本発明は、自身の減衰係数を変更可能とされた液圧式のショックアブソーバを各車輪に対応して設けた車両用サスペンションシステムに関する。
下記特許文献1に記載のサスペンションシステムは、減衰力を発生させるための自身の能力であって減衰力の大きさの基準となる減衰係数を変更する減衰係数変更機構を有する液圧式のショックアブソーバを備え、車体のロール振動を抑制するために、車輪の転舵角に基づいてロール振動に対する減衰力を変更するように構成されるとともに、車体のピッチ振動を抑制するために、アクセルスロットルの開度やブレーキの操作量に基づいてピッチ振動に対する減衰力を変更するように構成されている。
特開平3−276807号公報
上述したように、特許文献1に記載のシステムは、車両の操舵に起因するロール、および、車両の加減速に起因するピッチを抑制する制御を実行可能なのものである。一方で、車両の操舵に起因しないロール振動、および、車両の加減速に起因しないピッチ振動、例えば、路面の凹凸を車輪が通過することによるロール振動およびピッチ振動を抑制する場合には、4つの車輪の各々に対応するショックアブソーバのすべてのものの減衰係数を大きくすることで対処するのが一般的である。しかし、4つのショックアブソーバのすべてのものの減衰係数を大きくすると、周波数の高い振動が減衰できず、乗り心地が悪化してしまうという問題がある。減衰係数を制御可能なショックアブソーバを備えたシステムは、上記のような問題を抱え、そのような問題に対処することによって、サスペンションシステムの実用性が向上すると考えられる。本発明は、そのような実情に鑑みてなされたものであり、実用性の高いサスペンションシステムを提供することを課題とする。
上記課題を解決するために、本発明のサスペンションシステムは、4つのショックアブソーバの各々の減衰係数を制御して、それら4つのショックアブソーバのうちの前輪に対応する2つのものの減衰係数である前輪側減衰係数が後輪に対応する2つのものの減衰係数である後輪側減衰係数より大きい第1の特定状態と、後輪側減衰係数が前輪側減衰係数より大きい第2の特定状態とを選択的に実現することで、ピッチ振動の抑制に好適なピッチ抑制状態と、ロール振動の抑制に好適なロール抑制状態とを選択的に実現可能に構成され、路面の凸所あるいは凹所を前輪および後輪が順次通過する際における、前輪および後輪の各々についての、前輪が凸所に差し掛かってからリバウンド方向の変位が最大となるまでの時間あるいは前輪が凹所に差し掛かってからバウンド方向の変位が最大となるまでの時間を、前輪側最大変位到達時間,後輪側最大変位到達時間と定義した場合において、(i)前輪側最大変位到達時間が後輪側最大変位到達時間より短い場合に、第1の特定状態がピッチ抑制状態に対応し、第2の特定状態がロール抑制状態に対応するように設定され、(ii)後輪側最大変位到達時間が前輪側最大変位到達時間より短い場合に、第1の特定状態がロール抑制状態に対応し、第2の特定状態がピッチ抑制状態に対応するように設定されたことを特徴とする。
本発明のサスペンションシステムによれば、前輪側減衰係数と後輪側減衰係数とのいずれかを他方に対して大きくするという比較的簡便な手法によって、高周波振動を減衰して上述の乗り心地の悪化を抑制しつつ、ピッチ振動あるいはロール振動の抑制を図ることが可能である。そのような利点を有することで、本発明のサスペンションシステムは実用性の高いものとなる。
発明の態様
以下に、本願において特許請求が可能と認識されている発明(以下、「請求可能発明」という場合がある)の態様をいくつか例示し、それらについて説明する。各態様は請求項と同様に、項に区分し、各項に番号を付し、必要に応じて他の項の番号を引用する形式で記載する。これは、あくまでも請求可能発明の理解を容易にするためであり、それらの発明を構成する構成要素の組み合わせを、以下の各項に記載されたものに限定する趣旨ではない。つまり、請求可能発明は、各項に付随する記載,実施例の記載等を参酌して解釈されるべきであり、その解釈に従う限りにおいて、各項の態様にさらに他の構成要素を付加した態様も、また、各項の態様から何某かの構成要素を削除した態様も、請求可能発明の一態様となり得るのである。
なお、以下の各項において、(1)項および(3)項を合わせたものが請求項1に相当し、(7)項ないし(10)項の各々が請求項2ないし請求項5の各々に、(2)項が請求項6に、(4)項および(5)項を合わせたものが請求項7に、それぞれ相当する。
(1)前後左右の4つの車輪に対応して設けられ、(a)それぞれが、自身に対応するばね上部とばね下部とを弾性的に連結する4つのサスペンションスプリング、および、(b)それぞれが、自身に対応するばね上部とばね下部との接近離間動作に対する減衰力を発生させるとともに、その減衰力を発生させるための自身の能力であってその減衰力の大きさの基準となる減衰係数を変更する減衰係数変更機構を有する4つの液圧式のショックアブソーバと、
前記4つのショックアブソーバの各々が有する前記減衰係数変更機構を制御することで、それら4つのショックアブソーバの各々の減衰係数を制御する制御装置と
を備えた車両用サスペンションシステムであって、
前記制御装置が、前記4つのショックアブソーバの各々の減衰係数を制御して、前記4つのショックアブソーバのうちの前輪に対応する2つのものの減衰係数である前輪側減衰係数が後輪に対応する2つのものの減衰係数である後輪側減衰係数より大きい第1の特定状態と、前記後輪側減衰係数が前記前輪側減衰係数より大きい第2の特定状態とを選択的に実現することで、ピッチ振動の抑制に好適なピッチ抑制状態と、ロール振動の抑制に好適なロール抑制状態とを選択的に実現可能に構成された車両用サスペンションシステム。
車両の走行中において、車体には、路面からの入力等により種類の異なる複数の振動、例えば,車体の左右方向の軸線回りの振動であって車両の操舵に起因しないピッチ振動,車体の前後方向の軸線回りの振動であって車両の加減速に起因しないロール振動等が生じていると考えられる。それらの振動を抑制するために、従来は、4つの車輪のすべてに対応するショックアブソーバの減衰係数を大きくする手法がとられていた。ところが、ショックアブソーバの減衰係数を高くすると、ばね上共振周波数より周波数の高い振動のばね下部からばね上部への伝達性も高くなり、乗り心地が悪化してしまうことになる。
