JP5169939B2 - 炭素繊維前駆体繊維と炭素繊維の製造方法 - Google Patents

炭素繊維前駆体繊維と炭素繊維の製造方法 Download PDF

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本発明は、炭素繊維の製造工程における通過安定性に優れた高品位な炭素繊維前駆体繊維の製造方法とそれを用いた炭素繊維の製造方法に関するものである。
炭素繊維は、その優れた力学特性および電気特性から、さまざまな用途に利用されている。近年では、従来のゴルフクラブや釣竿などのスポーツ用途や航空機用途に加え、自動車部材、圧縮天然ガス(CNG)用タンク、建造物の耐震補強部材および船舶部材などいわゆる一般産業用途への展開が進みつつある。それに伴い、低コスト化および大量供給の要請が強い。
炭素繊維の中で、最も広く利用されているポリアクリロニトリル(以下、PANと記述することがある。)系炭素繊維は、その前駆体となるPAN系重合体からなる紡糸溶液を湿式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体繊維を得た後、それを200〜400℃の温度の酸化性雰囲気下で加熱して耐炎化繊維へと転換し、それを少なくとも1000℃の温度の不活性雰囲気下で加熱して炭素化することによって工業的に製造されている。
PAN系炭素繊維の生産性向上は、炭素繊維前駆体繊維の紡糸、耐炎化あるいは炭素化のいずれの観点からも行われている。中でも炭素繊維前駆体繊維の生産性向上については、従来技術には次に示す問題があった。すなわち、炭素繊維前駆体繊維を得る際の紡糸においては、紡糸口金孔数とPAN系重合体溶液の特性に伴う凝固糸を引き取る限界速度(以下、可紡性とも記述することがある。)と、その凝固構造に伴う限界延伸倍率によって生産性が制限されている。すなわち、多フィラメントの炭素繊維前駆体繊維を得るに際し、引き取り速度と延伸倍率とで決まる最終的な紡糸速度がどれほど高められるかで、その生産性が制限されている。生産性を向上させるために紡糸速度を高めると延伸性低下が起こり、生産工程が不安定化しやすく、一方、紡糸速度を下げると生産工程は安定化するものの生産性は低下するため、生産性の向上と生産工程の安定化の両立が困難であるという問題があった。
可紡性に大きな影響を与える要因として、紡糸方法がある。そこで、次に紡糸方法の観点から、生産性の向上について説明する。
乾湿式紡糸法は、紡糸溶液が一旦空気中(エアギャップ)に吐出されてから凝固浴中に導かれるため、実質的な紡糸ドラフト率はエアギャップ内にある原液流で吸収され、可紡性が高いことから、これまでいくつかの提案がなされてきた。しかしながら、乾湿式紡糸法では、確かに可紡性が向上するものの、その速度は未だ不満が残るものであり、空気中で紡糸溶液が接触しないように孔ピッチが大きな紡糸口金を用いるために糸条密度を高めることが難しいという欠点も有している。
一方、湿式紡糸法は、紡糸溶液を凝固浴内にある紡糸口金孔から直接凝固浴中に吐出させる方法であり、この方法は紡糸機や凝固浴を簡素化することができ、また、糸条密度を高めやすいという利点がある。しかしながら、この湿式紡糸法は、紡糸溶液が紡糸口金孔から吐出された直後から凝固が進行するため、引き取り速度の高速化に従って実質の紡糸ドラフト率が高くなり、紡糸口金面で糸切れが発生するという問題があり、引き取り速度を高く設定することには限界があった。また、湿式紡糸法において、凝固浴条件を臨界濃度以上とすることにより可紡性を高める方法(特許文献1参照。)が提案されているが、臨界濃度以上では凝固状態が大きく変動しやすいことから、炭素繊維前駆体繊維用としては適用が困難な技術であった。
以上の各紡糸方法の問題点を解決する方法として、特定の分子量分布を有するPAN系重合体を用いることが提案されている。本発明者らは、特定の分子量分布を有するPAN系重合体を用いることによって、乾湿式紡糸法で優れた可紡性を与える炭素繊維前駆体繊維の製造技術を既に提案している(特許文献2参照。)。この技術を用いることにより可紡性を大幅に向上させることが出来るようになったが、糸条密度を高めることには依然課題を有している。
また、特許文献2と同様な特定の分子量分布を有するPAN系重合体溶液の製造方法が知られている(特許文献3参照。)が、それを単純に湿式紡糸法へ適用しただけでは可紡性向上効果は低い。本発明者らは、特定の分子量分布を有するPAN系重合体を用いて、臨界濃度以上の凝固浴条件で湿式紡糸を行うことで可紡性を高める技術について既に提案している。この技術を用いることにより、可紡性を向上させ、繊度むらの無い繊維を安定に得ることが出来るようになるが、プロセスウィンドウが狭く、繊維の物性がやや低下するという問題点もあった。
これらの問題点を解決する手段としては、凝固浴濃度の制御が考えられる。一般に、凝固しやすい条件ほど凝固浴浸漬直後に糸条を形成し、かつ、その凝固状態のむらがないため、大きな凝固張力まで耐えられることが知られている(非特許文献1参照。)。逆に、凝固しにくい条件ほど糸条が緻密な凝固状態となり、その性能が向上する。また、凝固しにくい凝固浴条件では凝固促進成分の使用量が低減するため、溶媒と凝固促進成分の混合物を分離回収するためのエネルギー削減が可能となる。このように、凝固浴濃度は性能と生産性とのトレードオフのバランスをとって条件設定する必要があり、その指標として凝固価を用いることが有効である。凝固価は凝固に必要な凝固促進成分の量に比例し、凝固価の大きな凝固浴ほど凝固しにくく、凝固価の小さな凝固浴ほど凝固しやすい。
本発明者らは、特定の分子量分布を有するPAN系重合体を用いた上で凝固価を制御し、乾湿式紡糸法で優れた可紡性と性能を与える炭素繊維前駆体繊維の製造技術について既に提案している。この技術を用いることにより、特許文献2での問題点の一つである緻密性の低下を解決することが可能となったが、乾湿式紡糸であるために高糸条密度と高速紡糸の両立は未だに困難であった。
特開2001―329426号公報 WO2008/047745号公報 特開2008―214816号公報
繊維学会誌15巻、951頁(1959年)
そこで本発明の目的は、PAN系の炭素繊維前駆体繊維を湿式紡糸するに際し、単位時間あたりの生産量および工程安定性を高めつつ、その製造エネルギーを減じ、高品質で高品位な炭素繊維前駆体繊維を得るための方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、後工程の炭素繊維の製造工程における通過安定性に優れた高品位な炭素繊維前駆体繊維の製造方法を提供することにある。
本発明は、上記目的を達成せんとするものであって、本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法は、重量平均分子量Mwが10万〜70万であり、Z平均分子量Mzと重量平均分子量Mwとの比で示される多分散度Mz/Mwが2.7〜6であるポリアクリロニトリル系重合体を5重量%以上30重量%以下の濃度で溶媒に溶解してなる紡糸溶液を湿式紡糸するに際し、該紡糸溶液を凝固価が24〜40gである凝固浴条件の凝固浴中に吐出する炭素繊維前駆体繊維の製造方法である。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリアクリロニトリル系重合体は、共重合成分としてカルボキシル基を持つ耐炎化促進成分を0.2〜2モル%およびメチルアクリレートもしくはアクリルアミドを2〜5モル%含むものである。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記の紡糸溶液の溶媒にはジメチルホルムアミドまたはジメチルアセトアミドを用いて紡糸を行う。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、水を凝固促進成分に用い、前記の紡糸溶液の溶媒を60〜80重量%含む臨界濃度以下の凝固浴中に紡糸溶液を吐出する。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、用いられる前記のポリアクリロニトリル系重合体のZ+1平均分子量MZ+1とMwとの比で示されるMZ+1/Mwは、6〜25である。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記の紡糸溶液を平均孔径が0.05〜0.2mmの紡糸口金から、該紡糸溶液の紡糸ドラフトが0.5〜2.5の範囲となるように設定制御にして吐出引き取ることである。
