以下、本発明を実施するための形態(以下実施形態という)を図面に従って説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る操舵制御装置を備える操舵システムの概略構成を示す図である。本実施形態に係る操舵システムは、車両に搭載されるものであり、図示するように、車両の操舵輪30,32を操舵するために運転者(操作者)により操作されるステアリング22と、運転者のステアリング操作により回転駆動されるステアリングシャフト24と、ステアリングシャフト24の回転運動を直線運動に変換して操舵輪30,32へ伝達するラックアンドピニオン機構28と、操舵輪30,32の切り角を変更するための操舵アシストトルクを減速機34を介してステアリングシャフト24へ伝達して操舵輪30,32へ出力する電動パワーステアリング装置用モータ(操舵アクチュエータ)42と、操舵モータ42の出力トルクを制御することで操舵制御を行う電子制御ユニット50と、を備える。
電子制御ユニット50は、CPU52を中心とするマイクロプロセッサとして構成されており、処理プログラムを記憶したROM54と、一時的にデータを記憶するRAM56と、入出力ポート(図示せず)と、を備える。電子制御ユニット50は、設定された操舵制御目標値に対するトルク指令値を演算し、このトルク指令値に基づいて電動パワーステアリング装置用モータ42の出力トルク、つまりステアリングシャフト24に作用するトルクを制御する。例えば、電子制御ユニット50は、操舵制御目標値と操舵制御測定値との偏差が減少する(理想的には0になる)ようにトルク指令値を演算する。電動パワーステアリング装置用モータ42の駆動制御により操舵輪30,32への操舵アシストトルクを制御することで、例えばレーンキープシステムにおける車線維持支援制御等、操舵支援制御を行うことができる。ここでの操舵制御測定値及び操舵制御目標値としては、レーン内での車両横方向位置及びその目標値を用いることもできるし、操舵輪30,32の操舵角及びその目標値を用いることもできる。また、操舵モータ42の駆動制御により車両の走行安定性を維持するための操舵支援制御を行うこともでき、操舵制御測定値及び操舵制御目標値として、車両のヨーレート及びその目標値を用いることもできるし、車両の横加速度及びその目標値を用いることもできる。
本実施形態における操舵制御系については、例えば図2に示すブロック図で考えることができ、電子制御ユニット50は、減算器61と制御器62とを含んで構成することができる。電子制御ユニット50において、操舵制御目標値y0と、図示しないセンサにより検出された操舵制御測定値yは、減算器61に入力される。減算器61は、操舵制御目標値y0と操舵制御測定値yとの偏差eを演算して制御器62へ出力する。制御器62は、操舵制御目標値y0と操舵制御測定値yとの偏差eと、所定の周波数特性を有する伝達関数Cとに基づいて、電動パワーステアリング装置用モータ42の出力トルク(ステアリングシャフト24に作用するトルク)を制御するために、通常の操舵アシストトルクに付加するトルクの指令値Tを演算して制御対象ブロック63へ出力する。制御対象ブロック63は、トルク指令値Tと操舵制御測定値yとの間の伝達特性を示すブロックであり、ここでの制御対象には、公知の電動パワーステアリング装置の操舵アシスト機能を備える操舵システムを搭載した車両が含まれる。
前述のように、電動パワーステアリング装置用モータ42の駆動制御により操舵支援制御を行うことができるが、電動パワーステアリング装置用モータ42の操舵支援制御用付加出力トルクがステアリングシャフト24を介してステアリング22に伝達され、この伝達トルクが運転者により知覚される。電動パワーステアリング装置用モータ42の操舵支援制御用付加出力トルクを大きくすることで、操舵制御目標値y0に対する操舵制御測定値yの追従性を向上させて操舵支援制御の応答性の向上を図ることが可能となるが、ステアリング22に伝達され運転者により知覚される付加トルクも大きくなるため、運転者に違和感を与えることになる。そのため、電動パワーステアリング装置用モータ42の駆動制御により操舵支援制御を行う際には、運転者に違和感を与えない程度、つまり運転者が電動パワーステアリング装置用モータ42からステアリング22に伝達される操舵支援制御用付加トルクをほとんど知覚しない程度に、電動パワーステアリング装置用モータ42の操舵支援制御用付加出力トルクを制御することが望ましい。
