、熱伝導性、および機械強度が劣る傾向になる。
他方、複屈折が0.12以上で、特に0.14以上であれば、最高温度を下げて熱処理時間も短くすることができる。また、得られるフィルム状グラファイトの結晶配向性がよくなるので、その電気伝導性、熱伝導性、および機械強度が顕著に改善される。この理由は明かではないが、グラファイト化のためには分子が再配列する必要があり、分子配向性に優れたポリイミドでは分子の再配列が最小で済むので、比較的低温におけるグラファイト化が可能になると推測される。
ここでいう複屈折とは、フィルム面内の任意方向の屈折率と厚み方向の屈折率との差を意味し、フィルム面内X方向の複屈折Δnxは次式で与えられる。
複屈折Δnx=(面内X方向の屈折率Nx)−(厚み方向の屈折率Nz)
図1と図2において、複屈折の具体的な測定方法が図解されている。図1の平面図において、フィルム1から細いくさび形シート2が測定試料として切り出される。このくさび形シート2は一つの斜辺を有する細長い台形の形状を有しており、その一底角が直角である。このとき、その台形の底辺はX方向と平行な方向に切り出される。図2は、このようにして切り出された測定試料2を斜視図で示している。台形試料2の底辺に対応する切り出し断面に直角にナトリウム光4を照射し、台形試料2の斜辺に対応する切り出し断面側から偏光顕微鏡で観察すれば、干渉縞5が観察される。この干渉縞の数をnとすれば、フィルム面内X方向の複屈折Δnxは、
Δnx=n×λ/d
で表される。ここで、λはナトリウムD線の波長589nmであり、dは試料2の台形の高さに相当する試料の幅3である。
なお、前述の「フィルム面内の任意方向X」とは、例えばフィルム形成時における材料流れの方向を基準として、X方向が面内の0°方向、45°方向、90°方向、135°方向のどの方向においてもの意味である。
また、本発明に用いられるフィルム状グラファイトの原料となるポリイミドフィルムは、100〜200℃の範囲において2.5×10-5/℃未満の平均線膨張係数を有している。このようなポリイミドフィルムを原料として用いることによって、グラファイトへの転化が2400℃から始まり、2700℃で十分良質のグラファイ下に転化が生じ得る。また、フィルム状グラファイトの原料として従来から知られている2.5×10-5/℃以上の線膨張係数のポリイミドフィルムを用いた場合に比較して、2.5×10-5/℃未満の線膨張係数のポリイミドフィルムでは、同じ厚みであってもより低温でグラファイトに転化することが可能となる。すなわち、従来より厚いフィルムを原料に用いても、容易にグラファイト化を進行させることができる。なお、その線膨張係数は、2.0×10-5/℃以下であることがより好ましい。
フィルムの線膨張係数が2.5×10-5/℃より大きければ、熱処理中の変化が大きくなるため、黒鉛化が乱れ脆くなり、得られるフィルム状グラファイトの電気伝導性、熱伝導性、および機械強度が劣る傾向にある。他方、線膨張係数が2.5×10-5/℃未満であれば、熱処理中の伸びが小さくてスムースに黒鉛化が進行し、脆くなくて種々の特性に優れたフィルム状グラファイトを得ることができる。
なお、フィルムの線膨張係数は、TMA(熱機械分析装置)を用いて、まず試料を10℃/分の昇温速度で350℃まで昇温させた後に一旦室温まで空冷し、再度10℃/分の昇温速度で350℃まで昇温させ、2回目の昇温時の100℃〜200℃における平均線膨張係数を測定することによって得られる。具体的には、熱機械分析装置(TMA:セイコー電子製SSC/5200H;TMA120C)を用いて、3mm幅×20mm長のサイズのフィルム試料を所定の治具にセットし、引張モードで3gの荷重をかけて窒素雰囲気下で測定が行われる。
また、本発明に用いられるポリイミドフィルムは、その弾性率が350kgf/mm2以上であれば、グラファイト化をより容易に行い得るということから好ましい。すなわち、弾性率が350kgf/mm2以上であれば、ポリイミドフィルムに張力をかけながら熱処理することが可能になり、熱処理中のフィルムの収縮によるフィルムの破損を防止することができ、種々の特性に優れたフィルム状グラファイトを得ることができる。
なお、フィルムの弾性率は、ASTM−D−882に準拠して測定することができる。ポリイミドフィルムのより好ましい弾性率は400kgf/mm2以上であり、さらに好ましくは500kgf/mm2以上である。フィルムの弾性率が350kgf/mm2より小さければ、熱処理中のフィルムの収縮で破損および変形しやすくなり、得られるフィルム状グラファイトの電気伝導性、熱伝導性、および機械強度が劣る傾向にある。
本発明で用いられるポリイミドフィルムは、ポリイミド前駆体であるポリアミド酸の有機溶液をエンドレスベルトまたはステンレスドラムなどの支持体上に流延し、それを乾燥してイミド化させることにより製造され得る。
本発明に用いられるポリアミド酸の製造方法としては公知の方法を用いることができ、通常は、芳香族酸二無水物の少なくとも1種とジアミンの少なくとも1種が実質的に等モル量で有機溶媒中に溶解させられる。そして、得られた有機溶液は酸二無水物とジアミンの重合が完了するまで制御された温度条件下で攪拌され、これによってポリアミド酸が製造され得る。このようなポリアミド酸溶液は、通常は5〜35wt%、好ましくは10〜30wt%の濃度で得られる。この範囲の濃度である場合に、適当な分子量と溶液粘度を得ることができる。