本発明においては、前記の製造方法によって得られた炭素繊維用前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,100〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することにより、炭素繊維を製造することができる。
本発明によれば、高糸条密度で、かつ、安定した高速紡糸を行うことの可能なPAN系重合体を用いて、緻密な凝固糸を得られる凝固浴条件への紡糸を行うことにより、製造エネルギーを減じ、かつ、高品位である炭素繊維前駆体繊維を製造することができる。
そして、得られた炭素繊維前駆体繊維を用いることにより、毛羽立ちや糸切れを抑制し、生産性を損なうことなく、高品質で高品位な炭素繊維を製造することができる。
本発明者らは、特定の分子量分布を有する重合体を調整した紡糸溶液を、特定条件の湿式紡糸法により紡糸口金から吐出させ紡糸することにより、生産性高くかつ製造エネルギーを減じつつ、高品質な炭素繊維前駆体繊維が製造できることを見いだした。
すなわち、本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法は、重量平均分子量Mwが10万〜70万であり、Z平均分子量Mzと重量平均分子量Mwとの比で示される多分散度Mz/Mwが2.7〜6であるポリアクリロニトリル系重合体(PAN系重合体)を5重量%以上30重量%以下の濃度で溶媒に溶解してなる紡糸溶液を湿式紡糸するに際し、該紡糸溶液を凝固価が24〜40gである凝固浴条件の凝固浴中に吐出するものである。
まず、本発明で用いられるPAN系重合体について説明する。本発明で用いられるPAN系重合体は、その重量平均分子量Mwが10万〜70万であり、好ましくは15万〜50万であり、より好ましくは20〜45万である。また、本発明で用いられるPAN系重合体は、そのZ平均分子量Mzと重量平均分子量Mwとの比で示される多分散度Mz/Mwが2.7〜6であり、より好ましくは3〜6である。
本発明において、上記の各種平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(以下、GPCと略記する。)法で測定され、ポリスチレン換算値として得られるものである。また、多分散度Mz/Mwは、次の意味を有する。すなわち、数平均分子量Mn(以下、Mnと略記することがある。)は、高分子化合物に含まれる低分子量物の寄与を敏感に受ける。これに対して、重量平均分子量Mw(以下、Mwと略記することがある。)は、高分子化合物に含まれる高分子量物の寄与を敏感に受け、Z平均分子量Mz(以下、Mzと略記することがある。)は、高分子量物の寄与をさらに敏感に受け、Z+1平均分子量MZ+1(以下、MZ+1と略記することがある。)は高分子量物の寄与をさらに敏感に受ける。そのため、分子量分布であるMw/Mnや多分散度であるMz/Mwを用いることにより、分子量分布の広がりを評価することができる。分子量分布Mw/Mnが1であるとき単分散であり、この値が大きくなるにつれて分子量分布が低分子量側を中心にブロードになることを示すのに対して、多分散度Mz/Mwは大きくなるにつれて、分子量分布が高分子量側を中心にブロードになることを示す。
上記のように、分子量分布Mw/Mnと多分散度Mz/Mwの示すところが異なるため、分子量分布Mw/Mnが大きくても、必ずしも多分散度Mz/Mwが2.7以上になるということにはならない。
本発明において、上記のPAN系重合体を用いることにより、生産性の向上と安定化の両立を図りつつ、毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維前駆体繊維を製造することができるメカニズムは、必ずしも明確になった訳ではないが、次のように考えられる。
湿式紡糸においては、紡糸口金孔直後でPAN系重合体が凝固するため、口金孔直後では表面のみが凝固したPAN系重合体(以下、表面凝固糸と略記することがある。)に張力がかかった状態になっている。この張力が表面凝固糸の硬さを上回ると糸が破断することとなり、それが湿式紡糸の速度の上限を決めている。浴濃度を上昇させると凝固張力を下げることが可能であるが、張力以上に表面凝固糸の硬さが低下するため、紡糸速度を上昇させることは難しい。ここで、超高分子量物を加えた紡糸溶液においては伸長変形する際に、超高分子量物と高分子量物が絡み合い、超高分子量物を中心に絡み合い間の分子鎖が緊張することにより伸長粘度の急激な増大、すなわち、歪み硬化がおこる。この歪み硬化によって表面凝固糸内部の未凝固PAN系重合体溶液の硬さが上昇し、浴濃度を上昇させた際における口金孔直後の表面凝固糸の硬さの低下を抑えることが出来る。そのため、浴濃度の高い条件下において紡糸速度を上昇させることが可能となり、紡糸速度と凝固状態の緻密性が両立出来る。
多分散度Mz/Mwは大きいほど好ましく、多分散度Mz/Mwが2.7未満では、歪み硬化が弱くPAN系重合体の吐出安定性向上が不足する。ただし、多分散度Mz/Mwが6を超えると口金やフィルターにかかる圧力が高くなり、紡糸が困難となる場合がある。
また、Mwが10万未満では、炭素繊維前駆体繊維の強度が不足し、Mwが70万より大きいと紡糸溶液における重合体濃度が高くなり、コストの面で不利となる。
さらに多分散度(MZ+1/Mw)は、6〜25であることが好ましく、より好ましくは7〜17であり、さらに好ましくは10〜15である。
多分散度(MZ+1/Mw)は、多分散度(Mz/Mw)より更に高分子量物に強く反映されるものであり、紡糸時の生産性向上の効果は多分散度(Mz/Mw)と同様であるが、分子量の分布としては必ずしも同一の範囲ではない。多分散度(MZ+1/Mw)の方がより高分子量物の寄与に敏感であり、本発明では超高分子量成分を含むことが好ましいので、上記範囲を満足することがより好ましいのである。多分散度(MZ+1/Mw)が6以上において、十分な歪み硬化が生じPAN系重合体を含む紡糸溶液の吐出安定性向上の度合が十分である。また、多分散度(MZ+1/Mw)が過度に大きい場合には、歪み硬化が強すぎて、PAN系重合体を含む紡糸溶液の吐出安定性向上の度合が不足することがあり、多分散度(MZ+1/Mw)が、25以下であることが好ましい。
また、分子量分布Mw/Mnは、小さいほど炭素繊維の構造欠陥となりやすい低分子成分の含有量が少ないため小さいほど好ましく、分子量分布Mw/Mnは、多分散度Mz/Mwよりも小さいことが好ましい。すなわち、高分子量側にも、低分子量側にもブロードであっても、吐出安定性低下は少ないが、低分子量側はなるべくシャープであることが好ましい。多分散度Mz/Mwは、分子量分布Mw/Mnに対して、1.5倍以上であることが好ましく、更に好ましくは1.8倍以上である。
本発明者らの検討によると、通常、アクリロニトリル(以下、ANと略記することがある。)の重合でよく行われている、水系懸濁法や溶液法などのラジカル重合においては、分子量分布として低分子量側にブロードになる傾向が見られ、分子量分布Mw/Mnの方が多分散度Mz/Mwよりも大きくなる。そのため、重合開始剤の種類と割合や逐次添加など、特殊な条件で重合を行うか、一般的なラジカル重合を用いる場合、2種以上のPAN系重合体を混合する方法があり、後者の重合体を混合する方法が簡便である。混合するPAN系重合体の種類は、少ないほど簡便であり、吐出安定性の観点からも2種で十分なことが多い。
混合するPAN系重合体のMwは、Mwの大きいPAN系重合体をA成分とし、Mwの小さいPAN系重合体をB成分とすると、A成分のMwは好ましくは80万〜1500万であり、より好ましくは100万〜500万であり、B成分のMwは5万〜70万であることが好ましい。A成分とB成分のMwの差が大きいほど、混合されたPAN系重合体の多分散度Mz/Mwが大きくなる傾向があるため、その差を大きくすることは好ましい態様である。しかしながら、A成分のMwが1500万より大きいときはA成分の生産性は低下する場合があり、B成分のMwが5万未満のときは前駆体繊維の強度が不足する場合があるので、多分散度Mz/Mwは6以下とすることが現実的である。