そこで、本項に記載の態様は、通常は同程度の大きさに設定されている前輪側減衰係数と後輪側減衰係数との間に差を設けることで、ピッチ振動あるいはロール振動を抑制するために好適な状態を実現可能とされている。例えば、本項の態様は、前輪側減衰係数と後輪側減衰係数との一方のみを大きくして、それらの他方を通常の大きさあるいは通常より小さな大きさとすることで、ピッチ抑制状態あるいはロール抑制状態を実現する態様とすることができる。そして、前輪側減衰係数と後輪側減衰係数とのいずれをそれらの他方に対して大きくするかによって、ピッチ抑制状態とロール抑制状態とのいずれが実現されるかが決まることになる。なお、前輪側減衰係数が後輪側減衰係数より大きい第1の特定状態と、後輪側減衰係数が前輪側減衰係数より大きい第2の特定状態とのいずれが、ピッチ抑制状態とロール抑制状態とのいずれに対応するかについては、車両によって異なり、そのことについては、後に詳しく説明することとする。本項の態様によれば、ピッチ振動あるいはロール振動を抑制するとともに、ばね上共振周波数より周波数の高い振動もある程度減衰することが可能であるため、上述の乗り心地の悪化を抑制することが可能である。
前輪側減衰係数と後輪側減衰係数との間に差を設けることで、ピッチ振動あるいはロール振動を抑制することができることについて説明する。まず、1自由度の減衰振動モデルを考え、mを前輪あるいは後輪に対応するばね上部の質量(分担荷重Wを重力加速度gで除したものである)、Cをショックアブソーバの減衰係数、kをサスペンションスプリングのばね定数とすれば、次式のような関係が成り立つ。
ばね上共振周波数ω=(k/m)1/2 ・・・(1)
臨界減衰係数CC=2・(m・k)1/2 ・・・(2)
減衰比ζ=C/CC ・・・(3)
また、1自由度の減衰振動モデルにおいて、前輪あるいは後輪に対応するばね上部の変位量をx(t)とすれば、運動方程式は次式によって表される。
m・d2x(t)/dt2+C・dx(t)/dt+k・x(t)=0 ・・・(4)
その運動方程式の解から、減衰振動周波数ωdが、次式によって表される。
ωd=(1−ζ2)1/2・ω (ζ<1の場合) ・・・(5)
なお、一般的な車両においては、路面の凸所や凹所を車輪が通過する際の振動が、1周期強で収束するように設定される。
図1に示すように、路面の凸所を前側2輪,後側2輪が順次通過して、ピッチ振動が生じる場合を考える。その場合、前輪側のばね上部および後輪側のばね上部は、それぞれが(5)式から求まる周波数の減衰振動が生じる。そして、前輪側の減衰振動周波数および後輪側の減衰振動周波数が、ほぼ同程度であれば、図2に示すように、前輪側,後輪側の順でばね上部の変位が最大値に達し、その順で振動が収束することになる。そして、その前輪側の振動と後輪側の振動とのリバウンド方向の変位が最大となるタイミングを合わせるようにすれば、ピッチ角は小さくなると考えられる。また、路面の凹所を車輪が通過する場合には、前輪側の振動と後輪側の振動とのバウンド方向の変位が最大となるタイミングを合わせるようにすればよい。つまり、前輪側の振動の位相を遅らせるように前輪側の減衰振動周波数を低くすることと、後輪側の振動の位相を進ませるように前輪側の減衰振動周波数を高くすることとの少なくとも一方を行えばよいのである。(5)式および(2)式から解るように、ショックアブソーバの減衰係数Cを変化させることで、減衰振動周波数ωdを変化させることが可能であるため、前輪側減衰係数が後輪側減衰係数より大きい第1の特定状態とすることで、ピッチ抑制状態を実現することができる。なお、図2は、ある走行速度で走行する場合について示したものであり、車速が高くなれば、前輪側の振動と後輪側の振動との開始時が近くなるため、前輪側の振動と後輪側の振動とのリバウンド方向の変位が最大となるタイミングは近づくことになり、逆に、車速が低くなれば、前輪側の振動と後輪側の振動とのリバウンド方向の変位が最大となるタイミングはずれることになる。
また、路面の凸所あるいは凹所を左右のいずれかの前輪,後輪が順次通過して、ロール振動が生じる場合を考える。例えば、左前輪が凸所を通過し終え、左後輪が凸所を通過中であるような場合には、図3(車両後方側からの視点において、前輪側を図3(a)に、後輪側を図3(b)に示している)に示すように、左前輪がバウンド方向に変位するとともに、左後輪がリバウンド方向に変位するような状態があり、そのような状態においては、前輪側がロールしようとする方向と後輪側がロールしようとする方向とが逆方向となる。つまり、車体がそのような動作をしようする場合、車体の剛性が高いために、車体にロールが生じにくい。したがって、前輪側の振動と後輪側の振動とが逆位相になるように、前輪側の振動と後輪側の振動とのリバウンド方向の変位が最大となるタイミングをずらすことで、ロールを抑制することができると考えられる。具体的には、前輪側の振動の位相を進ませるように前輪側の減衰振動周波数を高くすることと、後輪側の振動の位相を遅らせるように前輪側の減衰振動周波数を低くすることとの少なくとも一方を行えばよいのであり、後輪側減衰係数が前輪側減衰係数より大きい第2の特定状態とすることで、ロール抑制状態を実現することができる。
前輪に対応するショックアブソーバと後輪に対応するショックアブソーバとの減衰係数は、通常、ほぼ同じ程度の大きさに設定されている。ところが、前輪側の分担荷重と後輪側の分担荷重とに差があること等によって、前輪側のばね上部の共振周波数である前輪側ばね上共振周波数と、後輪側のばね上部の共振周波数である後輪側ばね上共振周波数とが、互いに異なることになる。その場合には、(5)式から解るように、前輪側減衰振動周波数および後輪側減衰振動周波数とが互いに異なることになるのである。そして、それら前輪側減衰振動周波数および後輪側減衰振動周波数との関係、つまり、前輪側ばね上共振周波数と後輪側ばね上共振周波数との関係によっては、例えば、路面の凸所を通過する際に、後輪側が前輪側より先にリバウンド方向の変位が最大となるような車両も存在するのである。