重合方法としてはあらゆる公知の方法を用いることができるが、例えば次のような重合方法(1)−(5)が好ましい。
(1) 芳香族ジアミンを有機極性溶媒中に溶解し、これと実質的に等モルの芳香族テトラカルボン酸二無水物を反応させて重合する方法。
(2) 芳香族テトラカルボン酸二無水物とこれに対して過小モル量の芳香族ジアミン化合物とを有機極性溶媒中で反応させ、両末端に酸無水物基を有するプレポリマを得る。続いて、芳香族テトラカルボン酸二無水物に対して実質的に等モルになるように芳香族ジアミン化合物を用いて重合させる方法。
(3) 芳香族テトラカルボン酸二無水物とこれに対し過剰モル量の芳香族ジアミン化合物とを有機極性溶媒中で反応させ、両末端にアミノ基を有するプレポリマを得る。続いて、このプレポリマに芳香族ジアミン化合物を追加添加後に、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミン化合物が実質的に等モルとなるように芳香族テトラカルボン酸二無水物を用いて重合する方法。
(4) 芳香族テトラカルボン酸二無水物を有機極性溶媒中に溶解および/または分散させた後に、その酸二無水物に対して実質的に等モルになるように芳香族ジアミン化合物を用いて重合させる方法。
(5) 実質的に等モルの芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンの混合物を有機極性溶媒中で反応させて重合する方法。
これらの中でも、(2)と(3)におけるように、プレポリマを経由することによってシーケンシャル制御して重合する方法が好ましい。なぜならば、シーケンシャル制御することによって、複屈折が小さくて線膨張係数が小さいポリイミドフィルムが得られやすく、このポリイミドフィルムを熱処理することによって、電気伝導性、熱伝導性、および機械強度が優れたフィルム状グラファイトを得やすくなるからである。また、重合反応が規則正しく制御されることによって、芳香環の重なりが多くなり、低温の熱処理でもグラファイト化が進行しやすくなると推定される。
本発明においてポリイミドの合成に用いられ得る酸二無水物は、ピロメリット酸二無水物、2,3,6,7−ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,5,6−ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,2’,3,3’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、1,1−ビス(2,3−ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、1,1−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、ビス(2,3−ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、オキシジフタル酸二無水物、ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)スルホン二無水物、p−フェニレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)、エチレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)、ビスフェノールAビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)、およびそれらの類似物を含み、それらを単独でまたは任意の割合の混合物で用いることができる。
本発明においてポリイミドの合成に用いられ得るジアミンとしては、4,4’−オキシジアニリン、p−フェニレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルプロパン、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、ベンジジン、3,3’−ジクロロベンジジン、4,4’−ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’−ジアミノジフェニルスルホン、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,3’−ジアミノジフェニルエーテル、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、1,5−ジアミノナフタレン、4,4’−ジアミノジフェニルジエチルシラン、4,4’−ジアミノジフェニルシラン、4,4’−ジアミノジフェニルエチルホスフィンオキシド、4,4’−ジアミノジフェニルN−メチルアミン、4,4’−ジアミノジフェニル N−フェニルアミン、1,4−ジアミノベンゼン(p−フェニレンジアミン)、1,3−ジアミノベンゼン、1,2−ジアミノベンゼンおよびそれらの類似物を含み、それらを単独でまたは任意の割合の混合物で用いることができる。