具体的には、A成分とB成分の重量平均分子量Mwの比[A(Mw)/B(Mw)]は、4〜45であることが好ましく、より好ましくは20〜45である。
また、A成分とB成分の重量比(A/B)は、0.003〜0.3であることが好ましく、より好ましくは0.005〜0.2であり、さらに好ましくは0.01〜0.1である。A成分とB成分の重量比が0.003未満では、歪み硬化が不足することがあり、また、その重量比が0.3より大きいときは、重合体溶液の吐出粘度が上がりすぎて吐出困難となることがある。
A成分とB成分の両重合体を混合する場合、その手段として、両重合体を混合してから溶媒で希釈する方法、重合体それぞれを溶媒に希釈したもの同士を混合する方法、溶解しにくい高分子量物であるA成分を溶媒に希釈した後にB成分を混合溶解する方法、および高分子量物であるA成分を溶媒に希釈したものとB成分を構成する単量体を混合して単量体を溶液重合することにより混合する方法などを採用することができる。
A成分とB成分の両重合体の混合には、混合槽で攪拌する方法、ギヤポンプなどで定量してスタティックミキサーで混合する方法、および二軸押出機を用いる方法などを採用することができる。高分子量物を均一に溶解させる観点から、高分子量物であるA成分を初めに溶解する方法が好ましい。特に、炭素繊維前駆体製造用とする場合には、高分子量物であるA成分の溶解状態が極めて重要である。
具体的には、A成分の溶媒に対する重合体濃度、すなわちA成分と溶媒のみからなる溶液を仮想したときの、その溶液中におけるA成分の重合体濃度を好ましくは0.1〜5重量%になるようにした後、その溶液中にB成分を混合するか、あるいは、その溶液中にB成分を構成する単量体を混合して重合する方法を採用することができる。
上記のA成分の重合体濃度は、より好ましくは0.3〜3重量%であり、さらに好ましくは0.5〜2重量%である。上記のA成分の重合体濃度は、より具体的には、重合体の集合状態として、重合体がわずかに重なり合った準希薄溶液とすることが好ましく、B成分を混合する際に、あるいは、B成分を構成する単量体を混合して重合する際に、混合状態が均一となりやすいという観点から、孤立鎖の状態となる希薄溶液とすることが更に好ましい態様である。希薄溶液となる濃度は、重合体の分子量と溶媒に対する重合体の溶解性によって決まる分子内排除体積によって決まると認められるため、一概には決められないが、本発明においては概ね前記範囲にすることにより凝集してフィルター濾材内に堆積することが少ない。上記の重合体濃度が5重量%を超える場合は、A成分の未溶解物が存在することがあり、重合体濃度が0.1重量%未満の場合は、分子量にもよるが希薄溶液となっているため効果が飽和していることが多い。
本発明では、上記のように、A成分の溶媒に対する重合体濃度を好ましくは0.1〜5重量%になるようにした後、それにB成分を混合溶解する方法を採用することができるが、工程省略の観点から、高分子量物のA成分を溶媒に希釈した溶液にB成分を構成する単量体を混合して、その単量体を溶液重合することにより混合する方法を採用する方が好ましい。
A成分の溶媒に対する重合体濃度を0.1〜5重量%になるようにする方法としては、希釈による方法でも重合による方法でも構わない。希釈する場合は、A成分を均一に希釈できるまで撹拌することが重要であり、希釈温度としては50〜120℃が好ましく、希釈時間は希釈温度や希釈前濃度によって異なるため、適宜設定することができる。希釈温度が50℃未満の場合は、希釈に時間がかかることがあり、120℃の温度を超える場合は、A成分が変質する恐れがある。
また、重合体の重なり合いを希釈する工程を減らし、重合体を均一に混合する観点から、前記のA成分の製造から前記のB成分の混合開始、あるいは、B成分を構成する単量体の重合開始までの間は、A成分の溶媒に対する重合体濃度を0.1〜5重量%の範囲に制御することが好ましい。具体的には、A成分を溶液重合により製造する際に、重合体濃度が5重量%以下の状態で重合を停止させ、得られた溶液にB成分を混合するか、あるいは、B成分を構成する単量体を混合しその単量体を重合する方法である。通常、溶媒に対する仕込み単量体の割合が少ないと、溶液重合により高分子量物を製造ことは困難なことが多い。そのため、溶媒に対する仕込み単量体の割合を多くするが、上記のA成分の重合体濃度が5重量%以下の段階では、重合率が低く未反応単量体が多く残存していることになる。未反応単量体を揮発除去してから、B成分を混合してもかまわないが、工程省略の観点からその未反応単量体を用いてB成分を溶液重合することが好ましい。
本発明で好適に用いられるA成分としては、PANと相溶性を有することが望ましく、相溶性の観点からPAN系重合体であることが好ましい。組成としては、アクリロニトリル(AN)が好ましくは93〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を7モル%以下なら共重合させてもよい。A成分の重合体濃度を希釈によって0.1〜5重量%になるようにする場合、共重合可能な単量体の比率を増やすことでA成分の溶解しやすさを上昇させ、溶解温度の低下および溶解時間の短縮を行うことが可能となる。
ANと共重合可能な単量体としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。中でも溶媒への溶解性を高める観点から、メチルアクリレートを共重合することが好ましい。
本発明において、A成分であるPAN系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができる。ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、チオ硫酸ナトリウム水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。必要とするMwを得にくい場合は、連鎖移動定数の大きい溶媒、すなわち、塩化亜鉛水溶液による溶液重合法、あるいは水による懸濁重合法も好適に用いられる。
本発明で好適に用いられるB成分であるPAN系重合体の組成としては、ANが好ましくは93〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を7モル%以下で共重合させることができる。共重合成分の量が多いほど凝固に必要な凝固促進成分量は多く必要になる傾向があり、緻密な凝固状態とするためには共重合成分の量は多いほど好ましいが、一方で共重合成分量が多くなるほど耐炎化工程で共重合部分での熱分解による分子断裂が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する。そのため、共重合可能な単量体の割合はより好ましくは、0.5〜5モル%であり、さらに好ましくは、1〜3モル%である。
ANと共重合可能な単量体としては、耐炎化を促進する成分と凝固価を上昇させる成分が共重合されることが好ましい。耐炎化を促進する成分としては、例えば、カルボキシル基またはアミド基を一つ以上有する化合物が好ましく用いられる。この成分の共重合量を多くするほど、耐炎化反応が促進され、短時間で耐炎化処理することができ、生産性を高めることができる。
耐炎化を促進する成分の具体例としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸、アクリルアミドおよびメタクリルアミドが挙げられる。含有されるアミド基とカルボキシル基の数は、1つよりも2つ以上であることがより好ましく、その観点からは、耐炎化を促進するための共重合可能な成分としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸およびメサコン酸が好ましく、イタコン酸およびメタクリル酸がより好ましく、中でも、メタクリル酸が最も好ましい。