本願発明者は、運転者に違和感を感じさせない付加操舵トルクの与え方を検討するために、図3に示すような車両走行を模擬できるドライビングシミュレータを用いて運転者(人間)の操舵トルクに対する知覚閾値特性を調べる実験を行った。より具体的には、0.01〜10Hzの範囲の各周波数において、図4に示すような振幅が0から徐々に大きくなる正弦波トルクを評価入力として、通常の車両の操舵反力を模擬する操舵反力トルクとともにモータ142からステアリング122に与えることで運転者(被験者)123に提示し、その提示された評価入力(正弦波トルク)を運転者123が初めて知覚した時点での正弦波トルク振幅値を各周波数毎に調べ、その正弦波トルク振幅値を運転者123の操舵トルク知覚閾値とした。そして、各周波数毎の操舵トルク知覚閾値から、運転者123の操舵トルク知覚閾値特性として、操舵トルク知覚閾値の周波数特性を求めた。この正弦波トルク振幅値(操舵トルク知覚閾値)を各周波数毎に調べる実験は、正弦波トルクのみを車両を模擬した操舵反力とともにモータ142からステアリング122に与える場合と、正弦波トルクの他に路面振動を模擬したトルクも車両を模擬した操舵反力とともにモータ142からステアリング122に与える場合との2通りについて行った。路面振動を模擬したトルクをモータ142からステアリング122に与える場合は、実際の車両で路面上を走行したときに路面からステアリング(ステアリングシャフト)に伝達される回転振動トルクを予め計測し、この計測した回転振動トルクをモータ142からステアリング122に与えた。
路面振動を模擬したトルクを与えずに正弦波トルクのみをモータ142からステアリング122に与えた場合における運転者の操舵トルク知覚閾値特性を調べた実験結果を図5に示す。図5は、操舵トルク知覚閾値(平均値と標準偏差)の周波数特性を示し、横軸の周波数、及び縦軸の知覚閾値は、いずれも対数スケールで示してある。図5に示す実験結果においては、運転者の操舵トルク知覚閾値特性は、一定の特性ではなく0.2Hzを境に変化する。より具体的には、0.2Hzよりも高い周波数範囲では、周波数の変化に対する操舵トルク知覚閾値の変化が小さい特性を示すのに対して、0.2Hzよりも低い周波数範囲では、周波数の変化に対して操舵トルク知覚閾値が大きく変化する特性を示し、周波数が減少するにつれて操舵トルク知覚閾値が増大する。なお、正弦波トルクの他に路面振動を模擬したトルクもモータ142からステアリング122に与えた場合における運転者の操舵トルク知覚閾値特性を調べた実験結果については後に説明する。
図5に示す操舵トルク知覚閾値特性の実験結果は、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性に近似することができる。図6に示す操舵トルク知覚閾値特性は、運転者の操舵トルク知覚閾値特性が変化する周波数f0(0.2Hz)よりも低い周波数範囲では、周波数に対する操舵トルク知覚閾値の傾きが−20dB/decadeとなる特性、つまり操舵トルク知覚閾値の微分値が一定となる積分特性である。ただし、0.02Hz付近以下の低周波数領域での知覚閾値の飽和傾向は影響が小さいとして直線近似している。一方、運転者の操舵トルク知覚閾値特性が変化する周波数f0(0.2Hz)よりも高い周波数範囲では、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性は、操舵トルク知覚閾値が約0.1Nmの一定値となる平坦特性である。図6に示す操舵トルク知覚閾値特性を超えて操舵トルクを電動パワーステアリング装置用モータ42からステアリングシャフト24に与えると、運転者がステアリング22に伝達される操舵トルクを知覚するため、運転者が違和感を受けやすくなる。そのため、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性以下の操舵トルクを電動パワーステアリング装置用モータ42からステアリングシャフト24に与えることで、運転者がステアリング22に伝達される操舵トルクを知覚しにくくなり、運転者に違和感を与えなくなる。
そこで、本実施形態では、図6に示す運転者の操舵トルク知覚閾値特性を考慮してトルク指令値Tを演算する。より具体的には、図7に示すように、トルク指令値Tの周波数特性が、周波数f0よりも低い周波数範囲では周波数に対するトルク振幅の傾きがほぼ−20dB/decadeである特性(トルク微分値振幅がほぼ一定となる積分特性)となり、周波数f0よりも高い周波数範囲ではトルク振幅がほぼ一定である平坦特性となるように、トルク指令値Tを演算する。ここで、図7(A)は、周波数に対するトルク振幅の知覚閾値特性を示し、図7(B)は、周波数に対するトルク微分値振幅の知覚閾値特性を示す。そのために、制御器62の伝達関数Cに、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮した周波数特性を与える。