特に、線膨張係数を小さくして弾性率を高くかつ複屈折を大きくし得るという観点から、本発明におけるポリイミドフィルムの製造では、下記化学式1で表される酸二無水物を原料に用いることが好ましい。
ここで、R1は、下記の化学式(2)に含まれる2価の有機基の群から選択されるいずれかであって、
ここで、R2、R3、R4、およびR5の各々は−CH3、−Cl、−Br、−F、または−CH3Oの群から選択されるいずれかであり得る。
上述の酸二無水物を用いることによりって比較的低吸水率のポリイミドフィルムが得られ、このことはグラファイト化過程において水分による発泡を防止し得るという観点からも好ましい。
特に、酸二無水物におけるR1として化学式2に示されているようなベンゼン核を含む有機基を使用すれば、得られるポリイミドフィルムの分子配向性が高くなり、線膨張係数が小さく、弾性率が大きく、複屈折が高く、さらには吸水率が低くなるという観点から好ましい。
さらに線膨張係数を小さく、弾性率を高く、複屈折を大きく、吸水率を小さくするためには、本発明におけるポリイミドの合成に下記分子式3で表される酸二無水物を原料に用いればよい。
特に、2つ以上のエステル結合でベンゼン環が直線状に結合された構造を有する酸二無水物を原料に用いて得られるポリイミドフィルムは、屈曲鎖を含むけれども全体として非常に直線的なコンフォメーションをとりやすく、比較的剛直な性質を有する。その結果、この原料を用いることによってポリイミドフィルムの線膨張係数を小さくすることができ、例えば1.5×10-5/℃以下にすることができる。また、弾性率は500kgf/mm2以上に大きくすることができ、吸水率は1.5%以下に小さくすることができる。
さらに線膨張係数を小さく、弾性率を高く、複屈折を大きくするためには、本発明におけるポリイミドは、p−フェニレンジアミンを原料に用いて合成されることが好ましい。
本発明においてポリイミドフィルムの合成に用いられる最も適当な酸二無水物はピロメリット酸二無水物および/または(化学式3)で表されるp−フェニレンビス(トリメリット酸モノエステル酸二無水物)であり、これらの単独または2者の合計モルが全酸二無水物に対して40モル%以上、さらには50モル%以上、さらには70モル%以上、またさらには80モル%以上であることが好ましい。これら酸二無水物の使用量が40モル%未満であれば、得られるポリイミドフィルムの線膨張係数が大きく、弾性率が小さく、複屈折が小さくなる傾向になる。
また、本発明においてポリイミドの合成に用いられる最も適当なジアミンは4,4’−オキシジアニリンとp−フェニレンジアミンであり、これらの単独または2者の合計モルが全ジアミンに対して40モル%以上、さらには50モル%以上、さらには70モル%以上、またさらには80モル%以上であることが好ましい。さらに、p−フェニレンジアミンが10モル%以上、さらには20モル%以上、さらには30モル%以上、またさらには40モル%以上を含むことが好ましい。これらのジアミンの含有量がこれらのモル%範囲の下限値未満になれば、得られるポリイミドフィルムの線膨張係数が大きく、弾性率が小さく、複屈折が小さくなる傾向になる。但し、ジアミンの全量をp−フェニレンジアミンにすれば、発泡の少ない厚いポリイミドフィルムを得るのが難しくなるため、4,4’−オキシジアニリンを使用するのがよい。
ポリアミド酸を合成するための好ましい溶媒は、アミド系溶媒であるN,N−ジメチルフォルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドンなどであり、N,N−ジメチルフォルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミドが特に好ましく用いられ得る。
次に、ポリイミドの製造方法には、前駆体であるポリアミド酸を加熱でイミド転化する熱キュア法、またはポリアミド酸に無水酢酸等の酸無水物に代表される脱水剤やピコリン、キノリン、イソキノリン、ピリジン等の第3級アミン類をイミド化促進剤として用いてイミド転化するケミカルキュア法のいずれを用いてもよい。なかでも、イソキノリンのように沸点の高いものほど好ましい。なぜならば、それはフィルム作製の初期段階では蒸発せず、乾燥の最後の過程まで触媒効果を発揮する傾向にあるからである。
特に、得られるフィルムの線膨張係数が小さく、弾性率が高く、複屈折が大きくなりやすく、また比較的低温で迅速なグラファイト化が可能で、品質のよいグラファイトを得ることができるという観点からケミカルキュアの方が好ましい。また、脱水剤とイミド化促進剤を併用することは、得られるフィルムの線膨張係数が小さく、弾性率が大きく、複屈折が大きくなり得るので好ましい。さらに、ケミカルキュア法は、イミド化反応がより速く進行するので加熱処理においてイミド化反応を短時間で完結させることができ、生産性に優れた工業的に有利な方法である。