ここで、路面の凸所あるいは凹所を前輪および後輪が順次通過する際における、前輪および後輪の各々についての、前輪が凸所に差し掛かってからリバウンド側の変位が最大となるまでの時間あるいは前輪が凹所に差し掛かってからバウンド側の変位が最大となるまでの時間を、前輪側最大変位到達時間,後輪側最大変位到達時間と定義する(図2参照)。そして、図2に示したように、前輪側最大変位到達時間が後輪側最大変位到達時間より短い場合には、前述したように第1の特定状態をピッチ抑制状態に対応させ、第2の特定状態をロール抑制状態に対応させるのが望ましい。それに対して、図示はしないが、上述の後輪側が前輪側より先にリバウンド方向の変位が最大となるような車両である場合、つまり、後輪側最大変位到達時間が前輪側最大変位到達時間より短い場合には、後輪側減衰係数が前輪側減衰係数より大きい第2の特定状態をピッチ抑制状態に対応させ、前輪側減衰係数が後輪側減衰係数より大きい第1の特定状態をロール抑制状態に対応させることが望ましい。なお、前輪側最大変位到達時間と後輪側最大変位到達時間との差は、上述した前輪側ばね上共振周波数と後輪側ばね上共振周波数との関係や車両の走行速度等に起因する。
本項に記載の「ショックアブソーバ」は、その構造が特に限定されるものではなく、既に検討されているシリンダ装置としての構造を有するもの等、種々の構造のものとすることができる。そのショックアブソーバが有する「減衰係数変更機構」も、その構造が特に限定されるものではない。なお、その減衰係数変更機構は、減衰係数を連続的に変更可能なものであってもよく、減衰係数を段階的に設定された2以上の値の間で変更可能なものであってもよい。
(2)前輪側のばね上部の共振周波数である前輪側ばね上共振周波数と後輪側のばね上部の共振周波数である後輪側ばね上共振周波数との関係に基づいて、前記2つの特定状態のいずれがピッチ抑制状態に対応し、いずれがロール抑制状態に対応するかが設定されている(1)項に記載の車両用サスペンションシステム。
(3)路面の凸所あるいは凹所を前輪および後輪が順次通過する際における、前輪および後輪の各々についての、前輪が凸所に差し掛かってからリバウンド方向の変位が最大となるまでの時間あるいは前輪が凹所に差し掛かってからバウンド方向の変位が最大となるまでの時間を、前輪側最大変位到達時間,後輪側最大変位到達時間と定義した場合において、
前輪側最大変位到達時間が後輪側最大変位到達時間より短い場合に、第1の特定状態が前記ピッチ抑制状態に対応し、第2の特定状態が前記ロール抑制状態に対応するように設定され、
後輪側最大変位到達時間が前輪側最大変位到達時間より短い場合に、第1の特定状態が前記ロール抑制状態に対応し、第2の特定状態が前記ピッチ抑制状態に対応するように設定された(1)項または(2)項に記載の車両用サスペンションシステム。
上記2つの項に記載の態様は、先に説明した内容に基づいて、第1の特定状態と第2の特定状態とのいずれが、ピッチ抑制状態とロール抑制状態とのいずれに対応するかを決定する方法を具体化した態様である。
(4)前記前輪側減衰係数と前記後輪側減衰係数との比を前後減衰係数比と定義した場合において、
前記制御装置が、前記ピッチ抑制状態と前記ロール抑制状態との各々を実現する際に、その各々に対して設定された前後減衰係数比が設定比となるように前記4つのショックアブソーバの各々の減衰係数を制御する(1)項ないし(3)項のいずれか1つに記載の車両用サスペンションシステム。
本項に記載の態様は、ピッチ抑制状態とロール抑制状態とを実現するための制御を具体化した態様である。
(5)前記ピッチ抑制状態における前後減衰係数比と前記ロール抑制状態における前後減衰係数比との各々が、前記前輪側減衰係数と前記後輪側減衰係数とのうちの大きい方の値がそれらのうちの小さい方の値の2倍以上の大きさとなるように設定された(4)項に記載の車両用サスペンションシステム。
本項に記載の態様は、前輪側減衰係数と後輪側減衰係数との差を比較的大きくする態様である。そのため、本項の態様においては、前輪側減衰係数と後輪側減衰係数とのいずれかのみを変化させるのではなく、前輪側減衰係数と後輪側減衰係数との一方を大きくするとともに、それらの他方を小さくするように、4つのショックアブソーバの各々の減衰係数が制御されることが望ましい。
(6)前記制御装置が、前記ピッチ抑制状態における前後減衰係数比と前記ロール抑制状態における前後減衰係数比との少なくとも一方を、車両の走行速度に基づいて変更するように構成された(4)項または(5)項に記載の車両用サスペンションシステム。
前述したように、車両の走行速度によって、前述した前輪側最大変位到達時間と後輪側最大変位到達時間との差が異なる。そのため、本項に記載の態様によれば、ピッチ抑制状態における前後減衰係数比とロール抑制状態における前後減衰係数比との少なくとも一方を、車両の走行速度に基づいて、適切な大きさとすることができるため、ピッチ振動,ロール振動を効果的に抑制することが可能である。
(7)前記制御装置が、ピッチ振動の強度とロール振動の強度とに基づいて、前記ピッチ抑制状態と前記ロール抑制状態とのいずれを実現するかを決定するように構成された(1)項ないし(6)項のいずれか1つに記載の車両用サスペンションシステム。
本項に記載の態様は、ピッチ抑制状態とロール抑制状態との各々において抑制の対象となる振動の強度に基づいて、ピッチ抑制状態とロール抑制状態とのいずれを実現するか、あるいは、両者とも実現しないかが判断される態様である。本項の態様には、抑制の対象となる車体振動の強度が設定された程度以上となり、例えば、抑制の対象となる車体振動の強度が今後さらに大きくなると推定される場合に、その車体振動を抑制する状態を実現する必要があると判断される態様とすることができる。なお、ピッチ抑制状態とロール抑制状態との両者を実現させる必要があると判断された場合において、いずれを優先させてもよいが、後に詳しく説明するように、乗員の振動の認識しやすさという観点から、ピッチ抑制状態を優先させることが望ましい。