上記の耐炎化促進成分の割合は、0.2〜2モル%の範囲であることが好ましく、より好ましくは0.3〜1モル%である。耐炎化促進成分の割合が0.2モル%未満では耐炎化が不十分となり、炭化工程において得られる炭素繊維の炭化収率および引張強度が低下する傾向を示す。また、耐炎化促進成分の割合が2%を超えると耐炎化工程での熱分解による分子断裂が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する。
凝固価を上昇させる成分の具体例としては、アクリレートやメタクリレートなどのアクリル酸のエステルまたはアクリルアミドが挙げられ、好ましくはメチルアクリレートもしくはアクリルアミドが用いられる。凝固価を上昇させる成分の割合は、2〜5モル%の範囲であることが好ましく、より好ましくは2〜4モル%の範囲である。凝固価を上昇させる成分の割合が2モル%未満では、後述する凝固価が低くなるために凝固状態の緻密さが低下する。また、凝固価を上昇させる共重合成分の割合が5モル%を超えると、耐炎化工程での熱分解による分子断裂が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する。
上記の耐炎化を促進する成分および凝固価を上昇させる成分の範囲は、B成分にのみ適用されるものではなく、A成分とB成分を合わせた重合体全体において満たす必要がある。
・(重合体全体での共重合成分割合)=(A成分の割合×A成分中の共重合成分割合)+(B成分の割合×B成分中の共重合成分割合)
本発明において、B成分であるPAN系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、重合速度を高め、重合装置の生産性向上の目的からは、水系懸濁重合法を用いることが好ましい。これらの重合に用いられる原料は、全て濾過精度1μm以下のフィルター濾材を通した後に用いることが好ましい。
前記したPAN系重合体を、塩化亜鉛水溶液、チオ硫酸ナトリウム水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPAN系重合体が可溶な溶媒に溶解し、紡糸溶液とする。溶媒の種類によっても凝固に必要な凝固促進成分の量が異なり、溶媒の溶解力が弱いほど、わずかな凝固促進成分量で凝固できるため好ましく、具体的には、ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドが好ましく、特にジメチルアセトアミドが好ましく用いられる。
PAN系重合体溶液の重合体濃度は、5〜30重量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは14〜25重量%であり、さらに好ましくは18〜23重量%である。重合体濃度が5重量%未満では溶媒使用量が多くなり経済的でなく、凝固浴内での凝固速度を低下させ内部にボイドが生じて緻密な構造が得られないことがある。一方、重合体濃度が30重量%を超えると粘度が上昇し、紡糸が困難となる傾向を示す。紡糸溶液の重合体濃度は、使用する溶媒量により調製することができる。
本発明において重合体濃度とは、PAN系重合体の溶液中に含まれるPAN系重合体の重量%である。具体的には、PAN系重合体の溶液を計量した後、PAN系重合体を溶解せずかつPAN系重合体溶液に用いる溶媒と相溶性のある溶媒を用いて、計量したPAN系重合体溶液を脱溶媒させた後、PAN系重合体を計量する。重合体濃度は、脱溶媒後のPAN系重合体の重量を、脱溶媒する前のPAN系重合体の溶液の重量で割ることにより算出する。重合体濃度は、高いほど後述する凝固価が低くなる傾向にある。
また、45℃の温度におけるPAN系重合体溶液の粘度は、5〜100Pa・sの範囲であることが好ましく、より好ましくは10〜70Pa・sの範囲であり、さらに好ましくは20〜50Pa・sの範囲である。溶液粘度が5Pa・s未満では、紡糸糸条の賦形性が低下するため、紡糸口金から吐出された糸条を引き取る速度、すなわち可紡性が低下する傾向を示す。また、溶液粘度が100Pa・sを超えるとゲル化し易くなり、フィルター濾材が閉塞しやすくなる傾向を示す。紡糸溶液の粘度は、重合体の分子量および紡糸溶液濃度や紡糸溶液の溶媒などにより制御することができる。
本発明において45℃の温度におけるPAN系重合体溶液の粘度は、B型粘度計により測定することができる。具体的には、ビーカーに入れたPAN系重合体溶液を、45℃の温度に温度調節された温水浴に浸して調温した後、B型粘度計として、(株)東京計器製B8L型粘度計を用いて測定する。条件としては、ローターNo.4を使用し、PAN系重合体溶液の粘度が0〜100Pa・sの範囲はローター回転数6r.p.m.で測定し、またその紡糸溶液の粘度が100〜1000Pa・sの範囲はローター回転数0.6r.p.m.で測定する。
PAN系重合体溶液を紡糸する前に、高強度な炭素繊維を得る観点から、そのPAN系重合体溶液を、例えば、目開き10μm以下のフィルターに通し、重合体原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法において、紡糸溶液は、湿式紡糸法により紡糸口金から凝固浴中に吐出され、凝固され、炭素繊維前駆体繊維が形成される。ここで湿式紡糸法は、紡糸口金を凝固浴中に配置し、紡糸溶液を直接凝固浴に導入する紡糸法のことを言い、一旦、空気中に吐出した後、凝固浴に導入する、いわゆる乾湿式紡糸法は含まない。
本発明で好ましく用いられる紡糸口金の平均孔径は、好ましくは0.05mm〜0.2mmであり、より好ましくは0.12〜0.18mmである。紡糸口金の平均孔径が0.05mmより小さい場合、紡糸溶液である重合体溶液を高圧で紡糸口金から吐出させる必要があり、紡糸装置の耐久性が低下し、更にノズルからの紡出が困難となるばかりでなく、紡糸ドラフトを高く設定するとポリアクリロニトリル系繊維の単繊維繊度が細くなり過ぎ、炭素繊維前駆体繊維としては適さない。一方、紡糸口金の平均孔径が0.2mmを超えると、10dtex以下の単繊維繊度の前駆体繊維を得ることが困難である。また、平均孔ピッチを広げないと隣接孔から紡出されたPAN系重合体溶液と接着し、炭素繊維の強度を低下させる。
本発明において紡糸口金の平均孔径は、紡糸口金面を顕微鏡観察することにより測定することができる。孔径が異なる孔を有する場合には、孔径と孔数割合で平均する。また、紡糸口金の孔数は、20000〜100000個であることが好ましい。孔数が20000個より少ない場合、生産性が低下することが多く、一方、孔数が100000個を超える場合には、炭素繊維としての最終製品形態と合わないことがある。
また、紡糸溶液の紡糸ドラフトは0.5〜2.5の範囲であることが好ましい。通常、湿式紡糸では、紡糸ドラフトを高めることは困難であり、1未満で行うことが一般的であるが、本発明の後述する臨界以下の凝固浴条件下では、紡糸ドラフトを高めることにより、紡糸溶液に伸長歪みがかかり、伸長粘度が高まるために凝固糸の硬さが向上し、安定した紡糸が可能となる。紡糸ドラフトは、より好ましくは0.8〜2.2の範囲であり、さらに好ましくは1〜2の範囲である。
ここで紡糸ドラフトとは、紡糸糸条(フィラメント)が紡糸口金を離れて最初に接触する駆動源を持ったローラーの表面速度(凝固糸の引き取り速度)を、紡糸口金孔内のPAN系重合体溶液の線速度(吐出線速度)で割った値をいう。この吐出線速度とは、単位時間当たりに吐出される重合体溶液の体積を口金孔面積で割った値をいう。したがって、吐出線速度は、PAN系重合体溶液の吐出量と紡糸口金の孔径の関係で決まる。PAN系重合体を含むPAN系重合体溶液は、紡糸口金孔を出て凝固浴に接して次第に凝固して凝固糸(フィラメント)となる。このとき第一ローラーによりフィラメントは引っ張られているが、フィラメントよりも未凝固紡糸溶液の方が伸び易いので、紡糸ドラフトとは、紡糸溶液が固化するまでに引き伸ばされる倍率を示すことになる。すなわち、紡糸ドラフトは次式で表されるものである。
・紡糸ドラフト=(凝固糸の引き取り速度)/(吐出線速度)