より具体的には、制御器62の伝達関数C(jω)(ωは角周波数)の周波数特性は、図8に示すように、運転者の操舵トルク知覚閾値特性が変化する周波数f0(例えば0.2Hz)よりも低い周波数範囲では、周波数に対するゲイン|C(jω)|の傾きがほぼ−20dB/decadeとなる特性、つまり微分値のゲインがほぼ一定となる積分特性である。一方、周波数f0(例えば0.2Hz)よりも高い周波数範囲では、伝達関数C(jω)の周波数特性は、ゲイン|C(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。つまり、操舵トルク知覚閾値特性が積分特性を示す周波数範囲では、伝達関数C(jω)の周波数特性は積分特性であり、操舵トルク知覚閾値特性が平坦特性を示す周波数範囲では、伝達関数C(jω)の周波数特性は平坦特性である。なお、図7,8においても、横軸及び縦軸は対数スケールである。
図8に示す伝達関数C(jω)を実現するための制御器62の構成例を図9に示す。制御器62は、図9に示すように、比例制御器71と積分制御器72とを含んで構成することができる。比例制御器71の比例ゲインはC0であり、積分制御器72の伝達関数はC0・2πf0/s(sはラプラス演算子)であり、積分制御器72の積分ゲインはC0・2πf0である。そのため、積分制御器72の積分ゲインと比例制御器71の比例ゲインとの比は、2πf0となる。図9に示す制御器62においては、操舵制御目標値y0と操舵制御測定値yとの偏差eは、比例制御器71と積分制御器72とのそれぞれに入力され、比例制御器71からの出力と積分制御器72からの出力との和がトルク指令値Tとなる。制御器62の伝達関数C(jω)は、以下の(1)式で表される。また、C0の値については、以下の(2)式を満たすように設定することもできるし、以下の(3)式を満たすように設定することもできる。(2)、(3)式において、|y0|maxは操舵制御目標値y0の絶対値の最大値であり、|y0−y|maxは操舵制御目標値y0と操舵制御測定値yとの偏差eの絶対値の最大値である。また、T0の値については、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮して設定され、例えば0.1Nm程度の値に設定することができる。
以上説明した実施形態によれば、制御器62の伝達関数Cに、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮した周波数特性を与えることで、運転者がステアリング22に伝達される操舵トルクを知覚しにくくなり、運転者に違和感を与えない操舵支援制御を行うことができる。図6に示す操舵トルク知覚閾値特性は、路面振動を与えずに正弦波トルクのみをステアリングに与えた場合における運転者の操舵トルク知覚閾値特性であるため、図8に示す伝達関数Cを有する制御器62の構成は、路面から操舵輪30,32を介してステアリング22(ステアリングシャフト24)に伝達される振動の強度(路面振動伝達強度)が低い走行状況において特に有効である。
次に、図8に示す伝達関数を有する制御器62の設計方法の例について説明する。図2に示す操舵制御系のブロック図については、図10に示す一般化フィードバック系で表すことができる。図10においては、操舵制御目標値y0とトルク指令値Tが一般化プラント80に入力され、トルク指令値Tが一般化プラント80への制御入力となる。一方、一般化プラント80からは評価出力z1,z2と偏差eが出力され、偏差eが一般化プラント80からの観測出力(制御出力)となる。
図10に示す一般化フィードバック系において、トルク指令値Tは重み関数ブロック81に入力される。重み関数ブロック81は、所定の周波数特性を有する重み関数W1でトルク指令値Tを重み付けした出力を評価出力z1として出力する。評価出力z1は、(周波数領域において)重み関数W1とトルク指令値Tとの積W1・Tで表される。操舵制御目標値y0から評価出力z1までの伝達特性は、重み関数ブロック81の重み関数W1、制御器62の伝達関数C''、及び制御対象ブロック63の伝達関数Pを用いて、以下の(4)式で表される。制御対象ブロック63の伝達関数(トルク指令値Tと操舵制御測定値yとの間の伝達関数)Pについては、実験または解析により設定することが可能である。
一方、偏差eは、重み関数ブロック82に入力される。重み関数ブロック82は、所定の周波数特性を有する重み関数W2で偏差eを重み付けした出力を評価出力z2として出力する。評価出力z2は、(周波数領域において)重み関数W2と偏差eとの積W2・eで表される。操舵制御目標値y0から評価出力z2までの伝達特性は、以下の(5)式で表される。