本項にいう「振動の強度」は、振動の激しさの程度をいい、例えば、ピッチ振動やロール振動の振幅,速度,加速度等によって判断することができる。また、現時点でのそれらの値によって判断することに限定されるのではなく、現時点から遡った設定期間内のそれらの値に基づいて判断するようにしてもよい。具体的には、現時点から遡った設定時間内におけるそれらの値の最大値や平均値等に基づいて判断することが可能である。その現時点から遡った設定期間内のそれらの値に基づいて判断するようにすれば、振動の強度の程度が充分に低くなった状態において、ピッチ抑制状態およびロール抑制状態から、通常の状態に戻すことが可能である。
(8)前記制御装置が、ピッチ振動の強度が設定された程度以上である状況下において、前記ピッチ抑制状態を実現するように構成された(7)項に記載の車両用サスペンションシステム。
(9)前記制御装置が、ロール振動の強度が設定された程度以上である状況下において、前記ロール抑制状態を実現するように構成された(7)項または(8)項に記載の車両用サスペンションシステム。
上記2つの項に記載の態様は、ピッチ抑制状態とロール抑制状態の各々を、その各々において抑制の対象となる振動の強度に基づいて、実現するか否かが判断される態様である。
(10)前記制御装置が、ロール振動の強度が設定された程度以上である状況下であっても、ピッチ振動の強度が設定された程度以上である状況下においては、前記ピッチ抑制状態を実現するように構成された(9)項に記載の車両用サスペンションシステム。
車両の乗員は、体感的あるいは視覚的に振動が生じていることを認識する。一般的に、ロール振動が生じていることが体感的に認識される振動強度の程度と、視覚的に認識される程度とは、ほぼ同程度である。それに対して、ピッチ振動が生じていることが体感的に認識される程度は、ロール振動が生じていることが認識される程度より高いものの、ピッチ振動が生じていることが視覚的に認識される程度は、ロール振動が生じていることが認識される程度より低い。簡単に言えば、乗員は、ロール振動が生じていることに比較してピッチ振動が生じていることを、より早期から認識することになるのである。つまり、本項の態様によれば、乗員が認識しやすいピッチ振動を優先して抑制するため、乗り心地の悪化を抑制することが可能である。
(11)前記制御装置が、ピッチ速度に基づいてロール振動の強度を推定するとともに、ロール速度に基づいてピッチ振動の強度を推定するように構成された(7)項ないし(10)項のいずれか1つに記載の車両用サスペンションシステム。
本項に記載の態様は、振動の強度を、ピッチ,ロール時の車体の動作速度に基づいて推定した態様であり、例えば、現時点から遡った設定時間内におけるピッチ速度,ロール速度の最大値が設定速度以上である場合に、ピッチ抑制状態あるいはロール抑制状態を実現する態様とすることができる。
(12)前記制御装置が、4つの車輪の各々に対応するばね上部の上下方向の動作速度に基づいて、ピッチ速度とロール速度とを推定するように構成された(11)項に記載の車両用サスペンションシステム。
例えば、ピッチ振動とロール振動との各々を車体の重心位置を基準とした振動と捉える場合、4つの車輪の各々に対応するばね上速度、および、4つの車輪の各々の重心位置からの距離を考慮して、ピッチ速度とロール速度を推定することができる。
(13)前記制御装置が、前記ロール抑制状態を、車両の走行速度が設定速度以上であることを条件として実現するように構成された(1)項ないし(12)項のいずれか1つに記載の車両用サスペンションシステム。
(14)前記制御装置が、前記ピッチ抑制状態を、車両の走行速度が設定速度以下であることを条件として実現するように構成された(1)項ないし(13)項のいずれか1つに記載の車両用サスペンションシステム。
ピッチ振動およびロール振動は、車両の走行速度によって、振動の強度が異なる。上記2つの項に記載の態様によれば、車両の走行速度に基づいて、必要である場合にのみピッチ抑制状態とロール抑制状態とを実現することが可能である。例えば、路面の凸所あるいは凹所を前輪および後輪が通過する場合を考えれば、車両の走行速度が高いほど、前輪に対応するばね上部と後輪に対応するばね上部とが変位し始めるタイミングに差がないことから、ピッチ振動は生じにくいと考えられるため、前者の態様が有効である。逆に、車両の走行速度が低いほど、前輪に対応するばね上部と後輪に対応するばね上部とが変位し始めるタイミングがずれて逆位相に近づくことから、ロール振動は生じにくいと考えられるため、後者の態様が有効である。
以下、請求可能発明のいくつかの実施例を、図を参照しつつ詳しく説明する。なお、請求可能発明は、下記実施例の他、前記〔発明の態様〕の項に記載された態様を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した種々の態様で実施することができる。また、〔発明の態様〕の各項の説明に記載されている技術的事項を利用して、下記の実施例の変形例を構成することも可能である。
<サスペンションシステムの構成>
図4に、請求可能発明の実施例である車両用サスペンションシステム10を模式的に示す。本サスペンションシステム10は、前後左右の車輪12の各々に対応する独立懸架式の4つのサスペンション装置20を備えており、それらサスペンション装置20の各々は、車輪12を保持してばね下部の一部分を構成するサスペンションロアアーム22と、車体に設けられてばね上部の一部分を構成するマウント部24との間に、それらを連結するようにして配設されている。それらサスペンション装置20の各々は、サスペンションスプリングとしてのコイルスプリング50と、液圧式のショックアブソーバ52とを有しており、それらが互いに並列的に、ロアアーム22とマウント部24との間に配設されている。車輪12,サスペンション装置20は総称であり、4つの車輪のいずれに対応するものであるかを明確にする必要のある場合には、図に示すように、車輪位置を示す添え字として、左前輪,右前輪,左後輪,右後輪の各々に対応するものにFL,FR,RL,RRを付す場合がある。また、前輪側と後輪側とを区別する必要がある場合には、Fr,Rrを付す場合がある。