本発明において、吐出線速度は8〜50m/分であることが好ましい。吐出線速度が8m/分を下回ると、高速紡糸の効果が得られず、一方、吐出線速度が50m/分を超えると、それ以降の工程速度に関する問題が発生することがある。吐出線速度は、紡糸口金の平均孔径と孔数とPAN系重合体溶液の吐出量によって制御することができる。
生産性を高める観点からは、凝固糸の引き取り速度を15〜50m/分にすることが好ましく、吐出線速度が低い場合には、紡糸ドラフトを高めることにより目的とする生産性を達成することができる。
本発明において用いられる凝固浴には、PAN系重合体溶液で溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、塩化亜鉛水溶液、およびチオ硫酸ナトリウム水溶液などのPAN系重合体の溶媒と、いわゆる凝固促進成分の混合物が用いられる。凝固促進成分としては、前記のPAN系重合体を溶解せず、かつPAN系重合体溶液に用いた溶媒と相溶性があるものが好ましい。凝固促進成分としては、具体的には、水、メタノール、エタノールおよびアセトンなどが挙げられるが、回収する必要がないことと安全性の面、凝固に必要な凝固促進成分の量が少ないことから水を使用することが最も好ましい。
本発明において、凝固価が24〜40gとすることが重要であり、好ましい上限は36gであり、より好ましい上限は27gである。本発明において凝固価とは、紡糸に用いる溶媒50ccに対して紡糸に用いる重合体を1重量%溶解した溶液に凝固浴液を徐々に滴下し、沈殿生成を開始して溶液が透明から白濁に変化する凝固浴液量(g)と定義する。試験において温度は25℃に調整する。凝固浴液そのものを滴下すると希釈されすぎて白濁が薄く、白濁開始点の判定が困難になることがあるので、凝固浴液中の凝固促進成分のみを滴下して求めた白濁点から、その必要凝固促進成分量を含む凝固浴液量に換算して凝固価とすることができる。両者の値が異なった場合は、後者を凝固価とする。凝固価は、重合体の分子量や共重合組成、重合体溶液の濃度、溶媒種類および凝固促進成分種類、溶媒濃度によっても変わり、紡糸条件に合わせてそれぞれ測定する必要があるが、特に凝固浴における溶媒の種類および溶媒濃度によって制御することが好ましい。溶媒濃度が高まるほど、凝固促進成分が減少するので凝固価が高まる。凝固価が24g未満であると緻密な凝固状態を得ることができず、炭素繊維の物性が低下するばかりでなく、溶媒と凝固促進成分の混合物からの溶媒回収エネルギーが高い。また、凝固価が40gを超えると凝固が遅くなりすぎて高速製糸しようとすると単繊維間の融着が発生する。
ここで、溶媒の種類について考える。共重合成分や凝固促進成分とも関係するが、共重合成分を含まないPANを各種の溶媒に溶解し、水を凝固促進成分として調べると一般的な傾向としてジメチルアセトアミド<ジメチルホルムアミド<ジメチルスルホキシド<塩化亜鉛水溶液<チオ硫酸ナトリウム水溶液の順に凝固促進成分量を多く必要とする。共重合成分等によっても値は変化するが、AN100%、Mw32万のPANを用い、各種溶媒に溶解して、水を凝固促進成分とした場合、各種溶媒による凝固価はそれぞれ、ジメチルアセトアミド4g、ジメチルスルホキシド5g、塩化亜鉛水溶液(60重量%水溶液)10g、チオ硫酸ナトリウム水溶液(54重量%水溶液)20gと異なる値を示す。特に、ジメチルアセトアミドは、より少ない凝固促進成分量でも同様な凝固状態の凝固糸を形成できるため、凝固促進成分量を減らすことができる利点があり、好ましく用いられる。
凝固浴の溶媒濃度は、なるべく高くすることによりゆっくり凝固させ、均一な緻密な凝固状態の凝固糸を得、かつ、凝固促進成分量を減らし、溶媒と凝固促進成分との分離・回収エネルギーの低減を行うことができる。溶媒濃度を高めていくと臨界濃度があり、糸条の形成が不可能になる溶媒濃度があるが、この間の溶媒濃度では凝固状態の均質化が一般的には困難であり、溶媒濃度は臨界濃度以下であることが好ましい。臨界濃度は、凝固価を求める場合と同様の手法により簡便に求められる。重合体を1重量%溶解した溶液に凝固浴液中の凝固促進成分のみを滴下していき、白濁した時点での溶液の溶媒濃度が臨界濃度である。
・臨界濃度(%)=100×(溶媒重量)/(溶媒重量+凝固促進成分滴下量)
ジメチルホルムアミドまたはジメチルアセトアミドを溶媒として用いた場合には、凝固浴の溶媒濃度は60〜80重量%の範囲が好ましく、より好ましくは65〜75重量%の範囲である。溶媒濃度が60重量%未満の場合、重合体中の共重合成分の割合を減らすか、凝固促進成分に水以外の化合物を用いるなど特定の条件にしないと凝固価が24g未満となり、緻密な凝固状態を得ることができず、溶媒と凝固促進成分の混合物からの溶媒回収エネルギーも高い。また、溶媒濃度が80重量%を超える場合、特定の条件にしないと凝固価が40gを超え、凝固が遅くなりすぎて高速製糸しようとすると単繊維間の融着が発生する。
本発明において、凝固浴温度を0〜45℃とすることが好ましい。凝固浴温度は、溶媒の凝固浴中への拡散速度および凝固促進成分の紡糸溶液への拡散速度に影響を与え、その結果、凝固浴温度が低いほど緻密な凝固糸となり、高強度な炭素繊維が得られる。
また、本発明では、凝固価の測定自体は一定温度であるが、あえて変更して測定すると温度が高いほど凝固価は高くなるため、そのバランスで適宜設定すればよい。凝固浴温度は、より好ましくは5〜40℃であり、更に好ましくは15〜35℃である。
本発明において、紡糸溶液の吐出温度を15〜40℃とすることが好ましい。吐出温度が15℃未満では、紡糸溶液の吐出粘度が高くなり、凝固出で引き取った後の延伸倍率を高めることが困難となりやすい。また、吐出温度が40℃を超えると熱量の損失が大きいとともに凝固糸が緻密になり難い。
本発明において、PAN系重合体溶液を凝固浴中に導入して凝固させ凝固糸を形成した後、水洗工程、浴中延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を経て、炭素繊維前駆体繊維が得られる。
また、上記の工程に、さらに乾熱延伸工程を加えてもよい。凝固後の凝固糸は、水洗工程に先だって直接空中または第2凝固浴等における浴中延伸を行っても良いし、溶媒を水洗工程により除去した後に浴中延伸を行っても良い。浴中延伸は、通常、30〜98℃の温度に温調された単一または複数の延伸浴中で行うことができる。そのときの乾燥前延伸倍率は、1〜5倍であることが好ましく、より好ましくは1〜3倍である。
乾燥前延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、延伸された糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。シリコーン油剤は、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
次の乾燥工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度が70〜200℃で乾燥時間が10秒〜200秒の乾燥条件が好ましい結果を与える。生産性の向上や結晶配向度の向上を目的として乾燥工程後に延伸してもよいが、乾熱や加圧水蒸気下で、延伸温度130〜180℃、倍率2〜6倍で延伸することが好ましい。
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法を用いることにより、生産性を低下させずに、単繊維繊度を低下させることが容易である。本発明における単繊維繊度(dtex)とは、単繊維10,000mあたりの重量(g)である。炭素繊維前駆体繊維の単繊維繊度は0.7〜1.3dtexであることが好ましい。単繊維繊度が0.7dtex未満では、生産性が低下し、また、1.3dtexを超えると炭素繊維の引張強度と弾性率向上が低下することがある。
得られる炭素繊維前駆体繊維は、通常、連続繊維束(マルチフィラメント)の形状を呈している。また、その連続繊維束1糸条(マルチフィラメント)当たりのフィラメント数は、好ましくは12,000〜3,000,000本であり、より好ましくは24,000〜3,000,000本である。1糸条あたりのフィラメント数は、生産性の向上の目的からは多い方が好ましいが、あまりに多すぎると束内部まで均一に耐炎化処理できないことがある。