具体的なケミカルキュアによるフィルムの製造においては、まずポリアミド酸溶液に化学量論以上の脱水剤と触媒からなるイミド化促進剤を加えて、支持板、PET等の有機フィルム、ドラム、またはエンドレスベルト等の支持体上に流延または塗布して膜状にし、有機溶媒を蒸発させることによって自己支持性を有する膜を得る。次いで、この自己支持性膜をさらに加熱して乾燥させつつイミド化させてポリイミド膜を得る。この加熱の際の温度は、150℃から550℃の範囲内にあることが好ましい。
加熱の際の昇温速度には特に制限はないが、連続的もしくは段階的に、徐々に加熱して最高温度がその所定温度範囲内になるようにするのが好ましい。加熱時間はフィルム厚みや最高温度によって異なるが、一般的には最高温度に達してから10秒から10分の範囲が好ましい。さらに、ポリイミドフィルムの製造工程中に、収縮を防止するためにフィルムを固定したり延伸したりする工程を含めば、得られるフィルムの線膨張係数が小さく、弾性率が高く、複屈折が大きくなりやすい傾向にあるので好ましい。
ポリイミドフィルムのグラファイト化のプロセスにおいて、本発明では出発物質であるポリイミドフィルムを減圧下または窒素ガス中で予備加熱処理して炭素化を行う。この予備加熱は通常1000℃程度の温度で行い、例えば10℃/分の速度で昇温した場合には1000℃の温度領域で30分程度の保持を行なうことが望ましい。昇温の段階では、出発高分子フィルムの分子配向性が失われないように、フィルムの破損が起きない程度に膜面に垂直方向に圧力を加えることが好ましい。
次に、炭素化されたフィルムを超高温炉内にセットし、グラファイト化が行なわれる。グラファイト化は不活性ガス中で行なわれるが、不活性ガスとしてはアルゴンが適当であり、アルゴンに少量のヘリウムを加えることはさらに好ましい。熱処理温度としては最低でも2400℃以上が必要で、最終的には2700℃以上の温度で熱処理することが好ましく、2800℃以上で熱処理することがより好ましい。
熱処理温度が高いほど良質のグラファイトへの転化が可能であるが、経済性の観点からはできるだけ低温で良質のグラファイトに転化できることが好ましい。2500℃以上の超高温を得るには、通常はグラファイトヒータに直接電流を流して、そのジュール熱を利用した加熱が行なわれる。グラファイトヒータの消耗は2700℃以上で進行し、2800℃ではその消耗速度が約10倍になり、2900℃ではさらにその約10倍になる。したがって、原材料の高分子フィルムの改善によって、良質のグラファイトへの転化が可能な温度を例えば2800℃から2700℃に下げることは大きな経済的効果を生じる。なお、一般に入手可能な工業的炉において、熱処理可能な最高温度は3000℃が限界である。
グラファイト化処理では、予備熱処理で作製された炭素化フィルムがグラファイト構造に転化させられるが、その際には炭素−炭素結合の開裂と再結合が起きなければならない。グラファイト化をできる限り低温で起こすためには、その開裂と再結合が最小のエネルギーで起こるようにする必要がある。出発ポリイミドフィルムの分子配向は炭素化フィルム中の炭素原子の配列に影響を与え、その分子配向はグラファイト化の際に炭素−炭素結合の開裂と再結合化のエネルギーを少なくする効果を生じ得る。したがって、高度な分子配向が生じやすくなるように分子設計を行うことによって、比較的低温でのグラファイト化が可能になる。この分子配向の効果は、フィルム面に平行な二次元的分子配向とすることによって一層顕著になる。
グラファイト化反応における第二の特徴は、炭素化フィルムが厚ければ低温でグラファイト化が進行しにくいということである。したがって、厚い炭素化フィルムをグラファイト化する場合には、表面層ではグラファイト構造が形成されているのに内部ではまだグラファイト構造になっていないという状況が生じ得る。炭素化フィルムの分子配向性はフィルム内部でのグラファイト化を促進し、結果的により低温で良質のグラファイトへの転化を可能にする。
炭素化フィルムの表面層と内部とでほぼ同時にグラファイト化が進行するということは、内部から発生するガスのために表面層に形成されたグラファイト構造が破壊されるという事態を避けることにも役立ち、より厚いフィルムのグラファイト化を可能にする。本発明において作製されるポリイミドフィルムは、まさにこのような効果を生じるのに最適な分子配向を有していると考えられる。
以上のように、本発明において作製されるポリイミドフィルムを用いれば、従来のグラファイト化可能なポリイミドフィルムより厚いフィルムのグラファイト化が可能となる。具体的には、厚さ200μmのフィルムにおいても、適当な熱処理を選択することにより、良質なフィルム状グラファイトへの転化が可能となる。
以下において、本発明の種々の実施例がいくつかの比較例と共に説明される。
4,4’−オキシジアニリンの3当量、p−フェニレンジアミンの1当量を溶解したDMF(ジメチルフォルムアミド)溶液に、ピロメリット酸二無水物の4当量を溶解して、ポリアミド酸を18.5wt%含む溶液が得られた。