上記ショックアブソーバ52の構造について、図5,6を参照しつつ、詳しく説明する。ショックアブソーバ52は、図5に示すように、作動液を収容するハウジング60と、そのハウジング60に液密かつ摺動可能に嵌合されたピストン62と、そのピストン62に下端部が連結されて上端部がハウジング60の上方から延び出すピストンロッド64とを含んで構成されている。そして、ハウジング60が、ロアアーム22に連結され、ピストンロッド64が、マウント部24に連結される。ちなみに、ピストンロッド64は、ハウジング60の上部に設けられた蓋部66を貫通しており、シール68を介してその蓋部66と摺接している。
ハウジング60は、図6に示すように、外筒70と内筒72とを含んで構成され、それらの間にバッファ室74が形成されている。上記ピストン62は、その内筒72の内側に嵌合されており、内筒72の内部を、上室76と下室78とに区画している。そのピストン62には、上室76と下室78とを接続する接続通路80,82が、同心状に複数個ずつ設けられている(図6には、2つずつが図示されている)。ピストン62の下面には、弾性材製の円形をなす弁板84が配設されており、その弁板84によって、ピストン62の内周側の接続通路80が塞がれ、上室76と下室78との液圧差により弁板84が撓められると上室76から下室78への作動液の流れが許容されるようになっている。また、ピストン62の上面には、弾性材製の円形をなす2枚の弁板86,88が配設されており、その弁板86,88によって、それらに設けられた開口部によりピストン62の内周側の接続通路80が常時塞がれずに、ピストン62の外周側の接続通路82が塞がれ、上室76と下室78との液圧差により弁板86が撓められると下室78から上室76への作動液の流れが許容されるようになっている。さらに、下室76とバッファ室74との間には、ピストン62と同様の接続通路,弁板が設けられたベースバルブ体90が設けられている。
また、ショックアブソーバ52は、図5に示すように、回転型の電磁モータ100(以下、単に「モータ100」という場合がある)と、軸線方向に移動可能な調整ロッド102と、モータ100の回転動作を調整ロッド102の軸線方向の動作に変換する動作変換機構104とを備えている。モータ100は、モータケース106に固定して収容され、そのモータケース106が、それの外周部において、防振ゴムを含んで構成されるアッパサポート108を介してマウント部24に連結されている。前述のピストンロッド64は、それの上端部において、モータケース106に固定されることで、マウント部24にモータケース106を介して連結されている。ピストンロッド64には、軸線方向に延びる貫通穴110が形成されており、調整ロッド102が、その貫通穴110に挿入され、軸線方向に移動可能とされている。調整ロッド102は、それの上端部において、動作変換機構104を介してモータ100に連結され、モータ100の回転駆動に伴って、軸線方向に移動させられるようになっている。
図6に示すように、ピストンロッド64の貫通穴110は、段付き形状を成し、上部が大径部112、下部が小径部114とされる。その大径部112は、接続通路116によって上室76に開口し、小径部114は下室78に開口しており、上室76と下室78とが連通させられている。一方、調整ロッド102は、下端部118を除く部分の外径が、大径部112の内径より小さく、かつ、小径部114の内径より大きくされている。調整ロッド102の下端部118は、下方に向かうほど外径が小さくなる円錐形状とされており、小径部114に進入可能とされている。なお、貫通穴110の接続通路116が接続された部分より上方にシール120が設けられ、貫通穴110の内周面と調整ロッド102の外周面との間の液密が保たれる。
上記のような構造により、例えば、ロアアーム22とマウント部24とが離間し、ピストン62がハウジング60に対して上方に移動させられる場合には、上室76の液圧が高くなる。そのため、上室76の作動液の一部が、接続通路80および貫通穴110を通って下室78へ流れるとともに、バッファ室74の作動液の一部がベースバルブ体90の接続通路を通って下室78へ流入することになる。逆に、ロアアーム22とマウント部24とが接近し、ピストン62がハウジング60に対して下方に移動させられる場合には、下室78の液圧が高くなる。そのため、下室78の作動液の一部が、接続通路82および貫通穴110を通って上室76へ流れるとともに、ベースバルブ体90の接続通路を通ってバッファ室74へ流出することになる。そして、それらの場合の作動液の流通に対して抵抗力が付与され、ピストン62とハウジング60との相対移動に対して抵抗力が付与されるのである。つまり、ショックアブソーバ52は、ばね上部とばね下部と接近離間動作に対して減衰力を発生させる構造とされている。
また、調整ロッド102は、上述のように、モータ100の作動によって軸線方向に移動可能とされており、貫通穴110のクリアランス130の大きさ(断面積)を変化させることが可能となっている。作動液がそのクリアランス130を通過する際には、上述のように、ピストン62の上下方向への動作に対する抵抗力が付与されるが、その抵抗力の大きさは、クリアランス130の大きさに応じて変化する。したがって、アブソーバ52は、モータ100の作動により調整ロッド102を軸線方向に移動させて、そのクリアランス130を変更することで、ばね上部とばね下部との接近・離間動作に対する減衰特性、言い換えれば、いわゆる減衰係数を変更することが可能な構造とされている。より詳しく言えば、モータ100が、それの回転角度がアブソーバ52の有すべき減衰係数に応じた回転角度となるように制御され、アブソーバ52の減衰係数が変更される。ちなみに、アブソーバ52は、最も小さい減衰係数である最小減衰係数Cminと最も大きい減衰係数である最大減衰係数Cmaxとの間のいずれの減衰係数にも変更することが可能な構造とされている。なお、本アブソーバ52は、上記構成とされたことで、モータ100,調整ロッド102,貫通穴110,接続通路116等で構成される減衰係数変更機構を備えるものとされている。