次に、本発明において、好ましい炭素繊維の製造方法について説明する。
前記した方法により製造された炭素繊維前駆体繊維を、好適には200〜300℃の温度の酸化性雰囲気中において、好ましくは緊張あるいは延伸条件下、より好ましくは延伸比0.8〜1.5で延伸しながら耐炎化処理した後、好適には300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.2で延伸しながら予備炭化処理し、次いで好適には1,000〜3,000℃の最高温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.0で延伸しながら、炭化処理して炭素繊維を製造する。
耐炎化処理における酸化性雰囲気としては、空気が好ましく採用される。この耐炎化工程で得られる耐炎化繊維の密度は、好ましくは1.3〜1.4g/cmになるようにする。耐炎化が不十分で耐炎化繊維の密度が1.3g/cmに満たない場合には、炭化する際に単繊維間接着が発生し易くなり、また、分解ガスの発生量が多くなり緻密性が低下し易くなるため、高性能な炭素繊維が得にくい。一方、過度に耐炎化を進めると重合体主鎖の切断が起こり、最終的に得られる炭素繊維の引張強度が低下する問題があるため、耐炎化密度は1.4g/cmを超えないことが好ましい。
本発明において、予備炭化処理や炭化処理は不活性雰囲気中で行なわれる。不活性雰囲気に用いられるガスとしては、窒素、アルゴンおよびキセノンなどを例示することができ、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。予備炭化処理では、その温度範囲における昇温速度を500℃/分以下に設定することが好ましい。また、炭化処理における最高温度は、所望する炭素繊維の力学物性に応じて適宜設定することができる。一般に炭化処理の最高温度が高いほど、得られる炭素繊維の引張弾性率が高くなるものの、引張強度は1,500℃付近で極大となる。そのため、引張強度と引張弾性率の両方を高めるという目的からは、炭化処理の最高温度は1,200〜1,700℃とすることが好ましく、より好ましくは1,300〜1,600℃である。一方、炭化処理の最高温度が1,500℃を超えると、窒素原子の消失に伴い発生するボイド量が増加するため、緻密な炭素繊維を得る観点からは1,500℃以下にすることが好ましい。
得られた炭素繊維は、その表面改質のため電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。
電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性を適正化させることができる。すなわち電解処理により、接着が強すぎることによる複合材料の脆性的な破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、マトリックス樹脂との接着性に劣り非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
電解処理の後、炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用するマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂等との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
本発明において得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形、およびフィラメントワインディングで成形するなど種々の成形法により、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材として、好適に用いることができる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、実施例3,7,10は本発明の実施例、これら以外の実施例は参考実施例である。実施例で用いた測定方法を、次に説明する。
<各種分子量:Z+1平均分子量(MZ+1)、Z平均分子量(Mz)、重量平均分子量(Mw)および数平均分子量(Mn)>
測定しようとする重合体が、濃度0.1重量%でジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解した検体溶液を作製する。作製した検体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線から分子量分布曲線を求め、Z+1平均分子量MZ+1、Z平均分子量Mz、重量平均分子量Mwおよび数平均分子量Mnを算出する。
・カラム :極性有機溶媒系GPC用カラム
・流速 :0.5ml/分
・温度 :75℃
・試料濾過:メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量 :200μl
・検出器 :示差屈折率検出器
Mwは、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも6種類用いて、溶出時間―分子量の検量線を作成し、その検量線上において、該当する溶出時間に対応するポリスチレン換算の分子量を読み取ることにより求める。
実施例では、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC2010を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL−α―M(×2)+東ソー(株)製TSK−guard Column αを、ジメチルホルムアミドおよび臭化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルターとしてミリポアコーポレーション製0.45μm−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレンとして、分子量184000、427000、791000、1300000、1810000、および4210000のものを、それぞれ用いた。
<重合体溶液中の重合体濃度>
紡糸に用いる重合体溶液を秤量し、攪拌した水の中に約10g投入する。投入する際は、重合体溶液の太さが直径約2mmになるように投入の高さを調節する。重合体溶液を水に投入することにより生成したポリマーを網に入れ、80〜90℃の熱湯で4時間脱溶媒した後、120℃の温度で4時間乾燥させ、デシケーターで30分以上冷却した。冷却したポリマーの重量と投入した重合体溶液の重量を用いて、重合体濃度を求めた。
・重合体濃度(%)=100×(乾燥ポリマーの重量)/(投入した重合体溶液の重量)
<凝固価>
紡糸に用いる溶媒50ccに対して、紡糸に用いる重合体を1重量%溶解した溶液を25℃の温度に調温する。凝固促進成分を攪拌されたその溶液に徐々に滴下し、温度が25℃に安定し、十分攪拌されたことを確認してから滴下を続ける。沈殿生成を開始して溶液が透明から白濁に変化することを目視で確認し、滴下した凝固促進成分量を測定した。設定する凝固浴の凝固促進成分濃度(%)から、次式で凝固価(g)を求めた。
・凝固価(g)=滴下した凝固促進成分量(g)/凝固促進成分濃度×100
測定は3回行い、その平均値を採用した。
<凝固糸の透明度>
凝固糸の透明度は目視によって確認し、濁度が1NTUであるホルマジン標準液の透明度に近いものを1、濁度が20NTUであるホルマジン標準液の透明度に近いものを2、濁度が200NTUであるホルマジン標準液の透明度に近いものを3とする3段階評価を行った。また、大きなボイドが少ないほど透明度が高くなることから、大きなボイドの数を知るための指標として使用した。
<炭素繊維束の引張強度>