この溶液を冷却しながら、ポリアミド酸に含まれるカルボン酸基に対して、1当量の無水酢酸、1当量のイソキノリン、およびDMFを含むイミド化触媒を添加し脱泡した。次にこの混合溶液が、乾燥後に所定の厚さになるようにアルミ箔上に塗布された。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンと遠赤外線ヒータを用いて乾燥された。
出来上がり厚みが75μmの場合の乾燥条件は、以下のようである。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンで120℃において240秒乾燥されて、自己支持性を有するゲルフィルムにされた。そのゲルフィルムはアルミ箔から引き剥がされ、フレームに固定された。そのゲルフィルムは、熱風オーブンにて120℃で30秒、275℃で40秒、400℃で43秒、450℃で50秒、および遠赤外線ヒータにて460℃で23秒だけ段階的に加熱されて乾燥された。その他の厚みに関しては、厚みに比例して焼成時間が調整された。例えば、厚さ25μmのフィルムの場合には、75μmの場合よりも焼成時間を1/3に短く設定した。
厚さ25μm、50μm、75μm、100μm、および200μmの5種類のポリイミドフィルム(試料A:弾性率400kgf/mm2、吸水率>2.0%)が製造された。
試料Aを黒鉛板に挟み、グラファイトヒータを有する超高温炉を用いて、減圧下で16.7℃/分の速度で1000℃まで昇温されて予備処理が行われた。引き続いて、超高温炉を用いて0.8kgf/cm2の加圧アルゴン雰囲気下で、7℃/分の昇温速度で2700℃まで昇温された。さらに0.8kgf/cm2の加圧アルゴン雰囲気下で、2℃/分の速度で2800℃の最高温度まで昇温され、その最高温度で1時間保持された。その後に冷却され、フィルム状グラファアイトが得られた。
グラファイト化の進行状況は、フィルム面方向の電気伝導度および熱拡散率を測定することによって判定された。すなわち、電気伝導度および熱拡散率が高いほど、グラファイト化が顕著であることを意味している。その結果が、表1に示されている。この実施例1のポリイミド(試料A)の場合、2700℃の熱処理ですでに良質のグラファイトへの転化が起きており、電気伝導度と熱伝導度のいずれに関しても優れた特性が得られている。実施例1のポリイミドを用いれば、次に述べる比較例1に示した従来のカプトン(商標)型のポリイミドに比較して、厚いポリイミドフィルムでもグラファイト化が可能であり、カプトン型ポリイミドフィルムの一般的グラファイト化温度の2800℃よりも100℃も低い2700℃の温度においても良質なグラファイトへの転化が可能であることが分った。
電気伝導度は、4端子法にて測定された。具体的には、まず約3mm×6mmサイズのフィルム状グラファイト試料が作製された。光学顕微鏡で試料に破れや皺が無いことを確認した後に、試料の両端に銀ペーストで一対の外側電極を取り付け、それら外側電極間の内側に銀ペーストで一対の内側電極が取り付けられた。定電流源(ケースレー(株)社から入手可能な「プログラマブルカレントソース220」)を用いて外側電極間に1mAの定電流を印加し、内側電極間の電圧が電圧計(ケースレー(株)社から入手可能な「ナノボルトメーター181」)で測定された。電気伝導度は、(印加電流/測定電圧)×(内側電極間距離/試料断面積)の式を用いて算出された。
熱拡散率は、光交流法による熱拡散率測定装置(アルバック理工(株)社から入手可能な「LaserPit」)を用いて、20℃の雰囲気下で、10Hzにおいて測定された。
(比較例1)
4,4’−オキシジアニリンの1当量を溶解したDMF溶液に、ピロメリット酸二無水物の1当量を溶解して、ポリアミド酸を18.5wt%含む溶液が得られた。
この溶液を冷却しながら、ポリアミド酸に含まれるカルボン酸基に対して、1当量の無水酢酸、1当量のイソキノリン、およびDMFを含むイミド化触媒を添加し脱泡した。次にこの混合溶液が、乾燥後に所定の厚さになるようにアルミ箔上に塗布された。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンと遠赤外線ヒータを用いて乾燥された。
出来上がり厚みが75μmの場合の乾燥条件は、以下のようである。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンで120℃において240秒乾燥されて、自己支持性を有するゲルフィルムにされた。そのゲルフィルムはアルミ箔から引き剥がされ、フレームに固定された。さらに、ゲルフィルムは、熱風オーブンにて120℃で30秒、275℃で40秒、400℃で43秒、450℃で50秒、および遠赤外線ヒータにて460℃で23秒だけ段階的に加熱されて乾燥された。その他の厚みに関しては、厚みに比例して焼成時間が調整された。例えば、厚さ25μmのフィルムの場合には、75μmの場合よりも焼成時間を1/3に短く設定した。
厚さ25μm、50μm、75μm、100μm、および200μmの5種類の従来の代表的なカプトン(商標)型ポリイミドフィルム(弾性率300kgf/mm2、吸水率>2.0%)が製造された。これらのフィルムを用いて、本比較例においても、実施例1と同様の方法でグラファイト化が行われた。