重み関数W1(jω)の周波数特性は、図11に示すように、運転者の操舵トルク知覚閾値特性が変化する周波数f0(例えば0.2Hz)よりも低い周波数範囲では、周波数に対するゲイン|W1(jω)|の傾きがほぼ20dB/decadeとなる特性、つまり積分値のゲインがほぼ一定となる微分特性である。一方、周波数f0(例えば0.2Hz)よりも高い周波数範囲では、重み関数W1(jω)の周波数特性は、ゲイン|W1(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。つまり、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性及び図8に示す伝達関数の周波数特性とは逆の特性となる。図11に示す周波数特性を実現するための重み関数W1(jω)は、例えば以下の(6)式で表すことができる。(6)式において、W10の値については、以下の(7)式を満たすように設定することもできるし、以下の(8)式を満たすように設定することもできる。また、(7)、(8)式において、γは十分小さい値の正数である。
また、重み関数W2(jω)の周波数特性は、図11に示すように、周波数f0よりも低い周波数範囲では、周波数に対するゲイン|W2(jω)|の傾きがほぼ−20dB/decadeとなる特性、つまり微分値のゲインがほぼ一定となる積分特性である。一方、周波数f0よりも高い周波数範囲では、重み関数W2(jω)の周波数特性は、ゲイン|W2(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。つまり、重み関数W1とは逆の特性となる。なお、図11においても、横軸及び縦軸は対数スケールである。
図10に示す一般化フィードバック系において、操舵制御目標値y0と操舵制御測定値yとの偏差eに基づいてトルク指令値Tを演算する制御器62の伝達関数C''を決定する場合には、以下の(9)式の左辺で表される、操舵制御目標値y0から評価出力z1までの伝達関数のH∞ノルムが所定値γよりも小さくなるように、制御器62の伝達関数C''を演算する手順をコンピュータに実行させる。(9)式において、γは十分小さい値の正数である。H∞ノルムを所定値γよりも小さくするための伝達関数C''の演算手法については、公知のアルゴリズムを用いることができる。このように、H∞制御を用いて制御器62の伝達関数C''を設計することができる。
以上説明した実施形態では、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性と逆の周波数特性を重み関数W1に与えているため、トルク指令値Tが重み関数W1と逆の周波数特性を有するように制御器62の伝達関数C''が演算され、制御器62の伝達関数C''が重み関数W1と逆の周波数特性を有するように演算される。つまり、周波数f0よりも低い周波数範囲では積分特性を有し、周波数f0よりも高い周波数範囲では平坦特性を有するように、制御器62の伝達関数C''が演算される。したがって、制御器62の伝達関数C''に、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮した周波数特性を与えることができ、運転者に違和感を与えない操舵支援制御を行う制御器62を設計することができる。
また、制御器62の伝達関数C''を決定する場合には、以下の(10)式の左辺で表される、操舵制御目標値y0から評価出力z1,z2までの伝達特性行列のH∞ノルムが所定値γよりも小さくなるように、制御器62の伝達関数C''を演算する手順をコンピュータに実行させることもできる。この手順によっても、制御器62の伝達関数C''に、図6に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮した周波数特性を与えることができる。なお、操舵制御目標値y0から評価出力z2までの伝達関数のH∞ノルムが所定値γよりも小さくなるように制御器62の伝達関数C''を演算することで、偏差eが重み関数W2と逆の周波数特性を有するように制御器62の伝達関数C''が演算され、その結果、周波数f0よりも低い周波数範囲での偏差eを少なくすることができる。