ハウジング60には、その外周部に環状の下部リテーナ132が設けられ、マウント部24の下面側には、防振ゴムを介して、環状の上部リテーナ134が付設されている。コイルスプリング50は、それら下部リテーナ132と上部リテーナ134とによって、それらに挟まれる状態で支持されている。なお、ピストンロッド64の上室70に収容される部分の外周部には、環状部材136が固定的に設けられており、その環状部材136の上面に、環状の緩衝ゴム138が貼着されている。また、モータケース106の下面には、筒状の緩衝ゴム140が附着されている。車体と車輪とが離間する方向(以下、「リバウンド方向」という場合がある)にある程度相対移動した場合には、環状部材136が緩衝ゴム138を介してハウジング60の蓋部66の下面に当接し、逆に、車体と車輪とが接近する方向(以下、「バウンド方向」という場合がある)にある程度相対移動した場合には、蓋部66の上面が緩衝ゴム140を介してモータケース106の下面に当接するようになっている。つまり、アブソーバ52は、車体と車輪との接近・離間に対するストッパ、いわゆるバウンドストッパ、および、リバウンドストッパを有しているのである。
本サスペンションシステム10は、制御装置としてのサスペンション電子制御ユニット200(以下、「ECU200」という場合がある)によって、ショックアブソーバ52の各々の減衰係数変更機構の制御が行われる。ECU200は、CPU,ROM,RAM等を備えたコンピュータを主体として構成されたものである。そのECU200には、各ショックアブソーバ52が有するモータ100に対応して設けられて、それぞれが、対応するモータ100の駆動回路として機能する4つのインバータ[INV]204が接続されている。それらインバータ204は、コンバータ[CONV]206を介してバッテリ[BAT]208に接続されており、各ショックアブソーバ52のモータ100には、そのコンバータ206とバッテリ208とを含んで構成される電源から電力が供給される。
車両には、イグニッションスイッチ[I/G]220,車両走行速度(以下、「車速」と略す場合がある)を検出するための車速センサ[v]222,ステアリングホイールの操作角を検出するための操作角センサ[δ]228,各車輪12に対応する車体の各マウント部24の縦加速度(上下加速度)を検出する4つのばね上縦加速度センサ[Gz]234,アクセルスロットルの開度を検出するスロットルセンサ[Sr]238,ブレーキのマスタシリンダ圧を検出するブレーキ圧センサ[Br]240等が設けられており、それらはECU200のコンピュータに接続されている。ECU200は、それらのスイッチ,センサからの信号に基づいて、各ショックアブソーバ52の制御を行うものとされている。ちなみに、[ ]の文字は、上記スイッチ,センサ等を図面において表わす場合に用いる符号である。また、ECU200のコンピュータが備えるROMには、各ショックアブソーバ52の制御に関するプログラム,各種のデータ等が記憶されている。
<サスペンションシステムの制御>
本サスペンションシステム10では、ECU200によって、車両の加減速に起因しないピッチ振動の抑制に好適なピッチ抑制状態と、車両の操舵に起因しないロール振動の抑制に好適なロール抑制状態とを選択的に実現するための制御が実行される。それらピッチ抑制状態およびロール抑制状態は、前輪12FR,12FLに対応するショックアブソーバ52FR,52FLの前輪側減衰係数CFrが、後輪12RR,12RLに対応するショックアブソーバ52RR,52RLの後輪側減衰係数CRrに対して大きい第1特定状態と、後輪側減衰係数CRrが前輪側減衰係数CFrに対して大きい第2特定状態とを切り換えることで、選択的に実現されるようになっている。なお、それらピッチ抑制状態およびロール抑制状態を実現しない通常状態においては、前輪側減衰係数CFrと後輪側減衰係数CRrとは、ほぼ同じ程度の値(例えば、前後減衰係数比r0=CRr/CFr=1.1)とされる。
ピッチ抑制状態とロール抑制状態とのいずれが、前輪側減衰係数CFrが後輪側減衰係数CRrに対して大きい第1特定状態と、後輪側減衰係数CRrが前輪側減衰係数CFrに対して大きい第2特定状態とのいずれに対応するかは、車両によって異なり、本システム10においては、前輪12Frに対応するばね上共振周波数ωFrと、後輪12Rrに対応するばね上共振周波数ωRrとの関係に基づいて設定されている。ばね上共振周波数ωは、サスペンションスプリング50のばね定数kと、ばね上部の質量m(分担荷重Wを重力加速度gで除したものである)とを用いて、式ω=(k/m)1/2で表される。それらばね定数k,ばね上質量mは、前輪側と後輪側とで異なり、本サスペンションシステム10を搭載する車両においては、前輪12Frに対応するばね上共振周波数ωFrに対して、後輪12Rrに対応するばね上共振周波数ωRrが、比較的高くなるように設定されている。
1自由度の減衰振動モデルにおける運動方程式から得られる減衰振動周波数は、次式によって表される。
ωd=(1−ζ2)1/2・ω (ζ<1の場合) ・・・(5)
ここで、ζ=C/CCは減衰比であり、CC=2・(m・k)1/2は臨界減衰係数である。つまり、通常状態においては、前輪側減衰係数CFrと後輪側減衰係数CRrとは、ほぼ同じ程度の値とされているため、上記のばね上共振周波数ωに依存し、前輪12Frに対応する減衰振動周波数ωdFrに対して、後輪12Rrに対応する減衰振動周波数ωdRrが、比較的高い。ちなみに、本システム10を搭載した車両においては、路面の凸所や凹所を車輪が通過した場合の振動が、1周期強で収束するように設定されている。