本比較例1において得られたフィルム状グラファイトの特性が、表2に示されている。この表2において、厚さ75μm以上のポリイミドフィルムを用いた場合には、電気伝導度および熱拡散率において品質の劣るグラファイトしか得られなかったが、厚さ25μmと50μmのポリイミドフィルムのみにおいて高度のグラファイト化が得られた。また、表2から分かるように、本比較例1において2700℃での熱処理で得られたグラファイト化フィルムの特性は、実施例1のポリイミド(試料A)を用いた場合に比較してかなり劣るものであった。
以上のような比較例1と実施例1との比較から、本発明のポリイミドのグラファイト化反応における優位性が明らかとなった。
4,4’−オキシジアニリンの2当量、p−フェニレンジアミンの1当量を溶解したDMF(ジメチルフォルムアミド)溶液に、ピロメリット酸二無水物の3当量を溶解して、ポリアミド酸を15wt%含む溶液が得られた。
この溶液を冷却しながら、ポリアミド酸に含まれるカルボン酸基に対して、1当量の無水酢酸、1当量のイソキノリン、およびDMFを含むイミド化触媒を添加し脱泡した。次にこの混合溶液が、乾燥後に所定の厚さになるようにアルミ箔上に塗布された。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンと遠赤外線ヒータを用いて乾燥された。
出来上がり厚みが75μmの場合の乾燥条件は、以下のようである。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンで120℃において240秒乾燥されて、自己支持性を有するゲルフィルムにされた。そのゲルフィルムはアルミ箔から引き剥がされ、フレームに固定された。さらに、ゲルフィルムは、熱風オーブンにて120℃で30秒、275℃で40秒、400℃で43秒、450℃で50秒、および遠赤外線ヒータにて460℃で23秒だけ段階的に加熱されて乾燥された。その他の厚みに関しては、厚みに比例して焼成時間が調整された。例えば厚さ25μmのフィルムの場合には、75μmの場合よりも焼成時間を1/3に短く設定した。
なお、実施例1と比較するれば、本実施例2においては剛直成分であるp−フェニレンジアミンの比率が大きく、出来上がりポリイミドフィルムの分子配向が進んでいる。したがって、厚いフィルムの場合には、溶媒や触媒が樹脂中に噛みこんでしまい、ポリイミドフィルムの溶媒やイミド化触媒の蒸発による発泡が生じやすく、発泡を防ぐために低温での焼成時間を十分長めに設定する必要があった。
厚さ25μm、50μm、75μm、および100μmの4種類のポリイミドフィルム(試料B:弾性率450kg/mm2、吸水率>2.0%)が製造された。これらのフィルムを用いて、本実施例2においも、実施例1の場合と同様の方法でグラファイト化が行われた。
本実施例2において得られたフィルム状グラファイトの特性が、表3に示されている。表3と表1との比較から分かるように、本実施例2で得られたフィルム状グラファイトの特性は、実施例1より少し優れていた。
4,4’−オキシジアニリンの1当量、p−フェニレンジアミンの1当量を溶解したDMF溶液に、ピロメリット酸二無水物の1当量、p−フェニレンビス(トリメリット酸モノエステル酸無水物)を溶解して、ポリアミド酸を15wt%含む溶液が得られた。
この溶液を冷却しながら、ポリアミド酸に含まれるカルボン酸基に対して、1当量の無水酢酸、1当量のイソキノリン、およびDMFを含むイミド化触媒を添加し脱泡した。次にこの混合溶液が、乾燥後に所定の厚さになるようにアルミ箔上に塗布された。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンと遠赤外線ヒータを用いて乾燥された。
出来上がり厚みが75μmの場合の乾燥条件は、以下のようである。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンで120℃において240秒乾燥されて、自己支持性を有するゲルフィルムにされた。そのゲルフィルムはアルミ箔から引き剥がされ、フレームに固定された。さらに、ゲルフィルムは、熱風オーブンにて120℃で30秒、275℃で40秒、400℃で43秒、450℃で50秒、および遠赤外線ヒータにて460℃で23秒だけ段階的に加熱されて乾燥された。その他の厚みに関しては、厚みに比例して焼成時間が調整された。例えば、厚さ25μmのフィルムの場合には、75μmの場合よりも焼成時間を1/3に短く設定した。
なお、実施例1と比較すれば、本実施例3においては出来上がりポリイミドフィルムの分子配向が進んでいる。したがって、厚いフィルムの場合には溶媒や触媒が樹脂中に噛みこんでしまい、ポリイミドフィルムの溶媒やイミド化触媒の蒸発による発泡が生じやすく、発泡を防ぐために低温での焼成時間を十分長めに設定する必要があった。
厚さ25μm、50μm、75μm、および100μmの4種類のポリイミドフィルム(試料C:弾性率500kgf/mm2、吸水率>1.5%)が製造された。これらのフィルムを用いて、本実施例3においも、実施例1の場合と同様の方法でグラファイト化が行われた。