次に、制御器62の他の構成例について説明する。正弦波トルクの他に路面振動を模擬したトルクもモータ142からステアリング122に与えた場合における運転者の操舵トルク知覚閾値特性を調べた実験結果を図12に示す。図12は、操舵トルク知覚閾値(平均値と標準偏差)の周波数特性を示し、横軸の周波数、及び縦軸の知覚閾値は、いずれも対数スケールで示してある。図12に示す操舵トルク知覚閾値特性の実験結果は、図13に示す操舵トルク知覚閾値特性に近似することができる。図13に示す操舵トルク知覚閾値特性は、運転者の操舵トルク知覚閾値特性が一定の特性ではなく0.1Hzと3Hzとを境に変化することを示している。より具体的には、0.1Hzよりも低い周波数範囲では、操舵トルク知覚閾値が一定となる平坦特性であるのに対して、0.1Hzよりも高い(0.1Hzと3Hzとの間の)周波数範囲では、周波数に対する操舵トルク知覚閾値の傾きが−20dB/decadeとなる特性、つまり操舵トルク知覚閾値の微分値が一定となる積分特性である。そして、3Hzよりも低い(0.1Hzと3Hzとの間の)周波数範囲では積分特性であるのに対して、3Hzよりも高い周波数範囲では、操舵トルク知覚閾値が一定となる平坦特性である。
そこで、本実施形態では、図13に示す運転者の操舵トルク知覚閾値特性を考慮してトルク指令値Tを演算することもできる。より具体的には、図14に示すように、トルク指令値Tの周波数特性が、周波数f1(例えば0.1Hz)よりも低い周波数範囲ではトルク振幅がほぼ一定である平坦特性となり、周波数f1と周波数f2(f2>f1でf2は例えば3Hz)との間の周波数範囲では周波数に対するトルク振幅の傾きがほぼ−20dB/decadeである特性(トルク微分値振幅がほぼ一定となる積分特性)となり、周波数f2よりも高い周波数範囲ではトルク振幅がほぼ一定である平坦特性となるように、トルク指令値Tを演算することもできる。ここで、図14(A)は、周波数に対するトルク振幅の知覚閾値特性を示し、図14(B)は、周波数に対するトルク微分値振幅の知覚閾値特性を示す。そのために、制御器62の伝達関数C'に、図13に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮した周波数特性を与えることもできる。より具体的には、制御器62の伝達関数C'(jω)の周波数特性は、図15に示すように、運転者の操舵トルク知覚閾値特性が変化する第1の周波数f1(例えば0.1Hz)よりも低い周波数範囲では、ゲイン|C'(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。一方、周波数f1(例えば0.1Hz)と運転者の操舵トルク知覚閾値特性が変化する第2の周波数f2(例えば3Hz)との間の周波数範囲では、伝達関数C'(jω)の周波数特性は、周波数に対するゲイン|C'(jω)|の傾きがほぼ−20dB/decadeとなる特性、つまり微分値のゲインがほぼ一定となる積分特性である。また、周波数f2(例えば3Hz)よりも高い周波数範囲では、伝達関数C'(jω)の周波数特性は、ゲイン|C'(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。つまり、操舵トルク知覚閾値特性が積分特性を示す周波数範囲では、伝達関数C'(jω)の周波数特性は積分特性であり、操舵トルク知覚閾値特性が平坦特性を示す周波数範囲では、伝達関数C'(jω)の周波数特性は平坦特性である。なお、図14,15においても、横軸及び縦軸は対数スケールである。
図15に示す伝達関数C'(jω)を実現するための制御器62の構成例を図16に示す。制御器62は、図16に示すように、比例制御器171と微分制御器172と1次遅れ制御器173とを含んで構成することができる。比例制御器171の比例ゲインはC0'であり、微分制御器172の伝達関数はC0'/(2πf2)・sであり、微分制御器172の微分ゲインはC0'/(2πf2)である。そのため、比例制御器171の比例ゲインと微分制御器172の微分ゲインとの比は、2πf2となる。また、1次遅れ制御器173の伝達関数は1/(1+s/(2πf1))であり、1次遅れ制御器173の時定数は1/(2πf1)である。そのため、1次遅れ制御器173の時定数の逆数は、2πf2よりも小さくなる。図16に示す制御器62においては、操舵制御目標値y0と操舵制御測定値yとの偏差eは、比例制御器171と微分制御器172とのそれぞれに入力される。そして、比例制御器171からの出力と微分制御器172からの出力との和が1次遅れ制御器173に入力され、1次遅れ制御器173からの出力がトルク指令値Tとなる。制御器62の伝達関数C'(jω)は、以下の(11)式で表される。また、C0'の値については、以下の(12)式を満たすように設定することもできるし、以下の(13)式を満たすように設定することもできる。(12)、(13)式において、T0'の値については、図13に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮して設定される。