次に、路面の凸所を左前輪12FLが通過し、続いて、その凸所を左後輪12RLが通過した場合を考える。その場合、前輪側のばね上部,後輪側のばね上部は、それぞれ、前輪側減衰振動周波数ωdFr,後輪側減衰振動周波数ωdRrの減衰振動が生じる。本システム10を搭載した車両においては、後輪側減衰振動周波数ωdRrが前輪側減衰振動周波数ωdFrに対して比較的高く設定されているため、後輪側の減衰振動のリバウンド方向の変位が、前輪側の減衰振動のリバウンド方向の変位より先に最大に達する場合が多い。また、換言すれば、路面の凸所あるいは凹所を前輪および後輪が順次通過する際における、前輪および後輪の各々についての、前輪が凸所に差し掛かってからリバウンド方向の変位が最大となるまでの時間あるいは前輪が凹所に差し掛かってからバウンド方向の変位が最大となるまでの時間を、前輪側最大変位到達時間,後輪側最大変位到達時間と定義した場合において、後輪側最大変位到達時間が前輪側最大変位到達時間より短いことが多い。例えば、後輪側の減衰振動と、前輪側の減衰振動とのリバウンド方向の変位が最大となるタイミングを合わせるようにすれば(後輪側最大変位到達時間と前輪側最大変位到達時間との差をなくすようにすれば)、ピッチ角は小さくなる。つまり、前輪側の減衰振動の位相を進ませるように前輪側減衰振動周波数ωdFrを高くするとともに、後輪側の減衰振動の位相を遅らせるように後輪側減衰振動周波数ωdRrを低くすればよいのである。したがって、本システム10においては、前輪側減衰係数CFrを小さくし、かつ、後輪側減衰係数CRrを大きくした状態、つまり、後輪側減衰係数CRrが前輪側減衰係数CFrより大きい第2特定状態とすることで、ピッチ抑制状態を実現できる。
逆に、後輪側の減衰振動と前輪側の減衰振動とが逆位相となるように、それらのリバウンド方向の変位が最大となるタイミングをずらしてやれば、前輪側と後輪側とが互いに逆方向にロールしようとしても車体の剛性が高いことから、ロール振動が生じにくい状態となる。つまり、前輪側の減衰振動の位相を遅らせるように前輪側減衰振動周波数ωdFrを低くするとともに、後輪側の減衰振動の位相を進ませるように後輪側減衰振動周波数ωdRrを高くすればよいのである。したがって、本システム10においては、前輪側減衰係数CFrを大きくし、かつ、後輪側減衰係数CRrを小さくした状態、つまり、前輪側減衰係数CFrが後輪側減衰係数CRrより大きい第1特定状態とすることで、ロール抑制状態を実現できる。
図7は、本システム10を搭載した車両が、ある一定の車速で、路面の凸所を左前輪12FLが通過し、続いて、その凸所を左後輪12RLが通過した場合において、車体に実際に生じたピッチ角(図7(a)),ロール角(図7(b))を示したものであり、車速と前後減衰係数比とを変更して複数の条件での値をプロットしたものである。この図7からも解るように、後輪側減衰係数CRrが前輪側減衰係数CFrより大きい状態とすることで、ピッチ抑制状態を実現でき、前輪側減衰係数CFrが後輪側減衰係数CRrより大きい状態とすることで、ロール抑制状態を実現できるのである。
それらピッチ抑制状態とロール抑制状態とのいずれを実現するかは、ピッチ振動の強度とロール振動との強度とに基づいて決定される。詳しくは、振動の強度は、現時点から遡った設定時間内のピッチ速度の最大値VP(以下、「最大ピッチ速度VP」という場合がある)と、現時点から遡った設定時間内のロール速度の最大値VR(以下、「最大ロール速度VR」という場合がある)とに基づいて推定され、ピッチ抑制状態とロール抑制状態とのいずれを実現するかが決定される。具体的に言えば、図8に示すように、ピッチ抑制状態は、最大ピッチ速度VPが設定速度VP0(例えば、0.05deg/sec)以上となった場合に実現され、ロール抑制状態は、最大ロール速度VRが設定速度VR0(例えば、0.2deg/sec)以上となった場合に実現される。ただし、最大ロール速度VRが設定速度VR0以上で、かつ、最大ピッチ速度VPが設定速度VP0以上である場合には、ピッチ抑制状態が実現されるようになっている。
車両の乗員は、体感的あるいは視覚的に振動が生じていることを認識する。一般的に、ロール振動が生じていることが体感的に認識される振動強度の程度と、視覚的に認識される程度とは、ほぼ同程度である。それに対して、ピッチ振動が生じていることが体感的に認識される程度は、ロール振動が生じていることが認識される程度より高いものの、ピッチ振動が生じていることが視覚的に認識される程度は、ロール振動が生じていることが認識される程度より低い。簡単に言えば、乗員は、ロール振動が生じていることに比較してピッチ振動が生じていることを、より早期から認識することになるのである。したがって、本システム10では、乗員が認識しやすいピッチ振動が優先して抑制されるようになっている。
また、ピッチ抑制状態およびロール抑制状態は、車速vが設定速度を超えることを条件として、実現するか否かが切り換えられる。例えば、路面の凸所あるいは凹所を前輪および後輪が続けて通過する場合を考えれば、図7(a)からも解るように、車速が高いほど、前輪に対応するばね上部と後輪に対応するばね上部とがほぼ同時に変位し始めるため、ピッチ振動は生じにくいと考えられる。逆に、図7(b)からも解るように、車速が低いほど、前輪に対応するばね上部と後輪に対応するばね上部とが変位し始めるタイミングがずれて逆位相に近づくことから、ロール振動は生じにくいと考えられる。したがって、本システム10では、ピッチ抑制状態が、車速vが設定速度v1(例えば、100km/h)以下であることを条件として実現され、ロール抑制状態が、車速vが設定速度v2(例えば、50km/h)以上であることを条件として実現される。
本サスペンションシステム10では、ECU200によって、前輪側減衰係数CFrに対する後輪側減衰係数CRrの比である前後減衰係数比r(=CRr/CFr)が目標前後減衰係数比r*となるように、4つのショックアブソーバ52の各々の減衰係数が制御される。詳しく言えば、通常状態においては、目標前後減衰係数比r*=r0となるように制御され、ピッチ抑制状態,ロール抑制状態においては、それぞれ、r*=r1(CFr≪CRr),r*=r2(CFr≫CRr)となるように制御される。ロール抑制状態における前後減衰係数比r2は、前輪側減衰係数CFrを最大減衰係数Cmaxとするとともに後輪側減衰係数CRrを最小減衰係数Cminとした一定の値(例えば、r2=0.2)である。それに対して、ピッチ抑制状態における前後減衰係数比r1は、車速vに応じて変更されるようになっており、図9に示すように、車速vが低くなるほど大きな値とされる。詳しく言えば、ピッチ抑制状態における前後減衰係数比r1は、車速vが設定速度v1の時に最小の値(例えば、r1=5.0)とされ、車速vが低くなるほど大きな値とされ、前輪側減衰係数CFrを最小減衰係数Cminとして後輪側減衰係数CRrを最大減衰係数Cmaxとした場合の最大の値(例えば、r1=7.5)まで大きくされる。そして、上述のように目標前後減衰係数比r*となるように、4つのショックアブソーバ52のモータ100の作動制御が、インバータ204によって行われるのである。