本実施例3において得られたフィルム状グラファイトの特性が、表4に示されている。表4と表1との比較から分かるように、本実施例3で得られたフィルム状グラファイトの特性は、実施例1の場合とほぼ同じであった。
4,4’−オキシジアニリンの3当量、p−フェニレンジアミンの1当量を溶解したDMF(ジメチルフォルムアミド)溶液に、ピロメリット酸二無水物の4当量を溶解して、ポリアミド酸を18.5wt%含む溶液が得られた。
この溶液を冷却しながら、ポリアミド酸に含まれるカルボン酸基に対して、1当量のイソキノリンおよびDMFを含むイミド化触媒を添加し脱泡した。次にこの混合溶液が、乾燥後に所定の厚さになるようにアルミ箔上に塗布された。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンを用いて乾燥された。
出来上がり厚みが75μmの場合の乾燥条件は、以下のようである。アルミ箔上の混合溶液層は、熱風オーブンで120℃において240秒乾燥されて、自己支持性を有するゲルフィルムにされた。そのゲルフィルムはアルミ箔から引き剥がされ、フレームに固定された。さらに、ゲルフィルムは、熱風オーブンにて120℃で30分、275℃で30分、400℃で30分、450℃で30分だけ段階的に加熱されて乾燥された。その他の厚みに関しては、厚みに比例して焼成時間が調整された。例えば、厚さ25μmのフィルムの場合には、75μmの場合よりも焼成時間を1/3に短く設定した。また、フィルムが厚い場合には、ポリイミドフィルムの溶媒やイミド化触媒蒸発による発泡を防ぐために、低温での焼成時間を長めに設定した。特に、本実施例4のように無水酢酸を添加しない場合には、反応の進行が遅くて極性が変化しないので、溶媒や触媒の染み出しが遅くなり、ポリイミドフィルム作製中に発泡しやすくなる。したがって、厚いポリイミドフィルムを作製する場合には、乾燥条件には十分注意を払う必要がある。
厚さ25μm、50μm、75μm、および100μmの4種類のポリイミドフィルム(試料D:弾性率380kgf/mm2、吸水率>2.2%)が製造された。これらのフィルムを用いて、本実施例4においも、実施例1の場合と同様の方法でグラファイト化が行われた。
本実施例4において得られたフィルム状グラファイトの特性が、表5に示されている。表5と表1および2との比較から分かるように、本実施例4で得られたフィルム状グラファイトの特性は、実施例1に比べて若干劣るものの、比較例にくらべて優れていた。
実施例5においては、鐘淵化学工業(株)社製で商品名アピカルNPIで販売されている種々の厚さのポリイミドフィルムが、実施例1の場合と同様の方法でグラファイト化された。
アピカルNPIの製法は、以下の通りである。4,4’−オキシジアニリンの3当量を溶解したDMF溶液にピロメリット酸二無水物の4当量を溶解して、両末端に酸無水物を有するプレポリマが合成された。さらに、そのプレポリマを含む溶液にp−フェニレンジアミンの1当量を溶解することによって、ポリアミド酸を18.5wt%含む溶液が得られた。
この溶液を冷却しながら、ポリアミド酸に含まれるカルボン酸基に対して、1当量のイソキノリンおよびDMFを含むイミド化触媒を添加し脱泡した。次にこの混合溶液が、乾燥後に所定の厚さになるようにアルミ箔上に塗布された。金属ベルト上の混合溶液層は、熱風オーブンと遠赤外線ヒータを用いて乾燥された。
出来上がり厚みが75μmの場合の乾燥条件は、以下ようである。金属ベルト上の混合溶液層は、熱風オーブンで120℃において240秒乾燥されて、自己支持性を有するゲルフィルムにされた。そのゲルフィルムは金属ベルトから引き剥がされ、端部を固定された。さらに、ゲルフィルムは、熱風オーブンにて120℃で30秒、275℃で40秒、400℃で43秒、450℃で50秒、および遠赤外線ヒータにて460℃で23秒だけ段階的に加熱されて乾燥された。その他の厚みに関しては、厚みに比例して焼成時間が調整された。例えば、厚さ25μmのフィルムの場合には、75μmの場合よりも焼成時間を1/3に短く設定した。
厚さ12.5μm、25μm、50μm、75μm、および125μmの5種類のシーケンシャル制御されたポリイミドフィルム(試料E:弾性率380kgf/mm2、吸水率2.2%、複屈折0.14、線膨張係数1.6×10-5/℃)が製造された。これらのフィルムを用いて、本実施例5においも、実施例1の場合と同様の方法でグラファイト化が行われた。ただし、実施例5においては、熱処理温度が2800℃または3000℃であった。
本実施例5において得られたフィルム状グラファイトの種々の物理的特性が、表6に示されている。表6と表1から5との比較から分かるように、本実施例5のフィルム状グラファイトの特性は、比較例1のみならず実施例1から4と比べても優れている。なお、当然のことながら、グラファイト化が進むほど密度と電気伝導度が上昇する傾向にある。また、表6において、ρ(77K)/ρ(rt)とρ(4K)/ρ(rt)はそれぞれ室温に対する77Kと4Kにおける電気抵抗比を表し、グラファイト化が進むほどそれらの電気抵抗比が減少する傾向にある。