引張強度は、JIS R7608(2007年)「樹脂含浸ストランド試験法」に従って求める。測定する炭素繊維の樹脂含浸ストランドは、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシル−カルボキシレート(100重量部)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3重量部)/アセトン(4重量部)を、炭素繊維または黒鉛化繊維に含浸させ、130℃の温度で30分硬化させて作製する。また、炭素繊維のストランドの測定本数は6本とし、各測定結果の平均値を引張強度とする。本発明の実施例では、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシルカルボキシレートとして、ユニオンカーバイド(株)製“ベークライト”(登録商標)ERL4221を用いた。
[比較例1]
AN95重量部、イタコン酸1重量部、メチルアクリレート6重量部、ラジカル開始剤として2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(以下、AIBNと略記することもある。)0.01重量部、部分鹸化ポリビニルアルコール(重合度1000)1.5重量部、および水290重量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を窒素置換した後、下記の条件(重合条件Aと呼ぶ。)の熱処理を撹拌しながら行い、水系懸濁重合法により重合してPAN系重合体を得た。
[重合条件A]
(1)30℃から70℃へ昇温(昇温速度120℃/時間)
(2)70℃の温度で2時間保持
得られたPAN系重合体粉末を水で十分に洗浄し、乾燥して乾燥ポリマーAを得た。得られた乾燥ポリマーAのMz、MwおよびMnは、それぞれ580万、340万および140万であった。
また、AN95重量部、イタコン酸1重量部、およびメチルアクリレート4重量部の共重合組成で、レドックス系ラジカル開始剤と連鎖移動剤を用いて水系懸濁重合を行い、水洗、乾燥して乾燥ポリマーBを得た。得られた乾燥ポリマーBのMz、MwおよびMnは、それぞれ62万、35万および14万であった。
乾燥ポリマーA2重量部を攪拌しているジメチルアセトアミド400重量部に徐々に投入し、スラリー状とした後、25℃から80℃の温度に昇温し、溶解するまで攪拌した。再度25℃の温度に降温し、乾燥ポリマーB98重量部を攪拌しているポリマーA溶液に投入し、スラリー状とした後、80℃の温度に昇温し、溶解するまで攪拌し、紡糸溶液を作製した。
得られた紡糸溶液を、40℃の温度で、孔数12、紡糸口金孔径0.2mmの紡糸口金から25℃の温度にコントロールした55重量%ジメチルアセトアミドの水溶液からなる凝固浴に導入する湿式紡糸法により紡糸し凝固糸とした。このときの吐出線速度は8m/分となるように紡糸口金への送液量を調整し、凝固糸の巻取り速度を変更することにより、糸切れの発生する可紡性の測定を行った。可紡性が高かった一方で、凝固糸の透明度は3であった。凝固価試験結果を、まとめて表1に示す。
[実施例1]
凝固浴濃度を60重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、比較例1と同様にして可紡性評価を行った。比較例1と比べて可紡性はわずかに低下したが、凝固糸の透明度は2であり、より大きなボイドの少ない緻密な凝固状態となっていた。
[実施例2]
凝固浴濃度を64重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、比較例1と同様にして可紡性評価を行った。実施例1と比べて可紡性はわずかに低下したが、凝固糸の透明度は2であり、より大きなボイドの少ない緻密な凝固状態となっていた。
[実施例3]
凝固浴濃度を72重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、比較例1と同様にして可紡性評価を行った。実施例2と同等の可紡性を有していたが、凝固糸の透明度は1であり、より大きなボイドの少ない緻密な凝固状態となっていた。
[比較例2]
凝固浴濃度を82重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、比較例1と同様にして可紡性評価を行った。可紡性が高く、凝固糸の透明度も1であったものの、水洗工程で融着が起こり、水洗後の糸を引っ張った際には他の凝固糸に比べて非常に破断しやすく、炭素繊維前駆体繊維として利用することは困難であった。
[比較例3]
乾燥ポリマーB100重量部を攪拌しているジメチルアセトアミド400重量部に投入し、スラリー状とした後、25℃から80℃の温度に昇温し、溶解するまで攪拌し、紡糸溶液を作製した。紡糸溶液を変更した他は、比較例1と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は比較例1に比べて低く、特定の分子量分布にすることによる可紡性の向上が確認された。
[比較例4]
凝固浴濃度を60重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、比較例3と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例1に比べて低く、特定の分子量分布にすることによる可紡性の向上が確認された。
[比較例5]
凝固浴濃度を64重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、比較例3と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例2に比べて低く、特定の分子量分布にすることによる可紡性の向上が確認された。
[比較例6]
凝固浴濃度を72重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、比較例3と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例3に比べて低く、特定の分子量分布にすることによる可紡性の向上が確認された。
[比較例7]
凝固浴濃度を82重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、比較例3と同様にして可紡性評価を行った。可紡性が高く、凝固糸の透明度も1であったものの、水洗工程で融着が起こり、水洗後の糸を引っ張った際には他の凝固糸に比べて非常に破断しやすく、炭素繊維前駆体繊維として利用することは困難であった。
[実施例4]
溶媒をジメチルアセトアミドからジメチルスルホキシドに変更し、凝固浴条件を表1に示すように変更したこと以外は、比較例1と同様にして可紡性評価を行った。なお、凝固浴液に用いる溶媒もジメチルスルホキシドに変更した。可紡性は、実施例2と同等であり、凝固糸の透明度も同じく2であった。
[実施例5]
凝固浴濃度を79重量%に変更して凝固価を高めたこと以外は、実施例4と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例4とほぼ同程度であり、凝固糸の透明度は1であった。
[比較例8]
溶媒をジメチルアセトアミドからジメチルスルホキシドに変更したこと以外は、比較例3と同様にして紡糸溶液を作製し、実施例4と同様に可紡性評価を行った。紡糸溶液の溶媒がジメチルスルホキシドにおいても重合体の特定の分子量分布にすることにより可紡性が向上することがわかった。ただし、その可紡性向上効果は、ジメチルアセトアミドの場合に比べて若干劣っていた。
[実施例6]
溶媒をジメチルアセトアミドから塩化亜鉛水溶液に変更し、重合体濃度を10重量%に変更し、凝固浴条件を表1に示すように変更したこと以外は、比較例1と同様にして可紡性評価を行った。なお、凝固浴液に用いる溶媒も塩化亜鉛水溶液に変更した。可紡性は、ジメチルスルホキシドを使用した実施例2やジメチルアセトアミドを使用した実施例4に比べて低かったが、透明度は1であり、大きなボイドの少ない緻密な凝固状態となっていた。
[実施例7]
ポリマーAの重合において、AIBNを0.0025重量部として水系懸濁重合を行い、乾燥ポリマーCを得た。得られた乾燥ポリマーCのMz、MwおよびMnは、それぞれ770万、570万および360万であった。乾燥ポリマーCと乾燥ポリマーBの混合割合を3:97にして、乾燥ポリマーAの代わりに乾燥ポリマーCを用いたこと以外は、実施例3と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例3と同等であり、凝固糸の透明度も同じく1であった。