以上のように、ECU200によって、通常は同程度の大きさに設定されている前輪側減衰係数と後輪側減衰係数との間に差を設けることで、ピッチ振動あるいはロール振動を抑制するために好適な状態が実現されるため、本サスペンションシステム10は、ピッチ振動あるいはロール振動を抑制するとともに、ばね上共振周波数より周波数の高い振動もある程度減衰することが可能である。したがって、本サスペンションシステム10によれば、乗り心地の悪化を抑制することが可能である。
<制御プログラム>
上述した4つのショックアブソーバ52の制御は、図10にフローチャートを示す前後減衰係数比制御プログラムが、イグニッションスイッチ220がON状態とされている間、短い時間間隔Δt(例えば、数msec〜数十msec)をおいてECU200により繰り返し実行されることによって行われる。以下に、その制御のフローを、図に示すフローチャートを参照しつつ、簡単に説明する。
前後減衰係数比制御プログラムにおいては、まず、ステップ1(以下、「S1」と略す、他のステップも同様である)において、4つの車輪12の各々に対応するばね上縦加速度センサ234によって検出されるばね上縦加速度から、4つの車輪の各々に対応するばね上絶対速度VFR,VFL,VRR,VRLが取得される。S2において、それらばね上絶対速度に基づいて、ピッチ速度VPとロール速度VRとが演算され、それぞれ、現時点から遡った設定時間内における最大値が取得される。そのピッチ速度VPとロール速度VRとは、ピッチおよびロールを車体の重心位置を基準とした車体の動作と捉え、次式によって演算される。
VP=(VFR+VFL−VRR−VRL)/4
VR=(VFR−VFL+VRR−VRL)/4
なお、上記の式においては、車体の重心位置から4つの車輪12までの距離を等しいものとしている。
次いで、S3において、加減速がないと判定された場合、詳しくは、スロットルセンサ238によって検出されるスロットルの開度、あるいは、ブレーキ圧センサ240によって検出されるマスタシリンダ圧が、設定された閾値を超えない場合に、S4以下のピッチ抑制状態を実現するか否かの判断が行われる。S4において、ピッチ速度の最大値VPが設定速度VP0以上であるか否かが判定され、S5において、車速センサ222によって検出された車速vが設定速度v1以下であるか否かが判定される。ピッチ速度の最大値VPが設定速度VP0以上で、車速vが設定速度v1以下である場合に、ピッチ抑制状態が実現される。具体的には、ECU200が有するROMには、図9に示す車速vに対する前後減衰係数比r1のマップデータが格納されており、そのマップデータを参照して前後減衰係数比r1が決定され、その決定された前後減衰係数比r1(CFr≪CRr)が目標前後減衰係数比r*とされる。
ピッチ抑制状態が実現されない場合には、S8において、操舵が行われていないか否かが判定される。そして、操作角センサ228によって検出されるステアリングホイールの操作角δが設定された閾値を超えない場合に、S9以下のロール抑制状態を実現するか否かの判断が行われる。S9において、ロール速度の最大値VRが設定速度VR0以上であるか否かが判定され、S10において、車速vが設定速度v2以上であるか否かが判定される。ロール速度の最大値VRが設定速度VR0以上で、車速vが設定速度v2以上である場合に、S11において、目標前後減衰係数比がr*が先に述べたr2(CFr≫CRr)とされ、ロール抑制状態が実現される。なお、ピッチ抑制状態およびロール抑制状態を実現しない場合には、S12において、r*がr0(CFr≒CRr)とされ、通常状態とされる。ちなみに、ピッチ速度VPとロール速度VRとが、現時点から遡った設定時間内における最大値が用いられることから、ピッチ振動あるいはロール振動が充分に収束した後に、通常状態に戻されるようになっている。
ピッチ振動が生じる場合の一例として路面の凸所を前輪,後輪が順次通過する場合の概略図である。
路面の凸所を前輪,後輪が順次通過した際における前輪側のばね上部と後輪側のばね上部との変動を示した図である。
左前輪が凸所を通過し終え、左後輪が凸所を通過中である場合の車両の前輪側を(a)に、後輪側を(b)に、車両後方側からの視点において示す図である。
請求可能発明の一実施例である車両用サスペンションシステムの全体構成を示す模式図である。
図4に示すサスペンション装置を示す正面断面図である。
図5に示すショックアブソーバを拡大して示す正面断面図である。
車両の走行速度と前後減衰係数比とを変更した複数の条件において、路面の凸所を左前輪,左後輪が順次通過した際に車体に実際に生じたピッチ角,ロール角を示す図である。
ピッチ速度とロール速度とに応じて実現される状態を示した図である。
車両の走行速度と前後減衰係数比との関係を示した図である。
図4に示すサスペンション電子制御ユニットによって実行される前後減衰係数比制御プログラムを表すフローチャートである。
符号の説明
10:車両用サスペンションシステム 12:車輪 20:サスペンション装置
22:サスペンションロアアーム(ばね下部) 24:マウント部(ばね上部) 50:コイルスプリング(サスペンションスプリング) 52:ショックアブソーバ 100:電磁モータ 102:調整ロッド 130:クリアランス(開口面積) 200:サスペンション電子制御ユニット(制御装置) 204:インバータ[INV] 222:車速センサ[v] 228:操作角センサ[δ] 234:ばね上縦加速度センサ[Gz] 238:スロットルセンサ[Sr] 240:ブレーキ圧センサ[Br]