さらに、熱伝導率と熱拡散率は、グラファイト化が進むほど高まる傾向にあり、これらの特性はフィルム状グラファイトを放熱フィルムとして利用する場合に直接的に重要なものである。ここで熱伝導率(W/(m・K))は、熱拡散率(m2/s)と密度(kg/m3)と比熱(理論値:0.709kJ/(kg・K))を掛け合わせることによって算出された。また、密度は重量を体積で割ることによって算出された。
表6中のラマンスペクトル強度比は、黒鉛結合に対応する波数1580cm-1のスペクトルピークに対するダイヤモンド結合に対応する波数1310cm-1のスペクトルピークの比率で表されている。もちろん、このスペクトルピーク比が小さいほどグラファイト化が進んでいることを意味する。このラマン測定においては、フィルム状グラファイトの厚さ方向の断面の中央に10μm径の光ビームが照射された。
図3において、本実施例5において厚さ125μmのポリイミドフィルムから3000℃の熱処理で得られたフィルム状グラファイトの表面層近傍の透過型電子顕微鏡(TEM)観察による明視野像が示されている。TEM観察においては、フィルム状グラファイトが保護樹脂に埋め込まれ、そのグラファイト層の厚さ方向の断面を透過観察するための試料が作製された。図3において、矢印は保護樹脂とグラファイト層との境界を示している。
このTEM写真の層状のコントラストから分かるように、グラファイト層はその結晶学的(0001)面(一般に「C面」とも呼ばれる)が表面に平行な単結晶状の構造を有している。なお、図3においては、C面に沿った層間剥離が観察されるが、これらの剥離は顕微鏡試料の作製時および取り扱い時における予期せぬ外力によって導入されたものである。このような層間剥離を生じやすいということは、グラファイト結晶化が高度に進んでいて、C面に沿って割れやすいことを表している。
図4においては、図3に対応する表面層近傍のTEM観察による結晶格子像が示されている。図4において、グラファイトのC面に対応するライン状の格子像が明瞭なコントラストで現れており、それらのライン状格子が表面に平行に長く続いていることが確認され得る。
図5は、図3に類似しているが、フィルム状グラファイトの厚さ方向における中央近傍のTEM観察による明視野像を示している。このTEM写真から、厚さの中央部近傍でも表面層と同様のグラファイト単結晶状の構造が形成されていることが分かる。なお、図5においても、図3に類似して、C面に沿った層間剥離が観察される。図6においては、図5に対応して厚さ方向における中央近傍のTEM観察による結晶格子像が示されている。図6においても、図4に比べればグラファイトのC面に対応するライン状格子像の直線性が少し劣るが、それらのラインが長く続いていることが確認され得る。
(比較例2)
比較例2においては、デュポン社製で商品名カプトンHで販売されている種々の厚さのポリイミドフィルムが、実施例5の場合と同様の方法でグラファイト化された。
カプトンフィルムの製法は明らかでないが、4,4’−オキシジアニリンの1当量をDMAc(ジメチルアセトアミド)に溶解し、さらにピロメリット酸二無水物の1当量を溶解して得られたポリアミド酸溶液に対して無水酢酸、ベータピコリン、およびDMAcからなるイミド化触媒を添加することによって製造されていると推定される。
カプトンHの弾性率は330kgf/mm2、吸水率は2.9%、複屈折は0.11、線膨張係数は2.7×10-5/℃である。
本比較例2において得られたフィルム状グラファイトの種々の物理的特性が、表7に示されている。表7と表6との比較から分かるように、実施例5のフィルム状グラファイトの特性は、比較例2カプトンフィルムから得られたフィルム状グラファイトに比べても、顕著に優れていることが明らかである。
図7において、本比較例2における厚さ125μmのカプトン(商標)フィルムから3000℃の熱処理で得られたフィルム状グラファイトの表面層近傍のTEM観察による明視野像が示されている。図7においても、層状のコントラストから分かるように、表面層近傍ではグラファイトのC面が表面に平行な単結晶状の構造が生じている。図8においては、図7に対応する表面層近傍のTEM観察による結晶格子像が示されている。図8においても、図4に比べればグラファイトのC面に対応するライン状格子像の直線性が少し劣るが、そのラインが長く続いていることが確認され得る。
図9は、フィルム状グラファイトの厚さ方向における中央近傍のTEM観察による明視野像が示されている。このTEM写真において、厚さの中央部近傍では表面層と異なって層状構造が形成されておらず、グラファイト化が不十分であることが明らかである。図10においては、図9に対応して、厚さ方向における中央近傍のTEM観察による結晶格子像が示されている。図10においては、グラファイトのC面に対応するライン状格子像がうねっていたり破線状になっていてることが確認され得る。このことは、グラファイト化が部分的に進んでいても、生成しているグラファイトが微結晶状態であったり、C面方位が整列していないことを表している。すなわち、カプトン(商標)フィルムから得られたフィルム状グラファイトにおいては、3000℃の高温で熱処理されても、厚さの中央部分ではグラファイト化が十分には進行していないことが分かる。