[比較例9]
乾燥ポリマーCと乾燥ポリマーBの混合割合(重量部)を5:95にしたこと以外は、実施例6と同様にして紡糸溶液を作製し、可紡性評価を行った。可紡性は実施例6に比べて低く、特定の分子量分布にすることによる可紡性の向上が確認された。
[実施例8]
ポリマーAの重合において、AIBNを0.025重量部として水系懸濁重合を行い、乾燥ポリマーDを得た。得られた乾燥ポリマーDのMz、MwおよびMnは、それぞれ350万、250万および170万であった。また、AN96重量部、メタクリル酸1重量部、アクリルアミド3重量部の共重合組成で、レドックス系ラジカル開始剤と連鎖移動剤を用いて水系懸濁重合を行い、水洗、乾燥して乾燥ポリマーEを得た。得られた乾燥ポリマーEのMz、MwおよびMnは、それぞれ18万、10万および4万であった。乾燥ポリマーDと乾燥ポリマーEの混合割合(重量部)を0.3:99.7にし、重合体濃度を30重量%にした紡糸溶液を用いたこと以外は、実施例4と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例3と同等であり、凝固糸の透明度は2であった。
[実施例9]
ポリマーBの重合において、ANを97重量部、イタコン酸を1重量部、メチルアクリレートを2重量部として水系懸濁重合を行い、乾燥ポリマーFを得た。得られた乾燥ポリマーFのMz、MwおよびMnは、それぞれ580万、340万および140万であった。乾燥ポリマーBの代わりに乾燥ポリマーFを用いたこと以外は、実施例2と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例2に比べてわずかに向上しており、凝固糸の透明度は同じく2であった。
[比較例10]
ポリマーBの重合において、ANを99重量部、イタコン酸を1重量部として水系懸濁重合を行い、乾燥ポリマーGを得た。得られた乾燥ポリマーGのMz、MwおよびMnは、それぞれ62万、35万および14万であった。乾燥ポリマーBの代わりに乾燥ポリマーGを用いたこと以外は、実施例2と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例2に比べてわずかに向上していたが、凝固糸の透明度が3となり、やや大きなボイドの多い緻密度の低い凝固状態となっていた。
[比較例11]
ポリマーBの重合において、ANを100重量部として水系懸濁重合を行い、乾燥ポリマーHを得た。得られた乾燥ポリマーHのMz、MwおよびMnは、それぞれ62万、35万および14万であった。乾燥ポリマーBの代わりに乾燥ポリマーHを用いたこと以外は、実施例3と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例2に比べてわずかに向上していたが、凝固糸の透明度が3となり、やや大きなボイドの多い緻密度の低い凝固状態となっていた。
[実施例10]
ポリマーBの重合において、ANを96重量部、メタクリル酸を1重量部、アクリルアミドを3重量部として水系懸濁重合を行い、乾燥ポリマーIを得た。得られた乾燥ポリマーIのMz、MwおよびMnは、それぞれ62万、35万および14万であった。乾燥ポリマーBの代わりに乾燥ポリマーIを用いたこと以外は、実施例3と同様にして可紡性評価を行った。可紡性は実施例3と同等であり、凝固糸の透明度も同じく1であった。
[実施例11]
実施例1で用いた紡糸溶液、孔数3000個、孔径0.08mmの紡糸口金を用い、吐出線速度30m/分、紡糸ドラフト率1、凝固浴濃度60重量%の条件(凝固価は18g)で凝固糸を得、水洗した後、70℃の温度の温水中で5倍の浴中延伸倍率で延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与し、130℃の温度のホットドラムを用いて乾燥し、その後165℃の温度の加熱炉を用いて非接触で乾燥しながら2倍の倍率で延伸を行い、単繊維繊度1.0dtexの炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は優れており、製糸工程通過性も安定していた。
得られた炭素繊維前駆体繊維を240〜260℃の温度の温度分布を有する空気中において延伸比1.1で延伸しながら40分間耐炎化処理し、耐炎化繊維を得た。続いて、得られた耐炎化繊維を300〜700℃の温度の温度分布を有する窒素雰囲気中において、延伸比1.1で延伸しながら予備炭化処理を行い、さらに最高温度1300℃の窒素雰囲気中において、延伸比を0.97に設定して炭化処理を行い、連続した炭素繊維束を得た。このときの焼成工程通過性はいずれも良好であった。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.2GPaであった。
[比較例12]
凝固浴濃度を55重量%(凝固価は18g)に変更したこと以外は、実施例11と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は4.5GPaであった。
[実施例12]
実施例4で用いた紡糸溶液と凝固浴条件(凝固価は16g)を使用したこと以外は、実施例11と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.0GPaであった。
Figure 0005169939
(表1中、DMSOはジメチルスルホキシド、DMAcはジメチルアセトアミド、ZnClは塩化亜鉛60重量%水溶液、NaSCNはチオシアン酸ナトリウム54重量%水溶液、IAはイタコン酸、MEAはメチルアクリレート、MAはメタクリル酸、AcAmはアクリルアミドをそれぞれ表す。)

Claims (6)

  1. 重量平均分子量Mwが10万〜70万であり、Z平均分子量Mzと重量平均分子量Mwとの比で示される多分散度Mz/Mwが2.7〜6であるポリアクリロニトリル系重合体を5重量%以上30重量%以下の濃度で溶媒に溶解してなる紡糸溶液を湿式紡糸するに際し、該紡糸溶液を凝固価が24〜40gである凝固浴条件の凝固浴中に吐出する炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  2. 臨界濃度以下である溶媒濃度の凝固浴中に吐出する請求項1記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  3. 紡糸溶液の溶媒にジメチルホルムアミドまたはジメチルアセトアミドを用いる請求項1または2に記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  4. 水を凝固促進成分とし、前記の紡糸溶液の溶媒を60〜80重量%含む凝固浴を用いる請求項3に記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  5. ポリアクリロニトリル系重合体が、共重合成分として、カルボキシル基を持つ耐炎化促進成分を0.2〜2モル%およびメチルアクリレートもしくはアクリルアミドを2〜5モル%含むポリアクリロニトリル系重合体である請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
  6. 請求項1〜5のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法によって得られた炭素繊維前駆体を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化する耐炎化工程と、該耐炎化工程で得られた繊維を、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化する予備炭化工程と、該予備炭化工程で得られた繊維を1000〜3000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化する炭化工程を順次経て炭素繊維を得る炭素繊維の製造方法。
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