以上説明した実施形態によれば、制御器62の伝達関数C'に、図13に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮した周波数特性を与えることで、運転者に違和感を与えない操舵支援制御を行うことができる。図13に示す操舵トルク知覚閾値特性は、正弦波トルクの他に路面振動もステアリングに与えた場合における運転者の操舵トルク知覚閾値特性であるため、図15に示す伝達関数C'を有する制御器62の構成は、路面から操舵輪30,32を介してステアリング22(ステアリングシャフト24)に伝達される振動の強度(路面振動伝達強度)が高い走行状況において特に有効である。
次に、図15に示す伝達関数を有する制御器62の設計方法の例について説明する。図15に示す伝達関数を有する制御器62を設計する場合も、図10に示す一般化フィードバック系において、以下の(14)式の左辺で表される、操舵制御目標値y0から評価出力z1までの伝達関数のH∞ノルムが所定値γよりも小さくなるように、制御器62の伝達関数C'''を演算する手順をコンピュータに実行させる。また、以下の(15)式の左辺で表される、操舵制御目標値y0から評価出力z1,z2までの伝達特性行列のH∞ノルムが所定値γよりも小さくなるように、制御器62の伝達関数C'''を演算する手順をコンピュータに実行させることもできる。
ただし、図15に示す伝達関数を有する制御器62を設計する場合は、重み関数ブロック81の重み関数W1'(jω)の周波数特性、及び重み関数ブロック82の重み関数W2'(jω)の周波数特性が、図8に示す伝達関数を有する制御器62を設計する場合と異なる。ここでの重み関数W1'(jω)の周波数特性は、図17に示すように、運転者の操舵トルク知覚閾値特性が変化する第1の周波数f1(例えば0.1Hz)よりも低い周波数範囲では、ゲイン|W1'(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。一方、周波数f1(例えば0.1Hz)と運転者の操舵トルク知覚閾値特性が変化する第2の周波数f2(例えば3Hz)との間の周波数範囲では、重み関数W1'(jω)の周波数特性は、周波数に対するゲイン|W1'(jω)|の傾きがほぼ20dB/decadeとなる特性、つまり積分値のゲインがほぼ一定となる微分特性である。また、周波数f2(例えば3Hz)よりも高い周波数範囲では、重み関数W1'(jω)の周波数特性は、ゲイン|W1'(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。つまり、図14(A)に示すトルク指令値Tの周波数特性及び図15に示す伝達関数の周波数特性とは逆の特性となる。図17に示す周波数特性を実現するための重み関数W1'(jω)は、例えば以下の(16)式で表すことができる。(16)式において、W10'の値については、以下の(17)式を満たすように設定することもできるし、以下の(18)式を満たすように設定することもできる。
また、重み関数W2'(jω)の周波数特性は、図17に示すように、周波数f1よりも低い周波数範囲では、ゲイン|W2'(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。一方、周波数f1と周波数f2との間の周波数範囲では、重み関数W2'(jω)の周波数特性は、周波数に対するゲイン|W2'(jω)|の傾きがほぼ−20dB/decadeとなる特性、つまり微分値のゲインがほぼ一定となる積分特性である。また、周波数f2よりも高い周波数範囲では、重み関数W2'(jω)の周波数特性は、ゲイン|W2'(jω)|がほぼ一定となる平坦特性である。つまり、重み関数W1'とは逆の特性となる。なお、図17においても、横軸及び縦軸は対数スケールである。
以上説明した実施形態では、図13に示す操舵トルク知覚閾値特性と逆の周波数特性を重み関数W1'に与えているため、トルク指令値Tが重み関数W1'と逆の周波数特性を有するように制御器62の伝達関数C'''が演算され、制御器62の伝達関数C'''が重み関数W1'と逆の周波数特性を有するように演算される。つまり、周波数f1よりも低い周波数範囲及び周波数f2よりも高い周波数範囲では平坦特性を有し、周波数f1と周波数f2との間の周波数範囲では積分特性を有するように、制御器62の伝達関数C'''が演算される。したがって、制御器62の伝達関数C'''に、図13に示す操舵トルク知覚閾値特性を考慮した周波数特性を与えることができ、運転者に違和感を与えない操舵支援制御を行う制御器62を設計することができる。
また、本実施形態では、例えば図18に示すように、図8に示す伝達関数を有する制御器162と、図15に示す伝達関数を有する制御器262との両方を設け、制御器162からの出力と制御器262からの出力とに対して重み付けを行ってトルク指令値Tを演算することもできる。操舵制御目標値y0に対するトルク指令値T1を演算する制御器162については、例えば比例制御器71と積分制御器72とを含む図9の構成により実現することができ、その伝達関数は(1)式で表される。一方、操舵制御目標値y0に対するトルク指令値T2を演算する制御器262については、例えば比例制御器171と微分制御器172と1次遅れ制御器173とを含む図16の構成により実現することができ、その伝達関数は(11)式で表される。図18に示す構成例において、操舵制御目標値y0と操舵制御測定値yとの偏差eは、制御器162と制御器262とのそれぞれに入力される。制御器162から出力される重み付け前のトルク指令値T1は、重み付けブロック91で重み付けが行われ、制御器262から出力される重み付け前のトルク指令値T2は、重み付けブロック92で重み付けが行われる。そして、重み付けブロック91で重み付けが行われたトルク指令値T1と重み付けブロック92で重み付けが行われたトルク指令値T2とが加算器93で加算されることで、トルク指令値Tが演算される。
路面振動伝達状態判定器90は、路面から操舵輪30,32を介してステアリング22(ステアリングシャフト24)に伝達される振動の強度(路面振動伝達強度)を判定する。ここでは、例えばステアリングシャフト24に付設したトルクセンサで検出された回転振動トルク振幅に基づいて、路面振動伝達強度を判定することができる。重み付けブロック91のゲインG1(G1≧0)及び重み付けブロック92のゲインG2(G2≧0)のそれぞれは、路面振動伝達状態判定器90で判定された路面振動伝達強度に基づいて調整される。その際には、G1+G2=1を満たすように、各ゲインG1,G2が調整される。これによって、トルク指令値T1とトルク指令値T2との重み付けが路面振動伝達強度に基づいて行われる。より具体的には、図19に示すように、路面振動伝達状態判定器90で判定された路面振動伝達強度の増大に対して、重み付けブロック91のゲインG1(トルク指令値T1の重み)を減少させるとともに、重み付けブロック92のゲインG2(トルク指令値T2の重み)を増大させる。また、図20に示すように、路面振動伝達強度が所定値以下の場合は、ゲインG1(トルク指令値T1の重み)を1に調整するとともにゲインG2(トルク指令値T2の重み)を0に調整し、路面振動伝達強度が所定値を超える場合は、ゲインG1(トルク指令値T1の重み)を0に調整するとともにゲインG2(トルク指令値T2の重み)を1に調整することもできる。これによって、トルク指令値Tの演算に用いる制御器162,262を路面振動伝達強度に応じて切り替えることができる。
図18に示す構成例によれば、路面振動伝達強度が低いときは、路面振動を与えずに正弦波トルクのみを与えた場合における操舵トルク知覚閾値特性(図6に示す操舵トルク知覚閾値特性)を考慮した周波数特性を有する制御器162の伝達関数の重みが増大するようにトルク指令値Tが演算される。一方、路面振動伝達強度が高い場合は、正弦波トルクの他に路面振動も与えた場合における操舵トルク知覚閾値特性(図13に示す操舵トルク知覚閾値特性)を考慮した周波数特性を有する制御器162の伝達関数の重みが増大するようにトルク指令値Tが演算される。したがって、操舵トルク知覚閾値特性を考慮した周波数特性を路面振動伝達強度に応じてトルク指令値Tにより適切に与えることができ、運転者に違和感を与えない操舵支援制御を路面振動伝達強度に応じてより適切に行うことができる。
以上の実施形態に係る操舵システムでは、電動パワーステアリング装置用モータ42のトルクによりステアリングシャフト24にトルクを作用させるものとしたが、電動パワーステアリング装置用モータ以外にも、例えば可変操舵ギア比システム用アクチュエータ等、他のアクチュエータを用いてステアリングシャフト24にトルクを作用させることもできる。
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
22 ステアリング、24 ステアリングシャフト、28 ラックアンドピニオン機構、30,32 操舵輪、34 減速機、42 電動パワーステアリング装置用モータ、50 電子制御ユニット、52 CPU、54 ROM、56 RAM、61 減算器、62,162,262 制御器、63 制御対象ブロック、71,171 比例制御器、72 積分制御器、80 一般化プラント、81,82 重み関数ブロック、90 路面振動伝達状態判定器、91,92 重み付けブロック、93 加算器、172 微分制御器、173 1次遅れ制御器。